本部

【東嵐】連動シナリオ

【東嵐】寂光の梯

昇竜

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/05/31 17:13

掲示板

オープニング

●追悼の刻

 H.O.P.E.香港支部の中庭には、去る大規模戦闘において亡くなったすべての職員、古龍幇構成員、一般市民の名を刻んだ石碑が建造された。碑の覆いは今朝がた取り払われ、今は人々が献花した数多の白百合がビル風に揺られている。

「追悼式典で、こちらのイザベルさんに挨拶をして貰うんだって。皆には彼女の警護をお願いしたいそうよ」
「イザベル・ミスラと申します。こちらは娘のジャクリーン」

 支部の一室で、デウスエクス・マキナ(az0001)はエージェント達を前にそう言った。
 紹介されたのは見知らぬ女性、その傍らに不思議そうに佇む少女には、父親の聡明な面影が感じられる。

「ねぇアリス、この式典って有名人がいっぱい来るんでしょ?」
「そうそう、これはセーシキな妥結発表に先んじて行われる、言わば古龍幇との親睦の初歩ってやつらしいよ。何より犠牲者の碑の御前だからね、万が一があったら困るって事で、うちらの出番ってワケ。ええと、この人はね……」

 イザベルと名乗った女はキャンディ・アリス(az0001hero001)に促され、静かに自己紹介を続けた。

「はい。私は、香港九龍支部作戦一課長ナレイン・ミスラの妻でございました」

 それはかつて、香港支部の実働指揮を担った指揮官の名である。しかし此度の事変以前にミスラ課長は愚神に付け入られており、香港市街戦中に討伐された事は誰もの知る所。

「夫が皆様にお掛けしたご迷惑を思うと、私に何かできる事は無かったかと悔やんでも悔やみ切れません。今日は皆様にお詫びをする為に、イギリスからやって参りました」
「イザベルさん……またそんな事を。ミスラ課長に非はありませんよ? 悪いのは愚神ですから」
「……ママ、大丈夫?」

 フォローを入れるマキナにも、イザベルはどこか虚ろな目で苦しげに微笑むだけ。母親と手を繋げたジャクリーンは、その様子を見て心配そうに声をあげた。アリスが小声で、エージェント達に呟く。

「なにか思い詰めてるみたいで、イザベルさんが心配だなぁ……」
「……そうね。でも、もうすぐ開会式が始まってしまうわ。皆、とりあえず会場へ行きましょう?」

 マキナに促され、面々は中庭へ――白百合の碑の前へ進む。

●式典の最中

「ママ、おはなしばっかりで、ジャッキーつまんないよ」
「ジャクリーン……お願いだから、じっとしていて頂戴。困ったわ……」

 式が進む中で、喪服のジャクリーンが母親に相手をせがむ。しかしイザベルはメッシュの影、眼の下に濃い隈を浮かべて取り合う様子を見せない。そこで、マキナが名乗りをあげた。

「あ、じゃあ私が遊んであげるわ、ジャッキーちゃん」
「わぁ、本当? マキナお姉ちゃん」
「ああ、ありがとうございます。助かりますわ、マキナさん」
「マキナ、それはいいけど……二人はいちおー警護対象だからね?」
「分かってるわよ、アリス。席に座ったままならいいでしょう? 私、トランプなら持ってるわよ」
「……ええと、うちは飴ちゃん、ペロキャン、チョコレート……」

 ポケットを引っ繰り返すアリスの傍で、ジャクリーンがイザベルの方を見て小さく言う。

「……ママ、今日も泣きそうな顔してる……またひどいこと言われたのかな、パパのせいで……」

 ジャクリーンがマキナ達と遊び始めたので、イザベルの近くは静かになった。彼女は鞄から作文用紙を取り出すと、周囲のエージェント達に控えめに切り出す。

「あの、香港事変ではお疲れ様でございました。
 ……よろしかったら、当事者の皆様に挨拶文の添削をお願いしたいのですが」

 何度も書き直されてしわくちゃの原稿を、そう言って差し出すイザベル。

「私は所詮、部外者ですから……
 何か、相応しくない事を言おうとしているやも知れません。
 私には、皆様や夫の様に、特別な力がある訳でもないので。何も……何もできないのです」

