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奏でる者、『奏者』
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相談卓
最終発言2019/01/27 18:11:55 -
質問卓
最終発言2019/01/25 23:33:50 -
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最終発言2019/01/24 22:33:51
オープニング
●奏でる者
奏者とは、奏でる者。音と深いかかわりを持つ。
奏者とは、奏上する者。仕える上の存在を持つ。
これは、依代たる『笛吹芽瑠』のつけた名とされる。
ただし『黒蛇』の人間は誰も、生きている『笛吹芽瑠』には会った事がない。
猜疑心が強く、傍に置くものを誰一人として信用しない。
どんな場合でも、必ず手綱を握れるよう、あらゆる方策を尽くす。
『黒蛇』に属するリンカーは全て、爆発物を埋め込まれている。重要な仕事を任されることが多いからだ。
命令に背いたとき、あるいは生命活動が停止したとき、彼らがどこの誰であったのかを闇に葬る。
どこの誰でもなかった黒孩子であろうと、それは同じ。
それが、『黒蛇』に所属するということ。
●笛吹芽瑠
「芽瑠君は、人間に家族を惨殺されてる。人の世を憎んで愚神を呼び出していたとしても、ボクは驚かないな」
ソロ デラクルス(az0036hero001)は寿神の兄、土胜人の手紙から顔を上げて言った。
「『めー』は……いや、笛吹殿は、生きていれば俺と同じ年齢の娘が居るのだと言っておった。死んだ娘の代わりに、俺を可愛がってくれたのじゃ」
十二歳で拾われた頃の、幼い愛称が風 寿神(az0036)の口から漏れる。
笛吹芽瑠は、何も持たずに故郷を飛び出した寿神に名前と戸籍を与え、愛情を与えた。
それは偽りではなかったと、今も信じている。
「あの人はいなくなる前、きっとまた会える、探してくれと俺に言ったのじゃ。今となっては、それがどういう意味を含んでおったのか……」
家屋と充分な財産を寿神に遺し、笛吹芽瑠は消えた。
記録によれば、寿神の故郷である山茶郷が愚神に滅ぼされたのも同時期。
「殺して貰えるとでも思っとったんやろ。ホンマに愚神を呼び出したんやったら、舐めた考えやけどな」
リィ――本名は、マパチェ・デルクス(az0036hero002)。
能力者であった土胜人の願いに応え、風寿神と新たな誓約を結んだ。この先を見届けるために。
「ソウシャは心底意地の悪い奴やからな。死にたがっとる人間はまず殺さん。心変わりして、先の人生を望んだときにようやく笑いながら殺す。そうすると『いい音』がするんやて」
奏者が最も好む楽器は、人間の心。
人が悲嘆に暮れるとき、最も美しい音を出す。彼は、それを音として知覚する。
ただし、それを糧としているわけではない。あくまで嗜好品として、悲嘆の心を好む。
「死神の姐ちゃんも、澄んだいい音がするらしいで。他とは違うんやて。ソウシャの奴、姐ちゃんが悲しむことなら何でもしよるで?」
「そうか。では俺の兄という人も、さぞよい音がしたのであろう」
寿神が言うと、リィは顔を顰める。
「シェンレンは、なるべく何も感じんようにしとった」
「そうじゃろうか? 俺と兄は対の存在、なにやらわかる気がするのじゃ。奏者が兄に俺を殺せと命令した意味、兄が何も感じない振りをしていた意味、リィに何も告げなかった意味」
「訳知り顔すんな」
