本部

報復の蛇

桜淵 トオル

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~8人
英雄
6人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2019/01/06 18:35

掲示板

オープニング

●侵入者たち
――ぼとり。

 枕元になにか重いものの落ちる気配で、呂 波挺は目を覚ました。
 黒いロープのように見えたそれは、しゅうしゅうと不穏な音を漏らす蛇。

「うわっ!」
 反射的に飛び起き、部屋の明かりを点ける。
 兵舎の無機質なベッドの上に、黒々とした蛇がうねる。全長は1メートルほど。
 全力で振り下ろした箒を、蛇はものともしなかった。
 恐るべき速さで箒の柄をさかのぼり、呂波挺の腕に喰らいつこうとする。
 呂波挺は蛇を箒ごと投げ捨て、廊下へ逃げ出す。

 廊下も安全ではなかった。
 夜光灯の下に、首のない白い人影が何体も歩いている。
 持っている棒は、槍か。

(何が起こっている?)
 白い人影がこちらに気づいて、槍を振りかざす。
 素早く窓を開け、訓練で培った身軽さで雨樋を伝って地上へと降りる。三階程度の高さならば難なくこなせる。

――ジリリリリリリリリリ!!

 けたたましい警報音が兵舎内に鳴り響く。
 スクランブルではない、火災警報器が鳴らされたのだ。
 一階ロビーの警報器前に、後輩の謝佳楠の姿が見える。
 そしてその背後に、見慣れない赤い旗袍(チャイナ服)の女が。

「ぐああああああっ!」
 振り返って女のほうを見た途端、謝佳楠は頭を抱えて苦しみだした。
 膝をつき、地に伏し、それでも治まらない激痛にもがいている。

「見ているね? お前」
 呂波挺の姿を認めた女は、背負っていた剣を抜き、振りぬいた。
 赤熱した剣先から放たれた火球が窓ガラスを割り、呂波挺に迫る。
 膨大な熱が弾け、呂波挺を包む。皮膚の焦げる匂いがする。死は目前だった。
 
「眠ったままのほうが楽に逝けたものを。だがいいだろう。証言するものも必要だ」
 気がつくと、倒れた呂波挺のそばに女が立っていた。
 機械化された右腕と右足、そして薄闇の中で青く輝く左目。
「私は山茶郷の女王、崔麗妃。よくも私の王国を滅茶苦茶にしてくれたね。お前達にも同じ苦しみを味わわせてやる!」


●夢のあとさき
「活動中の愚神が人間を依代に……ふーんそういうのもありなんですか……いえ可能性として考えなかったわけじゃありませんよ……? ただ確証がね……?」
 柏木 信哉はスマートフォンを片手になにやら通話しながらやってきた。
 納得いかないような、苦虫を噛み潰したような顔をしている。

「雲南省の空軍施設が襲撃されました。先日雲南省の違法武器製造施設を攻撃した報復攻撃と見られています」
 北京に武器を持った従魔が現れ、その武器が山茶郷で製造されたものであることがわかった。
 中国政府はこの施設をテロ支援施設として認定、爆撃により工場施設を完全破壊。
 攻撃を実行したのは、今回襲撃を受けた空軍施設の部隊。
 攻撃直前に潜入したH.O.P.E.チームが回収した資料・資材、工員達の輸送もここを拠点に行われた。
「狙われたのは主に兵舎で、軍事施設は無傷です。崔麗妃と名乗った女は山茶郷にいた監督官と特徴が一致します。ただ、気になるのは左目が青く輝いていたという点と、彼女に出会った人間が次々に昏倒していることですね」
 門衛の詰め所は既に無人で、監視カメラの映像の回収に成功した。
 深夜に女が訪問し、彼女と相対した人員が次々倒れていた。
 カメラは破壊され、それ以降の記録は残っていいない。
「アッシェグルートの、フォイルリヒトを連想させますね。今回はその劣化版だと言えそうですが」
 フォイルリヒトは共鳴中のエージェントでさえ丸一日昏倒させるほどの威力だった。崔麗妃の左目は一般人が同様の状態、より弱い効果と考えられている。
「脱出してきた兵士によると、問題の左目付近は血管が浮いていたように見えたそうです。同組織の関わった事件で、千祥幼児園での集団失踪の原因とされる女児も、青く輝く目、血管の浮いたような皮膚、暗示能力と、類似の症状が報告されています」
 女児の変容は共生していた従魔によるものであり、医療機関で従魔を取り除いた結果、目は元に戻った。
 山茶郷への潜入時に崔麗妃の目に異常が報告されていないことから……左目の変化は従魔との共生により発現したとも考えうる。

