本部

陰鬱なるエシカルバイオレーション

影絵 企我

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/07/18 16:27

掲示板

オープニング

●分析の結果
 H.O.P.E.科学研究班。ギアナ支部の部隊が大いに活躍を見せたのは記憶に新しいが、普段はグロリア社の盛況な活動に押され、存在感が地味である事は否めない。
 しかし、彼らの活躍無くしては解決出来ない事件が存在するのもまた事実である。

「で、どうだったんだ。仁科」
「こんなもんが埋まってました」
 仁科恭佳は上司のデスクに壊れたAGWドライブを載せる。その形は、彼女達が知るものとはどこかが違う。
「……リオベルデの工場で出て来たっていうRGW用のドライブか」
「はい。リオベルデでの大規模暴動が扇動された時に準備されたものとほぼ同一です。従魔が憑依……いえ、取り込まれているといった方が確実でしょうか」
「アイアンレッド自身は従魔に憑依されて自我を失っていたわけではないからな」
「見る限り、従魔の憑依行動を阻害するためのプロテクトのようなものが仕込まれてます。これを取り付けた人間の自我を守るような仕組みになってるようで」
 上司は腕を目一杯に伸ばし、指先でRGWドライブを摘む。顔も嫌そうに歪められていた。
「もう従魔は居ませんよ」
「わかっている。だからといって嫌悪感は無視出来んのさ」
 ルーペを取り出し、焦げ付いた基盤を上司は観察する。その動きはどこかぎこちない。
「これもケイゴの発明か」
「いいえ。あいつにはプロテクトを用意する必要がありません。……おそらくは、また別の誰か」

●アルターの遺産
「……これだな。見つける事はそう難しくなかった」
 アルター社の小さな会議室。電動車椅子に乗ったCEO、ロバート=アーウィンは澪河青藍に書類の束を差し出す。その手は震えていた。
「大丈夫ですか」
「ああ。これでもリハビリ効率はすこぶる良くなっている。背負うべきものを背負うと覚悟も変わるようだ」
 青藍は自分の鞄からも書類を取り出し、一枚一枚見比べていく。かつて捜索に当たった研究所の職員データだ。最初のうちは無表情を貫いていた彼女だが、一人のデータを見て表情が変わる。
「こいつだ……」
「見つかったのか」
 アーウィンは隣でデスクワークをしていた女に目配せする。青藍は書類の束を二つ、彼らの前に突き出した。
「こいつです。ロジェ・シャントゥール。研究所の方ではおそらく偽名で登録していますが、容貌はほぼ一致しています」
「ロジェ・シャントゥールは現体制に移行してから出社している形跡が見られません。元々体制の変化に反対して自ら退社した者は多いですが……彼はアルター社との契約を解除したわけでもないのです」
 一瞬で社員データを照合し終えた女がすかさず答える。ロバートは溜め息を吐くと、青藍を物憂げな眼で見上げた。機械の眼がちかちかと瞬いている。
「いよいよきな臭くなってきたというべきだろうか。……こちらからも出来る限り情報は集める。君達の力も貸してもらえるだろうか」 

●血生臭いミュージカル
「今回のミッションはブロードウェイ周辺に現れた八人のアイアンパンクの捕縛です。既に現着しているエージェントからは、これもまた旧アルター社の実験によって開発されたと思われる、RGW技術とマキナ教団の技術を利用したアイアンパンクであろうとの報告が入っています」
 現場へ急行するトレーラーの中で、八人のエージェント達はオペレーターに説明を受ける。奥のモニターでは、現金輸送車を襲い、面白半分に車を壊しまくるアイアンパンク達の様子が映し出されていた。 
「現場には逃げ切れずにいる民間人もいるとの報告もあります。現場のエージェントとも協力し、速やかに避難を完了させてください」


「おいおい! 何処隠れたんだ? 出て来いよ! 俺達が遊んでやるぜ!」
 いかにも柄の悪そうな男達が機械を纏い、所構わず銃をぶっ放しながらブロードウェイを練り歩く。青藍と恭佳は並んで車の間を駆け抜け、ゴミ箱の影から男達の様子を窺う。
「謎の産業スパイを追っかけてみたらこれか」
「足の付かなさそうな奴らばっかり狙って改造してんなぁ……」
 恭佳はライフルをリロードしながら呟く。その言葉には、どこか苛立ちに似た響きも含まれていた。
『しかし、過去のアルター社は見境無しのようだね。あらゆるところに産業スパイを仕掛けていたとは』
「それで作り出したのがあれか。ふざけてるよ」

