本部

エイプリルフールIFシナリオ

【AP】続いていく明日

形態
ショート
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
無し
相談期間
5日
完成日
2017/04/23 20:50

掲示板

オープニング

 この【AP】シナリオは「IFシナリオ」です。
 IF世界を舞台としており、リンクブレイブの世界観とは関係ありません。
 シナリオの内容は世界観に一切影響を与えませんのでご注意ください。

●ゆめのような物語
 少女は退屈そうに欠伸をかみ殺す。
 腕時計を見ると、もう三十分もすれば学校の門を閉める時間だ。
「ふわあ……」
 かみ殺し切れなかった欠伸を漏らし、風紀委員と書かれた布を引っ張る少女。
 制服の名札に書かれた名前は『二条夢』。
「今日も平和なのですよ」
 眩しいばかりの空を見上げ、夢はぽつりと呟いた。

●平和なままの世界
 ばたばたばた、と階段を駆け下りる音が響く。
「まずい、遅刻……!」
 壁に掛かった時計を見れば、既に遅刻ぎりぎりの時間だ。
 両親はとっくに家を出ているし、急がなければーーと、テーブルに用意されていたパンと弁当を掴んで走る。
 いつもと同じ商店街。
 いつもと同じ並木道。
 いつもと変わらないそこを通って数分後、全力で走ってきたのが功を奏したのか、いつもと同じ待ち合わせの場所にはまだ彼女が立っていた。
「勇(ユウ)は、今日も相変わらずですね」
 慌てて身に着けたおかげでぐちゃぐちゃなままの制服である勇に対し、彼女――玉兎はきちんと校則に則って、勇と同じ高校の制服を纏っている。
 学年は玉兎が一つ上だけれど。
「今日も、は余計ですよ。玉兎さん」
 息を整えて隣に並び、学び舎への道を歩き始める。
 その手にはぬいぐるみも、愚神や従魔を倒す為の武器も、幻想蝶も無い。
 世界は――蝕まれてなどいなかったのだ。

解説

●世界観
 【もしも世界蝕が起こらなければ】というIF世界です。
 この世界にはAGWも愚神も従魔も幻想蝶も、英雄も存在しません。

●登場人物
・竜見玉兎
 高校三年生。穏やかで物腰柔らか。勇とは従姉弟どうしで幼い頃から付き合いがある。
 
・竜見勇(ユウ)
 高校二年生。穏やかではあるが玉兎に対しては頭が上がらない様子。
 最近の悩みは玉兎との関係を友人から揶揄されること。困る。

・二条夢(いめ)
 高校一年生。風紀委員をしている。

●英雄の扱い
 世界観に則れば英雄はこの世界にはいない存在です。
 ですが、【もしかしたら】この世界で別の形で出会っていたかもしれません。
 その場合は、関係性や設定などプレイングに記載いただければと思います。

●お願い
 【世界蝕が起こらなければ何をしていたか】の記載をお願いします。
 この世界では愚神・従魔と人間による戦いは存在しません。
 平和な世界でどう過ごしているのか、教えていただければと思います。
 (OPでは学生生活でしたが勿論社会人生活でも構いません)

リプレイ

●閉じられた世界
 廿枝 詩(aa0299)は、ひとり朝を迎えていた。
『異常者は出来るだけ他人と関わらせずにその異常性を育てる』
『人との関わりに餓死しない程度に接触は許す』
 古くからの風習が蔓延るこの土地で、色素が薄いというだけで異常者扱いされた廿枝はたったひとりだった。
 狂った風習はこの土地が従魔に襲われて終わるはずだったが――この世界には従魔も、英雄も、存在していなかった。

 覚えられない顔をした食事係を見上げ、廿枝はぽつりと言葉を零した。
「あのひとはこないの?」
 自分の事を、自分を指し示す時に「わたし」と言う事を教えてくれたあの人。名前も知らない、顔も上手く思い出せないあの人。
「……死んだの」
「しんだってなに?」
 首を傾げて拙く言葉を使う、世界すら知らない彼女に対し、大人は淡々とその意味を告げる。
「もう会えなくなるの……人間は必ずいつか死ぬのよ」
 廿枝はひとりぼっちの世界で死の意味を反芻する。もう会えなくなる、だからあの人はここに来ないのだろうか。

