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【いつか】作戦コード『エクソダス』
掲示板
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鰐退治
最終発言2019/02/22 15:44:49 -
質問卓
最終発言2019/02/21 19:46:01 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2019/02/20 20:07:53
オープニング
●塔の姫君
リオベルデ郊外、荒野の丘陵。その一角に、大きな屋敷が建っていた。かつてこの国の政治屋が別荘として建てたというこの邸宅が、今のイザベラ・クレイの世界そのものであった。
「……」
イザベラは紅茶を啜りながら新聞を捲る。新生H.O.P.E.の動向、各地の経済協力関係の強化などが紙面にまとめられていた。彼女は一言一句具に目を通し、口端へ僅かに笑みを浮かべる。
「日々是平穏なり、か」
新聞を畳むと、デスクの脇に放って伸びをした。そのまま椅子を転がし、鉄格子に阻まれた狭い景色を見つめる。
書斎だけでも何平米もあるこの邸宅は、収監場所としては随分豪華に見えるだろう。しかし、どんな窓や扉にも必ず鉄格子が嵌められ、屋敷を行き交うのが使用人ではなく看守となれば、ここも立派な監獄なのであった。この歳になってラプンツェルか。ここにやってきた時、イザベラはそうぼやいた。
溜め息をついた彼女は、デスクの上のクッキーを摘んだ。拘禁された身とはいえ、一切外出が出来ない以外、暮らしには不自由しないよう取り計らわれている。激動の5年を駆け抜けてきた彼女にとっては、退屈なほどであるが。
(確かに、この罰は一番効くものだな)
心の中で呟いていると、不意に扉が三度叩かれる。肩を竦めると、彼女は立ち上がって声を張り上げた。
「入ってくれ。ノックなど必要あるまい」
扉が開く。看守とともに中へ足を踏み入れたのは、眉を決した一人の少女。彼女を見た途端、イザベラは顔を歪めて俯く。
「フィオナ」
一方、スーツを着込んだ彼女は柔らかく微笑んでみせた。
「1ヶ月、何もせずに過ごした気分はいかがです?」
「そうだな……これが全く最悪だ。立ち枯れしていく木にでもなったような気分だよ」
イザベラはどさりと椅子に腰を下ろす。
「でしょうね。貴女は、仕事を何もさせないのが一番応えると思ったので」
デスクの前に立ち、フィオナはじっと彼女を見下ろす。
「貴女のした事は、許せるものではないと思います」
「だろうな」
「ですが、貴女の目を見ればわかります。何よりも貴女自身が、貴女を『赦して』いないのだと」
イザベラ達の去ったリオ・ベルデに返り咲き、フィオナ達は知った。どれほどの葛藤と危機の中で彼女がリオ・ベルデの舵を取り続けていたのかを。
「先日、EUに対し、我が国から輸出するトウモロコシと綿製品について、関税を撤廃する事で合意を取り付けました」
「随分早く纏まったんだな。どんなマジックだ」
「もちろん、何の条件もつけなかった訳ではありません。彼らにとって、喉から手が出るほど欲しいモノをこっそりチラつかせてあげたんです。私たちも今や政治の表舞台。強かにやりませんとね」
フィオナは一旦言葉を切ると、看守に目配せする。彼らが見張りへ出たのを確かめ、彼女は懐から封筒を一つ取り出した。
「クレイ中尉。貴女に命令があります。作戦コードは『エクソダス』」
カバンの中からもう一つ、彼女はボイスチェンジャーを取り出した。