「科学ってのは、みんなが笑顔になれるように使わなきゃダメなんだ」

解説

メイン フリークスγを無力化させる
サブ 一般人を避難させる

☆フリークスγ ×8……[]内PL情報
アルター社が独自に発展させ続けていた、改造限界を越えたアイアンパンク。心臓部に従魔化したRGWドライブを組み込んでおり、リンカーと競り合う戦闘力を発揮する。今回はどうやらヴィランズが改造されたらしい。
・脅威度
 デクリオ級
・ステータス
 物防、回避高め。魔防低め
・スキル
 ダウンロード
 命中の値はPC内の最大値になる。
 ショックブレード
 [近接(物理)、命中時にBS[衝撃]を与える。“人間”以外には威力半減。]
(また、以下の武器の内一つをランダムに所有している。)
 ハッカーマグナム
 [物理、射程1~20。命中時、アイアンパンクはBS封印、BS狼狽を付与される。連続使用不可]
 ローデンティサイド
 [物理、射程1~5。範囲1。回避不可。ワイルドブラッドは追加で10ダメージ。シナリオ中一回のみ使用]
・弱点
 RGWドライブ
 →従魔を利用した、憑依と支配の可能性を常にはらんだ危険な装置。
  循環器系も含めて全てのエネルギーを賄っているため、破壊すると即死。

☆フィールド
・ブロードウェイ
 マンハッタンの目抜き通り。フリークスが突如襲撃してきた。
・渋滞
 民間人の乗り捨てた車が沢山あって非常に動きにくい。
・ビル
 愚神や従魔の襲来に備え、外壁が強化されたビル。一般人を匿う事が出来る。
・民間人
 フリークスの急襲によって車の影に隠れるのがやっとな状態の者もいる。

☆NPC
澪河青藍(ブレ66/36)
 前回の戦い以降、アルター社周辺を調査していたエージェント。今回は一般人の救助を中心に立ち回る。
仁科恭佳(ジャ45/27)
 普段は研究所に篭っているが、今回は青藍に引っ付いて調査に当たっていた。狙撃役。

リプレイ

●ブロードウェイ
「皆が笑顔に、ね」
 桜小路 國光(aa4046)は恭佳の言葉を通信機越しに聞き、厳しい表情を僅かに緩める。その姿は、イメージプロジェクターで普段着のように偽られている。
『(武器だってそうなのです……笑顔を守るのが武器なのです)』
「……ああ、そうだね」
 メテオバイザー(aa4046hero001)の呟きに応えると、國光は一気に走り出した。その身からライヴスを発しながら、車の影を縫うように走る。突然現れた影を目に留めたヴィランズは、腰に差した銃を抜いて引き金を引く。
「何のつもりだか知らねえが、俺達には見えるんだぜ~?」
「お前もリンカーなんだろ! 俺達は誤魔化せねえ!」
 國光は男達の挑発には耳を貸さず、跳び上がってボンネットの上を滑り、車の上を華麗に乗り越えていく。その動きにつられ、男達は國光を追うように動き出す。
「ええ、来てもらえるんなら、関係ないですね」
 彼がリンカーだと分かっても、彼が一般人を救うための囮になっている事まではどうやら気付かなかったらしい。

「改造限界を超えたアイアンパンク……それも元がヴィランとなると、タチが悪いですね」
『目的が何であれ、気持ちの良いものではないの。それにこれも氷山の一角じゃろうし……かなり後ろ暗い感じじゃの』
 椋(aa0034hero001)と共鳴した秋津 隼人(aa0034)は、建物の影に隠れてヴィランズの暴れる様子を窺っていた。己の身に降りかかった災難に気づかないその姿は、どこか哀れみさえ感じさせる。
「組織的かつ大規模な実験、みたいなものがあったか……まあその辺りは、こっちも組織の力を頼るのが良いかな。兎にも角にも、まずは目の前、この状況を打破しよう」
 とはいえ彼らは街の平和を乱しているに違いない。放っておくわけにはいかなかった。赤と青の両眼で敵を見据えると、盾を取り出し敵へ向かって飛び出した。
「こっちですよ!」

