本部

【白刃】死ぬまで殺すから覚悟しろ

ガンマ

形態
イベントEX
難易度
難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
25人 / 1~25人
英雄
24人 / 0~25人
報酬
多め
相談期間
5日
完成日
2015/11/23 19:55

掲示板

オープニング

●白き刃へ抗う為に
「総員、準備はよろしいですか?」
 映像で、音声で、出撃し往くエージェント達にオペレーター綾羽璃歌が声をかける。
「H.O.P.E.東京海上支部としては初の大規模作戦。それに伴い、今回皆様には別働隊として動いて頂きます」

 展開されたドロップゾーン。
 そこから溢れ出す従魔、呼び寄せられる愚神。
 別働隊はそれらを叩き、これ以上のゾーン拡大を防がねばならない。

「大規模作戦の成功……アンゼルム撃破の為にも、皆様の任務遂行が必須となります」
 立ち並ぶ多数のエージェント達。彼らは皆『その為に』集められたのだ。
 こんなにも多くの能力者達――それが何を示しているのか、心当たりがある者もいるだろう。

 トリブヌス級愚神ヴォジャッグ。

 つい先日、かの愚神と繰り広げられた激戦の報告書が返ってきたばかりだ。
 また奴が現れたのだろうか? だが奴は別の場所にて出現が確認されている。
 では、一体何が?

「グリムローゼ」

 その答えを、通信機越しのオペレーターが告げた。
「敵勢力に新たに確認されたトリブヌス級愚神です。これまでのアンゼルム掃討作戦――いや、H.O.P.E.のデータにも存在していない、全くの『新参』です」
 それが出現したのだと璃歌が言う。まるで別働隊を狙うかのように。
「本当ならばもっと多くの戦力を投入すべきなのですが……大規模作戦がある以上、多方面に戦力を割くことはできません。『H.O.P.E.の戦力を割かせること』こそ愚神共の狙いなのかもしれないのですから」
 故にこの任務は『討伐』ではないと彼女は言った。更に『撃退』でもないと念を押した。
「グリムローゼに関する情報は揃っているとは言えません。判明していることといえば、アンゼルムのもとへは『より激しい戦いを求めて』という理由で現れた戦闘好きであること。もう一つは、戦闘狂でありながらもヴォジャッグとは異なり冷静さと理性を持ち合わせているということ。
 そう、まだ気質しか判明していないのです。グリムローゼがどのように戦うのか……まだ何も、情報がないのです。
 最低限の情報から出した、プリセンサーによる見解は――」

 冷静であるということは、エージェントと同じく『考えて行動する』ということ。
 ヴォジャッグのような猪突猛進タイプとは根本的に違うこと。
 トリブヌス級だからと、かのモヒカンと同じ存在であると考えることは致命的であること。(そも、トリブヌス級とは絶対的な個体数が少ない故に、その実力の幅は非常に広い)

「今後、グリムローゼはほぼ確実に大規模作戦に直接関わってくるでしょう。であるならば、その時に少しでも有利であるために……情報が、必要です。
 皆様には、グリムローゼに関する情報収集任務を行っていただきます。情報を集め、そして、生きて帰ってきて下さい」
 いつか、グリムローゼを倒せる機会を得る為に。
 その時に、確実にかの愚神を倒す為に。
「厳しい任務となります。どうか皆様、必ず御生還を」
 オペレーターが通信機の向こうで震える拳を握り締めたのを、エージェントは知らないだろう。

「――どうか皆様、御武運を!」


●白き刃に血を塗って

「わたくし、ド腐れ蛆虫クソモヒカンみてーにゲロ甘くねーでございましてよ?」

 ガランと開けた灰色。瓦礫の荒野。生々しく激戦の跡。
 手にした槍を一回し。愚神はふくよかな唇で笑んでみせた。
 彼女――グリムローゼの周囲には、従魔共。
 それらは『布陣』していた。愚神を中央に、薔薇のように。
 前衛。後衛。そして中衛に立つ『守るべき<クイーン>』には盾を。
 それらの動きに隙はなかった。付け焼刃の統率ではなく、まるで練度の高い軍隊のような。
「このグリムローゼが、マジモンのバトルっつーのを皆々様に教えてさしあげますわ」
 彼女の視線の先。彼方に、こちらへやって来るエージェント達。
 激突はまもなくだろう。
 さぁ、どう来る? どう出る?
 それを考えただけでグリムローゼは口角が吊り上って止まらない。
 止まらなくて――止められなくて――そうまるで爛れた恋慕のような。卑しい官能のような。
 陣形は崩さず進軍開始。
 切っ先を、突きつける。

「さぁかかってらっしゃいな。申し訳ねーですが、ここで無残に無慈悲に死んで逝くのがよろしくてよ!」

解説

●目標
1、グリムローゼの情報収集
・グリムローゼのスキル三つ以上解明
・『敵行動パターン一部』三つ以上解明

2、生還

※PC半数以上戦闘不能で撤退

●登場
愚神『グリムローゼ』
※以下PL情報
 攻撃力と命中・回避に優れたテクニカルファイター。反面、防御は低め
・ブラッドクイーン
 パッシブ
 周囲の従魔・下位愚神の能力を全体的に底上げすると同時、それらを指示通り動かす。
・蝶々戦車
 アクティブ
 直線刺突攻撃。射程先の任意のスクエアまで移動できる。
 命中対象に【狼狽】【減退(2)】付与。
・牙薇
 パッシブ
 回避成功時、攻撃対象へ反撃を試みる。
・甘美の晩餐
 アクティブ
 ブラッドクイーン支配下にある愚神・従魔一体を戦闘不能にする。自らの体力を大きく回復&5ターン能力底上げ。
※PL情報ここまで

従魔『イヌ』×30
 子供の死体を依り代とした従魔。
 武器が溶接されている。武器タイプは「物理近接」「遠距離魔法」「盾」それぞれ10体×3。
 ゾンビめいたタフネスさ。
 涙を流しながら「助けて」と訴える。だがそれは組まれた「プログラム」に過ぎない。
※以下PL情報
・隷属の喜び
 パッシブ
 確立発生。グリムローゼのメインフェーズでも行動できる。
・独り上手
 アクティブ
 生命回復&バッドステータス回復。
・昇天の至福
 パッシブ
 生命が0以下になると範囲(1)の爆発発生。爆発範囲内にイヌかグリムローゼがいる場合、彼女らは回復する。

○敵行動パターン一部
・グリムローゼは上記とは別に邪英化スキルを所持している
・体力が少ない者を優先して狙う
・回復役を優先して狙う
・倒れた者には追撃を行う
・PCが撤退する場合、追ってくる可能性
・グリムローゼは戦闘好きであるが死ぬのは嫌
※PL情報ここまで


