本部

【東嵐】連動シナリオ

【東嵐】また楽しからず

藤たくみ

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
無し
相談期間
5日
完成日
2016/03/14 20:09

掲示板

オープニング

●録音記録
 ――これはこれは、いの一番にバートレットの秘蔵っ子とまみえるとはな。
「小泉……孝蔵!?」
 ――落ち着きなさい、お嬢さん。丸腰だよ。
「……古龍幇の重鎮が一体なんのご用かしら。観光ならよそへ行ったら?」
 ――ナイトのご息女ともあろう者が年寄りを邪険にするのは感心せんな。
「茶化さないで」
 ――……やれやれ、では単刀直入に言わせて貰う。今日は君のお父上――否、H.O.P.E.会長ジャスティン・バートレットに我々の意思を伝えに来た。
「まさか休戦の申し出なんて言わないわよね」
 ――そのまさかだ。
「……? どういう風の吹き回し?」
 ――古龍幇は総体こそ巨大だが一枚岩ではない。近頃は――わしもその一人だが――愚神どもとの付き合い方を見直そうとする、謂わば穏健派も少なくないのだ。あの日、生駒山の虚空より出でし巨大な腕を見て以来……な。
「……“滅びの腕”」
 ――あんなものを目の当たりにしてなお愚神と折り合い、あまつさえその力を利用しようなどと考えるのは如何なものかと思うがな。それで、ついてはジャスティン・バートレット宛に手紙をしたためて来たのだが……。
「届ければいいのね?」
 ――ほう、信じるか。
「ミスター小泉、あなたがフェアな人なのは今の会話で充分判ったわ。あたしだってできる事なら血を流したくないし、流さずに済む可能性を潰すわけにはいかない。そして信じるかどうか判断するのは、パ――……会長の仕事よ。さあ、手紙をこちらに」
 ――待ちなさい、物事には順序がある。
「……まだ何かあるの?」
 ――テレサくん、君の――“正義のヒロイン”の高名は耳にしている。
「何の話かと思えば。悪名の間違いじゃない?」
 ――まあ、わしらのような日陰者にとってはそうなるな。だが、いずれにせよそれは君個人、あるいは君の血統に対する評価だ。
「仕事でパパを頼った事は一度もないし、あたし一人の手柄でもないわ」
 ――知りたいのはそれよ。わしはな、H.O.P.E.という枠組の実態を自分の目で確かめたい。もちろん、信頼に値するかどうかもな。この限りにおいて、バートレット家の介在は色眼鏡にしかならん。
「何もするなって事?」
 ――そうは言わない。むしろ協力して欲しいぐらいだ。ふむ……まずは、そこの洋服店で外套でも…………――。


●退屈な午前十時
 国際会議護衛の為に要塞機構が切り離され、香港目指して出航した。
 とは言うものの、当然ながらH.O.P.E.一支部としての機能――有り体に言えば“世界平和の為の何でも屋”の窓口は依然残されたままであり、然るに少なくない人数のエージェントもまた、いつ舞い込むとも知れない依頼に備えて、また不測の事態に備えた予備戦力として、この東京海上支部と共に留守を預かる事となった。
 だが、閑古鳥というのは、こうした時ほど鳴きたがるもので。
 つまり、暇だ。
 暇は潰さねばならず、潰すには一時凌ぎであれ目標が必要となる。
 ジムで汗を流すか、はたまた博物館で創造の二十年の事を勉強し直すか、WNL支局を見学してみるのもいいかも知れない、そういえば海上国際展示場では今どんな催しがあっただろう――。
 などと、とりとめもない思考を並べながら、混雑のわりにどこか間延びした空気のショッピングモールをぶらついていると。
 ふと、往来を掻き分ける人込みが目に付いた。
 近づいてみると、長着に中羽織、下駄とパナマ帽を合わせた、ややもすると厳つい印象を与える気難しげな面立ちの老紳士が、フードコートの店員と何やら込み入った話をしており、通行人の一部がそれを囲んでいる。
 何か揉め事だろうか。
 程なく老紳士が「君達はリンカーかな」と、周囲の野次馬に呼びかけた。

