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押し潰されそうな夜
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最終発言2015/10/31 01:52:21 -
眠れない夜
最終発言2015/10/29 02:23:18
オープニング
『あなた』は、寝返りを打った。
眠れない。
ベッドへ入ってから、もうどの位時間が経過したのかも分からない。
まだそんなに時間が経っていないのかもしれないし、実はかなり時間が経っているかもしれないが、ベッドの中で寝返りを打つだけでは正確な時間経過など分かる筈もない。
ここは、H.O.P.E.の東京海上支部だ。
『あなた』達は、深夜、任務を終えてここへ戻ってきた。
任務終了の報告だけでなく、ワープゾーンで帰るべき場所へ帰る必要がある者もいるかもしれない。
『あなた』達が携わったのは、従魔と愚神の討伐任務。
西へ移動しようとする従魔と愚神を追撃し、何とか被害もなく討伐出来た。
だが、『西へ移動しようとした』という事実が、『あなた』達へ重苦しいものを与えている。
『西』で、大規模な作戦が進められているからだ。
愚神、従魔の動きはそれに連携した動きかもしれない……余裕のある工程ではなかった為、問いただすこともなく討ったが、こうした動きひとつひとつが迫ってきている大きな戦いを実感せずにいられない。
エージェントになって、初めての大規模作戦。
今までも任務として戦いに赴き、英雄と共に戦ってきた。英雄がいなかったら死んでいただろう。能力者となり、英雄と共鳴することが出来、能力面でもかつてと異なったとしても、意識が急に変わる訳ではない。
この戦いで、死んじゃうことってあるのかな。
過ぎった不安をやり過ごすように頭を緩く振った『あなた』は、ベッドを抜け出た。
少し、外の風に当たろうと思って。
解説
●状況整理
・任務後、東京海上支部へ帰還。到着時深夜であった為、支部で休むことに。
・用意されたベッドで横になったが、眠れない。
・今後の大規模作戦の不安もあり、風に当たるべく外へ出た。
●場所
・H.O.P.E.東京海上支部敷地内
具体的な描写は行いません。
せいぜい、自販機前のベンチとか食堂の隅程度です。
時間帯も明確には行わず、深夜で統一されます。
●出来ること(どちらか1つのみ選択可能)
・英雄へ自分の不安を話す
幻想蝶にいない場合で、かつ、異性の英雄の場合は別部屋にいます。
後から能力者が外に出ていると気づいた英雄が追ってくる形になります。
・能力者同士励まし合う
遭遇した能力者(指定でもランダムでも)と互いの不安を励まし合います。
英雄も参加している場合、別場所で英雄同士が能力者の不安を察して、その件で語らう形となります。
●注意・補足事項
・このシナリオを通じて、大規模イベントに関連する新情報の一切は入手出来ません。あくまで、『今まで任務も頑張ってきたけど、大きな戦いってどういうのだろう。死んじゃったりすることもあるのかな』という参加者様の意識的な部分を扱います。
・深夜です。他にも支部建物内で休んでいる人がいたり、夜勤の人がいたりしますので、賑やかになり過ぎないようお願いします。
・2人きりでも何人かと一緒でも分かるよう書いていただければ対応しますが、性質上行動より心情を重視した構成となります。
・公認されていない基礎設定に基づく場合、問題ない範囲まで暈された描写になる場合があります。拘りがあるものにかんしては、公認いただくことを推奨します。
リプレイ
●独りじゃない
染井 義乃(aa0053)は、外をぼんやりと歩いていた。
「おい、どうした? まだ夜明け前ですらないぞ」
義乃が振り返ると、シュヴェルト(aa0053hero001)の姿がある。
「シュヴェルトこそどうしたの?」
「月を見ていたら、歩いているのが見えたからな」
そういえば、シュヴェルト達が休んでいる部屋の窓から見える場所を歩いていた。
出歩いている自分を見て、追ってきたのだろう。
義乃は、ちょうどいいと思った。
「少しだけ、夜更かしに付き合ってくれる?」
こんな時だからこそ、話しておきたいことがある。
義乃とシュヴェルトは、月を見上げるようにして腰を下ろした。
「私は、時々不安になる」