●場所
 生駒山周辺、かつてのアンゼルム掃討作戦における激戦で更地となった一帯。
 広い。日中。

●補足
・スキル使用など事前行動は1度だけ行える。
・支給品は通信機のみ。

リプレイ



 爛れるような。


●シャッフル
 トリブヌス級愚神ヴォジャッグと戦った時は完全なる迎撃戦であった。
 だが今回は違う。――双方が、ぶつからんとしている。

 新たなるトリブヌス級愚神、グリムローゼ。

 その嗜虐的な眼差しが、離れていても殺気となってエージェント達を舐めている。
「――つまりは威力偵察と言った処か。記録にない未知の敵……ミスティ、油断はするなよ?」
「それはこっちの台詞だぜ。レオン、お前こそ油断すンじゃねーぞ……!」
 互いに視線を合わせたのはカールレオン グリューン(aa0510)とミスティ レイ(aa0510hero001)。互いの眼差しがかち合った刹那、そこには銀髪金眼の神々しい姿となった『二人』が現れた。
「グリムローゼ……一体どれほどのものか」
『どんなに警戒してもしすぎることはない、だね』
 共鳴状態となった天野 正人(aa0012)は、そのわずかに差した青い髪色の主である相棒、レイア アルノベリー(aa0012hero001)と言葉を交わした。そして英雄から伝わる緊張を和らげるように、その共鳴を高める。
「本当の戦いとやらを教えてくれるんだろう? なら拝ませて貰おうか」
 腰ほどまで伸びた銀髪と、黒から変じた真紅の眼。『燼滅の迦楼羅』となった八朔 カゲリ(aa0098)は澄んだ刃めいた冷静なる瞳で敵陣を捉えた。
『――人の意志が示す力、その強さを。汝の輝きで以て私を魅せてくれ』
 彼に力を貸す神鳥の英雄、ナラカ(aa0098hero001)が彼の魂に語りかける。
 勿論だ。言葉にはせず、カゲリは答える。リンクコントロール。ナラカと深まり、その力を高めつつ。
「うーん、あの乳、あの尻、敵でなければ色々お願いしたい所なんだが」
 マルコ・マカーリオ(aa0121hero001)は彼方のグリムローゼを見、腕を組んでうんうん頷いていた。
「何言ってんの!」
 その傍らではアンジェリカ・カノーヴァ(aa0121)が、柳眉を吊り上げ必殺ぐーぱんちをポカリとお見舞い。「イテッ」と漏らしたマルコは降参するように手を上げつつ、
「大丈夫、お前もいつかああなるさ……なればいいな」
「黙れエロ坊主!」
 ポカリ、もう一発。そして共鳴を。
「敵はなかなかのわがままボディね、見た目に比例して防御力も薄かったらいいんだけど」
「望月も成長したらあんな風に?」
 そんなやり取りを交わしたのは餅 望月(aa0843)と百薬(aa0843hero001)。英雄の言葉に「なってもあの格好はしないよ」と苦笑を漏らした望月は、天使と自称する百薬と視線を重ね。
「よし――それじゃ、行くよ」
 二人の少女が合わせる額。二人は一人に、百薬のそれより大きな翼を携えた望月が現れる。
「あれがグリムローゼ、ね」
 呟いたのは、夜空のような深い青をその身に湛えた少女、ラピスラズリ・クライン――ノクスフィリス(aa0110hero001)と共鳴した倉内 瑠璃(aa0110)。その可憐なかんばせに浮かぶは緊張。
(流石に今回は口調を訂正している程ラピスも余裕がないよ……)
 ラピスこと瑠璃は共鳴すると女性になるが、本来は女性ではない。なのでその抵抗感から普段は共鳴時は男口調を心がけているのだが。
「また随分と愉しめそうな相手だな」
 アヤネ・カミナギ(aa0100)はその涼やかな異色の瞳を細める。とはいえ謎だらけの相手だ、迂闊な行動は取れないだろうと思考する。今回の任務は情報収集。
「――貴方に剣の加護を。誓いを剣に、力を此処に、禍を祓う刃をその手に」
 クリッサ・フィルスフィア(aa0100hero001)の言葉と共に、共鳴。蒼の騎士姫が顕現する。
「グリムローゼ……戦闘狂でありながら冷静さを持つ愚神……か。俺に言わせてみれば、羊の皮を被った狼だな……」
 そう言ったヴィント・ロストハート(aa0473)の口角は、無意識的に歪んだ笑みを浮かべていた。傍らに控えるナハト・ロストハート(aa0473hero001)はその様子にやれやれと肩を竦める。
「ヴィント、完全に『興に乗って』ますよ……。今回の目的は相手の手の内を明かす事ですからね。幾ら『興味対象』だからといって、ここで死ぬ真似だけは止めてくださいね」
「分かってる。その“子猫ちゃん”の『化けの皮』を剥がすのが俺達の作戦だろう?」
 さて、それじゃあその化けの皮を剥がしに行こうか。合わせた視線、共鳴する二つ。
「こないだのヴォジャッグ戦では、ヴォジャッグ自身にあまり攻撃しなかった反省点があったよね」
「たしかにな。だが、あのときとは状況が違うが……」
 大宮 朝霞(aa0476)とニクノイーサ(aa0476hero001)はグリムローゼから互いへと視線を移す。緊張はゼロではない。しかしそれ以上の覚悟がある。
「いくわよニック」
「その恥ずかしい掛け声にも慣れてきた俺がいるぜ……」
「それはよかった! 変身! マジカル☆トランスフォーム!!」
 ビシィッと朝霞がポーズを決めたその瞬間。

「聖霊紫帝闘士ウラワンダー! 華麗に登場よ!!」

 バーン。
 説明しよう、聖霊紫帝闘士ウラワンダーとは、ヒーローに憧れる朝霞が己の理想を具現化させたヒロインなのである。白とピンクを貴重とした豪奢な衣装、そして目を隠すバイザーとマントが最高にヒロイックだ。
「未知なる敵との邂逅に心踊るのう。どんな技術を持つのか、どんな戦術を見せるのか……ああ、楽しみじゃ」
 一方、カグヤ・アトラクア(aa0535)はわくわくした様子で半機の双眸を煌かせた。既に共鳴状態となっている英雄クー・ナンナ(aa0535hero001)は「そうだねー」と対照的にやる気なさげな同意を返す。
(グリムローゼがヴォジャッグよりヤバいって事は私でも分かる。だからこそ勇気を振り絞らなくちゃ!)
 桜木 黒絵(aa0722)はエージェントであることを除けばごく普通の、活発な少女である。だから眼前に迫る『戦場』という異常に震えそうになって――それを堪えるように、拳をキュッと握り締めた。
『今回は勝つ戦いでは無く、次に繋ぐ為の負けない戦いをしなくては……。無様でも良い、生き延びる事を第一に考えるんだ!』
 その心を察したシウ ベルアート(aa0722hero001)が、兄のように優しく、けれど力強く黒絵へと呼びかけた。
「うん、シウお兄さん」
 頷いた少女。振り返ればそこに見知った仲間がいる。言峰 estrela(aa0526)と構築の魔女(aa0281hero001)だ。
「頑張ろうね言峰ちゃん、構築の魔女さん」
 士気を高める為の対話。浮かべた微笑み。
「うん、頑張ろうね」
「皆様とご一緒なら心強いです」
 エストレーラと構築の魔女もまた、少女へと笑みを返した。
 さて……エストレーラは傍らの英雄、キュベレー(aa0526hero001)へ話しかける。
「強い愚神はなんで人型ばっかりなのかしら? 愚神の成り立ちには非常に興味があるわね」
「形は同じであっても、奴から感じる威圧や殺意は本物だ……」
 彼方の愚神。それを見やり、キュベレーは双眸を細める。まるで遠い過去に思いを馳せるかのように。
「……かつての私を見ているような懐かしい感覚だな」
「愚神になりたかった?」
「……運命がどう捩れて私が英雄として呼ばれたのかは知らん。召喚された以上、私の自由は制限されている」
 さぁ共鳴を。差し出される手。お手を拝借。
 構築の魔女も仲間に続き、生気なく立ち尽くす辺是 落児(aa0281)と共鳴を行う。共鳴したその姿は構築の魔女が主体となった様相である。
「前方に従魔の集団を確認。陣形は奇襲に対応しやすい方円に近似したもの。……集中攻撃に弱い面がある陣ですが、愚神の能力および魔術等が付与されている可能性があります」
 敵陣を見据えた彼女の言葉。
 グリムローゼ達と近づくにつれて聞こえてくる、奇妙な声。

 ――助けて。

 従魔だった。それも、人間の子供を冒涜的に歪曲武装させて。涙まで流していて。
「…………」
 なんだ、あれは。狂気的で。おぞましくて。邦衛 八宏(aa0046)の思考が凍りつく。
『っ、何ボサッとしてんだ、親玉に集中してろ!』
 そんな相棒を叱咤したのは稍乃 チカ(aa0046hero001)だ。刹那に少年の身体が解け、血の奔流のようなライヴスとなり邦衛の身体を真っ赤に濡らす。その赤を一掬い唇へ、二人は共鳴状態となった。
「生命徴候無し、依代の救命は不可と判断します」
 従魔を見やり、エミナ・トライアルフォー(aa1379hero001)は淡々と『事実』を述べ上げた。
「そう」
 唐沢 九繰(aa1379)は、込み上げそうになった「何か」を飲み下す。
「私まだまだこれからって感じなので、残念ですけど殺されてあげられないです」
 共鳴、キッと見澄ました前。その先で。「助けて」と、幼い声が咽び泣く。
『……助けて、と、あれは言っているから。早く全員、殺してやろう』
 オリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)と共鳴し、視力を得た木霊・C・リュカ(aa0068)が「見てしまった」光景……リュカの思考に先んじるように、オリヴィエが言葉をかけた。
「……っ、……うん……」
 赤金色の瞳が揺らぐ。けれど確かに、そしてしっかと、リュカは頷き手にした銃を握り直した。
「『助けて』、ですか」
 非道徳的な従魔を前に、マリナ・ユースティス(aa0049hero001)の表情は揺るがない。
「私に救いを求めるというのならその望みを叶えて差し上げましょう。この一太刀が、あなたを忌まわしい呪縛から解き放つ救済となりますように」
「腕っぷしだけじゃなくておつむも強ぇんだろ? おっかねぇねーちゃんだな」
 傍らでは相棒のレヴィン(aa0049)が、不敵な笑みと共に愚神へ視線を据えていた。
「だがそんくらいの方が面白ぇ。てめぇがのたまう『マジモンのバトル』っつーやつを見せてもらおうじゃねーか」
 そしてマリナと合わせる視線。幻想蝶の煌きと共に、共鳴武装。
「あー……パッ見ただけでろくでもねぇ事してきそうだな」
「うぅ……わざと『助けて』って言わせるなんて……趣味悪すぎなのさ」
 眉根を寄せた柏崎 灰司(aa0255)の隣、ティア・ドロップ(aa0255hero001)は顔色を悪くしていた。
「ティア、きつかったら耳塞いでてもいいぞ?」
 気遣う灰司のその言葉に。けれど英雄は「ううん」と首を振る。
「耳塞いだりしないのさ。しっかり見て聞いて……よく覚えておくのさ」
 これは敵を知る為の戦いだ。だから――知らないといけない。見て、聞いて、覚えないといけないのだ。
『始めに言っておくが』
 イリス・レイバルド(aa0124)と共鳴を済ませたアイリス(aa0124hero001)が、相棒へと厳格に語りかける。
『泣く事と涙を流す事は違う。そしてあれは助けを求めているのではない、そういう鳴き声にしか過ぎない』
 言い終わり、溜め息を、一つ。
『……全くいい趣味をしているよ。教育に悪くてしょうがないね』
「うん、難しい事は分からない。でもこれは分かるよ。こいつは怒ってもいい相手だ!」
 イリスは幼い。それでも、目の前の存在――かの愚神が『正しくない』ことは十二分に理解できた。引き締められるあどけないかんばせ。見守る英雄が満足げに頷く。
『熱くなるだけなりたまえ、その分は私が冷静に戦場を観察しよう』
「大丈夫だよ、どんなときでもお姉ちゃんの声は聞こえるから」

