本部

【神月】連動シナリオ

【幻島】失われない楽園の島

弐号

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/07/05 21:49

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九葵唯斗

掲示板

オープニング

●悪夢の檻
 春は幸福の象徴のような季節だと人は言う。
「おかえり、パパー!」
「ははは、ただいま、メアリー」
 玄関を開けた途端に飛び込んできた娘を父親が抱きかかえ高々と掲げる。
 その肩にはこの島に絶えることなく降り続ける桜の花びらが薄く積もっていた。
「わぁ、パパったら桜のお洋服着てるみたい!」
「ははっ、そうかい? まあ、なかなか似合うだろう?」
 一つ苦笑いを浮かべ、父親は娘を降ろす。
 そして、手に持っていた鞄を一度床に置くと、ファスナーを空け手を差し込む。
 そこでにやりと悪戯染みた笑みを浮かべた。
「今日はメアリーにプレゼントがあるんだ」
「本当? 嬉しい!」
 どこにでもある微笑ましい光景。疑いを挟む余地のない幸せな家族。
「ほら、うさぎのぬいぐるみだよ。メアリーは好きだったろ、うさぎさん?」
「うん、メアリー、うさぎさん大好き!」
 父親の渡した自分の身長ほどはありそうな大きなぬいぐるみを力いっぱい抱きしめるメアリー。
「ねぇ、パパ。もう一つお願いがあるの」
 ニコニコと満面の笑みを浮かべながらその姿を見つめる父親にメアリーが問いかけた。
「なんだい? パパはメアリーの言う事なら何でも聞いてあげられるよ?」
「本当!? それじゃあ――」
 子供特有の太陽のような裏表のない笑顔を浮かべメアリーは言った。
「じゃあ、ずっとずーと、メアリーと一緒にいてね」
 もちろんさ、と答えようとして、しかし突如足首に走った激痛に男は悲鳴を上げた。
「ぐああああ!」
 足首を抑え転げまわる。
「あ……うあ……」
 うめき声と足首に視線を移す。血を流し、言う事を聞かない足首。腱を切られたのだと判断するできるほどの冷静さは男にはなかった。
「め、メアリー!」
「ふふっ、これでずーと一緒だね、パパ」
 いつも変わらぬ――否、3年間に事故で死ぬ前と変わらぬ笑顔を浮かべる娘の幻影を見ながら男は意識を失った。

 春は狂気に囚われる季節だと、人は言う。
 桜吹雪は人を狂わせるのだと……。

●交渉
『別に我々は大量虐殺がしたいというわけではない』
 H.O.P.E.に届いた映像の中で褐色の男が眉根にしわを寄せたしかめ面でそう言った。
『ただ、今回の件に関して手を引いてくれればそれでいい。それほど悪い条件ではないと思うが。諸君らの賢明な判断を期待する』
 そう言い切って映像が途切れる。
「……彼ら『セラエノ』からの表明は以上です」
 ジェイソン・ブリッツ(az0023)が手元のプロジェクターの電源を切る。
「場所はイギリスの運輸会社『グラノール』が経営するリゾート地、通称季節島です。彼らは5年前、一つのオーパーツを発見しました」
 再びプロジェクターの電源を点ける。するとそこにはまるで鋼のような質感の大きな樹木が表示された。
「その名は『クリュリア』。広範囲に季節の再現と幻影を見せることのできるオーパーツです。四つの島にそれぞれあったそれを使い彼らは『春島』『夏島』『秋島』『冬島』の四つの島作り出し、リゾート地として運営していました。そこまではまだ良かったのですが……」
 ジェイソンが少し目を伏せる。
「最近になって『クリュリア』の力がどうやら地脈の力を吸い上げて成されているものだと判明し、その幻影の力も思った以上に強い事が判明しました。そう、その気になれば物理的な傷を与えられる程だという事が。そこに目を付けたのが彼ら『セラエノ』です」
 今度はプロジェクターに先ほどの男の顔写真が表示される。
「彼らセラエノは季節島に武力をもって制圧を図り、『春島』は電撃的な作戦で占拠されてしまったのです。そこで『グラノール』は我々H.O.P.E.に救援を要請してきました。H.O.P.E.は季節島への介入を決定。しかし、その後に届いた映像が先ほど見てもらったものというわけです。彼らは春島の顧客を人質としてきました」
 ジェイソンが手もとの資料を叩く。そこには春島の説明が長々と書きこまれていた。
「春島のコンセプトは『失われない楽園』。過去に死んだ娘、叶わなかった恋の想い人。そう言った人物に幻影は成りすまします。セラエノはこの幻影を利用し、この島の人間を拘束しました。閉じ込められただけの人もいれば、怪我を負っている人間もいるという話です。皆さんにはグラノールの方々の手引きの元、島の中枢へ忍び込みこれを取り返してください。彼らセラエノがこの『クリュリア』をどう使うつもりかは判りませんが……決していい結果にならないのは目に見えていますので」

