本部

夜の毒

鳴海

形態
ショートEX
難易度
普通
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
10人 / 4~12人
英雄
10人 / 0~12人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/08/24 17:18

掲示板

オープニング

● 疑惑のTRV
 新進気鋭の事務所TRV。
 その実態不明の会社はアイドル業界に参入直後多大なる業績を上げた。
 知名度の拡大、仕事は大手事務所に匹敵するほどに抱えられている。
 所属アイドルも粒ぞろい。夏にはTRVに所属するアーティストだけでのライブ企画もある。
 順風満帆。そう社内スタッフも思うほど。
 しかしそれは、TRVの裏の顔をしらないものだけが抱く感想である。
 いや、本当の顔。というべきか。
 TRVのこの成功には裏があった。
 実はとあるリンカーの作戦によりHope芸能課の上層部から仕事が大量に回されていたのだ。
 それでTRVがパンクし動きが鈍くなることを狙った。
 しかしそうはならなかった。
「おかしいですわね」
 とある英雄が報告書を読んでいぶかしむ。
「確実に人の処理能力を超えた仕事量を回したはずです。なのに……」
 幸い内部に潜入したH.O.P.E.の工作員からの報告は絶えずこちらに届いている。
 TRVの動きは逐一こちらに届いている。
 それ故にわかることが一つある。
 あちらもこちらの動きを監視しているということだ。
「この仕事量をさばきつつ、警戒も怠らない。CEOはよほど優秀なようですね」
 株取引の画面を疲れたように一瞥するとその人物はPCを閉じた。暗がりの部屋で体を伸ばすとその英雄は両手を頬に当てて考え始める。
 どうすればこの強固な組織に穴をあけることができるのか。株取引やTRV内部の人員への引き抜き、勧誘は続けている、だがそれも決定打にはかける。
 内部に何かあることは確かなのに。
 そんな中、ひとつの情報がリークされた。
 ECCOというアーティスト、H.O.P.E.やグロリア社と密接な関係にある女性だが。
 彼女からの情報によると異質な音を聞き取ったとのこと。
「最強の酸のジレンマってしってはる?」
 唐突に切り出したECCOは青ざめた表情で言葉を続ける。皆の問いかけにも耳を貸さずにぽつぽつと話し始めた。
「どんなものでも溶かす液体を作ったとしても、それを保存しておく容器がない」
 ECCOはここで初めてその施設で聞いた歌に関して話し始める。
「うち、音楽家の端くれやから、どの音のあとにどの音が来るのが自然か、その後に続くおとはって、ワンフレーズから曲を再現できる能力があるんよ」
 そして唱えたフレーズは、爽やかなメロディーなのにもかかわらず、なぜか異様な不安感を皆に与えた。
 口ずさむメロディーに、昇天するほどの快楽も覚えるのに。まるで歌ってはいけない歌かのような。
「わたしが、見たのは」
 胸を押さえて、口調を変えてECCOは告げる。
「この歌を教える誰かのシルエットと、苦しみもがいて、それでも謳おうとする女の子たち。私見てしまったの。いたのは少女だけじゃない、国の境を取り払った。様々な人種の人達」
 これはもうそうなんだけどね、そうたどたどしい口調で前置きしてからECCOは言った。
「ねぇ、そんなことがあっていいと思う? もし、アイドルの子たちTRVに所属子たちがルネに置き換わる。そして、それを先導しているのが」
 あの人だなんて、その言葉をECCOは飲み込んだ。
「ごめんなさい、ショックが大きすぎて、私……ごめんなさい。ごめんなさい。私を逃がすために、H.O.P.E.の人が捕まってしまった。ごめんなさい」
 そのリンカーは地下牢に繋がれてしまったという。あわてて彼女はPCを立ち上げメッセージツールを開く。
 そこには明日深夜12時まで警備を無力化した旨とECCOの身を案じる言葉のみが刻まれていた。
「突入しましょう、それしかない」
 決意を固め、仲間に召集をかける。
 時間の猶予はない。

●突入先。
 今回の突入は内部に潜り込ませたリンカーや他のH.O.P.E.職員のおかげで警報装置などは作動しません。
 警報装置が無い状態で異変に気付かれるまでは30分から1時間程度、時間があると考えて行動してください。
 この時間は皆さんの突入方法によって数時間まで延長される可能性があります。
 痕跡調査のプレイングは全て反映され、皆さんには情報屋手段の積み立てがあると思います。
 立場をうまく利用していただければと思います。
 ただし、大型武装の使用、ビルが損傷するぐらいの攻撃など行うと警備部隊に気が付かれるまでの時間が短縮されます。
 TRV事務所はすさまじいことに、首都内商業地区にそびえるビル丸々一棟です。
 五階建てで各階に四つほど部屋があります。
 最上階は事務処理メインの資料保管庫や執務室。
 四階は応接室および、アイドルの控室や荷物の保管場所。
 一階から三階までは防音設備の整った稽古場。
 地下のフロアは公開されていませんが、潜入捜査のおかげで内部構造が判明しています。
 地下一階は災害用の備蓄や機材の倉庫、そのほかに人目につけられない極秘資料の保管庫があります。
 地下二階はAGWすらとめる隔壁に阻まれ、この先に地下牢と裏執務室が存在します。
 突入するとイベント『夜の毒』が発生します。 

 平日の突入ですので20時くらいまでは人がいると思います。
 ただそれ以降は極端に人が減り、激務をこなす社員数名がこの施設に寝泊まりしていることでしょう。

● 夜の毒~~~~~~~~PL情報~~~~~~~~~~
 このシナリオではロクトと出会う可能性があります。
 ロクトと出会うこのイベントを『夜の毒』と呼称します。
 ロクトに投げかけたい言葉があればロクトはそれに対して反応しますが。
 ロクトも皆さんに言いたいことがあるようです。

「私が主導となってこのTRVを立ち上げた。構想は前からあったみたいだけどね。真の目的はこの世界のための滅びの歌を謳える人材を探すこと、あとは滅びの歌の効果を確認するため」

「離魂病とよばれる病に疾患した人に出会ったことはある? あれらは全て、私たちが仕組んだことよ、耳をふさいで歌をきかせたこともあるわ。心が壊れるというのは極上の喜びのようよ」

「私を殺さなければ、被害がさらに拡大することになる。ガデンツァを倒すことなんて無理よ、それこそ星を落とすくらいしないとね」

 皆さんが戦おうとするとロクトはルネと共鳴して戦闘しようとします。
 武器は拳銃とナイフのスピードタイプ。回避能力が厄介ですが。それ以上に厄介なのは、彼女の攻撃にはステータスを低下させる毒の効果があります。
 BS痺毒、これは重複しますが、一度のケアレイで全ての痺毒の回復が可能です。痺毒はステータスを5%低下させる能力を持ちます。
 ここでロクトを倒せばロクトを殺すことができます。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ここまでPL情報~~~~~

