本部

スライム盛り盛り討伐クエスト

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
5人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2015/11/24 00:44

掲示板

オープニング

●這い寄るカオスの気配
「エージェントが敗走した?」
 神妙な顔をした部下からもたらされた報告に、支部の討伐依頼を取りまとめている男は眉根を寄せた。
「どういうことだ。依頼内容は下級デクリオ級従魔の討伐だっただろう。人数も十分あてがっていた筈だ」
「それが、かなり厄介な従魔だったようでして」
 隠しきれなかった困惑の滲む声色で、部下がおずおずと口を開く。
「結論から言うと、この従魔、不定形の粘菌なのです」
「不定形の粘菌」
 思いもよらない名称に、男はただ部下の言葉を繰り返す。不定形の粘菌。俗に言うスライムの事だ。だがそれが何故今回の顛末に関係するのか男には全く分からなかった。
 無言で続きを促すと、部下は数拍言い淀んだ後、意を決したように男を見据える。
「ただの粘菌じゃありません。いわゆる『エロ系創作物に稀によくいる粘菌』なのです」
「エロ系創作物」
 自分の耳が拾った単語が信じきれず、自分の口でもう一度同じ音を発してみたけれど、やっぱり結果は同じだった。男はこめかみ辺りに鈍痛を自覚した。
「……まさかとは思うが、服だけ溶かして粘液に媚薬効果とかがあるスライムの事か……?」
「媚薬効果はありませんが、そうですね」
 キッパリと肯定した部下に、男は眉間辺りに鈍痛を覚えた。できるなら今すぐ部下の頭を軽く小突いて「冗談はよせよ」と柄にもない朗らかな顔で笑い飛ばしたい。だが、残念ながら部下の表情は真剣そのものだし、報告書にもしっかり『不定形の粘菌』に関しての記述がある。紛れもない現実だった。
「ふざけた現実ですが直視してください。冗談でもなんでもなく厄介な相手なのです。不定形であるが故にこちら側の物理攻撃は殆ど通用せず、粘菌であるが故に放っておくと肥大化してしまう。早急に手を打たなければ被害ばかりが拡大します」
「だが所詮粘菌だろう? そこまで梃子摺る相手か?」
「身に付けている装備を溶かされるんですよ? 防御力も下がりますし、何より裸で戦えと?」
「……」
 参加したエージェントの中には若い女性もいた。つまりはそういう事だ。
「幸い命に別状はありませんし、装備も何故か防具だけが半壊した程度で修復も可能です。きちんと対策を取っていれば然程苦戦する相手ではないでしょう」
 先程男も言った通り、所詮は粘菌。装備を溶かす謎の粘液が厄介なだけで、攻撃力も然程なく討伐難易度自体はそれほど高くはない。
「具体的な対策は?」
「技術部に問い合わせた所、冷気放射器なるものがあるとの報告が」
 迷いない部下の答えに、男は思わず苦笑を漏らす。つまりは自分が使用許可さえ出せば、すぐにでも討伐隊を編成できるようになっているらしい。つくづく有能な部下を持ったものだ。
「わかった、許可を出そう。後は頼んだ」
 苦笑したままひらりと手を振れば、部下はあからさまにホッとした顔をして一礼する。そのまま部屋を辞した部下の背中が扉の向こうに消えるのを見届けて、男は人知れず、疲れ果てた唸り声を吐き出すのだった。