 また、別の日。やってきたこの人に廿枝は尋ねてみた。
「わたしは人間?」
「そうだよ」
「じゃあ、いつか死ぬの?」
 人間は死ぬ。ならばわたしも人間だから死ぬ。当然の帰結なのにこの人は少しだけ黙ってまた「そうだよ」と答えた。
「死ぬとどうなるの?」
「……難しいな」
 疑問を繰り返す廿枝に意味が分かるように、この人は言葉を探す。彼は彼女に、とても簡潔で分かりやすい言葉を告げる。
「この世界からいなくなる」

 異常性を育てられるよう食事係や教育係との関わりは最低限、何人も用意された人間を使い回して異常に干渉させないように。
 様々な人間が廿枝の世界にやって来てはいなくなっていく。
「…………」
 以前この人は、死ぬとはこの世界からいなくなることだと言った。けれど死んでいないのにこの世界からいなくなった人もいるらしい。
(わたしには違いが分からない)
 この世界には廿枝しかいない。
 他の人はみんな、おきゃくさん。
(じゃあわたしが死ぬときは?)
 浮かんだ疑問が廿枝の思考をじわじわと侵食していく。
 世界が終わるときも、わたしだけ?

 ある日、久しぶりに会ったと認識出来た人に廿枝は「わたしが死ぬときいっしょにいて」と言った。彼は廿枝の言葉に頷いて「いいよ」と答えた。
 けれど、もう顔すら思い出せない彼はいくら呼んでも来てくれなかった。熱に浮かされる彼女の元に来てくれたのは白衣を纏った医者だけ。そうして少女はひとりぼっちの世界で天井を見上げている。死ぬかもしれなかったのに。いいよと答えたのに。廿枝の世界には廿枝しか存在していなかった。
 いつしか廿枝は、衣食住も安全も全て整えられた世界で『誰かといっしょにいたい』と思わないまま生きるようになっていた。

 ある日。白髪の子供は眠る廿枝を見下ろすように立っていた。
(此処まで外れているとは思わなかった)
 外の世界に出たいとも友達が欲しいとも思わない少女は、穏やかに寝息を立てている。
 そしてその目が開かれて、子供――月(aa0299hero001)を認識した廿枝は願った。
「わたしが死ぬときいっしょにいて」
 廿枝の言葉に、子供は頷いた。
(約束は果たさないといけない)
 だから、名前を呼んだ。
「詩」
 名に、声に、言葉に。廿枝は幸せそうに微笑んで。
 ――――世界は暗転する。

 そこは真っ白な部屋だった。その中に白髪の幼子が倒れていた。
 何度も殴られたのか痛々しい痕を残す子供は静かに死んでいた。
 「つき」と、望んだ声にその名を呼ばれることも無いまま。
 十全で不完全な世界は、閉じられて続いていく。

●色彩豊かな
 何かが鳴り響いている。
 熟睡の中から起こされた真壁 久朗(aa0032)は、音の原因である携帯電話に手を伸ばす。
 すると触れた場所が良かったのかちょうどよく通話に切り替わったようで、欠伸をかみ殺しつつも電話相手の幼馴染の声に耳を傾ける。
 『世界』が違えばエス(aa1517)と名乗っていたかもしれない彼女は、相変わらず自信たっぷりに――真壁が断るとは思っていない口調で『遊園地に行くぞ』と告げる。
 対して真壁は。
「……今? 今から?」
 そう返すのがやっとであった。