「大規模作戦が、か? 大きな戦いには違いないが、避けて通れるものでもないだろう」
義乃の切り出しにシュヴェルトが首を傾げると、義乃は緩く首を振った。
「……それも不安だけど、それだけじゃないよ。それ以上に不安なのは……」
シュヴェルトその人である。
義乃は、愚神と戦っているシュヴェルトを助ける為に誓約を交わした。
能力者になった後も、家族を護る為、戦闘にしか楽しみを見出せないシュヴェルトに平穏な日常を教える為、という目的を持ってエージェントとしての活動を決意しており、彼女の困った人を放っておけない性格が誓約で変質していないことを示している。
「この前、邪英化の話を聞いたの」
義乃が漏らした言葉にシュヴェルトが微かに息を呑む。
「私は、家族を護る為に、シュヴェルトが独りで戦わなくてもいいように強くなりたいって思っている。力が得たいが為じゃない。シュヴェルトの想いと食い違っているから、不安なの」
戦い以外の楽しみを見つけ、平穏な日常を知ってほしいと思う義乃。
義乃が自分かそれ以上の実力を持つ好敵手に育ってほしいと思うシュヴェルト。
温度差の違いを感じているからこそ、義乃は邪英化の話を不安に感じている。
「私は……」
話を聞いていたシュヴェルトが、口を開く。
「私の居場所は、ここではないと思うのだ。今でも、私の居場所は元の世界で過ごした戦場だと思っている」
「……そう」
義乃の声には明らかな落胆があった。
だが、とシュヴェルトは言葉を続ける。
「私は自分を護ろうとした者の願いを不意にさせる程の恩知らずでもない。特にテレビで言っている内容は分からないこともあるが、見始めているぞ」
邪英化すれば、義乃は自我を徐々にシュヴェルトに奪われる。その負担を考えずライヴスを行使し、他者のライヴスも奪い、最終的には義乃の魂を喰らい尽くして愚神へ堕ちる……それは誓約を交わした時からのリスク。
「お前は私に独りで戦わなくていいと言ったが、お前も独りじゃないことを忘れるな」
自分だけではなく、他の者達もいる。
独りで悩みを抱える必要はどこにもない。
「義乃以外の情報が重要な時もある。じぇっとこーすたーとかな」
「ああなると思ってなかったんだよ」
シュヴェルトの言葉に義乃がようやく笑みを見せた。
●心して悩め
門隠 菊花(aa0293)は、廊下を歩いていた。
(眠れへん理由は何となく分かってるんやけどな)
自身の中で『ダメダメ』と評価する戦い方だと思う。
戦闘が苦手というのは分かっていたつもりだったが、想像以上で、今はどうにかなっていても、いつか自分が原因で味方に被害が出かねない。
(素人にいきなり戦えってのも無理あると思うけど)
能力者になって身体能力や思考処理速度が通常の人間とは異なるようになったとは言え、それと無縁の生活をしてきたのだ、意識が変わる訳ではない。
人手不足なのだろうと思うが、能力者イコール全能ではない。無理がある。
(でも、戦うことを決めたんは自分やし、そのこと自体に後悔はないねん)
ただ、戦闘独特の刺々しい空気は、自分を萎縮させる。
弱気である、とは思うが……。
「夜更かしは肌に悪いのではなかったか?」
振り返ると、白青(aa0293hero001)がいた。
違う部屋で休んでいた筈だが、どうやら自分が出歩いていることに気づいて後を追ってきたらしい。
「なあ、ビャク」
肌の問題はスルーし、菊花は窓の外に視線を転じた。
「うちは何の為に戦ううんやろなあ」
目標も執着もない。
自分に出来ることをと思っても、先が見えない。
「珍しく真面目な顔をしていると思えば、何をくだらんことを」
「……くだらんかな?」
「くだらん上に似合わんな」
「酷いなあ」
白青がばっさり切り捨てたので、菊花はからから笑う。
けれど、白青は本心からの笑みではないことに気づいている。
笑う心境ではない、けれど、似合うという言葉に相応しい自分を出しただけ。
「戦うのを止めたければ止めればいい。俺様はお前の心に従うまでだ」
白青がそう言うと、菊花の笑みが止まった。
「お前が悩んで出した結論なら、最後まで付き合ってやる。心して悩め」
それが、主と僕というもの。
心を共にし、一緒に生きるならば、その結論をどうして否定しようか。
外見は小学生程度の少年でしかなくとも、中身は老成した男性の白青……かつては高貴な獣であったと言う彼は、菊花が結論を出した生き方に口出しするつもりはないようだ。