 敵勢力との接触まで残りわずか。

 仲間に続いて自らの英雄オーロックス(aa0798hero001)と共鳴した鶏冠井 玉子(aa0798)は、何処か残念そうに溜め息を漏らしていた。
「まったく、目の前のアレでは捌きようもないな」
 予想外、そう予想外だ。計算外と言ってもいい。
 トリブヌス級配下の従魔であれば、威風堂々、食べ応えのある巨獣型だと推測していたのだが。「生駒の美味い酒と合わせてご機嫌なディナー」という、美食家にして調理師の目論見は脆くも崩れ去ってしまったようで。
「だがしかし、多少の失望を味わった程度で仕事に手を抜くぼくではない。かの強敵から全てを引き出した上で、地元の名店でも探すことにしようか」
 共鳴したその魂の内、玉子の言葉にオーロックスが頷いたような気がした。
「また、トリブヌス級の愚神かぁ……」
 共鳴を済ませたシールス ブリザード(aa0199)は深呼吸で緊張を嚥下する。
「……ともあれ、やることをやって帰りましょう」
 楠元 千里(aa1042)はマティアス(aa1042hero001)の頭にもふりと手を置き、共鳴を。
「厳しい戦いになるぞ」
 真壁 久朗(aa0032)の言葉は、この場の誰しもの心情を表していたであろう。
 そして、次の言葉も同様で。
「……だが全員生きて帰るんだ」
『絶対に、ですよね。クロさん!』
 共鳴状態となった久朗の魂の中、セラフィナ(aa0032hero001)の鈴のように澄んだ声が響いた。彼はしっかと頷きを返す。
「お前を二度死なせるわけにはいかないからな」
 心に宿すは強き覚悟。
 それは月鏡 由利菜(aa0873)も同じ。
「この力は皆様を守る為に……」
 任務に名乗り出た知人達を守る為、次の戦いに繋ぐ為。
 共鳴し姫騎士姿となった由利菜は、弓を握り締め敵陣を見据える。
(今回のグリムローゼとの戦いは前哨戦……深追いはしないつもりですけど、もし抑えきれなくなったら……)
『その時は、我が主であっても無理にでも止めさせる。今は任務の役割を果たすことだけ考えて欲しい』
 彼女の心の声に答えたのは、英雄のリーヴスラシル(aa0873hero001)。その物言いは静かで、けれど鉄が如き意思を感じさせて――「そうね」と、由利菜は小さく笑みを浮かべた。無茶はしないと答えるように、その共鳴を深めながら。

 どう考えたって凄惨な戦いになる。誰も彼もが傷つくだろう。
 今から始まるのは楽しいことでもないし、嬉しいことでも決してない。
 嫌な……。嫌な、ことだ。

 だからこそ。
『最後まで一緒だ。一番良い明日をぶん取るぞ』
 ガルー・A・A(aa0076hero001)は、共鳴した紫 征四郎(aa0076)へと呼びかける。その心を支えるように。その心が折れてしまわぬように。
「止まるものですか!」
 凛と、『少女』から『青年』となった征四郎は声を張る。
「貴方に出会ったあの日から、私に怖いものなど無い!」
 言い放つ。震える足など気の所為だと、自らを叱咤しながら。

「さぁ。――さぁさぁ、始めましょうか!」

 そんな人間達を。
 愚神<グリムローゼ>は、嗤う。心から見下した眼差しをして。


●毟る01
 両陣激突の寸前。
 まず大きな動きを見せたのはエージェント側だった。
 左翼、右翼。戦力を二分。挟撃の心算。回復手であるバトルメディックを等分、前衛後衛の偏りもなく。
「へぇ? 考えなしじゃないようで安心しましてよ」
 グリムローゼがさっと左右のエージェントを見渡した。瞬間、従魔共が一斉に左右――二手に分かれたエージェント達へ向く。前衛の奥、その腕に銃やらロッドやらを歪に溶接された後衛型のイヌがそれらを構えた。
「っ、来るよ!」
 左翼。身構えたリュカが声を張り上げた瞬間。
 従魔共の魔力による一斉射撃が、エージェント達を強襲する。その狙いは最前線の前衛達へと。
 ヴォジャッグの時――従魔が銘々に好き放題暴れていたのとはまるで違う。
『反撃いくぞ!』
「了解!」
 同じトリブヌスでもここまで戦法が違うか。思いつつ、オリヴィエの声に答えたリュカは最後方にてスナイパーライフルのスコープを覗き込んだ。
 狙い定めるは後衛型のイヌ、その頭部。「助けて」、幼い顔が泣いていた。

 心を惑わされてはいけない。
 あれは従魔だ。敵なのだ。

 引き金を引く。
 精密な狙撃は、必中という確実。
 吸い込まれるように命中した弾丸、石榴を地面に叩き付けたかのよう、赤く爆ぜた。

 が。

「……悪趣味な」
 リュカと同時、スナイパーライフルで後衛型イヌを狙撃した八宏は、スコープから顔を上げながら思わずとそんな言葉を漏らした。その合間にも、H.O.P.E.へスマホを使って情報送信を怠らない。
「ライヴスの技術はほとほと超常じゃのう」
 カグヤは半ば感心したような物言いだ。
 エージェントの視線の先では、ヘッドショットを決められ半壊した頭部で、イヌが平然と立っている。下顎だけで繰り返される声にならぬ「助けて」、蠢く舌。死んだ血液を垂れ流しながら。
『……なにあれ、グロっ』
「姿こそ人じゃが人に非ず、か。……バラバラに完全解体せんと倒せんようじゃの」
 精神内で眉根を寄せたクー。カグヤは英雄譚マビノギオンを開く。
 寸の間、瑠璃――否、ラピスラズリと合わせた視線。
 タイミングは同時。
 撃ち込まれる魔法剣、自らの魔力を活性化させたラピスラズリも掌を向け。
「冥府より出でよ、不浄なる風――!」
 展開される魔方陣。地獄より噴き出したかのような死霊の風が、従魔共を包み穢し冒し蝕む。
『続けて撃ちますよ、ラピスラズリ様』
「そのつもり!」
 ノクスフィリスの声に答えたラピスラズリは再度魔力を練り上げる。瑠璃色のルージュが引かれた柔らかな唇が、呪文を紡ぐ。
『マティアスはイヌの声、大丈夫?』
 ロングボウで灰司が射撃を行う最中。彼――共鳴の姿は女性なので「彼女」と形容する方が正しいのかもしれないが――の英雄ティアが、千里の英雄マティアスを気にかける発言をする。
『あの子、ティアより歳が若そうだし……心配なのさ』
「……だ、そーだ。どうだ千里君、マティアス君?」
 通信機越し、灰司が声をかけるのは千里達へ。
 千里――その髪と目の色がマティアスのそれに変わっているため、一目見ると英雄が成長した姿のようだ――は盾を構えて慎重に防御姿勢を取りつつ、にこやかに答えた。
「ドロップさんはマティアスを気遣ってくれるのですね、有難うございます。ですが……」
『胸糞悪いやり方なんですが、案外僕は大丈夫なんですよ、何故だか!』
「――だそうですよ」
 その言葉に、灰司の魂の内でティアがぱぁと表情を華やがせる。
『そっか、マティアスは強いね。ティアも頑張るのさ!』
『はい、頑張りましょうね!』
 そんな英雄達のやり取りを聞きつつ。
 助けて助けてと幼い声が響き続ける戦場。それを冷静に見守る千里は、マティアスへと呟いた。
「これも君の記憶に関するのかもしれないね」

