本部

【山茶郷】秘境崩壊

桜淵 トオル

形態
シリーズ(続編)
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,300
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~8人
英雄
6人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/11/11 15:25

掲示板

オープニング

●テロ支援施設
「中国政府が、山茶郷への攻撃を決定した」
 そう告げる風 寿神(az0036)の紅い瞳は、驚くほど落ち着いていた。
 かつて逃げ出し、そののちに愚神に滅ぼされたという陸の孤島、山茶郷。
 いまはヴィラン組織の武器工場の建つ故郷に、彼女は何を思うのか。

「順を追って話そう。先日の調査によりH.O.P.E.は山茶郷で製造されている武器の部品をサンプルとして入手した。そしてそれが、北京の従魔を使ったテロ事件で使用されたものと一致したのじゃ。山茶郷の工場は中国政府にテロ支援施設として認定された」

 北極で異変が起こり、それと呼応するようにして各地で事件が起こった。
 北京では死者の体を乗っ取る従魔がAGWを使用して市民を殺害し、国務院を警護していた兵士達も従魔化されるという事件が起きたばかりだ。
 そして、その北京の事件で使用されたAGWが山茶郷で製造されていたものと方が一致した。
 兵士の同士討ちを幻覚にて誘発したとされる『胡蝶』も、小羊路市場で販売されたものと同じ素材を使用していた。
 中国政府は極秘裏に当該施設との接触を試みたが、反応はなし。
 間もなく最後通牒の勧告ののち、施設の空爆が予定されている。

「じゃが、H.O.P.E.側としてもこれを見過ごす訳にはゆかぬ。あの工場ではAGWを製造し、労働者の服従のために従魔を扱うことが判明した。愚神がいかに関わっているのか、その証拠も得られぬまま手をこまねいている場合ではない」
 調査メンバーが持ち帰った識別用金属タグには、一つ一つにカプセル内で休眠状態になった従魔が仕込まれていた。電気信号で装着者の首から注入できる装置と共に。
「服従か死か――金属タグによって『印』をつけられた労働者達は好きこのんで武器密造に携わっている者ばかりではあるまい。救出できれば大きな情報源となる可能性がある」
 労働者が協力的であれば、中国政府は彼らをテロリストとしてではなくテロリストに拘束を受けた被害者として扱う。その点についてはH.O.P.E.香港支部が調整している。

「また、同工場は蜥蜴市場の運営するものと看做されておるが、蜥蜴の組織は全容が掴めておらぬ。証人でも、証拠書類でも、データでも……なんらかのものを持ち帰りたい」
 蜥蜴市場、という名称すら、追う側がそう呼んでいるだけだけである。
 様々な土地で普通の市場に隠れた違法取引を行う。
 常に尻尾を切り捨てて逃げる。
 わかっているのはそれだけ。

●最後の一日
「中国政府の総攻撃の前にH.O.P.E.に与えられた時間は、二十四時間。その間に回収しきれる限りのものを回収する。証拠品は前回のメンバーが押収した。よって今回優先するのはデータと、情報を持った人間たち」
 寿神はホログラムを操作し、前回の調査によって判明した工場の構造図を浮かび上がらせる。
「工場棟、居住棟共に地上部は一階程度、建物は地下に広がっておる。俺達が最初に到着したのは工場棟の地下五階。オートマッピングシートにより、隠しトンネルとエレベータの位置も判明した」
 隠しトンネルの出口は人の入らない保護林の中で、普段は植生で偽装された扉で閉じており、中国政府が監視中。他の出入り口の存在は不明。
「今回は協力者リィとのコンタクトは取れておらぬ。よって前回と同じ経路は危険であり、空からの降下作戦となる。要請があれば通常兵器による空からの援護が可能であるが、精度は期待せぬほうがよかろう」
 援護は、工場で製造されている兵器の射程外からのものに限られる。
 使用可能武器は、主に誘導追跡機能のない500ポンド爆弾。
 一般人の救出をする場合は、最後の手段として取っておいたほうがいいだろう。
「おそらく、地下五階の倉庫付近に管理室がある。そこでこのタグの管理をしていたはずじゃ」
 ちゃら、と音を立てて寿神は目の前のテーブルに金属タグを置く。
「数の確保が必要なせいであろう、この装置の仕組みはごく単純。前述の通り電気信号を受けて装着者に従魔カプセルを注入する。革ベルトを切断しても装置は作動する。ただし、この装置にライヴスは必要ない。つまり」
 テーブルの上の金属タグを、両側から薄い磁石で挟む。
 ガチリ、と音を立てて磁石が貼りつく。
「注入口を塞ぎ、工業用磁石で機械を誤作動させてしまえばあとは単なる革と針金。単純な刃物で切断できる」
 寿神が取り出したのは小型のシートベルトカッターのような形状の刃物。樹脂製のガード素材のスリットの奥に刃が仕込まれており、スリットにベルトを引っ掛けて切断する。人体に密着したベルト状のものを切る為の刃物。
「タグは本来はこの程度の単純な装置で外せるもの。ただし外せば即座に監督者である『女王様』とやらに知れるのであろう」
 前回の調査で、侵入者がいると知れた途端にやってきた女がいた。
 女は自らを『女王様』と呼ばせ、首なしの従魔を銀の笛で操った。

