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【白刃】血の根本原理
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最終発言2015/11/04 16:50:48 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2015/11/01 23:36:49
オープニング
●白き刃へ抗う為に
「総員、準備はよろしいですか?」
映像で、音声で、出撃し往くエージェント達にオペレーター綾羽璃歌が声をかける。
「H.O.P.E.東京海上支部としては初の大規模作戦。それに伴い、今回皆様には別働隊として動いて頂きます」
展開されたドロップゾーン。
そこから溢れ出す従魔、呼び寄せられる愚神。
別働隊はそれらを叩き、これ以上のゾーン拡大を防がねばならない。
「大規模作戦の成功……アンゼルム撃破の為にも、皆様の任務遂行が必須となります。
――どうか皆様、御武運を!」
●ドッグ・プライド
生駒山に生成された多数のドロップゾーン。その一つ、血染めの月に照らされる異空間と化した山岳地帯。
「分からん。アンゼルムの考えは分からん」
枯れ果てた樹木に背を預け、半人半獣の異形が膝を抱えるようにして座り込んでいた。
牙を持つ獣と人間の女性の特徴を併せ持つ愚神、ダイアウルフ。アンゼルムの呼びかけに応じて狗の従魔を放ち、N町を壊滅させた張本人だ。
「クセェ愚神商人なんぞと手を組みやがって」
ダイアウルフは不満げに鼻を鳴らして歯軋りする。愚神商人。名前からして気に食わない上に、あの『臭い』だ。
愚神であるダイアウルフにすら怖気を走らせるおぞましい臭い。他者には説明のしようが無い感覚的なものだが、それはダイアウルフに強い苛立ちをもたらしてやまない。
「それにしても……オレの狗どもを退けるか」
愚神の苛立ちを鎮める要素が一つだけあるとすれば、この退屈極まりない蹂躙劇に抗ってみせた者達が存在するという事。
三十体余りの狗と二体の頭を失った。手元に戻ってきた狗は僅かに六体。久しく味わっていない屈辱的で、心躍る敗戦だ。
あれらがアンゼルムと愚神商人の獲物なのか? あるいはもっと別の思惑があるのか?
「知るか。ヤツ等の考えなど知ったことか」
もうすぐ極上の獲物――あるいは極上の狩人が、此処に来る。それだけで十分だ。
生駒山へと向かってくる多数の敵意を嗅ぎつけ、ダイアウルフは長い舌をだらりと垂らして笑った。
「そうだ。オレはダイアウルフ。喰ったり喰われたり、それで沢山だ」
●喰らいつくは狗か人か
「愚神『ダイアウルフ』……生駒山周辺をねぐらにしているケントゥリオ級のゾーンルーラーで、エージェントとの交戦記録もある愚神だ」
別働隊として集まったエージェント達と、そこに混ざったメメント・モリ(az0008)の顔を確認した後、中年の事務員が説明を開始する。
「ダイアウルフは生駒山の麓にドロップゾーンを生成し、そこから狗型の従魔を送り出していた。つい先日も、配下の従魔によってある町が襲われたが……エージェント達の働きで撃退された。今度は、こっちが打って出る番だ」
「やられたらやり返すって事だな!」
狗の従魔との防衛戦を想起したメメントが拳を握り締めて答えると、中年事務員は少し考えた後頷いた。
「まぁ、そういう事になる。……幸い、防衛に当たったエージェント達が奮戦してくれたおかげでダイアウルフ配下の戦力は大幅に削がれてる。別の作戦に当たるエージェント達も一斉に動くから、ドロップゾーンまでの道中に邪魔が入る心配は無いだろう……が、このドロップゾーンが厄介でな」
過去の交戦記録とプリセンサーからの調査結果が書かれた資料を広げながら、中年事務員が言葉を続ける。
「ダイアウルフ自身は至ってシンプルな戦い方だが、奴の支配するドロップゾーンは生物の破壊衝動を喚起する。共鳴中のリンカーならば抗う事は出来るだろうが、いつまでも正気を保っていられる保証は無い。更に、ゾーン内部に血が流れれば……つまりダイアウルフとの戦闘になれば、そのライヴスを元に新たなミーレス級従魔が生成されちまう」