「私は貴女を許しません。でも信じます。この国に愚神が現れた時、誰よりも先に駆けつけてくれた貴女の事を。私達を思う気持ちは、本物であるという事を」
「今一度、その力を私達に貸してください」
●Codename: Lazarus
君達はブラジルからの要請を受け、出現したイントルージョナーを排除すべくサトウキビ畑を進んでいた。
[今回のターゲットは、旧基準では恐らくケントゥリオ級に属する程度と思われます。また、その周囲にはそれが操っていると思われる小型のイントルージョナーも徘徊しております。くれぐれも注意してください]
低い咆哮が響き、サトウキビがぐらりと揺れる。既に近くまで来ていたらしい。君達は武器を抜き、慎重に畑を進む。
[また、今回の戦いではフリーランスのエージェントが既に一人先行しております。適宜協力してこれを撃破してください]
サトウキビが軋み、折れる音が響く。敵もこちらに気が付いていたらしい。地面を揺らしながら、ずんずんと此方へ踏み込んできた。茎を掻き分け、ワニにも似たその大口を開いて飛び込んで来る。君達は一斉に飛び退き、その一撃を躱した。
太い腕に胴体で畑を薙ぎ倒しながら、ワニは方向転換して君達を睨む。更に、君達を取り囲むように次々と小型のワニが飛び出してきた。
[伏せろ]
刹那、どこからともなく声が飛んでくる。深紅の光を曳いた弾丸が、イントルージョナーの身体を撃ち抜いた。振り返ると、見張り台に立った一人のスナイパーが目に留まる。
[フリーエージェントのラザロだ。これより援軍に入る]
顔をフルフェイスのヘルメットで覆い隠した“彼”は、静かに次弾を装填した。
解説
目標 ワニ型のイントルージョナーを撃破する
ENEMY
☆アリゲーター(大1、小10)
ワニ型の巨大なイントルージョナー。というか多分異世界のワニ。
●ステータス
攻撃偏重。脅威度は大がケントゥリオ級、小がデクリオ級程度。
●スキル
・バイト
単なる噛みつき攻撃。[近接物理。単体対象]
・クロスチャージ
小型が次々襲い掛かり、最後に大型が突進する連携攻撃。[指定Sqを中心に範囲2。残敵数だけ攻撃する]
FIELD
☆サトウキビ畑
背の高いサトウキビが並ぶ畑。
→戦闘区域は50×50sqほど。ただし既に接敵した状態で始まっている。
→茎が堅く、移動は常に制限される。ただし、大型ワニが通過したsqは茎が倒され移動の制限がなくなる。
NPC
☆ラザロ
彗星のように現れた凄腕のフリーランスエージェント。その狙撃の腕は世界一という噂も。
●ステータス
命中ジャックポット(85/50)
●スキル
テレポートショット/トリオ/弱点看破
弾道思考/狙撃師
TIPS
・“作戦コード”依頼に参加していたPCはラザロの射撃姿勢に見覚えがある。
・ワニがサトウキビを薙ぎ倒す程戦いやすくなるが、評価は若干落ちる。
・ラザロの正体は次回のシナリオで明らかになる。
リプレイ
●顎踏んじゃった
ワニがゴロゴロと叫ぶ。大口をがばりと開いて、勢い良く突っ込んできた。泉 杏樹(aa0045)は盾を構え、巨大な牙を盾でどうにか受け止める。
「イントルージョナー、ですか。初めて、戦いますが、だいじょぶかな?」
『お嬢様でしたら、問題ないかと』
王との戦いも真正面から切り抜けたのだ。今更ワニの駆除ごときで苦労する事も無い。榊 守(aa0045hero001)も太鼓判を押した。大ワニはさらに杏樹へと詰め寄ってくる。杏樹は下がらない。畑を広く使っては、守りに来た意味がない。彼女は盾を背負って薙刀を突き出し、上顎を無理矢理突き上げる。仰け反ってバランスを崩したワニは、その場で横ざまにごろりと転がった。
