本部

【異界逼迫】連動シナリオ

【界逼】アクセイ

雪虫

形態
ショートEX
難易度
普通
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
9人 / 7~9人
英雄
8人 / 0~9人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/09/07 18:09

掲示板

オープニング


 ポートベローマーケット。ロンドンで最も有名かつ最大のアンティークマーケットであり、約二キロの道に千店以上のストール(露店)が立ち並ぶ。この日も地元住民や観光客でごった返し、威勢よく活気ある声に満ち溢れていた。
「おい、あれはなんだ」
 最初に気付いたのが誰なのか、はさして重要な事ではない。肝心なのは見上げた先に、妙な装飾の入った箱が浮かんでいたという事だ。ある者はそれを見上げ、ある者は興味も持たず買い物を続けようとした。箱の蓋がぱかりと開き、青いゲル状の物体を人々へと降り注がせた。


「こいつがステージか……」
 李永平は眉間に皺を寄せ、エージェント達が遭遇した少年の画像を眺めていた。永平は一時古龍幇に帰還していたのだが、パンドラに似た少年がマガツヒの面を付けて現れたと聞き、H.O.P.E.へと戻ってきたのだ。もっとも少年は従魔を取り付けた「人間」であり、言動や雰囲気はパンドラとは真逆の印象らしいが。
「ポートベローマーケットにて、手足にアメーバ状の従魔を付けた人間が暴れているとの通報が入った。動ける者は至急現場に向かってくれ」
 そこに緊急出動の要請が入り、永平は端末から顔を上げた。アメーバ状の従魔。それは今しがた見ている動画中の少年が、ステージが、手足に装備していた従魔の特徴の一つである。
「おい、そこに一つ目の面を被ったガキがいるという情報は?」
「分からない。とにかく現場に向かって欲しい。何かあったら至急連絡するように」
 永平は顔をしかめると、他のエージェントと共にバスへ乗り込んだ。アメーバ状の従魔というだけで、件の少年が絡んでいると断定する事は出来ないが、とりあえず行くしかない。永平は眉間の皺を深め前方を睨み付けた。


 ポートベローマーケットはパニックに見舞われていた。さして広くもない道を人々が逆走しており、普通に下を行ったのでは時間が掛かってしまいそうだ。
「建物の上を行くぞ」
 永平の言葉にエージェント達は建物に飛び乗り走っていった。程なく現場に到着し、通報通りの光景がエージェント達の視界に映る。ステージのように両手両足ではないし、顔を面で隠してもいない。だが手足の何処かに従魔を付着させた人間が、叫ぶ人々の髪を掴み、あるいは踏み付け暴行を働いている。永平は真っ先に飛び降りて釘バット「我道」を出現させた。永平を認めた女性の一人が顔を殴られながら訴える。
「この子は私の娘です! 空から突然アメーバみたいなものが降ってきて!」
「従魔に取り憑かれたって訳か。分かった。今なんとかする……」
「喜べお前ら、ヒーロー様のおでましだ! 取り憑かれた連中を即行助けてくれるそうだぜ!」
 突然、汚泥を思い起こすような、嘲りと悪意を混ぜたような少年の声が響いてきた。エージェント達が視線を向けると、エージェント達の向かいの建物に面を被った少年がいた。いつそこに、という疑問など知らねえよと言わんばかりに、両手をメガホンのようにして少年は声を撒き散らす。
「従魔ごと手足切り落として延命だけはしてくれるってよ! まああんまり暴れ過ぎた場合、犯人殺害規則にこじつけて殺されるかもしれねえけど!」
「なっ……!」
 暴行を受けている人々の目が変わった。永平に助けを求めていた女性の目も。少年は、ステージは、追い打つようにさらに告げる。
「嘘じゃねえよ。だってそう言われたんだぜ? 従魔を離すだけなら手足切り取ればいけるって。この前そうやって兄貴の両手両足を目の前で切り落とされちまってさ。従魔に乗り移られただけだって言ったのに。全然聞く耳なんざ持とうともしてくれなくてさあ!」
「わ、私の娘に、そんな事はさせないわ!」
 女性は殴られながら娘を庇う動作を見せた。他の人々も同様だった。こいつは俺の息子なんだ。お母さん。孫なんです。従魔に操られているだけなんだ。友達なんだ助けてくれよ。頼むから傷付けないで! お願いだから殺さないで!
「ステージ!」
「初対面なのに呼び捨てとか馴れ馴れしいな李永平。まあいいけど、で、俺なんか悪い事した? お前らヒーロー様の対応を正直に教えてやっただけだぜ? それが正しいテなんだろ? 覚悟の上の発言だろ? 自分の言葉に責任持って! 胸を張って生きていこうぜ!」
 ステージは両手を広げゲラゲラと笑い出した。その両手両足には、先日と同じようにアメーバ状従魔が付着している。
「そうそう、一応言っておくけど俺も従魔に乗り移られているだけの、そこで暴れている連中と同じただの一般人です。聞いてねえから知らねえからでブッ殺されてもたまらねえし。でもどうせ敵に違いねえからって決め付けられて殺されるかな? 疑わしきは罰するってこの前そう言われたもんな。
 でもさあ。その場合、下で暴れてる連中も同じように殺してくれるよな? 疑わしきは罰するだもんな? 従魔に乗り移られて暴れてるだけで手足切り落とすには十分だもんな? たまたま証言者がいるとか面がねえとか俺の事だけ気に食わねえとか、そんな根拠にもならねえふわっふわした理由で差別なんかしねえよな?」
『緊急連絡! スワナリアから翼竜が逃走、そちらへも向かっている! 被害が甚大になるようなら倒しても構わない!』
「あっあーそりゃ大変だ。で、どうすんだヒーロー様。ぼさぼさしてると死人が出るし、従魔に憑かれただけの一般人がヒトゴロシになっちまうぜ?」
 ほらほら早く、とステージが手を叩く。面に隠れて表情は分からないが、顔を歪めて笑っているだろう事は見て取れた。正確な目的を断言する事は出来ないが、その言動は紛れもない。
 悪意。
「頑張って一般市民を守ってくれよヒーロー様! 悪人は殺せ、疑わしきもブッ殺せ! 民間人の命のためなら人を殺してもいいんだろ? なんかマズッたとしても証拠隠滅ラクショーだろ?
 人間も従魔や愚神と同じように殺せたら楽なのに。どうせお前ら腹の内では全員そう思ってんだろ?」

●戦闘区域
 ポートベローマーケット。建物に挟まれた道であり、建物(二階建て)の前にはさらに露店が並んでいる。道幅10sq(露店含む)、長さは処理上60sq。露店は1sq。配置は以下。