「潜入により電気信号の源を叩くもよし、個別にタグを外してやるもよし。情報集積機関も普通なら地下にありそうではある」
 押収予定は、パソコン、電子記録媒体、書類、その他持ち運べるものなら何でも。
「世界各地で異変が続いておる。H.O.P.E.も山茶郷ばかりに人員を割くわけにもいかぬが、今回は皆を含めて三チームが出動する。少しでも多くのものを持ち帰って欲しい」
 脱出経路は輸送ヘリ、地下エレベータ、そして南側の崖。
 どの経路も安全に撤退できるよう付近を制圧する必要がある。


「最後に、少し補足じゃ。H.O.P.E.東京支部から回答があった。山茶郷で製造されていた武器類が、日本の四国でゾンビたちが使用していたものとも型が一致した」


●斜陽の中で
(逃げよう)
 夕日の差す部屋の中、白い髪に獣耳――『リィ』の名でエージェントの前に現れた少女が、メモ用紙にペンを走らせる。
(北には奴らの親玉が出たらしい。この混乱の中なら逃げられる)
(逃げてどうする)
 傍らにいるのは、黒いスーツに白いシャツの男。少女の必死の訴えにも表情を動かさず、淡々と返答を書き入れる。
(もう何もかも終わりや。最後くらい自由でもええんちゃう?)
 泣きそうな顔で、少女は懇願する。なぜか声は漏らさずに。
(どちらかしか生き残れない。俺か、死神か)
 部屋の中には、ペンの走るかすかな音だけ。
(今度こそ、死神を殺す。生き残るのは俺達だ)

 男は書き終わるとすぐにメモ用紙を破って丸め、灰皿の上に投げライターで火をつける。
 燃え上がる炎が、少女の願いも男の決意も飲み込んでゆく。


 男は無言で荷物を取り上げて部屋を去り、その後を白い少女が追った。

解説

主目標:山茶郷の工場施設から24時間以内に出来うる限りの証拠データと証人を救出する
副目標:搬出が可能な撤退経路を確保する


【現場模式図(断面・ノンスケール)】
                     
_□□□□□□□_□□___□□__地表面 
 □□□□□□□ □□   □□
 □□□□□□□ □□   □□
 □□□□□□□ □□   □□ 
 □□□□□□□ □□   □□
 □□□□□□□ □□□□□□■←監視室
 ■
 ■
   工場棟     居住棟

※平面図とスケールは前回OPに準じる
■:エレベータ位置
工場棟:地下五階まで探索済み
居住棟:天井低めに部屋が詰まっている。中央に大きな吹き抜けあり
    最下階に商店と居住棟用監視室がある

●開始時間:交渉可能。指定のない場合は正午作戦開始。ヘリからパラシュートにより降下

●推計人員
工員:300名程度
工員以外の労働者(商店等):100名程度
蜥蜴市場構成員・従魔:不明

●注意事項
テロ支援組織認定によってここにいる人員はすべてテロリストの可能性ありと見做され、無条件での殺傷が許可されている。作戦後に残った労働者はその後の空爆での生存は想定されていない。救出に成功した人員はH.O.P.E.が一時的に身柄を預かる

