本部

 【仮装騒】ハロウィン連動シナリオ

【仮装騒】ファニーガイの襲撃

形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
10人 / 4~10人
英雄
4人 / 0~10人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/12/09 23:48

掲示板

オープニング

●テムズ川の監獄船
 陽の落ちたロンドン。
 濃い霧に覆われたテムズ川を三艘のフェリーが運行していた。
 うち、二艘の船はそれぞれ反対の川べりに着岸し舷梯を下ろす。すると、すぐに老若男女たくさんの人々がそれをのぼり船へと進む。それは、自ら喜んで乗るように見える者、どこか虚ろな足取りで歩く者、仮面を被った者たちに引きずられて乗せられる者……様々だ。
 彼らはこの船を『監獄船』と呼ぶ。

 ”funny(ファニー)”と名乗るイギリス・ヨーロッパの若者中心のヴィランズが”funny guy(ファニーガイ)”を名乗る男によってまとめられたのは、今年の夏の終わりだった。ほんの数ヵ月でファニーガイはファニーたちの心を掴み、ばらばらだった若者たちを一つの目的にまとめた。
 彼の掲げた言葉はこうだ。
「今よりよき世界、霊界を開く者『ファニーガイ』とともに、異界の扉を開き、この世界へ変革をもたらす」
 元々ファニーたちの多くは既存体制への大なり小なりの不満を持った若者で構成されていた。今はそこにファニーガイの掲げる異界、もしくは霊界への憧れによって参加する者も居る。
 ────本来、異界を開くなど、荒唐無稽な話だ。
 しかし、『世界蝕《ワールド・エクリプス》』の後、現世界ではその荒唐無稽な話がいくつも起きて来た。。
 英雄《リライヴァー》の存在。
 異世界との境界を壊し現れた滅びの腕。
 カオティックブレイドたちの世界へ繋がる門。
 世界の迫間に作られたドロップゾーン。
 それらの情報を現世界の人々はすべて正確に把握しているわけではない。
 だが、それでも、人々は自分たちの生活する『世界』が唯一絶対のものではないことに薄々気付き始めていた。
 だからこそ、ファニーガイを名乗る奇妙な男の言葉に堕ちた。
 それが、グライヴァーだと知らずに。
 それが、人非ざるものでもいいと、どこかで思いながら。
 そして、彼らは自ら監獄船へと足を運ぶ。



●広がるドロップゾーン
 人々を積み終えた監獄船が、テムズ川の中ほどに停泊するファニーガイの船へと近づく。
「Hip hip hoorah! Hip hip hoorah!」
 黒く塗られたフェリーの甲板は、どのような仕組みかあちこちから火柱が絶えず吹きあがっていた。
 そこで、額に赤い×印の付いたガイ・フォークスの仮面を被った若者たちが熱に浮かされたように騒いでいた。
 ガラス張りのラウンジからそれらを見ていたファニーガイは紅茶のカップを静かに机に置いた。
「そろそろ、ですかね」
 男性とも女性とも取れる不思議な声音でファニーガイが呟くと同時に、甲板の若者たちが仮面を押さえて叫び始めた。
「う、うわああ!?」
「あああああああ!」
「あっ、あははははは!」
 威嚇するように興奮するように、彼らのテンションは上がって行く。
 そして、静かに、ファニーガイを中心にテムズ川の両岸へとドロップゾーンが広がって行く。
 ドロップゾーンに呑み込まれた川の水は、摂理を捻じ曲げらたことに抵抗するように、一度大きくうねったがすぐに鏡のように穏やかになった。
 もちろん、その瞬間、船は大きく揺れた。ついでに現世界の最期の風も強く吹き抜けた。
 けれども、狂乱したファニーたちは気付かない。
 ────彼らが望んでいた異界とは違う空間に自分たちが飲まれたことに。
 ────張り付いた仮面が脱げないことに。
 ────監獄船の生贄と同じように、自分たちもゆるゆるとライヴスを奪われ始めていることに。
 ファニーたたちは操られたように踊る。ただただ、狂ったように楽しげに炎の中で騒ぐだけ。
 愚神が唱えた世界はもうすぐそこに。
 ライヴスを奪われた死者が転がる、異界のドロップゾーンがここに。



