本部

彼女の目的

落合 陽子

形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
7人 / 4~7人
英雄
7人 / 0~7人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2019/01/22 21:44

掲示板

オープニング

●鳩
 時折、思い出す。引き金を引く一瞬前に。胸を血に染めた鳩を思い出す。取り返しのつかない失敗の証。あの一撃を外さなければあのひとは死ななかった。外した一撃は鳩を貫いた。そして、敵の攻撃をあのひとは受けた。始めて組んだ刑事の胸を。そしてあのひとは死んだ。そしてあのひとを殺した愚神ーーヤチトセはまだ生きている。

「何回も言うけど」
 レター・インレットは煙草に火をつけた。
「あたしは反対だから」
 ジェンナ・ユキ・タカネは何も言わずにうなずくとドアを開け、外へ出た。ユキが初めて相棒を喪った日と同じくらい晴れていた。

●蹂躙
 ヨークシャーから車で小一時間の別荘地。そこは廃墟と化していた。その中心には巨大な毛玉が浮いており、口から無数のバスケットボールくらいの毛玉を吐き出している。吐き出された毛玉は口から炎や烈風、水の刃を吐き出し、街を破壊していた。
「……」
 その様子を巨大毛玉の上で振り袖を着た女性が静に眺めていた。大振りの薙刀を手にしている。一見、普通の人間に見えるが、明らかに目の色が常人と異なっている。愚神だ。
「助けて!」
「逃げろ!」
「落ち着いて避難してください!!」
 人々の悲鳴が響く。シーズンオフとは言え、一定数そこで暮らす人々がいるのだ。警察は必死に避難誘導しているが、毛玉たちの攻撃のスピードについてこれない。
「HOPEはまだか!」

●死闘
 巨大毛玉の上の愚神ーーヤチトセは眉を寄せた。能力者のライヴスを感じない。だが、毛玉は減っている。それもかなりのスピードで。
(まさか)
 ヤチトセは毛玉から飛び降りた。まるでそれを狙ってたかのように、人影がヤチトセへと飛び出した。咄嗟に飛び退いたヤチトセの喉元のわずか外を銃弾が横切った。
「貴様」
「久しぶりね。覚えているかしら」
 ユキ銃を構えたまま言った。
「お前か。ポヤパヤプーをやったのは」
「あの毛玉に力を与えすぎたわね。お陰で同士討ちが可能になった」
「どういうつもりだ。リンクもせずに私の前に姿を現すとは。復讐にとらわれ気でもおかしくなったか」
「必要ないからしなかった。それだけよ」
 ユキは地を蹴った。ヤチトセは薙刀を振り下ろした。ユキはそれを紙一重で避け、足払いをかける。ヤチトセは軽く飛んだだけでそれをかわす。初めの内は対等な攻防戦に見えたが、次第にユキの動きが鈍くなった。ついにヤチトセの手がユキの首をつかんだ。
「やはりおかしくなったか。お前はただの人間だ。例え奥の手があってもこうなってしまえばもう無意味。復讐は果たせず仕舞い。哀れな」
「復讐?」
 ユキは途切れ途切れに言った。
「私がお前を倒しにきたのはヨークシャー近くで暴れたからだ。あそこには私の大事な人たちがいる。復讐にとらわれているのはお前だ。なぜだか知らないけれど、お前はいつも私か私の知り合いがいるそばで事件を起こす」
 ユキの目が光る。
「自意識過剰もここまでくればギャグね」
「貴様!」
 ヤチトセの薙刀が振り下ろされた。
「!」
 だが、薙刀はユキに届かなかった。ヤチトセの腹には刀が突き刺さっていた。ユキの首から手が離れる。
「レター・インレット」
「怒りに我を忘れると本当にまわり見えなくなるのね」
「貴様、人間を陽動に」
「あたしの作戦じゃないけどね」
 刀に力がこもる。ユキとレターがリンクしたのだ。刀を刺したまま巨大毛玉まで投げ飛ばした。ヤチトセは巨大毛玉に刀で固定される。ユキはすぐに銃を構え、撃つ。連射による煙がヤチトセを覆い尽くす。ユキは銃を捨て、剣を片手に地を蹴った。
 だが。
「がっ」
 ユキの肩に薙刀が突き刺さった。
「やち、とせ」
 ヤチトセはユキの肩から薙刀を引き抜いた。ユキの悲鳴が響く。その薙刀が今度は腹を薙ぐ。リンクが解けていく。限界だ。
「今度こそ終わりだ。ジェンナ・ユキ・タカネ」
「終わりはお前もだ」
 ユキは途切れ途切れに言う。
「もうすぐエージェントたちが来る。戦力は半減させた。データもたっぷり渡してある。少人数でお前たちを根絶やしに出来る。ここまで深手を負ったのは計算外だったけど」
 ユキもはや意識を失いかけているレターに手を延ばした。
「ごめん。レタ」
 薙刀が振り下ろされる。ユキは再びヤチトセを見た。ヤチトセの顔色が変わる。
「その目をやめろ! 人間風情が!!」
「残念だ」
 ユキの言葉が風に流れた。