●つゆだく従魔討伐し隊
「お集まりいただきありがとうございます。今回皆様にお願いしたいのは、不定形の粘菌の駆除です」
 開口一番言い放たれた言葉のインパクトに、集まったエージェント達は一瞬言葉を失った。
「仰有りたいことはわかりますがどうかご静聴を。ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、これは一度失敗した依頼です。大規模作戦の影響で不安が広がっている現状、2度目の失敗は許されませんよ」
 説明役の男性が強い口調と眼光で一同を睨め付ける。失敗は許されない、その言葉にエージェント達は気を引き締めた。
「さて、この不定形の粘菌……長いですね、スライムでいいか。ともかくこのスライム、装備を溶かす事と、物理攻撃が効かない事が判明しています。また、自己増幅力が強く、この数日間で林ひとつ飲み込む程に成長してしまいました。幸い分裂等はしていませんのでそこはご安心を。林の所有者には『更地にしても良い』との許可をいただいていますので、討伐の際林の状態を気にしなくても構いません」
 スライム退治。字面だけ見ると簡単そうに思えるが、実際はそれなりに面倒である。某国民的RPGに出てくるまんまるお目々と赤い口がトレードマークのスライムなら苦労も少なかっただろうに、残念ながら今回相手取るのは巨大な不定形の粘菌である。巨大だが、1体だけであるのがせめてもの救いか。
「そして今回、H.O.P.E.技術部より特別に道具を貸し出していただいています。冷気放射器と言って、霊力を使用して強力な冷気……そうですね、冷凍ビームを発射する装置です。これでスライムを凍らせてから砕けば物理攻撃も通るでしょう」
 男性がポンと軽く手を置いて示したのは、鈍い銀色のタンクとそれに繋がる黒っぽいホースを有する機械。背負って使用する形状のそれが、冷気放射器らしい。
「こちら、研究員が気紛れに作った一品物になりますので、取り扱いにはくれぐれも注意してくださいね」
 にっこりと微笑む男性の背後にブリザードの幻覚が見える。どうやら相当お高いらしい。
「また、現在スライムに囚われた人がいるという情報は入っていませんが、絶対ではありません。被害者がいないかだけ確認して、どうか速やかに粘菌を駆逐していただきますようお願い申し上げます」
 そう言ってエージェント達を見渡した男性は、誠意を込めて深々と頭を下げるのだった。

解説

●目的
不定形の粘菌の駆除

●情報
・従魔『不定形の粘菌』
デクリオ急従魔。活発に動ける粘菌生物。
素の状態だと物理攻撃が殆ど効かない。反面、魔法攻撃に弱い。
現在林を丸々覆い尽くしている。デカいがほぼ動けないので攻撃を当てるのは容易い。
自身の肉体を触手のようにして攻撃してくる。なお殺傷力は低い模様。
また、粘菌部分に不用意に侵入すると足を取られて動きが阻害されるので注意が必要。
「触手攻撃:ムチ」
触手をムチ状にして攻撃してくる。当たるとそれなりに痛い。
「触手攻撃:縄」
触手を縄のようにして攻撃してくる。絡み付かれると「拘束」のBSを受ける。
また、装備を徐々に溶かして防御力を下げてくる。

・冷気放射器×1
冷凍ビームが発射できる装置。H.O.P.E.技術部提供。共鳴状態時のみ使用可能。
放射器使用中は武器が使用できない。

・戦場
元林だった場所。現在は不定形の粘菌に覆い尽くされておりまるで腐海のようになっている。
周囲は田畑が点在する程度で開けている。民家はなく、人通りも殆どない。

