本部

赤い頭巾を被って

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
7人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2015/11/20 18:53

掲示板

オープニング

●約束は守って
 よく晴れた気持ちのいい朝だった。赤く色づき始めた葉が揺れる森は赤と黄色と僅かな緑の混じった独特の様相を呈していて、のどかな反面これからすぐに見られるであろう見事な紅葉の気配を感じさせる。
 その中を小走りに走る赤い頭巾の姿があった。赤い頭巾は布をかけた大きな籠と花束を持って森の小道を一目散に進んで行く。そして、その赤頭巾から少し離れた場所に気付かれぬようそっと後を追う『黒狼』の姿があった。
 赤頭巾と黒狼が森を進むこと一時間ばかり。鮮やかに道を彩っていた木々がゆっくりとまばらになっていく。やがて、三本の大きな樫の木がはっきりと見える辺りまで来ると、森は急に開けて、その先にぽっかりと、百坪ほどの空き地があるのが見えた。綺麗に下草を刈られたその空き地の真ん中に一軒の小さな山小屋が建っているのがはっきりと見える。
 黒狼は、逸る気持ちを抑えて、ゆっくりと樫の木に近づく。先に歩く赤頭巾の背から視線を外さずに、そっとその樫の木の根元の草むらに身を隠した。

 警戒しながら、ひとり先行した『赤狼』は山小屋の扉を叩いた。ぼそぼそと声がして扉がゆっくりと開き、中からひとりの老女が現れる。老女はそこに誰も居ないことを不思議に思い、辺りを見回した。その瞬間、ドアの陰から飛び出した赤狼は老女を仕留めようと素早く得物を振りかぶった。
 ──だが、思いも寄らぬ方向からの一撃が隙だらけの腹部を強く打ち、赤狼は地面に叩きつけられた。巻き上がる土埃が収まらないうちに、赤狼を殴ったそれは、恐ろしい勢いで何度も何度も敵対者を殴り続けた。
 やがてそこへ赤い頭巾が現れた。
「よく無事にお帰りだね、いい子だ」
 老女は労うようにそう言うと、小屋の扉を大きく赤い頭巾を迎える。それから、老女は赤狼の隣でバチバチと音を立てるそれに気付く。
「面白いものをお持ちだね」
 唇の両端を吊り上げて笑うと赤狼の身体とそれを引きずって小屋の中へと消えた。

 ばたん、無常に音を響かせて、赤狼を飲み込んだ厚い木の扉が閉まった。
 草むらの中で一部始終を見届けた黒狼は本部へ報告した。


●ハンターたちは少女を救えるの
「依頼です」
 H.O.P.E.の一室に集められた英雄と能力者たちは、固い表情をした女性職員と男性を見る。
「森の奥に愚神の巣が見つかりました。今まで愚神は従魔を使って定期的に街の人間を襲いライヴスを集めており、すでにケントゥリオ級に成長しているのが確認されました。ゾーンルーラーとしてドロップゾーンを形成するのは時間の問題でしょう」
 女性職員の言葉を引き継ぐように、壮年の男性がゆっくりと口を開いた。
「おれはこの愚神と従魔を追ってきたリンカーだ。敵は、従魔『赤い頭巾』と愚神『ロウバ』。先行した仲間『赤狼』は重傷を負ったものの生存しているようだ。『赤狼』の救助と愚神及び従魔の討伐の協力を依頼したい」
 彼、『黒狼』は色を無くした顔で続けた。
「どうか、おれの娘をたすけてくれ」

 黒狼の案内で一行はロウバの山小屋付近までやってきた。三本の樫の木の下で、背高くこんもりと生い茂った草木に身を隠しながら、小屋の様子を伺う。
 葉が擦れる音と鳥や虫の声が聞こえる。秋始まった森でささやかなパーティーが開かれていた。小屋の前に小さなテーブルと椅子が並べられていた。テーブルにはテーブルクロスが敷かれ、赤い液体が満たされたグラスとケーキの乗った皿がふたつずつ、赤い液体の入った酒瓶がひとつ。グラスを傾けるひとりの気のよさそうな老女と、赤い頭巾を目深に被りぐったりと俯いた少女がそれぞれ椅子に座っていた。
「うちの娘だ……!」
 少女を見て黒狼が小さな悲鳴をあげる。今にも飛び出して助けたい気持ちを押さえているのか、彼は毛深い自分の腕にぐっと爪を立てて老女を睨んでいる。