●今よりよき場所で
 十月末から十一月初旬にかけてイギリスとヨーロッパ全土を騒がせた騒動は落ち着きを取り戻しているかのように見えた。
 しかし、ロンドン支部のキュリス・F・アルトリルゼイン(az0056)の元へエージェントたちからの連絡が入った。
「確かに、多くの事件を解決することはできましたが……騒動は終わっていません」
 報告を届けに来たエージェントの一人、ミュシャ・ラインハルト(az0004)は言った。
「あたしたちが解決した事件の裏で何かが起きている気がします」
 恐らく、現場のエージェントたちしか気付かなかった違和感。
「一連の事件はまだ解決していないと思います」
 そう報告したエージェントはミュシャだけでは無かった。
 だからこそ、ロンドン支部は警戒を緩めずに気を配っていた。
 ファニーガイのドロップゾーンが広がった時、即座にエージェントたちを手配することができたのだ。
 H.O.P.E.の手配するフェリーが遡行する。
 ドロップゾーンはテムズ川を覆い、ロンドン市内へとその範囲を広げようとしていた。
「目的は、あの船の愚神だ!」
 中ほどに停まる船を指してミュシャが叫ぶ。
「このドロップゾーンを破壊して、この狂った騒ぎを終わりにする!」

解説

ステージ:テムズ川、停泊する三艘のフェリー

監獄船 A/B/C
各300人乗船可能、200名以上は乗っている
Aがファニーガイとファニー、生贄の一般人、BとCはファニーと生贄の一般人が乗船
どれも操舵室へ着けば自動運行で川べりに戻ることができ、多少の消火装置を稼働できる
ただし、火災が起こっているので消火活動や乗員避難も必要
ドロップゾーンの影響で一般人は誘導に素直に従う
何もしない場合、爆発する危険がある


●敵情報
・ファニーガイ(funny guy)
ケントゥリオ級 158cm 人型
物攻:A 物防:B魔攻D 魔防:C 命中:C 回避:B 移動:A 特殊抵抗:C INT:B 生命:A
《火炎の歪曲》
アクティブ/メイン 使用可能回数:3 射程:1 ~ 効果範囲:範囲
物攻反映の特殊範囲攻撃" 物理攻撃力を使って蛇のように蠢く鞭で襲う
《ブロウアップ》
アクティブ/メイン 使用可能回数:5 射程:1 ~ 18 効果範囲:範囲
物攻反映の特殊全体攻撃 物攻反映、範囲5
単体目標の足元から周囲を巻き込む大爆発を起こす
上記のスキルは開始直後から使用、周囲のフェリーを巻き込み火災を起こす。
AGWの銃器等所持


・ファニー(従魔)×8体
人型デクリオ級従魔。人に紛れて拳で襲い掛かって来る。力が強く、道具を使う。
事前情報でファニーに従魔や愚神が紛れていることは確認済

・ファニー(ヴィラン)
一艘各20名程
仮面の力で狂乱している
AGWではないナイフ・銃などを振り回している
仮面を破壊すると一般人と同じく、ドロップゾーンの影響で誘導に素直に従う
リンカーのファニーも非共鳴状態なので一般人と同じ扱い

ファニーの仮面
共鳴したリンカーならば一撃で破壊可能
赤い×印の付いたガイフォークスの仮面を被ると半径500m内ならファニーガイや仮面を被った仲間との意思の疎通ができる
また、仮面を着けることによって高揚、軽い催眠状態になる

