本部

【いつか】新たなる旅路

影絵 企我

形態
ショート
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
7人 / 0~8人
報酬
無し
相談期間
5日
完成日
2019/02/21 23:38

掲示板

オープニング

●守り人になる
「御苦労様でした。澪河さん」
 アルター社、CEO室。ロバート・アーウィンの秘書が、澪河 青藍(az0063)と静かに握手を交わす。GLAIVEについての情報収集役に青藍が推挙されたのは、RGW技術の根幹を持つアルター社のロバートが、彼女を推したからでもあった。スクリーンに映したファイルに目を通しながら、ロバートは何度も頷く。
「君が細かい内情を伝えてくれたおかげで、こちらとしても素早く手が打てそうだ。生き残ったGLAIVEの兵士達には、もうすぐ我々が開発した新型の義肢を提供出来るだろう」
「良かったです。……被験者達は英雄であり被害者でもありますから、一刻も早い援助を望みます」
 青藍は真剣な面立ちで応える。ロバートは微笑んだ。
「ああ。私も色々と苦労しているのでね。彼らに協力は惜しまない。……それで、澪河さん。君に、頼みがあるのだけれど」
 おもむろに身を乗り出してきたロバートに、青藍は首を傾げる。
「……何でしょうか?」
「正式に、アルター社所属の……いや、私に直属するエージェントとなってもらいたいんだ」
 いきなりの申し出に、青藍は目を丸くする。ロバートは深く息を吐くと、窓の外をじっと見つめる。
「この椅子に座って分かったけれど……大きすぎる組織というのは、やっぱり難儀なものでね。またいつ、この会社の力を笠に着て、悪事を企む輩が現れるかわからない」
 青藍も彼に釣られて窓の外を見つめる。アルター社の本社プラントだけでも、数えきれないほどの人間が働いている。アルター社全体の経済的影響力は計り知れないのだ。地球社会の大動脈とでも言えばいいだろう。青藍は気持ちが張り詰めるのを感じ、拳をきゅっと握りしめた。
「君の情報収集能力を、私はこの数か月間ずっとこの目で確かめてきた。……君になら、この組織の番人を任せられると思うんだ。……どうだろうか」
 しばしの沈黙。彼女はしばらく目を見張っていたが、やがて申し訳なさそうに首を振る。
「……少し、時間をください。王という脅威がなくなり、今や私も一介の学生です。もう少し、自分がどんな人生を歩みたいか、振り返りたいんですよ」
 ロバートは秘書と目配せすると、再び頬を緩めた。
「ああ。無理にとは言わない。だが、是非前向きに検討してもらいたい」

●天才は華開く
「って、事があってさ」
 ウォルターの入れた紅茶を飲みつつ、青藍はウォルター・ドルイット(az0063hero001)にかくかくしかじかを話す。ウォルターはくすりと笑った。
『なるほどね。いいじゃないか。お金には少なくとも困らない』
「お金に困らなくても、生きた心地しない日々が続きそうなんだけど……それに、ヴィラン沙汰になったらウォルターさんだってただじゃすまないんだよ?」
 その言葉を聞いた瞬間、ウォルターはくすりと笑う。
『確かにそうだ。でも私は君の英雄だからね。きみの決定を尊重するよ。……まあ、そろそろ私は此処を出て、独り暮らしに切り替えようかと思っているけどね』
「独り暮らし?」
『ああそうさ。きみも年頃だ。そろそろ恋愛の一つくらいはするんじゃないか。そんな時に私が居ては邪魔だろう。テラスはともかく』
「恋愛……? むう……」
 青藍は小さく頬を染めると、隣の椅子に置かれていたクッションを抱きしめる。しおらしくなっている彼女。その心に占めるものは何だっただろうか。
「お姉ちゃん! お姉ちゃん!」
 しかし、突然アパートのドアが勢いよく押し開けられた。仁科 恭佳(az0091)が靴を脱ぎ捨て、居間にドタバタと飛び込んでくる。随分走ったらしく、息は荒く、眼も真ん丸に見開かれている。
 いきなり床に崩れ落ちる恭佳。その手には封筒が。青藍は首を傾げた。
「どうした。そんな騒いで」
 恭佳は封筒の中身を引き抜くと、それを青藍の目の前に突き出す。
「留学の招待状が来た!」
「マジ!?」
 青藍は書類を見つめた。そこには確かに、名の知らぬ者はいない程の大学から、是非留学して、H.O.P.E.内で見せたその才能を育てて欲しいという旨の文章が記されていた。
「ま、まあ、恭佳なら不思議じゃない、か……良かったじゃん!」
「うん。……留学費用はH.O.P.E.が出してくれるって。これで、本格的にワープゲートの研究が出来る……!」
 普段の生意気な妹の顔は何処にもない。目を軽く潤ませ、恭佳は青藍に飛びついた。青藍はそんな彼女を受け止め、そっとその髪を撫でる。
「お姉ちゃん、あのね……最近研究進めて気づいたんだ。お父さんもお母さんも、どこかの世界で生きてるんじゃないかって。この研究を突き詰めれば、いつか、また会えるんじゃないかって……」
「恭さんたちが……」
 恭佳はこくりと頷く。青藍はやがて肩を竦め、バツの悪い顔をする。
「すごいなあ。恭佳は……ちゃんと未来の目標があって……」


