本部

【東嵐】連動シナリオ

【東嵐】target:unknown

昇竜

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/03/11 21:01

掲示板

オープニング

●依頼は麻薬精製所の強制捜査

 H.O.P.E.香港九龍支部は、古龍幇の本拠地と目と鼻の先に位置し、いつも対立の最前線にあった。中でも作戦部第一課とは、実力行使を以て凶悪犯罪を征するための組織である。課長ナレイン・ミスラもまた長年その抗争を戦ってきた能力者だった。

「皆さん、よろしいですか? 本作戦では古龍幇が運営する麻薬精製所の強制捜査を行います。古龍幇構成員は非常に好戦的で、危険な武器を持っています。抵抗があれば即刻、戦闘・殺害を許可します」

 エリート然としたフォーマルスーツの男性。エージェントの前で説明するミスラ課長は、そう言ってオールバックの額を撫でつけた。古龍幇所有の古い倉庫……そこでは麻薬の精製が行われているという。警備は厳重で、有事の際には容赦なく邪魔者を排除する必要があるそうだ。説明の途中、一人のエージェントが挙手をして意見を述べる。

「お言葉ですが、資料中に麻薬精製の証拠が見当たりません。武装についても裏が取れていないようですが?」
「私がそうだと言ったらそうなのです。あなたたちは私の言う通りに働いてくれればそれでよろしい」
「しかし、丸腰の小物に力を振るうなど……」
「では、あなたは当日来なくて結構ですよ。君のような軟弱者は、いざという時に覚悟が揺らぐかもしれませんからね。覚えておきなさい、我々の正義の執行を邪魔するのなら、君もヴィランと同じです」

 冷ややかなミスラ課長の言葉に、エージェントは憤慨した様子で部屋を後にした。一方、続けて説明を聞くエージェントたちの耳には、H.O.P.E.職員のこんな噂話が聞こえてくる。

「最近のミスラ課長は、やり方が過激すぎませんか」
「業績も死者数も、うなぎ登りだそうですよ」

●作戦当日、古倉庫

「どうでしょうか、店長」
「……うむ、これなら。うちは味のよく分っていない観光客なんかが多いから、確実に騙せるに違いない」
「そうでしょうとも、ラベルもよくできてますでしょう?」

 工場長はそう言って、居酒屋の店主に酒瓶に貼られたブランド物のラベルを指し示す。店主の手には、目の前のドラム缶から注がれたウイスキーのグラス。

「そうだな。次からは正規品を買わず、君たちから『これ』を買おう」
「ありがとうございます、では、あっちの部屋で納期や口座の確認を」

 工場長と店主が部屋の奥へ行こうとすると、突然外から拡声器のサイレンが聞こえてきた。ガガーピーという騒音に二人はもちろん、倉庫で働いている古龍幇構成員たちは驚き、何事かと耳を澄ます。聞こえてきたのは男の声だ。

『H.O.P.E.作戦部第一課です。貴方たちは完全に包囲されている。大人しく投降し、倉庫を解放しなさい』
「な、なに~~?!」

 声の主は、麻薬精製所制圧作戦の指揮を執るナレイン・ミスラである。工場長が忌々しげにそう叫ぶのは、逮捕を覚悟したからだけではない。

「なんで俺たちみたいな下っ端相手に作戦一課が……調子乗ってんじゃねえぞ、能力者ども!」
「ど……どうする工場長、逃げるのか?!」
「いや……うちのモンはハジキも素人だし、能力者は最近雇った奴が一人しかいないんで、」
「なんてことだ、諦めて捕まるしかないのか」
「あんただけでも、裏口から逃げてください。そんなことより、若い奴らがH.O.P.E.を刺激しないように釘を刺しておかないと」

 工場長は店主を裏口へ促し、自分は戸惑っている従業員たちの前に出て大声で言った。

「オイお前たち、抵抗するなよ! 向こうは能力者だぞ。わか――」

 パシュウ、という気の抜けたような音が倉庫街に響き渡った。続いて割れたガラスが地面に落ちる音。弾丸は倉庫を包囲していたH.O.P.E.部隊員の構えるライオットシールドに弾かれ、第一課長の足元に転がって来る。倉庫内では、工場長が目を剥いて発砲した能力者を見ていた。開いた口が塞がらない……こいつ、なんてことを! この中で唯一の能力者である男は、絶句する仲間たちを見てにやりと笑う。