解説

●目的
 愚神、従魔討伐。現場にいる人々の救助支援

●背景
 街を蹂躙する愚神と従魔。過去に因縁のあるリンカーが挑み、戦力を半減させる。しかし、リンカーは英雄と共に瀕死の重体。今まさに殺されようとしている。

●敵情報
 ヤチトセ
・巨大な薙刀が武器の愚神。実力は最強クラスに準じるほどだが、怒りに我を忘れると視野が大幅に狭まる欠点を持つ。過去に因縁のあるリンカーの作戦によって、戦力は半減するが、それでも十分強い。

 ポヤパヤプー
・巨大な毛玉。口から大量の毛玉を吐く。吐かれた毛玉はそれぞれ口から炎や烈風、水の刃を吐き出す。それぞれ独自で動き、攻撃力も強いがそれ故、同士討ちされられることも。現在、とあるリンカーの攻撃を受け、はかれる毛玉の数は一時半減したが、今は微減程度。

●場所
・シーズンオフの別荘地。シーズンオフなのでひとは少ないが、住民は今も避難している。警察の誘導は間に合っていない。

●その他登場人物 
 ジェンナ・ユキ・タカネ
・ロンドン警視庁刑事でリンカー。リンカーになる前、ユキのアシストの失敗もあり(看板を撃つはずが、突如現れた鳩を撃ってしまった)初めて組んだ能力者の刑事をヤチトセによって殺されている。ヤチトセとポヤパヤプーについて知り尽くしており、それを利用して彼女らの戦力を半減させたが、現在は瀕死の重傷。彼女の戦いの映像はHOPEに通信されている。

 レター・インレット
・ユキの英雄。今回の作戦に最後まで反対していたが、協力する。ユキと共にヤチトセたちを追いつめたが、反撃され瀕死の重傷を負う。

リプレイ

●それぞれの思い
「タカネさんがここまでやってくれた。あとは僕たちが、必ず倒す」
 魂置 薙(aa1688)の声には強い意志がこもっている。
愚神は奪うから嫌いだ。もう何も奪わせない。その為にエージェントになったんだ。その思いをよく知るエル・ル・アヴィシニア(aa1688hero001)が肯く。
「あの愚神にもタカネにも、HOPEの戦いと言うものを見せてやろうではないか」
(タカネの状況に嘗ての自分を見ている薙が、愚神への憎しみや復讐に捕らわれた行動を取らぬか心配だったが)
薙とともに向かいながら思う。
(この分なら心配はなさそうだの)
「ジェンナさん……また無茶を」
隣で皆月 若葉(aa0778)は顔を曇らせた。
「だが……被害が抑えられたのも事実だ」
 ラドシアス(aa0778hero001)が言う。
「……無駄にはしないよ」
 若葉の言葉にラドシアスが肯く。
「無論」


「敵は相当の手練のようね……」
マイヤ サーア(aa1445hero001)が言う。
「仲間が討伐に専念できるよう、先ずは状況への対処だ」
 迫間 央(aa1445)はスマホを取り出す。連絡先は現地警察。目的は避難の進捗状況だ。
「避難状況ですが。はいはい。南西地区ですね。わかりました。そちらへ向かいます」
 目指すは避難誘導の手が及んでいない地域。住民はまだ危険にさらされている場所。
「それから」