解説

目標 TRVを摘発できる情報を得る。

 TRVが愚神……いえ、ガデンツァとつながっている情報を抜きだすことができれば、超法規的措置によってTRVをヴィラン認定、壊滅に追い込むことができます。
 今回は皆さんに囚われたリンカーたちが開いた突破口を利用し、内部資料を強奪していただきます。
 様々なイベントが起きますが今回はあくまで、TRVを摘発できる情報を持ち返ることが目的です。
 資料、社員の証言、囚われたH.O.P.E.メンバー。どれをとっても摘発には十分な情報です。

●ECCOを逃がし。囚われたリンカー
 H.O.P.E.側の指示によってTRVに潜入していたリンカーが数名います。
 バトルメディックのリンカーのみが該当しますが、ゼロ人でも構いません。
 ECCOを逃がしたことにして、内部潜入した状態でシナリオを始めて大丈夫です。
 スタート位置は地下二階になります。
 その場合『夜の毒』のシーンに一番早くたどり着くのはこの囚われたリンカーたちでしょう。
 人数制限はありませんが、あまりに多くなると囚われたリンカーを救出できるリンカーが居なくなるので注意です。


●隔壁の開き方。
 隔壁はとても硬いですがリンカー総出で攻撃すれば破壊できるでしょう。
 またパスコードが地下の資料庫か最上階の資料室に存在するはずです。

● ルネ~~~~~~~~~~~囚われたリンカーのみが知り得る情報~~~
 警備部隊はルネです。
 皆さんを問答無用に殺そうとしてきます。
 しかも上位のルネで水がある限り再生します。
 暴走は手を水の刃にした接近戦と、口から放つ、ミニドローエンブルームで。閉所での戦闘を想定しているようです。
 ただし合計五体しか存在しないようです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ここまで~~~~~~~~~

リプレイ

プロローグ

 仲間が囚われた。
 その報告が『卸 蘿蔔(aa0405)』の耳に届くと、蘿蔔はまずまっさきに遙華へ連絡した。
「遙華の力が必要です」
「任せてちょうだい」
 強く頷いた遙華。
 蘿蔔のオーダはシンプルだった。
 グロリア社内にライブスを遮断するなど適した施設を用意してほしい。
 特効薬と盗聴器を貸してほしい。そして。
 ロクトを捕獲した場合に備えて、安全なシェルターが欲しい。
「ガデンツァの干渉を逃れるには必要となってくる」
『レオンハルト(aa0405hero001)』が告げた。
「囚われたっていうリンカーの救出もそうだよね」
「そして情報……まぁ証拠とかだねぇ。社会のルールに合わせている以上攻めるにしても防ぐにしても必要なものだよ」
『イリス・レイバルド(aa0124)』と『アイリス(aa0124hero001)』が装備を整えながらそう言う。
「また変な歌が出てきたようだし、一度生で聴いておいたほうがいいかもね」
「そちらは機会があれば……特別な力を持つ歌は私の得意分野でもあるしね」
「私たちは秘密裏に乗り込みます、ただすみちゃんには何か考えがあるみたいです」
 その視線の先には『希月(aa5670)』。
 彼女は今回『蔵李 澄香(aa0010)』の護衛として正面からTRVに乗り込む予定のようだ。
「この度は囚われた方も居るとの事、気を引き締めなければ」
「その割には何か楽しそうな感じですぜ」
 告げる『ザラディア・エルドガッシュ(aa5670hero001)』頷く希月。
「ええ。私、こういう所に行くのは初めてですから」
 グロリア社の前に車が止まった。その報告を受けると遙華は全員を送り出す。
 救出作戦開始だ。

