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猫の爪から壁を守るための営業スマイル
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依頼前の挨拶スレッド
最終発言2015/11/23 05:54:32
オープニング
●猫カフェ タマらんど
「いらっしゃいませ〜」
猫カフェ タマらんどの扉を開くと、猫耳のカチューシャをつけたお姉さんがにこりと笑って出迎えてくれる。
「あの、我々はH.O.P.E.の者なんですが……」
依頼があって出向いたH.O.P.E.職員二名がそう名乗ると、女性の営業スマイルが消える。
「一週間も前に電話したのに、ずいぶん遅かったわね」
嫌味を言われ、「すみません」と職員は謝った。
依頼順ではなく、緊急性の高い問題から処理していくため、今回のようなイマーゴ級と判断できる事案は後回しになることも少なくない。
「あなたが依頼者の猫崎タマ子さんですか?」
「ええ。そうよ」
返事をしつつ、タマ子は職員を猫達が沢山居る部屋へと案内した。開店直後の時間だったためか、まだ客はいない。
「ラップ音がするというのはこの部屋ですか?」
「この部屋の、こことかよく鳴ってるわね」
タマ子は扉のすぐ脇の壁を指差した。
「従魔が猫達やスタッフの皆さんに取り憑いたら大変だ。ラップ音も、猫達が怖がるでしょうしね」
動物好きの職員が足下に寄ってきた猫を撫でながらそう言うと、「そうじゃないのよ」と、タマ子は否定した。
「従魔に取り憑かれるのはもちろん困るけど、音ぐらいで猫達は怖がったりしないわ。怖がる猫もいるかもしれないけれど、うちの猫は違う」
爪で壁を軽くひっかいて音を出すと、数匹の猫が駆け寄ってきて、タマ子の指目がけてジャンプする。
「音がすると、こうして戯れるのよ。夜中に鳴っている時はいいけれど、営業中に猫達がこの壁に寄ってくると、スタッフやお客さんの出入りが妨げられ、場合によっては部屋から猫達が逃げ出すこともある」
「……それは困りましたね」
「それから」と、タマ子は以前に猫達がつけたのであろう壁の引っ掻き跡を指でさする。
「今はまだ壁紙が傷ついているくらいだからいいけど……これがひどくなって、穴でも開けたら大変よ。ビルのオーナーに修繕費を支払わないといけなくなるわ」
「なるほど……他にもラップ音がする箇所はありますか?」
「あるわよ」と、タマ子は指をさす。
「ソファーの後ろの壁とか、窓際の壁とか」
「従魔は一体だけじゃないかもしれないですね」
「一体でも、何体でもいいから、さっさと退治しちゃってよ。うちの経営もあんまり余裕ある訳じゃないから、ちょっとしか報酬は出せないけど……」
「そのかわり」と、タマ子はカードサイズの紙の束をポケットから取り出した。
「五時間分の無料券をあげるわ。一回三十分からのコースを十回使えるの。お得でしょう?」
にこりと、タマ子は営業スマイルを見せた。
解説
●目標
ラップ音を発生させているイマーゴ級従魔の退治
●登場
・イマーゴ級従魔
・猫カフェの壁、もしくは壁紙に憑依しているものと推測できる
・一体が複数箇所で音を立てているのか、数体が音を立てているのかは不明
※イマーゴ級(レベル0)
単なる思念体に近い状態を指す。
依り代となる能力者や動植物、物品を欠くイマーゴ級はライヴスを消耗して短時間で消滅するため、まずは依り代を確保しようとする。この状態では直接的な被害はない。
●場所と時間
・猫カフェ タマらんど
・日中
●状況
・猫が十五匹いる部屋のなか。
・ラップ音がしたところには、猫の爪痕がついています。
・ラップ音がすると、猫が素早く反応します。
・従魔退治の日も、猫はその場にいます。
・壁に傷等つけないように注意してください。