「アルター社で色々仕組んでた奴の仕掛けがまだ残ってたってとこか」
 八人がまばらに徒党を組む様を近くのビルのベランダから見下ろし、赤城 龍哉(aa0090)は呟く。直接対面したわけではなかったが、身勝手な理屈で身勝手に一国を巻き込んだ狂科学者の噂は耳にしていた。
『今回は対症療法にしかならないかもしれませんわね』
「それで相手にデータをくれてやるのは業腹だが、やらない訳にはいかねえだろう」
 ヴァルトラウテ(aa0090hero001)と共鳴した龍哉は、素早くベランダの縁を乗り越え道路に飛び降りる。全身に鬼神の気を滲ませると、両手を固く握り締めて手近なところにいた機械化ヴィランへ一気に詰め寄る。
「まずは、小手調べだ」
 ヴィランは振り抜かれた右の拳を素早く躱す。
「何が小手しらあぐ!」
 しかし、反撃に移る前に龍哉はとっととヴィランの顎を撃ち抜いてしまった。ヴィランは眼を回してふらふらとたたらを踏んだ。
「……流石に脳味噌まで機械にされたわけじゃなさそうだな」

「全く弱過ぎるな」
 八朔 カゲリ(aa0098)は仏頂面のまま、一言ぽつりと零す。黒い炎を宿した剣を構えながら、車の隙間を縫って悠々と彼はヴィランズの前に姿を現す。いきなり面と向かって弱いと言われては、ヴィランズは顔を真っ赤にするしかない。
「弱すぎるだぁ? いきなり喧嘩売ってるのか!」
 青い火花を散らせたブレードを抜き放ち、男達は一斉に影俐へと殺到する。影俐は咄嗟に身を翻すと、真っ先に飛び掛かってきた男の頭を剣の腹で殴りつける。
「実力はともあれ、その精神性は見るに堪えんな。悪とは弱さから生ずる一切のもの。己を律する事すら出来ぬなら獣と何も変わらない」
「てめっ」
 口答えしようとする男を素早く蹴倒し、影俐は溜め息を吐く。
「そうして悦に浸るが如く振舞う事が、弱さでなくて何だと言う」
 影俐のただならぬ実力を感じ取り、男達は潮が引くようにするすると距離を取り始めた。ナラカ(aa0098hero001)はそんな彼らの姿を見渡して呆れ果てる。
『(ただ悦に入るだけで、意志が見えない。輝きがない。与えられた力でよくも此処まで威勢を張れるものだ。見るに堪えない醜悪さであるな)』
 人の意志が見せる日輪のような輝き。それを見る事を身上としている彼女にとっては、ヴィランズの姿は人の堕落の象徴とすら見えた。
『(まあ良し。裁定などとは言わぬ。戯れてやろう。その虚勢、残らず剥がしてくれようか)』

『アルター社も厄介な遺産を残してくれたな……ヴィラン達にとっては自業自得だろうが、生憎奴らを殺す訳にもいかん』
 リーヴスラシル(aa0873hero001)と共鳴した月鏡 由利菜(aa0873)は、アルジスとディガンマが刻み込まれた盾を構える。ライヴスを込められた盾は輝きを発し、ヴィランズは反応して振り返る。
「私達がやるべきことは、愚神と従魔を倒すだけではありません。人を救う事」
「何が人を救う事だ。自分の心配でもしたらどうだぁ?」
 一人がすぐさま由利菜の間合いへ踏み込んでいく。スーツをスマートに着込んだ隼人、銀の鎧を纏った龍哉、黒焔纏う剣を振りかざす影俐の野郎三人に比べれば、深紅のドレスに身を包んだ由利菜は華奢なお姫様に見えるのかもしれない。稲妻走るブレードを構え、ずんずんと間合いへ踏み込んできた。
「その程度の攻撃など!」
 華麗なターンで攻撃を往なした由利菜は、盾でヴィランをぶん殴る。地面に突き倒されたヴィランは、彼女を見上げて目を白黒させるばかりだ。
「な、なにが……」
「RGWドライブは心臓部……不意にそこを攻撃してしまう事は避けなければ」
 押しも押されもせぬH.O.P.E.のエースの一角は、その刃を抜き放った。

