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愚神を名乗る者からの依頼とすれ違う誓約

岩岡志摩

形態
ショート
難易度
やや易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/01/04 13:23

掲示板

オープニング


 目の前に現れた存在達を前に、その女性は自分の負傷も顧みず訴えた。
「この子を助けて!」
 山を切り裂いて作られた人気のない道路を2人が車に乗って走っていたところ、たまたま山からの落石による崩落事故に巻き込まれたようだ。
 後ろには2人が乗っていたと思われる車が巨大な岩に潰され無残な残骸となっており、そこから血とみられる赤く太い線が伸びていた。
 女性の腕には、一目見て手遅れと思われるほどの負傷を負った少年が抱えられていた。大きく裂かれた傷口からおびただしい量の血が溢れ出し、少年はぴくりとも動かない。力なく垂れ下がっている腕は、女性の動きにあわせて揺れるだけだ。
「救急車を呼んだ方がいいのではないでしょうか」
 「それじゃ手遅れなの! 貴方達ならできるでしょう!?」
 その存在の提案に女性は首を横に振った。
 何の前触れもなく目の前に現れたこの存在と背後に佇む巨漢は、常人ではない何かだ。
 ならば常人にない命を救える可能性を目の前の存在達が持っている可能性に、女性は縋りつこうとする。
「その少年の命を救う事が貴方の願いならば確かに叶えられますが、私達は愚神です。代償を払うことになりますよ」
「私が差し出せるものなら何だって出すわ。だからお願い! この子を助けて!」
 周囲に人の姿はない。女性には目の前の存在が愚神であったとしても、腕の中で今その命の火が消えようとする自分の弟を助けるという願いを叶えてくれるという愚神の言葉に賭けるしかなかった。
 しかし愚神を名乗る者は意外な事を口にした。
「いいえ、代償を払うのは貴方ではありません。今死にかけているその少年です」
 『愚神』の言葉と共に、新たな人影が現れた。
「ば、化け物……」
 女性が次に現れた『それ』を見て、怯えた表情を見せる。
「その表現は『彼女』に失礼だと思いますよ。『彼女』がその少年を助けるのですから」
 『愚神』と名乗った者の言うとおり、『それ』は外見上の姿形のラインを見れば、確かに人間の女性らしさを示していた。ただし顔を含め全身を艶のある白い鎧のようなもので覆っている。
「『彼女』とその少年は『共鳴』が出来ます。つまりその少年は能力者の資質があります。『共鳴化』を果たせば、その少年の命は助かるでしょう。ただ、貴方の言う『化物』がくっつく事になります。それが私の言う『代償』です」
 女性は内心少年に詫びて、その条件を呑んだ。
「では『誓約』をかわすお手伝いをしましょうか。内容は……そうですね。『お互いが大切に思える存在を守る』。そして『制約』もつけましょう。『彼女はこの少年からライヴスを奪ったり傷つけてはならない』。これなら貴方が恐れている事態も防げるでしょう?」
 愚神は人のライヴスを喰らう存在だ。実際は憑依して少年のライヴスを喰らうのではと内心思っていた女性は、その言葉を信じる以外になかった。
 そして意識のない少年と『彼女』は愚神の提示した『誓約』のもと『共鳴』する。
 その後少年は蘇生し、長いリハビリ生活を無事に乗り越え、怪我を克服し、女性の願いは叶えられた。
 誓約の後、少年の手元に現れた幻想蝶と共に。

●『彼女』の願い
 『愚神』が言った通り、共鳴を果たした後の少年には『代償』と呼べる出来事が待ち構えていた。
 少年の傍にいる『化物』に、見た人達は怯え、少年は『化物』として嫌悪され、人の輪の中に入りづらくなった。
 それを知った『彼女』はできる限り人の目を避けるよう姿を隠し続けた。
 それでも、見える人には見えてしまう。結果、少年はイジメられ、隠しきれなくなるたびに街から街へと引っ越しを繰り返す事になる。
 表向き少年は明るく振る舞っていたが、内心では深く傷ついていることが、繋がっている『彼女』にはわかっていた。
 なんで。どうして。僕は悪いこと、何もしていないのに。
 伝わってくる少年の心の声に、『彼女』は自分がいるからだと、自分を責め続けるうちに気付く。
 少年と長く心を接しているうちに、その少年が自分にとって大切な存在となっている事に。
 そして『ある兆候』を自覚した時『彼女』はある決意を固め、少年が寝静まるのを待ってから動き出した。
 恐らくずっと見守っていたのであろう。すぐ近くに自分が最初に出会った『愚神』はいた。
 『彼女』は『愚神』に自分の『願い』を話すと、『愚神』は呟いた。
「それが『貴方の願い』ですか」
 このままでは自分は存在を維持する為、大切だと思う少年のライヴスを奪いかねない。そんな兆候に気付いた『彼女』は、『愚神』へ自分を退治する依頼を出してくれるよう願った。
 『大切だと思える存在を守る』ために。