リィは寿神をキッと睨む。誓約を結んだといっても、ソロのように仲良しというわけにはいかない。
「確かに、俺は悲しい。兄が俺の捨てた運命を背負わねばならなかったことも、俺の身代わりとして奏者に囚われたことも、敵対する言葉しか交わせず命を落としたことも」
ぎゅっと唇を噛み、リィは押し黙っている。
「じゃが、兄の傍にリィが居てよかったのじゃ。全てが報われよう。じゃからこの先は、俺がリィを守ろう」
長い沈黙が流れる。リィは細かく震えていた。
「…………自分ら二人、似とらへんと思とったけど、そっくりやな。勝手なとこが」
●見えない刃
奏者は、きわめて用心深い。従魔と他人を扱うことに長け、滅多なことでは自分の能力を見せはしない。
なるべくなら逃げろ。
以下は、そうできなかった場合に備えて記す。
奏者の支配下にある研究所では、いくつかの従魔を調整している。
カプセルとして人に飲ませて支配するもの、獣に与えてその力を強化するもの。
そのいくつかには、もう遭遇しているだろう。
奏者は組織を通じ、幅広い情報網も持っている。もし奏者が本気で追うなら、逃げ切ることは困難だ。
音の支配と、見えない刃には気をつけろ。
奴は自分の音を消す。そして音もなく近寄る。
山茶郷は、見えない刃によって滅ぼされた。
刃は奴を中心に飛ぶ。
一度に広範囲を切り裂く。
視認はできない。
ただし、硬いものは透過できない。
遠くのものは斬れない。
●四川省、豊都
「奏者には、一度会ってみようと思うのじゃ」
寿神は静かに言った。
「連絡がつきそうな場所、その四川省の研究所とやらに、手紙を送っておいた、会いたいので訪ねると」
奏者が寿神に何らかの執着を持っているという話が本当ならば、何かしらのリアクションはあるだろう。
「それ果たし状やん。姐ちゃん、切り刻まれるで」
こちらから奏者にアクセスできる可能性のあるのは、四川の豊都、平都山にある研究所。
場所は寿神の兄が遺した資料に書いてあった。
尻尾切りと移動を続ける蜥蜴市場――『黒蛇』の、動かない拠点とも言える場所。
「ひとりで行くわけではない、仲間を募る。俺も死なない程度になるよう、留意しよう。リィ、共に来てくれ」
「ええ度胸やな、姐ちゃん。うちにとっても奏者は仇や。いつまでものさばらせんわ」
リィは挑戦的な笑みを浮かべる。
研究所は平都山の中腹にあり、広い敷地に二階建ての建物が建っている。
幹部と呼ばれていたリィ達でも、入ったことがあるのは物資の受け渡しに使う一階のエントランスだけ。
「まあ、幹部っちゅうんはソウシャの都合よく動かせる駒の意味やからな」
それでも、特権のある地位を奪い合い、内部では静かな争いが繰り広げられていたのだと、リィは言う。
密告、讒言、裏切りは日常茶飯事。
奏者の下についてからというもの、心休まる日などなかった。
そしておそらく、内部告発によって胜人は死んだ。
告発者のことはもうどうでもいい。だが元凶であり、手を下した奏者のことは許さない。
「どのみち、いつか殺すつもりやった」
そうしなければ自由になれないと、知っていたから。
リィはこの世界に来て、出会った胜人を幸せにしてあげたかった。
もっと自由に、笑わせてあげたかった。
もう、叶わない。
「うち、何でもしたるわ。ソウシャを殺すためやったら」
解説
目標:四川省の研究所に行き、遭遇する奏者の能力を探る
●奏者
・『黒蛇』に所属し、蜥蜴市場を取り仕切る愚神
・人間の悲嘆、苦痛を好む
・寿神の恩人、笛吹芽瑠の体を依代とする
・寿神に執着しており、寿神が来るとわかれば、苦痛を与える為に必ず来る
《消音》
・自分の立てるあらゆる音を消す