 待ち合わせをし、遊園地に向かう途中で何故急に遊園地なのかと真壁が問えば、行動の読めない幼馴染はどこか芝居がかった動作でよくぞ聞いてくれたと頷いた。
 というのも起き抜けにアーリーモーニングティーを嗜んでいた所、天啓のように思い至ったそうだ。遊園地に行きたい。いや、行かなければならない、と。
 特に深い考えはなく、つまり思いつきである。
「着いたぞ久朗!」
 絹糸のような白髪をなびかせ、早くしろと急かす幼馴染。
 ここまで来ては仕方ないと諦めた真壁だったが――数時間後、その顔は死にそうになっていた。
「あんなのに乗って何が楽しいんだ……」
 普段から目つきが悪い・不愛想と評される彼の表情は悪化の一途を辿っている。それもそのはず彼が実は苦手としている絶叫系の乗り物を、楽しい事大好きな幼馴染が片っ端から制覇しているからである。そして真壁も付き合っている。そろそろ限界かもしれない。
「もっかい乗るぞ久朗!」
 素晴らしい!楽しいぞこれ!とジェットコースターを褒めちぎっていた彼女は真壁の様子を知ってか知らずか既に列に並び始めている。はぐれるなよという声も届いていないようで、仕方なく真壁も彼女に倣うように列へと並ぶ。
「行列に並ぶのは全然いいけど乗り物は勘弁だな……」
 まるで処刑台へ送られる罪人のような顔の真壁を見上げ、
「そんなに不景気な顔をするな! そのうち楽しくなるぞ」
 そう言って真壁の背中をばしばし叩く幼馴染。
「だといいんだが……」
 僅かな期待を滲ませつつ、ジェットコースターを見て深く溜め息をつく真壁である。

「どうだ、遊園地は楽しいか久朗!」
 ぐったりな真壁を見ながらも言い放つ麗人は、現在クリームたっぷりのスムージーとチュロスを嗜んでいた。
 身に着けている服や雰囲気も相まって異国のような趣きすらあるが、当の本人は次の楽しい事の吟味中だ。
「私、今度はバンジージャンプがやりたいぞ」
 彼女は遊園地のマップを広げ、とんとんと場所を示す。かと思えば次の瞬間には何か思いついた顔で。
「あ、スカイダイビングでもいい。あと海に潜って珊瑚礁も観に行きたい」
 空から海から、世界の果てまで行きたいと言い出しかねない彼女はいつもきらきらと輝いている。
『知らない事を知り、やった事のない事をやり、存分に生き尽くす』。その夢に向かって真っ直ぐな彼女の行動は突拍子も無くて、周囲を――主に真壁を振り回して、だからこそ色鮮やかで惹きつけられるのだろう。
「お前はいいな。……自分のやりたいことが、たくさんあって。俺には何にもないから」
「なんだ! 何もないのか!」
 俯きそうな真壁の言葉をさらりと受け止め、大切な幼馴染は快活に笑う。
「ならやりたい事が見つかるまでとことん私に付き合ってもらうぞ! 暇を持て余すよりいいだろう?」
「……見つからなくても、いいような気も、少しするな……」
 笑顔を見つめて呟いた言葉は、彼女にはまだ届かない。けれど今はそれでいい。
「ほら、次はどこに行くんだ?」
 立ち上がり、他愛も無い話をしながら互いの名を呼んで。
 鮮やかに染まる日々を二人共に並び歩いていく。

●翠緑と空
 セラフィナ(aa0032hero001)と縁(aa1517hero001)は神学校に通う生徒でルームメイトだ。
 しかし元々縁は生徒では無かった。
 森で倒れていた彼を見つけたセラフィナは、介抱して話を聞くうちに縁に行く宛が無いことを知った。
 それなら一緒に学校に通おう、と学校側に彼を紹介したのもセラフィナだ。すんなり申請が通ったのはセラフィナが成績優秀な生徒というのもあるだろうし、その反面悪戯好きで変わり者の彼に縁を預けておけば少しは穏やかになるのでは、という思いもあったのかもしれない。
 どんな目に合うかわからないと一人部屋だった寮の部屋も今は縁と二人部屋だ。
 だからセラフィナは毎日が楽しくて仕方無い。

