本部

水晶四重奏『希望』

玲瓏

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
7人 / 6~8人
英雄
7人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2015/10/26 20:10

掲示板

オープニング

●占い師
 ガラス細工で出来た皿の上にビーズ程小さな水晶を落とすと当たり前だが透明な音が鳴る。ビライアは聞き慣れた音の中に真実を探すのだ。全方位から聞こえる何気ない音も遮蔽し、水晶の音だけを聞く。彼女の両手の隙間から、大量の水晶が落ちていく。
「大丈夫、安心してもいいのです」
 全ての水晶が落ちてから口を開いた。彼女の前に座る若いカップルの男がすぐに言葉を返した。
「長く付き合えるということ……ですか?」
「はい。間違いありません。必ず」
 田の洗礼を抜けた所にある住宅地の、広い公園の真横にある木造建築のアパート二階にビライアは居る。先ほども若いカップルの将来を占った所で、幸せ風の表情を浮かべて帰る姿を見て、彼女もにっこりと目を細くしながら顔を傾けた。同居人である一歳年下の弟が客人と入れ替わるように帰ってきた。
「ただいま。――気持ち悪いなあ、何ニヤついてんだよ」
「ありがとうございますって言ってくれたの。もう、嬉しくなっちゃって」
「いつも言われてるだろ」
「慣れないの。あんた、分からない? 一人一人のありがとうは違うのよ。同じなのは言葉だけ」
 弟のケビンは買ってきた食材を冷蔵庫に入れた後、すぐに自室に戻った。
 アパート暮らしを支えているのはケビンだ。日本の高校を出た後、すぐに就職。エリートの会社員として迎えられ、それから三年経つが既に部下を何人も下に置いており、期待通りの優秀さを示している。仕事面は上出来で、金銭面も歳相応もしくはそれ以上。充実している人生だが、彼は恋愛面だけは疎かった。彼女が出来た事が一度もない。
 だからたまに、からかってビライアが恋愛に関して占ってあげようかと言うが、ケビンは断固として占いから逃れている。

●最後の来訪
 夜の七時。普段は、これから先お客が来る事はない。占いにくる客だ。ビライアは小道具をしまおうと立ち上がり、背伸びを挟んで小道具入れを箪笥の上から取ろうとした。
「すみませんー」
 扉を三回ノックする音が聞こえてビライアはすぐに振り向いた。
「はい、今参ります」
 油断している所訪ねてきた客は、またぞろ若い男性だ。ビライアは正座で地面に座った。
「実は、亡くなった親友の事について聞きたい事があるんです」
 男は最初にそう切り出した。
「一ヶ月前、仲直りをしようと思って、僕が車を運転して旅行にいったんです。その時、車が交通事故にあって僕は生き残ったのですが、親友が死んでしまいました。その日から夢に出てくるようになったんです。謝れないのが悔しくて……。親友は私の事を許してくれているかどうか、教えてもらえませんか」
 ビライアの良心は彼に一直線だった。話をしている時、彼は涙ぐんでいた。それを知られまいと顔を俯かせていたが、無駄な努力だった。
「分かりました。写真を見せていただいてもいいですか」
 客の男は携帯から親友の画像を開き、ビライアに見せた。
 ああ、なんて残酷なのだろう。とても良い人じゃないか。親友の画像は多分、旅行先で取られた物だ。仲直りできたのだろう、二人で仲良く写っている。ビライアは彼らの物語を脳内で作り上げた。あまりにも同情しそうになり、彼女も涙を堪えた。
「では、お待ちください」
 いつもの儀式だ。皿の上にビーズを落とすだけ。だが、ビライアはいつも以上に熱心に音を聞いた。
 ――やがて終わると、ビライアは客人に目を合わせた。
「親友さんは一度もあなたの事を恨んではいません。なんだか、達観しているような……」
「本当ですか?!」
「はい。あなたと仲直りできてよかったと、言ってます。お二人ともとても仲が良かったのですね。心の不安はもう、解いて良いですよ」
「――ありがとうございます、ありがとうございます」
 ビライアは斜め後ろで見守っていたケビンにウィンクをした。ありがとうの色々が彼に分かるだろうか。
 客人は礼をいい終わり立ち上がると携帯電話を操作して、耳に当てた。予想外の行動だったがビライアは暖かな目を向けていた。誰になんという言葉を話すのだろう。ビライアは想像した。浮かんでくる言葉はどれも心優しい言葉ばかりだ。
 驚くほど低い声で客人は言った。
「入ってきてくれ」
 ビライアとケビンは二人して意味を考えた。一歩早くケビンが意味を理解したが、その時には扉が勝手に開いて中に人が入ってきた。
 人が入ってきて、ビライアは最初混乱した。状況が一切掴めない。固まったまま、入ってきた人物を見ていた。信じられない気持ちで。
 入ってきたのは客人の親友だった。
「あなたの占いは偽物です」
「え……? こ、これは」
 ビライアは否定した。口を閉じる事を忘れている。
「嘘をついてまでお金が欲しかったのですね。明日の昼、またここに来ます。その時、あなた達はこの街から出なくてはならなくなる。では、また」
 勝手に進んでいく物語を二人は声も出さずに見る事しかできなかった。一分でも時間を無駄にしてはならず、対策を立てなければならないとは分かっている。だが観客に成り下がってしまった彼女らに何ができるのだろうか?