(……私は、どうしたいんだろう)


 青藍達は、岐路に立っている。君達はどうだろうか。

解説

メイン 自分の将来について想像を巡らせよう

時系列 勝利から1~2か月内

フィールド
自由。周囲と相談の上で、おひとり様するにしろ、集団行動するにしろお好きなように。

NPC
☆澪河青藍
 アルター社のロバート・アーウィンから直々に懐刀指名を受けた少女。まだ色々と迷っている様子。
・彼女は大学のキャンパスにあるカフェでたそがれている。
・戦いが終わって気が抜けてしまい、目標を軽く見失っている。
・アドバイス次第でH.O.P.E.のオペレーターになったり、普通のOL目指したり、探偵になったり、上の通りアルター社のエージェントになったり色々する。
・絡みがない場合は後のシナリオで進路が明らかになる。

☆仁科恭佳
 世界でも指折りの大学から留学の招待状が届いた天才女子高生。
・ラボで色々と作業している。
・割と舞い上がっており、訪ねるとOPで見せたような素の彼女が垣間見える。その表情は当に美少女。
・10年後には数々の社を渡り歩き、開発部門を牽引する優秀な科学者になっている。
・今後にPCが迷っている場合は何となくアドバイスしてくれる。

リプレイ

 ベンチに座った君島 耿太郎(aa4682)は、キャンパスを行き交う人々を眺める。もし自分が大学に通っていたら、どんな未来が開けていただろうか。
「なーんて、考えろって言われても……っすねえ」
 少年はぐらりと背もたれに身を預ける。これからも戦い続けるべしと考えていた耿太郎であったが、そんな彼にアークトゥルス(aa4682hero001)は首を振った。
――区切りは大切だ。少し立ち止まって考えてみなさい。
 そう言いつけられた彼は、久方振りに訪れた平凡な日常を漠然と過ごしていた。街をぶらついてみたり、家でぼうっとしたり。空気の抜けた風船のように地上を漂っていた。
 彼は立ち上がる。外でじっとしていても寒いだけだ。

 魂置 薙(aa1688)は本部の廊下を歩いていた。タブレットや書類を抱えてうろうろする職員達と擦れ違いながら、その背中を目で追う。
(これからの、道……)
 惰性で本部へ愚神の情報を探しに来た薙だったが、既に依頼は満員だった。良い事なのだと理解しつつも、これからどうするべきかが思いつかない。愚神を倒し続ける事に、唯一存在意義を見出していたからだ。
 愚神に襲われてから、結局中学校にも通わないままになってしまった。平和な世界でどう暮らせと言われても、“やりたい事”が思いつかない。
(どれも、ピンと来ない)
 本部のあちこちを見回ってH.O.P.E.職員の仕事ぶりを眺めたりもしたが、何をしているかさえよく分からない。
「……」
 手元には、擦れ違いざまに渡された助手募集のビラ。折りたたんでポケットにしまうと、薙は何処へともなく歩き出した。

