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蜥蜴の足跡
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麟徳会摘発
最終発言2019/03/21 23:38:03 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2019/03/21 23:10:11
オープニング
●遺されたもの
「四川省、景道市に違法AGW製造所らしき工場が発見された」
H.O.P.E.香港支部にて、ホログラムを操作しながら風 寿神(az0036)は報告した。
「取り仕切る組織は『麟徳会』。徐々に勢力を伸ばしつつある闇組織であり、わずかだがリンカーも所属しておる。先日、同組織の輸送中の違法武器が押収され、その中に三茶郷製のAGWと一致する小銃があったのじゃ」
押収された武器数十点、その中の小銃AGW、そして対比のための三茶郷製の小銃の画像が切り替わる。
「『麟徳会』から一ヶ月前にAGWが押収されて以降、H.O.P.E.はずっとその出元を追っておった。かつて三茶郷から出荷されたものか、あるいは山茶郷の壊滅以降、別の場所で製造されたものか。結果から言うと、どうやら後者であったらしい」
山茶郷は中国空軍による空爆により壊滅した。
ただし、直前に人員と証拠の回収の為に潜入したときには、製造設備の多くが搬出された後であった。
山茶郷に拠点を持っていたヴィラン組織『黒蛇(ヘイシェ)』は人間社会の内側から愚神の動きを支援する組織であった。
『黒蛇』を支配する愚神達は撃破し、その拠点の多くは壊滅させたが、『黒蛇』の持っていた人員、機材、そして研究内容などは散逸した。
人間の社会の中にもそういうものに金を出す闇組織があり、所属するリンカーもいて、蜥蜴の遺産は脈々と受け継がれている。
「細かいことは、実際に警察と共に調査に当たっておったマーロウが説明する」
寿神に紹介され、黒髪の青年が前に進み出て、ぺこりと頭を下げる。
「マーロウです。よろしくお願いします」
彼はかつて蜥蜴市場の関連組織に所属していたが、被検体であるリンファという少女と共に脱走した。
そのときまだ十六、しばらくは保護施設に入り、十八になったいまはリンファと共に自活するためH.O.P.E.で仕事を請け負うようになった。
未成年で非リンカーであるので張り込みなど地味な仕事が多いが、かつて闇組織の一員であったこともあって目端が利き、フットワークが軽い。
「問題の工場は万寿路という工場街の一角にあります。治安は悪く、俺くらいの歳の不良少年がたむろしてても目立ちません」
リンカーの関与、一般武器の有無などは不明であるので、調査は地元警察と連携して行われた。
聞き込みの結果、該当の工場は長く無人で、稼動を始めたのはおよそ三ヶ月前。山茶郷への攻撃時期と一致する。
「該当工場では毎週金曜の深夜に搬入と搬出が行われています。資材を運んできた車両が製品を搬出する形式です。H.O.P.E.と地元警察が協力しそこを押さえる計画です。よろしくお願いします」
部品の調達経路、『麟徳会』関与、共に確たる証拠を掴んでいない。
H.O.P.E.と警察は、ここでそれらの証拠を一気に押さえるつもりだ。
「リンカーが蜥蜴の生き残りやったら、バクハツに気ぃつけーや。遠隔操作は無しにしても、心臓止まったらバクハツするで」
マパチェ・デルクス(az0036hero002)が横から口を挟む。
蜥蜴市場に所属していたリンカーには、もれなく頭部と手首から先にライヴス製の爆破装置が埋め込まれている。
爆破方法は二つ。
遠隔装置と心拍連動式。
誰が手を下さなくとも、失敗して死ねばその場で爆弾が作動する。
遠隔爆破用の暗号データの技術移転は困難だが、自殺すれば自爆により証拠隠滅される。
「こちらでも拘束具は手錠と猿轡、目隠しまでは用意しておるが、大丈夫かのう」
「うちにもわからんわ。奏者はとことん糞な性格やったけど、『麟徳会』はどういう奴等か知らんし」
