本部

黒のてるてる坊主

師走さるる

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
9人 / 6~10人
英雄
9人 / 0~10人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2015/12/04 20:34

掲示板

オープニング

 今日も雨が降っている。ぽっかりと空いているだけの穴から入り込んだ雨音は、ざあざあとコンクリートの壁に反響した。
 解体作業が中断され、本来なら誰もいないはずのビルから濡れた町並みを見下ろす少女は、オルゴールのように儚くも可愛らしい声でふんふんと鼻歌を歌っていた。歌が終わると辺りはまた雨音に包まれる。
「……これで明日も雨になるかな」
 白い三つ編み、淡い水色のワンピース、宝石のような丸く赤い瞳。十歳程に見える少女らしいささやかな願い事だ。
 しかしその背後には赤黒い布が天井からぶらりと下がっていた。丸く形作られたすぐ下はきゅっと縄で絞られて、残りの布はひらひらとスカートのように広がっている。それは1メートル程もあり、お手製のてるてる坊主と言うには随分と大きい。そんな不気味なものが四体、仲良く並んでいる。
 彼らは時折雨音と共に入り込んだ風でぎしり、ぎしりと軋んで揺れ、生臭さを振り撒いていた……。

「ここ数日、S市内で連続して四件もの殺人事件が起こっています」
 H.O.P.E.職員が目の前のエージェント達に静かに告げた。四件もの連続殺人。それだけでも異常なのに職員は更に続ける。
「見付かった遺体は全て体だけ……すなわち、頭部は一つも見つかっていません」
 資料としてすっと出された四枚の写真。目を背ける者もいたが見てしまったエージェントは、説明通りの姿に言葉を失った。
 そして昨日新たに、この写真の一人と同じ服装をした人物が大きな布に包まれてもがいていた、と言う目撃証言が出てきたらしい。夜の事だったので、目撃者も酔っ払いがふざけていたのかと思い通り過ぎてしまったそうだが、地元の警察はそれが従魔であったのではないかとH.O.P.E.に助けを求めてきた。
 もしそうでなくとも遺体の頭部だけを持っていくような人物だ、犯人は相当頭がおかしいに違いない。身体能力の高いリンカーに任せてしまいたいのだろう。
「市内の取り壊し中のビルからプリセンサーの反応がありました。また、周囲の住民から異臭がするとの通報もあり、そこに犯人の従魔や愚神が潜んでいると可能性が高いと思われます。見つけ次第退治してください」

解説

場所は解体中のビルのようです。
六階以上が既に取り壊されて、五階以下は作業中との事。電気が通っていなかったりところどころ壊れていたりしますが、五階までは階段で辿り着けそうです。
このところ雨が降り続き、解体作業は完全にストップしていますので中に人はいません。
また、どうせ取り壊す予定ですから戦いで多少壊してしまっても構わないでしょう。しかし、ビルそのものを倒すほどとなると周囲に迷惑が掛かるかもしれません。

敵は血に塗れた赤黒いてるてる坊主の従魔(ミーレス級)四体、少女の姿をした愚神(デクリオ級)一体。
てるてる坊主は1メートル程の大きさで、攻撃方法は体当たり。または布を広げて一人の頭を包み(バッドステータス:拘束)、首をねじ切ろうとしてきます。
少女はてるてる坊主の後ろから銃で攻撃しようとしたり、リンカー達の命中や回避を下げるスキルを使用してきます。
可愛らしい姿をしていますが相手は愚神、躊躇うと遠慮なく攻撃されるでしょう。