 カフェで向かい合い、青藍と耿太郎は共に紅茶を啜る。カフェで彼女と出くわした耿太郎は、何となくご相伴に与かっていたのである。
「進路がいくつかあって困る……ちょっと羨ましいっすね」
 かくかくしかじかを聞いた耿太郎は苦笑する。青藍は黙って肩を竦めた。
「うらやましいっすけど……でも、やっぱり俺はこれでいいかなぁって」
「むしろその度胸が凄いですよ。私は学校くらい出とかないとって思っちゃいますもん」
 耿太郎は頷く。勉強は大事と進められて入った学校だったが、結局しっくり来なかった。がむしゃらに戦っている間に、それがすっかり彼の骨身に染みついてしまったらしい。
「記憶と一緒に色んなものを失くして……というか、元々色々持ってなかったと思うんすけど。でも、色々と大切なものを手に入れられたと思うんすよ」
 掛け替えのないアークとの絆、大切な友人達。それは間違いなく戦わなければ得られなかったものだった。だから。
「今はこの道でいいっす」

 ぽつりぽつりと話している彼らから遠く離れて、薙はカフェの隅っこでコーヒーを飲んでいた。苦みと熱が喉を通り過ぎ、体の芯を満たしていく。
「将来……将来って、何だ……」
 天井を仰ぐ。自問自答が何周もしている。考え過ぎて言葉の意味さえ次第に呑み込めなくなってきた。将に来んとする。だから何だというのだ。
 働かないと金が無くて生活できないのは確か。エージェントをしているのは愚神が居るから。しかしいなくなればエージェントをしている理由がなくなる。しかし働かなければ生活ができない。思考はなおぐるぐると回り続けていた。
 気付けばカップは空。何だか物足りなくて、しかし飲み過ぎもいけないという友達の話を思い出し、別なものでも頼もうかとメニューを手に取る。
(……カフェ、喫茶店)
 メニューを眺めているうちに、友人と交わしていた喫茶店を開くという話を思い出す。
(一緒にバイトに行った時は、すごく楽しかったな)
 薙はメニューをテーブルに置き、周囲を見渡す。和気藹々と会話する男女、一人物思いに耽る青年。もし店を開いたら、そこで友人達は笑顔で過ごしてくれるだろうか。そんな彼らの笑顔を見つめながら、日々を過ごせるだろうか。
 そんな生活を考えた時、ふっと頬が緩んだ。そんな光景を現実にしたいと思えた。
(夢なら、あるみたいだ)
 薙は一人頷くと、改めてメニューに目を下ろす。通りかかったウェイターを呼び止め、メニューを指差す。
「これ、ください」


 プリンセス☆エデン(aa4913)とEzra(aa4913hero001)は、二人で肩を並べて遊園地を訪れていた。アイドル活動も今日はオフ。完全にプライベートである。
「やっぱり混んでるねー……」
『休日ですからね』
 普通の格好をしてしまうと、まだまだ世間に溶け込んでしまう二人。視界を埋め尽くすほど人がいても、彼女達の存在に気付く者はいなかった。それはそれで、今日はありがたかったが。
『ファストパスは用意してもらっています。のんびり過ごすとしましょう』
「やったぁ! さすがねエズラ!」
 そんなわけで、二人はジェットコースターでひたすら叫び、メリーゴーラウンドでくるくる回り、ホラーハウスでまた叫びと、ととにかくアトラクションを楽しんだのだった。
 一通りアトラクションを巡った後、エデンは観覧車に乗り、街の景色を見つめていた。
「はぁー……スゴイ眺め」
 右を見れば果てまで広がる大海原、左を見れば果てまで広がる大都市。エデンは嘆息してしまった。
「この街も、あたし達が守ったって事なんだよね?」
『ええ。そういう事になりますね……』

