本部

【いつか】傍らにいるのは

秋雨

形態
ショート
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
5人 / 0~6人
報酬
無し
相談期間
5日
完成日
2019/03/21 09:03

掲示板

オープニング



 ——これは、“いつか”の物語。
 数多の希望が、数多の勇気が、護り抜いて掴み取った明日のお話。

 いつか、どこかの、遠い未来の記録——。




 ああ、長閑だ。風は春に向けて温かさを増し、花々が少しずつ綻んでいる。桜が咲くのも、きっともうすぐ。
 ベンチに腰掛けて、しかしどこへ焦点を当てるわけでもなく。ただぼんやりと景色を眺めていた四月一日 志恵(az0102)は、耳に入ってきた音へ視線を向けた。
 少女が2人、駆けてくる。1人は小麦色の肌に黒髪をなびかせた少女。志恵の英雄であるシェラザード(az0102hero001)だ。そしてそれを追いかけるように向かってきているのもまた黒髪の、しかしまるで男の子のように髪を短くした少女だった。
「シーエー! 追いかけっこもうやなのー!」
 シェラザードは志恵の下まで来ると、短髪の少女とベンチを挟んで向かい合った。睨み合うこと数秒。少女が右へ行けばシェラザードは反対へ。少女が左へ行けばシェラザードはまた反対へ。
 目を瞬かせた志恵は正面にいた短髪の少女を抱きかかえた。
「わっ!?」
「人を間に挟んで遊ばないの」
「ふふん、しつこく追ってくるからなの!」
「シェルも私を盾にしない」
「……はぁい」
 シェラザードとのやりとりは20年余り前から変わらない。これだけは、と言っても差し支えないかもしれない。

 自らも、周囲も少しずつ、けれど確かに変化を迎えていく。
 腕の中の温もりもその1つ。
「ね、ね。シェルと3人で遊ぼうよ、おかーさん!」
 そう言って少女──志恵の娘はにこりと笑みを浮かべた。

解説

※注意
このシナリオは、リンクブレイブ世界の未来を扱うシナリオです。
シナリオにおける展開は実際にこの世界の未来に存在する出来事として扱われます。
参加するPCはシナリオで設定された年代相応の年齢として描写されます。

※子孫の登場
このシナリオでは、PCの子孫(実子または養子、孫など)を一人だけ追加で登場させることができます。
追加で登場するキャラクターは、PCとして登録されていないキャラクターに限定されます。
子孫の設定は、必ずプレイング内で完結する形で記載してください。


●概要
 『家族』をテーマに20年後のひと時を過ごす

●詳細
 日常フリーアタックです。なにをしても構いません。
 ただし20年後で、家族というテーマは忘れずにお願いします。子孫メインでの描写も可能です。
 親/子について考える、或いは未だ独り身だけれども家族についてふと考えてみる……どんなものでも構いません。

