本部

新技術奪取作戦

山川山名

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2015/11/24 01:12

掲示板

オープニング

●技術革新
 もうどれだけここにいるだろう。
 ベッドに寝転がるやせ細った男は、そんなことをぼんやり考えていた。
 何日も同じことを繰り返し考えている気がするが、確かめようと過去の記憶を漁ることも億劫だった。そんな余力があるのなら、とっくに気が付いているはずだからだ。
 自分の周囲を眺める。五畳程度の部屋の中にはベッドと便器、小さな机以外には何もない。低い天井を見上げても、まるで当然のごとく電灯などつけられていなかった。
 ここが、彼の『日常』だった。一日の大半――時計がないので、一日がどれだけの長さかはもう忘れたが――をここで過ごし、『奴ら』に呼び出されればあそこに行く。暗い、暗い部屋で無為に時間を過ごす。恐ろしく怠惰な生活に男はもう慣れ切っていた。
 腕を持ち上げると、己の両手を制限する手錠が見えた。右腕にブレスレットとして巻きつけている幻想蝶も目に入ったが、今ではこの切り札も役には立たない。何度も共鳴し、脱獄を試みたもののすべて徒労に終わり、いまではもはや共鳴すら困難になっているからだ。少し前までは能力者だった彼も、これではただの人間と大差ない。
 ……いや、もはや人間ですらないだろう。ただ飼いならされ、使いつぶされる家畜と自分は同類なのだ。
 ああ、まだ考えられる。それぐらいの気力はあった。
 まだ――

『十一番、集中治療室。至急』

「――、」
 のろのろとベッドから体を起こし、指定された部屋へ向かう。久しぶりに出てきた廊下は目を潰されるほど白色に塗りつぶされていた。
 『集中治療室』と書かれた板が打ち付け扉を開くと、そこには白衣を着た小太りの男が一人、そして巨大ないすが置かれていた。その光景にかつてのことを思い出し、痩せた男は目を細めた。
「座れ」
 端的な命令に、男は黙って従う。
 椅子に体を沈めると、どこからともなく物々しい機械が男の周りを取り囲んだ。そして、腕に、足に、胴体に、頭に、タコのようにして機械の体を押し付けていく。
「始める」
 声と同時、男の体を雷に打たれたような痛みが襲った。
「が……ああっ……ぐあ……!」
 声が出ない。己の体から血液に等しい力の流れが抜けていくにもかかわらず、抵抗の証さえ示せない。ただ力を搾取され続ける。
 視界がぼやける。声がかすれる。指先の感覚が消えていく。
 押しつぶされる意識の中、彼が最後に聞いた言葉はまるで自分たちのことをモノとしか見ていない、白衣の男の忌々しげな声だった。
「……ちっ、たったこれだけか。これじゃあテストができる水準に到達しないじゃないか。……少し計算が狂うが仕方ない。十二番を呼び出すか……」