 だからせめて、償いたい。挨拶文にはその思いが、しかし簡素に纏められていた。

『悲しみは大きいです。怒りも、同じくらい大きいです。
 それは、この世から夫を奪った愚神へ対する怒りです。こんな悲劇は、二度と繰り返したくありません。
 だからこそ、愚神を憎むのと同じくらい、自分が憎いです。私は、夫の変化に気付けなかったのですから。
 ただ守られるばかりで、皆様の力になれなかった事、これからも力になれない事が本当に悔しいです。
 でも、私は亡き夫が守ろうとした香港が、二度と戦場にならぬ様に祈りたい。その為には、H.O.P.E.と古龍幇が協力し合う事が大切だと思います。
 ですから、私は自分にできる事を考え、それはお詫びをする事だと思い至って、今日此処へ参じました。
 私に対する糾弾はご尤もです。二つの組織を隔てる壁は、我が夫によって少なからず厚みを増してきた物なのですから。
 どうか、私達を許して下さい。この礎の上に、皆様が手を取り合う未来を築いて下さい』

 梯(かけはし)の行く末は、未だ寂光に霞む。ならばこそ。

「この挨拶文は、二度と悲劇を繰り返したくないという願いを込めて、式典の最後に読むものです。
 夫にも娘にも、私は本当に申し訳ない事をしてしまいました。
 でも、それはもう取り返しのつかない過去ですから……夫に会った時、せめて『よくやったな』と言って貰えるような事をしたいんです。
 ――何か、この挨拶文に助言する部分はありませんか?」

 イザベルは血色の悪い唇に薄く微笑みを浮かべ、鞄の中にあるナイフを握り締めた。

解説

概要
追悼式典でイザベルとジャクリーンの身辺警護を務める事になりました。皆さんはイザベルに『A:挨拶文の添削』と『B:ジャクリーンの遊び相手』を頼まれています。無事なにごとも無く、式典終了を迎えられれば成功となります。

行動選択肢
A:挨拶文の添削
 挨拶全文については、OP本文●式典の最中章に『』で括ってある部分をご確認ください。
 PCの皆さんがこの挨拶文を見せられたら、どう感じるでしょうか。
 何かより良い挨拶にする為のアドバイスがあったら、イザベルに伝えてあげて下さい。
B:ジャクリーンの遊び相手
 7歳にしては我慢強かったですが、さしもの彼女も長い式典に飽きてしまったようです。
 余程の事が無い限り喚いたりはしませんが、遊んであげるとイザベルが安心するでしょう。

NPC情報
・イザベル
  ナレイン・ミスラの妻。
  彼女が書いた挨拶文は、自身の無力への呪いと懺悔が綴られている。
・ジャクリーン
  ナレインとイザベルの一人娘。
  周囲の言葉と母親の滅入りようから、父親は悪者だと思っている。

PL情報
・イザベルの秘密
  実はイザベルは、挨拶中にある事を企てています。
  彼女は一般人ですから、事が起こってから対処しても最悪の結果は避けられるでしょう。
  でも一番良いのは、それより早くイザベルが生きる希望を見付ける事だと思います。
  計画が実行されたが最後、ジャクリーンはもう二度と父親を許さないでしょうから。
・ジャクリーンの秘密
  実は能力者としての素質が有ります。この事は彼女自身を含め、誰も知りません。

状況
中庭にて、喪服をお召し頂いて追悼式の最中です。
皆さんは舞台袖の関係者卓に居て、ステージでは焼香や挨拶等が行われています。子供の遊び相手になる事については周囲から一定の理解が得られると思いますので、楽しませてあげて下さい。
尚、皆さんが共鳴を要するような事態は起こりませんので、ご安心を。

