本部

澪河神社の小さなお茶会

影絵 企我

形態
イベント
難易度
易しい
オプション
参加費
500
参加制限
-
参加人数
能力者
25人 / 1~25人
英雄
23人 / 0~25人
報酬
無し
相談期間
5日
完成日
2018/06/18 10:42

掲示板

オープニング

●風の報せ
 静岡某所に建つ澪河神社。背後に鎮守の森もある、そこそこ由緒正しい神社。共に神社を守ってきた澪河将臣、青藍兄妹。二人は本殿の中に立ち、祀られている御神刀を見つめていた。
「……アマツカゼが騒いでいる」
 澪河神社の折れたる御神刀、アマツカゼ。武器としては修復を待つ他ない有様だが、それでもオーパーツとしての力が衰えたわけではない。世界に吹き荒れる嵐の到来を、輝く刃の破片は知らせていた。
「まあ、善性愚神の対応に追われてる間にマガツヒがテロとか起こすし。そりゃ反応するでしょ」
「うむ……その善性愚神についてだが、そろそろまた事態が大きく動くだろう」
 白い犬の頭を持った獣人と共に、将臣は腕組みする。古強者の雰囲気を醸す二人に、澪河 青藍(az0063)は溜め息を吐く。
「そらそうでしょ。むしろこれから何事も起きなかったら驚くわ」
「む……」
 将臣はしゅんとする。今年で27歳、いい大人だが、この男はどこか少年のような素振りを見せがちだ。
「で、わざわざ任務が終わった瞬間に呼び寄せてきたりしてどしたの? 例大祭はまだ先じゃん」
 青藍が大の男二人を見上げて尋ねると、犬頭の英雄が応えた。
『それなんだが……茶会という建前で、一日H.O.P.E.のリンカー達に境内を開放しようと思っているんだ』
「はぁ」
「民間人に紛れて祭りを楽しもうという気分にはなれん者も今の情勢では少なくないだろう。大きな戦いへ向かう前に、少し肩の力を抜いてもらうつもりだ。お前にもその場に居て欲しくてな」
 珍しく真っ当に真剣な顔をしている兄。青藍はその顔を見つめ、小さく頷いた。
「なるほどね……そういう事なら、協力するよ。もちろん」

●小神社の茶話会
「……ん。んまい」
 手渡された餡餅を食べ、巫女服姿の青藍は頬を緩める。テラス(az0063hero002)は得意げに目をちかちかさせた。
『デショー。料理は科学。データさえ入力されてれば何でも作れるもんね』
「つくづく便利だねえ……お茶も完璧じゃん」
 緑茶を飲みながら青藍はほっと息を吐いた。その隣にやってきたウォルター・ドルイット(az0063hero001)も青藍へ紅茶とクッキーを差し出す。
『青藍、色々と作ってみたんだが、少し味見してくれないか』
「うむうむ。オッケー。これで和菓子好きと洋菓子好き双方に対応できるな。今日限りはインターナショナルな神社を目指すぞ」
 クッキーを摘まむと、青藍は満面の笑みを浮かべた。お菓子に囲まれすっかり上機嫌である。
「姉さんばっか食うなし! 私にも寄越せ!」
 その背後から、仁科 恭佳(az0091)が突っかかってくる。黒いツナギを着込んで、すっかり作業員モードである。茶話会の話を聞きつけた恭佳は、色々な作業を周囲に押し付け神社に飛んで来たのだ。かといって、ここでもやる事はAGWの手入れなのだが。
「いいけど、コンクリに油染み残さないでよ?」
「わかってるってそれくらい。ね?」
 青藍の手からクッキーをひったくりつつ、恭佳はヴィヴィアン・レイク(az0091hero001)に目配せする。同じく黒いツナギを着たヴィヴィアンは、微笑みながらこくりと頷く。
『はい。どんな汚れも私がピカピカにしますから、安心してくださいね』
「うん。くれぐれもよろしく」
 紅茶を飲み終えた青藍は立ち上がる。広場にはテントが張られ、ベンチも並べられていた。
「さて……これで私達の準備は完了……と」
 青藍はその眼を空へと向ける。

「気分転換になればいいんだけど……」

解説

メイン 澪河神社で思い思いの時間を過ごす

出来る事

御神籤or御守り受領……青藍
 社務所で巫女服姿の青藍が番をしている。エージェントの為の戦勝祈願御守りと御神籤を用意している。普通の御守りもある。(全部500G。御神籤の内容はプレイングで指定可能)