●救いはここに
「ライヴスで動くモノの開発があちこちの企業で行われているのは知ってるな。ライヴス技術、というくくりにされているが、実際はモノによって開発の程度が大きく異なっている。これのような空間ディスプレイ技術は実用化されているが、それ以外はいまだ試験段階なものがほとんどだ」
 HOPEブリーフィングルームの中で、男性担当官は机を軽く手でたたいた。この机には空間ディスプレイ、或いはホログラムと呼ばれる立体投影映像を発生させる機械が埋め込まれている。
「そんな折、うちにある情報がリークされた。なんでも、『ライヴスで動く自動車』のプロトタイプが秘密裏に製造、試験されているそうだ。場所は都内某所にある廃工場だが、少し調べただけで真っ黒だと判明した」
 言うと、担当官は空間にホログラムを投影する。監視カメラの映像を可視化したもののようだが、そこにいたのはあちこちに機械を取り付けられて身もだえる男性と、機械を操作する白衣の男だった。
「どうも自動車のテストをするには毎回大量のライヴスを使うようでな。奴らはその量を保管できるモノを持たないから、こうしてテストをする前に能力者からライヴスを吸い上げているらしい。そして面白いことに、奴らは工場の地下を試験場にしている。つまり上の部分はダミーだ。地下一階に能力者を監禁し、地下二階でテストを行っているらしい」
 続いて投影されたのは、工場と思しき建物の立体見取り図だ。各部屋の配置や内部の様子まで、外から見ただけではわからない詳細な情報が読み取れた。
「今回君たちに頼みたいのは、ここで行われているのが一体どのような試験なのか、情報を回収することと、監禁されている能力者の救出だ。能力者を無力化できるということは、奴らも能力者、つまりはヴィランを雇っている可能性が高い。……そもそもが、こんな違法活動を今までHOPEに気づかれず行ってきた連中だ。ヴィランを用心棒にしていても何ら不思議じゃない」
 しかしだ、と担当官は付け加えて、
「今回の目的は別にそいつらとドンパチやることじゃない。下手に騒ぎを起こすと囚われている能力者に被害が及んだり、犯罪者連中を逃がすことにもなりかねん。できる限り気づかれず、隠密を第一に考えてくれ。……猶予がない。リークした人間はひどく衰弱していて、情報を伝えるとすぐに気を失ってしまった。事態はそれほど切迫していると考えてくれ」
 担当官は強いまなざしで言った。
「やることをやったら、試験場にお前たちがいた証拠を残さないようにしろ。爆破するでも何でもいい。クソ野郎には、地獄も手ぬるいと思わせろ」

解説

●目標
 自動車実験場の情報を回収し、囚われている一般人を救出する

●登場
能力者×十五
 口約束の高額報酬につられ、監禁されてしまった人々。長くライヴスを搾取され続け、心身ともに衰弱してしまっている。これによって共鳴はできない。
 中には老人もいる。救出には一刻の猶予もない。
 彼らは地下一階の独房に一人ずつ収容されている。

科学者×五
 ライヴスで動く自動車の研究開発を行っている人間。主に地下二階にいるが、一人だけはライヴス搾取のために集中治療室のある地下一階に常駐している。
 戦闘能力はなく、リンカーでもない。

ヴィラン×五
 科学者に金で雇われたヴィラン。用心棒として地下一階に二人、地下二階に三人おかれている。
 凶暴であり、能力者の姿を見つけたらすぐに戦闘体制に移行する。
 地下一階のヴィランは独房の巡回と集中治療室の警護、地下二階のヴィランは研究者のボディーガードを務めているようだ。

情報
 研究資料やライヴス搾取の実態を示す重要な証拠となりうる。地下一階の集中治療室に書類で、地下二階のパソコンにデータで存在している。これらを両方回収しなければ任務達成とはみなさない。
 なお、データのコピーに使うUSBメモリーはHOPEで配布する。

●状況
 都内某所の廃工場。稼働していないように見せかけており、外から見える部分には何もない。実験場その他はすべて地下にあり、そこへは工場内部にある階段で降りられる。その際、見取り図は突入前に配布される。
 深夜に作戦を決行するが、内部は照明がついているため夜間潜入のメリットはあまり利用できない。
 なお、任務が完了した場合は証拠隠滅のために試験場を爆破するべし。地下二階には可燃物や爆発物があるため、そこに取り付けよ。爆薬は能力者一人に配布する。