●少年の願い
「『彼女』が僕のライヴスを喰うのを止めさせるため、自分を倒す依頼を出したなら、僕からもお願いします。『彼女を殺さず、僕がライヴスを差しだすのを見守る』依頼を出して下さい」
 不意に少年の目の前に現れた『愚神』を名乗る者が『彼女』の願いを少年に話したところ、少年はそのように『愚神』に願った。
「彼女は『化物』なんかじゃありません。美しい人です」
 姿を隠しているが、繋がっている心から感じ取れる『彼女』は美しかった。誰が何と言おうがその想いは変わらない。
「誓約の内容も伺っています。『大切だと思える存在を守る』ことでしょう? だから僕もその誓約を守りたいんです。『彼女』が僕を喰う事で存在を保てるのなら、全部差し上げます」
 長いリハビリ生活に耐えられたのは、姿こそ見せなかったが、『彼女』の言葉や、時々誰かに支えられている、何かが優しく自分を包んでいるという感覚があったからだ。そして少年にとって、いつしか『彼女』は大切な存在になっていた。
 だからこそ少年は『愚神』に『大切だと思える存在を守る』ため願った。
 話を聞いた愚神は少年に、幻想蝶を用意しておくことを指示した。
「多分必要になるでしょう。叶えられる日時や場所が決まったら私がご案内します」

●疑念
 それまで『愚神』に怯え、口を挟めなかった少年の姉が勇気を振りしぼると、立ち去ろうとする『愚神』へ声をかけた。
「貴方は愚神と名乗っているけど、本当に愚神なの? そしてあの『化物』だけど、ひょっとしたら英雄なの?」
 今にして思えばこの者も、そしてあの『化物』も愚神にしては不自然な部分が多すぎる。
 あの事故以後に自分が集めた情報では、愚神とは誓約できないし、幻想蝶など顕現しないとされている。しかし現実に誓約はなされて弟は助かり、幻想蝶が現れた。
 そして自分が見る限り、この『愚神』の行動は人間を害するどころか善人風でありすぎる。
 やや間を開けた後、『愚神』はこう答えた。
「『他の愚神』は本物ですが、貴方の仰る通り、私は人間で『彼女』は英雄です。私が愚神を名乗り愚神達と組む理由は、今は『条件』が揃っていませんので秘密です」

解説

●目標
 誰も犠牲にならない結末を目指す

 登場
 少年
 以前崩落事故に巻き込まれ、瀕死の重傷を負ったが、『彼女』との『共鳴』により命を長らえた。
 周囲の人達は『彼女』を化物と思っているが、彼は美しい人だと思っており、大切な存在という想いがある。
 彼の願いは「彼女を生かす為、自分のライヴスや命を差しだすことを認めさせてほしい」。
 なお少年は幻想蝶を持参して、この後『愚神』の車に乗って、現場に現れる予定。

 『彼女』
 顔を含む全身を白い鎧で包んだ姿の存在。たまたま近くに愚神を名乗る存在がいたので、同類とみなされている。
 『共鳴』を果たした後、自分の姿が原因で少年がひどい目にあう事に心を痛め、何とか救いたいと思ううちに少年が大切な存在となった。自分の存在を保つためライヴスを得たいという衝動に耐えきれず、『誓約』を果たす為、できるだけ自分が討たれるにふさわしい化物として振る舞い、犠牲になる事で少年の未来を少しでも明るくしようと考えている。
 一応槍と盾を装備しているが、共鳴状態の数値から能力者の数値を差し引いた分程度の強さしかない。
 ただ『愚神』からの話では『彼女は今の姿こそ異形ですが、中身は貴方達の基準では美人ですよ。そして彼女は英雄です。制約も課して、人からライヴスを奪わないようにさせています』との事。信じるか否かは自由。

 『愚神』
 『願いを叶える愚神』を名乗る存在だが、正体は人間らしい。真偽不明。理由経緯は不明ながら複数の愚神達と手を組んでいる。

●状況
 人里離れた場所に存在する、かつて違法業者が違法な宅地を造成する為、山林の中を無理やり切り拓いて作った縦横40mに広がる平地の空き地。障害物になるものはない。何が起こっても周囲は山林に囲まれており、人の姿もない無人地帯なので、人々には気づかれない。不測の事態に備えH.O.P.E.別働隊が周囲で待機中。申請すれば無線機の借用可。