●昼下がりの駅前で
 あなた達に依頼が下されたのは昼飯時を過ぎた当たりだった。突如招集をかけられたのだった。
「O市のK駅前広場にて邪英化した一人の女性が無差別に攻撃をしてるとのことです。すぐに対処にあたってください。その女性の情報は掴めておらず、邪英化した原因等も不明。場合によっては拘束する必要も出てくるかと思います。もし邪英化からの回復が望めないようならば……お願いします。そうならないためにも現場へ急行してください」
 
 あなた達と時を同じくして駅前広場の騒動を知った一人の子供は、午後の授業を抜け出しすぐに現場に向かった。

解説

●目的
 駅前の広場で邪英化し暴走したビライアを気絶させる。邪英化の原因を聞き出し、オペレーターに伝える。

●ビライア
 占い師として商売をしていた。一回百円。
 彼女が暴走した理由は以下の情報が関わってくるのではないかと予想できる。
・彼女の周辺地帯に占いが嘘であるという情報が広まった。
・駅前にビライアが訪れるという情報も広まり、占われた大多数の人々が集まり彼女を非難した。

 かつてビライアは占い師に希望を与えてもらった事がある。彼女はそれを真似て、自分も人を幸せにしたく思い商売を始めた。
「未知の力というのは、存在しないからこそ人に幸せを与えるんです。証拠がなければ、占い結果を否定する事はできない。だから私は希望を頂いたし、皆にも与えたいの」

●訪ねてきた男
 偽物の占い師を暴く集団。本部といった物は存在せず、正式名称もない。彼らの目的は占い師を暴く事だけにある。

●状況
 あなた達がついた時、まだ死者は出ていない。邪英化からの回復も見込める。
 ビライアは魔法で自分の周辺に人の拳程の大きさの水晶をいくつか浮かべ、属性魔法攻撃を仕掛ける。近づけば水晶が邪魔して、なかなか近づくのが難しい。水晶の数は四個。火、水、風、雷の攻撃が繰り出される。

●最後に登場した子供
 名前は遠矢(とおや)と言い、苛められてる所をビライアに助けられビライアに恩義を感じている。あなた達が立ち向かおうとした時、この子供がこう言う。
「待ってくれ! その人を殺さないで!」
 この子供がビライアを救うための鍵となるかもしれない。街の中で彼女を信用しているのはあなた達とこの子供だけだからだ。

