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【相談】慟哭の狂刃
最終発言2016/06/16 12:11:26 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2016/06/14 23:52:33
オープニング
●アレクサンドロス3世と、その随身
H.O.P.E.に存在が明るみになった、エステルとアルメイヤ。
未知の力を振るうアルメイヤの英雄の実態は未だ不明であった。
エステルから未知の英雄クラスを示唆する情報を得たH.O.P.E.は、アルメイヤがそれであると考える一方、さまざまな文献を洗い出し、一本の伝承に行き当たった。
「ブケパロス」と呼ばれる、アレクサンドロス3世の随身についての伝承である。
『アメンの子、アレクサンドロス3世。常に随身とともにあった』
『傍らの随身、ブケパロス。荒々しく地を駆り、誰にも彼にも牙を剥く。ブケパロス、矢をはねのけ、血の一滴も流さず。どんなに硬い金属も、ブケパロスの肌に傷をつけることは敵わず』
『アレクサンドロス3世、ブケパロスに歩み寄り、語り聞かせる。言葉を交わし、刃を交わし、大王、ブケパロスに主と認められる。
ブケパロス、大王以外の支配を受けず。ブケパロス、大王のそばを片時も離れず、その刃となって、力を振るう』
『アメンの子、アレクサンドロス3世のブケパロス。常にアレクサンドロス大王とともにあった』
……。
これまでの研究では、記述から、ブケパロスは大王の馬であると考えられてきた。ところが、最近発掘された遺跡の石板から、大王のそばに寄り添う、見慣れぬ若者の姿を発見したのだ。それは、王が病床に臥せっている隣で、やるかたなく佇んでいるようでもあった。
ひょっとすると、これがブケパロスなのではないか。H.O.P.E.は調査に乗り出した。
「大王の遺体は後継者のひとりプレトマイオスの手に渡り、彼の手でエジプトのいずこかにミイラとして埋葬されたと語られています。場所は、エジプトの西方砂漠の一部、『黒砂漠』。玄武岩が広がっていて、その名のとおりに黒い砂漠です。この砂漠の只中に墓が位置していると推察されました」
H.O.P.E.の職員は、資料を映し出しながら説明を加える。資料に、黒いピラミッドのようなものが映し出された。
「これが、アレクサンドロス3世の墓であるといわれる『黒い山』。一度、この事実が明るみになる前に、何人か小規模な隊を調査へと送ったことがありました。不思議なことに、いくら進んでもたどり着かないのです……」
「ブケパロスの正体は、異世界からの力を持ったものではないか。そして、それはアルメイヤ氏と同じように、我々の未知なる力ではないか、と、H.O.P.E.は考えています。この遺跡に入り、調査を進めること。それが、今回の任務です」
能力者に付き従う、英雄という立場。しかし、それ以上に、エージェントの中には、ブケパロスの伝承を聞いて、妙な懐かしさを覚える英雄がいた。
遺跡は、きっと、姿を現すだろう。目に見えない確信があった。
●6月、エジプト西方砂漠、黒砂漠にて
天気は良好。例外的に晴れていた。
「地点A、到着。投下いたします」
「了解」
まばらな飛行機のプロペラ音が、砂漠の頭上に響いている。
上空の輸送機から、共鳴したエージェントたちが次々と舞い降りる。H.O.P.E.の職員は、次々と花開くパラシュートを眺めていた。――もっとも、エージェントたちはライヴスを介さない攻撃には無敵であるから、パラシュートが開かなくとも、一応は大丈夫ではあるのだが。
(頼む、成功してくれよ……)
H.O.P.E.の職員は心の中で願った。この作戦は、これからのH.O.P.E.の活動に大いなる影響を及ぼすことに違いない。
輸送機が離れていく。
エジプト、黒砂漠。大地を黒く染めるこの地域には、多くの遺跡が広がっている。もともと砂嵐などの自然災害が多く、行方不明者が相次いでいる地帯でもあった。
セラエノとの騒動を重ねてから、一層のライヴスの反応が見られたことで、今回H.O.P.E.の目に留まった場所だ。
●ブケパロス
玄室の前。
男――もはや存在は希薄な男は、慟哭しながら佇んでいた。
虚ろな眼窩が、エージェントたちに語り掛ける。いや、それは――独り言とも呼べるような男だった。
『オレは道具だ。混沌の刃、主なき武器』
『オレ自身に力はない、オレは大王の意思』
『大王はもういない、俺に意思はない』
『オレの名は……オレの名は? オレの名ハアアアアアアアア』
男は再び狂気にあえぎ、悲鳴のような声をあげた。
真空波があちこちを飛び回る。
男の足元には、古い遺骸が散らばっている。おそらくは、墓荒しのものだ。
この男の名は――エージェントたちだけが知っている。
解説
●目的
遺跡の力を開放する
●場所
エジプト、バハレイヤの街周辺の黒砂漠。『黒い山』と呼ばれる遺跡。
輸送機から降り、遺跡へ向かう。
石造りの遺跡は、単純な一本道の構造になっている。遺跡の中にはたびたび慟哭が響き渡る。遺跡に入り、入り口から長い階段を上ると、ブケパロスと相対する。
・玄室の扉
固く閉ざされている。
●登場
ブケパロスの遺志
玄室の前、遺跡の奥で、侵入者に攻撃する。半透明の存在であり、はじめは自分が何者かも、何を守っているのかも分からない。
エージェントたちに襲い掛かってくるが、対話が可能。
・真空波
赤いものは物理攻撃、青いものは魔法攻撃。
意思が昂ると、勝手に発せられるものらしい。
●ブケパロスの主張や疑問など
・英雄とは、能力者に盲目的に従うものである。なぜならば、誓いを破棄すれば、英雄は消えてしまう存在である。そこに力関係があるからだ。
・道具は、主人の意思に逆らうことはできず、力の持ち主は選べない。選ばなくてよい。
質問
・上記の主張について。
・『力をどのように扱いたいか?』
・『力を持つものは必ずしも善人ではないが、それでもその力を望むのか?』
など。
(ブケパロスの主張の底にあるもの※正体を明かしてから)
・自分の意思など完全になくして、ずっと共鳴していれば大王は死ななかったかもしれない。英雄の意思は必要ないのでは?