リプレイ


「お互いなんか勘違いしてる感じ?」
 アストリア(aa0055hero001)が小首を傾げ、そう呟く。
「ちゃんとお前ら話し合えって事でいいかもしんねえけどな」
 自分の英雄の言葉に同意しつつも、帯刀 刑次(aa0055)は思考する。
 この依頼では自称と事実を分けて考えた方がいい。
 刑次と同じく、早瀬 鈴音(aa0885)やN・K(aa0885hero001)もまた、これまでに判明した情報の内容に不自然な点が多すぎる、今の状況に頭を悩ませていたが、確信できる事はある。
「手が無いならダメなんて言えないけど、それは最後の手段じゃないかな」
 誰かの為に自分が犠牲になる。鈴音から見ればそれは、自分の為に誰かを傷つけるという事であり。
「自分のために相手が傷つくのって、相手の『心』は守れてないんだよ」
 だからこそ、そんな事は止めさせて両方とも救うと、鈴音、そして密かにN・Kも覚悟を決める。
「お互いが大切なら、なぜすれ違ってしまうんだろうな」
 真壁 久朗(aa0032)は内心で、両者の行動がよくわからないと首をひねっていた。
「互いを想うからこそ、言えないこともきっとあるのだと思いますよ」
 その横で、セラフィナ(aa0032hero001)が久朗に温かい笑みを向ける。
「だからこそ、僕達のような第三者が橋渡しをしなければ2人はすれ違ったままかもしれません」
「2人のために俺たちができること、か」
 できる事ならば、話し合いをもって、両者のすれ違いを解消したいが、そう簡単に事は運ぶはずがないとも久朗は考えていた。
「こみいった依頼だよね。愚神からの依頼なんて初めてだよ」
 現地に到着するまでの間に、片桐・良咲(aa1000)は出来る限り状況の把握に努めようと思考を重ね、その横で尾形・花道(aa1000hero001)は腕を組みながらも、良咲から発せられる疑問の数々に対し、『実際に会ってみない事にはわからないが』と前置きしたうえで、自分なりの回答を良咲に返す。
 恐らく化物と目された『彼女』は『愚神』の言う通り、英雄である可能性が高い。
 そしてそんな彼女に、『愚神』が誤った情報を与え、今の状況になったのではないか。
 そして今回の一件は、『愚神』が仕組んだ何らかの『実験』ではないか。
「仮に花道さんの推測が全て本当だとしても、『愚神』が言葉にした内容には嘘はないと考えます」
 迫間 央(aa1445)が自身の英雄であるマイヤ サーア(aa1445hero001)を伴って、自分の意見を口にする。
「何故そう思ったの?」
「私達が判断を誤った事で招いた悲劇を突き付けられるのが、私達には一番堪えますから」
 良咲の疑問に答える形で、央は本当の敵である『愚神』が目論むであろう未来を予測してみせる。
 すでに現地にはH.O.P.E.より派遣された別働隊が周囲を囲み、道路封鎖を行っている。
 その別働隊へ向け、木霊・C・リュカ(aa0068)はオリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)の助けを受けながら、借用した無線機を駆使して状況把握に努め、集めた情報を整理分析し、仲間達のもとへ無線を介し手際よく必要な情報を提供する。
 現段階では『愚神』の指定したこの現場には『英雄』と目される存在が既におり、その誓約相手である少年を載せた『愚神』の車は未だ到着していない。
 リュカは引き続き別働隊のメンバーに向け『愚神』の車が来ても手前で止めておくよう依頼する。
「愚神と英雄って、存外近い存在なのですね」
 この依頼に含まれる情報の中身を把握した上で、紫 征四郎(aa0076)は己の所感を呟いた。
「俺様はあんな連中とは違うぜ?」
 ガルー・A・A(aa0076hero001)は征四郎にそう告げるが、征四郎に向ける眼差しは優しい。
「今回の件は、『彼女』が自分自身を愚神と信じているからこそのすれ違いだと、征四郎は思っています。1つ1つ紐解いていけば、きっと2人で生きる道も見つかるはず。そうですよね、ガルー」
 そして『彼女』を自分が愚神だと信じ込ませたのは、『愚神』を名乗る者だと征四郎は判断している。
「だな。『愚神』を名乗るふざけた奴が何かする前に、2人の『間違い』を正して見つけ出そうぜ」
 『彼女』が英雄か確かめる術は、自分を含め多くの仲間達が有している。 
「なんとも奇怪な依頼なので思わず受けてしまいましたが……」
「確かに奇怪だな。どこまでが本当で、どこまでが嘘か。疑い出したらきりがない」
 石井 菊次郎(aa0866)とテミス(aa0866hero001)がそれぞれの所感をこぼす。
 愚神の影こそ周囲に見えるものの、『人間』がわざわざ『愚神』を名乗る理由がわからない。
 別の見方をすれば、その者こそ殺されたがっているとも言える。
 既に話し合いの結果、自分達の行動方針は決まっている。
 現場に『愚神』と少年が到着する前に『彼女』と接触し、話をすると共に『愚神』と少年も到着次第、引き離して別個に話をする。
 そして各自の能力を持って『彼女』が『英雄』であるか識別し、英雄であると判断された場合は、邪英化した英雄に対する処置等、できる事を実施する。
 その上で改めて誓約を結ばせ、2人を能力者と英雄としてこの世界に迎え入れる。
 やがて別働隊から無線で『愚神』と少年到着の一報が入り、エージェント達はそれぞれの行動を開始した。
 鈴音とN・K、刑次とアストリア、ガルー、央とマイヤ、そして当初は『愚神』の警戒に回るつもりだったが、『彼女』の説得の方が難儀すると判断した花道と、その意見に従った良咲は、待ち受ける『彼女』のもとへ向かう。
「さー、説得説得」
「口説くんじゃないんだよ!?」
 説得に向かうとは思えない口調の刑次を、アストリアがそう言って追いかける。
 久朗とセラフィナ、征四郎とオリヴィエは後で少年のもとへ向かう。
 そして牽制も兼ねて、『愚神』のもとへはリュカ、菊次郎が向かう。
「俺は『愚神』に話がありますので、そちらは任せます」
「任された。他人に唆されてなされた誓約など、我には何の価値も見出せぬ。いい機会だ」
 テミスは全体の支援に回り、説得や不測の事態に備える。
 そしてそれぞれの相手と接触したエージェント達は、全員の名前を探り当て、無線を介し全員の名前を共有した。
 少年の名前は真継(まつぎ)優輝(ゆうき)。『彼女』の名前はシャレーク。
 そして『愚神』の名はラカオス。付き添うのはラカオスと同じ『愚神集団』に所属する愚神、ループス。
 その愚神集団の名は、『シュドゥント・エジクタンス』(ある筈のない存在達)。


