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依頼前の挨拶スレッド
最終発言2017/02/08 21:47:09
オープニング
●南の島のおひとりさま女子
「ニーナ! 14日、一緒にディナー行かない? あたしの奢りで」
ヘレンは陽光色のウエーブヘアを揺らしてオペレータ室に颯爽と入って来た。
彼女はハワイ在住のエージェントだ。南国らしくぴったりとしたTシャツとGパンを着て、凹凸のくっきりしたボディラインを際立たせている。
「……へレン。暇になるとオペレータ室に入り浸るの、やめなって言ってるでしょ?」
眉を顰めて嗜めるのは、やや地味な印象を受けるショートボブのオペレータ。ヘレンの親友で、名前はニーナ。
「いいじゃん。何かあったらすぐに対応できるしさ。それよりどう? 14日」
再度話題を振られたニーナは、俯いてもじもじと言葉を濁す。
「それが……今年はちょっと……先約があって……」
「先約うううううぅぅぅっ??」
いまは2月。14日と言えば、言わずと知れたバレンタインデーである。
南の島、ハワイでもバレンタインデーは一大イベントだ。
ただし、日本と違って男性が女性にチョコレートを贈る。義理はなく、本命オンリー。
友達や先生などには、キャンディなどの軽いお菓子を贈る。
ヘレンはがくりと膝をついた。
彼氏いない歴、22年。つまり年齢と同じ。
ルックスはそこまで悪いわけではない、と思う。
しかし強すぎる正義感と、すぐに鉄拳制裁を繰り出す性格のせいなのか、いままで異性に言い寄られたことはない。
寂しいバレンタインには毎年一緒にいてくれた親友が、男との約束を先に入れてしまうなんて。
「一体誰だ……あたしのニーナに告ろうなんていう不逞の輩はあっ?! このヘレン様が覚悟を確かめてやるっ!」
ジャキッと腰の二丁拳銃を取り出すヘレンに、付き合いの長い女友達はやれやれと溜息をつく。
「だーかーら、その乱暴な性格をちょっと隠してみなさいってば。そうすればヘレンだって女の子以外からもプレゼント貰えるようになるよ?」
男性からは恐れられ、モテことのないヘレンだが、その気風のよさから女子受けはそう悪くないのである。
そのとき、室内にけたたましいコール音が鳴り響いた。
●チョコ泥棒は許さない!
「……チョコ泥棒?」
「ホノルル市内の製菓店でね、バレンタイン用のチョコレートが根こそぎ盗まれるという事件が頻発しているらしいの」
受話器を置いたニーナは、さらさらと報告書にぺンを走らせながら頷いた。
ハワイではバレンタインのチョコは高価な本命用のみである。数は少なくとも、被害額は相当なものになる。
「ということは、今年チョコを用意できなかった男どもは告白失敗……いいぞもっとやれ……あ、嘘です。ゴメンナサイ」
思わず黒い本音が漏れ出たヘレンだったが、親友に足を踏まれて正気に戻る。
「もう11件も被害が出てるのか……。職人さんが精魂込めて作ったチョコを掠め取るなど、このヘレン様が許さない!」
「犯人はピエロのマスクを被り、赤と白のストライプの入ったよくあるピエロ衣装を着用。異常に逃げ足が早いこと、拳銃で撃たれても怪我をした様子がなかったことから、ヴィランの仕業ではないかということで警察から回ってきた案件なの」
「目立つ衣装なのは逃げ足に自信があるからか、何かのカモフラージュか」
ニーナはヘレンとお喋りを続けながら、手際よく送信されてきた地図をプリントする。
地図に目を落とし、ヘレンは言った。
「ふーん、被害店舗は市内全域に広がってるわけね……ん? いっこだけ製菓店じゃない場所がある……?」
「そこは最初の被害現場ね。生鮮食品のマーケットで、屋台が入れ替わりで出店しているの。季節商品として市内の製菓店が出店したブースが狙われたらしいの。防犯対応が弱いとこを狙ったのかしらね」
「ふふふふそうか……、よーし! ヒラメイタ!」
地図を握り締め、残念女子は雄叫びを挙げる。
「待ってろよチョコ泥棒! 男だったら本命チョコはひとつだけでいいんだよ!」
●ピエロを倒してチョコを取り戻す!