●赤頭巾ちゃんを助けて
 リンカーの少女は震えていた。彼女は父親に負けない勇敢な戦士だった。若く、今まで戦いの中で震えたことなどなかった。
「あら、震えてるのかい? 可愛い仔だね」
 老女はそんな彼女を見て笑う。赤狼は深い傷を負ってはいたが辛うじてリンク状態は保っていた。しかし、不思議なことに指先すら動かすことが出来なかった。それどころか、リンクしている彼女の英雄と話すことすらできない。
 老女の背中からカマキリのような鋏の付いた腕が一本伸びて彼女の目の前でカタカタと動いていた。鈍色(にびいろ)のそれは全体的に植物のトライコームのような産毛が生えていたが、先端の鋏は刀のように尖ってぎらりと光っていた。眉間の前で揺れる物騒な刃に、目に入るほどの脂汗がダラダラと流れ落ちる。
「だいじょうぶだよ。怖いことも痛いことも苦しいこともなあんにもないさ」
 ずっとうろうろと揺れていた巨大な鋏は、ついに、つ、と彼女の目の前を通り過ぎ、胸から胎の辺りをさくりと──切る、真似をした。
(……え、なにもな──)

 糸の切れたマリオネットのようにぱたりと倒れた少女の姿を満足げに見届けると、老女は傍にあった一体の従魔を掴む。
「これがいいかね?」
 赤い頭巾の下には黒い岩のような塊で出来た体があった。老女は頭巾を少女に被せると塊を少女の身体に詰めるような仕草をする。
「ほれ、出来上がり。可愛い可愛い」
 赤い頭巾を被った少女はむくりと起き上がると、無表情でぎぎぎとぎこちなく首を動かした。

解説

※PCたちは赤狼が従魔に憑かれていることを知りません※
 赤狼に不用意に近づくと攻撃を食らい、暫く動くことが出来なくなります。ただし、誰も赤狼に近づかない(助けようとしない)場合、黒狼が近づいて攻撃を食らいます。
 赤狼は憑依されていますが、まだ完全ではなく威力があるのは不意打ち攻撃位です。
 憑依を解く方法は『従魔の生命力以上のダメージを負わせること』です。オーバーしてもダメージは憑依対象へいきません。

愚神ロウバ:ケントゥリオ級。銀髪の細身の老女の姿をしているが素早く、背中の鋏は殴ることに特化しています。催眠能力がありますが静かな環境が必要なので今回の戦闘中に使うことはありません。鋏を含めた第三の腕の長さは2m。

従魔赤い頭巾:デクリオ級。赤い頭巾を被った黒い岩のゴーレムのような姿。今回は憑依しているので赤狼のステータスを参照。

黒狼:シャドウルーカー。壮年の男性で妻とは死別し、一人娘を溺愛しつつも厳しく育てている。優れたリンカーではあるが、娘のピンチに酷く動揺しており、今回はあまり戦力にはならない。

赤狼:ドレッドノート。16歳。母親を亡くしてから父親を助けてきたが、英雄と出会い父親の反対を押し切ってリンカーになった。今回は偵察のみの約束だったが、慢心故に約束を破った。雷を纏った大剣を使い、剣の届く範囲に居る相手をしびれさせる事ができる。現在、剣は彼女の椅子に立てかけられている。

