本部

【白刃】生駒山より撤退せよ!

落花生

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
10人 / 6~10人
英雄
10人 / 0~10人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2015/11/10 16:00

掲示板

オープニング

●白き刃へ抗う為に
「総員、準備はよろしいですか?」
 映像で、音声で、出撃し往くエージェント達にオペレーター綾羽璃歌が声をかける。
「H.O.P.E.東京海上支部としては初の大規模作戦。それに伴い、今回皆様には別働隊として動いて頂きます」

 展開されたドロップゾーン。
 そこから溢れ出す従魔、呼び寄せられる愚神。
 別働隊はそれらを叩き、これ以上のゾーン拡大を防がねばならない。

「大規模作戦の成功……アンゼルム撃破の為にも、皆様の任務遂行が必須となります。
 ——どうか皆様、御武運を!」

●生駒山ふもと付近
 炭化した遺体のような従魔たちが「ううううぅぅ」とうめき声をあげながら、生い茂った木々の間から次々と現れる。従魔が一歩進んだだけで、彼らの足元の草は枯れた。彼らの体には、強い毒性があるのだ。
「ひっ……」
 新人リンカーの一人が、恐怖にかられて銃を撃った。だが、震える手ではもはや狙いを定めることすらできなくなっている。彼らはすでに何時間も戦い続けている、集中力も体力も全てが限界に近かった。
「うわぁぁぁ!」
 新人リンカーの一人が、従魔に足を掴まれて彼らの毒に焼かれる。火傷を負ったかのように、皮膚は爛れていた。そして、酷い痛みが毒を追ったリンカーを襲った。
「たっ、たすけてくれぇぇ!!」
 痛みのあまりに叫ぶ仲間のために、治癒を施そうとする者もいたが毒の効力が強すぎるせいなのか治癒が間に合わない。
「もう駄目だ。ここは撤退するぞ!」
 大きな剣を持ったリーダー格のリンカーが全体に号令をかけるが、仲間たちの耳に彼の声は聞こえてはいなかった。新人リンカーたちのほとんどが、目の前の敵にせいいっぱいになっている。
 リーダーは、舌打ちするしかなかった。
 自分以外が全て新人と言うグループに、今回の任務はあまりに重すぎたのである。しかも、全員が『誰かの力になりたい』という願いのせいで実力以上の力を出してしまった。もはや、このグループに撤退するだけの余力もない。
「くそっ。囲まれた……誰か! 誰か、本部に連絡を!!」

●撤退作戦
 生駒山に急いで向かおうとしていたところ、HOPEより連絡が入った。受付嬢は努めて冷静な声で、危機的な現状を伝える。
『新人リンカーが多かったグループより、SOSが届いています。生駒山のふもとにて従魔と戦闘。そのおりに囲まれて、全滅の危機におちいっているそうです』
 どうやら新人リンカーたちが、山のふもとで全滅の危機に陥っているらしい。
『グループは5人で構成されており、今のところ死亡者はいません。ですが、重傷者がいるらしく、彼らだけで戦闘からの離脱は不可能と考えられます』
 受付嬢は、一拍だけ言葉を切った。
『彼らを保護しつつ、可能であれば従魔を討伐してください』

解説

場所……生駒山のふもと。木々が生い茂っているが、毒性のある従魔が出現したことにより草木が枯れ始めている。日中のため、視界は比較的良好。

従魔……炭化した人間のような姿。非常にゆっくりと歩くが、体には強い毒性がある。直接触れるとダメージを受け、そのダメージは持続する。基本的に動くものと音に敏感に反応する。なお、毒物が一体何であるか分からないため解毒薬などはない。新人リンカーたちの最後の通信によれば、10体以上がいると思われる。

要救助者……新人リンカー4名、リーダー格のベテランリンカー1名。そのうち新人リンカーの1名が重傷を負っており、自力での歩行は不可能。なお、彼らの最後の連絡によれば、全員一緒に従魔に囲まれてしまっている。

