本部

キョンシーの憂鬱

月夜見カエデ

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/06/14 01:14

掲示板

オープニング

 H.O.P.E香港支部。
 依頼主はスーツを着た紳士だった。彼はパナマハットを脱ぎ、微笑を浮かべて会釈した。
 柔和で温厚な男性のようであったが、彼は予想だにしないことを口走った。
「私を止めてください。さもなければ甚大な被害が出ます」
 ひとまず名前を尋ねると、男性ははにかんで頭を掻いた。
「いやはや、これは失礼。申し遅れました、私はジーといいます。率直に言いましょう。私はヴィランです」
 自称ヴィラン――ジー。詳細な説明を求めると、彼は快く頷いた。
「私は中国の山奥で一人暮らしをしていました。自然の中で生活するのが夢だったのでね、貧乏でも幸せでした。食料は自給自足、野草を採集したり動物を狩猟したりして生計を立てていました」
 しかし、とジーはわずかに表情を強ばらせて言った。
「食料不足で飢えていた時、私の元に英雄が現れました。そして、英雄はこう言いました――生きるための力を与えよう、弱肉強食の頂点に君臨せよ、と。私は誓約を結びました。ですが、それがまずかった。私は強大な力を手に入れましたが、それは怪物もどきのものでした。私は動物の生き血をすすり生肉を食らう獣になったのです。山で動物を狩るならまだしも、やがて理性が抑えられなくなって村に下りるようになりました。もう何人殺したかわかりません。村民は私をこう呼んで怖れました――キョンシー、と」
 ジーが誓約を結んだのは英雄ではなく愚神だった。その結果、能力が発動すると愚神に意識を乗っ取られて人間を襲うようになってしまった。
 愚神はジーの中にいる。まだ完全には侵食されていないが、日に日に凶暴性は増している。
「太陽が沈むと意識がなくなります。朝になって意識が覚醒すると、全身が返り血にまみれているのです。私の能力は夜になると自動的に発動します。その前にどうか私を止めてください。手に負えないようでしたら殺しても構いません。お願いします、これ以上人間を殺したくないのです」
 ジーは到底ヴィランとは思えない礼儀正しさで頭を下げた。

解説

自称ヴィラン――デクリオ級の愚神を倒すことが目的。
愚神は夜になると活発になる。俊敏性と跳躍力が大幅に上昇し、牙と爪が鋭く伸びる。五感が研ぎ澄まされて、人間や能力者を食らって能力を強化しようとする。
夜になる前にジーをあらかじめ拘束しておく。ただし、拘束が破られることは想定。
ジーを拘束する場所はH.O.P.E.香港支部内の広い部屋。特に障害物はない。
万全の準備はできているが、ジーの逃走は必ず防がなければならない。

リプレイ

「食べるために誓約する中華系って、ワタシにそっくりじゃない?」
 百薬(aa0843hero001)の言葉を肯定するでも否定するでもなく、餅 望月(aa0843)は少し呆れた表情をした。
「そうなの? 中華といっても百薬はただの武侠迷じゃないの。それに、何かと食べたがってるのはあたしじゃなくて百薬でしょ」
「えー、一緒にご飯食べるのがいいよ」
「……まあ、そういうことにしとこうか」
 望月は自称ヴィランの拘束と戦闘の準備が進められている部屋をぐるりと見回し、百薬はライヴスゴーグルでジーを凝視した。
「スーツの紳士といってもジャスティン会長とはえらい違いだね」
「ただのヴィランじゃないよ、スカウ――じゃなかった、ゴーグルの反応が違うよ」
「そのゴーグルにそんな能力ないよ。いずれにしろ、愚神と誓約してるなら引っ張り出してあげないとね」
「お腹空いたら出てくるんじゃない?」
「確かに、そんな気がするね。ここは心を鬼にして何も食べないで腹を減らしてもらうのもいいかも」
 二人の和やかな会話とは裏腹に、部屋の空気は緊張にぴりぴりしていた。
 無理もないだろう。ヴィランにしろ愚神に騙された被害者にしろ、これから一人の人間の生死が決まるのだ。
 望月はジーの結末が前者であることを願った。