遺体の頭部はどこに行ったのか、想像はつくと思いますが……傷ついた頭部より少しでも顔が判別できる方が、弔う遺族も報われるでしょう。

リプレイ

●雨が降る
「……ゲスの臭いがする」
 これから踏み込まんとするビルを見上げ、無表情のままシャルティ(aa1098hero001)が呟いた。
 今日もS市では雨が降っている。愚神の望み通りの結果だ。だが、犠牲者四人の命はそんな事の為に存在していた訳ではない。
 残酷な事件の説明を受けた時から震えている豊浜 捺美(aa1098)の肩を、シャルティがそっと支えた。
「私は大丈夫だから……ねっ、力を貸してくれる?」
「……んっ、分かった」
 そうシャルティが頷いた時、ふと木霊・C・リュカ(aa0068)の真っ白な掌にひたりと雨粒が触れた。雫はそこから地面へと流れ落ちていく。
「雨は空の人が泣いた涙ってよく言うけれど、本当にそうなのかもね。……この時期の雨は、冷たいなぁ」
 アルビノであるリュカは視力が弱く、一人で自由に歩く事もできない。その上苦手な血の臭いが微かながらするともなれば、オリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)の介助なしではここに立ってもいられなかった。彼がようやく辿り着いたその場所には、見知った顔が数名いる。
 紫 征四郎(aa0076)もその一人であった。辛い過去を物語るような一線の傷を持っていたとて、心は捺美と同じただの少女。いや、それ以上に幼い彼女は自己暗示のように繰り返す。
「怖くない、怖くない……」
 ガルー・A・A(aa0076hero001)は心配そうな瞳を向けるが、決して手は貸す事はできなかった。ガルーにとって彼女は甘やかしたり庇護するべき子供ではない。歴とした相棒だ。
 そんな小さな征四郎の声を掻き消すように、アリス・ドリームイーター(aa1416hero001)の楽しそうな歌声が響いた。
「あーたまーのとーれたお人形さん♪ だーれ? だーれ? とったのだーれ? きゃはははっ! ねー芽衣、今日の依頼は楽しいわね!」
 けれど、契約者の北里芽衣(aa1416)としてはとても褒められたものではなくて。
「……楽しくないよ、また喧嘩したい? アリス」
 頭部だけをもぎ取られる殺人事件なんて楽しく思えるはずがない。むぅと少し怒った表情を見せると、アリスは本気で何故かわからないと困惑する。
「えっ。なによぅ芽衣、なにを怒ったのよぅ」
「知らない。後で言うね」
 少女達の無邪気で素直な言葉が飛び交う一方、雁間 恭一(aa1168)とマリオン(aa1168hero001)の二人組も素直に、ただ思った事を口にした。
「メキシコから来た同僚は死体を切り刻んで吊るすのが好きだったが……それよりは上品だな」
「里が知れるぞ雁間。布地に包んで中身を想像させると言うのは中々高等戦術だぞ? 血染めの袋詰めは殺した捕虜を送り返す時にはよく使ったものだ……」
 ただし、二人の思った事は一般人にとって少しばかり刺激的なお話だ。
 ふと周りを見回せば仲間達がこちらを見ている。どういった思いでその視線が向けられているかは頭を割って覗く訳にもいかないのでわからないが、一先ず恭一の目に入ったのはそんな血生臭い話とは無縁そうな少女達だった。きらりんと瞳が輝いているのは勿論、アリスだけである。
「……あー、こいつは許しがたい犯罪だ」
「ん? ああ、全く許せんな。人には尊厳と言うものがある。死体をこの様に扱って良いはずが無い」
 白々しい取り繕いが何とも言えない。その時、ふぉふぉふぉふぉと空気を和ませるような老人の笑い声が聞こえた。
「雨とはまた辛気臭いのぉわしは晴れておる方が……ごっふぉ!!」
 否、和むのではなくぶち壊された。開幕早々、獣臓(aa1696)の頬に捻じ込まれた右拳。美しいメイド、キュキィ(aa1696hero001)からの華麗なる贈り物だった。かつて依頼中、従魔より先に英雄からぶん殴られるリンカーがいただろうか。……いたかもしれない。
「きゅきぃよ……わしまだ何も言ってないのじゃが」
「旦那様お仕事の時間にございます」
 そう言ってキュキィはぺこりと頭は下げるものの、それは獣臓への敬意なのか仲間達への謝罪なのか。
(まったくうちのメイドは近頃くちうるs……)
「ぶふぉっ!!」
 このお爺ちゃんってば、まあ懲りないものだ。と言うか何故共鳴もしていないのにその想いが伝わってしまったのか。
 再び拳を打ち込まれた獣臓はぐったりとして、今度はぴくりとも起き上がらない。
「そ、それって、大丈夫なのかな? お兄さん心配なんだけど……」
 リュカが倒れてしまいそうなほど蒼い顔で訊ねると、ズリ、と引き摺っていた音が止む。獣臓の首根っこを掴んでいたキュキィの冷静な顔が仲間達の方を向いた。
「こういったダメージは次のコマでは綺麗さっぱりなくなっているのがお約束でございます」
 ※時と場合とMSによります。