「救急車をお願いします。場所は――」
 拓海は央の情報を元に救急車を手配すると送られてきた資料を見る。
「あの愚神、ユキさんの相棒を」
 数年前ヤチトセが初めてHOPEに認識された事件。ヤチトセは裏で麻薬組織の糸を引いていた。解明したのはロンドン警視庁の刑事。討伐に当たったのは同刑事。
「ダイル・ブラック捜査官、殉職。ジェンナ・ユキ・タカネ捜査官、全治3ヶ月。……絶対に守る」
 荒木 拓海(aa1049)の呟きにメリッサ インガルズ(aa1049hero001)が問う。
「何を守るの?」
「ユキさん、レターさん……そして、ここに居る皆の思い
ニカッと笑う巧みに「大きく出たわね」とメリッサも微笑を浮かべる。
「行きましょう」
 共鳴したふたりが向かうのは避難の人が多い場。毛玉を殲滅する。

「さぁ、毛玉掃除と行こうか!」
 赤城 龍哉(aa0090)はヴァルトラウテ(aa0090hero001)とリンクすると毛玉集団の中に突入する。ユキは、恐らく自分を囮に毛玉の攻撃方向を誘導して同士討ちを図ったのだろう。その再現を狙う。
「因縁は判るが、ちょいと無茶が過ぎるぜ」
 龍哉が言う。ユキはこれをリンクしないまま行っていた。陽動のためとは言え危険すぎる。
「ですが、彼女たちが切り拓いた好機でもありますわ」
 ヴァルトラウテが言う。
「ああ。だから無駄にはできねぇな」
 龍哉は黒潮で毛玉を1匹引っ張りあげると別の毛玉の攻撃にぶつけた。

●救出
「あれは!」
 若葉と薙の目がユキと愚神を捉える。レターは倒れ、ユキも座り込んだまま動けないようだ。ユキの前には愚神ヤチトセ。薙刀が振り下ろされる。
「……頼んだよ」
 若葉はバーストした薙へクロスリンクしレートを全て託す。薙は大きく地を蹴った。
(間に合わないか)
 焦る薙。この距離では若葉の矢も間に合うか。ヤチトセの刃が届く直前、リンクした藤咲 仁菜(aa3237)とリオン クロフォード(aa3237hero001)が割り込んだ。アイギスの盾が間一髪間に合う。
だが、勢いに負け、吹っ飛ばされる。飛ばされながらエマージェンシーケアをレターへ放つ。レターの出血は止まったが、ユキとレターは動けない。ヤチトセの刃が光る。
 ヤチトセの体勢がわずかに崩れる。若葉のテレポショットだ。そこへヤチトセの体をライヴスの風が包む。アリス(aa1651)のゴーストウィンド。
薙の屠剣「神斬」と薙刀がぶつかる。薙刀を跳ね上げ、一撃を入れるが振袖を僅かに裂いただけ。
(なんて威力。リンクバーストしていなかったら、若葉とアリスさんの攻撃がなかったら危なかった)
「弱ってはいるようだがそれでも強い。無理はするな」
「うん。でも、みんなが来たら大丈夫。それまでここで抑える。削れるだけ削る」
 薙は剣を構え直す。
「エルル、力を貸して」
「タカネさん。貴女も結構無茶しいだよね」
 淡々と放たれたアリスの言葉にユキは苦笑する。
「まぁ、こっちは良いから休んでなよ」
 Alice(aa1651hero001)は振り向きもせずに言うと極獄宝典『アルスマギカ・リ・チューン』を出す。他が合流するまでに、多少は弱体化させておきたい。
「鬱陶しい。そこをどけ」
 ヤチトセが言う。
「ああ、そう。その声……」
 Aliceが呟く。