「実は置き引きに遭ってな、鞄を盗られたのだ」
 名乗り出た暇人達に向け、開口一番、彼はそう言った。
「中には――まだ捨てられていなければの話だが――財布と、ある“大切なもの”が入っている」
 曰く、観光がてら友人を探しに東京を訪れたのだそうだ。
 しかしながら、先方の正確な居場所を知らず連絡も取れないといった状況で、「会えれば良いか」ぐらいの気持ちで物見遊山を決め込むつもりでいた――というのが正直なところらしい。
 その矢先の出来事である。
「鞄の事は……まあ百歩譲って諦められなくもない。だが、せっかくこうして来たからには観光を楽しんで帰りたい。そこで君らの出番というわけだ」
 老紳士は思わせぶりに一拍置いて帽子のつばをつまみ上げると、顕わとなった気難しい眼差しで一同を見る。
「今日一日、わしのガイドを務めてくれんか?」
 思いもよらぬ、暇潰しの提案だった。
「おお、忘れていた」
 ――かと思いきや、返事も待たずに彼は懐から葉書を一枚取り出すと、裏面を暇人達へ向けた。
「どうやら東京海上支部のどこかで撮影したものらしいが……ついでに、この景色が見える場所を探してくれるとありがたい」
 それは東京を一望する黄昏の景色。
 ビル群の背に太陽が隠れて赤い後光が射し、街が燃えているかのようだった。


●不愉快な午前十時
 同じ頃。
「矛盾してるわよ」
(除け者にされたらそれはそれで今頃ぷりぷりしてるアル絶対そうアル)
「うるさいなあ!」
(はいはいアル)
「大体、なんであたしがヴィランの片棒なんか……」
 双眸に絵葉書と同じ景色――ただし青空の――を映す“置き引き犯”が、鉄塔の傍であんパンと牛乳をがっついていた。
 真っ赤なコートを羽織り、目深にかぶったフードの中で独り言(?)をぶつくさ言いながら。
 あぐらをかいた膝の上に、牛革の鞄を乗せて。

解説

【はじめに】
 OPの『録音記録』『不愉快な午前十時』はPL情報です。
 PCさんは老紳士の正体が小泉孝蔵なる古龍幇の大物である事、その真の目的、本件にテレサ(とマイリン)が関与している事、一切知らない状況でのスタートとなります。
 脈絡なく上記を前提としたプレイングは、良くてスルー、悪いと不利な判定に繋がる事もありますので、お気をつけください。

【状況】
 皆様はひょんな事から不遇の老紳士と出会い、観光ガイドを依頼されました。
 彼が満足して帰れるよう、ぜひ楽しませてあげてください。
 ついでに絵葉書の写真の場所を探してあげると喜ばれる事でしょう。
 頼まれてこそいませんが置き引き犯の捜査をしていただいても構いません。
 ただし主な目的はあくまで観光である事をお忘れなく。
 そういえばもうすぐお昼ですが、彼はお財布がないみたいですよ。

【観光】
 場所はH.O.P.E.東京海上支部。
 メガフロートの上にH.O.P.E.関係施設の他、民間施設が複合的に存在し、海上の街と言えるだけの機能があります。
 主な観光資源は以下の通り。
・海上国際展示場:同人誌即売会会場として有名。今は『世界の刀剣博覧会』が催されているようです。
・WNL(ワールドネットリンク)支局:地球規模の超巨大放送局支局。中へ入るには相応の口実が必要となるでしょう。
・グロリアモール(現在地):AGW販売整備や幻想蝶調整など能力者向け店舗の他、日用品店や服飾店、飲食店など一般的なテナントも揃い踏みの総合ショッピングモールです。
・創造の二十年記念博物館:世界蝕以降の歴史を様々な展示物やデーターベースを通じて知る事ができる施設で、特に能力者やライヴス関連に力を入れています。

