本部

【終極】連動シナリオ

【終極/機抗】希望への備え

茶茸

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
7人 / 4~10人
英雄
7人 / 0~10人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/12/01 13:10

掲示板

オープニング


 世界の混沌化により異常事態が発生したアマゾンの密林を、若草色の長い髪をした女性が飛び回る。
 昆虫の物を思わせる薄水色に透ける翅を以て宙を舞い、目当ての物を見付けるとその腕で捕らえ、胎に納める。
 エスペランツァ―――今や愚神ディー・ディーそのものとなった彼女はアマゾンの異常事態が起きると共に再び現れた改造従魔を喰らって回り、肉体ごとライヴスを吸収していた。
「ダメね。まだ足りない……やっぱりあの人とあの子も食べておきたかったわ」
 完璧に仕上げるはずだったエスペランツァを中途半端に起動してしまったツケがきたとディー・ディーは嘆息するが、今それを言っても始まらない。
 彼女には今何よりもやらねばならない事がある。
「もっともっと食べてたくさん産まないとね」
 そのために【森蝕】で人も従魔も愚神を数多くが死に、またディー・ディーが作った改造従魔が未だ潜んでいたアマゾンはお誂え向きなのだ。
「次はどの子を食べようかしら?」
 そう言いながら愚神はまた空へを舞い上がる。
 欠片も残さず喰われた改造従魔の名残は何一つ残っていなかった。


 インカ・ギアナ支部とニューヨーク支部に設置されたRGW事件の捜査本部はエスペランツァの起動、そして愚神ディー・ディーがエスペランツァを乗っ取ったと報を受け、協議の末苦肉の策を選んだ。
「D.D.ことデイモン・ダイアーと一時的に協定を結び、愚神ディー・ディーの討伐とエスペランツァの奪還を行います」
 ブリーフィングルームにて、山のような資料を持って来た職員は軽い説明の後集まったエージェント達の反応を窺いつつもはっきりと言った。
「詳しい情報はお配りした資料にも書かれていますが、現在インカ・ギアナ支部、ニューヨーク支部の技術研究班を中心にエスペランツァ=ディー・ディー、略称E.D.対策を急ピッチで進めています」
 製作者であるD.D.の捕縛に成功した事と彼が『エスペランツァ奪還のためならば』と協力しているのが大きい。無論厳重な監視の下ではあるがエスペランツァに関しては彼が最も詳しい上に、その技術知識は本物だ。
 アマゾンの異常事態に対処する傍らE.D.の追跡調査を行っているエージェント達によればアマゾン全域に点在している改造従魔の発生地点は多く、E.D.の『捕食活動』はまだ続くだろう。その間にこちらも準備を整えなければならない。
 今最優先で開発されているのが対E.D.兵装。
 どうあっても避けられないE.D.との戦いに欠かせない物だ。
「エージェントの皆様にはその試作品のテストに協力して頂きたいのです」
 現段階まで残った試作品は三種類。
 実験テストを兼ねてエージェント達にどれを実戦配備して欲しいかを聞きたいと言う。
「この実験の相手はD.D.本人とタオ・リーツェン氏が務めます」
 驚くエージェント達を鎮める事はせず、職員はブリーフィングルーム内にあるディスプレイを操作する。
 そこに映ったのは拘束された状態のD.D.だった。
『説明は聞いたな』
 冷たい声、冷たい表情。拘束されているにも関わらずD.D.には些かの焦りもない。
『私の妻を取り戻すのが貴様等に協力する条件だ。このテストは重要性が高い。心してこなせ』
 もう一人の実験相手と言われたタオはどうしたのかと聞くと、D.D.は何故写さないとディスプレイ越しに職員を睥睨する。
「……分かりました」
 職員がディスプレイを操作すると、そこには上半身の半分以上が異形化したタオが映った。
『ああ、やっと映りましたね。お見苦しくてすみません』
 口調だけはいつも通りに、しかし声はひび割れ声音も無理にいつも通りに話そうとしているのが分かった。
『今回の任務については既にお聞きの通りです。試作品の実験対象の一人は私です』
 普段は糸目にしている目がうっすら開いたり完全に閉じたりを繰り返しているのが妙に不安を掻き立てる。
『私の従魔化は義肢と義眼に含まれたディー・ディー細胞が原因の一つ。エスペランツァと合成したディー・ディーを分離する試作品の実験にはもってこいと言う訳です』
 出来る限りいつものようにタオは続ける。
『この実験の結果が良ければE.D.対策だけでなく、改造従魔やRGWの被検体となった人達の治療にも大きな進展が望めます。どうか皆さん、よろしくお願いします』
 タオが言い終わると近くに控えていたらしい白衣の人物がこれで通信を終わると言い、ディスプレイが暗くなる。
『私自身は開発した愚神用の『癌』の効果を確かめたい。分かっているだろうが、私が死ねばこの『癌』を培養する事も不可能になる。殺さないように注意しろ』
 言いたい事だけを言って沈黙したD.D.に職員が溜息をついてディスプレイを消した。
「D.D.はああ言っていますが、今回の実験では装備にリミッターをつけます。D.D.に関しては命に関わる危険は起きません。ただし、タオ・リーツェン氏の従魔化部分の攻撃には十分注意してください」
 タオの従魔化部分にはリミッターが着けられない。拘束具によって活性化を遅らせて理性を保つ事はできるが、攻撃性能そのものを抑える事はできないと言う。
 実験時は活性状態のディー・ディー細胞を剥離する能力があるかを確かめるためにその拘束具も外す。
 タオと共鳴している英雄のケッツァー・カヴァーリもタオの理性の保持と自身の邪英化に対抗するためエージェント達とコンタクトを取る余裕はない。
「通常の従魔と戦う心構えで戦闘不能になるまで攻撃する必要があります。やりにくいかもしれませんが、本人の希望でもあるので……」
 申し訳なさそうにしながら職員は試作品や実験概要の資料を渡した。
 