《見えない刃》
・範囲3で水平に不可視の刃が飛ぶ、盾は有効
・射程は限られるが、正確な飛距離は不明
研究所模式図・ノンスケール】
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■ □□□□◎◎□□□□ ■
■ □□ 入口 □□ ■
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■■■■■■■門■■■■■■■■
□;建物、1辺約20sq ◎;エントランス位置
■;塀、高さ約4m
・敷地内は見晴らしのよい緑地
・胡蝶、血鉤、冥蛇、首なし、青光の元となる従魔を調整した研究所
・門は暗証番号制であり、リィが番号を知っている。ただし監視カメラがあり、出入りは記録されている
※『奏でる者』『見えない刃』は手紙の内容であり、PC情報です。
リプレイ
●冥府の入り口
四川省の豊都には、北陰大帝の伝説がある。
元々は架空の都と同じ音を持つという理由で噂が広まり、長い年月のうちに冥府の入り口としての評判が定着した場所ではあるが。
「『黒蛇』がここを拠点に選んだ理由があるかは知らん。どうせちょっとした遊び心やろ」
愚神は、異世界からの来訪者。
『黒蛇』の支配者が北陰大帝を名乗っても、それはほんの隠喩のようなものとリィは考えていた。
目的地の周辺は緑に溢れ、高級住宅地のようにも見えるが、主に研究施設のための地域である。
青々とした緑地は緊急時の爆発と汚染のリスクの緩衝地帯であり、外界を遮断するための防御地帯でもある。
「一方的に日時を指定したが、来るじゃろうか」
寿神は落ち着きなく視線を彷徨わせている。
十年前に姿を消した寿神の恩人、笛吹芽瑠。
探し続けたその人は、蜥蜴市場を取り仕切る愚神として見つかった。
『来るんちゃう? ソウシャは冷酷で用心深い癖に、趣味嗜好に関しては桁外れの手間掛けよるし』
正確には、愚神の依代。愚神の人格と人間である芽瑠は別々の人格であり、奏者の名は人間である芽瑠がつけたものらしい。
そしてリィと能力者のシェンレンが奏者の配下になっておよそ十年、人間としての芽瑠の人格が表に現れたという事象は確認されていない。芽瑠の人格の残存は絶望的、と寿神は考えている。
「自分の愉しみの為に手間を惜しまない、か……厄介だな」
性質の悪い奴だとベルフ(aa0919hero001)は顔を顰める。
「だからこそ、ここで少しでも尻尾を捕らえないとね」
九字原 昂(aa0919)は頷いた。周到で狡猾な蜥蜴市場の元締めが奏者なのだとしたら、ようやく本体にまみえることになる。ベルフは重ねて言う。
『このまま裏で暗躍できると思ったら、大間違いだと教えてやれ』
「あンたに苦痛を与える目的でオレ達が先にやられるトカ、あんじゃねェの?」
奏者がもし蜥蜴市場の一連の事件の黒幕であるなら、倫理観など一切期待できないとヤナギ・エヴァンス(aa5226)は言う。
「尤もじゃ。皆を余計な危険に晒して申し訳ない」
寿神は俯き、黒いヴェールが表情を隠す。
「別に愚神との戦闘で危険があるのは普通だわ。いつまでも逃げられるより、こちらを狙ってくれたほうが対処のしようもあるし」
鬼灯 佐千子(aa2526)は覚悟を決めた表情だった。多少の傷を負ってでも、愚神の正体を見極める。
「友人を見捨てるほど、俺は薄情じゃないぜ? 世は愚神の王のことでもちきりでも」
沖 一真(aa3591)は安心させるように友の肩を叩いた。寿神はマイナスの感情をひたすら自分に向ける傾向がある。
『寿神さん、絶対守ってみせます。任せて』