 エース格のエージェントが三人も駆けつける壮観な戦場を遠目に見遣り、リタ(aa2526hero001)と共鳴した鬼灯 佐千子(aa2526)はスラスターを噴かしながら車の間を飛び回る。敵がフリークス対応組に注意を引かれている間に、逃げ遅れた一般人を救おうという算段だ。
「フリークス……。まさか、またその名前を聞く事になるとはね」
『我々が以前戦ったβは愚神が操っていたのだったな』
「さて、今回の裏に居るのは何者かしら」
 四肢も脊椎も機械に置き換わった、世界でも例を見ないレベルの改造割合を持つ彼女。そんな事になったのは、今目の前にいるような、ふざけきったヴィランが引き起こした事故のせいだった。
「(全く。ロクでもないわね)」
 様々な想いが複雑に絡まる呟き。表情をクールに保ったまま、彼女は車の中で縮こまっている家族に駆け寄った。
「早く逃げなさい。向こうに薄紫のマントを来た人が見えるでしょう。あの人に従って」
 ドアを開き、外に出るよう促す。遠くから銃声が響き、一発の弾丸が飛んでくる。佐千子は咄嗟に飛び出し、弾丸を受け止めた。ガソリンタンクに被弾し引火、なんて事になっては堪らない。
 家族は車を飛び出し、ヴァルノス(aa5689hero001)へと駆け寄っていく。横目に見送った佐千子は、改めて一般人を探しに回ろうとする……が。
「……何よ、これ?」
 その足は、水にでも浸かっているかのようだ。リタは応える。
『肉体そのものにダメージはないが、どうやら義肢の稼働システムに若干のトラブルが出ている。回復を待った方がいい』
「あんなことをするだけに、アイアンパンクの対策は万全のようね」

『それでは、君の相棒としてのシオン・エルメツィアの初仕事と行きましょうか』
「はい、先生! 頑張りましょう!」
 レオナール・ノディエ(aa5675)と共鳴し、シオン・エルメツィア(aa5675hero001)は車の影でアサルトライフルを構えた。エース格の面々も駆けつけ、前線に立たせる戦力は十分。駆け出しの彼らは、後方からの火力支援に回っていた。
『うむ。今日は僕が行きましょう。今は中から見て、学びなさい』
「何こそこそしてんだ!」
 ヴィランズの一人が叫び、マグナムをシオンへと向ける。シオンは咄嗟に車の影へ身を隠した。弾丸がボンネットに突き刺さり、鈍い音がする。
[気を付けて。あの弾丸、アイアンパンクの機能を阻害してくるみたいよ]
『了解。ご忠告に感謝します』
 佐千子からアドバイスが飛んでくる。シオンは頷くと、素早く車の影から身を乗り出した。
「先生、右の敵が」
『そう、ああいうのを阻害するのが僕らの仕事。後は任せておけばいい』
 深紅のフレームのヴィランと組み合う龍哉の背後から、機械に髑髏のペイントを施したもう一人が突っ込んでいく。シオンは容赦なく引き金を引き、弾丸を肩に浴びせた。不意打ちを喰らった髑髏のヴィランは道路で横ざまに倒れる。
「テメェ!」
 怒ったヴィランは素早く振り向くが、その隙にシオンは身を翻してトレーラーの影へ身を隠す。
『常に場所を変えながら戦いましょう。的を絞らせるのは良くありません』

「僕が貴方の剣に」
『私は貴方の盾に』
「『共に生き抜く為に』」
 福村 由宇(aa5689)とヴァルノス(aa5689hero001)は誓約を囁く。力無き人々の盾となり剣となる。それはどこに居ようと変わらない在り方だった。
「(しおん、早く)」
『分かっております。それから僕の名はシオンではなく、ヴァルノスとお呼びください』
「(言葉の前に手を動かして、しおん)」
『ええ、ですから、僕の名はヴァルノスと――』
 中で小言の言い合いを繰り広げつつ、ヴァルノスは薄紫のマントを翻し、右手を掲げて逃げ出す市民を呼び寄せる。幸い、仲間達に気を引かれて彼らの動向にまでは眼を向けられずにいるらしい。ヴァルノスは市民を迎え入れると、戦場を振り返りながら共にビルへと走る。
『必ず貴方がたを日常へお帰し致します。どうかここでお待ちください』
 ヴァルノスは水筒を取り出すと、カップに注いで一人の少女に手渡す。彼女はただただ目を白黒させていたが、彼の微笑みを見上げてこくりと頷いた。
「(もう一回外に)」
『(ええ、ええ。言われなくたって参りますとも)』