「ダメなら願いは叶えるつもりだし、別に少し位良いよね?」
 共鳴化せず、ただ英雄と共にいるだけの戦意を感じさせない鈴音からの問いかけに素直に応じ、自分の名前を告げたところから、シャレークは化物の演技も忘れてしまった。
「シャレークだね。じゃあ、ここから先は君の願いを正して、君を消さないための話し合いだよ」
 鈴音の言葉にシャレークは慌てて頭を伏せる。
『どうして……どうしてそんな悲しいことを言うの?』
「辛かったんだね」
 鈴音とN・Kに代わり、良咲がシャレークを慰め、花道は何かあれば即座に共鳴できるよう抜かりなく周囲を見張る。
「こうするしかないと思ったから自分を犠牲にする方法を選んだんだろうけど、もっと良いやり方があるかもしれないから、一緒に考えて見つけるというのは駄目かな?」
 良咲の言葉と共に、『愚神』からの妨害に備え、マイヤと共鳴化した央がシャレークの前に進み出る。
「自分の存在が誓約者を苦しめていると感じているシャレークの気持ちはわからなくはない。お前の境遇は俺に似ている」
 そう尊大な口調で切り出した央は、己に課した『苦しみ』をシャレークに見せた。
「俺は俺の英雄、マイヤに悲しみや辛さを強いてしまった。消える事を望んだマイヤを『俺が』失いたくないために。『俺が』リンカーで居続けたいという自分勝手な理由からマイヤに『生きていてほしい』と願ったからだ」
 その言葉に央にいたマイヤは驚いたが、『今は俺を信じろ』という尊大な、しかし優しさを含んだ央の心の声を受けて、落ち着きを取り戻す。そしてそんな央に心の声でマイヤはこう告げる。
(どうすれば良かったのか、今でもわからないけれど……。出会わなければ良かったなんて思った事はないわ)
 きっと『彼女』もそうだと信じたい。
『だったら』
 言いかけようとするシャレークを、今度はガルーが有無を言わせぬ口調で遮った。
「俺様は、理解するつもりもなくシャレーク。お前さんを手にかけたくはない」
 『こいつは魔女だ』と誰かに言われたら、その誰かは魔女として殺される。人間でさえその調子だ。
 愚神とみなされたら、問答無用で討たれてしまう。そして何よりも。
「俺様は、お前さんを手にかけるような真似を、征四郎にさせるわけにはいかねえんだよ!」
 誰よりも征四郎の事が大切であるがゆえに。
 そんなガルーを『まあ、落ち着いて』と刑次が宥め、その間にアストリアがその身に宿すものと共に、真摯な口調でシャレークに忠告する。
「何かを守るために自分の命を秤にかけた時の重さというのは、他の人にはわかっても、かけた自分じゃわからないもんなんだよ」
 気持ちは分かるけど、とのアストリアの言葉に刑次は余計な事を口にする。
「それを通すのも正義とか、お前さんよく言うじゃない」
「それはそれ!」
 抗議するアストリアを宥めながら、刑次も改善策を提示する。
「まあ、そのなんだ。ここで俺達相手に暴れねえで、お互いに話し合ってみたら?」
「だって……私がいたら駄目なの!」
「駄目ではない。我々は、貴公が大切だと思っている人間『真継優輝』の依頼を受けて、貴公を助けに来た」
 テミスの言葉に、シャレークは『え……?』と声を上げた。
 そんなシャレークに、鈴音が近付くと、お互いの誓約が正しくなされていないからこそ、変な衝動が起きているのであって、一度白紙にして新たに誓約を結びなおせば解決するのではないかと説明した。
「君がいなくなって、あの子がはいそうですかって笑っていられると思ったの?」
 少なくとも自分はそう思えない。だから今ここに私達がいると、鈴音はシャレークに己の強い意志を示していた。
「対処法などいくらでもある。貴公が言葉通りの解決を望むなら、何度でも幻想蝶に放り込むまでだ」
 テミスの口調は尊大ではあったが、寛容さも伺えた。
 シャレークは俯いたまま淡々と呟いた。
「でも、それじゃ私と関わったみんながこれからもずっと不幸になる……」