ブケパロスを力ずくで打ち破るか、説得して納得させると、玄室への道が開ける。
●資料の調査によって判明している事実
・アレクサンドロス大王3世は、アラビアへの遠征を予定していた中、バビロンにて祝宴中ににわかに発熱し、その後十日ほどで急死している。
ブケパロスの没したとされるのはその前後であるが、不明。
●注意
※ブケパロスはH.O.P.E.などの存在は知りません。
リプレイ
●『黒い山』
砂が舞う。
靴底が地面を踏みしめるたびに風が吹きすさび、エージェントたちの足跡を消していく。
すべてがおぼろげで、消えてしまいそうな場所。
誰からも忘れてしまわれそうな場所。
アレクサンドロス3世の墓は、そんな場所にあった。
●遺跡
「地の最果て……そんな雰囲気の場所だな」
『荒涼としていて……とても寂しいですね』
真壁 久朗(aa0032)の隣で、セラフィナ(aa0032hero001)が少しだけ緑の目を細めた。セラフィナは、誰かの痕跡を探るように振り返り、平らな砂を僅かに目の端に止めた。
慟哭の声が、大地を揺るがす。
「あー……確実に何かいるな」
『おるのう。油断するでないぞ、亮』
「わかってる、爺さん」
ブラックウィンド 黎焔(aa1195hero001)の忠告に、百目木 亮(aa1195)は素直に答えた。黎焔はその様子を見、満足そうに頷く。
共鳴を果たした百目木の背筋はしゃんと伸び、髪をオールバックにした落ち着いた雰囲気の中年の姿となる。その瞳には黎焔と同じ稲妻模様が輝いている。
もしも真人間だったら。そんな願望を反映したかのような姿なのかもしれない。――共鳴した二人の姿は、いずれ、百目木と近づいていくのかもしれない。
『あの声を聴いていると僕も胸が苦しくなってきますね……』
セラフィナは、声にそんな感想を漏らした。
どこか物悲しいような、何かをぶつけるような声。
「この『黒い山』がアレクサンドロス3世の墓なら、そこに守り人がいるなら……生前の片腕、相棒と考えるのが自然だぜ」
再度響き渡る咆哮に、『破壊神?』シリウス(aa2842hero001)は少しだけ気ぜわし気に顔をしかめる。
「本人って可能性もあるけど……ま、自分の墓をあーいう風に守りはしないだろしな」
「そう……ですね」
新星 魅流沙(aa2842)はシリウスの言葉に頷いた。
「こんな寂しい所に一人きり……か」
『……しかも、能力者と離れて……だろ。……嫌だな。すげー嫌だ』
蛇塚 連理(aa1708hero001)は、自身が蛇塚 悠理(aa1708)と離れるところを想像したのだろう、強く拳を握りしめた。悠理はそんな連理の肩にぽんと手を置くと、友人の方へと顔を向ける。
「やぁ葵くん、なんだか厄介そうだけど頑張ろうか」
「ああ」
悠理に答えて、水落 葵(aa1538)が頷く。蛇塚らと水落らはやたらと気が合うようで、依頼でも一緒になることが多い。「運命の友達ってヤツじゃね?」とは、水落の弁である。
『連携とか上手く出来たらいいな』
連理の言葉に、ウェルラス(aa1538hero001)はゆるく片手を上げて答えた。
水落らが共鳴し、ウェルラスの姿が消える。その面影は、水落の機械的な左目に現れる。
その横で、蛇塚らも同じように共鳴を遂げる。悠理の持った蛇腹剣は、少しだけ赤みを帯びていた。
「ブケパロス……か。伝承通りなら、暴れ馬のような人なのかな……」
「はっ。その点は貴様も似たようなモノだろう、小僧? とはいえ、確かに興味深い話だ」
高天原 凱(aa0990)は語尾に少しだけ気弱さを滲ませたが、見る者が見れば、彼の秘めたる力に気が付いただろう。彼の英雄の真龍寺 凱(aa0990hero001)は、高天原の才能を知る者の一人だ。
「よくもまぁ、いままでこの世界にとどまっていられたな」
『うむ、妾たちのような今の英雄とはまた違った理で存在しているのやもしれんな』
リィェン・ユー(aa0208)の横で、イン・シェン(aa0208hero001)が興味深そうに言った。この声には、どうしようもなく戦を求めるような――戦いを望むような気配すら感じる。身震いするような楽しさが頭の片隅をよぎる。
共鳴。
リィェンの 縦長の瞳孔が、黄金色の瞳へと変化を遂げる。銀色の陽炎が、闘気のようにゆらめくと、炎が鉄色の手甲と脚甲と銀色の腕輪を形成する。
「よし、行くか」
リィェンは、拳を手のひらで打つと、依頼への気合を見せた。
『今の世まで残るとは、王への思慕が遺志を残すほどまでに強かったのでしょうね』
「そうだね、それと悔恨かな。なんとか晴らしてあげたいけど……」
アリッサ ラウティオラ(aa0150hero001)の言葉に、志賀谷 京子(aa0150)が頷く。
共鳴した二人の姿は、大人びた志賀谷の姿となる。
(行ける?)
蝶埜 月世(aa1384)の視線に、アイザック メイフィールド(aa1384hero001)が無言で答えた。アイザックにあるのは何か神聖なものを守る仕事に就いていたという記憶のみ。かつて、元の世界で神学者や、哲学者の類であったのかもしれない――そうアイザックは考えている。
かけるべき言葉があるかもしれない。そのために、深部へと至る。
アイザックの姿が掻き消え、アイザックは掻き消える様に居なくなり、意識のみが月世の意識の片隅に宿る。
「……行くぜ、魅流沙。みんな」
シリウスは新星と共鳴した。
(本当はオレ自身の言葉で語りたいけど、共鳴せずに戦える相手じゃない。共鳴中、オレができるのは助言と周辺警戒だけだ……だから頼む、魅流沙。言葉を届けてくれ)
共鳴を果たした新星の背中に、二対四枚の翼状の光がきらめいた。ふと、新星は心の中に浮かび上がった情景に気が付く。
(この感覚……シリウスはこの人……いえ、似たような人を知っている?)
