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向日葵の下
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ひまわり畑で鬼ごっこ【相談卓】
最終発言2018/07/22 02:43:07 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2018/07/22 07:26:52
オープニング
●揺らす風
ちりん、ちりん。
風に揺れるのは風鈴だ。
ここがH.O.P.E.の会議室ではなくて、揺らす風がエアコンによって起こるものでなければ風情があっただろう。
「シエ、音がするわ!」
それでもきゃいきゃいとはしゃぐシェラザード(az0102hero001)を横目に、四月一日 志恵(az0102)は視線をエージェント達へ向ける。
「従魔が現れたのはひまわり畑です」
外か。
エージェント達が思わずげんなりとした表情を浮かべる。
志恵もつられたのか苦々しい表情だ。
「気持ちはわかります。……が、だからといって放棄するわけにもいきませんので」
本日、外は晴天。曇る気配さえない。天気予報ではこの状態が1週間近く続くとか何とか。
けれど一般人にとって従魔は脅威となるモノだ。
エージェント達は頷き、志恵へ続きを促した。
件のひまわり畑は毎年この時期に多くの一般客が訪れる場所であり、今年もそろそろ一般公開時期であった。
1.8mほどもあるひまわり。その花畑に入ってしまうと姿を視認するのも困難なほどで、それを利用して花畑を迷路のようにしているのだそうだ。
「従魔はその中へ紛れ込んだそうで。下から覗き込もうとしても、密集するひまわりによって場所の特定ができないそうです」
つまり、迷路に入って捜す他ない。
「皆さんにはそこの管理者の方から頂いた地図をお渡ししますが……結構複雑ですので、自らの位置を見失わないようお気をつけて」
●辺り一面
見上げれば一面の青。太陽が肌を焼くような感覚に『ああ、夏だ』と実感させられる。
そこから視線を下ろせば、黄色い花が一面に広がっており、その下には緑色の葉と茎。
覗き込んでも、やはり話の通り中を見る事は困難らしい。
『管理者の方からひまわり畑の破壊はしないように、と要望です。無事一般公開できるよう、よろしくお願いします』
志恵の締めの言葉が脳裏をよぎる。
ひまわりをばったばったと薙ぎ倒して進むのは不可能ということだ。
再び夏の青空を仰ぐと、会議室で聞いた風鈴の音が聞こえたような気がしてあなたは目を細めた。
──ああ。帰りたい……。
解説
●目標
ミーレス級従魔10体の討伐
●詳細
・ミーレス級従魔×10
黒い四つ足の動物型であること、すばしっこいことが確認されている。
プリセンサーの感知にて発覚。
たまに無理矢理ひまわりの間を通り抜けているようで、その付近はひまわりが不自然に揺れる。
・ひまわり畑
広大なひまわり畑です。内部は迷路になっている。幅は約1スクエア。
従魔は迷路の中にいることが確認されている。
ひまわりはおよそ1.8mほどの丈で、密集して生えている。下から向こう側を覗き込む事も不可能。
仮に1.8mを越える背丈の場合も、よほど高くなければ隣の通路を見る事は困難(ひまわりによて影になる部分がある)。
日差しを遮るものはないが、場所によってはひまわりが壁となって日陰になる。
地図は全員分あるため、希望者に貸し出し可能。迷路なので一般人には配布されないもの。
迷路は難しいというほどではないが、辺りが一面ひまわりということもあって方向感覚は鈍りやすい。
戦闘が終わればそのまま散策するもさっさと帰るもアリ。
天気は快晴。真夏日の予想。OPのような感じ。
リプレイ
●向日葵の前に集う
「志恵さんの招集に応じて、こちらへ来ました。綺麗に咲き誇る向日葵をずっと眺めていたいですが……」
「それは従魔を一掃してからだ、ユリナ」
リーヴスラシル(aa0873hero001)は月鏡 由利菜(aa0873)から四月一日 志恵(az0102)へ視線を向け、現在の状況を問うた。