「優しいんだか厳しいんだか……」
菊花は白青へ苦笑を向ける。
すぐに結論が出るような問題ではない。
だから、白青も悩めと言っているのだろう。
「……もう少し、頑張ってから答え出すかなあ。戦うだけが能力者でもないし、戦い以外で能力者としてのうちにも出来ることがあるかもしれんし」
具体的に何が出来るのかは分からない。
あるのかもしれないし、ないのかもしれない。
だが、結論を出すには早い。今すぐ止めなくともいいと思う。
「心強い相棒もおるしな」
「なら、それでいい」
菊花がくすりと笑うと、白青は否定せず受け入れた。
「俺様が寒い思いをして指針提示したのだから、ありがたく思えよ」
「肌の心配もしてくれたしなぁ」
「スキンケアしない分、ゲームソフトを買え」
「馴染み過ぎや」
いつもの調子で2人は部屋へ戻っていく。
●私だけじゃなくて
袴田 雪絵(aa0649hero001)は、ふと目を覚ました。
と、隣のベッドにはオリヴィア アップルガース(aa0649)の姿がない。
(トイレかな?)
そう思ったが、任務を終えた帰り道でオリヴィアの元気がなかったことを思い出す。
身を起こして、オリヴィアのベッドに触れてみる。
……冷たい。
だいぶ前に抜け出したのではないか。
途中で具合が悪くなったかもしれないし、義足が今になって故障してしまい、動けなくなっているかもしれない。
雪絵は、オリヴィアを捜しに部屋を出た。
そのオリヴィアはぼんやりと自販機の前で立っていた。
(私、大丈夫なのかな)
オリヴィアは、H.O.P.E.に依頼が寄せられ、下された任務に携わった経験に乏しい。
今回、特にそれを実感することとなった。
実力や装備、それに経験からくる意識の違い……ここまで違うのに、大規模作戦に招集されて戦場に立ったとしても役に立てない気がする。死にに行くだけではないか。
眠れそうになく、服装を整えて部屋は出たものの、不安は夜の静けさと共に膨らんでいく。
その視界の端、背後から腕が伸びると、その手がミネラルウォーターのボタンを押す。
「あ、雪絵さん?」
「戻って来ないから心配したのよ」
部屋を出る時は寝ていたのに、と驚くオリヴィアに応じ、雪絵はペットボトルを取り出して、彼女へ手渡した。
「帰りも元気なかったし、どうしたの?」
雪絵はオリヴィアと同じミネラルウォーターを買って、振り返る。
「えっと、うん、大丈夫、だから……」
「嘘ね」
目が泳いでいるよ、と雪絵はオリヴィアを見る。
「はうぅ……雪絵さん、鋭いの」
「話……聞くよ?」
少し落ち着いて話す場所へ移動しようか。
そんな会話が交わされ、2人はゆっくり歩き出す。
オリヴィアは隠し通せるものではないと不安をぽつぽつ話し始めた。
(H.O.P.E.さんもさ、戦闘後の子供のメンタルケア位してよ。戦わせるだけじゃなくてさ。悩みだって、自分から言えない子もいるんだから)
深夜という時間帯でなければ、カウンセラーを紹介されたかもしれないが、雪絵にはその辺りはよく分からない。
「戦うのが怖い、死にたくないって言うのは解るよ。オリヴィアは戦う為にエージェントになった訳じゃないしね」
雪絵が、そう口を開く。
オリヴィアが小さく頷いた。
「でも、普通の人は私達と違う。愚神に遭ったら生き残る可能性すらない。私達は抵抗出来るけどね。対抗する力が少しでもあるなら、十分役に立ってるし、生き残る為の力を持っていると思うよ」
だから、と雪絵はオリヴィアを見た。
「世の為人の為、なんて言わない。オリヴィアが普通に暮らす為にちょっと頑張ってみない?」
「……違うよ。私と雪絵さんが、なの」
オリヴィアにそう返され、雪絵は目を瞬かせた。
「普通に暮らすの、私だけじゃダメなの」
「……うん」
雪絵は、オリヴィアに倣ってミネラルウォーターを飲む。
その水は、心まで潤してくれるような気がした。
●共有と前進と
御門 鈴音(aa0175)は、寝つけずに廊下を歩いていた。
(眠れない……)
眠れない理由は、自分でも解っている。
自分はもう、普通の女子高生ではない。
それ故に抱く不安である。
(輝夜(aa0175hero001)に出会ってどれ位経っただろ……)
英雄と誓約を交わし、能力者になれば……今まで何もなかった自分を変えられると思った。
変われているだろうか?