リプレイ

●縫い針の道か、留め針の道か
「期待に応えて赤狼ちゃんの救出と愚神退治だね。ドロップゾーンができると厄介か、急ごう」
 紫の瞳に強い光を灯して餅 望月(aa0843)は言った。普通の少女だった望月がふと見せたリンカーらしい表情に、改めて気づいた百薬(aa0843hero001)は微かに驚いた。そうだ、彼女たちはもう何度かの戦いを経ているのだ。
 秋明 恋美(aa1571)は自分の車椅子を押すアストラガルス・シニクス(aa1571hero001)を見上げる。彼は、黒狼の話を険しい表情で聞いていたが、恋美の視線に気づくと小さく頷いた。
「老婆に捕らえられた狼の末路は腹に石を詰められて……と、理解できません。更に、老婆が愚神で黒幕ともなるとどう言えばいいのか」
 黒狼に聞こえない程度の声で、部屋の片隅に立つスーツ姿の男、石井 菊次郎(aa0866)が呟いた。一見、スーツを着込んだ普通の勤め人にも見える彼だが、室内にも関わらずかけたサングラスがただのサラリーマンにしては違和感があった。隣に堂々と立つ、同じくスーツ姿の女性、テミス(aa0866hero001)は男の呟きに答えた。
「奴らは人の信じるものを愚弄するのが好きだからな。さぞ、狂気に満ちた解釈をするのであろう」
 狂気の童話の世界から彼の娘を救い、狂った主である愚神と従魔を倒すのが彼らの役目である。
 菊次郎たちのやり取りなど聞こえていない月鏡 由利菜(aa0873)は黒狼を力強く励ましていた。
「……若輩とは言え騎士です。救いを求める声を放っておけません」
「あ、ありがとう。娘は……おれに……残されたすべてなんだ」
 隠してはいるものの、未だ震えている黒狼に由利菜の英雄、リーヴスラシル(aa0873hero001)も声をかけた。
「……どうか落ち着いて頂きたい。我々にあなたの依頼を断る理由はない」
 イリス・レイバルド(aa0124)の胸中は様々な想いが交錯していた。思わず、いつの間にか掴んでいた、『お姉ちゃん』と慕う彼女の英雄アイリス(aa0124hero001)の袖を引く。イリスは愚神によって家族を亡くしている。だからこそ、黒狼が娘の危機に焦るのも痛いほど良く分かる。
 ──あの時、ボクは。
 一瞬、取り戻せない過去へと囚われかけた意識を引き戻して、イリスは決意する。今のイリスは当時の何もできない子供ではなく、アイリスに徹底的に鍛えられた、戦士としての力を持つリンカーだ。
「助けたい……良く分かるんだ、だから助けようお姉ちゃん」
 イリスの決意に、アイリスは応える。
「任せたまえ、イリスが望むなら全力で手を貸そう」
「──うん、お姉ちゃんと一緒ならどんな敵とだって戦える!」
 場の空気に、獅子道 黎焔(aa0122hero001)の眉が顰められる。パートナーの変化にいち早く気づいた、まいだ(aa0122)が不思議そうに彼女を見上げる。
 ──実の娘、か……今回ばかりは、まだ荷が重いよな。
 黎焔を見上げる、両親を亡くして親代わりのリンカーに育てられた幼い少女の無邪気な瞳に向かって、彼女はぶっきらぼうに──しかし、どこか優しい響きを持ったその声で告げた。
「……寝てろ、まいだ。あたしがいく」

 紅葉の始まった森は美しかった。これがもし、赤狼を助け、愚神を倒す道程で無ければどんなに素晴らしかっただろう。それは、森を歩く一行すべてが思うことではあったが、中で一名だけ、その周りの景色すら目に入らない程に緊張している者が居た。
 フィオナ・レイノルズ(aa1141)は先程から喉が乾いて仕方なかった。すでにリンクは済ませてある、戦闘経験も微かにある。しかし、これが彼女にとってリンカーとしての初めての『依頼』だった。
「フィオナさんは初めての依頼なんですよね。大丈夫ですか?」
 緊張したフィオナに声をかけたのは由利菜だった。歩きながら他愛もない話を少し話す。すると、声をかけてもらったことでフィオナの緊張も少し和らいだようだった。
 やがて、三本の樫の木に辿り着く。根元に生い茂る草むらに身を隠しながら山小屋の様子を観察すると、そこでは秋のささやかなティーパーティーが広げられていた。お茶の時間を楽しむように見える老婆とぐったりと俯いた赤い頭巾を被った少女の姿……。
「うちの娘だ……!」
 黒狼が小さな悲鳴を上げる。
「あれが、赤狼ちゃん? 人質ってことかな、従魔はどこだろう」
 先程の由利菜とのやりとりで緊張が解けたフィオナが小さな声でぽつりと漏らす。
「──赤頭巾ちゃんを救ったのは猟師、でしたね。勿論皆さん全員が猟師ですが、銃を扱う者として任務を全うできるように頑張ります。そして、赤狼さんを必ず助けます」
 その言葉に黒狼は一瞬はっとすると、今までどこかぼんやりとしていた顔を引き締めた。そして。
「あ、格好は、私も赤頭巾ちゃんみたいですけど。赤い服で」
 何気なく続けたフィオナの言葉に一同の顔がぎょっと凍り付く。既にまいだとリンクを果たし、眠るまいだに変わって主導権を握る黎焔は、リーヴスラシルと共に黒狼に赤狼が捕まるまでの様子を確かめるように改めて丁寧に聞いた。そして、再び落ちた沈黙の中で彼女たちは重い口を開いた。
「……なあ、赤狼とやらは、いつも赤ずきんつけてんのか?」
「情報の整理が必要か……」
 嫌な予感が過るが、それを確かめる術はない。
「……成る程赤狼を赤頭巾に……まあ、狂っていても知性が有るのは確かでしょう。話を伺いたいものです」
 菊次郎がポツリと呟いた。サングラスの下の珍しい紫の瞳が静かな光を湛えている。
「──考えたくはありませんが、可能性は無視できません。私たちは愚神に憑依され少女を助けたこともあります」
 もしも、赤狼が従魔『赤頭巾』に憑依されているのならば。由利菜の示した可能性に緊張が走る。──従魔に憑依された者は従魔の生命力以上のダメージを与えれば解放することができるはずだ。
 覚悟はしているのだろうが再び顔色を無くした黒狼の手をフィオナは握った。
「お父さんは娘さんを救うことを第一に」
 動揺した黒狼を励まそうと、彼女は精一杯の気持ちを込めてそう言った。