「とゆーわけで、市内の製菓店及び小売店に協力を要請し、一時的にチョコレートを全撤去して貰いました。防犯と犯人逮捕を兼ねているとはいえこれによる機会損失は大きく、協力は1日に限るという取り決めです」
作戦を立案したヘレンはブリーフィングルームであなたたちを前に説明する。
「犯人は必ず最初の犯行現場に戻ります。そういう習性です」
ヘレンはなぜか自信満々である。
「市内からチョコを撤去した代わりに、このマーケットでは全力でチョコフェアーを行い、チョコの香りをプンプンさせておきます。具体的には揚げたてチュロスにホットチョコレート、チョコクレープにチョコがけドーナツ、チョコパフェ、チョコサンデー、チョコアイス」
具体的なメニューは行けば分かるから! とニーナに突っ込まれてヘレンは咳払いする。
「もちろん、バレンタイン用のチョコを販売するブースも設置します。皆さんは観光客を装い、マーケット内に潜伏して、犯人の訪れを待っていただきたいのです」
マーケットでは主に背の低い台に商品が並べられ、見通しはよいので赤白ストライプのピエロなどが現われれば、どこからでもわかるだろうと言う。
「誰かが犯人らしき人物を見かけたら、全員に連絡を回してください。ピエロの仮装をした一般人が歩いている可能性もありますので、キツい先制攻撃は避けることにしましょう。本格的な攻撃は、相手がチョコを盗むか、ヴィランだと判明してから。盗品を回収する目的もありますので、殺さない程度にシバいて下さい」
ヘレンはお日様の色をした髪を掻き上げ、ひとつ深呼吸した。
「バレンタインデーはこのハワイでも大切なイベントです。市民の幸せを守るため、泥棒ピエロにすべての恨みを叩きつけ……いえ、必ず捕まえて奪われたチョコを取り戻しましょう!」
解説
●目標
ホノルル市内、ワイキキのマーケットで観光客として潜伏しつつ、現われたチョコ泥棒を捕らえる。
●舞台
ワイキキにある生鮮食品マーケット。新鮮な野菜、魚介、肉、惣菜などがひととおり揃い、屋台も数多く出店している。ハワイで一般的なグルメはほぼ手に入るが、ヘレンのおすすめは揚げたてチュロス&アイス、ロコモコプレート、ハワイアンチリ&ライス、フリフリチキン、新鮮野菜のスムージー、アサイーボウルなど。オーガニックサラダや魚介を使ったポキなども種類が豊富。
●登場人物
ヘレン・ヴェガ
ハワイ在住のエージェント。22歳独身。親友とぼっちバレンタインを慰め合おうとして振られたばかり。好きなものは肉と酒とつまみ類。
英雄はラナエという名の自称森の精霊少女で、人ごみが苦手なため幻想蝶の中でまったり過ごしている。
二丁拳銃が得意なジャックポット。
チョコブースの売り子を担当する予定。
チョコ泥棒
逃げ足が早く、派手なピエロの格好で現われる。なにやらチョコを集めているらしい……?