リプレイ
●
「壁に憑依して音を立ててるだけの従魔って……すごく地味よね」
H.O.P.E.で受けた説明を思い出し、レーラこと言峰 estrela(aa0526)は言った。
「話にならんな。私達が出向く依頼ではないだろう」
なぜこんな依頼を受けたのかとでも言いたげなキュベレー(aa0526hero001)に対し、レーラは「ふふーん♪」と上機嫌に微笑む。
「従魔の討伐も大事だけれど、今日の目的はこれだもーんっ」
レーラが指差した先にはカフェらしきお店があり、その看板には『猫カフェ タマらんど』とあった。
「……無駄足だったな」
深いため息をつき、踵を返して帰ろうとするキュベレーをレーラは慌てて止める。
「だめだめー! きゅうべーって動物嫌いなの?」
「動物を愛でるというのは、それを自らより下の存在だと……」
無意識に思っているから警戒もなく……と、説明を続けようとしたが、すがるように自分に抱きついてくるレーラが可愛くウィンクしたのを見て、キュベレーはもうひとつ大きくため息をつくと、抵抗を諦めた。
(動物を愛でるというのは、自らより下の存在だと無意識に思っているから警戒もなく愛でられるのだと……そう思っていたが、そのようにしむけてくる、したたかなものがいることも忘れてはいけない)
可愛いは、強い。
レーラとキュベレーが猫カフェに入ると、そこには既に六組のエージェントがいた。
猫耳カチューシャをつけたタマ子に案内された部屋には猫達がいて、遊んだり、寝ていたりとそれぞれにくつろいでいる。
「じゃ、お仕事しようかな」と、さっそく共鳴した木霊・C・リュカ(aa0068)の中で、オリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)が小さく呟いた。
「遊びたい」
気づけば、共鳴した体はオリヴィエによって動かされ、その目はまっすぐに猫達に注がれている。
「……え?」
確かに自分の中で響いた聞き慣れた声だったのだが、あまりにも聞き慣れない言葉だったため、リュカは聞き返した。
「……忘れろ」
「遊ぼう!」
リュカは慌てて心の中で答える。
「さっさと従魔退治をして、いっぱい遊ぼう!」
子供時代をすっ飛ばして、一足飛びに大人になってしまっているオリヴィエが滅多に言わない可愛い言葉を忘れられるわけがない。
香水など匂いの強いものだけでなく、石けんの香りにまで気を使い、いつもは使わないカイロまで貼った理由は全て猫のためだったのだと、リュカはやっと合点がいった。
「猫さんもふもふと思ってたら、英雄メンバーももふ揃いだったのです」
そう楓(aa0273hero001)や白虎丸(aa0123hero001)へ視線を送った後に、紫 征四郎(aa0076)は自らの相棒をじっと見つめる。
「……ならねぇよ?」
「ならないのですか?」
「え? なんで疑問系で返ってくるの?」
真剣なまなざしの征四郎に、ガルー・A・A(aa0076hero001)は苦笑する。
「猫カフェ……ここで猫を見習って、白虎ちゃんのゆるキャラをさらに進化させるよ!」
「目的が変わっているぞ! そんなものしなくていい!!」
虎噛 千颯(aa0123)の言葉に、白虎丸は反射的にツッコミを入れる。
「うちの飼い猫は寝てばかりでつまらんから、本物の猫と戯れるとするかのぅ」
そうカグヤ・アトラクア(aa0535)がちらりと横にいるはずのクー・ナンナ(aa0535hero001)へ視線を向けると、クーはすこし離れたところですでにごろりと横になっている。
「うちのバカ猫はわがまま過ぎて放任してるから、おとなしい猫とゴロゴロしたいなぁ」
クーの呟きに、カグヤははて? と考える。
「うちにバカ猫などいたか?」
そんなカグヤをクーはじーっと凝視するが、カグヤは気がつかない。