 左翼前衛の者もイヌとの交戦を開始していた。
 降り注いだ後衛型イヌの魔法弾は盾で防ぎ、あるいは斜線上に立って仲間の盾となりながら、久朗は近接型のイヌへ踏み込んだ。
「助けて」
 振り下ろされる異形の刃。それも久朗は確実な防御動作で受け止めて。
「おぞましい姿の従魔だな」
 半機の瞳を細め、銀髪の男は呟く。
『僕達で助けてあげられたら……』
「斃して解放してやるしかない」
 英雄の言葉に、そう返し。これは従魔だと、言い聞かせ。
 そのライヴスで形作るのはライヴスのメス。血みどろ執刀。振るわれた鋭利さが、イヌの屍色の肌を切り裂く。噴き出るのは赤い血だ。そう、人間と同じ……。
「子供の亡骸を依代にするとは……。グリムローゼと言う愚神は相当悪趣味と見える」
『胸糞悪くなる野郎だ。……いや、グリムローゼは女だから、女郎とでも言や良いのか?』
 助けを求め泣きながら寄ってくるイヌに対し、カールレオンは愚神への静かな怒りを胸に抱く。普段は頻繁に対立が起こる相手であるが、今回についてはミスティも相棒と同意見のようだ。
 奇遇だな、とミスティに「全くだ」と返しつつ、カールレオンはブーストさせた火力を以て死神鎌グリムリーパーでイヌを薙ぎ払った。
『攻撃、いくよっ!』
「うっし」
 防衛を意識、しかし攻撃も忘れない。レイアと正人は盾から曲刀シルフィードへと持ち替えるとイヌへ一歩、振るう一閃、風を切り裂き音を置き去り。
『躊躇するなよ!』
「勿論!」
 ガルーの呼びかけに強く答え、征四郎も同様に防御<盾>から攻撃<槍>へ転じる。薙ぐように押し返すように、「助けて」には耳を貸さず。血濡れの槍に返り血が。それは斜線を開け多くの味方攻撃を通すために。
 攻撃を浴びた従魔へ、ぐんと間合いをつめるのはアヤネ。
「破壊する」
 まるで彫刻のように美しい相貌、けれど断頭台のように無慈悲なる双眸。一直線、烈風が如く、イヌへ繰り出したのは槍の一突。その勢いにイヌが後方へと吹き飛ばされる。
 たたらを踏むイヌ。凄まじい負傷具合だが、まだ生きているとは。
「逃しはしない」
 それを捉えるのはヴィントの紅瞳。異形めいた鮮血の左腕が無骨な大剣を振り上げていた。時間差攻撃。味方の攻撃後の隙をカバーしつつ、敵からの反撃を許さない。
 そして、そんな怒涛の攻勢の合間を縫うように。
 イヌを貫いたのは、由利菜が「無駄なしの弓」より放った矢。ヴァニル騎士戦技、弓技が一。
 淀みなき攻勢にくずおれるイヌ――
 が、「ぶくり」。沸騰のように膨れ上がり。
 何事かとエージェントが判断せんとした刹那だった。

 ぼん。

「っくあ、!?」
 衝撃と轟音と。気が付いたらアンジェリカは地面に吹き飛ばされていた。
『アンジェリカ、しっかりしろ!』
「ん、大丈夫っ……」
 マルコにそう答えつつ立ち上がる。今のは爆発? 焼け付く痛み。全身がずぶ濡れだ。どうして? 血だ。血!? これだけの大量出血――否、自分じゃない。じゃあ何の?
「う、――~ッ!!!」
 事実に気付いてしまう。思わず手で口を覆った。
 そう、目の前にいた人間の亡骸に取り憑いた従魔が、骸ごと爆発したのだ。爆心地を中心に飛び散った赤。血。肉。赤。気付けばアンジェリカの体の至る所に吹き飛んだ骨片が突き刺さっている。
「っ、っッ……!」
 アンジェリカのすぐ近く、イリスは目を見開いていた。構えていた盾にべっとりと滴る、元々は誰かのものだった鉄臭い赤。頬にも、体にも。
 目の前で人間の形をしていたものが爆ぜ、その中身を浴びせられたという事実。なに、これ。これは、なに? それは幼い少女にとっては、あまりにも、あまりにも……
『イリス!』
 声を張ったのは、アイリス。
『あれは従魔だ、人ではない! 愚神の思惑に嵌るな!!』
 アイリスは理解した。この悪趣味極まりない造形。全てエージェントの精神を蝕むため。純然なる嫌がらせ。

 ほーら、見た目が子供だから攻撃し難いでしょ?
 それでも攻撃するんだ? へぇ?
 どう? 心が痛む?
 ショックでしょ? 少なくとも嬉しくないよね?
 それ、人間だったんだよ。家族とか友達がいたんだよ。誰かの大事な人だよ。
 ああ、かわいそう! かわいそうかわいそうかわいそう!

「くすくすくす、っきひひひひひひひひひひ」
 イヌ共の奥。
 じっと、爆発に巻き込まれたエージェントを見つめるグリムローゼの眼差しは――そんな雄弁さを持って、いた。

 だからこそ。
 かの愚神の思い通りになっては、ならない。
『イリス。深呼吸を』
「……うん、お姉ちゃん」
 すぅ、はぁ。
「大丈夫」
 少女は、顔を上げる。
「……大丈夫だよ!」
 盾から持ち代えるは赤き大剣ライオンハート。幸い傷は浅い。初手、降り注いだ射撃攻撃をリンクバリアで和らげたことも理由の一つ。踏み込むは寄って来た近接型のイヌへ。
 躊躇は、ない。
 躊躇は、しない。
 黄金の瞳で『敵』を見据え、叩き込むは渾身のライヴスブロー。高められた共鳴の一撃。獅子の咆哮。シンプルイズベスト。敵の力を図るために自分の全力をぶつける。効率的な敵兵の排除は重要。
『ベタな手だな』
 イヌの涙に声に、ニクノイーサはそう呟く。
「あんな真似、絶対に許せないわ!」
 惑わされない。力強く言い放ち、最後衛より朝霞は無駄なしの弓フェイルノートを撃ち放つ。
 アンジェリカも、同様に。
 躍りこむ最前線。イヌ共の渦中。風斬の曲刀を手に、豪奢なドレスを翻し。艶やかな黒髪を靡かせて。華麗に。瀟洒に。踊るように。殺劇の円舞。八つ裂く舞姫。周囲全方向へ振るわれる刃が、従魔共を切り刻む。
(気にしてる余裕はない)
 イヌの声も涙も全てまやかし。少女は奥歯を噛みしめる。手を止めそうになる自分を強く鼓舞する。
 込み上げる感情は怒りに。怒りの矛先は、子供の死体を利用するクソさを持つ愚神へと。ぶつけるその時を待ち、『敵』を斬っていく。
 そんなアンジェリカへ。シールスはスナイパーライフルのスコープから顔を上げ、治癒の光を飛ばした。そのまま彼は一歩、味方の陣から離れた場所へ。
(味方から離れた僕を狙うか否か、確かめる価値はある)
 己は回復役。敵にとっては憎い役。さぁ、これにどうでるか……。

「今のは、自爆ですか……!?」
 戦槌ザグナルで近接型イヌを殴り飛ばした九繰は目を丸くしていた。
『左翼側でも同じことが起きた模様。従魔は力尽きると自爆するものと断定して良いでしょう』
 機械然としたエミナの言葉に「だよね」と九繰はザグナルを握り直す。ならばと狙うは被弾が多い敵だ、機械の脚で踏み込んで、叩き下ろすのは体重を乗せた一撃。
「まとめてぶっ飛ばす!」
『正義は勝つ!』
 そしてそのイヌごと、多数のイヌを巻き込むように。怒涛の勢いでレヴィンが大剣を振るい、従魔を一度に薙ぎ払う。それでもまだ、従魔は動く。なんというしぶとさか。
「百薬ソード!」
 ならばと。仲間と息を合わせて。望月はブラッドオペレートで最も負傷しているイヌを切り裂く。
(見た目はかわいらしい、と言えなくもないけど……悪い従魔なのはわかるよ)
 手心なんて加えられない。