    S
□□□□□□□□□    S:ステージ(PC達の向かいの建物の上にいる)
             □:露店
             E:永平(地上にいる)
    E        ☆:PC(建物の上にいる)
□□□□□□□□□
    ☆

●一般人
 従魔に取り憑かれた者(従魔部分以外は生身)が15名おり、それぞれ縁者(我が子や親兄弟や祖父母や友人や恋人や妻や夫や弟子や師匠や片思いの相手など)に暴行を加えている/正気を失っている。縁者は異常な興奮状態で『エージェント』から家族や友人を守ろうとする。スキル等で強制排除しようとしたり、取り憑かれた者達に何か起こると……

解説

●目標
 一般人の救出(ステージは含まない)
 サブ:ステージの面を剥ぐ(身元確認のため)

●敵情報
 ステージ
 両手両足に従魔を憑けた「人間」。エージェントにのみ攻撃しようとする。手甲足甲が一定ダメージを負うか一定R経過で逃亡。死亡すると……
・へらず口
 少年を「敵」とする理論に穴があると反論
 
 手甲足甲
 アメーバ状の従魔で色は緑。両手両足合わせて1体ではなく個々に独立した従魔(計4体)。少年への攻撃をカバーする
・優秀な細胞
 触れた対象(少年含む)か自身のBS回復
・壊造:未熟
 触れた対象か自身のステータスを強化or新たにスキル作成。1体につき1回使用可
・孕兆:跳
 細胞を飛ばし植え付け体内を少しずつ破壊する。【減退(1d6)】付与。射程15sq。このスキルは重複する(例:減退1負荷中に減退2を喰らうと、重複して減退3になる)BS回復スキル以外回復不可
・衝撃吸収
 ぐずぐずに柔らかい肉で衝撃を吸収しダメージ軽減
・ヒトゴロシになる?
 牽制や足止めなど「殺害を意図していない攻撃」が、判定の結果少年を殺害し得る攻撃で、かつ手甲足甲でのカバーが不可能だった場合、攻撃者の脳に少年を殺害するイメージが投影され意識を奪われる(【洗脳】付与)(「殺害を意図した攻撃」の場合この限りでない)

 手甲足甲:青
 アメーバ状の従魔で色は青。ミーレス級で殴る蹴る以外の攻撃手段はないが一般人には十分脅威

 翼竜×6
 アンハングエラ。翼開長約5.5m。体重20kg。凶暴化しており巨大な口で一般人を襲おうとする
 生物としては高めのステータスだが共鳴状態であればほぼ一撃で倒せる/ダメージを喰らう事はない。死体は消失せず落下する/下に誰かいた場合は……
 一定R経過で逃亡。PCの行動によって怯む事もある
 
●NPC
 李永平&花陣
 状況に応じて一般人やPCのカバーに回る
 スキル:ストレートブロウ、烈風波
 武器:釘バット「我道」

リプレイ


 日暮仙寿(aa4519)と不知火あけび(aa4519hero001)にとって、今回は恋仲となってから初めてとなる依頼だった。だがその言葉の甘さを掻き消す程に、この状況はあまりに苦い。
《(かなり悪辣だな)》
『(清々しい位に悪党だね……)』
《(本人に訊けば従魔に乗り移られたと言うのだろうな)》
 余計な問答は一般人の不安を煽るだけ。仲間が一般人を避難させるまで付き合って貰おうかと、脇目も振らず真っ直ぐに仙寿はステージの元へと跳んだ。
『また会ったね、ステージ!』
《憑いている従魔を引き剥がす。お前自身に危害は加えないと約束しよう》
 七年後の未来の姿で仙寿はくっと顎を引き、左腕手甲に守護刀「小烏丸」の斬撃を見舞った。少年の腕を斬らぬよう意識しながら、しかし躊躇のない一撃。ぐずぐずと傷を覆う手甲を気にした風もなく、ステージはせせら笑いを漏らす。
「俺の事は信じねえがお前らの事は信じろって? テメエに判定甘過ぎじゃあねえですか!?」
 ステージは右腕手甲から孕兆を仙寿へ撃ち出したが、正面から迫るそれを仙寿は全力で回避した。仙寿はステージを見る。ステージは斜めに首を傾げる。

「弟さん……なんでしたっけ」
 向かいに立つ少年を眺め卸 蘿蔔(aa0405)は呟いた。『兄』が誰を指しているかは不明だが、兄を探し危険なマガツヒに接触した、故にこうなった被害者なのだとしたら救いたいと思う。
 その為にも
『行こう、誰も死なせてはいけない』
 レオンハルト(aa0405hero001)の声に頷き蘿蔔は地上へ飛び降りた。武器は出さず、敵意がない事を示しながら青年の下へ走り寄る。
「落ち着いて下さい。必ず助けます。ここは危険ですので建物内に避難してください」
「頼む、友達なんだ、助けてくれ!」
「(母様、お面の男の人はうるさいので壊してしまっていいですか? ついでに言う事きかない一般人も纏めて壊してしまいましょう!)」
 青年の声に被せるように、アトルラーゼ・ウェンジェンス(aa5611)のうきうきとした声が響いた。と言っても共鳴したエリズバーク・ウェンジェンス(aa5611hero001)の頭の中だけであり、その純粋、故の狂気が外に漏れる事はないが。
『アトル、今日はいい子にしていましょうね?』
 エリズバークは母のように優しい声音で『息子』を諭した。普段ならその狂気を喜ばしく思う所だが、今日は頭に響くアトルの声が周囲に聞こえていなくてよかったと思う。
 エリズバークもまた地上に降り立つと、まずは怪我の酷そうな者の下へと歩み寄った。アトルラーゼよりさらに幼い少年が、老人に殴られながらか細い声を振り絞る。
「おじいちゃんに、ひどいことしないで!」
『二人とも必ず助けます。私達を信じてくださいませ』
 少年の頭を撫で、共鳴する事で変じた少女の姿でふんわり微笑む。
 誰も信じていない私が信じてと口にするなんて滑稽だ。
 この姿はとても便利。可憐な少女であるだけで人は簡単に騙される。
 少年の背後で、老人が従魔憑きの腕を振り上げた。少年が頭を庇った隙に、エリズバークは玻璃「ニーエ・シュトゥルナ」を展開した。多数の玻璃が輝いた、次の瞬間、光線を次々放ち従魔を腕から削ぎ落とす。
「……わ、わしは?」
『さあ、今の内にお逃げなさい』
 混乱する老人と少年の背を優しく押し、避難するよう促した。銃より人に恐怖を与えない、と玻璃を選択したが。さて。
『(自爆機能などはついていないのかしら)』
 従魔が自爆して憑かれた者を縁者ごと殺そうとする、というのを疑っていたのだが、従魔はいとも容易く倒れた。自爆の兆候も見えなかった。結論を出すのは早計かもしれないが、そんな事態が起こったら――
『(だって片方だけ助かるより、共に死んだ方が幸せでしょう?)』
 とは言え仲間が助けようと飛び込むならその時は援護するつもりだが、そうでなければ。エリズバークの口元に狂気の滲んだ笑みが浮かぶ。