解説

●味方
・グラノール社員
 中枢までの手引きをしてくれる。一般人であるので、保護が必要である。

●敵
・桜花の幻影
 うすぼんやりとした桜の花びらが人の形をとったような幻影。強烈な桜吹雪が吹き荒れた後に唐突に出現する。傍から見れば単なる人の輪郭をした影だが、『クリュリア』の影響下に入った人間はそこに『失われた過去の面影』を見出し、失われたものが『戻ってきた』と勘違いしてしまう。
 現在暴走状態にある幻影は至る所に現れ、屋外にいる人間は強制的に捕獲しようと動くようだ。セラエノにも細かい制御はできていないものと思われる。その攻撃にはライヴスが伴っており、リンカーであろうとダメージを受けてしまう。
 愚神ではないが便宜上愚神の等級で例えると、強さは下限はミーレス級、上限はデグリオ級を超えることはない。幻影は対峙する人間の『過去の面影』の強さにある程度依存するようだ。
 『過去の面影』は一度破壊してしまえば、それが失われたものだと『気付く』事が出来る。しばらくの間同じ幻影に捕らわれる事はない。あるいは共鳴状態のリンカーであれば強い拒絶でもレジスト可能。
 幻影として戦う場合、強さはミーレス級である。花びらを鋭利な刃物のようにして飛ばして攻撃してくる。射程はあまり長くない。距離を離すと極端に姿が見えにくくなり、命中にマイナス補正が掛かる。
 
※PL情報
・セラエノ工作員
 現在中枢にいるのはごく少人数、しかもリンカーではない。中枢にたどり着いてしまえば占拠は簡単である。
 もともと少数精鋭だった上に現在は春島の防衛は幻影に任せ、他の島の援護に回しているようだ。

リプレイ

●花霞
「失われない楽園、か。夢みたいな話だな」
 春島へ向かう船中、春島の資料を見ながら真壁 久朗(aa0032)が呟いた。
「現実は時には辛い事だってありますから……本当にそんな夢が見られるなら見てみたいって思ってしまいますよね」
「そうだな……何かを背負っているのなら……それだけ大切なものがあったということだ」
 セラフィナ(aa0032hero001)の言葉に静かに頷く。二人とも口にはしないが以前の戦いが脳裏に浮かんでいた。去来するのはもう大丈夫という信頼と、そして一抹の不安。
「くふふ、幻影ねぇ。カミナはぁ、簡単に囚われそうだよねぇ?」
 明らかにからかう様な楽し気な口調でカミユ(aa2548hero001)が暇つぶしに本を読んでいた賢木 守凪(aa2548)の後ろから話しかける。
「ふん。……囚われる過去など、俺にはない」
 苛立たしげに本を閉じる守凪。この英雄が守凪を茶化すのはいつもの事だ。殊更に反応するような事でもない。軽く流せばそれで済む。
(だが――気のせいか?)
 どことなく感じる、些細な違和感。余裕が無い――いや、何かを恐れているように感じるのは自分の思い過ごしだろうか。
「どーしたの、カミナ? 怖いのかなぁ?」
(……まあ、気のせい、だろうさ)
 首を傾げ顔を覗き込んでくるカミユにそんな疑問は消える。所詮自分達は利害関係。そんな些細な機微が感じ取れるほどの絆はないのだ。考えるだけ無駄な事だ。
「そろそろ到着します。皆さん、準備はよろしいでしょうか」
 管板から顔を出したジェイソンが船内のエージェント達に告げる。
「あれが……春島」
 薄く霧のように全体が桃色掛かったおぼろ気な島が海の向こうに現れる。
 ここは春島。失われない楽園の島。