【テレサ&マイリン】
 連絡が取れません。お口ちゃっくアル。

リプレイ

●ひとり来て
「いいですよ! 私達でよければご案内します!」
『また安請け合いを……。朝霞の悪いところだな』
 良いところでもあるが――いずれ例によってとすべきか。
 大宮 朝霞(aa0476)の即断に、ニクノイーサ(aa0476hero001)は一応の苦言を呈す。
「いいじゃない。ちょうど暇してたんだから」
「すまんな。恩に着る」
 和装の男は厳しい顔を僅か緩め、眩しげにそばかす顔の娘を見遣る。
「あの、ガイドっていうか……俺達も一緒していいですか?」
 そこへ人垣よりGーYA(aa2289)がまほらま(aa2289hero001)を伴って、幾分か気恥ずかしそうに進み出た。
「支部以外行った事なかったから」
『実は方向音痴で迷っ――』
「――お願いします!」
『…………』
 つまりそういう理由で。
 老紳士は、ふむと顎に手を当て「構わんよ」とあっさり承諾した。
「せっかくの観光だ、道連れは多い方が楽しかろうな」
『かんこー!!』
「観光……」
『観光……』
 これにアイリス・サキモリ(aa2336hero001)が意気良く手を上げれば、ツラナミ(aa1426)と38(aa1426hero001)が――片や面倒とばかり明後日の方を見て、片や僅か目を輝かせて――輪唱の如く繰り返す。
「なんだサヤ」
『付き合う?』
「あーー………………まあ」
 いかにも気の向かない、そも、興が乗る事などない男が曖昧にそれを認め、表情の薄い38の目に少しの喜色が浮かぶ。
「それが?」
『別に』
「あっそ」
『……』
『妾にまっかせるのじゃ~♪ 妾も行きたいところたっくさんあるのじゃ!』
「…………」
 ぴょんぴょん跳ねて乗り気を体現する相棒を他所に防人 正護(aa2336)は老紳士を油断なく窺い、どうやら近しい境遇のツラナミと一瞬目を合わせた。
『ジーチャン?』
(……この馬鹿に任せると迷子になる未来しか見えんからな)
 きょとんとするアイリスの邪気のなさに「仕方がない」と溜め息を吐いて、正護も腹を決める。
「“付いて行って”やるか」
『そういえば、自己紹介がまだでした!』
 プルミエ クルール(aa1660hero001)が、まずは自らが主と仰ぐ少し年かさの婦人――CERISIER 白花(aa1660)を示す。
『こちらのお方がスリジエ白花様、わたくしが白花様の英雄を務めさせていただいておりますプルミエ・クルールと申しますわ!』
「これは……不躾だったな。小泉という名のしがない年寄りだ」
『では、小泉様。よろしくお願いいたしますわ!』
「こちらこそ今日はよろしく頼む」
 プルミエが満面の笑みで右手を差し出すと、小泉は帽子を外し握手に応じた。
 白花もまたよろしくと上品に微笑みながら、それを一瞥する。
「H.O.P.E.所属のエージェントで大宮朝霞です。こっちはニクノイーサ」
『よろしくミスター』
く頼む」
「ああ、よろしく」
 次いで朝霞達も挨拶したのを皮切りに自己紹介が巡る最中、イン・シェン(aa0208hero001)が扇で隠した口でリィェン・ユー(aa0208)に囁き掛ける。
(気づいておるか、あの翁の気配)
(……ああ、)
『ふむ、御老体よ』
 だが片目の視線を返すリィェンが二の句をつげる前に、ネイク・ベイオウーフ(aa0002hero001)が眼光も鋭く小泉の真正面へ立った。
『“しがない”とは韜晦千万。この英雄たる我には全てお見通しであるぞ?』
「…………?」
『貴公――かなりできる老人であるな!』
 そしてドヤ顔で言い放った。
「……?」
「……」
『……』
「なるほど、このお爺ちゃんすごい人なんですね!」
 皆が怪訝な顔となる中、努々 キミカ(aa0002)だけは真に受けて、“かなりできる”らしい小泉翁へ惜しみない尊敬の眼差しで見詰める。
『おおーー、熟練の使い手なのじゃ? うちのジーチャンとどっちが、』
「いや、あのなアイリス」
「もしかして……達人!?」
『そこはツッコミを入れるところだ朝霞……』
『あの手合いは助けておいて損はないのじゃ』
「え? そっち?」
 否、まことに遺憾ながらキミカだけではなかったようだ。
「もうすぐお昼時ね」
 小泉が照れ隠しとも困惑ともとれる咳払いをしたところへ、白花が助け舟を出す。
『では混み始める前にお食事に向かいましょう!』
、プルミエが『さぁ小泉様、お手を!』ともてなす表情の掌を差し伸べると、彼は小さく首を振ってそれを固辞した。
「私、回転寿司がいいな!」
『バレンタインの日にマイリンがネタを喰い尽くしたと噂される店があったな』
「そこ! どうですかお爺さん?」
「たまには悪くないな」

「……ところで、なんで私達がリンカーだってわかったんでしょう?」
『知らん、そんな事より英雄的な人助けを始めようではないか』
 英雄とは誰かの力になって然るべき、それ以外はネイクにとって瑣末な事だから。
 キミカとしても困っている人を助けたい気持ちは同じ。
「……。そうですね、うん、頑張りましょう!」

「どう思う」
 最後尾で正護が顔も見ずツラナミに訊ねる。
「あー……まあ。露骨にくっそ怪しい爺さんだが……」
 それこそキミカのような少女にさえ、多少なりと疑惑が芽生える程度には。
 とは言え――
「いんじゃね別に。面倒はごめんだからな」
 二人組ばかりが雁首揃え、片割れの多くが妙な風体をしていればリンカーだと気づかれたとて、それ自体は別段意外でもない。
「さー観光観光」
 ツラナミは適当に話を切り上げ、だらだらと前の集団に続く。
「…………」
 胸の痞えを抱えたまま、正護もまた、後を追った。


