本部

意識のネットワーク

影絵 企我

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/08/24 11:57

掲示板

オープニング

●ある研究室にて
「γの改良は進んでいるのか」
 すらりとした外見の女が、腕組みをして尋ねる。糊の利いた白衣を着た男は、幾つものモニターに目まぐるしく流れていく情報に目を通していた。
「ええ。順調ですよ。前回の戦いでは良いデータが取れたので」
「H.O.P.E.は件の研究所に留まって調査を続けているようだが」
 男はまじめくさった顔をしているが、口元の笑みは隠しきれない。
「いいんですよ。内容を覗けたところで、彼らが我々の技術を転用するわけにはいかない以上、彼らの役には立ちませんし。むしろ良い撒き餌になりました」
「我々と繋がる情報までもそこに残しておいたわけでは無いだろうな」
 女は眉間に皺を寄せると、ずり落ちかけた眼鏡をかけ直して男を睨んだ。男は肩を竦めると、軽快な手つきでキーボードを叩き続ける。
「残しませんよ。そもそも貴方、わざわざこうして直接会いに来ているでしょう。用心深いにも程があります」
 エンターキーを殊更勢いよく叩くと、男は椅子をくるりと回して背後の女に振り返った。
「まあ、研究資金を私達に回し続けてくれる限りは、という前提ですけども」
「脅すのか。我々を」
「脅しているわけではありません。ただ、貴方達は世界に立ち向かおうとしているし、私もそれは同じ事です。一蓮托生、共倒れになる覚悟で手を貸していただかなければ私も困ってしまいますから」
 スーツの女は肩を強張らせる。顏も顰めていたが、やがて溜め息と共に仏頂面へ戻った。
「既に我等は地獄の門を潜った。どこまで堕ちても、もう同じ事だ」
「よくぞ言ってくださいました。ではそろそろ、今回の研究結果をお見せしましょう」
 男は再びキーボードに向き直る。何か操作した瞬間、モニターの画像が一気に切り替わった。ヘルメットを被った何人もの兵士が、暗いコンテナの中に座っている。黒鉄の義体の心臓部には、RGWドライブが歪な輝きを放っていた。
「Σです。頭部及び循環器系以外は全て機械化、有機体部分の生命維持と機械部分の動作は全てRGWドライブの出力を上げる事で賄っています。その分、プロテクト込みでも従魔に精神が蝕まれるような状態に陥っていますが……それを逆手に取り、今回はあるシステムを組みました」
 コンテナが開かれた瞬間、兵士達は武器を構えて一斉に飛び出す。モニターはその背中を追いかけていく。男がキーボードを素早く叩くと、兵士は目の前の建物に向かって次々と銃撃を始めた。彼がキーボードを操作する度に、兵士の挙動は変化する。女は眉間に皺を寄せた。
「ライヴスネットワークです。完成の為に幾つか協力を得る必要がありましたが……彼等の行動は、こちら側でほぼ完全にコントロール出来ます。只の民間人が愚神や従魔、リンカーに対抗する力を保有するばかりではなく、指揮官の命令に百パーセント従う、得難い精兵となるわけですね。この技術があれば、戦力不足は十分に補えることでしょうね……どうかしました?」
 あっけらかんと人倫を踏み越えていく男。女は言葉を失いかけていた。
「……お前は、一体何をしようとしているんだ」
「何のことはありません。私はただ、意識のハードプロブレムに挑戦してみたいだけですよ」

●追撃の一手
「プリセンサーの予知によれば、あと十分ほどで研究所への攻撃が始められるようです」
 研究室の一角に集められた君達に向けて、オペレーターの代行を請け負った澪河 青藍(az0063)は早口で説明を始める。ホワイトボードに丸や四角を書き込み、彼女はそれらをペンで指し示す。
「敵は、前回回収した機械従魔、エリミネーター4体とフリークス8体。フリークスについては、回収できた研究データなどを照合する限り、前回よりも改造が進められている可能性はあります。まあ予想の範囲内ですが」
 研究室を表す大きな四角に向かって、敵を表す幾つもの丸が左側から固まって押し寄せてくる。
「サーバー内のデータ、あるいは紙面の資料などは調査及び回収を終えているため、破壊して早々に撤収でも問題無いのですが……仁科からこの機を利用したいとの提言がありまして」
 青藍がちらりと横を見ると、仁科 恭佳(az0091)は左手に提げていたアタッシュケースをテーブルの上に乗せる。開くと、中には深い蒼に塗られたドライバーのような形のAGWが収められていた。
「これは小型AGW“トレーサー”。フリークスを束ねるネットワークをジャックする為に作りました」
 ネットワーク。今まで出てこなかった言葉に誰かが首を傾げると、恭佳はすぐさま応える。
「前回回収したフリークスの被検体を調査した結果、頭骨内部からこれが発見されました」
 恭佳はフィルムに包まれた小さな発信機を取り出す。
「発見した時点で機能は停止していたのですが、その他部位との接続を見る限り、恐らくはフリークスの挙動や視覚その他の情報を纏めて送信する為の装置であったと考えられます。要するに、戦闘データを研究者にフィードバックするためのネットワークというわけですね」
 恭佳はドライバーを取り出すと、君達の前に差し出す。
「可能ならで構いません。フリークスに対し、この武器を一度以上行使してください。この技術を行使している人間もバカではありません。恐らく戦闘不能になったと見るや、すぐにネットワークを切断してしまうでしょう。戦闘可能な状態にあるフリークスに強襲を仕掛ける事で、切断される前に辛うじて発信源の正確な解析などを行う隙が生まれる……と考えております」