●備考
過度なプレイング(特にエロ系)はマスタリング対象です。

リプレイ

●肺が腐りはしませんけれど
 そこは、まるで某姫姉様が活躍するアニメーションに出てくる腐海のようであった。
「これは……大きい、ですわね……」
 ウゴウゴと謎の蠢きを発生させている林を前にして、廿小路 沙織(aa0017)はそのつぶらな瞳をぱちくりと瞬いた。その肩を抱き込むようにしてくっついているヘルフトリス・メーベルナッハ(aa0017hero001)はとてもとても楽しそうに瞳を煌めかせている。何かを企んでいるのがありありと見て取れた。
「いろいろなモノを溶かし成長するスライム……放っておけば危険極まりありません、早急に撃破しませんと!」
「そうそうその通り! だから早速共鳴共鳴っと!」
 一体何を考えているのか、じゅるりと涎なんかを垂らしながら共鳴を勧めるヘルフトリス。相棒の事など全く疑っていない廿小路は素直に共鳴を受け入れる。
「はわわ……」
 その隣には、謎の粘菌の異様さと大きさに圧倒されている狼谷・優牙(aa0131)とプレシア・レイニーフォード(aa0131hero001)の姿。
 それも仕方がないだろう。なにせ見渡す限り一面謎粘菌にまみれているのだ。大多数の人間は近付く事さえ厭うような状態、如何なエージェントと言えども好んで近付きたくはない。
「……何故でしょう、一刻も早くスライムに突撃したい勇気が湧くのは……」
「張り切って溶かされに……こほん。駆除をして参りましょう」
 訂正しよう。若干名目がキラキラしている。廿小路は共鳴中のヘルフトリスがそうさせている様子で、自身に湧き上がる妙な欲求にひたすら首を傾げている。対して御手洗 光(aa0114)の方は、それはそれはいい笑顔で同行者を見渡していた。
「……? 急に悪寒が」
 不穏な何かを感じ取ったらしい迫間 央(aa1445)がしきりに周囲を見渡しているが、原因である御手洗の視線は既にアリス(aa0040hero001)と共鳴状態にある佐藤 咲雪(aa0040)へと移っている。佐藤の身体にぴっちりフィットしているパイロットスーツのような服が気になるらしい。
「うふふ……思ったより大きいのですわね……」
「……?」
 こちらも何やら邪な気配を感じ取ったらしくピクリと反応を示したが、どうやら面倒臭さが勝ったようで原因を追求しようとはしない佐藤。何が「思ったより大きい」のかは読者のご想像にお任せする。
「……央? どうかしたの?」
「いや……気の所為だったらしい」
 急にキョロキョロとしだした迫間に、気遣わしげな声を掛けるマイヤ サーア(aa1445hero001)。迫間はそんなマイヤを安心させるように柔らかく微笑んでいる。
 どこか和やかですらある空気が流れる中、申し訳なさそうな顔をしている者が約2名。
「すまんなぁ、まさか直前でこんな怪我をするとは」
「申し訳ないです……」
 メイナード(aa0655)とAlice:IDEA(aa0655hero001)である。2人は依頼開始直前に別件で重傷を負ってしまっており、今回は全力を尽くせそうにないのだ。
「大丈夫ですよ、メイナードさん、イデアさん。今回は大きいとは言えほぼ動かないスライムです。お2人と戦えないのは残念ですが、足手まといになるなんてことはありませんよ」
「……ん。やるからには、できるだけ、やる」
「そうですとも。例えスライムの餌食となってもわたくしが必ず、必ずお助けいたしますわ」
 物腰柔らかくにこやかな迫間と真顔ながら頼もしげにこっくりと頷く佐藤。そして役1名だけ何やら意欲の方向性が違う御手洗。物腰の柔らかさと瞳のギラつきの差が凄まじいが、幸か不幸かこの場にそれを指摘できる猛者はいなかった。
「優牙さんもそうですわよね?」
 にっこりと笑いかける御手洗に、狼谷も満面の笑顔で頷いてみせる。
「私も全力でメイナード様達をお守りいたしますわ!」
 大きな胸を強調するようにぐぐっと両手の拳を握り締める廿小路。
「そう、重傷のメイナード様は勿論、冷気放射器を持つ央様もお守りせねばなりません。咲雪様、沙織さん、優牙さん、共に頑張りましょう」
 廿小路の握り締めた手に両手を重ねて、前衛の女子メンバー(一部男子含む)を鼓舞する御手洗。爽やかな笑顔を浮かべているが、目が獲物を狙う鷹のそれだ。
 目標は謎の粘菌の撃破。人員に不足はない。士気も上々。
 さあ、粘菌駆除を始めよう。

