本部

【山茶郷】象を呑む蟒

桜淵 トオル

形態
シリーズ(続編)
難易度
やや易しい
オプション
参加費
1,300
参加制限
-
参加人数
能力者
4人 / 4~8人
英雄
2人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/12/08 08:28

掲示板

オープニング

●見た目は人間、中身は愚神
「あれは、芽瑠君じゃないよ」
 山茶郷の武器工場で録画された記録を見て以降、放心状態の風 寿神(az0036)にソロ デラクルス(az0036hero001)は声を掛けた。
 笛吹芽瑠。
 生贄として殺される寸前で逃げ出した十二歳の寿神を拾い、名前を与え、戸籍を与え、愛情を与えてくれた恩人。
 何もかもを寿神に遺して失踪したのは何故なのか、何処にいるのかと長年追い求めた相手が、そのままの姿で映っていた。
「アイツは愚神やで」
 幻想蝶から出てきたリィが言う。
 リィは偽名であり、本名はマパチェ・デルクス。
 蜥蜴市場の幹部、土 胜人(トゥ シェンレン)の英雄――だった。
 能力者は愚神の手にかかり死亡。
「アイツが市……自分らが蜥蜴市場て呼んどる事業を取り仕切っとる。人間の苦しみと悲嘆が好きな胸糞悪い奴や」
 土胜人は愚神ソウシャによって殺され、リィはその遺体の当面の保存――あまり長い間だとは彼女自身、思っていない――と引き換えに、捜査への協力を約束した。
「死神の姐ちゃんの探しとる笛吹芽瑠って人間は、とっくにソウシャに喰われとる。体だけは残して、人間としてあちこちに行ったりしとるけど、中身は愚神や」
 愚神が人間を殺してその体を憑代として使う例は、いくつも報告されている。
 見た目は人間と変わりなく、人間の振りをして社会に紛れることもある。
「ウチらの市もそうや。見た目は人間の商売人が立てる市と変わらへん。実際にカタギの奴らも入れとる。けど中に入れば、違うモンやってわかる。せやからバレへんうちにさっさと畳んで、逃げるねん」


●行き着く先は、奈落の底
 押収された資料から、山茶郷にあったのは最終組み立て施設であり、個々の部品はひとつずつ別々の下請けに作らせ、運んでいたようだった。
 中国における火薬の歴史は古く、一説には後唐時代には秘伝として発明されていたという。
 そこから銃になるまでには西洋のルネッサンス期を待たねばならないが、銃が西洋から伝わると、瞬く間にその製造法は各地に伝わった。
 辺境の農村でも、狩りに使う程度の銃は自前で製造する技術を持っている。
 そこから近代的な銃器の密造拠点となるのも、珍しい話ではない。
 そこには職人がいて、資材があり、基本的な設備がある。そして圧倒的に貧しい。
 もしも違法銃器の製造が金になるのなら、違法であっても彼らは手を染める。
 辺境で、他に資源のない村では、それしか豊かになる方法がないのだから。

 『蜥蜴市場』は既に違法武器を作る技術のある村に部品のみを委託し、運んでいた。
 部品の製造元として特定された村はまだ数箇所しかないが、それらのしべてが一方的に取引を停止されている。
 北極に『王』と呼ばれる存在が現れ、各地に異変が起きた時期と取引停止の時期は一致する。

「組織の名は黒蛇(ヘイシェ)。ただの蛇やないで、象を呑む伝説のウワバミの別名や。象は中国そのものの象徴。中国政府を圧倒し、逆に呑み込んだるってのが表向きの思想で、政府に反感持つ奴、虐げられてきた奴を取り込むねん」
 山海経に、象すら呑み込むとされる黒蟒(くろうわばみ)の記述がある。またの名を黒蛇。
 中国はあまりに大きい国で、国を富ませるための政策の狭間に零れたまま救済されない者達もいる。
 例えば、独生子女政策における黒孩子。
 経済自由化政策によって生じた失業者達。
 国家も彼らを救うより、むしろ排除しようとする。
 追い込まれて行き着く先は、黒社会と呼ばれる違法組織への入り口。
 そしてその先は……蜥蜴市場を追うなかで、今まで見てきたとおりだ。


