本部

七つの夢

玲瓏

形態
シリーズ(続編)
難易度
普通
オプション
参加費
1,300
参加制限
-
参加人数
能力者
4人 / 4~8人
英雄
3人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/10/10 21:18

掲示板

オープニング


 正午を過ぎ、酒の抜けきっていないドランは頭痛に苛まれていた。ようやく警察署に到着したと思えば、彼のデスクに物憂げな顔をしたモーディ警視長の姿があった。
 ドランは机の上に猫背の腰を下ろし顔も見ずに訊ねた。
「文字の読み方を忘れたかモーディ。あんたの席はこんな貧相なとこじゃねえだろ」
「いつ来るか分からないお前のためにわざわざここで座って待っていたんだ。上の命令さえでりゃ、すぐにでもこんな貧相な机は撤去できるぜ」
「構うかよ。で、何の用だ」
 三十代に入ったばかりのドランは実年齢よりも老けて見えた。コートを脱ぐと、一層酒臭さが漂ってモーディは呆れかえって腕を組んだ。
「お前が検挙した女、脱走した」
「何だと?」
 机から立ち上がった彼は片手をデスクトップコンピュータの頭に置きながら、目の色を変えた。
「誰かが逃がしたんじゃねえだろうな。俺の功績を汚すために」
「此処にそこまでの阿呆はいない。お前には手っ取り早く監視カメラの映像を見せた方が早そうだなドラン。言葉で言っても信じないだろう」
「おお勿論だ。いいか、百の言葉より一の映像だモーディ。それを分からんで警視長になったとは言わせんぞ」
「水を飲んでその忌々しい言葉遣いをもう少しだけマシにしてから俺の部屋に来い」
 スーツ姿のモーディは椅子から立ち上がり、通路を歩いて自室へと戻っていった。周囲の刑事は忙しなく昨今の事件に対応している。退屈さばかり求める上層部が優秀だと認めたモーディに聞くよりも、まだ若い人間に聞いた方が気は楽だが。
 しかし頭痛がひどく、椅子に座って暫くは額に手を当てていた。パソコンを起動するだけで触らず、彼はやがて立ち上がるとウォーターサーバーからコップ一杯の水を飲んでモーディの部屋に向かった。
 部屋に入ると、モーディはドランに見向きもせずにモニターに頭を向けていた。
「これを見ろ」
 ドランは特等のデスクに近づきモニターに向かった。画面いっぱいに拘置所が映っている。ちょうど他の刑事が被疑者の女に尋問をしている場面だ。小奇麗な女性で、尋問官に相槌を打ちながら質問に次々と答えている。一見礼儀正しく、彼女に変わったところはない。
「やけに落ち着いてやがる」
 冷静に彼女は容疑を否定し続けて、ある時に異変が起こった。ドランは目を細めた。
 尋問官が喉に手を当てた途端、鮮血が噴き出してアクリル板に飛び散った。近くにいた警察が銃を構えたが、彼は前触れなく銃を地面に落とし、次には損壊した体が地面に横たわっていた。
 女性は落ち着き払っている。
「なんだよ、こいつは」
「これからだ、黙れ」
 音もなく殺された二人の男が息の根を完全に失った時に、黒く長い髪の女性が空中から突然に現れたように見えた。ドランは顎に手を置き、説明のつかない現象に目を瞠ることしかできなかった。
 被疑者の女性は椅子から立ち上がりアクリル板に手を伸ばした。すると黒髪の女性もまたアクリル板に手を伸ばし――すると、二人の人間が一つになったのだ。被疑者の女性が消失した。
 一つになった女性がサイレンサー付きの銃を監視カメラに向けて、映像は終わった。
「あの黒い髪の女は学校の制服を着ていて、年齢にすると十八歳くらいだ。一体どうなってる」
「お前が大嫌いな愚神の仕業だと俺は疑ってる」
「学生服を着ているんだぞ」
「つい先日、例の高校で起きた殺人事件を忘れたのか。遺体は服を剥ぎ取られていた」
 ドランは煙草に手を伸ばしたが、モーディはその手を止めて禁煙マークの描かれたシールを指差した。ドランは苛立ちながらポケットに煙草をしまい、モニターから離れて扉に体を向けた。
「この事件の裏に潜むものはなんだと思う、ドラン」
「知らねえよ。愚神が出てきた時点で俺は捜査から外れるはずだ」
「いや、そうはならない」
 ドランの顔には憤りの色が現れていた。
「冗談はよせよモーディ。お前の忘れっぽさは知ってるが、五年前の事件を忘れたわけじゃ――」
「今回の事件はお前に受け持ってもらう。そういう取り決めだ」
「ふざけんじゃねえ! 誰が決めた。ええ? 言ってみろよ。今度は本格的にストライキを起こしてやってもいい」
「今朝電話をしてもお前は応答せず、どこで何をしていた。お前の無責任な検挙が二人の命を奪ったんだぞ」
「愚神絡みの事件は人間の俺じゃどうにもできねえだろうが!」
「リンカーと共同して解決してもらう」
「くそったれ!」
 ドランは激しい口調で怒鳴りつけた。
「愚神も、リンカーも知ったことかよ。俺は絶対に協力しねぇ。百歩譲ってこの事件は元々俺のヤマだから、そこはいい、引き受けてやるよ。だがリンカーに俺を一歩でも近づけさせてみろ。容赦なく引き金で頭をぶち抜いてやる」
「じゃあ、この事件はお前に任せてもいいんだな」
「勝手にしろ」
 大袈裟に舌を打ったドランは扉を開け、勢いよく閉めてから自分のデスクに戻った。コンピュータのモニターは暗くなっていて、エンターキーを押して元に戻した。
 苦言を呟きながらも事件のファイルを開いて、今まで起きていた事件の概要を洗い直しいていく。
 アリナ。この事件で犯人だと断定しても早計ではないだろう。一刻も早く彼女を見つけ出す必要がある。