「ほら、大丈夫。あなたの大切な人を傷付けたりしませんから。どうか信じて」
 蘿蔔はエリズバークの従魔撃破を青年に伝えたが、青年はどうするのが正しいのか未だ迷っている様子だった。
 道端にはアンティークの残骸が散らばっていた。憑かれ暴れる者達のせいか、避難した者達が落としていったかは知らないが、シルミルテ(aa0340hero001)の脳裏には一人の女性の姿が過ぎる。
『コレは後デお姉ちゃんニ怒らレチャう!!』
「あー……アンティーク好きそうだね」
『付喪神サンもお友達ダモん!!』
「……交友関係には触れないでおく」
 相棒と謎の多い会話をしばし行った後、佐倉 樹(aa0340)は共鳴し頭上へと瞳を向けた。空中では六体の翼竜が、翼で空気を押しながら地上の獲物を見定めている。
 次の瞬間、一体が「餌」を求めて滑空した。樹は冷魔「フロストウルフ」を出現させ、攻撃を防ぐ様に冷気の塊を奔らせた。氷のジャック・オ・ランタンは翼竜のすぐ横を掠め、翼竜を空に留めた後青の中へと掻き消える。
「ハッ……厄介な状況になってるモンだが。俺様の技があればこの程度はどうって事はねェな。悪意だろうが何だろうが、俺様の前では無意味だって事を教えてやるぜ」
 ライガ(aa4573)も状況を確認するや、アンチマテリアルライフルの銃口を空へと合わせた。別の翼竜が翼を鳴らす。ライガが不敵な笑みを浮かべる。
「……ハッ、鬱陶しい蠅だな」
 銃声が響き渡り、放たれた弾丸は翼竜の翼へ跳んだ。あくまで牽制程度の射撃。下は一般人多数であり、下手に落とせば恐慌染みた興奮を悪化させる事になりかねない。
 銃弾は狙い通り翼を掠り、翼竜はわずかに身を引いたが、他の四体は臨戦態勢を崩さない。また別の翼竜が地上にいる老女を狙った。巨大な口が老女に迫る、寸前、拒絶の風を纏った影が老女を抱えて回避する。
「離して! 孫が、私の孫が!」
『この場から離れて下さい。あなたでは止められないと、わかるでしょう?』
 共鳴し、女性の姿となった琥烏堂 為久(aa5425hero001)は老女の顔を覗き込んだ。縁者自身には大切な人を助けられないと諭しつつ、気を落ち着けてもらえるよう穏やかな口調で告げる。
『どうか、この事態を見て笑っている者の言う事などに惑わされませんように』
 為久は老女を地に下ろすとガンバンテインを出現させ、杖でそっと従魔に触れ老女の孫から剥離させた。年端もいかぬ少女は目をぱちぱちと瞬かせ、為久はぬいぐるみを少女に渡し優しげに微笑する。
『もう大丈夫です。さ、今の内に避難を』
「ありがとうございます……!」
 老女と孫娘を微笑みながら見送った後、為久は赤い瞳を細めた。安心させるよう振舞いつつ周囲の警戒は怠らない。
「これでやっと二体か。急いだ方が良さそうだね」
 琥烏堂 晴久(aa5425)の声に為久は小さく頷いた。120mのあちこちに救助対象は点在している。いつも通り一般人の安全を考えつつ、しかし迅速に動かなければ。

「やだー永平ちゃんお久~って早すぎじゃない?」
「悪かったな早い出戻りで」
 虎噛 千颯(aa0123)の軽口に永平は半ば憮然と答えた。「永平ちゃんサポート任せたぜ!」、と頭を軽く撫でた後、千颯は建物の上に立つステージへ鋭い視線を向ける。
「よー捻くれ者のクソガキ。嘘はいけないな。お前の愚神になった兄貴は肢体千切れてないぜ。死闘の末に果てたんだぜ」
 パンドラを思わせるブラフを交え話し掛ける。誰の弟かは不明の為それで反応があれば良し。ステージは身じろぎ等はせず、面で表情は分からなかった。隠し持ったカメラにその様子を収めつつ、千颯はさらに言葉を続ける。
「それにお前それ直す気ないだろ? 前回逃げてるもんなぁ? 元の状態に戻りたいなら逃げる必要なかったよな?
 あぁ、そうか肢体切り取るって言われたらそりゃ怖くて逃げるよな。でも、だったら最初から逃げるよな? 散々邪魔した後にまるで負け犬みたいな逃げ足だったよな。従魔撒き散らしてこの状況を作った元凶の癖に被害者ぶるなよ?」
 悪意に悪意を返す気は無いが言われっぱなしになる気もない。ステージはハアと息を吐き、面の一つ目を千颯へ向けた。今の言葉には反応する気があるらしい。
「従魔に乗り移られてる人間って自分の意思で動けるもんなの? だったらそこの連中も自分の意思で暴行してんの?
 それに被害者ぶってるとか、俺はお前らに言われた事をそのまま教えてやっただけだぜ? それが一体どうしたら被害者ぶってる事になるんだ?」
 千颯は眉を顰めたが、これ以上余裕はないと判断し背を向ける事にした。言われっぱなしになる気はないが、挑発が妨害の一手の可能性だってあるのだ。
 意識を瞬時に切り替えて、まだ仲間が向かえていない一般人へ手を翳す。放たれたパニッシュメントは従魔だけを綺麗に溶かし、子弟と思しき二人組に千颯は逃げるよう促す。
「行け。翼竜に気を付けてな」
「ありがとうございます!」
『こやつはただの従魔でござるな』
 白虎丸(aa0123hero001)の言葉通り、青いアメーバ状の従魔はただの従魔のようだった。違和感があるような気もしないではないのだが、ステージのそれに比べれば気のせいかと思う程弱い。
「別物と思えばいいのか、劣化品の可能性ありか」
 いずれにしろ今は一般人優先と、千颯は別の方角へ駆けていく。