幼き日に両親を亡くし、遠縁の親戚に育てられていたが、両親がいない引け目は育ての親にすら打ち解けなくなった。従魔に襲われ、死に掛けた時に輝夜に救われ、能力者になり……流されるままエージェントになった、けど。
「あ……」
鈴音は、窓の外に北里芽衣(aa1416)の姿を見つけた。
月を見上げる芽衣は、きっと自分と同じように眠れないのだろう。
鈴音は、外へ出ることにした。
(アリス、連れて来れば良かったかな)
芽衣はそう思うも、眠っているアリス・ドリームイーター(aa1416hero001)を起こすのは気が引けたことを思い出す。
(誰かと、お別れしたくない……)
芽衣は、幼い頃に両親が自ら命を絶った。
両親に会いたいという思いは、今も虚無感として胸にある。
もう、誰かを失いたくない、怖い……だから、芽衣は手を伸ばす。
傷つけないように、優しくあろうと思う。
本当は、戦うことは怖い。心でも身体でも誰かが傷つくのは好きではない。それが愚神であっても迷ってしまう程。
(誰かがいなくなってしまったら……)
普段から不安はあり、アリスに話してはいる。
根本的な恐怖は拭えないまま、今日も生きていて。
でも、親しくなったお店の先輩達や友人が死ぬかもしれない。怖い。
「芽衣さん?」
芽衣の前に、いつの間にか鈴音が立っていた。
「御門さん……」
月を見ていたら、泣いてしまって。
芽衣がそう言うと、鈴音はハンカチで芽衣の涙を拭ってくれた。
「今のわたしを満たしてくれる人達がいなくなったらって……わたしのお父さん達みたいに手の届かない所にいったらって、思ってしまって」
けれど、空っぽの気持ちは、きっと埋まらないまま。
何故なら、失ったものは二度と戻らない。
そう話す芽衣の横顔は、不安そうだった。
「これからの戦いで、わたしはもっと、いろんな人と別れなきゃいけないのかなって思ったら、涙が、とまらなくて。誰とも、別れたくなんてないのに」
「……私も、不安、かな」
鈴音が漏らすと、芽衣がこちらを見た。
「私も……両親がいなくて……引き取っては貰えたけど、人の目を見るのが怖くて、上手く話せなくて……育ての親ともちゃんと話せなくて……能力者になったら変われるかなって思ったけど、私なんかが変われるのかなって、変われてるかなって思ってるし、死ぬのも死なれるのも、怖い……」
好きな人が、好いてくれた人が、死んでしまう。
それは、怖い。
その人達が逝ってしまったら、何も変われない自分が独り残る以上に怖い。
「御門さんも……一緒?」
「一緒」
芽衣が尋ねると、鈴音はそう微笑んだ。
抱える不安、その本質は今すぐどうにかなるようなものではない。
何かのきっかけで乗り越えられるかもしれないし、一生かかっても乗り越えられないかもしれない。
けれど、独りではない、共有出来る人はこの世界、確かに存在する。
2人は、黙って空に浮かぶ月を見上げた。
「むー、芽衣ったら、またうじうじしてるわね」
目覚めたアリスは芽衣がいないことに気づき、プンスカしていた。
自分を起こさなかったということは、1人になりたいということ。
自分を置いて、1人になりたいなど信じられない!