●試作品概要
 【弾丸型】
 D.D.が対ディー・ディー用に開発していた『癌』と言うべき特殊なライヴスを持った細胞がある。
 D.D.が自身の体内で培養した物を利用して弾丸を作り、E.D.に直接打ち込み内部のディー・ディー細胞を狙って弱体化させる。
 ただしこれは打ち込む箇所が限定され、その場所に一定以上の量を打ち込まなければ意味がない。

【結界型】
 エスペランツァとディー・ディーの合体=共鳴を分離させる。
 ただしE.D.は元々エスペランツァに備わっていた『ライヴスを吸収する』と言う機能を使いこなしている。結界型と言ってもその仕組みにはライヴスが使用されており吸収される可能性は高い。
 吸収された場合は張り直す必要がある他、効果範囲内に対象を押し留めていなければ効果がない。
 範囲内に入ったエージェントにも影響があり、この中ではリンクレートが上昇しなくなる。

【装着型】
 結界型の小型版。発生装置をエージェントが装備。3SQ程度が効果範囲になる。
 小型な分融通が利きやすくON/OFFを切り替える事ができるが、結界型と同じく使用している間はリンクレートが上昇しない。

解説

●目的
・試作品を使用した実験データを取る
・タオの従魔化部分に20発以上試作品を使用した攻撃を命中させる
・実戦配備する物を選ぶ

●状況
 ギアナ支部で実戦テストを行う。周囲には脱走防止の処置はとられており、実験の様子をモニタリングしている研究員や技師もいる。危険と判断すれば警備のエージェントが実験を止めに入る

●特殊措置
 実験に使用される武器は敵味方の両方にリミッターを装着
 そのためこの実験に限り重軽傷や死亡は起きないが、ダメージが蓄積すると戦闘不能にはなる
 従魔化したタオだけはリミッターを着けていないので通常の戦闘と同様の危険があるので要注意
 また理性を無くしたタオはD.D.を積極的に狙うので、D.D.が死なないように注意する必要がある

●アンケート
 プレイングにどれを実戦配備したいか一言書き加えて下さい
 一つでも三つ全部でも構いませんが、相談した上でお願いします

●敵
・『D.D.』/人間
 ステータスは人間以上。高い生命力と再生能力を持つが戦闘は不得手
 タオとエージェント両方に攻撃を仕掛けて来る
・特殊スキル
・「自己再生」:自身を中回復・BS解除
・「マラティベレーノ」:試作品【弾丸型】
 D.D.用に開発していた『癌』。今回は対エージェント用に調整してある
 クリーンナップまでリンクレート上昇不可
 回避・命中↓
 被ダメージ↑

