本部

【屍国】冥獄闊歩

ららら

形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
多め
相談期間
5日
完成日
2016/10/24 19:30

掲示板

オープニング

 瞬きをする度にぼやけた視界が輪郭を形作っていった。
 滲むようにして露わになった景色――見慣れない天井に灯りの消えた二本の蛍光灯がしつらえられている――を認めたあなたは、微睡みの中にある意識を手繰り寄せながらベッドから上体を起こした。
 まるで鉛のように身体が重い……。
 サイドテーブルの電子時計を覗くと現在時刻は十三時半を過ぎた頃だと知れた。同時に周囲で幾つかの衣擦れの音や欠伸の声が重なる。あなたが見回すと自分と同じく薄緑色の検査衣に身を包んだ仲間達が次々にベッドから起き上がり始めていた。その中にはあなたの相棒たる英雄の姿も混ざっている。
 病室だ。
 全員、同じ病室で寝て、同じ格好をし、同じ時間に目を覚ましていた。何故そのような状況にあるのか? あなたはこれまでの経緯を改めて、未だ判然としない頭の中で振り返ってみる事にした。
『この度はご協力頂きまして誠にありがとうございます――』
 そうだ、とあなたは思う。確かあの中年の医師は久芳川(ひさよしかわ)と名乗っていた……。
『我々新拠浜病院はグロリア社の提携病院のひとつとして――』
 ――ひとつとして、主に薬品の研究、開発に協力する形で、AGW開発の一助を担って参りました。この度、幾つかの新薬を開発しまして、皆様にはこれらを服用し、その性能を確かめる、所謂モニターテストを行って頂きたいのです。誤解のないように申し上げておきますが、これらの効果、安全性は既にグロリア社に所属する能力者の方々が身を以て確認しております。敢えて皆様にモニターテストを行って頂く理由は、H.O.P.E.という第三者の立場におられる方々に確認して頂く事で、これらの薬が商品となった際により一層、安全性をアピールしたいというグロリア社の意向によります。試して頂く薬は複数ありますが、健康を害するようなものは御座いませんので、くれぐれもご安心下さい。然しながらこのような依頼を申し付ける事は心苦しくもありますので、せめて謝礼は弾ませて頂きます――
 あなたが此処、新拠浜病院を訪れる事となった事情をすっかり思い出すと、電子時計の傍らに置いてある空の小瓶に視線を向けた。
 即効性の、既存のものよりも強力な睡眠薬であるという説明だった。今が十三時半である事を考えると、効果時間が二時間であるという事前説明も間違いないのだろう。ていの良い人体実験とも言えるような依頼だったが、久芳川らの身元はH.O.P.E.とグロリア社の双方が保障していた。
 あなた達は互いに軽口を交わし合い、或いは事務的な会話を行い、或いはひたすらに無言でめいめい、ベッドから降りて病室を出た。応対する間もなく忙しいのだろうか、遠くで電話の呼び出し音がひっきりなしに鳴り響いていた。恐らくナースステーションの電話だろう。
 角を曲がったところで、通路の中央で一人佇む看護師の女性の背中に出くわした。あなたはその看護師に、自分達が起床した事と、薬の効果は間違いなかった事を簡単に伝えた。

 振り返った看護師は、下顎が喪失していた。

 露出した口内は赤黒く濡れ、血が多分に絡んでいるのか、呼吸のたびにぶちぶちと気泡が鳴った。首筋からナース服の腹にかけてべっとりと血液が滴り、喉の前に垂れ下がる舌は、ヒトのそれが存外長い事を教えてくれていた。
 看護師は白く濁った瞳にあなた達の姿を映すと、喉の奥から亡者が如き呻き声を漏らした。
 あああ。あああ。ああああああ。ああ。あああ。
 その声に釣られたか、看護師が、看護師が、患者が、看護師が、医師が、通路の奥から集まって来た。ある者は右腕がなく、ある者は腹部から漏れ出た臓器を引きずり、ある者は下半身がない為に腕だけで懸命に這い、そしてある者は“無傷のまま”呻き、けれど皆一様に、痛みなど毛ほども感じていないかのように平然と、だがひどく覚束ない足取りであなた達に近付いて来た。其処には僅かな感情も感じられず、ただごく本能的な害意のみがその胡乱な瞳から伝播した。
 間違いなく、ヒトの形をしているが、それは敵性体だと本能が告げていた。
 何が起きた?
 目前の人々は確かにこの病院に勤務または入院していた者達だろう。中には見覚えのある顔も見受けられた。自分達が睡眠薬を服用する前はこの病院はごく当たり前の日常の中にあったと記憶している。だが今の彼らはまるで生気を失い、まるで、そう、まるで……。
 あなた達は咄嗟に戦闘態勢に入ろうとして、二つの事実に思い至る。
 一つ――身体が鉛のように重い。不自然な程に肉体の機能が低下している。
 一つ――装備品がない。モニターテストに影響が出るからと、久芳川が院長室の金庫に幻想蝶ごと仕舞ったのだった。
 思うように力を振るえずにいるあなた達の前に、迫り、唸り、牙を剥くヒトの形をしたナニカの群れ。