寿神にマパチェが答える。
拘束後の自殺防止の対策はしてあるが、相手の出方が読めない。
「スーはボクが守るよ!」
ソロ デラクルス(az0036hero001)は黒い尻尾をぱたぱたさせる。
彼は大好きなスーの英雄であり、保護者であり、友人。
いつだって、一番に頼って欲しい。
「キツネはいつまでもべたべたすんなや。姐ちゃんに彼氏のひとりもできひんやろ」
「スーはそんなの望んでないもん」
「少数民族の生き残りやのに、コブ付きなせいで独り身なん? 姐ちゃんもとことん不幸やな」
「スーはボクがいれば幸せだからいいの!」
マパチェとソロは本題そっちのけで言い合いを始めるが、見かけ年齢のせいではたから見れば子供の喧嘩でしかない。
「まあ、リンカーは希少な存在。そうそう死なすことはして欲しくはない」
寿神は溜息をつくように呟く。
新たに異世界から英雄が現れることのなくなったいま、H.O.P.E.にとってもリンカーは貴重な人材である。
本人が望むのであれば、罪を償ってから、あるいは罪を償う手段としてH.O.P.E.の下で働くということもありうる。
「正直、取引にリンカーが同行する可能性も不確定ではありますが、工場には地下室があるらしいです。AGWであれば試せるのはリンカーだけですので、そこで試し撃ちをしているかもと考えています」
マーロウが警察の見解を報告する。
リンカーがいて、AGWを持っているとなれば一般の警察では対応できない。
よって今回の捕り物はH.O.P.E.のエージェントが現場の取り押さえをまでを担当し、警察は後方支援となる。
「難事件というほどでもないが……後始末も必要な任務じゃ。よろしく頼む」
寿神はあなた方に向かって一礼した。
解説
●目標:違法AGW製造工場の取引現場を押さえる
●現場状況
万寿路という工場街の一角にある古い工場。最近再び稼動し始めたらしい
マーロウが張り込みしていて、あやしい動きがあれば連絡が来る
●敵情報
『麟徳会』;ここ数ヶ月で急激に勢力を伸ばしているヴィラン組織。暴力をはじめ手段を選ばない傾向がある
●登場
風寿神&ソロ デラクルス&マパチェ・デルクス
愛称はスー&フーリ&リィ。もふもふコンビの英雄達もそれなりに仲良くやっている
マーロウ
かつて蜥蜴市場の関連組織から脱出してきた少年。十八歳。研究所の被検体でアイアンパンクの少女・リンファと共にH.O.P.E.で働いている。リンファは事務系(東川MS『逃亡した先は自由か死か』に登場)
地元警察
作戦時の立ち入り規制、拘束した関係者の護送など、必要な支援行動を行う
●貸与
リンカー対応の手錠&猿轡(自殺防止用)。目隠しは普通用。その他必要な拘束具
●PL情報
現場に現れるリンカーは二名で、ジャックポットとシャドウルーカー
ただし予測可能な事項である
リプレイ
●
「ヴィラン組織ねえ……愚神がいなくなってやりたい放題と思っちゃったかな?」
餅 望月(aa0843)は夜空を見上げて言った。
金曜の夜、遠くの空に繁華街の明かりが見える。
しかし工場街である万寿路は薄暗く、機械の稼動音が響く。
一同は見張り役であるマーロウからの合図を待っている。
「懲りずにまだやるのは、相応の対価が見込めるからか」
『単なる思想犯や過激派というだけで出来ることではなさそうですわね』
赤城 龍哉(aa0090)の言葉に、ヴァルトラウテ(aa0090hero001)が答える。
『黒蛇』を支配していた愚神は撃破済み。
だが所属していたリンカーや一般組織員、そして武器や製造・研究設備は大部分が行方不明のままだ。
この場所で違法AGWが製造されているなら、それを可能にする製品の流通経路があり、需要がある。
それはヴィラン組織に所属するリンカーが相応に存在し、AGWと共に黒社会において価値があるということ。
愚神と従魔を除けば、実際リンカーは一般人とは隔絶した力を持つ存在であり、その力は善性でも悪性でもない。
要は、使うもの次第なのだ。
「世に悪の種は尽きまじ、だな」
今回は供給源をひとつ断つ対処療法だろう、と龍哉は言う。
「私も頭を潰せば全部解決、なんて甘い考えは持っていないわ」