『ポヤパヤプーが誰のものか、だっけ? 私のよ。ヤチトセの』

 とある事件で愚神にポヤパヤプーを貸した愚神。ポヤパヤプーを通してエージェントたちに話しかけた――
「貴女だね」
 アリスが言う。ヤチトセの口調がかつてのそれと変わっているのは余裕がなくなっているからか。
「ジェンナさん。大丈夫ですか」
 若葉がユキとレターに応急処置を施す。
「皆、月さん」
 ユキの体を仁菜のケアレイが包む。
「怪我はないですか?」
「こちらのセリフです」
 ユキの言葉に仁菜は呆れた声を出す。
「ユキさんはヤチトセの最後を自分の目で見届けたいのでしょうけど。ここは私達を信じてまかせてください」
 現場にユキが残れば守るのに人手がいるだが、エージェントたちの人数ははぎりぎり倒せる可能性がある人数だ。全員で戦わないと倒せない。
「ここで終わらせてみせますから。ユキさんがここまで頑張った思いを無駄にはしません」
「ユキさん」
 拓海から無線が入る。
「頑張ったな……尊敬するよ。だから……ここからは皆を信じて病院で吉報を待って欲しい」
 もしもの時、皆やレターが【ユキがしてる後悔】を引継ぐ事にも成る無謀な策だったと思う。だが、自分にも挽回出来ない後悔がある。やり遂げようとしてる彼女を心から称えたいと感じ話す。
 ユキは首を振った。
「ここに残るなんてそんな馬鹿なことは言いません。今の私は戦力にならないどころか足でまとい。それに」
 重症とは思えない力強い笑みを浮かべる。
「あなたたちなら――託せる」
「行かせると思うか」
 アリスが放った炎を薙刀の風圧で払い、地を蹴った。若葉がテレポショットを放つ。回避されたが、勢いを殺すには十分だった。薙が迎え撃つ。
「お前の相手はこっちだ。それとも瀕死の人間一人がそんなに気になる?」
 怒らせるのは得意ではないが、煽って仲間を視界から外させ攻撃の隙を作る。
「これを」
 仁菜はユキとレターに賢者の欠片を飲ませる。レターは目を開けた。仁菜を見、ユキを見、もう一度仁菜を見る。
「地獄にしちゃ、随分可愛い子がいるのね」
「元気そうですね。幻想蝶の中に入れますか」
「はいはい――ユキをお願い」
 最後は小声で言うと幻想蝶へ。
「行きましょう」
 仁菜はユキを担ぐ。
「逃がさん!」
 ポヤパヤプーの口が開かれる。毛玉を吐きかける。
「行って」
 アリスが言う。仁菜とそれに先行して若葉が走る。いよいよ毛玉従魔が間合いに入ったところでアリスのブルームフレアがヤチトセを巻き込んで吹き荒れる。
「笑わせるな」
毛玉は全滅。だが、ヤチトセを囲んだ炎が霧散する。
「他所見してる余裕あるの?」
薙が一気呵成を帯びた一撃を浴びせかける。
「こんな攻撃」
 ヤチトセの薙刀がそれを跳ね上げ薙ごと振り飛ばすとアリスへ迫る。

 時やや遡り、街の南西部。
「焦らないでこっちに。こちらには従魔はいません。走らないで」
 マイヤと央は冷静に避難誘導を続ける。時折現れる毛玉を天叢雲剣でまとめて叩き切る。
「あの建物なら攻撃は届きません。落ち着いて行動してください」
 その時、仁菜から無線が入った。
「迫間さん。ユキさんを搬送します。救急車の待機場所は」
「了解」
 場所を告げるとマイヤに言う。
「急ごう。ヤチトセのところが手薄だ」

「こっちだ」
避難の人が多い街の中心部。左右離れた毛玉を銃撃し、毛玉を誘き寄せる。放たれる炎や水刃を周りに注意しながかわし、同士打ちを誘発する。同士討ちしきれなかった毛玉は斧を打込み確実に数を減らしていく。
「急いで避難を完了しなければキリがないわね」
 メリッサが言う。
「うん。急ごう」
 拓海は再び駆け出した。

「もうすぐですよ。ユキさん」
 何かを感じたのか、次第に毛玉が集まってくる。攻撃力はヤチトセに比べるまでもないが、ユキに当たれば致命傷になりかねない。
「しっかり捕まってて。ユキさん」
 若葉はフリーガーファウストG3に持ち替えると毛玉の群れへと引き金を引いた。着弾と同時に毛玉を一気に吹き飛ばす。その間を突っ切った。仕留めきれなかった毛玉の攻撃は若葉・仁菜の盾で阻む。
「こっちです!」
救急隊員が手招きする。
「ユキさん、つきましたよ。ユキさん!?」
 ユキからの返事はない。脈はある。気を失っているだけだ。
「後は俺達が……必ず守り抜きます」
 担架に乗せられるユキに若葉が言う。それはエージェントたちみんなの気持ち。救急車が行くと若葉は毛玉の群れへ。仁菜はヤチトセへ。

