本部

【時空戦】小さな王女と少年音楽家

絢月滴

形態
シリーズ(新規)
難易度
普通
オプション
参加費
1,300
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/06/24 20:41

掲示板

オープニング

●――の情景
 大きな城。四人の兄。九人の姉。一人の弟。バレエ。歌劇。庭にある迷路。城に住んでいる大道芸人達。狩猟。
 1762年。10月。13日。
 ザルツブルクからやってきた一人の少年。
『大きくなったら僕のお嫁さんにしてあげる』


●石が呼んでいる!
 がたん! と大きな音を立てて、ノルン・ペオース(az0121)は椅子から転げ落ちた。軽く腰を打ってしまい、痛さにうめく。ついこの間サンクトペテルブルク支部に配属となった職員は目を丸くしている。それ以外の職員はノルンが転んだことに関して反応しない。彼らが冷たい訳ではない。彼は知っているのだ。ノルンが予知した時はいつもそうなるのだと――。
「あ、あの、大丈夫ですか?」
「うん平気よ。ありがとう……あ」
 ノルンの目が壁にかけられた時計に止まる。夕方の六時。まずい。彼が帰ってしまう。この支部の中で自分の言葉を正確にとらえることが出来る彼が。
 ノルンは勢いよく立ち上がった。他には目もくれず、部屋を飛び出した。廊下を行きかう職員やエージェントの合間を抜けて、支部の入口に向かう。そして目的の人物を視界にとらえた。晴れていても、いつもレインコートを着ている、長めの前髪で表情を隠した彼を。
「純くん!」
 ノルンは彼の名を呼んだ。しかし彼――西原純(az0122)は立ち止まらない。まずい、とノルンは純の背中に体当たりをした。突然のことに純は対処しきれない。床に派手に倒れこんだ。突然のことに周りが騒然となる。ノルンはそんなこと気にせず、純に話しかけた。
「純くん聞いて! 新しいのが降りてきたの! えっとね、なんかすごくて、そしてね、でもそれは石が」
「……まずは俺の上から退け、ノルン」
「あ、ごめん!」
 ノルンは慌てて立ち上がった。面倒くさそうに純が起き上がる。はあ、と大きなため息をついた。
(久しぶりに早く帰ろうと思ってたのに……)
「じゃあ最初から話すね! あのね!」
「少しは落ち着け。部屋で聞いてやるから」
「ありがとう純くん! 今度ボルシチ作ってあげる!」
 笑うノルンに、純はもう一度深く大きく息を吐きだした。
 
 
 それから数時間後。
 ノルンの話をまとめあげた純が、エージェントを前に告げたのは以下のような内容だった。
「オーストリア、ウィーン。シェーンブルク宮殿の庭、天使像にオーパーツがある。形状はブレスレットだが、それに埋め込まれた黄色の宝石がオーパーツ本体だ。そしてそれはどうやら、過去を見る、あるいは過去に行くことができる代物らしい。回収を頼む」



●時空戦、開始
 上弦の月が夜空に浮かび始める時間帯。エージェント達はシェーンブルク宮殿の庭に到着した。ノルンが言っていた天使像を探した。天使像の数はそれなりにあったものの、目当ての天使像はすぐに見つかった。これを持って帰れば、任務終了だ。誰もがそうおもった刹那。
「それはH.O.P.E.エージェントが触れてよいものではない!」
 少し高めの声が庭に響き渡る。エージェント達が振り返ると、そこには軍服を着て眼鏡をかけた小柄な男性が居た。彼の背後には8人ほどの人間が立っている。男性か女性かは判別がつかない。
「私はアルビヌス・オングストレーム(az0125)! 偉大なるセラエノのリヴィア様にお仕えしている。そのオーパーツ……タイムジュエリーはリヴィア様のものだ! 邪魔するなら力づくで、君たちを排除する!」
 好戦的なアルビヌスに対し、エージェント達も身構える。
 空気が張り詰める。
 まさに一色触発の事態。
『――あーもう、うるさいなあ。ゆっくり寝られないじゃないか』
 タイムジュエリーから白い靄状のものが立ち昇る。それは瞬く間に人……いや、天使の形を成した。背中の羽根で自らの体を包み込むと、彼は目を開いた。黒と見間違えてしまいそうな青の瞳が、エージェント達とアルビヌス達を交互に見る。
『君たちは……なるほど、ボクを手に入れにきたのか。それならボクを起こしたことを許してあげるよ。自己紹介するね。ボクはノーリ。このタイムジュエリーの時間案内人さ』
「なにをぶつぶつと言っているんだ? まあいい、さっさと手に入れて」
 アルビヌスがタイムジュエリーに手を伸ばす。それをノーリがにらみつけた。眼光の鋭さに、アルビヌスは動きを止める。
『ボクを手に入れたければ、ゲームで対決しなよ。勝った方に、ボクはついていくからさ』
「ゲームだと?」
『そうだよ』
 ノーリはうっすらと笑う。まずは視線をエージェント達に向けた。
『君たちは……王女様と神童――マリア・アントーニアとモーツァルトの可愛いデートに、楽しい思い出を添えてあげなよ』
 そして今度はアルビヌス達を見る。
『君たちはその逆の役割を与えようか。王女様と神童に嫌な思い出を』
 ノーリは翼から腕を出し、指を弾いた。
『さあ、過去に行っておいでよ!』
 タイムジュエリーが輝き、そこに居る全員を包み込んだ。