リプレイ

●白と黒
 今、実験場に向かう複数の影があった。
「人を人とも思わぬ行為、許せません」
『全力で叩き潰すぜ。好き放題したその責任は取って貰おう』
 ガルー・A・A(aa0076hero001)の言葉とともに、紫 征四郎(aa0076)はその瞳に強い光を灯す。
「おい、今回は隠密行動だろ? 今のうちに共鳴しておいた方がいいんじゃないか?」
「そっか。研究所で変身したら敵に見つかっちゃうもんね」
「まあ、わざわざあんな恥ずかしいポーズと掛け声をしなくても共鳴はできるんだけどな」
「いーのいーの。聖霊紫帝闘士ウラワンダー、いくよ」
 ニクノイーサ(aa0476hero001)が呆れて息をするのもいとわず、大宮 朝霞(aa0476)はシャツにジャケットから白とピンクの舞台女優のような衣装にその姿を変えて小さく笑う。
「どうして、人同士でこんな事が出来るんだろ」
「まあ、悪党のやることだよね。悪魔の僕が言えたことじゃないけどさ」
 目を伏せるファウ・トイフェル(aa0739)とは対照的に、口元に薄い笑みを張り付けるフヴェズルング(aa0739hero001)。
「人間とやりあう……いや、何でもねー。能力者の救助、急がねーと、だな」
「能力者のこと、モルモットとしか見ていないようねえ、彼ら」
 木陰 黎夜(aa0061)がそこはかとなく体を震わせたのを知ってか知らずか、アーテル・V・ノクス(aa0061hero001)が彼女の意識を別に向けさせるような言葉を放った。
「汚い仕事は大人のやることなんだけどなあ。征四郎ちゃんとか来ちゃってまあ……」
『安心だろう? 彼女たちのほかにも、ニック殿たちもいるでござる』
 気だるげに首を鳴らす虎噛 千颯(aa0123)に白虎丸(aa0123hero001)が答えると、虎噛は肩をすくめた。
「……気に入らんな」
『急ごう。残った人たちが心配だよ』
 暗殺者のように鋭い眼光で廃工場を見据える御神 恭也(aa0127)に、伊邪那美(aa0127hero001)はいまだ囚われる人々を案じる声を上げた。
 目指す先は、すぐそこだ。

「地下一階に突入したら手はず通りに動こう。データの確保もそうだけど、能力者たちを救助するのも依頼のうちだからさ」
 虎噛が救助者の収容のためのバスの要請をしたのち、全員に向き直る。すでに全員戦闘体制に移行しており、体から殺気を放っていた。
 その中で一人、じっと二つの紙を見比べるものがいた。
「それ、見取り図?」
「そう。僕らが突入するのとは別に脱出経路とかあると困るし。悪党なら退路の確保ぐらいしてそうじゃん……っと」
 何かを発見したのか、彼はさらに見取り図に目を近づけて見比べた。やがて口元の笑みをさらに広げ、満足げに見取り図をファウに渡した。
「ま、大体わかったよ」
「……? まあ、ヴェズが分かったならいいけど」
 ファウが首をかしげて見取り図を受け取ると、紫が二人を呼んだ。
「そろそろ突入します。準備を」
「だってさ、ファウ」
「うん」
 悪魔と共鳴し、青年の姿となったドイツの少年は地下へと続く階段を見下ろして呟いた。
「行こう」