装備調整……恭佳、ヴィヴィアン
 社務所の中で、恭佳が色々な工具を用意している。AGWの整備をしてくれたり、グリップなど細かい部分の改造をしてくれたりする。(工賃1000G。レベルアップや改造申請する時の意気込みにどうぞ)

御茶所……ウォルター、テラス
 エージェント達の為に特別に準備した御茶所。普段は無い。ウォルターが紅茶や洋菓子、テラスが緑茶や和菓子を用意してくれる。ベンチもある為そこで食事が出来る。(菓子は自由に指定してください。あんまり高級なやつは無理です。)

祈願……青藍の兄
 申し込みをしておけば、青藍の兄がエージェントの為に戦勝祈願をしてくれる。

相談事……青藍その他
 全員特に忙しくもないため、話を持ち掛ければ相談に乗ってくれる。文字数の都合上返答は少なめだが。

自分で何かする
 焼きそばその他のお祭りっぽい料理を振る舞うなど、自分で何かしたい場合は、青藍達が境内の利用を許してくれる。ただし境内に悪戯などした場合、澪河一家総出で叩き出してくるので注意。費用は自分持ち。

TIPS
 あまり色々しても描写しきれません。ショットガンよりもスナイパーライフル。
 過去に各NPCが登場した依頼に参加していた場合、多少反応する。
 改造武器を見せた場合、恭佳が多少反応する。
 恭佳に手入れさせても実際に何か反映されたりはしないので注意。

リプレイ

●シナツヒコの風
「ここがブルーアイズのハウスか」
 まだ太陽は東の方。山を背にした素朴な神社を前に、赤城 龍哉(aa0090)は呟く。ヴァルトラウテ(aa0090hero001)は思わず目を白黒させた。
『え、今回私がツッコミ役ですの?』
「冗談だ。……それにしても、仕事でもなしに神社に来るってのも随分久しぶりだな」
 戦続きの張り詰めた空気も今日は無い。二人はのんびりと境内を進む。参道を箒で掃いていた青藍は、二人に気付いて和やかに笑いかけてきた。
「おはようございます。お早いんですね」
「ああ。……来るついでに、無理を承知で少し頼みたい事があってな」
 龍哉はバツが悪そうに頭を掻く。青藍は首を傾げた。
「頼みたい事、ですか?」

「どうぞ。こちらです」
「すまんな。普通は誰も入れないだろう?」
 龍哉とヴァルは、本殿に通される。夜霧事件で垣間見た天津風の真打を、改めて見ておきたいと思ったのだ。武人としての性のようなものである。青藍は肩を竦めた。
「うちの神様なら、自分の得物は見せびらかしたくて仕方ないと思いますし」
『随分とフランクな神様なのですね』
「人の世のご時世っていうのに、わざわざ地上におりてきて私の先祖と一緒に貉をぶった切ってますから」
 神刀の来歴を聞きつつ、刃の欠片を覗き込む。一片一片が薄く光を放ち、鏡のように龍哉達の姿を映していた。何故か、全身の肌がひりついてくる。
「こうしてみると、霊刀ってのも伊達じゃないらしいな」
『本来あるべき姿でないのが惜しまれますわね』
 刀は文字通りバラバラになっている。使い物になるとは見えない。
「只の日本刀なら鍛え直す伝手もあるが、これだけの物となるとな」
「兄曰く、わざと修復に時間がかかるように出来ているらしいです。神通力に頼り過ぎないように、と」
 戦うのは人であれ。神刀の在り方に納得した龍哉は、刀に向かって礼をする。
「澪河……ってここじゃみんな澪河か。ありがとな青藍。良いものを見られた」


「もう梅雨だけど、今日は良い天気になるかな」
『良い天気にもいろいろあるよ、雨が恋しい時や曇りが嬉しい時、英雄が降って来て欲しい時もだよ』
「最後のはおかしいよね。百薬がたくさん降って来ても困るよ」
『どうしてたくさん降ってくる前提なのさ。空から女の子が降ってくるのはお約束でしょ』
 餅 望月(aa0843)は、百薬(aa0843hero001)と共に双方ツッコミもボケもこなす漫才を繰り広げる。二人は今、H.O.P.E.のロビーに立っていた。細心の依頼が掲示板に表示されている。そんな二人が目にしたのは、近くに貼られていた澪河神社からのお誘い。百薬は望月の横顔を見る。
『お菓子も降って来て欲しいよ』
「確かにそれは嬉しいね……お茶とお茶菓子があればお昼下がりは完璧だよね」
 世界は騒がしいが、一日くらい休んでも問題あるまい。そう望月は結論した。
「行ってみようか」
『水ようかんあるかな』