解説

エージェントとセラエノの一同はタイムジュエリーによって過去のシェーンブルク宮殿に跳ばされました。
そこでノーリに言われた役目を果たして下さい。
もちろん、セラエノ側も役目を果たそうとします。


◆跳ばされた過去の日付
 1762年10月13日
 
◆何があった?
 演奏会をするため、父親とシェーンブルク宮殿を訪れたモーツァルト(6歳)とマリア・アントーニア(後のマリー・アントワネット)(7歳)が出会い、モーツァルトがマリアにプロポーズをしました。
 
◆跳ばされた先で何が起きる?
 演奏会まで時間があるからと、モーツァルトとマリアが一緒に遊びます。
 二人の行動予定は以下の通りです
  庭園迷路(生垣で作られた迷路)で遊ぶ→噴水の側にしつらえたテーブルでモア・イム・ヘムト(蒸しあげた温かいチョコレートケーキ)を食べる→宮殿内に戻り、モーツァルトの演奏に合わせてマリアがバレエを踊る。
  
◆注意点は?
 ・モーツァルトとマリアが遊び始める2時間前ほどに跳ばされます。
 ・戦闘行為は禁止です。
 ・モーツァルトとマリアは外に居るときにだけ話かけることが出来ます。
  (彼らは城に住み込んでいる大道芸人だと判断します)
 ・宮殿内部に入ることはできますが、目立つ場所や王族が居るところ(広間や講堂など)には行けません。
 ・なお、この注意点はセラエノ側にも適用されます。
 ・共鳴はできません。英雄は個人のパートナーとして存在します。

リプレイ

●ようこそ、史実には刻まれることのない一日へ
 月鏡 由利菜(aa0873)はゆっくりと目を開けた。先程まで月が輝いていた空は、青く何処までも澄み渡っている。城の中に入っていく人たち――特に女性――の恰好は、現代とは全く違う。コルセットで締め上げた腰。ペチコートで広げられた巨大なスカート。
「過去の世界に飛ぶなんて……これが、オーパーツの力……」
 呟いた由利菜の髪飾り――ミヤマカラスアゲハを象ったもの――にリーヴスラシル(aa0873hero001)が触れる。
『……共鳴はできないか。世界蝕が起きる前の時間軸だから、ライヴスの流入が期待できないのかもしれん』
「確かにそうなのです。通信機が反応しません」
 青々とした芝生の上で紫 征四郎(aa0076)はライヴス通信機に視線を落としながら言った。
『全く、不便ね』
「ならせめて、音楽で連絡を取り合うようにしておくのです」
 マリアンヌ(aa5176hero002)に対して、征四郎が提案する。それに反対する者はおらず、合図の曲を三つほど決めた。
『あとは何事かあれば、大声を出すしかなかろう。何かあれば、芸ということにしてしまえば良い』
 ユエリャン・李(aa0076hero002)が付け足す。
「私は周囲を警戒しておこう。禮は……楽しいお茶会の為に一つ演奏を頼んで良いかな?」
 海神 藍(aa2518)が禮(aa2518hero001)に言う。禮は弾けるような笑顔を見せて、頷いた。
『任せてください!あの二人には……あの曲がいいですね』
「でも周囲には気を付けて。考えつくだけでも水をかけるとか、上から何か降らせるとか、ケーキに細工するとか。様々な妨害が……」
『ケーキに……細工っ? ……そんな、セラエノはそこまで非道なんですかっ?』
「……えっと。まあ、いいか」
 いつもと違い、連絡がすぐに取り合えないという状況に皆戸惑いつつ、各自がやるべきことをしっかりと確認する。
『それじゃあ、行動開始ね。鉄治、日傘出しなさい』
「……なんで俺が日傘なんか持たなきゃならねえんだ。」
『つべこべ言わずにちゃんと持ってなさい』
 長身のマリアンヌに合わせ、柳生 鉄治(aa5176)は日傘を広げた。マリアンヌのヴァイオリンも担いでいるせいか、バランスをとるのが大変そうだ。
『そういえば、マリー・アントワネットが誰かぐらい知ってるのよね?』
 歩きながら、マリアンヌは鉄治に聞いた。
「当たりめえだろ。てことは、ここもフランスなんだろ?」
『……あのね、ここはオーストリアよ。一般常識もないの?』
 今まで良く生きて来れたわね、とマリアンヌは首を横に振った。
「……ラシル、マリー王女の護衛を頼みます。私は演奏会の準備を手伝ってきますね」
『王女に会わないのか、ユリナ』
「会いたいですけれど……私の素性が知れれば……」
『……分かったが、少しくらいは会う時間を設けてもいいだろう』
 噴水の方へ由利菜をリーヴスラシルは見送る。
 こうして十二人は、それぞれの役目を果たすべく動き始めた。
 