●心凍てつく桜吹雪
「確認するけど、立ち止まった奴は置いていく。それでいいわね」
「今回は素早い人質の解放が最優先。それでよろしいでしょう」
 獰猛な笑みで春島を望むレミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001)に、対照的に落ち着いた様子でCERISIER 白花(aa1660)が頷いた。
「ここからは僕が案内いたします」
 スーツ姿の青年がエージェント達に声をかける。幼い顔立ちでスーツを着ているというよりは着られているという感じである。おそらく未成年であろう。
「グラノールの社員か。思ったより若いな」
「春島の管理者の条件は『身内に死者がおらず、失恋の経験のない人間』なので。自然若くなるんですよ」
「なるほど、もしもの時のリスク管理というわけか」
 狒村 緋十郎(aa3678)の言葉に社員が答える。
「さあ、参りましょう。こちらです」
 社員の手引きに従って島に降り立つ。
 その瞬間から大量の桜吹雪が視界に広がった。
「話には聞いていたが……」
 いっそ圧力すら感じる光景に気圧されて迫間 央(aa1445)が視界を手で覆う。
『綺麗といえば綺麗だけど……ここまで来ると恐怖すら感じるわね』
「確かにな。氷月は大丈夫か?」
 共鳴中のマイヤ サーア(aa1445hero001)の言葉に同意しながら己の恋人である氷月(aa3661)に話しかける。
「うん、大丈夫。今は、まだ……」
 キュッと胸の前で拳を握り気持ちを落ち着ける。
「……来ます!」
 社員の声に一同に緊張が走る。そして、吹き付ける一寸先も見えぬほどの強烈な桜吹雪。
「――っ」
 息も出来ぬほどのその吹雪が収まった時、そこには一つの『人影』が現れていた。桜の花びらが集まってできた人の影が。
 ――ただし、一人だけにとって、それは人影ではない。それは『過去の面影』。

●顔のない彼
「馬鹿な……夢じゃなかったのか?」
 守凪が思わず足を止めてポツリと呟く。
 子供の頃、自分を孤独から救ってくれた優しい少年。いないと思っていた。記憶の曖昧な幼子の抱いた錯視だと、そう思っていた。
「いた、のか? 本当に……」
「守凪……」
 少年が懐かしい声で守凪に語り掛ける。優しい青い瞳が守凪に向けられる。
「久しぶりだね、守凪」
『夢だよぉ。カミナだって分かってるでしょう?』
 頭の中にカミユの声が響く。
 夢。――そう、これは夢だ。
「……ああ、そうだな。夢だ」
 カミユの声に現実を思い出し、頭がはっきりとする。目を見開き、幻影を見る。金髪に青い瞳。それだけは見えるが、顔の全体像はぼんやりとしてはっきりしない。記憶が足りていないのだ。
「お前は幻影だ……!」
 守凪の剣が幻影を上下に分断する。
『くふふ、何か思い出したのかなぁ、カミナぁ?』
「……思い出せたわけじゃない。夢は……夢のままだ」
 剣を収め、目を閉じ確かめる。
 いたとしても、顔も名前も思い出せない。それは……所詮夢に過ぎないのだと。