リプレイ

●テムズ川のほとり
「ここまで攫われているとは……幾分、後手に回ってしまいました。その分、今日こそは逃しません」
 真剣な面持ちの九字原 昂(aa0919)。
 その隣で、スマートフォンを耳に当てていたバルタサール・デル・レイ(aa4199)が通話を切る。
「バンシーに連攫われ、こちらへ向かう人々を無事保護したそうだ」
 連絡はH.O.P.E.ロンドン支部のオペレーターからだった。内心、なぜわざわざ俺に……と思わなくもないがいつもの優しい擬態で内容を仲間へ伝えた。
 そんなバルタサールに英雄の紫苑(aa4199hero001)は揶揄うような視線を投げた。
 監獄船まではH.O.P.E.がロンドンの警視庁海上保安部に頼んで手配した小型船で行く。運転手を務めるのはリンカーの警官たちだ。
麻薬カルテルの元幹部だったバルタサールはサングラスの下で自分をからかう相棒を一瞥した。
「わかっていると思うが、ファニーたちのほとんどはヴィランだ。
 ……ヴィランは、法によって裁かれなければならない。だから」
 ヴィランを憎悪するミュシャは言い淀む。
「ミュシャ?」と首を傾げる紫 征四郎(aa0076)。
 そこで、木霊・C・リュカ(aa0068)の手を引いていた凛道(aa0068hero002)が代わりにその先を紡いだ。
「罪は罪、しかし、人の罪は人によって裁かれるべき────なのですよね」
「……ああ」
 凛道の返答にミュシャの声が暗く濁ったが、初対面の凛道はその理由はわからない。
「そうだね、あの船に乗った罪の無い人々を助けなくてはね」
 穏やかな声でリュカが声をかけた。

 小型船が岸から離れようとした、その時だった。

「さあ、扉を開きましょう!」
 甲板に出たファニーガイが叫んだ。
 ファニーたちが熱狂的に叫ぶ声が風の無いテムズ川の空気を揺らす。
 ファニーガイが笑って両手を広げると、川に浮かんだ三艘の船が次々に爆発を起こし巨大な火柱を上げる。
「────……っ!!!」
 エージェントたちの間から声にならない悲鳴が上がった。
 なのに、なのに。
「ドロップゾーンが広がり続けています────火災も……!」
 エレオノール・ベルマン(aa4712)はテムズ川と船の様子に驚愕と恐怖を感じて叫んだ。
 ロンドンにじわじわと広がる霧は普段のそれとは違っていた。
 風の無い川岸にも僅かに湿った苔のような臭いと船が燃える焦げ臭い臭いが届いていた。
 爆発炎上した船、巨大な火柱が墓石のように空に向かって真っ直ぐに立つ。
「────まるで、地獄だ」
「……死の国ならば、例え地獄でももう少し静謐であるべきです」
 あまりのことに愕然とするHeinrich Ulrich(aa4704)に、田上迅雷(aa4511)は思わず語気を強める。
 死者を弔う僧であり、恩師を愚神によって奪われた過去を持つ迅雷。彼にとって、愚神ファニーガイは元々怒りの対象であったが、その上さらに、このような命を弄ぶような行為など────。
「早く助けなくては!」
 水面ぎりぎりに『The Prison Hulk』と書かれた燃えるフェリーたちを見て、事前に伝えられた情報を思い出した御門 鈴音(aa0175)は眉を顰めた。
 燃える船からは狂ったように騒ぐファニーたちの声が川べりまで響いている。甲板から吹きあがる火柱が鏡のような川面に反射して、各フェリーの様子ははっきりわかる。窓に映る人影から各船には多くの乗客が乗っているのも見えた。


 船の上では狂乱の騒ぎになっていて、誰もドロップゾーンにもエージェントたちの小型船にも気づいていないようだった。
 『監獄船C』の前に停まった小型船の上で瑞葉 美奈(aa4650)は緊張の面持ちで監獄船を見つめる。巨大な炎の柱の熱は離れていても美奈の頬を熱く火照らせ、恐怖心を煽る。
 ────けれども、この中にたくさんの人がいるんです!
「この船のバトルメディックはあなただけです。頼りにしています」
 美奈の隣で真剣な顔で船を見上げる昂。
 監獄船の様子を伺っていたミュシャが、昂と美奈に向かって短く声をかける。ふたりは頷くと、美奈はミュシャの後を追い、ALB「セイレーン」を装備した昂は船べりを乗り越えて水面に降り立った。