「この解析に成功すれば、一気に相手の内情へ迫る事が出来るはずです。……勿論発信源が相手の基地だったとして、そこが廃棄されてしまう可能性はありますが、それでも敵の実験や行動を阻害できた事になると思います。……なので、どうかよろしくお願いします」

 恭佳のお辞儀を合図に、君達は一斉に散開する。青藍は幻想蝶から取り出したアサルトライフルの手入れをしつつ、恭佳の方をちらりと見る。研究室の中央に据えられた通信機に向かい、操作を始めていた。
「本当にこっち来るなんてね。別に向こうが奪い返したいような情報は無かったんでしょ」
「奪い返したいとかは関係ないんだよ。余計な注目を集めずにH.O.P.E.に検体をぶつける事が出来る。だから……来ると思ったんだ」
 恭佳は神妙な顔をしていた。手元のモニターを見つめたまま、恭佳は独り言のように呟く。
「チンピラにコスプレさせたのとはわけが違う奴が来るはずだから。まあ大丈夫だとは思うけど……気を付けてね、姉さん」

「……うん。皆にも伝えとく」

解説

メイン フリークスΣを全て無力化する
サブ トレーサーをフリークスの一体に対して使用する

ENENY
☆フリークスΣ×8
ほぼ全身が機械。精神が従魔の侵蝕によって殆ど破壊されており、半ば操り人形のような状態になっている。
●脅威度 デクリオ級相当
●ステータス 物攻・移動A、その他は平凡
●スキル(PL情報)
・アサルトライフル
 平凡な遠隔攻撃。
[射程1-20、物理]
・グレネードランチャー
 平凡な遠隔爆撃。
[射程1-10、範囲1。研究所の壁や屋上が壊れる]
・レセプター
 被験者の意識はほぼ残っていない。外部からライヴスを利用した遠隔操作が行われている。
[精神系BS無効]

☆機械従魔×6
二足歩行の機械に憑依した従魔。自律行動は出来るが、ひたすら眼の前を撃ち続けるだけの模様。
●脅威度 デクリオ級
●ステータス 物防・生命A、その他は平凡
●スキル
・ミニガン
 ライヴスにより精製した弾丸をばら撒く。
[射程1-30、物理]
●特性
・無差別攻撃
 前回はフリークスも構わず狙っていたが、今回は様子が違う。
[最も近い“PC”を優先して攻撃する]

NPC
澪河青藍(カオ67/32)
研究所の屋上から援護射撃。指示によって他に回す事も出来る。

仁科恭佳(ジャ45/27)
トレーサー使用時の補助。終われば屋上から狙撃。こちらは指示出来ない。

FIELD
・研究所周辺からスタート
・研究所の屋上には上がる事が出来る。敵を狙いやすいが、ターゲットもされやすい。
・研究所内部から窓越しに攻撃する事も可能。
・打って出る事も可能。

TIPS(PL情報)
・Σの改造度合いは“Deus ex Machina”に登場したβと同じ。知っている必要はないが興味があるなら。
・Σは操作可能な従魔といった色が強く、コミュニケーションはまず不可能。
・Σは戦闘不能になった時点でRGWドライブが停止し、そのまま被験者も死亡する。

リプレイ

●Freaks
 桜小路 國光(aa4046)は胸ポケットに手を宛がう。小さな固い感触。研究内容のコピーが入った、USBが入っている。メテオバイザー(aa4046hero001)は横顔を覗き込んだ。
『何入れたんですか?』
「お守り」
 聞いたメテオは、そっとコルセットを撫でる。そこにはとある神社の御守りが込められていた。そっと顔を上げると、恭佳と話し合う青藍の姿が目に入る。彼女は共鳴を終え、既に戦いの準備を整えていた。