●鉄拳制裁
「俺達が黙ってやられると思うのかよぉ?」
 とさかのようなパーツを付けた男が、叫びながらブレードを振り上げる。その隙に龍哉はカラースプレーを振って男の顔面に吹きかける。男の顔面は一瞬で真っ黒に染まった。
「ぎゃぁっ!」
「アイアンレッドと同じ穴の貉なら、こいつで多少は変わるんじゃねえか?」
『覗き見を止めるというよりも、単純な目潰しをしているだけのような気もしますわね』
 男は咄嗟に飛び退くと、顔面を素早く擦って目を開き、再び龍哉に飛び掛かっていく。
「こんなもんで、俺が――」
 突っ込んできたヴィラン。龍哉は素早く身を翻すと、片腕と胸倉を掴み上げ、わざと大振りに道路へ叩きつけた。二人分の全体重と遠心力、突進の勢いが総てヴィランのもう片方の腕に圧し掛かる。
 鈍い音がして、義手はあらぬ方向へと折れてしまった。
「自重に重力、ついでに自分自身の力の合わせ技だ。どうだ、喰らった感想は」
「うげああああっ」
 折れて噴き出す黒いオイル。男はただ叫ぶことしかできない。
『さすがに無茶ぶりですわ』
 戦意喪失している男の下に駆け寄ると、手足のパーツを幾つか無理矢理外す。これで男は動けない。通信機を取ると、龍哉は青藍に尋ねた。
「青藍、そっちの状況は?」
[問題無いです。順調に屋内への避難が進んでます]
「了解だ。こっちもすぐに片付ける」
 龍哉は男を抱えて道路の脇に放り出した。腕と足をぶらぶらさせて、男は茫然としていた。
「お前等には聞きたい事が色々ある。そこでしばらく大人しくしてろ」

「なんだ、遠距離攻撃手段があってもその程度ですか?」
 薙刀を振るい、ゆらりゆらりとろうそくの炎のように隼人は動く。全身に悪魔のペイントを施したヴィランは、的の定まらない隼人に向かって唸った。
「てめぇ、のらくらしやがって! 舐めてんのか!」
『口ばっかりで相手にならんの。もっと歯ごたえがあってくれてもいいのだぞ?』
 椋は余裕綽々で挑発をかます。単細胞は直ぐに怒る。背負ったブレードを抜き放つと、全身から煙を吐きながら、隼人へ一足飛びで突っ込んできた。ブレードの振るい方は滅茶苦茶だが、脇腹や太もも、避けにくい場所ばかりを狙ってくる。隼人は躱すのを諦め、薙刀の柄でブレードを受けた。
 スタンガンにも似たショックが全身を襲う。
「……む」
 隼人は顔をしかめる。何とか一撃耐え忍ぶと、幻想蝶からウレタン噴射器を取り出した。
「さて、こういうのはどうです?」
 ヴィランの腕を掴んで押さえつけると、白熱する排気口に噴射器を向ける。引き金を引いた瞬間、排気口や関節に固いウレタンが纏わりついた。
「あ、あつい、焼ける!」
 ウレタンは直ぐに燃え上がり、ヴィランの未改造の生身部分を熱していく。ヴィランはぶんぶん腕を振るうが逆効果だ。
「大人しくした方がいいですよ。そうすれば止めますから」
「誰が大人しくなんかあつっ! ああ! わかった! 止まればいいんだな!」
 男はその場に腰を下ろした。隼人は傍の消火栓からホースを取り出すと、水を男にぶつける。その反動に、電気ショックを受けた隼人の体が、僅かに痛む。
『まったく、無理はするなよ隼人』