「ああ、行こう」
共鳴した真壁の髪は白銀に染まる。右目が幻想的に煌めく緑眼に変化する。 前髪を緩く後頭部へかき上げたように、普段隠している機械化した左目が露わになる。
その背中を水落が見る。――頼りにしている。
『こいつは……』
レティシア ブランシェ(aa0626hero001)は、遺跡の壁にある壁画に気が付いた。大王が剣を掲げて、軍隊を引き連れている壁画だ。主人格がゆらめくと、ゼノビア オルコット(aa0626)が、ぺたりと壁に指を添わせる。絵の中で輝くような刀身は、ただの記号以上に、過去の栄光を誇るようだった。
はるかな時代の話。
この問題を、解決することは可能だろうか。少なくとも「できる」と、エージェントたちは信じているからこそここにいる。
悲し気な遠吠えのような声は、近づくにつれて大きくなる。
それでも、エージェントたちは歩みを止めるつもりはない。
びりびりとした振動に触れて、壁画の砂埃がさらりと落ちる。
幸せだった時代は遠い。
物語の始まりは、はるか昔の話なのだ。
●凶刃との相対
歩みを進めるにつれて、肌を刺すような強烈な気配が近づいてくる。真壁らを先頭にしながら、じりじりと距離を詰めていく。
思念の固まり。絶対的な質量を持って、ブケパロスは、エージェントたちの前に姿を現す。いや、それは、ブケパロス「だったもの」だ。
虚ろな眼窩が、エージェントたちに語り掛ける。
『オレの名は……オレの名は? オレの名ハアアアアアアアア』
影はゆらゆらと揺らめき、悲鳴のような慟哭を発するばかりだ。吠えるような一声を発するたびに、空間が揺れた。
自分は誰かと問う声に、蛇塚が進み出る。
「君が知りたいと言うなら教えてあげるよ。君の名前はブケパロス……じゃないのかな?」
『アアアアア……ブ、ブケパロス……?』
ブケパロスの思念が刃を形作り、四方八方に飛んでいく。
「来るぞ!」
百目木は相手の動きを見据えて叫んだ。真壁のブラッドオペレートが、真空波の軌道を一つ逸らす。一撃は、遺跡の柱に深く食い込んだ。
ブケパロスの足元にあったかつての侵入者の遺骸が、壁にたたきつけられて砕け散る。
「てめえの癇癪に付き合ってられるかよ、退かねえなら押し通るまでだぜ?」
共鳴すると、高天原の雰囲気はがらりとかわる。二人の似姿が一つとなる。髪形はオールバック。普段の彼からは考えられないほど乱暴な口調も、この姿であれば似つかわしい。
事故によって失われた身体操作や戦闘のセンスを真龍寺が補うことで、戦闘的なパフォーマンスを向上させる。
戦闘への忌避はない。共鳴した高天原は、九陽神弓をかざす。暴れ馬。そう呼ばれる男は、ともすればブケパロスばかりではないのだ。
同じく、蝶埜も交戦しながら、相手の対応を待つ。
「あの攻撃、予備動作無く飛んでくるな」
『衝動的に発現するものなのでしょう。気をつけてください!』
真壁らが声を張り上げ、戦線を守る。
「しかし、こうも暴走状態じゃ話もできやしねぇ」
『じゃったら、一旦落ち着かせてやらねばな』
リィェンらはブケパロスに構える。
「墓荒らしを殺して、それが遺骸になるまでこの部屋の中に居続けたということは、人間を人間として認識出来ておらず、状況判断も不可能な状態なんだろう」
「ああ。こういうのは大概ある程度消耗させれば落ち着くって相場が決まってるし、とにかくやるしかないな」
真壁の言葉に、リィェンが頷く。
話を聞いてもらうためには、向こうがある程度消耗させることが第一のようだ。
エージェントたちは、焦らずに陣形を組む。
(真空波といえど、その軌跡が見えるのならば対処は可能だ)
リィェンは、向かってきた真空波に、恐れることなく立ち向かう。フルンティングで斬り落とす。血色の核がより一層輝き、両断された衝撃波は勢いを弱める。
「お前の気が済むまで何でもぶつけてこい」
真壁はブケパロスを射貫くような視線で見据えると、そう告げる。
「必ず……言葉を届けます!」
一度で成功するとは、思っていなかった。何度も。何度だって、新星は名を呼ぶ。新星とともに、シリウスは考えを巡らせる。
(片時も離れず、刃となって……力…? なんとなくわかってきた……けど何か、引っかかるぞ……?)
