本部

【睡蓮】いめの始まり

形態
シリーズEX(新規)
難易度
不明
オプション
参加費
1,800
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~10人
英雄
6人 / 0~10人
報酬
多め
相談期間
5日
完成日
2018/09/18 19:51

掲示板

オープニング

●宛先
 名執芙蓉は一人、資料室に籠もって調べ物をしていた。
 亡くなった兄、名執蓮。
 その英雄であったはずの――現在は愚神として名を知られた少女、いめ。
 兄の死は仕方が無いものだと思っていた。
 しかしいめの言葉から察するに、そこにはきっと何かがあった。
 愚神の戯言だと他のエージェントは言うかもしれない。
 けれど。
「……」
 少年は検索機から顔を上げ、メモ用紙にとある場所の名を書き出した。
 何が分かるか、現状分からない。
 ただ、何もせずにはいられない。

●調査
「よろしくお願いします」
 一礼した少年――名執芙蓉は貴方達を見て一枚の写真を取り出した。
「この人に、会いに行きたいんです」
 いつ頃撮られたものなのか、そこに映っていたのは男女年齢もばらばらな人物たち。
 思い思いに武器を持ち、揃いのH.O.P.E.制式コートを着た彼らはカメラに向かって笑顔を見せている。
 その中の一人の女性を指さして、芙蓉は言う。
「……入院しているらしいんです。いめの事を知ってから」
 目的地は病院。女性は未だリンカーであり、女性の英雄も傍に付き添っているのだそうだ。
「何か教えてもらえるか、分かりません。でも手がかりがあるなら、行動してみたいんです」
 そう言って少年は再度、貴方達に頭を下げた。

●病室
 女性はベッドから起き上がっていた。
 ベッド脇に設置された椅子に座るのは彼女の英雄だろう。
「初めまして。私は西藤楓、こちらは私の英雄でサミダレと言いますわ」
 穏やかに微笑む女性に紹介され、英雄は立ち上がって一礼する。
「名執蓮について聞きたい事がある……でしたかしら。私のお話が少しでも役に立てばいいけれど」
 西藤が話している間にサミダレは人数分の椅子を用意し、英雄は西藤に寄りそうようにベッドへ腰かける。
「はい。兄の蓮について……それから、兄の英雄について教えて欲しいんです」
「……英雄?」
 微笑みから目を丸くして、西藤は首を傾げる。
「彼に英雄なんて、居たかしら」

●記録
 これは西藤が病院に運ばれた後の記録。
『――貴方は名執蓮についてご存じですか?』
『えぇ、もちろん知っているわ。大切な仲間ですもの』
『仲間……でした、ではなく?』
『どうして過去のお話になるの? 彼は昔から今もずっと、大切な仲間よ』
『……では、彼の英雄についてはご存じですか?』
『英雄? 蓮の英雄ということ?』
『はい』
『彼に英雄なんて、居たかしら』
『それは見た事が無いという意味ですか?』
『いいえ。そんなもの居ないという意味よ』
『ですが名執蓮はリンカーです。英雄がいなければ――』
『ねぇ、貴方はご存じ? 彼はとても強いのよ。英雄なんて居なくても強いの。彼が負ける事も外す事も私は無いと思うのよ。だって彼、模擬戦をした時に隊長と互角にやりあったのよ。すごくすごく強いの。不意打ちでも無ければ崩れないんじゃないかっていうくらい』
『……』
『だから私、あの時もそう。大きな戦いだったけれど、撤退の時も彼と隊長が――そう、二人が後ろを――護って――私、私』
 (緊急のナースコール音)
『ねぇだって私、私彼は強くて彼が死ぬなんて真っ黒で真っ白から真っ赤で、ねぇだって。嘘でしょう。嘘よ彼は死ぬわけないもの殺されるわけないもの強くて優しくて賢くてだってそんなわけないのよ私知っているの彼は、彼と彼は』
 以降、同じ内容だと思われる言葉の羅列が続く。

解説

●目的
 名執蓮といめについての情報を得る

●NPC
・西藤楓
 (とある内容について触れられると、一時的に会話不可能な状態となる)
・サミダレ
・名執芙蓉
・二条夢
 (現時点では幻想蝶の中。起きてはいる)

●場所
 病院の個室。スペースは広く取られており、能力者と英雄全員で中に入っても問題ない程度の広さ。
 テレビや冷蔵庫、椅子など一通り用意されている。

リプレイ


 病院へと向かう車の中。
 西藤に対する話し合いを終えればまもなく到着すると運転手から声が掛けられた。
「どれだけ得られるか、だな」
 百目木 亮(aa1195)が言えば、傍らで巾着袋をごそごそしていたブラックウィンド 黎焔(aa1195hero001)は立派な髭を撫でながら。
『匙加減が大事になりそうじゃのう』
 きっかけになればと持ち込んだ袋が役に立つかどうか。

「例えば征四郎が大事な人を失ったとして、……それは、とても辛いことだと思います」
『それでも、戦わねばならぬであろう。君も、我輩もだ』
 俯きそうになる紫 征四郎(aa0076)の背中をユエリャン・李(aa0076hero002)が支える。
 真実はきっと、すぐそこにある。