●英雄
 ビライアの英雄はケビン。元々一人っ子で寂しかった彼女だったが、弟役になるということで契約を結んだ。

●邪英化からの回復方法
 邪英化から救うにはギリギリで倒す必要がある。あくまでも気絶程度。その後は病院で休み、意識を取り戻すまで最低五日かかる。

リプレイ


 駅前の広場には大勢の人だかりが出来ていた。何かのコンサートを見に来たかのように縦横に並んでいるが、見世物を見るにしては全員は険しい顔をしている。
「嘘つきめ!」
 ビライア、ケビンは今晒し者にされていた。この街で長い間嘘の占いをしていた償いとして。反省会なんて易しい物じゃない。全員の罵声をただ一方的に浴び続けているだけの残酷な償い。
 常人が耐えられる訳もない。ビライアはついに嗚咽を漏らした。
 ケビンとビライアは誰の顔を見る事もできなかった。今見えている物は絶望だ。未来が、幸せが崩れる音だけが耳に伝わっていた。
 だから、気付かなかった。
「痛いッ」
 ビライアの口から叫ぶように言葉が漏れた。
「姉さん!」
 ビライアの頬に傷が出来ている。
 石が飛ばされたのだ。
「おや、これは酷い。誰ですか? 石を投げつけたのは」
 一人の若い男が手を上げた。
「占いが嘘だって分かって、彼女が突然別れるようにいってきたんだ。昨日、長く付き合えるってそこの女が言ったのにッ!」
「ああ、それならば仕方ない。ビライアさん、その痛みは彼の痛みです。――おや、ケビンさん、どうかしましたか」
 ケビンはビライアの背中を擦っていたが、突然ゆっくりと立ち上がった。前髪が邪魔して顔が見えない。
「あんた達の望み通り、この街から消えてやるよ……」
 観客は黙った。男も黙って笑みを作りながら様子を見つめている。
 ケビンが顔を上げ観客を見た途端、ホラー映画を見ているかのように誰もが後ずさった。血走った目、憎悪の視線。
「あんたらを蹴散らしてからだがなッ!」


 駅前広場の喧騒を一瞥して、ガルー・A・A(aa0076hero001)が言った。
「あー……これはいけねぇな。被害が出てねぇのは幸いか」
 白目を剥いた女性が、なりふり構わず超高速で円状の球体を投げつけている。鉄砲の弾丸のように小さいため被害は小さいが、人に当たれば確実に死者を生むだろう。
 たった今目の前で樹木が倒れた。
「詰まる所は殺さずに無力化か……できるね?」
 五郎丸 孤五郎(aa1397)が真横で出陣準備を終えた黒鉄・霊(aa1397hero001)に訊いた。
「不殺での撃破、リスクは撥ね上がりますがやるしかありません!」
 木霊・C・リュカ(aa0068)はオリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)に誘導されながら邪英化した彼女に近づく。
「さてさて、まずはあの子を止めないとね。それから真相を――」
 リュカが口を閉じる前に破裂音が聞こえた。オリヴィエの弾丸と彼女が飛ばした弾丸がぶつかり合った音だ。
「やっぱり、話し合いじゃ解決できない……ね」
 黄泉坂クルオ(aa0834)はやや声を落として言った。すかさず天戸 みずく(aa0834hero001)が詰った。
「当たり前じゃないのクルオ。弱者は話し合う事ができないの。さ、あの子を止めるんでしょ? ふふ、そのおっきい体を使う時が来たわ」
「うん。僕が、僕が止める」
 エージェントの姿を視認した彼女、ビライアの周囲に四つの色の違う水晶が浮かび上がった。赤、青、緑、黄金。それぞれが輝きを放って彼女を守るように浮遊している。
「相手方は準備完了って感じだな」
 マックス ボネット(aa1161)は色折々の水晶に口笛をかましながら手を伸ばした。手の先にはユリア シルバースタイン(aa1161hero001)の姿。
「リンク、ですね。あなたの場合ちゃんと言ってくださらないと分かりません」
「おいおい、どういう意味だそりゃ」
 ユリアは自分達に向かって駆けてくる少年を発見した。逃げ惑う人々の中、その少年だけが逆流しているためかなり目立っていた。
「待ってくれ! その人を殺さないで!」
 少年は息を切らしながら言った。
 既に全員が戦闘準備に入り、いつでも仕事に取り掛かる事ができた。少年は攻撃に巻き込まれていたかもしれない。特に針葉樹 未来(aa1590)は走りだそうとしていた所だった。
「だ、誰?! どかないと危ないって!」
「その人は僕の恩人なんだ! だからお願いだ、殺さないで。僕が助けるから!」
 ビライアは少年と対峙するエージェントを睨んでいる。
「だいじょーぶ。おねーちゃん達も、あの人を助けに来たんだよ」
 プリシラ・ランザナイト(aa0038hero001)とリンクしたアイフェ・クレセント(aa0038)は少年に向かって言った。
「ほ、本当?」
「本当です。私達エージェントは彼女を止めるために来ました。安心してください」
 紫 征四郎(aa0076)の物静かな口調で少年は安堵したようだった。
 突如、ビライアの周囲に飛ぶ赤い水晶が発光し始め、少年の頭上に炎球を召喚した。
「むッ!」
 クルオが少年を腕に抱いて火球から守った。制服が少し燃えたが大した後は残っていない。
「危ないですねッ。そこのお猿さん、その子の事任せましたよ。必ず邪英化から守ってみせる!」
「アイフェちゃん、一人で走っちゃ――」
 リュカはアイフェの背中に声を投げるが、声が届くよりもアイフェの速度が早かった。
「まったく、元気だな本当。援護射撃はお兄さんにお任せっ!」
「CALL GESPENST! 私達もアイフェに続くぞ! これ以上の暴走を許すなッ!」
 走っていく先鋭達についていけず、少しの間棒立ちになっている針葉樹に、エリカ(aa1590hero001)の意識が声をかけた。
「出遅れてますよ~。もしかして緊張気味?」
「ま、まずはえっとどうすればいいかなって悩んでるだけだよ……!」
「まぁ、先に邪英化を解きましょうです。その後動機追求。さ、頑張りましょう!」
 マックスに続いて、最後に針葉樹が駆けていったのを見てクルオは少年に顔を向けた。少年はクルオを見ていたが、人間を見るような目ではなかった。
「……君は、あの子を知っているの?」
 クルオが尋ねた。
「知ってるよ。ビライアさんは有名な占い師さんなんだ。とっても良い人なんだよ。この前、僕がいじめられている所を助けてくれて、近いうちに終わるって占ってくれた。良い占い師さんなんだ!」
 少年が弁解するようにクルオを説得した。真っ直ぐな目だ。子供だからできる真っ直ぐな目。この目を作ったのはビライア本人なのだ。
「僕達はこれから、彼女を取り戻す。協力してくれるかい?」
「協力……? 何すればいいんだ。僕ができるならなんでもする!」
「彼女に言葉を掛けてあげて。その間、君の事は僕が守る。……お願いできるかい」
「分かった、やる! お猿さん、しっかりと守ってくれよ!」
 クルオは頷くと、少年の手を握って戦闘地帯に参戦した。