●さぞや閻魔も困り給わん
「お爺さんは私が奢りますよ!」
「いいえ、ここは私が。せっかくですから皆さんも」
「あー……半分持つわ」
 白花が若い朝霞をやんわりと制すれば、ツラナミが気前の良い事をかったるそうに言った。
「あら、よろしいんですのよ」
「俺も一応年長者だし。……そうするのが“普通”だろ?」
「……そうね、ではご厚意に甘えさせていただきます」
「感謝の言葉もない」
「縁はやがて廻るものですもの、どうぞご遠慮なく」
「じゃあ私はしめさばとサンマ!」
『朝霞……せめて遠慮の素振りぐらい見せろ』

 小泉を加えた十七名は回転寿司屋の一角を占め、白花とツラナミのおごりに舌鼓を打っている。
『小泉様は食べる事はお好きですか? わたくしは大好きですわ! こちらの世界の“ごはん”はとても美味しいですから! “ごはん”がこんなに美味しいなんて、わたくしこちらの世界に参りまして初めて知りました』
「重畳な事だ。食は幸福の基本だからな」
『妾お味噌汁がだーいすきじゃ! オジーチャンはどうなのじゃ? おいしいぞ♪』
「もちろん好きだとも」
『じゃあ食後は味噌クリーム油揚げパフェで決まりなのじゃ!』
「そんなメニューはここにない!」
『ぶーぶー』
「……すまんな、見かけよりずっと子供で」
 即否定されふてくされるアイリスを尻目に、正護は老紳士へ非礼を詫びた。
「生を謳歌しているんだろう、何の問題がある」
 プルミエやアイリスの本当に感激している様に小泉も僅か口元を緩める。
『ジーヤこの綺麗なの食べていい?』
「うん……――って、ちょっ待っそれっ」
『?』
 まほらまは、目の前に置かれた容器からパステルグリーンのマットな調味料――即ち山葵を備え付けの匙ごとこんもりと口に含み、
『――ッ!!!!』
 あたかも地獄の底を垣間見たかの如き形相でじたばたともがき始めた。
「ほら水!」
「温かいお茶にしなさい」
「すいません!」
 慌てるGーYAにすかさず小泉が助言し、彼もそれに従う。
 まほらまは少し熱いのも構わず茶を一気に流し込んで、突っ伏した。
『意味わかんないッ……人間の食べ物なのコレ……!?』
「今にわかる。この国で暮らしていれば、やがてな」
 小泉は苦笑を滲ませながらも、穏やかに言った。

 つつがなく食事を終えた一行は食休みも兼ね、絵葉書を眺めて考察を重ねていた。
 数名はスマートフォンにその景観を納めるなどしている。

「う~ん、ニックはこの場所わかる?」
『さぁな。だがこの近辺で撮られたのなら場所は限られるだろう』
 ニクノイーサは携帯端末を立ち上げ、GISサービスで東京海上支部内の地図を確認し始める。
「この葉書の差出人か、もしかして……小泉さんが以前住んでたとか?」
 GーYAがふと思った事をそのまま口にした。
「残念だが違うな。もっとも……鞄を盗られるようなもうろく爺の記憶力などあてにはならんか」
「そんな事……!」
「しかしこの界隈で置き引きなんて働く奴が居るとはな」
『そうじゃな。情勢を鑑みるに、あえて犯行に及んだとも考えられるじゃろう』
 盗まれたと聞けば、リィェンとインはその犯人について思う。
「陽動の線がないわけじゃないか」
「失礼だが、たかが一人の盗人に乱破者が務まるほどここは手薄なのかね?」
『む』
「……いや」
 だが、盗まれた当の本人に論破され、早速可能性がひとつ消えた。
『犯人の動機がどうあれ――お困りなんですよね? だったら私達がとるべき行動は一つです』
 マリナ・ユースティス(aa0049hero001)が胸に手を当て、レヴィン(aa0049)と頷き合う。
「だが観光に付き合わせるだけでも既に過分な、」
「おいおいおいおい大切なモンが入ってんだろ?」 
「諦めちゃダメですよ!」
 固辞しようとする老紳士にレヴィンと朝霞が熱く食い下がった。
「しかし」
「盗られたモンは取り返しちまえばいいじゃねぇか。なぁ?」
『ええ……。何より悪事を働いた者をこのまま野放しにしておくだなんて――私の中の正義が許しません!』
「うんっ、ヒーローとして放っておけない!」
「…………」
 拳を握るマリナと朝霞を、そして頼もしい笑みを浮かべるレヴィンを、小泉は思案げに見据える。
「つーわけだ。今からひとっ走りして犯人とっ捕まえてくっからよ、爺さんは適当にその辺観光しながら待ってな」
「……そうかね?」
「おぅ! 爺さんの大事なモンはこの俺が取り返してやるぜ!」
「私も道すがら聞き込みしてみます!」
『必ず果たしてみせます、安心してください』
「泥船に乗ったつもりでドーンと構えてろよ!!!」
『ツラ』
「知らね」
『…………レヴィン、そこは“大船”って言うんですよ……』
 レヴィンのベタな間違いは38とツラナミに流され、結局マリナが納める羽目となった。
「……おぉ、それで爺さん、ちょっと聞いときてぇんだけどよ」
「ん……ん? ああ、何かな」
 呆気に取られてでもいたのか、小泉は我に返ると誤魔化すような咳払いをひとつ挟んだ。
「置き引き野郎の見た目とか教えてくんねーか。つーか見たか?」
『それから盗られた鞄の特徴、時間帯もお願いします』
 