「なぜ驚くか? 捕まる嫌だよ、暴れるに決まてるね」
『……なるほど。では、実力行使と参りましょう。エージェント諸君、速やかに工場を制圧、構成員は発見次第殺害せよ』

 メガホンで引き伸ばされた男の声が、彼の台詞に重なった。

解説

概要
皆さんはH.O.P.E.香港支部作戦部第一課が指揮を執る麻薬工場強制捜査作戦に参加しました。この作戦は工場制圧を目的とし、立ち塞がる構成員については殺害許可が降りています。しかし、ほとんどの構成員は非能力者であり、拳銃で対抗するものの内心はどうにか生き延びたいと思っています。この局面、皆さんはどのように任務を成功に導くでしょうか。

敵構成
・能力犯罪者(ヴィラン)×1(PL情報)
 敵の中に能力者は一人だけ、使用する拳銃はグロリア社製オートマチックです。
 その他にナイフ一本、ライト一本を所持しています。いかなる説得にも応じませんが、応じたふりはするかもしれません。
 彼の目的は一人でも多くのエージェントを殺すことで、逃げる気はありません。背中に黒丸に一つ目の入れ墨があります。
・古龍幇構成員×15
 一般人の古龍幇下っ端たちで、工場長を含みます。
 使用する拳銃はライヴス非対応のハンドガンですが、戦う気は全く無く、内心は助かりたくてたまりません。
 基本は逃げようとしますが、場の空気に流されたり、エージェントに隙を作らせようとして、発砲することがあります。
・取引先の店主×1
 一般人の居酒屋店主です。商談のため現場に居合わせ、裏口から逃走を図っています。
 武器はなく、投降の呼びかけがあれば抵抗もしません。

古倉庫
本当は密造酒の工場です。皆さんが少しでも犯罪に詳しければ、倉庫内の設備が麻薬精製用でないことは分かるでしょう。
地下の無い一階建てで、部屋は一つだけです。出入り口は表と裏に一つずつあります。内部は照明があり明るいです。たくさんのドラム缶が障害物になります。

状況
・現場周辺は同じような倉庫が立ち並ぶ倉庫街で、道は入り組んでいます。
・時刻は午後2時。既に周辺避難は完了していますが、元々人通りの少ない怪しげな場所です。
・皆さんは『工場を速やかに制圧、邪魔者は即殺害』と指令を受けています。

リプレイ



「ふーん、偉そうな感じの課長ね」

 餅 望月(aa0843)はじと目で課長の方を見た。気に入らなかったので軽く粗探ししたものの、目ぼしい収穫はない。百薬(aa0843hero001)は羽をぱたぱた。

「聞けたのは華々しい経歴くらいだったね」
「何でもいいけど、これは暴挙だよ。次に腹立ったらツッコミパニッシュメントの刑に処す」
「ピカーって? それはスカッとするかも……」
「でしょ。とにかく能力者が麻薬組織に関与だったら由々しき事態だわ。悪はとっちめないと」

 反りの合わない上司を忘れ、二人は共鳴する。餅の背中には天使の羽が現れ、白羽が宙を舞った。

「もう天国には行けないんだから……このくらい、いいよね?」
「ご主人様の御心のままに」

 従僕パトリツィア(aa1933hero001)はヨハン・リントヴルム(aa1933)にかしづく。憎悪に塗れた目を細め、白髪はすえた匂いのする倉庫街の風に燻った。左手首は厳重に包帯が巻かれている。

「日常を奪われて20年、僕のために何人もの人が死んだし、僕も何度も死ぬような目に遭った。僕が『出演』した映像はきっと今でも非合法的に出回っているし、ずっと……ずっと監視の目が付き纏っているんだ」

 虚実入り混じった独白。家族と平穏を奪われ、残ったのは狂気のみか。殺人を命じる上官に付いたのは彼にとって幸運だった。命令を受けたとき、ヨハンはそれを物証に残そうとすらしたのだから。でもその必要はない、これだけ証人がいるんだから立派な言質だ。復讐に心を焼く主に、パトリツィアはただ従う。

「発見次第殺害だってさ」
「うへぇ、マジかー」

 過激な命令を耳にして、俺氏(aa3414hero001)は鹿島 和馬(aa3414)のいかる肩に手を置いた。彼がまだそこまで荒事に慣れていないのはよく分かっている。歴戦の戦士、もとい歴戦の牡鹿である俺氏が、その緊張を解こうとお道化た仕草をする。