●希望という名の悪夢
「賢木さん、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だ。あいつは弱い奴じゃない」
 北里芽衣(aa1416)の心配する声に久朗が答える。方針通り幻影に囚われた者は置いて先に進む。足を止めるのは危険だった。
『失われない楽園……。記憶を失っても今が幸せだと思える――きっとここが楽園だと思うメテオはおかしいですか?』
「それが普通だ。思い出に依存しすぎるのは……よくない」
 脳裏に英雄を失い心が壊れてしまった姉の姿を浮かべ桜小路 國光(aa4046)がメテオバイザー(aa4046hero001)の問いかけに答えた。
 姉をここへ連れてきたら一体どうなってしまうだろう。もっと壊れるか。あるいは――治るのだろうか。
 そう思った時、彼の視界を一陣の桜吹雪が覆った。
「國光君」
 そして、その後にたった今記憶の中に浮かび上がった面影が現れる。
「久しぶりだね、元気だったかな?」
 当時と変わらぬ声、顔で話しかける消滅した姉の契約英雄。
「あ……」
「迎えに来たよ。一緒に姉さんのところへ帰ろう」
 優し気な口調のまま何気ない仕草のまま銃を構える。
『サクラコ!』
 メテオが叫ぶ。しかし、國光はそれを避けようとはしなかった。
「うあっ!」
 その肩が打ち抜かれる。
「サクラコ? どうして!?」
「できない……俺には……」
「一緒に帰ろう。そうしたら何もかもが元通りだ」
 國光の記憶の中から蘇るのは幸せな光景。『彼』がいて、その隣に笑顔の姉がいて。家族が一つで、幸せだった彼の『失われた楽園』。
「もしかしたら、戻れるかもしれない……あの頃に……姉さんも……」
『サクラコ……』
 蹲ったまま立ち上がれない國光にメテオが悲痛な声をかける。こんなに弱い彼を見るのは初めてかもしれない。
「さあ、國光君」
「……離れて!」
 なればこそ、メテオは立ち上がった。共鳴中の主導権を國光から無理矢理奪い取り、幻影の前に立ちふさがる。
「あなたは偽物なのです!」
「邪魔をしないでもらえるかな、部外者が」
「メテオは部外者ではないのです! メテオはサクラコの英雄!」
「だから何だと?」
「英雄と能力者は、絶対に断ち切れぬ絆で繋がっているのです! 部外者なんかじゃない!」
『メテオ……』
 メテオは刀を構え幻影に突きつける。
「そして……もし貴方が本物なら、帰る場所はサクラコの姉様の元でサクラコのそばじゃない!」
「屁理屈を……!」
 幻影が再び銃を構える。
「私は剣……サクラコの剣です! サクラコを傷つけるなら……」
 その弾丸が発射されるよりも早くメテオが一気に距離を詰め幻影に肉薄する。
「誰であろうと斬ります!」
 袈裟切りに断たれた幻影がニッっと少しだけ笑い、桃色の桜の花びらとなって砕け散った。
「分かっていたはずなのにな」
『……勝手なことして、ごめんなさい』
 國光が落ち着いてから主導権を返す。メテオの声音はシュンとした風で、本当に自分が悪い事をしたと思っているようだった。
「……ありがとう、メテオ。もう少しで、誓約を破るところだった」
 その様子に少し可愛らしさを感じながら、國光が微笑みを浮かべ感謝を述べる。
「俺はもう迷わない。行こう」
『……はい!』
 國光は背を伸ばし、再び前を向いて歩き始めた。

●逃れがたきぬくもり
 ――恐れていた。
 ――期待していた。
 ――見たくなかった。
 ――会いたかった。
 背反する感情が芽衣の中に渦巻く。
 本当は春島の話を聞いた時から気付いていたはずだ。ここにたどり着いてしまうという事は。
「芽衣、元気にしてたかい?」
「ただいま芽衣」
「お父さん……お母さん……」
 足が竦む。溢れ出る涙が止まらない
 きっとこうなる事は分かっていた。両親が現れるに決まっている。でも、考えないようにしていた。大丈夫だと思いたかった。
「会いたかったわ」
 母親の腕が芽衣を抱き締める。暖かで柔らかな感触が芽衣を包み込んだ。
「ぁ、おかあ、さん。こ、これ、幻なの?」
「なに言ってるの、こんなに暖かいのに」
「芽衣のために帰ってきたんだ。これまでよく一人で頑張ったな」
「ゃ」
 思わず母親の体を抱き返そうとして、その手を止める。今、この腕を閉じたら、きっと二度と戻ってこれない。ここから一歩も動けなくなる。
「や、だ。わた、わたし、エージェントなの、とらわれちゃ……」
「芽衣、肩車好きだったよな。どこにだって連れてってやるぞ」
 大好きだった父親の肩車。高いところに手が届くのが楽しくて。
「芽衣、これからは三人で暮らしましょう?」
 なんて甘美な誘い。
『芽衣、泣いてるの? 悲しいの?』
 心に契約英雄の――親友の声が聞こえる。脳裏に浮かぶ一つの言葉。
――一緒に前に進むこと
「私は……!」
 ドンと強い力で母親を突き飛ばす。
「芽衣……!」
「できないの!」
 母親の悲しそうな顔を見る事が出来ず、目を瞑ったままあてずっぽうでブルームフレアを放つ。
「芽衣っ、お前母さんになんてこと……!」
「っ!!」
 母親の悲鳴と父親の叱責を聞きながら今度はその杖を父親に向ける。杖から放たれた黒い魔力が父親の腹を貫いた。
「芽衣……」
 その言葉を最後に父親の幻影は砕け散り、桜の花びらが芽衣の周りに舞い散る。
「ぁ……消え、ちゃった」
 急に全身から力が抜け、その場にぺたりと座り込む。
『え? 消えてよかったじゃない』
「よくないよ!」
 状況を把握しきれてないアリス・ドリームイーター(aa1416hero001)の声に思わず声を荒げる。
「よくないの! だって、だってっ……!」
 感情が溢れて零れる。芽衣の慟哭はしばらくの間、止みそうになかった。