 温羅 五十鈴(aa5521)は向こうに立つ少年の姿を見つめていた。背恰好は似ているかもしれない。ついこの間、見送ったばかりの友達に。
「(彼が、ステージさん……)」
『行くぞ、五十鈴』
 沙治 栗花落(aa5521hero001)の声を受け、五十鈴はステージへ深く一礼した後飛び降りた。一般人の救出へ足を動かしながら、思う。
 悪意とか、好意とか。もしも一般人さんへ手を上げるならそれは叱るべきだけれど、彼個人へ嫌悪感なども一切なく。
 ただ、一目会ってみたかった。
 一体、誰の弟さんなんだろう?
 栗花落もまた五十鈴の内で思う。ステージがどういった人物か。
 などと。
 そんなものは俺からすれば些事に過ぎない。それよりも、縁者らの状態の方がずっと気掛りだ。
「近付くな、近付くなっ!」
 不可思議な光景だった。男性が息子と思しき少年に腹を蹴られながら、しかしエージェント達を近付けまいと必死に腕を振っている。異常な興奮状態。身内が従魔に取り憑かれた上、ステージにああ言われては分からなくもない。
 しかしそれにしても。
「(異常、過ぎる……?)」
『余程不安を煽るのが上手いのか、或いは何かしらの術式を使っているか……』
 考え過ぎであればいいが。何にしても一般人への脅威が多過ぎる。出来得る限り早く、けれど極力不安を煽る事無く落ち着かせなければならない。
 手足を切り落として、とステージは彼らに言っていた。ならばと五十鈴は白夜丸を出現させ、見えるように地面に置いた。そして離れた。切る気はないとの意志表示。それでも父親に脅えが見えたので、五十鈴は栗花落との共鳴を解除した。
『!?』
 五十鈴が危険ではないかと栗花落は視線を向けるが、当の五十鈴に気にした風は一切ない。翼竜が空から迫り、男性に喰らい付こうと鋭い歯を剥き出したが、その攻撃は五十鈴が自らを盾にして阻んだ。共鳴を解除したため、従魔でない生物の歯でも五十鈴の背に傷を負わせる。
 けれど五十鈴は笑った。自分が怪我する程度どうってことない。平気だと。

 GーYA(aa2289)も説得を行うべく、まほらま(aa2289hero001)と共鳴して一般人へと近付いた。母親らしき女性が、髪を掴まれながらも娘と思しき少女を庇う。
「お願い、私はどうなってもいいからこの子は!」
「俺アイアンパンクなんだ。生身の体の大切さはわかるよ、欠けさせたくないよね」
 親の気持ちに寄り添い、理解を得られるよう呼び掛ける。少女が泡を吹きながら母親へ腕を振り上げた。GーYAはドローミチェーンを出現させ少女を捕らえるべく放つ。
「ごめんね、ちょっと抑えさせてね!」
 可能なら改造注射器で睡眠薬を投与し眠らせたかった所だが、注射器型AGWの中身を入れ替える事は出来ない。
 故にチェーンで拘束する。捕らえる事には成功したが少女が激しく暴れ出した。金属の鎖に肌が擦れ、みるみる傷が増えていく。
「何するの、やめて!」
「すいません、従魔を離す為に必要なんだ!」
 一般人にとってリンカーの力は脅威、そのように認識している。故に声掛けを心掛け、暴力と感じさせる行為は極力したくないのだが、暴れる者を無傷でというのはやはり難しいものがある。
 穏便に引き離せるスキル持ちに頼みたいが、無理に引きずっていこうとすれば擦り傷はさらに増えるだろう。誰か呼ぼうとしたその時、頭上で翼竜の声が鳴った。
 少女を離して翼竜に対応するべきかと迷った、そこに永平が烈風波を繰り出して翼竜を空へ追い払った。「手が足りねえな」という永平の言葉にGーYAが周囲を見渡すと、空には翼竜が六体、従魔に憑かれている人間は十二人。ステージに張り付いている仙寿を除けば、動けるエージェント数は共鳴状態で実質九人となっている。


 仙寿は通信機で仲間の様子を確認しながら得物を雪村に変更した。物理攻撃と魔法攻撃どちらが効くかは分からないが、分からないならどちらも試す価値はあるだろう。
『弟って言ってたけど、パンドラの弟なの? それともパンドラが憑依していた少年の弟?』
 時間稼ぎと身元確認を兼ねてあけびが問い掛ける。ステージは黙したままだった。もっとも答えないという事も判断材料にはなりそうだが。
『エージェントが嫌いなの? もしかして……パンドラの敵討ち?』
「……さあて、どうだかな。言おっかなーやめようかなー」
 こちらはすぐに反応があった。反応の差を腰に括った動画用カメラに収めつつ、あけびは次の言葉に移る。
『人間も従魔や愚神と同じように殺せたら楽? そんな事、私と仙寿様は絶対思わない!』
「……」
『誰かを救う刃であれ。それが私達の信念だからね。人を救う為に戦うのに人を殺すなんて本末転倒!  貴方が乗り移られてるって言うなら助けるよ。四肢の従魔を剥いで、そのあとマガツヒの関係者かどうか、
 じっくり調べるから』
「そうかよ!」
 振り被られた右腕手甲に仙寿が縫止の針を打った。これで右腕手甲のスキルはしばし封印される。
《下手な動きはさせない》
「下手に動くのは片方だけじゃねえんだぜ!」
 繰り出された左腕には全力回避を試みる。足下を狙われているが、仙寿の回避力であれば躱す事など造作もない……
「避けてもいいけど、あんたの後ろにいる誰かに当たってもいいのかな? 今から出すの、30mは跳ぶんだぜ?」
 罵詈雑言は流すつもりだったがこれは聞かずにはいられなかった。二人は建物の上にいて、仙寿は道に背を向けている。足下を狙った攻撃の先に誰かがいたら。一般人がいたら。
 足に何かが埋め込まれた。直後にステージの足甲が仙寿の腹にめり込んだ。ぞわぞわと何かが這いずり回り暴れ出す。
「何の為に上にいると? 飛び道具仕様にしたと? 流れ弾効果も狙ってに決まってんだろう!」

「ギギャアアアッ!」
 翼竜が咆哮と共に突撃を仕掛けた。蘿蔔は降下時の角度・方向からターゲットを予測して、間へと滑り込んでエアーシェルを展開する。
 翼竜と言うと仰々しいが従魔でもないただの生物。エアーシェルで防ぐ事は十分に可能だった。しかも翼開長約5.5mに対し、体重は20kg程。
『意外と軽いな。この重さなら耐えられるかな』
「恐竜といい従魔に憑かれた人とその親しい相手といい……ステージさんには精神操作する力がある、のでしょうか」
 推測を立てつつとにかく今は防衛と、人のいない方向へ翼竜を押し返す。