 さあ、“屍の国”から生還しろ。

解説

○目標
病院からの脱出

○状況
PC達は新薬のモニターテストの一環で睡眠薬を服用
二階の病室で起床したところ、病院の異常に遭遇
シナリオ開始時点では装備品は薄緑色の検査衣のみ
武器や防具は一階の院長室にあり、後述するカードキーの在り処もここ以外に心当たりを持たない為
まずは院長室を目指す事になるだろう
また、理由は不明だが生命力・装備力を除く全能力が半減している

○敵情報
・医師看護師患者等々×いっぱい
病院内の至るところにいる。知能も力もないが数が多い
一度に出る数は5体前後を基本とし、状況や場所によって上下する
噛み付きや引っ掻き、拘束攻撃を主に行う

○新拠浜病院
四国某所に構える、グロリア社提携の病院の一つ。三階建て
基本的には何の変哲もない病院だが
有事の際には全ての出入り口と窓にシャッターが降り、シェルターと化す機能がある
だが、今回はこの為にPC達は閉じ込められてしまっている
シャッターを開くカードキーは要職が管理し、院長である久芳川も勿論所持している

○久芳川
新拠浜病院の院長。中年男性。能力者だが戦闘能力は極めて低い
生死不明

以上は事前説明を受けた・状況から察する事が可能として、PC情報として扱ってよい

リプレイ

 新拠浜病院は比較的規模も大きく、ナースステーションも病院規模と同様であった。
 そこは通路の合流点にあってエレベーターも近く、人の往来が激しい。このために一度に多くの受付が可能な巨大な円形テーブルが採用されていた。
 果たしてこの日のステーションは、比較的“賑わっていた”と言えるだろう。
 響き続ける電話のコール音に、数多のおぞましい呻き声が重なっていた。
 数えて十二体ほどの彼らは覚束ない足取りで、腕や、眼球や、内臓や、他人の血肉をだらりと垂れ下げ、鳴り続ける電話にも己の致命的な負傷にも一切の反応を示さぬままに、ただ只管に歩き続けていた。
 瞬然。
 物陰より飛び出た影が、一体の“それ”に雷の如く迫った。影はそれが反応を見せるより早くそれを冷たい床の上に転倒させるや、胸を踏み付けて動きを封じて棒状の武器を掲げた。
「――しかし、右を見ても左を見ても動く死体、か」
 ダグラス=R=ハワード(aa0757)はさして感慨もなさそうに呟きながら、棒状の武器――替え糸を取り外したモップである――を猛然と“それ”の顔面に突き下ろした。常人であれば頭蓋が陥没し、内容物が飛散しかねない程に躊躇のない一撃だ。
「それにこの倦怠感にも似た気怠さ。忌々しいな……」
 だが、無傷。
 身長二メートルにも及ぼうかという巨体を余すところなく鍛え込んだダグラスの一振りを受けたにも関わらず、それはまるで無傷だった。ダグラスはつまらなそうに息を吐くと、柄を掴もうとするそれの手を弾きながら跳び退る。
「ああ、面倒くせえ事になったモンだよな、んっとによ!」
『同感ですが、すべき事はシンプルです――!』
 後に続いて走りこんで来た一ノ瀬 春翔(aa3715)と十三月 風架(aa0058hero001)も、各々が定めた標的たるそれの懐に踏み込んだ。春翔は消火器を振りかぶると顔面をしたたかに打ち付け、風架は鮮やかな足払いで態勢を崩してから眼球に貫手を放った。
 だが。
「……クソ、やっぱりな」
 それでもやはり――無傷。
 ダグラスの攻撃と同様に、二人のそれは生身の人間が受ければ間違いなく重傷を負わされただろう。だが“それら”は攻撃を受けた事など気付いていないかのように呻き、赤子のように腕を伸ばしてくる。
 それは一つの事実を示すものであり、彼らにとっては予想を確信に変えるものだった。
「さっきの奴らと同じだ。間違いない、こいつらは……」
『従魔……まともにダメージは与えられないと思った方が良さそうです、ねっ!』
 “それ”――従魔に掴まれそうになった風架は即座に距離を取る。ダグラスと春翔が攻撃した個体を含め、ステーションの内外を彷徨う従魔達の視線が俄かにエージェント達に注がれ、三々五々に彼らへ足を向け始めた。
 十二体の従魔の注意が一斉に三人に注がれ、襲いかからんとしている。
 対する彼らは非覚醒状態、即ち従魔に対しては丸腰も同然。
 だが……ダグラスはフンと鼻を鳴らすと、シニカルに口角を歪めながら肩越しに目線で合図を送った。
「狙い通り、だな――今だ」
 殆ど同時に、ダグラス、春翔、風架が駆けだした。彼らは疎らな従魔の群れに突っ込むや、春翔は近づく個体に消火器を振り回し、ダグラスと風架は敵を転倒させんと試みる。
「そう長くはもたねえからな……!」
『それでも、可能な限り引き付けます!』
 三人、即ち“囮班”は従魔たちと交戦しながら、徐々にその場から離脱してゆく。
 従魔の群れが、離れる。
 ナースステーションへの道が、開ける。
(今……!)
 この隙を突き、複数人のエージェント達が生じた空間を駆け抜けた。息を殺し、足音を殺し、目立たぬように、けれど可及的速やかに。先だって従魔に立ち向かった三人は彼らの道を開く為、敢えて囮となったのだ。
 彼らはナースステーションを最初の手掛かりと考えていた。この荒唐無稽とさえ言える事件の手掛かりを得られるかも知れないし、最低限として院内の見取り図ぐらいは手に入るだろうと目したのだ。
 そして、何よりも……。
『もしもし……もしもし!』
 ひったくるようにして、レティシア ブランシェ(aa0626hero001)が鳴り続けていた電話を取った。
 今、彼らが置かれている状況を考えれば、通信手段が存在している事自体が重要な意味を持つ。後は、この電話が外線なのか内線なのかが問題だ。
 果たして受話器から返ってきた言葉を耳にした瞬間、レティシアの目は大きく見開かれる事となった。