リプレイ

●白百合揺るる庭で

「この石碑の窪み、一つ一つが……僕達と同じように笑い、泣き、日々を送っていた人達の、生きていた証……ですよね」

 献花に際するセラフィナ(aa0032hero001)の佇まいは、手にした花の名を異名に取るに相応しい。
 冷たい碑面を這い、彫刻の形を確かめる細指に、真壁 久朗(aa0032)の影がかかる。

「こんなに小さな文字も……誰かに呼ばれてきた、大切な名前だったんだろう……」
「きっとこれからも、呼ばれ続けるはずだったもの……なんですよね」

 白銀が、天の川に帳を下ろす。瞳を伏せ弔意を示すセラフィナに、真壁もまた倣った。
 ――戦いには勝った。しかし、苦しみの忘却は教訓の軽視を意味する。
 これ以上誰も大切な人を失わず済む為に、何が出来るだろう?

 黙祷を終えた小鉄(aa0213)も関係者卓に戻った。

「身辺警護ならば拙者にお任せを。忍びの得手とする所でござる!」
「張り切る所でもないと思うけれども……万が一はあるから、注意だけはしときなさいね」
「稲穂さんの仰る通りですね……クロさん、その調子で、式典の雰囲気を損なわない程度にお願いします」
「ああ……イザベル達に向けられる視線、穏やかなものばかりではないな」

 稲穂(aa0213hero001)に、セラフィナと真壁も頷く。任務は物理的な守護だけに限らなかった。真壁が威圧ぎみに眼光を飛ばすと、イザベルの方を見ていた一般席の何人かが目を逸らす。

「――我も人、彼も人。故に対等とは基本に置くべき道理。
 此処に立つ決意を持った女に対する態度が其れか……呆れたものだ」
「覚者は辛辣だな」

 侮蔑を隠さない八朔 カゲリ(aa0098)に、ナラカ(aa0098hero001)が笑う。
 彼は何ものも否定しない。然し、肯定と容認は同義ではない。

「うむ、有態に覚者の座右の銘にそぐわぬ者達よな」
「……自責も大概だが、それをして彼女の咎とするのは結果論であり転嫁でしかない。彼女に出来なかった事を誰が出来たと言うのか。安易な正義に痴れて、これを何の覚悟もなく責め立てるなら、それらしく応じるまで。しかし他者を貶すには、それで被る総てに対する覚悟が要る――それすらも持たざるなら、浴びせる批判も拳も無い」

 小鉄も注目を一身に集める女性の心中を察する。

「うむ……あのご婦人の顔、睡眠もとれてないようでござるな」
「だいじょうぶかしら……」
「思い詰めている様子ですね。……彼女に罪は無いでしょうに」

 アリッサ ラウティオラ(aa0150hero001)も稲穂に同調した。志賀谷 京子(aa0150)は考え込んでいる。

「お話は、めでたしめでたしで終わらせたいよ。――わたしにも、何かできるかな……」

 アリッサは微笑み、契約者の顔を覗いた。

「京子の率直な気持ちを語ればいい。……きっと、それで十分ですよ」
「……うん」

 その言葉に自信がわいてか、志賀谷も少し笑った。

●「――何か、この挨拶文に助言する部分はありませんか?」

 式も中盤に差し掛かった頃、イザベル・ミスラが切り出した。
 難しそうな話に、小鉄と稲穂はギクリ。

「う、うむ、ジャクリーン殿。拙者らの遊びに付き合って欲しいでござるよ!」
「じゃ、ジャクリーンちゃん、あっちで一緒に遊びましょうか! ね!」
「ババ抜きでしたら、私にも出来ます」