●破れた仮面
「くそ……真っ先に引っかかるとは……」
『くふふ、大失態だぁよねぇ、カミナ。恥っずかしぃ』
 自身の幻影を打ち破り、守凪が事前に聞いていた情報を仲間との合流を図る。
「厄介だな……」
 カミユの揶揄は完全に無視して周りを確認するがうまくいかない。今の春島は至るところが幻影だらけで、その上この桜吹雪の視界の悪さ。道順を事前に知っていても合流には時間が掛かりそうだった。
「手引きの社員が付くわけだ。……む」
 守凪の体に再び強烈な桜吹雪が吹き付ける。
「またか……何度来ても俺はもう……」
 うんざりしながら風の吹いた方を見やる。あれからも何度か出現した幻影であるが、一度攻略すればその支配を打ち破るのは難しくない。
(……? 誰だ?)
 だが、それは今まで現れた少年ではなかった。それどころか守凪の記憶の中のどこにもいない、まったく見覚えのない少年。
『――!』
 カミユが息を飲む雰囲気を感じ取る。
 簡単な話だ。守凪の関係者でないのなら――カミユの『過去の面影』である。
「カミユ、迎えに来たぜ。相変わらずムカつく面してやがるな」
 少年が口を開いた。
『た、かる……?』
「たかる? この人物が?」
 カミユが漏らした言葉を拾って守凪が問いかける。
『……そうか、カミナにも見えてるのか。さっきはボクもカミナの思い出が見えたもんな』
 普段とは比べ物にならないような冷淡な口調でカミユが呟く。それを問い詰めようとして、守凪は急に意識が引っ張られるのを感じた。
「――っ!?」
 守凪とカミユの体が分離し、守凪が後方に投げ出される。
 共鳴が――解けた?
(いや、違う)
 自分の前に立つカミユの姿を見て、間違いに気づく。これは解けたのではない、カミユが無理やり解除したのだ。
「どういう、つもりだ……?」
 立ち上がりながらカミユを問い詰める。
「これは僕だけの思い出だよ。誰にも渡さないし、見せない」
 普段の軽薄な笑みも間延びした口調も消え、守凪を睨み付ける。
「幻影だと……夢だとお前も言っていただろう」
「それでも。たとえ幻影でもだよ。……二度と裏切るわけにはいかない」
 カミユはそれ以上話す気はないと言わんばかりに話を打ち切り、幻影の方へと向き直る。
「さあ、タカル。待たせたね」
 そして、次の瞬間には守凪の事など忘れたかのように幻影に向かって嬉しそうに話しかけた。桜色の人の形をした何かに。
「……ふん、勝手にしろ」
 守凪が吐き捨てる。別に守凪とカミユの関係は友達でも何でもない。偶然そこにいたというだけのそれだけの関係だ。別に過去に興味もないし、どれほど傷つこうと知ったことではなかった。
「タカル……うん、分かってるよ、タカル……」
 桜花の幻影に切り裂かれながらも、なお近づこうとするカミユ。共鳴していない状態ではダメージの蓄積も早い。カミユの体が血に染まっていく。
「だから、俺も勝手にさせてもらうぞ」
 守凪はその後ろから近付きカミユの腰を掴んだ。
「え?」
「勝手に死んでろ、とは言えないのが俺の辛いところだな」
 そしてそのまま持ち上げて肩に担ぐ。共鳴を解いたとはいえ能力者である。素の身体能力も一般人よりも高い。
「な、何を――! やめろ! カミナ!」
「それを聞き遂げるほど俺達は仲良しか、カミユ?」
 カミユを抱えたまま幻影から距離を取るべく走り出す。
「タカル! タカルぅぅ!」
 カミユの絶叫が桜吹雪の吹き荒れる島に木霊した。