第一章 想い、交差する時。

 時刻は十九時。
 TRV本社前。横付けされた黒塗りの車からはその物々しさに反して華奢な少女が何人か降りた。
 先ず一人目は澄香。
 隣に『クラリス・ミカ(aa0010hero001)』の姿はない、それも当たり前だろう、澄香はすでに共鳴済みである。
 代わりに隣に立つのが希月、そんな二人を追い越して『斉加 理夢琉(aa0783)』が足早にかけていくのが見えた。
 彼女は別口でスカウトされたアイドルとして乗り込む予定だ。
「みなさん、あとで」 
 そう口ぱくで二人に伝える理夢琉は『アリュー(aa0783hero001)』を連れ立ってエントランスに消えた。
 その姿をじっと見守る希月の視界へ澄香は割って入り、そして微笑みかけた。
「似合ってますよ」
「そ…………そうですか? なかなか慣れなくて」
 スーツ姿に身を包んだ希月。ただ本人はこの手のフォーマル衣装を持っていなかったのでイメージプロジェクターである。
「私たちも行きましょう」
 その言葉に頷いた希月。モノプロとして共同企画をうちたてた。これから打ち合わせである。
 お互いに大きなプロダクションだ、手を組む意味はある。
 ただ、相手からするとこのタイミングでリンカーの侵入は許し難いだろう。監視カメラが澄香たちを執拗に追っているように見えた。
 やがてエレベーターから重役めいた風貌の男性が現れると、希月が握手を交わす。
「あなたがマネージャーの方ですか。お若い。そしてあなたが噂のアイドルの」
 目を細めて告げる男、見下した態度が雰囲気ににじみ出ている。
 しかし澄香は負けることはない。
「本日はビジネスの相手としてきました」
 告げると、少し予定より早いが澄香は書面を取り出す。
 エレベーター内でそれを渡して見せた。
「TRVの株です、かなり売れているようですね。とっても高かったです」
 澄香の財産で勝ったわけではなく、前回の捜査で投資した分、つまりグロリア社が購入した分そのまま借り受けている形だ。
「ええ、まさかとは思いましたが、三割も」
「今売れ筋の会社です。私たちとしても黙っては見ていられませんから」
 剣呑とした空気は会議室まで持ち越された。
 ここに味方はいないぞ。そう通された会議室に座る重役全員から…………オーラが感じられる。
 針のむしろのようだ。
 ここで澄香はしばらく戦わなければならない。
 こっそりと秘密裏にマナチェイサーを走らせる。
「あの、お手洗いに」
 そう手をあげた希月は、出て右という無愛想な声に頷いて部屋を出た。
 女子トイレに潜入、するとすぐに希月はイメージプロジェクターを解除。個室天井のダクトからビルの整備口だかダクトだかよくわからない狭い通路に潜入。
 あらかじめ頭に入れておいた案内図から管制室に潜入できないか試みる。
「警備員の方々に気づかれずに管制室に入るのが無理な様でしたらすっぱり諦めます。物事は引き際が肝心なのです、エッヘン!」
 そう胸を張る希月。
(いや、そんな事をドヤ顔で言われても……。まあ、意外とおちゃめな所もあるのがまた可愛いんだがねぇ)
 共鳴しているザラディアはそう共鳴していながら呆れ顔である。
 ただ警備員はいなかった、作業員はいるが今は手荒な真似はしない方がいいだろう。他のメンバーの動きを待つ。
『今回の作戦はTRVにあまり被害を与えたくありません』
 そうクラリスが告げていたのを思い出す。
 彼女は。
『TRVはまだ役目があります、アイドル保護の名目で表面上存続させ、裏でグロリア社が実権を得てコントロールし、ガデンツァに再利用のチャンスを考えさせる必要があります』
 そう言っていた。
 全てはハッピーエンドのため。
「私、理夢琉。あなたは?」
 仲間たちが作戦準備を整える中理夢琉はアイドルたちに接触していた。
 なるべくTRVに所属してから日の浅いメンバーから。
 一緒に発声練習をこなすと、あなたうまいねなんて話しになり打ち解けることに成功する。
「この歌ってアイドルっぽくないですけど、なんて曲なんですか?」
「ああ、これ曲名が決まってないから合唱曲って呼んでるよ」
「合唱曲? よかったら楽譜をみせてもらってもいい?」
 理夢琉の言葉に頷いて少女は楽譜を手渡した。
 音階の羅列、しかし歌詞はない。
 アイドルっぽくない。
 これが噂の曲だろうか。
「この歌は…………」
「なんか嫌な感じだよね」
 少女は告げる。他の少女も集まり始め講師がいない間の雑談会が開催された。
「私も早くほしいなぁ」
「だったら先生に言えばもらえるよ、あ、先生」
 そう教室に入ってきた教師に手を振る少女。だが教師の表情はこわばっていた。
「きみは誰だね」
 教師は理夢琉に問いかける。
「君のような新人は知らないと上が言っている、いったん事務所まで」
 その背後に迫るアリュー。首元に一撃食らわせて教師の意識を奪った。
 息をのむ少女たち。
 その少女たちを理夢琉は、しーっと指をたてて黙らせ告げる。
「ごめんなさい、本当はもっとうまくやれたらよかったんだけど」
 理夢琉は教師が落した楽譜を拾い上げ一小節、音階を頭に叩き込んでそらんじて見せる。
 その歌は霊力を介しているわけでも無いのにひどく心を揺さぶった。
 切ない。とはまた違う、まるで足元から力が抜けてどこかに落ちていくような浮遊感。
 少女の一人が尻もちをついた。
「ここは危険だから、ごめんなさい。みんな今日は早めに帰ってもらってもいいかな? たぶん澄香さんが今後いろいろ手配してくれるから」
 頷くと少女たちは荷物をかき集めてエレベーターホールへと走っていった。
「防音設備完備だっていうし大丈夫だよね」
 理夢琉はさらにその歌を練習する。
「ルネが歌った滅びの歌、この世界の為の滅びの歌か」
 理夢琉はこの歌に胸の痛みを感じた。しかしアリューは何も感じない。
 この世界へ向けた滅びの歌は、この世界の住人以外には通用しないのだ。
「ロクトさんは私達にこれを手に入れて欲しかったのかも」
「可能性はあるな」
 アリュは告げる。
 時同じくして希月は管制室をのっとっていた。なかなか出て行かない作業員の方には眠ってもらい、各種監視カメラを掌握。
 ここで気が付いたのだが、このビルには警備員らしき人物はいない。
 三階から四階に向かう踊り場に理夢琉を発見した、彼女は更衣室に向かっているようだった。
 それを見送って突入メンバーに内部の情報を事前に通達。耳は突入メンバーの会議に貸しながら希月は会議室の様子を見る。
 会議はちょうど終わりを迎えようとしていた。
 役一時間半。顔合わせと確認程度だったが十分な成果だろう。
 特に澄香にしてみれば、この幹部たちはTRVの知られざる顔をまだ見ていないことがわかって収穫があった。
――おそらく、雇われ店長ならぬ、雇われ役員。帳簿に目を通すだけの人でしょうか。
 告げたのはクラリス、澄香の頭の中だけでの話。
(これから、作戦が始まるね)
 今回の作戦目標はロクトの『奪還』
「みなさん聞いてください」
 澄香が改めて装着したインカムから『魅霊(aa1456)』の声が聞えてきた。
「今回の作戦概要を振り返ります。作戦立案は澄香お姉さま。今回はここにおられないので私が代わりにお浚いさせていただきます」
 澄香はそのまま、役員たちとエントランスまで降りる。見送るものと一緒に変える物に別れ、いったん澄香はビルの外に出る。
「ロクトさんの奪還実行は一部と遥華さんの『独断』として進行します」
 澄香は通りに流れる人を見た。 
 幸せそうな人々、忙しそうな人々。
「グロリア社に秘密裏に拘束する手はずを整え、グロリア社上層部とHOPEには排除を報告。
 彼女の生存がグロリア社とHopeの不和の火種であり、TRV再利用の祭、手駒としてグロリア社内部に置いておいた方が利用価値があるとガデンツァに計算させ、殺害を躊躇わせる作戦です」
 少し前まで、彼女たちもあの流れの中にいたのだ。
「勿論、独断部分はフェイクです」
 ただ今は違う。悲劇の物語の中に雑に突っ込まれ、誰もが悩み、迷走している。
 苦しんでる。
「許可はあります。我々は混乱を装い、ガデンツァには依然有利であると情報を流します」
「もしだめだった場合は?」
 インカム越しに『九重 依(aa3237hero002)』の声が聞えた。
 誰しも胸に抱く不安。ロクトがこちらに戻らなかった場合の事を率先して口にしてくれたのだ。
「その時は」
 言いよどむことなく、魅霊は告げる。
「私が殺します」
 一陣の風が澄香の風をさらう。澄香はビルを振り返った。
 作戦開始時刻を回る。
 ここが分水嶺だ。
「私は絶対に連れ戻す」
 囚われた仲間も。行ってしまった仲間もすべて。
「もう誰も失わない」
 夜が来た。しみいるような毒の夜が。