 彼方に見える観覧車。乾いた噴水の縁に座り、藤咲 仁菜(aa3237)とリオン クロフォード(aa3237hero001)はじっとそれを見つめていた。
「平和、なんだよね」
 仁菜はぽつりと呟く。両親と故郷を失った日から、少女はがむしゃらに生きてきた。目の前の命を助けるために怖気を払って戦い続け、遂に王も倒してしまった。妹の容態も好転し、万事とは言わずとも、望んでいた未来を手繰り寄せた。
 はずだったのだが。
「これからどうしたらいいかな……」
 突然平和と自由の海にヨット一つで放り出され、仁菜は途方に暮れていた。かれこれ希望を抱き希望であり続ける事しか許されなかった彼女にとって、その海原は広すぎる。
『とりあえず、普通に学生じゃない? 今までロクに学校通えてなかったんだし』
「ずっとプリント提出しかしてなかったのに……今更学校生活なんて出来るかな……」
 引っ込み思案まで帰ってきたらしい。仁菜は俯きがちになっている。リオンは頬を緩めると、その背中をポンと叩いた。
『大丈夫! 俺も一緒に学校通うし。何とかなる!』
 それを聞いた仁菜は目を鈴のように見張ってリオンを見つめた。
「……リオンは、これからもずっと一緒にいてくれるの?」
 仁菜とリオンは、一緒に戦う相棒に過ぎなかったというのに。しかし、二人とも、どこかで気が付いていた。お互いの存在が、もうそれだけではなくなっていた事に。
(そっか……こんなに不安にさせちゃってたんだ)
 リオンはそっと仁菜の肩に手を回す。おっかなびっくり、しかし一歩を踏み出せと勇気をくれた友人達のエールをリフレインさせながら、遂に彼女を引き寄せた。
『ニーナ、俺は戦う相棒としてじゃなくて、ニーナの事が一人の女の子として好きだから一緒にいたいんだ。これからもずっと』
 仁菜の肩が震えた。リオンは真っ赤になりながら、勢いに任せて言葉を溢れさせる。
『あの時、ニーナは俺の手を取るしか助かる道が無かった。俺も俺を喪わないためにニーナを利用するしかなかった。でも今は、ニーナにはいっぱい道がある。俺と離れて生きる道だってあるんだ。……それでも、俺と一緒に歩む道を選んでくれる?』
 運命の悪戯に突き動かされたのではなく、仁菜自身の意志で。肩から手を放し、仁菜と見つめ合う。彼女の大きな瞳は濡れ、涙が頬を伝っていた。
「うん」
 仁菜はリオンの手を握る。共鳴する時とは違う、ほのかな温もりが伝わってくる。
「私もリオンと一緒にいたい。最初はリオンしかいなくて、ずっと頼りきりだったけど。これからは、隣で一緒に歩んでいきたいの」
『……もちろん。一緒に行こう』
 少年少女は、互いに寄り添う。跳ねる心臓の鼓動が、共鳴していた。

 その頃、カフェの外に出た青藍は不知火あけび(aa4519hero001)に捕まっていた。
『おめでとうー!』
「うわっ」
 何だかんだで青藍が付き合い始めたという話はあけび達にも洩れ聞こえていた。日暮仙寿(aa4519)もにやにやしつつ、右薬指の指輪を見遣る。
「末永く幸せにな」
「努力するよ。二人も合格おめでとう。仙寿君が法学部で、あけびさんが文学部だっけ?」
「ああ。この先異世界と繋がっていくなら、常識では推し量れない事も多く起きるだろう。今の法律だけじゃ対応できない事も増えるはずだ。……そういう時に備えて、今から法学をしっかり学んでおこう、ってな」
 いずれはH.O.P.E.の基幹部で働きたいという希望もあった。一族の暗殺稼業に終止符を打ち、表裏ともに「剣術指南役」としての日暮家を打ち立てるという目標もあった。彼の熱意は十分だ。
『私は思想歴史文化、後は行動科学とかを勉強して、そういう面から仙寿のサポートをしたいと思ったの。専攻はまだ決めてないけど……』
「なるほどね。まあ頑張ってくれたまえ。この4年は貴重だよ。いやホントに」
 青藍が二人を見上げていると、正門の方角から仁菜達がやってくる。控えめに手を繋いでいる二人に気付いた仙寿は、ふっと頬を緩めた。
「ついにこの日が来たな?」
『おめでとーう!』
 あけびは駆け出し、仁菜にいきなり飛びついた。嬉しいやら照れるやらで、仁菜は口をゆるゆると震わせる。
「は、はわわ……」
 隣では、歩み寄った仙寿がリオンの頭をくしゃりと撫でた。
「おめでとう。……子どもはきっと幼馴染になるか?」
『子供って気が早すぎない!?』
 思わず真っ赤になるリオン。仙寿はその顔を見て眉を開く。
「……後悔も過去も誓約として背負わせたって言ってたけどな。リオンはそれ以上のものを仁菜に与えて、預けてるんだよ。これからは、未来も幸福も分かち合うんだ。そうだろ?」
 彼の言葉が、リオンの全てを報った。
『うん。そうだ』
 リオンは頷くと、こっそり目元を拭う。目頭が熱くなっていた。後輩達を微笑ましく見守っていた青藍は、ふと首を傾げる。
「それで、皆はどうしてここに?」
「今からお茶でもしようって待ち合わせてたんだよ。青藍も来るか?」
 仙寿が親指で外を指す。暇な青藍は乗り気で近寄ってきた。
「そういう事なら……」
 その時、青藍の携帯が震える。手に取った青藍はいきなり四人に手を合わせた。
「ごめん。無しで!」
 言うと、彼女は軽やかに走り去ってしまった。