●その他の施設
ハワイ支部は宿泊&簡単な調理・喫食が可能。市内にも各種飲食店あり。
夜には内心やさぐれつつ犯人逮捕に全力で挑むぼっち女子を慰める会が開催されるかもしれない。会員募集中。ぼっちに対する優しい気持ちがあればぼっち、リア充問わず。
リプレイ
●ワイキキでグルメを
マーケットの上空には、輝く南国の青空が広がっていた。
青果品売り場にはテントが張られているが、それ以外の屋台は日差しの中、独自に日除けを使って客のために日陰を作っている。
『……今日は、此処、と……此処。そして……ここ、……あとしおり参照。全部回る……から』
普段どおりに表情に乏しく38(aa1426hero001)は、付箋だらけのガイドブックをいくつかと、自作のしおりを広げた。
その様子にツラナミ(aa1426)は嫌な予感がしたが、38(サヤ)は構わず話し続ける。
『ルートけん、さく……完璧。時間管理……かん、ぺき。今日中に全部……まわれ、る』
「……おい」
いや今回の依頼はそうじゃないだろうと言いかけるが、38の目は真剣そのものである。
『……いざとなった、ら……共鳴して、駆ける。まに、あう』
しかも観光優先の埋め合わせに、シャドウルーカーの移動力を使うつもりらしい。
「…………おい。張り切ってんのはいいが、依頼のコト……」
『任せ、て。最高の、ぐるめつあー……する』
平坦な表情とは裏腹に、その目にはぎらぎらとした野心、もとい食欲が宿っている。
「……ああ、そうかい」
ツラナミは抵抗を放棄した。というか、抵抗するのが面倒臭くなった。
もともと面倒なことは嫌いなたちである。
38は表情を変えずに、しかしやけに力強い足取りで歩き出した。
ツラナミは諦めたように引っ張られてゆく。
「……まず、は、こっち……」
「この辺にゃ来たことなかったしな。せっかくだ、楽しんで行くか」
麻生 遊夜(aa0452)はマーケットに並ぶ色とりどりの棚を眺めながら言った。
『……ん、次は子供達も、連れて来る』
尻尾をゆらゆらと揺らしながら、ユフォアリーヤ(aa0452hero001)も頷く。
(にく……)
色んな肉が陳列してあるのを見るたびに、ふらりと寄っていきそうなリーヤの腕を、遊夜が引く。
「ほれ、生肉よりこっちの方が美味しそうだぞ」
リーヤを連れて来たのは、黄色いトラックの屋台。トラックの脇には、大型の冷蔵庫ほどもある専用のロースターがあって、そこからなにやら香ばしい香りが漂ってくる。
ファイヤー・ローステッド・チキン、いわゆるフリフリチキンの専門屋台だ。
注文してロースターの扉が開けられると、中からは肉の焼ける香ばしい匂いと、スパイスの刺激的な香りが圧倒的な迫力を持って迫ってくる。
『……ん、お肉!』
目をキラキラさせながらリーヤが受け取ったばかりの肉にかぶりつくと、スパイシーな衣の中から中からじゅわあっと肉汁がほとばしる。
美味しい!
未知の国には、未知の美味しいお肉がいっぱいある!
暴走寸前のリーヤを程々に抑えつつ、遊夜はどうやって野菜類も食べさせておくか思案する。
「アサイーボウルでも食べさせるか」
遊夜がフルーツ盛り合わせをつつき始めると同時に、リーヤが耳をぴこぴこさせて振り返った。
それちょうだい、とおねだりするように、上目遣いで遊夜の服の裾をついついと引っ張る。
「おぅ……あれ?」
あまりにも簡単に釣れたことに戸惑いながらも、あーんと大きく開いた口にスプーンでなるべく栄養のありそうなところを掬って食べさせてやる。
『……ん、ふふ……おいし……』
リーヤがとろけそうな笑顔を浮かべるので、余程気に入ったのだろうと思っておく。
しかし、クスクスと笑うリーヤの真の狙いは果実ではなく、遊夜との間接キスだったのだ。
(間接キス、フルーツよりおいしい!)