 研究は確かに積み重ねだ。先人たちが積み重ねた研究を、今の研究者が受け取り、さらにより良くしようと後進が引き継ぐ。この技術達が、この形で引き継がれている事を快く思っているかは――

 この戦いが終わった頃に教えてくれるだろう。

『見晴らしが良いのは僥倖だな』
「こうも周りに何もないとね……」
 リタ(aa2526hero001)と共鳴した鬼灯 佐千子(aa2526)は、AGWを展開して屋上の縁に設置していく。火力の出るヘパイストス、精密射撃の為のアルコンDC7。そして自身の手にはドラグノフ。素早く構えると、スコープ越しに研究所の彼方を覗き込む。
『今回の作戦目標は全敵対戦力の無力化。次にハッキングの補助』
「研究所の防衛は目標ではないのね」
『肯定だ。研究所はデコイとして活用する』
 通信機を起動すると、佐千子は下で構える友人に連絡を飛ばす。
「そちらの状況はどうですか? デグチャレフさん」
「問題無い。モスケールは十分に起動している」
 ラストシルバーバタリオン(aa4829hero002)へ乗り込むように共鳴し、ソーニャ・デグチャレフ(aa4829)は応えた。研究所のすぐ外に陣取った彼女の、その背面には薄青い光を放つレーダーが載せられている。
『同じように改造された連中がもう何人もH.O.P.E.に運び込まれてるんだってな』
「全く、性懲りもなく次から次へと」
 肩に担いだ“バッヘルベル・カノン”が鈍色の光を放つ。その砲弾の一撃は、どんなに分厚い鉄板も撃ち抜くだろう。
 そんな砲身の威容を研究所の内で眺めながら、ベルフ(aa0919hero001)は呟く。
『この状況で仕掛けてくるって事は、まず間違いなく実地テストだろうな』
「陥落して情報も吸い出された研究所に、往々にして攻める意味は無いだろうしね」
 九字原 昂(aa0919)はトレーサーを腰のベルトに差し込む。無線機も胸ポケットに留め、戦いの準備を着々と整えていく。
『だからこそ、所詮テストという油断もある。そこを突いて足元を掬ってやれ』

『リオ・ベルデが怪しいんだってね。アメリカやメキシコと敵対してるんだっけ? 世界を敵に回すなら、霊石資源だけじゃ戦えないって事なのかな』
 研究所の一室で、紫苑(aa4199hero001)は仲間達が纏めた様々な資料に目を通していた。バルタサール・デル・レイ(aa4199)は特に興味も無いらしく、その横で狙撃銃の手入れを続けていた。それを横目に、紫苑は節をつけて語り始める。
『【アイヒマンは、ただ命令に従っただけだと弁明した。彼は、考える事をせず、ただ忠実に命令を実行した。そこには動機も善悪も無い】……ってあるよね。さて、フリークスを作ってる人は、命令に従ってるだけなのか、どうか?』
「好きだな……」
 聞かれたバルタサールは口を曲げる。楽しむなら勝手にしろとでも言わんばかりだ。
『だって、楽しまなきゃ損じゃない?』
[敵性存在接近。直ちに迎撃してください]
 部屋にオペレーターの報告が響き渡る。二人は静かに共鳴すると、おもむろに動き出した。