●侵入
 足を踏み入れたビルの中はがらんどうとしていた。下の階は手がつけられていないようで、ゴミや少しの機材が転がってはいるものの、雨が入り込む程ではない。
 しかし電気の通っていない空間は暗く、視界が悪かった。御神 恭也(aa0127)は獣臓に借りたヘッドライトで辺りを照らし、鋭い目つきを更にキツくして周囲を確かめながら進む。
 愚神と従魔がいる階は、他の者達のおかげで事前に調べが付いていた。向かい側のビルから見た、壊れかけの五階。暗い為にぼんやりとだが、そこに四つの赤黒い何かと幼い少女……愚神がいたそうだ。
『全く、人間をあんな風に扱うなんて許せないよ!』
 最期には黄泉より人間を呪った一柱と同じ名前を持ちながらも、伊邪那美(aa0127hero001)はそう言ってぷんぷんと怒っていた。神世七代の一柱らしいと言うのはあくまで本人談であり、英雄というものは記憶もあやふやであるから恭也は何も突っ込まない。ただ、気持ちは同じだった。
『同じような仲間がいて良かったな』
 稍乃 チカ(aa0046hero001)の言葉に邦衛 八宏(aa0046)がこくりと頷く。
 葬儀屋をしている八宏は幾度も人の死を見てきた。しかし体だけの遺体を見る事はそう多くはない。何らかの事故で失う事もあるため、必ずしも五体満足とはいかないが……今回に関しては理由が違う。愚神の元に頭部があるのならば奪い返し、少しでも生きていた頃のままの姿で遺族に返したいと思っている。
「罠は……なさそうですね」
『そこまで頭の回る敵ではないようだな』
 石井 菊次郎(aa0866)も辺りを見回すが、特にそう言ったものはなさそうだ。共鳴したテミス(aa0866hero001)の声がラジエルの書より発せられる。
 無事に三階まで上って来ると少し脆い部分が増えてきた。寄り掛かったり、うっかり踏むと崩れるかもしれない。だが危険な場所も事前に解体業者から聞いている。明かりを持った上で警戒を怠らずにいれば、問題はなさそうだった。
「まあ、慢心はせず静かにいくとするかのう」
「ちょっとこの辺は気を付けた方が良さそうだもんね」
 ビルの前では震えていた捺美が弾んだ声でそう言った。共鳴してからはすっかりと明るくなって、崩れそうな場所もひょいと飛び越える。
 そして四階まで来ると……エージェントの数人は、鼻と口を押さえた。上の階から来たものだろう。悪臭がはっきりと漂ってきたからだ。