●運命の双生児
「そんでな、ウチ、大事なモン取りに行きたいねん」
 リィは貸金庫の鍵を見せた。
 能力者との生前の約束で、なにかあったときのための当面の生活資金、必要なものが預けられているのだという。
「俺が共に行こう」
 支度をしようとする寿神だったが、リィは寿神だけは嫌だと拒否。
「自分な、ちいとは危機感持ちぃや。姐ちゃんはソウシャに狙われとる。ウチらかて、殺そうとしとったんやで。冗談抜きでや。成功すれば……ウチらはソウシャから解放される約束やってん」
 生死問わず。
 愚神奏者は寿神を気に入っており、ある種の執着を持っているようだとリィは言う。
「そうか、俺が死んでおれば万事解決とは、思い至らなかった。申し訳ない」
「そういうとこがいけ好かんねん!」
 寿神の謝罪にリィが反駁する。
「そないな反応されたらウチらだけが悪モンみたいやろ! 姐ちゃんが『死神』の名前ほっぽり出して逃げてから、シェンレンかてめっちゃ苦労したんやで! 辛酸舐めまくりやわ!」
「……そういえばリィ殿の能力者は俺とそっくりじゃったな。なにか縁があるのじゃろうか」
「そこからかい」
 リィはがくりと肩を落とした。
 どれだけなじってみても寿神では手ごたえがない。忌まれ差別されることには慣れきっているのだから。
「シェンレンと姐ちゃんは、同じ日に同じ母親から生まれた双子や。妹は不吉なアルビノやったけど、兄は普通やった。郷では双子は運命を奪い合うっちゅーて、里子に出されるんが慣例やそうや。シェンレンは土家に養子に出されたんや」
 あとはみちみち話せばええやろ、とリィは話をそこで切る。

「リィってつまり、狸(リィ)でしょ。ボクが狐(フーリ)なように」
 ふんふん、とソロがリィの匂いを嗅ぐ。どことなく通じるものがあるらしい。
「ボク達はもしかして、同じ世界から来たのかもしれないね」
「同じにすんなや。自分、野生のアルビノがどんだけ苦労するか、わかっとらんやろ。綺麗なだけでは済まへんで? 目立って狙われるわ、群れからはつまはじきにされるわ、散々や」
「そのへんはスーのほうが共感できると思うけど」
 寿神もやはりアルビノで差別された過去を持っている。野生ではないが、近いものがあるだろう。
「あ、姐ちゃんは来んどって。まだ平常心で相手なんぞできへんし」
 ぱたぱたと手を振る。見かけ年齢の低いソロとリィでは、いかにも子供のお使いだ。
「俺でなくとも、大人に見える付き添いが必要であろ。護衛を兼ねて、同行を頼んでおくから、しばし待て」
 リィは愚神に始末される寸前を助け出してきたわけだし、そもそも蜥蜴市場の構成員の英雄でもある。
 なにかの拍子に奪還されてしまっては、元も子もない。
 
 寿神は人を集めるべく、漆黒のヴェールを翻した。

解説

主目標:雲南省の小都市、黄楡(ホァンユゥ)にある銀行の貸金庫までの往復路でリィを護衛する
副目標:リィに話しかけて蜥蜴市場の情報を引き出す

●登場
 リィ
・本名 マパチェ・デルクス。リィは英雄であることを隠すため能力者がつけた偽名。
・元の世界ではアルビノの狸。見かけ年齢は八歳だが実年齢はもっと上。
・十年前に風寿神の双子の兄、土胜人と出会う。誓約は『互いを愛す』。
・幻想蝶はマリーゴールド型の宝石。
・山茶郷を滅ぼした愚神『奏者』に服従を強いられていた。『奏者』のことは大嫌いな模様。
・英雄であるリィ自身には仕掛けは埋め込まれていない。