 どことなく緊張した面持ちの名執芙蓉をちらりと見て、アリス(aa1651)は再び視線を前へ戻す。
 手がかりがあるなら行動したいと頭を下げた芙蓉に、「別に、良いよ」と少しだけ目を細めて言葉を返した。
 だが、そこに伏せられた感情は誰も知る事は無い。Alice(aa1651hero001)と会話をすることもないまま、車に揺られるばかり。

「病院て……精神病棟……?」
 一方、己の英雄と密かに言葉を交わすプリンセス☆エデン(aa4913)。
「楓は、なんで名執蓮に英雄はいないって言うのかな。いめの存在を認めたくない……? 実は仲間っていうより、名執蓮のことが好きで、いめに嫉妬してたとか……?」
 好きの意味合いは勿論ラブである。Ezra(aa4913hero001)は一度頷く。
『いめの事を知ってから入院、ということは、その可能性もあるかもしれないですね。もしくは、いめに対して何らかの罪の意識があるとか。何か自分の行動がキッカケで、蓮様が亡くなってしまって、いめが邪英雄化してしまった、など』
 視野を狭めないよう英雄は様々な可能性を持ち出してくる。エデンはむむと唸りながら顔を上げた。
「今の状況だと、詳しい話を聞き出すなら、サミダレか二条夢ってことになるのかな」
 ただ。
「楓がどんな状態になるか分からないから、二条夢に出てきてもらうのは、みんなが話終わった最後あたりかなあ。二条夢に出てきてもらうように、説得も必要になりそうだけど」
 声を潜めているおかげか、芙蓉に二人の会話は聞こえていないようだ。ちらちら芙蓉を見ているから何となく気付かれているかもしれないが。
『いきなり不躾に情報収集を開始というのも感じが悪いですし、まずは場を作って、様子を窺ってからの方がいいかもしれませんね』
「サミダレから深い話を聞くのも、楓に聞こえないよう、外で聞いた方がいいかもしれないね。いめって、英雄のときから、あんな性格だったのかとか。カミツレの花が好きだった理由も聞いてみたいな」
 時間の許す限り、出来るだけの情報を。またいつか会えた時に、知っていると知らないでは違ってくるだろうから。


 病院に到着し、西藤楓の病室を聞くとGーYA(aa2289)とまほらま(aa2289hero001)は一時的に別行動となった。
 訪れた真っ白で清潔な病室に、バルタサール・デル・レイ(aa4199)はひっそりと嘆息する。
「ちっ、病院なんて陰気な場所は早く出たいぜ」
『サボるのは勝手だけど。邪魔しないで、おとなしくしてて』
 舌打ち混じりに言えばすぐさま紫苑(aa4199hero001)から反応がある。頭の中での会話だ、誰に聞こえる事も無い。
 「はいはい」と面倒そうにバルタサールが言えば、張り切る英雄は饒舌になる。それもまたバルタサールをうんざりさせる要因なのだが、彼にとってはどこ吹く風だ。
 ――そうして行われた、西藤との会話。英雄の存在への彼女の反応。それに絶句した芙蓉の肩にぽんと手を置いて、代わるように百目木が挨拶をする。
「初めまして、だな。俺は百目木亮だ」
『亮の英雄の黎焔と申す者じゃ。突然押しかけて申し訳ないのう』
 百目木に続き、彼の英雄である黎焔も挨拶を。
『今日は手土産にハーブティーを持ってきてのう。確か、カミツレのお茶じゃ。淹れても良いじゃろうか?』
「まぁ、嬉しいわ。ありがとう」
 黎焔の言葉に西藤は喜んで頷き、サミダレがポットを用意する。
『いめはリンカー5人に復讐しようとしてたけど……。いめの復讐対象に西藤楓は含まれていないのかな?』
 紫苑の声を聞いているのはバルタサールばかり、当然答える言葉は無いが英雄の思考は止まらない。
『そして西藤楓は、いめの出現を聞いて入院して、いめの存在を否定……。ふふ。いめと、どんな確執があるんだろうね』
 愉しげに浮かぶ笑み。能力者のことなどお構いなし、西藤を視界の端で捉えながら考察は続く。
『そしてまだ、【彼の英雄】としか言ってなくて、いめの名前を出していない。名執蓮の名だけでは特段動揺はないみたいだけど、彼の英雄、というだけで会話不能に』
 ベッドに座ったままの西藤は芙蓉を見ても動揺する様子は無い。しかし、いめと似ている二条夢を見たら果たしてどうなるのか。
『すべてを知る鍵は、まずはサミダレになるのかな。英雄はリンカーのことをいちばんよく知っているからね』
 エデンとEzraが話していたように。話を切り出すのなら、切り崩すのならサミダレからがいいだろう。
「相変わらず性格悪いな」
『ほめてくれてありがと』
 慣れた会話にバルタサールが肩を竦める。
 会話の間に征四郎やユエリャンも挨拶を済ませ、持参した花束とクッキーを渡せば西藤は手を合わせて喜んだ。
 しかし、部屋の中の人数が人数である。用意された皿やカップでは数が足りない。
『借りてこよう。花瓶に水も入れてくる』
 言って花瓶と花束を抱えて部屋を出ようとするサミダレに、エデンがお手伝いするよと芙蓉の腕を引きつつ声を掛け、バルタサールもとい紫苑も手が足りないといけないからと続いた。ユエリャンもサミダレに聞きたい事があったが、英雄が部屋から出ていくことに関して西藤の動揺は無いようだし、戻ってきた後でもいいだろう。