 階段を下りた先にあった押し扉を開けると、そこには毒々しいまでの白が広がっていた。二方向に分かれた通路の両側には重厚な扉がはめ込まれており、それが能力者を収容する者であるとすぐに察しがついた。
「チハヤ」
 紫が指した先には、白を塗りつぶす黒い影が見えた。ヴィランの影だ。
「行こうか。オレちゃんについてきてね」
 虎噛を先頭に、六人が一列に進む。真ん中にいた木陰が周りを見渡して体を震わせた。
「……こういう施設って、なんで白いんだろうな……」
「大丈夫? 木陰さん」
「うん、平気」
 すぐ後ろの大宮が声をかけると、木陰はそちらを見ずに頷いた。
「止まって。ちょっと確認する」
 と、先導していた虎噛が立ち止まり、手鏡をカーブミラーのようにして奥を偵察した。
『あいつか。こちらに背を向けているから、奇襲するなら今でござる』
「だね。一気にいっちゃおうか」
 紫と御神が彼の背後に移動し、各々の武器を構えた。鏡の中のヴィランはまだ後ろを見ることはない。
 虎噛が右手で拳銃を作ると、ヴィランの背中に照準を合わせた。その瞬間、二人が一気に陰から飛び出す。
「はあああああッ!!」
 紫のブラッディランスの穂先が無防備な首元を貫いた。衝撃で吹き飛ばされたヴィランの男は、向かいの壁にその体をしたたかに打ち付けてなお、彼らの姿を見て怒声を発した。
「な、何だおまえら!? 一体どこから――」
 だが、言い終わらぬうちに紫は開いた距離を詰め、投げ出された脚に血みどろの槍を突き立てる。
「があああああああ!?」
「少し動かないでくれますか。こちらもあまり時間をかけたくないのです」
 槍を握る手に力を籠める。それだけで槍はあっけなく男の足を貫通し、鮮血とともに白い床へ亀裂を刻んだ。
 男が気絶するのを紫が確認した瞬間、左手の廊下にある扉の一つが勢いよく開け放たれた。中から出てきたモヒカン男は、気絶した仲間と槍を突き立てる少女を見ると慌てた様子でインカムを取り出した。
「こ、こちら地下一階! 聞こえるか、敵の襲撃を受けた! 繰り返す、敵の襲撃を受けた!」
『まずい、あの野郎下に連絡してやがる!』
「ミカミ、頼みます!」
「任せろ」
 御神が猛烈な速度で戦闘に向かうときに、モヒカンの手にあったインカムが突如として宙を舞った。短剣のようなエネルギーの塊が突き刺さったそれは、地面に墜ちるころには鉄くずと化していた。
『いいわ、命中よ』
「うん」
 後方で控えていた木陰が魔法書を片手に警戒を続ける間に、御神はモヒカンの喉にその手を伸ばしていた。
 だが、その手は必死の回避を見せたモヒカンによって空を切る。それを見切った御神は、わざと体を大きく回転させ、もう片方の手でコンユンクシオをつかみ取ると再び喉元に向けて刃を振り下ろした。
 もう逃げられない。遠心力を得たその刃は、通常の数倍の威力を伴ってモヒカンを『押し潰した』。気を失うモヒカンをよそに、御神はその奥にある階段に移動して叫んだ。
「地下二階への道は確保した! 時間がない、急げ!」
 彼の横を大宮とファウが通り過ぎる。彼らとの間に会話はなかった。
 虎噛と木陰は先ほどモヒカンが出てきた扉を蹴破り、中へ足を踏み入れた。その扉には、無機質な文字で『集中治療室』と刻まれていた。
 中にいた小太りの白衣の男は、今まさに書類をまとめていたところだった。じっとりと汗にぬれ、怯えた双眸が二人を見据えた。
「お、お前たち、こんなことをして許されると思っているのか!? い、いきなり表れて被害を出して……ひっ!?」
「喋るな。余計な真似したら撃つ。おまえらの命は指示されてない」
 魔法書を突き付け淡々と命令する木陰。ともすれば全身が縮こまりそうな恐怖は意地で押さえつけた。
 即座に室内をガスが満たす。能力者以外は例外なく昏倒させるそのガスは、当然白衣の男も速やかに眠りにつかせた。崩れ落ちた男の手から虎噛が書類を引き抜いて木陰の方を向いた。
「お疲れ。ごめんね、嫌な役回りさせちゃって」
「……ッ」
 だが、木陰は虎噛の顔を見るや否や顔をしかめて目をそらした。慌てて彼女の英雄であるアーテルがフォローに入る。
『ごめんなさいね。黎夜は男の人は……』
「あーうん、そうだったよね。ごめん」
 バツが悪そうに虎噛は髪を掻くと、書類に視線を落とす。はじめは気まずそうな笑みだったその顔は、だんだんと朱を差し込ませていった。
「……なんだ、これ」
 そこにあったのは、血の通わない文字の羅列。簡素なレポート形式でまとめられたそれは、いつ能力者からライヴスを搾取し、それを実験に利用したか、そして結果はどうだったかしか書き込まれていなかった。まるで能力者を、ライヴスを生み出すものか何かのようにしか見ていないかのように。
『これが……同じ人がすることか!』
「白虎丸落ち着け! 意識が……!」
 白虎丸の咆哮にも似た怒りを必死に抑え込もうとする虎噛。しばらくして、ようやく落ち着いた様子の虎噛は息も荒く木陰に向き直った。
「……行こう。囚われている人を、助けよう」
「……、」
 こくり、とうなずいた木陰と虎噛は共鳴を解除して集中治療室を飛び出し、独房の扉を解放し始めた。中にいた人々は様々な年齢、性別であったが、皆例外なく消耗しきっていた。
 虎噛がその中の一つにいた若い男性に手を差し伸べる。
「おにーさん、立てる?」
「……あな、たは……」
「HOPE。助けに来たよ」
 そして、それは虚ろな瞳でこちらを見上げる男性を前にした黎夜も同様だった。
「……う、うちらが、い、家に帰す……え、英雄にも、会わせる……だから、まだ、生きてて……」
「……ああ……」
 怖い。直視できない。彼が瀕死の状態であってもなお、手を伸ばすことが、たまらなく怖い。
 筋肉がいよいよこわばり始めたその時、彼女の肩に優しく手が置かれた。
「弱ってるんだから暴れたりしないわ」
「……アーテル」
「大丈夫、あんたが一番嫌ってるヤツらとは違うから。どうしてもだめなら、あっちの女の子をお願いしてもいいかしら?」
 木陰はひどく迷った目で男性とアーテルを見た後で口を開いた。
「……ごめん」
「いいのよ。さ、早く行ってあげなさい」
 頷いて向かいの独房に走る木陰を見やった後、アーテルは男性に肩を貸して立ち上がる。
「……ありがとう……」
「こんなことになるとは思わなかったでしょうね。でも、よく頑張ったわ。お疲れさま」
 男性はひどく衰弱し、それでも精いっぱいの力でかすかな笑みを作った。