「Atako!」
 全身黒々とした装甲で身を固めた兵士達が、横隊を組んで研究所へと一歩一歩押し寄せてくる。図体の大きな二足歩行機械の背後に隠れながら、アサルトライフルをエージェントに向かって撃ちかけてきた。大剣を構えて銃弾を逸らしながら、カイ アルブレヒツベルガー(aa0339hero001)は敵の姿をその眼に焼き付ける。
『アイアンパンク技術の軍事転用……アルター社の関与……』
 武器をガトリング砲に持ち替えると、フリークスの盾代わりになっている機械に向かって銃弾の雨を浴びせた。
『ヘイシズは軍事部門から手を引くと言っていたが、奴が退いてからこの件は白紙に戻ってる。澪河がアルター社を調査してたって事は、現CEOのロバート・アーウィンが把握してるかどうかは別として、あそこはまだ何か隠してるって事か』
 機械従魔は全身から蒸気を吐き出しながら、片手に構えたミニガンから銃弾をばら撒いてくる。カイは身を伏せて凌ぎ、隊列へ向けて一気に駆け出した。
『アーウィンはリハビリでかなり回復しているそうだが……脳の損傷による障害が、努力だけで解決するような事も中々ないはずだ。何年もずっと回復してなかったはずなのに』
「どういう意味? アーウィンさんも違法な手術を受けてるって言うの?」
 御童 紗希(aa0339)は慌てて尋ねた。
『まさか。単なる奇跡だったと俺も“信じてる”さ』
 隊列へと深く切り込んだカイは、渾身の一撃を機械従魔の集団へと叩きつけた。火花が弾け、従魔が仰け反る。その隙を突いて飛んだ矢が、従魔の膝を撃ち抜いた。新しい矢をさらに番えながら、赤城 龍哉(aa0090)は眉を顰める。
「次から次へと、よくも用意したもんだぜ」
『予め仕込んでおいたものをリリースしたというところでしょうか』
 屋上に足裏を掛けて弓を引き、兵士の肩を撃ち抜いた。しかし、兵士は全く動じる様子を見せない。そこには感情すらないように見えた。
「何か更にメカメカしくなってんな」
『ここまでくると、フィクションのサイボーグと変わりありませんわね。改造が脳に及んでいても驚きませんわ』
 ヴァルトラウテ(aa0090hero001)の呟きを聞いて黙り込むと、龍哉は屋上から飛び降り、幻想蝶から取り出した巨大なブーメランを投げつける。横隊を纏めて薙ぎ払う軌道。兵士達は一瞬動きを止めたかと思うと、一斉に前へ飛び込みその一撃を躱した。そのまま立ち上がると、すぐさま体勢を立て直す。
「前回と随分反応が違うな……乱れない代わりに反応が一拍遅れる感じか」
『ただ、連携の密度は高いように思えますわね』
 ブーメランをキャッチすると、さらに大剣を抜いて懐へと飛び込んだ。
「青藍、援護射撃頼む」
[了解]
 屋上の塀から身を乗り出した青藍が、アサルトライフルの引き金を引く。高らかな銃声と共に、機械従魔の脚のパーツが拉げた。龍哉は従魔を押し退け、さらに隊列へと切り込んでいった。

「(どうやら……この軍勢の人間にはおよそ精神と言えるものは残っていないようだな)」
 龍哉に対峙する敵を見つめ、八朔 カゲリ(aa0098)はナラカ(aa0098hero001)に向けて囁く。自らも隊列に切り込んで義手を斬り落とすが、兵士は空いた手に銃を持ち替え撃ち返してくる。その挙措は人間業ではなかった。
「(これほど傷つけても怯みすらしない……最早、ただの操り人形だ)」
『そうか。ならば覚者、代わるが良い』
 言い放つと、影俐のシルエットが一瞬にして丸みを帯びる。艶やかな銀髪をさらりと背中へ流すと、ナラカは兵士のヘルメットを天剣の柄で打ち据える。
『何とまあ、駄作であるのか』
 ナラカは人の意志を、何よりその絶対値を重んじる。しかし目の前の兵士はゼロだ。意志の介在する余地もなく、従魔に蝕まれている。最早それを彼女は人として見る事は出来なかった。
 技術の犠牲者、その屍骸。嘗て人であったナニカ。
『もはや汝らは、その程度の者でしかないのだ』
 押し寄せる機械従魔を蹴っ飛ばすと、通信機を取ってナラカは恭佳に尋ねた。
『研究員。一応聞くが、こいつらを確保したとして、助ける手立てはあるか?』
[確保していただければわかりますが……恐らく不可能です。その状態が生命活動を行える限界点のはず。従魔を引き剥がした時点で、恐らく死にます]
『なればもう、これは人がその傲慢より生み出した、人間の皮を被っただけの従魔でしかないな』
 恭佳の答えを聞いたナラカは、刃に纏わせた炎を兵士達へと叩きつけた。

●Professional
「妙ね」
 屋上から兵士の持つグレネードランチャーを狙撃していた佐千子は、敵の挙動を見渡して唸る。腕や脚を破壊されても、兵士達は動きを止めようとしない。ただひたすら、敵に銃口を向け続ける。リタも訝しんだ。
『妙だな。訓練を積んだ兵士としても、余りに動きが画一的に過ぎる』
「まるでルーチン化された動作をなぞっているような……ねえリタ、もしかして」
 刹那、二人はほぼ同時に一つの結論へと辿り着いた。リタは苦々しげに応える。
『……ああ、あれは遠隔操作された兵器だ。決して兵士ではない……!』
 兵士の放った弾丸。その流れ弾が飛んでくる。佐千子は飛び出し、わざとその弾丸を受けてみた。前腕部の装甲に、掠れた痕がつく。
『ダメージはほぼ全て軽減できている。リンクレートを持っているわけでは無いようだ』
「……操作可能な従魔、くらいに思った方がいいのかもしれないわね」