●殲滅へ
「ジェンナさん。無事搬送されたみたいですわね」
「ああ」
 ヴァルの言葉に龍哉は肯いた。目の前には数十体の毛玉。
「こっちもそろそろ終わりにするか」
「いい頃合ですわ」
 巨大毛玉は先程から同じ方向ばかりに毛玉を吐いている。どうやら倒すべき敵たちを認識したらしい。
「集めてるか?」
拓海の声が無線を通して聞こえた。
「おう。たっぷりとな」
「若葉は?」
「大量」
「トリオが命中した途端、集まってきた。無駄に知能があるのも考えものだな」
 ラドシアスが言う。
「こっちも同じく」
 拓海の周りにも無数の毛玉が浮かんでいる。
「時は満ちた、ね」
 メリッサが言う。
「よし、ぶつけ合おう!」
 3人は駆け出した。事前に場所は決めてある。蛇行し、時に、立ち止まり、攻撃を躱し、潰し合わせ、そして――
「次は本体だね」
 拓海の声を皮切りにそれぞれの武器を構え、地を蹴る。目指すは毛玉の大元、ポヤパヤプー。

「ユキさんとレターさんはもう大丈夫! あとはこいつを倒すだけだ!」
「皆で戦えば絶対倒せます。一気に行きましょう!」
 状況はよくない。いかな手練といえど、ふたりで対処できる敵ではない。薙もアリスも確実に消耗している。だが。こちらが押されていても白い盾を掲げて凛と立つ。戦場の空気を流れ変え、仲間を鼓舞するのも回復職の役目。
「ひとり増えたところで変わらん」
 薙を剣ごとヤチトセの薙刀が吹っ飛ばす。庇おうとした仁菜の鳩尾に石突が食い込む。数メートル飛ばされた。
「ポヤパヤプーが世話になった」
 瞬時に間合いを詰めたヤチトセの手がアリスの首を掴む。アリスの表情は髪に隠れてわからない。
「首の骨を折られるのと真っ二つにされるの、どちらがいい?」
「随分タカネさん達にご執心らしいけど……貴女がどう足掻いたところで、彼女達に届く事は無いよ」
 アリスの声がこぼれ落ちる。その目に宿るは勝利への確信。
「状況がわかっていないようだな。リンカー」
(私が実際何を考えているかはには関係ない)
 ただその人間は自分に勝てると思っている、そう思わせる表情をずっと貼り付けておくだけだ。
 怒れば視野が狭まるそうだね。でも、念のため。アリスの手がヤチトセの袖を掴む。霧風が生まれた。ゴーストウィンド。
「なんの真似……ぐっ!」
 ヤチトセの手から力が抜ける。アリスは咳き込みながら距離を取る。
「貴様」
 攻撃の主は央。接近を悟られぬよう気配を潜ませヤチトセの死角から忍び寄り【ザ・キラー】で一撃を見舞ったのだ。ヤチトセは薙刀を縦に持ち替え、貫くように振り下ろしたが、後退することで回避。
「遅くなった」
「まだ、私達の取り分以上に敵は健在みたいね」
「この程度の攻撃で勝った気か」
 薙が再び大きく地を蹴る。剣を大きく振りかぶった。
「血迷ったか」
 刃が薙のがら空きの腹部へと襲いかかった。仁菜が盾でカバー。だが、勢いは強く、薙もろとも飛ばされる。追い討ちをかけようとしたヤチトセの足元にアリスがアルスマギカからサンダーランスを放つ。ヤチトセは薙刀で払い除けた。一瞬の足止めの間に央が動く。【ジェミニ】の分身で撹乱しつつヤチトセの薙刀の間合いの内に入り、間合を切らせぬよう更に踏み込みながら長柄武具が最も対処しづらい両持手の手元を執拗に狙う事で敵の攻め手に抑止をかけていく。
「薙刀の間合で戦われると手も足も出せない……けれど」
 マイヤが言う。懐に飛び込めばあの長柄が仇になる。分の悪い勝負だがそれでも。
「薙のバーストもそう長くはもたん……多少強引にでも!」
 マイヤと2人で生き抜く為に、死中に活を求める!
「下らん」
 ヤチトセは薙刀を央の刀に絡ませその動きを封じる。央は刀を引こうとするが、全く動かない。ヤチトセの片手が央の首を捉えた。
「手を離せ!」
 薙が剣を振りかぶる。ヤチトセは体を大きく捩り、央を弾き飛ばしたが、薙の攻撃までは躱せなかった。だが、ヤチトセの刃は央を捉えた。攻撃を受けたとは思えないスピードで央に追いすがる。場所的に誰もカバーも間に合わない。仁菜がエマージェンシーケアを飛ばし、命中させるがヤチトセの刃は止まらない。倒れた央の喉元に刃をあてがう。
「ジェンナ・ユキ・タカネを連れてこい。仲間が死んでもいいならな」