 二人に続いて席を立ったエミナ・トライアルフォー(aa1379hero001)を、唐沢 九繰(aa1379)が少し寂しげに見上げた。

「エミナちゃん。一緒に添削しないんですか?」
「お役に立てませんよ。私は、心の機微や言葉による思いの伝達は不得手なので。それに九繰が居れば、きっと大丈夫です」

 無表情のエミナは唇へ右手の甲を――"微笑み"の表示のディスプレイを当てて見せた。

「……添削を頼まれる事は構わないが、その前に幾つか尋ねたい」
「はい、何なりと……」

 強い語気は八朔。イザベルは唇だけを捻じ曲げるように笑う。

「先ず……お前は何を以て『お詫び』としている?
 『許して下さい』『皆様が手を取り合う未来を築いて下さい』と、それらは己が行動に帰結しない」
「そう、でしょうか……? 『許して下さい』と謝罪する事は、『お詫び』という結果に結び付くと思いました……そして、その行動が私への怒りを和らげ、『皆様が手を取り合う未来』へ至る事を願っています」
「では『これからも力になれない』のは何故だ?」
「……それは、お慰めで? 私が皆様と愚神との戦いにおいて、一体何のお役に立てると言うのです?」
「ならばもう一つ――『この礎』とは、何を指して言っている?」
「犠牲者の碑が目の前に在って、それがお判り頂けないとは思いませんでした……文章力が低くて申し訳ありません」
「俺がそんな事を聞きたいと思っているのか? それで本当に『よくやったな』と褒めて貰えると思うか、イザベル・ミスラ?」
「やめてよ!! お母さんの事ばっかり虐めて……悪いのはあいつなんでしょ?!」

 叫んだのは、ジャクリーン・ミスラだった。怒りのあまり押し殺し切れなかった声に、会場の視線が集まる。
 取り乱す少女の前に、榊原・沙耶(aa1188)がしゃがみ込んだ。

「ジャクリーンちゃん。香港も平穏を取り戻したけれど、失ったものは多いのよね……。
 貴方のお父さんは、今回の戦いにおいて、人類の裏切者の代名詞になってしまったわ。彼について、実は私達は殆ど知らないの。
 でもね、どんな人だったにせよ、奥様が追悼式の壇上に上がってスピーチをするという行為には驚くわ。お母さん、とても勇気ある、強い人なのね。
 ……だからね、その素敵なお母さんが好きな人だったお父さんの事、ジャクリーンちゃんに悪く思って欲しくないわねぇ」

 肩で息をしていた少女は、耳を傾けるうちに少し落ち着きを取り戻して、母親の悲しげな表情を認めた。
 それで一先ず怒りを収める娘に息を吐くイザベルへ、八朔が言う。

「……誰も止めるなどと言ってはいない。お前が最善と信じるなら、その行為も肯定しよう」
「ありがとうございます……」

 微笑みは、了承を得たように安らかだ。
 ……八朔はある程度、感づいていたのかも知れない。ならば死ねと宣告したに等しいが、それが過ちと知っていて尚、その覚悟を肯定する事こそ彼の信念たる"平等"。
 何を基準に平等と定めるかは、他者の理解の及ぶ所では無い。ただ、諦観者たる八朔に、彼女の説得の為の努力は生じなかった。

「イザベル女史、愛娘はお任せ下さい」
「……? ああ、助かりますわ、榊原さん」

 声を掛けられても、イザベルはどこか上の空。その様子を不審に思ってか、榊原は続ける。

「……貴方の前には、困難な道が続いています。けれど苦しくても、どうかジャクリーンちゃんと二人で生きていって欲しい。私達と古龍幣は、その道を阻むものを許しませんわ。ナレイン氏が悪という世間のイメージを、一緒に変えていきましょう」
「……フ。そうですね、娘だけでも、どうにか許して貰わなくては」

 それでも彼女の口調には、色濃い自嘲の念が滲んだ。

「……あんたより、私の方が遊び相手には向いてるわよ。何か作戦があるんでしょうね?」
「小鳥遊ちゃんったらぁ……私に用意できるのはぁ、科学を使った遊び道具くらいのものでしょ?」
「本当に大丈夫なの? この親子、ちょっとヤバそうだけど」