リプレイ


 本日はどうやら、エレナ(aa0996hero002)と娘のカレンが揃って外出していたらしい。帰宅するとすぐさま部屋へ戻った娘を見て、後から入ってきたエレナに炉威(aa0996)は視線を移した。どこに行っていたのだろうと問うと、彼女は小さく笑みを浮かべる。
「うふふ、今日カレンの行く高校の制服を取って参りましたの」
「ああ、そんな時期か」
 『試着している』というエレナの言葉通り、ややあってパタパタと階段を降りる軽やかな音が響いた。2人の元へ来たカレンは制服姿でくるりと回ってみせる。
「着替えたよー! 如何? 似合う?」
「へぇ……高校はブレザーか。個人的には中学ん時のセーラーの方が良かったがね」
 頭からつま先まで見下ろして炉威がそう告げると、途端にカレンは口を尖らせた。ロリコン、変態と叫ぶものの、その眦はすぐへなりと下がる。
「……あんまり、似合ってない……?」
 そこからは『褒めて欲しい、似合ってると言われたい』という思いが透けて見えて──。
「良く似合って、可愛いよ」
「い、いきなり直球で言わないでよ!」
 ──素直に言えば再び眦がつり上がった。
 困ったやつだね、なんて言いながらも炉威の表情に苦笑が浮かぶ。エレナはくすくすと笑って彼の傍へ寄り添った。
「それにしても、炉威様がセーラー服がお好きとは知りませんでしたわ。今度わたくしが着用致しますわ」
「いい歳してそれは無理が有り過ぎるだろ」
「たまにはコスプレも楽しいかも知れないですわ」
 エレナは悪戯っぽく笑い、先ほどのカレンのように軽やかに回る。可憐に翻った服の裾から娘へと視線を戻し、炉威は「今年で16か」と感慨深げに呟いた。……のだが、返された言葉に思わず苦笑いを浮かべる。
 華の女子高生、は良い。良いのだが、その後に続いた言葉は如何せん生々しい。
 けれど母であるエレナは苦笑する素振りも恥ずかしがる素振りも見せず、柔らかく娘へ微笑んだ。
「うふふ。カレンも素敵な方と一緒に慣れると良いですわね」
「ま、女友達でも連れてきてくれたら幸いだね」
 炉威がさらりとそんなことを言うもんだから、
「お父さんのロリコン!」
 すかさず容赦のない言葉が返ってくる。
「だって私、お母さんが16の時に出来た子でしょ? 十分ロリコンの範囲だわ!」
「ロリコンで在ろうとなかろうと、わたくしは構いませんわ」
 カレンの言葉に苦笑いを浮かべ、しかし「まあ」と炉威の視線がエレナへ向けられた。
「良い奴と一緒になれれば……って言うのは賛成だがね」
 勿論、炉威の『良い奴』はエレナだ。けれどカレンは下を向きながらぼそりと呟いてしまう。
 ──お父さんよりイイ人なんて、出会った事無いもん。
 囁くような、本当に小さな声は本人に届かず、傍らにいた母にのみ聞こえたようで。あら、とエレナが楽し気に笑んだ。
「カレンが恋敵だなんて、素敵ですわ」
「……とっ取りあえず、き、着替えてくる!」
 赤面して部屋へ逃げたカレンを見送り、エレナはくすくすと笑いながら小首を傾げる。
「うふふ、何だか不思議なものですわ」
「……? ……なにがだね?」
 不思議なのは、この日常だ。何でもないこの日々だ。
「炉威様と生涯の愛を誓いあって、子供まで居て……」
「婚姻届けを出しただけだがね」
 肩を竦めた炉威は、しかしふと思う。エレナも女性だ。子供まで居て今更だが、女性は結婚式でドレスを着たいものではなかっただろうか。
 それを問うと、エレナは如何でも良い事だと緩く頭を振った。結婚式も、神への誓いも。炉威と共に在れるのならば些末事なのだと。
 そうか、と呟いて炉威は何となしに窓越しの外を眺めた。日差しが差し込み、部屋を暖めている。新緑と花の鮮やかな色が、どこか寂しい印象のあった景色を変えていた。
 春が来るのだと思わせる。麗らかで、穏やかな春が。
「……平和だな」
「そう仰られるのが幸せというモノですわ」
 願わくば、この平和がいつまでも続きますように──。