●行程
・銀行に行って帰るだけなら時間的な余裕がある。どこかに寄ってリィの心をほぐすのも良いかもしれない。
・黄楡(ホァンユイ)は地方の小都市だが、公園、水族館、動物園など一般的な娯楽施設は揃っている。規模は大きくないが人でごった返しているわけでもない。
・昼食代は特別なものでない限り経費で落ちる。小都市なりに食堂は色々ある。意見が分かれたらリィが適当に選ぶ。
・さっと帰って機密事項は安全なところで聞き出すのもあり。
・情報漏洩が気になる場合は日本語での会話ということにもできる。なおリィはそのまま関西弁を喋る。

●参考:リプレイでの登場無し
 愚神『奏者』
・蜥蜴市場を取り仕切る愚神。内部では単に『市』と呼ばれ、違法組織『黒蛇(ヘイシェ)』の資金源及び武器供給源として機能している。
・風寿神の恩人『笛吹芽瑠』を殺害し、その体と身分を乗っ取っている。普段は丸顔の柔和な紳士。
・人間の苦痛と悲嘆、不幸を好む。
・『笛吹芽瑠』の生前から共存していたらしく、風寿神のことをよく知り、何らかの執着をしている。土胜人には風寿神と引き換えに開放するとの約束をしていた。

※注意事項
名目は護衛ですが戦闘はありません。各自楽しむなり楽しませるなり、聞きだすなり自由に過ごしてください。

リプレイ


「寿神さんはカウンセリングを受ける必要があると思うのよね、余計なお世話かしら?」
 リィと共に出かける前、鬼灯 佐千子(aa2526)は香港支部にカウンセラーの手配を要請した。
 できればH.O.P.E.の医療班やその関係者で、機密保持に信用の置ける専門家を。
 長年探していた恩人は既に故人、その遺体が愚神の依代として使われていただけ。敵組織の幹部の男は血縁どころではなく双子の兄だった、ではショックを受けていないほうがおかしい。
「……ふむ。俺はこの件において、すでに重要参考人であろう。過去の出来事を整理する必要はある」
「スー、ひとりで大丈夫? ボクもやっぱり残ろうか?」
 ソロは毛足の長い尻尾を振りながら、寿神の心配をする。
「デラクルスさん。……本当に好きなのね、寿神さんのコト」
 それから佐千子は、寿神似も声を掛ける。
「彼があなた以外と誓約を結ぶトコロなんて、想像もつかないわ」
 彼らは能力者なしには存在できない。よって裏切ることはない。
「鬼灯君のところもね! 鬼灯君とリタ君が並んでると、すっごく『相棒!』って感じに見えるよ!」
 ソロは二人を見上げ、明るく言う。
「……そうか?」
 突然話を振られたリタ(aa2526hero001)は元軍人であり、武器の扱いに長ける。
 銃器類を扱う戦闘では知識サポートに徹しているが、状況によっては能力者をアイドルとしてプロデュースしたりもする。
「ボクね、スーのことは会ったときからリクツ抜きで好きなんだ。英雄と能力者って、そんなものでしょ?」
「……まァ、少なくとも腐れ縁ではあるんじゃねェの」
 壁に寄りかかって聞いていたヤナギ・エヴァンス(aa5226)は自身と英雄の関係を考えて、苦笑する。

「ソレ、あげるわ。お守り。私とお揃いなのだけど」
 ぽい、と佐千子はイヤカフ型のライヴス通信機を寿神に投げ渡す。
 発信機能があり、同型に改造した佐千子の通信機で居場所がわかる。
「鬼灯殿が守護神というわけか。これは、心強い」
 寿神は手のひらの上で小型の通信機を転がし、淡く笑む。
「そんなに大層なモンじゃないわよ……。ただ、私達はリンカー。独りじゃない。それだけは忘れないことね」
 佐千子もウインクしてみせる。
 ここにいる誰も、独りではない。誓約で結ばれた相棒と、目的を同じくする仲間がいる。