月夜(aa3591hero001)も揺るがぬ意思を笑顔に載せる。
「俺も別に非難してるワケじゃねェぜ? 敵の行動パターンの話だ」
持っときな、とヤナギは予備のスマホを寿神に投げて寄越す。
もしもの時は、GPS機能で追跡できるように。
「鬼灯殿から頂いた通信機もあるのじゃ。これで俺が捕まれば、敵の追跡が出来ような」
寿神の耳には、イヤカフ型の通信機が装着されている。
佐千子所有の通信機と対であり、居場所がわかるようになっている。
『姐ちゃんのあかんのはそういうとこやで。キツネの奴も怒るわ』
第一英雄のソロは安全のため幻想蝶に入り、香港支部で保管されている。
奏者の目的が寿神の苦痛であるならば、英雄への手出しは充分にありうるからだ。
『ソウシャの奴が出てきよったら、うちが姐ちゃんを下がらせる。援護射撃は任せたってや』
リィは寿神と手を合わせる。アルビノ同士の共鳴に呼応するように、寿神の服も純白に染まる。
「おや。リィは俺の義姉上になりたかったのであろうか?」
共鳴により容貌も体つきもぐっと女性らしくなり、真っ白なドレスとヴェールは花嫁姿を想起させた。
『(やかましい。うちは見かけより大人なんやで? 大人の女をからかうなや)』
リィは寿神の手を通し、暗証番号を入力する。
電子ロックが外れ、入り口の鉄柵がゆっくりと開く。そしてこの開閉は建物側からモニターされている。
誰よりも先に、寿神が一歩を踏み出した。
「行こう。ロビーまでなら、リィが行ったことがある。攻撃用の罠はない」
●愚神、奏者
研究所の内部は、しんと静まり返っていた。
ロビーは広いスペースがあるが、観葉植物もソファも見当たらない殺風景なただの箱型空間である。
リィによれば、物資の受け渡しはここで行われ、奥に足を踏み入れることはなかったとのこと。
いまは人の気配はなく、機械の作動音も聞こえない。
「お留守かしらね」
佐千子はリタ(aa2526hero001)と共鳴し、モスケールを起動した。
レーダーユニットは稼動時にライヴスが鱗粉のように輝いて目立つが、今回はそれも織り込み済みである。
「(来るなら来なさい……返り討ちにしてあげる)」
敵の能力は聞こえない、見えない。
我が身で受けるまでわからないものならば、受けてみるまで。
「ようやく会えたね、スー。私の可愛い養い子」
忽然と、ロビーの端に中年の男が立っていた。
否、音が――気配がないため、廊下へ続くドアが開いたのにいま気づいたのだ。
モスケールの索敵範囲にも、入ったばかりの距離。
「俺を養ってくれたのは『めー』であり、愚神ではないじゃろう?」
寿神が笛吹芽瑠に拾われたのは、十二のとき。
生きるのに必要な愛情も知識も、幸せも教えて貰った。
『めー』は愛する家族を失った、孤独な人間だった。
決して、残忍で狡猾な愚神の仮の姿ではない。
「『私』も居たのだよ、君達は三人で暮らしていると思っていただろうがね、見えない四人目として、常に傍に居た」
愚神は自ら休眠することも出来る、と愚神アッシェグルートは言っていた。
そしてすべての活動を抑えて眠りについても、意識だけを覚醒させることも可能であると。
「あンたさぁ……、若い娘を追い回して、ストーカーか?」
ヤナギは肺いっぱいに吸い込んだ煙を吐き出した。
通常の任務中に煙草を嗜むことはないが、今回は特別。
見えない攻撃が空気を動かすものであれば、煙の動きで何かわかるかもしれない。
「追うのは私ではなくスーだよ。大きくなったね、スー。今日は花嫁姿でも見せに来てくれたのかな?」
愚神は寿神に向き直る。
「相手はおらぬ。殺されたのでな」