●撤退経路
・輸送ヘリ:地上制圧が必須
・エレベータ:管理システム全体の制圧が必須。仕掛けがあるかもしれない
・南の崖:監視カメラと狙撃システム破壊が必須。岸壁の階段は崩落があるがロープ降下の際足場として使える

●登場
NPCエージェント10名×2チーム:通信機を持ち作戦を支援する。作戦指示可能

中国軍:輸送ヘリにより撤退を支援。要請に応じて通常武器(銃器、500ポンド爆弾)での援護

●貸与品
タグ破壊用工業磁石&カッター(必要数)


※『斜陽の中で』はPL情報

リプレイ


「工員の救出、証拠の確保、時間が無い中この両方をやるのは……ちょっと骨かな」
 九字原 昂(aa0919)は飛行中のヘリから外を見下ろした。
 眼下に広がるのは鬱蒼とした雲南の保護森、見渡す限りの緑が昼の陽光を受けている。
『いくらぼやいたところで、国は待ってくれないぞ』
 秘境に隠された工場は二十四時間後には軍の総攻撃を受ける、それは決定事項だとベルフ(aa0919hero001)は言う。
 テロ支援組織との認定を受ければ、そこにいる人員もまたテロリストに準じた扱いを受ける。
 交渉も対話も不可能。今回の救出に応じない労働者は、施設と共に殲滅される。
「事情も分かってるけど、それでも言うだけはタダだからね」
 北極では異変が起こり、中国国内でも愚神が動き出している。
 政府としては、国内安定のため目に見える成果が欲しいのだろう。
 だが常に尻尾を切り捨てて逃げる蜥蜴市場の、拠点とも言えるべき工場を探り当てたのに、調査も半ばで証拠ごと粉々にされるのは避けたい。
 出来うる限りのものを持ち帰る。人も、情報も。

「四国では何度も煮え湯を飲まされたものではあるが、それの出所がここであったとはな」
 幼女軍人、ソーニャ・デグチャレフ(aa4829)はゾンビ共との戦闘を反芻していた。
 軍人が任務に私情を挟まないのは鉄則ではあるが、戦意高揚に繋がるならばまた別である。
 今は大祖国解放戦の真っ最中、戦費は1円でも多く稼ぎたい。そのための任務だ。


――まずは、情報の共有化を図ろう。
 ソーニャは作戦開始前にそう提案し、調査時に得たデータから再現した建物の見取り図、階段の位置、映像データ等の共有を図った。時間は限られている。可能な限り手分けをする必要がある。
 H.O.P.E.エージェントによる支援部隊は10人2チーム。
 A班には地上制圧と輸送ヘリの着陸地確保を、B班には工場棟からの避難人員誘導を依頼する。

 同行者に、風寿神はいない。ヴィーヴィル(aa4895)が同行に反対し、寿神もそれに賛同したためである。
 風寿神はリィの伝言で「狙われている」との警告があったが、前回の調査でも変装にもかかわらず敵と遭遇した。
 狙撃を受け、辛うじて離脱したが敵の思惑は判明していない。同行すれば任務を阻害するかもしれない。
 寿神は救出された工員の一時受け入れ先の確保に回ることにした。彼らは重要参考人であり、情報を収集しテロリスト思想がないことの確認が取れるまでは、H.O.P.E.関連施設に一時留め置かれる。


「パラシュート……は、なしでも構わないかしら。狙撃を避けたいのよね」
 鬼灯 佐千子(aa2526)は差し出されたパラシュートを押し戻した。
『同意だ。ヘリの爆音で我々の接近は間違いなく気づかれている』
 ただし高速で動く的はきわめて狙い難い、とリタ(aa2526hero001)も言う。
「じゃあ、僕もそうします」
 昂も自由落下するつもりらしい。
 エージェントである限り、物理的な衝突で衝撃は受けるがダメージは受けない。
 ノーダメージならば、よりリスクの少ない方を、というわけだ。
「じゃ、俺もソレで」
 ヤナギ・エヴァンス(aa5226)も途中まではパラシュートを使うことも検討したが、降下がゆっくりになることの二人と突入時間がずれる。別行動になれば無駄にリスクが増える。
「じゃあお先に。……3、2、1……」
 ゼロ、のカウントと同時に、共鳴した佐千子は空中に身を躍らせた。
 自由落下時の位置エネルギーは、質量と重力加速度と高さの乗算。
 佐千子の着地と共に爆音と大きな噴煙が上がり、工場棟の屋上に穴が開く。質量のあるアイアンパンクはそれだけで、重量爆弾の威力がある。
「凄い破壊力ですね」
 続けて昂、それからヤナギも工場棟の屋根めがけて降下する。
 流石に普通の成人男性の体重では質量爆弾とはいかない。着地時に鉄筋コンクリートが歪み、ヒビが入った程度だ。
 先の降下で空いた穴から棟内に侵入する。