 『監獄船A』の前に小型船が停まる。
 火の粉が舞う中、素早く状況を判断したバルタサールは船体に取りつくと速やかに船の中へと忍び込む。迅雷とハインリックもその後を追った。
 だが、井口 知加子(aa4555)は強い者と戦いたいという英雄の衝動に押されるままこの船に乗ってしまったが、この先にいるのはレベル3《ケントゥリオ級》の愚神である。愚神は同クラスの中でも強さに幅はあるが、まず間違いなく自分よりはるかに強いだろう。
 ────果たして。
 だが、そんな苦悩も共鳴するまでだ。英雄と共鳴すれば恐怖はすべて消え去るのだ。
「行きますよ!」
 知加子に続こうとした征四郎に、英雄ユエリャン・李(aa0076hero002)が腕を組んだまま静かに尋ねる。
「偽りのない真実で答えよ。おチビちゃん、震えてはおらぬか?」
 征四郎は立ち止まり、問いかけるユエリャンの銀の瞳を見返す。
「大丈夫、です。きっとみんな、助けますから」
 静かにユエリャンの唇が笑みへと変わり、跪くと少女の足下の紅いムーンストーンのアンクレット、彼らの《幻想蝶》へ触れた。


「……絶対に助け出してみせる……輝夜!」
 『監獄船B』の前で、鈴音は英雄の輝夜(aa0175hero001)を振り返る。
 ごおごおと炎の柱が音を立てている。
「おうさ! 共鳴じゃ!」
 ライヴスの光が舞う中で鈴音は長い金髪の着物に甲冑を纏った姿────彼女たちが『戦極』と呼ぶ姿へと変じた。そして、ALB「セイレーン」を装着すると颯爽とテムズ川の上に降り立つ。
 一方、エレオノールに見送られながら、同じくセイレーンを履いて水上に降り立った凛道。彼は厳しい瞳で監獄船を見据え、共鳴したリュカへと語りかける。
「彼らの罪にさせない為に。走りますよ、マスター」
 罪には罰を、正義の刃を。けれども、罪になる前に留められるのならば。
『──ああ、もちろん』
 そして。
 ひとり船に残ったエレオノールは船を見上げ、一度だけ組み合わせた両手をぎゅっと強く握った。
「行きます」
 助けるために。



●甲板にて
 フェリーからは哄笑と共に歌が聞こえた。

 ────あの人に会おう みんなで行こう
 ────ファニーガイは良い男 会いたい人に会わせてくれる
 ────大事な仕事 明日会う友達 何もかも捨てよう もう帰らない