「進展ありませんね」
従魔は依然として向日葵畑の中。
そう告げる志恵が視線を向けた先では──。
「凄いーっ、一面の向日葵畑!」
「壮観だなぁ……」
大河千乃(aa5467)が喜々として両腕を広げている。
長い病床生活であった千乃からすれば、この景色が見られるというのは健康の証拠とでも言うべきか。憧れのイメージだったのだ。
隣では大河右京(aa5467hero001)が小さく呟きながら千乃にローブのような布を被せる。
彼らの言葉に他の面々も頷いた。
「向日葵がたくさんで綺麗だね♪」
「空は青く、向日葵は笑う。従魔がいなければ、この迷路ものんびり楽しめるだろう」
「……ん、ヒマワリ大きい……夏、だねぇ」
「うむ、見事な景観だな」
マオ・キムリック(aa3951)が感嘆の声を上げ、ミツルギ サヤ(aa4381hero001)が風に揺れる向日葵畑に笑みを零し、ユフォアリーヤ(aa0452hero001)が目を細めて尻尾をゆらゆらと揺らす。麻生 遊夜(aa0452)は頷きながら周りを見て、小さく首を傾げた。
(暑いのは割と平気なんだが……)
周りのメンバーはそうでもないようだ。レイルース(aa3951hero001)はマオの言葉に対して生返事、というか集中力散漫に見えるし、ニノマエ(aa4381)も暑さにへばっているように見える。
女性の方が暑さに耐性があるのだろうか、と一瞬思った遊夜だが、もう少し見回してみるとそうでもないらしい。
「一面の黄金色が美しいね、ハネズ。早く終わったら少し散策でもしようか」
「ねっちゅうしょうになるといけませんわ。おしごとも、おさんぽも、はやくおわらせたいですわ、コト」
少女とも少年ともつかぬ容姿をした狐杜(aa4909)の言葉に、朱華(aa4909hero002)は心配そうな声を上げている。
かと思えばスワロウ・テイル(aa0339hero002)が既にぐったりとした少女──御童 紗希(aa0339)へ力説する姿も見えた。
「この尋常ではない暑さの中で従魔退治とか有り得ない……」
「何ショボイ事言ってんスか姐さん! この暑さの中での従魔退治! 姐さんと自分の瑞々しいJKコンビだからこそ成せる技!」
そんな彼らの間を縫うようにして志恵の元を訪れたルーシャン(aa0784)は、地図を借りると傍についていたアルセイド(aa0784hero001)と共にそれを覗き込んだ。
「ここが入口で……ここが出口なのね」
「そのようですね」
地図を指差していくルーシャンの言葉にアルセイドが頷く。
「あ、私達は出口の方から向かってみます」
「では私とユリナは入口から向かおう」
「わたしもいいぐちから向かおうか。連絡は通信機かスマホだね」
各々が行き先を宣言しながら通信機などを準備し、帽子などを持ってきた者はそれらを被って。
それじゃあ行きますか、と各々の持ち場へ散っていったのだった。
●黄金色の道を行く
「今んとこ、従魔っぽい姿は見えないっスね」
『そういえば今回の従魔って、四足で黒くてすばしっこいって言ってたね』
共鳴して内に引っ込んでいる紗希が「どんなのだろう?」と疑問の声を上げる。
猫だろうか。それともネズミ? 犬のような姿かも──。
「四足のGかもしんないっスよ?」
『テ、テイルちゃん!!』
けらけらと笑うテイルに紗希の慌てた声が被さった。
『テイルさん、次の角を右に曲がると従魔がいます』
通信機から流れたマオの声。モスケールで確認すれば、確かにそこで1つ反応がある。
やっと敵のお出ましか、とテイルは笑みを浮かべた。
迷彩マントを取り出し身に着けるテイル。向日葵畑に紛れられるよう迷彩を変え、道の先を伺いながら進んでいく。
進んで、曲がって、また進んで……いた。黒い物体だ。
駆ける姿は小動物のようで、まだこちらに気づいていないのか時折止まって辺りを見る。
と、不意にこちらを向いてテイルは思わず体を引いた。
『テイルちゃん、見つかってるみたい!』
「分かってるっスよ!」
可能性を考えるならマントの光沢だろうか。日差しで照り返してしまったのかもしれない。