「帰る?」
「………いや、行く」

 しかし、鹿島がしっかり倉庫を見据えたので、俺氏はその場に直った。

「誰かの死を見ることになるかもしれないよ」
「……生きてりゃ嫌でも見らぁ」
「手を汚す事になるし」
「遅かれ早かれ通る道だ」
「和馬氏も危ないかも」
「そん時ゃ逃げる」

 決意は固い。俺氏は諦めたように、まだ綺麗なままの鹿島の手を目で追った。

「……そう」
「おう……約束したろ」

 その手は拳を握り、ゆっくりと突き出される。俺氏の表情は見えないのに、少し笑った気がした。真っ白なローブの手が鹿島の挙動を倣う。彼らの誓約は世界を受け入れること、ただそれだけを望んだ小さな約束。

「目をそらさず?」
「向き合うのさ」

 拳が触れ合うと二人の影は重なる。結髪は腰ほどに伸び、瞳は強い光を灯した。隈はさっぱり消え去っている。

『実を言うとこの作戦、ろくに裏も取れてない段階での強制捜査なんだよね。しかも皆殺しキボンヌ?』
「あー……キナ臭ぇったらねぇ」

 怪しむ鹿島は、視線の端に微笑みを湛えたサングラス姿の男を捉えた。

「……雪合戦したときの話、したかったな」
『仕事が終われば、いくらでも話せるよ』

 柳京香(aa0342hero001)は訝しみを込めてフィルタを噛む。

「大人しく投降しろ、から発見次第殺害だなんて……今の攻撃で何か察したかの様な切り替えね」
「あぁ、慎重に行こう♪」

 笹山平介(aa0342)は猜疑をおくびにも出さない。彼の中で黒い感情の一切は封じられ、本心を探る視線すら円やかに見える。

――あの課長のせいで、必要以上に事が大きくなっているのは間違いない。
 実は麻薬取引をしているだとかヴィラン関係者なら、普通に考えて彼らの逃走を助けるだろうからそれはないと思うけど。

 誰も殺したくない、命令は聞けない。でもこの場で撤回を求めるのは混乱を招く、か。周囲の職員たちは古株であるミスラ課長に一定の信頼を置いている。最近の事件急増も、ストレス性の過剰攻撃を招くに足ると思えなくもない。

「あの野郎、人の質問を偉そうに跳ね除けやがって気に入らん……!」

 狒村 緋十郎(aa3678)は説明段階で課長に受けた仕打ちに腹が立って仕方ない。

「長年抗争を前線で戦い抜いてきてるみたいだが、業績も死者数も甚大……ってことはだ、敵側と通じている可能性もあるんじゃないか?」
「どうしてよ? 敵側とグルなら、普通は手助けするでしょう? それに人間の歴史には、栄光のために犠牲を厭わない愚か者がごまんといたわ」

 レミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001)は蔑みの目で課長の方を見ていた。経歴を見ればそうでもないが、あんな輩が上官とは、と彼女は半ば呆れた面持ちだ。

「まあ指示を違えるのも筋が通らんしな、最低限指示には従おう。しかし、俺は奴がどうしても信じられん。一般職員を脅したりしていないか、動向は出来るだけ注視しておきたいが……クソッ、テントの中に引きこもりやがって」
「敵意剥き出しで睨みつけるからよ」
「これだけ脅しておけば、これ以上はしないだろうが。一体何故あそこまで殺害にこだわるんだ?」

 現状、課長は古龍幇を過激に取り締まる胸糞悪い上官に過ぎなかった。彼のさらに上役ですら、まだ何もできない状況だったのだ。どうにかするための作戦だったと言ってもいい。二人には知る由もないことだが。

「知らないわよ。ただ緋十郎、命令を鵜呑みにする必要はないわ」
「そうだな……俺は殺戮がしたくてH.O.P.E.に入った訳じゃない。銃を向けてくる奴に容赦するつもりはないが、あの野郎のいいなりになるつもりもない」

 言峰 estrela(aa0526)は共鳴もせず、まだぷらぷらと光の蝶と戯れていた。職員たちはまたかといった様子で、彼女のことを気に留めた風もない。

「あの課長……何を考えてるのか知らないけど、敵は全て殺すっていうやり方には賛成よワタシ」
「……なら私達も正義の執行とやらを実行に移すべきではないか? 無力な人間を皆殺しにしてな」

