本部

【白刃】黒い羽根から、血がしたたる

かなちょこ

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 6~8人
英雄
6人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2015/11/19 00:58

掲示板

オープニング

●白き刃へ抗う為に
「総員、準備はよろしいですか?」
 映像で、音声で、出撃し往くエージェント達にオペレーター綾羽璃歌が声をかける。
「H.O.P.E.東京海上支部としては初の大規模作戦。それに伴い、今回皆様には別働隊として動いて頂きます」

 展開されたドロップゾーン。
 そこから溢れ出す従魔、呼び寄せられる愚神。
 別働隊はそれらを叩き、これ以上のゾーン拡大を防がねばならない。

「大規模作戦の成功……アンゼルム撃破の為にも、皆様の任務遂行が必須となります。
 ――どうか皆様、御武運を!」

● 凶器と狂気

 今にも振り出しそうな天気だった。
 山中を移動してきたコリー・ケンジ・ボールドウィン(az0006)は息をついた。
 静かな木々の間には、秋が色濃くなっている。
 だが、分厚い雲のせいで紅葉と呼ぶよりは薄闇に近い。

「どうなの、この辺……やけに静かだけど……なんか変なにおいがしない?」

 相棒の英雄、ネフィエ・フェンサー(az0006hero001)が辺りを伺いながら言う。
 大猪の従魔を倒した後からは、幾つかの小物と遭遇しただけだった。
 だが確かに、先ほどから妙なにおいがする。
 思わず顔をしかめたくなるような、不快な匂い。
 戦場を経験してきたコリーにはよくわかる、その匂いとは――――
 腐敗した、肉の匂い。

「油断は禁物だ」

 そう言いながら、枯れ木を踏んだコリーのブーツがパシリ、と音を立てた。
 そのときだった。

 ぽとん

 何か、小さなものが落ちて来た。

「なんだ?」
「枯れ葉とかじゃないの。気にする必要はな……」

 気にする必要はない。
 そう続けようとしたネフィエだったが、次の瞬間。

 ダダダダダダダダッ

「うわわわわ!?」
「なっ、なんだ! 銃弾か!」

 マシンガン、元軍人であるコリーは咄嗟にそう思ったのだが、目の前の幹に被弾したそれを見て愕然とした。
 しゅうしゅうと煙を上げる幹に、めり込んでいるのは――――

 どんぐり、だった。

「……どんぐ……り?」

 まさか。
 こんなものが、凶器になるなんて。
 というか、こんなものを凶器に出来るなんて――――

 人間の仕業じゃ、ない。

「ネフィエ、共鳴だ! 敵は近くにいるはずだ!」

 ――――共鳴。

 だが共鳴する間にも、無数のどんぐり弾が辺りの木々に被弾してゆく。
 並みの銃弾よりも恐ろしい勢いで、木が割れ、そこから異常な熱を発しているのがわかる。
 当たれば、普通の人間ならば即、死に繋がる。

「応援も呼ぼうよ、数が多すぎる! どんぐり弾をぶっ放してる愚神だか従魔が、どこにいるかわかんないし! うわわ、なんかデカいのが飛んできたっ!!」

 ひゅーっ
 どおん!
 飛んできたのは、ひと際大きなどんぐりではなく、栗。
 大栗が、棘を放ちながら爆発した。
 静かだった山中に、戦場さながらの爆撃音と銃撃音があった。

『くっくっくっく……』

 妙に癇に障る高い笑い声が、聞こえた。 

「上だ、やつは上空から撃ってきてる!」

 コリーが見上げたそこには、葉の落ちた枝に刺さった鹿の死骸が見えた。
 鹿だけじゃない。
 うさぎにきつねに、鳥に、犬。
 ここらに住まうだろう、動物たちの腐敗した死骸が、上空の枝に刺さっていた。