「「「あ、」」」
 3人の声が見事に被った。
 どうして? と言う視線を向ける芽生に荒木 拓海(aa1049)は「仕事だよ」と告げる。
「誓約相手が急遽必要な英雄が居ると聞いてね、顔合わせに来たんだ」
「そっか、上手く合う人が見つかると良いね」
 英雄は誰かと誓約している限り存在していられる。だが、誓約がなければその限りでないのだ。拓海はそんな消滅を望まぬ英雄と適正者を繋ぐNPO法人を設立して活動していた。
 拓海に「芽生は?」と聞かれると、彼女は思わず視線を泳がせた。
「私は最近の仕事の報告書を……纏めるのが苦手で、」
 溜まっちゃって、という言葉を引き継ぐようにレミア・フォン・W(aa1049hero002)が拓海へ微笑みかけた。
「殆ど……私が纏めてるのよ」
「えーーパパの前でそれを言われたら」
 レミア、と心底困った表情を浮かべる芽生に、拓海はくすりと笑みを浮かべて。
「苦手はあるようだが、仕事は的確とオペレーターが褒めてたよ」
「本当?」
 芽生が途端にぱっと笑顔を浮かべる。
 彼女と拓海に血縁関係はない。しかし5年という長くはない、しかし短くもない時間を過ごした彼らは本物の親子のように互いを想っており──だからこそ、拓海は芽生が心配だった。
 その姿はどこか、仕事が恋人に見えてしまうから。
「この職に就いて後悔はないか?」
 思わずそう問いかければ、芽生はきょとんと拓海を見て「遣り甲斐があるよ」と告げた。
「パパ達に憧れて、誓約したくて「傍に居て」とレミアを強引に口説いて……無理、させたね」
 それでも、今は分かる。今だからこそ分かるのかもしれない。
「私、エージェントに成りたかったんじゃない」
「芽生……?」
「そうじゃなくて、パパ達みたいな人に成りたかった」
 彼女の言葉に拓海は瞠目する。けれど芽生の言葉はそれだけで止まらない。
「レミアを口説いたのは、大好きで誰より仲良い友でありたかったからだって」
 芽生が視線を向けるとレミアも彼女を見つめていて、小さく頷かれる。
 いつだって芽生の視線の先には拓海たちがいて、その背を追いかけていた。さっきだって拓海の口から褒める言葉が出てきて嬉しかったけれど、本当は──。
「オペレーターの言葉じゃなく……パパから見て、私はしっかり仕事が出来てるかな?」
 ──パパの、拓海の言葉で聞きたい。
 真っすぐな視線と問われた言葉に、拓海もまた真剣な眼差しを以って口を開いた。
「今の芽生は丁度、オレが芽生と出会ったくらいの年齢だが……」
 1度切られた言葉の先は、穏やかな笑みと共に続けられた。
「……当時のオレより、余程しっかりしてるよ」
 誰でもない、拓海からの言葉。芽生は心から安堵したように笑みを浮かべた。
「良かった……少し前、レミアにも謝って再誓約したの」
「私は……前のままで良かったのよ。頼まれたからと結べるものじゃ無いでしょう」
 小さく肩を竦めたレミア。芽生はすっきりしたのか「そうだわ」と悪戯気な笑みを浮かべてみせる。
「今度、彼を紹介するね。お父さんに紹介した後だけど」
 思わぬ爆弾発言に拓海が面食らうと、芽生はしてやったりという表情で彼を見た。

 あの頃の拓海たちが助けた少女は、立派な1人のエージェントとなっていた。仕事だけでなく、恋愛でも──きっと他の拓海には見えていないところではもっと、成長しているのだろう。帰ったら英雄や妻に教えなければと思う。
 拓海たちのように成りたかったと言ってくれたことを。嗚呼、それだけで──。
(──オレ達の生き方は、悪くなかったよな)