●先回りして、罠を潰せ
 藍と禮は二人が歩くことになる道、庭園迷路の生垣、噴水、椅子、テーブルなどありとあらゆるものをチェックしていた。
「落とし穴に突然飛び出る刃、すぐに折れるよう細工された椅子。……セラエノも必死だね」
 そんなにもあの宝石――タイムジュエリーは魅力的なオーパーツなのだろうか。
「あ!」
「禮、どうしたの」
「セラエノ!」
 禮が指さした先、噴水から宮殿へと続く道にセラエノ構成員が何かを埋めていた。形状からして、踏むと破裂するものだろう。藍は先程拾っておいた石を投げた。音を聞きつけたのか衛兵が駆け寄る。セラエノ構成員は埋めていたそれを掘り返し、抱えて何処かに逃げていった。
「あれをまた何処かに埋めるのかな。追いかけよう」
「はい、兄さん!」
「私一人で平気だよ。だから禮は厨房の見張りは頼むよ。しっかりケーキを守ってね」
 藍の言葉に、禮はそうでした、と意気込む。
『ええ、ケーキに害成すものを赦してはなりません! ……ところでその、もあいむへむと?ってどんなケーキなんですか?』
 きらきらと、禮は黒い瞳を輝かせる。
「……チョコレートスフレにチョコレートソース。ホイップクリームを添えたものだよ。帰ったら作ってみようか」
『……ほんとですかっ?』
「うん、じゃあ頼んだよ」
 セラエノ構成員達の後を追う藍を見送り、禮は厨房へ向かった。メイドやシェフに笑顔を浮かべると、芸人の子供が余った菓子を貰いにきたのかと勘違いされたのかあっさりと中に入ることが出来た。モア・イム・ヘムトが入っている蒸し器を禮は注視する。甘い匂いに幸せな気分になりつつも警戒は怠らない。シェフが華麗にケーキを作り上げていく。彼の側に見習いと思われる青年が立った。その手の中にあるのは、こしょうの瓶。
『だめ!』
 禮は青年の足に体当たりをした。厨房で働く人たちの目が一斉に二人に集まる。これでは何もできないと判断したのか、青年は逃げた。ふぅ、と禮は安堵の息を吐いた。これで大丈夫。待って、でも。
(はっ……給仕のヒトがセラエノの手の者だったりは……?)
 その可能性も大いにあると、禮はケーキの護衛を開始した。