「小官はゆっくり参るとしよう、下にいる無辜の民を押し潰しては寝覚めが悪い」
 そういいつつ、ソーニャはラストシルバーバタリオン(aa4829hero002)の胸部に搭乗し、共鳴を果たす。
 目指すは居住棟、建物の中には工員達がひしめいているはず。武器工場と同じように重量爆撃してはまずいので、パラシュートで軟着陸することにする。

「妾は監視室に強襲かますとしますかの」
 天城 初春(aa5268)は神妙な顔で支度をしている。
『あの女王とやらがいるなら、前回のお礼に鼻をへし折ってやらんとの。くくく』
 対照的に、辰宮 稲荷姫(aa5268hero002)は悪人面でほくそ笑んでいた。
 やっと潜入調査の鬱憤を晴らすときが来たのだ。
 共鳴し、黒髪に黒い瞳の人間形態となる。
 十六歳と設定した前回より随分若いが、同じ人物だとはわかるだろう。



 佐千子は降下の衝撃で一階の天井と床を踏み抜き、瓦礫と共に地下一階に着地していた。
 立ち込める噴煙が晴れると、小型武器とライフルの生産ラインがあったはずの場所に人はなく、うず高く積まれていた部品も完成品も消え、あとには抜け殻のような作業台が不規則に並ぶ。 
「(極秘裏に中国政府が接触を試みたそうだけど、その時点で撤収を……『尻尾切り』を開始したのかしら?)」
『(可能性はある。用心深い奴らだ、何も感づいていないということもあるまい)』
 佐千子とリタは、ライヴスを通じて囁きあう。

「荒っぽい客だねえ。ノックの仕方も習っていないのかい?」
 階段に通じる扉のほうから居丈高な女の声がする。
 真っ赤なチャイナ服に黒髪を編み上げた、アイアンパンクの女が入って来ていた。
 初春が遭遇したという、『女王様』か。
「ノックは別の人がしたわ。返事はなかったそうだけど」
 応えつつ佐千子は散弾銃「火竜」を構え、即座に撃つ。
 近接戦で、敵は目の前。狙いをつける必要はない。
「いきなり撃つなんて情緒のない奴だね!」
 『女王様』は咄嗟に身を低くし、作業台を盾にする。
 散弾の大部分は作業台と、女の機械化した右腕が受けた。
「他の奴はどこだい? ひとりじゃないんだろう?」
「さあね」
 佐千子も作業台に身を隠しながら、攻撃位置になるよう移動する。
――足音が、大勢の足音が聞こえる。
 行軍するよう規則正しく、一定のリズムを刻む足音が。
「(敵の援軍?)」
 障害物の隙間から覗き見た佐千子が見たのは、槍と盾を捧げ持った、首なしの兵隊。前回初春が遭遇したものと同じだろう。
 五体、十体……まだまだやってくる。
「銃器は持っていないようね、良かったわ!」
 立ち上がりざまに、兵隊の群れに向かって散弾銃を撃つ。
 首なしたちは、全身をうねうねと動く白い触手に覆われていた。
 盾で弾かれなかった散弾は首なしの腕や脚を傷つけるがそれでは止まらない。
「アレは、ドコを狙えばいいのかしら」
 頭部がない敵のどこを狙えば致命傷になるのかと、悩む佐千子にリタが見解を述べる。
『(盾を持っている以上、防御を必要としているのだろう)』
 そのとき、ヤナギから通信が入った。
「よォ。早速始めてるみてージャン。俺達は上の階だケド」
 ヤナギと昂は屋上の穴から一階に下り、しばらく階下を窺っていたのだった。
 一階ももぬけの殻である。
 狙撃に有利な位置取りをあえて捨て、トッ、とヤナギが地下一階へと飛び降りた。
「アイツら奥に誘い込んで、階段の方空けられねェかな?」
 工場棟に侵入した目的は、管理室のデータ回収。
 一人でも情報のある場所に到達できればそれでいい。
 一階に残った昂を地下に通すためには、階段から敵の注意を逸らしたい。
「私達は囮、その間にもう一人がデータ回収という作戦ね。了解したわ」
 佐千子は武器を散弾銃からガトリング砲『ヘパイストス』に換装する。
「頭部がなくても胴体か、四肢を吹き飛ばせば動けなくなると思うのよね」