・『タオ・リーツェン』/リンカー(従魔化)
 従魔化が進んだ事により能力がかなり上昇。実験中は拘束具を外しているため会話不能
 基本的にD.D.のみを狙いエージェントは二の次になる
 実験データを取るため従魔化部分に試作品を使用した上で20発以上の攻撃を当てる必要がある
「カオティックブレイドスキル」:各スキルの威力、射程、範囲に+補正。回数制限なし
「自己再生」:従魔化部分の損傷を小回復。試作品の攻撃一発分の影響を除去する

リプレイ

●実験当日
 警備のエージェントが複数人、出入り口は厳重に監視され各所に設置されたカメラの向こうと実験場となるこの場では何人もの技師と研究員が最終確認のために忙しなく働いていた。
「やれやれ、疲れる仕事になりそうだ」
 試作品の説明を聞き終えた麻生 遊夜(aa0452)は『弾丸型』をじっくりと眺めた。
 銃火器系のAGWで使用するタイプだが、弾丸と言うより試験管かカプセルに近い形状をしている。
「……ん、やることは多い……でも、対策は必要……頑張ろう」
 ユフォアリーヤ(aa0452hero001)の励ましにそれもそうだと言って弾丸を装填する。この実験には対E.D.の兵装開発だけでなく、従魔化が進むタオ・リーツェンの『治療』も懸かっているのだ。
「装着型って聞いたっすけど、割と大きめっすね」
 君島 耿太郎(aa4682)がアークトゥルス(aa4682hero001)と動作確認をしているのは人一人を覆うくらいの小型結界を発生させる『装着型』だ。レッグバッグのようなホルスターに固定され、それなりに重みがある。
「ふむ。動きの邪魔になると言う事はないな」
 ON、OFFを切り替えるスイッチも手を伸ばしやすい所に配置されており、操作にもたつく心配はなさそうだ。
 試作品はもう一つ、装着型よりもはるかに広い範囲に効果を及ぼす『結界型』がある。
 そちらを確認しているのは木陰 黎夜(aa0061)と真昼・O・ノッテ(aa0061hero002)の二人。
「上手くデータ、取れるといいな……」
「ええ、まひるも祈っておりますのっ」
 形状はノートパソコンに近く、結界の状態などをディスプレイに表示されたグラフや文字で知る事ができる。一度茶道させれば後はプログラムされた通りに動くと言う。
 エージェント達が各々試作品を手に取って確かめていると、実験場の中央に向かって伸びた即席の通路に動きがあった。
「タオさん!」
 藤咲 仁菜(aa3237)は片方の通路に現れたタオ・リーツェン(az0092)に気付いて駆け寄り、その姿に一瞬苦しげに表情を強張らせる。
 武装したエージェントと研究員に車椅子で運ばれているタオの浸食はブリーフィングの際に見た時より広がっているのは明らかで、まだ無事な部分にも亀裂が伸びている。
「あなた、でしたか。今日も、よろしくお願いします」
 ひび割れかすれた声と浸食が進む顔でいつものような笑みを浮かべようとするタオに、仁菜も苦しい思いを見せないよう笑顔を返した。
「……絶対その従魔を剥がしますから! 大船に乗ったつもりでいてください!」
「はい。頼らせて、もらいますよ」
 それではと連れられて行くタオを見送る仁菜の肩にリオン クロフォード(aa3237hero001)の手が触れる。
「仁菜、絶対に成功させよう」
 仁菜はリオンの手に自分の手を重ねて頷いた。
 タオが通った物の反対側。もう一つの通路にはも物々しくエージェントに護送される白衣の男、D.D.の姿があった。
 伸びた背筋に迷いない歩調、冷たい目でエージェントの方をちらりとも見ずに通路の先に消えて行く。
「おやぁまぁ、邪英化かヴィランズを守りつつの酷くあり得る戦闘実験だっただべな」
 彼等が今回の実験テストの『実験対象』だと知ったヴァイオレット メタボリック(aa0584)は改めて実験内容を思い返してふうと息を吐く。
「ヴィオ、これから起こりうることでねぇの気落ちするでねぇだべ」
 それを目敏く見付けたノエル メタボリック(aa0584hero001)に、ヴァイオレットは心配するなと手をひらひらと振る。
「平気だぁ、南米育ちだど騙し合など日常茶飯事ぢゃったからのぉ」
 自分の側にいる人間に後ろから撃たれる事さえ珍しい事ではないと含める言葉に、ノエルはそう言う事じゃないんだがと漏れそうになる溜息をこらえた。
 今回の試作品のテストはエージェント、D.D.、タオの三つ巴と言っていい状態になる。
 しかしエージェント達はD.D.を死なせるわけにはいかず、自分達すら攻撃して来る相手をテスト中はほぼ間違いなく理性を失うタオから守らなければならいのだ。
「……なんで俺らがダイアーから攻撃されなきゃなんねーんだよ……解せぬ」
 その状況に不満があるのはカイ アルブレヒツベルガー(aa0339hero001)も同じだった。
「他の研究員の人達も話し合った結果決まった事らしいから……」
 そんなパートナーを宥める御童 紗希(aa0339)だったが、彼の苛立ちに疑問もあった。
 確かにD.D.の所業を考えれば好意的に見る等出来ないだろうし、それがなくともD.D.のあの態度に好感を持つ人間などそうそういないだろうが……。
「みなさん、準備が整いました。試作品の装着は問題ありませんか?」
「ええ、大丈夫です」
 声を掛けてきた研究員と技師にナイチンゲール(aa4840)が応えると、エージェント達は実験場の中へと移動する。
 壁で囲まれた空間には何もなく、そこにぽつりと立つD.D.とタオの姿が目に入る。
「恭佳さんのシスマと目指すところは一緒だね」
 その言葉に墓場鳥(aa4840hero001)も同意を返した。
『二人の天才がそれぞれのやり方で時勢相応の仕組みを着想したという訳だ。尤も起点は真逆とさえ言えるほど掛け離れているが』
 ナイチンゲールの目を通して、墓場鳥はD.D.とタオを見る。
『第一、此方の技術を素直に受け容れられる者はそう多くあるまい』
「でも両方の長所を活かさないのはもったいないよ。綺麗な方法じゃなくたっていい、助かる命があるのなら」
 ナイチンゲールはタオを見る。その姿に、今も苦しんでいる被検体となった人々の姿を重ねた。
『これより対E.D.兵装の実戦テストを開始します』
 感傷に浸る時間はなく、アナウンスと同時にタオの拘束具が外れ、開いた目から理性が消えた。
 身構えるエージェント達を通り過ぎた視線はD.D.の所で止まり、頭上から無数の武器が出現する。同時にエージェントとD.D.それぞれが動き出す。