闇雲に戦い血を流せば、正気を失った上で数の暴力に押し潰される事になるのは間違い無いだろう。
「アンゼルム達との戦いに集中するためには、この愚神を倒してゾーンを消滅させる必要がある。……キツい任務だが、お前らなら不可能じゃない筈だ」
愚神の領域たるドロップゾーンに突入し、群れなす従魔を越えて愚神を討つ。決して簡単な事ではない。
この困難に立ち向かえる者が存在するとすれば、この場に集ったエージェント達だけだ。
「分かってると思うがこの後も戦いは続く。全員、生きて帰ってきてくれよな。……頼りにしてんぜ?」
中年事務員はそう言ってエージェント達一人一人の顔を確かめてから、メメントへと視線を向けた。
「……おいメメント。お前、足引っ張んなよ?」
「引っ張らねーよ。俺様達に任せとけって!」
名指しで注意を受けたメメントが胸を張ってみせる。……少なくとも、邪魔になるような事はしない筈だ。
「本当に任せて大丈夫なら良いんだけどね……」
その遣り取りを遠巻きにしながら、アンジェロ・ダッダーリオ(az0008hero001)が気だるげに呟いた。
解説
●ダイアウルフ……ケントゥリオ級愚神のゾーンルーラー。外見は半人半獣の女性。
高い物理戦闘能力を持つが、特殊な能力やスキルは無い。多弁ではあるものの、まともな問答は成立しないと思われる。
この愚神を倒してドロップゾーンを消滅させる事が任務の成功条件となる。
「居心地はどうだ? 血が騒ぐか? 思う存分楽しもう!」
●トゥース……ミーレス級従魔。犬と狼の中間的な姿と不釣り合いに肥大化した禍々しい牙を持つ。
イニシアチブが高いものの防御力・生命力がかなり低い。噛み付き攻撃にはBS『拘束』が伴うため注意が必要(特殊抵抗力による対抗判定有り)
交戦したエージェントから『毛皮のせいで打撃攻撃が通りにくい』との報告有り。
ダイアウルフの右翼・左翼にそれぞれ三体が布陣しお座りの形で待機している。戦闘開始時、ダイアウルフから与えられる命令は『喰らいつけ!』のみであり、戦術的な連携は取らず真っ直ぐに挟撃してくる。
●ドロップゾーン……枯れ果てた樹木が立ち並ぶ荒寥とした異空間。暗闇の空には血染めの月が不気味に輝きゾーン内部を照らしている。
ゾーン突入直前の準備としてスキルを使えるのは各人一回まで。それ以上時間を掛ければ従魔の数が増える恐れあり。
また、ゾーン内部での戦闘中に限り以下のルールが適用される。
・1ラウンド終了毎にトゥース1~6体を生成。
・1ラウンド終了毎に生命力が30%を切った対象(愚神・従魔を含む)に特殊抵抗力判定を行い、失敗した場合BS『暴走』と物理攻撃力+50、物理・魔法防御力-50の修正を与える。
その他、個人差があるものの精神の高揚・痛覚の麻痺といった症状をもたらす。
●メメント&アンジェロ……同行するNPC。基本方針は『ガンガンいこうぜ』だが、行動の指示があればそれに従う。
リプレイ
●死地への突入
愚神アンゼルムの勢力下にある生駒山の麓。
「……アルが選ぶ仕事は、どうしてこんなに俺の限界に挑戦するものばかりなのかな」
「儂は何故こんな面倒な依頼に入ったのじゃろうか……」
七城 志門(aa1084)とArianrhod=A(aa0583)の二名が遠い目をしてボヤく。
アンゼルムとの本格的な戦に先んじて、ケントゥリオ級のゾーンルーラーを排除する危険な任務だ。ボヤきたくなるのも無理はない。
「良いじゃないか。たまには格上との差というものを感じてみるのも良いものだぞ」
「そうそう。神の意志には逆らえないのです」
己の半身たる能力者へ向けて、アルヴァード(aa1084hero001)とJehanne=E(aa0583hero001)、二名の英雄が口を揃えてそう言った。
アルヴァードは志門に課すべき修行として、ジャンヌはアリア――あるいは人類そのものに対する試練として、それぞれこの苦境を受け止めているのだ。
「悪趣味な神め。どこから見ておるのやら」
「とにかく試練に打ち勝てって事ですよ言わせんな恥ずかしい」