 五郎丸の剣は二本とも水晶で防がれた。厄介な難敵だ。ビライアに攻撃しようと様々な攻撃をするも、水晶で防がれてしまう。四つの水晶は完璧に主を守っていた。
「焼かれろ」
 ビライアが単調に言葉を吐くと、剣に触れている水晶が炎を吹いた。剣を伝って、五郎丸の体に飛ばされる。咄嗟に避けたが、手痛い攻撃だった。
「大丈夫?! すぐ治すから!」
 針葉樹のケアレイが五郎丸の傷を癒やす。
「すまない、助かった。……我武者羅に攻撃をするだけでは攻撃を与えることは愚か、近づくことすらまともにできない」
 すぐ横でリュカのライフルが火花を散らした。弾丸はビライアの眉間に向かっていたが、僅かで青の水晶が弾丸を砕く。
「お兄さんの攻撃も全く通用しないね」
「リュカ、まずは水晶を破壊する事に専念した方が良いでしょう。あの水晶を一個ずつ破壊した後に本体に攻撃です。時間がかかりますが、確実な方法を取るしかありません」
「なるほど、いい案だね征四郎。……あ、ちょっと待った。お兄さんもっといい案思いついたんだけど。はいみんな注目ー」
 アイフェがビライアに接近戦を持ちかけ、反撃を与える隙がない程に剣を振って攻撃を繰り返している。だがどれも水晶で弾かれてしまい、全て無効だ。
「もーもーなんなのよこいつ! 鬱陶しいわねっ」
「ったく、あのガキんちょって奴は仕方ねぇな。おいお前、あいつをちょっと退かせ」
 マックスはクルオに向かって言った。クルオは少年に動かないでと告げるとアイフェに駆け寄り、水晶と戯れている彼女を離した。
「ちょ、ちょっと!」
 アイフェが離れようやく自由が効くようになったビライアはすかさず攻撃体制に入ったが、突如として発生した風に体の自由を奪われた。
「私のゴーストウィンドが効いてる間にお前のその作戦とやらを言うといい」
「ありがとね、お兄さん嬉しいよ。じゃあ早口で喋るからちゃんと聞き取ってね」
 リュカは全員の顔を見回した。
「水晶は合計で四つ、だから四人の攻撃しか同時に守る事ができないね。その隙を狙うんだ」
「大丈夫か? チャンスは限られてくる。五人目の攻撃でダメージを与えなければならない。それに手加減をする必要もある……」
 ゴーストウィンドが徐々に弱まり始めた。
「ここにフラッシュバンがあるだろう。目眩ましをするんだ。そうすれば攻撃も安定する」
「あなたの腕を信用しても、いいんですね」
「お兄さんのってよりもオリヴィエの、なんだけどね。百発百中。安心していいよ」
「四人同時に攻撃を仕掛けるなら、全員接近戦ってのは御免なんじゃねぇのか。危なすぎるぜ」
 マックスの言う事は最もだ。リュカは大きく頷いた。
「射撃二人、近距離二人で向かおうと思ってるよ。――さ、今のお兄さんの言葉で大体把握してくれる事を信じてるよ。風が止んだ、いこうかッ!」
「リュカの作戦、分かりました。私は接近戦で水晶を引き寄せます!」
 征四郎は軽々とランスを操り、遠慮を思わせない突撃で先端をビライアに突きつけた。勿論、水晶がそれを防ぐ。だが征四郎はそのまま水晶を押し続けた。
 ここらかは刹那の時間がゆっくりと流れていった。
 マックスが素早く魔弾を飛ばした。その魔弾は音さえも切り裂きながら進むと、やがて黄金の水晶と激突した。それと同時期に飛ばされた弾丸――これは五郎丸が飛ばした弾丸だ――が水晶と衝突し、ハウリングのような音を響かせた。銃弾の速度に遅れを取らず、アイフェが剣先を水晶に触れさせた。
 全ての水晶は防御に使われた。
 ビライアの目の前にフラッシュバンが落とされた。それは水晶よりも真っ白に閃光し、ビライアの視力を奪った。途端に、水晶が全て床に落ちた。
「目を瞑れ!」
 咄嗟にオリヴィエが叫んだ。その声はすぐに空気振動で伝達された。ビライアを除く全員が目を閉じた。
「うわあああッ!! 眩しい! やめろ、やめろぉぉ!」
 ビライアは両手で目を押さえながら膝を地面に崩した。
「今です!」
 若干の手加減を加え、アイフェはビライアの胴体をソードで斬った。
 彼女が倒れると同時に、水晶が割れた。
「終わった……の?」
 リュカの作戦は見るからに功を奏していた。アイフェの手加減がしっかり彼女を気絶に留める事ができたのか、一同に不安が走る。
「まだ……まだ」
 閉じられていたビライアの手が突然開き、重力に逆らって立ち上がった。
「……タフな奴だ」
 彼女は真っ二つに砕けた水晶を両手に持ち――凶器を手に持ち、発狂した。
「まだ終わらねえんだよォオオオ! 負けられねえええええ!!」
 傷から血を落としながら、ビライアは凶器を振り回しながら一同へ走ってきた。
「ありゃもう無理か。……なら仕方ねぇな、始末なら私に任せな。少なくともおまえらよりは慣れてる」
 マックスはマビノギオンを取り出した。血のついた唾を垂らしながら走るビライアをしっかりと見据える。
「ほ、本当に助けられないんですか?! まだ、まだチャンスは……!」
 針葉樹、縁、アリフェはマックスを見る。
「私だってこんな事はしたくねぇよ。だがな、チャンスは今なんだ。邪英化してるかしてないか分からない奴を放置するのがエージェントなのか?」
「違います! だけど……! まだ可能性があるなら!」
 エージェントのやり取りを、少年は黙って聞いていた。荒れ狂うビライアの姿を見て、少年は何を思ったのだろうか。
「ビライア姉ちゃん!」
 少年が叫んだ。
「少年……」
 クルオが呟いた。
「姉ちゃんのそんな姿、見たくなかったよ! ビライア姉ちゃんの馬鹿野郎ッッ!!」
 少年の声は、どこまでも遠くへ続いた。地平線の彼方まで飛ばされたかもしれない。
 しかし、ビライアの足が止まったのも事実だ。
「少年の声が、あの子に届いた……?」
 立ち止まったビライアは、次に凶器を床に落とした。少年はビライアの元へ駆けた。足音は幼く、とても無邪気だった。
「馬鹿……」
 ビライアの足に抱きつきながら少年は言った。
 彼女の首元に柄尻が当てられた。とても優しい音だった。崩れるビライアを見て、五郎丸はこう言葉を紡いだ。
「ゆっくり眠りな」
 柄尻が当てられた時と同じように優しい言葉だった。