 バルタサール、迅雷、ハインリックは共鳴後の人間離れした身体能力を使って素早く甲板の端に身を滑らせた。
「薬でもやってるのか」
 甲板の上で火柱を見上げて笑っているファニーたちの様子にハインリックが眉をしかめる。狂ったような歌声はとても正気とは思えない。
 それに対してバルタサールが静かに首を振る。
「もっと質が悪い」
 迅雷が理性的な眼差しで甲板の上を見渡す。
「一般人はできるだけ傷つけないようにしたい。あの仮面を破壊して正気を取り戻せないでしょうか?」
 そんな会話をする三人の横をすり抜けて、共鳴した知加子がどんどんと甲板へと歩いて行く。
 一瞬、止めようとしたバルタサールだが自分も即座に武器を構える。他の二人も黙って知加子の後を追う。
 そのまま、知加子はすらりと刀を抜く。霧の中、火柱の赤を弾いて童子切の刃が不気味に光った。振り上げた。振り下ろす。
「なあっ、誰だオマエ!!」
 酔ったようなファニーが、知加子に気付く。
 だが、遅い!
 ぎらりと光った刃がファニーの首を刎ね────ようとし、その刃をファニーは素手で掴んだ。刃を掴んだファニーの腕がボコボコと人あらざる形に変形する。そして、知加子と従魔の力による押し合いが始まり、それに気付いた他のファニーたちもエージェントたちの元へ寄って来た。
 バルタサールの九陽神弓から矢が放たれ、知加子と押し合う異形を撃ち抜いた。矢を追うように迅雷が四神「玄武の籠手」でその骨を砕き、自由になった知加子の童子切が従魔を斬り倒した。
「弱いな、武器を持て、相手をしてもらうおうか────!」
 共鳴した知加子の身体は戦いを求め刀を翳し、次のファニーへと斬りかかろうとした。
 ────待って!!
 だが、知加子の意思の力でその剣先が返され、峰打ちという名の打撃技となってファニーの仮面に叩きつけられる。
「ひゃ……っ」
 割れた仮面の下からは意外と若い青年の恐怖に固まった顔が現れた。
 迅雷も仮面に掌底を叩き込む。
「おっと──こちらです!」
 ふらふらと襲い掛かるファニーの仮面を砕きながら、ハインリックは攫われた人々や仮面の砕けたファニーたちを小型船へと誘導する。小型船は二艘一組となり、満員になると交互に岸へ向かう予定だ。
 ごうと甲板に燃え広がった炎がハインリックに迫るが、彼は共鳴した英雄のように────英雄譚の『Beowulf』のようにそれに立ち向かおうとした。
 ────命を救うんだ。
 呪文のように何度も何度も心のなかでそう繰り返して、怯みそうになる気持ちに喝を入れた。
 ハインリックは人生で何度も逃げたことに後悔していた。傍から見たらそれは逃げとは映らないこともあったかもしれないが、彼はずっとそれに悩み苦しんで来た。
 彼と、彼が得た英雄との誓約は「逃げないこと」であり。
 ────救う────これから逃げてしまえば自分が自分でなくなってしまう……。
 ハインリックは大きく声を張り上げた。
「こちらです!」


 一艘目の小型船が埋まった時だった。
「おやおや、不法侵入はいけませんねえ」
 突然、女とも男ともつかない声がした。
 エージェントたちはぎくりと身を固くした。
 振り向かずともわかっている────ファニーガイだ。
 スーツを着て、ガイフォークスの仮面そっくりの顔色が悪く悪い背の低い男を見て、バルタサールは内心思う。
 ────『ガイ』とは言うものの、どちらかというと女のような雰囲気を感じるな。
「まあ、どちらでもいいな。『ファニーガイ』は今日ここで消える運命だ。速やかに、彼、もしくは彼女の対応を行おう」
 九陽神弓から矢が放たれる────だが、ファニーガイはそれを易々と避けた。
「ふふ、消せるものならどうぞ、ご自由に」
 表情の無い仮面のような顔、その口に手を当ててケントゥリオ級愚神ファニーガイは小さく笑い声を上げる。


●操舵室
「ここでしょうか?」
 ALブーツを脱いだ凛道は『監獄船B』の操舵室へと侵入した。途中、何度かファニーたちと出くわしたが、幸運にも非リンカーのヴィランたちだったため、共鳴した凛道の敵ではなかった。
「こちら凛道。操舵室へ着きました」
 通信機「雫」で仲間へと呼びかけると、しばらくして征四郎の声が答えた。
「こちら征四郎、こちらも────操舵室へ潜入、できました!」
「こちら……九字原……、同じく────」
 最後に答えた九字原は荒い息遣いはそこまでの道のりが容易ではなかったことを示す。
「今から予定通り川岸へ向かっての自動運転に変えます。できるだけ、『監獄船A』から距離を取るようにします」
 凛道に続き、他の二人も無事、自動運転へに変えたことを告げた。
 それから、操舵室の彼らは共に消火用設備を動かす。
 一連の行動がスムーズに終わると、一瞬、安堵の表情を浮かべた凛道だったが、すぐに顔を引き締めて船内放送のスイッチを探す。
「ちゃんと聞こえるといいのですが」
 かちり。ボタンを押すと、凛道はアナウンスをした。
 ────船べりからできるだけ船外の小型船へと移ること、乗れなければ慌てずに着岸もしくは川岸近くなったら即座に船から降りること。
 だが、船内アナウンスは、まだ仮面の被ったファニーたちに凛道の居場所を教える行為でもあった。
 ガンガン、と音ががしたかと思うと、荒々しくドアが開き、同時に銃弾が凛道の肩に打ち込まれた。
「────くっ」
 僅かに眉を潜め、凛道はファニーたちを見た。
「AGWで無ければ傷つかないとは言え、気持ちのいいものではありませんね」