リプレイ

●作戦会議
 山は、冷えた空気に包まれていた。気がつけば、吐く空気だって白い。まだ雪はふりだしてはいないが、山の空気はよく冷えて澄んでいた。
 そんな冷たさのなかで、リンカーの面々は最後の作戦会議をしていた。今回の撤退戦には、綿密な会議が不可欠だ。
「救命キットは結局、誰も借りることができなかったようですね」
 駒ヶ峰 真一郎(aa1389)は、残念そうにため息をついた。今回は限定された地域で多数の従魔が発生していたこともあり、救命キットのようなものは全て借りられていたのである。
『救助者だけではなく、私たちもゾンビの毒には気をつけなければならないか……』
 リーゼロッテ アルトマイヤー(aa1389hero001)は、淡々と現状を説明する。いくら救助者を助けられても、こちらが毒をくらってしまえば二重遭難になりかねない。毒については、冷静に対処するべきであることは誰もが理解していた。
「ドクター、どう思う?」
 クレア・マクミラン(aa1631)は、医者である自らの英雄に訪ねる。冷静な彼女は、事前に医者である彼女の意見を皆に聞いて欲しかったのである。
「そうねぇ。ゾンビに触っただけで皮膚がただれるみたいだから、皆も怪我人の傷口に直接手で触れないでね」
 要救助者を助けるのも大切だけども自分の身を守ることも大切だ、とリリアン・レッドフォード(aa1631hero001)はおっとりと語る。
 その答えに、クレアはひっそりと頷いた。
 他人の命を助けることを生業にしていたクレアは、リリアンの注意に誰よりも理解しているのである。
「皆で生きて帰ってこよう!」
 気合を入れて鳥居 翼(aa0186)が、拳を握った。
 新人ばかりが敵陣に取り残されたと聞いている事もあり、この作戦に参加する新人リンカーたちもそれぞれ思うところがあるようであった。それを気合にまわしているのは、翼であった。その言葉に皆が鼓舞されるなかで、鴉守 暁(aa0306)は愛用の銃を磨いていた。
「あせらない、あせらないー。マイペースが大切だなー」