 シャレークが怯えているのは、衝動よりも、大切な人、これから大切になるであろう人達が謂れなき迫害を受け続ける事だった。
 だからこそ討たれなければと、シャレークは槍を構えなおす。
 その間にも、少年こと真継優輝への『集中砲火』は続く。
『彼女』が幸せなら、自分が犠牲になっていいと、まだ思っているのか?」
 久朗の問いに迷った末、優輝はこくりと頷くが、征四郎は強く首を横に振り優輝に訴える。
「絶対にライヴスを差し出してはいけません! それを少しでも得てしまえば、彼女は愚神になってしまい、討伐するより他なくなってしまいます!」
 征四郎が優輝の持つ幻想蝶を調べた限りでは不審なものは見つからなかった。つまり『彼女』は愚神ではなく、英雄である可能性がより高くなった。
 征四郎は優輝に問いかける。
「マツギは大切な『彼女』がこのまま姿を消して、残されるなんて絶対に嫌でしょう?」
 優輝が辛うじて頷くのを見て、征四郎はさらに畳み掛ける。
「ならば、2人で生きていける明日を、どうか諦めないでください!」
 そしてオリヴィエが静かに問う。
「なぁ、あんたが『守りたい』のは、彼女の『存在』だけなのか?」
 オリヴィエから放たれた思わぬ言葉に、優輝はきょとんとする。
「彼女の心や想いを優しいと、美しいと感じる。けどよ。その言葉と、これからあんたがやろうとしてることは、ひどく矛盾してる。もっと言うとだな、それは彼女に『どんな形であっても、ただ在ってほしい』という『あんたの自己満足』を押し付けてるだけだ」
 オリヴィエの言葉は、優輝の中にあった醜い感情を暴き、優輝自身に直視させるものだった。
 オリヴィエに指摘され、初めてその感情に気付いた優輝が動揺するが、久朗は決定的な言葉を優輝につきつける。
「残されることが嫌だとわかっていて、どうして自分の命を差し出したら『彼女』が幸せになれるなんて思えるんだ?」
 久朗の言葉は、優輝の心に深く突き刺さり、言い訳を許さなかった。
「大切だと想うために自らを犠牲にすることは必要ないはずです。お互いを想い合う絆があれば、共に生きていけるはずなのですから」
 そんな優輝にセラフィナは優しい口調で、優輝の『間違い』を指摘した。
 ようやく優輝は、自分が間違っていたと思い至る。
「そう……ですよね」
 命を賭して何かを守ろうとすることと、犠牲になることは全く違う。
 久朗は。セラフィナは。征四郎は。オリヴィエは。そう優輝に訴えていたのだ。
「ごめんなさい。僕が間違っていました」
 素直に過ちを認めた優輝に、4人の気配が穏やかになる。
 そんな時、シャレークの説得を担当していた仲間から緊急無線が入り、4人の顔に緊張が走る。
「戦闘を開始したそうです。マツギにも来てほしいのです」
 征四郎の言葉に優輝は頷いた。
「行きます。彼女を救うために。ですが……」
 顔色は悪く、この先にあるであろう戦場を優輝は怖がっていたが、同時に勇気を振り絞って前に進もうとしていた。
「怖い事は俺達が引き受ける。あんたはシャレークを取り戻す事だけを考えろ」
 そんな優輝に向け、オリヴィエが無愛想な口調ながらフォローすると約束し、優輝の顔色が少し戻る。 
「はい。僕は彼女を、シャレークを救いに行きます」
 『彼女』の間違った『願い』を正し、『彼女』を取り戻すために。
 そして彼らは優輝とその幻想蝶と共に、彼の『英雄』のもとへ向かう。
 その間にも、敵意がないことを示しながら、リュカは穏やかな笑みを『愚神』ことラカオスに向け、菊次郎と共に知るべきことを尋ねていた。
「制約は、ただの言葉です。『彼女』は素直ですから『それはしてはいけません』と言えば、従いました。それにあの場では、あの少年のご家族を安心させ、彼女を受け入れさせるための言葉が必要でしたから」
 あっさりと『愚神』は、制約はただの言葉とリュカ達に暴露したが、菊次郎は油断なくラカオスの挙動を見つめている。