●雨乞い少女と黒のてるてる坊主
 五階に辿り着き、息を潜めたエージェント達の耳に、ぎしり、ぎしり、と軋むような音が聞こえてくる。生臭さも一層濃くなって、気を抜けば胃から酸っぱい物がこみ上げてきそうだった。
 瓦礫の陰からそっと覗きこみ、その光景を確認する。
 所々削られている中、残った天井部分から赤黒い布の塊がぶら下がっていた。丸い頭の下は縄で縛られ、そこからひらひらと広がる裾。雨が酷くなった時にでも濡れたのか、その下にはぽたり、ぽたりと雫が落ちて赤い水溜りが出来ている。
『……血が滴っているけど、あの頭の部分ってやっぱり』
「恐らくそうだろうな……」
 それを見た伊邪那美の言葉に恭也は小さく同意した。
 恐らくその膨らみに、殺された人達の頭部が詰まっている。
 正面から見れば鍵型のその人形。作った事のある者も多いだろう、てるてる坊主だ。尤も、こんな胸糞の悪いものではなかったろうが。
「なるほど、首を断てば雨となるのは童謡の通りですね」
『そうなのか? まあ、雨乞いに人柱は付き物だが悪趣味だな』
「全く……しかし愚神とあらば確かめねば成りません。それがどれ程悍ましい精神をしていようとです」
 す、と端を持ち上げてサングラスの位置を直す菊次郎。その奥の瞳が見つめる、幼い白い三つ編みの少女。
 何を確かめるかなど、テミスにはもはや説明不要だった。いつもの事だ。
 エージェント達はお互いに顔を見合わせ、準備を確かめる。
 そっと瓦礫から出た瞬間――てるてる坊主の縄がしゅるしゅると天井から離れていった。
 中身すら見えないほど赤黒く染まったてるてる坊主の頭。どっちが表かなんてわからないが、そもそもぶらぶらと揺られているのなら、向く方角など風の気まぐれだ。
 愚神の少女もくるりと振り向いて、赤い瞳でこちらを見つめる。
「雨の音、聞こえなくなっちゃう。早く済ませなきゃ」
 カチャリ。と銃を構えた。
「ナツミちゃんの相手はあなたかな?」
 気付かれたのなら戦うまで。始めから倒す事は決まっているのだ。
 最初に飛び込んだのは捺美だった。てるてる坊主の一体に縫止でライヴスの針を打ち込むと、追撃するように素早く発砲音が響く。ぽっかりと空いたその穴からは毒がじわりと広がっていった。
「……返して、頂きます……彼らは、貴女の道具ではありません」
(あ、これマジでイラついてらぁ。いつもと顔変わってねぇけど)
 チカがひっそりとそう考える中、続いて征四郎が駆け出した。
『良いか征四郎。こんなので怯む奴を俺様は相棒とは認めねぇ』
「……わかってますよ! 征四郎は怖くなどない!」
 直線上にいたてるてる坊主の体をブラッドオペレートで切り裂く。頭は駄目だ。それ以外の布だけを狙った。
「こっちだって……当ててやるんだから!」
 攻撃されてばかりの従魔達に業を煮やし、そう叫んだ愚神の銃口は捺美に向けられる。その銃弾は細い足にピッと赤い一線を描いた。
「ナツミ……!」
「っ! こ、こんなの全然平気だよー!」
 征四郎に返した通り痛みは大した事がなかったが、弾に籠められたライヴスの所為か足の動きが重く感じられる。
 今度は恭一がリンクコントロールをして、一番近くのてるてる坊主をざっくりと斬りつけた。
「アリス、あの布だけ狙って」
『残念ねえ、素敵な飾りつけだったのに』
「怒るよ?」
『怒らないでー! やるわよもう芽衣のばかー! 吹きなさい、ゴーストウィンド!!』
 芽衣と共鳴したアリスがそう唱えると、てるてる坊主達に向かって不浄の風が吹き荒れる。たった数秒の風。それなのにてるてる坊主達の靡きが止まると、二体の布がボロボロに劣化していた。そこに獣臓がライオンハートを振り回してやって来る。
「おぅおぅ可憐なじょーちゃんじゃねぇか! お天道様の下もっとまっとうな場所で会いたかったぜぇ」
 キュキィに殴られていたあの呑気そうな老人は何処へ行ったのだろう。怒りの所為か獣臓が本来持っているものなのか、その気迫に愚神が小さく揺れた。
「てるてるちゃん達の相手をしてからじょーちゃんだな」
 くっと片眉を上げてはっきりとした言葉を愚神に向けた後、思い切りてるてる坊主の体を貫く。
 だが従魔側も黙って殺られるはずがない。目の前にいる敵に体当たりを仕掛ける。動きが鈍っていた捺美に向けられた攻撃だったが、進路にぱあん! と銃を撃ち込まれた事で失敗に終わった。リュカの威嚇射撃だ。
 次のてるてる坊主が体当たりを仕掛けたのは征四郎だった。どん! とぶつかる重い衝動を盾で受け止める。
 そしてもう一体……それだけは、真っ直ぐぶつかって来るのではなかった。がばっと布を広げて恭一の上に被さろうとしてくる。そのまま包みこみ、首を締め上げるつもりだろう。
『この動き……内側から缶切りをして見るか?』
「頭は傷付けるなよ、マリオン。またお叱りを受けるぞ」
 咄嗟に恭一はシルフィードの峰を顔に当てた。ぎゅううっと引き千切ろうとした力が刃まで巻き込んで、逆にてるてる坊主自身の布をビリビリと傷つけていく。しかしふと、恭一にひたりと冷たいものが当たった。
 それが何なのか。
 恭一には安易に想像がつく。
 だが絶対ではない。睨みつける様にしてそれを確認する。