「易々と狙わせてくれるとは思いませんが、牽制もかねてしっかりやりましょう」
「了解です!」
 構築の魔女は長大な弓を引き絞り、その近くで黒絵も闇月の女神の名を冠した炎叉術杖を翳した。連携攻撃。構築の魔女が撃ち放った弓、命中の中心にて黒絵がゴーストウィンドを渦巻かせる。
 魔の風に引き裂かれた従魔が崩れ、そして、爆発。昇天の至福。
 爆風の血腥さが戦場に満ちる――酸鼻を極めるとは正に。
 望月は胃液の逆流を促進するようなそれに、しかし、目を逸らすことはなく。
「従魔って言うだけあってしっかり統制取れてるね」
『しかも全部統制できてるっぽい』
 百薬が答える。少女は海神三叉トリアイナを握り直し、イヌの自爆に負傷した仲間へケアレイを注ぎ送った。
「こっちは仲間を信じるよ」
 逃げることは出来ない。目を逸らすことも。
「ふむ」
 最中、ブラッディランスでイヌの頭部を穿ち貫く玉子は、従魔を、そしてグリムローゼを具に観察する。
 彼女が愚神に関し最優先で確認したいのは『部下をどう使うか』。
(いかに優れたシェフでも、自分一人では名店を切り盛りすることは不可能。自らの手足となる者たちにいかに指示を出し、そして自身はどう立ち回るか……)
 注視。
 その中で、ラピスラズリは一つの事象に気が付く。
「……損傷が回復している?」
 それは従魔が爆発した時のことだ。爆ぜた赤はエージェントが巻き込まれれば傷を作るが、従魔が巻き込まれたらその逆のことが起きる。飛び散ったパーツが、負傷した従魔の傷を補修するのだ。
「やっぱりあの爆発で回復してみたいっ」
 張り上げる声。伝達する情報。
 同様に後衛位置のエストレーラも敵陣の観察に徹していた。
 連携具合はどうか。どんな攻撃手段を取るのか。耐久力や能力はどうか――

 あらゆるエージェントが観察し、予測を立てる。
 通信機を介して集う情報。

「やはり」
 後衛型イヌへマビノギオンの魔法剣を放ちつつ、情報を整理し終えたカゲリが通信機にて全員へ告げる。

「従魔はグリムローゼに完全に統率されている。だけでなく……同時に全体的な強化も施されていると見ていいだろう」

 集まる情報。銘々の予測。従魔のしぶとさには何かカラクリがある? 予測は予測の域を出ない、けれど、それらをカゲリは『結論』へと変えた。
 というのも、カゲリは予め推察を立てていたのだ。

 愚神は兎も角、従魔の緻密な連携にはそもそも懐疑的だった。
 従魔自体も『子供の死体が依代』の割には強力であり、『軍隊の如く統率された群れ』であることがその理由だ。
 そして、『愚神を中心とした布陣』……
 これらから導き出せるのは、愚神を中心に一定の範囲で何か術式が発動していること、その術式の効果こそ、従魔の完全統率と強化であること。

「そのようじゃの」
 カグヤが通信機越しに同意を示した。
「わらわの観察結果を述べるが、どうもグリムローゼによる指揮は『言葉』『動作』によるものではないぞ。愚神にそのような動きは見られなかった。
 おそらくは――『思考』による指示。各従魔の動きのタイムラグが全くない辺り、かの統率は命令というより支配に近いのじゃろうな」
 それらの言葉に。
 ニヤリと愚神が口角を吊った。正解不正解を教えるほど彼女は素直ではないが、その表情を見るにエージェントが下した結論は正解と見て間違いないだろう。
「さーて。それじゃそろそろわたくしも出ようかしら?」
 ここにきて遂に、エージェントの出方を伺っていたグリムローゼがその槍を構えた。
 視線が合った、のは、灰司だ。
 瞬間である。
 ヒュンと空を切る音。
 あまりにも速い。
 判断できたのは、愚神が従魔を引きつれこちらへ猛突進を仕掛けてきたこと。その進路上に居るエージェントを、勢いを乗せた槍で切り裂きながら。

「っ――!」

 血の色。
 だがそれは灰司のものではない。
 咄嗟に彼を庇った千里のもの。
 噛み締められた奥歯から漏れる小さな呻き声。
 千里は構えた盾で致命傷こそ逃れたものの、肩口に突き立てられた槍の切っ先は背中まで貫通していた。
「……やっぱり」
 共鳴した千里の碧眼が、グリムローゼを捉える。
「『俺達』を狙ってきましたね」
 俺達。それはバトルメディック、回復手のこと。

 ――敵が典型的な戦術を取ってくるとすれば、狙われるのは……?
「孤立、負傷者、回復手辺りがセオリーだな。だからその辺りを特に守る。気をつけとけよ」
「……うん、わかったよ」

 それは戦闘前、英雄マティアスとのやり取り。
 そう、千里は予測していたのだ。
 だからこそ、エージェントにとっては完全に後手を強いられるグリムローゼの『奇襲』に対し、仲間を庇うということができたのだ。
「ふぅん。まぁいいです、貴方も回復手でしょ?」
 グリムローゼが荒っぽく槍を引き抜く。千里の体がよろめいた。
 不明瞭となる視界に、痛む体。千里はすぐに理解する。
「これ、は……毒、っ……!?」
 狼狽。それから減退――強度が高い。彼だけではない、今の一撃を食らってしまった者全員に、同じ症状が起きている。
「いひひ! ガンギマリでして?」
 そんな千里にグリムローゼが槍を突き下ろそうとする。が、それを阻むように立ち塞がったのは、盾を構えた灰司だ。
「千里君、平気か……!」
「なんとか、まぁ」
「……おい。今回も共鳴姿を直視しないよう気遣ってるのか。もういいって、見ればいいだろ見れば!」
「いや、見てませんよ……ってそういう状況ではないですね」
 やりとりをしながら、灰司は千里へクリアレイを。

「今の突進はグリムローゼのスキルの一つっぽいね」
『そのようだな。狼狽と減退を起こす毒もついている、と』
 観察を続けるエストレーラとキュベレーが情報をまとめてゆく。
「で、回復役を優先して狙う、と。メモメモ。突進してた時、従魔も連れてってたけど、それもグリムローゼのスキルかな? きゅうべーどう思う?」
『おそらくは従魔の方のスキルだろう。愚神――それもトリブヌス級のスキルならば、従魔全員を引き連れることなど容易だろう』
「なるほど」

 集めねばならない情報量について、目標ラインの半分に達した。
 グリムローゼも攻勢に出た。
 ここからが本番、といったところか。

「来たか、グリムローゼ」
 迎え撃つ。征四郎は盾を構えつつパワードーピングを灰司へと施した。
「回復系を優先で潰すのは間違っちゃいねぇが……かといって、ハイそうですかと引くわけにはいかねぇんだよ」
 盾でグリムローゼの槍を押し返し、灰司は武器を獅子大剣へと持ち替える。
 踏み込んだ。それに続き、カグヤも長槍フラメアを構え躍り出る。
「わらわとも遊べ。そなたにも楽しんで貰えたら幸いじゃ」
 振り払われる灰司の刃に合わせ、カグヤが振るうのは切り裂く技術ブラッドオペレート。
 それに合わせ八宏も、遠距離からスナイパーライフルで毒の弾丸を撃ち放った。
 襲い来る攻撃。であったが、グリムローゼはそれらを
スルリと掻い潜る。と同時にだ、常軌を逸した速度と軌跡で愚神の槍が、灰司とカグヤの体を切り裂く。更に振るわれた槍より放たれたライヴスの斬撃が、八宏にまで及ぶ。
 追撃。そう言わんばかり、グリムローゼが攻撃姿勢に入った。
 一閃。だがその切っ先が裂いたのは、カールレオンの体。
「……させない」
 構えた銀の盾で威力を殺すも、それでも浴びた斬撃。されど臆さず彼は愚神を鋭く睨む。
「お前がグリムローゼか……? より激しい戦いを求めていると聞くが、その割には聞かない名だ」
「でしょうねぇ。愚神の中じゃニューフェイスの方ですもの」
 一歩下がり、槍を構えて薄笑うグリムローゼ。カールレオンは盾をグリムリーパーに持ち換え、言い放つ。
『一発カマすぜ。怖気付くなよ? レオン』
「勿論さ」
 常に優雅であれ。英雄ミスティに短く答え、短く息を吸い込むと。

「――お前の下らん愉しみの為に殺され、依代とされた子供達の苦しみを知れ……!」

 武器を掲げ、仲間と共に愚神へ挑む。
 せめて一矢報いてみせる。
 そんな人間達に――愚神は笑みをみせた。愚神特有の、人間を家畜か何かとして見ていないあの眼差しで。

「回避が……高い!」
 右翼。反対側の出来事ではあるけれど、愚神観察は怠らない朝霞は思わずと言葉を漏らした。
『グリムローゼは、戦闘好きって話だったな。なら、きっと前に出たくてウズウズしてやがるはずだ』――そんなニクノイーサの言葉通り、前線……否それどころかエージェント陣形の奥深くへ奇襲を仕掛けてきたグリムローゼ。しかも従魔を引き連れての突撃であった為に孤立という事態も起こしていない。
 グリムローゼの強襲に左翼班は混乱を起こされるも、その連携ですぐさま体勢を立て直しているのが朝霞の目に映った。勿論、右翼側も全力で仲間をサポートする。
「一体でも減らさないとね……!」
 番える弓、休む間もなく引き放つ矢。
 最後衛、安全地帯だからこそ、何でもいいから情報をと朝霞とニクノイーサはグリムローゼから目を逸らさない。
『グラマーだな』
「ほしい情報はそういうのじゃないわよ!」
 相棒に突っ込みつつも。