解説

●目的
 孤児の保護。
 事件の内容を把握するためにドランと協力関係を結ぶこと。
 協力的になれなくても事件を把握できれば問題無し。

●事件
 八月にロシアの高校で女子生徒が殺害された時、その手法がとあるマフィア団体と全く同じ手法であったためにマフィア関連の事件だと断定して警察のドランは動いていた。生徒が殺害されたのを皮切りに既に六名もの犠牲者が出ており、六人目は浮浪者の男だった。男が殺された場所には「アリナ」と書かれたメモ用紙が落ちていた。

 リンカーが捜査に加わって直後、新たな犠牲者が発生してしまう。それはルイゼ・ハウスの唯一の使用人であった者であり、トゥールと言う名前の彼女は今までの遺体と同じように、路地裏で喉を十字に裂かれて死亡している。この時、メモ用紙は見つからない。
 事件の犯人は本当にアリナなのか、様々なことを調べなければならないだろう。

●事件概要
 以下の概要はドランと協力関係を結ぶか、その他の手法で見つける必要がある。

・女子生徒は「ナミョク」と呼ばれるロシアマフィアの娘であった。
 ナミョクとは五年前に発足したマフィアであり、暗号化されたインターネットの世界でロシアのほとんどの町に組織員が存在している。愚神やヴィランを仲間にしているとの情報があるが、定かではない。
 愚神を崇拝し、確信犯的な事件を起こす。

・ナミョクに対抗しているのは「ストラーフ・ミェチター」と呼ばれるマフィア。一年前から双方の間で諍いが起こり始め、マフィア間での争いが続いている。このマフィアはいつ出来たか不明であり、少数で活動している。活動内容は不明。
 殺人やテロ行為等、目立った活動はない。