 本当にそれだけなのでしょうか?
「あなたの正体にも興味がありますが一つ。人間と愚神達の間で均衡は成り立つと思いますか? 双方に取って不本意では有るが、許容可能な状態は存在し得るかという事です」
「『共存が可能か』というお話でしたら、既に私達との間では様々な形で可能になりつつあります」
 菊次郎からの問いに対し、ラカオスは軽い口調で恐るべき言葉を口にした。
 構図や規模は不明ながら、少なくともラカオスの名乗る集団の愚神達は、人間達との間で共存関係を構築しようとしている。そう菊次郎に告げていた。
「具体的には、どのようなものでしょうか?」
「いずれ皆様の前に示されます。そして貴方からの残りの質問への回答ですが。グリスプという存在でしたら、いずれ現れます。貴方の瞳と同じ瞳を持つ愚神につきましては、申し訳ありませんが、私は存じません」
 菊次郎からの一連の問いにラカオスはそう答え、頭を下げた。
「俺からもいいかな? 今回、結果的に人助けをした件だけど。それは気まぐれなのかな? それとも何かの目的を達成するため?」
 リュカからの問いに、ラカオスはくせのある微笑を浮かべて答えた。
「『私』に気まぐれや目的を抱く資格などありませんよ」
 奇妙な言い回しにリュカも菊次郎も『何かがおかしい』と疑念を抱くが、構わずにラカオスは告げた。
「今回は来て下さった御礼として、後ほど皆様宛に私どもが所属する集団の名刺を送りましょう。何の変哲もないただの紙ですが、どうぞご随意にご処分下さい」
 やがてリュカ達のもとにも、無線で報せが飛び込んできた。
「歓談はここまでです。『彼女』のもとへ急ぎましょう」
 ラカオスの言葉と共に、周囲の木々の影から銀髪と同じ色に近い肌、真紅の瞳を持つ巨漢、ループスという名の愚神が姿を見せた。
 その頃、森の中の空間に形成された戦場では、テミスが無線を介し仲間達に現状を逐次報告する中、既に共鳴化した央と、アストリアと共鳴化した刑次、花道との共鳴で歴戦の兵のような風格を得た良咲、N・Kと共鳴化した鈴音がシャレークの攻撃を防いでいた。
 シャレークの槍は素人ではない動きだったが、エージェント達から見れば、ひどく緩慢で容易に対処する事ができるものだった。その間にも央は鷹の目を発動し、周囲からの不意打ちに備える中、刑次、良咲、鈴音はシャレークが英雄であるか否かを識別できる仲間の到着の時間を稼ぐ。
 そして稼いだ貴重な時間の中、少年こと真継優輝を伴った仲間達が合流を果たす。
「本当に奇怪な連中だったな。何かわかったか」
 巨漢にリュカと一緒に運ばれてきた菊次郎へ向け、テミスがそう尋ねる。
 菊次郎たちをこの場へ運んだ巨漢は、ラカオスと共に既にこの場から姿を消している。
「ええ、色々と。恐らく今回の一件は、あの連中からの『挨拶』といったところでしょうか」
 菊次郎は冷静に相手の意図を見抜いていた。
 その間にも戦場では共鳴し、髪の色を白銀に、右目を幻想的に煌めく緑色に変え、白い外套を纏った久朗からシャレークに向けて審判の光が放たれる。
 久朗からの光をまともに受けたシャレークだったが、光が消えても彼女は無傷で、久朗は自分に返ってきた感触を確認して仲間達に報告する。
「シャレークは英雄だ」
 その言葉に央と、合流後ガルーと共鳴し凛々しい雰囲気の青年の姿となった征四郎が一気にシャレークとの間合を詰める。
 まず征四郎がブラッディランスを繰り出しシャレークの槍を跳ね上げると共に鎧の大半をはぎとり、がら空きになった胴や顔部分を、央の太刀が淡い光と共にきらきらと舞って、鎧部分だけを斬り捨てる。
 鎧の中から現れたシャレークは、桃色の髪に緑色の瞳を持ち、仔鹿を思わせる可愛い少女の姿をしていた。
 そんな時、彼女が守ろうとした少年、優輝がエージェント達に守られながら彼女の前に現れた。