 妙な匂いの原因は、それらだった。
 眉をしかめるコリーが見る死骸の向こうには、空を覆わんばかりに黒く広げた羽根。
 ケラケラと笑う愚神の姿があった。

『なーんかー。でっかいのと白くて細っこいのがウロウロしてるな、って思ったら。僕らを邪魔しにきたんだ? いい度胸してるじゃない。 遊んであげよっか?』

 鼻先まで伸びた髪からは表情が伺えない。
 わかるのは、大きく裂けた口元だけだった。

 ばさり、羽音がたった。
 にたり、愚神が嗤った。

解説

 木の実の銃弾を自在に操る愚神「イザリー」と彼に従う従魔を殲滅してください。

 愚神:『イザリー』
    羽を持ち、飛翔する。
    左右の黒い羽根には銃口があり、そこからドングリ弾と大栗爆弾を放つ。
    ケントゥリオ級
    性格は、卑劣で残虐。鮮血を好み、死体を早贄(あとで食すために木々に刺しておく、鳥がやる)状態で木の枝に刺したまま放置し、腐敗度を眺める趣味がある。
    飛翔力と遠隔攻撃に優れているが、地上戦は得意ではない。
    飛んでばかりいるために、足が弱い。

 従魔:ドングリ、栗、大栗
    ミーレス級
    イザリーの羽根にある銃口から放たれる弾以外にも、従魔化したドングリ、栗、大栗が存在する。サイズも威力も大したことはないが、数が多いために集まって攻撃をしかけてくる可能性がある。

 場所は山中の木々に囲まれています。
 傾斜はありませんが枯れ葉などに覆われているために、足元が不安定です。
 時刻は日中ですが、雨が近くまで来ています。
 イザリーの飛翔力は、雨などの天候には左右されません。
 通信手段は、H.O.P.E.の無線機が使用可能となります。
 コリーとネフィエは共鳴状態で、既にイザリーとの戦闘を開始した状態からリプレイが開始されます。
 援護に駆け付けたエージェントの皆さまの指示通りに、コリーとネフィエは動きます。

リプレイ

● 嗤う怪鳥

『ひゃーはっはっはー! 当たらないなあー! どこを見て撃ってんのー?』
 甲高い声が、上空であざ笑うのが微かに聞こえた。耳障りな、嫌な声だった。枝から枝へと移る愚神に向けて放たれたらしい銃声が、木霊していた。

「……あれやな、黒い羽根の愚神ゆうんは。まーよう派手にやってるわ」
 現地へと向かう山中で、ゼロ=フォンブラッド(aa0084)が数十メートル先の上空に見えて来た光景を口にした。センサー仕込みの義眼のおかげか、間近まで行かずともわかる贄の様子に、半ばげんなりとする。

「早贄ねえ……まあ、良い趣味してるんじゃないかな。僕の趣味には合わないけど」
 穏やかな口調に苦さを滲ませて、九字原 昂(aa0919)が続けた。
 黒き羽根を駆使して前方の空を自在に飛ぶ愚神の仕業であろう、串刺しにされた死体は、足を進める一行の目にも見えてきていた。
「百舌の早贄を行う愚神、ですか。胸くそ悪い。さっさと退散してもらいたいものですね」
 忌々しい、と次第に近くなる黒い羽根を見ながら化野 燈花(aa0041)が言う。
「対空なら僕らジャックポットの出番、だね」
 鮮やかな青紫色の髪の影から左目を向けて、七水 憂(aa0041hero001)が言うのに化野が頷く。
「ええ、空を行く愚神を地に落としましょう」

「山中で空を飛ぶ相手か……従魔もいるし、上にも下にも気を付けないと」
 シルヴィア・ティリット(aa0184)が足元に転がっていた、普通のドングリを見ながら言った。
「一人であちらもこちらも、という風にはいかないのだから、カバーするわ」
「ヴァレ姉! 頼りにしてるよっ」
 ヴァレリア(aa0184hero001)の言葉に、シルヴィアが明るい声を上げた。