●ルイゼ・ハウス
 孤児達がどう過ごしているのか情報はなく、どう生活しているのかは分からない。

リプレイ


 アンジェリカ・カノーヴァ(aa0121)が急いで孤児院に駆け付けた時、子供達は小宮 雅春(aa4756)と一緒に玄関ホールに居た。子供達の顔色はもっとも、アリナが逮捕されたと広まってからは良くない。部屋に引きこもりがちだったドゥーンも表に出て、小宮から情報を聞き出している。
「ママは今どうしているんだ」
 問われた小宮はドゥーンと目を合わせ、迷いながらも返した。
「僕もまだ分からないことが多いんだ。これから警察署に行くからさ」
「ママが逮捕される理由なんかない。買い物にいく時以外、ずっと一緒に過ごしていたんだ」
 不機嫌な様子で彼は言った。
 アリナの検挙という事件はルイゼハウスを大きく混沌とさせていた。ミーナは腕を組みながらひっきりなしに歩いている。小宮はドゥーンの小ぶりな手を握った。
「大丈夫、あんな優しい人が罪を犯すなんてないよ。何かの間違いかも。直接会って話してみるよ」
 子供達はまだアリナが脱走したことを知らない。無作為に不安を募らせるべきでなく、小宮は慎重に思考を選んだ。
 彼らの忙しない感情の不安定さにひと段落をつけ、小宮は玄関先でフィンと話していたアンジェリカに近付いた。
「リンカーさん、本当にありがとう。ちょっとずつ落ち着いてきたよ」
 フィンは二人に交互に頭を下げた。車椅子に座っているせいか動作はぎこちない。
「うん、ボクたちに任せておいて! さて、皆お腹空いてると思うからごはんでも作ろう。食材も買ってきたんだよ」
「――本当だ。確かに僕たちはお腹が空いてるみたいだ」
 体内時計は既に昼食の時間を過ぎている。フィンはアンジェリカの持っていたビニール袋に手を伸ばし、手伝いを申し出た。アンジェリカはビニール袋を渡し、フィンは食堂へと車椅子を動かし始めた。
「アンジェリカさん。子供達のことは任せてもいいかな。僕は警察署にいって事実確認をしてくるよ。赤城さん達がついたって、さっき連絡があって」
「うん、大丈夫だよ。子供達の面倒はボクがみる」
 窓から差し込む光が輝きを増している。散歩に出かけるならこれ以上にない天気ではあるが、安全確認が終わるまではこの鳥籠の中で遊ぶしかないのだろう。万が一、アリナに悪意があったら命に関わるのだから。
 誰も、アリナに悪意を感じている人間はここに一人もいない。事実がそうだとしたらあまりにも残酷だからだ。
 小宮は警察署に行く前に、ドラールの名前を呼んだ。包帯から見える片方の目は細く、以前と比べて弱々しい笑顔を向けながら返事をする姿がある。彼は直進し、小宮の前で立ち止まった。
 お守りがドラールの手に重なった。
「何か気になったことがあれば、いつでも連絡してね。中を開いたら僕の連絡先が入ってるから。困ったときは飛んでくるからね」
「ありがとうございます……。でも、小宮さんに負担がかかっちゃうんじゃ」
「だいじょーぶっ、これでもリンカーなんだよ?」
 何度かの彼のお辞儀を見届けた後、小宮はアンジェリカに家を託して玄関を開けた。揺らめく風に庭園の花の香りが混ざり、悪夢のような想像を掻き消して彼は歩き始めた。
 きっと平気だ。子供達の朗らかな笑みはすぐに戻ってくるに違いない。
 二階の安全確認を終えた風代 美津香(aa5145)は一階にいる子供達の所へ戻ると一人一人の手を両手で握り、暖かさを伝えた。
「お姉さんたちに任せといてね。アンジェリカちゃんが美味しい料理を作ってくれるみたいだから、美味しく食べよう」
 孤児院を去る時、アルティラ レイデン(aa5145hero001)は庭園の花に囲まれながら体を家に向けた。窓から、子供達の部屋が窺える。
「子供達のつらい気持ちが、私の心を締め付けます……」
「きっと大丈夫。良いニュースをもってまたここに帰ってこよう」
 本来なら子供達は今日、何をする予定だったのだろう。不安や恐怖に苛まれず、太陽に歓迎され花達に見守られながら遊んでいたに違いない。愛するアリナと一緒に。
 幸せな日々を一日でも早く取り戻さなければならない。
 風代は小宮の後を追うように歩き始めた。必ずアリナを連れて帰らなければ。