 一方、モニター越しに戦場を見つめていた白衣の男は、キーボードを操作しながらちらりと背後を振り返る。口を噤んだまま、女が壁にもたれている。
「少しくらい、私に助言をくれても良いのではないですか? このままでは大した成果も得られずに実験が終わってしまいますよ」
「これはお前の実験だ。私がこれに関わるつもりは無い」
「つれない人だ。私は貴方達の為にもなると思ってやってるのに」
 男はモニターへと目を戻す。ローブを着た青年と、二足歩行の戦車が殆ど同時にライヴスを放散したところだった。


『……動きに変化が見られないのです』
 相変わらず隊列を揃えて銃撃を続ける兵士を前に、メテオが囁く。一方の機械従魔はミニガンの銃口を國光へ向けてきた。咄嗟に脇へと飛び退き銃弾を躱すと、間合いを一気に狭めていく。
「人間の意思どころか、従魔の意思すらこの兵士には存在していないのかもしれない」
 向けられたアサルトライフルの銃口を抑え込み、顔面を双剣の柄で打つ。敵の注意を引き、視界を遮る。國光は黙り続ける兵士に冷ややかな眼を向ける。
「……正直、あのチンピラ達の方が人道的に扱われたとすら感じるよ」

『守るべき誓いでは反応しないようだな』
「敵の頭脳はここには無い、という事か。然らば無理にでも注目を引き寄せるのみである」
 ソーニャは主砲を収納すると、ライヴスの放散量をさらに高める。空間に漂うライヴスは、シェルターのような堅牢さを発揮し始めた。
「六時の方向に敵影が確認できる。掃討せよ」
[了解]
 佐千子に指示を送りつつ、彼女はロケット砲を肩に担いで走り始めた。ライヴスの塊に身を包んだ鉄の塊が、火砲を持って突っ込んでくる。兵士の、その奥の男の注意を引くには十分だった。
「性懲りもなく次から次へと。被検体をこうも使い捨てするような研究者など、学求の徒とも思えん所業である」
 敵から放たれる銃弾を浴びながら、ソーニャは嫌悪感を露わにする。しかし、それでも彼女は金の為に戦わなければならなかった。愚神に襲われた祖国を奪い返す為には莫大な戦費を用意しなければならないのである。
「貴公らが何故そのように機械とも従魔ともつかぬ姿に身をやつさねばならなくなったか、興味はない。ただ、小官の行く道の徒花となれ」
 銃弾を悠々と受け切ったソーニャは、敵に向かってロケットランチャーの弾雨を浴びせる。兵士の盾代わりとなっていた機械従魔はバラバラに吹き飛び、兵士の四肢もちぎれ飛ぶ。オイルの焦げ付く臭いが、戦場に立ち込めた。

『六時方向から敵だってさ。どんどん近づいてきてるみたいだね』
「……増援か」
 サングラス越しに、バルタサールの金色の眼が輝く。遮蔽代わりにしていた研究所の窓から身を乗り出すと、茂みから現れた機械従魔二体に狙いを定めた。乾いた銃声と共に、機械従魔の手元は撃ち抜かれる。
 弾着を確認した彼は、素早く研究所の柱に身を潜めた。アサルトライフルの弾丸が、研究所の薄っぺらい壁に次々穴を開ける。
『あ、そろそろ戦場の真ん中が動きそうだよ』
 紫苑は観劇でもするかのように言う。バルタサールは再び銃を構え、引き金に指を掛けた。敢えてスコープは覗かず、彼は戦場の全体へと目を向ける。

『そろそろ頃合いだな。仕掛けるぞ』
 ベルフの助言を受け、昂はベルトに差したトレーサーを引き抜く。空いた手にライヴスを溜め込み、背後から銃を向ける兵士に向けて放つ。ライヴスは蜘蛛の巣状のワイヤーの束に変わり、兵士を包み込んでしまう。更に影から取り出した黒薔薇の束を振り抜き、周囲に影の花弁を撒き散らす。
「決めます。皆さん、援護を」
[了解。フラッシュバンを飛ばすから、みんな気を付けて]
 佐千子は素早くスナイパーライフルを手に取ると、乱戦の頭上に照準を向けた。引き金を引くと、白い輝きを曳いた弾丸が飛び、宙で弾けた。光をまともに見た兵士達の動きが、一瞬止まる。
 刹那、昂は素早く全身にライヴスを取り巻かせると、敵と味方の影を縫うように駆け抜けた。光に目がくらんだ彼らに、昂の動きは捉えられない。
[可能なら腰椎周辺を狙ってください]
「了解しました」
 カイが大剣を振るい、一体のフリークスを隊列から突き放す。兵士は咄嗟に隊列へと戻ろうとしたが、龍哉が飛び出し大剣の腹で押さえ込んだ。昂はそこへ音も立てずに駆け寄ると、トレーサーの鋭い切っ先を兵士の腰に素早く突き立てた。
 トレーサーの柄に埋め込まれた霊石がうっすらと輝きを放つ。刹那、兵士は天を見上げてガタガタと震え始めた。