どこまでも肉食女子な、ユフォアリーヤなのだった。
「寒い日は、やっぱり南の島に行くに限るね!」
葉月 桜(aa3674)は揚げたてのチュロスを頬張りながら言った。
甘さ控えめでカリカリのチュロスは、クリーミーでひんやりしたチョコアイスとの相性がよく、チュロスでアイスをディップしながら食べると最高に美味しい。
『あまりハメを外しすぎるなよ?』
伊集院 翼(aa3674hero001)はグリーンスムージーのLサイズを片手に歩いていた。
カットした野菜とフルーツを目の前でミキサーにかけて貰ったものだが、野菜の割合が多い割に癖がなくクリーミーで飲みやすい。
「チョコを盗むなんて許せないよ!」
『そうだな、チョコは大切な気持ちを伝える手段だ。絶対に許さないぞ。』
桜がぐっと拳を握れば、翼も冷静に頷く。
二人とも、本命チョコを贈る相手のいる、恋する女子なのだ。
ひとまずは観光客っぽく、提げ売りの服を見て回る。
「この服とか、似合うかな?」
マーケットで売っている服は充分におしゃれで、見ているとどれもこれも欲しくなる。
『そうだな、おそろいの服とか買うのはどうだ?』
桜と翼は色違いで、ちょっとお揃い感のある服を探してみる。
女友達との他愛のないショッピングほど、楽しいものはない。
梶木 千尋(aa4353)と豪徳寺 神楽(aa4353hero002)も女性同士のペアではあるが、桜達とはちょっと様相を異にしていた。
二人とも観光客らしくふわりと風になびくリゾートワンピースなどを着用しているのだが、裏腹に妙な殺伐感がある。神楽の着用するサングラスも威圧感を増している。
「神楽はあまりモテなさそうよね。美人だけど、取り付く島がない感じだし」
千尋は紙製のカップ盛りの白身魚のポキをつつきながら話題を振った。
ポキは生魚に調味料を加えて海藻類と和えたハワイ料理である。
『どうでも良い他人から想いを寄せられても仕方があるまい。ただひとつの愛があれば十分だ』
炭火焼のステーキ串を齧りながら、神楽が応えた。
まさに千尋の言う通り、取り付く島がない。
『そういう貴様はどうなんだ?』
「さて、一体どれだけの告白を斬ったかしらね。覚えてないわ」
千尋のほうもかなりの美人でスタイルもよく、二人が並んで歩くとモデルか女優のお忍び旅行のようなのだが、現在二人とも、恋人は存在しない。
『……くだらん』
神楽は冷たい声で、不毛な会話を打ち切った。
カーネス(aa4870)は一般客に紛れて巡回しつつも、人々の幸せそうな表情と、甘いチョコレートの香りに、過去の思い出を蘇らせていた。
――おとーさぁん、おかえりなさぁーいっ!
赤い薔薇の花束を抱えて我が家のドアを開ければ、待ち構えていたように飛び出してくる愛娘。
軽く柔らかい体を抱き上げてやると、きゅっと抱きついてくる。
――きょうはね、わたし、おてつだいしたの。えらいでしょ?