『ウアァアア……』
ブケパロスはうなる。第二波がくる。
(アイツが信じてんだ、俺らが信じてもバチはあたんねぇだろ)
水落と蛇塚が左右に展開し、前衛の補助に回る。真壁の負担を減らす狙いだ。
蛇塚が使用したリンクバリアが、徹底的に青い衝撃波の威力を削いでいた。
「あれは、……魔法攻撃と物理攻撃のパターンがあるみたいだ!」
仕組みが分かれば、冷静に防御もできる。
蛇塚の守るべき誓いがブケパロスの注意を引き付ける。その間に、水落はリンクコントロールで共鳴度を上げていた。――いつでも対処できる。
相対するブケパロスは言った。「彼は道具」だと。その言葉に、ゼノビアは悲しみを覚える。レティシアはイライラとした感情すら覚えていた。
言ってやりたいことがある。
そのために、今。
ゼノビアは前衛に防御を預け、中衛の位置からブケパロスを狙う。けん制するように射撃を撃ちこむ。放たれた衝撃波が、軌道を変えて天井へと突き刺さる。砂埃の中からも、正確に第二射に移る。
志賀谷と高天原は、ゼノビアに合わせるようにして攻撃を放った。高天原の一射が、ブケパロスの動きをその場にとどめる。志賀谷の目が、相手の弱点を看破する。大きく体制を崩すように、九陽神弓をかざす。太陽を撃ち抜いたというその名を冠する武器が、ブケパロスの右肩を見事に撃ち抜いた。
ブケパロスの表情が、再度驚愕に染まる。
『俺の攻撃を防ぐばかりではなく……俺に、手傷を負わせる、だと?』
その痛みに、ブケパロスは懐かしさを覚えたようだ。
「ブケパロスさんなのでしょう!? 貴方は何故戦うんです!? 知りたいんです、そして答えたいんです!」
新星は、想いを載せて支配者の言葉を放った。――支配するためではない。少しでも話を聞いてくれるように、少しでも気が引ければいいと思いながら。
『ブケパロス……俺はブケパロスなのか? 戦いの気配……悠久に忘れ、このような戦いは幾ぶりだろう!』
ブケパロスの情念と一致したように、攻撃の衝撃波が降り注ぐ。
拒絶の風を纏った新星は、攻撃をひらりひらりと華麗にかわす。
「くっ……」
百目木と真壁は、衝撃波にライオットシールドをかざして耐える。ブケパロスの正面を位置どり、後衛に攻撃を通さない構えだ。
透明度の高いシールドの奥から、衝撃波が砕け散るところが見える。
カバーから漏れた攻撃を、蛇塚や水落が受け止める。
真壁の鋭いライヴスの光線が、相手の動きを阻害する。パニッシュメントだ。
「ブケパロス、王を守りし者よ、その誇りを思い出して」
『王、王……王はもういない』
「わたしたちはあなたと話がしたいの。ブケパロス、お願い、話を聞いて」
危険を承知で、新星が一歩、歩み出ていた。抱きしめるように、両手を影に伸ばす。
呼応するように、地面が揺らぐ。
『我が名は……、我が名はブケパロス……』
●ブケパロスと相対す
新星の言葉を、ブケパロスは幾度か反芻するように声を繰り返していたが、吠えるようにして答える。
『ああ、そうだ……。そうなのだ。わが身に刻まれた名は、ブケパロス。俺は、大王の随身……! ブケパロス!』
ブケパロスの姿が、より鮮明となる。荒々しい若者といったいでたちのブケパロスは、うなり声を上げて凶刃を振るう。
やや無防備な新星を、とっさに百目木がかばった。新星は短く礼を言う。
「何故そこまで戦い続けるのか、あなたの力には苦悩と悲しみを感じます……聞かせてください、どうか」
新星が、ブケパロスに問いかける。
『苦悩……悲しみ……? カナシミだと? それはおかしい。大王がいなくなった今、俺に意思や感情はないはずだ』
「どうしてそう思うのですか?」
『我らに……付き従うだけの俺に意思はない。破壊の化身、俺は目の前にある相手を斬るのみ……』
ブケパロスは、言いながら息を飲んだ。何かが棘のように引っかかる。
『我々は、能力者に盲目的に従う存在だ。ただの、道具でしかない!!!』
違和感を振り切るように叫ぶ。
張り裂けるような叫びは、もはや意味のない慟哭ではない。
ライヴスを伴った意思の奔流が、言葉を伴いながら、衝撃波となり、あちこちに飛びちった。
「っ……!」
怒涛の攻撃を受け止めて、前衛はなお――崩れない。
共鳴しているエージェントたちは、パートナーが思い思いの言葉を抱えていることに気が付いた。彼らには語る言葉があるのだ。
「いい加減落ち着け、アレクサンドロス3世の随身」
『そうじゃぞ。そちの主の眠る場でいつまで泣き騒いでいる気じゃ!!』
リィェンと、インの呼びかけが響き渡る。
主の眠る場。反応したのか、嵐のような叫びが、一瞬だけ止んだ。
『ウウウゥ……』
ブケパロスは、うなりながら僅かに動きを緩めた。睨むようにではあるが、その表情は、しっかりとエージェントたちを見据えている。虚ろだった眼窩に、狂暴な光が宿っている。
今なら、きっと話ができるはずだ。
「よろしくね! アリッサ」
志賀谷は、アリッサと交代する。
『ええ、これはわたしの誇りをあらためて確認することでもありますから』
水落に代わり、蛇塚が攻撃を引き付ける。
「盲目的に従う。そいつは違う。俺と爺さんの関係はな、主従じゃあない。師弟だ。俺が弟子で爺さんが師だ。『俺が』教わる側なんだよ。力関係は爺さんの方が上だ」
百目木が前に進み出ると、感情任せの衝撃波を冷静に打ち払う。
『力関係がありながら、主に逆らうというか!』
怒涛のように押し寄せるもう一波を、百目木は防ぐ。
「ああ。それにな、仮に主従だしてもだ。主人の間違いは正さなきゃならねえ。ときには、間違った選択をして共倒れになることだってあるだろうよ。だが、何でもかんでも『YES』じゃ主人の為にもならない」
『ウヌウ!』
百目木は、放たれた衝撃波を逸らす。ダメージを受けた柱が、両断されて崩れる。土埃が舞う。
「どんなに偉い奴でも『恐れながら申し上げます』で根拠と理由を添えて納得させなきゃならねえこともあるんじゃねえか?」
「盲目的に従う……それはどうかな。俺も、それには疑問だ。連理は俺に盲目的に従ったりしないし、ちゃんと注意もしてくれる。だから俺は安心して共鳴出来る」
蛇塚もまた、攻撃を受け止めながら言葉を紡ぐ。