「よし、これなら……」
 恭佳はコンピュータに向かい、素早くコードを打ち込んでいく。やがて、研究室の壁に貼られたスクリーンに、血色の悪い男の姿が映し出される。その姿を見た恭佳は、俄かに表情を歪める。
「綺麗な白衣着やがって。お前がロジェ・シャントゥールか」
「……ああ。いかにも」

●Tracer
 男――ロジェはうっすらと微笑む。舐めるような視線に、思わず恭佳はたじろいだ。そんな彼女にロジェは追い打ちをかけた。
「その顔……そうか。君が仁科恭佳だな。よりにもよって君が私を尾行けていたとは」
「なんで私の名前を」
「初期型のAGW開発に携わった英雄の、実の娘だよ? 調べればすぐにわかる事さ。けれど流石だねえ。天才の娘はやっぱり天才なんだな」
 言うと、ロジェはすぐさま手元に置かれたスイッチを押す。恭佳は眼を剥く。
「お前、一体何を――」

――まずい。何か変だ。
 戦場で戦うエージェント達が違和感を覚えるのは早かった。カイは思わず足を止め、研究所を振り返る。構えを解いた青藍が、茫然と周囲を見渡していた。
――澪河?
――あそこに居るのに、まるで耳元で囁いたみたいに……。
 カイと紗希の無言のやり取りも、同じく遠く離れた佐千子とリタに聞こえていた。
――思考が漏れてる?
――そこまでではないだろう。あくまで私達が普段意識内で交わしている程度のやり取りが、全体にまで伝わっている……というところか。
 昂はトレーサーを手放すと、痙攣したまま立ち尽くすフリークスから一歩離れる。
――これまた……妙な事態に出くわしたな。
 足をもがれて寝っ転がっても、片腕を引き千切られても戦い続けていた兵士が一斉に動きを止める。武器を下ろし、一斉にエージェント達に向き直った。
――やあ。エージェントの諸君。ごきげんよう。
「てめえか。趣味の悪い実験を繰り返してきた科学者は」
 龍哉はわざと声を張り上げた。自分の内側から語り掛けられているようで、どうにも具合が悪くなる。科学者は構わず、からからと笑い始めた。
――驚いたかい? 無理もないね。嘗て世間でテレパシーと呼ばれたものを、君達は今体験しているのだから。
「一体何をしたんだ」
 國光も押し殺した声で尋ねる。胸元に隠したUSBを、掌で強く押し付ける。彼のひたむきな想いを他所に、科学者はあくまで呑気な口調で応えた。
――私が従魔を利用してフリークスの間に構築したライヴスネットワークに、君達を招待したのさ。こんな非道い実験を繰り返すマッドサイエンティストが、どんな奴か知りたい奴が多いだろうと思ってね。
 その態度に苛立ちを見せたのはヴァルトラウテだった。
『ふざけたことを言うものではありません。……人間を、まるで替えの利く使い捨ての人形扱い。随分と良い趣味ですわね』
――ふざけてはいないさ。ただ私はね、ライヴスというものの真理を解き明かしたいのさ。誰もが、本当はそうしたいと願っている事を、私が代わりにやろうとしているんだよ。
「ああ。倫理観って余計なものが無ければ、確かに人体実験ってのは、とても有用なもんだと思うぜ。ナチスの人体実験が、その後の医療に役立ったなんて例もあるしな」
 銃を構えたまま、フリークスを見据えてバルタサールは尋ねる。気さくに語るが、特に興味はない。恭佳が調査を終えるまでの時間稼ぎに過ぎなかった。
「どんどんそいつらを進化させてるようだが、最終的にはリンカー以上の能力を目指すのか?」
――いやあ。リンカー以上の能力なんて、とてもとても。まあ、ここはクライアントの依頼で開発を進めてきただけさ。私があくまで取り組みたいと願っているのは、集合意識の存在証明だ。
「それが一体何だというのか。無為に犠牲を積み重ねてまで成し遂げる価値がある研究とは思えんね」
 再び主砲を展開し直したソーニャは、彼の野望をすっぱりと切り捨てる。言葉に熱のこもっていた男は、深々と溜め息を吐いた。
――やれやれ。私の実験が上手くいけば、君達の戦いにもきっと役に立つと思うのだけれど。君達みたいに良い子ぶらなきゃ生きていけない人間には決して踏み込めない領域に、今私は居るのだからね。
 彼の言葉を聞いたナラカは、いよいよ笑い声を上げた。フリークスの眼前に向かって黒く燃える刃を突きつけ、さらりと尋ねる。
『些か人道を逸している自覚はあるようだな。ならば当然、我等と戦う覚悟もあるのだろう?』
 ふむ、と科学者は呟く。ナラカは答えを待たず、さらにフリークスへと詰め寄った。
『故に私が汝が下に辿り着いたその時こそ裁定の刻と知れ。小さき人の子よ、精々備えて待つが良い』
――そうか。じゃあのんびり待たせてもらうと……。
――その必要はない。直ぐに行く。お前の潜伏場所は特定した。これ以上……お前の好きにさせるか。
 恭佳の怒りに満ちた声がエージェント達の耳元に響く。科学者はふんと鼻を鳴らすと、
――さすがは仁科由美佳の娘。じゃあさようなら。