『(ほら来い。来るのだ。虚飾でもそれに縋り切れるのならそれはそれで大したものだ。最後まで気勢を張っていてくれ。貫いてみせてくれ)』
 影俐の内側でナラカが叫ぶ。単細胞馬鹿故か、何度攻撃をあしらわれてもへこたれる気配を見せない。弱い阿呆だが逞しい。
「……滑稽だな。強く振る舞えば振る舞うほど、お前達は無様に弱さを露呈する」
 ブレードを容易く叩き落とし、影俐は仏頂面で淡々と言い放つ。ヴィランズにとってはその態度もまた気に食わないようだ。
「難しい言葉使ってんじゃねえ! 俺達が分からないと思って馬鹿にしてるだろ!」
「もし理解出来ていたら、尚の事怒らずにはいられないかもしれないな」
 影俐はさらりと応えた。男達は青筋を立て、懐から小さなグレネードを手に取る。
「ぶっ殺してやる!」
「言うに事欠いてそれか」
 一斉に放り投げられた爆弾は次々と弾け、緑色のガスを撒き散らす。ガスはヴィランズの視界までも埋め尽くしてしまう。ガスを吸い込んでしまわないよう、男達はじりじりと後退りしていく。
『不用意に寄りすぎだ……! 一閃!』
 その背後に、短剣を手に取った由利菜が突如現れる。ドレスの裾を翻しながら、短剣で機械化ヴィランズの関節から覗く配線を切り裂く。乾いた音と共に火花が散り、男は呻いて後退りした。
「クソが……!」
「業を重ねし者達に、救いへと向かう為の深淵のひとときを! ヴァニティ・ファイル!」
 そのまま由利菜はライヴスを刃に纏わせ、飛び退こうとした男の足下へと踏み込む。身を低くして、男の足元を斬り払う。
「あがっ」
 義足を通じて流し込まれたライヴスが逆流し、男は白目を剥いてひっくり返った。由利菜の鮮やかな手捌きに、ヴィランズは思わずたじろぐ。
 背後でがたんと音がする。肩をびくりと震わせて振り返ると、タクシーのボンネットの上に國光が双剣を構えて立っていた。咄嗟に銃や剣を構えるも、國光は霧のようにひたりと彼らの懐へ潜り込み、銃を構える利き手を切り上げ、そのままもう一方の柄で男の顎を軽く殴る。よろめいたところへ、さらに足払いを入れて道路に蹴倒した。
「(アイアンレッドと同じくらいの改造割合だな……)」
『(でもペイントでごてごてになっているのです)』
 眼を回しているヴィランを見下ろし、以前出くわしたフリークスとの相似点を確かめる。アイアンレッドにしても、このヴィランにしても、明らかに容姿が洗練されていた。

「ヴィランが倒れましたよ!」
『ええ、ヴィランといえど、改造されていると言えど人は人。ここで拘束しよう』
 中距離でその様子を見ていたシオンは、素早く駆け寄って男の傍に屈みこみ、鞭を取り出して男の脚を縛り上げた。ついでに武器も取り上げる。その手捌きは、敵に付け入る隙を与えない。
「くそっ……」
 残り少なくなったヴィランズは、きょろきょろと辺りを見渡す。車から這い出した女が一人、建物に向かって逃げ出そうとしていた。
「クソッ!」
 ワインレッドの装甲に身を包んだ男は走り出す。彼女をひっ捕まえて人質にでもしようという算段だ。しかし、脇からすっ飛んできたヴァルノスが男を素早く蹴飛ばした。
『リンカー相手ならいざ知らず、無力の者へ危害を加えるなど……恥を知れ』
 静かな怒りを立ち昇らせ、ヴァルノスは剣を抜き放つ。ヴィランは立ち上がると、ブレードを手に取り反撃しようとした。
「この野郎! 舐めやがって!」
 ヴァルノスは振り下ろされたブレードを剣で受け止める。一瞬の隙に、肩越しに飛んだ狙撃銃の弾丸が男の腕を撃ち抜いた。
『我々は駆け出しですが……それでも貴方達の好きにはやらせませんよ』
『助かりましたよ!』
 ヴァルノスは剣を振るい、男の腰に一撃叩き込む。文字通り腰が抜けた男は、よたよたとその場に倒れ込んだ。