 警察署の門を潜った赤城 龍哉(aa0090)は、英雄であるヴァルトラウテ(aa0090hero001)と二人で担当者のドランを探していた。デスクに置かれているネームプレートからドランの名前を見つけたが、椅子は空っぽだ。周囲を見渡してみるも姿は見当たらず、やむを得ず警視長であるモーディを訪ねるしかなかった。彼は同じフロアにある書斎のような個室でデスクトップパソコンのモニターを眺めながら額を親指で押している。外の鏡から彼の様子を窺うに、機嫌の良い表情とは言えなかった。
 ドアを礼儀分ノックした後、了承を得た二人は扉を開けた。
「リンカーさんか。お待ちしてましたとも」
 モーディは立ち上がり両手を前に差し出した。二人はそれに応え、小気味いい挨拶を終わらした。
「ドランさんって人を探してるんですけど、何処に行けば会えますかね」
「机に座ってませんでした?」
 モーディは鏡越しにフロアを見渡し、やがて肩を落とした。
「今すぐこっちに呼びますよ。ちょっと待ってて」
 モーディはポケットからスマートフォンを取り出し、赤城に背中を向けて窓から町を見下ろしながら端末を耳に当てた。
 時折語気を強めながらやり取りは続いていたが、一分も経たずに電話は切られた。一方的に切られた様子で、モーディは慌ただしく端末をポケットにしまい込んだ。
「ああいや、すみません、なんて言えばいいのか」
 電話を終えた彼は窓から離れ、赤城とヴァルトラウテ交互に目移りさせながら畏まった態度で言った。
「どうにも外に出掛けているみたいでして」
 しどろもどろの口調に、赤城は口を挟んだ。
「伝え聞いた話じゃ、リンカーへの拒絶反応がすごいらしんですけど」
「その話、一体どこで?」
「HOPEのオペレーターが以前ドランって人に怒鳴られたみたいで。一体何があったんです?」
「ああ、それは……。そこのソファにお掛けになってください」
 モーディのデスクの前には黒い革製のソファが二つ向かい合わせになっていた。間にはガラステーブルがあり、二人は言われた通りに腰を下ろした。緩やかな肌触りが歓迎してくれるものだ。
「五年前の話なんですけどね。今じゃ信じられませんが、平気でマフィアが町をうろつくような治安の悪い街でした」
「そこまでくりゃ、もうテロ組織一歩手前っていうか。一斉検挙はできなかったんですか」
「五年前のこの警察署は、まあ諦観が飽和した状態でした。マフィア自体の把握が出来ず、その間にも起こる抗争の制圧に人を割かなくちゃならんですし……なんて言い訳がましいですな。ネットじゃロシア内でも大批判を食らってましたから」
 座ってからというもの、モーディは胸ポケットからペンを取り出して癖のようにキャップを外したり付けたりを繰り返していた。
「現状を変えるべく、立ち上がったのがドランだったんです。彼は特別なチームを設営し、一般市民からの協力も募集してマフィア撲滅のために動きました。約百五十人のチームになりましたな。他の部署からも特殊部隊や優秀な刑事をし、そりゃ最高のプロデュースだった。それでマフィアを外堀から崩御させ、見事街には平和が取り戻された」
 モーディはソファから立ち上がり、デスク前の椅子に座った。
「たった一人の家族を代償に」
「家族?」
「ドランには養子の娘がいたんです。彼は結婚してましたが、奥さんは交通事故で記憶喪失になって、奥さん側の親戚と交通事故の時に揉めて別れ話になりましてね――あれはタイミングが悪かった。丁度養子を引き取る一ヵ月前に交通事故を引き起こしたもんで。それから一人で娘さんを育てたものの、五年前に失った。何があったのかは私にも分かりません。ただドランは、その時から狂い始めましたね。今のリンカー、愚神嫌いが始まった」
「じゃあ、五年前のそのマフィア絡みの争いが原因でって事ですかね」
「そこは間違いないですね。だが、一体どうして嫌いになったのかまでは想像ができません。彼は、親しい友にさえ口を頑なに開きませんから」
 視線を斜め上に向けて思考に耽った赤城は、目の焦点がモーディに戻ると徐に立ち上がった。
「お話、ありがとうございます。ドランさんって人は今どこにいるか、検討はつきますかね」
「憶測でいいなら、つきますよ。的中率は八十を上回ってますがね」