 厳重な拘束を施されているジーの周囲にコンテナを設置し、月鏡 由利菜(aa0873)は一息吐いた。それとは対照的に、リーヴスラシル(aa0873hero001)は憂鬱な溜め息を吐いた。
「……今は否応なしに大きな社会の流れに組み込まれる時代。穏やかに暮らしたい気持ちは理解できる。だが、彼が愚神と契約したため、人々に被害が出ているの事実だ。だからこそ、彼は自らをヴィランと定義した」
「ラシル……憎むべきはジーさんではなく、彼をたぶらかした愚神です。愚神をジーさんから切り離して滅し、ジーさんを救いましょう」
「ああ、そうだな。依頼された以上、救うに越したことはない」
 由利菜なりにできることは尽くしたつもりだ。これでジーの意識がなくなった後の行動制限と時間稼ぎは十分だろう。
「……あとは最善を尽くすだけです」
「万一の事態があれば、愚神ごとジー殿を殺めるかもしれない……そうならないことを願う」

 ジーの拘束を確認しながら、メリッサ インガルズ(aa1049hero001)は彼がやけに冷静なことに感付いた。
「落ち着いてるわね。覚悟を決めたからかしら?」
 そう言われると、ジーは迷うことなく首を縦に振った。
「私の意思ではないとはいえ、私は多くの人間を殺しました。殺されても仕方のないことでしょう。これ以上被害者が増えるならなおさらです。ここで死ねるのなら本望ですよ」
 ジーの言葉には迷いがあった。一見すると死を受け入れているようだが、荒木 拓海(aa1049)は彼の言葉の端にちらつく後悔を聞き逃さなかった。
「真に後悔してるなら、今一度人として生きませんか?」
 しかし、ジーは首を横に振った。
「死をもって罪を償えるとは思いません。ですが、それ以外に罪を償う方法はないと思うのです。愚神と誓約して、私は生に疑問を抱きました。食べるために生きているのか生きるために食べているのか、どちらかわからなくなりました。私はなんのために生きているのでしょう? 生きるために人間を殺してまで生きる意味があるのでしょうか?」
「…………」
 拓海は何も答えられなかった。ただ、それでも彼はジーを人間として尊重しようとしていた。

 拘束されたジーを見上げ、隠鬼 千(aa1163hero002)は疑問の声を上げた。
「ジー様は……本当に悪い人?」
 三ッ也 槻右(aa1163)は曖昧に首を振った。
「わからない。でも、全部は信用できないかな」
「……殺すこともあるの、ですよね」
「覚悟はしなきゃ……ね。その時は躊躇しない。でも、手は尽くそう。僕たちは断罪に来たのではない。守ってから、然るべき調査をH.O.P.E.にお願いするよ」
「後悔する前に最善を掴み取る行動を! ですね」
「ああ。そのためにはまずジーさんのことをもっと知る必要がある」
 槻右が歩み寄ると、ジーは愛想よく微笑んだ。
「何か?」
「いくつか聞きたいことがあるんだ。山暮らしにしては身なりがいいけど、それはどうして?」
「ああ、やはり違和感がありますか。はははっ」
 自らの格好を見下ろして笑うジー。槻右は訝しく思って眉をひそめた。
「いや、失礼。普段はこんな格好はしませんよ。ただ、今日は特別です。死ぬかもしれないのです、死ぬ時くらいいい格好で死にたい。わかるでしょう?」
「なるほど」
 槻右と千は表情を曇らせた。
 ジーはあくまで死ぬつもりでいる。スーツは決意の証なのだ。
 槻右は沈んだ空気を切り替えるように咳払いした。
「もう一つ。愚神はどうして誓約を語ったんだろう? 誓約がなくてもライヴスの吸収はできただろうし、もっと自由に動き回れたはずだ」
「恐らく盾が必要だったのでしょう。私は利用されたのです。ですが、私が空腹の欲望に負けたのもまた事実です。愚神と誓約した責任から逃れるつもりはありません」
「では、最後にもう一つ。誓約を交わした当初、愚神ではなく英雄で邪英化した可能性は?」
「その可能性は否めませんが、私は元から愚神だと思います。最初から私を騙すつもりで近付いてきたとしか思えません」
「よくわかったよ。ありがとう、ジーさん」
 話を聞いてもまだ完全には信用できなかった。何しろ情報の裏が取れないため、どうしても信用は足らなかった。
 だが、そんなジーでも唯一信用できることがあった。
「死を覚悟してまでもう人を殺したくないって言葉、信頼を寄せるよ」
 そう言い残して、槻右は踵を返した。