白い服の寿神は、硬い表情で答えた。
「……ああ、マパチェと誓約したんだね? マパチェも、能力者が大事なら『食べて』しまえばよかったのに。そうすれば記憶も人格も永遠にそのままで、ひとつになれたのに」
『誰が……ッ!! シェンレンを食い殺して、愚神に……なんぞなるかぁ……ッ!!!』
愚神の言葉に刺激され、声がリィ、つまりマパチェに切り替わる。
激昂による共鳴主体の交代。怒っているのは、寿神も同様かもしれない。
「奴の言葉に乗るな、リィ! 自分で言っただろう、下がれ!」
一真が庇うように前に出て、愚神を巻き込み結界を張り巡らせる。
「気をつけて。援軍が来るようよ」
佐千子のモスケールには、愚神に続く光点が映っていた。
二つ、三つと次々に現れる。
「……ところで君、ここは禁煙だ」
重力が倍化するような圧が掛かる中、意に介さないかのように愚神はヤナギのくゆらす煙を指さした。
「だろうな、灰皿ねェし。煙草吸われるとマズいことでもあンの?」
指先で煙草を弾き、ヤナギはわざとらしく灰を床に落とす。
「空気に異物が混じると、研究員が嫌がる」
「あっそ。じゃあ匂い消しにコレでも」
ヤナギは結界のぎりぎりから香水の瓶を投げ、愚神の頭上で撃ち抜く。
重圧空間の中、愚神は動かずにそれを浴びる……かに見えた。
小瓶の残骸が床に落ち、高い音を立てる。
煙草の煙が、ふわりと揺れる。
破片も香水の飛沫も愚神を直前で避けるように、床に落ちた。
強い芳香が、周囲に満ちる。
「敵を知るには、ぶつかってみるのが一番早い!」
『(正面突破! 楽しそうだわ!)』
まっすぐな性質の雨宮 葵(aa4783)と、やる気のときほど能力者を酷い目にあわせる天然鬼姫の彩(aa4783hero002)。
ブラックボックスの『金の掌』で、奏者が現れたときにロビーの真ん中に土壁を出現させておいた。
土壁は背中を預ける壁であると同時に、退けば防壁となる。
「『蒼の神よ! 絶対零度の檻で我らの敵を捕らえよ!』」
結界の重圧に耐え、冷気のライヴスに重ねて水流を巻き起こす。
凍結した氷が愚神を縛るはずが、水流は愚神の周囲にぽっかりと穴を開けるようにして氷となる。
ヤナギはライヴスゴーグルで、その様子を観察していた。
愚神の周囲を、繭のように取り囲むライヴスの層がある。
そして、そこから流れ出たライヴスが、嵐のように渦を巻く。
「攻撃が来るぞ、備えろ!」
ヤナギが叫ぶ。確証はなかった。だが当たっていた。
刃の形状をしたライヴスが空を切る。
「下がって!」
佐千子が女神の大盾「モコシ」を掲げて葵を庇う。
今回の佐千子は盾役である。最も危険な位置で、敵の攻撃を見極める。
「それがお前の能力か?」
離れて立つ一真には刃は届かなかった。その前に消失した。
周囲には何らかの障壁があり、ライヴスによる攻撃は肉眼では不可視だが、ライヴスの流れで見切ることができる。
早い段階でそれがわかったのは僥倖だ。対策の立てようもある。
愚神はニィ、と嗤う。
「私は野蛮な争いは苦手でね」
背後の扉から、蛇の尾を生やした鼠が六匹走り出た。
大きさは子犬ほど。足元を俊敏に走り回る。
続いて首無し従魔が四体ほど。槍と盾を捧げ持つ。
奏者が後方に退こうとしたとき、低い位置から白く輝く切っ先が迫った。
潜伏していた昂のザ・キラー。
しかし必殺の一撃は、前に出てきた首無し従魔によって防がれる。
「見えているよ。この部屋は潜む場所を廃した設計、かくれんぼには向かない」
愚神は余裕たっぷりに言い放ち、間髪を入れずスキルの刃を放った。