 一行が山小屋に向かうべく、じりじりと草むらや木々の間へと散っていく。そして、最後に樫の根元に残ったポプケ族の姫は彼女のパートナーであるしなやかな獣人に向かって口を開いた。
「ポチ、わらわは前から思っていたのだが、なぜ物語での狼はいつも悪者にされてしまうのだろうな……? 生きていくために食べるのは皆同じこと、理不尽ではないか……わらわは同胞を助けるぞ!」
 ポプケ エトゥピリカ(aa1126)の言葉に『獣』を意味する名を名乗るポプケ チロノフ(aa1126hero001)はニヤリと笑った。
「威勢のいい姫さんだ……。獣の名を持つ若き命……返してもらおうか」
 赤狼を助けるために、彼らは愚神へと攻撃の牙をむく。
 愚神を倒して娘を助けるか、娘を助けてから愚神を倒すか。彼らは両方の道を選んだ。

●赤ずきんちゃんは剣を携えて
 草むらに隠れたフィオナはスナイパーライフルを構えて老婆に狙いを定める。乾いた唇をそっと舐め呼吸を整える。初めての依頼であるフィオナを心配した仲間から、すでに様々な助言を貰っている。
 ──今の私では、一撃でも当てられたら危険、なんですよね。ならば、狙撃手として影から狙い撃ちを!
 震えるのは武者震い、戦闘は初めてではないと自分に言い聞かせる。

 優雅にカップを傾けていた老女は水面のさざ波に気づいた。その瞬間、周囲の木々が草むらから音を立てて一斉に飛び出す影。
 黎焔は強化したライオットシールドを掲げて老女の視線を赤狼から遮る位置に飛び出した。そこへ辿り着くまでの僅かな時間に老女はその背中から、老女の細身の身体からは思いもよらないごつい鋏付きの腕を伸ばして殴りにかかる。
「こいつ、はさみのくせに殴ってくるぞ! だからどうってわけでもねえけど……!」
 焦ったような彼女の叫びに、菊次郎は微かに口元を歪ませた。共鳴して狼の尻尾と耳を生やしたエトゥピリカは、黎焔をサポートし彼女と同じように赤狼へ向かう仲間を庇うように攻撃を仕掛ける。
 黎焔と同じく盾で防御しながら大剣ライオンハートを振るうのはイリスだ。愚神ロウバの足止めをするべく、前衛でロウバの攻撃を食い止める。振り下ろされた鋏がガツンと盾を震わす。盾の下でイリスはリンクした相棒に心の中で語り掛ける。
「お姉ちゃん、どう思う?」
 ──どうも何も、報告にあった赤い頭巾の従魔がいない。そして助けるべき相手にこれ見よがしに赤い頭巾がかぶせられている。
 アイリスは続けた。
 ──何らかの術中にあると見るのが自然だろうさ。対応班…と…特に父親の黒狼さんには是非冷静な対応を期待したいね。
 冷静な彼女の言葉に、イリスは不安そうに確かめた。
「間に合う、よね?」
 ──彼女もリンカーだ、戻ってくる力はあると信じたまえ。
 そして、リンクコントロールでライブスを安定させた由利菜は強化したブラッディランスを繰り出し、赤狼への道を塞ぐ。