「あたしはいめのことをもっと知りたいんだ」
 バルタサールと別れ、病室から離れたところで、エデンはサミダレを真っすぐに見つめながら自分の気持ちを表明した。
 薄々察していたのか、サミダレは驚くこともなく『そうか』と応じる。
「いめは復讐のために人間を殺して食べている。全人類を殺したいわけじゃなくて、本当に個人的な理由」
 紫苑の言葉に合わせて、じょきんと花束の茎が切り落とされる。
「その原因を知れば今後の対策もとりやすいと思うし」
 ハサミを脇に置いて、切り揃えられた花束を花瓶に入れる。いつか枯れる花を長引かせるために水を入れてサミダレを見据える。
「……きみも一人で抱えているのは辛いでしょう?」
 内心がどうであるかは本人にしか分からない事だが、その声は柔らかかった。相手を思いやり、少しでも被害を減らしたいと憂う美丈夫に見えた。
「パートナーのためにも……きみの協力が必要なんだ。僕たちも、力になりたい。話してくれるかな?」
 畳みかけるような紫苑をエデンは黙って見守っていた。答えを求められた英雄は一度瞬きし、カップや皿を用意しながら、
『私が話せる事は多くない。楓が話したがらないなら尚更だ。それでもいいのなら、答えられる範囲で話そう』
 手短に、エデンと紫苑は交互に質問を重ねる。
 楓について、いめの存在を否定し抹消している理由やいめが行なおうとした復讐については。
『今はまだ話せない。憶測で話せる事では無いし、楓が思い出さないようにしているのなら私に言える事はない』
 ただ、一つだけ。
『……名執蓮が死んだ時。それが関わっているのは確かだ』
「なら、いめについては?」
 言いづらそうな英雄に構わずエデンは身を乗り出す。
「性格とか、カミツレの花とか、何か知らない?」
『カミツレ……あぁ、そういうことか』
 黎焔が持参したカモミールティーを思い出したのだろう、サミダレはカップに視線を落とす。
『昔、彼女が言っていた。花言葉が好きなのだと』
 『逆境に耐える』、『逆境で生まれる力』。苦難の中にあっても立ち上がろうとする前向きな言葉が好きなのだと話していたそうだ。
 しかしエージェントへカミツレを語ったのは愚神であるいめだ。
『花が好きで甘いものが好きで、楓とはよくケーキを食べに行っていた。……仲の良い姉妹のようだった』
 懐かしむように目を細め、紫苑が聞こうとしていた関係性についても語る。
『名執も巻き込んで、他の部隊員とも遊びに行っていたようだ。楓といめが姉妹なら名執はその弟になるだろうか』
 エデンが考えたような恋愛感情はさっぱり無く、ただただ仲が良かったのだとサミダレは言う。
「芙蓉……名執蓮の弟の英雄の姿がいめと似ているんだけど、思い当たることはあるかな?」
「名前は二条夢だよ」
 紫苑に補足してエデンが名を付け加えれば、分からないと言いたげだった視線が揺らいだ。
『いめは昔、双子の姉がいたのだと言っていた。元の世界での話で、こちらで会う事は無いだろうと話していた。姉の名前は、夢』
 夢といめ。そっくりな双子の姉妹。
『可能性の話だが……名執の弟の英雄は、いめの姉かもしれない』


 ジーヤはまほろまとは別に病院内を歩いていた。
 いめがH.O.P.E.から逃亡する際に邪英化させたリンカー五人。彼らに会いに行こうとしたところ、ちょうど西藤が入院している病院内にいると聞いたのだ。
 依頼内容を公開したとしても秘匿される事柄もある。いめが復讐という言葉を使うならその対象はH.O.P.E.か、決定した会長にか。隠されている事実があるのなら、当時その場に居た人間に聞くのが一番だろうと考えた。
 とはいえ一度邪英化したエージェント。なかなか面会許可が下りず、かといって西藤の所に行くことも出来ず、ようやく許可が出た頃には随分と時間を使ってしまっていたが仕方ない。
 動画用ハンディカメラも持ち込んで、待っている間に録画出来るかの確認も出来ている。準備は万端だ。全て、何が起こったのかを知る為に。
 ――その結果として。
 芙蓉から借り受けた写真に、リンカー達は映っていた。それぞれ懐かしみながら、自分はここに映っている、これが隊長で、これが楓で、と語った。
 今現在部隊は解散し、それぞればらばらになってしまったが、時折連絡を取り合っては数人で飲むこともあるそうだ。
 ただ、隊長だけは連絡が取れないのだと。朗らかに微笑んで昔話をしていたリンカー達は揃って顔を俯けた。その様子を見て、何か知っているのだとジーヤは踏んだ。
「何か知っていることがあったら、教えてください」
 写真の中の名執蓮を真っすぐに指さしてリンカー達を見渡す。
「……俺達が知っていることは多くないんだ」
 視線は伏せたまま、語り出す。
「あの時……俺達が部隊として戦った大きな戦闘の時。部隊は一時撤退を選んだ。だが周囲には従魔や愚神が大量にいて、俺達は囲まれる寸前だった」
「従魔に分断されそうになって、それをどうにかしたのが隊長だった。先に行けって言って、隊長と名執が従魔たちを引きつけたんだ」
「それで、俺達は逃げて、助かって……合流出来たのは隊長だけだった。名執は、最後まで戦って」
「形見を持ってくることは出来なかったって、隊長は言ってたよな……」
「あぁ、戦ってる最中にはぐれて、どこにいるか分からなくなったって……探したけど、見つからなくて……」
 誰かが喋れば別の誰かが補足する。だから隊長は飲み会にも来ないんじゃないか。罪の意識か。つらいよな。そういえばと、ぽつぽつ語られる昔話に耳を傾けながら、ジーヤは思考し続ける。
 あの時はごっこ遊びだったとしても、ジーヤにとって芙蓉は弟のようなものだ。依頼ではあるが、真実を知りたいと言うのなら出来る限りの協力をしたい。
 ただ、もしも。伏せられた真実とやらが芙蓉を復讐に駆り立てたとしたら――いめはそれを望んでいるのだろうか?
「でもさ、俺、一つ気になることがあるんだよな」
 ぽつりと呟いて、男性――新城和実と名乗った人物は自前のスマートフォンを操作すると一枚の画像を見せる。
 画像の人物はジーヤがたった今考えていた名執芙蓉。どうやら新城が保存していた画像はエージェントの登録ページのようだ。H.O.P.E.内で見れるものであるし、カメラで撮って残しておいたのだろう。
「これ、名執の弟……なんだよな?」
「間違いないと思います」
「……この、着てる服。制式コート。これ、名執の……だよな」
 端々が擦り切れ、右肩に残った血の跡が生々しい。だが芙蓉はこれを名執蓮の形見として受け取ったのだそうだ。
 いったい、誰から?