「くそっ……シャレになんねえ……」
 五人が既に捕縛され、男達はもうH.O.P.E.エージェントの強さを認めるしかなかった。如何にこの場を逃れるか。そればかりで頭がいっぱいになりつつある。
「そろそろ諦めて投降したら?」
 佐千子が空気銃を構え、ずんずんとヴィランズに歩み寄っていく。四肢が機械、全身に厳めしい装備を身に着けたその姿を、ヴィランズは風の噂で聞いていた。一般人であった彼らには関係のない事だと思っていたが、今はその恐怖がひしひしと伝わってくる。
「Killer Whale……」
 幾つものリンカーヴィラングループを執念深く叩き潰した、陸上の鯱。佐千子はそう噂されていた。彼らは本能で怯え、回れ右して逃げ出そうとする。
『逃げるぞ』
「わかってるわよ」
 佐千子は素早く銃を構えると、次々に男達の脚部を撃ち抜いていく。砕かれた鋼鉄の破片が飛び散り、ヴィランズは雁首揃えてどっと倒れる。銃をリロードし、佐千子は静かに周囲を見渡す。ある者は呻き、ある者は気を失ったままその場に倒れ込んでいた。
「八人全員の無力化完了。……とりあえず、任務は終わりみたいね」

●マッドサイエンティズム
『初めまして……でしょうか。ヴァルノスと申します。以後お見知りおきを』
 戦いが終わった後、ヴァルノスはシオンの前で深々とお辞儀をした。シオンも静かに頭を下げ返す。
『ええ。初めまして』
 彼の佇まいを見たヴァルノスは、思わず緊張してしまう。目を泳がせながら、ようやく彼はシオンに向かって微笑んだ。
『突然、申し訳ありません。貴方の名前に惹かれてしまって』
『名前?』
『ええ……我が主と、良く似ているのです。名も、出で立ちも。……世界には同じ顔をした者が三人いるとも申しますが……』
『ふむ』
 シオンもヴァルノスに微笑み返しながら、彼の言葉にじっと耳を傾けていた。一通り話し終わったヴァルノスは、再び彼に向かって頭を下げる。
『またいずれ、次は戦いの無い場所でお会いできれば幸いです』
 シオン・エルメツィアはこくりと頷いた。
『えぇ、お食事でしたらいつでも』
「お世話になりました。またご一緒しましょうね」

 一方、捕らえられたヴィランズは、恭佳によって義肢パーツの幾つかを取り除かれ、全くの無抵抗な状態でその場に転がされていた。國光はそんな彼らの下に跪き、幾つか聞き込みを重ねていた。
「所属しているヴィランズはキックバックス……」
 チーム名について聞いては見たが、特に有名なグループではないようだ。携帯でメモを取りながら、國光はさらに尋ねる。
「君達はどのようにこのパーツを手に入れたんです? お知り合いから買ったとか……?」
 男達は小さく首を振る。元から簡単に聞き出せるとも思っていない。國光は質問の方向性を変えてみる。
「どうして、このパーツを自分の身体に使おうって思ったんです? もしかして……使う事で、魅力的な見返りがあったとか?」
 その質問に、一人が僅かに反応した。間抜けに口をぽかんと開けて、男はただ一言。
「い、十万ドル……」
「十万ドル?」
 もう一人の男も頷く。
「ああ。一人につき十万ドルポンとくれたんだ。俺達がブロードウェイでひと暴れしたら、もう十万渡すって言われた」
「もう全部パーだけどな!」
 國光とメテオは顔を見合わせる。相当な大金だ。確かにそれは“魅力的な見返り”だろう。
『アイアンレッドの時には“使命”と言っていたのです』
 ヴィランズを殺した殺人鬼をちらりと思い出す。彼は何者かに命令を与えられて機械の身を振るっていたらしい。メテオはぽつりと呟いた。
『……人によって、手と品を変えている……?』
 そこへやってきたのは、ヴァルノスとのやり取りを終えたシオン。
『私からも、その点については幾つか聞きたいと思っておりまして。……その改造に至った経緯、場所、技術者の名前など、何かわかる事はありませんか』
 問われたが、ヴィランズはしかめっ面をするばかりだ。シオンは肩を竦める。
『まぁ私は構いませんが、このままだと貴方がたの行き先は研究所でしょう。その心臓のものを引っこ抜いてばらしてしまう事も出来ますよ』
「まあする事にはなるでしょうけど」
 恭佳がついでのように呟く。アイアンレッドは現在人工心肺に繋がれている有様だ。彼らも従魔の影響から遠ざける為、そのような形になる筈だった。
 とはいえ脅しは効いていた。ヴィラン達は顔面にパンチでも貰ったような顔をして応える。
「仕方ないだろ。何も知らねえし! 相手はマスクしてたし、金くれるって言うから引き受けたら、目隠しされて気づいたらこの身体になってたんだよ!」
 バカである。腕組みして聞いていた龍哉も呆れてしまった。
「完全に秘匿されていたみたいだな」
『よくそんな儲け話に乗りましたわね。もう取返しつきませんわよ』
 ヴァルも肩を竦める。アイアンパンクも珍しくなくなり、改造手術のハードルは少々下がりつつある。しかし健常者なのに本当に腕も脚も取っ払うという決断を下す者は中々いなかった。
「……その戯けた精神性もここまでくると讃嘆すべきかもしれないな」
 影俐は吐き捨てた。万象を“そうしたもの”として肯定する彼であったが、ここまで単純極まる馬鹿を認めてやるのも中々苦しかった。
 隣でボイスレコーダーを向けていた青藍は、携帯を取り出してメモを取る。
「まあ、元々まともな情報が聞けるとも思ってませんでしたけどね。とりあえず引き続きで調査してみましょう……」