 一番最初に娘の元へ全力で駆け寄る黒狼、それを追う恋美と望月。
 ──罠があったら飛び越えるのよ!
  百薬はちゃんと飛べるようになってから言って欲しいんだけど。
 パートナーの自称天使の有難い言葉に、望月は口に出しかけた言葉を飲み込んだ。
 彼らが赤狼と呼ばれる赤頭巾の少女へ駆け寄るその時、今までぐったりとしていた赤狼が突然素早い動きで傍らに立てかけていた剣を鞘から引き抜いて地面へと叩きつけた。
 警戒していた恋美は後ろへ飛び退りその一撃を避けることができた。
 だが、望月は……同じく赤い頭巾を警戒していた彼女だったが、飛び退る刹那、僅かに生えた下草がその足を取った。
「あっ!」
 悲鳴ともため息ともつかない声が漏れる。同時に金の火花がその場に飛び散った。
 そして、望月と、警戒してはいたものの完全に娘に気を取られていた黒狼は剣から生み出された雷に自由を奪われ、土煙を上げて地面に転がった。盾を構えた恋美は一瞬戸惑ったが、先程の由利菜の言葉を思い出す。
「ごめんなさい!」
 盾を翳し赤狼の攻撃を押し返す恋美の剣が唸る。それが赤狼を傷つける。最初の一撃に思わず声を漏らした黒狼だったが、その後は口を結んで、半身を起こそうとあがきながら恋美と赤狼の戦いを見守る。
 赤狼は愚神による攻撃のダメージが残っているのかまだ足つきが覚束なかったが、その剣は赤狼の意思に従ってその能力を躊躇いなく発揮した。

 グリムリーパーに持ち替えて、愚神ロウバの攻撃を柄で受け流し槍で迎撃しようと黎焔は動く。
「っは、悪いな……こっから先に通すわけには行かねえんだよ」
 由利菜は武器は持ち替え、ターゲットを愚神ロウバから赤狼へと変える。
 ──憑依元はドレッドノートだ。弓で行く!
 リーヴスラシルが由利菜へと叫ぶ。その矢が赤狼を貫き、由利菜が顔を歪める。
「私、本気で怒っていますから……自分の為に人の心を弄んだ者の末路はひとつ!」
 エトゥピリカは自らの素早さや体格差を生かして間接や足などを狙い、攻撃を試みる。ドレッドノートの攻撃力は高くシルフィードを煌めかせるが、ロウバの鋏がその攻撃をことごとく塞ぐ。
 ──ピリカ、鋏に注意しろ。刃はきるだけではない。
 エトゥピリカはその目を見開き、神経を研ぎ澄ませた。

 パチパチパチと、場違いな手を打つ音が響いた。ロウバは反射的にエトゥピリカへの攻撃の手を止め、そちらへと目を移した。そこには悠然と佇む菊次郎の姿があった。
「成る程、成る程、御身の人間伝承の理解の深さには敬服つかまります。ただ、一点些細な点ですが及ばぬ所が有ります。そう、愚神グリスプ……その名についてお知りの事をお答え頂けばお教えしましょう」
 ゆらゆらと赤狼、いや、赤頭巾も攻撃の手を休めて菊次郎の方を見た。もしかすると、赤頭巾はロウバと意識の繋がりがあるのかもしれない。
「グリスプ……ね。何を言っているのやら。恐怖でおかしくなってしまったのかい? つまらぬ時間稼ぎだこと!」
 ロウバの鋏が空気を割いて唸り、菊次郎へと向かう。しかし、ウィザードセンスで高めた魔力が、テミスの憑依した妖気漂うグリモアから強力な不浄の風を産み出し敵へと叩きこむ。
 乾いた音が響いた。
 ロウバが思いもかけない攻撃に鋏を引く。フィオナの銃弾がロウバの鋏を打ち抜いたのだ。本来なら未だ錬度の低いフィオナの一撃は他のメンバーほどダメージは与えられない。しかし、ソフィスビショップのゴーストウィンドがロウバの鋏を劣化させ、思った以上のダメージを与えさせた。
 己の鋏についた生々しい傷を悔し気に見つめるロウバに菊次郎は言葉を続けた。
「それはこの童話に置いては鋏を振い狼の腹を割くのはここに居並ぶ様な狩人の役目という事です。つまりそれは哀れな老婆には過ぎた物という事です。我々にお渡しくださいませ」
 ロウバの人ならざる怒りの絶叫が響き渡った。