「そこにあるのは【従う】なんて言葉じゃない。【信頼】だよ。俺が連理を大切にするのは、連理が【従うだけの英雄】だからじゃない」
『何が違う!』
ブケパロスの発する慟哭が、あたりを揺るがせる。水落が、友人に代わってグリムリーパーで攻撃を受け止める。
援護を受けて、蛇塚は体勢を立て直すと、よどみなく答える。
「ちゃんと考えて、一緒に悩んでくれる。思うことを言ってくれる。だから大切なんだ。パートナーはそういうものだろう?」
『その通りじゃ』
インが、蛇塚の答えに同意する。
『英雄とは契約者の側に立ち、道に迷ったらのなら一緒に悩み、道を外れそうになればそれを正し、喜びを分かち合い、ともに笑っていく存在じゃ。それは決して道具ではいかんのじゃ。元の世界でどういった存在であったかは千差万別じゃが、妾らは一個人として存在しておるのじゃからな』
『英雄は道具ではありません。あなたも、わたしも。誓いとはともに結ぶものです。けっして、一方的なものではないのです』
アリッサの片隅で、意識の片隅で、能力者が頷いたような、そんな気がした。
『グ、グウウウウ……』
ブケパロスはあえぐ。
慟哭が響く。感情に合わせるように、衝撃波が飛ぶ。
「英雄に意思が必要ないだなんて、俺はそんな事は思えない。自ら望んだならまだしもそうなるべきだと自分で思い込むことはない」
『自分が――望んだ?』
真壁の言葉が、ブケパロスの耳に残ったようだ。
『違う、チガウ……! アアアア』
『……意思がない僕らなんて、この世界にとってただの異物でしかないじゃないか』
ウェルラスの言葉を、ブケパロスは必死に否定する。
『俺は道具だ!』
『……それは可笑しいのではないか? 道具は誓わない……いや、誓えない、意思を持たぬからだ』
アイザックがの言葉に、ブケパロスは目を見開いた。
『ち、か、い……』
もがき苦しむようなそぶりを見せて、あたりに衝撃波が飛ぶ。
●誓約
『そうだ。我々は誓う。誓い……誓うからこそ……、英雄と能力者の契約は、一方的なものだ。契約を破棄すれば、力を失う。だから、……英雄とは、主に付き従うだけのものなのだ!』
ブケパロスの言葉が、あたりに響く。
それは間違っている。
エージェントたちは、次々と衝撃波を防ぐ。想いが呼応するように、真っ向から。
『誓いを破棄されたら、確かにオレ達英雄は形を失う。消滅する。でも、だからって従うしかないなんてことはねーだろ。何も言わないで能力者が間違った方向に進んだら、消滅するよりつらいだろ。だったら、どれだけ恐くてもオレは言わなきゃって思う』
攻撃を受け止めた蛇塚が、言葉を伝える。
百目木もまた、衝撃波を叩き斬って、ブケパロスに応える。
「英雄にだって能力者を選ぶ権利がある。能力者が英雄にとって『ああ駄目だ』と思えば誓約を破棄して別の能力者を探すこともできる」
そう。誓約は破棄できるのだ。彼の能力者の黎焔も――もしも心底、百目木を見限ることがあったとしたら。いつでも誓約を破棄できた。
誓約が続いているのは、ブラックウィンドが彼を息子のように、孫のように、あるいは弟子のように思っているとするならば――。それは、強制されたものではない。
「逆に『こいつ以外に能力者を得たくない』と思えば能力者が死んだ後に消える選択をした奴もいた。英雄は盲目的に能力者に従う必要はない。英雄も選ぶ意思と権利を持っていい。俺はそう思うぜ?」
『誓いの存在を貴公は従属の証拠とするが、それは矛盾しているぞ。誓約は英雄と能力者が自由意志を持ち、それを認め合うから成り立つ』
アイザックがきっぱりと言う。
『俺の、イ、シ……』
『確かに、強引な方法を取れば簡単に僕達は消えてしまう存在かもしれません』
セラフィナの言葉は凛とした調子をもって、あたりに響いた。
『けれど、意思があるから、お互いに通じ合っているからこそ、共に居たいと思えるんです』
『ともに、居たい?』
――心が痛む。
ともに居たい。ともに在りたかった。
ふと、ブケパロスの胸に何もかも叩き壊したいような衝動が芽生える。
『違う、違う、俺は道具だ。俺は、俺は……! 意識しない。考えることはない! だから、だから……それゆえに』
ブケパロスは、後ろに一歩下がった。それは、彼がエージェントたちの説得を受け入れ始めていることのようにも思われた。迷いを断ち切るように、再び叫ぶ。
ブケパロスは揺らいでる。エージェントたちは、ひるまない。
「何も考えずに従うだけなら楽かもしれないね。そういう生き方もいいと思うよ。でも、それならその役目は君じゃなくてもいいだろう? 従うだけなら誰にでも出来る」
そうだ、道具であれば、心が痛まないのだ。
蛇塚の言葉に、ブケパロスは思う。
「……君の能力者は君がいいと誓いを交わした。それなら、意志を無くして従うなんて生き方を彼は望まなかったんじゃないかな」
『オオオオオォ……』
ブケパロスは叫ぶ。
誓約。その言葉を考えていると、ひどく心が痛むのだ。
『……何を貴公は恐れている? 何故、自分が選択しうる存在だという事から眼を背ける? まるで痛みに耐え兼ねた子供が自分は痛くないと叫び続ける様では無いか?』
『ぐ、チガ、チガウ!』
めったやたらに武器を振るうブケパロスに向けて、ゼノビアが、口を開く。
「わたし、は……あなた、がじぶんの、こと、どうぐって……言う、なら、それでいい、っておもう、なら……ただ使われる、だけじゃ、なくて……こう、あいぼう、になってくれる、どうぐ、のほうが、たよれる、です」
たどたどしい言葉。けれど、まっすぐな言葉だ。
「おうさま、はおんなじこと、かんがえなかった、のかな」
『だいおう……』
『どうして貴方は自分に意思が必要無いと思うのですか?』
セラフィナが問う。
『なぜ』
考えたことも、なかった。
『なぜなら、なぜならば、俺は、道具で――俺は――』
明確な答えは、口をついてでない。あれほど信じていたような気がする価値観が揺らぐ。
『能力者と英雄は二人であることに意義があるのだと、信じています。力がありながら孤独であるものは、時に独善的にもなるでしょう。英雄はともに歩むものであると同時に、ストッパーでもあるのです』
志賀谷の言葉に、ブケパロスは自分の感情に気が付いた。
うらやましい、のか?