 樹は二階以上の翼竜へフロストウルフを走らせた。誰もいない地面に落として処理をする算段だが、翼竜の長さが長さであるため一般人に当たりそうになる。
 ライガがウルフバートに換装し、直下に居る一般人をインタラプトシールドで囲った。剣が連なり櫓となって一般人への直撃を避ける。
 別方向から翼竜が、今度は三体仕掛けたが、エリズバークが躍り出てウェポンズレインを展開した。鋭く尖った玻璃が舞い、切っ先を翼竜達へと向ける。
『これ以上進んだら、命の保証は致しませんわ』
 言葉が通じたかは分からないが怯ませる事は出来たようだ。身を引く翼竜を確認しエリズバークは玻璃を消す。それらを見た他の翼竜は二の足を踏んだようである。
 だが一般人を襲おうとしているのは翼竜だけではない。従魔に憑かれた者もまた、自分の愛する者に拳を振り下ろそうとする。
 五十鈴は今度は共鳴すると、縁者を我が身で庇うように滑り込んで拳を受けた。こうして足止めている内に誰かが従魔を剥がしてくれる。効率は悪かろうと先ずは一体と考える。まかり間違って一般人に攻撃が当たるといけないから。
 千颯がパニッシュメントを放ち、拳に憑いていた従魔は光に溶けて消え失せた。共鳴しても残る五十鈴の背中の傷痕を見て千颯が問い掛ける。
「大丈夫か? ……だったらいいけど、危なくなったら言うんだぜ」
 大丈夫、と言うように微笑む五十鈴に念を押し、千颯は別の場所へと走った。あちこちで一般人が立ち往生している状況で、適宜移動しないととてもじゃないが手が回らない。


「しっかり押さえてろよ!」
 永平はGーYAに呼び掛けた後、我道で腕の従魔を弾き飛ばした。もっと穏便なスキル持ちに頼みたかった所だが、皆対応に追われており永平しか捕まらなかったのだ。
「あれ? 私……」
「良かった。すぐ安全な所へ。何があったのって聞かれたら夢だった事にしちゃいなよ」
 GーYAは母親に耳打ちし、母娘に逃げるよう促した。操られてても殴ったなんて覚えていない方がいい。エージェント達の声掛けや、従魔だけが撃破される光景に、縁者達の興奮は次第に収まりつつあった。だが救出は進まない。縁者達が逃げる事に消極的だからではない。そもそも縁者達は自力だけでは逃げられないのだ。自力だけでは逃げられないから、エージェント達が到着する前より暴行を受けていたのだ。
 仙寿は表情に出る苦さを隠す事が出来なかった。縫止で封印出来る従魔は手甲足甲の内一体だけ。ターゲットドロウでの攪乱も可能なのは一体だけで、残った手甲足甲で下を狙われる事はあり得る。エージェントであればまだなんとかなるかもしれないが、流れ弾と嘯いて一般人を狙われたら……。
「んなツラすんなよ。信念なんてカッコイイ事言うからさ、避けたら誰かに当たるかもって親切に教えただけじゃねえか。俺も『不幸にも』『お前が避けたせいで』一般人とかに当たったら胸が痛んじまうしさあ!」
 打ち出された右腕を縫止で封印したが、足甲の二連撃で孕兆を二度埋め込まれた。蘿蔔は飛び掛かる翼竜をエアーシェルで跳ね返し、ライガはショットガンに換装、周囲に多数召喚する。
「……煩わしいな……爆ぜろ」
 そしてライヴスキャスターを宙空へと叩き撃った。とは言え本当に爆ぜさせるつもりはなく、銃音を響かせての威嚇目的。銃声のオーケストラに翼竜達が進行を止める。
『コノ蝶は!! 愚神ヤ従魔! 「人ならざるモノのみ誘う!!」
 シルミルテと樹が大声で宣言した後、 幻影蝶を取り憑かれた一般人達へと舞わせた。二人の言葉通り幻影蝶は従魔、愚神、邪英のみを攻撃する。二体の従魔が蝶に巻かれ、干からびて崩れて落ちた。これで七体。残りは八体。縁者達の目に希望が灯る。
 エリズバークは再び玻璃を展開し、従魔のみに狙いを定め光線を撃ち放った。拘束されている者はいないが、精神統一により集中力は高まっている。先程と同じように、そのまま攻撃しても従魔を削ぎ落とせるはずだ。