第二章 真実と嘘
 
 今回、TRV突入に踏み切ったのにはわけがある。
 仲間が捕まったのだ。
「逃げてECCO!!」
「沙羅ちゃん、なんでここに!」
 廊下を走り逃げるECCO、その背を見るとどうしても無視できなかった。
 だから気が付けば刃を振るっていた。
「いって」
「でも!」
「いいから」
 告げる沙羅はECCOを振り返らず敵の足音に向けて歩みを進める。
「絶対に助けに来るから! だから!」
 振り返って微笑む沙羅。
「ええ、待ってるわ、だから早く行って」
 放たれる弾丸。耳をふさぎたくなる銃声。
 しかし背後に友達がいる。それだけで沙羅は引くことなんてできなかった。
 戦闘時の記憶は曖昧。
 活躍した様な、活躍しなかったような。記憶はおぼろげ。
「まぁ、小鳥遊ちゃんの出番はここで終りなんだけどねぇ」
「あれ? 終わり? 出落ち要員!? そんなの嘘でしょ!!」
 飛び起きる沙羅。目の前には『榊原・沙耶(aa1188)』それだけではない。茫然と壁にもたれかかる『小詩 いのり(aa1420)』と、縛られているのにも関わらずスッと背筋を伸ばして座る『セバス=チャン(aa1420hero001)』の姿。
 わずかな戦闘があったのだろうか。いのりの頬は腫れていて拭うこともできなかった血が、唇を伝って顎まで筋を作っている。唇が切れているのだろうか。
 わからない。
 いのりは一瞬恐怖を感じるくらいに、ピクリとも動かなかったからだ。
「息はしております、ご安心ください」
 『小鳥遊・沙羅(aa1188hero001)』が動こうとすると、セバスが柔らかな声でその行動を遮った。
 まぁ実際沙羅は他の三人と違って簀巻きにされていたので動きようがなかったのだが。
「なんでわたしばっかり」
 その時だ、いのりが無造作に腕を振るうとその縄がほどけた。
「縄ぬけの術?」
「手品は得意だからね」
 はたして縄ぬけの術は手品と言っていいのだろうか。それには首をかしげる沙羅だったが。いのりは立ち上がると沙耶、そしてセバスと縄を切って行った。
「ありがとう」
 そういつもの微笑みを浮かべる沙耶。
「何か、最近捕虜になっているわよねぇ」
「いいからたすけてよ」
「夏の風物詩、ってやつなのかしらねぇ。同人誌っていうのかしら??」
 それならきっと、襲うのは自分の方だと思う沙羅。
「卸ちゃんが好んでいた…………小鳥遊ちゃんにもニッチな需要がありそうよねぇ」
「あの、世間話は本当にいいから助けてくれない?」
「でも簀巻きはちょっとなぁ」
 そう救出方法を悩むいのり、その隣で沙耶は沙羅と共鳴することで沙羅を助けだす。
 そして沙耶は鉄格子に手を触れる。
「吹き飛ばす?」
「そうするしかないかも」
 幸いにしていのりが警報装置を切っている。多少大事になっても警備員たちが駆けつけるまで時間があるはずだ。
 そう鉄格子を吹き飛ばして脱出すると、テーブルが真っ先に目に入りその上にはいくつかの装備がおいてあることが分かった。
 それはいのりたちから没収したAGWや無線機の数々。
 それを装備すると沙耶は言った。
「誰かが解放に来るまでは…………小鳥遊ちゃんが血を吐いたとかで騒いで見張りを遊んでいようかしら」
 そう告げ、沙耶はいったん共鳴を解除。
「はいはい、周りを警戒する目が欲しいんでしょ?」
「みんな聞こえる?」
 いのりがインカムに手を添えて呼びかける。
 呼びかける対象はもちろん澄香。
 ただその無線は意外な人物たちに繋がった。
「お、その声は」
『麻生 遊夜(aa0452)』が応答した。
「小詩さんが応答した。おうおう、わかってる、話したい気持ちはわかる」
 遊夜がインカム越しに誰かと話している。
「そっちの様子はどうかな?」
「俺達は藤咲さんらと共にこっそり非常階段を上って最上階からの侵入を目指してる、鍵は…………今藤咲さんがなんとかした」
 今はモスケールで周囲に従魔がいないか確認中だ。
「俺達は社員の確保と時間稼ぎを行うとしようか」
――……ん、資料も救出も……当事者の証言も、大事。
『ユフォアリーヤ(aa0452hero001)』が言葉を添える。
「にしても警備員の一人もいないなんてな、どういうことだ?」
「いないの? うそ? 僕たちは戦ったよ。警備員はルネだったよ」
「まじか」
 いのりはそう情報を伝えながら地下施設を見回る、すると信じがたいものを発見した。
「沙耶さん! こっちに来て人が」
 人が倒れていた。しかも無造作に転がされるように。
 皆瞳孔が開き切り。沙耶は確信に近い嫌な予感を抱え扉を開く。
 全員全員一人一人、脈を確認しては立ち上がりを繰り返す。
 そして告げた。
「全員が死んでいるわ。人生まだこれからだって言うのに。本当に」
 少女十数名の死体。
 まるで魂を抜かれたように無表情で転がされたそれはきっとガデンツァの差し金だ。
「アイドル集めてたのはこの為か、相変わらず悪辣な……」
 インカムの向こうで言葉を噛みしめる遊夜。
――……ん、早く終わらせよう……ここは壊滅、させるべき。
 遊夜からすれば、可愛い可愛いディスペアがそうなる可能性もあった。
「早く終わらせて安心させねば、小詩さん達もすぐに救出する。だから待っていてくれ」
「うん。わかった」
「地上に向かう扉はダメねぇ、簡単にはいかないわぁ」
 そう告げた沙耶の言葉を遊夜はインカム越しにきいている。
「みんな無事でよかったですね」
 そう『藤咲 仁菜(aa3237)』は遊夜に言葉をかけた。
「ああ、一安心だな、あっちも動けるみたいだし、一方的にやられることもないだろう」
 二人とも歴戦のリンカーだ。身の危険は回避できるだろう。
 であれば自分にできることは。
 そう遊夜は考えフェイクスキンマスクや変装道具セット、イメージプロジェクターをフル活用。
 事前に希月からリークのあった社員と似た風体を装う。
「……ふむ、こんなもんかね?」
――……ん、どう? 似てる?
 その問いかけに仁菜は頷いた。
 そして五階に寝泊まりしている社員たちの情報はすでに希月からのリークではっきりとしている。
「では、いきましょう」
 遊夜と仁菜は動く。
 闇にまぎれてまずは資料保管庫を狙う。その室内で仕事をしている社員に接触。