●テスト開始
『あんれまぁ。えらい数だべな』
 従魔化によってスキルが強化されているとは聞いてたものの、その数に呑気ともとれるヴァイオレットの台詞を聞きながら共鳴してその身の主導権を握ったノエルと仁菜がD.D.の前に立つ。
 雨霰と降り注ぐ攻撃に耐え切った二人だったが、一息つく間もなく後ろから衝撃を受けてやはりきたかと背中越しに見やる。庇ったD.D.が二人に銃口を向けていた。
「邪魔だ。他の連中を狙えん」
 あまりな言い草な上に二人の後ろから出て行こうとするので急いで止める。
「待って下さい。攻撃が一旦落ち着くまで動かないで」
「わたくし達から離れたらと蜂の巣かハリネズですよ」
 タオの視線はD.D.に集中しており、狙われているのは明らかだ。
 仁菜はタオの攻撃を捌きながら自分に銃口を向けて来るD.D.にはっきりと言う。
「タオさんを助けるために貴方を守ると決めました」
 D.D.が犯した罪も、もしかしたらこれから先に待つかもしれない企みも、今はすべて飲み込んで。
「今はタオさんが助かるならそれでいいです」
 D.D.が撃った弾丸の効果なのだろう。じわじわと体を何かが這って行くような不快感に続き、受けた攻撃の衝撃と痛みが増す。
『プリペントデクラインの効果はあまりないみたいだ。仁菜、気を付けて』
 リオンは無理をするなとも守るのもやめろとは言わない。仁菜も分かっているとだけ答え、盾を掲げた。
 防いだ刃の嵐に一緒に守りを固めているノエルがしくじったと眉をひそめる。
「この場所ではイメージプロジェクターもあまり意味はありませんわね」
 実験場には遮蔽物となる物も複雑な地形もなく、イメージプロジェクターでの潜伏にはあまり向いていない。
 潜伏したとしてもタオが無差別に範囲攻撃をばら撒けばそれに巻き込まれるだろう。
「真っ向勝負のつもりはありませんでしたけど……」
 後ろから撃って来るD.D.を警戒しながら、ノエルは仁菜と共に今は耐え反撃の時を待つ。
 自分達がD.D.を守っていれば、他の仲間達がそれだけ自由に動けるのだ。
「結界型を発動させる。リンクレートに注意して」
 黎夜は周りに呼びかけると『結界型』を発動させる。
 一瞬何かが体を突き抜けていったような感覚があり、エージェント達の周りをうっすらとドーム状の物が覆う。体には何とも言えない微妙な違和感が残り、自分達が効果範囲内にいると実感できた。
「範囲は……」
 黎夜が見渡したドームは装置を中心に半径約200mそこそこ。実験場と言う限られた空間なら充分な範囲だが、ひらけた場所、そして互いに動き回る戦場ではどうだろうか。
「それを確かめるためのテストだよね」
『壊されないように気をつけないといけませんね』
 真昼はこの装置の説明を受けた時に耐久度は普通のパソコンよりは頑丈だがAGWのような強度は持っていないと言われたのを覚えていた。
「うちは装置を守りながら戦う。誘導お願い」
「了解」
 黎夜に答えたカイは『装着型』のスイッチを入れてタオに向かって行く。
 その後方で銃を構えた遊夜は拘束具が外れたためかはっきりと蠢くタオの従魔化部分に狙いを定めた。
「ま、きっちりブチ込んでやるさ」
『……ん、どこでも……何度でも、当てるから……早く治って、ね?』
 ユフォアリーヤの言葉に銃声が重なる。
 装填された『銃弾型』は狙い通り従魔化部分に命中し、緑色の液体と肉片と言うには硬質な破片が飛び散った。
「遠慮なくいかせてもらうか」