 濁ったような瞳がこちらを見ていた。

 取り敢えず確認はそれで終いだ。まだ自由な片手で髪を掴んで確保する。死者からの一方的な冷たい眼差しは、残りの布が裂けるまで辛抱すれば良い。
「如何丁重に扱おうとしても片手じゃこうするしかねえ……」
『単に放って置けば良かろうに』
 びり……! びりり……! とうとう布が破けて恭一は頭部と共に床に倒れ込んだ。
 その間に恭也が怒涛の勢いで周囲のてるてる坊主達を薙ぐ。それぞれの布が深く破かれていく中、一体の従魔が力尽き、残った布ごと頭部がまた解放された。
「胴体から頭部を切り離せばいいじゃない。というわけでやってみよー」
 続けて底抜けに明るい声がひゅんっと大鎌を振り回す。てるてる坊主の頭と胴の境がすっぱりと刈り取られて、更に一体の頭部と布切れがごとりと床に落ちていく。
「首チョンパー!!」
 こうして次々と倒され、頭部が救出されていった今、残るてるてる坊主は一体になっていた。八宏はライフルから手を離し、村正を持つ。そして芽衣のゴーストウィンドで脆くなっていたその残りの一体に掴みかかり、手早く縄を切りにかかった。
「………」
『悪りぃな、二度と悪さ出来ねぇようにぼろクズにしてやる、って相棒が言いたげだからよ!』
「くっ……一旦退が」
「失礼ですがそれは感心しませんね」
 退がって。そう愚神が命令し切る前に、菊次郎が彼女を呼び止める。
「雨を乞うのに首を断ち祀るのは正しいのですが……それは間違って居ます」
「正しいやり方……?」
 ぴたりと動きを止めて興味を示した愚神に、菊次郎はすっとサングラスをずらして瞳を見せる。
「そうですね……この瞳と同じ瞳の愚神について知っている事をお話し頂けたら教えます」
「……ただの紫色なら見た事ある。でも、そんな金色の縁があるの、見た事ない」
 まあ、そう簡単には見つかるはずもない。そうですか、とサングラスを元に戻すと、落ち着いた声で愚神へと返した。
「雨を乞うならてるてる坊主の顔を隠しては成りません。晴れてしまいます。折角御身の手助けをしている彼等を邪魔召されるな……お相手ならここに居ます」
「っ!」
 彼等――そう示された八宏に視線を向けると、最後の一体は既に倒されていた。