「改めて名乗るよ。僕は真継優輝。シャレーク。君と会って、お互い名前を呼びあい、話をしたいとずっと思っていた」
「『愚神』としてのお前は俺達が今斬って捨てた。お前は『英雄』として、今一度、彼と言葉を交わせ」
 央はそう言い残して下がり、優輝が前に進む。
 そんな優輝に彼女は怯えるように後ずさりする。
「お願いだ、シャレーク。僕のために消えるなんて事をしないでくれ。それは『間違い』なんだ。僕も間違っていた。それをこの人達が教えてくれた」
 シャレークは首をぶんぶんと横に振って、央の言葉と優輝を拒絶する。
「どうして」
 困惑する優輝に代わり、テミスから事情を聞いた菊次郎がシャレークに問いかける。
「貴方が大切に思う者がずっと誰かに迫害されると、まだ思っているからですか?」
 シャレークは俯いて、小さく『うん』と呟いた。
「シャレーク。……確かに、おたくの言う通りかもしれない」
 シャレークは刑次の言葉に、無言で唇をかみしめる。
 それは事実だろう。今後も迫害されないという保証はできない。
「けどな、『それでもいいんだ』」
 俯いていたシャレークが、続く刑次の言葉に慌てて顔を上げた。
「えっ……?」
 刑次は彼女の頭に手を載せる。
 うん、おたくは本当に可愛くて、健気な存在だ。でも間が抜けていて、大切な事を忘れている。
「彼、真継優輝という人間も。俺達も。そんな事はわかっていて、おたくという存在が大切なんだ。『そんな事』よりも、おたくが辛い目に遭ったり、消えてしまうほうが、ずっと辛いんだ。うんまあ、これは彼の言い分を代弁しただけ」
 刑次はそうおどけてみせたが、言葉に嘘偽りはない。
 シャレークは緑の瞳を見開き、呆然としていた。
 うん、間が抜けているとリュカは思う。
 シャレーク。この世界は。俺達は。真継優輝は。君が考えている以上に、君を大切に思っている。
 優輝はシャレークの両肩を握り締め、叫んでいた。
「僕が言える立場じゃないけど、君はこの人達や僕の事を見誤っている! 君の事を迷惑に思ったり、憎んだりするほど、この人達や僕は弱くない!」
「誰かに憎まれることは辛い事だよ!? 貴方はずっとそうだったじゃない!」
「そうだったとしても、君を大切に思う事はそれ以上に素晴らしい事なんだ!」
 久朗、セラフィナ、オリヴィエ、征四郎によって正しく導かれた優輝の意志の前に、今度こそシャレークは抵抗を止めた。
「H.O.P.E.に来ない? 英雄と一緒にできる小さな仕事とかもあるし。どう?」
「お互いに大事な人はまだ若い子。だからこそ、2人とも心も体も今よりもっと強く成長できると思うの。お互い時に辛くても、一緒に考えて、乗り越えてゆく事が、お互いをずっと大事にするってことだと思うわ」
 鈴音とN・Kがそれぞれの手をシャレークや優輝に差し伸べ、この世界とH.O.P.E.が2人を迎え入れる意志を示す。
「エージェントを目指してみてはどう? みんなと一緒にいたほうが、幸せで、楽しいんじゃないかな?」
 共鳴化を解いた良咲も2人に向け手を差し伸べる。
 シャレークは茫然と、ここに集った全員の顔を一人一人見渡していく。
 恐る恐る。おっかなびっくり、期待をこめて。優輝やエージェント達を見つめていた。
「……いて、いいの?」
 いいよ。
 いいとも。
「いいんじゃないですか」
 事態を見守っていた菊次郎もそっけなく同意の言葉を告げる。
 表現の違いはあれど、この場で異を唱える者などいなかった。
「僕もH.O.P.E.に行く。僕は君にこれからも一緒にいてほしいんだ」
 優輝がシャレークの手を握り締める。
「……ありが……」
 シャレークから嗚咽が漏れた。
 優輝の胸にシャレークが飛び込み、優輝はシャレークを優しくその手で包む。
 覚悟した結末は、もう見えない。
 これからは、行く先もわからぬ未来を手探りで歩かねばならない。
 それでも。転ばずに進むことは出来なくとも、手を貸してくれる人達が。この世界が、今こうしてここにいるのだから。
 せめて、この人達を、この世界を大切にしよう。
「お互いに一人でなんとかしようとか、もうダメよ?」
 せっかく、大切に思ってくれているのだからと、N・Kは優しく2人に助言する。
「美しいですね、君の英雄は」
 その心に宿す意志も含めて。
 共鳴化を解いた央の言葉に優輝は『はい』と頷く。
「僕からも皆さんにお礼を言わせて下さい。ありがとうございました」
 シャレークを包みながら、優輝は周囲にいるエージェント達、1人1人に向けて頭を下げる。
 そしてエージェント達の指導の下、幻想蝶と能力者である優輝の魂が抱く、この世界との繋がりを持つライヴスを駆使し、シャレークとのライヴスの流れを正し、初めて2人の意志で『誓約』はなされた。
 『決して自分を犠牲にせず、大切な存在を共に力を合わせて守り抜く』と文言を正して。
「もう衝動は消えたよね?」
「はい。もう大丈夫です」
 鈴音の問いにシャレークは頷き、初めて嬉しそうな笑顔を見せた。