『此方H.O.P.E.です。生存者の方ですか? もしもし?』

『H.O.P.E.だと……?』
「……! H.O.P.E.に繋がるのか?」
 隣で耳を欹てていた波月 ラルフ(aa4220)も驚きの声を上げ、次いで考え込んだ。
「……盗聴、二次災害などの危険性がある。救援要請は突入可能な状態での待機が望ましいだろう」
 レティシアはラルフの考えを理解すると、電話口に状況を説明した。
『此方レティシア・ブランシェ。新拠浜病院の治験に参加したエージェントだ。他のエージェントも皆無事だが、病院内に閉じ込められた上一般人が従魔化している。救援を頼みたい。救援隊は……』
『――しもし、聞こえ――か?』
『おい、もしもし?』
『――ません――派遣しま――。ですが――自力脱――』
 受話器から聞こえるノイズ交じりの声を聞き、レティシアは思わず舌を打った。
 他方。
『うげー……血ついてる……あっ内臓踏んだ……もぉやーだー早く帰りたいぃー……』
 レティシア、ラルフ達と共にナースステーションの調査を担当するアリス・レッドクイーン(aa3715hero001)は現状への不快感を露わにしながらも記録書類の類を探った。おぞましいものを忌避する反応は如何にも女の子らしいが、その動機が“アリスが壊す分にはいーけど元々壊れてるものは嫌!”という辺りが暴君たる所以だろうか。
『日誌の内容は普通、カルテの方も異常なし、異常なし、異常なーし。ね、ね、もう行こ? 先行こーよー……』
「俺に言われても困るんだがな」
 アリスに袖を掴まれたバルタサール・デル・レイ(aa4199)も書類を検めていた。
 ぶつぶつと文句のようなものを呟きながら、アリスも背伸びをしてバルタサールの手元を覗き込む。
(睡眠薬と、視力、聴力の感覚を鋭敏にする二種の薬品、即効性治癒薬……飲まされたものと一致するな)
『治験に使われた薬の資料?』
「ああ。廃棄されているかと思ったが、卓上にポンと置かれていたよ」
 不審な点を探るものの、改めて資料を読み込んでも怪しい記述は見当たらない。ご丁寧に薬品の保管場所まで指示されていた――第五保管室。もっとも、名前が解っても部屋の位置までは分からなかった。
 そんなバルタサールの、アリスが先程掴んだ方とは逆の袖を引っ張る者があった。
「…………っ」
 ゼノビア オルコット(aa0626)が、少し緊張した面持ちで院内の見取り図を差し出していた。バルタサールが受け取ろうとするが、横からするりとそれを抜き取る白い手が一つ。
『ふふふ。ありがとう、可愛らしいお嬢さん』
 紫苑(aa4199hero001)だ。彼は見取り図を広げながら何処か軽薄にも感じられる薄笑みをアリスとバルタサールに向け、囁きかけた。
『そら、君たちも彼女を見習ってはどうだい? 従魔は音に反応するようじゃないか。彼女のように極力言葉を発さずコトを済ませる事が必要だ。知っているかい、人間、五感のうち死ぬ直前まで生きているのは、“聴覚”だっていう話だよ――』
 実際のところ、ゼノビアが言葉を発しない事には別の理由があった為、かえって彼女は困ったような顔をしてしまうのだが、紫苑は意にも介さずに見取り図を確認している――いや、この男の事だ、気付いていてなお楽しんでいるのかも知れないが。
「それで、第五保管室とやらは何処だ?」
『それは……載っていないね。うん、当然だ。これは来院者向けの見取り図であって、来院者が薬品の保管所の場所を知る必要はないのだから』