 と、いうわけで。
 レヴィンとマリナ、リィェンとインの二組は手分けをして犯人の捜索を、残りの者は予定通り観光に付き添う流れとなった。

「ん」
 ふと、ツラナミは相棒が気持ち安らかな目で皆を見つめているのに気づく。
「……楽しそうだなお前」
『観光、だから……』
 38は肘を抱え、どこか気恥ずかしげに目を逸らす。
「あー……そうかい。だが“仕事”が優先だ。終わらせたら観光でもなんでもしろ」
『わかった――』
 全て言う前に少女の姿は失せ、その声はツラナミの内に響く。
(――すぐ見つける)


●虚空を家と住みなせば
 滑空し、辺りを確かめればすぐに鉄塔と“WNL”の立体的な三文字が目に留まり。
 身を傾げそちらへ流れ始めると、程なく絵葉書と同じ景色が視界に収まる。
 そうして塔の根元、局の屋上を眼下に望めば。
 無機質な灰色の床面に一点、ほつり、赤い花が咲いていた。
 否、それはどうやら人。
 何かを待っているような。
 ひゅう――と風が凪ぐと、真っ赤なコートのフードが剥がれ。

「――へぇ……そういう事。ふぅん」
(皆には?)
(……放っとけば? 面倒だし)
 ツラナミは鷹の目を通じて知り得た“置き引き犯の所在”を、やはり黙っておく事にした。
「何か判ったのかね」
 共鳴を解除した途端、おもむろに小泉が二人に話しかけてくる。
『景色の方は』
「まー多分?」
「後で聞くとしよう」
 さして喜ぶでもなくそれだけ言うと、老紳士はプルミエ達の居る展示場の入り口へと踵を返した。
『小泉様、本日こちらでは“世界の刀剣博覧会”なる催しが開かれておりますわ!』
「ほう、面白そうじゃないか」
 プルミエの案内に小泉も興を示す。
 なお、同人誌即売会はまだ当分先のようだ。
『……日が悪いのじゃ、出直すのじゃジーチャン!』
「あんな本買わせるわけがないだろ」
「あんな本とは?」
「あは、あははははは……」
 このいかにも古いタイプの老人に誰が腐った話などできよう。
 朝霞には笑って誤魔化す事しかできなかった。
『それではご案内いたしますわ!』
 折り良くプルミエが区切り、一行は会場へ足へ踏み入れた。

『うふ、うふふふ……』
 たとえばこのように。
「その嗤い……なに?」
 会場入りするなり妖しく含んだ笑みを零しては惚れ惚れと種々の刀剣を眺めるまほらまに、GーYAがちょっぴり引きながら訊ねる。
『キレイな物を愛でてるだけよ? この刃の妖しい美しさ――これで。うふふふ』
「コワい妄想やめてね!?」
 だが注意喚起も空しく、彼女は依然鏡面と化した大剣の刀身に自らのアレな目を映し込んでは、にまにまと危うい笑みを浮かべていた。
「お爺さんのお国はどこですか?」
「なぜそんな事を?」
「せっかくだからその国の剣を探してみようと思って――……どうかしたんですか?」
 握り拳で口元を隠し肩を揺らす老人に、朝霞はきょとんとする。
「ふむ。わしの故郷か」
 彼の目は、一振りの日本刀に留まっていた。
「そうさな、この場で語るならば――遥けき神代の時代、大陸より齎された製鉄の御業、それを培い独自の発展を遂げ、やがて軽く、鋭く、柔と剛を併せ持った、この世で最も美しく、そして優れた刃の生まれた国――と言えば、通るか?」
「えっ」
『朝霞……』
 絶句する朝霞にかける言葉の見つからないニクノイーサを見て、小泉は声を上げて笑った。
「いやすまんね。逆に、この日本男児を捕まえてなぜ異人とみたのか興味が尽きんところだが」
「う……すいません……」
 老紳士がまだ可笑しそうにしているので、朝霞は耳まで赤く染まってしまった。