腕をぶんぶん振って肩慣らしをし、やる気を見せるのは会津 灯影(aa0273)だ。
「んじゃ、無料券の為に頑張るぞーっ!」
楓のじと目に気づくと、灯影は慌てて言い訳をする。
「従魔が憑依したら大変だもんな!! べ、別ににゃんこもふもふーとか思ってないよ!」
そう言いながら、灯影は足元に寄ってきた猫をもふもふする。
「ばっちり、報酬目当てであろう」
じと目で灯影を見ていた楓だったが、灯影に撫でられていた猫がその手をがしがしと噛んでいるのを見て口角を上げた。
「猫は、気ままなところが愛らしいの。しかも、犬を見分ける能力に長けている」
楓も猫の頭を撫でる。
「可愛いな〜! 家でも飼いたいな〜!!」
猫を抱きしめて、猫の顔にほっぺをぐりぐり押し付ける伊邪那美(aa0127hero001)はテンションマックスだ。
「猫は霊が見えると聞くが、従魔も見えていそうだな」
傷がついている壁のあたりを一匹の猫がじっと見つめていることに御神 恭也(aa0127)は気づく。
(……気配は感じるが、弱すぎるな)
キュベレーは意識を集中して従魔を探る。この部屋に確かにいるということはわかるが、どこにという判断は難しい。
「ラップ音がしたところを猫達が引っ掻くって言ってたから、こういうところかな?」
猫達が何度も引っ掻いた痕が残っている箇所を、リュカは指でさする。
恭也も部屋を見回し、引っ掻き傷が激しいところが数カ所あることに気がつく。
●
恭也とリュカが確認したところ、何度も引っ掻いたと思われる箇所は五カ所だった。
ドアの脇、ソファーの後ろに二カ所、キャットタワーの影になっている部分、それから、窓の下。
「この五カ所に目星をつけて、音が鳴ったら攻撃って流れか? ……そういえば、イマーゴ級倒すのってどうすんだっけ? 壁殴る?」
拳を握る千颯を白虎丸が止める。
「物騒な……とりあえず、音のしている所をかるく叩くでござる」
そんな会話をしていると、丁度近くの壁……ソファーの後ろの一カ所がラップ音をたてた。
「すごくいいタイミングだね」と、リュカが笑った次の瞬間、三匹の猫が弾丸のように走ってきて、その壁に攻撃をしかける。
まず、白と黒の斑模様の猫が前足の爪で二発。次に虎模様の猫が前両足で同時パンチ、そして、灰色の三匹目が大ジャンプからの後ろ足での蹴り……しかし、当然、従魔には効かないため、ラップ音はやまない。
そして、ラップ音を聞きつけて他の猫も次々に向かってくる。
「これでは仕事にならんな」
キュベレーはあからさまに眉間に皺を寄せる。
ちりんっ と、ラップ音以外の音がすると、猫達は一斉にそちらへ注意を向けた。
「ほーら、皆。こっちにおいで〜!」
ちりんっちりんっ と、鈴のついたおもちゃを振って、リュカは猫達の意識をそらす。
猫達が一斉にそちらへ走っていったタイミングを逃さずに、ガルーと共鳴した征四郎が「今のうちです!」と、猫達が攻撃していた壁をかるく叩くと、そこから白い靄が出てきた。
征四郎はスクロールを取り出すと、光の玉を生み出して白い靄を狙うが、靄は空中を漂い、直線移動しかできない光の玉を避けた。
「征四郎! 変われ」
そう言って、猫達が夢中な鈴つきのおもちゃを渡したのは、人格をリュカと入れ替わったオリヴィエだ。
オリヴィエは部屋の隅においてあった猫草を少量むしりとると、従魔を猫草に憑依させようとした。
しかし、従魔が猫草に憑依する前に、一匹の猫がオリヴィエの手から猫草を奪った。
黒と濃い茶色の美しいコントラストをしたその猫は、どことなくオリヴィエに似ていた。
「その子、猫草大好きなのよ」
猫草を奪われた様子を扉の窓から見ていたタマ子が、扉を開けて教えてくれる。
「じゃ、これは?」
クマのぬいぐるみを取り出した灯影を、楓が褒める。
「おお! 流石我が主。たまには役に立つな」
「今日は抜かってないぜ!」