昂は不可視の攻撃を咄嗟には避けきれず、ダメージを肩代わりした祈りの御守りが砕け散る。
「なら、遠距離からはどうじゃ?」
毒のライヴスを含んだ矢が飛来し、奏者は右腕でそれを受けた。
「妾は初春と申す。できれば見知り置くことなくこの場でくたばっていただけると幸い至極!」
同じく潜伏していた天城 初春(aa5268)は、勝ち誇ったように名乗りを上げる。
「ところで貴殿が寿神殿を付け狙う理由はなんじゃ? お主自身の性質か、笛吹殿の意思か」
「私もそれを知りたい、何故スーだけがこんなにも澄んだ音色を奏で、私を惹きつけるのか」
奏者は歌うように言った。
「隔離されて育ったから? 差別が澄んだ心を磨いたのか、それとも生まれついてのものか? 何度か子供を手に入れて実験したが、どの子もうまく育たず、廃棄せざるを得なかった。残念なことだ」
愚神の歪んだ執着に、一同怖気立つ。
「馬鹿にすんな……! 音は……魂は……! そんな風にして奏でるモンじゃねェ!!」
『(この……腐れ愚神が!)』
音楽アーティストのヤナギと、子供に慈愛を注ぐ辰宮 稲荷姫(aa5268hero002)にとっては、心の琴線を激しく揺さぶるものがあったらしい。漆黒の拳銃と、金鯱の弓が愚神を狙う。
だがこの攻撃は読まれていた。二人の攻撃は首無しの持つ盾に防がれ、その隙に鼠従魔が腕に、脚に噛み付く。
「奴の話を聞くな! 愚神にだけ意識を向けると、従魔が攻撃してくるぞ!」
一真は鼠従魔に向けて魔法の炎を炸裂させる。
愚神が人間の問いに正しく答える必要などない。それにいちいち心揺らされるのは、あまりに真実味があるから。
『やからうち、言うたやん! アイツは心底胸糞悪い奴やって!』
リィがライフルで従魔を狙い、愚神の不機嫌な声が響く。
「マパチェ、君は黙りなさい。私はスーと話をするために来た」
「ひええ……あちこちぱっくり斬れてる……」
葵は起き上がり、傷を確かめて慄いた。
鋭い刃だったらしく、痛みはそれほどない。
この傷のすべてが本格的に出血しだしたらおおごとだと、急いで賢者の欠片を噛み砕く。
「魔法用の盾では、効果はいまいちね」
佐千子もアイテムで回復し、レアメタルシールドに換装した。盾が小型になった分、正確に受けなければならない。
愚神は首無し従魔に取り囲まれ、悠々と歩いている。
鼠も首無しも、あらかじめ条件付けられた超音波の笛ではなく、愚神の命令を直接受けて動いているらしい。動きに迷いがない。
愚神は一直線に、寿神に向かって歩く。
『もうええわ! お前が黙れや!』
リィの叫びと共に、一発の銃弾が愚神の眉間を撃ち抜いた。
愚神の体は後ろに傾ぐが、血飛沫はなく、飛び散る脳漿もない。
傾いだ体は、ゆらりと持ち直す。
眉間に乾いた傷、目はうつろだ。
「スー……、なんて酷いことをするんだ、この体は今まで生きていたのに。親殺しは大罪だよ……」
うえっ、ゾンビ……! と葵が微かに呻いた。
「父親を殺し、母親を殺し、育ての親も殺すのか。君は罰を受けねばならない。さあ、一緒においで」
寿神に向かって、愚神は手を差し伸べる。
カタカタと、寿神は震えていた。震える手で、もう一度引き金を引く。
次の銃弾は左胸に命中した。これも血は流れない。
胸の傷に愚神はわずかに眉を顰め、幼子を宥めすかすようにやさしい声を掛ける。
「駄々をこねるのはよすんだ、スー。ここにいる全員が死んでもいいのかい?」
「そうはいかないわ」
愚神の思惑を否定する、佐千子の鮮やかな声。
白刃がひらめき、奏者の右肩に斬りつける。潜伏からの昂のザ・キラー。
腕を斬り落とすつもりで、関節を狙う。
「食らえー!」