煽りとも励ましともつかないジャンヌの言葉がアリアを戦場へと駆り立てる。かつて民衆の標となった乙女が今導くのは、ただ一人の相棒だ。
「……まぁ、いつもの事と言えばいつもの事かな。やる事も変わらない」
アルヴァードから向けられる無表情の圧力に対して、志門もいよいよ覚悟を決める。
果たして英雄の見込んだ通り、その表情に怯えや焦燥は無かった。
「ゾーン内での戦闘か……難儀じゃの」
禍々しい気配を放つドロップゾーンを前にして、椋(aa0034hero001)が案じるように小さく呟いた。
椋の隻眼の先には、誓約を交わした秋津 隼人(aa0034)の横顔がある。
強敵との戦闘は元より、椋にとって気掛かりなのはゾーンのもたらすという精神への負荷だ。
破壊衝動の喚起と気分の高揚。それが隼人の信条と悪い方向で相乗しないとは限らない。
「なんだよ隼人。緊張してんのか?」
そんな椋の懸念も露知らず、メメント・モリ(az0008)が隼人に気安い調子で声を掛けた。
「緊張……。少々、怖い気持ちも、ありますね……」
――初めて相対するケントゥリオ級の愚神、恐怖が無いと言えば嘘になる。
掛けられたその言葉に対して少し考える素振りを見せた後、しかし隼人は確かに首を振って見せた。
「とはいえ……やるしかない、ですね」
「おう、その意気だ。やっちまおうぜ」
「――愚神をやるのは俺だけどな!」
隼人の言葉を受けて笑うメメントに、不敵な笑みを浮かべたレヴィン(aa0049)がここぞとばかりに割って入る。
願ってもない強敵との真っ向勝負。この危険な任務も、レヴィンにしてみればまさしく渡りに船といった所だ。
「だから俺様だっつってんだろが!」
「いや、俺だ!」
生駒山への道中、何度も繰り返された遣り取りが隼人を挟んで再び勃発する。
とにかく強い奴と戦いたいという点で、メメントとレヴィンの思考は一致していた。
「レヴィンとメメントさんは似た者同士な気がしてしまいますね。単純でお馬鹿そうなところとか」
「……難儀じゃの。本当に」
色々と慣れた様子でそう言ったマリナ・ユースティス(aa0049hero001)に、椋が呆れ半分に頷いた。
マリナの言う単純さ・お馬鹿さが、この状況においてはある意味頼もしいと言えなくもない。
――無論、高い戦意を見せているのはメメントやレヴィンだけではない。
「あのときのワンちゃんたちの飼い主さんが相手なら、きちんと『お返し』しなきゃだ。個人的にだいぶお世話になったし」
かつての防衛戦で多くの従魔を迎え撃ったニア・ハルベルト(aa0163)が決然と呟いた。
「心に愛無きケダモノ達……もう一度直接、身体に愛を教え込んであげましょう!」
彼女の英雄、ルーシャ・ウォースパイト(aa0163hero001)がニアの言葉に力強く応える。
あの醜い狗達にもう一度キツい『しつけ』を与えてやらねばならないと、ニア達はこの戦いに赴いたのだ。
「モリくんじゃ無いけど、やられたらやり返さなきゃって事かな」
レヴィンと張り合うメメントを遠巻きに眺めながら、アンジェロ・ダッダーリオ(az0008hero001)も彼女達に同意を返した。
「斬ったり斬られたり、望むところではあるんですけどね。ねぇ、ヘルマンさん?」
「サヨ。私がこの地に赴いたのは、騎士としての……」
一方、死闘を予感して薄い笑みを浮かべる壬生屋 紗夜(aa1508)に対して、ヘルマン アンダーヒル(aa1508hero001)の表情は硬い。
あくまでも自身の矜持によって戦いに臨もうとするヘルマンと、愚神との戦いのみに関心を向ける紗夜は対照的だ。
しかし、紗夜の言葉を否定する事まではしない。狂獣とも呼ぶべきかの愚神との対峙にヘルマン自身もまた、かつての世界で神のために戦った時と同じ血の昂りを感じているのだから。
「役に立つかはわかりませんが……」
視界不良の可能性に備えた隼人のライトアイを施され、エージェント達がドロップゾーンへと突入を開始する。
「さてと……」
「目ぇ覚ましていきましょうか」
十三月 風架(aa0058hero001)の言葉に頷きながら、零月 蕾菜(aa0058)が共鳴を行う。
必要な時以外は寝息を立てている事が多い風架がしっかりと『目を覚ます』というその意味を、蕾菜も理解している。