「振り出す前に片づけちまわねぇとな……」
 雲行きの怪しい空を見上げて、久遠 周太郎(aa0746)が言うや否や、
「愚神は殺す! 誰がなんと言おうと殺す!」
 火乃元 篝(aa0437)の声が上がった。勢いもすごいが、鼻息も荒い。
「わたくし、それについての異議はありません」
 短く肯定したのは、火乃元の隣を歩く英雄。山中では色鮮やかなピエロの衣装に身を包んだ、ひょろりと痩身のディオ=カマル(aa0437hero001)であった。 
 
「……」
 火乃元とディオが会話しながら進む背後では、特に言葉は発しないものの知る人が見れば一目でわかるほどに喜びを浮かべる灰堂 焦一郎(aa0212)がいる。火乃元と一緒の依頼であることが、よほどに嬉しいらしく、
『血圧の異常を、検知。落ち着け』
 隣を歩くストレイド(aa0212hero001)は灰堂の血圧上昇を計測している。

「では皆さま、打ち合わせ通りに行きましょうか。――――まずは、前線で戦う彼に私たちが立てた作戦の連絡を」
 一行の足が、羽音へと近づく。只野 羅雪(aa0742)は自らの英雄、何者か(aa0742hero001)を促すと、無線機越しにコリー・ケンジ・ボールドウィン(az0006)を呼んだ。 

● 亡骸を鑑賞するもの

 枝葉の先から腐臭が漂う。
 一行はコリーとイザリーが既に戦う、すぐそばまで近づいていた。
「コリー、作戦は聞いたんだろう? 上の奴と戦う連中を手伝ってやってくれや」
 久遠がコリーに、火乃元の持つオートマチックを渡そうと提案するが、コリーは無線の向こうから首を横に振る。
「サンキュ、だが武器は、俺の腕だけで十分なんだ」
 無線越しの言葉を裏付けるように、背後から続けさまに放たれた銃声が聞こえる。
「あー、なるほど」
「作戦は、了解した。……頼むぞ、みんな。このイザリーって野郎はどうにも……イカれてやがる」
 だがコリーの声が聞こえ終わるや否や、上空から撃たれたドングリ弾が積もった枯れ葉を巻き上げた。
 地上から撃つコリーの銃弾は、瞬時に上空で居場所を変えるイザリーには、届かない。
 完全に、劣勢だった。
「皆さん、作戦通りでお願いします」
 只野の声が、一同の耳に無線機から伝わる。

 共鳴――――

「さあ、周太郎。参りましょう、私と貴方の試練へ」
 アンジェリカ・ヘルウィン(aa0746hero001)が金の髪を揺らした。
「お前との共鳴で毎回額にキスされんの、超嫌なんだけど……そうも言ってらんねえか」
 はあ、とため息交じりに応じる久遠に、アンジェリカは愛しみを込めて微笑んだ。
 完全に愚神に分がある前線を見ながら、気配を殺して物音すら立てずに、エージェント達は予め決めた位置へつき、互いに準備が整ったことを伝え合う。
「配置につきました」
 背後に銃声が聞こえる距離から、灰堂の平坦な声が無線に聞こえ、
「空中戦のフォローと従魔を叩くにはちょうどいいポイントだな。―-こっちはいつでもいいぜ」
 前線にほど近い、木の影から久遠が言えば、
「こっちも、いつでもいいよ!」
 低い木々の中に身を隠すシルヴィアが応え、
「俺の方もええよ。万が一の為の罠もかけてきたしな」
 どこか大らかにも聞こえるトーンで、ゼロが言う。
「こちら九字原、持ち場につきました」
 その声の後で、只野は問いかけた。 
「了解。九字原さんと化野さん、例のブツは」
 只野の問いに、二人の声が重なる。
「大丈夫、ちゃんと用意が出来ていますよ」
「ええ、問題ありません」
 返答を聞いてほう、と只野は小さく息を挟んだ。
「行くぞ、鳥人間をこの手で撃ち落とす!」
 威勢よく、火乃元の声が上がった。