 小鳥遊・沙羅(aa1188hero001)は悪口然とした物言いながら、心配そうに振り返る。イザベルには唐沢が語りかけた。

「ナレイン課長の事、心からお悔やみ申し上げます……直接お会いした事はありませんけど、香港支部の職員さんからの評判で、立派な方だったと聞いています」
「ご丁寧に……此方こそ、主人が生前お世話になりました。いいえ……死後も、でしょうか」

 ――やはり、様子がおかしい。唐沢もそれに気づいてはいたが、自分に言葉巧みに語るような芸当は無理だと思っていた。だからせめて、挨拶文には何度も目を通していて。

「この挨拶文には、イザベルさんの気持ちがすごくこもっています。節々から感じる深い悲しみ、強い怒り。香港を二度と戦場にしてはいけない、他の場所で同じ事を起こしちゃいけないっていう願い。添削だなんて偉そうな事は、私にはできないですけど、ひとつだけ……
 これからも力になれないだなんて、そんな事ないですよ」

 信じていた。自分自身が感じた事を素直に言葉にすれば、想いは伝わると。
 返事のないイザベルに、八朔が助言する。

「懺悔は兎も角、それらの己を呪う言葉は、この場に相応しくない。削除した上で、自身もまた役に立てるよう尽くすと加えるべきだろう」
「……はい。やはり、不愉快な文面でしたね」

 彼女は口端を歪め、取り出した赤筆で挨拶文を訂正した。

(……このままなら、この女は計画を実行に移すだろう。
 添削にも事務的に応じるだけで、彼女の心は何も動いていないと見える)

 万象の俯瞰者は思召す。ナラカとは善悪不二の光の名、遍くを斟酌なく照らすもの……光は、寛容である。即ち例え自殺の選択であろうと、覚悟が伴うなら言祝ぐに厭はない。

(子を残して命を絶つが親の行いだと、胸を張って謳えるのならばな。
 ――まあ、その他に子を許される術が思い当たらぬか。
 さあ、手弱女よ。汝が答えを聞かせてくれ)

 彼女は静かにその光が輝きを放つのを……衆目の中で迎えようとしている母の最期と、その娘をただ、見守っている。
 ……静寂の湖面を震わせたのは、少女とも少年ともつかぬ、麗しい囀りで。

「僕は、こういう場所で挨拶などしたことがないので……助言という程の事はできません。
 恐らくクロさんも、その辺りは不得手な方だと思います」
「……あまり力になれなくてすまない」

 セラフィナの言に、真壁も相違無いと首を縦に。

「けれど貴方が伝えたい事を、此処にいる人だけでなく、仲間や友人に伝え広める事はできます」

 傍に寄り、イザベルの手に両手で触れるセラフィナ。
 仄かな感触に、冷え切った女の瞳の底は、今日はじめて揺れた。
 ――それは、驚きからだ。ただ、僅かに口を開けた感情の箱に、懺悔への解が施される。

「貴方が知るナレインさんがどんな人だったのかも、挨拶文に添えるのはどうでしょう。幼いジャクリーンさんが知らない事も、イザベルさんなら知っているはずです。家族としてのナレインさんを一番知っているのもまた、貴方なのですから」
「……それで、私の罪が償えると?」
「……今のイザベルさんを見ていると、出会ったばかりのクロさんを思い出します。どうしようも無く心が傷ついて、それを癒す術を見い出せないでいる人の顔です」

 不安げなイザベルに、セラフィナが続ける。

「僕はとても無力な人間で、特別な力も、何もありませんが……仲間と共に困難に立ち向かい、希望を繋いだ人を傍で見てきました。悲しみに打ちひしがれる過去の姿も、仲間に囲まれて戦場に向かうその背中も、ずっと。
 僕もあの人も希望という言葉を諦めないでいれたのは、独りじゃなかったからです」
「そんな事は……それに、私にはもう、」
「いいえ。能力者としての力があろうとなかろうと、ひとは弱いものです……でも、誰も独りなんかじゃない」