 キュベレー(aa0526hero001)はククク、と皮肉るように笑う。「そーねえ……」と背伸びをし、言峰は藤の瞳を細めた。そしてすっと倉庫を指差す。

「……他の能力者達は少なからず疑問や不信を抱いてると思うわ」

 それから両手を広げて、やれやれのぽーず。

「あの中で楽しくコロコロするなんてやり辛くてかなわないわ……」
「………」

 残念、と言わんばかりに溜息を吐いても、キュベレーは何も言わない。不思議そうに彼女を見た言峰は、その視線が『ころころする』という発言の意味を問うていることに気づく。

「……殺すよりコロコロするのほうが可愛いでしょ?」
「……馬鹿か」

 軽く笑ってみせる言峰に、英雄は心底呆れてそう吐き棄てた。

「まあともかくここで様子見よ」

 くるりと振り返ると、栗色の髪がふわり。倉庫街は惨劇の香り。彼女が不意ににまにまするのは、無性的なコートの人物、その傍らに在る綿菓子のようにふわふわとした少女を見て。

「あの二人を見ているのは好きよ。八朔くんは甘ったれた人間とは違う。ナラカちゃんもかわいい」

 言ってること難しいけど、と言峰は最後に付け加える。

「蹂躙劇を求めるか。――さて、なればナレインとやらの真意は如何なるものか」

 彼女の弁を借るならば、ナラカ(aa0098hero001)とは見守る者。

「悪を許せぬ鉄血の意志か、命令するだけの下卑た傲慢か、或いは別の――」
「……如何でも良い」

 性根の名付けに飽くなき英雄に、八朔 カゲリ(aa0098)はさらりと言う。

「我も人、彼も人、故に対等とは基本の事だ。容赦する気など欠片もない。降伏するなら捕らえ、抗うならば殺すのみ」

 上官の本意など知ったことか。己が決め事を成す、それだけの事だ。それが意志であり覚悟と言う物だろう。命令だからではない、元よりその手の転嫁は八朔の嫌いとする所だった。ナラカは溌剌と笑う。

――我が覚者は言うまでもないか。
 浄化とは即ち滅却也と、定めた不浄を焼き祓う。故にその銘は燼滅の王。

「汝は望むままに在るが良い。それこそが契りし誓約なれば」

 己を呼ぶ声に振り返れば、言峰がナラカに手を振っていた。明朗に応える傍ら、流し目に八朔に言う。

「此度はエストレーラが共にいる。私は彼女にも期待する所だよ。それは覚者も同じであろう?」
「……期待と言うよりは心配の方だがな。無茶はしない積りと見えるが」

 八朔は僅かに息を吐く。

「ああは言ったが、事情を聴く為にも生者は必要だな……その辺は餅の手腕に任せるか」
「良策であろう。望月の掲げる志もまた、筆舌に尽くし難いものよ」

 幻想の光は花弁と散る。染井 義乃(aa0053)の黒い髪は透けるような銀となり、結ばれた英雄シュヴェルト(aa0053hero001)を思わせた。青年は心の内で決意を問う。

『義乃、今回は愚神じゃなくて人が相手だ。覚悟は出来ているな?』
「私は私の役目を果たすよ。皆を護る為に……」

 少女騎士は瞳に冷と熱を宿し、貴族装束の豪奢な手元に盾を引き寄せた。

●傍観

「流れ弾に当たって死んだなんて笑えないから、一応共鳴しときましょ」

 言峰はそう言って手を差し出した。

「……お前の頭に当たって中身が幾分マシになるならそれも良い」

 キュベレーは軽口を叩きつつも手に手を重ねる。

「鷹の目で見ておこうと思ったけれど、室内で鷹なんて変かしら」
『別に隠れてやることもあるまい……好きにすればいい』

 言峰は微笑み、指先に蝶を集めた。いくつか溶け合うと、それは凛々しい鷹の姿となる。鷹は倉庫内へ飛び去り、言峰にはその視界が自分のものように見える。隣の倉庫の壁に寄りかかって仮設本部を見たが、課長はこちらに興味が無さそうだった。いや、何か言われたとして、何もする気はない。