 ジーを疑っていたのは国塚 深散(aa4139)と九郎(aa4139hero001)も同じであった。
「山暮らしにしては身なりがよすぎますね。ジーさんは何か言っていましたか?」
 ジーから話を聞いたという槻右に尋ねると、彼は「ああ」と何かに思い当たったような反応をした。
「僕も全く同じことを聞いたよ。死ぬ時くらいいい格好で死にたい、だってさ」
「やはりもう死を受け入れているということですか」
「でも、夜に意識がないっていうのを鵜呑みにするのも危険かな」
 そう言った九郎には何か懸念があるようだった。深散は小首を傾げた。
「止めてほしいと依頼してきているのにですか?」
「支部に侵入する口実、協力者を動きやすくするための陽動、理由ならいくらでもつけられる。もちろん単純に止めてほしいのが有力とは思っているけどね」
「なるほど。油断はできませんね」
 もし九郎の懸念通りなら、なおさらにジーが無事な状態で愚神のみを引き離さなければならない。さもなければ、大量殺人鬼をある意味で被害者のまま闇に葬ってしまうことになる。
「真実がどうであれ、やることは一つですね。ジーさんを愚神から切り離し解放してみせます!」

 愚神と一体になり、強大な力を手に入れたジー。彼は理性を失って何人もの人間を殺し、ライヴスを食らってきた。
 古賀 佐助(aa2087)はジーと愚神を引き離すには彼の強い意思が鍵になると考えた。
「ジーさんは愚神と離れる気があるんすか? 愚神と離れるにはジーさんの意思も関係あると思うんすよね」
「私の意思ですか。そうですね……もちろん愚神と離れる気はあります。ですが、愚神が倒されて私だけ生き残るのは……」
 正しい答えは誰にもわからない。贖罪は生きる、死ぬの単純な答えでは片付けられない。何をすればいいという完全な答えはない。
 だからこそ、ジーを生かさなければならない。何が贖罪になるのか。それを決めるのは彼自身だ。
「本気でなんとかしたいと思うなら、自分でもなんとか足掻いてみましょうぜ? 最初から諦めムードじゃ勝てるもんも勝てなくなっちまいますし!」
「……はい。確かに、その通りですね。愚神と離れる意思を強く……私も皆さんと一緒に闘います」
 ジーの表情からはほんの少し迷いが薄れていた。
 やはりジーをただの犯罪者と一括りにすることはできない。彼は加害者でもあり被害者でもある。
「聞いてる限り、いい人っぽいしなぁ……ま、とにかく、できれば倒すのは愚神だけの方向で!」
「ん……今回も、援護に、徹する」
 佐助は戦闘の準備を再開し、リア=サイレンス(aa2087hero001)は頷いた。

 香港出身のキョンシー使い――邵 瑞麗(aa4763)は何気なく王016(aa4763hero001)とジーを見比べた。
 まさかこの香港で、キョンシーのような仇名で本人の意思と裏腹に暴れさせられて苦しんでいる人間が現れるとは。
 かつて瑞麗は悪と争うため自らも悪に手を染めて暴れ回ってきた。
 戦いばかりで辛いリンカ―を半ば引退して、装備品は全て処分してしまった。元は九龍城の城壁を両手で持って盾にし、オルトロスの爪を脚に装備して戦っていた。
 もう戦っていないため装備品はないが、グロリア社でトンファーを買ってきた。これならかつての戦闘スタイルが活かせるし、非殺傷の鈍器であるためジーを死に追い込むことはないだろう。
 接近戦が基本だが、恐らく実力は相手の方が上だ。戦闘になったら中衛辺りに陣取ろうか。トンファーなら手加減はいらないだろう。
「チングンウォーライ、ワンシーイーリォウ(ついてこい、王016)」