●囮たち
「もう、ダメだ! 俺を見捨てて逃げてくれ!!」
 足に重傷を負った新人リンカーが、戦い続ける新人リンカーにすがりつく。
 だが、すがりつかれた隣人リンカーも、すでに手が震えてまともに狙いを定めることなどできなくなっていた。前衛に立っていた者たちも敵に責め入るだけの体力はなくなり、盾などで防御するだけで手いっぱいになっている。
 敵の攻撃を防いでいるリンカーたちが倒れれば、あとはもう全滅を待つばかりであった。
「だめか……もう、このチームは」
 リーダー格であったベテランリンカーは、己の最後の戦から目をそらそうとしていた。絶望と死が、自分たちに近づいていることを彼は感じていたのである。
「行くぜ! ルゥ、初っ端からトップギアだ。出し惜しみはしないぜ!!」
 あきらめかけたリンカーの耳に、少年の声が響く。
 それは、東海林聖(aa0203)の声であった。彼はトップギアを発動し、怒涛乱舞にて敵を手当たり次第吹き飛ばしていく。その粗暴で乱暴な戦闘風景に、新人リンカーたちは茫然と見入っていた。
「どけよっ、邪魔だ!! 腐れデクの棒ども!!」
 最低限ではあるがゾンビに触れられないように気をつけながら、ときより聖は剣を岩に叩きつけた。石と金属がぶつかり合う音で、ゾンビたちの気を引くつもりだったのである。
 かん、と乾いた音が山に木霊する。
『煩いのはヒジリー得意だから、囮は丁度いいね……でも、視野せますぎ』
 Le..(aa0203hero001)は、ひっそりと呟く。人一倍騒いでいる聖の周囲には、早くもゾンビが集まりすぎている。これでは、聖が早々に要救助者の仲間入りをしかねない。
「安心してください! 僕らは、あなたがたを助けるために派遣されたリンカーです!! ゾンビを惹きつけますので、少しのあいだだけ静かにお願いします」
 三ッ也 槻右(aa1163)がライオンハートを振るうたびに、力強い獅子の咆哮があがる。その獅子の咆哮に混ざって、三ッ也はできるかぎり叫んだ。
 ゾンビの注意を救助者から引き離すための囮班である。そのためにも、要救助者には静かにしていただかないといけない。それに聖に集まりすぎたゾンビたちも、三ッ也がいる方に呼ばなければならなかった。
 ゾンビの一匹が、戦意を喪失していた新人リンカーに近寄る。ゾンビは音を発する三ッ也に気を取られていたが、新人リンカーは自分を素通りするゾンビに恐怖してしまった。
 そこにいるのは、戦い決意をしたHOPEのリンカーではなかった。
 つい先日HOPEに所属した、年端もいかない少女であった。
「きゃあぁぁ!」
 少女の悲鳴にゾンビたちが、ぞろぞろと集まろうとする。
 三ッ也と聖がかけつけようとするが、互いにゾンビを多く惹きつけているので少女に近づくことができなかった。
「やっぱり、数が多いな……僕も二人ぐらいに増えないとね」
 ジェミニストライクを発動させた九字原 昂(aa0919)の分身がゾンビを攻撃し、ゾンビは動かなくなった。その隙に少女は仲間のリンカーに腕を引っ張られて、ゾンビから離される。その光景を見ていると、どうにも九字原は二人だけでは足りないような気がしてきた。
「三人でもいいですね」
『それ以上増えると俺も面倒が増えるから止めてくれ』
 ベルフ(aa0919hero001)は、九字原の軽口に答える。
 しかし、現状は最悪であった。新人リンカーたちはすでに我を失っており、リーダー格のベテランも失意を露わにしている。
『よく覚えておけよ。引き際を間違えるとこうなるってことをな』
 地獄絵図とも思える光景のなかで、ベルフは呟く。
 自分たちが助けに入らなければ、おそらくこのチームは五分と待たずに瓦解していただろう。それなれば、生き残れる者は少なかったはずだ。
『ニュービーは、引っ込みながら覚えるデスネー』
 キャス・ライジングサン(aa0306hero001)は、暁と共に戦いながら脅えている新人リンカーたちを見ていた。誰もが、最初から戦いを受け入れられるわけではない。追いつめられて戦意を喪失してしまうのは、当たり前の反応でもあるのだ。
「負けもまた経験だなー。時には、ズラかるのも勇気だなー」
 暁は、敵に狙いをつける。
 それに、いつかは自分たちも彼らに助けられるときがくるかもしれない。情けは人のためならず、というではないか。
『キミたちの相手は、こっちヨー』
「こわいこわい鬼ごっこだなー。ゾンビとリアル鬼ごっこなんて、子供がみたら確実に泣くんだろうなー」
 暁とキャスが緊張感なくゾンビに攻撃を加えていると、三ッ也と酉島 野乃(aa1163hero001)がゾンビに囲まれているのを発見した。手助けするかー、と考えていると三ッ也がそれを察して首を振る。どうやら、彼なりの策があるらしい。
「間近で見ると恐いな……」
 三ッ也が、小さく呟いた。
『なんじゃ、槻右? ゾンビが恐いのか』
 野乃は、三ッ也を見ながらにやりと笑う。
『ヘタレめ。グダグダ言ってないで、さっさと行ってこい』
 野乃に尻を蹴られるような形になったがストレートブロウを使用し、三ッ也は敵を吹き飛ばす。敵の包囲網に穴があけば、三ッ也はそこから抜け出して叫んだ。
 吹き飛ばした敵が味方に当たらぬように気をつかうところは、さすがと言うべきだろう。「作戦通り、この場を離れます!僕と鴉守は右へ、東海林と九字原は左へ、お願いします」
 三ッ也の、ライオンハートが咆哮をあげる。
 聖のスマホが、甲高いアラームで鳴り響いた。
「よしぃ!! この時を待っていたぜ!」
 聖が自らの剣を岩に叩きつけ、再びゾンビを惹きつけるために音を響かせる。
『今回は救護者が居る……ゾンビを「飛ばさない」ようにしなよ』
 ルゥの心配する声など聞こえていないかのように、聖はスマホのアラームを止めずに走りだした。ゾンビたちは、のろのろとその方向に向かって走り出す。新人リンカーたちを取り囲んでいた不吉を、まるで聖が肩代わりするような光景であった。
「このまま全部引き離して行きたいところだけど……」
 走ろうとした九字原は、ちらりと後ろを見る。まだ、数体のゾンビが新人リンカーたちに惹きつけられている。ベルフが冷静に、自分たちの実力を試算する。
『俺ならともかく、今のおまえさんの力量じゃ対処しきでないな。ミイラ取りが……ゾンビになる』
 それでは、作戦は失敗したと同じになってしまうだろ。
 それに、見捨てたわけでもない。
「んー、さすがに一匹しか狙い撃てなかったかー」
 暁は走りながら、新人リンカーたちの側に残ったゾンビを一体撃ち抜いた。