 ビライアが救急車で運ばれるのを見ていると、黒い服を着た男が近づいてくるのが分かった。腰を低くして、へりくだった自身を強調している。
「いやあ、さすがエージェント様。天晴でした」
 すると突然、先ほどまでビライアの側近で彼女を励ましていた少年が男へと近づいた。
「こいつが悪いんだ!」
 少年は言葉を続けた。
「お前が街に来た途端、ビライア姉ちゃんがおかしくなったんだ。昨日、お前が姉ちゃんの家から出てくるの、俺みたんだからな!」
「この子の言ってる事は本当ですか?」
 そう男に訊ねたのは針葉樹だ。少年はずっと男を睨み付けている。
「何を言うかと思えば。はい、その少年の言う通りです」
「詳しく聞かせてください」
 アイフェとクレセントが男を見上げた。少年と同じくらいの視線を二人は飛ばしている。男は怯む事なかった。むしろ、嘲笑っているのではないか。
「ビライアという占い師を試した結果、その占いはデタラメだった。たくさんの人からお金を騙し取っているようなものです。だから私は立ち退き令を出しました。立派な詐欺ですから。何か問題でもありますか?」
「貴様らからは明確な悪意を感じる。ただ立退き令を出しただけなのか? それだけでビライアは邪英化してしまったのか?」
「いえ、実のところを言いますと反省させました。なに、街の人を集めて思いの丈を叫んでもらっただけです。――そうですよね? お集まりのみなさん」
 男は二度手を叩いた。
 すると、男に注目したそれぞれが頷いたり声を上げたりしてビライアを糾弾した。
「結構」
 抜刀を堪えているアイフェを、プリシラは手を握って抑えさせた。
「私は市民の人々のために、正義をこなしただけです。では先約がいるのでここらで失礼。――あ、そうそう」
 男は去り際に振り返った。
「住所変更や他にも面倒な手続きがあったのですが、あなた達のお陰で省かれました。どうもありがとうございますね」
 ――下らねえ。マックスは正義という言葉にそう声をかけた。
「ねえ君、ビライアさんの事おねーちゃん達に教えてくれない?」
 アイフェの問いかけに口を閉じたままの少年だったが、やがて開いて話し始めた。
 ……少なくとも、その場にいたエージェント達はビライアの事をこう呼んだだろう。優しいお姉さん。