四神を思わす身体の変化と共に、ウィザードセンスによって高まる魔力――他ならぬ風架の力を感じながら、蕾菜はドロップゾーンへと足を踏み入れた。
「全く、この空間は面白いよ」
不気味な赤い月を見上げた八朔 カゲリ(aa0098)へと、共鳴するナラカ(aa0098hero001)のどこか愉快げな声。
リンクコントロールを用いる事で英雄との共鳴をより強固なものとしてなお、この空間の瘴気は強い。
「……これはただの狩りだ」
ゾーン深部へと向かうにつれて高まる昂りを否定するように、カゲリが短く呟く。
彼とナラカが抱くのは意志と云う名の牙であり、破壊衝動に突き動かされるようなものでは決して無い。
「来やがったぜ」
臨戦態勢を取るレヴィンの警句。同時に隠しようもない――否、隠す気も無い殺気を認めてカゲリ達は足を止めた。
おぼつかない灯りの下でも、隼人のライトアイによってその姿がハッキリと見て取れる。
「――紗夜と申します、斬ったり斬られたりしに参りました」
一歩前へと進み出た紗夜が、読み違えようも無い殺意の塊に向けて言葉を投げた。
「オレの名はダイアウルフ。名乗る必要も無いか? もうすぐオマエ等が……あるいはこのオレが死ぬのだから」
己の領域へと踏み込んで来た者達へ、愚神はその牙を剥き出しにして笑う。
「居心地はどうだ? 血が騒ぐか? 思う存分楽しもう!」
「勝手に昂って、好きに楽しんでいろよ」
歓喜もあらわに叫ぶ狂狼に、戦狼はただ短く吐き捨てるように答えを返した。
「俺は――俺達は、お前を殺す。ただそれだけだ」
「うん。楽しいとか血が騒ぐとかっていうのは、よくわかんないけど」
機械化された右腕にライヴスの淡い燐光が走る。瞬く間に幻想蝶から実体化した大剣を振り被り、ニアが愚神を睨みつけた。
「あなたはわたしたちと戦いたい。わたしはあなたを倒したい。そういう状況でしょ? ――なら、やろっか。思いっきり」
従魔の群れに襲われた小さな街。人々の受けた痛みに応報するならば、今がその時だ。
●引き裂く肉
「喰らいつけ!」
端的に過ぎる愚神の命令に、狗の吼え声が呼応する。
一呼吸の間も置かず、紗夜の眼前へと迫る愚神の爪。身に纏うドレスめいた甲冑の一部を引き裂かれながらも紙一重でそれを掻い潜り、竜牙刀が閃く。
「合わせろッ!」
その瞬間、足を止めた愚神の側面からレヴィンとメメントの二人が挟みこむような形で追撃を見舞う。
鈍い音を伴う衝撃。肉を裂き、骨を軋ませる確かな感触が大剣を通してレヴィンの手へと伝わるが
「! ……こいつぁまた血気盛んな犬っころじゃねーか」
ドレッドノート三人による立て続けの連撃を受けてなお、愚神は笑っていた。
まばたき一つする間にも喰らいつかれそうな圧力。三人がかりで突き立てた刃が、圧倒的な力で押し返されつつある。
味方とタイミングを僅かにずらして攻撃する事で、休む暇を与えないつもりだったが――この愚神は自身のダメージに怯んだり、攻撃の手を休めるような相手では無い。
「――よく狙いな、俺の首はここだぜ。出来るもんなら喰らい付いてみろよ」
殺意と狂喜が入り混じるダイアウルフの視線。マリナと同じ赤へと変化した瞳でそれを真っ向から睨み返し、レヴィンはあくまでも不敵に口角を釣り上げてみせる。
「てめぇが俺の喉を噛み砕く前に、俺がてめぇを喰い千切ってやるぜ!」
「それは素敵だ。さあ、喰ったり喰われたりしよう!」
ギチギチと歯軋りの音が鳴る。一瞬の後、咄嗟に刃を引いて構えた大剣の腹を愚神の牙が削り取った。
ダイアウルフに続いて放たれた矢の如く突進してきたトゥースだが、エージェント達の行動は迅速だった。
「食い破れるものならやってみろ、狼達!」
左翼から迫る狗の牙。裂帛の気迫と共に志門が立ち塞がり喰い止める。
醜い牙が次々に身体へと突き立てられるが、拘束しようとする狗をライヴスブローの一撃でもって叩き伏せる。
「そうそう、こっちですよ犬っコロ!」
右翼から迫る三体のトゥースに対して、矢面に立ったのは隼人だ。
常からは似つかわしくない荒い言葉で従魔を惹きつけ、その牙をいなし捌いてゆく。
「ちと遠いか?」
「少し遠いです」