 居住棟への侵入は、降下時に狙撃を受けることもなく最初のうちは順調だった。
 吹き抜け上部の緑のネットを切り裂き、初春はジャングルランナー、ソーニャはロケットアンカー砲のワイヤーを伸ばして下りる。
 ソーニャは人型戦車をカバーするため迷彩マントと被ったが、初春はともかく素早く駆け抜けた。
 最下階の片隅に、モニターを備えた監視室がある。
「どうも、H.O.P.E.軒の狐鈴(フーリン)だよ!」
 監視室といっても、どこのビルにもあるようなモニター室で、鍵すら掛かっていなかった。
 初春は前回使った偽名を名乗り、威勢よく突入する。
「先日従魔をけしかけてくれたお礼に、絶望の配達に来たよ!」
 そこにいたのは、黒服ではあるが一般武器しか持たない非リンカー二名だった。
 せめてリンカーであることを想定してキツめに取り押さえたのだが、あまりにもあっけない。
 拘束も、その辺のコード類で縛るだけで事足りた。
 ソーニャは部屋を調べ、緊急警報装置が作動しているのを発見する。
「急ごう。この部屋に隠し扉があるわけではなさそうだ。治安部隊は外から来る」


 ヴィーヴィルは降下後、寿神から託された試作プロジェクターで前回と同様の中年女性の姿になり、何食わぬ顔で居住棟の入り口から入った。
 棟内も最下階の商店街も、驚くほど人はまばらだった。
 以前老人達が碁をさしていたベンチも、いまは無人。
 近くの酒屋に入ってみても、レジすら無人。
 何度も呼んで、やっと奥からのそりと人が出てきた。
『そこのベンチでよく碁を打ってる爺さん達を知らないかい?』
 声はカルディア(aa4895hero001)で、外見に似つかわしい声色を使う。
「あんた、自室待機令が出てるのに出歩いてるのかね。用もないのに外に出てると怒られるよ」
 自室待機。
 では出歩いていない工員達は、あの狭い個室でじっとしているのか。
「ご親切にどうも。兄さんの自室はここかい」
 店のあるじはそうだと答えた。店を閉めろとは言われていないらしい。
「以前会ったとき、『女王様』の話をしてたんだけど、アタシ新入りだから良くわからなくってサ。その人が親分さんかい?」
「そりゃああんた、運がいいんだよ。なるべく長くわからないままのほうがいい」
 店主は謎の受け答えをしてヴィーヴィルを追い払いに掛かった。
 そっけないが、荒れた外見の中年女が『自室から出て』『怒られる』ことを心配されているらしい。
 ヴィーヴィルは最後に聞いた。
『そんなに、会わないほうがいい人なのかい? 『女王様』ってのは――』