 まほらまはジーヤと別れた後、西藤の担当医の元へやってきていた。
 二条と西藤を会わせる事になった時、何が起こってもいいように事前準備と西藤の状態確認の為だ。
『弟君と夢が並んでいるところを見せるの? ショック療法ってやつね』
 車内で二条と西藤を会わせてみてはどうかという話が持ち上がった際、まほらまが思い浮かべたのはジーヤと会った時の事だ。蘇生されたジーヤはまほらまと会って混乱して、病室を破壊した。悪気があったわけではないし今では思い出になった出来事だが、パニックになった時何が起きるか分からない。
 西藤の病室の周りに他の患者がいるかなどの確認も含めて話をするまほらまと同じく、バルタサールも情報収集をすべく適当な看護師を捕まえる。身元を明かし、照会に時間を取られ、半ば面倒になりながらも後の事を考えて話を聞きだす。
 診断は解離性健忘。英雄のサミダレは激しい戦いのせいだと言うが、西藤本人から話を聞くには難しく、サミダレの協力を得て興奮状態の際には投薬というのが現状だそうだ。
 普段は穏やかで看護師や医師を気遣う様子もあり、錯乱状態に陥るのはやはり『名執蓮の英雄』に言及した時だと言う。夜もよく眠れているようでうなされることも無いそうだ。
 それから、見舞いにやってきた人物について。
 ここに入院している五人のリンカーと、男性と女性のリンカーが一人ずつやってきたそうだが、ただ一人入室を許可されない男性がいたそうだ。面会謝絶の札を掛け、パニックになるといけないから会わせないようにとサミダレが強く言ったらしい。
「…………」
 下手に情報を掴んでしまった以上、更に調べなければ後が面倒だろう。
 バルタサールは深く息を吐きだすと男の正体を探る為に動き出す。


 エデンに言われたわけではないが、Ezraは黎焔と共にいそいそとカモミールティーの準備をしていた。あるカップの分だけでも用意してしまおうという心持ちだ。能力者から執事役を押し付けられた身の上とはいえ、いかんせんEzraは元が苦労性である。一見老爺に見える黎焔を気遣ったのかもしれないが、ともあれ。
 お茶の準備が進む中、椅子に座ったエージェント達は誰がきっかけを作るか自然と目配せをする。場を温める世間話もそろそろネタが尽きそうで、西藤に気付かれないように間を探りながら、質問を投げかけたのは百目木だった。
「芙蓉の兄の名執蓮と仲間って聞いているが、同じ部隊の仲間ってことで合ってるかい?」
 言葉に、西藤はぱっと笑顔を見せて頷く。両手の指を絡めながら嬉しそうに。
「えぇ、えぇ。蓮とは同じ部隊ですの。彼も私も遠距離からの攻撃を得意としているから、後衛で一緒に待機することもあるのよ」
 やはり西藤は過去ではなく現在の形で名執蓮の事を語る。無理をしている様子も見受けられない。
「どんな武器をお使いに?」
 西藤のすぐ側の椅子に腰かけた征四郎が尋ねれば、彼女は手を広げながら首を傾げる。
「えぇと、このくらいの大きさの、銃よ。私は詳しくなくて名前は知らないのだけど、どんなに高性能の銃が開発されても、彼はずっと使っている武器だからって変えないの」
「小耳にはさんだんだが、外すことが滅多になかったんだって?」
「えぇ、そうなの!」
 前のめりになる西藤の目はきらきらと輝いていた。大切な宝物を見せびらかす子供のような視線。
「すごいのよ、百発百中だったの。とても遠くにあった的にね、全部当てたんですって。私はその時居なかったのだけれど」
 またやってくれないかお願いしてみようかしら、と西藤は笑う。名執蓮のことであれば動揺する様子は無さそうだ。注意深く話す必要はあるが、このまま話が聞けるのであればそれに越した事は無い。
「クラスはなんなんでしたっけ?」
 少しずつ、英雄に近い話題へ。目配せをして、もう一歩踏み込んで。
「銃ならば……ジャックポットでしょうか」
 僅かな緊張を孕んだ問いに、西藤は笑顔のまま首を縦に振る。
「そう。彼はジャックポットなの。サミダレはソフィスビショップ。隊長は……なんだったかしら」
 黙して聞いていたアリスが僅かに眉を寄せる。西藤は今、隊長に関しても伏せた。そこに何か理由があるのだろうか?