 残されたのは愚神の少女ただ一人。
「皆、目を瞑って……!」
 リュカがそう叫ぶと、カッと眩しい閃光弾が愚神に放たれる。怯んだ愚神に征四郎が向かっていった。
『躊躇うなよ!』
 ガルーの声が響く。当然だ。確かに征四郎は震えていた。否、今だって救出された遺体の顔を見れば彼らの恐怖が伝わって来る。
 それでも、どうしてこんなことをしたのか。
 なんでこんな死に方をしなくちゃいけなかったのか。
「私はあなたのこと、許しません……っ!」
 征四郎には理解できないし、その愚神を許す事など出来ない。
 真っ直ぐに向けられた攻撃に、愚神は小さく唸り血を噴き出す。しかし目の前にやって来た敵をみすみす逃す訳にもいかなかった。まだ眩んだ視界。狙えるなら、彼女だけだ。
「……誰なら許せるの? 許せる人がいないなら、許しをもらう必要なんてないでしょ?」
 子供らしいクソッたれな我儘で、征四郎が撃ち抜かれる。てるてる坊主達を失って不満そうな顔をしていた愚神がにこりと笑った。
 けれどすぐに、その表情は焦りへと変わる。
「お相手はここに居るといったでしょう」
 ウィザードセンスで力を溜めていた菊次郎が放ったリーサルダーク。強い魔力の闇に呑まれた愚神は耳障りな悲鳴をあげてから、ふっと意識を失う。
 その隙に恭一が有りっ丈の力を込めて畳み掛けてきた。
「済まねえが、雨は続かねえぞ。全部逆の逆にしちまったからな」
『この片刃……試しに使ったが中々良いな』
 大量の血の代わりにハッと意識を取り戻しても、次には獣臓の攻撃がやってくる。
「じょーちゃん、俺の相手してくれよ」
「――っ!」
「てめぇの目的は知らねぇがてるてるちゃんを返してやんな」
 もう二度と愚神に彼らの首が渡らぬよう、その手を深く貫く。
 恭也もそれに続こうと愚神の元へと駆ける。だが幼い少女の姿に、恭也の中の伊邪那美が躊躇っていた。
『ちょ、ちょっと相手は小さな女の子なんだよ!?』
「ああ……そして、あの悪趣味なてるてる坊主を作った張本人でもある」
『で、でも……』
「気持ちを切り替えろ。こいつを放置すれば新たな被害者が出るだけだ。……咎は俺が引き受ける。だから、お前が気にするな」
 とうとう詰め寄って来た恭也に、愚神はざり、と後退りする。もう殆ど生命力は残されていない。従魔もいない。残された道はただ一つだ。
「答えは期待しないが、お前が雨を求む理由はなんだ?」
「雨に染まる町も、雨の音も、綺麗でしょ?」
「これだから善悪の付かないガキは嫌いだ」
 ちっと舌打ちして悪態を吐く恭也に、愚神の少女も冷たく吐き捨てる。
「私も、よくわかんない人間、嫌い」
 そう答える愚神は、だからこそ平然と人間の頭を雨を降らせる人形に詰められたのだ。
 容赦の必要がさっぱりと無くなった恭也は、最後まで気を抜かぬよう愚神に猛攻撃を仕掛ける。
「今日は良い天気だねー。たしかに雨もいいけどさー天気が変わらないってつまらないよね」
 そんな中、ふと愚神の背後から呑気な声が聞こえた。頼りにしていた逃げ場も塞がれて、愚神はただ赤い瞳でにこにこと笑う忍の少女を捉える。
「もし天気を自在にできるならさパーッといこうよパーッと」
「……」
「太陽は好きだけどそうじゃなくてさー。普通じゃできないことやろうよ! 例えばオーロラ!!」
 無言に徹してはいたが、それでも続く声に嫌気が差した。もっと冷たくて、可愛らしくて、残酷な音色が好きなのに、この声は酷く明るくて騒がしい。それでもってしつこい。募った苛立ちぶつける様に、愚神が叫んだ。
「私は雨が好きなの、そんなのいらな――」
 その瞬間、リュカの放った銃声が彼女の声を遮った。
 それが最期の一撃だった。
『……、諦めろ。この後の降水確率は10%だ。止まない雨は、存在しない』
 どさりと少女が倒れる姿を前にして、捺美はにこっと笑う。
「あんな趣味悪いてるてる坊主の方がいらないんじゃないかな?」