 地下五階では、数十人の工員達が荷物の間で働いていた。
 プラスチック製のコンテナ箱がうず高く詰まれ、中身を検品したりトラックに積み込んだりしている。
「(ここを捨てて、どこかに搬出……か。出口も、拠点も、まだ他にあるのかな)」
『(奴ら、ここはもうやばいって勘付いてるな。国の接触があったんなら仕方ないかもしれんが)』
 昂とベルフは、声に出さずに話し合う。
 四角い箱を持ってあちらこちらへと運ぶ様は、遠目に見ると巣を移動する蟻のよう。
「(それにしても、人が多い)」
 イメージプロジェクターで周囲と同じ作業服に見せてあり、昂の外見ならば東洋人として紛れて目立たなくなる。
 だが管理室への侵入はどうすべきか。
 前回の潜入で、昂は地下五階にいくつかある部屋のうちひとつに入った。
 そこで撮影した資料は、セキュリティの浅い日報のようなもの、と判明しているが、搬出先や品目などは全て暗号化されており、全てが解明されたわけではない。
 具体的な物品と資金の流れ、人員の出入りと管理方法、暗号化されたものは解明するための手がかりなど、もう少し深い部分にあるデータが欲しい。
 突然、ひとつの部屋の扉が開き、慌しい足音がして誰かが通り過ぎていった。
 昂は柱の影に隠れ、足音をやり過ごす。
 開いた扉は閉じられていたが、鍵までは掛かっていなかった。
 そして、部屋の中は無人。
 いま出て行った誰かがデスクトップのハードにノートパソコンを繋ぎ、何かの作業をしていたようだった。
 ドアの内鍵を掛けておく。これで多少の時間は稼げるだろう。
 すでにパスワードを入力して開いてある状態なら、情報を回収するのは容易い。 
 ここにある端末以外にも接続できるのか、情報を引き出せるのか、試してみる必要がある。
 昂は椅子に座り、電子セキュリティへの侵入を開始した。


 ドドドッ!! と槍の雨が降る。
 白い首なし従魔達の波状攻撃。
 土台が木製の作業台には穴が開き、木片が飛び散る。
「死ぬのが怖くない敵ってのも、厄介ね!」
 佐千子はガトリング砲を連射し、首なし二体を仕留めた。
「とっくに死んでンじゃねェか? 首切られてるし」
 ヤナギの多連装ロケット砲『フリーガーファウスト』が火を噴く。
 こちらも周囲1スクエアと攻撃範囲は広いが、取り回しに多少難がある。
 従魔達は攻撃で数を減らしても、次から次へとやってくる上、仲間が撃破されてもお構いなしに攻撃を仕掛けてくる。
 槍は、突くだけではなく投擲攻撃。一時的に武器を失うが、首なしは火気攻撃にも怯まず前に出て槍を引き抜く。
 結果、どんどん奥に押し込まれることになる。
 別働隊の援軍は「間もなく到着」との報を得ているが、外にも従魔が出現し、苦戦しているらしい。
 到着までの間が途轍もなく……長い。
「私に命令するんじゃない!! ここは私の王国だ!!」
 ヒステリックな女の声が響く。『女王様』が別の誰かと話しているようだ。
 様子を窺おうとするそのときにも、複数の槍が降り注ぐ。
 負傷と疲労が積み重なり、少しでも集中を切らせば、槍に射抜かれる。
 床に突き刺さった槍を、従魔の白い手が引き抜いた。
 投擲は射程が限られる。と、少しでも距離を取ろうと走る佐千子の肩を銃弾が貫通する。
「新手?!」
 射線を避けるように、物陰に転がり込む。
 かわりに槍の投擲は止まった。従魔がどこかへと去ってゆく。
「アンタか? 風寿神の関係者ってヤツは。色々聞きたいことあンだケド」
 狙撃に必要な一瞬、男が姿を見せたのを、ヤナギは見逃さなかった。
 髪と瞳を黒くした寿神に似た男。抜け落ちたように表情はなく、冷たい空気を纏っている。
 答えの代わりに、ライフル弾がヤナギの傍を掠めた。
 平坦な声で、男が言う。
「こちらも忙しいんだ。早めに死んでくれると助かる」