●新技術
 虎噛たちが集中治療室に突入したころ、ファウは全力で走って実験場の扉を蹴破っていた。
 内装は今までの白と違い、くすんだ黒の壁が四方を覆っていた。ここは能力者たちに見せる必要がなかったのか整備は行き届いておらず、ところどころ土が顔をのぞかせている。中央には市販されている軽自動車が一台、蛸の足のようにケーブルをあちこちに伸ばして鎮座していた。
 そしてその周りには白衣の男たちと、彼らを護衛するためのヴィランが侍っていた。ファウの存在に気づくとそちらに視線を向け、白衣の男たちは例外なく表情をこわばらせた。
「お前か、先ほどの襲撃者とは」
 硬い声で問う白衣の男の一人に、ファウは彼らしくもない侮蔑的な笑みを浮かべた。
「そーだけど?」
「テメエ、俺たち三人を相手に一人で勝てると思ってんのか!?」
「はあ? 僕が君らに負けるとか本気で思ってんの? だとしたら頭弱すぎ。笑っちゃうぐらいにさ」
「んだとコラア!」
 色をなすヴィランに、なおもファウは挑発的に言葉を続ける。
「ヴィランの癖に金でこんな連中の奴隷になるとか、情けないねえ。ヴィランってのは脳細胞も劣化するのかな?」
「テメエ……おい、お前らやるぞ! あのクソガキをぶっ殺す!」
『おう!』
 武器を構えてこちらに詰め寄るヴィラン。ファウもトリアイナを握り臨戦態勢を取る、が。
(……ヴェズ、口悪い)
(ごめんごめん。でもこれぐらいやらないと、あいつら引き剥がせないかなーって思ってさ)
 ファウの小さな非難に、フヴェズルングの声が悪戯っぽく返ってきた。
 先ほどのファウの言葉はすべて、彼の口を借りたフヴェズルングによるものだ。挑発の言葉を思いつかなかったファウに対して英雄が語った作戦の一つである。
(……まあいいや。行こうか、ヴェズ)
(おっけー)
 気楽な調子でフヴェズルングが言い放った直後、ヴィランの一人が大剣を突き出して突撃してきた。それを槍でいなしたファウは、横合いから打ち込まれた攻撃によろめく。見るとそこには、煙を吐くスナイパーライフルを構えたヴィランがファウを狙っていた。
 二方向の攻撃を同時にさばききることにファウがいささかの不安を覚えたその時、そのヴィランが真横から殴り飛ばされたかのように吹き飛ばされた。見ると、ヴィランの頭に極小の矢が突き刺さっていた。
「朝霞か」
『わーお。結構えぐいねあれ』
 姿を見せていないとはいえ、突如として仲間の一人が倒されたことに当然ながら他のヴィランは気が付いた。ファウと距離を取って機を窺っていた別のヴィランが後ろのオフィステーブルを指さして叫んだ。
「あそこだ! 女が隠れてやがる!」
「クソッタレ、挟み撃ちにする気かよ!」
 毒づくも、ヴィランの行動は雇われ人とは思えないほど機敏だった。すぐさま体勢を立て直し、大宮からの攻撃にも対応できるよう陣形を整えたのだ。
『結構やるじゃん、あいつら』
「だね。でも、これでいい」
 ファウたちの目的は、別にヴィランを殲滅することではない。自分たちにヴィランの注意を向けさせることこそ彼らの目的なのだ。