●在るべき場所へ
 黒のてるてる坊主がいなくなってもすぐに雨はあがらない。さあさあと漏れ入る雨粒を避けるよう、コンクリートの天井が残る場所に頭部が集められていた。葬儀屋である八宏はどうしても放っておけなかったのか、従魔を倒しきった後に急ぎ回収していたのだ。
 血に塗れ、髪の張り付いた一人の頭に触れる。その時、八宏の背後から数人分の影が差した。
「綺麗にしてやるんだろ。俺様達も手伝うぜ」
「ん」
「……俺も手伝おう」
 ガルーとオリヴィエ、それに恭也だ。考える事は皆同じらしい、三人とも一様に八宏に清める手伝いを申し出る。八宏がその温かな言葉を断る理由はなかった。
 しかしふとガルーが並んだ頭部を見て首を傾げる。八宏が集めた頭部は三つだ。一つ足りない。
「あと一つはどうしたんだ?」
 そこにそろりと近付いて来る芽衣。ガルーと共に進んでやってきたオリヴィエは兎も角、彼女はアリスの残酷な歌にも機嫌を損ねていた普通の少女だ。この頭部達に近付けて良いものか。恭也なりに気を使い、遠ざけようと忠告した。
「此方には来るな……」
「あの、でも……この人」
 そう言って小さな手が差し出したのは箱に入った頭部だった。保冷剤も入っており、布や綿に綺麗に包まれている。彼女もまた遺体の頭を保護し、出来る限り綺麗に返せたらと思った一人だった。
「……ああ、すまない」
 かくして並んだ四つの頭部。確かに揃った彼らに手を合わせると、開かれたままだった遺体の瞼をそっと下ろす。
 ガルーを除きあまり自分から喋らない者達が集まったものだから、無駄な会話も無く頭部を洗い清める作業はすぐに終わった。
 恭也が穏やかな顔をして慰霊の経を唱えている間に、八宏にすっと保冷剤が差し出される。
「……これ。使えば」
 有難く受け取った八宏はふと数秒考え込んだ。そしてごそごそと懐を漁ると、小瓶とスマートフォンを取り出す。それは長文を話すのが苦手な八宏にとって、意思疎通を図る大切なアイテムだった。
 ぱぱぱっとフリック入力された後向けられたスマートフォンに、オリヴィエが何だろうと覗きこむ。
『保冷剤、有難う御座います。共鳴を解除されてからリュカ様の顔色が悪いようでしたので、もし血の匂いなどが苦手でしたらお礼にこちらをどうぞ。僕が普段使っている香水です。多少の誤魔化しになるかもしれません』

 英雄二人が八宏の手伝いに行った頃、彼らの契約者達もまた共にいた。
 恐怖から解放された征四郎が床にへなへなと座り込む。その姿を見て、よろりよろりと白い杖が足元を確かめながらやって来る。
「せーちゃん」
「……リュカ」
「最後まで泣かずによく頑張りました」
 頑張ったのに。そう優しく声を掛けられて、征四郎の目が熱くなって潤んでいく。
 ぎゅっと、リュカが征四郎を甘やかすように抱きしめた。それで、頑張って塞き止めていたものがぼろぼろと零れていくのは無かった事になった。リュカの服が濡れていたとすれば、それは多分雨の所為だ。彼女は強い子だから。ガルーにはそう伝えようと、リュカはただ紫の長髪を撫で続ける。
 暫くして落ち着きを取り戻した征四郎に、また一人の優しい声が掛けられた。
「征四郎ちゃん」
 顔を上げれば、そこには捺美とシャルティが立っていた。
「一緒に祈ろう」

「アリス、あの子、なんで雨を降らせたかったのかな……」
 頭部を渡して、八宏達に任せた芽衣はアリスの元へと戻っていた。
「雨が好きだからじゃないかしら?」
「それはそうだけど……」
 単純明快。だけど、芽衣の心はこの空のようにもやもやと曇っていた。
(何も聞かないで終わらせたけど、本当によかったのかな。あの子もアリスみたいに、人の気持ちや感情を知らなかっただけなのかもしれないのに)
「ねーめいー、むーってしてるけど怒ってるのー?」
「怒ってないよ。ただ、アリスとももっと理解しあいたいなって、そう思っただけ」
 そう思う者がいる一方、理解出来ない者がいるのも当然だ。
「しかし相変わらず愚神の考える事は理解しがたいな……」
 呆れたように呟くマリオンに、恭一が雨に濡れた町並みを見て思い出す。
「遠足に行きたくなかったんだろ? 俺も子供の頃法事に行きたくなくてそこの街が洪水で全滅すれば良いと思った事があったぜ? 子供の願いなんて残酷で結果と釣り合わねえもんだ」
「なるほど、愚神とは子供の様なものか……ふむ」