●二人との邂逅
『あまり複雑な作りではなさそうですね』
 庭園迷路の地図を作り終え、凛道(aa0068hero002)は言った。それにしても、と改めて周りを見渡す。何だろう。この既視感は。
「リンドウ、地図を貸して下さい」
『はい、征四郎さん』
 凛道に渡された地図を参考に、征四郎は迷路を解くヒントをイラストにする。書き上げた数枚のイラストを箱に閉まった。
「それでは、隠してくるのです!」
 迷路に意気揚々と入っていく征四郎に、凛道は目を細めた。
「ねえ、凛道。入口を飾る薔薇はここでいい?」
『はい、マスター。いい位置かと』
 ありがとう、と言って木霊・C・リュカ(aa0068)は生垣に薔薇を添えた。
「いやしかし、生きてるうちに時間旅行が経験できるとは思わなかったよ。お兄さん、感激」
『それにしては、少し緊張しているようにも見えますが。マスター』
「……まあ、ね」
 やっぱり凛道には伝わるかあ、とリュカはいつもより長く笑った。凛道が迷路に近づく小さな二つの気配に気づく。
『マスター、来たようです』
「うん、周りの警戒は頼んだよ」
『はい』
 凛道が自分から離れたのを感じ取り、リュカは白杖を頼りに歩き出した。あら、と鈴が転がるような、可愛らしい少女の声。
「マリア? この人だれ?」
「多分、大道芸人の人。この前、新しい人がいっぱい来たって、お父様がおっしゃってたわ」
 声の方に、リュカは片膝で跪いた。深く深くお辞儀をし、敬愛を示す。
「初めまして、マリア・アントーニア王女。側にいらっしゃるのは、神童とうたわれしヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト殿でしょうか。何分、目が見えないものでして」
「まあ」
 リュカの丁寧な挨拶に、マリアはお辞儀をする。モーツァルトもマリアの真似をした。
「実はこの迷路の中でハンカチを落としてしまいまして」
「それは大変。一緒に探してあげる。いいよね? ヴォルフ?」
「うん」
「ありがとうございます」
 リュカは立ち上がった。そして、ああ、と付け加える。
「迷路の中には薔薇が飾られています」
「薔薇?」
「はい」
 モーツァルトの声がする方に顔を向け、リュカは笑う。
「薔薇は愛の花。二人で集めたなら、きっと神はとびっきりの祝福を与えて下さるといいます。ええ、勿論!」

 リュカがマリアとモーツァルトと共に庭園迷路を散策しているその頃。
 獅堂 一刀斎(aa5698)と比佐理(aa5698hero001)はアルビヌス達を探していた。
『……ここが、1762年。まさか、時空を越えることができるなんて……オーパーツというのは……不思議なものなのですね』
 表情を変えず、周囲を興味深く観察しんがら比佐理が呟く。一刀斎はああ、と同意しながら、静かに歩いた。
「モスケールが使えないのは痛いな」
 これはアルビヌスを見つけることは不可能か。そう一刀斎が思ったその時。
「まさか通信機も何もかも使えないとは! それに敷地の外に出ることすらできない!」
 庭に建てられた小屋からアルビヌスの声が聞こえる。
「落ち着いて下さいアルビヌス様。H.O.P.E.のエージェントに聞こえたら」
「いいか、必ずこのゲームに勝つのだ! リヴィア様に必ずタイムジュエリーを! 必ず、必ず持って帰るのだ!」
「既に何人かが手を打っています。ご安心下さい」
 制止の声はアルビヌスには届いていない。
「もし駄目だったら、噴水のところで一斉に……!」
 一刀斎と比佐理は目で合図し合い、その場をそっと離れた。
「見つけた仲間から、情報を共有していこう」
『はい』