『ねえ見て。ケツァールの羽根だよ。ファーザーがくれたんだ』
 部屋に飾ろうか、と微笑むセラフィナが持ってきたのは美しい鳥の羽根。
 彼に羽根を渡したファーザーは学校の神父だ。セラフィナの瞳のように鮮やかな色彩を持つ羽根はとても貴重で珍しい。
『ファーザーは本当にセラフィナに甘いんだね』
 ――こういう時、縁はセラフィナのことを羨ましいと……妬ましいとも思う。
『……でもすごくきれいだよ、それ。羽根ペンにすれば写本の時だって退屈しなくて済むかもしれないよ』
 黒く染まりそうな心を殺して、少年は精一杯伝える。
 人からも神からも愛されているような彼に気付かれないように。

 縁は一人、部屋の中で本を読んでいた。セラフィナも愛読しているそれは鳥の図鑑で、二人で図鑑を眺めたまま眠ってしまうこともあれば遠くの森へ珍しい鳥を探しに行く事もある。
 『教会の裏手に見たことが無い鳥がいたんだ』と言うセラフィナと共にあちこち探し回って、崖から落ちそうになった彼を助けたこともあった。
『…………』
 図鑑から顔を上げて机を見れば、そこには一枚の羽根が飾られている。縁も見て楽しめるようにという配慮なのかもしれない。
 ただ。
『……ぼくは器が小さいからダメなんだ……』
 呟く声を拾う唯一の友達はこの部屋にいない。
『……どうしたらぼくは君みたいになれるんだろう?』
 きらきら輝く羽根のように。惹きつける眩しい光のように。誰からも何者からも祝福される、無二の親友のように。
 憧憬を含んだ言葉は静かに消えていく。

 楽し気に歩く少年の背中で綺麗に編み込まれた白銀の三つ編みが跳ねる。
 四角く膨れた鞄を落とさないように大切に抱え、セラフィナは部屋の扉を開けた。
『ねえこれ、今度図書室に置いてみようと思うんだ』
 濡羽色の黒髪が揺れ、空色の瞳が自分を捉えたのを確認して。セラフィナが鞄から取り出したのは謎の金属箱だ。
 それを前に少年は小首を傾げる。細かい装飾が施された箱は一見すると自鳴琴のようだ。
『予め設定した時間が経つとベルが鳴ってからくり時計みたいにメロディが鳴るんだ』
 内緒話をするように、セラフィナは口元に人差し指を当てる。
『そして箱がゆっくり開いて……中からたくさんのカエルが跳びだす。きっとみんなびっくりするよ』
 くすくすと笑う少年は大好きな悪戯を考えてはこうして縁に伝えてくる。
 しかし縁は生真面目で規則を破ったことも無いからか、彼のこういう部分にはいつもハラハラさせられている。
『それは……びっくりするだろうね』
 困り顔の少年を見つめ、やはり楽しそうにセラフィナは微笑む。
 人間離れした運動神経を持つ目の前の少年がどこから来てどこへ向かうつもりだったのか、さっぱり分からない。分かるのは彼が大切な親友であるということ。
『ふふ、ねえ、今度はどんな面白い事をしよう?』
 彼の笑顔をもっと見たくて、彼の空色をもっと翠緑の瞳に映したくて。
『僕は君をもっと笑わせたいんだ』
 少年は今日も、彼を笑わせる為の面白い事を考えている。

●学生達の日常
 狐杜(aa4909)――八代 琴理は一般家庭よりも少しだけ裕福な家庭で育った、極めて普通の高校生である。
 サングラスを掛ける必要は無く、己の名前も愛しい名前もきちんと発音できる、そんな日々を彼はこの世界で過ごしている。

 琴理が高校二年生になったある日のホームルームのことだ。
 担任の教師と共に一人の少女が教室に入ってきた。
 緊張しているのか表情が硬い少女は黒板の前でぺこりと一礼し。
「ゼノビア オルコット、です。よろしくお願いします、です」
 片言の日本語を操りながら、ゼノビア オルコット(aa0626)は新しい日々に一歩踏み出そうとしていた。