「そんで自分ら、黄楡市にはそこそこの規模の街があんのやけど、ぱっと行ってぱっと帰るってことでええ?」
 リィ――本名はマパチェ・デルクスだが、ひとまずはリィの名で呼ぶことにする――は、集まった面子を見回して言った。
 地方都市の貸金庫にはリィの能力者だったシェンレンの遺した荷物がある。
 今回の依頼内容は、その往復路でのリィの護衛。
「普通にしてていいゼ。俺達も勝手についていくだけだ」
 ヤナギはリィを自由に動かせることで普段の様子を観察するつもりでいる。寄りたい所があれば、好きにさせる。
「蜥蜴の奴らにはいままで散々煮え湯を飲まされてるのよね。大体でいいから事前に計画を立ててくれれば、ソレに沿って護衛するわ」
 佐千子はこれまでの蜥蜴市場のやり方から、リィの奪還あるいは殺害を懸念していた。
 彼らは逃げるために、何もかもを切り捨てる。
 ここで、生き証人であるリィを失うという失態は避けたい。

「ウチの普通な。まず目的がある。目的に沿った行動をする。以上や」
 リィの行動原理は黒社会の一員らしく、あっさりしている。
「ウチの目的はシェンレンの預けた荷物を受け取ること。自分らの目的はウチを口封じから護ること。最短で行って帰るのがベストやろ」
「もっとこう、何かないの、君自身が行きたいとことか、見たいものとか、食べたいものとか」
「自分な」
 ソロが聞くと、リィはギッと睨み返した。
「死んどったんは死神の姐ちゃんかも知れへんかったんやで。そしたら自分、同じこと言えるん?」
 これにはソロも答えに詰まった。
 寿神が死んだあとの自分を、考えることすら嫌だ。
「すぐにイライラする癖は、止めたほうが良いと思うがな。一応アンタもH.O.P.E.に保護されてンだし」
 ヴィーヴィル(aa4895)が間に入って制止する。
 いまのリィは手負いの獣だ。
 大切なものを失い、自身も死に直面し、それでも残った何かを護ろうと必死に牙を剥く。
「ウチが頭下げて頼んだんちゃうやろ。H.O.P.E.とは一時的な協力関係にあるだけや。ウチは愚神・ソウシャを殺したい。アイツの持っとる市場も潰したい。そこが利害の一致するトコやって、それ以外を求められても困るわ」

「シェンレン殿とリィ殿は、互いを大事に想いあう関係だったのですな」
 リィにとって、愚神・奏者は既に仇。天城 初春(aa5268)はそこを基点に話をしてみようと思っていた。
 捜査への協力の交換条件にリィは能力者の遺体の保存を求めた。
 自発的な脱走は心配しなくてもいいだろう。そこまで大事な遺体はこちらで保管してあるのだから。
「せ、せや。ウチ、大事にされとってん」
 能力者の話は、リィにとって特別なようだった。虚を突かれたように、そわそわと視線を動かす。
「大切な方が亡くなってすぐに、何かに興味を示せというのも酷ですの。差し支えなければ、シェンレン殿のがどんなものを好んだか、何を楽しむ方だったか、お聞きしてもよいですかの?」
「シェンレンもな、あんまり外に興味を持つほうじゃなかってん。ウチ英雄やから、結局は食べんでもええねん。でも、ウチがお腹すいたフリせんと、シェンレンも食べへんねん……」



 最大限に警戒するなら、黄楡市の最寄の空港までは空路、そこから先は車で、ということになり、一同は車で黄楡の銀行に向かっていた。
 これはリィの『黒蛇』構成員としての経験による判断である。
 狙おうと思えば、定刻とルートのある公共交通機関は狙いやすい。誰が同乗するか選べないし、一般客は人質にもなる。
 運転は、周囲を警戒しつつ佐千子とリタが交代で担当する。