 追撃するのはカイのヘルハウンド。
 振り下ろした重く長大な刃がタオの従魔化部分を叩き切る。
 そこまでして初めてタオの視線がD.D.から逸れた。
「おっと、次はこっちか」
 召喚された武器が自分の方を向いた事に気付いたカイが急いで距離を取る。
 戦い慣れしたエージェントでも相応のダメージを受けるだろう。まして高い生命力を持つとは言え武装は銃一丁、戦いは不慣れだと言うD.D.に向けられたらどうなる事か。
「業腹だがその男を殺させるわけにはいかない。参られよタオ殿!」
 耿太郎と共鳴したアークトゥルスが星剣コルレオニスを手にタオと相対する。
 この時点でタオはD.D.を庇い自分に攻撃をしかけてくるエージェント達を少しずつ認識し始めていた。
 展開された武器を薙ぎ払いながらD.D.や黎夜が守る結界型装置をタオの攻撃範囲から外すために少しずつ位置を変えようとするが、それを狙っているのではと思う程邪魔をするのがD.D.の銃弾だった。
「意趣返しのつもりか? まったく、面倒な……!」
 D.D.の銃弾はタオもエージェントも無差別に狙う。
 受ければほぼ確実に効果が発動し、そこにタオの攻撃を食らえば相当の痛手になる。
 仁菜やノエルが仲間に対する攻撃を防いではいるが、タオの攻撃からD.D.を守らねばならない事もあり全てを止める事は出来ない。
「急に調整したからか、RGWの要素がない者に対しての効果は今一つだな」
「試し撃ちのし過ぎじゃない? あんまり度が過ぎると実験に支障が出るわよ」
 状況を見ていたナイチンゲールが苦言を呈するが、D.D.は全く意に介さず引き金を引く。
『今は奴の事は放っておくしかないだろう』
「そうね……」
 ナイチンゲールも何度かD.D.の銃弾を受けていたが、このテストのデータが今後に関るとあって努めて冷静に自分のやるべき事をこなしていた。
 仲間やD.D.の状態を見ながら必要とあれば回復し、レーヴァテインの刃を閃かせタオの従魔化した部分をコンビネーションで切り裂く。
「連続攻撃で効果を稼げるかと思ったんだけど、どうかな」
『見た目だけでは何とも言えんな』
 従魔化部分は一定以上の威力の攻撃を受ければ破損し緑の血が流れてくるが、傷が浅い物は徐々に塞がっているのが分かった。
「……あと五、いや七あたりか。おい、装置を攻撃に巻き込むな」
 D.D.の声に視線を向ければ結界型装置の側にいる黎夜に指示を出しているではないか。
「言われなくても分かってる」
 黎夜は魔術式パイルバンカーで武器を破壊して装置を守っているが、何せ数が数だ。壊すのが間に合わない分は自分が盾になって装置を守っている。
「予想通りならそろそろ変化が表れる」
 次に聞こえたD.D.の言葉とタオに向けられた銃口に一瞬エージェント達の動きがとまった。
 反射的に庇いそうになったのを堪えたエージェント達が注目する中、銃弾は傷が増えて来たタオの従魔化部分に命中し、深く埋まる。
 そしてD.D.の言葉通り変化が表れた。
「ア、ガッ……アアアアアア!」
 テストが始まってから一言も言葉を発しなかったタオが絶叫している。
 召喚された武器が消滅し、従魔化した部分の傷口が爛れ始める。爛れた傷口から緑の液体が噴き出し、ボロボロと崩れていく。それは改造従魔の体が壊死して崩れて行く様によく似ていた。
「効果時間は予想通り。効果の方はまだ改善の余地があるか」
 ひどく事務的なD.D.の声が絶叫の合間に聞こえた。