左右に展開した従魔と、正面で喰い止められた愚神。ブルームフレアの爆炎に全てを巻き込んでやるにはやや遠いと、アリアと蕾菜が眉根を寄せる。
しかし初手の対応で愚神と従魔の動きをせき止める事に成功していなければ、その機動力によって乱戦に持ち込まれていただろう。
今こうして連携を図る事が可能な戦況を作り上げた事で、アリアと蕾菜が持つ力はその効果を最大限に発揮する。
「今……ッ!」
「まさに試練の炎! 人類万歳ッ!」
志門が喰い止めている三体を蕾菜が、隼人が惹きつけている三体をアリアが、超常の爆炎でもって焼き払った。
従魔の侵攻を阻むが如く二か所で燃え上がったブルームフレアに、アリアと共鳴するジャンヌが快哉を叫ぶ。
「……やはり厳しいか」
右翼側。アリアの放った爆炎に乗じて、トゥース二体を隼人と共に仕留めたカゲリが呟く。
その視線の先には愚神の対応に当たる三人の姿。いずれも腕の立つ者達だが、ケントゥリオ級愚神――それも恐らく純粋な戦闘型――を三人で相手取るのはあまりにも厳しい。加勢が必要だ。
「こうなりゃ盾にもなってやるよ……」
「申し訳ないですが……その分、きっちり殲滅はやりますので」
ゾーンによって生成されたのだろう新たな従魔の気配が迫るが、仁王立ちしたアリアと隼人の二人がそれに備える。
長く伸びた銀の髪を翻し、カゲリは愚神への攻撃に加わるべく疾駆した。
「うーん。たしかに血は騒ぐのだけれど、居心地は……いまひとつですわね」
左翼側。高揚を否定しないながらもどこか不満げなルーシャの声を聞きながら、炎に巻かれる狗へとニアがトドメの一撃を加える。
「夜とは美しくあるべきなの! 赤い月に枯れた森というのは、わたくしの好みでは……」
「ルーシャ!」
「あら、失礼。そういうお話をしている場合ではないのよね?」
ニアの短い声がルーシャの言葉を制止する。左翼側に残るトゥースは一体。
「こっちを片付けたら、俺も加勢する」
「では――私は従魔に専念しますね」
志門と蕾菜の短い言葉に頷き返すと、ニアは息をつく暇も無く愚神に向かって駆け出した。最初から、彼女の狙いは愚神ただ一人だ。
「あはっ、絡め手を挟む余地もなくただ強い相手に正面から挑むしかない。うれしいですよ、ええ心から」
愚神の爪に抉られた横腹から滴る血。何の痛みも無いその傷に構う事無く、紗夜はメメントと入れ替わる様に愚神の側面へと回り込む。
昂りを隠さない言葉と表情を見せる紗夜だが、その実レヴィンとメメントのフォローを行う事で三対一の状況を崩さないよう堅実に立ち回っている。
本当に真正面から挑めば押し負けるのは明らかで、そうなればこの危うい均衡状態は一瞬にして崩れる。
この戦いを楽しんでいる紗夜にとっては一瞬で倒れてしまうのも、それを愚神に失望されるのも、不本意極まりない事だ。
「楽しいか? これからもっと楽しくなるぞ」
「ふん、一緒にされては敵わんが否定もするまい」
共鳴するヘルマンも最早紗夜を諌める事はしない。愚神の言葉に憮然としながら吐き捨てるのみだ。
●溢れる血
「こっちを見やがれ!」
「レヴィン、あまり熱くなりすぎないでください!」
ふてぶてしい態度を崩さずダイアウルフと相対するレヴィンの脳裏に、共鳴するマリナの叫ぶような声が響く。
動きを見切られないようパターンを変えながら切り結ぶものの、一呼吸する度に手傷が増えていく。しかし、レヴィンはそれを気に留めもしない。
(なんて厄介なドロップゾーン……)
戦闘をも楽しむ気質を備えたレヴィンだが、ゾーンのもたらす痛覚の麻痺と気分の高揚がそれに拍車を掛けているようだ。
もし万が一この破壊衝動に呑み込まれれば一切合切が死に絶えるまで止まらなくなるだろう。
この世の正邪善悪を定めるならば、このようなゾーンを生み出した目の前の愚神は間違いなく邪悪だ。
悪は絶ち切らねば。正義の名のもとに。
(そう、叩き斬って磨り潰して存在そのものをこの世界から抹消して――)
「マリナ?」
流れ込む英雄の思考と一際強い力に違和感を覚えたレヴィンに問いかけられ、マリナは我に返る。
このまま戦い続ければ、正気を保っていられる時間は長くない。可能な限り早く、愚神を仕留めねば――!