「フォイルリヒトについては、僕のほうからも報告もあります。順を追って、手短にお話しますね」
 柏木達は、NYに墓碑のあった歌姫、『紅愛夢』の素性を追っていた。
 『紅愛夢』という名は芸名ではあったものの、愛夢自身は本名も戸籍もある実在の人物だった。
 両親は健在、小さい頃から歌が上手でオーディションを受け続けて落ち続けるも、あるきっかけで鮮烈なデビューを果たす……という、ありきたりな成功譚を持っっていることまでは調査済み。
「ここまでの経歴を調べて、まさか愚神が生きた人間の姿と経歴を乗っ取って活動しているとは……」
 山茶郷から回収された協力者の証言によって、《燻る灰》アッシェグルートが同組織に庇護され、人間の姿で活動していたことがわかった。
 それが『紅愛夢』。
 小さい頃から歌手を夢見た少女は、とっくに愚神に殺され全てを奪われていた。
 『紅愛夢』はいまは列車事故によって死亡したとされ、死亡届が出ている。両親の元に遺体は帰って来ていない。

「『紅愛夢』の歌は、危機に直面しても勇気が出るとの評判で、貧しい人のみならず軍事関係者にも根強い人気です。北京で動員された兵士達の間でも、高確率で聞かれていました。なんていうか……音も、波ですよね」
 アッシェグルートは、自分のライヴスは波と相性が良いのだと語った。光も波、電波も波、大地の波動も波に変換される。
「歌の効果は評判による効果、つまりプラセボと区別がつかず、測定不能です。もし人を好戦的にする効果があるなら逆に悪用されかねず、視聴規制の方向では動けずにいました。ただ、アッシェグルートの魅了スキルは、重複効果があります。慣らされた人には同系スキルが効き易くなるかもしれません」
 北京では幻覚効果によって同士撃ちが起こり、多数の死者が出た。
 雲南の軍事施設では……状況は不明。

「なお、目撃された黒い蛇ですが、前述の協力者によればヤバいやつだそうです。一般人ならひと咬みでライヴスを収奪、死に至らせます。この従魔によって、愚神達は紛争地域でライヴスを集めていたそうです」

解説

●目標:占領された兵舎を敵の手から奪還する

●現場状況
・雲南省の軍事施設内兵舎(独身寮、個室)
・五階建て、一階当たり約二十室
・時刻は深夜につき消灯時間
・蛇は証言により通風孔から侵入したものと見られる
・被害は夜間出入口と兵舎に集中、軍事設備に被害なし
・生存者の有無は不明

●登場
崔麗妃
・山茶郷の違法武器製造施設の監督官であり、自らを『女王様』と呼ばせていた女性
・右腕と右脚が機械化されている
 《青光》
青く変化した左目に宿ったスキル。共鳴中に受ければBS翻弄、稀にBS気絶[2]
 《赤熱杭》
刃のない剣。ライヴスによって赤熱し、込めたライヴスを火球として飛ばす。本体、火球共に触れたものにBS減退[2]。
 《銀笛》
首無し従魔を操るための笛。超音波を出すことがわかっているが、何種類の指示を出しているか、指示の内容等はわかっていない

首無し従魔
・人体を従魔が侵食しきったもの
・侵食が終わると首から上は重いので自動的に破棄する
・あらかじめ特定の音波域で特定の行動を取るよう調整されている
 《槍》
突き・投擲

冥蛇(ミンシェ)
・人体からひと咬みでライヴスを収奪、死体は毒蛇によるものと見分けがつかない
・動きは素早いが戦闘力は高くない
・危険であるので見つけた場合は撃破推奨 