●救出作戦
「うっ……ほんまにゾンビや」
 二階堂 環(aa0441)は、思わず眼鏡をかけ直した。どうやっても目の前のゾンビは存在しており、現実であると知らせてくる。焼死体のようなゾンビは全身の皮膚が爛れたようになっており、随分とグロテクスな光景であった。
『ぼさっとするな、環! 囮が、大多数の敵を惹きつけているんだ。行くぞ!』
 リュシアン・クストー(aa0441hero001)が環の腕を引っ張り、共鳴する。
『契約に従い、我輩の真の姿をお見せしよう……』
 環は、銀色にきらめくシルフィードを構えた。
「環さん、私にもお手伝いできることはありませんか?」
 ラジエルの書を手に持った佐々木 文香(aa0694)は、環に訪ねた。
『ルサリィ(aa0694hero001)は血生臭いの大っきらいだけど、誰も死なせないように頑張るよ!』
 文香の英雄であるルサリィは、文香以上に気合を入れた表情をしていた。そこにあったのは、助けを求める人間を助けたいという強い想いであった。
『まずは怪我人の避難だ。まず、我輩が残っているゾンビの包囲網に穴をあける。貴公は援護をたのむ。――真の力が発揮できれば、この程度の敵など一人でも……いや、詮無きことか』
「ルサリィ。人の命がかかっているんだから、がんばろうね」
 文香は、大きく深呼吸をした。
 まだ、恐い。
 だが、共鳴しているルサリィがそれに優しく寄り添ってくれているような気もする。優しい風の女の子が、文香に護るための力を貸してくれるような気がする。
『ルサリィは、いつも文香と一緒だよ』
 ――恐いのは、当然。
 ……不要な事は切り落として、必要なことだけ頭のなかに。あとは、体を動かすだけ。
 不思議に、もう文香に恐怖はなかった。
 変わりに文香にあったのは、護りたいという強い気持ちだけだった。
『行くぞ。我輩についてこい』
 リュシアンと共鳴した環は、新人リンカーを取り囲んでいるゾンビに接近する。そして、剣で持ってゾンビの手足を切り落とした。動けなくなったゾンビたちを、文香がラジエルの書でもって狙い撃っていく。
 文香の隣にいた皆月 若葉(aa0778)は、その様子を見て少しばかり焦っていた。新人リンカーが敵地に残されたと聞いた彼は、取り残された新人たちと自分を重ね合わせていた。
 あそこにいたのは、自分かもしれない。
 そう思うと居ても立ってもいられないのに、焦った心を体は裏切るばかりだ。焦りすぎて、狙いがそれるのである。その撃ち漏らしを、文香が正確に射抜く。
 皆月が、文香に負けたわけではない。
 文香は、皆月をサポートしただけなのだ。
 なのに、心は焦って仕方がない。
 そんななかで、翼とクレアが怪我人の方に走って行く。
「クレアさん! 怪我人は、俺が背負う。クレアさんは、治療に専念して」
 コウ(aa0186hero001)と共鳴した翼が、自らの服を破って簡易的な背負い紐を作る。それでもって足を怪我した重傷者を自分の背中に括りつけた。
『重傷者のほかには、走れないほどの重傷者はいませんね』
 リリアンが、周囲を見渡す。
 新人リンカーたちの消耗は激しいが、動けないほどの怪我を負った者はいなかった。
「だが、ドクター。毒にやられた重傷者に、クリアレイが効いていない」
 翼に患部よりも若干上を布で縛れ、と伝えたクレアは頭のなかで「一刻も早く、専門機関で治療を受けさえなければ」と考えていた。重傷者が何時から毒を受けていたのかは、クレアは知らない。だが、この場で出来るのは応急手当ぐらいだ。
 クレアは、ベテランリンカーに声をかける。
「負傷者は、何時間前に毒を受けたのでしょうか?」
「正確な時間は覚えてないが……三十分ぐらい前か」
 クレアの見たところ、毒を受けた患部の変色はそれほど進んでいない。かなり遅効性の毒なのだろうが、油断はできないであろう。
 それに動かした分だけ、毒の周りは早くなるのである。安静にはできないこの状況下では、一刻も早く適切な処置ができる場所まで重傷者を送り届けなければならない。
「皆さん、落ちついてください。ここから退避しますので、我々についてきて下さい」
 新人リンカーに冷静に声をかけるクレアの後ろに、ゾンビが立っていた。それに気がついたクレアは盾をかまえて、攻撃を防ぐ。
「マクミランさん!」