 一方その頃、たっぷり遊んだエデンは遊園地内のカフェでティータイムと洒落込んでいた。
「ね、エズラ」
 ケーキをフォークで切りながら、エデンはおもむろに話し始める。
「あたしはこれからも歌って踊れて戦える、可愛いアイドルエージェントを続けていくよ。まだまだエージェントの仕事はあるみたいだし、あたしみたいな可愛いアイドルも必要でしょ?」
『そうですね』
 自信満々なエデンに、エズラも相槌を打つ。
「でもね、エージェントとして戦って、アイドルとしてみんなに癒しを与える為には、エズラがいてくれないとダメなんだよね」
 イチゴを口に放り込むと、エデンはじっと彼の眼を見つめた。
「だから、これからも、戦いのパートナーとして、アイドルユニットとして、家族として、傍に居てくれる?」
『……ぜひ。嬉しいです、そう言ってもらえて』
 エズラは微笑む。紅茶を飲むと、彼は真っ直ぐにエデンの瞳を見つめ返した。
『この世界に来て、お嬢様のおそばで働くことになって。気づけば王も撃破されて。私も今後を考えておりました』
 ここ数日悩んだが、結局思い当たることは一つであった。
『……で、やはりお嬢様をひとりにしては危なっかしいし、今後もおそばで見守っていきたいという考えに至りました。アイドルユニットにつきましては……今後も精進いたします』
「エーズーラ、嬉しい!」
 眼をきらりと輝かせると、椅子をぐいと引いて立ち上がり、エズラに飛びついた。その姿は、兄に懐く妹のようである。
「改めて、これからもよろしくね!」
『ええ。よろしくお願いします』

 今はアイドル活動に夢中のエデン。いつかは想い人が出来る事もあるだろう。その時までに、少女が素敵な大人の女性となる手伝いをしよう。
 そうエズラは心に決めたのだった。


 バルタサール・デル・レイ(aa4199)は、マンションの自室にいた。煙草を咥えながら、彼はじっと物思いの中に沈んでいた。
(王とやらが撃破されて、エージェントたちも身の振り方を考える時になった)
 “闖入者”や愚神残党も残っている。エージェントは今後も必要だろう。戦いに身を置くしかない人間も、今しばらく露頭に迷う事は無さそうだ。仕方なくエージェントの道を選ばざるを得なかった者は、今から新たな道へ歩むことが出来るだろう。
 どんな道へ進もうと、自由なのだ。
(俺が戦ってきたのは、徹頭徹尾俺の為だ)
 金の為に各地を助けて回るうち、3年近くが経とうとしていた。その最中に追い求めていた仇は結局見つからなかった。それより先に王が討たれた。
(任務はあるが……戦いは無くならないが、まずはここで区切り、か)