避けきれない突進をアーマーの防具部分で受け止め、テイルは足に付けた武器で蹴りを繰り出す。
話に聞いていた通りのすばしこさで回避したその従魔は、おもむろに向日葵畑へ突っ込んだ。
「あっ待つっス!!」
その黒い体はテイルが駆け寄る前に、向日葵の影へ隠れていってしまう。
『テイルちゃん、皆に連絡!』
「そうっスね。……皆、従魔を取り逃がしたっス。けどその姿はばっちり見たっスよ。あれは──」
「ウサギ?」
「それはまた、狙うのが大変そうですね」
通信機から流れたテイルの声に顔を見合わせるルーシャンとアルセイド。そこへマオの声が続く。
『丁度、ルーシャンさん達の方へ向かっているみたいです。そこで一旦待機願えますか?』
「わかったわ」
ルーシャンが通信機で答える傍ら、アルセイドが双眼鏡を片手に少し背伸びをして辺りを見回す。
「……ああ、あの揺れですね」
どうやら視認できたようだ。
「素敵な向日葵、皆が安心して楽しめるようにお掃除しておかなくちゃ」
「視界は良いとも言えず、敵は俊敏。くれぐれもお気を付けを、我が女王」
「ええ」
ガサガサと揺れる音が近づいてくる。共鳴したルーシャンはその方向をひたと見据え、従魔が飛び出してくると同時にライヴスを高めて発散させた。
懐へ飛び込もうとする従魔を盾でしのぎ、刺突攻撃を繰り出すルーシャン。攻撃は躱されてしまうが、今のところ従魔が逃げ出す様子はない。
そうして攻防を繰り返すルーシャンの耳に入ったのは通信機からの声。それは誰かが誰かに指示を出す声ではなく、淡々としながらも戦闘を実況するかのような声だった。
「こっちも発見だ。黒い兎だな。……っと、突進を回避」
ニノマエはありのままを言葉にしながら、従魔へ向けてナイフを放った。
躱されたナイフは地面へ落ち、丸腰になったニノマエを従魔が再び突進して襲う。
それを避けたニノマエは指先をくいっと自らの方へ勢いよく引き寄せた。
指の動きに反応したのはごく細い赤の糸。指に括りつけられたそれは、同じように括り付けられたナイフを持ち主の手元へ戻す。
『向日葵を傷つけぬようにとのオーダーだ。突きで確実に仕留めるぞ』
「スキルは使わねェんだな。了解」
サヤの言葉に答えたニノマエは再びナイフを振るう。
鋭く投擲されたそれに、従魔の体は射止められた。
「……こちら、1体討伐完了だ。従魔が通ってる向日葵の下は結構揺れるみたいだぜ」
『私も1体倒したの』
共鳴を解き、通信機に向かって話すニノマエ。次いで討伐連絡を入れたのはルーシャンだ。
その傍らでサヤがマップラインプロジェクターとオートマッピングシートを出す。
「ふむ……今はここか。今度はこっちの道を進んでみるとしよう」
地図で道を示し、2人はそれらを持ちながら前と後ろで索敵しながら移動し始めた。
従魔の飛び出しと通り抜けに気を使った立ち位置。しかしそんな役割分担に関係なく、夏の日差しは降り注ぐ。
「……暑い」
思わずニノマエから、小さな呟きが漏れた。
『マオは……真っ直ぐ』
レイルースの案内と共に向日葵畑を駆けるマオ。分岐点では向日葵に素早くシールを貼り、また駆け始める。
「……見つけた!」
幾つかの角を曲がり、道の真ん中に鎮座する従魔を見つけるマオだが、その声にマオを見た従魔は向日葵畑の中へ飛び込んだ。
『隣の道ならすぐ向かえる』
「先回りだねっ」
踵を返して向かえば従魔は丁度道へ出てきたところ。マオの姿を見ると従魔は逆方向へ逃げ始める。
追いかけながらライヴスで生成した鷹の視覚で辺りを見回し、マオは通信機を取り出した。
「由利菜さん、今追っている従魔がそちらへ向かっています。挟み撃ちにできますか?」
通信機から由利菜の応えが聞こえ、マオはしまって従魔の背を追いかける。
この先は少し長い1本道。そこを逆側から由利菜が向かってきているのだ。
角を曲がると由利菜、そして従魔の姿を認めてマオも立ち止まる。従魔は2人の姿を見て逃げられないと悟ったか、マオのいる方へ飛びかかってきた。
(……! 避けたら向日葵に当たっちゃう)
すぐ背後は向日葵の壁だ。マオが避ければ向日葵へ多少の被害が及ぶ。