紗夜とメメントの攪乱に続いて、大剣による重い一撃を叩き込んだその直後。レヴィン達の後方から飛来した刃がダイアウルフの身体へと突き刺さる。
「肉の焼けるニオイだ。狗どもが死んだか? 今度はオレか?」
己の身体に突き刺さった魔法の刃を無造作に抜き取りながら、ダイアウルフは楽しげに彼方を見遣った。
愚神が刃の主――魔導書を携えたカゲリの姿を認めると同時、逆方向からコンユンクシオを振り被ったニアが跳躍する。
レヴィンの大剣を受け止めていた愚神の肩口へと、人並み外れた膂力に全体重を乗せたヘヴィアタックがめり込んだ。
「このまま押しまくるよ!」
「やってみろ。このオレを圧し潰してみせろ!」
猛々しいニアの言葉に、血まみれの牙をぎらつかせてダイアウルフが吼えた。
「っ……まだ従魔討伐に集中した方が良いか?」
討ち漏らした最初の一体に加えて、ゾーンの力で生成されたトゥース達をゴーストウィンドで吹き飛ばしながら、アリアが戦況を確認する。
――左翼側の志門がカゲリに続いて愚神への対応に回った事で、蕾菜はアリアと隼人に合流した。
盾役を買って出たアリアと共に、蕾菜は従魔の侵攻を身体を張って喰い止めている。
防御能力の高さを活かして他者を極力庇うように動くアリアだが、それにも限界があった。
「あんまり無茶をして……誓約は覚えていますよね」
「命を捨てる気はありませんよ……ただ、他の人の傷をできるだけ見たくないだけです」
その戦い方に釘を刺すような風架の言葉に、蕾菜は首を横に振って応える。
蕾菜はもう、戦いを見守ることしかできなかった昔の彼女ではないのだ。
「それに、信念無き生は“生きている”といえない。そう思いますから」
「……何かを守りたいならまずは自分の傷を気にするようになるところからですね……さて、次が来ますよ」
風架との短い対話の間にも新たな狗が蕾菜目掛けて飛び掛かる。
杖を用いて噛み付き攻撃を受け流したその瞬間、横合いから伸びた槍の穂先が狗の顎を穿つ。
アリア達の受けた傷をケアレイで回復していた隼人が、フラメアを手に攻勢へと移ったのだ。
「たまには攻めるのも、まあ悪くないですかね……!」
「隼人よ、あまり突出してはいかんぞ」
案じるような椋の声。ゾーンの影響か、隼人の口調は常よりも荒い。
アリア達との連携を取り確実なトドメを意識して立ち回っているものの、ダメージは確実に蓄積しつつある。
「思いついた事があるんだ」
銀の魔弾を用いてまた一匹のトゥースを仕留めながら、背中合わせに立った蕾菜へとアリアが何事かを言い含めた。
「俺は盾で、剣だ。皆ほど堅くも鋭くも無いけれど、その代わり粘り強いぞ」
「比べてみるか? このオレの爪と歯と、根こそぎ全部で」
構えた凧形の盾とハイカバーリングを駆使し、鋭い爪の一撃に割って入った志門とダイアウルフの視線が交錯する。
ほんの数瞬の膠着状態。その機を逃さず、ニアが容赦無い追撃を加える。
――同時に、アリア達の攻撃を抜けた数体のトゥースが雪崩れ込んでくるものの
「邪魔だぜ!」
「えぇ、邪魔ですね」
歯の群れに一瞥もくれず、紗夜とレヴィンの二人が同時に駆け出した。
怒涛乱舞――嵐の如き連撃がダイアウルフの肉を裂き、行き掛けの駄賃とばかりに群がった従魔を尽く斬り伏せる。
「ははは。血と肉と、死がここに満ちている。オレの望むもの全てが!」
散らばる従魔の肉。自身の夥しい流血。それら全てに狂喜する愚神へと不浄の突風が襲い掛かる。