●狙ったか狙ってなかったかと問われれば狙った
 手早く作戦を練り終えた一行は、妖しく蠢く腐海へと足を進める。
「……めんどくさい」
 その塊から少々遅れる形となっていた佐藤が、前方を行く彼らには聞こえない小さな声で呟いた。
『何言ってるの、スライム×男なんてレアな光景が現実に見られるのよッ!? 今更「やめた」とか「やだ」とか言ったって私が許さないから!!』
 それに鼻息荒くまくしたてるアリス。筋金入りの腐女子――失敬、耽美の求道者である彼女は今回の依頼に対して並々ならぬ情熱を持っているらしい。
 そう言えばこの依頼を取ってきたのはアリスだったなぁ、などと現実逃避などしつつ、佐藤は溜息を吐き出す。
「……妄想するのは、別にいい……けど……公言しちゃ、ダメだよ?」
『当たり前じゃない、脳内妄想に留めるわよ。本人に迷惑をかけたりはしないわ。腐女子のマナーよ』
 アリスのドヤ顔がまぶたの裏に浮かぶようだ。一応釘を刺したが、実際その場面になってしまうとどうなることやら。共鳴しているアリスにもばれないよう、小さくため息をつく佐藤。アリスの事は信頼しているし信用しているが、事この話題に関してだけは幾ら警戒しても足りないと思っている。こうなってしまった以上、佐藤とてアリスの暴走を止める術は持たない。今回は諦めるより他なさそうである。
「おじさん、折角の機会だし、今回はわたしが主体の方がいいと思うのです」
「……そうか?」
 嫌に真剣な表情で己を見上げるイデアに、メイナードは厳つい顔に似合わない困り顔を披露した。
「わたしは英雄だから大丈夫ですけど、おじさんはそうじゃないですよね? 本来の力が出せないからこそ、慣れない姿で戦闘訓練を積むチャンスだと思うのです。ほら、外見が女性の方が有利に働く状況も多いじゃないですか。この前のギガンテスの時みたいに」
「むぅ……」
「……だめですか……?」
「……わかった。お前さんがそこまで言うんなら任せよう。だが、無理だけはしないでくれ」
 なんだかんだでイデアに弱いメイナードが折れた。厳つい目尻と眉をしょもんと垂れさせた様がイデアのドツボにハマって一瞬息が詰まったが、気合で表には出さない。彼女は強かな幼女である。
「じゃあ決まりですね!!」
 おじさんと幼女の姿が混じり合う。普段はそのままおじさ――失敬、メイナードの姿を基本とした共鳴姿となるのだが、今回は幼女――イデアが成長した姿となっている。
『ううむ、やはりというか、妙な気分だ』
「……嫌ですか?」
『いや、そういう訳ではないんだが』
 少女イデアの胸元に揺れるカプセルからメイナードの声がする。表情までは見えない筈だが、イデアには眉尻を下げて苦笑するメイナードの顔が見える気がした。
「ならいいんです。頑張りましょうね、おじさん」
 イデアは朗らかに笑う。その下で何を考えているかは、彼女にしかわからない。
「あんなの相手にしたらドレスが汚れてしまうわ……」
 方頬に手をやってほぅと溜息をつくマイヤ。その憂い顔すら美しいと迫間は思う。
「いや、汚れる以前に溶かされるんだって」
「……もっと悪いじゃない」
 服だけが溶かされる。ちらりと横目でマイヤを見て――迫間はいやいやと首を横に振る。何を考えているんだ自分は。マイヤがキョトンとした顔をしているのが尚の事居た堪れない。
「それにしても、共鳴状態でないと使えない装置か……ライブスを動力にでもしているのか……?」
「さぁ……? ワタシにはわからないわ」
 煩雑とした思いを払拭する為の少々急な話題転換だったが、幸いマイヤは気にしていない様子。
 一方その頃。
「ひぅっ!? ふ、服がどんどん溶けて……み、みないでくださいぃぃ!」
 何故か当然のように粘菌の餌食となっている廿小路と。
「沙織さん! 今助けますわ!! ええい小癪なスライムめ、こうして差し上げますわっ!」
 絡みつく粘菌を物ともせず――むしろ嬉々として絡みつかれながら沙織を救出にかかる御手洗。
「うぅぅ……光さまぁ……! ……え? ちょっ、あっそこはらめれすぅ!!」
「何の事かしら沙織さん? わたくしはあなたを助けようとしているだけですわ……!!」
 お約束というかなんと言うか、まぁつまり所謂「アレ」な光景が広がっている。蔵倫の規制が怖いので詳細描写は避けるが、各々の脳内で補完していただきたい。強いて言うなら、見えてはいけない大切な場所は文字通り薄布一枚で守られており規制されるには至っていないとだけ。
「おお……! おじさん、眼福ですよ」
『うん? 何がだ?』
 イデアとメイナードは粘菌の魔手が届かない場所で鑑賞に徹している。現段階で脅威はないと判断した為だ。
「……ん。迫間さん、お願い」
「え? あ、ああ。マイヤ、頼むよ」
 マイヤと話し込んでいた迫間を急かす佐藤。それに気が付いた迫間は共鳴を開始した。
 迫間の四肢に沿って流れる水のような光が取り巻き、ゆるりと収まる。目を開いた迫間の容姿にこれといった変化は見られないが、纏う雰囲気は一変して尖ったものとなっていた。
「待たせた。行くぞ。凍った地面に足を取られて転ばなんようにせいぜい気をつけろ」
「ん」
 急激に変化した迫間の気配に気圧されることなく、いつも通りの淡々とした表情を崩さない佐藤。周りの惨状が見えているのかいないのか、迫間の視線がブレることもなかった。
 そんな同行者をあわあわと見守っていた狼谷もハッとした表情でプレシアと共鳴を済ませ、一同はようやっと粘菌退治に一歩踏み出したのだった。