 志賀谷は、漸く原稿から目を上げた。壊れ物を扱うような丁寧な手つきからは、彼女の真摯さが伝わってくる。

「ミスラ課長はきっと、職務に忠実であろうとするあまり、愚神に付け込まれてしまったのだと思います。そのために、香港が一時危機に陥ったことは事実です。H.O.P.E.と古龍幇は、もしかしたら互いに憎みあい傷つけ合うことになっていたのかもしれない。
 でも、そうはならなかった。それは最悪の事態だと考える人たちがいて、手を取り合いたいと願う人たちがいたんです。もちろん、わたしもその一人でした。――頑張ったんだよ?
 そしてH.O.P.E.と古龍幇は今、新しい一歩を踏み出そうとしています。……きっと今回のことがなければ、こんな変化は起きなかった。
 ミスラ課長のことはほんとに残念でした。わたしたちも守ることも、助けることも出来なかったことを悔やんでいます。
 でもミスラ課長が守ろうとしたものは、こうして残っている」

 イザベルは、志賀谷の言葉に目を見開く。そして、榊原の言葉を思い出した。
 ――娘と苦しみを乗り越えて。私達が力になるから。

(……私は、今も守られている。私は、独りではなかった……?)

 そう思うと、重ねられたままのセラフィナの手が、急に温かく感じられた。

「……神は人に試練を与えます。
 けれど試練と呼ぶには、あまりに悲しいことが多すぎました。悲しみの形も、重みも、人によって違うでしょう。
 でも、寄り添い痛みを知ることはできます。
 希望は己の中にあるものだけではありません。誰かと通じ合う事で、その輝きを増すものです。
 その力で、貴方の傍にいる小さな光を守ってあげてください」

 イザベルは此処へきて思った。娘を中傷から守る為には、自己犠牲の他に道は無いというのは、誤りではないかと。

(私は独りでも、無力でもなかった――あなたの理想を受け継ぐ人々に囲まれ、希望を大きくする術を持っていた。
 ナレイン……あなたは香港の平和に姿を変えて生き続け、ずっと私達を守って下さるの?)

 その瞳から、虚ろさは消えかけている。彼女へ、志賀谷がふわりと笑いかけた。

「イザベルさん、これから2つの組織がどうなっていくのか、その顛末を見届けてはいただけませんか?
 この香港を――いえ、香港だけではなく、世界を。わたしたちは守っていきます。
 いま、H.O.P.E.と古龍幇が共に手を取った。この環を世界の人々の間に広げて、愚神という脅威から人類を守りたい。
 ……ミスラ課長に代わって、わたしたちの働きを見ていて下さい。そして許しを請うのではなく、どうしたらこの奇跡を明日につなげていけるのか、一緒に考えてはいただけませんか」

 その声音は優しく温かく、凍てついたイザベルの心を溶かしていく。長い沈黙の間も、セラフィナの微笑みは彼女の言葉を待っていた。

「……私も、見届けたいです。夫の夢を受け継ぐ、皆様の行く末を……」

 その返答に、志賀谷と英雄と顔を見合わせた。安堵の笑みを湛え、アリッサは静かに言う。

「願わくば、巨大な脅威がなくとも共に手を携える未来にたどり着きたいものです。その暁にはわたしのような英雄は暇を持て余してしまうかもしれませんが……そんな世界こそ、ミスラ課長の目指した未来でしょうから」
「私は、あんまり世界の平和だとか、大きな話はピンとこなかったんですけど……」

 続けたのは唐沢。
 ――上手に言えなくても、一生懸命、想いを言葉に。
 彼女の熱意は、イザベルに通じていた。その瞳は、今は確りと唐沢を捉えている。

「挨拶文は、このままでも十分素敵だと思います。ナレイン課長が守りたかったもの……香港の街と、それからイザベルさんとジャクリーンちゃん。そのためにも頑張らなきゃって、そう思える挨拶文でしたから」

 そして、一呼吸を置いて。

「きっと一人でも多くの人が"同じ事を起こしちゃいけない"って思う事が、大切なんだと思います。
 私は目の前の事で精一杯ですけど、言葉は広く届くはずです。自分にとっても、イザベルさんの言葉はとっても力になりましたから!
 イザベルさんとジャクリーンちゃんが安心して過ごせるように、私も頑張りますね!」