 根回しを終えたまほろまと合流し、病室へ戻る前。エデンは芙蓉の腕を引いた。
「夢を呼び出すことはできる?」
 今は幻想蝶の中にいるだろう芙蓉の英雄。いめと同じ姿形をした少女を外に出すこと――楓に会わせることが出来るかどうか。
「……」
 芙蓉が目をやった幻想蝶へ、エデンは手を合わせて「お願い、あとでちょっと出てきてくれないかな。クレープおごるし」と物で釣る作戦に出る。現金な話である、が。
『クレープ』
 黒の蝶が羽ばたき、幻想蝶の中から人の形が作られていく。一秒もかからず姿を現したのは黒髪に青い瞳の英雄。二条夢。
『……本当に、瓜二つなのだな』
「あたし達も初めて見た時は驚いたわぁ」
 サミダレの驚きに同調するまほらまだが、肝心の二条は意に介さずエデンに詰め寄っている。
『疑問。クレープは何処に?』
「あとでの話!」
 ぐいぐい迫る二条に負けじとエデンもきっぱり言い切れば、納得したのかクレープの誘惑に負けたのか『約束』と念押しして二条は幻想蝶の中へ戻る。それを確認して、エデンはサミダレに夢と楓を会わせてもいいかを尋ねた。サミダレの返答は『少し時間が欲しい』。
 彼女の望みは西藤が死なないことだ。精神的にも肉体的にも生きていること。だが二条と会ってどうなるか、もしかしたら精神が壊れるかもしれない。死んでしまうかもしれない。だから話を聞いて、考えたい。
 芙蓉にも尋ねれば、彼の返答は早かった。「真実が知れるのなら」。

 病室へ五人が戻り、たくさんのカップにEzraがカモミールティーを注いでいく。エデンが持ち込んだ菓子と共に飴を配っていくのは黎焔だ。
 まほらまが挨拶をしている隙にアリスとAliceは芙蓉を廊下へ連れ出した。
 用があるのは二条夢。
『きみ、いつから名執芙蓉の英雄なの。始まりの事、覚えてる?』
 話は単刀直入に。彼女たちが芙蓉と出会った時、二条は既に英雄だった。ならば二条夢という英雄はいつから存在しているのか。
 二条は、覚えていないと答えた。ただ。
『声が聞こえた。どうか人を助けて欲しい。守って欲しい。自分にはそれが出来ないからと』
 目を覚ました時には芙蓉の傍に居たのだそうだ。芙蓉からの認識は無かったが、まだ彼の家族が存命であった時から共に居たらしい。
 "私のたった一人の能力者の"と、あの時いめは言っていた。
 "名執蓮の英雄だった"と、いめに襲われたリンカー達は言っていた。
 名執蓮と芙蓉は兄弟。ならばいめと二条の関係性は。
「……そう」
 ふと思い出すのはあの茶会の席。いめは二条に間違えてはいけないと言っていた。
 それじゃあ君は、いったい何を間違えた?

 アリス達が病室に戻ろうとすると、ちょうどユエリャンとサミダレ、まほろまが出ようとしているところだった。
 手洗いの場所が分からなくてなと微笑するユエリャンは見目は女性である。本来の性別がどうであれ、要はサミダレを連れ出す為の口実。楓に怪しまれなければそれでいい。
 サミダレに聞きたいことがあるアリスとAliceも共に病室から離れ、問いを投げれば心構えの出来た英雄の答えは早かった。
 名執蓮が亡くなったのは白刃の大規模戦闘の最中。どんな戦いでどんな結末を迎えたかは、エージェント達も知っていることだろう。
 ユエリャンの名執蓮についての質問には、サミダレは僅かばかり目元を緩めた。
 真面目で一生懸命で優等生を絵に描いたような少年だった。和を重んじていて、諍いがあれば潤滑剤になっていた。
 サミダレの話だけで名執蓮がどう思われていたか知れるほど、語り口は優しい。
 だが隊長の話をAliceが切り出せば、途端に口は重くなった。隊長がどうなったか。生きて帰ってきた。今はどこにいるか分からない。それだけだ。
 何かを隠している。分かりやすい反応だった。
『貴女は知っていて言わないの?』
 いったい誰の為に?
『それで本当にいいのかしらぁ』
 例え話さなくとも、ジーヤは知ろうとするだろう。彼の魂を揺さぶったいめという存在を、その真実がどういうものであれ、その目と耳で。隊長が存命ならばきっと、会いに行くだろう。
 尚も話さないサミダレへ、ユエリャンは西藤の容体を尋ねる。
『西藤嬢にどう踏み込んで良いのか、迷うところも多い。君の方がより深く理解しているであろう』
 精神的な部分を聞かせて欲しいと言うと、英雄は小さく溜息を零した。
 薬を服用しようと会話をしようと、ずっと変わらないまま。停滞したままなのだと答えた。だから。
『このままでもいいのではないかと思う部分も、ある』
 それが一番良いというわけでは無い。しかし悪化するぐらいなら、と。
 たった一人の能力者を喪うこと。その重みも、英雄なら知っている。
『もしかしたら。君の言葉なら届くかもしれぬと。我輩は思うよ』
 何かから目を離している西藤に、たった一人の能力者に。たった一人の英雄からの言葉なら、もしかしたら。