――相手は20人くらいかしら。全員危険なヴィランだって話だけど、能力者7人じゃ、少し押されるかもね。
 ま、その時は手伝ってあげるわ……面倒だけど。

『エストレーラ。分かっていると思うが、鷹の魔力は2分も持たんからな』
「十分でしょ?」

 突入の合図と共に餅、染井、八朔、ヨハンが倉庫正面から入った。内部はドラム缶が並ぶ。構成員は取り乱し喚きながら裏口を目指していた。予想外の光景に、槍を持つ餅の手が脱力する。

『タイホする~』
「待って百薬。当然、全員ヴィランだと思ったけど……なら、このざまはなに?」

 もしかして、という不吉な予感が彼女の中を突き抜ける。
 裏口からは正面組の動きを察知した笹山、狒村、鹿島の三人が突入した。

「ひっヒィィ」
「う、動くな! 撃つぞ!」
「ぎゃあ、いきなり見つかってっけど! 俺氏、本当に潜伏使わなくてよかったのか?」
『和馬氏、あれは元々能力者には効果がない技なんだよ』
「くっ……こんなところで捕まってたまるか!」

 脱兎の如きヴィランたちの先頭を走っていた男が、鹿島の横をすり抜けて倉庫から逃げ出そうとする。しかし外に出た瞬間、彼は笹山に足を掛けられて派手に転んだ。

「大人しくしてくださいね、我々の邪魔をしなければ安全は保障します♪」
「笹山さん、そこは任せます!」
「来るなーッ!」
「止まれ!」

 狒村は共鳴し、肉体はレミアと入れ替わる。構成員は銃を取り出したが、彼女がその一人に黒漆太刀の峰打ちを施すのは発砲よりずっと早かった。軽く動きを封じるつもりだったが、マッチ棒を折ったような手応えに吸血鬼の紅い瞳が微かに揺れる。

「……ああ、只人だったの。道理で遅すぎるわけね」
「野郎ーッ!」

 何人かの構成員がレミアに向けて発砲した。リンカーが通常の拳銃でダメージを受けることはないが、痛いことには変わりない。彼女は漆黒のロングドレスを翻し、弾雨を避けて次の構成員の元へ跳躍する。気絶した構成員は蜂の巣になり、別の構成員が羽交い絞めにされた。刀を喉に突き付け、レミアは威圧する。

「死にたくなければその銃、捨てなさい」
「うっ……うわあああーッ」

 混乱した構成員は背後の少女に銃口を向けた。間髪入れず引き金が引かれる。

「銃は殺しの道具よ。それを向けたからには、殺される覚悟も当然できてるのよね」

 躊躇なく刃が返され、傷口から血が噴き出した。レミアの撃たれた額からは、僅かに煙が上がるのみ。一方、正面から先陣を切った染井は守るべき誓いを使い味方の盾となっていた。しかし攻撃は少ない。障害物が多く戦況は把握できないが、確かに敵の注目を集めているはず。

『いやに逃げ腰だな。こいつらが撃ったんじゃないのか?』
「……そういえば、銃は一発しか撃ってないよね。
 全員銃を持ってるみたいだったけど……本気で抵抗するなら、一斉掃射されてもおかしくなかったのに」

 ドラム缶の影を覗き込むと、隠れていた構成員がぎょろりと目を剥いた。

「あっ、落ち着いてください! 抵抗しなければ何も……」
「わぁ来るなァッ」

 構成員は発砲した。染井は手足への攻撃に注意して守りを固めたが、弾丸はまるで小石のように弾かれる。外で見たときは、貫通しなかったとはいえ威力を伴った攻撃だったが、これはまるで……染井は目を見開いた。

「い、一般人ですか?! そうだ、ライヴスリッパーで気絶させれば」
『ダメだ義乃、殺してしまう』

 シュヴェルトの制止に、染井は逡巡した。

「ここ、麻薬なんて作ってませんね……お酒か何かの工場ですよ」

 麻薬なら箱で保管するのが普通だろうに、ずらっと並んだドラム缶。ヨハンは誰へともなく両手を広げてそう言った。そんなことはどうでも良かった。まるで浮かれた子供のように、倒錯した表情、声色。

「構わない? 殺して良いって? 本当に? 神様に誓って? 皆の前で、僕の前でそんなこと言って……ふふ、ふふふ、」

 かつては彼もこの組織の一員だった。いや、一員と言うのもおこがましいような枝の先の葉に過ぎなかったのだが。彼をこき使った人間は少年の未来を滅茶苦茶にした。酒の密造、麻薬の生成に幾度も関わらせ、挙句――ヨハンは肩を震わせていたが、不意にぴたりと止まった。憎しみに満ちた目、手には温もりの記憶、祖父の形見の一冊。