「何であんなに悩むのかしら、芽衣のバカ」
うじうじが長引いてるから、心配してるのに!
そんなに、頼れないってこと?
それが引っ掛かっているから、プンスカしている訳だが。
「あら?」
アリスは輝夜の姿に気づいた。
何か物陰で様子を窺っているように見えるが……?
「何しむがっ」
「黙っておれ」
アリスの口を塞いだ輝夜は、彼女へ鈴音と芽衣が2人並んで座っているのを見せる。
「先程まで深刻であったが、今はそうでもないのじゃ」
アリスが耳を澄ますと、鈴音が、輝夜の何かあるとすぐ暴力的に事を荒立てる、この世界の常識がないという悩みがあると芽衣に話しているのが聞こえる。
「それに拳骨して制止するおぬしは何なのじゃ」
輝夜が小声で反論しているが、鈴音の口から最終的に助けてくれる輝夜への心からの信頼が上がると、押し黙った。
(かつて人々はわらわ達魔族を恐れた)
この深い夜の闇のように人の心へ恐れを生ませた。
人々を内側から駆逐する為に生み出された、そうなるまでの経緯や生み出された最終的な結末……それらの全てを憶えている訳ではない。
鈴音と出会ってから、大嫌いな人間を最終的に救っているが、嫌がる口や態度とは裏腹に寧ろ楽しんでいる。
鈴音とは別所で思いを馳せていたが、たまたま鈴音が外へ歩いていくのを見つけ、尾行、2人のやり取りを聞いているのだ。
「どうしてアリスじゃないの?」
アリスは、ちょっとそれが不満。
気が利いた言葉を言える訳ではないが、友達なのに!
が、能力者同士ではないと解らないことがあるのは、認めたくはないが、あると思う。
そう考えることが出来るのは、アリスが芽衣のことを友達と思っているからだろう。世界は自分の為に回っているけど、芽衣の言うことなら、と不承不承聞く位の友達である。
「今度は、アリスにも言いなさいよ」
アリスは芽衣に気づかれる前に戻ると踵を返した。
大人ではないが、芽衣の感情に引っ張られないアリスの言葉は、必要とされる時がちゃんとある。
アリスを見送った輝夜は、もう1度鈴音と芽衣を見た。
「わらわが元の力を取り戻したら絶対喰ってやるが、それまでは我慢してやるわい……!」
輝夜もアリスに続いて踵を返す。
この後、戻って暫く経った鈴音の寝首を掻こうとし、寝顔を見てベッドをぴょんと飛び降りた輝夜は、翌朝鈴音がいつもと変わらない様子で輝夜を肩車することをまだ知らない。
●見捨てない
卸 蘿蔔(aa0405)は、レオンハルト(aa0405hero001)と自動販売機の脇にあったベンチでコーヒーを飲んでいた。
「敵に大きな動きがある、とのことですけど……」
「色々あるみたいだけど、お前はどうするんだ?」
蘿蔔はまだ確かに感じていないそれは、確かに動いている。
近い内に実感することになるであろうその戦いについて、レオンハルトは話を振ってみた。
「まだ、ちょっと……考えてます……」
蘿蔔は、自分がどうしたいのか即答出来なかった。
が、レオンハルトが蘿蔔を見、「何だ怖いのか?」と尋ねてくる。
けれど、その問いに答えられない。
「何故、お前が怖いか教えてやろうか?」
「何で、ですか……」
「日頃真面目にやってないからに決まってるだろう」
レオンハルトは、遊んでばっかふざけてばっかで経験不足だから不安になる、自業自得と言い放つ。
蘿蔔がレオンハルトを見ると、「いや冗談だが」と笑った後、こう言った。
「お前、落とし穴を回避したいからだろ」
軽そうに見えても根は真面目のレオンハルトは、そのことを見落としていなかった。
蘿蔔はレオンハルトから床へ視線を移す。
「レオンと初めて会った時のこと、覚えてます……?」
「覚えているよ」
レオンハルトは、当時の蘿蔔と今の蘿蔔の差を思い浮かべたのか、口元に笑みを刻んだ。
「……私、こんなに幸せでいいのでしょうか」
蘿蔔にとって、レオンハルトとの誓約は大きな喜びだった。