●雑魚処理が簡単だとは限らない
「……終わらない」
 砕け散る粘菌の欠片を視界の端に捉えつつ、ぼそりと呟く佐藤。
「確かに、想像以上のしぶとさですわね」
 開始早々は余裕綽々の態だった御手洗も、三叉の槍から発せられる水刃を振るいながら表情を歪めている。
「身体が冷えてしまいます……」
 ボロボロの衣服とも言えない布を纏い、その肉感溢れる肢体を晒しながら、自身の大剣を支えにして立っている廿小路。始めの方は嬉々としていたヘルフトリスも、今はむっつりと口を噤んでいる。
 狼谷も肩で息をしている消耗っぷりを見せていた。
「今でやっと半分程度でしょうか。しぶとい、と言うよりこれは……」
「再生している、と言った方がいいだろうな」
 油断なく構えながらも眉根を寄せたイデアに、迫間が苦々しげな口調で現状を吐き捨てる。言いながら、青白い光線を発射している冷気放射器は止めていない。
「チッ、簡単な依頼なんじゃなかったのか」
『いや、思えばこの依頼は一度失敗した物だ。難易度も5段階評価で3、舐めてかかれる依頼ではなかったということだろうな……』
 喋るカプセル状態のメイナードが発した苦々しげな声に、一同は返す言葉もなく沈黙する。
「……確かに、ただ服が溶けただけでH.O.P.E.のエージェントが敗走するとは思えませんものね……くっ、ネタ依頼だと思って油断しましたわ」
 メタ発言は慎みましょう。
 御手洗が悔しそうに歯噛みする。そんな中、全く闘志を衰えさせない人物が一名。
「例えそうだったとしても、もう失敗は許されないのです。時間はかかりますが、従魔は着実に消耗している筈ですわ。一般の方が被害に遭わない為にも、もうひと頑張りいたしましょう!」
 廿小路である。今にも零れ落ちそうな胸を支えるように両腕を引き寄せて、ぐっと拳を握る。なかなかにそそるポーズなのだが、現状でそれを気にかけられる精神状態の人間はいない。
「そう、ですわね。弱気になるなどわたくしらしくもありませんでした。さぁ、もう一踏ん張りいたしましょうか!」
 気合入魂、御手洗が放った水刃が、冷気放射器の射程範囲外にあった粘菌を吹き飛ばす。
 冷気放射器で粘菌の行動を封じる迫間。凍った部分を拳で砕く佐藤、同じく大剣で砕いていく廿小路。少し離れた場所で周囲の警戒をしているイデアと、イデアを守るようにオートマチックを構えて凍った粘菌を打ち砕いていく狼谷。その周囲で冷気放射器の射程外部分をカバーしていく御手洗。
 布陣に隙はなく、本格的に攻撃へと転じてからは触手に巻かれる者も出ていない。確かに時間はかかっているが、このまま順調にいけば粘菌を駆逐することもできるだろう。
 エージェント達が、そう考えていた時だった。
「!? 後ろ、来ます!!」
 イデアの鋭い声が飛ぶ。反射的に振り返った一行が見たのは、自分達が進んできた道を塞ぐように展開された粘菌の触手群。
 完全に、包囲されていた。
「っ、冗談じゃないぞ!!」
 反射的に触手を凍らせようと動いた迫間に、前方から縄のような触手が迫る。どうやら一番厄介な攻撃をしてくる迫間を捉えようとしたらしい。
「危ない!!」
 あわや、触手の餌食となりかけた迫間を救ったのは御手洗だった。粘菌に対する最大のカードが封じられる事を恐れたのか、はたまた別の理由か、その形相は必死の一言である。精神衛生の観点でも前者である事を祈りたい。
「光様!! っあぁ?!」
 触手に捕らえられてしまった御手洗に気を取られてしまった廿小路も、かの女と同じ末路を辿る。その所為でただでさえ危機的状況だった彼女の服が更に危険な状況に陥った。
「沙織さん!!」
 こんな状況だったが御手洗は御手洗であった。自分もその蠱惑的な肉体を惜しげもなく晒していると言う事実には蓋をして、触手から抜け出す事すら2の次にして、廿小路をガン見している。こんな状況であるが故に、誰からもツッコミを受けない事実が御手洗の行動に拍車をかけていた。
「沙織!! 光!!」
「わたくしの事は構いません、それよりイデア様――メイナード様を!!」
 庇われたお陰で無傷の迫間に呼ばれた事で理性を取り戻した御手洗。いろいろな意味で間一髪であった。