 エデンが伝えていたようにアリスからも、二条と西藤を会わせることについてサミダレへ話をする。
 アリス自身、藪をつついて良いものか難しい部分もある。反応は気になるが、西藤はいめの事を聞いてから入院しているという話だ。何が起こるか分からない。
 会わせるにしても一通り質問や話の終わった最後。反応と様子を見ながらの判断になるだろう。

 一方病室の中は穏やかだった。Ezraは会話を聞き逃さぬよう、エデンの様子も見つつ給仕を務め、黎焔も同じく菓子を皿へと追加しながら話を聞いていた。
 ぽろっと西藤が零した模擬戦の内容を征四郎が知りたいと言って、西藤もまた嬉しそうに語った。英雄のいないリンカーと隊長の戦いについて。名執蓮の人となりもエピソードを交えながら終始笑顔で、征四郎やエデンは頷きを、時に目を丸くして、詳しく聞きたいと言葉を返す。
 そうして、また、一歩だけ。
「どんな誓約をしたか、とか。聞いたことはありませんか?」
 踏み込んだ言葉に、西藤は笑顔のままで。
「誓約?」
 声音が違った。聞き返してくる雰囲気が違った。この発言は踏み込んではいけない内容だ。
「ちなみに、蓮と西藤を入れてどれくらいの人数の部隊なんだ?」
 西藤が次の言葉を発する前に百目木は用意していた質問を滑り込ませる。
「全員で10人よ」
 問いはどうにか間に合った。彼女の様子は戻り、にこにことした応対だ。だがいつ不穏になるか分からない。
「俺のところは俺含めて能力者2人の小隊だから、人数がいるってのはちと羨ましいねえ」
 いかんせん、やれる幅が少なくてよ……とぼやく百目木。その様子に西藤はころころ笑い、戻ってきたエージェント達には気付いていないようだ。
 病室内に留まっていた黎焔はサミダレの腕を引き、声を潜めて。
『蓮殿が最後に目撃された戦場におぬしの能力者がいたのならば……ひょっとしたら近いうちに"いめ"という愚神が現れるやもしれぬ。警戒されよ』
『……あぁ』
 軽く感謝の礼をして、英雄は再びベッドに腰かけた。西藤の隣。そこが自分の場所だとでも言うように。
「おや、どうやらお湯が無くなってしまったようです」
 空っぽになったポットを手にEzraが水を入れてきますと言うと、それを制して百目木が立ち上がる。ついでに皿も洗ってくるかと言いながら、視線を芙蓉へ向けた。意図を正しく理解した少年も椅子から立ち上がり。
「あ、僕も、手伝います」
 二人揃って病室から出て、向かう先は給湯室。
「芙蓉。お前さんにとって蓮はどういう兄貴だった?」
「……優しい、兄でした」
 百目木の言葉に戸惑い考えて、零れた言葉はありきたりなもの。しかしそこに兄への感情と、今はその死を受け止められている確信を得て、続ける。 
「英雄について何か知ってたか?」
「……いえ。何も。でも、大切なパートナーだと、言っていました」
 芙蓉の答えに、いめも同じことを言っていたなと思い返す。
「俺は茶会の後、いめとやり合ってよ。あの時、いめは蓮のことを大好きで大切だったって言ってた」
 それを奪っていったと。
「微笑んでのらりくらりかわしてた嬢ちゃんが殺気立ってたのは、ちょいと恐ろしかったよ」
 殺気を向けられたのは床に転がされたリンカー達だが、果たして復讐はあれで終わりなのだろうか。ならばいめが復讐する人数は、西藤や行方知れずの隊長も含めてあと4人。
 何を仕掛けてくるにしても、戦闘の中で告げた言葉を覆すつもりはない。
 どちらかが折れるまで。