葵が消火器を噴霧する。細かな粉が風に舞う。
粉の動きで、奏者の周囲で空気が渦巻くのが見えた。
空気の中に、形あるものが生じる。水平三日月状の刃。
見えていれば、受けるのも容易い。
至近距離での鏡面反射で攻撃を返し、愚神の胴が激しく裂けた。
「貴方、思ったより臆病なのね。スキルを二度受けるのにこんなに苦労するなんて」
愚神は辛うじてぶら下がっている右腕を押さえて佐千子に視線を投げ、ニィと嗤う。
「安売りはしないのだよ、私は下賎とは違うのでね」
左手を振ると、袖口から胡蝶が飛び出し舞い踊る。
極彩色の光が視界を埋め、気づいたときには愚神は消えていた。
●英雄と能力者
『もう……ええ加減にして欲しいわ。あのバケモノ……急所ないん……?』
共鳴解除したリィは、ぐったりと床に突っ伏した。相当な精神的ダメージを食らったようだ。
『急所はあるだろう。盾で防がせていたからな。ただそれは眉間でも心臓でもなかったということだ。有益な情報だ』
リタは冷静に分析した。
仕留めるには蜂の巣状に撃ち抜いて急所を探すか、高火力で吹き飛ばすか。
今回判明した情報を使えば、いくらでもやりようはあるだろう。
『リィさん、よく頑張ったね』
月夜は突っ伏したリィの白い髪を撫でる。
危なっかしいところもあるが、リィは寿神を守るために精一杯のことをした。
リィのほうも、『うち、大人なんやで……?』といったまま、まるい狸耳も撫でられるままにしていた。
実年齢はともかく、そうしていると十歳の子供にしか見えない。
『(英雄が能力者を食べると愚神になるって、本当? 黒蛇には、そうやって愚神になった英雄はいたの?)』
聞いてみたかったが、いまはやめておいた。
愚神商人はなんと言っていただろうか?
英雄と愚神が元は同じ存在だということと、関係があるのだろうか。
どのみち月夜と能力者は誓約で結ばれた、互いになくてはならない存在で、食べる予定は無い。
リィも十年ほど『黒蛇』に所属していたが、能力者を食べたわけではない。あくまで英雄のまま。
それは自分たちは、愚神にはならないということ。
つまりは、そういうことだろう。
愚神が去った後、残された従魔達は急速に統率力を失い瓦解した。
そして、研究所を調べてみたが、もぬけの殻だった。
研究員はおろか、研究機器の類も運び出されていた。
四川研究所も山茶郷も長く使われた拠点で、同じ規模のものはそう簡単に探せないはずだが、とリィもいぶかしむ。
「多少の迷いはあったが、やはり依代の体は完全に死んでおるらしい」
愚神はさも生きていたかのように寿神に語ったが、あの傷は生きた人間のものではありえない。
「恩人の為に俺がしてやれることは、あの体をこれ以上愚神に使わせぬことじゃろうな」
「ですな。たとえ遺体が残らずとも、それが一番の弔いになりましょうぞ」
初春も頷いた。愚神の陰湿さはわかった。自分が芽瑠の立場であったら、何よりも愚神の殲滅を望む。
「人間の姿してっから、ちったあ人間らしい考え方もあンのかと思ったケド、そうでもねェのな」
愚神を呼び出したという、笛吹芽瑠の意思。
彼はなにを憎んで愚神を呼んだのか。愚神はその願いを汲んだのか。
あえて寿神の故郷である山茶郷を滅ぼしたのは何故か。
『どうやら、そういう期待をするだけ無駄のようですね』
静瑠(aa5226hero001)は小さく溜息をつく。悪趣味を煮詰めたような悪趣味。
まともに取り合おうとすれば、こちらの心が削られる。
「愚神の考えを、理解できると思わないほうがいいんじゃないか」
一真は愚神を理解しきれるとは思っていない。
人間とそっくりの姿を取っていても、彼らは異世界の異質な存在。