鬼灯 佐千子(aa2526)は銃器類への高い専門性を生かし、『黒蛇』の武器製造拠点である山茶郷でも潜入調査を行ってきた。
総攻撃のときにあの工場の製造設備が運び出されていたときから、いずれ別の場所で面倒が起こることは予見できたこと。今更驚くほどのことでもない。
『この手の連中はしぶとい。とは言え、紛争地帯のゲリラよりはマシか』
ゲリラはアジトの特定と捕縛が極めて困難だとリタ(aa2526hero001)は懸念する。
『黒蛇』は紛争地域に密造武器を販売していたはずだ。
通常武器のみであれば警察か軍の管轄であろうが、そこにリンカーとAGWが関わることになれば。
リンカーは傭兵としてもきわめて有用である。ありえない話ではない。
『法で裁けぬ悪はワタシが退治するよ!』
百薬(aa0843hero001)はツインテールを揺らしてびしっ、とポーズを決める。
「愛と癒し成分がますます減ってきてない?」
『あとで点心で回復する!』
呆れ顔でツッコむ望月に、百薬は笑顔で応える。
いつだって美味しいものは元気の源。四川の食事も満喫するしかない。
「ちゃんと片づけて、敵も味方も無事だったらね」
美味しいものを美味しく頂くには気持ちよく事件を解決することが前提。
死人が出てはご飯がまずくなる。
「……了解した。引き続き待機してくれ」
風寿神がスマホで連絡を受け取る。見張り役のマーロウからだ。
「『麟徳会』の車両が工場に到着した。まもなく突入する」
車両はナンバーにて特定済み。車は門をくぐり、町工場の駐車場へと入っていったとのこと。
●
「リンカーは二人いる。少なくとも、入っていった中には」
沖 一真(aa3591)と月夜(aa3591hero001)は、若い東洋人であることを生かしてマーロウと共に張り込みに参加していた。服装を換え、髪を帽子に押し込んでしまえば夜目には若者がたむろっているように見える。
ソフィスビショップのマナチェイサーにより、ライヴスの流れを辿って敵戦力を特定する。
これで工場側に待機しているリンカーがいなければ、戦力的にはこちらが大きく上回る。
「……よォ。ちょっと話、聞かせて貰えねェかな?」
まずは見張りから。工場の駐車スペースに停めた車の中で待機していた男に、ヤナギ・エヴァンス(aa5226)が話しかける。
男が驚いて懐から何かを出しかけたところを、ドアの影に隠れていた静瑠(aa5226hero001)が窓を割ってロックを解除し、強制的に引きずり出して地面に押さえる。
男が出そうとしていたのはスマホだった。仲間に連絡しようとしたのだろう。
ゴリッ、とヤナギが拳銃『ケルベロス』を男のこめかみに突きつける。
共鳴していない状態でのAGWは、脅しにしかならない。ただ、使い込まれ手入れされた銃の感触は、闇社会の人間であればこそ敏感に感じ取るものらしい。男は蒼白になって震えている。
「夜遅くまでご苦労サン。で、何を見張ってるンだ?」
「目標は、全員制圧!」
美味しいものを美味しく食べるために。それは百薬と望月にとって、何より強い動機になりうる。
(壊した)門は乗り越えられる高さだし、(壊した)監視カメラは一般の防犯用だし、(壊した)裏口の鍵も普通だし、どうもこの施設は対リンカー対策を取っているわけではなさそうである。
工場の一階には作業服が二人、黒服が二人。
黒服は懐から銃を抜き、望月に向けてくる。
「(セーフティガス!)」
バトルメディックのスキルで、一般人を気絶させる。そこにいた四人ともが、ばたばたと倒れた。
「お、全員一般人だったか。作業員ぽい人達はどうするの、風くん?」
望月は同行の寿神に判断を求める。
「取引現場にいた以上、事情聴取が必要じゃ。まずは全員確保と聞いておる」
非リンカーであれば普通手錠で充分だと、寿神は共鳴解除してソロと二人で倒れた人を拘束することにした。
「蜥蜴出身のリンカーに自爆装置が残ってるなら、また建物ごと爆破ってパターン……ないよね?」
そわぁ、と雨宮 葵(aa4783)が辺りを見回す。
「以前は、施設ごと爆破した例もあったんだってな」