耳元で囁く声はくすぐったく、途轍もなく甘い。
家の奥に進むと、食卓に用意されているのは、妻が作った御馳走と、チョコレートケーキ。
ケーキの上には、娘がこの頃ようやく書けるようになったひらがなで「おとうさんへ」……。
妻も娘も、もうこの世のどこにもいない。この手には戻らない過去。
マーケットに集う人々からは、カーネスの失った幸せの、残り香がする。
(人々に直接的な被害を与えるものでないとしても……見過ごすわけにはいかない)
人混みに紛れるように、カーネスは中折れ帽を被りなおした。
「ハワイは初めてきたのだよ、アオイ。見慣れないものに心奪われてしまうね」
狐杜(aa4909)は強い日差しを遮るサングラスを掛け、幻想蝶の中の蒼(aa4909hero001)に話しかけた。
和装ではあるが生地の薄いものを選んで来たのと開口部が大きいので、慣れてしまえば南国でもそれほど着苦しくはない。
『目的を忘れるな』
蒼は不機嫌とも取れる低い声で言い返す。
マーケット内に流れるチョコの甘い匂いと人混みを嫌って、幻想蝶の中に退避しているのだ。
「つれないね、アオイ」
さほど残念でもなさそうに、狐杜はあたりを見回した。
首から記録用のスマートフォンを提げ、なるべく動かないよう固定しているが、いまのところマーケットの観光記録しか取れていない模様である。
「ヘレンに甘くないおすすめを聞いてみたのだがね、ハワイは海に囲まれているから、とにかく地元の魚介類を賞味してくれと言われたよ」
というわけで手には食べやすく串に刺したハワイの名物料理、ガーリックシュリンプを持っている。
「日本風の刺身、ハワイ風の刺身の和え物ポキも、種類は豊富のようだね……おや」
魚介料理を見て回る中で何かを発見したらしく、ぱたぱたと草履を鳴らして駆け出す。
「ごはんだ! いや待て、sushi-mesiと表示されたものもあるぞ……どうやら、好きな魚介料理を選んでオリジナル海鮮丼にできるらしい! なかなかいいね」
『知るか。勝手にやってろ』
うきうきと観光を楽しむ狐杜に、蒼は冷たい。
「ふむ……あくまで捕り物優先と言うわけだね。それではヘレンの様子を見に行こう」
狐杜はそういうと、くるりと踵を返した。
●大道芸は、音楽に乗せて
その頃へレンはチョコレートブースの中で、売り子として忙しく働いていた。
犯罪に巻き込まれる危険があるので、ときどき補充に来てくれるスタッフは別にいるが、売り子はヘレンひとりでまかなっている。
「やあ、ヘレン。あやしい奴は現れたかね?」
「あやしい奴はまだですが、お客さんは多いです……」
ふらりと現われた狐杜に、ヘレンはぐったりしつつ答えた。
今日は市内のチョコを撤去した貰ったため、チョコを売っているのはここだけで、とにかく忙しい。
「もしよければ、チョコを買いたいのだよ。わたしが食べるチョコをね」
楽しい土地の思い出に楽しいチョコが欲しいのだと言って、狐杜は小さめのチョコを買って行った。
犯人のピエロはまだ姿を現さないが、エージェントのピエロ、逆神 笑満(aa4839hero001)はごった返す人の波の中でひときわ存在感を放っていた。
相棒のエマ(aa4839)は屋台で気になるものがあれば遠慮なく買い、笑満(エンマ)が曲芸的なバランスでそれをすべて持っている。
チョコサンデーのカップの上にドーナツが乗り、更にその上にカップ入りのポップコーンが乗っているといった具合である。両手だけでなく、頭や肩まで使っている。
しかも持っているだけでなく、自由自在にエマや自分の口にも運んでいるのである。
「あ、美味しそうデス! コレもいいデスネ! こっちもいい匂いデス!」
『よっ、はっ、ほっ、っと! うむ、どれも美味でやすね!』
周りの通行人は、二人がそういう芸を見せている最中なのだと思い、自然と見物に寄って来る。