「そこに居る者、今投降するなら危害は加えない。出てくるといい」

 八朔は二丁の拳銃を手に、粛々と倉庫の床面を踏む。今回の相手、恐ろしく貧弱なヴィランだ。物影で荒い呼吸を繰り返し、隠れている気になっている。しかし弱者の蹂躙とて立ち向かう意思を見せるなら、打ち倒す敵として相手に不足はない。望むべくはただ迅速な制圧、障害の排除。

「必ず逃げ遂せるという決意、か。それもいいだろう」

 一丁ずつスライドを引くと、がしゃと鳴るたびに息を呑む声が滑稽だった。

「放せ、私はヴィランじゃない! 商談で来ただけの居酒屋の店主なんだァっ」

 笹山は捕縛した男のあまりの弱さに、彼の言っていることが本当かもしれないと思った。例えヴィランであっても余計な殺生はしたくないと思っていた彼は、店主に詳しく事情を聴いた。

「じゃあ能力者は一人だけで、そもそも大多数は抵抗する気が無かったんですね?」
「そうだよ……! でもみんな場の空気に流されちまってる、もう何を言っても無駄だ」
「そしてここは酒の蒸留所……。最初に撃ったのは誰なんですか?」
「ロン毛のコーカソイドだよ、黒いコートの野郎だ。は、早く保護してくれ」
『いいわ平介、私が連れていく。命令違反で何か言われたらすぐ連絡する』

 柳は共鳴を解き、店主を連行して行った。死者を最小限にするには、早くこのことを皆に伝えねばならない。しかしここまで煩雑な事情を想定していなかったため、通信機を持っているのは鹿島だけだ。仕方ない、叫ぶしかない。

「皆さん、敵能力者は一人、重要参考人として捕縛願います!」

 笹山は倉庫へ走り込み、ヴィランの特徴を述べる。構成員の狂乱も無理はない、そこは埃と血の臭いで一杯だ。この場に留まれば止めるなりもできただろうが、それよりも店主から情報を引き出すのが先決だった。友人の無事がかかった秤は、人の死ですら吊り合わない。笹山は眉ひとつ動かさず、表情も笑顔のままで陽気に続ける。

「ところでドラム缶の中身は密造酒だそうなので、誤って撃たないよーに! 残りの構成員は一般人ですから、なるべく殺さないであげてくださいね♪」

 鹿島は構成員を一人殴り倒したところで、笹山の話を聞いて絶句した。

「あ……危ねぇー。もうちょっと強く殴ってたら殺してたぜ。一般人って弱えーんだな……しかも酒作ってただけで即殺されかけたのか、こいつらは」
『和馬氏、拘束用に持ってきた粘着テープがあるよ』
「い、いや、そんなの悪ぃよ……完全に伸びちまってるぜ。でもどうすっかな、投降を促しても興奮しきってて聞く耳持たねぇ。やっぱ優しく殴って気絶させるしかないか」

 会話にならなかったため止む無く荒っぽい手段に出たわけだが、静かに、というか気絶してくれて本当に良かった。

「正直勘弁だぜ、ろくに調査もせず皆殺しとか指令しやがって課長あの野郎。知らずにやらかしちまうとこだった……」

 餅はドラム缶の山の向こうから聞こえた笹山の声に予感を確信に変える。

「やっぱり!」
『でもどうしよう、みんな殺気だってるよ……』
「大丈夫よ百薬。セーフティガスいける?」
『……うん』

 餅の手からもやが立ち上る。翼をばさりとさせると、それは瞬く間に広がっていく。彼女の大きな声が倉庫内に響いた。

「雑魚は任せて! 眠らせるガスで無力化させるよ! これでも立ってる奴は驚異的な能力者だから、全力で倒すしかないね! 範囲も広いから、この部屋全体くらいいくかも!」

 本当は全域をカバーするには程遠かった。しかし餅の素晴らしい機転で、構成員たちははたと動きを止めた。ここで眠ったふりをすれば逃げられるのではないかと考えたのだ。はじめは本当に効力のあった者がばたばたと倒れたが、効くはずのない位置にいる者もきごちなく床に伏した。