今までにない世界が広がって、自由なんだと……そう思ったから。
けれど、レオンハルトを大事に想っているのは、好きとかではなく、そうした自由を感じたからかもしれない。
そう思ったら、自分がひどく最低に思えた。
能力者になって得た自由、今もそれを得られなくて苦しんでいる人がいるかもしれないのに。
そう思ったら、自分は一体何しているのだろうと思う。
同時に、そうして得た世界、その世界で得た今の幸せは……いつか壊れてしまうのではないか。
だって、いいことだらけの人生なんてある訳がない。
そう思うだけのことは、蘿蔔も見てきたから。
「何が幸せか、なんて人それぞれだ。良いも悪いもないだろう」
蘿蔔の話を黙って聞いていたレオンハルトは、そう言った。
レオンハルトは、それでも顔を上げようとしない蘿蔔の頭へ手を伸ばすと、ゆっくり撫でる。
「あんまりあほなこと考えるなよ。あほはあほらしくあほなこと言って場を和ませてればいいんだから」
「寧ろ凍りつきます」
「そうかもな……」
蘿蔔が呆れたように顔を上げてレオンハルトを見ると、レオンハルトは蘿蔔の膝に頭を乗せて横になった。
「重い……こんな所で寝たら迷惑ですよ」
「誰か来たら起こしてよ」
レオンハルトは眠いからと蘿蔔の異論を退ける。
蘿蔔は、何となくレオンハルトの髪を撫でた。
「……大丈夫だよ。俺も皆も、お前のこと見捨てたりしないから……」
「よく忘れるくせに?」
「……それは、ごめん」
この温かさと重さが、今、蘿蔔の失いたくない幸せ。
●同じだよ
寝つけずベッドから抜け出た桜木 黒絵(aa0722)は、外に出た。
(もしかしたら、この月を見上げることが出来なくなるかもしれない、のかな……)
目に映る月はいつもと変わらないだけに、そのことを強く意識する。
先日、黒絵は愚神ヴォジャッグを退ける戦いに参加した。
その時は、ヴォジャッグを何とか退けたし、死者は出なかった。
だが、次は命を落とす者がいるかもしれない。それが自分かもしれない。
(……怖い……)
考えないようにしても、気がつくと大規模作戦のことを考えていて。
辛いことがあっても平気な顔をして耐えてきたけれど……今回ばかりは大規模作戦だと浮かれる気にはなれない。そう見せる余裕もない。
(……私だって、怖い……)
押し潰されそうな恐怖で、手の震えが止まらない。
その時だ。
「黒絵、月見かい?」
シウ ベルアート(aa0722hero001)の声が響いた。
「シウお兄さん……、どうしたの、こんな夜に」
黒絵がいつもの笑顔を無理やり作って振り向けば、シウは黒絵の側まで歩いてきた。
「一服する為に外へ出たんだよ」
「こんな夜に吸うの?」
黒絵が喫煙を咎める中、シウも黒絵が見上げていた月を見上げる。
「今日は随分と月が綺麗だね。黒絵が見上げる気持ちも解る。でも、そろそろ寝ないと、明日に響くよ」
黒絵に早く寝るよう促すシウは、いつもと変わらない。
だから、黒絵は戻ろうとせず、口を開く。
「……ねぇ、シウお兄さんは大規模作戦が怖くないの?」
シウが、黒絵をじっと見ている。
けれど、聞き出したら止まらない。
止まらないのは知っている……だって、何事もそつなくこなすシウを、黒絵はずっと羨ましく思っていたから。
「何で平気な顔をしているの? 私は怖くて逃げ出したいのを我慢してるのに、どうして、いつも通りに出来るの?」
解ってる、これは嫉妬。
自分にないものを持っているシウへの嫉妬。
この心を押し潰そうとしている恐怖は、シウへ潜在的に抱いていた強い感情も暴いた。
「そう見えるのかい?」
シウが、少しおかしそうに笑った。
黒絵が口を開く前に、彼は言葉を紡ぐ。
「英雄と呼ばれてはいるけど、僕は完璧超人じゃないよ。黒絵と同じように恐怖という感情もある。ただ、黒絵よりも長く生きているから、恐怖を乗り越える術を黒絵より知っているだけさ。年の功という奴だね」