 一区切り。残党愚神や闖入者の事はさておいても、世界はおおよそ平和になった。沈む一方だった世間が希望を見出して活気を取り戻す中、八朔 カゲリ(aa0098)はまるで何事も無かったかのような顔をしていた。
 彼がいたのはとある病院の一角。分厚い窓ガラスの向こうで、一人の少女――彼の妹が眠り続けている。眉一つ動かす事無く、影俐はじっと少女の白い顔を見つめていた。
 妹が安心して目覚められる世界を。彼はただそれだけを追い求め、艱難辛苦を厭わず突き進んできた。数多の世界を統べた王を弑するまで、彼は何者の前でもその膝を折らなかった。数多の愚神の意志を受け止め、肯定し、それを打ち砕いてきた。
 果たして王は斃された。その力の残滓だけが、世界の狭間に茫洋と漂っているという。しかし、妹は尚も目覚めぬままであった。
 影俐は一通り妹を見舞うと、コートの裾を翻して歩き出す。その足の行く先は、今日も決まっていた。
 H.O.P.E.に仕事は絶えない。今ある闖入者は有象無象だが、それで終わるとも限らない。無限に広がる世界には、“王”にも勝る存在があってもおかしくは無い。妹も目覚めない限り、彼が足を止める理由は無かった。
(そういうものだ。人生は……)
 既に彼は達観していた。万象を諸行無常と悟るが故に肯定し、是生滅法と悟るが故に、生に真摯に悔いなく進む。それが影俐の、人間としての矜持であった。
 王が死ぬ前から、覚者の道は定まっていた。

 一方、バルタサールは灰皿に煙草を積み重ねていた。沈思黙考は長々と続く。
(今さらメキシコカルテルに戻るつもりはない。今後もエージェントを続けることになるだろう。そして……あの仇を探し続ける? もはや存在するかもわからない……)
 煙を嘆息と共に吐き出す。凍れる男も、今日ばかりは感傷的だ。
(もし仇を見つけて、倒したら……?)
 空虚だ。結局のところ、それをやり遂げて開ける道は無い。心のどこかでわかっていた。
 そんな折、ノックと共に紫苑(aa4199hero001)が部屋に入ってくる。お盆にティーカップを載せて、彼は柔和に微笑む。
『起きてる? お茶淹れたけど飲む?』
「……」
 完全に邪魔が入った。しかし邪険に扱う気にもなれない。彼はティーカップを受け取りながら、出し抜けに尋ねる。
「おまえは、今後どうするつもりだ?」
『……特に考えてなかったな。どうしたいってのは無いけど……きみは僕にどうしてほしい? 邪魔なら出ていくよ。この世界にも慣れたから、自活も出来ると思うしね』
 ならば勝手にしろ。そう言いかけたが、今更ながらに彼は気付く。エージェントとしてやっていくためには、英雄と組み続けなければならない事を。
 紫苑は笑みを浮かべている。間違いなく彼は分かっていた。何を考えているかはおおよそわかる。今後ともよろしくと言わせたいのだ。
 この駆け引きは明らかに紫苑が有利だった。彼自身は、バルタサールと組まずとも、新たな観察対象を引っ掛けて、この世界を満喫できるのだ。全てはバルタサール次第なのである。
 心の中で舌打ち。しかし、今日は負けを認めるしかなかった。
「今後も俺はエージェントを続けたいと思っている。……お前が嫌でなければな」
『いいよ、喜んで。……その後のことは、またゆっくり考えていけばいいよ』
 先に待つものは虚無かもしれない。だが、その中にも探せば道はあるのだ。