『でも、院長室は載ってる! これなら道に迷う心配はないねー。ゼノビア、お手柄じゃないっ』
「……、……っ」
 見取り図の入手を以て、ナースステーションでの最低限の目的は達成した。
 安堵する一同であるが、此処で、一つの誤算が発生した。
『危ないっ!』
 少し離れたところから響いた声は、囮班たる風架のものだ。
 見れば数体の従魔が振り返り、ナースステーションに近付いて来るではないか。
「……させません」
 これに割り込み、先程入手したばかりのモップを構える零月 蕾菜(aa0058)。
「下がって! 蕾菜が素手で何とか出来る相手じゃ――」
 風架が制止するが、蕾菜は硬い表情で迫りくる従魔の一体の足を払った。
 更に他の個体に迫り、敢えて攻撃を誘いつつ風架達のいる方向へ戻るよう従魔を誘導する。ぎこちなさは残るものの中々見事な手際と言えた。だが風架はそのぎこちなさの正体を見抜いており、その為に歯がゆい気持ちを抑えきれない。
(少し前までヒトだったものに平気で武器を向けられるほど、冷徹になどなり切れないでしょうに……)
『…………』
 徐々に多数の敵を捌き切れなくなって来たダグラスもまた、影の如く付き従い守護する紅焔寺 静希(aa0757hero001)の手を借りながら皮一枚で踏みとどまっている状況だ。
 敵の数が十二体のままであれば、或いはどうにかなったかも知れない。だが、騒ぎを起こせば敵は増える。一体、また一体と通路の奥よりじわじわと沸いてくるのだ。
(いや――音以外にも、何らかの方法で此方の存在を感知しているか?)
 根拠はほぼないに等しいが、漠然とそのような感触をダグラスは交戦の末に掴んでいた。
 状況が悪い方向へ動き始めた頃になり、“彼ら”が遂に戦線に加わった。
「――待たせたな、っとぉ!?」
『……ん。ユーヤ、そこ、下半身落ちてる』
 大量のシーツやカーテンを抱えた麻生 遊夜(aa0452)が駆け付けるが、足元に転がっていた巨大な肉塊に躓いて態勢を崩す。くす、と笑みを漏らしたユフォアリーヤ(aa0452hero001)が目の見えない遊夜を支えながらシーツを一枚手に取ると、風のように従魔の一体に迫った。
『……ん。動き、鈍い……殺せないけど、無力化なら、できる……』
 そう呟くとシーツを被せ、風呂敷のように縛り上げてしまう。知能も力も低い従魔達にとって、この拘束から抜け出すには時間が必要になる。
 更に。
『出来れば一対一の状況で、堅実にいきたかったんだがな』
 従魔の正体に思考を馳せていた五々六(aa1568hero001)も前線に出る事を決めた。五々六の眼光が腹這いになって接近して来た従魔に狙いを定めると、その背後に回り……足首を掴んだ。
『さァて……俺は聞き分けの良い客だ。急拵えの“武器”が粗悪品でも、クレームはつけないでおいてやるさ――』
 そう告げるや、五々六は笑った。
 悪鬼の如く、羅刹の如く、凄惨に、壮絶に、笑い、嗤った。“そして従魔を持ち上げると血肉を辺りに撒き散らしながら棍棒か鞭のように振り回して他の従魔を殴打した”。殴打された従魔も殴打に使用された従魔も共に頭蓋がひしゃげ、内容物を撒き散らしながら亡者の呻き声を上げた。
 そう。異世界化された存在を殺すには一般的にはAGWが必要になる。だがこの男はこの限定的な状況下で見事にこの常識を破り“例外”を見出していた。
 従魔は、従魔を殺せる。
 ならば従魔で従魔を殴ればいい。
『……ま、精々使い潰させて貰うがな』
 そう呟いた五々六は振り回しながら仲間達が作る戦線に加わってゆく。