エマが最後のチョコドーナツを平らげた時には、拍手喝采が巻き起こった。
「こんなに観客に囲まれると、なにか手品でもしなければという気になりますネ」
そう言うとエマは、持っていた手提げ鞄をその辺の木箱の上に置く。
くたっとした皮製の鞄は、ファスナーを開くと意外と大きく口をあけて、中には平べったい銀色の箱のようなものが入っている。
「突発! エマのマジックショーですヨ! お暇な方は観ていって下さいネ!」
エマが銀色の箱を持ち上げた、かに見えて、銀色の箱は鞄の容量その他を無視して下に続いており、重そうに取り出し終わったときには50センチ四方くらいの大きめの箱になっていた。勿論、仕込みありの手品である。
木箱の上の鞄を払いのけ、木箱に穴が開いていないことを観客に見せてから、ゴトッと重そうに銀色の箱を置き直す。くたっとした軽そうな鞄に入っていたとはとても思えない重量感だ。
「さあ、箱の中には何が入っていると思いマス? 素敵なものが見られますヨ! 皆さんご注目~!」
ぱかり、と箱の蓋を開くと、中から白く細い手が現われた。
続いて銀のハイヒールを履いた足が現われ、それがつくりものでない一人の人間のものだと分かり……。
最後には、エマに手を引かれて、白黒のダイヤ模様のレオタードドレスに身を包んだ少女が小さな箱の中から地上に降り立った。
「ロシアから来た雪の妖精、ヴェロニカちゃんデス! 拍手で迎えてあげてくだサイ!」
北方から来たばかりのヴェロニカ・デニーキン(aa4928)の肌は白く、まさに降りつもった雪のよう。氷のような銀髪も陽にきらめいて美しく、妖精と呼ぶにもふさわしい。
ヴェロニカがエマと並んでポーズを決め、一礼すると、割れんばかりの各種喝采に包まれる。
「おや、まだ中になにかありますヨ!」
エマが取り出して無造作に投げたのは、ジャグリング用のクラブ。笑満は危なげなくそれを受け取る。
「ほいっ、ほいヨ!」
クラブは二本、三本と増えてゆき、リングとボールもそれに加わる。
『そんなにいっぺんに投げたら受け取れないでやすよ!』
笑満はときどき落としそうな演技をして観客をどよめかせつつ、結局は道具を自分の体の一部のように華麗に扱い、空中高くジャグリングの輪を広げる。
『……お、凄いことになっているな』
そこへギターを持った翼と桜が通りかかった。
「つーちゃんっ。こんな楽しげなことにはボク達も参加すべきだよっ!」
二人はギターと歌を披露できる場所を探して歩いていたところだった。
翼は早速ジャグリングに合うアップテンポな曲をギターで奏で初め、桜は歌声を披露する。
『生演奏つきたあ、贅沢でやすねい!』
ふたりの演奏に、道化師はますます上機嫌になり、音楽に合わせたジャグリングも一層勢いを増してゆく。
エマはそこに、マーケットで買ってきたレモンや玉ネギなどといった変則的な形のものを投げ込み、笑満がそれに文句を言いつつさばいて、緩急をつけつつ曲に合わせて盛り上げる。
ジャン! とギターが曲の最後を告げるのと同時に、回していたバトン類を両手と頭、片足と口を使って器用に受けきる。
いつの間にか、エマ達の周りには結構な人だかりが出来ていた。
こうなるとサービス精神旺盛な大道芸人エマも、俄然力が入ってしまう。
「次は、雪の妖精、ヴェロニカちゃんのナイフ投げですヨ!」
手ごろな壁を背に木箱を置いて、市場で買ってきたフルーツなどを的として並べる。
勿論、使った後は皆で美味しくいただく予定である。
●ニセ道化を仕留めろ
その頃、チョコブースの近くの物陰では不審な黒い袋がもごもごしていた。
人々が楽しげな大道芸に気を取られている間に、もごもごと形を変えてゆく。
黒い袋が形を変え終わったそのとき、中から出て来たのは、ゴムマスクを被ったピエロだった。