 動きを止めた赤頭巾の後ろで、望月はぐっと土を掴んだ。……動く。痺れはまだ多少残る気がする。しかし、回避行動を取った途中だったせいか、それとも、元々そう長く効果の続かない攻撃だったのか、だいぶ痺れは引いていた。そっと、恋美と由利菜へと目配せをする。黒狼も、己の得物を柄から引き抜いてすぐに斬りかかれるようそっと腹の下に隠した。
 ロウバが絶叫を上げる。それを合図に望月は彼女の武器である大鎌を天へと向かって閃かせる。その一撃は意識の反れていた赤狼の身体をしっかりと捉えた。
「憑依解除方法はあたしも以前の依頼から察することは出来るけど、今回もそれでいけるかな」
 恋美の剣先が由利菜の「無駄なしの弓」が赤狼を狙う。口を結んだ黒狼の刃が縦に走り、赤狼の半身と頭に被った赤い頭巾を引き裂く。
 赤狼はもう一度剣を地面に叩きつけ、雷を呼び出したが今度は攻撃に備えていた一同を痺れさせることはできなかった。
「みんな、息止めてね!」
 望月を中心とした広い範囲にセーフティガスが発生する。その力は、深いダメージを受けていた赤頭巾を襲う。今度は赤頭巾が足を折る番だった。そこに、リンカーの従魔から解放する一撃が加わる。
「黒狼さん、あとはワタシたちに任せて!」
 望月の言葉に黒狼は頷くと、娘を抱え素早く戦線離脱する。恋美は望月と由利菜と共にロウバへと向かいながら叫ぶ。
「皆さん、人質は救出しました!」

「手数は十分。ならあたしの役目は決まってるよな……まいだが起きてたらぜってぇさせねえけど、今はあたしのターンだ」
 黎焔はグリムリーパーを閃かせてロウバの鋏を攻撃する。
「お姉ちゃん、お教えひとーつ! 体格差なんて力と技術で押し返せ!」
 そこに、力を込めたイリスの盾が目一杯魔力を上げた菊次郎の不浄の風で弱体化したロウバの鋏を押し返す。
「小さいからって甘く見てると……ひき潰すぞっ!」
 イリスの一撃が鋏を弾き飛ばす。勢いに押されてよろめいたロウバ。即座にイリスがライヴスブローで強化された武器を構える。
「ぶった切るッ!」
 イリスとアイリスの絆のオーラ。比翼連理を象った黄金の四枚羽が翻り、大剣が強力な斬撃を繰り出す。
「この黄金の翼が、ボクたちの絆の強さだ!」
 斬撃がロウバの鋏を引きちぎり、それを弾き飛ばす。
「下らぬメタファーを打ち破るにはそれを逆用する事です! それで穢れた赤頭巾をつまみ出し……」
 菊次郎は地面へと落下した愚神の鋏を拾い上げると、それを黒狼の方へと放った。娘の赤い頭巾を外した黒狼は頭巾と鋏を重ねて己の刃を突き立てた。
「うあああっ! 恨めしい!」
 愚神ロウバが絶叫する。細い腕に血走った瞳で愚神は逃亡を図った。いや、その視線の先には赤狼と黒狼の親子の姿があった。
「狼親子には指一本、鋏一本でさえ触れさせぬぞ!」
 エトゥピリカが金の瞳を輝かせた。
「ポプケ族守り神たる狼の力を受けよ……!」
 白い狼のへヴィアタックが、弱った愚神の老女に止めを刺した。