 ◇

『あはははっ、その腕のデッカい武器って、見かけだけじゃん!』
 
 コリーの攻撃をあざ笑うイザリーの声が、上空から聞こえた。その声に呼応するように、地面から重力に逆らうように浮かび上がったのは、無数のドングリ従魔だった。
 上空からは黒い羽根の中に居並ぶ銃口が、そして回りを取り囲むのは無数の従魔。

 万事休す――――そう、その時だった。

「……笑ってられるのも……今の内だ!」
 にやり、と口角を上げたコリーの一言、そして続けた銃弾。
 だが、ひょい、と空中で身をひるがえしたイザリーには当たらない。
 イザリーが避けた弾の行き先を見送り、更に大きく裂けた口で嗤おうとした、その次の瞬間だった。

「このタイミングです、奇襲をかけましょう!」

 只野の声が無線機に、伝わった。
 それが全ての、始まりだった。

 ビュンッ、と一筋を描いて矢が飛んだ。
 弧を描いて空を切った一陣の風が、黒い羽根へと突き立った。
「やったか!?」
 矢を放った化野だったが、すぐに狙った的を逃したことを知った。
 黒い羽根の根元を狙った矢はだが、並ぶ銃口の上部に刺さっていた。
「なんて、すばしっこい……!」
『大丈夫。完全に外したわけじゃない』
 共鳴状態のなかで聞こえる七水の声に、化野は頷いた。急所は外したが、羽根には傷を負わせた。
「まず飛行能力を封じます。ストレイド!」
『……張り切るものだ。照準補正、予測射撃開始』
 そして灰堂の放ったオートマチックからの銃声が、続く。
 矢が刺さった羽根に、銃弾は被弾した。
 羽根から矢を抜き去ったイザリーが呻きながら、ぺっ、と唾を吐く。
 イザリーが、矢と銃弾の発射元――化野と灰堂が姿を隠す木陰へと、意識を向けた、わずかな瞬間を、只野は見逃さなかった。

「愚神が撃ってきます……! 化野さんと灰堂さんがターゲットに!」
 
 無線機から只野が発した警告に、シルヴィアがリーサルダークを放った。
 だがイザリーはその攻撃をするりと避けた。
「よ、避けるなんて……!」
 歯噛みするシルヴィアらを嘲るように、態勢を崩した格好から、愚神が笑った。
『……雑魚どもが……』
 愚神が傷ついた黒い羽根を広げ、血の飛沫が地に落ちた。

● 従魔との無限バトル

 空中に浮かび上がったドングリ従魔らは、元のかわいらしさからは信じられない強靭さで、エージェント達に襲い掛かっていた。
 木の幹から幹へと身を隠しながら、飛び掛かってくる従魔を切り返す久遠。蹴散らされたドングリ従魔たちが、その度に破片となって飛び散る。
 二対の羽根が、白い騎士姿の背で揺れた。
「んの……キリがねえ、っくしょう、まとめてかかって来やがれ!」

 だが切り返しても切り返しても、ドングリ従魔は後から湧いてくる。その中には大栗の従魔も混ざり、下手に切りつければ爆ぜてしまう少々厄介な相手でもある。
「やれやれ、森の恵み大集合って所ですかね」
 ドングリ型の従魔を切りつけていた九字原が、ふう、と息をつくと、目の前で再び浮かび上がってきたドングリ従魔の数を数え始めた。