リプレイ


『まさか、こんな所に現れるとはな……』
 ベルフ(aa0919hero001)は闇の中に浮かび上がるコンクリートの兵舎を見上げて言った。
 愚神の支配する組織『黒蛇』の兵器製造施設、『山茶郷』。
 『山茶郷』は先日、中国政府にテロ支援施設と認定され、爆撃によりその工場建造物を完全に破壊された。
 工場で働いていた工員とデータはH.O.P.E.によって回収済み、回収に失敗した『黒蛇』の構成員達はいつも通り組織の手によって『尻尾切り』されていた。
『意外、とも言えますし、予想範疇内とも言えますね』
 静瑠(aa5226hero001)は落ち着いていた。どこに現れるかは予想できなくとも、逃げた勢力がどこかには現れるだろう。
 それが報復的な意味合いを持つことも。
「あー、あの女王サマな、ありゃモテねーわ。しつけーっつうの」
『そういう話じゃありません。馬鹿ですか』
 ヤナギ・エヴァンス(aa5226)は軽口を叩くが、静瑠にぴしゃりと撥ね付けられる。
「彼女にとっては、今後の生存戦略よりも己の矜持が重要なんだろうね」
 九字原 昂(aa0919)は相手の目的を読みかねていた。
「……そうね、これでは目的が不可解ね。陽動、かしら?」
 襲撃先が軍事施設であることから、施設の制圧あるいは軍事設備の強奪という可能性を鬼灯 佐千子(aa2526)は考える。
『その場合、『黒蛇』が何らかの工作活動を行っている可能性が高いが……、メリットがない』
 リタ(aa2526hero001)はそう断じた。
 秘境の岩盤の中にあれだけの工場設備と通路を建設するだけの財力と機動力を持った組織が、今更軍備の強奪の必要があるだろうか?
『襲撃の規模や門を突破した手段から見ても、襲撃者の女の短絡的な判断による破壊行為としか思えんな』
 現在のところ、軍事施設は無傷のまま緊急警備体制が敷かれている。
 崔麗妃が制圧したのは兵舎のみ。
『何も考え無しって訳じゃなさそうだが……この選択の代償を高くつけさせてやろう』
 これは好機だろうとベルフは見ている。
 少ない手勢で突っ込んできた結果、逆に兵舎内で包囲されている。
「そうだな。此処で女王サマにはご退場願おうゼ」
 ヤナギ、昂、佐千子は、崔麗妃の目撃された一階ロビーからの侵入を試みる。


「今回の敵は、首無しゾンビ!」
 前回の『魄』に続き、ゾンビ系従魔の出現に半ばヤケクソ気味の雨宮 葵(aa4783)。ゾンビ系にはよくよく縁がある。
「ちなみに燐、賢者の欠片の代わりにゾンビパニックマニュアルを持ってきたりは……?」
『何で回復アイテムの代わり無関係のマニュアル? 戦場で馬鹿なことしてると死ぬよ? 死にたいの?』
 絶対零度の視線で睨みを効かせる燐(aa4783hero001)だが、葵は「その毒舌が心に染みわたる!」と涙している。
「鬼教官とか悪魔とか思っててごめんね! 実際の鬼はもっと容赦なかったよ!!」
 ゾンビパニックマニュアルを持ってきた天然の鬼は葵の第二英雄である。しかし完全なる天然程怖いものはない。
 銃撃戦の位置取りが悪くて軽く蜂の巣になったり、高揮発性のガソリンの飛沫を被る状態で炎を使って火だるまになったりは第二英雄のせいとばかりも言えないが、鬼教官の燐がいればややマシであったろう。

「なんだか、怖そうな感じだよね……」
 首のない従魔は、元は死体。そう聞いてミーニャ シュヴァルツ(aa4916)はぷるぷる震えた。 
 装飾のない方形の建物も、オバケ屋敷っぽい。
「でも皆と力を合わせれば出来ないことはないよね? 皆と影さんがいればなんだって出来るよ!」
 ともすれば萎えてしまいそうな勇気を奮い起こす。
『情報を征する者は戦局を征す。どこまで出来るかわからんが』
 影に生きるものとして、風魔・影丸(aa4916hero002)はスキルを駆使して情報収集に務める所存。