いや、かつては自分もそうだったのかもしれない。思い出せない。思い出せないからこそ、直視したくない。思い出したとして、そこに主はいないのだ。
ならば、道具として思い出さないほうが、耐えられる。
振り切るように、攻撃を振るうしかない。
『一時は私自身が英雄は幻影の様なもの、この世界の人々の望みがある形を成したものが英雄であって故郷のある魂を持った存在では無いのでは無いかと考えた事も有った……』
アイザックは、進み出てブケパロスに告げる。
『しかし、それは今は間違いであったと断言出来る。それはここに居る月世、我がパートナーが証明して暮れたからだ……子供の様に頬をつねって……何度も』
「……えーと、かなり恥ずかしいわね。それ出す必要ある?」
蝶埜は少し照れたように口を挟む。彼女の存在が、護教者としてのアイザックの道しるべとなっているに違いないのだ。
『わたしたちは来訪者故、この世界に留まることは本来のあり方ではない。けれどわたしは、京子と出会い、力になりたいと願った。あなたも共にあろうと願い、王と誓いを立てたのではありませんか?』
『誓い……』
『あなたは過去を悔やむあまり、自分の大事なものまで曲げてしまっているように思えます。王はあなたを道具などと言わないはず。そんな王だから、あなたは共に歩んだのでは』
『……』
そうだったら、いい。脳裏に描き出されそうになる希望、もはや思い出せない主の顔を、ブケパロスは思い描こうとして、否定した。
『貴公が自分を道具にしたいと考えたのはまさに彼が貴公を盟友として扱ったからだろう? 此処にも矛盾がある。貴公は不可能な事を願って居るのだ』
道具にしたいと、「思った」?
『……強弁はよせ、古の英雄よ。貴公の様な不羈の存在がその様な人物と誓約を結ぶ事は無い。そうだろう? 繰り返すが……貴公は不可能な事を願って居るのだ。』
アイザックの言葉が、胸に突き刺さる。否定ができない。思った。たしかに思ったのだ。
『自分のパートナーとどんな関係を築くのかは、その本質とはまた別だと思います』
セラフィナの言葉に、ブケパロスの心が痛む。ないはずの意思が、主張する。
「英雄と能力者の関係はそう単純ではない。主従、友人、恋人、家族……数え上げるとキリがない。オレ達のように……互いを忌避する者もいる。従う義理などあるものか、力を失って死ぬのは能力者だからな」
ブケパロスは、否定しようと口を開く。何も言葉が出てこない。衝動となって、ほとばしるのみだ。
真龍寺の言葉に、ブケパロスは懐かしいものを覚えた。なぜだろうか。
「オレにとって、アイツはいつか壊さないといけない壁だ。だけど意思もない……強くないアイツじゃ意味なんてない。貴方の考えは分かります……でも、それは貴方にしか意味がない」
真龍寺の能力者である高天原が、改めてブケパロスに武器を構えた。
「英雄は盲目的に従う、ねえ……」
強情を張るブケパロスに、レティシアが苛立ちまぎれに問う。
「じゃあお前、最初に自分の「持ち主」に会ったとき、こいつで良いかどうか、考えなかったのか? 俺は考えたぞ。こんなチビが自分の相棒で本当に良いのか、いやこいつの隣にいるのが俺で良いのか、ってな! ……5秒くらいだったが」
『……!』
こいつで良いかどうか?
覚えがあった。
かすかな記憶だ。
「意思もねえのに契約が出来るかよ、てめえらで結んだ決め事が力を引き出すんだろうがよ!」
高天原が叫ぶ。
「オレは引かないよ……立ちはだかるなら、貴方も超えていく。そこをどいてくれ、暴れ馬は貴方だけじゃないぞ!」
『面白い……やってみろ!』
ブケパロスは応えて叫ぶ。反射的に叫んでいた。どこか面白がるような。懐かしい、気概。誰かの姿が重なった。
エージェントたちの言葉に、おぼろげな記憶がかすかに輪郭を持っていく。
誓約を――立てた。
立てたはずなのだ。
●かつての誓約
ブケパロスの頭に、在りし日の光景が思い浮かんだ。これは、自分だったのだろうか。遠い日にありすぎて、もはやわからない。
「王よ、それは暴れ馬のような異邦人です。兵士でも手が付けられません。近づかれては!」
「私は強い奴が好きだ」
大王の顔は、思い出せない。けれど、たしかに笑っているような気がした。
「どうだ、一緒に世界を変えてみないか?」
そう言ってのける大王に、自分はなんと思ったのだろう。
(俺は、なんと、何と答えた?)
想像の中の”自分”は、口を開いた。
『ハッ。お前ごときに俺が使いこなせるものか――』
ブケパロスは目を見開いた。
『いいだろう、認めよう、王よ、我が主。俺を手に、栄光を手にして見せよ!』
『――ッ!』
ブケパロスの、声なき慟哭が辺りに響き渡る。
圧に耐え切れず、亀裂が遺跡の壁を走る。
それは、悲しみに満ちたものというよりは。かつての勇ましい姿を取り戻すような、そんな一声だった。
ブケパロスの姿が、より鮮明に浮かび上がる。
ブケパロスは二度誓約をした。
一度目は、男の力量を見極めるために。
もう一度目で、ブケパロスは大王の武器となることを誓った。
道具であることを自ら誓った。
●主の死
『アアアア――あ、ああ……』
『おぬしは主の為、その刃を振るってきたのであろう。では、おぬしの後ろにある部屋。爺にはそれをおぬしが守っているように思えてならんでな。守っているのは、おぬしの主の命か。それともおぬしの意思か。どちらになるかのう』
ブラックウィンドが、ブケパロスに語り掛ける。
『守、る』
ぽたり。影が、地面へと落ちた。
『貴方が泣いているのは、それは悲しいと感じているからです。物にあるはずの無い心を持っているという事は必ず意味があります』
『俺は、泣いているのか?』
ぽたり。
再び、影が地面へと落ちた。涙のように。ブケパロスは片手を顔に沿わせようとするが、やはり、そこに実態と言うべきものはない。
ブケパロスは自嘲して、エージェントたちに向き直る。
『……そうだ。私は大王とともにあったのだ』
ブケパロスはゆっくりと顔を上げた。
『……痛みはいずれ消えるが、魂は消えぬ……現に貴公は悩み、痛みを訴え続けて居るではないか? ブケパロスよ、何が有った?』