「杏樹が、大きなワニを抑える、です。その間に、小さいの、倒すの、お願いします。……貴方に、背中を、任せます」
[承知した]
微かな銃声が響く。一直線に駆け抜けた銃弾が、杏樹の背後に迫る一匹の小ワニを撃ち抜いた。大ワニが再び吼えると、小ワニはぞろぞろと動き始めた。それらは目の前で群れ集まっていく。月鏡 由利菜(aa0873)はフロッティを正眼に構えて対峙した。どちらも地球上では見たことのない色合いだ。背中には棘まで生えている。
『あれが、イントルージョナーか……初めて見るな』
「この状況で不謹慎だとは思うのですが……異界にはまだ未知の存在や世界があると知ると、心が躍ってしまいます」
戦いに一区切りをつけた由利菜は、気持ちを改め、これまで遠ざけていた境界研究に再び着手しようと心に決めていた。トラウマは未だあれど、開かれた智慧への扉が彼女を惹きつけてやまないのだ。
『……気持ちは分かる。だが作戦遂行が優先だぞ、ユリナ』
「ええ、分かっています」
リーヴスラシル(aa0873hero001)の言葉に頷く。ワニが円形に隊列を組み、次々とエージェント達に突っ込んできた。由利菜は右へ左へ飛んで躱し、通信機を起動する。
「ラザロさん、ですね? こちらはH.O.P.E.のエージェント、月鏡由利菜。よろしくお願い致します」
『ラザロ殿、私はユリナの従者のリーヴスラシル。よろしく頼む』
[君達があの月鏡由利菜にリーヴスラシルか。H.O.P.E.でも有数のエージェントであると記憶している。健闘に期待しよう]
聞こえてくるのは冷静な青年の声。由利菜は唇を結び、剣を構える。
「了解しました。支援射撃をよろしくお願いします」
三体の小ワニが次々由利菜を取り囲む。無事なサトウキビとの間合いを確かめ、彼女は静かに刀礼を行った。刃にライヴスが注ぎ込まれていく。
『愚神や従魔でなくても、この世界を脅かす敵であれば戦うまで』
「舞え、セラフィムの羽根! セラフィック・ディバイダー!」
彼女は一息で剣を振り抜く。ライヴスが深紅の羽根となって舞い、周囲のワニを纏めて切り裂いた。吹っ飛び、ひっくり返る小ワニの群れ。眼にしたワニは、標的を由利菜に定めようとした。
「させ、ません」
杏樹は素早く駆け寄り、盾で再び突進を受け止める。体重差に押し負け、杏樹は思わず後ろへ一歩、二歩とよろよろ後退りする。ワニはさらに彼女を追い詰めようとしたが、その脇腹を目掛けて黒い火焔球が突き刺さる。
ワニはぎょろりと眼を動かす。八朔 カゲリ(aa0098)は、黒く燃え盛る剣を構えてワニへぴたりと狙いを定めていた。
咄嗟に向きを変え、ワニはその大口を開く。影俐は背後へと飛び退き、その一撃をやり過ごした。大顎が閉じられた瞬間に、何かが破裂するような甲高い音が響く。しかし影俐は眉一つ動かさず、その隙に間合いを詰め、燃え盛る黒焔をワニの鱗に叩きつけた。タイヤが燃えるような酷い臭いと共に、ワニは苦悶の声を上げる。
それを見て取った赤城 龍哉(aa0090)は、剣の柄を叩き、カートリッジを装填させる。
「堅い鱗を無理矢理ぶった切るよりは、やっぱり中の肉に直接ダメージをやった方が良いか。その辺はイントルージョナーでも変わらないな」
一気に懐へ飛び込むと、ワニが口を開く隙も与えず、鋭い袈裟切りでワニの前脚に一撃を見舞った。ワニは苦悶の声と共に縮こまった。会心の一撃であったが、龍哉は妙な顔だ。
「……やっぱりイントルージョナーって長くねえか」