「……私は、戦屍の腕輪……で、敵の所在を、お知らせします、ね……」
 吸血姫から譲り受けた腕輪を、氷鏡 六花(aa4969)は撫でる。
 大切な人を失った、愚神達の狂った宴。
 善性を名乗った愚神の一員であった《燻る灰》アッシェグルートもやはり潔白などではなく、姿を変えて悪事を重ねていただけ、と聞き、事の真相を探るためにやってきた。
「(……愚神は、殺す。ぜんぶ……殺すの)」
 その胸には、愚神への凍る殺意を秘めて。

 葵、ミーニャ、六花は外付けの非常階段を使い、最上階である五階からの敵掃討を目指す。



「では兵舎周辺の監視と、軍事施設の警戒はこちらの軍事施設の方々にお願いします。兵舎突入後でも、何か異常があればお知らせ願いますね」
 昂は通信機越しに要請した。相手は柏木で、中国軍との折衝役となっている。
 まだ陽動の可能性を捨て切ったわけではないが、警戒に関しては軍人は訓練されたプロだ。
「……ところで、ガスの配管はどうなっているのかしら。安全な位置から供給をストップできる?」
 念のためだけど、と佐千子も通信機越しに喋る。
 門で敵が確認されたタイムスタンプから、周囲にブービートラップを張り巡らせる余裕はなかったはず。
 他に危険があるとすれば、爆発物。
 マッチ一本で爆発を起こせるガスの供給は、断っておきたい。
「ヤバい蛇ってヤツ、蛇の習性があるなら体温に反応したりしねェかな?」
 ヤナギはランタンを掲げながら周囲の草むらを見回りしている。
 侵入経路と見られる通風口は、各部屋の壁に直接設けられたもの。樹脂製の網に穴が開いていたという証言もあり、そうであれば壁の構造物と凹凸を伝っていったのか。
 周囲の建物の明かりとランタンで見る限り、外壁には蛇の影も跡もない。

「私は蛇対策では役に立ちそうもないから、先に行かせて貰うわね」
 暗視野装置を装備していない佐千子は、兵舎内の捜索を優先すると決めていた。
 兵舎に隣接する建物にも警戒のため明かりがついていて、周辺は割合明るい。
 相対的に兵舎内は暗く、ガンライトのスイッチもオフにするが、入り口扉のガラス面に反射して中が見えない。
 
 突然、佐千子の目の前で内扉を火球が突き破り、床を焦がす。二重扉でギリギリ防げた、死角からの攻撃。
 まばゆい光が散って、がらんとした兵舎のロビーを照らした。
「お客さんかい? 遠慮はいらない、入ってきな!」
 高飛車な声は、紛れもなく先日交戦した崔麗妃――山茶郷でみずからを『女王様』と呼ばせていた監督官。
「そう? お取り込み中かと思ったわ」
「用事はあらかた片付いた。あとは、ガスも止まっちまったから、お茶も沸かせやしない。暇でね」
 ガスの供給は止まったようだ。そして崔麗妃はそれを知っている。
 いまは互いに死角に位置している。
 外扉を押し開け、破損した内扉を蹴破ってロビーまで押し入る。
 声を頼りに、15式自動歩槍でまずは一発お見舞いする。
 数少ないソファとテーブルは、すべて端に除けられてロビーは広間のようになっていた。 
 その中央奥に悠然と立つ人影が、崔麗妃。
 赤のチャイナドレスに機械化された右腕と右脚。
 そして、薄暗がりで、見知った姿に違和感のある左目の青い光。どうしても、目が行ってしまう。
「……ッ!!」
 目の奥に激痛が走る。目を瞑ったまま、廊下との境にバリケードのように築かれたテーブルの山に突っ込む。
「崔麗妃を確認。一階ロビー、入り口から向かって左側奥。光る左目を見ないように。激痛が来るわ」
 通信機で、仲間に連絡をまわす。
 
 鋭い音がして、崔麗妃の背後の窓が割れる。
 窓を蹴破って飛び込んできたのは昂。
 佐千子が玄関からの正面突破を試みたのを見て、回り込んでおいたのだ。
 低く屈み、相手の目を見ないように生身の左脚を狙って大太刀を振り抜く。
 麗妃も無反応ではなかった。咄嗟に向き直り、赤熱の剣で昂の首を狙う。
 互いに防御を捨てた攻撃。スカバードの電磁加速が、ぎりぎりの勝敗を分けた。
 目にも留まらぬ速度で斬られた麗妃の膝下から、血が噴き出す。狙いを外した赤熱杭は、昂の肩を灼いた。
「殺す! 私の王国を侵す奴は! 誰であろうと!!」
 傷を負った麗妃が咆哮する。
 自らの王国を崩壊に導いた者達への復讐。それが、彼女を突き動かすのか――?