「シウも、同じなんだね」
黒絵は、シウが恐怖を持たないのではなく、恐怖を乗り越えたのだと気づく。
けれど、そう感じさせなかったシウは、黒絵を見て微笑んだ。
「僕は、元の世界では魔術師だった。世界の平穏と調和の為に戦い、痛い程感じたのは……想いの力が左右するということ。想いの力が、時として理屈を覆して奇跡を起こす。これは、僕の世界の限った話じゃないと思うよ」
「想いの、力……」
その言葉は、デジャヴを感じさせる。
だからか、少しだけ勇気が沸いてきた。
「ありがとう、シウお兄さん」
やっと浮かんだ笑顔は本当の笑顔。
想いの力がくれた、初めの奇跡。
●彷徨う先に
言峰 estrela(aa0526)は、鼻歌混じりにうろうろ歩いていた。
気がつけば、エージェントの何人かがいない。
ちらりと見かけた先にいたりするから、寝つけないで歩いているのだろう。
なら、自分がうろちょろしても問題ない。
目的もなく歩く足取りは、彼女を詳しく知らない者が見れば楽しそうに見える。
実際は、色々なことを考えている。
……簡単に語れない過去や自分のこと、これから迎える大きな戦いのこと……アホの子と思う者もいるが、estrelaは顔にも態度にもその考えを一切出さない。
深夜の時間が進行するにつれ、見かけていたエージェント達の姿がなくなっていることに気づく。
けれど、estrela自身は部屋に戻らず、ぶらぶら歩くのは変わらない。
やがて、漆黒の空の色が変化していく。
どうやら、夜明けまで起きてしまったようだ。
「…………」
空の変化と共に太陽が徐々に姿を現し、世界を照らす。
明るい世界、光の、世界……。
estrelaの足が止まった。
「ねえ」
それは、誰に向けてでもない言葉。
「狂っていたのは、誰? 世界? それとも、私……?」
だって、私は『ネームレス』、身体は人間と全く同じでも、真実はそうではない。
何故、私は生まれたのだろう。
どうして、私は生み出されたのだろう。
そして、欠陥が原因の失敗作と投棄されたのだろう。
何が、どこで、どのように、狂っているのだろう? いつ狂ったのだろう?
頬を伝う涙は、何も教えてくれない。
自分の居場所と存在価値は、どこにある? どこに行けば、ある?
「レーラ」
いつの間にか、キュベレー(aa0526hero001)が壁を背に佇んでいた。
誰もいないと思っていたのに、と思うestrelaの顔は涙でぐしゃぐしゃで、先程まで楽しそうだったというのが嘘のようだ。
キュベレーがゆっくり歩いて来ると、estrelaと向かい合うように立つ。
「きゅう、べ……」
「……お前の好きなようにするがいい」
その瞳は、深い闇のようだ。
「耐え切れなくなった時、私がお前の代わり壊してやる。……どうせこの身は悪の化身、誰も私達を咎められぬ」
私達が狂っている、それが罪ならば。
私達を狂わせた世界も同じではないか。
estrelaは、ふらふらとした足取りでキュベレーの元へ歩いていく。
倒れ込むようにして胸へ飛び込めば、キュベレーは拒否することもなく、受け入れる。
「お前は、私と同じだ……」
キュベレーには、estrelaの結末が手に取るように分かると言う。
だが、estrelaはキュベレーではなく、キュベレーと同じ道を歩むとは限らない。
estrelaは、まだ全てを諦めたくはない。
「諦められぬのならば好きにしろ。耐え切れず、世界が敵になったとしても……私は永遠にお前の味方だ」
estrelaは、まだ自分の居場所と存在価値と言い切れるものはない。
けれど、少なくとも、ここにひとつ、彼女の居場所と存在価値はある。
朝が、やってきた。
夜に押し潰されそうだったエージェント達に等しく陽の光を注ぎ、1日の始まりを告げる。
今日も、生きていく。