「侵入者はどこだ!! すぐに殺す!!」
 居住棟の吹き抜けに、苛立った女の声が響き渡る。
「総員に告ぐ! 賊を隠す奴も殺す!! 逃げようとする奴も殺す!」
 後ろには首なしの従魔を引き連れている。盾と槍を持った兵隊従魔が、その後ろに二十体ほど現れる。
「逃げも隠れもしないよ! 狐鈴参上っ!!」
 トトトッと軽やかに走り出た初春が、白夜丸で斬りかかる。
 『女王様』が抜きざまに振り下ろした大刀と切り結んで、ギィンッ! と金属音を鳴らす。
「つまり、貴公を倒し、捕縛してから救出活動に入れというわけであるな?」
 人型戦車と共鳴したソーニャが、ズシンと重い足音を立ててやって来た。
 そして拡声器で宣言する。
「諸君、小官達は諸君を解放するためにやって来た! 障害はこちらで取り除く、しかるのち速やかに誘導に従いたまえ!」
 吹き抜けに面した窓ガラスが、音の振動でびりびりと震える。
「黙りな、戯言はそこまでだ……!」
 『女王様』は殺気の篭った視線で周囲を睨み付け、唇に銀の笛を当てる。
 ザザッ、と首なし達が『女王様』を守るように取り囲み、盾を掲げ持つ。
 一部の首なしは更に前に出て、槍で攻撃態勢に入る。
「こちらも! 借りは存分に返させて貰うぞおおぉぉおお!」
 初春は人間形態から獣人形態に変化し、犬歯を剥き出して獣の咆哮を上げる。
 従魔の突き出した槍を躱し、身を低くして膝から下を撫で斬りにする。
「小官もお相手しよう!」
 人型戦車が斧を振り上げ、渾身の力で振り下ろす。重量感のある刃が、槍の柄ごと従魔の体をぶった斬る。
 従魔達は仲間の死を意に介することなく、波状に槍を繰り出す。



 ヴィーヴィルは寿神似の男が現れたという連絡を受け、工場棟の地下へと向かっていた。
 工員への聞き込みの情報も総合すると、そいつこそがリィを連れている『幹部の男』である可能性が高い。
 試作イメージプロジェクターで映写するのは、寿神の姿。漆黒の司祭服に、黒のヴェール。
 遭遇情報通りならば、必ずこれに反応する。

 地下一階では、銃撃戦が繰り広げられていた。
 ひっきりなしに発砲音が鳴り響き、振動が階段まで伝わる。
「状況は?」
 通信機を使い、室内の仲間と連絡を取る。
 敵は一人、階段側のドアから二時の方向におよそ10メートル。
 佐千子とヤナギは一時の方向におよそ50メートル。挟み撃ちが可能。
 敵に勘づかれないよう音もなく扉を開け、隙間から狙いをつける。
「(……背中か、頭か)」
 男との間には障害物があり、見えているのは体のほんの一部。
 こちらに気づいていないうちが、絶好のチャンス。青色の双銃で狙いをつける。そのとき。
「女の子が、危ないものを振り回してはいけないよ」
 前触れなく、背後から声を掛けられた。
「……ッ!」
 驚いて声を上げそうになるのを、ヴィーヴィルは必死で飲み込む。遅れて、映写中の寿神の姿に声を掛けられたのだと思い至る。
 あまりにも突然に現れた、場違いな中年男。
 サラリーマン風の茶系のスーツを着て、丸顔に柔和な笑みを浮かべている。
「…………誰だ」
 近づかれるまで気配を感じなかった。普通の人間ではありえない。
「君はあの子ではないね?」
 男はヴィーヴィルの質問など聞こえていないかのように振舞った。
 そしてまるで仕事のついでに寄ってみたとでも言いそうな風情で、銃撃戦の部屋に悠々と入ってゆく。
 

 何が起こったのか、わからなかった。
 茶スーツの中年男は、怪しい動きをしたわけではなかった。
 佐千子とヤナギは、そこにただの『人間』が立っているように見え、攻撃できなかった。

 寿神似の男が短く呻き、ゴトリと重いものが落ちた音がする。
 それは、ライフルを持ったままの右腕だった。

「ここを引き払う前にね、裏切り者を処分しに来たんだよ。裏切り者に気づかない愚鈍な鼠も掃除してきた」

 血が流れ落ち、床に血溜まりができてゆく。

「ばれていないと思っていたかね? 地図を残し、子供を逃がし、工場の情報を漏らしただろう。大帝もお怒りだ」

 腕を切り落とされた男は、苦しげに顔を歪める。だが声を出しはしなかった。

「スーも殺さず逃がしたね。今更情が湧いたのかな、君の両親を二度殺した妹に」

 あまりに一方的な断罪。
 そして制裁行為。


「さようなら」


 男は首から血を噴き出して倒れ、少女の悲鳴が上がる。
「ソウシャああぁぁああぁああ!!!!!!!」
 白い癖毛に丸い獣耳、赤い瞳。
 リィだ。
 もしもリィが英雄なら、共鳴中は決して姿を見せない。
 リィがいるのは、共鳴解除されたときだけ。
「シェンレンは! いままでずっと! オマエに従ってきたはずや! なのになんでや!」
 少女は血塗れになりながらも倒れた男をかき抱き、守ろうとする。