 先ほど、愚神が灰司とカグヤと八宏へ繰り出した攻撃――あのカウンターは、間違いなくグリムローゼのスキルの一つと見ていいだろう。遠距離攻撃にまで対応しているとは。

「やった……これでグリムローゼのデータ収集はほぼ完了だね!」
『だがまだ、彼女の戦法についての情報が集まりきっていない』
 黒絵の言葉にシウが答える。
「戦法……戦法、」
 何か分かることはないだろうか。思いながら。観察はシウに任せ、損傷したイヌへ黒絵が放つ銀の魔弾。トドメの一撃、粉砕する。
「戦法っ、多分ですけど!」
 ここで九繰が、声を張り上げた。イヌが振り下ろした斧をザグナルの柄でなんとか受け止めながら。
「負傷している方が積極的に狙われているような……!」
「そのようだな」
 共鳴によってキュベレーとほぼ同一の姿になったエストレーラが答える。

 従魔はグリムローゼの命令を受け、彼女の意のままに動く。群がってくる異形共。それらは、前衛の傷ついている者を優先して攻撃を加えてきているようだ。同時に、先ほど判明したように回復手へも積極的に攻撃を加えてくる。

(あと少し……!)
 あと戦法が一つ判明すれば目標は達成となる。後衛型従魔が放った弾丸に脇腹を貫かれたシールスは、痛みに顔を顰めながらも味方前衛の傍へよりその傷をケアレイで癒した。ケアレイをもう一発、傷ついた味方へ掌を翳す。

 助けて。歪なその声は未だ止まず。
 従魔はその不気味なまでの耐久性でしぶとく残る。もしこれが『掃討せよ』という任務ならば上層部に無謀だと文句を言っても良かっただろう。
 期待以上にイヌの数は減っていない、が、それでも少しずつでも確実に減らしつつあるのは事実。特に優先されていた後衛型がその数を一番減らしていた。

「グリムローゼがある程度離れても統率効果はあるみたいだね」
 曲刀による鮮烈な一閃で従魔を切り裂き、返り血まみれのアンジェリカが言う。
「それにしても次から次へと……」
 両腕がなくなったイヌに腕を噛まれ、痛みに眉根を寄せた玉子は従魔を蹴り飛ばして突き放すと、槍によるカウンターを見舞った。死を恐れない兵士ほど厄介なものはないようで。イヌはどれだけボロボロになっても、這ってでも襲いかかってくる。

 この地獄を終わらせるためにも、グリムローゼの戦法をあと一つ集めねば。
 幸い、まだ誰も倒れた者はいない。しかし回復は有限、エージェントの体力も有限。

 かくして、その時である。

「グリムローゼの戦法が一つ判明した」

 通信機越しに響いたのはカールレオンの声だった。
 彼の声はくぐもっている。それもその筈――彼は酷く傷だらけだったからだ。
 左翼、グリムローゼが突撃を仕掛けてきたその渦中。
 愚神が引き連れてきた従魔――盾型が多い――に他のエージェントが阻まれ、実質グリムローゼとカールレオンが一対一で相対している状態。仲間が出来ることはせめて回復スキルを飛ばすことだけで。
 血だらけで今にも途切れそうな意識。それでも、気高きカールレオンはその気力を振り絞り。仲間へと告げる。
「回復役と負傷者を優先するみたいだが、『回復役を守る者』はより優先度が高いようだ」
「そりゃそうでしょ?」
 壁がいなくなれば。回復役が無防備に晒されれば。それは相手に心理的プレッシャーも与えることが出来る行為。カールレオンに突きたてた槍を引き抜き、愚神は笑う。
「生命線を守る騎士様とでもお呼びしましょうか。でも残念、ここで殉職!」
「……俺は死なない」
 槍を振り上げたグリムローゼに、男は笑う。
「あら、どうしてですの?」
「今から撤退するからさ」
「へ?」
 
 回復役や負傷者より、回復役を守る壁役へ攻撃を優先する。

 その戦法が判明し、『情報が揃った』今。
 これ以上、グリムローゼと戦い続ける必要はなく。

「総員、撤退するぞ!!」

 カゲリの声が通信機を介して戦場へ響き渡った。
 エージェントの行動は迅速で。たちまち、彼らは陣形を組み替え退き始める。
「帰ろう、皆で!」
 リュカが声を張り上げる。同時に放たれたのはライヴスによる閃光弾。それはグリムローゼの足元で炸裂し、彼女の気を一瞬だけでも怯ませる。
 巻き込まれずとも煌々とした眩さ、少しだけ目を細めながらも久朗はカールレオンへ駆け寄り、その口にチョコレートを遠慮なく突っ込んで。
「死ぬなよ。こんな所で死なれては寝覚めが悪い」
「むぐ…… 感謝する」
「はぁ、ったく……どいつもこいつも無茶する奴ばっかりなんだろな」
 下がるカールレオンを始め、仲間達を守るように久朗は盾を構え。

 必ず。必ず、生かして帰す。誰もかれも。

『皆で帰りましょう。必ず!』
「ああ。そのつもりだセラフィナ」
 俄かに激しく動き始めた戦場。
 エージェントの見据える先には愚神がいる。
「……情報だけ持って帰らせるわけないでしょ!」
 グリムローゼが始めて顔を不愉快さに歪ませた。すぐさまイヌを率いてエージェントを追い始める。
「やっぱりそう簡単に見逃してはくれないよね」
 シールスは苦い顔をしつつも、追ってくるイヌへ茨鞭ローゼンクイーンを振るった。その間にも、仲間と連携して下がり続ける。

 想定外。グリムローゼにとっては悪い意味、エージェントにとっては良い意味で。
 想定以上に早く、エージェントはグリムローゼの情報収集に成功することが出来た。撃破や撃退を目指さず、あくまでも情報収集に全力を注いだこと、そして一人ひとりの活躍の成果に他ならない。
 だからこそ、エージェントの被害はまだ軽微。
 余裕を持って撤退することが出来る。

「追ってくる、か。執念深いな」
 撤退する相手を追撃することあり。新たに分かった戦法を仲間へ伝えつつ、エストレーラはグリムローゼへライヴスの針を放つ。だがそれは愚神が従える盾型イヌが、代わりに受けてその身を縫い止められるに留まった。
 再び、グリムローゼが従魔を率いて突撃攻撃を仕掛けてくる。リュカと構築の魔女が咄嗟に威嚇射撃を放ち少し勢いを殺ぐも、それは止まらず――エストレーラの白い肌に血の花が咲く。だが体力を温存していたエストレーラには致命傷になどならず。
「お前のその立場と力。何故私のもので無かったのか……」
 ぼたぼたと足元に血溜まりが広がるのも意に介さず、エストレーラ――ではなくキュベレーが、グリムローゼに問いかけた。

「かつての私では愚神となるには足りなかったというのか?」

 忌避された存在。呪った世界。見捨て、見捨てられ、裏切り、裏切られ。心に広がるのは闇と虚無。
 世界に救う価値などない。それは英雄としては異端の思想。
 正義の味方などではない。それは他ならぬキュベレー本人が強く自覚している。
 ではなぜ、己は英雄なのだ?
 なぜ己は英雄で、目の前の女は愚神なのか?
 言葉は本心。光無き赤い眼差し。

「貴方、愚神になりたいの?」
 グリムローゼが、『キュベレー』へと笑いかける。
「邪英化なんて、しないよ。しないし、させない」
『しないしさせないよー』
 その時だった。グリムローゼの一撃による毒で上手く動けぬエストレーラへクリアレイを施し、望月が言い放つ。
 更にクリアレイが届かなかった仲間へは、八宏が危険を承知でチカとの共鳴を解除して。二人係りで、仲間を支え撤退の補助を。
「……熟練のエージェントの邪英化を避ける、その為です」
 八宏の静かな瞳が愚神を見据える。へぇ、とグリムローゼが含み笑う。
「そんなこと言われたら、邪英にしたくなっちゃうじゃないですか。そうして差し上げましょうか?」
 間違いない。どうやらグリムローゼは邪英化スキルを所有しているようだ。
「……あの子達は、貴女が?」
 重ねて、八宏が問うた。イヌを指し示し、あれを作ったのかと。
 その返答は全く悪びれないものだった。
「そうでしてよ。何か問題が?」
「……。愚神とは造作もなく人を弄ぶものなのですか」
「当たり前じゃない。だってわたくし達、貴方達人間を蝕む為だけに存在しているんですから」
「然様ですか」
 言いながら。仲間が体勢を立て直したところで八宏は再びチカと共鳴する。立つのは殿としての位置。手近なイヌを『縫い止め』つつ、彼は静かに言い放った