 迷える子羊を導くのがシスターの務め。愚神に行く手を阻まれたなら、それを取り除くのがリンカーの務め。双方の務めを果たすためには、多少の痛手はやむを得ない。自他を問わず、だ。
 キャルディアナ・ランドグリーズ(aa5037)はジーの俊敏性と跳躍力を警戒していた。
 できればジーの命を守りたいが、何よりも彼の逃走を防ぐことが前提だ。命の重さに差をつけるべきではないが、命を秤にかけなければ救えるものも救えなくなる。彼一人の逃走を許せばさらに多くの被害者が出てしまう。
「戦闘になったらまずは脚からいただこうかぁ。なぁに、終わったら治してやるとも。愚神に命差し出すよりかは軽いもんだろう?」
 ふっと溜め息を吐き、ツヴァイ・アルクス(aa5037hero001)は額を押さえた。
「シスターらしからぬ発言だな。まあ、この状況ではそれが最善かもしれないな。生かせば何をしてもいいということではないが……救える命を救うというのはそういうことでもある」
「相変わらず固ぇんだよ。んなこたぁどうでもいいから部屋を見て回るぞ。逃走の糸口になりそうなものはあらかじめ潰しておこうぜ」
 太陽が沈む前に、二人は部屋の構造を入念に調べておくことにした。

 ジーの逃走を防ぐため、エージェントたちは部屋の検分を開始した。
 部屋は広かったが、実に簡単な構造になっていた。
 出入口のドアは一つしかなく、窓は一つもついていない。その代わり、部屋の上部にはダクトがある。とはいえ、サイズはそこまでではなく、子供一人が通れるか通れないかくらいのものだ。照明は天井にいくつか設置されており、落下防止の網に覆われている。
 一通り部屋の構造を把握した後、槻右は隣接する部屋も確認した。
「拓海、そっちはどう?」
「壁は厚いね。ちょっとやそっとじゃ壊れないと思うよ」
 天井と床も厚い。逃走の可能性があるのは出入口だが、そこに立ち塞がってしまいさえすればジーはどこにも行けない。
 念には念を入れて、拘束にはAGWの鞭を用いた。さらに、四肢にそれぞれ錘をつけた。これなら簡単にちぎられる可能性は低く、一つ一つ外すのも手間がかかるため逃走を妨げることができる。
「チル姉、準備できました」
 千の合図に深散は小さく頷き、それとなく「そろそろ日没の時間ですね」と呟いた。
 部屋の時計は細工して時間を進めてある。これは日没を偽装して凶暴化が任意で可能なのかどうかを確認するためだ。
 だが、ジーは凶暴化しなかった。これで少なくとも彼が自らの意思で人間を襲っていないことが証明された。
 部屋の構造と拘束状況の確認が終わり、ジーは睡眠薬で眠らせた。あとは太陽が沈むのを待つのみだ。
 見えぬ夕焼けを脳裏に思い浮かべて、エージェントたちは身動き一つ取れない男性を前に身構えた。