 食堂には異様とも思える程の濁った気体が巡回していた。濁った水のせせらぎが足元を流れているかのようで、誰もが美味しそうに料理に手をつけるが言葉が無かった。黙々と手を動かす子供達の中で、最初にスプーンを置いたのはネミサンだった。
 彼女は悪魔の友達、サミューとこそこそ話をし始めて、気を紛らわそうとしている。
 食器同士の金属製の音がなくなり完成した沈黙を覆したのはアンジェリカだった。彼女は子供達全員に目を向けた。
「実はボク達は殺人事件の調査依頼を受けたんだけど、それでアリナさんが容疑者になってる事を始めて知ったんだ」
 昨夜から、アリナが容疑者となっていることは彼らの中で何度も認知されている様子で、挙動に変化のある子はいなかった。ひそひそ話をしていたネミサン含め、全員がアンジェリカに注目した。
「アリナさんは、皆に人を幸せに出来る子になって欲しいと願ってた。そんな想いを抱いてる人が他人を不幸にする筈が無いと思う」
 不規則に彼らは首を頷かせた。自分のママが犯罪者な訳がないと、妄信している。
「けど今アリナさんは脱走しちゃって。このままじゃ増々疑われちゃうし、早く見つけてお話を聞いた方がいいと思う。だからもし何か知ってる事があったら教えて欲しいんだ」
「ママが脱走しちゃったって? そんなんあり得るかよ」
 フォークの持ち手をアンジェリカに突き出したリアディの口調は強さを帯びていた。
「小宮さんに確認しにいってもらった結果、本当だったんだ。
 どよめきが食堂に流れた。各々が自分の想いを口にし、アンジェリカの耳には様々な言葉が入り込んでくる。それぞれの想いがシャボン玉のように浮かび、部屋中を飛び回る。
 二つの音、それは手と手を叩く音が鳴り場は静まり返った。ドラールが鳴らした音だった。立ち上がった彼は回りを見渡して皆を眺めた後、アンジェリカに向かった。
「正直な話、僕は非常にショックを受けています。それは僕だけじゃなく、皆もそうだと思う。本当にママが重い罪を犯していたら、僕たちは何のためにここにいたのかが分からなくなります」
 言葉を終え、彼は椅子を引いて席に落ち着いた。視線は下向きだ。ミネストローネの跡が残る皿に目を向けて、精神的な疲弊を顕わにしている。
 アンジェリカの隣で座っていたマルコ・マカーリオ(aa0121hero001)は、前のめりに姿勢を傾かせて口を開いた。
「俺もアリナがお前達に注いだ愛情に偽りはないと思っている。もし仮にお前達が罪を犯したとしても、彼女のお前達への愛は変わらないだろう。お前達はどうだ? 例え聖職者であっても人は様々な理由で罪を犯す事がある。もし彼女が本当に罪を犯していたら、お前達の彼女への愛は無くなってしまうのか?」
 彼らの中に思い出が呼び起こされる。アリナはどうやって自分を育ててくれたか。どんな言葉を掛けてくれただろう。
 よく考えれば、自分達がこうして生きられるのは奇跡的とも言えるのだ。身寄りのない子供を無償で、しかも勉強まで教えてくれるアリナという存在。育ててくれた恩をたった一つの過ちだけで無き者として良いのだろうか。
 ガラスを割った時、彼女はなんて言って許してくれた。
 彼女の作ってくれたぬいぐるみを失くした時は? 夜更かしして朝起きられなかった時は。
 子供達はマルコの問いに、首を横に振った。
「ならば必要なのは真実だけだ。その為にもアリナを見つけないといかん。お前達自身の為にもな」
 食堂に来てから黙りこくっていたドゥーンが、最初に声を出した。
「もし、ママが本当に犯罪者だったとしたら――」
 彼は目を瞑り、そして言葉を続ける。
「俺はこの家の買い物当番だった頃があり、何度か一緒に行ったことがある。ただ、突然ママは買い物を一人でいくようになった。俺はもう十分買い物に付き合ってくれたから、というが……。モヤモヤしていた」
「私も、思い出したことがあるかも」
 ドゥーンに続いたのはナノだ。彼女は神経質に指に髪を巻きつけながらこう告げた。
「外を眺めてたら、たまたまママが黒い服を着た人を話している所が見えたの。誰? って聞いたら、お金を貸してくれてる人達って言ってたけど……」
 席を立ちあがったミーナが、アンジェリカにメモ用紙を渡した。用紙には「疲れちゃったから休んでくる」とだけ書かれていた。アンジェリカは頷いて、縮こまった背中を見送った。
 優しい子であるから、食堂の空気が耐え難いに違いない。マルコはそう感じていた。
 いくら自分達のためだからとはいえ、ママを疑うような事は文字にしたくない。早くこの場から逃げ出したいという気持ちが、彼女の本心だったのだろう。