「ほら、ここが4月からお世話になる所」
「わ、大きい……」
 目を丸くしてH.O.P.E.支部の建物を見上げた息子のレオルにマオ・キムリック(aa3951)は笑みを浮かべた。
(もしかして、私たちもこんな風だったのかな)
 懐かしい日々に思いを馳せていると、息子から依頼の話をねだられる。マオはレイルース(aa3951hero001)と顔を見合わせた。
「……そうだね、向日葵畑で兎型の従魔を倒したり、」
 とレイルースが言えば息子から尊敬の眼差しが向けられる。
「図書館を折り紙で飾ったりもしたよね♪」
「……え?」
 マオの言葉には目をぱちくり。不思議そうなレオルと、明日は件の図書館に行こうかと約束した。
 長いとは言えない時間だが、できるだけ息子を東京に慣れさせたい。そのためにも、そしてマオとレイルースも久々の東京という事もあって、懐かしい場所を見て回るのだ。
「あ、荒木さん! お久しぶりです」
 H.O.P.E.に入ると早速懐かしい顔を見る。どうやら彼は仕事で訪れたようで、今日は良く知人と会うと笑っていた。
「マオちゃんもすっかり、一児の母だね」
「レ、レオルです……よろしく、お願いします」
 マオの後ろに隠れ、しかし小さく頭を下げて挨拶する。よろしくね、という言葉に含まれた見えぬ所──滲む人柄と言うべきか──で、レオルは母の言う通り優しい人なのだと思った。そしてきっと、頼りになるのだろうとも。
 次の日には図書館へ向かう。道すがら、賑わう通りにレオルは興味津々。耳は周囲の音を漏らさまいと真っ直ぐ立ち、尻尾は興味の矛先を示すようにあっちへゆらゆら、こっちへゆらゆら。
 レイルースは息子を視界に収めつつも、景色を見て目を細めた。
「……懐かしいね、全然変わってない」
「うん。あの時のままみたい」
 たどり着いた建物の扉を開けると、本特有の匂いが3人を包み込む。カウンターの中にいた司書はマオたちを見て、「あら!」とすぐ目を輝かせた。
「あ、司書さん!」
 笑みを浮かべるマオに反し、レオルはぱっと両親の背へ隠れてしまう。レイルースはそっと息子を自分たちの前へ誘導した。
「隠れてないで……挨拶」
 拓海とは隠れてでも挨拶できたのだから、次は隠れずに挨拶できるようにならなければ。
 たどたどしくも挨拶を交わし、レオルはマオたちに連れられて図書館を見回る。見た事もない様な蔵書数にレオルの瞳がきらきらと輝いた。
「本が沢山……!」
「ふふ、本を読めば何でも分かるんだよ」
 この本とか、と手に取ったのは少し古びた本。状態が良いのは司書の手入れの賜物か。
「これで、わたしはサンタさんを知ったんだから!」
 ──そう、未だに彼女はサンタを信じている。そういう目をしていた。
「サンタなんていな──」
「……余計な事は言わない」
 レオルが思わず口走りかけた言葉はレイルースによって物理的に塞がれ、にこりと浮かべられた笑みに只々頷く。
 母が真実を知らない原因の一端は、恐らく父だろう。
 そんな風に各所を回り、あっという間に別れの時がやってきてしまう。
「帰るけど……大丈夫?」
 うん、と小さく首肯するレオル。しかしそれが強がりであることは明らかだった。
 ふとレオルの耳に羽ばたきが聞こえ、顔を上げる。いつも父にくっついている──話では20年以上前からいるという──青い鳥ことソラさんが周囲をぐるぐると飛び回っているではないか。
「……ソラさんも残るって」
 一旦レイルースの手に止まったソラさんは、レオルの肩に近づけられると躊躇いなく飛び乗った。その様子にレオルの表情が少し和らぐ。
「そっか……よろしくね、ソラさん」
「困ったらいつでも連絡していいんだからね」
 涙目になって言い募ったマオは「マオ、大丈夫だから」とレイルースに肩を抱かれて息子と別れる。レオルも大丈夫だよ、と最後は笑顔で言ってくれたけれど──心配せずにいられないのが母親だ。
「……平気だよね?」
「大丈夫、頼りになる人は沢山いる……それに、俺達の自慢の子だから」
 ──2人が故郷の村へ戻り、春が来て。この時の心配が夢だったかのように、レオルからの元気で楽し気な近況報告が楽しみとなるまで、もう暫し。




 それは、微笑を湛える愚神だった。
 それは、異世界の住人であり邪英化した英雄の成れの果てだった。
 それは、武器を向けられても抵抗する様子を見せる事はなかった。
 それは、当事者だけが顛末を知る記憶であった。

 ──それは、ようやく小宮 雅春(aa4756)が知った真相だった。


 少し時を遡る。あれは雅春が三十路を迎える前のことだった。
 王との戦いが終わり、英雄との繋がりが残り。しかし英雄のためにも、自分の為にも雅春は1つのけじめをつけなければいけなかった。
 Jennifer(aa4756hero001)。それは雅春の英雄が覚えていたものの1つ、英雄自らの名。けれどその名前とその姿に、雅春はいなくなってしまった「ジェニー」を重ね見たのかもしれない。少なくとも、誓約当初に「彼女"には"消えて欲しくない」と思った。ジェニーに全く関係が無いと言えば嘘になってしまうだろう。
 けじめをつける必要があるのは、そのジェニーに関してだった。
 木偶人形を雅春に渡したその女性は果たして本当に存在したのか。ならば何者だったのか。知らぬまま、空想の友達であったと思い続けることはできなかった。
 そうして知り得た、ジェニーの真実。木偶人形を幼い雅春に渡した彼女が、あの時点で邪英化していたのか定かではない。けれどあの後には確実にジェニーは邪英化し、愚神に怨恨を抱く者の手で無惨に殺されたのだ。
 教えられた場所へJenniferを連れて赴いた。ジェニーが命を散らした場所。彼女の終着点。目に見える痕跡はとうに無く、彼女のライヴスは残ってやしないかと深呼吸をして目を瞑った。
 背後から静かに、けれど確かに向けられている視線がある。Jenniferだ。
 ここに来るまで雅春は酷く悩んだ。ジェニーもJenniferも雅春にとってはどちらもかけがえのない、等しく尊ぶべき存在だったから。
 けれど、ジェニーを想い続けるのならば──想い続けるだけ、Jennifer自身を否定することになるのだ。
 だからこれでジェニーを想い続けるのは最後にしよう。すぐ気持ちを切り替える事は難しい。それでも過去を、後ろをもう振り向かないように。
「バイバイ『ジェニー』」
 いつかまた、どこかで。
 人形がジェニーの元へ還れるよう祈りながら、雅春は木偶人形を供養に出した。そしてJenniferに謝る。気持ちが追い付くまでもう少し待っていてくれと。ジェニーの存在が、懐かしい過去になるまで──。