「お疲れ」
 そうドリンクをさしだす遊夜。
「ところでお前、このビルの地下室の話なんだけどさ」
「このビルに地下室? そんなんあったっけ?」
「裏執務室の話だよ」
「ん? あれ? っていうか、お前そんな口調だったっけ」
 その時、背後から仁菜が歩み寄り首筋を打ってその男を昏倒させた。
「すまんが俺はこういうもんでな、ここの秘密を暴きに来たんだ」
 そう遊夜はH.O.P.E.所属であるしるしをみせる。
――……ん、ここはもう終わり……すでに資料も、人質も解放された。
 そう遊夜は意識を失った社員の衣服を漁る。
 定期通信や合言葉等があるかと思ったのだが、
「まぁ、ないよな」
 他にも社員がいれば捕まえたら脅しや懐柔してさらに詳しい情報を吐かせたいものだが。
「目が覚めるまで待つか。猿轡を噛ませておこう」
 真面な人だったならあの激務をこなせる人材だ、欲しがる所も多いだろう。
「裏に関わってたら……認定・壊滅の為にキリキリ吐いて貰おう」
――……ん、労働、労働。
 そう楽しそうなユフォアリーヤをよそに依は言った。
――あんまり体に優しくないんだけどな。それ。
「そうなの! やっとマスターしたのに」
 依の言葉に驚く仁菜。ノクトヴィジョンを起動、気を取り直して資料を漁る。
「奥に厳重そうなルームがあるな」
 資料室は内部にもう一つ部屋があった。ただそれは。
「霊力式のロックですか」
 ただ内部には鍵のつまみがある、外から入るのは難しいが中からは出られるようになっているのだ。
 ただそのロックにもカバーはかかっていたのだが。
 少し考えた上で仁菜は遊夜を見る。遊夜も同じ結論のようで二人はガラス窓に視線を向ける。
 先ずは遊夜がレーザーでガラスを丸くカット、吸盤で張り付けて抜くとワイヤーが十分に通る穴ができた。
 仁菜はそこに爆導索を通す、今回は起爆せずにワイヤーとして使用する。
 そのワイヤーで器用にカバーを外すと鍵のつまみをひっかけ、ロックを外す。
 本来カバーが外れれば警報が鳴るようになっているのだが、今回はその警報も死んでいるためできる荒業である。
「なんだかスパイ映画みたいだね」
 仁菜が告げると依が言葉を返す。
――映画のようなトラブルは必要ないからな。
「分かってるよ」
 そう、むうと頬を膨らませる仁菜。
 あとはひたすらに資料探しだった。
――上は順調なようですね。
「ああ、それにしても……」
 蘿蔔が告げる。
 蘿蔔はすでに潜入していたH.O.P.E.の仲間たちと共に機材を地下一階に搬入していたのだ。
 主導権はレオンハルト、見た目もレオンハルト、大変に珍しい状況である。
「ありがとうございました。皆さんはいったん離脱してください」
 その機材のチェックをしながら蘿蔔はそうH.O.P.E.のメンバーに指示を出す。
 その隣にはイリスもいた。
 イリスは隠し扉を発見。どう開けようか悩んでいる最中である。
「この奥にロクトさんが」
――いるとは限らないがね。
 アイリスの言葉に首を振ってイリスは告げる。
「きっといるよ。感じる。そして」
 力づくでも連れて帰る。
 そう剣を振るうイリス。
――ははは、勘違いしないでくれたまえ、イリスも会話でどうにかなるならするつもりだよ。
 蘿蔔の心配そうな視線に答えるアイリス。
「今回、私は先んじて潜入を行う立場にありました」
 そんな二人に思いを吐露するように魅霊が話しだす。
「ECCOさんを逃がすという建前……というほどではありませんが、口実は都合が良かった。
 おかげで、ロクトさんの在り方が掴めた」
「ありかた?」
 イリスが首をひねる。
「やはり、彼女は優しすぎる人だ。我欲に堕ちた私とはまるで違う。『愚神なら必ずやる』語り口で、私達へ情報を差し挟むくらいなのだから」
「情報ですか? 魅霊さん、あなたは何を知っているんですか」
「ここからは私の予想も交えた話になります」
 インカム越しに全員が魅霊の見解を聴く。
「まずTRVの発想は、ガデンツァ単体では運営すらできないものでした。
 謀略や精神操作に長ける彼女でも……いえ、だからこそか。
 人間的真っ当な求心などはやりようもなかった。ロクトさんがその穴を埋めたとなれば」
 つまり、ロクトを捕えることができたならば。
「仮に摘発できなくてもTRVは形無しとなる」
「たしかに」
 蘿蔔がむむむっと頷いた。
「次いでガデンツァの嗜好」
 魅霊は思う、何となく、一時期私達に紛れた理由がわかった気がすると。
「ある人間はごく普通の人生に憧れながら、これを嫌悪し他者のそれを自らの食い物として滅ぼし、快楽を得たといいます。
 身に合わない快楽も、依存してしまえば止められず、それより他を忘れるもの」
「どういうことです?」
 それには蘿蔔は首をひねった。
「付け入る隙はあるということです」
「うーん、魅霊ちゃんのお話はたまに難しくて。あ、こっちに何かありますね」
 その時だ。蘿蔔が地下に続くとびらとはまた違う扉を発見する。
「遙華に索敵してもらったんですよ」
 そう壁に偽装された扉を押すと扉は重たい音をして開き、そしてかび臭い空気を香らせた。
 資料庫である。
「こちらにはガデンツァが隠したかった資料が並んでるみたいですね」
「こっちは、TRVの活動記録です」
 仁菜が言葉を遮った。
 あらかた上の探索が終わったらしい。
「残念ながらTRVとガデンツァを結びつける資料はありませんでした。ただTRVの黒いところがいろいろ見えましたよ」
「たとえば?」
 蘿蔔の言葉に遊夜が答えた。
「残業時間が月に60時間超えている社員が沢山いる」
 大変ブラックだ。
「え……っと。もっとほかにこう。たいへんだーってなるやつは」
「資金繰り、イベント誘致、国からの補助金。パッとはわかりません、すみません」
 専門知識が必要なものばかりだ。わからないのも仕方ないだろう。
「ただ、経営帳簿がおかしいのは俺にもわかる」
 遊夜が仁菜から資料を受け取り眺めた。
「計算が合わないな。いろいろちょろまかしてるか。脱税や違法行為では検挙できそうだぞ」
「適当に持ち帰りますね」
 仁菜が告げた。地下の探索にはもう少し時間がかかる。