『何が有った、か。おかしな質問だ。今は、何も――ないのだ。大王なき今、私にはもはや何もない。俺は、それが怖かった』
「意思があれば自分の在り方を決められるだろう。お前は何がしたいんだ?」
『俺のしたいこと?』
ブケパロスは、真壁の問いに虚を突かれたように考え込む。
しばらくの静寂だった。
『俺は、戦いたい、なぜだろう? 俺は、戦うのが好きなのだ』
ピリピリとした緊張が走る。
「君は今、どうしたいんだい?」
蛇塚の言葉に、ブケパロスは重ねて考える。
『何がしたいか……戦いたい、戦いたい、戦いたい……戦い、「たい」?』
ブケパロスは、はたと自分の中にある意思に気が付いた。
『そうだ。「戦いたい」のだ。あれだけ好きだったはずの戦いも、満たされない。なぜなのか分からなかったが、今、わかった。俺は……大王とともに……戦いたい、のだ。戦うときは、常に大王がともに在った。俺は、大王に遭いたい、のだ』
ブケパロスは慟哭する。
『意思などなくてよかったのだ。我が刃であれば、……!』
大王は、死ななくても良かったのかもしれない。
――それが、ブケパロスの心残りであったらしい。
『ねぇ、誓約って僕らの彼らの「同意する意思」が無いとできないんだって。……君に意思があったから、君は大王を想うことができたよ。君がいなかったら、大王は君の知らない処で君が知らないまま亡くなっただろうね。それは何よりも怖い事じゃない?』
ウェルラスの言葉に、ブケパロスは雷に打たれたように黙った。
『君が君を許さないのは君の自由だ。でも、君と共にあった大王を否定するのだけは……やめてあげて』
『分かっ……た』
ブケパロスは頷く。
「難しいことは抜きにしてさ、わたしはアリッサにとっても感謝してる! あなたの王もあなたの存在にきっと助けられていたって思う。ブケパロス、あなたは自分を傷つけなくていいんだよ」
ブケパロスは、志賀谷を見ると、懐かしいように目を閉じた。
『ああ、そうか、この気持ちは……”感謝”と呼ぶのだ』
ブケパロスは唇を噛む。
『大王を助けることは、できなかったのだろうか?』
「大王を助けること、それは無理だ。大王が人である以上、寿命かもしれないし……外的な要因かもしれないが、死は避けれない運命だからね」
リィェンははっきりと言った。
『そうだな。時の流れは残酷なものだ』
『王が王で有ったのなら……それはそうあるべき結末であったという事だ。違ったのか? 王は自らに悖る事をして死んだのか?』
アイザックはやんわりと重ねる。
『……いや』
『違うのなら貴公如きの行為で何かが変わったとは思うべきでは無い。運命とは厳粛なものだ……それは自分自身で担うしか無いのだ。だから貴公が自分の在るべき姿に付いて考えるのは良いが、それが王の運命を左右したと考えるのは傲慢では無いか?』
『確かに、そうだな。俺は傲慢だ』
「病気で王が死んだ……そうだったな。なら、こういうのはどうだ」
百目木はブケパロスに言った。
「もしお前さんが邪英化した時に王を苦しめることはなかったって考えはどうよ」
ブケパロスは虚を突かれたように目を丸くして、それから肩を震わせて笑い始めた。
『面白い、面白い考えだ……! 俺が。俺が迷惑をかけずに済んだ、だと! 俺は、全く。そんなことは考えていなかった。俺は全く、傲慢な男だ!』
その様子に、エージェントたちはわずかにほっとした。
『長年共にしたそちが道具としてだけみておったのなら、大王はそちを石板や伝承にそち個人を人として記録には残さなかったじゃろう。きっと大王からしてもそちは大切な”人”じゃったと思うのじゃ』
インが言う。
衝撃波で崩れかけた壁画には、大王とともにブケパロスの姿が残っていた。ブケパロスは、懐かしむように視線を向ける。
新星と共鳴を解くシリウス。周りは驚くが、止めはしない。
「ブケパロス、ただ、これだけは言わせてくれ。共鳴し続けていれば大王は死ななかったかもしれない。けどブケパロス、貴方が人でいることで救われた時間だって同じくらいあったとオレは思うよ」
シリウスの言葉に、ブケパロスは息を吐いた。
「剣の英雄。人の姿と心を持つ意味って、そのためなんじゃあないかな?」
『そのため……そのため、か。目的など、考えたこともなかった』
『意思は、何かをする時の根底にあるものじゃ。ならば、必要であると、わしは考えるぞ』
ブラックウィンドの言葉に、ブケパロスは頷いた。
ブケパロスは、エージェントたちに向き直る。
『大王を失ってなお、私がここにいる意味が――分かった気がする』
●力を望む理由は
志賀谷や、ほかのエージェントが願ったように、ブケパロスは素直に道を開けてくれるようだった。
『構わない――しかし、俺は知りたい。力を何のために求めるのか。力を持つものが、善悪をわきまえているとは限らない』
「俺は元悪人だし、一度すべてを失ったことのある人間だ」
ブケパロスの問いに、リィェンが口を開く。
「君の言うように力を求めるのは善人だけじゃないからね。悪人だって力を求める。だが突き詰めれは物の正悪は大衆ではなく、個人の価値観によってしまうものだ」
リィェンの拳に力がこもった。
「だからこそ、俺は二度と取りこぼさないためにも力を望む。誰かを守るために、強大な敵を倒すために、なにより過去の俺の罪と向き合うためにも」
『罪、か。罪科もまた、時代によって変わるのだろうな』
ブケパロスは目を細める。
「善の判定だなんて曖昧さ。昨日まで善であった行為が、たった一日で 一瞬きする間で 悪になることもある。その逆だってある」
水落が、次に答える。
「俺の善なる行為が隣のコイツの悪だってこともある。善だ悪だじゃねぇ。俺が俺でコイツがコイツだから望んだんだ。力はオマケだ、そんなもん無くたって俺はコイツを望むよ」
『お前にとっては、力が、ついでだというのか?』
ブケパロスは驚愕と羨望の混じったような表情を浮かべた。
『なるほどな……』
「ちから、は私の、ために。……私は、人を助けたい」
ゼノビアがゆっくりと口を開いた。
「武力で、でも、誰かのためになれる、なら、嬉しい。その気持ちのために、使う、です。……ちからがある、なら、それを発揮できず、に後悔するのは、嫌、だから!」