とっさにマオは腕を交差させ、従魔の突進を受け止めた。
その従魔の背後から肉薄する由利菜の手には、影のような黒の刀身を持つ短剣。振るわれたそれが従魔の命を奪い取る。
「大丈夫ですか?」
「はい、助かりました」
ほっと息をついたマオが通信機へ「1体倒しました」と連絡を入れる。由利菜はマップラインプロジェクターを取り出すと地図を立体化させた。
『現状の位置はここだな』
「そうですね。マオさんはここから来ましたから……」
リーヴスラシルと会話をしながら見ていると、マオもそれを覗き込む。
「私、従魔を追いかけて一旦戻ってきたので……えっと、この辺りまで行ったかな?」
「成程……それでは、私はこちらの道を探索してみましょう」
地図のある所を指差すマオに頷き、由利菜は別の道を指し示した。
そうしてマオと別れた由利菜。英雄とのリンクコンディションを安定させ、活性化させながら歩く。
不意に漏れた笑い声に、由利菜の内からリーヴスラシルが『どうした?』と問いかけた。
「幼い頃、両親とひまわり畑に連れて行ってもらったことを思い出しました。もちろん、ここではありませんが……」
『そうか。今のユリナなら心配はないと思うが……気は抜くんじゃないぞ』
ええ、と返した由利菜は向日葵畑から少し先に飛び出してきた従魔を見つける。まだ気づいていないのか、敵対心は感じられない。
(向日葵を薙ぎ払わないよう、リーチの短い武器で……)
(ああ。この武器なら敵の視界外からの攻撃も狙えよう)
向日葵の影に隠れ、カルンウェインでの突きが放たれる。
的確な1撃に従魔は反撃の余地なく倒れ伏した。
「しっかし、本当に見事なヒマワリだな」
『……ん、立派で元気……手が行き届いてる。要望は妥当』
共鳴して内にいるユフォアリーヤが頷く気配。
前か後ろを気にしていればいいのは楽と言えば楽だろう。
『ユーヤ……前』
「ああ」
道の先、モスケールで示された反応の1つ。従魔がこちらに気づき、反対方向へ駆けていく。
「『さぁ、狩りの時間だ!』」
揃った声と共に銃弾が放たれる。
角を曲がることで回避した従魔。けれど、その銃弾はそれも考慮の上で放たれた弾だ。
意図的に地面で跳弾した弾が曲がり角の方へ消える。それを追いかけた遊夜達は地面へ倒れた従魔を確認した。
「これで1体──」
『……ユーヤ!』
背中からどつかれるような感覚にユフォアリーヤが声を上げる。遊夜は振り向きざまに発砲するが、躱した従魔は向日葵畑の中へ飛び込んだ。
「この道の向こうは……こっちか」
中々手強いな、と呟く遊夜の耳へユフォアリーヤのくすくす笑いが届く。
『そろそろ……本気、出す?』
「ああ、そうだな」
モスケールをしまい、代わりに取り出したのはジャングルランナー。さてマーカーを、と思ったところで遊夜の頭上を何かが過ぎ去る。
「あれは……」
『……ん、ライヴスで……作られてる……』
鷹のような猛禽類。別れる直前にマオが出していたものか、と遊夜は通信機を手に取った。
「キムリックさん、鷹をマーカーの先に指定してもいいか?」
『えっ?』
戸惑うような声の後、どうぞと通信機から了承の返事が上がる。遊夜は近くを旋回している鷹へマーカーを飛ばすと、ジャングルランナーで空まで移動した。
一面の向日葵畑。その中を駆ける仲間達と、黒い──従魔達。
「まさかここまで上から狙われるとは思うまい」
『……ん、全部丸見え……地上以外は、警戒不足』
楽し気なユフォアリーヤの笑い声と共に、先程の従魔へ狙いを定めた遊夜は引き金を引いた。
一方、右京の助言で足音を殺して歩いていた千乃は、出口側から順に塗りつぶすよう歩いていた。
『あ……あそこ』
共鳴した右京の言葉に視線を彷徨わせると、曲がり角にちらりと長い耳が見える。
ウサギだと仲間から伝え聞いていたし、おそらくあれが従魔だろう。
けれど、と千乃は向日葵を見る。
(傷つけたら枯れちゃうかな……)
この位置から攻撃を放てば向日葵を巻き込んでしまうだろう。
暫し悩んだ千乃は曲がり角の近くへ行くと何もない空間へ剣を突き放った。
キュイ、という鳴き声を上げて従魔が逃げていく。追いかけた千乃は行き止まりに右往左往する従魔を見つけた。