『略称の設定を会長に掛け合いましょう。Intrusionですから、Itsとか』
「普通の代名詞と被ってんじゃねえか。却下だ却下」
ヴァルトラウテ(aa0090hero001)と軽い漫才を繰り広げながら、龍哉は飛び掛かってくる小型のワニに向かって、カウンターで刃を振り抜いた。顎からすっぱりと斬りつけ、二枚下ろし――とまではいかなかったが、見張り台から飛んできた弾丸が千切れかけた胴体を木っ端微塵にした。
龍哉は見張り台をちらりと見遣る。狙撃手は淡々と次弾を装填し、再び構えを取っていた。顔はマスクで覆い隠しているが、その背格好、銃の構えを龍哉は知っていた。
「それにしても……アレで誤魔化したつもりかよ」
『GLAIVEの兵士が被った精神的障害は王の撃破によって改善されたと聞きましたが……収監が決まってから一か月ですのに。一体何が……』
杏樹も二人の呟きを聞き、その視線を追いかける。激しく動き回る小ワニを、『彼』は苦も無く撃ち抜いていた。
「一体、どんな方……なのでしょう」
『いずれわかるでしょう。今は戦いに集中してくださいませ』
そう言いつつも、守は既に知っていた。兵士としての勘は、今でも衰えてはいない。杏樹は盾を構えると、大ワニの突進を真っ向から押さえつけた。
迫間 央(aa1445)は、上空を舞う鷹を通してそんな戦いを俯瞰し続けている。畑の被害をこれ以上広げないよう、仲間達は何とか踏み止まっている。
「ライヴスで実体化している愚神とは多少勝手が違うか」
『生物である。という時点で別物だものね。単純に生命力が高いというだけで脅威になるわ』
マイヤ 迫間 サーア(aa1445hero001)の呟きに、央は難しい顔をする。
「それだけなら、まあまだ問題無いんだが」
愚神は死んでもライヴスを撒き散らすだけだが、これからは体液と共に未知の毒素や細菌をばら撒いてくる生物が出てくるかもしれない。お役所仕事が増えそうだ。そう思うと、今から少し頭が痛くなってくる。とはいえ今は戦場。彼は首を振り、愛用の剣を掲げた。
「まあいい。片付けるか」
柄を握りしめると、その場で素早く身体を翻す。横倒しにされたサトウキビの隙間から次々蒼い薔薇の花弁が飛び出し、周囲のワニ達に纏わりつく。眼を塞がれたそれらはその場で足を止め、バタバタ頭を振って何とか逃れようとしていた。
「横薙ぎの攻撃でなければ、そうそう畑に被害を出さずともやれるはずだ」
言いつつ、央は自らも右掌から放つ光線で小ワニを足止めする。大ワニは吼えると、バタバタと這いずり央へ突進を仕掛けてきた。央は空高く跳び上がって躱す。ワニは鋭く方向転換したが、その尻尾が後ろのサトウキビ畑に直撃し、茎が次々薙ぎ倒される。
「……にしても、急ぐだけ急いだほうが良さそうだな」
央は眉間に皺を寄せると、ワニの口の上に乗り上がった。ワニは再び口を開こうともがくが、その力は弱い。央が全体重をかけるだけでも一ミリたりと動かなかった。ワニが動き出す前に、央はその背中を軽やかに踏み越え、その背後へと回り込んだ。
大ワニを相手取り、仲間達が大立ち回りを演じる中、ヴァイオレット メタボリック(aa0584)はサトウキビの陰に隠れて槍を構えていた。普段の老体も、ノエル メタボリック(aa0584hero001)と共鳴してしまえば若々しさを取り戻す。身をぴたりと伏せ、切っ先を小ワニへと向けていた。
【迷い込んだだけの可能性もあるとはいえ……放っておけば損害を増やすだけですね】
杏樹の背中を狙おうとして蠢く小ワニ。目の前に迫った瞬間、ヴィオは素早く槍を突き出した。穂先が脇腹に突き刺さり、緑色の体液が飛び散る。横倒しになったサトウキビの上に溢れだし、その茎を鮮やかに染めた。