 その少し前。
 軍から貸与された非常口の鍵で、葵は音を立てないよう扉のロックを外す。
「周囲のエネルギー……少ないし、弱い……です。これは……よくない兆候……かも」
 戦屍の腕輪を見て、六花が不安げに囁く。
 表示されているのは六体。生存者の反応は?
 周囲に愚神の強い反応はない。
「急ごう。私がまず突入するから、援護はよろしく!」
 扉を開けると、廊下の夜光灯に照らされてうろつく白い首なしの姿が。
『(狭い廊下で一列に並ぶなんて、愚か)』
 葵の中で、燐がそう言う。冷静に敵との距離を測り、最も近い個体から銃弾を撃ち込む。
 後ろにいる奴は、前の仲間が邪魔でそうそう槍を投擲できないし、しても当たらない。
「アルヴィナ……六花達の冷気で……敵は全部、凍らせよう……」
 六花はアルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)と共鳴した。
 絶零断章を紐解き、霊力の氷鏡で氷槍魔法を乱反射させる。
 無数の氷の槍がキラキラときらめき、白い首なし達を凍りつかせる。

「できたら、生存者を探してあげてくれないかな」
 六体の従魔を二人で片付けた後、葵は軍本部で預かったマスターキーの束を、ミーニャに渡す。
「反応が、検知出来ないほど弱くても……もしかしたら生きてるかも、しれないから……」
 望みは薄いと知りつつも、六花は一縷の希望を口にする。
「僕(やつがれ)が行きます。主様は周囲の警戒を」
 影丸が前に出て、鍵束を受け取る。
「ミーニャも……平気。助けが必要な人が、待ってる。もしもの時は共鳴するから、力を貸して」
 ぎゅっと歯を食いしばって、残酷な現実に向き合おうとする。
 兵舎にはまだ人がいる。生存者を探すため、葵と六花は下階を目指す。

 そのとき、佐千子から連絡が入った。一階にて、崔麗妃を確認。
 戦屍の腕輪を撫で、六花が呟く。
「そうね、そういう感じ、かも……。上階に愚神はいないみたい……急ごう」



 後方に残しておいたソファに、崔麗妃はどかりと腰を下ろす。
 脚の傷は深く、骨にまで達している。
 投げ出すように伸ばした脚の傷口から、じわりじわりと、染み出すように白い触手が伸びる。
 触手は開いた傷のもう片方へと伸び、往復してきつく縫い付ける。
 傷口は閉じ、新たな出血も止まった。
「便利だナ。飼い慣らしてンの? その化け物」 
 ヤナギが反対側の窓から顔を出し、話しかける。
 アッシェグルートとの戦闘を通して、青い目には慣れている。視野は大幅に狭まるが、必ず目を逸らしておけばいい。
 フォイルリヒトと違い、丸一日昏倒するほどの威力はない。
「それともオバサンの方が、化け物に飼い慣らされてンの?」
「挑発か、若造」 
 麗妃が硬い声で反駁する。
「その必要はない、お前は私を既に怒らせている。私の王国を壊した者は、必ず殺す!」
 話しながら背に負った赤熱杭に、手を掛けていた。
 抜きざまに振り、火球が飛ぶ。
 窓から離れ、地に伏すヤナギ。
 狙われる範囲をあらかじめ狭めておけば、避けるのも容易い。 
「あっぶねェ。嫁き遅れでヒスってる?」
「…………」
 何かを麗妃が唇に当てている。銀笛だ。
「待ってたわ」
 頭痛から回復した佐千子が笛だけを狙撃する。
 煙草ほどの小さな道具はライフルに弾かれ、鎖も千切れて宙に舞った。
 麗妃はしばらく呆然とし、それから狂ったように笑い出した。
「はは! あはははは!! 笛がなけりゃ命令も出来ないだろうって? はは、考えたね!」
 哄笑の狭間に、別の音が混じる。
「……来る! 前方へ全力で走って!」
 昂が叫び、佐千子の背中を押す。
 直後、隠れていた机のバリケードが、降ってきた槍で粉砕された。
「……もしかして、もう笛を吹いてましたかね。聞こえないので判別しづらいですけど」
 ぽつりと、昂が呟く。
 そして、笛を破壊されてもなお麗妃が見せる余裕。
 銀笛はひとつではないのか。