一真の張り込みによって判明した今回の戦力は、愚神、従魔がいないと仮定すれば充分すぎるほどだ。だが、その慢心を砕く手段は存在するだろう、と龍哉も考えていた。
『蜥蜴関連では思い切った証拠隠滅で何度も煮え湯を飲まされたからね。用心したほうがいいよね』
確保者を敷地外に運んで後は警察に引き継ごう、とソロは提案する。
もし爆発物が仕掛けられているとすれば、敷地内のものを破壊するような配置だろう。
『責任ごと別のプロに丸投げ、良い考え』
燐(aa4783hero001)は無表情のまま肯定する。
警察も犯罪者の証拠隠滅についてはそれなりの技術と経験がある。
それに、燐としては葵の目の前で悲惨な出来事が起こらなければそれでいい。
「外にいた見張りはスゲエ下っ端だ。取引の内容すら知らなかった」
ヤナギの確保した見張り役からは、有益な情報は得られなかったらしい。
犯罪組織においては限られた人間以外に情報を知らせないでおく、というのも立派な危機管理だ。
「罠師で見た限りではこの辺に爆発物はないケド、建物全体ではどうなんだろナ?」
『うちは『麟徳会』がそこまでソウシャ寄りのやり口するとは思わんけどな。あれは圧倒的な力の差と、いくらでも補充できる従魔戦力あってのもんや。人間が真似るには割が悪すぎるわ』
マパチェの意見では、愚神・奏者のやり方は人間では踏襲できないという。
リンカーが束になっても勝てないくらいの強者でなければ、恐怖と生命与奪権による支配は成り立たない。
それはそれとして、確保した関係者を警察に引き渡しておくのはマパチェも賛成だ。妙な動きをさせないで済む。
「この階にあるのは一般的な工作機械だけのようね」
佐千子が見る限り、旋盤、研磨機、プレス機など、汎用性の高い機械類がこのフロアには並んでいる。
すぐに踏み込まれるフロアに違法性の高い作業場は置かないということか。
後の解析の為にハンディカメラで撮影しているが、違法性の証拠としてはまだ弱い。
「私達は次の階――地下に向かうことにするわ。望月さん、同行お願いできるかしら」
「了解、慎重かつ大胆に制圧しよう!」
佐千子と望月が先行して階下に下りる。
●
地下階への非常階段は、重い防火扉で仕切られていた。階段は地下一階まで。
「防音のためかしらね?」
違法性の気配がする、と佐千子は言う。
明かりはまばらで、人の気配はない。
「出払ってるみたいだね?」
望月は辺りを警戒しつつ進む。こちらが来るのを察知して、隠れて待ち伏せされていてはたまったものではない。
「夜間だからかしら」
人はいなくても、明かりに浮かび上がっている製造ラインには、見覚えがあった。
完成品こそないが、部品はいくつか並んでいる。
「AGWが1ライン、通常武器の銃が2ライン移設されているのね。山茶郷にあったものと同タイプ」
遠い秘境にあった閉鎖的な武器工場の匂いが、そこだけ匂い断つようでもある。
「おお、鬼灯くんってそういうの見ただけでわかる系? すごいね」
「愛蔵の銃器類の手入れは日課だし、組み立てた後に部品が残っていたり、どこの部品かわからなかったりしたら持ち主失格でしょう? 銃の部品にはそれぞれ、役割と意味があるのよ」
望月の感嘆に、佐千子は軽く返す。
「証拠としては今回と前回の映像を解析してもらうことになるけどね。撮るから、照明はあるだけ点けて貰っていい?」
壁のスイッチに望月が触れようとしたとき、くぐもった破裂音が響いた。
「……試し撃ち……?」
「しているわね。消音器つきで」
おそらく、もうひとつ防音用の扉があって、もうひとつ地下の階がある。
佐千子は通信機を取り上げた。
「鬼灯より。地下一階にてAGW及び一般銃器製造ラインを確認。地下二階にて発砲音あり。増援求む」
通信が入ったとき、ヤナギと龍哉は二階の物置にいた。
一階には別室があり申し訳程度のパソコンと机と書棚、二階は雑品の物置である。
「早ェな。コッチは上階の探索終了、伏兵トカ、ヤバイ仕掛けは見当たンねェ……多分な」
『罠師』で検出できる罠はなかった。
印象としては、町工場。