 グラスの中ではウォッカの中に氷が浮いていた。グラスを揺らして小さくなった氷を流動させ、一度に飲み干す。
「ドランさん、もうこの辺でやめといたほうがいいんじゃないのかい。また怒られるぜ」
「どうってこたねえよ。とっくに諦められてる」
 鈴の音が鳴り、バーに御客人が入ってくると店主は顔を出入口に向け、快く歓迎の声を出した。
 風代はドランの隣に座り、風代の横には小宮が座った。
「今日は、ドランさん」
 ドランは風代を横目で一瞥し、グラスを口に付けたがウォッカはもう腹の中だ。彼は不機嫌そうに溜息を吐くと、酒の匂いが周囲に散った。
「せっかく美人がわざわざやって来たんだから、もう少し嬉しそうな顔をしてもバチは当たらないんじゃないかな」
「美人だって? そりゃ確かにツラはな。でも人間になってから出直してこい」
「手厳しいね。私達は人間だよ」
「人間は銃で撃たれたら死ぬし、あんな早くは走れねえよ。いいから帰れ。お前らと協力するつもりはねえんだよ」
 ドランはカウンターに金を置き、店主にチップを渡すと出入口をくぐって外に出た。日差しが強く、目を閉じた途端に体が左右に揺れた。
 眼を開けて前を見ると、若い青年が立ってドランを見ていた。
「まあ、ちょっと話そうぜ。そうカッカしなくてもいいんじゃねぇか」
 赤城は微笑を浮かべ、ドランを見つめた。すると彼は服の中から拳銃を抜き、赤城に銃口を向けた。
「……ここじゃ挨拶に来た相手に拳銃ぶっ放すのが流儀かい?」
「失せろ」
「弾も時間も有限だ。色々あったらしいが、孤児院の子供たちの事もあるんでね。解決に向けて協力して貰いたい」
 銃を下ろし、ドランは服に閉まった。真昼間のストリートで警官が銃を放つのも考え物だろう。
「僕らはリンカーである前に、一人の人間です。彼らと縁を繋いだ以上、何も知らない傍観者ではいられないんです」
 気付けば後ろには、小宮と風代が立っていた。逃げ場を失ったドランはしかし、細い目で赤城を睨んでいる。
「僕は少しでも彼らの力になりたい。だからこそ、貴方の捜査に協力させていただけませんか」
「なんでお前らに協力しなくちゃならねえんだ。モーディから聞いてるだろ? 俺はお前らのことが大嫌いだって事をな」
「私達と協力する、ではなく利用するつもりはない?」
 口を挟んだのは風代だった。ドランは漸く後ろに振り返り、風代を見てから片方の口角を吊り上げた。
「意味分かってんだろうな。お前らは俺に四六時中監視され、下手なことをしたら即刻アウトだ。それに俺の言う事にゃ従う権利もつく。利用される? 若いのが簡単に使う言葉じゃねえよ」
「勿論、しっかり理解して言ってるよ」
「へえ、そうかい。じゃあ一発、この男を殴らせろ。そしたら考えてやるよ」
 風代は赤城に目を合わせた。すると、今度は赤城が口角を上げて言った。
「考えてもらえるっつったな。なら、来いよ」
 腰に両手を当てて、赤城は対等の目線でドランを見ていた。ドランは困惑を表情に浮かべるが、途端に怒りに似た色が頬から顔全体に広まると、ドランは拳を作って強く自分の手を握った。
 脱力してから手を開き、手を大きく開いた。赤城の胸に、ドランの手根が一度だけ強く打ち付けられた。
「満足したか」
「いや、まだだ。だが十分だな。ついてこい、これからしっかり俺のために働いてもらう」
 ドランに続き、後ろから三人が続いて歩き始めた。向かう先は警察署だ。
 彼の所属する部署はエレベーターを使って五階だ。エレベーターの扉が開くと、既にフロア内。ドランは同僚の視線をものともせずデスクに向かった。