第三章 夜の毒

「探索はどうですか?」
 繊細な少女の声に蘿蔔は顔をあげる。
「ああ、希月さん。そちらはもう大丈夫なんです?」
「ええ、表示抜けするほど警備もざらで。地下以外の探索はほとんど終わりましたし」 
 蘿蔔はそう希月の目の前で段ボールにばらばらと資料を入れる。
「これは?」
「私たちが見てもよくわからないので」
 そうイリスが答えた。イリスは盾の中に資料を沢山積み上げると、驚異的なバランスとパワーでそれを持ち上げザーッと段ボールの中に資料を流し込んでいく。
「機材を出した後の段ボールが余っていたので、これを持って脱出しますよ」
「パスコードは?」
「408259754123……」
 そう暗誦しながら遊夜がその隣を通りがかった、いつの間にか隔壁の前に仁菜が鎮座し、長いパスコードを打ち込み始めている。
「待ってください、ガデンツァが飛び出してきかねません」
 イリスがあわてて盾を構えて隔壁の前で待機する。
「大丈夫ですよ。そこにいるのは」
 仁菜がとんとんっとインカムを叩く。そのインカムの向こうで会話しているのはいのり。そして沙耶だけ。
「ロクトさんは?」
 澄香が合流した。一歩一歩確かに地面を踏みしめて隔壁に歩み寄る。
 仁菜が頷いて場所を譲ると澄香が頷いてEのマークをおした。
「かなり時間がとられてる。すぐに決着をつけないと……」
 暗い表情で澄香がそう告げた。
 隔壁が開く、その直後いのりが澄香の首に抱き着いてきた。
「澄香ありがとう、助けに来てくれるって信じてたよ」
 その背後からヒールを鳴らして階段を上ってくる沙耶が見えた。
「じっとしていてねぇ」
 告げると沙耶はその手をいのりの肩に押し当てる。直後パニッシュメント。
 ゼリー質の何かが粉々に吹き飛んで、いのりは砕け散った。
「澄香! うわ、みんなも! 走って」
 そう本物のいのりが階段を駆け上がり澄香の手を取ると、一行はその勢いに押されて走り出す。
 見れば吹き上がるようにルネの塊が地下室から這い出してきた。
「わわわ」
 書類を幻想蝶に突っ込むと蘿蔔も走り出す。
「先行します」
 希月が行く手を偵察するために走ると、蘿蔔と遊夜が殿を務めてルネに射撃しながら走った。
「これはいったい」
 戸惑う魅霊にいのりが告げる。
「わからない、地下の部屋を調べようとしたらあふれてきて」
「ルネの集団と戦闘になったわぁ。みんなが扉を開けてくれなかったら骨のずいまでしゃぶられてたかも」
 沙耶の言葉に澄香が聞き返す。
「ルネが守ってたってこと?」
「そうみたいね」
 その時魅霊が停止した。
「魅霊ちゃん行くよ!」
「待ってください、何かがおかしい、希月さん、警備の類はこのビルにいなかったんですよね?」
「はい、確認できませんでした」
「そしていのりさん達を捕縛したのは警備員に扮したルネだった」
「そうだね」
 いのりは仕方ないと魅霊の隣で盾を構える。それを遮蔽物代わりに蘿蔔と遊夜が応戦射撃。
 角を曲がってきたルネの塊は分離し四体のルネとなり、各々が銃撃で体を崩されながらもリンカーたちに迫る。
「時間稼げても30秒だな」
 遊夜が苦々しげに言った。
「いのりさん達を取り返しにくる可能性があるのに、ルネを全てあそこに待機させていたのなら、一番奪われたくないものがそこにあるはずです」
「一番奪われたくないもの?」
 仁菜が首をかしげる。
「ロクトさん自身だ」
「以前捕まった私を、ロクトさんは逃がしてくれました」
 そう全員の背後から歩み寄るのは理夢琉。
―― ガデンツァの情報が集まる中心にいた彼女は先の先まで見通せた可能性がある。
 ここに来る前の記憶や自分の立ち位置を見極め遥華を守るための布石をいくつも残して。
「ホープやグロリア社、ガデンツァ両方から狙われても」
 噛みしめるように告げる理夢琉の表情には決意がにじんでいる。
「ゲームオーバーになる事も覚悟で、行動しているんじゃないかな」
――自分の手が血で汚れる事も、ホープに殺される事も……か。
 アリューの言葉に息をのむ音が聞けた。
(もしそうならロクト、君は)
「私たちは最大の目的を達成してない」
 澄香が噛みしめるように告げた。
「私たちでルネを抑えるよ」
 いのりが澄香を振り返る。
「私達ならできる」
「任せて、でも二人だけは厳しいかな。藤咲さんにも頼んでいい?」
「はい、頼まれました」
「私がブルームフレアで視界をふさぐからみんな、あとはお願い」
 澄香はアルスマギカに全魔力を装填。召喚されたミニクラリスミカが膨張し大きくなる。
「いって!」
 そのミニクラリスミカは突貫すると共に大爆発。だが安心してほしい。本体のミニクラリスミカは黒焦げになりつつも帰還を果たした。
「ぐぎゃー」
 その爆炎の中突貫したのはイリス。
 ルネの背後をすり抜けて振りぬきざまに一撃をみまう。
「煌翼刃・天翔華」
 ルネの攻撃を盾でいなし。股下に潜り込むような勢いで真下に陣取る。
――続けていくがいい。
「崩蓮華!!」
 ルネ二体を吹き飛ばした。
 その隙に遊夜と蘿蔔でルネ二体を抑えてある。
 魅霊、理夢琉、沙耶、仁菜はその隙を突破した。
「任せたよ、いのりと藤咲さんは手はず通りに」
「俺もこっちに残ろう」
 告げる遊夜は再生直後のルネの頭を吹き飛ばす。
「ありがとう。じゃあ、任せたよ、いのり」
 いったん後退する澄香。
「ほら、こっちだよ」
 いのりは盾を構えて敵の懐に、攻撃は捌ける、足止めもできる。その間に仁菜が隔壁を閉めてしまう。
 これでルネとはいえ地下室にもどれなくなっただろう。
 全員の視線がいのりに向く。
「わぁ、ちょっと厳しいかな」
 ただ、やるしかない、そういのりは思い直し最後のひと踏ん張りと気合を入れ直す。

  *   *

 その階段を下りているあいだ魅霊はずっと思っていた。

――さて。
 態々武装に触れぬまま、特に私を地下に繋げたのだ。
 サンドバッグにしたいなら拘束具は大した耐久力でしょうが……そうでないなら、私の手はこれを切り刻むことができる。
 それでも、単独や少数である以上、睨み合いがいいところでしょうけれど。