「……まだ、届かなくとも……貴方は、僕達が殺します」
「やってみなさいな!」

 その瞬間である。
 銃声。
 グリムローゼの頭部が仰け反る。
「いっ……たぁ」
 踏みとどまった愚神、その額がコメカミにかけてザックリ切れていた。
 その『犯人』は、リュカ。
 スナイパーライフルより放たれた超精密狙撃が、グリムローゼを襲ったのだ。。
『……ギリギリ頭部を捻って直撃を免れたらしいな』
「本当にバケモノ染みてるね……愚神だから、間違いではないのだけれど」
 下がりながら、リュカは立て続けにもう一発。今度は一番味方に近いイヌへと、ヘッドショット。
 その間にもエージェントは続々と撤退してゆく。従魔の最前線で炸裂した閃光弾が、イヌ達の動きを封じ込める。
「まずは、右翼前衛を……。後続が乱れるように意識をして」
 その発射主は構築の魔女だ。前衛が立ち往生すれば、後続にとってそれは邪魔となる。
「了解、構築の魔女さん!」
 彼女の指示に答え、黒絵が温存していた銀の魔弾を撃ち放つ。それはイヌの脚を撃ち抜き、地べたに這い蹲らせた。撤退戦においては事実上の無力化である。
(ある程度のリスクを負うことは覚悟しなければいけませんが……)
 休む間もなくグレートボウによる三点射撃でイヌの脚を射抜きつつ、構築の魔女は近くの仲間に言った。
「皆さん、無謀な行動とならないように気をつけて下さいね」
「ですよ! 無理は禁物ですからね!」
 同意したのは九繰だ。機械の脚で重厚な足音を響かせつつ、誓約【人命優先】に則って持てる限りの治療術を仲間達へ。
 同様に朝霞も傷ついた仲間を支援しつつも、その傷を作り出した犯人であるイヌをキッと見やる。
「貴方達を『助ける』ことはできないわ。――せめて安らかに!」
 ブラッドオペレート。切り裂かれた従魔が、崩れて爆ぜる。
「邪英かぁ。是非ともして貰いたいね」
 グレートボウによる牽制射撃を行いながら正人は不適に笑った。
(嘘だけど)
 その言葉は演技だ。当たり前だ。魂の中で、嘘だと分かっていてもレイアが『邪英化とか絶対ヤダからね!?』と正人だけに声を大きくしている。
(やれやれ……作戦だって言ったろ、レイア)
 その通り。愚神の挑発行為に乗れば相手がどんな行動を取るか確認する為だ。
『嘘だとしても心臓に悪い……悪すぎるよ正人……っ』
 今この場にレイアが顕現していたら、顔を真っ青にしているのが見えたことだろう。
 さて。正人はグリムローゼを伺う。彼女は正人の言葉に答えた。
「じゃあ今すぐ私にズタズタにされて下さいな? そしたら邪英にして差し上げますわ」
「あー……それは、うーん、そうきたか」
 何が起こっても冷静を保てるように、と思っていたけれど、流石にグリムローゼの言葉をそのまま受け入れる訳にはいかなかった。
「嘘だったのかしら? まぁ、嘘吐きは泥棒の始まりでしてよ」
 正人のその様子にグリムローゼはハッタリだとすぐ気付いたらしい。
『良かったような悪かったような』
 レイアがゲッソリとした溜息を吐いた。「そうかもな」と正人は苦笑し、仲間と共に下がり続ける。

「んもう……クッソこざかしいですわね」
 撤退、それは本来混乱とするものだが。エージェントの堅実な動きにグリムローゼは唇を尖らせる。
 益々逃がしたくなくなった。そう想い、手近な従魔を掴んで、口を開き――『喰らう』。そのライヴスを自らの糧とする。
 そこへ躍りかかったのは、アヤネ、ヴィント、由利菜、カグヤ。
 何か妙なことを――それを封じんとしたが。振り下ろされた攻撃達は、愚神周囲にいる盾のイヌに阻まれた。先ほどもそうだったが、まず盾をどうにかせねば彼女へ上手く攻撃を届かせることは難しいか。
 刹那に四人が感じたのは、焼け付くような殺気。
 一瞬。グリムローゼが振るう槍が、周囲のエージェント達に切り傷を乱れ咲かせる。

 早い。先ほどよりも。
 そして。リュカの狙撃によってできた傷が、消えている。
 何よりも。強い。先ほどよりも……!?

「ほう、回復も兼ねた強化術か!」
 カグヤはすぐに理解した。槍による薙刀術を仕掛けたが、このバケモノ、トリブヌス級という肩書きに恥じず只者ではない。すぐさま盾に持ち替える。
「だったら、どれぐらい強くなったのか調べんとな」
『“乗りすぎ”ないでね、ヴィント……』
 冷静に。そして狂気的に。ヴィントはサディスティックな笑みを浮かべる。愚神の先の一撃は受け流しすら許さぬ苛烈なものだった。だがヴィントの心より湧き上がる劣情はそれよりも苛烈だろう。
「……いくぞ」
 盾のイヌを盾ごと蹴り飛ばし、悪魔の腕で剣を構え、愚神へ突貫。靡く銀。振るう一撃は――されど、当たらない。今までエージェントの攻撃を回避していた時より速い。
 寸の間、目が合った。
 そして目の前には愚神の槍が。
「ヴィントさん!」
 目の前で倒れた仲間に由利菜が悲鳴めいた声を上げる。よくも。言葉を噛み殺し、繰り出した槍。それは盾型イヌが、その身を盾に愚神を庇った。
「助けて……」
 言いながら、崩れ落ちる従魔。ライヴスリッパーによって、ライヴスを強烈に乱された影響だ。
(……盾型が邪魔だな)
 アヤネも同様に、盾型イヌに攻撃を阻まれる。ゾンビめいた耐久のそれらは、傷つくことも死ぬことも恐れない。ボロボロに欠損しても、主人を守るべく立ち塞がる。ただでさえタフネスなイヌの中でもひときわタフだ。バケモノじみて。
『“グリムローゼへ攻め入る時はまず盾型を瓦解させなくてはならない”“盾型従魔の耐久性”。……この情報が得られただけでも成果よ、アヤネ』
「そうだな、クリッサ」
 言いながら、アヤネは盾のイヌを押しのけるように槍を振るった。声には緊迫が張り詰めている。
 その筈だ。
 視線の先には、血を流し蹲ったヴィント、そして、彼へ槍を振り上げたグリムローゼ。

 ――かかったな。

 三人は心は同一だった。
 これは作戦。全て演技だ、焦った様子も、緊迫の声も、倒れこんだのも。

 戦闘狂でありながら冷静な思考を持つのなら、弱った相手は見逃さないだろう。
 そんな推測。仕掛けた罠。
 かくして、読み通り。

 瞬間。跳ね起きたヴィント。血だらけ。確かに深手。だがわざと受けて致命傷は逸らした。まだ動ける。手には、剣。有りっ丈の力をこめて。
「!」
 グリムローゼが目を見開いた。
「もう遅い」
 嗤うヴィントが振りぬいたのは、鬼神が如き破壊の一閃。