●迷路の先、一世一代の大道芸
「竪琴は……ここでいいですね」
 噴水の側、由利菜は演奏会の準備をしていた。近くにある茂みや木陰に今のところ敵の気配はない。しかし警戒を解いてはダメだ。そんな由利菜の耳に、庭園迷路を抜けたのであろう、マリアとモーツァルトの声が聞こえてくる。そこにはリュカと征四郎の声も混じっていた。
「征四郎はすごい芸を持っているのね! あんな風に剣を扱うなんて、お兄様にも出来ないわ。しかも狭い迷路の中で!」
 先程セラエノ構成員に襲われたことをマリアは芸の一つだと思い込んでいるようだった。
「それにあの征四郎の箱のヒントがなかったら、私とヴォルフはずっと迷路の中をさまよっていたのかも」
「それはないよマリア! 絶対僕が出口まで案内したから!」
 マリアとヴォルフのやり取りを見守りながら、征四郎は辺りを警戒した。ちらりと、木々の上から監視をしているユエを見る。ユエは微かに首を振った。まだ異常はないが、油断は出来ない。そんな表情だ。
「さ、お茶にしましょう! ケーキたくさん焼いてもらったから、皆の分もあるわ! ほら、ヴォルフ。私の隣に座って」
「うん」
 マリアの勧めに皆が椅子に座る。そんな彼女にリーヴスラシルは近づいた。
『初めまして、マリア王女。私はリーヴスラシルと申します。是非一度、お話させていただきたいと思っていました』
「お話……」
 マリアは眉根を寄せ、話題を探した。こちらから何か振った方がよかっただろうか。リーヴスラシルは考えたけれど、それは杞憂に終わる。マリアは笑顔でリーヴスラシルに尋ねた。
「ねえ、あなたは何が好き? 私はね、姉さんと一緒に歌を歌ったり、バレエを踊ったり、楽器を演奏するのも好きなの!」
『……なるほど、音楽全般が好きなのですか。私の主へもピアノや社交ダンスを教えております』
「主……? 芸人さん、ご主人様がいるの? お父様?」
『いえ』
 リーヴスラシルは小さく笑い、首を振った。
『王女と同じ、気品のある方です。今お呼びしましょう』
 リーヴスラシルの視線に気づいたのか、由利菜がおずおずとマリアに近づく。わあ、とマリアが声をかけた。
「素敵な髪飾り! お洋服も可愛い! 誰に仕立ててもらったの? ……あ、その白いドレスも綺麗ね!」
 由利菜が持つエターナルホワイトドレスにマリアが興味を示す。
 『……このドレスが気になりますか? いずれ我が主の伴侶に相応しい人物が現れたら、着て貰う予定のものですが……』
 いい顔をしないリーヴスラシルに由利菜が微笑む。
「いいじゃないですか、一足先に王女様の花嫁姿を見られるんですよ。ちょっと、大きさは合わないかもしれないですけれど」
『……全く、我が主もお人好しだ』
「いいの? ありがとう!」
 マリアは由利菜からドレスを受け取ると、自分の体に当てた。
「どう、ヴォルフ?」
 純真な笑顔を浮かべたマリアがモーツァルトに問いかける。モーツァルトは頬を染めて、う、うん、と頷いた。その声を聞いて、リュカが小さく呟く。そこは可愛いって言ってあげないと。征四郎だけがその言葉を拾う。あれだけでも十分なのです、と同じく小声で返した。
「決めた! ヴォルフとの結婚式はこんな素敵なドレスを着る! それでね、ヴォルフと一緒に歩くの!」
「それなら僕はマリアと結婚する時だけに演奏する曲を書くよ」
「きっとよ、ヴォルフ! あとね」
 二人は結婚式への夢を次々と語る。そうして談笑していると、マリアンヌと鉄治、一刀斎と比佐理が近づいてきた。マリアンヌを見て、マリアが声を上げた。
「今日は新しい大道芸人さんがいっぱいいるのね!」
 マリアンヌが立ち止まる。
『だ、大道芸人ですって……』
 屈辱と言わんばかりに、マリアンヌは体を震わせる。鉄治は無意識に噴き出していた。
『鉄治ッ!』
 マリアンヌに睨まれ、鉄治は即笑うのを止めた。
『おンのれぇ……断頭台に登った根性は買ってたのに……!』
「断頭台……?」
『芸人の戯言です。お聞き流し下さい』
 リーヴスラシルが笑顔でごまかす。その間に一刀斎は先程手に入れた情報を皆に共有していた。
 メイドたちがケーキやお菓子を運んでくる。その後ろには禮がついてきている。ケーキは守り切ったと言わんばかりの笑顔だ。人数分のカップが並び、紅茶が注がれる。
「マリア王女。モーツァルト殿。ここで一つ、芸を披露させていただきたく。東の果ての異国の人形劇をお目にかけましょう」
 二人は興味深そうに一刀斎の方を見る。懐から一刀斎は二体の人形を取り出した。一体は男性で書生姿。もう一体は艶やかな唐紅の振袖姿の女性。男性の台詞を一刀斎が読み上げ、女性を比佐理が請け負う。
「ほら、清さん。今年も桜が美しく咲きましたよ」
『本当。花びらがひらひらと、ああ、こんなに軽やかに舞い落ちて』
 女性が手の平を上に向ける。