 無音 冬(aa3984)は真面目な生徒だ。
 授業中は真面目に過ごし、休憩時間は主に読書に充てる。読み終わった本があればそれを返しに図書館へ。そしてまた雪に関する本を借りて読む。そんな毎日の繰り返しで、今日も時間は過ぎて行って昼休みがやってくる。
(屋上は開いてるのかな……あいてたら……空を見つつ静かにお弁当を食べたい……)
 自作のお弁当を抱え、屋上へ向かおうとする冬。
 しかしそんな冬を呼び止める、いつもの声が聞こえた。
『相棒!』
 冬を呼ぶのは保健の先生であるイヴィア(aa3984hero001)だ。『先生の分のお昼を買ってきてくれ☆』と笑うその顔に悪意などなく、だからこそ冬も(少し困りつつも)差し出された小銭を受け取る。
「買ってくる物は……?」
『なんでもいいからパンを頼む、後牛乳もな☆』
 これは預かっておくからと弁当を受け取り、恐らく保健室に戻るのだろうイヴィアの背を見て、冬は溜息をつく。
(購買戦争……生きて帰ってこられるかな……)

 冬が購買戦争から生還した頃、ゼノビアも購買にやって来ていた。というのもクラスメイト達にお昼ご飯を一緒にと誘われたからである。
 さすがに購買戦争には参加出来なかったゼノビアだが、無事勝利したクラスメイトは焼きそばパンを美味しそうに頬張っている。……焼きそばパン。
「それが、焼きそばパン、です? ……パンに、そば……? 美味しい、ですか?」
 ゆっくり丁寧に日本語を紡いでゼノビアが尋ねれば、食べていた少女はまだ口をつけていなかった方をゼノビアに差し出す。
「……?」
 きょとんとするゼノビアに、少女はさらにずずいと焼きそばパンを勧めてくる。
「……」
 ほんの数秒、どきどきの時間を経て、ぱくり、と一口。
「!」
 美味しいでしょ?と言わんばかりの少女に思わず英語で感想を伝えてしまうほど、焼きそばパンは衝撃的で。
 ひとしきり言い終えた後、ぽかんとしたクラスメイト達から「英語教えて!」と頼みこまれる、そんな昼休みであった。

 無事パンと牛乳を手に入れた冬はイヴィアが待つ保健室へやって来ていた。お釣りと頼まれた物を渡すと、礼の言葉と共に『お前もここで食ってけ☆』と言われ、預かってもらっていた弁当が出される。
「……ん」
 こくりと頷き、冬は弁当を広げる。丁寧におかずが詰められた弁当を一口、二口。黙々と食べ進める冬の前にひらりと落ちてきたのは桜の花びら。
『もう時期なんだな』
 改めて空気を感じればすっかり春の陽気で、窓から入ってくる風もイヴィアにとっては心地良い暖かさだ。
 しかし冬は。
「ねぇ先生……雪……降らないかな……」
 ひらひら降る桜を見て、そう呟く。ここまで暖かくなったのに雪は降らないだろう、と普通なら冬の言葉を否定して、もしかしたら笑い飛ばすかもしれない。
『奇跡でも起きて降るかもな☆』
 だがイヴィアは、もしかしたらの可能性があるかもしれないと言う。
 彼はいつもそうだ。間違った事を言えば正してくれるが、冬を否定するような言葉を使ったりしない。
「僕も将来は……」
 言葉の先は飲み込んで晴天の空を見上げれば、雪に似た花びらが冬の前を通り過ぎていく。
 望む季節は、まだ遠い。