ヴィラン組織が関わっているとはいえ、工場の運営をすべて掌握しているというわけではなく、あくまで外注して労働させている、といったところか。
爆発だけならガスと電気があれば引き起こせる、と龍哉が気づいて、施設のガスの元栓を締めておいた。
「取り越し苦労なら、別にそれでいいさ」
一真、葵、寿神達は気絶・拘束した人員を警察に引き渡してきた。
後は警察がそれなりに安全確保してくれるだろう。
「さて、わかってると思うけどセーフティガスはあと1回、効果範囲は限られてる。さっきほどうまく行くとも限らないからね!」
望月は地下二階へと続く防火扉を前にして、元気良く宣言した。
「四人を無傷で捕縛できたのはでかかったぜ。俺も重圧空間で敵の動きを制限する」
「重圧空間! 無差別で体が重くなるやつ? 近接戦のドレノはもれなく御屋形様のスキルに巻き込まれるよ!」
一真のスキル使用宣言に、葵は顔を顰めて見せる。
「今回は、取り押さえれば勝ちだからな?」
倒れるまでぶちのめす必要はないという一真の言葉に、葵も頷く。
「うん。今度は爆発なんかさせない、絶対」
まだ若いヴィラン構成員が、殺さないでと懇願した声を、葵は忘れていない。
「試し撃ちが必要な銃器がAGWだけなら、リンカーの見分けはつくわよね。望月さんのスキルからは除外してもいいかもしれないわ」
一般武器を試し撃ちしている可能性もあるけれど、と佐千子は言う。
「工場の中を調べてみたが、ここの奴ら、荒事慣れしてなさそうなんだよな……できれば殴らずに済ませたい」
抜群の戦闘力を持つがゆえに龍哉は、殴る必要のない相手は殴らない。
「俺はそうだナ……手薄そうなトコ見てから出る。この面子なら、足りてそうな気もするケド」
ヤナギは仲間をサポートする。そういう役割も必要だ。
●
ばーん! と勢い良く扉を開けて、望月が地下射撃場へと飛び込む。
「我々はH.O.P.E.だ! 無駄な抵抗はやめて、おとなしく御縄につけ! ……なんてね」
降伏勧告と見せかけてからの、端に座っていた作業服の男三人にセーフティガス。
工場側にリンカーはいなかったらしい。三人ともあっけなく意識を失って崩れ落ちる。
「リンカーの悪事はH.O.P.E.が阻止するゾ☆ 貴方達も、違法なアレコレとか割に合わないことはやめて、H.O.P.E.に協力してみない?」
銃を手にしていたのは三名。うち二名が躊躇なく撃ってくるので、レアメタルシールドで受ける。まあそうだろう。
射撃場にいた中で、いま立っているのは黒服が五名。
望月がリンカーだとわかった上で攻撃した二名がリンカーの可能性が高い。
「お前達の上にいた愚神はもういない……お前達は何のためにこんなことをする?」
一真のライヴスの重圧が、一帯にのしかかる。
「恐怖で自分や他人を縛るのはもう、お終いにするんだ」
「つまりだな……お前ら、投降する気はないか? 厄介なもん抱えてるなら、便宜を図る用意はある」
龍哉も説得を試みる。相手にとってもけして損な取引ではないはずだ。
視界に、闇の欠片のような黒い花弁が舞う。
繚乱。敵のスキルによる攻撃だ。
「OK。貴方達が爆弾を抱えて生きてきたなら、そんな目に遭ったこともない私達の申し出なんて空々しいよね? 拳で語ろう、そのほうがきっと伝わる!」
殺し屋として育てられた燐を英雄に持つ葵は、育ちの違いによる隔絶を知っている。
『黒蛇』が吸収してきた反社会分子は、生まれただけで多額の罰金を科せられ、戸籍も人権もなく教育も受けられず、徹底的に社会の底辺に押しやられた黒孩子たちのはず。
彼らが『持てる者』であるH.O.P.E.エージェントの言葉に信用を置くとは思わない。
信用は積み重ねであり、何もないところに生じるものではないから。
それでも葵は、彼らに悪に染まったままではいて欲しくないし、ましてや脳漿をぶち撒けて死んで欲しいなんて思わない。
「キツめにぶちかまして、無理矢理にでも助ける!」
電光石火とスカバードの加速を掛け合わせた妖刀攻撃。ライヴスの重圧で動きは鈍るが、それは相手も同じはず。
刀を振り抜く勢いで、相手の右腕を銃ごと斬り飛ばす。
リンカーであれば、これも治癒する傷。死ぬよりずっといい。