 まるで桜が本当にそこにあるように。
「……行く前に、貴女と見に来れて良かった」
 は、と女性が男性を見る。
『そんな最後のような事、言わないでください。私は、清は、ずっとずっと、大吾様と桜を見るのです!』
「ごめんなさい、そんなつもりはありませんでした」
 男性がそっと女性に寄り添う。
 一刀斎が操る人形たちにマリアとモーツァルトは見入っていた。
「必ず、帰ってきますから。待っていてくれますか、清さん」
『ええ……ええ、必ず、必ず!』
 男性が一度、一刀斎の背後に消える。女性はその場に座り込んだ。
『あの人が行ってしまってから何年経っただろう。周りの者は、皆あの人はもういないのだと言う。でも信じない。もしあの人が戻ってこないのであれば、私は』
 女性がきらりと光る刃物を取り出す。ひ、とマリアが声を出した。
 本来であればこの話は、ここで女性が自害して終わる。
 しかし一刀斎は、今回は結末を変えると決めていた。
「清さん!」
 その声と共に、男性が女性に駆け寄る。女性の手から刃物が落ちた。ひし、と二人は抱き合う。
「ごめんなさい。遅くなりました」
『はい。でも、許します』
 二人が更に寄り添う。少し間を置いて、一刀斎と比佐理が深く頭を下げた。マリアとモーツァルトが拍手をする。
「凄い。本当に生きてるみたい!」
「……この傀儡人形は俺の手作りだ。俺は……幼少の頃から数多の人形を作り、世に送り出してきた。我が最新作にして最高傑作は、この……比佐理だ」
「え、このお姉さん、人形なの?」
 モーツァルトが瞬きをする。比佐理は淑やかに二人に会釈した。
「……音楽も、バレエも。己の心の中に存在する、目に見えぬ美を顕現せしめるという点では……人形作りと同じと思う。二人に会えて光栄だ。どうか今日は……楽しい一日を」
「ありがとう!」
 二人がそう言った、瞬間。
「今だ! やってしまえ!」
 木陰からアルビヌスの声が響く。武器を構えたセラエノ構成員たちが姿を現した。怖がるマリアとモーツァルトを鉄治は保護する。征四郎はシンセサイザーを取り出した。先程皆と決めた緊急時の曲を奏でる。その音を聞いて、ユエ、藍、凛道が駆け付けた。
『なんとまあ、無粋なことよ』
「こ、これは一体、なんなの?」
「泥棒? 悪い人っ?」
 恐怖を口にする二人にリーヴスラシルが笑顔で告げる。
『……ああ、王女や少年は気にしなくていい。どういう形であろうと、王女と共に劇をやりたがる者達は沢山いると言うことですよ』
『リーヴスラシル、戦闘行為は禁止ですよ。……'僕たち'の'戦闘行為'は』
 眼鏡を光らせ、凛道はヤシの実爆弾を少し遠くで爆破させた。ココナッツ汁が飛び散り、周囲に甘い香りが漂う。飛び散った汁はセラエノ構成員達の服にかかった。すぐに彼らに虫が群がる。一人が逃げ出せば、後の者ももつられて。
「待て、逃げるな!」
 一人では何もできないのか、アルビヌスも逃げていった。
「……もう大丈夫だ」
 まだ何処か緊張気味のマリアとモーツァルトに鉄治が話しかける。鉄治の穏やかな声に二人は安心を取り戻したようだ。そんな二人に禮が話しかける。
『これは。マリアお嬢様に神童と名高いモーツァルト様ではありませんか。お目にかかれて光栄です。恐縮ではありますが、先程の芸人仲間の非礼のお詫びとして、演奏をさせていただけないでしょうか』
 禮は由利菜が用意してくれた竪琴に手をかける。征四郎もまたシンセサイザーに手を置いた。
『曲名は、そう。追憶のパヴァーヌ。とでも致しましょうか。いずれ追憶するこの日々が、うつくしきものでありますように』
禮は【なき王女のためのパヴァーヌ】を奏で始める。静かで穏やかな主旋律。ところどころに軽く、しかししっかりとアクセントになるような音を征四郎は加えた。二人の演奏を聞いて、マリアンヌが鉄治からヴァイオリンを受け取る。
『ラヴェルか。いいわ、付き合ったげる』
 禮の竪琴の音に合わせ、マリアンヌはヴァイオリンを奏でた。竪琴とは違う力強く、心の底を震わせるような音。三つの音は一つとなり、庭園に響き渡る。曲の中盤からはマリアンヌのヴァイオリンが主旋律を担った。禮の竪琴がそれにふわりと寄り添い、征四郎のシンセサイザーは和音を駆使する。再び主旋律が竪琴に代わる。そこに由利菜が声を乗せる。心地よいクワイアに、マリアとモーツァルトは身をゆだねた。二人だけでなく、その場に居る全員が音を楽しんでいた。リュカはそっと、テーブルの上のティースプーンをポケットの中に入れる。果たしてこれは、持って帰れるのだろうか。
 禮が最後の一音を奏でる。
 余韻も味わい尽くした後、マリアとモーツァルトは盛大な拍手をした。
「皆、凄かったわ!」
「今度、僕の演奏会に出てよ!」
 興奮する二人に、良かったと禮はほっと胸をなでおろした。
 