 火花散る攻撃の応酬を陰から通り過ぎる人影が一つ。ヴィランが大宮たち二人に気を取られている隙に、影はたやすく戦場を抜け出した。
「ありがとうございます、アサカ、ファウ」
『急げ。あの野郎どもパソコンで何かしてやがる』
 紫と、彼女に憑依したガルーであった。
 紫は逃亡のために書類をまとめたりする科学者の脇を音もなく通り過ぎると、キーボードを必死になって叩く科学者の足を思い切り引っ張った。突然のことに科学者はなすすべなくパソコンから引きはがされる。
「こ、ここにも能力者がいるぞ!」
 ほかの科学者が騒ぐのも無視して、紫は仰向けにした科学者の喉元にライヴスのメスを突き立てて低い声で問う。
「答えなさい。今、何をしていましたか」
「……それを言ってどうする気だ」
「私たちのやるべきことが増える。それだけです」
 だが、科学者はこの状況であってもなお笑みを浮かべていた。紫を小馬鹿にするかのように。
『てめえ、何がおかしい』
「ふん、つくづく浅はかな連中だ。まさかこの研究はわたしたちだけが行っていたとでも? 本当にそう思っていたのならば甘い。ここは単なる一実験場にすぎぬというのに」
「……どういう、ことですか」
「自分で考えろ。その意味を考えられぬほど馬鹿ではあるまい」
 紫は、自らの頭がマグマの中にでも入れられたかのような錯覚を覚えた。まさかこの科学者たちは、ここだけでは飽き足らず他の場所でも同じことをしているとでもいうのか?
 もしその言葉が本当であったとしたら。許すわけにはいかない。
 HOPEとかそんなくくりを抜きにして、紫征四郎という人間自身が許すことをしなかった。
『研究熱心で御大層なこった。他人のライヴスで喰う飯は美味かったか? 次はてめえらが同じだけ血を流すだけだ、なあ?』
 ガルーの侮蔑と冷笑にも、研究者は鼻で笑って受け流した。
「何とでもいえ。この研究は必ず将来の社会の発展に欠かせないものとなる。その過程で何人の能力者が死のうと、巨大な歴史の前では輝かしい新技術のみが示される。どこの誰とも知れぬものの死など、数ミクロンのシミにもなりはしない」
 その答えで、何かが切れた。
「……なのですか」
 もう我慢できなかった。
 彼らをただで帰すわけにはいかない――!
「あなたたちは『明日』を踏みにじった! ここに囚われていた人たちが迎えるはずだったかけがえのない『明日』を! それを、あなたたちはどうやって! どうやって償うつもりなのですか!」
「結果がすべてだ! のちの世界に残る新技術を提供する事こそ我々の使命だ! その歩みをたかだか数人の死で阻害することはあってはならないんだよ!」
「ッ!!」
 怒りが臨界点を超えた。
 衝動的に振り下ろされたメスが、研究者の頸動脈めがけて刃を突き立てようとする。
 だが。
「紫さん!」
 背後からの叫びに、手を止められた。
 ぎくしゃくとそちらを振り向くと、体のあちこちに傷を作った大宮が息を切らして立っていた。すでに戦闘は終わっていたのか、彼女以外に立っている者はいない。
「……アサカ……」
「紫さんがそんなことする必要なんてないよ。もしそれを振り下ろしたら、紫さんはこの人たちと同じになっちゃう。それは嫌だ。紫さんがいいといっても、私が嫌だ」
 紫はその言葉に突き動かされるように、握りしめたメスを見下ろす。
 しばらくじっとメスを見つめたのち、紫は静かに能力者から離れ、固唾を呑んで見守っていた他の研究者を見渡した。
「これは慈悲ではありません」
 決然と告げる。
「征四郎はあなたたちを絶対に許さない。何の罰も受けることなく、ここを出られると思わないでください」
 研究者はゆっくりと後ずさると、言葉を発することなく壁の一部に殺到した。そして壁を何の躊躇もなく『押し開け』ると、研究者たちは実験場から姿を消した。
「よく頑張ったね、紫さん」
 大宮の手が紫の小さな頭をなでる。
「ここから先はヒーローの出番。今は、紫さんが守ろうとした人たちを助けに行ってあげて」
「ええ。気を付けて」
「ふふん。ウラワンダーに任せて!」
 そういうと、大宮はマントを風になびかせて彼らの後を追った。大宮が実験場からいなくなると同時に紫は踵を返して元来た道をたどり始める。
『本当によかったのか? あのクソ野郎どもを逃がしちまって』
「別に構いません。彼らはいずれ裁きを受ける。けれどそれは血に塗れたものではなく、理性的な裁きでなくてはならない。そう思っただけです」
 裁きは受けなければならない。
 たとえそれが、自分とは関係のない所であったとしても。