「神社で茶会か……何か足りねえ気が……」
 麻端 和頼(aa3646)は、本部に貼られた掲示板を見て首を傾げる。そんな彼には構わず、華留 希(aa3646hero001)はルー・マクシー(aa3681hero001)と五十嵐 七海(aa3694)の肩を叩いて歩き出す。
『じゃ、ガンバって! 七海! ルー! 巫女服でお茶しヨー!』
「み、巫女服って……?」
『いいね! じゃあ準備しなきゃ!』
 照れる七海とはしゃぐルー。そんな彼女達を見送り、和頼はジェフ 立川(aa3694hero001)にテジュ・シングレット(aa3681)と顔を見合わせる。
「巫女服……?」

「や、やっぱり着物とは違うね……」
 そんなわけで、コスプレショップから巫女服を買ってきた三人は、それを着て神社に集まっていた。希は早速携帯を取り出し、二人を撮り始める。
『巫女服カワイー!』
 あからさまなコスプレに照れていた七海だったが、カメラを向けられると思わずピースサイン。ルーも飛び跳ね、七海の背中にしがみついて一緒に写る。
「えへ。二人も、凛としてて素敵だよ♪」
『後で僕も撮るー』
「あのー。お手伝いの方ですか……?」
 そんな所へ、腰を低くしながら青藍がそろそろと歩み寄ってくる。七海は本物の巫女服を着こなす彼女を見て目を輝かせる。
「あ、本当の巫女さんだよー可愛い~」
「は、はは……どうもです」

●臨時工房は大忙し
「恭佳さんが、AGWの調整を行ってくれると聞いて来たのですが」
 零月 蕾菜(aa0058)はそろりと社務所に顔を覗かせる。床やテーブルに工具を広げた恭佳は、裏口に立っている蕾菜に向かって手招きした。
「どうぞ。零月さんが最初のお客さんですね」
『仁科さんの噂はたまにお聞きしていますよ。東京支部内で悪戯をしたり、インカ支部のブリーフィングでぴょんぴょん飛び回ったりなさったとか』
 十三月 風架(aa0058hero001)は寝ぼけ眼を擦る。つい一分前まで幻想蝶の中で寝ていたのだが、愛用してきた武器の調整と聞いて出てきたのである。
「見て欲しいのはこれなのですが……」
 蕾菜は幻想蝶から魔術型パイルバンカーを取り出す。その外見は、亀甲のようにも見える。それを受け取った恭佳は、その重さに思わず目を丸くした。
「これでも軽くしたんですけど、まだ片手で扱うには重たくて。だから、出来るだけ強度を保ったまま、もう少し軽くできないかな……って。あと魔術爆発の放出機構についても見ていただけると」
 蕾菜は恭佳と共に手甲を改めて見つめる。重要な戦いでも常に活躍してきた代物だ。
「外装の構造を変えればもう少し軽量化できるかも。ただ、収束爆発の反動も計算に入れなくちゃいけないんで、ちょっと測らせて貰ってもいいですか」
「あ、はい。分かりました……」

 話し合いはしばらく続く。その中で蕾菜は新たな改良のアイディアを得たのだった。


「たのもー」
 望月と百薬は恭佳の工房を訪れる。金槌を手で弄びながら、恭佳は二人を見上げる。
「へい。どうしました?」
「ちょっと相談なんだけど、この鶏鳴の鈴を磨いたりできる?」
 そう言って、幻想蝶から鈴を取り出す。ハンドベル並みのサイズまで巨大化した鈴。恭佳は思わず眼鏡を外し、まじまじと鈴を見つめた。
「……何すかこれ。原型が無いんすけど」
「強化している間にどんどん巨大化してさ。AGWだしどうしたらいいのかわかんなくて」
『どうせならがらんがらんといい音が鳴るようにしたいよね』
「もし教えてくれるなら自分でもやってみたいなぁ、なんて」
 望月は興味津々の眼差しで尋ねる。恭佳は頷いた。
「……まあ自分で手入れできるに越したことはありませんしね。じゃあ分解から一通り……」

 十分後、恭佳に教えてもらいながら望月はどうにか自分で鶏鳴の鈴のメンテナンスを終わらせた。内部の汚れを取った鈴は、一層高らかに鳴り響いた。
「うん。福引で一等賞が当たった時くらい良く鳴るね」
 がらんがらん。望月は満足げに鳴らし続けた。