 何人目かのファニーの仮面を被った従魔を倒した鈴音は通路の反対側からデクリオ級従魔に追われたエレオノールと合流した。従魔を難なく倒す鈴音。
「Takk!」
 息を整えながら礼を述べるエレオノール。
 鈴音はライヴス通信機で凛道に通信を入れる。
「大丈夫ですか? こっちはほとんど従魔は倒したと思います」
「小型船一艘分は誘導しました」と、荒い息を吐くエレオノール。
『こっちも、突然来たヴィランたちを倒したところです。今、誘導しながら船内を周っているところです。誰も居ない部屋は防火シャッターを下ろしておきます』
 凛道の返答に、鈴音はエレオノールを見た。彼女は小さく頷く。……この船の一般人は他の船より早く誘導できたのは、もしかしたらエレオノールの羊飼いだった経験が生きているのかもしれない。
「わかりました。では、私は次の船のサポートに回ります」
『こちら、C船。制圧はほとんど終わった』
 突然、割り込んで来たミュシャの通信に、鈴音は思わず窓の外を見た。そこには他の船と同じように川岸に向かいながらも、未だ大きく燃えている『監獄船A』があった。
 鈴音は再びALブーツを履くと、『監獄船A』に向けて水面を走り出した。


 『監獄船C』では、操舵室からの昂の船内放送を聞いたミュシャと美奈が同時に操舵室へと走った。道中のファニーたちの仮面はもちろん叩き割る。ふたりが操舵室へと着いた時、昂は数人のファニー達の攻撃を避けながら、操舵室の扉から飛び出してくるところだった。
「お疲れ様です」
 美奈がセーフティガスを発動させるとばたばたとファニーたちが倒れる。ミュシャも相手の足を蹴り倒し、倒れた所を叩き割る。
「次は────ファニーガイですね」
 昂が最後のファニーの仮面を叩き割る。



●恐怖
 甲板の炎の柱は最初程の勢いは無いものの、あちこちに飛び火して今度は横に広がりつつあった。
「────逃げて下さい!」
 揺らめく炎を背に、ファニーガイは征四郎の館内放送に耳を傾けていた。
 ファニーガイの前で、傷ついた迅雷、知加子はたくさんのファニーたちに身体を押さえられ動くことができかなかった。バルタサールは物陰からファニーガイに狙いを定めていたが、フラッシュバンを含め、攻撃のほとんどが避けられていた。
 三人は、ケントゥリオ級の恐ろしさを肌で感じていた。
 放送が終わると、ファニーガイはまた声だけで笑った。
「ハロウィンパーティ、サウィンの夜、そしてガイ・フォークス・ナイト。
 冬が近づくとあなたたちは死者を恐れ、そして、繋がりを求める────大変楽しい季節でした。
 でもね、そろそろ女神も待ちきれない。死者の爪を集めた船を完成させなくてはいけません。
 デュラハンやバンシーたちの仇もとらなくてはなりませんし、残念ながら私も色々忙しいんですよ」
 ちらりと、操舵室の方を見る。
「声からすると、もうひとりは女性でしょうかねえ。まとめてお相手した方が私も疲れずに済みそうです」
 そしてまた、声だけで笑う。
 煤で黒く汚れたパーカーを羽織り、ガイフォークスの仮面を着けたファニー達がまた歌う。