●ハイリスク
「これは何なの。一体何をしたの」
 もう一発と引き金を引こうとしたD.D.をナイチンゲールが抑え込んだ。
「説明した通り、あれは『癌』のような物だ。ディー・ディーの細胞を侵食し破壊して行く。『癌』が一定量注入されると加速度的に増殖して行き、やがて死に至らしめる」
 淡々と説明するD.D.に仁菜が思わず詰め寄った。
「その『癌』はディー・ディー細胞を狙うものだと聞きました。だったら、何故タオさんはあんなに苦しんでいるんですか!」
「浸食度の違いだな。彼はディー・ディー細胞との親和性が高く、浸食度もかなり深い。あのレベルまで行くと本来なら自我を失くし英雄も邪英化している」
 RGWの使用を続けていれば浸食され、例えリンカーであってもただでは済まない。最初は使用者の心身が蝕まれて行き、その時点で耐えられなかった者は死亡する。
 その段階を乗り越えた者はより深くRGWに浸食されて行き、死か今のタオのように従魔化するかに分かれると言う。使用者がリンカーであった場合、契約者が従魔化した影響を受けて英雄も邪英化する可能性が高い。
 タオの苦悶の声と壊死して崩れ落ちる破片の音をバックにD.D.の説明が続く。
「その状態からディー・ディー細胞を引き剥がすなら元々あった正常な細胞もいくらか死滅するのは分かっていた。従魔化した個所が壊死した事によるダメージのフィードバックも当然ある」
 元よりディー・ディーが『敵』に回った時のために作ったのがこの『癌』だと言う。
 使用された相手を殺す事を視野に入れて作られた物なのだ。安全性など度外視である。
「そんな事よりテストが途中だぞ。彼も動き出す。貴様等もさっさと動け」
 銃を点検終えたD.D.が言い捨てると、タオの絶叫は止み喘鳴まじりの呻き声と共に起き上がって来た。
 戸惑い、憤りながらも武器を構えるエージェント達は緑の血に赤い色が混じり始めた事に気付く。
『ごめんなさいっすタオさん。もうちょっとだけ頑張ってほしいっす』
「手加減は……難しそうだな。せめて少しでも早く終わらせよう」
 耿太郎とアークトゥルスはタオの無残な有様に心を痛めながらも相対する。
 召喚された武器の数は先程よりも減っている。従魔化した部分が弱った事で能力自体も弱体化しているのだろうか。
「でも油断はできないか……」
 ナイチンゲールはフォートレスフィールドを使用して全体の防御力を上げる。
 タオとD.D.両方から攻撃されるエージェント達のダメージは確実に蓄積されて行く。これ以上テストが長引けばこちらのスキルがすべて底を尽くだろう。
「……狙いが滅茶苦茶ですわ」
 テスト開始から注意深くタオの変化を見ていたノエルはその変化に気付いた。
 射出される武器は目の前にいるエージェントやD.D.だけでなくあらぬ方向にも向けられる。
「従魔化部分が壊死して思考能力が鈍ったんですかしら」
 ノエルは見当違いの方向に飛んで行く武器を横目で見送った。
「これ、むしろまずいかも」
 黎夜は飛んで来た武器を破壊しながらそれが掠った装置の無事を確かめる。
無差別に放たれる攻撃がいつどこに向けられるか分からなくなったのだ。
「皆、装置はうちが守るからタオさんをお願い」
「当てるのはまぁ良いとしよう」
『……ん、問題は……何発必要か、だねぇ』
 遊夜の懸念の言葉をユフォアリーヤが続ける。
 従魔化した部分はD.D.の説明通りなら撃ち込まれた『癌』が加速度的に増殖している最中。現に壊死は目に見えて広がり実験場の床を緑と赤に染めているが、タオの攻撃が終わる気配がない。
 D.D.の銃弾も相変わらずだ。
『何か……』
 無差別に射出される武器を薙ぎ払い潜り抜けながら斬り込んでいたカイは紗希の呟きに気付いた。
『あの人世の中のもの全て憎んでるみたいな感じだね……奥さんを失った事と何か関係あるのかな? 』
「知るかんなもん」
 カイは吐き捨て、エージェントに向けた銃口を遊夜に弾かれたD.D.を見る。
『カイってなんか……』
 紗希が何かを言おうとした時、再び響いたタオの絶叫がそれを遮る。
 上半身の半分以上を覆っていた異形が今までより大きくひび割れて崩壊して行くにつれて、緑色の液体がすべて赤に変わって行く。
「剥離が順調な証だ」
 D.D.の冷徹な声で我に返ったエージェントに、冷たい声が告げる。
「後はあれを切り離すだけだ」
「切り離す?」
「細胞の剥離の後は異形部分を切り離す。私が持っているのはこの通り、貴様等がやれ」
 銃を掲げた仕草にD.D.が何を言っているのかに気付いて仁菜が息を飲む。
「その役目は私が」
 名乗りを上げたアークトゥルスは蹲るタオの前に立つ。
 剣を振り下ろす直前、アークトゥルスはタオの血にまみれた口元が笑ったように見えた。