 時遡り、対ポヤパヤプー。
 かつて対峙したときは口中が弱点だった。変わっていないのか、3人が迫ると毛玉を吐くのをやめ、口を閉じようとした。
「させるか!」
 口に龍哉が黒潮を引っ掛ける。若葉の方へ飛ばす。
「……直接叩き込めば、避けようもあるまい」
 口を閉じきれずに吹っ飛ばされる所を狙いG3でテレポショット。口の中に直接銃弾を転移させ、口内で爆発させ体内にある毛玉もろともまとめての攻撃を狙う。ポヤパヤプーは口を開けると毛玉の塊を吐き出した。毛玉の塊が爆発する。爆破の直前で毛玉の群れを吐き出し、自身のダメージを避けたのだ。それは口を大きく開けるという最大のリスクが生まれる。若葉は大きく横に飛び退く。その後ろでは拓海が控えている。疾風怒濤を帯びた攻撃がポヤパヤプーの口内で炸裂した。ポヤパヤプーは揺れながら口を閉じ、ヤチトセの方へ逃げを打つ。若葉矢が退路を塞いだ。
「行かせない」
「口がダメなら」
 一気呵成を帯びた拓海のウコンバサラがポヤパヤプーのバランスを崩し、さらに攻撃する。吹っ飛ぶポヤパヤプー。
「閉じたければその口、永遠に閉じとくんだな」
 吹っ飛ばされた先には龍哉。アックスチャージャーを起動している。ミョルニル――銘:強雷を手に大きく踏み込んだ。狙うは拓海が付けた傷。轟音が鳴り響く。さらに若葉の矢が狙い違わず、傷口に刺さる。ポヤパヤプーが激しく暴れる。拓海が再びウコンバサラで攻撃するさらに激しく暴れる。
「もう一撃」
 構える龍哉を止めたのは拓海だった。
「ここは俺ひとりで十分だ。ふたりはヤチトセのところへ。ヤチトセが倒れればポヤパヤプーも弱体するかもしれない」
「わかった」
「俺は毛玉がないか確認してから行くよ」
 若葉はモスケールを装着すると街へ。龍哉はヤチトセへ。
「さて、続きをやろうか」
 拓海は武器を構えた。

 後退したのはヤチトセの方だった。黒潮の糸が空を切る。
「さて、直接の対面はお初になるが……今まで色々仕込んできて今回のこの有様。ご感想は?」
「私たちを侮って高みの見物を決め込むつもりが、見事に足を掬われたといった所ですわね」
 黒潮の主は龍哉とヴァルトラウテ。攻撃は苛烈になりそうだが、策を巡らせる余裕を奪うため挑発して敢えて攻め込ませる。
「足を掬われた? この私が?」
 薙刀を構える。仁菜が央の元に駆けつけ、ケアレイをかける。
「大丈夫ですか」
「ああ。大丈夫だ」
 央は攻防戦を繰り広げるヤチトセを観察する。脛への攻撃を龍哉は躱し、続く攻撃を強雷で受け止めた。ヤチトセはそれを支点に龍哉を飛び越え、身をよじって一撃。薙の一撃を石突で受け、龍哉の攻撃は刃で受け止め、同時に吹っ飛ばす。ふたりは逆らわず、後ろへ。ヤチトセは龍哉の方へ迫る。
(あの毛玉を先に潰しておいてよかった。連携されたら厄介だった)
 龍哉は分析する。体には既に無数の傷ができているが、どれも致命傷ではない。
(秘薬の効果がなかったらどうだったか)
「考え事か? リンカー」
 ヤチトセの攻撃は止まない。薙も参戦し、攻防戦が繰り広げられた。
「動き、変わったね」
「変わった」
 アリスが呟き、Aliceが答える。力押しがメインだったが、テクニックが中心になり始めた。龍哉・薙の手や足を確実に狙う。
(確実にひとりひとり潰そうとしているのか。ダメージで力押しができなくなったのか)
 龍哉の強雷が宙に舞う。ヤチトセが踏み込む。龍哉は攻撃を回避すると強雷をキャッチ。本来なら斬られていただろう。だが。
「待たせたね、援護するよ」
 若葉、合流。