 その、刹那。

『ゲームオーバー。戻ってきなよ、君たち』



 ノーリの声が響き渡った。



●物語は次の戦いへ
 気づくと、夜のシェーンブルク宮殿に皆は居た。ついさっきまで一緒に居たマリアとモーツァルトは居ない。代わりに笑っているのは時間案内人のノーリだった。リュカはこっそりとポケットを探る。そこに確かに入れたはずのティースプーンは、なかった。
「っ、何故だ! 何故戻した! まだ勝負はついていない!」
『ついてるよ。何言ってるの? あれだけ王女様と神童を楽しませたんだもの。どう考えたって、こっちの勝ちだよ』
 憤るアルビヌスにノーリが平然と答える。
「……ああ、リヴィア様。申し訳ございません。次は次は必ず……!」
「アルビヌス、と言ったか。お前に一つ問いたい」
 一刀斎がアルビヌスに詰め寄る。
「……お前のリヴィアへの心酔の程。単なる部下としての忠節に留まらぬものを感じるが……、リヴィアとはどういった関係だ?」
 アルビヌスは一刀斎をにらみつける。
「どういった関係? 私はリヴィア様の部下、それ以上でも以下でもない! あの方は私を闇から救ってくださった。ただただ私はその恩義に応えるのみ!」
 これ以上答えることはないとばかりにアルビヌスは後ろを向いた。
『それでは君は我輩達のものとなるのだね』
 ユエがノーリに手を伸ばす。ノーリはユエの手を払った。
『ゲームが一回だけなんて、ボクは言ってないよ。こんなに楽しいゲーム、すぐに終わらせるなんてもったいない。――ねえ、そこの君』
 ノーリはリュカを指名した。
『悪いんだけど、ボクを次のゲームの舞台に連れて行ってくれないかな。フランスのヴェルサイユ宮殿にね。ああ、安心してよ。すぐにゲームを始める気はない。まだ僕も内容を考えている途中だからね。決まったら、今回みたいな形で呼ぶからさ』
「いいよ、お兄さんが連れて行ってあげる」
 一呼吸置き、ほんの少しにやつきながら、リュカはノーリに尋ねる。
「ねぇねぇ、ノーリ。君達は一人につき決められた過去の一部分にしか跳ぶ事が出来ないと聞いてるんだけれども、その場所は人が定めるの? それとも、彼らのデートを見守っていた君自身が決めたのかい?」
 リュカの問いにノーリは目を細めた。
『ご想像にお任せするよ』
 そう言ってノーリはタイムジュエリーの中に消えた。

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 断罪者
    凛道aa0068hero002
    英雄|23才|男性|カオ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 全てを最期まで見つめる銀
    ユエリャン・李aa0076hero002
    英雄|28才|?|シャド
  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 永遠に共に
    リーヴスラシルaa0873hero001
    英雄|24才|女性|ブレ
  • マーメイドナイト
    海神 藍aa2518
    人間|22才|男性|防御
  • 白い渚のローレライ
    aa2518hero001
    英雄|11才|女性|ソフィ
  • 惚れた弱み
    柳生 鉄治aa5176
    機械|20才|男性|命中
  • 輝ける女帝
    マリアンヌaa5176hero002
    英雄|27才|女性|カオ
  • 黒ネコ
    獅堂 一刀斎aa5698
    獣人|38才|男性|攻撃
  • おねえちゃん
    比佐理aa5698hero001
    英雄|12才|女性|シャド
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