「なんてことだ、まさかこんなに早くHOPEが嗅ぎつけてくるなんて……!」
 隠し通路を走る研究者の一人は息を切らしながら毒づいた。明かりがほとんどないせいで表情を窺うことはできない。
「おい、情報はちゃんと抜き取ってきたんだろうな!?」
「問題ない。今頃奴らがあのパソコンを漁っても何も出てはこまい」
「そうか。いや安心したぞ。おまえがやられたらどうしようかと思っていたからな」
 研究者の一人がそう言うと、一番後ろを走る研究者は興味なさげに鼻を鳴らした。
「どうせ奴らに殺しはできんよ。あの少女は特に。外道である私たちに対して危害を加えることすらできなかったのだから」
「まあそれもそうか。見えてきたぞ、出口だ!」
 行き止まりのようになっている壁を体当たりするように押し開ける。扉の先は小さな公園のような場所であった。風が冷たく、日が西の空に落ち始めていた。
「よし、ここからはマニュアル通りに――!?」
 言いかけたその時、研究者の真横を紙一重の距離で何かが通り過ぎた。
「なんだ!?」
「静かに。その場から動かないで」
 木の陰からその身を現した少年は、魔法書のページを開きながらこちらをじっと見つめていた。
「でないとボクも何をするかわからない」
「ど、どうしてここが分かった!? 地図には何も書いていなかったはずなのに!」
研究者が狼狽えて叫ぶと、どこからともなく若い男の声が聞こえてきた。
『あー、それねえ。悪いんだけど、逆に隠しすぎてバレバレだったよ?』
「何だと……!」
 ファウの口を借り、フヴェズルングはくつくつと笑いをごまかさずに告げた。
『あの工場ができた当時の地図と、少し前に調べた地下の地図。比べてみたら、明らかに不自然なところが一つだけあったんだよねえ。そこだけぽっかり穴があった。まるで、何か知られたくないものがあったみたいにさ』
「あとはそのルートを予測するだけ。できる限り近く、けれど追っ手の目を逃れやすいとなるとこのあたりだと数が限られるからね」
 軽い調子ながら、ファウたちは確実に研究者たちをその場に縛り付けていた。
 こいつは、まだ何か知っている。そんな憶測が逃げ出すことすら制限させていた。
 研究者が動けずにいた時、彼らの後ろで勢いよく扉が開く音がした。
「追いついた! さあ、聖霊紫帝闘士ウラワンダーが現れたからには、覚悟しなさい! 悪徳研究者諸君!」
『その呼び方はどうにかならないのか……だが、もう逃げられんだろう。朝霞、情は捨てろ。思いきりいけ』
 二人の能力者に挟まれ、研究者は怯えたように膝を地面についた。清潔な白衣が赤茶色に変わる。
「……万事休すか」
 研究者の一人は溜息をつき、天を仰いだ。