「正直、どのくらい『黒蛇』がウチを消したいんか、想像つかんねん。もうちょっと前ならともかく、北極に……ほら、愚神の親玉が現れたやろ? あの頃からソウシャの持っとる組織も施設も、管理が雑になっとんねん。北京で山茶郷の武器を使ったのもそうや。以前はもっと慎重やってん」
 証拠を消すためなら、あらゆるものを切り捨ててゆくことから名づけられた蜥蜴市場。
 それは表向きには政府に反感を持つ者達の集まるヴィラン組織であったが、組織を支配しているのは愚神。
 最終的に、組織は愚神の論理で動く。
「死神の姐ちゃんがついて来とったらもっと危なかったわ。あの姐ちゃん、もし目の前でウチが惨殺されたとしたら、めっちゃ悲しむやん? ソウシャはそういうのが好物やねん」
「非合理的だな。蜥蜴市場ってェのは、親組織の資金源じゃねェのかい」
 ヤナギが問う。
 そういえば蜥蜴市場は、完全な営利団体とするには、時々不合理な行動をしていた。 
「資金源やとも。愚神達が人間社会に潜伏するとき、人間の振りをするとき、なにかことを起こしたいとき、金は役に立つ。ただ、ソウシャの最大の目的は人間の悲嘆やねん。ヤツはそこに糸目をつけへん」

「……待てよ。じゃあ『黒蛇』って組織はいつ、誰が作った? 何のために? 関わってる愚神は他にどれだけいるンだ?」
 ヤナギは眉を寄せた。
「全容的なモンか。ウチらは十年前、山茶郷が滅ぼされたときから『黒蛇』に所属しとる。所詮ソウシャの手下やし、見聞きする範囲も限られとるけど、十年前には組織としての体裁は出来とった。作ったんは多分……TVに映っとった、子供の姿のヤツ」
「北陰大帝、じゃろうか?」
 辰宮 稲荷姫(aa5268hero002)がその名前を呼ぶ。冥府の支配者の名を騙る愚神。
「ソイツや。電話やけど、『大帝』にソウシャはえらいへりくだった態度やった」
 組織の目的は既に話した通り、人間社会で生きる愚神達の支援。それぞれが一時的な互恵関係による。
 蜥蜴市場を商業組織として成立させたのは愚神・奏者。
 手足となって働くのは、奏者に支配された人間達。
 反逆と失敗は即、命で贖わされる。
 貴重なリンカーには念入りにライヴス爆弾が、非リンカーには毒カプセルが埋め込まれている。
「あと、関わっとる愚神な。北極の親玉事件に前後して、愚神はあらかた解散したで。いま組織に関係しとるのは、大帝とソウシャだけや」

「では、神門は? 日本の四国地方で使われていた武器の一部が、山茶郷製だったそうですのじゃ」
「日本の小さい島に封じられとった疫神のことか。手下のウイルス従魔が自己増殖する」
「それですじゃ」
「アレは……そう、結界を破れれば『黒蛇』の研究所で生物兵器の研究に使う予定やってん。組織のモン送り込んで査定したらしいんやけどな、援助だけして貸し倒れ事案やわ。どうせ制御できひんやろけど。千年越えの愚神は怨念深すぎで怖いわ」
「貸し倒れ事案」
 あの未曾有のゾンビ事件に、そこまでビジネスライクな言葉が出てくるとは初春も思っていなかった。

「では、その『研究所』とやらに残っておるサンプルなどもないのですかの?」
「本体の愚神の死と同時に眷属従魔も全部死滅したらしゅうてな。サンプル取得失敗や。先行投資に失敗はつきもんやし、バイオハザードで非リンカーがばたばた死ぬよりましやろ」
 確かに、ウイルス従魔の存在は厄介であった。
 四国より外に広がらなかったからまだ良かったもの、ウイルスが持ち出され、大陸へと広がっていたら……世界的な奇病の流行となる。
「あの北陰大帝と名乗る者も死体を操る愚神、ゾンビを操る神門とかかわりがあるのかと」
「日本の疫神は凝り固まった怨念みたいなヤツやろ? 大帝はちょっと違うで。殺し合いか、死体が好きなんちゃう? 紛争地帯によう出没しよるで。『黒蛇』と互恵関係にあった愚神で一番の大物、《燻る灰》と連れ立ってな」