どや顔の灯影がクマのぬいぐるみを空中を漂っている従魔に近づけようとしたが、ふいに足になにか柔らかいものがしがみついたのを感じて、その手を止める。
灯影が足元を見ると、赤茶色の毛並みの猫が灯影の足に前足でしがみつき、後ろ足でぴょんぴょんっとはねる。
「……っ」
猫にしてはちょっとどんくさい動きではあるが、けなげに頑張る様子に、灯影はクマのぬいぐるみを猫に差し出した。猫はぬいぐるみをくわえると、お気に入りの箱の中へ入って、ぬいぐるみで遊びはじめた。
「なにあの子……ちょ〜〜〜可愛い!!」
「その子は、ぬいぐるみが大好きなの。一度奪われたら返してくれることはないけど、うちでは買い取りはしないから、奪われたものはプレゼントしたという解釈でよろしく!」
再びタマ子が猫の情報を教えてくれる。ついでに、店内ルールも。
「駄犬が」
楓はひんやりと怒りをぶつける。
「え……っと、どうしようか?」
灯影がへらりと笑ってみせると、恭也が伊邪那美と共鳴してコンユンクシオを取り出す。
「これで、斬ってみるか」
そう言って剣を振り上げようとした時、その動きをカグヤが止めた。
「猫が怯えるのじゃ」
カグヤの言葉に猫達を見ると、征四郎が動かすおもちゃに夢中になっている猫達以外は恭也の持つ剣を凝視している。興味をもっているというよりは、人間の反応で言えば、ドン引きというやつだ。
「じょ、冗談よ! うん! 冗談!!」
猫に嫌われたくない伊邪那美が慌てて剣をしまう。
「これなら、どうかの」
そういってクーと共鳴したカグヤは竹槍を取り出す。欲しがる猫も、怖がる猫もいないことを確認すると、カグヤは竹槍の先でいまだ宙を漂う従魔をつんっと突いた。
すると、従魔はあっけなく消滅した。
「……意外に手間取ったな」
主に、猫のせいで……と、キュベレーはレーラの膝の上で寝ている猫へ視線をやる。
「なんか、低級従魔一体退治するのにすげー手間取ったけど……」
主に、猫のせいで……と、千颯は白虎丸の足元に寄ってきている数匹の猫に視線をやる。
「猫の中に白さんがいるとなんか面白いね!」
リュカも猫達に懐かれている白虎丸を見て笑った。
「とりあえず、壁を軽く叩いて従魔を引き剥がし、武器か魔法でかるく攻撃する……という流れはわかったでござるな」
白虎丸はなぜか寄ってくる猫達を踏まないように気をつけながら、ソファー裏のもう一カ所の引っ掻き傷を見る。
「ラップ音はしていないが、とりあえず叩いてみたらどうでござるか?」
「そうだね。ラップ音がしてからだと、猫達が寄ってきちゃうし。時間ももったいないし、とりあえず、叩いてみようか?」
そう言って、リュカが壁をかるく叩くと、再び白い靄が出てきた。
まだラップ音はしていないが、鈴のおもちゃに飽きはじめていた猫達が白い靄に反応して寄ってきた。
「あ、あっちへ行ってはいけないのです! ライヴスを取られてしまいますよ!」
征四郎が必死におもちゃをふりふりと揺らすも、好奇心旺盛な猫達の興味はすでに靄に移っている。
「また、猫達との戦いからかな」
リュカが苦笑したその時、パンッ! シャランッ♪ と、鈴以外の音がした。
ラップ音か? と、音のほうへ視線を向けると、灯影がタンバリンを持っていた。しかも、いつの間に用意したのか、ドーナツ型のドライフードを紐に通して、手首や足首、腰周りに着けている。
「猫に襲われて殺られるなら俺……構わないから!」
表情はきりっとしてたくましい空気を漂わせてはいるが、体にカリカリをつけ、タンバリンを持っているその姿はなんとも間抜けだ。
しかし、そんな間抜けな姿のパートナーに、楓は寛大だ。
「我が活躍している間、人柱として好きなだけ埋もれるが良い!!」
実際、靄に注目していた猫達の興味は完全に楽しい音を鳴らす餌(カリカリをつけた灯影)に向いている。