 冷えた心で、冷えた目で、地下二階の奥の部屋。まだ誰も探していないその部屋を見つめる。
 扉はしまっている、この向こうに。
 彼女がいる。

――戦うのなら徹底的に。
 ロクトさんは……『この場で生かしはしない』。
 貴女をこの手で貫き、地獄に突き落としましょう。
 その後死ぬか、生き返るかは不識。
 扉がひらく、するとふわりとかおる紅茶の香り、そしてキーボードを打鍵する音。
 強い光に目をくらませて、リンカーたちの目がなれればぼんやりと輪郭が見えてくる。
「まさか本当に来るなんて」
「ロクトさん」
 理夢琉が前にでてその名前を呼んだ。
 紫色の長い髪。
 間違いない。そこにいるのはロクトだった。
――遥華の隣にロクトが居る風景を取り戻そう。
 アリューの言葉に頷く理夢琉。
「うん、二人が笑ってる写真撮りたい」
「それは無理な相談ね」
 そうロクトは首を振った。
「私はロクトさんを信じてる」
 理夢琉は心に固く誓っている。
 裏切られたらと思うと怖くて悲しいけれど。それを決めた自分を信じるなら覚悟が生まれる、絶対に引かない。
 それと同時に沙耶はクリーンエリアを展開して敵を警戒する。
 毒。その言葉がとても気になっていた。
 それと同時に決意の表れであるとロクトに示す。
「まいったわね」
 そう頭をかくロクト。
「私のシナリオでは突撃と共に私の心臓が射抜かれているはずなんだけど、蘿蔔さん」
「連れ戻しに来ました、殺すつもりはありません」
「それは感情的な意味で?」
「いえ、すみちゃんがあなたを利用できる状況を作り出しました。これはきわめて合理的な判断です……っていえって言われてます」
「これは、やられたわね、私の土俵だ」
 楽しそうに紅茶を口に含みロクトは言ってのける。
「では私はあなた達の土俵で戦いましょう」
 そう告げてリモコンのスイッチを押すと空間全体にホログラフが表示される。
 そこに表示されたのはTRVの全資料。
 その中でも特に暗黒面に染まった部分。
 この世界を滅ぼす歌の実験の様子である。
「この歌を彼女は崩壊の音~END~と名付けたわ」
 告げると歌の一節を口にしてみせる。
「私が主導となってこのTRVを立ち上げた。
 構想は前からあったみたいだけどね。
 真の目的はこの世界のための滅びの歌を謳える人材を探すこと、あとは滅びの歌の効果を確認するため」
「ほろびのうた」
 魅霊が茫然とつぶやいた。
「離魂病とよばれる病に疾患した人に出会ったことはある? あれらは全て、私たちが仕組んだことよ、耳をふさいで歌をきかせたこともあるわ。
 結果実験は成功、耳からでなく、心に響いて、その心は砕け散る。
 心が壊れるというのは彼女にとって極上の喜びのようよ」
 その言葉を聞いて理夢琉は息をのんだ、しかし。
「壊れる事で自分を守る……分かる気がする、でも」
 そうつぶやく。
「私を殺さなければ、被害がさらに拡大することになる。ガデンツァを倒すことなんて無理よ、それこそ星を落とすくらいしないとね」
「何故ここまでするんですか?」
 そう問いかけたのは蘿蔔。
「なぜって?」
――自己犠牲が一番かもだが他にもあるのか?
 レオンハルトが問いかけた。
「…………」
「復讐なのか清算なのか……」
 でももし諦めていないならば……。
「そうね、強いて言うなら愛。かしら。私を乗り越えて彼女は完成する」
「遙華の事ですか?」
「ええ、彼女はあなた達と私を殺して、そして世界を股にかける技術者となるのよ」
 その言葉に思わず蘿蔔は笑ってしまった。
「何がおかしいの?」
「いえ、ロクトさんも月並みなことを言うんだなって」
――…………ま、恨まれれば楽だよな。
 レオンハルトの言葉にロクトは眉根をひそめた。
――あなたは優しい人だ。
 レオンハルトには彼女が非情に徹し、他人の罪すらも全部独りで抱え込もうとしているように見える。
「まだ歌える人は見つかっていないんだね」
 そう理夢琉が例の楽譜をとりだして告げた。
「歌える能力者が思いのほか少なくてね、ただそれを抜きにしてもガデンツァを倒すのは無理、DARKを見たでしょ?」
――倒せるよ。
 レオンハルトが屈託なく言う。
「ロクトさんがいてくれたから。だから、一緒に帰りましょう」
「だから、それは無理よ」
「苦しみもがいて、それでも謳おうとする女の子達がいたそうですね……貴女はそれを知っているのですか?」
 希月が胸を押さえながら訴える。
「そうであれば、貴女の心は苦しんでいたのではないのですか?」
 その彼女を苛立たしげに見つめるロクト。
「これ以上貴女一人が苦しんでも何も解決はしません。私達と一緒にH.O.P.Eに帰りましょう」
「だから、それは無理よ、何度言ったらわかるの」
 次の瞬間、ロクトの机の引き出しからルネが現れロクトにまとわりつく。
「邪神共鳴」
 次の瞬間強い霊力が場を満たした。
「私を連れ帰りたいなら、死体にしなさい。私はもうあなた達の元へは帰れない。それをとくとしりなさい」
 ロクトの霊力の波動が実体となってリンカーたちに襲い掛かる。今は沙耶のクリーンエリアとせめぎ合っているが、この均衡が崩れた時どのような厄災が降りかかるか分かったものではない。
 そんな中。蘿蔔がロクトの前に立つ。
「甘えないでください」
「甘える?」
「あなたは遙華さんに会いたくないだけでしょう? 失敗した無様な自分をみせられないから」
「………………そうよ、彼女にとってあこがれの存在のまま消えたい。そう思うのが悪いこと……」
「悪いことですよ」
 蘿蔔は声を大にしていう。
「大切な人がどんなにかっこ悪くても、生きててくれた方が嬉しいに決まってます」
 蘿蔔は何度も見送った、こちら側からあちら側に。何度もおいて行かれた。
 友達にも、家族にも。
「もう二度と会えない、その辛さを遙華に味わわせるつもりですか」
 世界が崩れてしまうような絶望を友達には味わってほしくなかった。
 そんな気持ちを味わわせるというなら。それが誰であろうと許せなかった。
「そうか……。蘿蔔さんはご家族もお友達も。ごめんなさい。私。本当に馬鹿ね。けど」
 抜いた拳銃は蘿蔔の眉間に……。
「一度通した契約は保護にしないつもりよ」

「この分からず屋!」

 叫んだのはイリス。その超人的反射でロクトに対して先手を取り、その腹部へと大盾を叩き込む。
「がはっ」
 壁に叩きつけられるロクト。
「にしても、敵対している割には饒舌よねぇ」
 沙耶がいつもの笑顔を絶やさず告げた。
「聞いてもいないのにペラペラと……」
「悪い?」
「いえ~、けど犯罪自慢する程に愚かとも思えないし、まるで自分の余罪を告白しているみたいに聞こえるわ。
 まぁここまで来たら、もう話し合いで無血って訳にもいかなくなったしまっているわよねぇ」
 そのまま沙耶はロクトに歩み寄るとその首根っこをつかまえるようにとり、パニッシュメントを放つ。
「全力で来てください。お相手いたします」
 告げる希月。
――君を殺したら俺が邪英化してそれ以上の被害が出るかもな。
 アリューが言い放った。
「そんなゲームオーバー嫌なので、壊れないでくださいねロクトさん」
 夜の毒は立ち上がり、ナイフを構える。
 ここが正念場である。