●幸福な結末
 リーヴスラシルは荒れた広場を眺めながら珍しくぼんやりとしていた。
「もし私もユリナに今回の事件のようなことがあれば、冷静でいられる自信はない……」
 英雄の言葉に、由利菜も頷いた。
「……私も、ラシルに身の危険があったら自分を抑えられないと思います」
 ふたりは、少し憂いの残った笑みを交わし合った。
「赤頭巾についてはアレコレとメタファーが語られていますが、元々の民話では少女は赤頭巾をしていなかった様です」
「は、誰かの思い付きを寄って集って意味ありげに仕立てる……まあ、人の営み全てがそうで無いと言えるかどうかだ」
 菊次郎とテミスは語り合いながら、山小屋を見た。
 山小屋の中を調べた恋美は、ほうと息を吐いた。彼女は山小屋の中を調べてH.O.P.E.に報告すべきものが無いか確認をしていたのだ。ゾーンを夢見た愚神の根城の名残はライヴスを奪った人々の遺品という形で小屋の中に散らばっていた。──しかし、愚神の根城の開かれた扉の向こう、四角に切り取られた世界では一人の男が娘の生還を涙を流して喜んでいる姿が見えた。恋美は黙って頭を振ると、月光蝶から取り出した車椅子に座る。
「秋明」
 リンクを解くと彼女の英雄アストラガルスが現れ、敬愛する彼女を気遣いながら、車椅子をそっと押した。

「何飲んでたのかな、多分ろくなもんじゃないよね」
 望月は酷い有様になったテーブルとその上に載っていたであろうモノたちを眺めていた。
「赤狼ちゃんも大丈夫かな? 何より一人で作戦を決行するのは良くないよ、これからもやるならH.O.P.E.で仲間探しもいいかもね。それか、黒狼さんとちゃんと一緒に行動、だね」
 望月の後ろで彼女の言葉を聞いていた黒狼は深々と頭を下げて「ありがとう」と言った。

 赤狼は目を覚ました。長い悪夢を見ていた。
「……おとうさん……」
 意識が覚醒してくると、誰かに背負われているのに気づいた。頑丈だが良く知るそれより細いその肩は父のものではない。
 赤狼が起きたことに気づいたチロノフは前を向いたままぼそりと言った。
「お前は決まりを破った。お前以上に、父は娘の死に脅えただろう…………家族を悲しませるなよ、若き狼」
 赤狼を背負うチロノフの傍にエトゥピリカがしっかりと寄り添っていた。

 そんな赤狼たちの背中を見ながら、仲間と自分の傷を癒した黎焔はリンクを解き、眠っていた相棒を起こす。
「おはよう、まいだ」
 まだ眠そうに目をこする小さな相棒に、黎焔は微笑んだ。
「とりあえず終わったから」
 少し肌寒い秋の風が紅葉した落ち葉を運んで行った。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 愚神を追う者
    石井 菊次郎aa0866

重体一覧

参加者

  • 止水の申し子
    まいだaa0122
    機械|6才|女性|防御
  • まいださんの保護者の方
    獅子道 黎焔aa0122hero001
    英雄|14才|女性|バト
  • 深森の歌姫
    イリス・レイバルドaa0124
    人間|6才|女性|攻撃
  • 深森の聖霊
    アイリスaa0124hero001
    英雄|8才|女性|ブレ
  • まだまだ踊りは終わらない
    餅 望月aa0843
    人間|19才|女性|生命
  • さすらいのグルメ旅行者
    百薬aa0843hero001
    英雄|18才|女性|バト
  • 愚神を追う者
    石井 菊次郎aa0866
    人間|25才|男性|命中
  • パスファインダー
    テミスaa0866hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 永遠に共に
    リーヴスラシルaa0873hero001
    英雄|24才|女性|ブレ
  • 影踏み
    ポプケ エトゥピリカaa1126
    人間|7才|女性|生命

  • ポプケ チロノフaa1126hero001
    英雄|27才|男性|ドレ
  • エージェント
    フィオナ・レイノルズaa1141
    人間|18才|女性|命中



  • 暗闇の脚本家
    秋明 恋美aa1571
    機械|24才|女性|生命
  • エージェント
    アストラガルス・シニクスaa1571hero001
    英雄|17才|男性|ブレ
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