「あたしと百薬のガスは割と強力だからね! もしすぐ目が覚めたりしたらそんな相手はそれこそ殺さなきゃいけなくなるかも! 天使の一撃でも天には昇れないよ、結構痛いよ!」

 ダメ押しが決め手だった。出口の方を睨んでいた者も諦めたように目を閉じる。餅は少し歩いて様子を見て回った。隠しているつもりだろうが、彼女が近づいてくるとびくりと反応する者もいる。餅は彼らにだけ聞こえるように、小さな声で言った。

「ここで働いてただけなら大した罪じゃないからすぐ解放されるわ、いいからじっとしてて」

 あとは一人だけ紛れ込んでいるというヴィランの対処だけだ。餅はその男がもしこの集団に交じって眠ったふりをしていたらと警戒したが、その心配はなかった。彼は逃げるでも寝るふりをするでもなく、ヨハンの目の前に現れたからだ。八朔は殺しかけた人間が狸寝入りする気配を察し、ヴィランとヨハンの方へ足を向けた。

「ねェ……豚の屠殺ごっこしようよ!」

 ヨハンは屈託なく笑う。ヴィランが返す笑みは彼に少し似ていた。

「血の噴水眺める遊びか? お前が豚役ならいいよ。いい趣味してるね」

 反抗的な敵には答えず、ヨハンは微笑みがちに小首を傾げる。だが目を見れば、沸き上がる感情の種類は明らか。グリム童話集のページは独りでに開き、研ぎ澄まされた羽状のライヴスが鋭く空気を裂いた。

「! ……ウ」

 それは彼を掠め、身体を毒で侵す。

「……痛い?」

 ヨハンは攻撃の手を緩めない。縫止の針が床と足裏を繋ぎ止め、ヴィランの足元がぐらつく。

「痛い?」「痛い?」
「……っ」

 目の前に青年が二人。魔法書の攻撃は交錯し、白羽はヴィランの血に染まる。

「……僕はもっと痛かったよ!」

 首をかき切ろうとした羽は男の両手に阻まれ、彼はその気配にふらりと振り返った。

「待てリントヴルム」
「……どうして?」

 ヨハンは息荒に邪魔をするなと言いたげにしたが、冷たく睨められ顔を背ける。八朔はなお笑みを浮かべた男に告げた。

「お前のその態度、密造酒を造る犯罪者のそれとは思えない。古龍幇の縁者ではないだろう、所属を明かすがいい」

 僅かな反応も見逃さないと洞察の眼を伴い言い放つ。近頃活躍の目立つ組織と言っても、ヴィランズは星の数。周囲の反応から暴走と見ても良いが、一つ鎌をかけるも面白かろう。襤褸を出せば上々、そして沈黙もまた時には雄弁と変わる。ヴィランはますます笑みを深めた。

「不、我是成員的古龍幇」

 嘘だな、しかし堂々と白を切るか。八朔はちらと天井近くを見た。ドラム缶の上で鷹が気取っている。

「ならば聞こう。下るか、ヴィラン」
「嫌だ」

 にべもない。八朔は彼に双銃を突き付けた。

「はああっ!」

 隙を突き、レミアがその背に斬りかかる。防御を捨て、大きく振りかぶった一撃が男を捕らえた。ヴィランは踏み止まり、レミアに銃弾で報いる。駆け付けた染井は願った。

「シュヴェルト! 彼女を守りたい!」
『……ああ、そうだな。『殺す』のはこちらが『生きて』いないとできないしな』

 彼女は身を挺してレミアの盾となった。染井の放つライヴスはヴィランの攻撃を彼女に引き付ける。

「終いだ」

 八朔が弾丸にライヴスを乱す術式を込めるのと同時、パスンという音が空気を震わせた。自ら心臓を撃ち抜いた男がゆっくり倒れゆくのを眺めながら、八朔は彼の所属に心当たりを覚える。
 ……その組織の構成員は破滅的な結末を好み、捕縛は困難を極めるという。
 しかし彼の知る限り、その組織の構成員は暴力の提供を生業とし、軽犯罪に手を染める輩ではなかったはずだ。死の間際までヴィランは嗤う。

「し……死んじゃったら、罪を償えないじゃん!」

 一般人対応に当たっていた餅が慌てて駆け寄ってきた。治療のため、彼女は倒れたヴィランの服を破いていき……そして目撃する。死者の背中に、大きく刻まれた『黒丸に一つ目の刺青』を。八朔は確信と共に新たな疑問を抱いた。

――マガツヒ。何故こんな場所で古龍幇を騙る?
 俺たちがこの倉庫を襲撃したのは、本当に偶然だったのか?