 焦げ臭い臭いがした。卵を焦がしたのと同じ臭い。人間の皮膚が焼ける臭い。玻璃の放った光線は、取り憑かれた青年の大腿部を焼いていた。エリズバークが狙いを誤った訳ではない。従魔が青年の、文字通り足を引っ張り、人間を盾にして攻撃を防いだのだ。
「あんたらさ、マンガやアニメ見た事ねえの? 化け物が人間を盾にするなんてあったりまえの展開だろうが!」
「い、い、いやあああああっ!」
 嘲るようなステージの声に、恋人の脚を焼かれた女性の悲鳴が被さった。愛する者を目の前で傷付けられた光景に、人の肉の焦げる臭いに狂ったように泣き喚く。
 恐慌は即座に伝染した。タチの悪い疫病のように。ドローミチェーンを持ったまま呆然とするGーYAに、一人の男が殴られながら非難の声を浴びせ掛ける。
「手足を切り落とすってやっぱり本当の事じゃないか! 来るな! 来るな人殺し共!」
 縁者を暴行から庇おうと五十鈴は手を伸ばしたが、男は妻を守ろうと腕を振って抵抗した。その混乱を突くように翼竜が歯を剥き出すが、為久が呪符「氷牢」で杭を作り先を向けた。 向かって来れば刺し貫く、と冷たく睨みつけ、翼竜は上空へと羽ばたいて戻っていく。
 千颯は意を決すると白虎丸との共鳴を解き、何事かを叫んでいる男性へと近付いた。千颯を近付けさせまいと乱暴に手を振り回されるが、その手を掴み、ナイフを持たせて千颯の腹に突き付けさせる。
『千颯何をしてるでござるか!』
「白虎ちゃんは黙ってて」
 低く静かな声で言い、千颯は男に瞳を合わせた。いつでも腹を刺せる状態。緊迫感の漂う中、千颯は男を見据え、告げる。
「俺ちゃん達が疑わしいというなら今ここで俺ちゃんを刺せばいい。共鳴してないからそのナイフで殺せるんだぜ。
 今の彼らの状態は非常に危険なんだ。このままでは従魔に生命力を奪われ死んでしまう。
 彼らを助ける為にも貴方達の協力が必要なんだぜ。
 一緒に助ける為の力を貸してほしい」
 ナイフを出したのは特殊な状況を作り一時的でも冷静にさせる為、決して脅しの為ではない。千颯の気迫に押されたのか、その覚悟を感じたのか、波が引いたように一帯は静まり返った。
 だが信頼を得られた、と言い切れる訳でもない。どうすればいいのか分からない、縁者達はそんな様子だった。ステージは下を少し見た後、仙寿とあけびに話し掛ける。
「な? 俺の言った事、全然嘘じゃねえじゃねえか。本当は足を狙ったんだろ? 嘘はいけないよなー嘘は」
 仙寿とあけびは黙したままジェミニストライクを発動した。分身を作り出して左右からの同時攻撃。しかし攻撃出来るのも、攪乱出来るのも手甲足甲の内一体のみ。
「今度は三つ同時行くぞ。後ろの誰かに当たっていいなら躱したっていいんだぜ!」
 仙寿は三つ全て受け止め口から血を噴き出した。腹の中を細胞が縦横無尽に喰い荒らす。
 蘿蔔はどうするべきか混乱していた。翼竜の対処も足りないが縁者のダメージも蓄積している。従魔に憑かれた者達も、このままではライヴスを吸われ尽くして死亡する危険がある。
 しかし拘束もせず、従魔だけを撃とうとすればエリズバークの二の舞いになる。バレットストーム……弾幕を展開し、周辺の敵全員を同時に攻撃するスキル。対象を識別し攻撃出来るこのスキルで、従魔のみを狙って一気に撃破するつもりだった。
 けれど識別可能は「対象を選べる」だけであって、カバーリング不可ではない。盾での防御不可でもない。従魔が人間を盾にして攻撃を防ぐ事は出来る。エリズバークの攻撃は取り憑かれた者を傷付ける結果となったが、バレットストームを使っていたらどうなっていたかも教えてくれた。もし蘿蔔が先だったら。人間を盾にされていたら。もっと多くの人間を、私がこの手で殺していた!
「卸さん!」
 樹の声に蘿蔔ははっと顔を上げた。樹が従魔に憑かれた女性を後ろから抱き締め拘束している。親切心とやらに目覚めた訳ではない。樹もゴーストウィンドを使い蘿蔔と同じ手を考えていたが、その手は使えない事が分かった。これが一般人を救出する為に必要な事なのだ。
「卸さん、こっちも!」
 GーYAもチェーンで男性を拘束しつつ声を上げ、五十鈴も状況を判断し少女を一人抑え込んだ。だが捕らえられた全員が逃れようと暴れている。拘束を振り払われたら。攻撃を外したら。もしもは現実に。この手は人殺しの手に。
「大丈夫、絶対に外しませんから」
 蘿蔔は彼らに宣言した。同時に自分に言い聞かせた。今までで一番重い引き金を引き、銃弾を従魔のみに命中させる。正気を取り戻した者達と縁者に、蘿蔔は確と声を張る。
「怖がらせてごめんなさい」
 けれど心臓は未だ鉛のように重かった。一歩間違えれば人殺しになる現実。自分はそんなものに人差し指を掛けている。