「……待て。ソレって、アッシェグルートのコトか?」
 黙って聞いていたヤナギが口を挟む。
「せや。NYで死んだトリブヌス級」
「あのおばさんは、どこぞの砂漠で戦って以降、目撃されとらんかったはず」
 初春もヤナギも、アッシェグルートと戦った。
 あの愚神は、アル=イスカンダリーヤ以降は平和的に眠りについていた、そうH.O.P.E.の一室で嘯いていたのではなかったか。
「同じ姿では、やろ? 『黒蛇』と互恵関係にある愚神は、大抵人間の依代を持っとる。人間の姿をした《燻る灰》が魅了スキルで紛争を煽り、大帝がソウシャを使って違法武器を売り捌く。そういう互恵関係やってん」
 そのとき車が停車した。
 目的地、黄楡市の銀行に到着したのだ。



「どう? 話は進んだかしら?」
 佐千子は緊張と運転で固まった(機械以外の)筋肉をほぐすべく大きく伸びをした。
 銀行の地下金庫に通されるのは、暗証番号と鍵の両方を持っているリィだけ。
 その間、同行のエージェントは一階のロビーで待たされることになる。
「トリブヌス級愚神に貸し倒れされた話」
 と、初春。
「《燻る灰》が、人間の皮被って死の商人の片棒担いでた話」
 と、ヤナギ。
「なンだか面白そうね……? 運転中でないときは話に加わろうかしら」
 あとでハンディカメラで録画した記録を見ることにしていた佐千子も、ちょっと興味が出てきた様子だ。
「俺はその愚神たちには関わってねェから黙ってたケドな。早く撤収すンのは賛成だな。オレが奏者なら、あんだけのネタを持ってるガキを野放しにはしねェよ」
 ヴィーヴィルもリィの情報の重要さは理解していた。
 北極に『王』が出現したことによって愚神たちの動きも最終段階に入り、人間社会での蓄財が必要なくなったのだとしても、蜥蜴の秘密主義の体質がそうそう変わるとも思えない。

「……帰ろ」
 振り返ると、一抱えもある包みを持ったリィが立っていた。
 茶色の包みは粘着テープで厳重に封をされ、透明ビニールシートでぐるぐる巻きにされている。
「これな。テキトーなトコで開けたらあかんモンやと思うねん。やから、帰る」
 

「シェンレンは、死神のスペアやってん」
 帰りの車の中、リィはぽつりぽつりと話し出した。包みを大事そうに抱えながら。
「過酷な環境にある山茶郷では、生贄の儀式は重要なモンやったみたいやな。小さい頃に貰った名前は聖人。教育を受け、優秀な子として育った聖人は、ある日突然全てを奪われた。死神が逃げたからや」
 名は同じ音で穢れの意味を持つ文字に変えられ、潔斎と称して郷の外れの小屋に隔離された。
 土家の両親は育ての子を守らなかった。そういう約束だったし、差別を畏れた。
「その頃からシェンレンは、何と出会っても心を動かすことはなくなったそうや。ウチが会うたのは二年後、儀式に向かう途中や」
 リィと誓約したシェンレンが、人間の小刀で傷つくはずがない。
 大人たちは焦った。今度こそ儀式を終わらせなければ、郷が滅ぶ。
 ありとあらゆる方法でシェンレンの逃亡を阻止し、ありとあらゆる方法でシェンレンを殺そうとした。
 そして成功しなかった。
「そうこうするうちに、迷信が現実になった。ソウシャがやって来て、郷を滅ぼしたんや」
 奏者はシェンレンがリンカーと知ると、『服従か死か』を問うた。
 シェンレンは服従を選んだ。一時的にせよ、絶望を終わらせたのは奏者だ。