●花を見よ
 身長170cmほど。
 見目にはもう少し高かったが靴の踵が底上げされていた事からの類推。
 真っ赤なフード付のコートを着用し、袖から覗いた手の肌は褐色。
 フードコートで小泉が席を離れた隙に鞄を掴むや否や、人や遮蔽物を常人には不可能な身のこなしで軽々と飛び越え逃走。
 盗られた鞄は日本国内のブランドで一点物のショルダーバッグ、牛革製。
 これらの情報を元に、レヴィン達は手分けして犯行現場を中心に手当たり次第聞き込みを行った。
 クローズドSNSを利用して常に相互の情報を共有し、逃走経路を絞り込んでいき、そして――。
「おっ」
『レヴィン?』
 向こう見ずなパートナーが珍しく立ち止まり何かを注視しているので、マリナは小首を傾げた。
 彼の視線の先にあるのは、“WNL”のロゴ入りの鉄塔。
「塔とか……多分どっか高い建物の筈だよな」
『あの景色の事ですか? 確かに、どれだけ地上を歩いていても東京の街並みは見えませんものね』
 マリナもまた、それを見つめる。
 海上支部内で見晴らしの良い高層建築物と言えば候補は相当絞られるだろう。
 WNL支局はそのうちの数少ないひとつだ。
「モノはついでだ、方角も合ってっしちょっくら寄ってみよーぜ」
『はい!』
 二人はリィェン達に一報を入れて、足早に現地へ向かった。


●極楽や、地獄があると騙されて
 一方、創造の二十年記念博物館では。
『ほう、これが英雄の歴史! 素晴らしい……素晴らしいぞ!』
 擬似立体映像でリピート再生されている創造の二十年のあらましを視聴しながら、ネイクがひとり異様な盛り上がりを見せていた。
『見上げるべき英雄達の業績がここに……!』
 なお、ちゃんと理解できているかは謎である。
「恐れ入りますが館内ではお静かに願います」
『あっ、すま、いや、すいません』
 しかも職員に注意された。
 キミカは苦笑いを禁じえなかったが、まあいつもの事とあまり気にせず、それはそれと充実したデーターベースを隅から隅まで見て回った。
 映像然り、展示物然り、概ねH.O.P.E.にある資料と同等以下の機能しかないものの、一般向けに公開されている事もあり、専門的な予備知識を経ずとも理解しやすい工夫が随所に施されている。
「ちったぁお前も勉強しろ」
『えー、やーじゃあ~……』
 だが、正護がいくら促してもアイリスには退屈なようだ。
 一方38などは、ちょっと見ただけでは使途不明な展示物や、それを図解したスクリーンガイドを見ては時折キミカや朝霞と何かを指差しては話し込んでいたりと、熱心である。
(しっかり楽しんでるねぇ。こっちは接待する側だっつーのにまあ……)
 もっとも、それは他の者とて同様だが――ツラナミはそんな一同の様子を離れた場所で眺めながら、それとなく小泉の様子を窺っていた。
 ふと、白花が老紳士に歩み寄る。
「ここに来ると、世界蝕以前の事を懐かしく思いますのよ」
「無理もない。僅か二十年の間にあらゆるものが大きく様変わりした」
「ええ」
 白花の言葉に、小泉もまた懐古の色を瞳に宿す。
「お爺さんは……英雄や愚神がこの世界に来た事、どう思っています?」
 その遣り取りが耳に入り興味が湧いて、今度はキミカが訊ねた。
「どう、とは?」
「私は十四歳だから、二十年前の世界を知らないんです。だけど、愚神はともかく英雄をこの世界は受け入れたからこそ、この二十年があったっていう事……大事だと思うんです」
「…………」
「それ、」
 沈黙する小泉に、GーYAもまた話しかけた。
「前の仕事で一緒だった人、H.O.P.E.成立初期から働いてたって。能力者への偏見が大きくて大変だったって言ってました。……英雄が当たり前に受け入れられてる今を創るまで、どれだけのドラマが生まれたんでしょう」
 微笑ましい事も、目を背けたくなるような事も、星の数ほどあったに違いない。
 この世の至るところで。
 それでも。
「君は?」
「私、は」
 若者の声を受け、逆に老紳士が穏やかにキミカへ問うた。
「私はネイクと出会えたから――引っ込み思案の私も変われるって、思ったから。こんな出会いをくれたなら世界蝕も悪くないって……そう思います」
「ならば、それが答えだ」
「……え?」
 すぐには意味の判らなかったキミカへ背を向け、小泉は出口へと向かう。
 気が付いたプルミエが素早くその前へ歩み寄り、白花も続く。
「この出会いを喜んでいらっしゃるようよ――殊の外」
 ほんの少し言葉を添えて。