それまで寝ていた猫達も、カリカリの匂いにつられて灯影に集まる。
十匹ほどの猫に一斉に飛び掛かられ、さすがの灯影も「うわー!」と悲鳴を上げたが、それは悲痛な声ではない。
「灯影ちゃんのお言葉に甘えて、ちゃっちゃとやっつけちゃおう」
猫まみれになる灯影から視線を白い靄に移し、リュカはマビノギオンを使用して靄の状態の従魔を消滅させた。
「んじゃ、こっちも」と、白虎丸と共鳴した千颯がキャットタワーの影になっていた部分の引っ掻き傷をかるく叩く。そうして出てきた白い靄を、レーラと共鳴したキュベレーがラジエルの書からカード状の刃を生み出して瞬殺した。
恭也が窓の下の壁を叩き、出てきた靄をカグヤが竹槍で突っついて消滅させる。
「残るは一カ所かのう」
カグヤは扉の脇の壁へ視線を向ける。
「猫に埋もれるのも良いが灯影、共鳴しろ!」
灯影と共鳴した楓が扉の脇の引っ掻き傷をかるく扇子で叩き、白い靄が出てきたところをクリスタルファンで薙いで従魔を消滅させた。
●
目星をつけておいた箇所の従魔の退治が終わり、エージェント達は共鳴を解除する。
「リュカちゃんにオリちゃんも、もふもふしよう〜!」
千颯の声にオリヴィエがそちらへ目をやると、千颯の隣で白虎丸が羨ましい状況になっていた。子猫から大人の猫まで数匹の猫が白虎丸にまとわりついている。
「木霊殿はまだしも、オリヴィエ殿が来られるのは意外でござる。猫は好きでござるか?」
「……す、……き、嫌いでは、ない……」
「そうでござるか」
オリヴィエの本音を察した白虎丸は穏やかな眼差しとなる。
白虎丸の隣に座ったオリヴィエの横に、一匹の猫が寄ってきた。先ほど、オリヴィエから猫草を奪った猫である。その首輪には『オリちゃん』と猫の愛称が書いてあった。
「征四郎ちゃんもこっちで一緒にもふろう〜! ガルーちゃんは白虎ちゃんでももふってて〜」
「なんででござるか!」と、白虎丸は素早く反応する。
「ガルー殿も猫を愛でるといいでござるよ!! 紫殿と一緒に」
征四郎はオリヴィエの隣に座り、オリヴィエに小声で話かける。
「猫さんいっぱいですね。かわいいですね。隣で見ててもいいですか?」
オリヴィエは無言で頷き、オリを膝に乗せて撫でる。オリは安心したようにオリヴィエの膝の上に丸くなると、喉をごろごろ鳴らす。
「……」
オリヴィエの頬がすこし緩んだことに気づいたのは、オリヴィエの姿は見えずとも、その空気の変化に敏感なリュカだけだ。
征四郎もオリにそっと触れ、「ふわあああ……!」と感動を示す。
この可愛さをガルーに伝えるために部屋を見回したが、ガルーはすこし離れたところに座り、こちらを見守っていた。
猫が可愛くて自然と高まるテンションをコントロールできずに猫に触りまくり、猫から逃げられているのは伊邪那美だ。
「どうして、逃げちゃうの〜!!」
伊邪那美は半泣きになりながら、相棒の恭也に慰めてもらおうとそちらを見ると、恭也があぐらをかいている足の上に二匹の猫が収まっていた。
「恭也ばかり好かれてズルいよ!!」
「構いすぎるからだ。もうすこし欲望を抑えて接してみろ」
「こんな可愛い子に対して出来るわけないでしょ!! ボクは恭也みたいに枯れてないんだから!!」
「誰が枯れているだ……まあ、いい。他の人に何か助言を与えてもらえ」
それだけ言うと、恭也は足の上の猫達を撫でるのに集中しはじめた。何事も真面目に取り組むのが恭也のいいところだ。
改めてレーラが猫達と遊ぶのを眺めていたキュベレーだったが、ふと気づくと、自分の足元に一匹の黒猫がいることに気がついた。
「……」
無視をきめこもうと思ったのだが、あまりに見つめてくるものだから、キュベレーはレーラがこちらを見ていないことを確認してからしゃがんだ。
黒猫と視線を合わせて手を出してみると、黒猫はぺろりとその指先をなめ、それから自分の頭をすりつけた。