「とにかくぎょーさんや。こいつら、後から後から湧いてきよる!」
 その声に目を向ければ、木の幹を足場にして、次の幹へと飛び移るゼロだった。従魔の攻撃を躱しながらアクロバティックに移動するゼロが、追ってきたドングリの集団を待ち伏せして一気に叩き落とした。
「確かに。数えても面倒なだけのようですね」
 指折り数えていた九字原はゼロに同意すると、飛び込んできた大栗を剣で撃ち返した。飛ばされた大栗が、離れた木々の間で爆音を立てる。
「お、ナーイスショットやな」
 口笛を吹いたゼロに、九字原は薄く笑みを返した。
「しっかし、終わりがねえぞ、こいつら相手は大本を叩かねえ……っと!」
 隊列を組んで向かってきた大栗の集団を、久遠は切り返すのではなくバッティングの要領で人気のない上空へと打った。
「たーまやー。いや、見事なもんや」
 吹っ飛ばされた大栗が遥か上空で花火の如くに爆ぜるのを見上げて、ゼロが言う。
「秋の大栗花火ですね」
「やな、あれやったら、三号玉か。爆弾と紙一重っちゅーのがイマイチ可愛らしさに欠けるっちゅーもんや」
 栗花火の感想を口にしながらも、横から下から向かってくるドングリを切り落とす。
「あー、上で爆ぜたか。愚神の野郎に当ててやるつもりだったんだよ。……つか、そろそろこいつらの親玉、叩くころじゃね?」
 垂れこめる灰色の雲。久遠の言葉に頷きながら、九字原とゼロは尚も向かってくるドングリ従魔を叩き落とした。
 ぽたり
 そのとき、小さな丸い雨粒がひとつ、枯れ葉を濡らした。

 ◇

 奇襲を受けたイザリーは、僅かだがバランスを失っていた。
 だがまだ飛翔能力には陰りが見えなかった。
 撃ち込まれるドングリ弾が、地からしゅうしゅうと煙を上げる。
 
「否否否! 我らが進軍を止められるものか!」
イザリーに向かおうとする前に立ちはだかる、ドングリ従魔の集団に向かって火乃元の怒涛乱舞が、決まった。
 それを見て、傷を負ったはずのイザリーが笑い声を上げた。
「……なにを笑うか、貴様」
 高い木の上。
 串刺しにしたウサギの耳を爪先でぴん、と弾きながらイザリーが嗤っていた。
『くっくっくくくく』
 死体で遊ぶイザリーに向けるエージェント達の視線は、厳しさを増した。
 くっ、とドングリ従魔を払いながら火乃元が口角を上げた。

「そこの鳥頭! 貴様……流石の鳥頭だな、バカとなんとかは高いところが好きというな!」
 なんとなく『それ主にも言えるよね』とディオの声が脳内に聞こえた気がしないでもなかったが、火乃元は無視を決めた。
『なに、君』
「私は通りすがりの組合長だ。だがそこの人頭鳥人間、貴様はつぶしておこう」
 ぎらり、と剣をイザリーに向ける火乃元を木の上から見下ろして、一瞬だけきょとん、と間を空けたイザリーだったが、直ぐに腹を抱えて嗤い始めた。
 神経を逆なでする高音の、けたたましい笑い声。
『そんなに死にたいなら、僕が殺してあげよう――血が一滴もなくなるまでね』
 開いた黒い羽根には銃口が覗き、再び火が灯る。
 その瞬間を、只野はじっと待っていた。

「灰堂さん、今です! 全員、目を保護して下さい!」
 無線から響いた只野の声を合図に、戦闘中のそれぞれが眼を覆う次の瞬間、
「撃ちます! 皆さま、ご注意を!」
『照準固定。対閃光防御ON』
 火乃元をかばうように躍り出た灰堂から、フラッシュバンは放たれた。
 閃光が包む空間――――
『ァァッ!!』
 一瞬の切り裂くような光に包まれた一帯と、そこに響いたのは絶叫だった。