第四章 朝はくる

 次いで動いたのは蘿蔔だった。
 目にも留まらぬ早抜き、早打ち。
 その制度はロクトの速度と拮抗していて。そのナイフを正確に弾き飛ばす。
 だがロクトはそれも想定内。棚の裏に隠してあった大刃のナイフを抜くと滑るように理夢琉に近づきそれを突き立てようとした。
 それを沙耶がガード、希月が斬撃。
 それをロクトはナイフで受けるとその腹部ががら空きになった。
「煌翼刃・螺旋槍」
 唸る霊力の流れ。ドリルのようなそれはロクトの脇腹を穿って肺に到達。
 ロクトは酸素を叩きだされ体は天井に激突した。
 バウンドするように地面に叩きつけられるロクト。
 そしてイリスの毒を中和するように魅霊がその背に手を当てた。
「諦めてください、ロクトさんでは勝てません」
 放たれたダンシングバレットは立ち上がったロクトの腕と足を刈り取るように跳ねる。
 仰向けに倒れたロクト、その首元に希月が刃を当てた。その時。
 ルネが塵となって空に昇って行った。
「ひどい有様ね」
 希月はそんなロクトの言葉に答える。
「いえ。これは計算ないです、もし逃げられても私達と全力で戦ったという実績があれば、敵の組織に居られやすくなるだろうとの考えです」
「安心して、盗聴器の類はないわ。このために……ってわけじゃないけど。あなたたち本当に馬鹿ね。脚本上では私はとっくに死んでるのに」
「前回、私達を逃した事で少なからず疑われていませんか?」
 問いかける希月。
「私は疑われている前提で行動するのが得意なのよ」
 そしてロクトは一つため息をつくと告げた。
「もう、好きにしなさい」
 ロクトの中に自壊用ルネは仕込まれていなかった。
 これではれてロクトの身柄を確保できたことになる。

   *   *

 地上ではルネ対策の班が奮闘中であった。
「澄香、手はずはどう?」
 できれば水道管への配水を止めておきたがったが、それも難しく、代わりに一番水と遠い場所まで誘導した。
 一階エントランスである。
「みんな、避けて!」
 その合図で遊夜はいのりを抱っこして戦線を離脱。
 澄香は地面にブルームフレアを放つと崩落させてルネを地下へと追いやった。
「ロクトさんを迎えに行ったメンバーは隠し通路から出られることを確認してるから大丈夫」
 告げると澄香はH.O.P.E.に連絡をいれた。
 TRVがヴィラン認定されたことを上層部たちに伝え、それでも多くのTRVメンバーは利用されただけの被害者だと告げた。
 五階に避難させている一般人たちの救出の要請。
 対応を願った。
 ただロクトはしばしこちら側で預からせてもらうよう手配した。
 裏口から脱出する他のリンカーたち。
 気を失ったロクトは沙耶の幻想蝶に格納されていた。
「星を落とす……ですか」
 そう魅霊がつぶやくとロクトを一瞥する。
――私達への勝利宣言。
 ……【星を落とす】。成程、ようやく繋がった。
 何故、水路にあったそれが戦艦であったのか。
 魅霊は思う、海上に出現した、そのDARKの意味。
――アレは私達への攻撃手段ではなく。
 私達が持つ星―衛星に対する防御手段なのだ。
 敢えて黙殺を決め込んだ南アのそれで、作り上げたソレは……
 推測が正しければ、極大質量を砕くための大口径砲も備えた、昔ながらの大艦巨砲主義であるはずだ。
 迎撃ミサイルを積んだイージス艦みたいな真似は、今の余裕のないガデンツァには無理難題である訳で。
 今後やるべきことは山積みだった。
 
 これは後日談なのだが。

 いのりは事件後に保護したアイドル達のスクリーニングを行った。
 H.O.P.E.に対して人員の確保の手続きをして、実行の音頭をとる。
 洗脳解除や寄生ルネの排除の手配。
 死者と行方不明者の照らし合わせ、何よりメンタルケアを重視。
 そのまま少女たちをH.O.P.E.直下に引き入れるべく説得。
 大なり小なり実務経験を積んだ彼女達だ。
「このまま大人数のアイドルが途中で潰えるなんてあっちゃいけないことだし」
 そういのりは告げてしばらく駆けずり回っていた。
 ほとぼりが冷めるまでは、TRVの所属のまま。
「場合によっては作戦の一環で歌ってもらうことになる…………かな?」
 そう澄香に問いかけると、澄香は暗い顔で言った。
「まだわからない、なるべくそうさせたくないけど」
 告げると澄香はロクトをかくまっている病室に足を向ける、聞かなければならないことが、山ほどあった。

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

  • トップアイドル!
    蔵李 澄香aa0010
  • トップアイドル!
    小詩 いのりaa1420
  • 託された楽譜
    魅霊aa1456
  • その背に【暁】を刻みて
    藤咲 仁菜aa3237

重体一覧

参加者

  • トップアイドル!
    蔵李 澄香aa0010
    人間|17才|女性|生命
  • 希望の音~ルネ~
    クラリス・ミカaa0010hero001
    英雄|17才|女性|ソフィ
  • 深森の歌姫
    イリス・レイバルドaa0124
    人間|6才|女性|攻撃
  • 深森の聖霊
    アイリスaa0124hero001
    英雄|8才|女性|ブレ
  • 白い死神
    卸 蘿蔔aa0405
    人間|18才|女性|命中
  • 苦労人
    レオンハルトaa0405hero001
    英雄|22才|男性|ジャ
  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
    機械|34才|男性|命中
  • 来世でも誓う“愛”
    ユフォアリーヤaa0452hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • 希望を歌うアイドル
    斉加 理夢琉aa0783
    人間|14才|女性|生命
  • 分かち合う幸せ
    アリューテュスaa0783hero001
    英雄|20才|男性|ソフィ
  • 未来へ手向ける守護の意志
    榊原・沙耶aa1188
    機械|27才|?|生命
  • 今、流行のアイドル
    小鳥遊・沙羅aa1188hero001
    英雄|15才|女性|バト
  • トップアイドル!
    小詩 いのりaa1420
    機械|20才|女性|攻撃
  • モノプロ代表取締役
    セバス=チャンaa1420hero001
    英雄|55才|男性|バト
  • 託された楽譜
    魅霊aa1456
    人間|16才|女性|攻撃
  • エージェント
    R.I.P.aa1456hero001
    英雄|18才|女性|バト
  • その背に【暁】を刻みて
    藤咲 仁菜aa3237
    獣人|14才|女性|生命
  • 私はあなたの翼
    九重 依aa3237hero002
    英雄|17才|男性|シャド
  • 光明の月
    希月aa5670
    人間|19才|女性|生命
  • エージェント
    ザラディア・エルドガッシュaa5670hero001
    英雄|25才|女性|ドレ
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