釣り竿型のAGWで絡めとらんと振る千乃。しかし躱して向かってきた従魔に右京が声を上げる。
『千乃っ』
「大丈夫! もう1回……っ」
再び振った釣り竿の糸は従魔の耳に引っかかり、全身を拘束していく。
鳴き声を上げる従魔を引き寄せ、千乃はしげしげとその姿を眺めた。
「本当に真っ黒な兎なんだね……」
人に被害を出すと知らなければ、ただの珍しい兎だ。
(けど、従魔なんだよね)
ごめんね、と千乃は呟いて剣を抜いた。
『2体討伐した』
「了解なのだよ。……近くにいるのは、1体みたいだね」
狐杜は遊夜からの通信に返事をし、狐の面越しに腕輪へ表示されたものの距離を確認した。
地図を確認しながら歩き、行き止まりを回避しながら徐々に近づいていく。
『コト。どうやら、ちかづいてきているようですわ』
「む、そのようだね。こちらかな」
狐耳がぴくりとそよぎ、朱華の言葉に狐杜が顔を上げる。
段々近づいてきているのは、向日葵の揺れる音。
向かってきている方向に対し、影になりそうな場所を見つけて隠れる。暫くして飛び出してきたのは黒い兎──従魔だ。
従魔が背を向けた瞬間を狙って飛び出した狐杜。雷を纏わせた1撃を苦無で放つと、従魔は鳴き声を上げて地面を転がる。
『コト、まだですわ!』
向かってくる従魔を紙一重で避け──ようとしたが避けきれず、肩を打たれる狐杜。
狐杜の反撃をひらりと躱すと従魔が走っていく。
「待つのだよ!」
追いかける狐杜。角を細かく曲がっていく相手を見失わないよう追跡しながら、ちらと腕輪へ視線を落とす。
他の反応はいずれも遠い。見失わないうちに仕留めてしまうのが賢明だろう。
「ハネズはあの従魔はどう思うかな?」
『びしゅうはおいときまして、くろいろでかげのようだとおもいますわ。そして、あつそうですわ』
視界を通して朱華がそう感想を述べる。
「そうだね。それじゃあ、少しでも涼しくなるように、早く倒さないといけないね」
そう返した狐杜は角を曲がると真っ直ぐの道に気づき、小さく口角を上げた。
直線の道を強い風が吹く。突然のそれに向かいからあおられた従魔は耐え切れず、狐杜の方へころりと転がった。
「そろそろ追いかけっこは終わいだよ」
狐杜が苦無を構えると逃げることを諦めたのか、従魔も飛びかかってきた。
お互いに素早いもの同士、攻撃が決まらないまま時間が過ぎていくかとも思われたその時。
「動きにくいだろうね?」
水流が発生し、従魔を飲み込む。水に囚われた敵の攻撃は鈍く、狐杜は軽く避けて回避すると苦無を振るった。
辺りに流れていく水の中、倒れた従魔がただの兎に戻っていく。
「よし、これで1体……」
『『2体、倒しました!!』』
通信機から聞こえてくる声に狐杜は目を瞬かせた。
この声は……ルーシャンと、千乃だろうか。
「わたしも、1体倒したのだよ」
『了解だ』
『あれ? ってことは……』
通信機から10体倒したんじゃない、と声が届く。個々に数え直すと確かに10体だ。
『終わったー!』
『帰れる……』
『えっ折角だから向日葵鑑賞していこうよ♪』
『マッピングシート、リセットー!』
口々に好きなことを言う面々に苦笑を零し、狐杜は「わたしらも、散策しようか?」と朱華へ声をかけた。
●退治の後は
「向日葵は無事みたいだよ」
「……よかった」
レイルースがかき氷の細工が入れられた大瓶を抱えながら呟いた。ソラさんもレイルースの手に留まり、同じように大瓶へ身を寄せる。
そんな大瓶へ引っ付く1人と1羽に小さく笑いながらマオは団扇で風を送った。自分も暑さでバテないよう、水筒から冷たい水を飲む。
夏空と向日葵の鮮やかな色合いは、迷路の外から日陰で見ればとても良いものだ。夏が来た、と感じさせる。
「あれ?」
マオの声にレイルースは片目を開けた。
向日葵の迷路から1組の男女が出てくる。それは自分達のように外から楽しむ、といった雰囲気ではない。
「あの……帰るん、ですか?」
おずおずと問うたマオに、遊夜とユフォアリーヤが視線を向けて頷く。
「赤ん坊の世話があるからな」
「ん……双子の、男の子と……女の子」