●思い出の残骸
 桜吹雪が吹き荒れる。
『……私? いや、違う……アレは……』
 長く青い髪、金髪の瞳。現れた自分とよく似た姿の女性の幻影にマイヤが一瞬目を見開く。
 央は静かに嘆息を吐いた。
「なるほどな……やはり俺の前に現れるのはお前か」
 忘れるわけもない、自分を見限り捨てたかつての恋人。魔女と名乗った人を虜にする魔性の女。
「央……」
 『魔女』が口を開き、懐かしい声を放つ。
 央の目が懐かしそうに細められる。
「央、こっちへいら――」
 甘い囁きと共に央に歩み寄った『魔女』を一刀の元に切り伏せる。
「世界がひっくり返ったとしても、あいつが……魔女が俺の前に現れる事はもうない。……お前はただの形骸だ」
 骸に構う暇などない。央は今を共に生きる恋人の姿を探し駆け出した。

●血の記憶
 中枢へ向かう長い長い廊下――だったもの。氷月は自分が幻影に巻き込まれたことに気付いていなかった。
「ん? 何だ、お前は?」
 廊下の陰から唐突に人影が姿を現す。
 白衣を纏い、気難しそうな顔をした中年の男。
「主任、実験体です」
「なんだ、脱走か?」
 それも一つではない。その後ろに部下らしき者たちも付き従っていた。
「おい、コードを言え」
「……なんで、お前が出てくる」
 ここは幸せな過去を見せるのではなかったのか。自分にはそんなものは無い。だから大丈夫だと……そう思っていたのに。
「……聞こえんのか?」
「壊れかけじゃないですか?」
「まったく、壊れるなら壊れるで大人しくしていればいいものを……おい、誰か薬持ってこい」
「……もう出てくるな」
 絞り出すように声を出す。
「投与したら廃棄だ。代わりは一週間以内に用意しろ」
「私を……」
 リボルバーを構え、目の前の男の額に標準を合わせる。
「モノ扱いするな……!」
 トリガーを引くと同時に男の頭が爆ぜる。
 桜色の花びらが舞い散らばる。
「……!」
 幻影は血を流さない。だからその時一瞬だけ見えた光景は正しい意味で幻、氷月が見た錯覚だ。
 研究員の血で赤く染まった白い廊下にポツンと立つ自分。
「あ……」
「氷月!」
 一瞬呆然とした氷月に後ろから声が掛かる。同時に数本の矢が、彼女に迫ろうとしてた桜花の幻影を貫いた。
「あ、央……」
「氷月、無事だな!?」
 振り返るとそこには過去ではない、今確かにここにいる恋人の姿があった。
「うん……大丈夫……」
『……氷月、まだ残ってますわ』
 央の顔を見てホッとする氷月にシアン(aa3661hero001)が声をかける。
 その声に促され廊下の先に視線を戻すと散り散りになりかけながらも立ち上がろうとしている桜花の幻影。一番最初に撃った研究員に化けていたものだ。
「さっきの一発で大人しくなればよかったのに……」
 再びリボルバーを抜き放ち、続けざま5発、至近距離で叩き込む。さすがに耐え切れず桜花の幻影は砕け散った。
「これ、恩人さんの、物なの。あの時と同じ銃で……撃たれるなんて運命、かな」
 祈りを捧げるようにリボルバーに額を当てて目を瞑る氷月。央は近づくとその肩をそっと抱いた。
「お前は過去と戦って見せた。お前は俺が思っていたより、ずっと強い」
 その言葉に氷月はそっと首を振った。
「私が、囚われなかったのは、央のおかげ……央が私達を許してくれたから……」
「……俺もだよ。俺もお前のおかげで幻影に抗えた。だから、何があろうとお前は俺が守る」
「うん……」
 力強く、氷月が央の手を握る。
「私も……私を許してくれた皆を私だって守ってあげる」
 しばしの間、二人はお互いの存在と体温で今を確かめ合った。

●最後の幻影
「あと、少しです、皆さん!」
「ようやくゴールか。俺達の方も大分減ったからな。有り難い」
 グラノール社員を小脇に抱えながら、緋十郎がため息混じりに呟いた。
 今、この先頭を走るメンツはレミア、緋十郎、共鳴済みの久朗、白花、そして社員の5人だ。
「……その内追いついてくるさ」
「どうでしょうね。思ったよりもここの幻影は強力なようですわ。立ち上がれない方がいらしてもおかしくないと思います」
 久朗の言葉に、白花はここまでの道中で通りすがり際に幾人も目にしてきた、幻影に囚われた人々の姿を思い返す。
「さあ、ここを開けたらロビーで、その先が中枢になります」
 緋十郎に降ろしてもらった社員がカードキーをセキュリティに掲げロックを解除する。
 プシュっと空気の抜ける音と共にドアが開かれる。
「む……!」
 同時に向こう側から吹き付ける圧倒的な桜吹雪。
「……すぐに終わるわ。後ろに下がって安全な場所で待ってなさい」
「は、はい……」
 レミアが正面を見据えながら社員を下がらせる。
 扉の先のロビーには3体の幻影が待ち構えていた。