軽い音と共に、佐千子のナインスペシャルが火を噴く。
コレクションの中でも特に取り回しが良く、消音機能つきで奥ゆかしく可愛らしいのがお気に入りの銃。
「そこの貴方、妙な動きはやめてもらえるかしら?」
銃を所持していた三名のうち、リンカーではないと思しき一人。
視線や微妙な身振りで、周囲に合図を送っていた。
黒い花弁に隠れていた影が、ゆらりと揺らめく。
影渡の効果が切れる前に、パレンティアレガースによる鋭いハイキック。もう一人のリンカーの顎を蹴り上げる。
「よォ。妙に梃子摺ってねェか? 本当に話がしてェんなら、戦いは終わらせて順序踏まねェと無理だろ」
ヤナギの謳うようなハスキーボイス。敵が倒れたところをうつ伏せにして腕を捻り上げ、銃を取り上げる。
「今回は一般人が混じってるから。うっかり攻撃して、殺しちゃうと後味悪いんだよね」
望月は白銀の聖槍を軽やかに扱う。
くるくると回転した槍は、黒服の男の鼻先で止まった。望月は続ける。
「だから、攻撃力の違いを理解して、威嚇程度でお縄についてくれないかと機会を窺ってるとこなんだ。曲がりなりにも、知能のある敵なんだし」
もう一人の男の首元にも、龍哉の白夜丸の白刃が突きつけられている。
「それで、鬼灯くんが撃った男が一番偉いっぽい?」
槍を突きつけた相手からは目を逸らさずに、のんびりと望月が訊く。
「そう思うんだけど、いまひとつ自信が無いのよね」
「何が?」
「普通の人間が、397kgのアイアンパンクに殴られても無事でいられたかどうか」
「鬼灯くんは思慮深いねえ」
雑談を装った、これも彼女達の高度な威嚇攻撃なのだった。
●
この夜に捕縛されたのは、『麟徳会』構成員七名、工場職員五名。
業務終了により帰宅していた工員十数名については、明日以降に任意同行による事情聴取が行われる予定である。
エージェント達は皆かすり傷程度で、望月のケアレインにより回復を受けた。
『物足りない、とか……思ってないでしょうね、ヤナギ』
「いちいち言うなよ、そんなコト」
静瑠につつかれて、ヤナギがふいと顔を背ける。
『ソウシャに影響されとるんは、ヴィランよりエージェントの面々ちゃうか?』
白いスカートを揺らしながら、マパチェがやってくる。
「いままで散々小細工に翻弄されてンからナ。警戒はするだろ」
『ソウシャみたいに底意地の悪い奴、そうそうおってたまるかいな。気にしすぎや』
マパチェは静瑠の隣に、ちょこんと座る。
「奏者か。いけ好かねェ奴だったけど、魂の音ってェのはまあ、わかんなくもねェな」
ヤナギは煙草に火を点けてふぅ、と煙を吐き出す。
「悲しい音ってのは特に好きでもねェケド、悲しみを乗り越えた魂は、綺麗な音を立てると思うゼ」
『ご自身がどんな音を持っているか、考えたことはありますか?』
静瑠はマパチェの白い巻き毛を軽く撫でる。
「あの爺さんも、最期にうんと綺麗な音を立てて逝ったよな」
従魔に侵食されながら、長い人生で味わった苦難も絶望も悔恨もすべて溶かして、綺麗な気持ちだけを残した老人。
この世は、いろんな人間の魂のハーモニーで出来ている。
「愚神なんていなくても人間は争い続ける……か」
『それは多分、皆……そう』
愚神の王を退けた後も人間同士の争いは残る。
一真は戦闘で物事を解決するというやり方そのものに疑念を抱いていた。
一時はそれで解決しても、後に禍根が残る。そして次の火種となる。
それは相手が人であっても、それ以外であっても。
「俺は甘すぎるんだろうか」
『それが一真だよ』
月夜は迷いながらも、理解しようとすることを諦めないのが一真らしいのだと言う。
「そうじゃな、それでこそ沖殿じゃ」
寿神が静かに立っていた。笑みを浮かべ、ふたりの向かいに座る。
「今回は全然駄目だったけどな」
説得で戦闘を避けられないか試みたが、言葉は届かなかった。
「殲滅と逮捕を同じ戦闘とみなすべきではないぞ。そして立場の違いというものもある。もし俺が寒空の下、薄着と裸足で食べ物を求めて駆け回っている最中に、暖かげな格好をした紳士に説教されたら聞く気になると思うか? ならぬな」
寿神は遠くを見る目をしてに言った。