「うっわコイツら向かってきた!」
 葵と六花が四階の従魔を掃討中、首なしが突然向きを変えて襲ってきた。
『(落ち着いて。やることは同じ。当てていけば倒れる)』
 燐は内側から助言する。弾丸が槍を振り上げる腕を貫く。
「……ん……、むしろ向かって来てくれたほうが、やりやすい……です」
 六花の操る微細な氷鏡達が、凍気の魔法を反射して敵を取り巻く。
 武器の投擲が最も面倒。腕ごと凍らせる。
「投げ武器さえなければ……ぶった斬ったほうが早い!」
 葵が妖刀に持ち換える。拳銃でちまちま撃っていくのに飽きたらしい。
 ライヴスを込めた刀で、首のない敵をばっさりと両断する。
 六花は殺意を込めた凍気で、従魔たちを氷の塊に変えてゆく。

「……この部屋、扉、開けられます……か?」
 次の階に向かおうとしたところで、六花がふとある扉の前で足を止めた。
 腕輪を覗き、少し迷っている。
「弱い……もし蛇だったら、凍らせます……」
 なにかの反応があったらしい。
 葵の刀で扉の鍵を破壊し、中に入った。
「あっ、この人! 息がある!」
 呼びかけると、寝ていた兵士は薄く目を開けた。
 瞼の開閉で応答する。
 動けるか――NO。何が起こったかわかるか――NO。
 完全に無事というわけではないらしいが、呼吸も脈拍も安定している。
「すぐに動かせる訳じゃないなら、鍵を壊したのはまずかったかな?」
「……近くの敵は……もういないから……」
 六花が通信機で、生存者がいるとミーニャに告げる。
 そして腕輪を眺めながら言った。
「さっきの従魔、私達じゃなくて……下に向かっていた……かも。もう、近くにはいない……」



「なんか、増えてねェか?」
 数を増した従魔に、ヤナギは『女郎蜘蛛』で足止めを掛ける。
「増えてるわよ! 面倒なことにね!」
 佐千子はより威力の高い『ドラグノフ・アゾフ』に換装し、『トリオ』を使い拘束で動きを止めた従魔を一気に仕留める。
 上階から降りてこようとした首なしは防火扉とその前に積み上げたソファの山でひとまず塞き止めたが、いつまで保つかは不明。
 影色の花弁が、麗妃の周囲に舞う。
 昂の『繚乱』。火球の攻撃を、他へは向かわせない。
「そんなに、山茶郷の陥落が悔しかったですか? でも、総攻撃の直接の引き金は、北京で愚神が武器を使ったことですよね?」
 麗妃が最もこだわりを見せる、彼女の『王国』。
 そこをきっかけに、揺さぶりをかける。
「あなたたちも、別に守られているわけじゃない。むしろ、他の人たちと同じく、愚神に切り捨てられたのでは?」


「――氷炎」
 六花の凍てつく炎が、階下に下りようとしていた首なし達を包む。
 そこへミーニャが、雪紋の太刀で斬り込む。
「どいて! 救護の道を開けるにゃん!」
 部屋に残っていた兵士達は、ほとんどが横たわったまま冷たくなっていた。
 生き残りも、ライヴスを抜き取られたせいか虫の息で。
 救護には、もっと多くの助けが必要。
 よって、今できることは、道を拓くこと。
「お前ら、まとめて血祭りだあ!!」
 葵は怒涛乱舞で思い切り妖刀を振り回す。
 氷の炎で弱った従魔たちを、連続攻撃で次々に斬り捨てる。
 従魔に血が残っているかは微妙だが、妖刀もなんだか嬉しそうだ。