「ケドな、俺達をムカつかせる言葉選びが出来るってコトは、アイツは俺達を理解はしてるってコトだろ?」
『不愉快なことです』
ヤナギの解釈に、静瑠は一層眉を顰める。
「ソウシャにとって、人間の命は数やねん。人口抑制政策に苦慮しとるこの国で、数を減らすのはイイコト、とか言いよるの聞いたことあんねん」
リィが起き出し、会話に参加してきた。
『自分に都合よく論理を捻じ曲げる手合いはどこにでもいる。いちいち相手にする必要はない』
ベルフは闇社会のやり方を知っている。どんな悪も自分を正当化する。
『そうですな。もう悪即斬でちょうどよいのでしょうな』
知りたいことは知れた、と稲荷姫も言う。
子供でも容赦なく害する、唾棄すべき相手。それで充分だ。
「そうね、行動パターンとして理解できるトコはあるわよ? 用心深く狡猾だというのは、裏を返せば自信が無く臆病ってコト。そうじゃないかしら?」
佐千子もヴィランをたびたび相手取っている。悪人の心理には詳しい。
「見えない刃は見えないだけで、粉塵を弾く実体としてそこにあります。周辺に気流が生じていたことから圧縮された空気、あるいは逆に真空が考えられますが、対策としてはどちらでも変わらないでしょう」
昂が淡々と観察結果を述べる。
「射程はだいたいわかった。射程外にいればスキルの攻撃は受けないが、従魔で攻撃される場合がある。俺は、愚神の言葉にも惑わされるべきじゃないと思う」
愚神はこちらの注意を乱すために会話をしている可能性もある、と一真は見ている。
おそらく、あの体はとっくに死んでいる。だとすれば、相手の動揺を誘う目的で躊躇無く嘘もつく。
『せっかく音を消すスキルがあるなら、永久に黙っていていただきたいですが』
「それな、静瑠。声が聞こえるってェコトは、そのときは音は消えてねェ。ライヴスの繭みたいなヤツも、ゴーグルで見ると開いたり閉じたりしてたゼ?」
消音のスキルは、周囲に張り巡らされた繭状の障壁が関係しているのだろう、とヤナギは考察する。
「その繭みたいな障壁が、冷気と水を防いだってコトかな? だったらあまり大きなものじゃないね!」
葵のブラックボックスのスキルで作るはずだった、氷の檻。
それはわずかな隙間ですり抜けられた。
「強度も無いでしょうな。攻撃を防ぐ強度があるなら、従魔に盾持ちをさせる必要がありませんじゃ」
実際に刀、弓、銃弾の攻撃は奏者に当たっている、と初春は言う。
「そンでさ、これからどうする?」
ヤナギは小さな紙片をひらひらさせた。
「あのあと鷹の目を飛ばしてたンだが、この研究所の敷地内から怪しい車が出てったのを見たゼ。おそらく北へ向かったと思う。ナンバーは控えておいたケド」
窓ガラスは加工されていて、誰が乗っているかは確認できなかったという。
「かたじけない、有力な手がかりになろう。リィ、四川から北でなにか心当たりはあるじゃろうか?」
寿神は礼を言ってメモを受け取った。
『この国は広いんやで? いくらでも行くとこはあるやろ』
あきれたようにリィは言う。
『ただな、ヤツらは急速に拠点を畳みよる。そろそろ上のヤツと合流するんやない?』
「北陰大帝とかいう輩ですかの。北京で犯行声明を出した」
初春は北京での電波ジャックを思い出す。
子供の姿はしていても、あの愚神も邪悪である。
多くを殺し、死者を冒涜した。
「蜥蜴、いや蛇の頭か……」
この国の内外で尻尾切りを繰り返しながら這い回った蜥蜴市場。
そしてその背後で愚神に支配され、愚神の支援を続けた黒蛇。
そろそろ、決着をつける頃合いであろう。
寿神はそっと呟いた。