「追撃! 総攻撃です! この機会を逃す手はありません!」
 即座に状況を判断した只野の合図に、空を切る矢の音が続いた。
 木の上でバランスを崩したイザリーが両目を羽根で覆いながら、木々の枝にぶち当たりながら落下してゆく。
 そこに化野の放った弓が、羽根の根元に命中した。
 鮮血が羽根から噴き出す。対空攻撃を行う仲間らを、従魔らに邪魔させまいとフォローする久遠とゼロが、その光景を視界に入れた。
「落ちてきます、九字原さん、化野さん、愚神の捕捉を! 奴を地上に下ろすんです!」
「了解、足を狙います!」
「ええ、落としましょう!」
 自身も発砲しながらの只野の合図に、九字原と化野が予め用意していたロープ――予め錘となる石らを繋げた――を投げた。ロープは落下途中の枝にかかったイザリーの足に触れる。
 飛翔を封じ地上に下ろす作戦は成功したかに見えた――――
 だがその時だった。
 悲劇は起きた。
 閃光によりバランスを崩したかに見えたイザリーだったが、ロープが足にかかる直前、幹に足をかけ反動を利用して再び上の枝へと飛び移ったのだ。
 血のしたたる羽根が、開かれる。
「危ない……!」
 思わず九字原が声をあげた次の瞬間、羽根から銃弾が雨のように降り注いだ。
「なんて、しぶとい! みんな、大丈夫?」
 咄嗟に被弾を避けた一人、シルヴィアが回りに被害者はいないかと見まわして、はっ、と息を飲んだ。
 木陰に蹲るエージェントが、脇腹を抑えていた。
「う……っ」
 痛みに顔をゆがめるのは、白髪の少女。白き巫女の白衣が、血に染まっていた。
「化野!」
 その異変に久遠が声をあげた。だが駆け寄ろうとする仲間らよりも、黒い影が動く方が速かった。
 正しく――――獲物を捕らえる鳥のように。
「いや、……離して……!」
 イザリーが、逃れようとする化野を抱えていた。
「逃がすか!」
 思わず剣を手に向かおうとした火乃元を、灰堂と久遠が羽交い絞めた。
「組合長! ダメです、今歯向かっては化野さんが危険です」
「離せ、あのまま行かせろというのか!」
「抑えろ、篝! 今のあいつならひと思いに殺せちまうんだよ!」
「く……っ! だが、このままでは!」
 火乃元が睨みつける先には、仲間を抱えた黒い影。
「あんの鳥頭野郎……」
 久遠が歯噛みした。
 飛翔する愚神、その退治には地に下ろすことが大前提だった。
 地上にさえ下ろして飛翔力を奪う、それさえ達成してしまえば、総力戦に持ち込める――――そのはず、だった。
 
『――あんな程度じゃ、僕クラスは落ちないよ』
 イザリーが負傷した化野を抱えて、飛び上がった。翼をはためかせる度に、傷から血の飛沫が飛び散った。黒い羽根と化野の、どちらから落ちる赤い血なのかもわからない。
「化野さん……顔が真っ青だ……」
 元より色の白い化野の頬が、降り始めた雨の中で異様に白く映る。九字原の言葉が、現状の最悪さを物語っていた。
 まだ仲間がそこで生きている以上、彼らには手出しをすることができない。
 愚神が地上から三メートルほど枝の上に立ち、化野を刺すつもりなのか、笑みさえ浮かべて枝から葉をはぎ取るのを、見ているしかできなかった。
 羽根にある銃口は、イザリーが望めば一瞬で化野の命を奪うだろう。
 早贄などという、時間をかける必要もなく。
「なにがおかしいんや……笑うとこ、ないやろ。どないする、只野」
 言葉尻とは真逆、ゼロの拳が震えていた。
「……」
 只野は考え込むように黙した。軋むような一瞬一瞬の中、一同の全神経は残り少なくなった従魔とイザリー、囚われた化野に向けられていた。
 ひと際イザリーが大きく嗤い、化野の胴体を枝に刺そうと負傷していない片羽根から離した。そのとき僅かだが、愚神が化野から離れた。