「さてこれで晴れるのか曇るのか……」
 テミスの疑問に菊次郎がさらりと答える。
「晴れですね」
「分かるのか?」
 その手にはスマートフォンが収まっていた。表示されているその画面には太陽のマークが踊っている。
「天気予報でさっき確認しました。誰でもわかりますよ」
 そこに恭也が傍におらず、暇を持て余した伊邪那美がとたたたっとやって来る。愚神の言っていた紫に金色の縁、という瞳が気になっていたのだ。見せて見せてとねだる無邪気な伊邪那美に、菊次郎がテミスと顔を見合わせる。そしてすっとサングラスをずらしてやった。
「ねえねえ、その不思議な瞳って、生まれつきなの?」
「ああ、カラコンです。趣味なんですよ。ところで同じカラコン他で見た事有りませんか?」
「か……からこん? って、何?」

 全てが終わり、ビルを出ると八宏は仲間達に振り向いた。
「ちゃんと皆に礼言っとけよ?無事に首が帰ってきて嬉しかったんだろ?」
 そうつんつんと小突かれながら、チカに諭されたからだ。
「……あの、皆さん……有難うございました」
「ふぉふぉふぉふぉ。全ての者が同じ願いだったじゃろう。何も礼なんぞ必要な……ふぶぉっ!」
 始まりと同じ、明るい老人の笑い声とメイドの鉄槌が他の者達の目を浚う。
「旦那様、そろそろ帰宅の時間で御座います」
「今のもわし、何も悪い事は言ってないじゃろ……ぐふっ!!」
 再びぐったりと倒れ、キュキィに首根っこ掴まれた獣臓は、果たして無事に家まで帰れるのだろうか。

 確かな事は、明日の空が晴れる事だけ。

 獣臓と違い、殆ど特別な傷がなく返ってきた四人の頭部にそれぞれの遺族達は甚く感謝していた。
 殺人事件の犯人も従魔と確定し、どの遺体の頭部かも勿論すぐに判別できた為、事件性があると保持されていた遺体は元の頭部と共に早速火葬され、家族に見守られながら墓に納められたと言う。
 その日以来、S市では頭部のない遺体は見つかっていない。
 ……尤も未来の事はわからないので、今のところは、の話だが。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 常夜より徒人を希う
    邦衛 八宏aa0046
    人間|28才|男性|命中
  • 不夜の旅路の同伴者
    稍乃 チカaa0046hero001
    英雄|17才|男性|シャド
  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 仄かに咲く『桂花』
    オリヴィエ・オドランaa0068hero001
    英雄|13才|男性|ジャ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 優しき『毒』
    ガルー・A・Aaa0076hero001
    英雄|33才|男性|バト
  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 非リアの神様
    伊邪那美aa0127hero001
    英雄|8才|女性|ドレ
  • 愚神を追う者
    石井 菊次郎aa0866
    人間|25才|男性|命中
  • パスファインダー
    テミスaa0866hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
  • つむじ風
    豊浜 捺美aa1098
    人間|16才|女性|回避
  • エージェント
    シャルティaa1098hero001
    英雄|10才|女性|シャド
  • ヴィランズ・チェイサー
    雁間 恭一aa1168
    機械|32才|男性|生命
  • 桜の花弁に触れし者
    マリオンaa1168hero001
    英雄|12才|男性|ブレ
  • 痛みをぬぐう少女
    北里芽衣aa1416
    人間|11才|女性|命中
  • 遊ぶの大好き
    アリス・ドリームイーターaa1416hero001
    英雄|11才|女性|ソフィ
  • エージェント
    獣臓aa1696
    人間|86才|男性|回避
  • エージェント
    キュキィaa1696hero001
    英雄|13才|?|シャド
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