 東京海上支部、ヘリポート。鉄柵の上に立ち、ナラカ(aa0098hero001)はじっと下界を見つめていた。彼女もまた、相も変わらず慈悲と激情を相秘めた眼をしていた。
 王の消え去った今、彼は比類なき意志を持つ覚者の生き様だけでなく、総ての子等のそれをも見届けたい。そうナラカは願っていた。誰もが、独立独歩の意志と、万事に立ち向かう覚悟を抱いて欲しいと。
『いいや、否。元より人間は誰でもそうした輝きを元来有している筈なのだ』
 ナラカは街の彼方に向かって声を発する。しかしその輝きを、惰性や転嫁が喪わせるのだ。己の至らなさを誰かのせいにするような未熟さが。
『英雄や能力者の輝きは既に見た。ならば後は、大多数を占める衆生を見定めねばならぬだろうな』
 既にナラカは遠い未来を見据えていた。
『なれば善し。喩え今の緩やかな時を崩したとしても、私は総ての敵となる事も厭うまい。……総ては、見定めた後にな』
 ナラカは悪戯っぽい笑みを浮かべて振り返る。そこには影俐が立っていた。ポケットに手を突っ込んだまま、彼は肩を竦める。
「好きにしろ」


 陽が傾き始めた頃、桜小路 國光(aa4046)は、メテオバイザー(aa4046hero001)や青藍と共に喫茶店のテーブルを囲んでいた。
「これから、か。オレは……今更考えるも何も、ね」
 昔から、目指した研究を形にする事と決まっていた。メテオは不満そうだが。
『青藍と研究、どっちが大事なんでぴうううっ』
 茶々を入れようとしたメテオの頬を摘まむ。青藍はいつものやり取りに苦笑した。
「そういえば、どうして薬学部に進んだんです?」
「そうだね。……身の上話は得意じゃないんだけど」
 國光は俯く。閉ざし続けていた心の扉を、彼女にそっと開いた。
「姉は、能力者になってから【過感覚】が出たんだ。お酒に酔わないどころか、薬も通用しなくなった。怪我しても痛み止めが効かなくてさ……」
 彼は見てきた。痛みに耐える姉と、それに寄り添う英雄――兄の姿を。
「この進路にするって言った時、一番に喜んでくれたのは兄さんだったよ」
 いつか、姉にも効く薬を作る。その為に今は研究を続けている。その中で、異界から採取した植物からも新しい成分を見つけた。次々と研究の種が生まれ、尽きる事は無い。彼女を前に、國光は導かれるように話し続けた。
「……という、ところかな。この話をしたのは、メテオ以外だと、青藍が二人目だよ」
 それを聞いた青藍が、ふっと頬を緩める。メテオはそっと携帯を取り出し、そんな彼女の横顔を写真に収めた。目を丸くする彼女に、メテオはくすりと笑う。
『大丈夫。この写真は秘密なのです』
 携帯のデータには、一人で出かけた先の写真が幾つも収められていた。少しずつ別行動の時間を増やそうと、國光と共に決めていたのである。
『メテオは……こことは違う世界の事を知りたいと思っているのです。覚えてなくても、いつかはメテオがいたかもしれない世界に、巡り会える気がするのです。今は行けなくても、いつか』
 それでも、自分の記憶が戻った時に話したい人が傍に居ないのは寂しい。だから今は、この世界を観て回るに留めるつもりだった。
『一番にサクラコに聞いて欲しいのです。勿論、青藍にも』
「うん。待ってるよ」
 見つめ合う青藍とメテオ。どこか姉妹のようにも見える。國光は眼を細めながら、そっと彼女に尋ねた。
「青藍の今の夢は、何だい? 今、一番したい事は何?」
 彼女は気丈で、実力もある事を國光は一番よくわかっていた。それ以前に、一人の女性である事も。青藍には、彼女の望む人生を送ってほしいと、そう願っていた。
「今まで歴史を学んできて……今そこから離れても、後悔は無い?」
 國光が見つめる。青藍ははにかみ、小さく頷く。
「……趣味としては、楽しいんですけどね。稼業に出来るかというと、やっぱり」