 然し。それでも“足りなかった”。
 やや消極的に五々六を援護する獅子ヶ谷 七海(aa1568)の存在を加えたとして、囮班の人数は九人に上った。だが、残りの七人はナースステーションに詰め掛けている。
 この状況における調査は隠密性を求められる。だが、これを叶えるには9:7という人数比には綻びがあった。調査班の数が多く、目立ち過ぎるのだ。
『うっげえ、集まってきてる……くんなー、こっちくんなー。うー、趣味わるぅ……』
『おい、もう時間がないぞ!』
 一体、また一体と近付いて来る従魔に渋い表情を向けるアリスと、焦燥を滲ませ始めたレティシア。電話口に少しでも情報を伝えんとしていたラルフだが、肩を掴まれて振り返るとファラン・ステラ(aa4220hero001)の硬い表情があった。彼女の指さす方向にはすぐ目の前まで迫る数体の従魔の姿がある。
 ラルフの表情に未練が滲んだのはほんの一瞬。受話器を置くと立ち上がり、決断を下した。
「――ナースステーションは用済みだ! 院長室を目指す!」



 見取り図が手元にある事で移動はスムーズに行えた。ラルフ、春翔が先頭、風架が殿に立ち、十六人という大所帯でありながらも騙し騙し、隠密行動で進む。主にはラルフの具体的かつ的確な先導が功を奏した結果だ。
 従魔の発する足音や呻き声、そして腐臭はしないものの、損傷のある従魔は臓腑が持つ特有の異臭を纏っている為、音と臭いに注意すれば目視より先に敵の存在を察知する事が可能だった。
 そうした末で遭遇が不可避の状況では、五々六と七海、遊夜とユフォアリーヤが抜きんでて貢献を見せた。五々六が従魔で従魔を殴るという荒業で敵を排除し、ユフォアリーヤが敵をシーツやカーテンで無力化して行く。他にもカーテンを敷いて敵がその上を通った瞬間に引くことで、一度に大量の従魔を転倒させたり、車椅子やストレッチャーを囮として走らせるなど、遊夜組は多彩な方法で前進を助けた。
 尤も――。
『……っと、うおっ』
 従魔を振り回していた五々六が、突然足元を縺れさせる。原因不明の能力低下が生じている為、ヒト一人の質量でさえ今の五々六には負担となってしまうのだ。
 従魔の魔手が五々六に迫るが、これの顔面を白い噴煙が猛然と襲った。ダメージはないものの勢いで転倒する従魔。ヌイグルミを抱きながら消火器を噴射させる七海は光彩を欠いた半開きの瞳に、三角形の口をして呟いた。
「……はっ。この私が、老人介護たぁな」
 転倒しすっかり真っ白になった従魔に、改めて従魔を振り下ろした五々六は口角をひくつかせながら、自らの相棒を振り返る。
『おう……まさかと思うが俺の真似か。良い度胸だ、後でおしめ替えてやるよ』
「変態……ロリコン……」
『違いますぅーピチピチのチャンネーが大好物ですぅー』
 一方、遊夜とユフォアリーヤは対照的に、仲睦まじさを遺憾なく発揮していた。
『……ん。そこ、滑るから気を付けて』
「おお、ありがとな。……悪いな、義眼があればこんな面倒はかけないんだが」
『……ん。大丈夫。このままずっと永遠になくても大丈夫……』
「お?」
『……ボクがいないと歩く事も、食べる事も、お風呂に入る事もままならないユーヤ……ふふ……ふふふふふ』
「え?」
 そんな彼らのやり取りを背中に感じていたラルフは、眉を痙攣させながら呟いたという。
「イチャつくなら帰ってからにしろ……」