●テスト終了
『対E.D.兵装の実戦テストを終了します。医療班、急いでください!』
 アナウンスが終わると閉じられていた実験場の扉が開き、数人の白衣の人間とエージェントがストレッチャーを運んで来た。
 様々な装置や器具を着け処置を施すと、彼等はタオの所に駆け付けようとして処置の邪魔になるまいと堪えているエージェント達に対して感謝を込めて頭を下げた。
『皆様、これでテストは終了です。ありがとうございました。念の為に検査を行いますので案内に従って移動をお願いします』
 ストレッチャーが見えなくなるまでそれを見詰めていたエージェント達をアナウンスの声が促す。
 タオの事もテストの結果も気になるが、今はこれ以上やる事はないと検査のために入って来た案内役に従って実験場を離れる。

「やれやれ……ようやっと終わっただよ」
 検査も終わりやっと自由となったエージェント達はギアナ支部の一室に集まっていたが、ヴァイオレットは疲れ切って車椅子に身を沈めたかと思うとすぐ寝入ってしまった。
「仕方ないべなぁ」
 ノエルはそんな姉に呆れたように言いながらも起こそうとはしなかった。
 黎夜と真昼がそれを見て近寄って来る。
「大丈夫? 仮眠室に連れて行った方がいいかな」
「まひる、職員さんに聞いて来ますね」
「ちょっと居眠りしてるだけだよ。ありがとなぁ」
 そう言ってノエルはヴァイオレットにひざ掛けをかける。
「タオさん……大丈夫っすかね」
 部屋に設置されたドリンクサーバーからいれた飲み物で一息つき、耿太郎はギアナ支部のどこかで治療されているだろうタオの状況が気になるようだ。
「今は処置の最中だろう。何かあれば連絡が来るはずだ」
 アークトゥルスも自身の手で従魔化部分を切り離した事もあって気になっているのか、部屋の壁に設置された通信機の側にいた。
「テストの結果も気になるが、どちらも結果待ちだな」
 くつろぐユフォアリーヤに飲み物を持って来た遊夜は隣に座って資料に没頭しているD.D.をちらりと見る。
「……ん、さっきの感じだと、弾丸型と装着型が一番使いやすかった?」
「結界型の方は装置が壊されやすいのもネックだな」
 じっくり研究する余地があればいいが、あまり時間はない。
 黎夜が側に張り付いて守らなければならなかった事を考えると実戦配備は難しいだろうか?
「気になったんだけど、カイってなんかダイアーさんの傍に居るとイライラしてるよね?」
 テスト中に言いかけた続きだと紗希に言われカイは口元をゆがめた。
「作り物を「自分の妻」とか言ってる時点で相当イカれた奴だ。気に入らねえ……」
 周りの仲間の視線も集まって来るのを感じてた、カイは苛立ちを吐き出す。
「人と言うものは生まれてからの記憶と経験。それに伴う感情をもってして初めて一個体を形成するものと俺は考えている。いわゆる「人格」だ」
 カイはエスペランツァの姿を思い返す。
「どれだけ外見を精巧に作り上げたとしてもそれが欠如していれば対象はもう「よく似た赤の他人」だ。ダイアーがいくら飛び抜けて高い知識と技術を持っていたとしても人格まで再現する事など現在の科学では不可能な筈だ」
 一息に言ってカイは背中越にD.D.を見る。
「なのに奴はよく似た偽物を「妻」だと言い張る。奴にとって「妻」という存在はその程度のものなのかと思うと無性にムカつく―――希望だと……? ふざけんじゃねえよ……」
  手にしたコップが軋む音を聞き、紗希は何故カイがここまで苛立つのかを気にしながらとりあえずコップが壊れると宥める。
「一つ不思議なのですけど……。何故ディー・ディーは貴方に協力したのですか?」
 D.D.が資料から目を上げたのを見て今の内にと仁菜が聞いた。
 答えないかも知れないと思ったが、その目が自分に向けられたので疑問を続ける。