 その頃、仙寿達四人は恭佳をファミレスに呼び、一緒に料理を囲んでいた。
「……というわけです! 時間はかかると思いますけど、いつかやり遂げます!」
 恭佳が素直に語る未来の夢。あけびはそっと嘆息した。
『ワープゲートかぁ……うん、私と仙寿様も、出来る事は手伝うよ!』
「俺達の子どもにも、色々と教えてもらいたいしな」
「子どもー? なるほど、お二人の未来は安泰ですな?」
 悪戯っ娘の眼がきらりと光る。天然な仙寿、言われてようやく顔を赤らめるが、あけびの手前だ。胸を張ってきっぱりと言い切る。
「当然だろ。……あけびの両親にも挨拶したいし、酒を酌み交わしたい奴もいるんだ」
 彼らのやり取りを聞きながら、リオンはふとスプーンを運ぶ手を止める。自分の家族がどうなったかも、定かではない。けれど、いつかは自分も仁菜と共に故郷の地を踏むのだろうか。
「リオン?」
『……少しずつ、俺達も考えようか』
 見つめ合い、仁菜はふわりと両耳を揺らした。
「うん」
 恋する少年少女の人生は、まだ始まったばかりである。

 青藍も、國光に向かって己を振り返りながらとうとうと話していた。
「これまで、目の前の事だけに夢中で、これからの事なんてあんまり考えたことなかったんですよね。歴史の勉強したのも、単純に一番興味があったから、ってだけで」
 彼女は言葉を切る。ほんの少し頬を染めて、彼の眼を真っ直ぐ見据えた。
「……でも、國光さんの話を聞いて。いつかお手伝いしたいな、って思いました。実験を手伝うのは無理ですけど、いつか國光さんも後進を育てる立場になるでしょうし。その時に、事務仕事とか、社交場とか、そういったところでサポートできれば、いいなって」
 そこまで言って、彼女はバツが悪そうに俯く。
「浮かれ過ぎ……ですかね」
「ううん。検討するよ」
 青藍は笑みを溢れさせる。その眼は希望に満ちていた。
「じゃあ決まりました。私はH.O.P.E.で事務方をしながら、秘書の勉強をしておきます」


 耿太郎はアパートに帰ってくる。方々を見て回った彼は、すっかり晴れやかな顔をしていた。その眼にはもう一切迷いがない。食事の準備を終えたアークは、そんな耿太郎を見て微笑む。
『お帰り。……道は決まっただろうか』
 席に着いた耿太郎は、はっきりと目を開いてアークと向かい合う。初めて会った時とは全く違う。確固とした意志を持つ青年の眼だ。
「俺、これからも戦うっす。みんなの未来を、守りたいっすから」
『そうだな。……折角守り切った未来だ。お前が良いと思う道を進むといい』
 アークは微笑む。彼が独り立ちする日もそう遠くは無い。寂しく思いつつも、それ以上に彼は嬉しく思うのだった。
「王さん。これからもよろしくお願いします」
『こちらこそ。よろしく頼む』


 エージェント達は未来へ進む。それぞれに夢や想いを抱きながら。

 Fin

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 燼滅の王
    八朔 カゲリaa0098
    人間|18才|男性|攻撃
  • 神々の王を滅ぼす者
    ナラカaa0098hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
  • 共に歩みだす
    魂置 薙aa1688
    機械|18才|男性|生命



  • その背に【暁】を刻みて
    藤咲 仁菜aa3237
    獣人|14才|女性|生命
  • 守護する“盾”
    リオン クロフォードaa3237hero001
    英雄|14才|男性|バト
  • きっと同じものを見て
    桜小路 國光aa4046
    人間|25才|男性|防御
  • サクラコの剣
    メテオバイザーaa4046hero001
    英雄|18才|女性|ブレ
  • Trifolium
    バルタサール・デル・レイaa4199
    人間|48才|男性|攻撃
  • Aster
    紫苑aa4199hero001
    英雄|24才|男性|ジャ
  • かわたれどきから共に居て
    日暮仙寿aa4519
    人間|18才|男性|回避
  • たそがれどきにも離れない
    不知火あけびaa4519hero001
    英雄|20才|女性|シャド
  • 希望の格率
    君島 耿太郎aa4682
    人間|17才|男性|防御
  • 革命の意志
    アークトゥルスaa4682hero001
    英雄|22才|男性|ブレ
  • Peachblossom
    プリンセス☆エデンaa4913
    人間|16才|女性|攻撃
  • Silver lace
    Ezraaa4913hero001
    英雄|27才|男性|ソフィ
前に戻る
ページトップへ戻る