 太陽は沈んだが、窓のない閉鎖的な部屋の中では外の明暗などわからなかった。
 エージェントたちが日没に気付いたのは、眠っていたジーが暴れ出したからだ。初めは寝返りのような小さな動作だったが、段々と拘束を破壊しかねない激しい動作になっていった。苦悶の呻きが部屋に反響したかと思うと、彼の変貌は見る見るうちに進行していった。
 犬歯と爪は獣のごとく鋭く伸び、脚の筋肉は膨張して肥大化した。脚力を警戒していたものの、肥大化の規模は予想を上回った。というよりも、形状が変化してより獣らしくなっていた。そのせいで、厳重な拘束の一部が解けてしまった。
 ジーが動き出す前に、望月はライヴスフィールドを発動した。わずかながら彼が弱体化したところで、槻右の鞭が脚を捕らえようとした。
 しかし、ジーの脚力は鞭を躱し、同時にほとんどの拘束を解いた。幸い四肢に括りつけた錘が行動に制限をかけたが、周囲に置かれたコンテナをうまく伝ってエージェントたちの目を撹乱した。
 ジー、いや、もはや愚神と呼ぶべきか。彼にはエージェントたちと戦う気はなかった。戦力の差は歴然としており、逃走することを優先しようとしていた。
 ジーは錘を引きずりながら跳躍し、出入口のドアを目指した。が、その前には深散が立ち塞がっていた。
 女郎蜘蛛を発動。動作がわずかに鈍るが、ジーは深散の横を通り過ぎた。その先には二丁拳銃を手にしたキャルディアナが待ち構えていた。
「逃げ場はねぇぜぇ! 諦めな!」
 大量の弾丸がばら撒かれる。五感が研ぎ澄まされたジーは脚力を活かして弾丸を回避し、キャルディアナとの距離を一気に詰める。
「ちっ……!」
 繰り出された蹴りを辛うじて両腕で防ぐが、キャルディアナは勢いよく壁にたたきつけられた。愚神に肉体を乗っ取られたジーの脚力は、拘束と減退のハンデを補い得るほど強力なものだった。
 ジーは今度こそ出入口のドアに向かって疾走した。が、一発の弾丸が彼の軌道を逸らした。
「援護射撃ははこっちの十八番、本領発揮はさせないよ! 今まで散々好き勝手したんだから、今さら逃げられると思わないことだね」
 威嚇射撃と妨害射撃でジーを出入口のドアから遠ざけたのは佐助。テレポートショットで追撃し、彼を部屋の中心まで押し戻すことに成功した。
 逃走を諦めたジーはエージェントたちを一人ずつ倒していくことにした。あわよくば捕食して能力の強化を試みることにした。
 とはいえ、部屋の中心に追い込まれてしまったら逃げ場はない。ジーは完全に取り囲まれていた。
 ジーが狙いを定めて襲いかかったのは瑞麗だった。得意の蹴りを放ち、壁際まで吹き飛ばそうとした。
 瑞麗はトンファーを装備した片手で蹴りを受け、もう片手でその脚に反撃した。鈍器による攻撃は脚に響き、ジーは跳躍して後退した。
「今です! 駆けよ、真紅の刃!」
 由利菜が狙っていたのは着地の隙だった。「闇雲に跳んでいるところを狙うより、着地点を予測して仕掛けろ!」というリーヴスラシルの助言を元に、着地したがら空きの脚に攻撃を加えた。
「弾けよ、紅蓮の波動! クリムゾン・リフューズ!」
 ジーがよろけた隙をさらに狙い、ライヴスショットを蹴り放つ。そこに槻右が放った氷の杭が降る。深散の鉤爪がこれまで溜め込んできたライヴスを焼く。
 弱り切ったジーは再び逃走を図った。ダメージを受けた脚は最後の跳躍を発揮した。
「逃がしゃしねぇよ」
「研ぎ澄ませ、よく狙え」
「わぁってるよ」
 ケアレイで回復したキャルディアナは狙撃銃を構えた。
 弾丸は脚を貫通し、ジーは床に落下した。それでも彼の中にいる愚神は床に爪を突き立てて逃げようとした。
 しかし、頼みの綱だった爪は釣り竿のワイヤーによって切断されてしまった。
「もう武器は必要ないでしょう」
 そう言った拓海に続き、エージェントたちはひとまず武器を下ろした。もはやジーに抵抗する術はなかった。
「弱肉強食の頂点? 僕たちを倒せないのに?」
 槻右の挑発は愚神に効いたようだった。ジーががくりと倒れたかと思うと、彼から分離してようやく愚神が姿を現した。
 愚神が現れた以上、もう手加減しなくてもいい。
「祈りは済ませたかい? こっから先は地獄だぜ」
 遠慮することなく狙撃銃を乱射するキャルディアナ。弾丸が愚神の脇腹と太ももを貫き、望月の槍から巻き起こった蒼炎が全身を包み込み焼く。
 とどめはいらなかった。ライヴスを失った愚神はあっけなく力尽きた。
 戦闘が終わり、エージェントたちはジーの元に駆け寄った。
 呼吸がある。ダメージを受けて弱ってはいるが、命に別状はない。脚の傷も完治すれば歩けるようになるほどのものだ。
 エージェントたちはこれから失うことになったかもしれない多くの命と引き換えることなく、一人の尊い命を救うことができたのだった。