生まれたばかりなのだと聞いてマオの表情が綻んだ。
「赤ちゃん……! おめでとうございます!」
「ああ、ありがとう」
それじゃ、と軽く手を挙げて去っていく遊夜。黒髪をなびかせながらユフォアリーヤがその隣をついていく。
途中で志恵に遭遇した遊夜達は同じやり取りを繰り返し、「そういえばあのウサギは食っていい奴なのか」と聞いてみた。
「ウサギ、ですか。従魔は倒されましたから、その影響は心配ないかと。どこから来たのか分からないので、病原体を持つなどの可能性はありますが」
その返答に遊夜達は成程、と呟き。今度こそこの場を後にしたのだった。
「……あっという間に、大きくなるだろうね」
大瓶にくっついたまま、レイルースがぽつりと呟いた。
「ふふ、そうだね。おままごととか、好きなもの集めたりとかし始めて……あっ」
微笑みながら答えていたマオが不意に声を上げる。
「シール! 剥がすの忘れてた!」
向日葵見ながら剥がしてくる、と駆けて行くマオを見送り、レイルースは再び大瓶で涼をとり始める。
──だが。
「……着信?」
スマートフォンの画面を見れば、発信主はマオだ。通話に出ると慌てた声がレイルースの耳に入る。
『ど、どうしよう……何処に行っても同じ所に着くの』
「あー……」
迷子か。
「そこで待ってて」
電話越しにそう伝え、レイルースは立ち上がると日傘を差す。
そして大瓶の代わりにマオが置いていった団扇を持つと、レイルースは花畑の中へ進んでいったのだった。
そんな花畑の中で。
「これからが本当の探索。本番だぞ」
鼻歌でも歌いそうな勢いでサヤはニノマエの手を引く。ニノマエは空を仰いだ。
澄んだ青色だ。太陽がまぶしく暑い。ああ、早く帰りたかった。しかし地図はしまわれ、探索で書かれていた地図もリセットされてしまった……。
「ニノマエ、前を見ないと向日葵に突っ込むぞ」
「引っ張られてんだから大丈夫だろ……くそ、ゴールはどこだー!」
空に叫んでも答えが返ってくるはずもなく。
「オープン前のモニターとしても、ひと役買おうではないか」
地図を見ながらなんてモニターにならないし、何より面白くない。
「そうだ、後で地図は返さねばな」
「それはそうだが……冷たいお茶……かき氷……」
「おまえの希望も伝えよう」
楽し気にサヤは笑い、2人は向日葵の迷路を進んでいく。
「あ、あれ? こっちだと思っていたのに……」
覚えている道と違う、と首を傾げる紗希。どうやら迷ったらしい。
2人はのんびりとゴールを探しながら散策を始める。
「向日葵って高いねぇ……」
紗希は頭1つと少し程高い向日葵を見上げて感嘆の声を上げた。
「やっぱり夏と言えば向日葵だねぇ」
「ね! 来て良かったって思うっしょ?」
テイルはにかっと紗希へ笑いかけた。
夏は去年も今年も来年も違うもの。その時にしか味わえないもの。
「今年こそ! そう思うと風情もありましょう」
「うん。やっぱり夏っていいね」
(……暑いけど)
紗希はテイルの言葉に頷きながら、心の中だけでそう呟く。
「脱出したら、すいかを食べようね」
「おっいいっスね! さくっと脱出するっスよー!」
えいえいおー! と拳を上げるテイルの声が夏空に吸い込まれていった。
由利菜はリーヴスラシルはマップラインプロジェクターを用いながら向日葵畑の中を進んでいた。
「次を左だな」
リーヴスラシルの言葉に従って由利菜は角を左に曲がる。まだまだ続く向日葵の道に、出口はもう少し先だろうかと思わされた。
「「あ」」
そんなところへばったりと、千乃と右京のペアが由利菜達へ遭遇する。
「お疲れ様でした。冷たいお茶を飲みませんか?」
由利菜とリーヴスラシルは頷き、千乃の出した紙コップを受け取った。
暑い日差しの中、喉を通る茶の冷たさが心地よい。
小さく手を振って彼女らと別れた千乃と右京。ずっと続く黄金色の花に千乃がそうだ、と思いついたように右京を見上げた。
「お兄ちゃん、少しだけ走ってくるね」
言い終わるか否かで走り出す千乃に「帽子!」と声が投げかけられるが、その足は止まらない。
走っても走っても続く向日葵畑。少し顔を上げれば空が見えて──。
(──あ、れ?)