 翼竜は雄叫びを上げながらまた突撃を試みた。そろそろ諦めて帰っても良さそうなものなのに、その瞳は未だ凶暴な光を失わない。
 エリズバークがウェポンズレインで無数の玻璃を、為久が氷牢の杭の切っ先を翼竜に向ける。先程と同じく牽制のため。しかし今度は翼竜は怯まず、鋭い歯を剥き出してそのままこちらへ突っ込んでくる。
 玻璃も氷牢も翼竜など一撃で仕留める武器である。しかし発射されずに消えたそれは、鋭いだけでいずれ消えると翼竜に認識されてしまった。
 ライガと永平が追い払おうとそれぞれ武器を構えるが、別方向から残りの翼竜が一斉に飛来した。翼竜は五体。こちらは四人。全て追い払うには手が足りない。エリズバークのウェポンズレインは無差別の攻撃であり、翼だけを狙って攻撃、という事は不可能だ。攻撃すれば死体が落ちる。しかしやらなければ一般人が攻撃される。
 攻撃するしかなかった。翼竜の攻撃を許すよりはまだマシだった。三体は追い払えたが二体は貫かれて絶命し、落下を避ける手段はなくそのまま一般人の上へと落ちた。千切れた肉が、噴き出した血が、一般人へと付着する。
「あ、ああ、あああああああっ!」
 人の声とも思えぬ音が一帯を支配した。完全な錯乱状態。先の衝撃があったとは言え、死肉が降っただけでこの状態はどう考えても異常だった。蘿蔔や五十鈴、栗花落の懸念のように、何らかのスキルがあったかもしれない。確実なのはもうどんな呼び掛けも彼らに届かないという事だ。
 千颯は歯を食い縛りつつ、仙寿へクリアプラスを込めたケアレインを降り注がせた。今回復しなければ力尽きるという段階に仙寿はいた。ステージは阿鼻叫喚の舞台を眺め、嫌味たらしく仙寿に語る。
「すっげえな、ここまで酷くなるとは思わなかったぜ。一応俺的攻略法あるんだけどさ、聞きたい?」
 仙寿は無言で分身を生み出し再度左右から斬り掛かる。千颯のおかげで孕兆は消え、ダメージも少し回復した。賢者の欠片を使っている暇はない。ステージは右腕手甲で刃を受け止め、至近距離で嘲りを漏らす。
「所で、あんた一人で、俺をずっと足止め出来ると思ってた?」
 次の瞬間、ステージは仙寿をすり抜け地面へと落下していた。そのまま一般人の、正確には取り憑いている従魔の元へ向かおうとするが、蘿蔔がいち早く反応しステージの前に立ちはだかる。
 混乱は収まる所か極限を迎えていた。ここでステージに何かされたら本当に取り返しがつかなくなる。一般人も気掛かりだが、ステージを彼らに近付ける訳にはいかない。
「兄貴、とは……誰の事ですか? 以前お会いした時は従魔と、あなた一人しかいなかったはずです」
「……」
「発言については否定も言い訳しません……でも、誰もそんなことしてません。それに、させません。傷付けも……しませんから」
「本当に? 言い切れる? 本当にそんな事言い切れる?」
 やはり『兄』に関しては口が重くなるようだ。さすがに怖じ気付いたのか翼竜は飛び去ったようだ。ステージが左腕を向ける。蘿蔔はそのまま立ち尽くす。
「撃つぜ? いいの?」
「前もそうでしたがステージさん自身は、私達しか狙わないのでしょう? ……だから、大丈夫です」
「信じてくれてどーも。でも流れ弾に関しては俺は一切保証しないぜ?」
『まったく、躾のなっていないお子様はうるさいですねぇ』
 二人の会話を断ち切るように、エリズバークがくすくすと笑いながら歩を進めた。しかし瞳は笑っておらず、憎悪の光を宿している。
『貴方が人であることは分かりました。質問を変えましょう。……貴方はマガツヒですか?』
「さて、どうだかね」
 その返答にエリズバークの憎悪が一層深みを増した。ヴィランは自分の意志で悪事を働く。人が、H.O.P.E.が、人を、ヴィランを殺せぬと見下して。
 私の大切な人を蔑み穢し殺して
 憎い憎い憎い
 倒すべきは愚神よりヴィランだ
 自らの意志で人を踏みにじるヴィランだ
 殺そう
 奴らは死すべき存在だ
 エリズバークは周囲に玻璃を浮かばせた。殺害基準などどうでもいい。人を殺す事なんて、今更怖じ気付く理由もない。
『面倒ですので、もう死んで頂けます?』
 塵も残さず消してしまいま
「(母様)」
『……』
「(今日はいい子にですよ?)」
 内側でアトルラーゼの頬の膨らむ気配がした。……あぁそうでした。息子に諭されるなんて。ライヴスキャスターの発射位置をずらし、ステージの足だけを狙う。
「いいのかよ、『人間』を殺してえんじゃねえのかよ!」
 足甲を撃たれながら挑発するステージへ、今度はライガが肉薄しつつウェポンズレインを展開した。俺様の手を煩わせた分、風穴空けて痛感させてやる。ついでに仮面も割ってやろうと、多数のソウドオフ・ダブルショットガンをステージへと集中させる。
「高見の見物で帰れると思うなよ」
 ウェポンズレインは多数の武装を召喚し、自身の周囲を雨のように無差別に攻撃する。先述のように部位を選んで、という識別能力は一切ない。
 降り注ぐショットガンの雨は、手甲足甲にも、少年の生身の部分にも分け隔てなく降り注いだ。頭部、胴体、四肢に多数の穴が開き、ステージはズタボロになってどたりと地面に倒れ伏す。
 それは人間の死体だった。弾雨に撃たれ、肉の残骸と化した死体。絶命した人間の死体。千切れた肉から骨が覗き、臓物と血と黄色い脂肪が地面に染みを作り始める。
 ライガの視界が赤に染まった。共鳴する事により金に変じた瞳が赤に。いつの間に共鳴を解除したのか? いや違う。血の赤だった。ライガの額から出た赤だった。ライガは自分に銃口を当て、引き金を引いていた。弾痕など一つもない姿でステージがゲラゲラ笑う。
「誰もそんなことしてない? させない? 俺が止めてなかったら、人殺し一丁上がりじゃねえか嘘吐きが! 大丈夫だろうってタカ括ってた? その結果どうなるか覚えておうちに帰れよな!」
 幻覚。ステージの死体はライガの脳にのみ投影された幻覚であり、意識を奪われ洗脳されてライガは自分を撃ったのだ。だが『ヒトゴロシになる?』の効果がなかったら、先程の幻覚は紛れもない「現実」だった。
「調子いい事ばっか並べやがって。人間も殺せたら楽なんて思わないってのも、どうせ嘘だよな。ハハハハッ!」
『そんなに突っかかってくるのは何故です?』
 為久の声にステージは笑うのを止めた。兄貴の両手両足を目の前で切り落とされた、と言っていたが。
『兄、と言いましたね。従魔憑きの人間にそのような事をしたとは、俄かには信じられません。何か誤解があるのではないですか』
 パンドラの最期の場にこの少年の姿はなかった。従魔に乗り移られたとも聞いていない。
 両手両足を切り落とされた? いいや、少なくとも右手だけは最後まで動いていた。
 ハルに傷をつけた手の事はよく覚えている。
「そっちの方が誤解じゃねえの? 手足切り落とすだの疑わしきは罰するだの言われるし。んな事しねーとか言った直後に殺される所だったし。手足切り落とすぐらい普通にありそうなもんじゃねえ?」
 反論しているようでいて、『兄』に関してはぐらかすような言でもあった。GーYAは千颯達と一般人の救出に当たりつつ、声だけステージへ投げ掛ける。
「観光客は一日の三百回は防犯カメラで撮られるんだってさ。この国の防犯カメラの数やシステムの凄さ知らないの? 被害者達の行動はもちろん君が何をしたかも映ってる筈だよ。そのお面外して誰なのか教えてくれないかな」
「映ってるんなら頑張ってそこから探せばいいじゃねえか。俺が面外す必要なくね?」
「今の君は従魔がその体を借りて話してるんだよね。従魔ってそもそも話が出来るほど高度な生物じゃないだろ? 従魔を操るのは愚神って俺は認識してるんだけど違うのかな、新種の形態とか?」
「従魔は自我を持たないプログラムみたいなものってだけで、話が出来ない訳じゃないぜ? AIも会話出来るだろ? あとは人間の脳味噌乗っ取ってそれっぽい事喋らせるとか。絶対不可能って言い切れる?」
 会話しつつライヴスゴーグルでステージを観察してみたが、手甲足甲に煙が見えるだけで他に異常は見つからなかった。今従魔に憑かれている一般人と大差ない。
『教えて下さい。あなたの事を』
 為久が切り出した。
「やだね。信用ならねーもんお前ら」
 ステージは答えながら突破しようと試みた。為久は氷牢の杭を打ち、ステージを足止めようとする。
 蘿蔔は盾になる構えだった。混乱が収まるまで攻撃行動は取らない。かと言って回避すれば後ろに当たる危険がある。だったら盾になるしかない。背後では樹や五十鈴や永平が、GーYAや千颯と同じく従魔撃破に動いている。
 ライガとエリズバークがそれぞれ左右の足甲を狙う。人間部分を攻撃すれば、それがどんな結果でも面倒になるのは間違いない。為久がライヴスを声に乗せ、『止まりなさい』と支配者の言葉で左脚足甲の動きを止めた。そこに建物の上から仙寿が、手甲目掛けてジェミニストライクで斬り掛かる。
 救助は完了していないがタイミングはここしかない。そのままさらに斬り伏せる、と見せ掛けて共鳴解除し背後に回る。仙寿がステージを抑え込み、あけびが面を剥がしにかかる。
「世の中舐め過ぎだろ、お前」
「お前ら程じゃねえよ。英雄と手分けしてって手が使えるなら、なんでザコ従魔に憑かれた連中に使わなかった? そしたら庇うのも憑かれた奴抑えて従魔だけ一網打尽にすんのも、物使って翼竜追い払うのも全部手が足りたじゃねえか」
 腕を押さえられたまま、ステージは手のひらを返して仙寿に孕兆を撃ち込んだ。例え抑え込まれても、手甲足甲の何処からでも孕兆を撃つのは可能だった。緩んだ隙に仙寿を払い、あけびの喉を掴んで孕兆を植え付ける。
「他にも範囲攻撃で翼竜抑えて残りで救出に回るとか、攻略法は色々あったんじゃあねえですかあ!?」
 そのままあけびを投げ捨てようとした、その時、あけびの背後から影が迫った。黒い影は、為久はあけび越しに手を伸ばした。ジェミニストライクは仮面を外しに行くという合図でもあった。面が外れ、その下から、醜悪に歪んだ少年の顔が露わになる。性根が腐り切っているとしか表現しようのない顔が。
「ちっ」
 ステージは舌打ちすると建物の上に一挙に跳んだ。異常な跳躍力は足甲によるものだろう。素顔を曝け出したステージは、馬鹿にしきったように告げる。
「一応言っておくけど、俺は人が人を殺せないとか、お前らは俺を殺さないとかこれっぽっちも思ってねえぜ? 言ったろ。人間も従魔や愚神と同じように殺せたら楽なのに。どうせお前ら腹の内では全員そう思ってんだろ? そんで人殺しになった所で痛くも痒くもねえんだろ? 