「一つ、戦勝願いでもしてもらうか」
『ここに主神の一人がいるのに他の神に願いっておかしくない?』
 階段を昇りながら御神 恭也(aa0127)が呟くと、あっという間に伊邪那美(aa0127hero001)は不機嫌になった。彼女はイザナミを名乗っている。しかしこの神社の主神はシナツヒコ。即ち彼女の息子だ。じろりと睨まれ、恭也は思わず黙り込んだ。

「妙な事を気にする奴だな……まあ良い、俺が悪かったから好きな物を頼むと良い」
 結局、戦勝祈願の列には加わらず、御茶所へ直接移動する事にした。小銭を取り出しながら、二人は皿の上に並べられた菓子を覗き込む。
『本当に解ってるのかな? 優しいボクは広い心で許してあげるけど、下手な神なら祟り神化するところなんだからね』
「伝承通りなら、お前はなってるだろう」
『ほらー、そういう事言う』
 恭也はテラスに干菓子と抹茶を頼み、伊邪那美は紅茶とカステラ、ついでに季節の生菓子をウォルターに頼む。二人は薄紙に菓子を包み、茶碗とカップを差し出す。自分のモノより一回りは大きな包みを見て、恭也は怪訝な顔をする。
「好きに頼めとは言ったが……その量を食って気持ち悪くならんのか?」
『甘い物は別腹って言うからね~。祈願は止めるって話だけど、この後はどうするの?』
「武器の調整を請け負ってくれる所があるらしいからな。少し依頼をする予定だ」

 そんなわけで、恭也は恭佳に愛用の大剣と刀を見せていた。既に手入れの構想も決まっている。
「ドラゴンスレイヤーの方は少し重量を上げてくれ、天叢雲剣は黒炭を焼き付けて刃の反射を抑える様にして貰いたい」
「承知。じゃあ軽量化用の中抜き部分にウェイトを入れておきますね。……塗りの方はヴィアに頼んでください。彼女の方が得意なんで」
 恭佳は素早く大剣の刃を分解し、その相棒は素早く刃に炭粉を塗り始める。見た目が派手に変わる事は無い。伊邪那美は首を傾げた。
『地味な内容だね……大剣の重量上げは、好みなんだろうけど、刀の方はなんで?』
「あっちは隠密時に良く使うからな、光を下手に反射させると相手に発見されるから、その防止だ」

 その改造には、ストイックな恭也の一面が良く現れていた。


『事が事とはいえ、負けてしまった結果は看過できないわね』
 神社へと向かう道すがら、マイヤ サーア(aa1445hero001)は車の窓から外を見つめる。地上で起きている争いは関係なく、空はさらりと晴れていた。車を転がしながら、迫間 央(aa1445)は頬を引き締める。
「どんな状況、どんな理不尽だろうと覆す。そういう俺達でいたいな」

 神社を訪れた二人がやってきたのは、恭佳の開く臨時工房だった。央は恭佳に何本もの刀を差し出す。恭佳は受け取るなり、目を丸くした。
「へえ。いいじゃないすか、どれも」
 白夜丸を鞘から抜き放つと、丁寧に手入れされた刃が日輪のように輝く。忍刀を抜くと、刀身や鍔に刻み付けられた竜紋が光の加減でうっすらと透ける。叢雲の剣を抜くと、鏡のように磨き上げられた刃が四人の顔を綺麗に映した。
「どれもグロリア社での強化はやりきって、その上でマイヤが調整してくれている。不満はないけれど……」
『違う目で見た意見を貰えると嬉しいわ』
「困りますね。ここまで大切にされてる武器にケチなんか付けられないっすよ」
 とは言いつつ、恭佳は叢雲の剣と鞘を手に取った。マイヤは隣に座って共に刃を覗き込む。
『稼働に要するライヴス量の問題さえ無ければ叢雲が最良なのだけれど』
「戦術的に必要があれば、一時的に持ち換えて使っている。感じかな」
「まあその辺はしゃあないっすね。ドライヤーの電熱線みたいなもんで、どうしても燃費が悪いんです」
 恭佳は剣を置くと、二人へ向かって鞘を突き出す。
「敢えて言うなら、鞘に切り込みを入れておくといいかもしれないっすよ。持ち替えを多用するなら、抜きやすくしておけば多少立ち回りも楽になるかも」
「なるほど。剣そのものじゃなくて、鞘に改造か……」