出て来たばかりの黒い大袋を引っさげ、売り子のヘレンに銃を突きつけて、くぐもった声で言う。
「命が惜しければ、チョコを根こそぎ渡せ。この袋に詰めろ」
ようやく現われた犯人を前に、ヘレンも負けじと二丁拳銃を抜き、狙いをつけて凄む。
「誰が渡すか!」
「緊急事態。ピエロ出た。エージェントじゃない、チョコ泥棒。いまチョコブースでへレンとにらめっこ中」
威嚇のためとはいえ、二丁拳銃でうっかり両手を塞いでしまったヘレンに代わってスマホと通信機で連絡を回したのは、ヘレンの英雄、ラナエだった。
普段は幻想蝶から出てこないが、緊急事態には助けてくれる。
ヘレンのほうも勢いよく銃を抜いたはいいが、共鳴すらしていない状態だった。残念。
第一、犯人の後方には大勢の買い物客がいる。迂闊には撃てない。
翻って、ヘレンの後ろは壁である。犯人が発砲しても被害が少なくて済みそうではあるが、もし周囲の一般人を盾にするつもりだとしたら、どう転ぶか分からない。
「……行くぞ」
ツラナミは懸命に何かをもぐもぐしている38の首根っこを掴んで共鳴する。
英雄が山のように買い込んだフルーツや菓子類は幻想蝶に仕舞ってあるので、身軽である。
通路は比較的駆け易かった。客が大道芸方面に集中していたお陰だろう。
チョコブースはすぐに見えてきた。赤白ストライプのピエロが銃を構えているが、いま客を集めている奴らと比べると、明らかに偽者臭さがある。
射程の長い【女郎蜘蛛】を発動させ、ライヴスの網で犯人を縛る。
遊夜は食べ歩きはほどほどで切り上げ、マーケットを上から見渡せる付近のショッピングビルに位置取りしていた。
3.7mmAGC「アルパカ」で犯人が動きを止めた瞬間に高い位置から足を狙撃し、逃亡を防ぐ。これは狙撃時にも撫でているようにしか見えないという、イロモノかつ実用的な銃である。
「俺達から逃げれると思うなよー?」
『……ん、どこにいても、当ててあげる』
手応えを感じてニヤリとする遊夜に、共鳴しつつもクスクスと笑うリーヤ。
並みの能力では、彼らの狙撃能力から逃れることは敵わないだろう。
「ヴェロニカちゃんの標的変更デス! ニセモノピエロ出現! 皆さん下がって下サイ!」
そうは言っても手品と大道芸の最中のこと、観客は共鳴を笑満が消えるイリュージョンだと思っていたし、桜と翼の共鳴も似たようなものとして、喜んで拍手で讃えていた。
エマは人垣を掻き分けるよりも飛び越える方が早いと、中腰になって手を組み、ジャンプの補助の姿勢を示す。
ヴェロニカは軽く頷くと、助走をつけてエマの補助でジャンプする。
空を舞う銀色の少女に、観客は歓声を上げる。
続いて共鳴して背中に蝶の羽のエフェクトを発生させた桜も、続いて大きくジャンプした。
「天罰に代わって、お死おきですわ!」
カーネスは40がらみのナイスミドルだが、共鳴すると外見が英雄と混ざって、おっさんのままお団子ツインテールになる。ついでに髭も伸びて三つ編みになり、先端にリボンまでつく。
どうしてこうなった。
ムキムキおっさん体型のままホワイトチョコドレスを翻し、ホイッパーロッドで殴る。無言で。
魔法武器の特性で、周囲には甘~い香りが漂い、生クリームの幻影まで浮かび上がる。
その光景に誰もがキツイ思いを抱え始めたそのとき、エマのジャンプ補助のお陰でヴェロニカの投擲ナイフが飛んできた。
雪の妖精のナイフはピエロ衣装を地面に縫いつけ、本体が意外と細いことを浮き立たせる。
「そろそろ、そいつの阿呆面を拝んだほうがいいんじゃないの? 殴って顔が変わる前にね」
共鳴して駆けつけた千尋が、冷静にそう言う。
犯人のゴムマスクは、パーティ用のピエロのマスクで、簡単に外れた。
中から出て来たのは、面長の顔。黄色い肌とひどく細い目は、中国系の顔つきだ。
「おや、中身は意外と地味なのだね」
続いて到着した狐杜は、少し面白げに言う。