 院長室の発見は比較的容易であった。
 見取り図があった事も理由だが、扉の前に転がっている大量の死体が嫌でも目印になっていた。
「……っ」
『落ち着け。なるようになる』
 その光景に息を呑んだゼノビアの肩にレティシアが肩を置く。
 ゼノビアの優しさがこの状況では自らを傷つける刃となる事を、彼はよく理解していた。
 春翔が辺りを注意深く警戒しつつ、控えめに院長室の扉をノックした。
「治験のエージェントだ。敵はいない。……院長? いたら返事を――」
 言葉を続けるより先に、鍵が外れる音がした。開かれた扉の先に立っていたのは、くたびれきった中年の男性――久芳川その人だった。
「ああ……生きて……いましたか……よかった」
 その様子に、幾人かのエージェント達は内心で訝しんだ。
 久芳川は見る限りで、本心から自分達の生存を喜んでいるように見える。ファランが怪訝な顔でラルフに囁きかけた。
『……院長は敵ではないのか?』
「ああ……俺も最初は疑っていた。何せ“幻想蝶の召喚が不可能だった”からな。だが、電話が外線だった時点で考えを改めた」
 仮に院長が敵であるのならば、外界との通信手段を生かしておく事は不自然だ。
『ならばこの状況は一体?』
「最も可能性が高いのは……」
 エージェント達を招き入れた久芳川は、明らかに体力を消耗しており、腕に赤い染みの滲む包帯が巻かれていた。部屋の外の死体は恐らく、久芳川が従魔と交戦した結果だろう。
「率直に……言いまして、この病院が壊滅した……理由は、私にもわからない……」
 久芳川からカードキーと金庫の鍵を受け取ったエージェントたち。金庫に特殊な細工はなく、装備は無事に回収できた。
 消耗した様子の久芳川は、しかし気力を振り絞って自分が遭遇した状況をエージェントたちに語る。曰く、エージェント達が眠りに就いた後、治験の報告書を作成する為に院長室に戻ったが、突如として“身体が鉛のように重くなった”のだという。
「それって、私達と同じ……?」
 果たして蕾菜の指摘の通り、久芳川もまた原因不明の能力低下に見舞われているようだった。これにはゼノビアとバルタサールを始めとする数名のエージェントが驚きを見せる。
 能力低下は薬品が原因ではないかと考えていたが、院長は薬品を口にしてはいないからだ。
『……成程、見えてきたな。薬品が原因じゃねえってんなら』
「ああ、最も可能性が高いのは……」
 五々六とラルフが共に頷き合う。壁に背を預けていたダグラスが静かに口を開き、言葉を続けた。
「ドロップゾーン――か」
 能力低下。幻想蝶の機能不全。人間の従魔化。それらがゾーンルールに則ったものだとすれば説明はつけられる。
(だが、まだ裏がありそうだな。人間の従魔化と、幻想蝶の機能不全は一見して繋がりがない)
 レティシアが冷静に思考を巡らせたその瞬間、久芳川が大きく咳込んだ。ゼノビアと蕾菜が慌てて駆け寄り、春翔がアリスと共鳴して巨大な斧をその手に顕現させる。
「何にせよ。早いとこ脱出しねえと、院長の身体がもたなそうだな」
 その言葉を契機に、一同は英雄と共に幻想蝶に触れる。
 その姿を変じ、ライヴスを纏い、慣れ親しんだAGWを手中に顕現した。
 身体は依然鉛のように重いままだが、これで戦える。
「――往きましょう、皆さん」
 四神を背負った蕾菜の宣言を以て、脱出の準備が整ったのだった。