●穏やかでゆるやかな
『よ、相棒☆』
 声に冬は立ち止まる。動きに伴い揺れる鞄は重そうで、中には勉強道具が入っているのだろう。だからこそイヴィアは保健室を指さして言う。
『俺の仕事が終わるまで勉強でもして待ってな☆』
 言葉の後に『送ってってやるから』と付け加えるのは、先生としてというよりは彼個人の感情なのかもしれない。
(家に帰ってもこの時間じゃまだ一人だろうし)
 出来る限り冬が一人でいる時間を減らしたいから、昼ご飯に誘ってみたり、こうして勉強会をしてみたり。ちょっとした時間作りをしているわけなのだが。
「そういえば……イヴィア、教室のぞきに来た……?」
 ばれていた。
『……保健の先生は暇なんだ』
 例え仕事があってもこうして放課後まで延ばしてしまえば冬を一人にしない口実になる。だからイヴィアは出来るだけ仕事をサボるし、授業中に教室を覗きに行ったりする。
 ただあまりにも仕事をしないと信用が無くなってしまう気もするので。
『分からない問題があったら聞けよ?』
 先生らしくそう聞けば、生徒からは早速「ここ……この問題は?」と質問が飛んできた。
『……こんな難しい問題をもうやってるのか……』
 記憶の奥底に眠っていた方程式をひっぱり出して、うんうん言い合いながら解いていけばすっかり日も暮れる。
 そうして勉強会は終わり、イヴィアが冬を車で送って行って。
『また明日な☆』
「うん」
 手を振って、別れでは無く『次』の約束をして。
 穏やかでゆるやかな日常は続いていく。

●続いていく世界
「コト! また明日な!」
「ああ、また明日」
 友人に手を振って帰る道は愛しい妹と同じ道だ。琴理の溺愛ぶりは有名すぎるくらいに有名だから時折からかわれることもあるのだが、彼はそのたびに「当然だろう?」と返している。
 なにせ自慢の妹なのだから。
「リツキ、今日は甘いものを食べて帰ろうか」
 そう言って通い慣れた店の自動ドアをくぐれば、顔馴染みである蒼(aa4909hero001)――木藤 蒼が「いらっしゃいませ」と店員らしく。その後に、
「……いつもありがとうございます」
 常連のお客様だからだろう、少しだけ付け足された言葉に琴理も軽く礼をして席に座る。
 メニューを開き、どのケーキにしようか悩む妹に半分こを提案すれば律希は嬉しそうに頷いて笑う。
 そうして種類の違うケーキセットを二つ頼んで待つ間も、会話が尽きることは無く。
「今日は授業中に蝶々が窓から入ってきてね。とても綺麗な羽根の色をしていたよ」
 話したいことがたくさんある。帰り道も同じなら帰る先だって同じなのに足りないほど。
「写真には撮れなかったのだけど、リツキにも見せたかったな」
 話が一段落したところで、蒼がお待たせしましたと言ってケーキセットを運んでくる。
「ありがとう」
 律希と共に礼をして、会話は琴理のクラスにやってきた留学生の話へ移っていく。なんだか興味津々な妹の様子に、もしも留学生が男だったらという考えが一瞬だけ過って消える。
 それはそれ、もしもの話だ。だから今はもしもでは無くて、楽しい話をしよう。
 愛しいものは此処にある。

 楽し気な兄妹の様子を微笑ましく思いながら、蒼はアルバイトをこなしていた。
 彼もまた、ごくごく普通の『一般人』として――来年就活を控える大学生として、生きている。
 今日は幸い授業が無かったから長めにバイトの時間を入れて。そうしたらいつもよりも少しだけ忙しくて。
 けれど……そろそろ将来を考えなければいけない時が近づいてきているのも、確かだった。
 就職活動となればバイトの時間を減らさなければいけないし、あの兄妹と会うことも無くなるだろうと二人の様子を窺えば、そろそろカップの中身が無くなる頃合いだろうか。
 会話を遮らないようお代わりを尋ねると、普段通り兄が妹の方を先にと示してくる。
「かしこまりました」
 名も知らず、住む場所も知らず、些細な会話だけで終わる店員と客という関係性。
 嫌いなわけでも苦手なわけでもない。しかし親交を深めることも無く友人になることなども無く。
 いつか遠い未来に、さよならも告げずに別れるのだろう。
 それが普通で、とても一般的だ。
(そういえば新刊が出ていたな)
 会計を終えた兄妹が自動ドアを出ていくのを見て、アルバイトが終わりに本屋へ行こうかとぼんやり考えながら。
 蒼の世界は途絶えることなく、続いていく。