 ビライアが目を覚ましたという情報をアイフェから受け取った一行は、人数こそ前回より減ってはいるが一行は病院にお見舞いに訪れた。
 針葉樹とエリカの後ろに続いて、アイフェとプリシラ、それとガルーとユリアが入室した。
「話は伺っています。邪英化しそうになった私達を助けてくださったのが、あなた方なのですね」
 ベッドの上で白い服に身を包みながらビライアは頭を下げた。
「本当に、申し訳ございませんでした。ご迷惑をおかけしてしまって」
「そうですね、あなたは力の使い方を大きく間違えてしまいました。今日、あなたにしっかりと理解していただくために私は来ました」
 ユリアの言葉に、ビライアはもう一度頭を下げた。
「反省しているのなら、もう二度と同じ事のないようにしっかりと注意してください。分かりましたか?」
 彼女がまだ何か謝ろうとしていたところをアイフェが割り込んだ。
「でも、あの子……遠矢君はあなたの事を恩人だと言っていました。だから私達はビライアさんの事を悪く言うつもりはないんです。ただ、どうして邪英化してしまったのかだけを聞きにきました」
 ビライアは一瞬驚いた様子を見せたが、すぐに声の調子を元に戻した。
「街の人たちが、私を非難した事に耐えられなかったんです……。皆を幸せにしていたのに、一瞬で全てが崩れて。私は占い師で、嘘をついていました。でもそれで幸せにさせられるならよかった。皆の喜ぶ顔が怒った顔になった途端、もう何もかもが見えなくなりました。これが全てです。本当に、ごめんなさい」
「これからどうしましょうか。退院したら?」
「ビライアさん、これを機に本物の占いというものを勉強されてはどうでしょうか? もちろん、それがオカルト的に当たるものかは分かりませんけど、ある一定の理論で占って、その結果を元にアドバイスをするなら、嘘吐きだなんて言われませんよ。もしくはエージェントとか」
「いえ、弟のケビンと静かに暮らそうと思います。もう二度と同じ過ちを繰り返さないように。この街をでなくてはなりませんね」
 辛くなったのか、彼女は枕と頭をくっつけた。天井を見ながら深い溜息をついた。
「でも、街を出るのは辛くないですか?」
「とっても。ですが、街の人々を怒らせておいてのこのこと居る事はできません。私は罪を犯したのですから、尚更です」
 二度目の溜息は、更に長く深かった。彼女は過去を吐き出しているのだ。思い出も全て吐き出して、少しでも自分が辛くないようにしているのだ。
「まだ早いんじゃないんですか」
 思い出を吐き出される前に、ガルーが先制した。
「これに乗って。アレを見てから先の事を決めようよ」
 針葉樹が折りたたまれた車椅子を広げて、ビライアを誘った。彼女は躊躇したが、エージェントらの言葉に乗って車椅子に腰を下ろした。
「一体、どこにいくんですか?」
「ま、楽しみにしといてください。どうなるかは分かりませんが、ビライアさんの気持ちが本当ならきっとなんとかなってますよ」
 プリシラが車椅子を押して、ガルーに煙に巻かれながらビライアはその場所に連れていかれた。