 退路確保に動く班と、ダグラスとバルタサール、ゼノビアは一旦別れた。彼らは未踏の三階部分に情報が残されている可能性を考え、リスクを承知しつつ調査に向かう事にしたのだ。
「……これは」
 そこに広がっていた光景を目の当たりにして、さしものダグラスも意外そうな顔をした。
「みんな……死んでる?」
「ふむ」
 通路に、病室に、見渡す限り倒れる死体、死体、死体。しゃがみ込んでそのうちの一つを調べたバルタサールは、銃創のようなものを死体の眉間に確認した。
(誰が殺したか、それはさて置き。損傷のある従魔とない従魔、この違いは……ドロップゾーンか? ゾーンに囚われた人間は無傷でも従魔化するが……この従魔がゾーンの外の人間を食った場合、更に従魔化するとしたら?)
 一方、ゼノビアは不審なノートパソコンを発見していた。複数のケーブルが通路の上にある監視カメラに繋がれている。調べようと思ったが電源が入らない。
「誰かが、此処にいた……? 監視カメラを……盗み見ていた?」
 そして奥へ奥へと進んでいたダグラスは――唐突に声をかけられ、足を止めた。

「まさか、わざわざ三階まで来るとは思わなかったぜ」

 振り返ると、アジア系の、如何にも育ちの悪そうな男が立っていた。着崩したスーツの下に派手な柄の入った赤いシャツ。手には大口径の拳銃……。
「……パーティーというのは、主賓に挨拶するのが礼儀ではないかね?」
「ハッ! 成程違いない。その点で言えばお宅らはいーいゲストだったぜ。アレ最高だったな。ゾンビでゾンビをぐしゃあ!」
「喜んで頂けたようで、光栄の至り。お前とは悪い意味で友達になれそうだ」
 彼らの元へバルタサールとゼノビアも駆け付けると、男はゼノビアの顔を見て口笛を吹く。
「映像より上玉じゃねえか。嬢ちゃんに免じて一つアドバイスだ。お宅ら、早く此処を離れた方がいい」
「自分が、早く離れたいだけなんじゃないか?」
 バルタサールの冷静な指摘に「食えねえな」と笑い、男は唐突に右手を振り上げた。咄嗟に身構える三人だったが、彼らを襲ったのは強烈な閃光と、甲高い音だった。
(閃光手榴弾……!)
 三人の目と耳が正常に戻る頃には、男の姿は影も形もなくなっていた。
「俺達を見ていたか。なんの為かは分からないが、きっと――」
 碌な事ではないだろう、そう一人ごちてダグラスは、笑った。



 三階へ向かった三人が合流し、一行は本格的に出口を目指し始めた。
「兎に角院長を守るぞ。手足折ってでも連れて帰る」
「手足は折りませんが、ええ、守り抜きましょう」
 久芳川を護衛する意識がひときわ強かった春翔を筆頭に、蕾菜も後衛職でありながら彼の護衛につき、鉄壁を形作っていた。
 彼らの判断は、正しい。久芳川は負傷しており、ドロップソーンの影響と思われる能力低下も深刻だ。
 攻め手は十分すぎるほどに揃っていた。本領を発揮した五々六、遊夜の戦闘能力は抜きんでており、ダグラス、バルタサールも黙々と敵を処理してゆく。
 そんな中、ゼノビアの銃口には迷いが残っていた。従魔化してしまっている事は分かっている。せめて楽にしてやる事が慈悲になるのだとレティシアに諭され、苦し紛れに引き金を引いていた。
 やがて正面入り口に到達すると一行はカードキーを使用した。病院中のシャッターが徐々に開いてゆき、外の光が差し込んで来る。
 彼らは誰一人欠ける事なく病院の脱出に成功したのだ。
 そして――