「……死神は……」

 ぽそり、と化野の言葉が漏れた。

「命あるモノ全てを奪うわけではないんですよ」

 その声が無線機越しに伝わった、次の瞬間。
「間違いありません、これは化野さんが仕掛けたトラップです! 皆、全力で援護してください!」
 只野の声が、銃声と共に無線越しに響いた。
 追いかけるように、灰堂のオートマチックとコリーの腕から銃弾が放たれる。
 幾つかの銃弾が被弾し、うめき声をあげる愚神は、地上から攻撃するエージェント達に向かって襲い掛かろうと羽根を広げた。
「周太郎! フォーメーションHだ! 踏めぇ!」
「よし! 良いんだな! ホントに踏むぞ!」
「な……っ!」
 火乃元と久遠の呼びかけと連携。その光景を目に入れてしまった灰堂が声にならない叫びが上がるが、かき消える。

 羽根を広げ、襲い掛かろうとする愚神だが――――
「そこでじっとしといてもらおか!」
 ゼロが放った縫止は、イザリーに命中し、動きを封じた。そして、
「いい加減に、くたばれ!」
 火乃元を飛び台にして飛び上がった久遠の一撃が、身動きできないイザリーに突き刺さった。

 ズサァ……ッ!
『ぐはあぁッ!!』

 だが尚も従魔を操ろうとするイザリーの羽根先が動くその先、地上では浮かび上がった無数のドングリや栗が集合体になろうとしていた――――
「邪魔は、させませんっ!」
 シルヴィアの放ったブルームフレアで、ドングリ型の従魔らは一瞬で燃えカスと化した。
『ぐ……』
 剣を愚神に突き立てた久遠の傍。
「――――あなたは、死神にも劣りますね」
 化野が手にしたグリムリーパーを、黒い羽根を目がけて降り下ろした。
 ゆっくりと落ちる、羽根。地上で出迎えていたのは、ゼロと九字原の剣だった。

 そうして愚神は、地に堕ちた。


● 悼みと明日へと

 雨脚がひどくなる前に、と言った。
 グリムリーパーで早贄となった犠牲動物たちを枝ごと切り落とし、地に下ろした化野に手を貸そうと動いたのは、共に戦った仲間だった。
 それぞれに名もなき亡骸たちを、その地に埋めた。
 
 息絶えた愚神の黒い羽根は、雨に濡れていた。
「キジも鳴かねば撃たれまい……大人しくしていればこうはならなかっただろうね。無理な話だろうけど」
  見下ろしながら九字原は、ぽつりとつぶやく。

 愚神は死に絶えた。
 命が消えるのを楽しんでいたイザリーは、消えた。
 愚神が民家のある方へ向かうのも、防げた。

「なんとなく、お墓らしくなったじゃない?」
 明るいシルヴィアの言葉に、ヴァレリアが頷く。
「雨でなければ、花なども少しは探せたかもしれないけれどね」
 枯れ葉が積もる山道へと目をやるが、水気を含み始めたあたりに花の香などは見当たらない。

「まぁ、このまま放っておくんもアレやしな。俺ができるんは、こんなもんや」
 何気ない風にそう言うゼロだったが、既に雨に濡れそぼり始めた遺体をも悼むように手厚く葬っていた。
『ここで宜しいか』
 そこに、ストレイドが皆に言われて見つけて来た岩をどかり、と置いた。
 即席の墓場である。
 一同が、黙とうを捧げた。
「貴方たちの敵は、とりましたよ」
 次第に強くなる雨脚の中で、化野が言った。
「安らかに、お休み」
 七水が言い添え、そこに只野が近づいた。
「化野さん、大丈夫ですか。何か用意周到に密かな企てがある、とは気づいたものの……確信が持てるまでは、本当にどうなるかと」
 なんのことか、と顔を上げた化野はだが直ぐに、かぶりをふった。
「ええ、大丈夫です。敵を騙すにはまずは味方から、と昔から言いますから」
 そう言って、隠し持った仕掛けの袋を皆に見せた。
 ビニールパックに入った、赤い液体。
「なんだ?」
 覗き込む一行、それの正体に気づいたのは、九字原だった。
「あっ、もしかして……ロープの用意にコンビニ行ったとき……!」
 その問いに正解、と応えるように僅かに小首を縦にした。