 でもそれってさあ、マガツヒの連中と一体何が違うんだ?」

 言い訳は次回聞いてやるよと言い捨てて、ステージは道の反対側へ飛び降りた。元々のダメージと再度植え付けられた孕兆が重なり、仙寿とあけびがその場に倒れる。現場には錯乱した縁者の声が響いていた。


 結論として、縁者の内五人は錯乱状態で病院へ運ばれた。従魔に憑かれた者達も、救出が遅くなった五人は衰弱が激しく、また錯乱した縁者を見て不安定に陥った。死者こそ出なかったが無事に救出出来たとはとても言えない結果となった。
 晴久と為久はマーケット再開に向け片付けを手伝う事にした。破片などを拾いながら為久は思う。
『(エージェントは余程怨まれているようだね。一般の人を巻き込むのは我々への挑発か。
 彼の言う内容がパンドラを指すとは思えない。もう一人兄がいるのか……さて、真相は如何に)』
「(本当にパンドラさんの弟なの? だとしたら……これは復讐なの?)」
 晴久もまた手を動かしながら、密かに様子を伺っていたステージの事を思う。あの歪んだ表情の下で何を考えていたのだろう。
「(……まだ何もわかってない。まずはあなたが誰なのか、ちゃんと知らないとね )」

「ステージが翼竜に襲われない件についてツッコミそびれちゃったんだぜ」
 千颯は少し沈んだ声でそんな事を口にした。沈んでいる理由は追及しないが、ツッコミそびれた事とは関係ない。一般人の対応や仙寿の回復でそこまで口が回らなかった。もっとも言った所で「俺がマズそうだからじゃねえの?」とへらず口されたかもしれないが。
 帰還した樹はハンディカメラのコピーデータと、パンドラやエネミーとの視認比較レポートのコピーをH.O.P.E.へと提出した。マナチェイサーを使用しステージの後を辿ってみたが、途中でスキルが尽きてしまった。ただ別方向からの収穫はあった。以前ステージが関与していたと思しき事件時のメンバーに連絡し、確認を頼んだ所、その時いた少年とステージの声とが一致したのだ。前回千颯が問い掛けた時にははぐらかしていたが。
「ところで、ステージについてどう思う?」
『ミルクが先カ後か。ソンな感じデ気が合わナイト思うノ』
「……パンドラとは?」
『ドッチにスル? ッテ話しナガらお互イにカップヲ割るノ! 素敵でショ!』
 シルミルテが答えた、所で永平がやってきた。永平は腕を組み樹へと視線を送る。
「一応呪い解けたから、そんな心配しなくていいぜ」
 実は任務中樹は度々永平を見ていたのだが……何かあったら庇うつもりで……その理由を「心配されている」と永平は受け取ったらしい。
「ゴメン」
 樹は素直に謝った。ただし「次はやらない」とは一言も言っていない。

 GーYAは予め、国に指定場所の防犯カメラ映像の精査を要請していたのだが、被害者は本当にたまたま被害に遭ったただの一般人、ぐらいの事しか分からなかった。ステージらしきパーカー姿の少年も映っていたのだが、パーカーを深く被っており、カメラ映像だけでは素顔は分からなかっただろう。
 GーYAはパンドラと会った事はない。故に風貌が似ていてもそうなのか程度の関心しかない。
「人間らしいけど違和感あるし、まずは誰なのか、から知らなきゃね」
 そこに職員が訪れ、ステージの身元が割れた事を伝えてきた。と言ってもステージの顔から割り出せた訳ではない。GーYAが会った事のないパンドラ、の依代だった少年の身元が分かったらしい。
 依代の少年の名は逆萩良人。数年前に行方不明になっており、彼には二卵性双生児の弟がいた。
 その弟こそがステージと名乗る少年、逆萩真人である。

 五十鈴は職員から貰った逆萩兄弟の写真を見ていた。翼竜の傷は千颯のスキルで癒えている。ライガや仙寿は未だ完全に塞がっていないようであるが。
 ステージが撤退する時、彼をじっと見つめて小さく口を動かした。声には出ないけれど、「また」、と。

「(貴方は、一体『誰』ですか?)」

結果

シナリオ成功度 大失敗

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 雄っぱいハンター
    虎噛 千颯aa0123
    人間|24才|男性|生命
  • ゆるキャラ白虎ちゃん
    白虎丸aa0123hero001
    英雄|45才|男性|バト
  • 深淵を見る者
    佐倉 樹aa0340
    人間|19才|女性|命中
  • 深淵を識る者
    シルミルテaa0340hero001
    英雄|9才|?|ソフィ
  • 白い死神
    卸 蘿蔔aa0405
    人間|18才|女性|命中
  • 苦労人
    レオンハルトaa0405hero001
    英雄|22才|男性|ジャ
  • ハートを君に
    GーYAaa2289
    機械|18才|男性|攻撃
  • ハートを貴方に
    まほらまaa2289hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • かわたれどきから共に居て
    日暮仙寿aa4519
    人間|18才|男性|回避
  • たそがれどきにも離れない
    不知火あけびaa4519hero001
    英雄|20才|女性|シャド
  • 風穴開けて砕け散りな
    カナデaa4573
    獣人|14才|女性|命中



  • 奪還屋
    琥烏堂 晴久aa5425
    人間|15才|?|命中
  • 思いは一つ
    琥烏堂 為久aa5425hero001
    英雄|18才|男性|ソフィ
  • 命の守り人
    温羅 五十鈴aa5521
    人間|15才|女性|生命
  • 絶望の檻を壊す者
    沙治 栗花落aa5521hero001
    英雄|17才|男性|ジャ
  • …すでに違えて復讐を歩む
    アトルラーゼ・ウェンジェンスaa5611
    人間|10才|男性|命中
  • 愛する人と描いた未来は…
    エリズバーク・ウェンジェンスaa5611hero001
    英雄|22才|女性|カオ
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