 イデアは重傷であるが故に能力が大幅に下がっている。準じて生命力も低下していた。捕まってしまった場合、逃げられないだけでなく大打撃を受けてしまう可能性も高い。
 そう判断して、自分では間に合わない事も悟った上で、声をあげたのだが。
「きゃあっ!」
 一足遅かったようだ。
「なっ、なんですかこのぬるぬるぬとぬとしたものは……!! くっ、傷の所為で力が……!」
 傍目にも過剰な程扇情的な体勢で触手に囚われているイデア。
 逃げ遅れてしまったらしく、イデアの隣で同じように辱められている男の娘――失敬、狼谷。御手洗と佐藤の目を借りたアリスの視線が物理的な何かを持っているかのようであった。
「ああ、服が……! 助けておじさ……あ、ここでしたね」
 それまで迫真の「くっ殺せ」状態であったのに、急に真顔になって首にぶら下がっているカプセル――メイナードを見下ろす様は、スイッチが切り替わるようでいっそ滑稽さすら感じさせた程。
 だがそんなどこか喜劇的な様も、メイナードには相棒の危機である事に変わりない訳で。
『イデア……ッ! ぬおぉぉぉおお! このど畜生が! イデアから離れろ!!」
 今ここに粘菌濡れの壮年男性(筋肉質)が爆誕した。勿論装備が溶かされるオプションは健在である。現在のメイナードがどのような様相であるかはご想像にお任せするが、胸筋の谷間と腹筋のシックスパックが見事である事だけは述べておく。
『!!』
「アリス!?」
 佐藤の悲鳴じみた声が聞こえる。萌えが昂ったらしいアリスが、身体のコントロールを一時的に奪ったらしい。ガチムチの壮年男性も萌えの射程内。なんとも守備範囲が広い。
 だが現在は周囲を敵に囲まれた戦闘中である。他に気を取られれば当然隙ができる訳で。
「んっ……ねばねば……する」
 佐藤も粘菌に囚われてしまった。しかも、装備が身体のラインにぴっちりフィットするパイロットスーツ状の物であるが故に、溶かされた服の隙間から佐藤の肉が食い込むようにはみ出している。幸い守られるべき場所は守られたままであるが、なんと言うかその、非常に扇情的な格好である。御手洗の視線が釘付けになっていたのは言うまでもない。
「優牙! メイナード! 咲雪! くっ、ただの粘菌だと侮ったツケかっ!!」
 粘菌の魔手から逃れているのは迫間ただ一人。メイナードに関してはイデアと入れ替わった段階で体積が急激に変わった為戒めは解けているのだが、傷に触ったらしく戦える状況ではない。
「クソッ……! 後方で見ているだけなど、これでは昔と同じじゃないか……!」
 心底悔しそうに地面に拳をぶつける、謎の粘液にぬれぬるりとした光沢を放つガチムチ壮年男性(半裸)。一部界隈からの反響が心配である。
「チィッ! このままでは全滅は免れん、なんとか策を講じなければ……!!」
 冷気放射器で己に向かって伸ばされる触手を捌いていくものの、数が多い為取り零しも増える。迫間の装備も徐々に削り取られ、まるで強敵に嬲られたかのようなボロボロの様相となっている。肌にはかすり傷程度しか負っていないのがせめてもの慰めか。
 迫間がしのいでいる間に、御手洗は水刃を振るって、廿小路と狼谷は御手洗に助けられて、佐藤は力任せに触手を引き千切って、囚われていたエージェント達も徐々に触手から解放されていく。
『咲雪、側面から触手が来るわよ。流石に全裸はマズいからそれ以上の損傷は注意して』
「ん……分かった。でも。服だけ溶かす……スライムが居る世界……だと、エロい触手……とかも居そう」
『スライムの次は触手が出てくるのかしらね?』
 一時は不覚を取ったが、集中していれば避けられない程の攻撃ではない。相棒と雑談を交わす程度の余裕はあるのだ。アリスが己の萌え衝動に打ち勝つ事ができている間に限るが。
「おい、聞け。このままだとジリ貧だ。ともかく一旦態勢を立て直す、離脱するぞ!」
 引き締まった肢体がチラリズムしている迫間にアリスが一瞬反応しかけたが、理性を総動員して抑えた。
 皆迫間の提案に否はない。冷気放射器を持つ迫間が先導する中、皆一丸となって粘液の森を走った。
 と。
『あ、あれは! おじさん、あれ見てください!』