伏兵に気付いた小ワニは、素早く振り返ってヴィオに狙いを定める。ヴィオは素早く飛び出すと、遠くのワニに向かって狙いを定めた。
【投擲します】
素早く言い放ち、彼女は槍を擲つ。小ワニの脳天に槍が突き刺さり、脳漿が飛び散った。そのままヴィオはサトウキビの狭間から飛び出し、戦場を一気に駆け抜ける。素早く槍を拾い上げ、彼女は再びサトウキビの狭間へと潜り込んだ。
緑色の血潮が溢れ、サトウキビの畑には似合わない沼臭さが辺りを満たす。アークトゥルス(aa4682hero001)は顔を顰めつつ、周囲を見渡した。小ワニの数は、ようやく半分ほど減ったところだった。
「大分減ってますけど……まだまだ数は多いっすね」
『見通しも効かない、足場も悪いと悪条件は多いが、良い結果を目指すとしよう』
小さなワニが喉を鳴らし、体長の半分ほどもある巨大な口を開いて飛び掛かってくる。アークはその飛び掛かりをギリギリまで引き付け、ライヴスを纏わせた刃を真っ向から叩きつけた。上顎が真っ二つに折れ、そのまま畑に墜落した。ひっくり返ったまま、ぶるぶると震えている。ちらりと一瞥したアークは、君島 耿太郎(aa4682)に尋ねる。
『耿太郎。少し自分で戦ってみるか』
「……了解っす」
耿太郎は自らの意識で剣の柄を握りしめる。その容姿も、アークのそれから耿太郎のそれへと変化した。剣の稽古はアークに何度もつけて貰っている。いよいよ実戦での訓練だ。
「行くっすよ!」
刃を担ぐと、飛び掛かって来たワニに向かって、逆袈裟に刃を振り下ろした。空中で刃を叩きつけられた小ワニは、鈍い呻き声を上げた。
喉の奥から唸り声を発すると、巨大なワニは影俐に向かって突進を仕掛けてくる。彼は脇に飛び退いて一撃を躱すと、跳び上がってワニの口を踏みつける。サイズ感は規格外だが、顎を押さえてしまえば、いくら大きかろうと仕方ないらしい。
『さてさて。いや、これはつまらんな』
ナラカ(aa0098hero001)は幻想蝶の奥から嘆息する。足元でバタバタしているのは少し鱗が堅いだけの獣であった。知性的な行動は毛ほども確認できない。影俐は頷くと、ワニの頭に向かって剣を振り下ろす。
「……ただの害獣駆除だからな」
ワニは身を捻った。影俐は跳び上がり、再び敵から間合いを取り直す。彼方から銃弾が駆け抜け、背後から影俐に飛び掛かろうとしていた小ワニの顎が撃ち抜かれた。影俐は咄嗟に振り返り、胸を貫く。
影俐は静かに彼方を見つめる。狙撃手は相変わらず淡々としていた。
『ふむ……“らざろ”。“らざろ”か』
数度の邂逅に過ぎなかったが、ナラカもその狙撃手の正体には気付いていた。
『基督教に曰く、その名は復活の象徴として刻まれていると言うな』
「……今は死んでいるが、いつかは蘇る……という事か」
見張り台から銃弾が飛ぶ。最後の小ワニが、その心臓を撃ち抜かれた。残るは大ワニだけである。再び薙刀を手に取った杏樹は、頭上で刃を振るって霊力を纏わせ、素早く敵の間合いへと踏み込んだ。
「このまま、ワニさんを、倒しますよ!」
ワニが口を開いた瞬間、素早く刃を振り抜く。ワニの舌が裂け、緑色の血が溢れた。龍哉も一足飛びで間合いへ飛び込む。舌を切られたワニは、腹這いになって太い尻尾を振り抜こうとした。
「そうは行かせねえ。畑荒らしはこれで仕舞いだ!」
叫ぶと、龍哉は渾身の力で大剣を振り抜く。黄金に輝く刃が堅い鱗を砕き、骨まで食い込んだ。龍哉はそのまま、刃を返してワニを仰向けにひっくり返した。ワニの柔らかい腹が露わとなる。