 建物に集められた一般人の傍らで、隼人はメディックとしての力で彼らの傷を癒していた。応急手当セットを片手に、恭佳が中にやってくる。
「要りますー? ……って、大丈夫そうですね」
「ええ。とりあえず怪我をしていた人の応急手当は完了しました。これで正式に俺達の任務は完了ですね」
『天下の往来で派手に暴れてくれたもんじゃな、全く』
 共鳴を解いた椋は、眉間にしわを寄せてぶつぶつと呟く。恭佳の英雄も頷いた。
『困ったものですね……』
 そこへ、佐千子とリタがやってくる。
「仁科さん、ね。ちょっといいかしら」
「はい? 何です」
 恭佳が首を傾げると、佐千子は連絡先を書いたメモを彼女に差し出す。
「ちょっと、H.O.P.E.の科学研究班と繋がりを持っておきたいと思って」
「私を窓口に選ぶとはお目が高い。どうしてです?」
 佐千子は表情を曇らせる。ガデンツァとの闘争を続けてきた彼女が直面したのは、とんでもない事実であった。
「トップが替わってアルター社ももちろんだけど、グロリア社も最近行動が不透明なのよ」
『端的に言えば、あまりにキナ臭いのだ。調査での協調やAGWのメンテナンスの為にも、腕が立つというエンジニアと繋がりは持っておきたい』
「悪戯の腕も立ってるとは聞くけど」
「ええ、ええ。なんてったって私は天才ですから。グロリア社の商品だろうとアルター社の商品だろうとささっと整備してみせますとも」
 リタ達の言葉に恭佳は早速調子に乗った。にへらにへら笑い、彼女に名刺を差し出す。
「全く、困ったもんですよね。科学を平和の為に使えないような奴らは。科学ってのはね、エンターテインメントでないとなんないんすよ」
「科学は平和の為に……私も、同じ思いです」
 負傷者の様子を見ていた由利菜も、恭佳の言葉に深々と頷いた。ラシルは憂いの混じった顔で呟く。
『戦争が文明を発展させてきたのは事実だが、破壊による拡大はいずれ限界を迎えるだろうからな』
 由利菜は胸元に手を当てる。彼女の両親も研究者。その背中を見ていた彼女には思うところがあった。
「……ええ。本当に」

 つづく

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 挑む者
    秋津 隼人aa0034
    人間|20才|男性|防御
  • ブラッドアルティメイタム
    aa0034hero001
    英雄|11才|男性|バト
  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 燼滅の王
    八朔 カゲリaa0098
    人間|18才|男性|攻撃
  • 神々の王を滅ぼす者
    ナラカaa0098hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 永遠に共に
    リーヴスラシルaa0873hero001
    英雄|24才|女性|ブレ
  • 対ヴィラン兵器
    鬼灯 佐千子aa2526
    機械|21才|女性|防御
  • 危険物取扱責任者
    リタaa2526hero001
    英雄|22才|女性|ジャ
  • きっと同じものを見て
    桜小路 國光aa4046
    人間|25才|男性|防御
  • サクラコの剣
    メテオバイザーaa4046hero001
    英雄|18才|女性|ブレ
  • エージェント
    レオナール・ノディエaa5675
    機械|12才|男性|攻撃
  • エージェント
    シオン・エルメツィアaa5675hero001
    英雄|23才|男性|ジャ
  • エージェント
    福村 由宇aa5689
    人間|18才|女性|命中
  • エージェント
    ヴァルノスaa5689hero001
    英雄|19才|男性|バト
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