 ミーナが中々戻って来ないからと、次に食堂を後にしたのはネミサンだ。サミューと一緒に様子を見に行ってきてくれるらしい。
 階段を上って、ミーナの部屋は廊下の、左に並ぶ部屋列の手前から二番目にある。ミーナ、と書かれたネームプレート。この板は自分達で作ったものだ。アリナが一日かけて教えてくれるのだ。
「サミュー、いつも思うけどミーナのネームプレートってちょっと羨ましい。あの、笑顔の花の絵。ミーナは耳が悪くて周りの音は聞こえにくいけど、その分ミーナには自然が……お花が笑っているように見えるんだ」
(彼女の住む世界は、一体どんな世界なんだろうね)
 部屋のドアを優しく叩き、ネミサンはミーナの名前を呼んだ。返事がないが、寝ているのだろうか。
 この孤児院には出入口の玄関と窓以外に鍵がない。アリナの部屋や、子供達の部屋や図書館に鍵穴は存在しているが、常に開きっぱなしの状態となっている。だからネミサンは特に悪気もなく、ミーナの部屋を開けることができた。
 最初に目に映りこんだのは、開き放たれた窓と風に靡くカーテン。
 ちょうど部屋の中央の地面に、紙が置かれていた。
(ミーナは?)
 紙にはこう書かれている。ネミサンは紙を拾って、書かれてる文章を横から何度も読み直した。最初は何かの間違いに違いないと信じていたが、何度読んでも文章は変わらない。

「こんにちは、私は魔女のベアトリナ。ミーナの命は私の手中に預からせてもらいました。これは儀のために必要な物。しかし、まだ足りません。また後ほど伺います」

 何度読んでも文章は変わらない。
 ネミサンは紙を持ったまま階段を駆け下りた。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 希望を胸に
    アンジェリカ・カノーヴァaa0121
    人間|11才|女性|命中
  • コンメディア・デラルテ
    マルコ・マカーリオaa0121hero001
    英雄|38才|男性|ドレ
  • やさしさの光
    小宮 雅春aa4756
    人間|24才|男性|生命



  • 鋼の心
    風代 美津香aa5145
    人間|21才|女性|命中
  • リベレーター
    アルティラ レイデンaa5145hero001
    英雄|18才|女性|ブレ
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