「ああ、君も裏切りに加担していたのだったね。処分しておかないと」

『リィ様!』
 カルディアが体の主導権を奪い、飛び出してリィを庇う。寿神の姿で。
 リィだけは、なんとしても連れ帰る。
 最初、痛みはなかった。 
 ただ、流れてきた血の感触で、背中にぱっくりと傷が開いていることを知った。

「おや、君達と争う気はなかったのだが」

 ソウシャは驚いたように言う。

「お詫びに、その子を預けておこう。今日のところはこれで――」

 そして入ってきたときと同じように、彼は悠々と出て行った。



「辞世の句を詠め、貴様に慈悲はないっ!!」
 初春は高く跳躍し『女王様』に上段から斬りかかる。
 ……と見せかけてジェミニストライクで分身したもう一人が、生身の脚に斬りかかる。
 手ごたえがあり、高慢な『女王様』がようやくよろめく。
「くっ……! チョロチョロと煩わしいちびめ!」
「そっちはキイキイと喧しいヒスおばさんじゃろ!」
 言い合いなら初春も負けていない。

 ソーニャの共鳴した人型戦車が、首なし従魔を薪のように真っ二つに割る。
 割られた半身ずつは触手をざわめかせていたが、やがて動かなくなった。
「こちらもあらかた片付いたぞ、降伏してはどうだ?」
 勝ち誇るソーニャに、『女王様』は「うるさい!」と喚きたてる。


「麗妃、君にはまだ働いてもらわなくては。研究所に帰ろう。さあ一緒に」
 いつのまにか、茶色のスーツを着た中年男がちかくに立っていた。足音もなく。
 細い目で笑んで、『女王様』を麗妃と呼ぶ。
「……笛吹様……」
 自分の負傷にも、従魔の損耗にも強気な態度を崩さなかった女が棒立ちになり、顔色を失う。
 笛吹と呼ばれた男が腕を振ると、袖口からキラキラした破片が舞い散る。
 それは色とりどりの翅を持つ蝶で、たちまち群れとなって光を撒き散らす。
 眩しい光に目が眩み、再び瞼を開けたときには、男も、震えて俯いた『女王様』も消えていた。
 ただ、あとにはセロファンで飾られた紙の翅が、いくつか落ちていた。



回収成果

工員・施設従業員     およそ350名
ノートパソコン         一式
デスクトップパソコン      一式
書類             未整理
英雄入り幻想蝶         一対
幻想蝶を所持していた遺体    一体


                 


その他時間切れによる未回収遺体多数



         ――撤収確認、これより旧山茶郷掃討作戦に入る――




結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧


  • 九字原 昂aa0919
  • 捻れた救いを拒む者
    ヴィーヴィルaa4895

重体一覧

参加者


  • 九字原 昂aa0919
    人間|20才|男性|回避

  • ベルフaa0919hero001
    英雄|25才|男性|シャド
  • 対ヴィラン兵器
    鬼灯 佐千子aa2526
    機械|21才|女性|防御
  • 危険物取扱責任者
    リタaa2526hero001
    英雄|22才|女性|ジャ
  • 我らが守るべき誓い
    ソーニャ・デグチャレフaa4829
    獣人|13才|女性|攻撃
  • 我らが守るべき誓い
    ラストシルバーバタリオンaa4829hero002
    英雄|27才|?|ブレ
  • 捻れた救いを拒む者
    ヴィーヴィルaa4895
    機械|22才|男性|命中
  • ただ想いのみがそこにある
    カルディアaa4895hero001
    英雄|14才|女性|カオ
  • ダウンタウン・ロッカー
    ヤナギ・エヴァンスaa5226
    人間|21才|男性|攻撃
  • 祈りを君に
    静瑠aa5226hero001
    英雄|27才|男性|シャド
  • 鎮魂の巫女
    天城 初春aa5268
    獣人|6才|女性|回避
  • 天より降り立つ龍狐
    辰宮 稲荷姫aa5268hero002
    英雄|9才|女性|シャド
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