●『今』を生きる
 好きだという事にも気付いていなかった。
 あまりにも近すぎて、お互いが当たり前すぎて。
 瞳の中の彼女は大きすぎて焦点が合っていなかった。
『私は今猫が触りたい。君、猫を連れてきたまえ』
 いたずらっぽい表情を浮かべ久朗に命令する幼馴染。
『どうして俺が……』
 呆れて文句を言っても聞き入れてもらったことは一度もない。
『あれ、君が私に逆らえるとでも思ってる?』
 大きく口を開けて歯を見せ笑う彼女。はしたないぞという進言もまた、一度も聞き入れてはくれなかった。
 彼女の事がとても……好きだった。
 気付いたのは彼女と離れ離れになった後だったが。
「久しぶりだね。元気だった?」
 その彼女が目の前にいる。絹糸のような美しい白髪。中世的な顔立ち、人懐っこい笑み。そして、声。全てが在りし日の彼女のまま、そこにいた。
「さ、一緒に来なさい。いつまで私を待たせるつもり?」
「……」
 彼女の伸ばした手をぼんやりと見つめる。
『クロさん……』
「大丈夫だ」
 久朗の今の相棒、セラフィナに声を掛けられて久朗は目を瞑る。
 以前なら久朗は成す術もなく囚われていただろう。
 だが、今は違う。セラフィナが久朗に『今』を教えてくれた。だから、大丈夫。
「……」
 ゆっくりと瞳を開く。そこにいるのは桜花の幻影。彼女の面影は消えていた。
「俺に命令していいのはあいつだけだ。消えろ」
 静かな怒りが籠った槍が桜花の幻影を貫いた。

●また逢う日まで
 白花は知っていた。この島の幻影が自分に何を見せるのか。完璧に、かつ当然のように知っていた。
「白――」
「プルミエ」
『お任せください、白花様!』
 その幻影が何事かを発するよりも早く白花は、穏やかな微笑を浮かべたまま従者たるプルミエ クルール(aa1660hero001)に指示をした。
 戦闘を担当するプルミエが、尋常ならざる反射神経で銃を抜き放ち幻影を打ち抜く。
「が――」
「もう一度です。プルミエ」
『はい!』
 幻影がまだ形を留めているのを確認して、再び指示を出す。今度は確実に威力重視の一撃。
 結局、一言も発することなく、その幻影は消滅した。
「上出来よ、プルミエ クルール」
『もったいないお言葉ですわ、白花様!』
 主人に褒められプルミエが興奮気味に答える。
「さて……」
 カツカツと靴音を立てて白花が真っすぐに幻影のいた場所に近づく。
 幻影は既にいない。あるのはただの名残。数枚の花びら。
「ごめんなさいね。知っていると思うけど、私お楽しみは後に取っておく方なの。ここで出逢ってしまっては台無しでしょう?」
 誰にも聞こえない小声で――愛しい人の耳元で愛を囁くように白花が呟く。
「愛して『いる』わ。また逢う日まで、さようなら」
 風が吹く。
花びらは風に乗って遠くへ遠くへ運ばれていった。