「……貴女、愚神の力を……宿しているけど……まだ人間、なの……?」
 吸血姫から譲り受けた腕輪を撫でながら、六花がやってきた。障害となるものは全て取り除いた。従魔も、物理障壁も。
 愚神の依代となった『紅愛夢』がいたこと、フォイルリヒトに酷似したスキルを所持していることから麗妃は愚神化しているのかと思ったが、そうではない。部分的に従魔と共生しているだけだ。
「人間なのに……従魔、を使って……人を殺した、の……? 一人ひとりに……家族も友人も、いるのに……」
「それがどうした? 珍しくもないことさ」
 麗妃はあざけるように言う。
「少なくとも私達には、軍事施設に侵入して軍人を殺すだけの力がある。軍の面目は丸つぶれさ。必要なら何度でもやる!」
「そうね、凶悪犯罪者を確保する過程で不幸にも死なせてしまうことも、珍しくないわね」
 佐千子は自動歩槍を構える。
 『弱点看破』では、麗妃の脚か左目が狙いどころだが……眼球は危険か。狙いをつける側にとっても。
「なあ、アッシェは……紅愛夢は……アンタらの何なんだ? プロトタイプとか言ってくれるなよ?」
 割れた扉を開け、ヤナギはロビーに入ってきた。
「答える義理はない」
 麗妃の答えは、にべもない。
「情報を渡すつもりもない。すべて無駄だ!」
 手を掛けた剣は、ライヴスを注ぎ込まれ赤熱する。 
「残念ね」
 佐千子は狙いをつけておいた膝下を、迷わず撃ち抜く。
 バランスを崩しながらも麗妃は、執念で赤熱杭から火球を飛ばした。
「……そんな炎に……六花は……負けない……」
 展開する氷鏡が飛来する火球を捉え、絶対零度のライヴスが熱性のライヴスを相殺する。
「これで、終わりにしましょう」
 昂の白夜丸が、機械の右腕ごと剣を斬りおとす。
 麗妃は残った左手で、襟元から銀の鎖のついたなにかを取り出した。そのまま左手で握り込む。
「待てよ、まだ何か……」
 ヤナギが声を掛けようとしたそのとき。

 ドンッ! と鈍い爆発音がして、麗妃の頭部と左手首から先が弾けた。あたりに、血と肉片が散らばる。

 機械化されていた右手と右脚も、いくつかのパーツが砕けて形を保てなくなっている。

「……ねえ、この人って……、ちょっと偉い人じゃなかったの? 蜥蜴市場って、みんなこんな?」
 葵は震える声を出す。
 蜥蜴市場に関わってきたエージェントにとっては、無残な最期を遂げる構成員の姿は初めてではなかった。
「オレもそこは聞きてェよ……」
 ヤナギも顔を背ける。
 何度か経験したとは言っても、慣れるものではない。

『僕がお答えしましょうか? 黒い燕を落としてくださるなら』

 いつのまにか、麗妃の死体の傍に金髪の少年が立っていた。
 育ちの良さそうな顔立ちに近世ヨーロッパ風の簡易軍服、年の頃は十代に見えるが、英雄ならば実際のところはわからない。

「燕……? あの、しゅっと英雄の回収に飛んで来た速いヤツ?」
 葵は東小寒路で同じようにヴィランリンカーが爆死したとき、すぐ近くにいた。
『そうです。相手は僕の幻想蝶を持っているので、わかります。あちらの、あの窓から来ます』
 少年は暗い窓を指差した。
「……あの……合図、してくだされば、六花のスキルで、やってみます……」
 魔法による範囲攻撃、ブルームフレア。
 飛来する燕従魔を狙って、凍る炎が炸裂する。

『……ありがとう。もう、あの組織に戻りたくはなかった』
 飛翔の形のまま凍った燕を、少年は踵で踏み割って幻想蝶を取り出す。
 少年は麗妃の英雄で、ジャック=レイと名乗った。



 すぐに救護隊が到着し、生存者を運び出した。
 兵舎の在室者九十五名の全てが重篤な被害に遭っており、生存は十名。
 かろうじて生きていた兵士たちも自力で動けないほどの衰弱状況であり、医療機関へ搬送された。
 原因とされる蛇については、掃討中に五匹ほどが見つかり撃破されているが、被害に比べてあまりに数が少ない。