 ゾンビを狙ったはずの皆月の攻撃が、外れる。
 機転を利かせた駒ヶ峰がクレアとゾンビの間に割り込み、ゾンビを武器で突き飛ばす。突き飛ばされたゾンビを皆月は今度こそ撃つことができた。
『何を焦っているんだ?』
 ラドシアス(aa0778hero001)が、皆月の様子に眉をひそめる。今回の皆月は、随分とから回っているように思える。
「俺には、一撃で敵を倒すような力を、仲間を癒す力も、攻撃を防ぐ技術もない……それでも俺は――」
 ラドシアスは、ため息をついた。
『得手不得手は、誰にでもある。ほら、見ろ』
 ラドシアスが示す方向には、ゾンビがいた。そのゾンビは翼に近寄っているが、翼は新人リンカーたちに気を取られており、気がついているようすはない。
『ああいうのを遠くから狙うのが、おまえの得意分野だろ。おまえは、おまえができる事をすればいい』
「ラド……」
 その言葉は、皆月の憑きものを落とした。
 皆月は、ゾンビに狙いをつける。
 もう心は、焦ってなどいなかった。
「安全圏まで撤退します!」
 駒ヶ峰が、叫んだ。
 これ以上、ここにいれば重傷者の負担が増えるばかりである。一刻も早く、専門機関に運ばなければならない。
 クレアは移動中も翼に背負われた重傷者の治療を続けるが、解毒できず根本的な解決まではいかない。徐々に弱って行く重傷者に、新人リンカーのなかに泣きだすものが出始めていた。クレアは、彼らに声をかける。
「落ちついて。……失敗は、繰り返さなければいいだけです」
『そうだ! 頑張れ、もうちょっとだ!! 絶対に、皆で帰るぞ』
 翼とコウも、必死に新人リンカーや重傷者を勇気づけた。彼らもまた、新人リンカーたちに強く同調しているのである。
 もしかしたら、敵陣のなかで取り残されていたのは自分たちだったのかもしれないと。
 重傷を負ったのは、自分たちだったのかもしれないと。
 重傷を負った仲間に何一つできないでいるのは自分たちだったのかもしれないと。
 ――そう、思ったのである。
『他の皆も、ここまで大活躍だったんだぜ。自分たちの英雄と凱旋といこうぜ』
 翼とコウが新人リンカーたちに声をかけるなかでも、クレアは治療を続けていた。
 その様子を見ながらも駒ヶ峰は周囲を警戒しつつ、リンクコントロールを使用していた。動きが遅いゾンビを引き離す事はできたとは思っていが、それでも警戒するに越したことはない。
「きゃああ!」
 再び、悲鳴が上がる。
 見るとゾンビが一体、自分たちの一行に近づいていた。完全に巻いたと思っていたのだが、はぐれた個体なのかもしれない。
『信一郎さん、力を貸そうか?』
 リーゼロッテが、淡々と駒ヶ峰に訪ねる。
「そうですね。お願いします」
 駒ヶ峰は、ライヴィスリッパーを発動させる。
 攻撃を受けたゾンビは気絶して、斜面を転がり落ちて行った。
「おそらく、アレが自分たちを追っていた最後のゾンビだと思います。ここらへんで、自分たちは囮班と合流します」
『アレが、最後のゾンビだとどうして分かるのか?』
 リーゼロッテは、首をかしげて駒ヶ峰に訪ねる。
「もしも、アレの仲間が大勢いるのならば今頃は自分たちは囲まれています。ある程度、音をたてても現れたのはアレ一匹なら、この近くにはゾンビはいないはずですよね」
 駒ヶ峰の言葉に、リーゼロッテは納得する。
 皆も、同じような顔であった。
『俺たちはこのまま下山して、重症者をHOPEの職員に引き渡します。クレアさん、それで大丈夫でしょうか?』
 コウと共鳴している翼は、クレアに指示を求める。
「それですね。毒のサンプリングをして、しかるべき研究施設に届けてもらうのが治療の一番の早道です。そのためにも、HOPEの職員の手を借りるべきですね」
 救助者をクレアたちに任せ、駒ヶ峰は囮班の面々に無線で連絡を入れた。
 囮班と合流する予定の彼らを見送ったクレアと翼たちは、また新人リンカーを励ましながら歩いた。そんな道のりのなかで、リリアンだけがクレアの微妙な表情の変化に気がついた。
『クレアちゃん、どうしたの?』
「いや……彼らを見ていると昔の新兵だったころの自分を思い出して。とにかく、目の前のものに必死だったなと」
 あの頃の仲間は、今は何人が生き残っているのだろうか。
 そんなことに、クレアは一瞬想いをはせていた。