「じゃが、暖かい部屋に招き入れられ、湯を使って服と靴を与えられ、美味しい食事で満腹になった後ならどうじゃろう? ちいとは話を聞いてみようという気にもなる。それが立場の違いを埋めるという事であり、俺にとってはそれをしてくれたのが笛吹殿であった」
探し続け、出会ったときには愚神の依代となっていた恩人の名を、寿神は懐かしげに呼ぶ。
「相手が愚神であっても、あの奏者であっても、立場の違いを埋め、理解する方法はあったかもしれぬ。じゃが、愚神はこの世界を捕食し、王の贄とする使命を帯びた存在であり、その根幹を変える方法はなかった。それだけのこと」
大きく息を吸い、寿神は最後の言葉を吐き出した。
「じゃから、人間に寄り添う英雄という存在を、俺達はせいぜい大切にすべきと思う」
月夜は頬を染め、一真は同じ理由で顔を上げられない。
「……俺が多少足掻いたくらいで、世界が平和になるわけじゃないって知ってるけど」
ゆっくりと、考えを纏めるように一真は言葉を紡ぐ。
「それでも、俺は皆が納得できる方法を探し続ける。少しずつでも」
『私も一緒にね……一真の伴侶として』
月夜が左手を一真の手に重ねる。その薬指には、絆の証としての結婚指輪が輝いていた。
「何で私には小さくて可愛い英雄が来てくれなかったんだろう……!」
ソロとマパチェのもふもふを遠目に見て、葵はぎりりと歯噛みをする。
第一英雄は鬼教官、第二英雄は鬼。
せめて英雄同士の喧嘩で家の壁にヒビが入らない程度の平和さが欲しかった。
『小さくて可愛い子に葵の英雄が務まるとでも?』
燐の絶対零度の視線が葵を射抜く。
「ひとときの夢くらい見させてよぉー!」
本当は、葵にもわかっている。
厳しく鍛えてくれる燐、一緒に壁を越えてくれる彩がいたからこそ、ここまで来れたんだってこと。
『(まあ私も、泣き言を言っても最後には必ず前を向く葵と一緒だから、この世界に留まってるんだけどね)』
なんだかんだ言いつつ、燐も葵の傍が居心地がいいのである。
そんなこと、絶対に言わないけど。
「風くん、ソロくんは、こらからも山茶郷や蜥蜴市場の残党を追ってゆくのかな?」
望月の問いに、ソロが元気良く応える。
『どうもね、蜥蜴市場は残った資材と人員を、いろんな組織に売却したみたいなんだよね。『麟徳会』もそう。余計なもの買ったせいで変になったのなら、残党って言うより被害者かもね!』
『それは……全体を把握するだけでも困難そうだな』
予想はしていたが、とリタが眉を寄せる。
「あンの蜥蜴……! ちょっとはノンビリさせなさいよ!」
佐千子は今後も捜索活動を継続するつもりのようである。
「あの、リンカーが埋め込まれてる爆弾? ってやつ、どこに埋め込まれてるんだ?」
現場での取引材料にはいま一歩足りなかったが、逮捕された二名はどうなるのかが、龍哉の気になるところらしい。
『手のひらと、頭蓋骨の下に小さな装置があるらしいよ。手は触ればわかるし、頭皮にも手術跡が残ってる。手術はこれからだから、成功するといいけど』
『ところで、夜が明けてきたよね。補給したい』
全員無事も達成したことだし! と百薬。
「四川料理ね。スイーツも。どこがいいのかなー」
スマホをタップして望月は検索を始める。
『ボクもお腹すいたー! 一緒に行きたい!』
『大変興味深い提案ですわね。もう少し詳しく』
ソロがぱたぱた尻尾を振り、ヴァルトラウテが大真面目に望月の手元を覗き込む。
「朝食用に、早朝からやってるお店もあるよ。行きたい人!」
望月が決を採ると、はいはーい! と手が挙がる。
「ご飯食べる元気があるってことは、生きてるってことだよ。世界中で依頼はあって、悪いことばかりでも、不幸な結末ばかりでもない」
『まずは今日の甘味と飲茶だね!』
百薬は背中の羽をぱたぱた揺らす。
愚神の王は去っても、世界はままならなくて。悲しくて、美しくて、愛しくて。
そうしてこの世界は回ってゆく。
これからも、ずっと。
結果
シナリオ成功度 | 大成功 |
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