 Jenniferに名を呼ばれ、雅春ははっと現実へ引き戻された。どうやらうたた寝をしていたようである。
 彼女は今も変わらず、彼の英雄だ。そして出会った頃の姿であることも変わらない。雅春は──髪も短くし、すっかり『休日のお父さん』感は増した。エージェントとしても戦いに出る事は基本的にない。
 夢の内容からか、昔交わした誓約の内容を思い出して雅春は小さく笑みを浮かべた。再び呼ばれた声には怪訝そうな色が含まれている。
「いや、僕たちの誓約さ。長生きしなくちゃね、と思って」
 英雄は誓約によって存在することができる。そう考えれば、雅春が死ぬまでと捉えるの方が実質的だった。
 Jenniferは子供を産むことができないが、雅春は今傍らにいる人たちとの時間を大切に出来れば良いと思っている。だから彼女が望まない限りは養子などもとらず、2人きり。
 どちらかが死ぬまで添い遂げるのだ。




 20年ほど前、ミラン・M・アイナット(aa4968hero001)は冬上 圭衣(aa4968)と共にエージェントとして戦っていた。けれどもそれは以前の話で──今は、二児の母であり、モデルの1人だった。
 お洒落な服を纏い、カフェで待ち合わせするミランの元へ始めにやってきたのは上の娘、杏。話せる人間がやってきて開口一番、
「今日は男装しなくてよかったかな……?」
 なんて聞くものだから、杏は思わず呆れを滲ませた。
「お母さん、今日は男装却下で……もう。若いからいいけどさ?」
 肩を竦めた彼女は子供のころから女優として活動し、大学生となった今でも続けている。隠されたカメラがあると知っていても自然体なのは、経験の賜物だろう。
 そう、このカフェにはカメラがある。さらに言えば今日1日はカメラが付いて回る。ミランが今請け負っているのは『家族の1日に密着』という仕事内容なのだ。
 来るのはあと2人。母子でお茶をしながら待っていると、急いでカフェへ入ってきた影が。下の娘であり、杏の妹である柚だ。
「ごめん、遅くなった!」
 柚が謝りながら母を娘同士で挟むように座ると、2人の非難は遅れてゆったりと入ってきた御剣 正宗(aa5043)へ飛ぶ。こういう時父が叱られる傾向にあるのは、女の方が強いからだろうか。
 少しカフェでのんびりした4人はショッピングへ。顔立ちが整った家族に、それを追いかけるカメラ。人々の目を引くのは仕方ないと言えよう。とは言え、男装モデルに女優。そんな家族を持つ妹と父も大した動揺を見せる事は無い。
 服屋へ入るとやはり飛んでくる視線。店員が4人の元へ付き、アドバイスをしながら服の提案をしてくれる。あれが可愛い、これいいな、なんて女同士で盛り上がってしまうのは必然で。しかし3人を後ろから眺めていた正宗も「どんな服が似合うと思う?」なんて聞かれて話の輪に入ることに。
 この場において男性の意見は重要だし──何より、ファッションデザイナーである彼の意見なら期待できるというもの。
 次は何処へ行こうか、という話題に「はい!」と手を上げたのは柚だった。
「高校で絵を描くから、デッサン用具一式が欲しいの!」
「じゃあ、画材専門店かな」
 店へ向かうも、ここは名前の通り専門店である。何が良いなどわかるはずもなく、早々に店員へ話を聞いて選んだ。
「杏、何か欲しい物でもある……?」
 ふと熱心に何かを眺めている杏へミランの視線が留まる。杏は母の顔を見ると「これがね、」と1つを手で摘まんだ。
「……マスキングテープ?」
「そう。色々な種類があるでしょ? 画材のお店だとこんなにあるんだね」
 2つの棚に分けられて置かれたマスキングテープは色も柄も様々で、心がどことなく浮き立つ。見ているだけで楽しいというやつだ。
「──どれが欲しいんだ?」
「わ、……お父さん。これが可愛いなって思ったの」
 後ろから覗き込んできた正宗に驚きつつも、杏は1つのマスキングテープを指差した。だってさ、と言うように正宗が視線を向けるとミランが1つ頷く。
「いつも手伝ってくれてるし、買ってあげるよ」
「え、でも」
「杏も何かと忙しいからな……他にも欲しい物があれば、俺が買ってやるが……」
「お父さんも!? ど、どうしようかな……」
「デッサン用具買ってきたよー!」
 一時賑わう店内。杏の欲しい物も購入すると、一同は再び場を変えた。ミランに要望により、化粧品売り場である。
 男装メイクに必要なものを揃えるミランに杏はおずおずと声をかけた。
「お母さん。あのね……メイクの指導とかしてもらえないかな?」
 勿論、と頷いたミランは店員にメイク道具を借りても良いかと確認する。どうぞと出されたセットを受け取り、手本を見せるミランの姿を柚と正宗はやや遠目から眺めていた。
「……? パパ?」
 柚が首を傾げたのは正宗が見ていたからだった。いや、と正宗はミランたちの方を見て小さく目を細める。
「みんなも頑張っているみたいだな、と……俺も頑張らないとな……」
 先ほど視線を注いでいたのは柚が腕に抱えていた、デッサンの用具だった。ミランも、杏も、柚も。皆が何かしら頑張ろうとする姿を見て、正宗も頑張らねばと思わされる。
「パパはいつも頑張っていると思うよ!」
 笑顔でそう言ってくれる娘に微笑みを返す。そう思われているのなら、そのイメージを壊さないようこれからも頑張ろう。
 ミランと杏の方の用事が終わったようで、あっという間に日が暮れようとしていた。4人が料理屋へ足を運ぶと、隠れ家的な場所であるからか落ち着いた雰囲気で店内へ案内される。
 出産の時、若い時。仕事や学校が大変な事や、最近の客足が良い事。家族でも普段話さない事は沢山あって、デザートを食べ終わるまで驚くくらい話は切れなかった。