語尾に、はっきりとした決意がにじむ。
「ワガママ、だし、正しくないのかもしれない、ですけど、でも、自分のちから、なんだもん
自分の好きなように、つかう、です!」
素直ではっきりした気持ち。
レティシアが、ゼノビアの言葉を引き継ぐ。
「……ってうちのチビが生意気にも仰ってるんでな! 生憎俺に異論はない。それに「同意」して協力するだけだ」
レティシアは皮肉めいた笑みを浮かべた。
「それに、せっかく喋る「道具」なんだ。助言の一つや二つ、してやれば精神的助けにくらいはなるだろ! まさかとは思うが、お前、それすら、思いつかずに道具はただ従えばいいなんて思ってるわけじゃねぇよなぁ?」
『そうだ、我々は喋る「道具」だな』
ブケパロスは自分の言葉でやり返されて、心のうちで舌を巻く。
『あいにくと、すっかり忘れていたのだ。自分が何をするものなのかも。それを僅かにも知れたのは、お前たちのおかげだ』
思うままに。自分の好きなように。
それでも、ブケパロスは、不思議とゼノビアが私利私欲に走るような気がしなかった。他人の傷や悲しみに敏感な少女は、そして、その英雄はおそらくは、人のために――力を振るうのだろう。
(いや、違うな)
ブケパロスは、その希望が、自分の願望を反映していることに気が付いた。「そうあってほしい」のだ。
『知りたいことは知った。お前たちからなにか聞くことはあるか?』
「混沌の刃というのはどういう意味なんだ」
真壁の問いに、ブケパロスは目を細める。
『遠い記憶だ。はるか――昔の、それも、前の世界のことだ。おぼろげながらに、俺がそうであるという認識があった』
「そうか。……それじゃあ、お前の幻想蝶はどこにあるんだ? あるようなら近くで見てみたい」
『幻想蝶、とはなんだ?』
ブケパロスは不思議そうに幻想蝶の説明を受け、感心したようなそぶりを見せる。エージェントたちの見せる幻想蝶は、人によって、違う形をしている。真壁のそれは、「セラフィナイト」。
『面白そうだな。俺のゲンソウチョウ? か……わからないが、俺が消えたときに何か残れば、持って行っても構わない。大王の玄室にあるものも――大王も、文句は言わないだろう。――そういう人だったはずだ。おぼろげではあるが』
「意思があれば自分の在り方を決められるだろう。お前は何がしたいんだ?
真壁が問う。ブケパロスは悩む。
『望み……』
「君は今、どうしたいんだい?」
蛇塚の言葉に、ブケパロスは唸った。
『知りたいことはすべて聞いた。心残りは、もうない。いや……正確にいえば、一つだけ、ある。今芽生えたものだ。もし、良ければだが……』
ブケパロスは一瞬だけ言いよどむが、言う。
『俺がここにいる意味は分かった。俺の役目は終わった。このまま、消えてしまうはずだ。だから……』
ブケパロスは武器を構える。殺意は、もうない。
『最後に、手合わせしてもらえないか。手加減はする』
「そんなもの、必要ないね」
高天原が答える。
「やるっていうならな」
『望むところじゃ』
リィェンとインが、素早く構える。
「やるからには本気だね」
蛇塚も、それに賛同する。
賛同するエージェントたちは、思い思いに再び武器を取る。
ブケパロスは笑う。楽しそうに笑う。
『我が意思を持って――あなたたちに、勝負を申し込む』
●最期の勝負
遺跡に、剣戟が響き渡る。
やはり、強い。
前線が崩せない。真壁と水落と蛇塚は、的確に仲間をかばいながら、後衛に射線を通さない。
隙ができたと振りぬくと、すぐさまに、威嚇射撃が飛んでくる。
(全く、隙が無い……)
百目木と真壁が、かわるがわるに傷ついた仲間にケアレイを飛ばす。
禍々しく相手を薙ぎ払うための攻撃的な刃は、今や、真っすぐにエージェントたちを狙っていた。
ブケパロスの胸に喜びが満ちる。
高天原は、惜しみなくヘヴィアタックを仕掛ける。
そこで、ブケパロスは自らの過ちに気が付いた。
(手加減してやろう、だと? 加減されていたのは、こちらのほうではないか!)
ブケパロスの姿が、大きくのけぞった。
勝てない。
そう思うにつけ、満ち足りた心地が、ブケパロスの胸を満たしていく。
(玄室の扉は、俺ではもう開けない。俺はブケパロス。だが、大王を失った俺は、もはや……俺がブケパロスではないからだ。しかし、あるいは、お前たち、いや――あなたたちであれば)
なぜか確信があった。
この者たちによって、扉が開かれるであろう。そういう確信が。
満足を覚えるごとに、ブケパロスがこの場所にいる意味がなくなる。
大王もいない。
互いに、道が見えてきた。――最後の道が。
痛撃を与えた。――そう思った瞬間だった。
ブケパロスは、自分の半身が消えかかっていることに気が付き、大声で笑った。
「何か俺達に伝えておきたいことはあるか」
真壁が問いかける。彼の生きた証を少しでも伝え残したい。そう考えてのことだった。
『ある』
ブケパロスは口を開いた。
『”ありがとう”だ』
シンプルな言葉だ。
崩れ落ちたブケパロスは、満足そうに笑う。ブケパロスの居た場所には、ぼろぼろになった革製の鞘が残っていた。真壁がそれを拾ってみると、ベルト部分はとても弱いが、鞘の部分は、しっかりとした形を保っている。
「おやすみなさい」
誰かが言った。
●アレクサンドロス3世の玄室
”我が友ブケパロスが来たれば開かれん”。
玄室の扉には、そう書かれていた。ライヴスによって保護されている扉だ。
もしかすると、エージェントたちの英雄の中に、ブケパロス似姿を持つ者がいたのかもしれない。あるいは。ブケパロスの最期の思念が解放されたためか。
それは、この場にいる人間にはわからないことだった。
時を超えて――玄室の扉は開かれる。
玄室の扉は、エージェントたちを迎え入れるように、道を開いた。
自分が何者かも忘れ、ただ力を振るうだけの亡霊。真摯に言葉を交わし、亡霊は満足して消え去った。
辺りにあった嫌な気配は、もうない。
エージェントたちの任務は、予想以上の成果を収めて、成功だ。
結果
シナリオ成功度 | 大成功 |
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