●病める時も健やかなる時も
「ねぇ、緋十郎……」
「なんだ、レミア」
 幻影を見据えたまま、こちらを見ずに問いかけるレミアに緋十郎が答える。
 さっきからなぜ共鳴しないんだ、とは聞かなかった。理由は何となく分かっていたし、それにレミアを信じてもいた。
「もし、残虐なわたしを見たら……緋十郎は、わたしのこと、嫌いになる……?」
 普段のレミアからは考えられないほど、細く不安そうな震えた声。
 この尊大で我儘で高飛車な吸血鬼がその実、寂しがりで誰よりも孤独を恐れるか弱い少女だと知ったのはつい最近の事。
「大丈夫だ」
 真っすぐにレミアに体を向けながら緋十郎が力強い声で言った。
「求婚の時にも言っただろう。俺はレミアの過去も知った上で、俺の全てを捧げたいと……生涯を共にしたいと思ったんだ。何があっても、レミアを嫌いになったりするものか!」
 レミアの頬に浮かぶ暖かな笑み。そして後ろを振り向き互いに一つ頷くと、緋十郎の胸元に下がる幻想蝶の紐を掴み、手繰り寄せ顔を近づける。
 二人のシルエットが一つに重なる。
「お待たせしたわね、お姉さま?」
「いいのよ。レミアが幸せそうで何よりだわ」
「あら、人間風情が気安くわたしの名を呼ばないでって、言ったはずよね?」
 レミアが薄く笑う。
 それは優しく朗らかな彼女の姉。レミアが人間だった頃の名残。
「いいわ……何度でも殺してあげる……」
 レミアの爪から生まれた黒い瘴気が腕を覆う。
 あの日殺した姉を再び前にして、レミアの心はあの時代へと立ち返っていた。
 一晩の内に、国の人々を虐殺し、大地を血で赤く染めたあの夜に。
「贄と成れることを光栄に思いなさい!」
 一欠片の躊躇もなくレミアは姉に跳びかかり、その肌を斜めに袈裟斬りにする。
「レミア……止めて、お願い……助けて……」
 『あの時』と同じように絶望の表情でレミアに助けを乞う優しい姉。その胸をレミアの爪が貫いた。
「このわたしが躊躇うとでも……?」
 侮蔑の笑みを浮かべ、その心の臓を握りつぶす。
 幻影は無数の花びらを残し、砕け散った。
 これは遠い昔の御伽噺。この夜から少女は長い長い夜に独りポツンと取り残され……やがて一匹の大猿が寄り添うまでの物語。その序章。

●桜の価値
「ひじゅーろー! なんなのよもー! 芽衣ったら駄目駄目になっちゃって大変だったんだから!」
 制圧済みの中枢に勢いよく駆け込んできたアリスが開口一番何故か緋十郎に向かって文句を言う。
「そうか頑張ったな。北里さんなら大丈夫だ。……強い子だからな」
「とりあえず今はこんなところか」
 全員が揃ったわけではない。だが、それを悠長に待つ余裕はなかった。
「知らない! 俺みたいな末端じゃ何も――ひぎぃ!」
「ええと、それじゃあ、止めますね」
 背後でセラエノ構成員に『お伺い』――決して拷問ではない――をしている女性陣は見ないようにしながら社員がクリュリアの中心部に手を触れる。
 すると今まで視界を覆わんばかりだった桜吹雪がやや収まり、ひらひらと舞う程度の量に減少する。
「綺麗……」
「これが本来の春島、か」
 氷月と央が寄り添いながら感想を口にする。
「桜の花びらはその儚さこそが美しさの本質。いつまでも失われない楽園などに何の価値がありましょう」
 達観したような白花の言葉は花びら舞う空に吸い込まれていった。

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九葵唯斗

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 龍の算命士
    CERISIER 白花aa1660

重体一覧

参加者

  • 此処から"物語"を紡ぐ
    真壁 久朗aa0032
    機械|24才|男性|防御
  • 告解の聴罪者
    セラフィナaa0032hero001
    英雄|14才|?|バト
  • 痛みをぬぐう少女
    北里芽衣aa1416
    人間|11才|女性|命中
  • 遊ぶの大好き
    アリス・ドリームイーターaa1416hero001
    英雄|11才|女性|ソフィ
  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445
    人間|25才|男性|回避
  • 奇稲田姫
    マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • 龍の算命士
    CERISIER 白花aa1660
    人間|47才|女性|回避

  • プルミエ クルールaa1660hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • コードブレイカー
    賢木 守凪aa2548
    機械|19才|男性|生命
  • 真心の味わい
    カミユaa2548hero001
    英雄|17才|男性|ドレ

  • 氷月aa3661
    機械|18才|女性|攻撃
  • 巡り合う者
    シアンaa3661hero001
    英雄|20才|女性|バト
  • 緋色の猿王
    狒村 緋十郎aa3678
    獣人|37才|男性|防御
  • 血華の吸血姫 
    レミア・ヴォルクシュタインaa3678hero001
    英雄|13才|女性|ドレ
  • きっと同じものを見て
    桜小路 國光aa4046
    人間|25才|男性|防御
  • サクラコの剣
    メテオバイザーaa4046hero001
    英雄|18才|女性|ブレ
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