その瞬間を見逃さず、央が飛び掛かった。剣を逆手に握り、ワニの喉元に刃を突き立てる。血が脈々と溢れ、その動きが鈍っていく。
『何というか、張り合いがない相手ね』
「他所の世界では一般的な生物なんだろう。……だからって危険な外来生物を放っておくわけにはいかないけどな」
エージェント達の集中攻撃でワニは息も絶え絶えである。龍哉は大剣を肩に担ぐと、その頭へと狙いを定めた。
「悪いがそういう事だ。じゃあな」
力強く踏み込み、その首筋に向かって刃を叩きつける。一度、二度、三度。巨大な頭が切り落とされ、遂にワニはぴくりとも動かなくなった。
●復活の刻は
戦いが終わったサトウキビ畑。ヴィオとノエルは共鳴を解き、真っ先に畑の保全に回っていた。飛び散った血で薙ぎ倒されたサトウキビは大抵ダメになっていたが、無事そうなものは何とか掻き集めていく。
「こうしていると、どうにも懐かしい気分になってくるだな」
ヴィオは腰を叩きながら呟く。その記憶も作られたものではあるのだが。思わずヴィオは首を傾げる。
「しかし、畑仕事なんてしたことあるような気がしねえだが」
『ヴィオ、どっちの記憶もお主の一部には違いねえべ。あんまり深い事考えるもんでねえだよ』
ノエルはすかさず首を振ってみせた。これ以上相方が混乱してしまっても始末が付かない。ヴィオは怪訝そうな眼をしていたが、どうやら疑問を呑み込む事にしたらしい。
「確かに、姉様の言う通りかもしれねえだな」
ぶつぶつと呟きながら、倒れたサトウキビを山のように積み重ねていく。ノエルは鼻を鳴らすと、自らものったりと仕事に取り掛かるのだった。
愚神と違って、闖入者は死骸がはっきり残る。やってきたH.O.P.E.職員が、次々と屍肉を抱えてトラックの中に放り投げていく。由利菜はじっとその光景を見つめていた。
「感謝する。君達と協調して作戦に当たれた事は僥倖であった」
そこへ、ラザロがつかつかとやってくる。その名前に、プロテスタントの由利菜ははっきり思うところがあった。神妙な顔をして、彼女は尋ねる。
「ラザロさん、あなたは一体……何者なのです?」
「クライアントとの契約でな、素性は極秘としている。悪いがそれを明かすことは出来ない」
ラザロはにべもなく応えた。由利菜は小さく肩を落とす。
「ふむ……」
『由利菜……恐らく、一連の作戦に関わった者達の方が詳しいだろう』
言われた由利菜ははっとする。しかし、これ以上無理に問い詰める事も出来なかった。そうしているうちに、今度はラザロが首を傾げた。
「共鳴は解かんのか」
「ええと、それは……」
彼女達の身に起きている事は、由利菜にも上手く説明が出来ない。
「まあ、私が言えた義理ではないな。すまん」
からりと笑う。その表情は窺い知れない。龍哉もラザロの下へ歩み寄り、そのヘルメットを覗き込んだ。
「あんたの噂はH.O.P.E.の方にも聞こえてたぜ、ラザロ。実銃もAGWも使いこなして既に各地で活躍しているそうだが」
「それは光栄だ。君達のような者達にも覚えが良いとは」
ラザロは不遜に言い放つ。生意気な兵士を気取っているのだろう。しかし龍哉にしてみればすっとぼけているようにしか聞こえない。
「ヘルメットくらい外せ……と言いたいとこだが、このご時世でH.O.P.E.に入らず活動しているって事は、それなりの抜き差しならない事情があるんだろ。だからそれは良いが……でも次は無いぜ?」
『頑張られるのは結構ですが、くれぐれもお気をつけくださいませ』
その言葉には様々な意味が込められていた。それを知ってか知らずか、ラザロは小さく肩を竦めた。