 にこっと笑う唐沢につられ、イザベルはようやっと本物の笑顔を見せた。

●ジャッキーはご機嫌斜め

「トランプとやら、拙者らも混ぜさせて頂くでござる!」
「遊び方が色々とあるから、きっと長い式典もあっと言う間よ! ……こーちゃんは、ルール分かってる? だいじょうぶ?」
「小鉄……無理をしなくても、ルールを説明して頂ければ他のゲームでも構いませんが」
「心配無用、忍者がそんな事も知らない訳がないでござろう! しかし、トライアルフォー殿……ローカルルールが混ざると危ないゆえ、念の為事前にすり合わせを、うむ、」
「ホントに分かってるの、このニンジャ?」

 小鳥遊に訝しまれつつ、関係者卓の端ではババ抜きが始まっていた。

「……あんなやつ、愚神の手先だから死んで良かったって、みんな言ってるのに」
「そう、そうなのね……」

 稲穂は小鉄にカードを引かせながら、ジャクリーンに相槌を打つ。
 彼女はジャクリーンの考えを否定せず、まず受け入れる事に決めていた。

(私に出来るのは、ナレイン氏について、そういう見方もあると教える事だけ……意見を押しつけたって、仕方ないもの)

 その反対隣で、榊原が言う。

「でもお母さんが悲しんでいるのは、それだけお父さんが好きだったからでしょう? ジャクリーンちゃんを愛してくれていた人だから、お母さんもお父さんが悪く言われて悲しいのよ」
「だけどあいつのせいで、私とママ……わぁ、すごい。どうして砂が動くの?」
「髪の毛を浮かせる事も出来るのよ? ほぉら」
「ちょっと、何すんのよ!」

 紙の上においた砂鉄を、榊原が下から磁石で引っ張るので、ジャクリーンは少し楽しげにした。他にも、擦って静電気を帯びさせた風船で小鳥遊の髪の毛を逆立てたり。稲穂と榊原のお蔭で、ジャクリーンは少し機嫌を直したようだ。

「……小鉄。数が同じでも、クローバーとクラブは一緒に出せません」
「ふむふむ、そういうルールでござるな……いや、知ってたでござるよ、うぬ」
「ごめんねエミナちゃん。こーちゃんの誤魔化し下手はもう治らないわね、これ……」
「と、ところで!」
「わわ、なあに? こてっちゃん」

 小鉄にずずいと向き直られ、デウスエクス・マキナ(az0001)とキャンディ・アリス(az0001hero001)はびくり。

「貴殿たちの名前、どちらが名字か教えて欲しいでござる。デウスエクス殿とキャンディ殿……で、ござろうか?」
「んー、うちらの名前はねぇ。通称みたいな感じだからなぁ……」
「でも、デウスエクス殿とキャンディ殿って、呼ばれ慣れ無くてイイなぁ♪ じゃあ、そっちが名字って事で!」
「わーテキトー……、……エミナちゃん、ハイ」
「……ありがとうございます、アリス……」

 アリスはお菓子に視線が釘付けのエミナに根負けし、ペロキャンを差し出した。無表情の筈のエミナの顔も、心なしかキラキラ。

「むむ……ああっと、トライアルフォー殿、此方の札を取った方が良いと思うでござるよ。うむうむ」

 小鉄が最初から微動だにしないババを取り易い位置に動かしつつ、エミナに手札を差し出す。が、彼女はひょいと反対側のカードを引き。

「……上がりです」
「なんと! 拙者がババ……」
「本当分かりやすいんだから」

 呆れたような稲穂だが、彼女はジャクリーンが横で思慮に耽るのを見逃さなかった。

「……ジャクリーンちゃん」
「なあに? 稲穂おねえちゃん……」
「……お父さんは、悪い奴に操られて悪者になっちゃってたの。でもほんとうはね、正義の味方だったのよ?」
「せいぎ……」
「お父さんを悪く言う人達も居ると思うわ、でもお父さんに助けられた、って人も居ると思うのよ。
 ――正義の味方のお父さんは、嫌い?」