 赤が飛び散った。

「……へぇ、いい作戦ですわね。人間にしては」
 グリムローゼは――咄嗟に盾のイヌを引き寄せ肉壁にして、辛うじて奇襲を防御した。ヴィント渾身の一撃を受けた従魔は、まるで握り潰されたかのよう、肉片と化している。盾さえいなければグリムローゼはどうなっていただろうか――。
 従魔の爆発。愚神の逆襲。
「こっちにも盾はおるんじゃよ?」
 が、それはカグヤが盾で受け止め、ヴィントを守り。
「潮時じゃ。下がるぞ」
 帰るまでが遠足じゃからの。ヴィントへケアレイを施しつつ、カグヤは下がり始める。それを手伝うように、アヤネは盾のイヌへ牽制のため槍を振るった。
「逃がさない、」
 と、グリムローゼは一歩出かける、が。
 いきなり、吹っ飛ばされた盾のイヌにぶつかられてよろめいた。
「痛っ!?」
「ざまあ」
 それは、レヴィンのストレートブロウ。主人を守った盾のイヌであるが、吹き飛ばされたことでグリムローゼにぶつかったのだ。
「てめぇの力量はそんなもんか? がっかりさせんじゃねーよ」
 ふてぶてしくチョコを齧りつつ、どこまでも不敵に。立てた中指。更に放つストレートブロウ。盾のイヌがまた吹き飛ばされる。
 だが今度は愚神はそれを回避し、撤退するエージェントを負おうとするが……今度は弾丸が、魔法剣が、牽制に放たれて。アンジェリカとカゲリだ。
『あの体、やはり惜しい』
「黙れ!」
 マルコの声にアンジェリカが一喝する。
 対照的にカゲリは静かな眼差しのままだ。イヌの『命乞い』もまるで意に介していない。
「殺すなら、殺される覚悟ぐらいしておけよ。浅ましい」
「あー、俺もマジで同感だわ!」
 追い縋る従魔を刃で切り伏せ、レヴィンが声を張った。
「守られてばっかりで恥ずかしくねぇのかよ。こいよグリクローゼ、武器なんか捨ててかかってこいや!」
 挑発行為。だがヴォジャッグと違って易々とは乗ってくれないか。
 返事の代わりに飛んできたのは後衛型イヌの攻撃。が、それはイリスが盾で堅固に守る。攻撃も防御も渾身だ。
「……」
 少女に言うことはない。ただ、ギッと愚神を睨みつけるのみ。
「やれ、また今度か」
 玉子はグリムローゼと戦うつもりだったが、残念ながら次回に持ち越しだ。それはレヴィンも同様。
『次こそは、そして必ずや――奴に正義の鉄槌を』
 悪しき者には断罪を。裁きは私が下します。レヴィンの魂の内でマリナが呟く。絶対に逃しはしない、と。
「ていうか何あいつ、回復使うとか……バトルマニアの癖に死を恐れてるの? 似非バトルマニア?」
 仲間と共に下がりつつ、ラピスラズリは従魔達をブルームフレアで焼き払う。
「当たり前じゃないですか」
 愚神から返事がきた。
「死んだらもう二度と戦えないのですよ? 死ぬのは、嫌ですわ」
「へぇ、なるほど」
 戦いは好きだが死ぬのは嫌、と。ならば命を顧みない特攻はしないということだろう。新たな情報だ。
「ふふっ……命が惜しい臆病者な所は私と一緒ですね」
 下がりながら由利菜が小さく含み笑った。
『主の騎士としての成長は嬉しい。だが……命を散らすな』
「ええ、勿論」
 その為に、仲間と共に撤退しているのだから。リーヴスラシルの言葉に、彼女は答える。

 愚神とエージェントの距離は徐々に開き始めていた。
 それでも、逃がすまいと。愚神が統率する従魔の遠距離攻撃型が射撃を行う。
 が。最初の内からエージェントにそのタイプを重点的に減らされていたために。放たれた攻撃は愚神の想像以上に少なく――そして飛んだ攻撃も、殿として立つ者の盾に阻まれて。

 その中の一人。盾を構えた久朗の眼差しは、砦の如く揺ぎ無く。
(俺は今まで……何かを肯定も否定もせずに生きてきた)
 思い返す。初めての『嫌』という感情。幼馴染の死。
 哀しい。
 初めて抱いた感情。
 怖い。
 心を知り感情を得ることは。
(けど、死ぬのはだめだ。死ぬのだけは)
 どうしようもない哀しみが残るだけだから。
 残されるのは、とても哀しくて、怖いことだから――。
(……だから、絶対に守り抜く。全員、全員だ……!)
 強欲でも傲慢でもいい。守ってみせる!

「全員で生きて帰る。……皆、そう思っています」
 盾のもう一人、征四郎が凛と言う。
「私達は死ぬわけにはいかないのです。生きなければならないのです。『生きて帰る』と皆が思っているのですから」
 エージェントの性格なんてバラバラだ。色んな人間、そして英雄がいる。

 それでも、心は一つだった。

「――そして必ず、次へ繋げてみせる!」
『楽しかったぜレディ。……次は必ずぶっ殺す』
 
 愚神へ突き付けられたエージェント達の心。
 グリムローゼは眉根を寄せ、舌打ちを一つ。距離も開き従魔も減った以上、追撃は諦めたらしい。

 けれど決戦は目と鼻の先。
 愚神か、人間か。
 どちらの想いが強いか、どちらが勝つか――それは、間もなく決着がつくだろう。


『了』

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

  • 此処から"物語"を紡ぐ
    真壁 久朗aa0032
  • 常夜より徒人を希う
    邦衛 八宏aa0046
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
  • 燼滅の王
    八朔 カゲリaa0098
  • クラインの魔女
    倉内 瑠璃aa0110
  • 薔薇崩し
    柏崎 灰司aa0255
  • Knock out!
    カールレオン グリューンaa0510
  • エージェント
    楠元 千里aa1042

重体一覧

参加者

  • 映画出演者
    天野 正人aa0012
    人間|17才|男性|防御
  • エージェント
    レイア アルノベリーaa0012hero001
    英雄|18才|女性|ブレ
  • 此処から"物語"を紡ぐ
    真壁 久朗aa0032
    機械|24才|男性|防御
  • 告解の聴罪者
    セラフィナaa0032hero001
    英雄|14才|?|バト
  • 常夜より徒人を希う
    邦衛 八宏aa0046
    人間|28才|男性|命中
  • 不夜の旅路の同伴者
    稍乃 チカaa0046hero001
    英雄|17才|男性|シャド
  • 世界蝕の寵児
    レヴィンaa0049
    人間|23才|男性|攻撃
  • 物騒な一角兎
    マリナ・ユースティスaa0049hero001
    英雄|19才|女性|ドレ
  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 仄かに咲く『桂花』
    オリヴィエ・オドランaa0068hero001
    英雄|13才|男性|ジャ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 優しき『毒』
    ガルー・A・Aaa0076hero001
    英雄|33才|男性|バト
  • 燼滅の王
    八朔 カゲリaa0098
    人間|18才|男性|攻撃
  • 神々の王を滅ぼす者
    ナラカaa0098hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
  • エージェント
    アヤネ・カミナギaa0100
    人間|21才|?|攻撃
  • エージェント
    クリッサ・フィルスフィアaa0100hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • クラインの魔女
    倉内 瑠璃aa0110
    人間|18才|?|攻撃
  • エージェント
    ノクスフィリスaa0110hero001
    英雄|20才|女性|ソフィ
  • 希望を胸に
    アンジェリカ・カノーヴァaa0121
    人間|11才|女性|命中
  • コンメディア・デラルテ
    マルコ・マカーリオaa0121hero001
    英雄|38才|男性|ドレ
  • 深森の歌姫
    イリス・レイバルドaa0124
    人間|6才|女性|攻撃
  • 深森の聖霊
    アイリスaa0124hero001
    英雄|8才|女性|ブレ
  • 希望の守り人
    シールス ブリザードaa0199
    機械|15才|男性|命中



  • 薔薇崩し
    柏崎 灰司aa0255
    人間|25才|男性|攻撃
  • うーまーいーぞー!!
    ティア・ドロップaa0255hero001
    英雄|17才|女性|バト
  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
    機械|24才|男性|命中
  • 共鳴する弾丸
    構築の魔女aa0281hero001
    英雄|26才|女性|ジャ
  • 恐怖を刻む者
    ヴィント・ロストハートaa0473
    人間|18才|男性|命中
  • 願い叶えし者
    ナハト・ロストハートaa0473hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • コスプレイヤー
    大宮 朝霞aa0476
    人間|22才|女性|防御
  • 聖霊紫帝闘士
    ニクノイーサaa0476hero001
    英雄|26才|男性|バト
  • Knock out!
    カールレオン グリューンaa0510
    人間|18才|男性|攻撃
  • Knock out!
    ミスティ レイaa0510hero001
    英雄|18才|女性|ブレ
  • エージェント
    言峰 estrelaaa0526
    人間|14才|女性|回避
  • 契約者
    キュベレーaa0526hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • 果てなき欲望
    カグヤ・アトラクアaa0535
    機械|24才|女性|生命
  • おうちかえる
    クー・ナンナaa0535hero001
    英雄|12才|男性|バト
  • 病院送りにしてやるぜ
    桜木 黒絵aa0722
    人間|18才|女性|攻撃
  • 魂のボケ
    シウ ベルアートaa0722hero001
    英雄|28才|男性|ソフィ
  • 炎の料理人
    鶏冠井 玉子aa0798
    人間|20才|女性|攻撃
  • 食の守護神
    オーロックスaa0798hero001
    英雄|36才|男性|ドレ
  • まだまだ踊りは終わらない
    餅 望月aa0843
    人間|19才|女性|生命
  • さすらいのグルメ旅行者
    百薬aa0843hero001
    英雄|18才|女性|バト
  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 永遠に共に
    リーヴスラシルaa0873hero001
    英雄|24才|女性|ブレ
  • エージェント
    楠元 千里aa1042
    人間|18才|男性|防御
  • うーまーいーぞー!!
    マティアスaa1042hero001
    英雄|10才|男性|バト
  • Twinkle-twinkle-littlegear
    唐沢 九繰aa1379
    機械|18才|女性|生命
  • かにコレクター
    エミナ・トライアルフォーaa1379hero001
    英雄|14才|女性|バト
前に戻る
ページトップへ戻る