 ──みんなで行こう
 ──ファニーガイは良い男
 ──何もかも捨てよう もう帰らない

 その声が、煙にやられて枯れて…………途切れ途切れの嗚咽が交じる。
「…………っ……」
 迅雷が燃える目でファニーガイを睨む。
 燃え広がる焔と黒い煙は無風のドロップゾーンの中で真っ直ぐに上へと向かっていて、燃え広がる速度は遅い。
「はあ、他の船が動いていますねえ。あの小型船はロンドン警視庁と言ったところでしょうか。ただでさえ、バンシーたちが失敗して監獄船の乗員が足りないと言うのに、これではロンドン中にドロップゾーンを広げることはできない。どうしたらいいか」
「ここで終わりです、お覚悟を!」
 燕尾服を着た赤毛の女性が愚神に相対した。鷹の目で状況を知った征四郎である。彼女の《ターゲットドロウ》によって目的を反らされたファニーガイは迅雷に向けるつもりだった拳を征四郎へと向けた。
「……っ!」
 ファニーガイの攻撃をなんとか避けた征四郎だったが、次なる征四郎の《女郎蜘蛛》はファニーガイに易々と避けられた。
「苛々しますねえ……もう諦めてしまいなさい」
 ファニーガイの掌が征四郎に向けられた。その手の中心には醜悪な焦げ跡があった。
 ────避けられない!
「我が剣に宿れ、鬼神の雷……鬼帝招雷!! 天網恢恢!!」
「何!?」
 《トップギア》をかけたドレッドノートの渾身の一撃を乗せた鬼帝の剣がファニーガイを貫いた。
「……な、とんだまぐれ……です────っ」
 鈴音の身体ごと剣を己の身体から引き抜くファニーガイ。ギラギラと目を輝かせて、手のひらを何かを掴むようなモーションをした。
「許しません……よ────!」
 途端に、掌からズルズルと長い蛇のような炎が出てきたと思った瞬間、鞭のように辺り一帯を走り焼き払った。
 熱い炎にエージェントたちの悲鳴があがる。
 だが、同時に、ファニーガイも背の低い身体で縮め、大きく横に飛ぶ。
『せーちゃん!』
「よくも……!」
 凛道、昂の攻撃。そして、ミュシャが斬りこむ。
「わらわらわらと、虫のように!」
『虫が吾輩をムシなどと呼ぶなど、図々しくも汚らわしい……!』
 ファニーガイが両手を広げた。
「────くっ、あああああああああああ!」
 直後に凛道の足元から火柱が上がる。
 倒れる凛道の頭上すれすれを飛んだ矢がファニーガイへと撃ち込まれる。それを払って、ファニーガイは見えない射手を睨みつけた。代わりに飛び出す昂。それを防ぎ、また炎で攻撃するファニーガイ。
 エージェントたちの攻撃はファニーガイをほとんど傷つけることはできない。
 しかし、ファニーガイもそのスキルのほとんどを使い果たしていた。
「…………はあ、はあ。随分増えますねえ……。まだ増えるおつもりですか?」
「…………」
「…………」
 傷つきながらも黙って武器を構えるエージェントたちの姿に、ファニーガイは構えを解いた。
「私はね、スマートじゃないのは嫌いなんです」
 ファニーガイは船内のどこかに居る射手────バルタサールに向かって声をかけた。
「射手のあなた。あなたは私を誘導したつもりでしょうが、お見通しです。私はね、離れたってこういうことができるんですよ」
 パチン、ファニーガイの指が弾かれた。同時に『監獄船A』の燃料タンクに火柱が上がる。
「────っ!」
 はっとしたエージェントたちが周囲を見渡す。だが、いつの間にかファニーたちは甲板から姿を消していた。
「爆発するぞ!!」
 バルタサールの声に、エージェントたちはテムズ川に飛び込んだ。