●佳境
「やられた」
「やられたね」
 アリスとAliceが呟く。視線の先には砕け散ったポヤパヤプー。そしてウコンバサラを手にした拓海。
「ポヤパヤプー」
 ヤチトセが呟く。わかったのだ。ポヤパヤプーがもはや存在しないことを。ヤチトセが何かを叫ぶ。切っ先と石突を使って薙と龍哉をまとめて吹っ飛ばし、アリスの炎を手で薙払い、若葉の矢も回避。拓海へと走る。
「ここだ!」
 央が動く。追加移動で死角に回り込む。敵が此方を再捕捉する前に最速行動での【ザ・キラー】。ヤチトセは避けきれなかった。
「邪魔だ!」
 ヤチトセの怒号と共に、刃が振るわれる。それも計算の内。間合いを切らず手を執拗に攻撃する。ヤチトセは薙刀から手を離し、自分の袖を引きちぎると央の刀に巻き、固定する。薙刀を足で蹴り上げ、キャッチ。央の肩を捉える。央は膝をついた。ヤチトセは再び刃を振るった。それを仁菜の盾が阻む。
「これで最強を名乗っているのですか?ちっとも痛くありませんけど」
「これならまだまだ余裕だな!」
 本当は余裕なんかないけれど強く笑ってみせる。私は最強じゃないし、1人でヤチトセと戦う力はないけど。ここまで一緒に戦ってきた強い仲間がいるんだから。薙刀へ盾を這わせるようにして距離詰め薙刀を振るい辛くする。
「どけ!」
 どんな状況だって負ける気はないの!
「ねぇ。よそ見して良いの?」
 仁菜が振り飛ばされそうになる直前。アリスが言う。栞を挟んだアルスマギカから放つのは再びサンダーランス。
「貴様の魔法など」
「そうだね」
 今までなら。
 魔結晶を砕く。マジックコンダクタで補正した一条の光がヤチトセの肩を貫く。
「何!?」
 ヤチトセが膝をつく。
「藤咲!」
 龍哉が叫ぶ。
「はい!」
 仁菜が応える。央の命懸けで作った隙を無駄にできない。龍哉がリンクバーストする。
「行くぜ!」
 チャージラッシュからアックスチャージャー+<疾風怒濤>で勝負をかける。
「貴様ら程度の攻撃で!」
 薙刀を構え、走る。攻撃を受けたのは--ヤチトセ。

「これ使って!」
 若葉は央を盾で守りつつ後退・安全圏へ避難すると賢者の欠片を渡した。
「ありがとう。危なかった」
 央は武器を構える。ヤチトセは立っている。終わっていない。
「殺す」
 ヤチトセが薙刀を構える。
「させないよ。皆で戻るんだから」
 若葉も武器を構えた。
「お前からだ」
 ヤチトセの視線の先には拓海。街を見回り今合流したのだ。
「ジェンナ・ユキ・タカネ! その目をやめろ!」
 ほとんど錯乱状態だ。
「その目」
 拓海が呟く。どんな目をしたのだろう。ユキは。
(情に振り回されるような言動だ。王の部下ならもっと冷酷に成れるだろうに)
誰かの英雄だったのだろうか……記憶が残ってるのだろうか。王に操られる世界を知る程に悲しい。だが、それを確かめる術はない。街のためにもユキのためにも彼女はここで。
 薙刀軸へロケットアンカーを放つ。薙刀に巻きつけ、全身で押さえ込む様に掴む。
「こんなもので私を止めたつもりか!」
 ヤチトセは薙刀の柄部を砕き、アンカーを外す。だが、一瞬の足止めを手練れた仲間達が見逃すはずは無い。
「首は任せたっ」
 央が動いた。刃を銀腕で受け、零距離へ踏み込む。敵の頭部を掴んだままのビーム接射で追撃。まだ倒れない。
「この程度で!」
「ぐっ」
 折れた柄が央の鳩尾に食い込む。央の手は離れない。若葉の矢が柄を砕く。
「一撃で足りないなら、何度でもぶち込んでやるまでだ!」
「貴様らごときに」
 ヤチトセは央の腕を掴んだ。骨が軋む。央は離さない。何があっても離さない。なぜなら。
「これがHOPEの戦いだ!」
 薙の剣が振り下ろされた。ヤチトセの絶叫が辺りに響いた。ダメ出しとばかしにアリスの炎がヤチトセを無に帰した。