●桜舞う季節に
 一緒に帰ろうと誘われ、ゼノビアはクラスメイト達と共に帰路についていた。明日は学校の中の案内や部活というものの案内もしてくれるらしい。
(また、明日……)
 電車に揺られながら先程の会話を思い出す。日本語はまだ難しいし、聞き返してしまうこともある。でも、楽しい。
(お弁当も、美味しかったな)
 親戚の……レティシア ブランシェ(aa0626hero001)お手製のお弁当はとても美味しくて、これからの楽しみだったりもする。
 ゼノビアと同じく英国の出身だけれど、日本に赴任しているから日本語がぺらぺらで料理も出来て。留学中お世話になっているのも彼のアパートだ。
 朝食もレティシアの担当で、日本食が好きな彼は味噌汁や焼き魚など日本食を作ってくれる。
(でも、納豆が嫌い)
 昨日テレビを見ていた時ちょうど納豆の映像を流していて、『なんでわざわざ粘ってる腐った豆食べるのか理解できねぇ……』と言っていた。
 ヨーグルトもミソもショウユも腐っていると言えば、そういう問題じゃないと返されて。ならどういう問題なのかはきっとレティシアしか知らないことで。
『ゼノビア』
 最寄駅まで迎えに来てくれていたレティシアを見て、ちょっとだけ笑いを堪えるゼノビアである。

『学校どうだった、楽しかったか?』
「楽しかった! 勉強はまだ、ついていけないけど……でも、楽しかった」
 何しろ留学初日だ。もしかしたら疲れて帰ってくるかもしれないとほんの少しだけ心配していたレティシアだが、どうやら杞憂だったらしい。
『少し寄り道するか』
 そう言ってレティシアはどこかを目指す。折角ゼノビアが日本にやってきたのだから色々な場所に連れて行きたいが、本格的な観光案内は休日に。まずは近場の――。
「桜並木……!」
 広がる光景を見て嬉しそうに声をあげるゼノビア。
 川の両岸に沿うように続く桜並木は有名な場所で、平日でも人が多い。
『はぐれるなよ、チビ』
 そう言うレティシアの腕を引いてゼノビアが向かったのは大きな桜の木だ。
 何をしたいのか察しがついた青年は何とも言いがたい顔をするが、ゼノビアはそんなことお構いなしで彼の隣に並び、自分達に向けて携帯のカメラを構える。
「Say cheese!」
 パシャッと音が鳴って、撮れた写真を確認してゼノビアは楽しそうに笑う。
「レティ、変な顔」
『お前がいきなり撮ろうとするからだろ。見せろ』
「見せたら、レティ、消しそう」
『消さない』
 会話をしながら、桜並木の下をふたり並んで歩く。
 今も、別のどこかでも。二人の世界は共に続いていく。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 此処から"物語"を紡ぐ
    真壁 久朗aa0032
    機械|24才|男性|防御
  • 告解の聴罪者
    セラフィナaa0032hero001
    英雄|14才|?|バト
  • マイペース
    廿枝 詩aa0299
    人間|14才|女性|攻撃
  • 呼ばれること無き名を抱え
    aa0299hero001
    英雄|19才|男性|ジャ
  • シャーウッドのスナイパー
    ゼノビア オルコットaa0626
    人間|19才|女性|命中
  • 妙策の兵
    レティシア ブランシェaa0626hero001
    英雄|27才|男性|ジャ
  • 色鮮やかに生きる日々
    西条 偲遠aa1517
    機械|24才|?|生命
  • 空色が映す唯一の翠緑
    aa1517hero001
    英雄|14才|男性|ドレ
  • 穏やかでゆるやかな日常
    無音 冬aa3984
    人間|16才|男性|回避
  • 見守る者
    イヴィアaa3984hero001
    英雄|30才|男性|ソフィ
  • 今を歩み、進み出す
    狐杜aa4909
    人間|14才|?|回避
  • 過去から未来への変化
    aa4909hero001
    英雄|20才|男性|ジャ
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