「郷にある『双子は運命を奪い合う』っちゅう迷信は、来る前に話したな。シェンレンはそういう人生やった。死神に不幸があるときには幸福が、死神に幸福があるときには不幸が降ってきた。シェンレンが『黒蛇』に呑まれた頃、死神はH.O.P.E.に入った」
 

 それからリィは、ヴィーヴィルの問いに答えて奏者についても語った。
「ソウシャの名は、生前のの笛吹芽瑠がつけたらしい。ソウシャは音、特に笛に強いこだわりがある。犬笛の出す超音波で従魔に特定の行動を取らせるよう調整しとるのも、その現れやろ」
 山茶郷の女王も、千祥公園の聶老人も、銀の笛で従魔を操った。
「それは、オレ達が笛を複製して吹けば、逆に従魔を操れるってコトか?」
 千祥公園での笛は保管してあるはず、とヴィーヴィルは言う。
「どうやろ? ウチは命令の内容までは知らん。細かい仕掛けがあるんは笛の側やのうて従魔側や。四川にある研究所で調整しよる」
「そうか。ところで工場に居た首なしの元はもしかして……」
「タグから従魔を注入された工員や。ついでに工員達はライヴス源のために定期的に間引かれとる。やからどんどん入れてもぜんぜんいっぱいにならへんのや」



「……この手紙は風寿神に宛てたものである。別の者が開封した場合、H.O.P.E.所属の風寿神に届けて欲しい……」
 寿神は手紙を読み上げた。
 
 リィの持ち帰った荷物の中には、まとまった現金、『黒蛇』の内部資料、そして一通の手紙が入っていた。
 彼女は手紙を迷わず開封し、一読して寿神に押し付け、与えられた部屋に引っ込んでしまった。

 書かれていたのは、リィが語ったように二人が双子として生まれたこと、そしてこれまでのこと。

「『成人した双子が出会うと、どちらか独りしか生きられない』という言い伝えもある。そのときには、死ぬべきなのは俺だ。世の中から悪人がひとり消えるだけ、誰も悲しむ必要はない。
 ただ、マパチェは何も悪くない。悪いものは、何も見せていない。
 俺の死後は、寿神がマパチェと誓約してやって欲しい。白いマパチェはむしろ寿神の元に現れるべきだった存在。
 フーリと呼ばれる第一英雄と対になるよう、リィを名乗らせておく。
 代償として、俺の手に入る限りで最も価値のあるものを渡す。この情報が、寿神の助けになるように」


     ◆


「シェンレンはどうしてそんな風に考えてしまうん?! ウチのこと、なんもわかっとらんやん!!」
 リィは部屋の中で独りきり、大荒れに荒れていた。
 枕、毛布、着替え、鞄など、およそ投げられるものはすべて壁に投げつけた。
「共鳴中は押さえ込んだからって、ウチが何も知らんと思うとるん?! そんなわけないやろ、鈍感!」
 それから大声で泣き出す。
「…………どうしてウチには、何の言葉も遺してくれへんかったの……?」

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 対ヴィラン兵器
    鬼灯 佐千子aa2526
  • ダウンタウン・ロッカー
    ヤナギ・エヴァンスaa5226

重体一覧

参加者

  • 対ヴィラン兵器
    鬼灯 佐千子aa2526
    機械|21才|女性|防御
  • 危険物取扱責任者
    リタaa2526hero001
    英雄|22才|女性|ジャ
  • 捻れた救いを拒む者
    ヴィーヴィルaa4895
    機械|22才|男性|命中



  • ダウンタウン・ロッカー
    ヤナギ・エヴァンスaa5226
    人間|21才|男性|攻撃



  • 鎮魂の巫女
    天城 初春aa5268
    獣人|6才|女性|回避
  • 天より降り立つ龍狐
    辰宮 稲荷姫aa5268hero002
    英雄|9才|女性|シャド
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