● 
「「よ、よろしくお願いします」」
 優輝とシャレークが、自分達の間違いを正し救ってくれた恩人であり、先輩でもある皆様に向け、揃って頭を下げる。
 皆様の差し出された手をとった優輝達は、H.O.P.E.に所属するエージェントとなる道を選び、様々な手続きや試験等を経て、後日正式にH.O.P.E.所属のエージェントになる事ができた。
 またH.O.P.E.の様々な検査の結果、シャレークはバトルメディックの資質がある事が判明する。
 今は新人の身ではあるものの、経験を積み重ねたら貴重な回復役となり、皆様の様々な活動を支えることもできるようになるだろう。
 そしていつか、かつての自分達のような人達を救う事も2人が共にいれば出来るはずだ。
 傷つくことをいとわず、自分達の思い違いを正し、救ってくれた皆様のように。
 なお優輝の姉はシャレークに対し、今まで化物扱いした事を心から謝罪し彼女を『家族』として受け入れた。
 そのシャレークが実は食欲旺盛で、直継家の家計における食費が異常に跳ね上がったり、様々な出来事が発生するのだが、それは別の話。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 此処から"物語"を紡ぐ
    真壁 久朗aa0032
    機械|24才|男性|防御
  • 告解の聴罪者
    セラフィナaa0032hero001
    英雄|14才|?|バト
  • エージェント
    帯刀 刑次aa0055
    人間|40才|男性|命中
  • エージェント
    アストリアaa0055hero001
    英雄|10才|女性|ドレ
  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 仄かに咲く『桂花』
    オリヴィエ・オドランaa0068hero001
    英雄|13才|男性|ジャ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 優しき『毒』
    ガルー・A・Aaa0076hero001
    英雄|33才|男性|バト
  • 愚神を追う者
    石井 菊次郎aa0866
    人間|25才|男性|命中
  • パスファインダー
    テミスaa0866hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
  • 高校生ヒロイン
    早瀬 鈴音aa0885
    人間|18才|女性|生命
  • ふわふわお姉さん
    N・Kaa0885hero001
    英雄|24才|女性|バト
  • 楽天家
    片桐・良咲aa1000
    人間|21才|女性|回避
  • ゴーストバスター
    尾形・花道aa1000hero001
    英雄|34才|男性|ジャ
  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445
    人間|25才|男性|回避
  • 奇稲田姫
    マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001
    英雄|26才|女性|シャド
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