「……もの好きなヤツだな」
まるで、撫でれと言っているようなその猫の頭をキュベレーはそっと撫でる。ふわりと柔らかく、温かいその触り心地に、キュベレーは微笑む。
「やーっぱり、きゅうべーも猫好きなんじゃない!」
突然のレーラの声に、キュベレーは慌ててその手を引っ込めて猫から顔をそらす。しかし、黒猫はもっと撫でろというように、キュベレーの足にその体をすりつける。
「素直に楽しんだらいいんじゃないかしら? 新しい人生を、ね」
レーラの言葉に、キュベレーは黒猫に視線を戻す。黒猫はにゃーと可愛い声で鳴き、まるで、レーラの言葉に賛同しているようだった。
カグヤは子猫達がじゃれて遊ぶのを眺めていた。
「無邪気に遊ぶ猫達は可愛いのう」
子猫達に微笑みを向けてから、店内で一番太っている猫と一緒に惰眠をむさぼるクーにちらりと視線を向ける。
「太るぞ」
すやすやとよく眠る猫の姿が、クーの将来を暗示しているような気がしてそう言うと、クーが寝ぼけ眼を向けた。
「そんな意地悪言うと、嫌われちゃうよ?」
「ねー?」と、クーは太っている猫のお腹をぷよぷよと揉む。
いや、お前のことだ…… と、カグヤが訂正する前に猫にしっかり誤解されたのか、寝ていたはずの猫は鋭い眼光でカグヤを睨んでいた。
「……悪かったのじゃ」
あまりの目の鋭さにカグヤは思わず謝り、お詫びにお腹をもふもふと撫でた。
その触り心地の良さに、カグヤは思わずクーのお腹を見た。
「残念だけど、期待には応えられないからね?」
楓はひらひらと舞うように動き、その尻尾を猫達が追いかけるのを自由にさせている。
「我が尾は猫じゃらしではないがの……楽しげなので良しとしよう。でも、爪は立てるなよ?」
そう言いながら、くるくるとよく動き、猫達を飽きさせない。
灯影は先ほどクマのぬいぐるみを奪っていった赤茶色の毛並みの猫をぬいぐるみとともに抱っこして、もふもふを堪能している。
猫の首輪には『ひーちゃん』と愛称が書かれている。
「我の優美で繊細な所作に見惚れぬ者はいまい」
「見惚れるとか、その謎の自信満々さはある意味尊敬するわ」
猫達を遊ばせていたはずが、本当に舞いはじめた楓に灯影は苦笑する。
「皆、猫に夢中で、誰も見てねーことだけは教えておくわ」
「なに!?」と、楓が他のエージェント達を見回した瞬間、素早く動いた尻尾に三匹の猫は一気に飛びかかった。
「痛っ! 爪は立てるなと言うたではないか! 噛むのも禁止だ!」
楓が怒っても、ラップ音にも素早く攻撃をしかけたトリオ猫はまったく攻撃を弱めるつもりはない。
「何やってるのですか?」
征四郎がガルーのそばに来て尋ねると、ガルーは猫達と戦っている楓を指差した。
「楓と猫の格闘を見てた。結構、面白いぜ」
「ガルーは、猫達をもふもふしないのですか?」
「俺様はいいんだよ。別に小動物とか好きじゃねぇから」
「猫さん、苦手でしたっけ?」
「そうじゃねぇよ。なんかこう、弱そうだろ」
どういう意味かわからず、征四郎は小首をかしげる。
「触ったら、壊れそうだ……」
そう複雑な表情を見せたガルーの膝の上に、征四郎は子猫を乗っける。
「ちょっと待て!! 膝に乗せるんじゃねぇ!」
小さな猫が膝の上に乗り、ガルーは身動きが取れなくなる。
「お前さん、これ、ちょっとどうすればいいの……!!?」
滅多に見ることのないガルーの慌てように征四郎は微笑む。
「きっと、ガルーが思ってるより、ずっと強く生きていますよ。だから、大丈夫です」
「……」
「大丈夫なのですよ」
「……まぁ、確かに」
そう笑って、自分が一番よく知っている強い存在の頭をガルーは撫でた。
「撫でるのは征四郎の頭じゃないですよ!!」
「お。伊邪那美ちゃんが来たな」
ガルーは真意をごまかすように視線を伊邪那美に移した。
「ボクが猫達に埋め尽くされる為の助言を……」