●朋有遠方より来る
「そろそろ写真の時刻よね。ニック、アタリは付いた?」
「あー……それな、言うの忘れてた。WNLだわ」
『……』
 朝霞とツラナミ(とニクノイーサ)が交わしたこの短い会話で、最後の行き先はあっさり決まった。

 バスから真っ先に降車した正護が、降りてきた小泉を真正面に迎える。
「今更聞いてどうなるものでもないが、ここで一体誰が待っている?」
「待つ者が居るのなら、それは友人だろう」
「……やけにもったいつけるんだな」
 諦めた正護が名刺を取り出し守衛室の前に立つと、何やら電話でややこしい話をしている最中だった。
「何かあったのか?」
 窓をノックするとこちらへ気づいた警備員が受話器を離す。
「さっきH.O.P.E.の人達が中に入ったんだけど、たった今その一人から連絡が入って。屋上に置き引きの犯人が居るって……」
「本当か!」
「きっとレヴィンさん達です」
「私達も!」
「あっ、ちょっと困りますよ!」
「俺達もH.O.P.E.だ! 通るぞ!」
 守衛が制止を諦めると、皆次々と中へ飛び込む。

「探したぜ泥棒野郎! 今すぐ鞄返しやがれ!」
 その頃レヴィン達は、赤い逆光を両翼とするようにあの景色を背に立つ、赤いコートの人物と対峙していた。
 傍らの鉄塔にもたれ掛かっていた不審者は、目深にかぶったフードの下でくすりと微笑むと鞄を放り上げて構え――平手で手招きする。
「あの構えは……」
 リィェンがそれを八卦掌の型のひとつと気づいたかどうか。
「この期に及んでいい度胸してんじゃねーか。――マリナ!」
『正義の名の下に!』
 レヴィンは構わず共鳴し、斜陽に負けじと赤い眼差しで相手を射抜きながら突進した。
(レヴィン、剣を!)
「しゃらくせぇ! 向こうも丸腰だぜ!」
 不審者は諸手を広げ半軸歩み打ち込まれた拳打に前腕を絡め、更に踏み込むと同時に側面へ掌底を穿つ。
「つっ……にゃろう!」
 レヴィンはもろにこれを食らうが転倒してなるかと無理やり相手の上体へしがみつく――途端フードの中から「きゃあ!」と恥らうような悲鳴が上がった。
「あ? 女?」
「どこ触ってんのよバカ!」
「ぶっ」
 直後、頬に思い切り肘がめり込みレヴィンは今度こそ卒倒、更にその顔に鞄が、降り注いだ。
 女がなお構えようとしたところへ、しかしいつしか回りこんだリィェンが短刀を突きつけ、それを制す。
「観念しろ。素直に投降すれば酌量、の……」
 決まり文句を言い終える前に、不審者は両手を上げがてらフードを外すと、さっと金髪が風に流れた。
「……何してるんだきみは」
「黙秘権を行使するわ。――いいでしょ?」
 不審者改め、テレサの青い瞳が合図するように少しだけリィェンの方へ、その後ろに駆けつけた皆と、小泉へ向けられる。
「構わんよ」
「会いたかった友人ってもしかして、」
 GーYAの言う通り、かくして絵葉書を差し出した置き引き犯こと小泉の友人テレサ・バートレットが、その景色共々見つかる運びとなった。
「??? えーとつまりどういう?」
「ごめんね朝霞。それに皆も……って、知ってる顔ばかりじゃない」
「あ、私も?」
「もちろんよキミカさん。海上支部の名簿検索で真っ先に出てくるもの」
「ああー、そういえばそうですね」
 暢気な会話が繰り広げられる中、小泉は取り戻した鞄の中を確かめると、財布のみを取り出してまたレヴィンに預けた。
「いいのかよ」
「元よりそのつもりだったからな」
「……結局何者なんだ、あんたは」
 正護がきつい目で訊ねると老紳士は「そうだったな」と居住まいを正した。
「では改めて――小泉孝蔵だ。古龍幇傘下の日系組織、そのまとめ役のような事をさせて貰っている」
『古龍幇だと!? キミカ――』
「大丈夫です」
 即座に共鳴しようとするネイクに、キミカは笑顔で首を振る。
「この人、きっと悪い人じゃない……」
『だが!』
「…………」
『……まぁいい、キミカがそう言うのであれば』
「ありがとう」
 小泉はネイクに礼を述べ、そしてその本当の目的――即ち停戦交渉の為の手紙をジャスティンに渡しに来た事、またH.O.P.E.と言う組織が信頼に足るか否か見極める事などを、皆へ語り聞かせた。
 結論は、次の通りである。
「我々は互いを“兄弟”とは呼び合えんが、隣人として一定の信を置くに足る存在ではある、その事が、今日一日を通じてよくわかった。どうかこの手紙を届けて貰いたい」
 そうして手紙を懐から取り出し、キミカに渡した。
「手紙が一体何を齎す事になるのか、それはまだ誰にもわからん。だが約束しよう、わしは“朋”たる君達を失望させる事はあるまい。少なくとも」
 彼は踵を返し、場を後にしようと歩き始めた。
「お待ちを」
 と、横から白花が進み出る。
「占い師もしておりまして、何かお困りやお迷いの事がありましたらどうぞ」
 笑顔で占い師の名刺を差し出され、小泉は「いずれ」とそれを懐へ仕舞った。
『またのご縁を楽しみにしておりますわ!』
「わしもだ」
 プルミエの満面の笑みに応え、また扉へ向かい。
「またこうした日を共にしたいものだな、正義の味方諸君」
「あ――私もです!」
 背を向けたまま帽子を外して横に振る小泉に、キミカも笑顔で同意を示した。