 喋る義手と化していたイデアが何かを発見した。粘菌の猛攻を退けつつ視線を遣れば、そこにあったのは赤黒く輝く丸い玉のような物。
「当たりくさいな」
「……ん。たぶん、このスライムの核的な何か」
 思えば中心へ進むごとに粘菌の攻撃が激しくなっていた。核を守る為だったのだろう。がむしゃらに進んでいるうちにたどり着いてしまったらしい。
 赤黒い玉は、一撃であっさりと崩れた。それと同調するように、あれだけ手を焼いた巨大な粘菌が悶えるようにして溶けて消えていく。
 今までの苦労はなんだったのか。エージェント達の心はことここに来てひとつになった。
「……ま、なんだ。これにて依頼達成、だろう?」
 メイナードの放心気味な言葉が今回の依頼の全てを物語っている。
「……帰る」
 佐藤がとてもとても疲れた顔をして共鳴を解く。誰も彼もが疲れ切った顔をしていた。
「皆様どろどろですわね。どうでしょう、この後ご一緒にお風呂へでも」
「お風呂、ですか? そうですね、じっくり身体を洗ってこのベタベタをなんとかしたいです……」
「あ! じゃあじゃあ、あたしが隅々まで洗ったげる!」
「……お風呂」
 御手洗の言葉に女性陣は好意的な反応を示している。御手洗は心の中で渾身のガッツポーズを繰り出した。
「ちっ……スーツ代程度は出して貰わんとな……」
 迫間は襤褸切れと化したスーツを忌々しげに睨みつけている。霊力由来の品は時間経過で回復するが、それ以外の品はそうもいかない。その辺りは経費として申告するつもりであるようだ。
 そのまま共鳴を解いた迫間の眼鏡を奪う者が一人。他でもない、マイヤである。
「あっ、おい、何するんだよ」
「こうしておけば央には何も見えないでしょ」
「いや、ホントに危ないから返せよ……」
 戦闘中はさておき、マイヤは迫間が他の女性の肌を見るのが嫌らしい。むっつりと不機嫌顔のマイヤは、眉尻を下げた迫間に眼鏡を返す事なく、その引き締まった腕にたおやかな腕を絡めた。
「これでいいでしょう?」
「……くっつき過ぎじゃないか……?」
 なんとも甘酸っぱい空間が広がっている。目撃したイデアが羨ましそうな顔をしていた。
「風呂はいいが、その格好で行く気か?」
 各々盛り上がる中、現実的な指摘をするメイナード。その言葉に己の現状を確認して、着替えの事を考えていなかった一行は、力ない笑みを浮かべた。
「……H.O.P.E.に連絡しますね」
 苦笑してスマフォを取り出す迫間。
 一行が家に帰り着くのは、もう少し先になりそうであった。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 胸囲は凶器
    廿小路 沙織aa0017
    人間|18才|女性|生命
  • 褐色の色気
    ヘルフトリス・メーベルナッハaa0017hero001
    英雄|18才|女性|バト
  • 魅惑のパイスラ
    佐藤 咲雪aa0040
    機械|15才|女性|回避
  • 貴腐人
    アリスaa0040hero001
    英雄|18才|女性|シャド
  • エロ魔神
    御手洗 光aa0114
    機械|20才|女性|防御



  • ショタっぱい
    狼谷・優牙aa0131
    人間|10才|男性|攻撃
  • 元気なモデル見習い
    プレシア・レイニーフォードaa0131hero001
    英雄|10才|男性|ジャ
  • 危険人物
    メイナードaa0655
    機械|46才|男性|防御
  • 筋肉好きだヨ!
    Alice:IDEAaa0655hero001
    英雄|9才|女性|ブレ
  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445
    人間|25才|男性|回避
  • 奇稲田姫
    マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001
    英雄|26才|女性|シャド
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