「ディー・ディーから取り返せと言うのだから、元々渡すつもりはなかったんでしょう? 貴方達はどういう契約だったのですか?」
「私も気になる事があります」
 ナイチンゲールは冷たいD.D.の目を見詰める。
「“彼女”が完成したとして、その後どうするの? どこかの田舎にでも隠棲するつもり?」
 二人の質問にD.D.は特に考えるそぶりも見せず即答する。
「奴は私の技術知識を利用してより優れた『ペット』を作る。私は研究を続ける能力を得るためだな」
 どう言う事かと疑問に思ったエージェント達にD.D.は隠す必要もないと答えた。
「私は今六十半ば。本来なら休まず研究を続ける体力も気力もなく思考能力も低下している。だが奴と契約し、わたしは全盛期の姿と能力を留めすべてを研究に注ぐ力を得た」
「研究の……奥さんのために、ですか」
「そうだ」
 D.D.の目にわずかに感情が浮かんだ。
 あらゆるものを犠牲にし、ただひたすらに一つの事を望んだ、ぞっとするほど狂おしい決意が。
「彼女が完成すればもう誰も彼女を殺せない。田舎に隠棲したいならすればいい。旅をして回りたいならそれもいい。私はただ彼女が生きていればそれでいい」
 だから必ず取り戻せ。
 彼女さえ取り戻せるなら何でもしよう。彼女さえ取り戻せるなら他の全てはどうでもいいのだ。
 はっきりとそう言ったD.D.にエージェント達は寒気を覚える。
 この先に待つ愚神ディー・ディーとの決戦、それが無事終わったとしてこの狂える科学者と彼女の『妻』がどうなるのか。ハッピーエンドなど最初からないと分かっているだけに不安でしかなかった。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 薄明を共に歩いて
    木陰 黎夜aa0061
    人間|16才|?|回避
  • 生満ちる朝日を臨む
    真昼・O・ノッテaa0061hero002
    英雄|10才|女性|カオ
  • 革めゆく少女
    御童 紗希aa0339
    人間|16才|女性|命中
  • アサルト
    カイ アルブレヒツベルガーaa0339hero001
    英雄|35才|男性|ドレ
  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
    機械|34才|男性|命中
  • 来世でも誓う“愛”
    ユフォアリーヤaa0452hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • LinkBrave
    ヴァイオレット メタボリックaa0584
    機械|65才|女性|命中
  • 鏡の司祭
    ノエル メタボリックaa0584hero001
    英雄|52才|女性|バト
  • その背に【暁】を刻みて
    藤咲 仁菜aa3237
    獣人|14才|女性|生命
  • 守護する“盾”
    リオン クロフォードaa3237hero001
    英雄|14才|男性|バト
  • 希望の格率
    君島 耿太郎aa4682
    人間|17才|男性|防御
  • 革命の意志
    アークトゥルスaa4682hero001
    英雄|22才|男性|ブレ
  • 明日に希望を
    ナイチンゲールaa4840
    機械|20才|女性|攻撃
  • 【能】となる者
    墓場鳥aa4840hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
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