『あの蛇は、ライヴスの運び屋です。愚神にライヴスを届けるため、ライヴスの収奪後は速やかに撤収します。組織の誰かが回収に来ているはずです』
 ジャックは語った。
 事実、該当の兵舎のほかでは蛇の被害に遭った人も、蛇そのものも見つからなかった。

『麗妃は山茶郷への間諜を逃した失態を、ずっと追及されていました。今回のテロ――あえてそう言っておきましょう――は、軍部への警告であり、麗妃への制裁であり、青い目の実戦試験であり、余禄として愚神のライヴス回収があった、というところでしょうか』
「つまり、『黒蛇』側はなんら損はしていないってェ計算になンのかい?」
『で、これは『奏者』の差し金ですか? それとも『大帝』の? どちらにせよ、じめっとした性格ですね』
 ジャックの話を聞き、ヤナギと静瑠がそう嘆息する。

「これで山茶郷の後処理も一区切りかと思ったんだけど……」
『使い捨てにする人員さえ居れば、いくらでも同程度のことは出来るって宣言された訳か。ひと息つく暇もない』
 昂の言葉をベルフが引き取る。『黒蛇』はトップが人の心を持っていないどころか、人間でないので歯止めがない。

「……結局……人が、人を殺した事件のようで……背後に愚神がいたんですね……。少し、納得いきました……」
 六花は心の落ち着けどころを見つけたようで、少しホッとしたような顔をしている。

「今回は目的があって従魔とか連れてきて宣伝したけど、あの蛇だけ使えばこっそりライヴスだけ集められちゃうってこと?」
 ミーニャは部屋の鍵を開けて生存者を探したが、遺体はどれもきれいで眠るように死んでいた。
 蛇毒の中毒死と見分けはつかないというから、どこかに咬み跡が残っているのだろうが、一見してミーニャにはわからなかった。
 場合によっては原因不明の死、ということにもできるのではないだろうか。
『そうですね、特に混乱した紛争地帯などでは、戦死も中毒死もあまり区別されなかったのではと思います。なにせ位の高い愚神がその存在を維持するには、大量のライヴスが必要ですから』
 どこかに現れて大量殺戮を行うのではなく、人間社会に溶け込み、無害な振りをしつつ裏でこっそりと人間を間引く愚神たち。
 『冥蛇』の存在が愚神たちのあり方を暗示している。


「トコロで結局、アンタらの組織とアッシェグルートの関わりって何?」
 ニューヨークのビルで、ヤナギの目の前で散ったアッシェグルート。
 それで終わりかと思いきや、眷族が暴れたり、別の姿と名前で活動していたという話になってきたり、置き土産が過ぎる。

『《燻る灰》は、組織の特別な客人でしたよ。《燻る灰》自身は王を呼ぶためその身を捧げましたが、『大帝』は彼女に執着していて、彼女の能力を再現しようとあらゆる手を尽くしているのです……』



結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 対ヴィラン兵器
    鬼灯 佐千子aa2526
  • ダウンタウン・ロッカー
    ヤナギ・エヴァンスaa5226

重体一覧

参加者


  • 九字原 昂aa0919
    人間|20才|男性|回避

  • ベルフaa0919hero001
    英雄|25才|男性|シャド
  • 対ヴィラン兵器
    鬼灯 佐千子aa2526
    機械|21才|女性|防御
  • 危険物取扱責任者
    リタaa2526hero001
    英雄|22才|女性|ジャ
  • 心に翼宿し
    雨宮 葵aa4783
    獣人|16才|女性|攻撃
  • 広い空へと羽ばたいて
    aa4783hero001
    英雄|16才|女性|ドレ
  • おもてなし少女
    ミーニャ シュヴァルツaa4916
    獣人|10才|女性|攻撃
  • 主の守護
    風魔・影丸aa4916hero002
    英雄|25才|男性|シャド
  • 絶対零度の氷雪華
    氷鏡 六花aa4969
    獣人|11才|女性|攻撃
  • シベリアの女神
    アルヴィナ・ヴェラスネーシュカaa4969hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
  • ダウンタウン・ロッカー
    ヤナギ・エヴァンスaa5226
    人間|21才|男性|攻撃
  • 祈りを君に
    静瑠aa5226hero001
    英雄|27才|男性|シャド
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