「……いかがでしたか? プルミエ」
『はい! 白花様。かのお方は拳ダコと剣ダコの宿主でございました。ただ、』
「ただ?」
「彼はリンカーじゃないわ。だから怖いのは頭脳と……あの胆力の方ね」
「なるほど」
 テレサが口を挟み、白花は得心する。
 そして思案げに腕を組んだ。
「また、ご縁があれば楽しそうね」

 この後、手紙は無事ジャスティンの元へ届けられた。
 なお、鞄には皆へ宛てられた小切手が納められていたとの事である。


●余禄
「ほい」
「何よこれ。領収書?」
「礼だ、今日一日の」
「三枚もあるじゃない。“H.O.P.E.エージェント、テレサ・バートレット様”……ってちょっと待ちなさいツラナミさん!」
「じゃーなー」
「こらー!」

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

  • 夢ある本の探索者
    努々 キミカaa0002
  • 世界蝕の寵児
    レヴィンaa0049
  • エージェント
    ツラナミaa1426

重体一覧

参加者

  • 夢ある本の探索者
    努々 キミカaa0002
    人間|15才|女性|攻撃
  • ハンドレッドフェイク
    ネイク・ベイオウーフaa0002hero001
    英雄|26才|男性|ブレ
  • 世界蝕の寵児
    レヴィンaa0049
    人間|23才|男性|攻撃
  • 物騒な一角兎
    マリナ・ユースティスaa0049hero001
    英雄|19才|女性|ドレ
  • 義の拳客
    リィェン・ユーaa0208
    人間|22才|男性|攻撃
  • 義の拳姫
    イン・シェンaa0208hero001
    英雄|26才|女性|ドレ
  • コスプレイヤー
    大宮 朝霞aa0476
    人間|22才|女性|防御
  • 聖霊紫帝闘士
    ニクノイーサaa0476hero001
    英雄|26才|男性|バト
  • エージェント
    ツラナミaa1426
    機械|47才|男性|攻撃
  • そこに在るのは当たり前
    38aa1426hero001
    英雄|19才|女性|シャド
  • 龍の算命士
    CERISIER 白花aa1660
    人間|47才|女性|回避

  • プルミエ クルールaa1660hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • ハートを君に
    GーYAaa2289
    機械|18才|男性|攻撃
  • ハートを貴方に
    まほらまaa2289hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • グロリア社名誉社員
    防人 正護aa2336
    人間|20才|男性|回避
  • 家を護る狐
    古賀 菖蒲(旧姓:サキモリaa2336hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
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