「御忠告に感謝しよう。……そもそも、一介の銃士に出来る事など大したものではないさ。厄介払いをしてくれと言われたら、やる。それだけの事だよ」
「ならいいが」
「では失礼する」
ラザロはぺこりと頭を下げると、ライフルケースを担ぎ、白いコートを翻して立ち去ろうとする。ヴィオは腰を叩きながら身を起こし、その背中に向かって尋ねる。
「ラザロよ。悪いが、このサトウキビをトラックまで運び出すのを手伝ってくれんか」
『どうだべな? ついでにやらんか?』
ノエルも尋ねる。ラザロは足を止めて振り返った。しかしライフルケースは下ろさない。コートの袖を引き、これ見よがしに腕時計を二人へ見せた。
「それは私の仕事の内には含まれていない故、お断りする。私にも次の仕事があるのだ」
「全く忙しい奴じゃのう」
真っ向から断られると、少し口惜しい気分になる。麦藁帽子とベールの向こうで口を尖らせていたが、ノエルはそんな老婆の背中を軽く叩いた。
『文句を言っても仕方ないだ。それじゃあ仕方ねえ。頑張ってくるだよ』
「申し訳ない」
ラザロは再び踵を返して歩き出した。
『……待ってくれ』
守は畦道の彼方へ消えようとしていたラザロの背中を呼び止める。彼は駆け寄ると、ラザロにスキットルボトルを突き出す。
『改めて名乗ろう。榊守だ。ひと段落したら、一杯やろうって話、覚えてるか?』
ラザロは黙り込んだまま何も言わない。守は口元を緩める。
『これは古龍幇が作った酒だ。H.O.P.E.と戦ったヴィランも、今はH.O.P.E.と協力している。……過去の過ちは乗り越えて、一からやり直そうぜ、姫君』
「何のことやら」
肩を竦めつつも、ラザロはボトルを受け取る。守はにやりと笑うと、今度は目の前で煙草を振った。
『お勧めの電子タバコを教えてくれよ。紙巻きから変えようと思っててな』
「……Cyrusがいい。あれは手入れが楽だ。丈夫で、戦場でもそうそう壊れん」
独り言のように呟き、ラザロは歩き去る。守はその背中を見送り、タバコを懐に収める。
『ありがとよ』
最後の一箱は、戦い散った好敵手の為に。空を見つめ、彼は嘆息した。
ラザロの背中を一通り見送った由利菜は、央とマイヤの前へと歩み寄る。穏やかな表情の二人を見渡し、由利菜は静かに頭を下げる。
「迫間さん、マイヤさん、ご結婚おめでとうございます」
『話には聞いていた。二人とも、幸せにな』
「ありがとう、月鏡さん。これからもよろしく頼む」
『これまでとも、あまり変わりはないと思うけれど……よろしく』
二人に向かって静かに礼をすると、由利菜はその場を立ち去る。そこでようやく共鳴が解けた。彼女はほうっと溜め息をついた。
「愚神の王が顕現した頃から、ラシルとの共鳴が解除されるまでに長い時間がかかるようになってきています……」
『愚神の王がいなくなったら、さらにな。まるで、互いが共鳴の解除を拒むかのように……共鳴率が、高くなりすぎたのかもしれん』
「作戦には支障ありませんでした。……今まで通り、やれます」
二人はじっと見つめ合う。由利菜の握りしめる幻想蝶は、未だルビーのように輝いていた。
央はそんな二人をしばらく見守っていたが、ふと彼もトラックを一瞥した。巨大なワニはロープで吊るされ、どうにかこうにか荷台に運ばれていく。マイヤも彼に寄り添いながら囁いた。
『イントルージョナー……愚神や従魔とも違う。意思疎通が出来るような存在が世界を超えてきたら、今度こそ、敵対しなくていい存在が渡ってくる事もあるのかしらね』
「そうだな……でもまぁ、いくらか安心してるよ」