 撮影が終了し、4人が車へ乗り込んだ時のことだった。
「お母さん、その袋は?」
 杏が助手席にいるミランの手元を見る。ミランは3人の顔を順に見て、「皆へのプレゼントだよ」と胸の前に掲げてみせた。
 杏には仕事でも使える綺麗めなブラウス。柚には制服の上からでも着られるカーディガン。正宗には銀の羽根付き髪飾りを。
 娘たちがきゃいきゃいとはしゃぐ中、運転席に座っていた正宗が徐に小箱をミランへ差し出す。彼女は目を丸くして正宗を見つめた。
 小箱を開いて出てきたのはネックレス。いつの間に買ってきたのだろう。
「皆、これからもずっと幸せで過ごそうな……」
 後ろに座る娘たちにも聞こえるよう告げた正宗。勿論! と娘たちが返す中、ミランは笑みを零しながら思わずにはいられない。
 嗚呼。隠した手紙、早く読んでくれないかな──なんて。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 解れた絆を断ち切る者
    炉威aa0996
    人間|18才|男性|攻撃
  • 白く染まる世界の中に
    エレナaa0996hero002
    英雄|11才|女性|ジャ
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 未来を導き得る者
    メリッサ インガルズaa1049hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 希望の守り人
    マオ・キムリックaa3951
    獣人|17才|女性|回避
  • 絶望を越えた絆
    レイルースaa3951hero001
    英雄|21才|男性|シャド
  • やさしさの光
    小宮 雅春aa4756
    人間|24才|男性|生命
  • お人形ごっこ
    Jenniferaa4756hero001
    英雄|26才|女性|バト
  • ひとひらの想い
    冬上 圭衣aa4968
    獣人|19才|?|攻撃
  • 久遠ヶ原学園の英雄
    ミラン・M・アイナットaa4968hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
  • 愛するべき人の為の灯火
    御剣 正宗aa5043
    人間|22才|?|攻撃



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