 ――地獄が顕れた。
「何という……!」
 眼前に広がる光景に蕾菜は驚きを隠せない。
 街は、“動く屍で溢れていた”。
 屍が歩き、屍が呻き、車が燃え、屍が肉を貪り、そして……屍が歩いている。
「そういう事か……」
 ラルフが苦い顔で理解をした。
 事件は、病院を始点に起きたのではない。最初に外で起きていたのだ。
「でも、こんな……こんな規模の被害、アリかよ……?」
 呆然とする春翔だが、バルタサールは寧ろ納得していた。先の推察が正しければこの被害範囲も頷ける。
 また五々六も密かに同様の考察を行っていた為、彼にとってはこの光景は想定したものだったのかも知れない。

 “感染”する従魔など彼は嘗て見聞きした覚えがない。
 だが、獲得したライヴスを自己強化ではなく自己複製に充てる、それこそウィルスのような従魔だったなら?
 人間は飽くまで憑依する触媒に過ぎず――そのウィルスこそ本体だとすれば?
 病院内で撃破した“あれら”の死体が消えないことの説明もつく!

 不意に複数の足音が聞こえた為、一行は反射的に武器を構えた。
「連絡をくれたエージェントは、君たちで間違いないか!?」
 近付いてきたのは黒いタクティカルアーマーに身を包んだ一団。腕の刺繍から彼らがH.O.P.E.のエージェントであると知れた。連絡とはあの電話の事だろう。
「しかし、壮絶な現場だな……」
「……はい。私達の結論として、この周辺はドロップゾーン化している可能性が高いです」
 街の惨状に青ざめながらも、気丈に告げたゼノビアの言葉に、救援隊は驚いたように顔を見合わせた。
「成程、ドロップゾーンか。……実は他にも数件、同じような事件の報告がある。奇妙なのは、全て四国で起きているものの、その位置が疎らである事だ。これがドロップゾーンの仕業だとすれば、まるで――」

 それから、エージェント達は無事に街を脱出した。ラルフの提案で周辺のライヴスの流れを調査する事が決定し、この際の彼の呟きが調査にヒントを与える事となるのだが、それはもう少し後の話になる。
 帰路につく中、春翔の脳裏からは救援隊の言葉がやけに染みついて離れなかった。人間の従魔化、四国で頻発する事件……。それらの中心にこの言葉が関係しているという、予感めいた感覚がささくれのように彼の胸に居座り続けていた。
(“まるで、ドロップゾーンが移動しているようだ”……か)
 ひどく厄介な事件に足を突っ込んでしまったようだと、春翔はひとり嘆息した。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
  • 生命の意味を知る者
    一ノ瀬 春翔aa3715
  • 密やかな意味を
    波月 ラルフaa4220

重体一覧

参加者

  • ひとひらの想い
    零月 蕾菜aa0058
    人間|18才|女性|防御
  • 堕落せし者
    十三月 風架aa0058hero001
    英雄|19才|?|ソフィ
  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
    機械|34才|男性|命中
  • 来世でも誓う“愛”
    ユフォアリーヤaa0452hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • シャーウッドのスナイパー
    ゼノビア オルコットaa0626
    人間|19才|女性|命中
  • 妙策の兵
    レティシア ブランシェaa0626hero001
    英雄|27才|男性|ジャ
  • 我王
    ダグラス=R=ハワードaa0757
    人間|28才|男性|攻撃
  • 雪の闇と戦った者
    紅焔寺 静希aa0757hero001
    英雄|19才|女性|バト
  • エージェント
    獅子ヶ谷 七海aa1568
    人間|9才|女性|防御
  • エージェント
    五々六aa1568hero001
    英雄|42才|男性|ドレ
  • 生命の意味を知る者
    一ノ瀬 春翔aa3715
    人間|25才|男性|攻撃
  • 生の形を守る者
    アリス・レッドクイーンaa3715hero001
    英雄|15才|女性|シャド
  • Trifolium
    バルタサール・デル・レイaa4199
    人間|48才|男性|攻撃
  • Aster
    紫苑aa4199hero001
    英雄|24才|男性|ジャ
  • 密やかな意味を
    波月 ラルフaa4220
    人間|26才|男性|生命
  • 巡り合う者
    ファラン・ステラaa4220hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
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