央がふっと頬を緩めた。マイヤは釣られて目を細める。
『……何が?』
「当分はマイヤと二人で、今までのように仕事が出来る。嬉しい限りだよ」
それも落ち着いたら、いよいよ将来についてより深く考えるべき時が来るだろうか。微笑み合いながら、央はちらりと思う。
(将来、か)
異世界からの、本当の意味での移住者が来る。アメイジングスの登場やら何やらで今でも諸所が侃々諤々しているというのに、これまたお役所仕事が増えそうだ。
また頭が痛くなりかけたところで、央はそれを頭の脇に押しやった。今はマイヤと共に生きられる幸せを噛みしめていたい。
「さあ、今日のところは帰ろうか」
『そうね』
肉一片も残さず、ワニの群れは回収されていった。畦道に座り込み、ナラカはトラックを遠目に見送る。
『“いんとるうじょなあ”、か』
「闖入者。というと無作為な侵入とも思えるが」
王の意志を解さず、生身で異世界の狭間を越えてくる生命たち。誰かにその存在の理由を語られるまでもなく、ナラカはその存在の意義に気付いていた。
『異世界同士の隔絶は、王が繋ぎ合わせようとしていた頃よりも曖昧になったという証左だな。英雄などがこの世界に現れるより、遥かに』
「だろうな」
『ふふ』
ナラカはふっと笑みを浮かべる。心は弾んでいた。英雄という仮の肉体に収まっていても、近頃はぼんやりと感じるようになっていた。
『己が太源は、そう遠くないところにあるやもしれぬな』
彼女の本体――太源。今それは奈落の底で微睡の中にある。しかし、目覚める時は間違いなく近づいている。そうナラカは確信していた。
畑を去ったラザロは、静かに共鳴を解く。相変わらず白いコートに身を包み、フルフェイスのヘルメットがその顔を覆い隠していた。
サイドカーにライフルケースを載せ、ラザロはツアラーバイクに跨る。
『お待ちください』
そこへ共鳴したアークが風のように駆けつけ、バイクの前に立ちはだかった。ラザロはアクセルを握る手を離す。それを確かめたアークは、静かに共鳴を解く。
「何だ」
『一般人の眼はそれで誤魔化せるかもしれないが、我々を誤魔化す事は出来ませんよ』
「え?」
耿太郎はちらりとアークを見遣る。彼自身もその佇まいに見覚えはあったが、まだピンと来ていない。ラザロはハーフカウルにもたれ掛かって二人を見渡した。
「ふむ……?」
『まあですが、のっぴきならない事情でもあるのでしょう。これ以上詰問はしません』
「そうか」
アークにとって聞きたい事は山ほどあった。屋敷の牢獄に閉ざされている心境、素性を隠してでも外へ現れたこと。しかし、此処で長々話すわけにもいかない。
『……今はどうしているんです?』
「何も変わらん。目の前の仕事を単純にこなすだけだ」
ラザロの言葉はごくごく単純だった。予想通りの答えでもある。アークは目を細めてさらに尋ねる。
『これからはどうするつもりですか』
「……国が私を必要としていれば働く。そうでなければ……旅でもするかな。他所の世界がどうなっているか、見聞する事にも興味はある」
『なるほど。……お会いしたのは銃火の絶えない戦場ばかりでしたが……いずれ、どこかでお茶でもいかがですか』
「検討しよう。……さあ、そろそろ行くから避けてくれ」
二人が道を開けると、ラザロは今度こそアクセルを回して道路の彼方へと駆け抜けていった。耿太郎はちらりとアークを見上げる。
「王さんすごいいい笑顔っすけど、今度はお茶にハマったとか言わないっすよね?」
『お茶の約束はいつでも心躍るものだとも』
またいつか、話す時が来る。それを確信したアークは、穏やかな笑みを浮かべていた。
END