視界がぐにゃ、と歪んだ気がして千乃は立ち止まった。名前が呼ばれた気がして振り向くと、焦ったような表情の右京が見えて。
そのままへたりと座り込んだ千乃を右京は抱え上げた。
「ごめんなさい……」
「暑さにやられたかな……楽しかったなら良いよ」
眉尻を下げながら右京は千乃の頭をそっと撫で、迷路の出口へと向かった。
「皆、背高だね。わたし達よいも、ずうっと背高なのだよ」
水筒を開けて水を飲み、はいと朱華に差し出す狐杜。
「ええ。とても、せいたかのっぽですわ」
見上げる様な大輪の花。もう少し縮んでくれると見やすいのに、なんて思ってしまう。
朱華は水筒を受け取って水を飲み、小さく息をついた。
「……コト、わたくし、つかれてしまいましたわ」
ゆっくり帰りましょうという朱華の言葉に狐杜も頷く。
そういえばだいぶ散策したかもしれない。暑さで目を回してしまわぬうちに帰路へ着いておこうか。
その言葉通りに2人はのんびり、のんびりと日傘の影から向日葵を見上げ。仲良く水筒の水を分け合いながら迷路の出口へ向かっていった。
「アリスの髪は、この向日葵みたいね♪」
小首を傾げながら微笑んで見上げれば、この夏の中でも正装然とした服装のアルセイドも同じように首を傾げる。ルーシャンが向日葵のよう、と称した金色の髪が動きに合わせてさらりと揺れる。
「ルゥ様の微笑みこそ我が心の太陽。……其方は陽が強うございます。あまり俺から離れず」
日傘がルーシャンを守るように日陰を作る。その影を見ながら、ふとルーシャンは考えてしまったのだ。
のんびりお散歩も良いけれど──。
アルセイドの持っていた日傘の下から少女の姿が消える。
「ルゥ様!?」
菫色の髪が向日葵の影に隠れる。覗き込むと既にそこにはおらず、顔を上げればやや離れた角を曲がる影。
(鬼ごっこ……いえ、かくれんぼ、でしょうか)
アルセイドは日傘を畳み、ルーシャンを追いかけ始めた。
隠れて、逃げて、また隠れて。何度も繰り返すうちに、ルーシャンは彼が追いかけてきていないことに気づく。
「アリス?」
応える声は、ない。
1人になった自覚と共に心細さがやってきて、ルーシャンは何度も名前を呼びながら歩き出した。
風に揺れる黄金色。抜ける様な青い空と、蒸される様な空気。段々とそれらがぼやけて、滲んで。
「──ルゥ様!」
聞きなれた声にぱっと振り返ると、零れた涙がぱたぱたと地面に落ちた。
向日葵のような黄金色を持つ青年はルーシャンを見ると安堵したように息をつく。ルーシャンの元へ近づいたアルセイドは、彼女をゆっくりと抱き上げると頭を優しく撫でた。
「お戯れも愛いですが、どうかあまり心配させないで下さい」
「うん……見つけてくれて、ありがとう。アリス」
小さく頷いたルーシャンは涙を手の甲で拭い、アルセイドへ微笑んだ。
「お兄ちゃん、歩けるよ」
千乃がそう言っても、右京は聞く耳持たず。
あれから迷路を出て日陰に入り、保冷剤を当てられたりして十分体は冷えたと思うのだが、右京から見ればまだまだ心配なようだ。
背負われていると、温もりと規則正しい揺れが千乃を安心させる。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「なに?」
「来年も、その次も。一緒に向日葵を見てね」
千乃の言葉に右京は目を瞬かせ、顔を綻ばせながら勿論と返した。
その約束が、どうか叶えられますように。
結果
シナリオ成功度 | 成功 |
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