 イザリーの遺体から必要な情報を得た只野が、帰還後に報告書にして提出すると口にした。一行が少しずつ強くなる雨音の中を、歩き出した。

「……篝さま、お待ちください。直ぐに手当てをいたします」
 灰堂が火乃元を少々大げさなくらいに、労わろうとする。
 だが当の火乃元といえば、いつもの勢いはなく、むっすりと機嫌が斜めだ。
 どうやら、本当に踏み台にされたことを怒っているらしい。
「踏んだ。本当に、踏んだ」
「ええ? しょうがねえだろ、やれって言ったのお前だし、丁度よかったんだから」
 良いのかって聞いたし、と付け加えるが機嫌は直る気配もない。
 灰堂がジロリと睨む視線も、重苦しい。
「……」
「わーかった! ああもう、後でそこらのカフェでも連れてってやるから我慢せえってそのぐら……」
「ならば、DXパフェで手を打とう」
 即答で返された言葉に、久遠の頬がややひきつる。
「あ、お、おお」
 頷きながらデラックスって、まさかすごい巨大なやつとかじゃないよな、と口の中で自問を始めるころ、火乃元は目の輝きを取り戻していた。
「おお、ところでそこのおまえ! ガタイのいいの!」
「は?」
 駆け出した火乃元が指さしたのは、右腕の義手をなんか色々武装したコリーである。
「おまえ、うちの組合に入らな……」
 満点の勧誘笑顔で呼びかけたはずなのに、なぜか背後から伸びて来た腕らに押しとどめられる。
「ちょっ、なにを考えてんだ!」
「組合長、お待ちください」
「冷静になるのも必要よぅ」
 押しとどめる三人が声をあげる。
「もがもがっ、久遠、灰堂、……ディオッ、は、離せっ」
「組合長、あちらは負傷しておられますゆえ、また機会を見ては……」
 拘束から逃れようともがく火乃元に語り掛けてから、灰堂が前方で首を傾げるコリーとネフィエに―彼なりの薄い苦笑い、知らない人から見ると変化がわからない―を浮かべて見せた。
「雨が強くなるよ」
 と背後からシルヴィアの声が聞こえて、
「怪鳥のくせにお宝なんもないなんて、しけたやっちゃ」
 巣を見に行って戻ってきたゼロの声が、ぶつぶつと聞こえる。
 その声に、葉に落ちる雨粒が重なった。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 単眼の狙撃手
    灰堂 焦一郎aa0212

  • 九字原 昂aa0919

重体一覧

参加者

  • 泣かせ演技の女優
    化野 燈花aa0041
    人間|17才|女性|攻撃
  • エージェント
    七水 憂aa0041hero001
    英雄|19才|男性|ジャ
  • エージェント
    ゼロ=フォンブラッドaa0084
    機械|31才|男性|攻撃



  • エージェント
    シルヴィア・ティリットaa0184
    人間|18才|女性|攻撃
  • エージェント
    ヴァレリアaa0184hero001
    英雄|19才|女性|ソフィ
  • 単眼の狙撃手
    灰堂 焦一郎aa0212
    機械|27才|男性|命中
  • 不射の射
    ストレイドaa0212hero001
    英雄|32才|?|ジャ
  • 最脅の囮
    火乃元 篝aa0437
    人間|19才|女性|攻撃
  • エージェント
    ディオ=カマルaa0437hero001
    英雄|24才|男性|ドレ
  • パーフェクトアナライザー
    只野 羅雪aa0742
    機械|20才|女性|攻撃
  • エージェント
    何者かaa0742hero001
    英雄|18才|?|バト
  • 希望の守り人
    久遠 周太郎aa0746
    人間|25才|男性|攻撃
  • 周太郎爆走姫
    アンジェリカ・ヘルウィンaa0746hero001
    英雄|25才|女性|ブレ

  • 九字原 昂aa0919
    人間|20才|男性|回避



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