「………」

 ヨハンは昏々と眠る人へ、おもむろに生白い手をかざした。小脇に抱えた本は彼に応え、羽の刃を具現化する。それを笹山が優しく抑えると、ヨハンはみるみる色素の抜けきったうなじの毛を逆立てた。

「殺しちゃだめ? ……どうして?」

 銃を向けた時点で抵抗にあたる。殺せと命じられた。殺して何が悪い?

「極力、ですよ♪」

 笹山が軽やかにそう言うと、彼は表情にくらく睫毛の影を落とし、意味もなさそうに「……ふうん」と踵を返した。

「マガツヒねえ…そういえば連中、最近騒がしいよね。クス、やだなぁ……何をしようとしてるのかなあ?」

 ヨハンはヴィランの躯を見下ろし侮蔑する。本来はミスラ課長に面と向かって彼の調査不足を揶揄してやりたかったが、彼は結局この後も一同の前に姿を現すことはなかった。

「マガツヒが古龍幇に紛れ込んでいた……何が狙いかしら?」
「それに、課長は何を焦ってるのかな。この作戦のせいで複数の死者を出してしまったし、H.O.P.E.と古龍幇の対立はまた激化するよ」

 餅に言われ、柳は考えた。彼女が保護した居酒屋店主はH.O.P.E.に猛反発して、警察に引き渡されるまで電話でずっと悪評を垂れ流していた。彼も犯罪者だし、抵抗したのも真実だが、やりすぎだっただろうか。餅は懸命に治療したが、構成員全員が生還したわけではない。

「課長に問題があると思うわ。そうなると知ってたみたいに、抵抗されてからの切り替えが早かった。周りの職員がほっとしたように店主を保護したからか、私はお咎めなしだったけど」
「だよなぁ、邪魔者は即殺害って……わざわざ殺す事も無ぇよな」
「そうとも。今日の俺氏たちの活躍はむしろ賞賛されて良いレベル。9回でいい」
「謙虚っ!? さておき、後は刑法にお任せってぇことで」

 どう考えても、彼に作戦一課の長は務まらない。報告書にはその旨しっかり書いておかねばなるまい。命を救われた一般人の古龍幇構成員たちは、彼らの見ている前で警察に引き渡されて行った。

「……ま、簡単には尻尾を出さないって訳ね」

 一人帰路につき、言峰は見えない敵に向かって呟く。内部の様子は途中までしか見えていないが、彼女は何を掴んでいるのだろうか。キュベレーは心底くだらなそうに血色の瞳を伏せる。

『……退屈で無駄な時間だったな』
「次はもっと上手くやるわよ」

 言峰は懲りもせず優麗にほほ笑んだ。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • エージェント
    染井 義乃aa0053
    人間|15才|女性|防御
  • エージェント
    シュヴェルトaa0053hero001
    英雄|20才|男性|ブレ
  • 燼滅の王
    八朔 カゲリaa0098
    人間|18才|男性|攻撃
  • 神々の王を滅ぼす者
    ナラカaa0098hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
  • 分かち合う幸せ
    笹山平介aa0342
    人間|25才|男性|命中
  • 薫風ゆらめく花の色
    柳京香aa0342hero001
    英雄|24才|女性|ドレ
  • エージェント
    言峰 estrelaaa0526
    人間|14才|女性|回避
  • 契約者
    キュベレーaa0526hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • まだまだ踊りは終わらない
    餅 望月aa0843
    人間|19才|女性|生命
  • さすらいのグルメ旅行者
    百薬aa0843hero001
    英雄|18才|女性|バト
  • 急所ハンター
    ヨハン・リントヴルムaa1933
    人間|24才|男性|命中
  • メイドの矜持
    パトリツィア・リントヴルムaa1933hero001
    英雄|16才|女性|シャド
  • 初心者彼氏
    鹿島 和馬aa3414
    獣人|22才|男性|回避
  • 巡らす純白の策士
    俺氏aa3414hero001
    英雄|22才|男性|シャド
  • 緋色の猿王
    狒村 緋十郎aa3678
    獣人|37才|男性|防御
  • 血華の吸血姫 
    レミア・ヴォルクシュタインaa3678hero001
    英雄|13才|女性|ドレ
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