 少女は、おずおずと首を振った。
 それならば何故父親を愚神と同一視する一般人が居るのか、それは彼女にはまだ理解出来なかった。
 未だ憮然としているジャクリーンを、榊原が優しく諭す。

「他の人はお母さんの事も、悪く言うかもしれないけれど……ジャクリーンちゃんが守って欲しいの。お母さんだけじゃなくて、お母さんが好きだったお父さんの事もねぇ」
「そう、だね……強くならなくちゃ」

 ジャクリーンは、そこには力強く頷いた。
 エミナがふと唐沢の方を見ると、彼女はじっと此方を見ていて。

「……九繰。他の人がイザベルと話しているときは、周辺に注意を払うと約束したでしょう?」
「あう、ごめんなさい……マキナさんのパーツ、すごく気になっちゃって」
「じ、実は私も……くくりんの義足にすっごく興味津々なの。ライナーの素材とか、板バネとか、」
「くくりんって何だか兄弟弟子っぽい響きですね……?! それよりその腰部ユニットはもしや、去年の限定モデル……」

 アイアンパンク談義に華を咲かそうとする唐沢とマキナに、エミナは溜息。

「お二方とも、任務中ですよ」

●式の終わりに

 イザベルは壇上に立った。憐憫、好機、憎悪――突き刺さる視線に込められた感情は様々だ。
 震える唇を噛み、前を向く。持ち物は、結局赤字塗れになった原稿用紙"のみ"。

「悲しみは大きいです。怒りも、同じくらい大きいです。
 それは、この世から夫を奪った愚神へ対する怒りです。こんな悲劇は、二度と繰り返したくありません。愚神の撲滅を成すには、H.O.P.E.と古龍幇が、全人類が協力しあう事が大切です。……そのために、私は自分に何が出来るか考えました。
 ……それは唯一、死んでお詫びする事だと思った事すらありました。亡き夫は恐らくは、優しさと真面目さ故に愚神に付け入られ、私はそれに気づけなかったのですから……
 しかし私は、彼が生涯を捧げたH.O.P.E.に教えられたのです――自分は孤独ではないと。無力ではないと。この出来事を世に広める事で、世界平和を願う声を、私にも大きくする事が出来ると。
 夫の理想とした世界の成就を見届ける事こそが、私の戦いです。私は逃げる事無く、命の限り祈ります。
 その過程で、誰もが脅威に立ち向かい、その悪辣さを目の当たりにした時――その時、夫の名誉回復は叶うのです。
 私達がみんなで手を取り合う、そんな未来を築いていきましょう」

 堂々とした演説に、ゆっくりと拍手が起こり、次第に大きくなる。
 背中を押されるような気持ちでステージを降りれば、そこでは娘が待っていて。

「ママ、帰ったら……お父さんの話、聞かせてくれる?」
「! ……ええ、もちろんよ」
「えへへ……ジャッキーね、お父さんより強くなるよ。それでママの事、ぜったい守ってあげる」

 ――その救命劇に喝采は無い。
 この依頼は単なる警護任務として、報告書の群れに埋もれるだろう。ただ二人の心に、確かな希望の灯を灯して。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 双頭の鶇
    志賀谷 京子aa0150
  • 未来へ手向ける守護の意志
    榊原・沙耶aa1188

重体一覧

参加者

  • 此処から"物語"を紡ぐ
    真壁 久朗aa0032
    機械|24才|男性|防御
  • 告解の聴罪者
    セラフィナaa0032hero001
    英雄|14才|?|バト
  • 燼滅の王
    八朔 カゲリaa0098
    人間|18才|男性|攻撃
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    英雄|12才|女性|ブレ
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  • Twinkle-twinkle-littlegear
    唐沢 九繰aa1379
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  • かにコレクター
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    英雄|14才|女性|バト
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