 駅前の広場は今か今かと野次馬のように人が並んでいた。かつてビライアを非難した人々が、またこうして集められている。今もまだビライアに対して人々は批判文句を謳っている。
「はい、お兄さん達に注目ー」
 リュカ、オリヴィエ、征四郎、五郎丸、黒鉄の五人が人々の目線の先にいた。
「さっきはビライアちゃんをどう思っているか、不満をお兄さん達に話してくれてありがとうね。そこで今回、ビライアちゃん本人はまだ出てこないけど、お兄さん達から皆に言いたい事があるから集めさせてもらったよ」
「先に征四郎から、いいですか」
 征四郎は一歩だけ前に出た。
「ビライアの占いは嘘でした。それは事実です。しかし、ビライアがあなた達を思った優しさというのは嘘だったのでしょうか?」
 嘘つき、という言葉が止んだ。
「人はふあんになったときやおちこんだ時、だれかに背中を押してほしいものだと思うのですよ。ビライアのやさしい嘘がだれかの背を押すユウキになっていたなら、それはこれほどに責められるべきものだったのでしょうか」
 五郎丸が半歩だけ前に出たのを見て、黒鉄も真似をした。
「占いが嘘か真かは重要な問題じゃない。所詮は当たるも八卦当たらぬも八卦」
「占いというのは活力や指針を得る物です。重要なのは、たとえ彼女の占いが嘘だったとしても、それでどれだけの人が救われて前に進むことができたか、じゃないでしょうか」
「ここにいる人は全員、ビライアからしあわせをもらっていたのです。そうでしょう? 思い返してください」
 人々は誰一人無駄話をしなかった。
「特に何かを売りつけられた事もなければ、執拗にお金を求めてきたこともないよね。君達は占われた事で楽しさや安心を貰う事ができた」
 リュカはここでもう一度手を叩いた。
「さて、もう一度考えよう。君達は本当に騙された? それとも損をした?」
 人々の姿をリュカは見えないから、誰がどんな反応をしたというのは全く分からない。だがそれは視覚だけで生きていたらの話で、聴覚を持ち合わせているリュカには人々のビライアに対する信頼というものが蘇っていたのを聞く事ができた。
「占われて、幸せだったのに彼女に悪い仕打ちをしてしまった」
 征四郎がオリヴィエに耳打ちをして、オリヴィエがその言葉をリュカに伝えた。
「リュカ、ビライアが来てる」
 ちょうど、木の陰から車椅子で押されたビライアが表に出てきた所だった。彼女は目を濡らしている。
「お集まりの皆さん、さっきお兄さんはビライアちゃんは居ないって言ったけど、前言撤回。おいで!」