竜巻状に生じたゴーストウィンド。それ単体では強靭極まる愚神の防御能力を劣化させこそすれ、動作を制限し得るものでは無い。しかし、回避行動へ移ろうとしたダイアウルフをカゲリの放った魔法の刃が射抜き、致命的な隙を生じさせた。
「これで……!」
「全て壊すんだ!」
風と炎の相乗効果か、あるいは二人の魔術師が力を合わせた結果か。一際大きな爆炎が生まれ、ダイアウルフを呑み込んだ。
●Ultimatum
――燃え盛る炎の内で黒い影が揺らぐのをエージェント達は見逃さなかった。
警戒と沈黙を破る様に飛び出したダイアウルフへと、志門が立ち塞がり盾を翳す。
「ぐ……ッ!」
先程受けた時よりも更に鋭く重い爪の一撃をかろうじて防ぎながら、志門は敵を見据える。
爆炎を背に哄笑する愚神の姿。暴走に伴い、その筋肉は隆起し力強さを増していた。
「そんなに戦が好きかよ、小娘。……良い、ならば乗ってやろう」
これもゾーンがもたらす高揚の故か、それとも何か思う所があったのか。
油断無く身構えるカゲリの口を借り、ナラカが宣言する。
「我が名はナラカ――不浄を祓う迦楼羅と知れ!」
ナラカが名乗りを終えた直後。ニア――否、ルーシャがその口を開いた。
「たとえ半人半獣であっても、その程度の理由で愛することを諦めるわたくしではありません!」
しかし、かの英雄が真に愛するのはこの世界そのもの。それを乱す敵は、屠るのみ。
そして唯一この敵と共有できる愛というものがあるとすれば、この戦いに他ならない。
「さあ、愛しきケダモノさん! 今こそ死力を尽くし、存分に!! わたくしたちと愛し合いましょう!!!」
愚神のUltimatum(根本原理)に対する英雄のUltimatum(最後の言葉)
最早言葉にもならぬダイアウルフの吼え声がそれに応え、愚神と英雄達が激突した。
「これ以上の横槍は入れさせません……!」
醜い牙を剥き出しにして飛び掛かる狗を、隼人は槍の穂先で串刺しにして押し止める。
続けざま、ロータスワンドに魔力を乗せた蕾菜の一撃がトゥースの命を絶った。
「こいつで打ち止めか」
銀の魔弾で狗の首から上を吹き飛ばしたアリアがマビノギオンへと得物を持ち替える。
アリア達が持つ範囲魔法のような雑魚を蹴散らす手段は既に尽きている。ここで可能な限り従魔を抑えつけなければ、暴走する愚神を相手取る者達が危険だ。
そう遠くない愚神との決着を予感しながら、隼人達は群れなす従魔を討ち続けた。
「くっ……フフッ」
死闘の最中、かつてない技の冴えと力の高まりに紗夜は笑みを零す。まるで身体が刃そのものとなったかのような充実感。
ダイアウルフの牙が腕に喰らい付くが、何の痛痒も感じない。
喰い込む牙と裂かれた肉を気にも留めず、この高まりの更に先を求めて紗夜は刀を閃かす。
後を顧みぬオーガドライブに続けざま、志門が渾身のライヴスブローを叩き込んだ。
「まだ動く……なら、戦うさ。最後まで、精一杯……!」
志門は剣を盾へと持ち替え、鋭さを増す愚神の攻撃から仲間を守る。
ここまで来たらどちらが先に倒れるかの戦いだ。まだ倒れる訳にはいかないと志門は歯を食いしばる。
「あーあ、やっぱり躾がなってないなあ……!」
不意に生成されたトゥース達にニアが歯噛みしながら、一匹をストレートブロウを用いて吹き飛ばす。
更にまた一匹の狗が愚神へ向かうニアへと牙を剥くが、メメントが横から飛び込みそれを阻んだ。
「あの街の分までやり返してこいよ。ブチかましてやれ!」
防衛戦を共にしたニアへとメメントが檄を飛ばす。