●終焉
「お疲れ様」
 若葉が言う。事件は終わった。仁菜は龍哉たち負傷組の手当をしている。負傷といっても大したことはない。央だけ懐に何度も飛び込んだ分、少し深い傷だが、命に別状はない。
「ここからは心の戦い……かな」
 拓海が呟く。頭に浮かんでいるのはジェンナ・ユキ・タカネ捜査官。
「倒しました、ハイ解決とは行かないものね」
 メリッサも言う。
「幸せになって欲しいな」
 拓海の言葉は風に溶けた。

「街は無事、愚神も倒せました」
 ユキとレターが目を覚ましたと聞いて、若葉とラドシアスは報告に訪れた。二人は同部屋で入院している。レターは幻想蝶でいいのだが、駄々をこねたのだ。
「二人の健闘の結果だ……感謝する」
「感謝するのは私の方です」
「そうそう。半分ぐらいユキのわがままだったんだから」
「失礼します」
 薙とエルが顔を出す。拓海とメリッサもだ。
「薙。エルさん。拓海とメリッサさんも」
「来てたんだ」
「無事解決したって話してたとこ」
「お見舞いです」
 薙がガーベラの花を差し出す。
「わあ、綺麗」
「ありがとうございます」
「戦いの映像があるんですが」
 薙から全てを奪った愚神は病院で目覚めた時には倒された後で、行き場を無くした憎しみは自分に向いた。タカネさんは何も出来なかった自分とは違う。やれるだけの事をやって、後を託してくれたように思う。それでも倒されたのを自分の目で見ないと終われないんじゃないかと映像は残したけれど……。彼女の無茶な戦い方に覚えがあり、自分を許せなかったのではとも気に掛かっている。この事件を解決したことで、少しでも心に晴れは戻っただろうか。
「ありがとうございます。でも見ません」
 ユキは微笑んだ。
「事件は解決しました。それで十分です」
「ユキさん」
「殉職した私の相棒が言ったんです。『復讐で人生狂わすようなみっともねえことすんな』って。私はあのひとの最期の言葉だけはどうしても守りたかった。気持ちを押し殺してでも。ヤチトセが私に執着したかはわかりませんが……それももういいんです。全て終わった」

「あの愚神がユキに執着する気持ちあたしわかるわ」
 レターはみんなを病院の外まで送った。歩くぐらいは出来る。
「あんだけのことしといて復讐もしようとしないなんて無視されてるみたいで腹立つでしょ。気持ちを押し殺してたのは本当だろうけど、ヤチトセはわかんなかったでしょう」
 その目――恨みも憎しみもなく、次の一手を考える目。
「どうでもいいわね。終わったんだから。だからこれだけ言わせて。ありがとう」

 数日後、数年前のとある事件現場に花が添えられた。ひとしずくの涙とともに。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445

重体一覧

参加者

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 共に歩みだす
    皆月 若葉aa0778
    人間|20才|男性|命中
  • 温もりはそばに
    ラドシアス・ル・アヴィシニアaa0778hero001
    英雄|24才|男性|ジャ
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 未来を導き得る者
    メリッサ インガルズaa1049hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445
    人間|25才|男性|回避
  • 奇稲田姫
    マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • 紅の炎
    アリスaa1651
    人間|14才|女性|攻撃
  • 双極『黒紅』
    Aliceaa1651hero001
    英雄|14才|女性|ソフィ
  • 共に歩みだす
    魂置 薙aa1688
    機械|18才|男性|生命
  • 温もりはそばに
    エル・ル・アヴィシニアaa1688hero001
    英雄|25才|女性|ドレ
  • その背に【暁】を刻みて
    藤咲 仁菜aa3237
    獣人|14才|女性|生命
  • 守護する“盾”
    リオン クロフォードaa3237hero001
    英雄|14才|男性|バト
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