 踏み込める場所まで踏み込んだ。
 聞きたいことは聞き出した。
 西藤の記憶がどうなっているのか、後はさらに踏み込むことでしか分からない。
 まほらまは、西藤が記憶を失ったことがいめの復讐なのかと考えたが、考えた末に違うような気がすると結論を下していた。
 ならば西藤が記憶の中の何かを罪だと考えたからか。
 いめ自身についても、他の愚神に邪英化されてしまったならと思ったが白刃での戦いでのことなら、話は変わってくる。あの戦いで確認された愚神は多くなく、どの愚神に対しても多数のリンカーがついていたはずだ。
 どちらにせよ、これ以上は西藤本人に聞くしかないことだ。
「サミダレ」
 エデンが名を呼んだ。確認するかのような響きに、西藤が「どうしたの?」と首を傾げる。
 サミダレは眉を寄せて、ベッドから立ち上がる。
 それから一つ僅かに、頷いた。
 二条夢を西藤楓に会わせる。
 停滞を望んでいた英雄の、決断だった。
「ねぇ、ねぇ、サミダレ。どうしたの?」
 西藤の声を聞きながらアリスは芙蓉へ視線を送る。真実を知りたいと言った少年はそっと幻想蝶に触れた。
 ――黒い蝶が羽ばたく。
 現れるのはいめとよく似た英雄。二条夢。
 彼女が口を開く間も無く、西藤の口から迸ったのは――。
「ァ、あ、あ――ああァああああああああア゛!!」
 悲鳴と言えるほど、可愛らしいものではなかった。思わず耳を押さえたくなってしまうほどの、喉から絞り出したようなひしゃがれた声。目を見開き、髪を掻き毟り、しかしその瞳は二条から外れない。血が出ようと髪が抜けようと、彼女の行動は止まらない。
「ぁ、ァ、あ、あ゛、ア゛ア゛!!」
 誰もこのような恐慌状態を予想していなかった。いや、予想していなかったわけではない。しかしほんの瞬きの間だった。スイッチが切り替わるような恐慌だった。予兆も無かった。何をすべきか、どうしたらこの状態が治まるか、思考が一歩遅れた。その空白の間に、パリンとティーカップが砕ける音が聞こえた。砕いたのは西藤の手で、破片が刺さったのだろう、血が零れ落ちていく。
 後は一瞬の出来事だった。
 征四郎と百目木が西藤を押さえ込み、アリスの声掛けで芙蓉は英雄を幻想蝶の中へと戻す。エデンは血の垂れた布団を抱え、舌を噛むのを防ぐべく紫苑が手近にあったタオルを西藤の口の中へと押し込んだ。これ以上暴れないようにとまほらまとユエリャンが手足を押さえ、Aliceはサミダレの傍へ。黎焔が割れたカップの欠片を回収する。
「怖いとき、目をそらしたくなってしまうのは当たり前で」
 どうか、どうか、届いてほしい、と。尚も暴れる西藤へ征四郎は声を掛け続ける。
「あなたが壊れてしまいそうならそれでもいい。でもそうしているのに尚も怖いのは、きっとあなたが本当はそれはいけないって思っているからだと思うのです」
 どうか。
「とても怖くて、つらくて、悲しいことだけど、一緒に戦ってくれませんか。もう一度……っ」
 ――祈りも願いも届かないまま。目を見開いて、タオルの隙間から西藤は声をあげ続ける。
 これ以上は限界だろうとEzraがナースコールへ手を伸ばし――その手はサミダレによって止められた。
『もう、充分だ、楓』
 サミダレは楓の首元に手をやると、己の幻想蝶が通ったネックレスを引き出す。まほらまが押さえていた右手と自身の手で幻想蝶を包むように握り締める。
『一人じゃない。ここにエージェント達もいる。私もいる。ちゃんとここにいる。これでいいのかと、届くかもしれないと、力になりたいと、言ってくれたんだ』
 錯乱が、抵抗が僅かに弱まる。
『私も一緒に戦う。楓を一人にはしない。大丈夫だ。もう、楽になっていいんだ』
 叫び声が途絶えて、西藤の瞳からは涙が零れていた。再びサミダレが手を握り締めれば、ぱっと光が舞って――二人は共鳴を果たしていた。
「西藤さんは?」
 淡々とアリスが問うとサミダレは首を横に振った。強制的な共鳴で主導権を握った、しばらく共鳴を解けないだろうと。
 押さえていた面々が離れ、大丈夫だから座ってほしいと言うサミダレの声にゆっくりと椅子に着く。何かあればすぐ動けるように態勢を整えて。
『私が代わりに話をしよう』
 少しでも落ち着くようにとEzraや黎焔がカップへカモミールティーを淹れ直した。それを受け取って、サミダレは口を開いた。
『結論から言うのならば、名執蓮は間違いなく戦死だったのだ』