「爆弾の設置、完了しました」
『早く逃げねえと死ぬぜ、お前ら!』
 地下二階に最後まで残り、爆弾を仕掛ける作業を行っていた紫がインカムに声を吹き込むと、スピーカーから返事がした。
『了解! ほら、全員無事に助け出さないと! ニック気合い入れて!』
『分かっている! 全く、世話の焼ける……!』
 大宮とニクノイーサの後、エンジン音をかすかに響かせて虎噛の声がした。
『こっちも準備できてるよ! 征四郎ちゃんも早く戻ってきて!』
「すぐに行きます。また後で!」
 紫はだれもいない実験場をちらりと見やったのち、黙って地面を蹴った。

 そして、そのころ。地下一階の集中治療室で御神が高濃度酸素を詰め込んだタンクを躊躇なく破壊していた。その様子に、伊邪那美が問いかけた。
『何をやっているの?』
「ちょっとした小細工さ。爆薬一つだと少々インパクトに欠けると思ってな」
『え~っと、どうなるのかな?』
「爆発力を高めてくれる。具体的にはこの地下部分が吹き飛んで更地ができる。酸素自体は燃えないから延焼する可能性は低い」
『何が家業はボディーガードだ、だよ!? どこからどう見てもテロリストじゃん!』
「お前に叱られて頭は冷えてる。大丈夫だ、周囲に被害は出さん」
 集中治療室から走ってその場を離れていた時、下から現れた紫とすれ違った。少女は何も言わず御神を見ると、御神と並走して出口へと向かった。
 工場を出ると、すでに人の姿はなく、一台のバンが止めてあった。運転席の窓から虎噛が顔を出して手を振った。
「こっちだよ!」
 紫と御神がドアを開けると、すでに虎噛を含めた四人はバンに乗っていた。開いている席に体を押し込めると、御神が窓ガラスをたたいた。
「いいぞ、出してくれ」
「おっけー、じゃあ行こうか! 征四郎ちゃんよろしく!」
「はい」
 紫は手の中に握られた起爆用のスイッチをほんの数秒だけ眺めた。無機質なそれに、紫は小さくつぶやく。
「……もう、苦しまなくて大丈夫ですよ」
 その直後。
 見捨てられた廃工場は、地上から姿を消した。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 薄明を共に歩いて
    木陰 黎夜aa0061
    人間|16才|?|回避
  • 薄明を共に歩いて
    アーテル・V・ノクスaa0061hero001
    英雄|23才|男性|ソフィ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 優しき『毒』
    ガルー・A・Aaa0076hero001
    英雄|33才|男性|バト
  • 雄っぱいハンター
    虎噛 千颯aa0123
    人間|24才|男性|生命
  • ゆるキャラ白虎ちゃん
    白虎丸aa0123hero001
    英雄|45才|男性|バト
  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 非リアの神様
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