 人々が一斉に後ろを向いた。様々な目があって、どれもこれも思いが詰まっているせいで誰が何を言いたいのかは分からない。
 ……だが少なくとも、その場にいた全員は誰もビライアに対して冷たい視線を送っていなかっただろう。
「言った通りでしょう。なんとかなったみたいです」


 その頃、H.O.P.E本部にいるオペレーターはアイフェから聞いていた占い師を敵に回す謎の集団について調べていた。逮捕まで行くため組織の経歴を念入りに調査しているが、一行に傷口を見せない。
「はぁ……。これじゃあ手も足も出ない」
 すると、扉が開いてマックスが入ってきた。彼は手に資料のような紙束を持っている。机の上に音を立てて置く。
「これは?」
「見りゃわかる」
 オペレーターは少し訝しげに資料を開くと、これは、と声を出した。
「こいつは例の集団が日本で銃器取引をしてる場面を撮影したもんだ。こいつらの様々な悪事ってのは全てデータが抹消されてたもんで、調べる事はできなかったんだが。追っかけてみりゃしっかりと働いてた」
「この写真が彼らだという証拠は?」
「警察も無能じゃない。顔分析やらなんやらやって特定してくれるだろうよ」
「つまり、この写真を警察に渡して逮捕依頼を出せば、この組織も終わりということですね。関わった組員は全員事情聴取、様々な事を吐くでしょう。そうなれば刑罰が重なり、彼らは破滅まで追い込まれる」
「そういうこった。じゃあな、俺の役目は終わりだ。後の事は他の奴らに任せるとする」
 部屋を後にするマックスの背中を、オペレーターの声が追っかけた。
「すみません、一つ質問があるのですが」
「なんだ」
「黄泉坂クルオさん、及び天戸みずくさんは戦闘終了後何をしていらしたのでしょうか。各員の報告では、彼は戦闘終了後は何もしていなかったかのように見えますが……」
 マックスは額に手を当てて考えた末、こう言った。
「黄泉坂はベンチに座ってぼうっとしてただけだな。天戸はどっかふらついてるんじゃねーか。詳しくはしらねえな」
「なるほど……。報酬を半分にする必要がありますね」
「さてな。黄泉坂は戦闘中よくやってくれたように思うがね私は。ガキを精一杯守りやがってな」
 一考の余地はある。
「分かりました。様々な報告ありがとうございます。すぐにこの写真を持って警察に。――あ、最後に、ビライアさんとケビンさんは今どうしていますか?」
「あの街で二人して学校の先公やるって聞いたな」
 分かりましたとオペレーターが言うと、今度こそマックスは部屋を出ていった。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • エージェント
    アイフェ・クレセントaa0038
    人間|15才|女性|攻撃
  • エージェント
    プリシラ・ランザナイトaa0038hero001
    英雄|16才|女性|ブレ
  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 仄かに咲く『桂花』
    オリヴィエ・オドランaa0068hero001
    英雄|13才|男性|ジャ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 優しき『毒』
    ガルー・A・Aaa0076hero001
    英雄|33才|男性|バト
  • エージェント
    黄泉坂クルオaa0834
    人間|26才|男性|攻撃
  • エージェント
    天戸 みずくaa0834hero001
    英雄|6才|女性|ソフィ
  • 晦のジェドマロース
    マックス ボネットaa1161
    人間|35才|男性|命中
  • 朔のヴェスナクラスナ
    ユリア シルバースタインaa1161hero001
    英雄|19才|女性|ソフィ
  • 汝、Arkの矛となり
    五郎丸 孤五郎aa1397
    機械|15才|?|攻撃
  • 残照を《謳う》 
    黒鉄・霊aa1397hero001
    英雄|15才|?|ドレ
  • アステレオンレスキュー
    針葉樹 未来aa1590
    人間|18才|女性|防御
  • エージェント
    エリカaa1590hero001
    英雄|16才|女性|バト
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