●昔語
『私達は逃げようとしていた。しかし周りを従魔や愚神に囲まれ動けなくなっていた。だが、長くはもたせられなかった。戦いの場において、私達の回復手段は多くなかった』
 回復を得手とするバトルメディックであれば、もしくは熾烈な戦いに参加したことがあるのなら、味わった者も多いかもしれない。回復手段には限界があり、全員が無傷で帰れるとは限らない。
 エージェントの様子を感じ取ったのか、サミダレは苦笑のような笑みを零して続ける。
『突破口を開いたのは隊長だった。自分と名執が敵を引き付ける。先に行けと後方から声が聞こえた。私達は……楓以外は、前だけを見ていた。嫌だとごねて二人を助けに行こうとした楓は抱えられて、後方をじっと見ていた』
 他の部隊員が薄情だったわけではない。信じて任せたという思いの方が強かっただろう。
 しかし。
『……しかし、名執は死んだ。隊長は生きて帰ってきた。いめが復讐を決めたのは、あの時起こった事が原因だ』
 何かを言おうとしたサミダレは、芙蓉を見て口をつぐんだ。言いにくいことなのだろう。そしてそれは、知らなければならないことでもある。
 見つめられた芙蓉は戸惑いながら周りのエージェント達を見回して、やがてサミダレに頷きを返す。
『……二人では足りなかった。全てを相手するには無謀だった。だから隊長は、私の見間違いでなければ、名執を見捨てた』
 静まり返った室内で深呼吸を一つ。
『隊長は――名執の右肩を撃ち抜いた。誤射ではない。確実に利き腕を狙って、名執蓮を囮にする為に、彼を攻撃した』
 征四郎が息を呑んだ。ユエリャンが傍で手を握り、百目木は僅かに目を伏せた。アリスもAliceも表情は変えず芙蓉を窺い、まほらまは手を握り締める。紫苑の表情は読めないまま、黎焔は深く息を吐いた。口元に手をやり目を見開くエデンの背をEzraはゆっくりと安心させるように叩く。それぞれがそれぞれの反応で、サミダレの言葉を受け止めていた。
『粉塵で視界が悪くなり、名執の傍に黒い影が見えた。それ以上は楓も私も見ていない。しかし利き腕をやられれば攻撃精度は落ちる。……名執蓮は間違いなく戦死だった』
 同じ言葉を、自らに言い聞かせるように口にするサミダレ。
「でも、西藤楓はそう思わなかった」
 あくまでいつも通りに紫苑が言う。責める声音ではなく、確認するように。
「だからその記憶ごと無かったことにしてしまった。違う?」
 もしかしたら邪英化する瞬間でも見たのかもしれないが、憶測は口に出さずサミダレの様子を窺う。
 アリスも同じく、サミダレから視線を外さず思考を進めていた。
 辻褄を合わせるには英雄の存在を消してしまうのが一番影響が少なく、都合が良かったのだろう。邪英化した英雄などいなかった。普通の人間であれば正確に狙って撃ち抜くのは困難だ。そうやって自分を誤魔化していた。きっと、恐らく。
『私は、楓ではない。だからこれ以上は……分からない』
 話せる事が無いのだと、悔しそうにサミダレは言った。これが、全てだった。


「西藤の様子はどうだ?」
 未だに共鳴したままのサミダレへ百目木が尋ねれば彼女は首を横に振る。
「そうか……」
 すまなかったの一言が出る前に、サミダレは『これで良かったのだ』と苦笑した。
『停滞は何も産まない。滞り澱んで朽ちていくだけだ』
 荒療治ではあるが、きっと何かが進むだろうと表情を微笑に変えた英雄へ、百目木も苦笑に近い微笑を返す。

 同時刻。方々へ電話を繋ぎ、待たされる事に苛々しながら何度も舌打ちを殺したバルタサールはようやく苦行から解放された。
 今はもう解散した部隊。かつて部隊長を務めていた人物の名前――門脇誠一。
 白刃の大規模戦闘が終了して以降姿を消し、現在の居場所は不明。未だにリンカーであるかどうかも分かっていない。
 現状調べられるのはここまでで、結果を渡せば紫苑も文句は言わないだろう。

 更に同時刻。五人のリンカー達から話を聞いていたジーヤは病室を出ようとしていた。西藤やサミダレから聞いた話はまほらまから情報が来ているから問題ないと言えば問題ないのだが、一度会っておきたいところはある、と。
 その場から離れようとした足が、止まる。

 警報が、鳴り響いた。

●到来
 長い警報の後、声が響いた。
 その声が聞こえた時、ジーヤはリンカー五人の病室から出た所で、バルタサールは廊下を歩いていた。
 征四郎、ユエリャン、百目木、黎焔、アリス、Alice、まほらま、紫苑、エデン、Ezra。そして西藤と共鳴したままのサミダレ、芙蓉は西藤の病室に居た。
『会いたかった。会いたかったですよ、カエデ』
 キィキィとひび割れた音を混じらせながら、声の主は――いめは笑う。
『ずぅっと待ってたですよ。レンを殺した貴方達に、ようやく思い知らせることが出来るです』
 声はスピーカーから響いていた。サミダレは呆然とスピーカーを見つめ、いめの声だと分かり共鳴したリンカーもその場を動けない。どう出てくるのか、出方を窺う。
 そんな彼らを嘲笑うように、愚神は告げる。
『選ぶのですよ。西藤楓の命か、それ以外すべての命か。一人を救うか、多数を見殺しにするか、選ぶのです』

結果

シナリオ成功度 普通

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 全てを最期まで見つめる銀
    ユエリャン・李aa0076hero002
    英雄|28才|?|シャド
  • HOPE情報部所属
    百目木 亮aa1195
    機械|50才|男性|防御
  • 生命の護り手
    ブラックウィンド 黎焔aa1195hero001
    英雄|81才|男性|バト
  • 紅の炎
    アリスaa1651
    人間|14才|女性|攻撃
  • 双極『黒紅』
    Aliceaa1651hero001
    英雄|14才|女性|ソフィ
  • ハートを君に
    GーYAaa2289
    機械|18才|男性|攻撃
  • ハートを貴方に
    まほらまaa2289hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • Trifolium
    バルタサール・デル・レイaa4199
    人間|48才|男性|攻撃
  • Aster
    紫苑aa4199hero001
    英雄|24才|男性|ジャ
  • Peachblossom
    プリンセス☆エデンaa4913
    人間|16才|女性|攻撃
  • Silver lace
    Ezraaa4913hero001
    英雄|27才|男性|ソフィ
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