●ファニーガイのゆくえ
「ぷは……っ」
 爆音の後、エージェント達が水面に浮かぶと、先程まで乗っていたフェリーが炎に包まれて明々と燃えていた。ただ、ドロップゾーンのせいか、川面は相変わらず鏡のように穏やかだった。
「ファニーたちは…………船に囚われていた人たちは────」
 鈴音の声が震えた。
「こちらです!」
 ロンドン警視庁のマークが入った小型船の上からずぶ濡れのハインリックが叫ぶ。
 はっとして見ると、川面のあちこちにぼんやりと力無く浮かぶ何人もの人の頭が見えた。
 ファニーガイの起こす派手な攻撃を見たハインリックたちが小型船に乗れない人々を川に飛び込ませたのだ。
 川岸では、バトルメディックたちがありったけのスキルを使ってエージェントたちの治療に当たった。
 回復したエージェントは救助に回った。
 そして、夜が明ける。


 ケントゥリオ級との戦いで受けた傷は皆深かった。
 バトルメディックたちの治療をより傷の深く危険な者に譲った征四郎は気休めの包帯を巻いた姿で、ぼんやりとテムズ川を眺めていた。
「せーちゃん」
「! なにをしてるのですか!」
 同じく包帯を巻いたリュカと凛道がにやついた仮面────あの、おぞましいファニーの仮面を被って立っていたのだ。
 慌てて仮面を剥がす征四郎。
「いや、相手の大将さんと繋がってるのかと思って」
「処刑される側の世界が見えるかと」
 飄々としたリュカと凛道に少女は目を吊り上げた。反対に、興味深げに仮面を眺めるユエリャン。
「ユエリャンは被らないでくださいね」
「吾輩がこんな趣味の悪いもの、被るわけがなかろう────しかし、これはどうだろうな。ただの仮面じゃなさそうだ」
 ユエリャンの視線を受けて、リュカはバツが悪そうに言った。
「そうだね。たぶん、通信機のような機能があるんじゃないかな?」
 被った瞬間、リュカと凛道は脳髄が熱く燃えるような感覚に襲われた。正直、征四郎が剥がしてくれなかったらどうなったかわからない。そして、仮面が外される瞬間、ふたりの脳裏に声が聞こえた。
 『いずれ、また────』
 それは、女とも男ともつかない声だった。

 符を剥がして熱々にするのももどかしく、H.O.P.E.まん三つを頬張った鈴音。体力の回復を感じるとすぐに剣で指先を軽く傷つけ、輝夜にそれを与える。
 そのまま、ばたんと倒れ込んだ鈴音の少し冷たい頬を指でつつきながら輝夜は考える。
 ────ほんと……こやつはどれだけ我が破壊の力を護る為に使うのじゃろうな。
 薄明けの空の下、次々に川から人々が引き上げられていく。
 幸か不幸かドロップゾーンの凪いだ水面のお陰で全員無事のようだった。


 昼前には大量の若者ヴィランの逮捕者はロンドン警視庁へ送られ、テムズ川から回収された仮面はすべてH.O.P.E.ロンドン支部へと保管された。
 そして、霧の晴れたロンドンに、昨日と同じ平和な朝が来た。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 断罪者
    凛道aa0068hero002
    英雄|23才|男性|カオ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 全てを最期まで見つめる銀
    ユエリャン・李aa0076hero002
    英雄|28才|?|シャド
  • 遊興の一時
    御門 鈴音aa0175
    人間|15才|女性|生命
  • 守護の決意
    輝夜aa0175hero001
    英雄|9才|女性|ドレ

  • 九字原 昂aa0919
    人間|20才|男性|回避



  • Trifolium
    バルタサール・デル・レイaa4199
    人間|48才|男性|攻撃
  • Aster
    紫苑aa4199hero001
    英雄|24才|男性|ジャ
  • やばみ僧侶
    田上迅雷aa4511
    人間|29才|男性|攻撃



  • 街中のポニー乗り
    井口 知加子aa4555
    人間|31才|女性|攻撃



  • エージェント
    瑞葉 美奈aa4650
    人間|16才|女性|回避



  • エージェント
    Heinrich Ulrichaa4704
    人間|68才|男性|防御



  • エージェント
    エレオノール・ベルマンaa4712
    人間|23才|女性|生命



前に戻る
ページトップへ戻る