●合流戦
「ひさしぶりー」
 右翼、左翼に別れていたリンカーたちは一カ所に合流していた。
 長い時間はなれていたわけではないが『ゾンビと鬼ごっこ』というぞっとする経験をしていた同胞たちに暁はどこか緊張感が抜けた声をかける。
「怪我人はいないだろう? 今回は、毒が恐いからなー」
 毒をくらった重傷者が回復できなかった話しは、すでに翼たちから通信機で聞いていた。ならばそれは、毒を食らった者は戦いの舞台から速やかに降りなければ命が危ないという意味合いでもある。
「おう! 怪我はしたけど、毒はくらってないぜ!!」
 元気よく答える聖に、ルゥは呆れたように言った。
『ヒジリー、やっぱり防御下手。……痛い好きなの? 馬鹿なの?』
 逃げ逃げまわったからお腹すいた、とルゥは自分の腹部が軽く撫でた。
「互いに無事なのが、なによりです」
 三ッ也も、ほっと胸をなでおろした。
『まだ、終わってはおらぬぞ。それがしが手を貸して、負けるとも思えぬが』
 野乃は、自分たちが惹きつけていたゾンビを見やる。
「要救助者は安全圏に離脱したんだよね?なら、僕たちはゾンビと戦うよ。いくら安全圏に避難したとはいえ、ゾンビが彼らの後を追ったりしたら大変だよ」
 九字原は、毒刃を持ってゾンビに切りかかる。
「しゃ! んじゃ、心おきなく全員ぶちのめしてやんぜッ!!」
 剣を握った聖はストレートブロウで、ゾンビを吹き飛ばす。そのゾンビが吹き飛ばされた咆哮には、三ッ也がいた。三ッ也はヘビィアタックを使用し、飛んできたゾンビに止めの一撃を与えた。
『おお、ゾンビが飛んできおったぞ!』
 野乃は、驚きの声を漏らす。
「たしかに、ここからが本番だよな」
 そう呟いた三ッ也に向かってきた敵が、撃ち抜かれた。
 囮班に合流した皆月が、トリオを発動させたのである。
「皆、無事で本当に良かった」
 皆月の隣で、ラドシアスがふんと鼻を鳴らした。
『もう焦ってはいないんだろう?』
 その言葉に、皆月は苦笑いするしかない。彼がいなければ我を見失ったまま、皆月はゾンビの毒にやられていたかもしれない。
 白いカードが風に舞い散り、ゾンビたちの体を切り裂いていく。
 文香の魔法であった。
『ルサリィと文香の魔法も外れないのよね』
「皆さん、怪我はありませんでしょうか?」
 ラジエルの書を抱きかかえた文香は、心配そうに囮班の面々に尋ねる。
「こっちは大丈夫だよー。そっちはどうかな?」
 暁の言葉に、リシュアンと共鳴している環が尊大に答える。
『我輩がいて、損害を出すわけがないだろう』
 答えながらも環はゾンビの攻撃を盾で防ぎ、文香がそのゾンビをラジエルの書で攻撃していた。
「どちらも怪我人がいなくてなによりです」
 駒ヶ峰もゾンビと戦いながら、ほっと胸をなでおろした。
 そんな駒ヶ峰をリーゼロッテが『油断は禁物だぞ』とたしなめていた。
 最後の最後で、毒を食らったら笑うに笑えない。