「んー、やっぱり美味しい物で釣ってみるとか……」
リュカはネズミのおもちゃを巧みに操って、遊び好きの猫達を楽しませていた。
「餌を持ってじっとしてれば、向こうから来てくれる」
なにも持たずとも恭也同様、猫に好かれているオリヴィエの助言を信じるべきか、伊邪那美は嫉妬と疑念の間でじりじりする。
「猫に囲まれたいなら、煮干とか身体に巻き付けたら!」
猫に煮干をあげながら、なおかつ、自分も煮干をかじりながら言う千颯。
「無垢な伊邪那美殿にバカなことを教えるなでござる!」
「食べ物あげるなら、ちゃんとスタッフの人の許可とれよ」
猫に囲まれながら千颯を怒る白虎丸と、二匹の猫が足の上にいるために身動きが取れない恭也。
「猫に囲まれたいならあまり騒がず、自然にすると良いでござるよ」
じりじりと苛立ちが募り、そして爆発した伊邪那美には、白虎丸の助言が届かなかった。
「こ、こうなったら……白虎丸ちゃんにマタタビを嗅がして、ボクの虜にするしか……」
意味のわからない伊邪那美の言葉に、相棒兼保護者の恭也は慌てる。
「馬鹿な真似はよせ!!」
伊邪那美はタマ子からマタタビの枝をもらってくると、じりじりと白虎丸に近づく。
「俺は猫ではないでござる!!」
白虎丸は逃げようとしたが、まとわりつく猫達を振り払うわけにもいかず、思うように身動きがとれない間に、鼻のあたりにマタタビを押し付けられた。千颯は笑っているだけで助けてはくれない。
「俺にマタタビを嗅がせても効果はにゃ……い……」
「嘘……白虎ちゃん、マタタビ効くの!?」
千颯の笑い声が大きくなる。
「効いてにゃいでごじゃる〜! 千颯は馬鹿にゃこと言ってにゃいでごじゃるよ〜!」
「白虎丸、大丈夫か?」
ガルーがそう尋ねたが、白虎丸の視線は虚ろで、ガルーの姿をとらえることはできないようだった。
「酔ったとこはじめて見たな……マタタビだけど」
ガルーは白虎丸に同情しながらも、この騒動の中、一人黙々と猫に優しい視線を送るオリヴィエに気づいた。
ガルーは膝の上から猫をおろすと、オリヴィエの横に座ってにんまりと笑った。
「オリヴィエ、お前、意外にこんな可愛いもん好きだったんだな」
そう言って、笑ってやる予定だったのだが、「オリ……」と言った瞬間に、オリヴィエの本気の拳がみぞおちを直撃して、ガルーは声を失った。
「……何をやっているのですか? ガルーのいけないところは、そういうところだと思うのですよ」
大人な征四郎にそう諭された。
「お待たせ〜!」
営業スマイル全開で部屋に入ってきたタマ子は、約束の無料券を配りはじめた。
途中、伊邪那美と征四郎に猫カチューシャをすちゃっとつけて、急に「はい! チーズ!」と言い、反射的にピースした二人の姿を写真に収める。
「ブログに載せるけど、いいわよね? いいわね? はい! 無料券もプラス二枚、おまけしておいたわ!!」
どうやら、タマ子は二人の可愛さを客寄せとして利用するつもりらしい。
オリヴィエは珍しく自分から無料券を取りに行った。
「はい。どうぞ」と、一人分を差し出すタマ子に、オリヴィエは無言でリュカとガルーへ視線を向けて二人の分も請求する。
「配ってくれるの?」
頷いたオリヴィエにタマ子は三人分の無料券を渡す。
リュカのもとへ戻ったオリヴィエに、リュカは言った。
「俺はあんまりこういうところ来ないから、オリヴィエにあげるよ」
オリヴィエの表情は変わらないものの、その空気が明るくなったのを感じて、オリヴィエが喜んでいることをリュカは知る。
「……」
いそいそと無料券三人分を自分のポケットにしまうオリヴィエに、ガルーは「おい」と声をかける。
「俺のは?」と、聞こうとしたのだが、「お」と言った時点で本日二回目の強力な腹パンをくらった。
そして、同じ台詞を聞くこととなる。
「ガルーのいけないところは、そういうところだと思うのですよ」