「見せてあげる。わたしたちの全力を!」
「俺も行くぜッ!!」
瞬間、飛び出したニアに続いてレヴィンもまた防御を捨てた猛攻を仕掛ける。
二本の大剣による連携攻撃がダイアウルフの体を幾重にも刻み、押し潰す。
「終わりだ……!」
ナラカとのリンクを極限まで高め、そのライヴスを纏わせたカゲリの一撃が愚神を捉える。
最後の瞬間、ダイアウルフは感極まるような笑顔を浮かべ――ゆっくりと血溜まりに倒れ伏した。
●死地を抜けて
空を覆っていた暗雲が晴れ、血染めの月が幻のように掻き消えてゆく。
愚神の死とドロップゾーンの崩壊を受け、生き残ったトゥース達が脇目も振らず逃走を開始した。
「深追いは禁物ぞ?」
逃げ出す残党の警戒と捜索に当たろうとする隼人だが、ナラカの声がそれを制した。
「うむ。隼人よ、気付いておるか? 結構な傷じゃ」
「う……」
共鳴を解いた椋の指摘を受け、隼人は全身の焼けるような痛みに気付く。
ゾーンの効果で麻痺していた感覚を取り戻した証拠だが、生憎とそれを癒すケアレイは打ち止めだ。
「やっぱ俺の方が強ぇな! まぁ、お前もよく頑張ったとは思うぜ」
「ハッ、笑わせんなよ! 口だけ野郎じゃねーってのは認めてやるけどな」
一方で、傷の痛みに未だ気付かず血まみれで言い合いを始めたのはレヴィンとメメントだ。
一見煽り合いじみているが本人達にそのつもりはなく、むしろ賞賛し合っていると表現するのが正しい。
「ふふっ、何だかんだでいいお友達になれるんじゃないでしょうか」
微笑ましいものを見るかのように、マリナがそう言って笑った。
「――街一つ潰した分、きっちり『お返し』は出来たかな?」
ふと、街の方角に目を遣りながらニアが呟く。……この応報を果たしたとて、犠牲になった人々が帰ってくるわけではない。
しかしニアがこうして愚神を打ち倒した事は、街と大切な人を失った見知らぬ誰かの希望となれる筈だ。
「どうせなら、もう少しセンスの良いドロップゾーンにしていただきたかったわ」
平常運転のルーシャを眺めながら、ニアは暫し勝利を噛み締めた。
自由と平等と友愛の旗が風に揺れる。
「試練への勝利ですよ! 人類ばんざーい!!」
「く、薬……頓服薬が必要だぜ……」
全身で勝利の喜びを表現するジャンヌの隣で、アリアが胃の辺りを手で抑えた。
ダメージはともかくとして、これ以上の戦闘行為は彼女の体にも差し障りがある。
「良き戦いでした。……言葉は不要かもしれませんが、あえてこの出会いに感謝を」
「……ふん」
ゾーンの崩壊と共に骸も残さず塵と消えたダイアウルフを想いながら、紗夜が言葉を紡ぐ。
ヘルマンが不機嫌そうに鼻を鳴らしたが、どこ吹く風といった様子だ。
「はふむ……じゃあ自分は休ませてもらいますね」
あくびを一つ漏らした風架が、思い出したように蕾菜へと向き直る。
「あぁそれと、前にいる者があんまり傷ついてばかりじゃ後ろにいる人に不安与えるだけですよっと」
言うだけ言って幻想蝶内へと引っ込んでしまった風架の言葉の意味を、果たして蕾菜は理解しただろうか。今はただ体を休めるのみである。
「良い修行になったな」
荒い息をつく志門へとアルヴァードが声を掛ける。
あまりにもスパルタ極まる修行内容ではあったが、その結果に満足したのだろう。
無口無表情が常のアルヴァードは、珍しく優しい笑顔で志門を労ってくれた。
本部へと帰還し治療を受ければ、また次の戦が待っている。
しかし今少しだけ、エージェント達は勝利の余韻と生存の痛みに浸っていた。