 ジーの救急措置が取られた後、H.O.P.E.から食事が提供された。腹が減ったという彼の希望からだ。
 空腹の割に、ジーの手はなかなか動かなかった。愚神が倒されて自分だけが生きていることに疑問を感じている――それはひしひしと伝わってきた。それゆえに、エージェントたちは何も言えないでいた。下手なことを言っても何も変えられない――そう思っていたからだ。
 重苦しい沈黙の中、拓海は何度も口を開きかけてはやめてを繰り返していた。メリッサには彼が何を言おうとしているのかわかった。
「拓海、それは彼が困るだけじゃないの? 自殺……するかもよ」
「……彼の立場にいるのは彼だけじゃないんだ。世界蝕以降、同じように愚神に苦しむ人がたくさんいます。誰もが持つ弱さにつけ込まれ操られてしまってる。そんな人たちの力になりたくてエージェントになったが……本当の意味で彼らの心を救えるのは、同じ経験を経たあなたのような人だと思う。殺めた数だけ人を救い、それから改めて死を考えてもらえませんか」
「拓海……人として自由に幸せになってもいいのよ、ジー」
「勝手を言ってるとわかってます……でも、オレたちはそのために戦ってるのだと思う」
 ジーは無言のまま食事を続けた。これからどうするべきか、必死に悩みながら。
 食事が終わると、ジーはやっと口を開いた。
「私は死ぬつもりでここに来ました。明日になれば私は死んでいる――そう思っていました。ですが、結末は違った。私は生きている。私は生かされた。なんのために生かされたのか、私にはまだわかりません。だから、生きていつかきっとその答えを見つけたいと思います。生かされたこの命、もう捨てようと思いませんよ。皆さんのおかげで明日を生きる気になりました」
 ジーは山から下りることを決意した。生きている意味を見つけるために、同じような境遇の人間を救うために。
 後日、ジーもとい愚神に襲われた村には平穏が訪れた。キョンシーなる仇名はいつの間にか村民たちの間から消えていた。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • まだまだ踊りは終わらない
    餅 望月aa0843
    人間|19才|女性|生命
  • さすらいのグルメ旅行者
    百薬aa0843hero001
    英雄|18才|女性|バト
  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 永遠に共に
    リーヴスラシルaa0873hero001
    英雄|24才|女性|ブレ
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 未来を導き得る者
    メリッサ インガルズaa1049hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 拓海の嫁///
    三ッ也 槻右aa1163
    機械|22才|男性|回避
  • 分かち合う幸せ
    隠鬼 千aa1163hero002
    英雄|15才|女性|カオ
  • 厄払いヒーロー!
    古賀 佐助aa2087
    人間|17才|男性|回避
  • エルクハンター
    リア=サイレンスaa2087hero001
    英雄|13才|女性|ジャ
  • 喪失を知る『風』
    国塚 深散aa4139
    機械|17才|女性|回避
  • 風を支える『影』
    九郎aa4139hero001
    英雄|16才|?|シャド
  • エージェント
    邵 瑞麗aa4763
    人間|22才|女性|生命
  • エージェント
    王016aa4763hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • リベレーター
    キャルディアナ・ランドグリーズaa5037
    人間|23才|女性|命中
  • リベレーター
    ツヴァイ・アルクスaa5037hero001
    英雄|25才|男性|バト
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