やたらとだぶついていたピエロ衣装も、脱がせてみると中身は上下黒づくめ、目立つほどに細身の男だった。
おそらく、途中でピエロ衣装を脱ぎ捨て袋に詰めてしまえば、「ピエロ」としての目撃情報は皆無になるだろう。
「どうして、大切なチョコを泥棒したりしたの?! 言わないと殴るよ?!」
まったく闘い足りない桜は、義憤に任せて拳を固める。
「……だ……」
男の声は弱々しく、消え入りそうだった。
「もっと大きな声で!」
「強くなりたかったんだよ! チョコを集めれば、強くなれるって聞いたから!」
●チョコを集めれば、強くなれる、かもしれない
「……などと、訳の分からない供述をしており」
犯人を警察に引き渡して来たヘレンは、ハワイ支部の前で皆に事の次第を説明した。
男はマーケットに出入りしていた養鶏業者の運搬係で、ネット上の書き込みを見て、なぜか「チョコを集めると強くなれる」と強く信じていたらしい。盗んだチョコは強くなるためのアイテムとして大事に保管されていたため無傷で押収され、無事元の業者に返却された。
男が見たというサイトの書き込みは既に消されており、警察の方でも調べてはいるが、大方の反応は「何故それを信じた?」という冷淡なものだった。
「本当、この時期は毎度変わらないな……」
遊夜は溜息をついた。確か去年もどこかでそんな根拠の無い噂が流れた気がする。
「じゃあ今回の犯人はヴィランじゃなくただの肉屋だったってこと?」
「そうとも限らないんだよね」
千尋の問いに、ヘレンはかぶりを振った。
業者同士の揉め事には警察より信頼できると、マフィアとの連携を強める農畜産業者も増えている。
今回の男は、チャイニーズマフィアの深く関わる養鶏業者で働いていた、いわばマフィアの下っ端だ。
『どこにでも、闇は巣食っているものだな』
神楽は冷たい声で頷いた。
それはともかく、ハワイ支部の海側はプライベートビーチになっており、いまは絶好の、夕焼け時刻である。
「ふむ、空はどこも同じかと思っていたが、ここのは絶景だね。見てごらん、アオイ」
狐杜は空を見上げて感嘆を漏らす。
「……ま、うちの英雄は景色より土産の仕分けらしい。追い出された」
ツラナミはそう言うと、ガレージから持ってきたチェアに座って、煙草をくゆらす。
「土産ならうちも孤児院のちび用にチョコ商品を大量に買ったぞ。郵送する予定だ」
「桜達は、これからキッチンを借りて本命チョコ作りの予定!」
遊夜が土産自慢をし、恋する乙女達は、嬉しそうに頬を染める。
「それはそうと、腹ごしらえといきやせんか?」
エマと笑満は、披露した芸のチップでマーケットのめぼしい惣菜類と食材を買い込んできていた。
折りたたみテーブルを広げて、次々に並べる。
「こっちには、マグロもあるぞー」
遊夜がマグロを別のテーブルに取り出し、ナイフで手際よく捌いてゆく。
「あっマグロだー! お刺身もポキも、焼いても大好き!」
ヘレンが弾んだ声を上げる。ハワイでもマグロは人気素材なのである。
「えっと……。賑やかなのって……なんか嬉しいね! 私物のビールが冷やしてあるから、取ってくる! あとバーベキューコンロもいるよね?」
駆け出すヘレンに、エマとヴェロニカがついてゆく。
「重いデショ? 手伝うヨ!」
「ヴェロニカのことも、頼りにしてくれていいぞ?」
ヘレンの髪には赤いハイビスカスが揺れている。カーネスが去る前にくれたものだ。
彼もヘレンと同じく愚神によって家族を亡くしており、毎年咲き変わるハイビスカスに、「勇敢」と「新しい恋」の意味を託してさみしがりやのヘレンに贈ってくれたのだ。
夕焼け空は次第に深い青に変わり、星が瞬き始める。
夜になれば、満天の星空が辺りを包むだろう。
ヘレンは気に掛けてくれる人がいるという幸運を噛み締めつつ、仲間と共にガレージに向かった。