 エージェント達の心の奥に、一際激しいノイズが走る。思わず耳を塞いだ次の瞬間には、誰の心の声も聞こえなくなっていた。フリークス達はその場に倒れ、ピクリとも動かなくなる。カイはその場に屈みこんで肩を揺すったが、動く気配を見せない。
「……死んでるの?」
『外部からシステムを停止できる仕組みになってたんだろう。悪趣味極まりないな』
 龍哉も傍に駆け寄るが、最早手の施しようもなかった。
「ちっ……ここまで手を入れていたら、もう助けられようもねえか」
 彼の呟きを横で聞いて、紗希は息を詰まらせる。
「こんな状態。もう、人間って、言えるの……?」

「待て諸兄。離れろ」

 その時、ソーニャが静かに言い放つ。倒れていた兵士達が、のろのろと起き上がる。欠いていた四肢から、ケーブルや鉄くずで出来た代わりが生えてくる。そうして起き上がった兵士達は、銃をエージェント達に向けた。ソーニャは素早く引き金を引き、フリークスを砲弾で吹き飛ばした。
 國光もフリークスへと向かって駆け出す。敵の攻撃を掻い潜り、ライヴスを改めて放散しながら懐へと潜り込む。
『生き返ったのです……?』
「違う。従魔が死体を乗っ取ったんだ。……最初のフリークスと、同じように」
 ライヴスに気を取られて振り返った瞬間、國光は切っ先を従魔の喉元へと突き立てる。従魔はぶるりと震えると、再びその場に崩れ落ちた。
「……俺がこいつらに渡せるのは、もはや引導くらいか」
『いずれ報いは受けさせますわ』
 龍哉は大剣を構えると、目の前のフリークス、その心臓に刃を突き立てた。RGWドライブから歪んだライヴスが溢れだし、従魔は断末魔の言葉もなく倒れ込んだ。

「全く、ぞっとしないことしてくれるわね。あの科学者」
 佐千子は屋上から機関銃の弾丸を撃ち下ろす。物言わぬ従魔と化した兵士達は、その弾丸を受けて力無くその場に倒れていくのだった。