●安息を得たのは
「今、HOPEの職員が呼んで救急車が重傷者を乗せて行ったよ。毒を研究機関で調べてから治療することになるらしいけど、命に別条はないそうだって! 新人リンカーさんたちもクレアさんたちが手当てしてくれているから大丈夫だよ」
 通信機から、若干興奮した面持ちの翼の声が聞こえてくる。全員が無事で下山した事が、彼女には何よりうれしいのだろう。三ッ也が持っていた通信機を聖がひったくると、彼はとてもうれしそうに「こっちも、終わったぜ。あいつらに怪我が治ったら一緒に戦おうぜ、って言っておいてくれ」と翼に頼んでいた。
 彼らの眼前には、倒された従魔の死がいが積み重なっていた。その死体からは未だに毒が出ているのか、周囲の草木は枯れている。あとでHOPEが処理するのだろうが、その禍々しい光景はおぞましさとリンカーたちに奇妙な達成感を生みだしていた。
 キャスと暁は、互いに「ふぅ」と息を吐いた。彼女達は、そろって同じ行動をしていたことに笑いあった。
『こわいこわいは、終わりデース』
「そうだなー。この負けが、新人の良い経験になるといいな」
 HOPEのリンカーである限りは、戦うことからは逃げられない。
 HOPEのリンカーでなければ、戦うことから逃げられる。
 負けを経験した新人たちがどのような判断を下すかは、まだ誰にもわからないことである。
『貴様が生き残った意味、少しなりとも見出せたか?』
 共鳴を解いたリシュアンは、環に訪ねた。初めての大きな仕事に緊張があった環は、未だに仕事をやり終えたという感じがしなかった。まだ、緊張感が残っているせいであろう。
「一回じゃわからへんよ……夢中だったし」
『ふん、まぁいい』
 尊大にリシュアンは、環を見ていた。そんなリシュアンから環は視線を外し、彼は文香と皆月を見た。彼らはよかったです」「本当によかった」を繰り返し、新人たちの無事を互いに喜んでいた。特に皆月は自身も新人であるから、喜びも一入なのであろう。
 誰かが、山のなかで深呼吸をする。
 肺のなかには、冷たい空気が満たされた。
 きっとこの空気を、生き残った新人リンカーも吸えているのであろう。
 そう思うと不思議な事に『生きてるって、すばらしい』そんな月並みの言葉が浮かぶのであった。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • CEテレビジョン出演者
    鳥居 翼aa0186
    人間|19才|女性|攻撃
  • エージェント
    コウaa0186hero001
    英雄|16才|男性|ソフィ
  • Run&斬
    東海林聖aa0203
    人間|19才|男性|攻撃
  • The Hunger
    Le..aa0203hero001
    英雄|23才|女性|ドレ
  • ようへいだもの
    鴉守 暁aa0306
    人間|14才|女性|命中
  • 無音の撹乱者
    キャス・ライジングサンaa0306hero001
    英雄|20才|女性|ジャ
  • エージェント
    二階堂 環aa0441
    人間|20才|男性|防御
  • エージェント
    リュシアン・クストーaa0441hero001
    英雄|12才|男性|バト
  • エージェント
    佐々木 文香aa0694
    人間|16才|女性|回避
  • エージェント
    ルサリィaa0694hero001
    英雄|9才|女性|シャド
  • 共に歩みだす
    皆月 若葉aa0778
    人間|20才|男性|命中
  • 温もりはそばに
    ラドシアス・ル・アヴィシニアaa0778hero001
    英雄|24才|男性|ジャ

  • 九字原 昂aa0919
    人間|20才|男性|回避

  • ベルフaa0919hero001
    英雄|25才|男性|シャド
  • 拓海の嫁///
    三ッ也 槻右aa1163
    機械|22才|男性|回避
  • 大切な人を見守るために
    酉島 野乃aa1163hero001
    英雄|10才|男性|ドレ
  • エージェント
    駒ヶ峰 真一郎aa1389
    人間|20才|男性|回避
  • エージェント
    リーゼロッテ アルトマイヤーaa1389hero001
    英雄|15才|女性|ブレ
  • 死を殺す者
    クレア・マクミランaa1631
    人間|28才|女性|生命
  • ドクターノーブル
    リリアン・レッドフォードaa1631hero001
    英雄|29才|女性|バト
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