●Enterprise
 H.O.P.E.ニューヨーク支部。手術服に身を包んだ恭佳が、エージェント達の前に姿を見せた。ゴーグルを取った彼女は、部屋全体を見渡す。
「機械に置き換えられていないのは脳と心臓、肺のみ。……欠損した機能を補う技術はありますが、それに組み込む手術に残存している肉体が耐えられないかと思われます。……要するに、“フリークスΣ”は事実上死んでいると見做すべきですね」
「次に似たような敵性存在に遭遇した場合は、従魔と見做して撃破を促す……という事になるか」
 ソーニャはノートパソコンのキーボードを叩く。軍人としての習慣、ついでに少しでも依頼の報酬を稼ぎ出すため、率先して依頼におけるレポートを纏めているのだ。
「ライヴスネットワークと奴は言っていたな。あの現象については?」
「元々能力者及び英雄が行う会話は言語ではなく、直接意思を他者に送信していると考えられています。……それを何らかの方法で先鋭化させたのが、あの現象かと」
 壁際にもたれ掛かっていた佐千子は、自らの義手を見つめて呟く。
「それと、あの技術は一体何の関係があるのかしらね」
『身体を機械化する事と、集合意識とやらを分析する事に、一見して関係性は見られないが』
 リタも恭佳へ眼を向ける。恭佳はしかめっ面のまま頷いた。
「その点については、もう少し調べてみるつもりです」
『頼んだ。人間を犠牲にし続ける奴の実験を、これ以上進めさせるわけにはいかない』
 彼らを遠巻きに見つめていた紫苑は、くすりと笑ってバルタサールを横目に窺う。
『集合意識か。……共鳴したら、完全に心が交ざり合っちゃうリンカーもいるよね。僕達はそうではないけど』
「そうなりたいとも思わんからな」
 バルタサールは拳銃の手入れをしながらにべもなく応えた。紫苑の冗談には付き合っていられなかった。そのそばで、ハットを弄びながらベルフは眉根を寄せる。
『上位愚神の命令に必ず従う従魔や、王の命令に必ず従う愚神……広義では彼らも集合意識の下に存在していると言えるか』
「僕達の戦いにも役立つ……とか言ってたね」
『出まかせだと考えたいところだがな。まあ、出まかせでなかったとしても……その成果はなるべく認めたくないもんだが』

「それで、あいつが潜んでいるであろう場所は判ったんだな?」
 龍哉が恭佳に尋ねると、彼女は力強く頷いてみせた。
「はい。そこはばっちりです。報告書を上に提出すれば、すぐにでも追撃の任務が発令される事になるでしょうね」
『ならば準備を整えておくとしようかな。奴がどんな手薬煉を引いているかが楽しみだ』
 それだけ言うと、ナラカは影俐を連れてさっさと部屋を出ていく。それを見送ったカイは、青藍に向き直った。
『澪河。アルター社を調査してたんだろ。ロバート・アーウィンについて、何かわかるか』
「アーウィン氏についてですか?」
「……カイが、気になるみたいで」
 紗希は肩を縮め、背の低い彼女に視線を合わせる。青藍は首を傾げた。
「あの人について特に怪しい点は無いと思いますが……彼もまだアルター社で何が行われていたのかを把握し切れていないみたいです。後遺症のせいで無理が出来ないらしくて」
『澪河が言うなら、まあそうか……』

『御守り、それだったのですか?』
 國光が掌に載せたUSBを、メテオが指差す。國光は曖昧に頷き、じっとそれを見つめる。
「……あの研究者は、この人達の想いを引き継ごうとしていない。ただ利用しているだけだ」
 彼はその手に力を込めた。
「この人達は認めないよ」

「少し仁科恭佳を侮っていたかもしれませんね」
 モニターの映像を消し、ロジェは肩を竦める。懐から取り出した電子タバコを吸いながら、女はロジェから目を背ける。
「脱出するというなら、手は貸す」
「必要ありません。私の実験はこんなところで止まらない」
「そうか。……運が良ければまた会おう」
 女は煙をふっと吐き出すと、つかつかとその場を後にした。ロジェは横目で見送り、口元にうっすら笑みを浮かべる。



「ええ。また会いましょう、イザベラ・クレイ」



 To be continued…

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 燼滅の王
    八朔 カゲリaa0098
    人間|18才|男性|攻撃
  • 神々の王を滅ぼす者
    ナラカaa0098hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
  • 革めゆく少女
    御童 紗希aa0339
    人間|16才|女性|命中
  • アサルト
    カイ アルブレヒツベルガーaa0339hero001
    英雄|35才|男性|ドレ

  • 九字原 昂aa0919
    人間|20才|男性|回避

  • ベルフaa0919hero001
    英雄|25才|男性|シャド
  • 対ヴィラン兵器
    鬼灯 佐千子aa2526
    機械|21才|女性|防御
  • 危険物取扱責任者
    リタaa2526hero001
    英雄|22才|女性|ジャ
  • きっと同じものを見て
    桜小路 國光aa4046
    人間|25才|男性|防御
  • サクラコの剣
    メテオバイザーaa4046hero001
    英雄|18才|女性|ブレ
  • Trifolium
    バルタサール・デル・レイaa4199
    人間|48才|男性|攻撃
  • Aster
    紫苑aa4199hero001
    英雄|24才|男性|ジャ
  • 我らが守るべき誓い
    ソーニャ・デグチャレフaa4829
    獣人|13才|女性|攻撃
  • 我らが守るべき誓い
    ラストシルバーバタリオンaa4829hero002
    英雄|27才|?|ブレ
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