 央達はしばらく愛用武器について語り合ったのだった。


『すみません、AGWの手入れをお願いします』
 海神 藍(aa2518)と禮(aa2518hero001)は、ふらりと恭佳の臨時工房を訪れる。二人の目的は、愛用の槍であるトリアイナ“黒鱗”の念入りなメンテナンスだ。
「使い始めてもうすぐ二年になる。そろそろ腕の良い人に診て貰いたくてね」
『丁度良かったです。手入れいつもしてますけど、ライヴス回路までは弄れませんからね』
 じっと武器を眺めていた恭佳は、真面目な顔を作ってナンバータグを差し出す。
「了解です。じゃあ、ちょっと待っててもらっていいですか。フルメンテとなると、多少時間使うんで」


「このような機会を設けて頂きありがとうございます、青藍さん」
『ユリナは先生との誓約で、静岡の地元にいる人の多くと顔を合わせるのが違反になっちゃうから』
 月鏡 由利菜(aa0873)とウィリディス(aa0873hero002)は、青藍に挨拶していた。去年はわんさと地域の人々が訪れていたために、由利菜は神社に殆ど立ち入れなかったのだ。
「相変わらず難儀ですね……」
「でも、これが私の選んだ道なので」

「どうも。本日のご用命は?」
 恭佳は二人に向かって恭しく頭を下げる。由利菜は槍と短剣を差し出した。
「ひとまず、これらの調整といいますか、分析をお願いします」
 恭佳が槍を手に取ると、ひょうと風が鳴る。
「アッシェグルートに止めを刺した、神槍のレプリカ……」
『あたしが触れていく内に、槍の属性が風に変わっていったんだ。オリジナルを持っていたシヴァの前身って暴風神ルドラらしいけど、何か関係あるのかな?』
「AGWは、英雄のライヴスによって多少変化します。神学はさっぱりですけど、ウィリディスさんはうちみたいに風神様の加護を貰ってたんでしょう……で」
 一方、短剣は歪な光を鯉口から放っていた。恭佳は眉を顰めると、ヴィヴィアンを手招きして共鳴する。短剣をようやく受け取ると、機材に繋いで調べ始めた。
「どしたんすか、これ」
「ヴァルヴァラとの最後の戦いの後……強烈な負念を放つようになったのです」
 由利菜は悩ましげに眉を寄せる。雪娘に最後の止めを刺した一撃。彼女に手を下した事そのものに後悔はない。しかし胸は痛むのだ。
「彼女の負念を取り込んだのでしょうけれど、私の業を映しているようにも……」
『……ユリナは間違ってない。どのみち、誰かが彼女を止めなきゃいけなかったんだから』
「技術的な話をするなら、この短剣、AGWドライブの回路が少し歪んでますね。ドライブを取り換えれば元通りになると思いますけど、……どうします?」
 恭佳は由利菜に尋ねた。彼女は短剣をじっと見つめる。
「ヴァルヴァラとアッシェグルートは倒れましたが、ニア・エートゥスやヘイシズとの戦いはまだこれから。また、ガデンツァは復活を狙っている状況と聞きます……」
『ユリナや先生はニア・エートゥスと長い因縁があるからなぁ……アルノルディイとも最終決戦するかもしれないし』
 色々な想いが頭の中を巡る。ややあって、由利菜はそっと短剣を受け取った。
「このままにしておきます。……この異常は雪娘の想念そのもの。最後の戦いが終わるまで、私はそれを背負って戦い続けます」
「わかりました。まあ無理はしないように、させないように」

 由利菜は己の振るう武器と向き合い、新たに戦い続ける覚悟を固めるのだった。

●お店は大忙し
「どう考えても儲けが出るとは思えないんだけど」
 夫に借りたテントを広げたリリア・クラウン(aa3674)は、神社の人込みを見渡す。リリアは屋台をする気など無かったが、片薙 渚(aa3674hero002)に“ここで稼げばいい店でいいものが食べられる”と聞かされ、ようやく店を開く気になったのだ。
『客数は50人と少し……まあ原価は安いし、元は取れるっすよ』
 しかし蓋を開けばこれである。かき氷など何杯も食べない。美味しいものが沢山食べられるほど稼げる気はしなかった。リリアは口を尖らせる。
「あの御茶所のクッキー美味しそう……」
『良いんすよ! 狙い通り暑くなったんすから、売れる売れる!』
 リリアの文句を遮るように、渚は声を張り上げた。
「こんにちは」
 そんな折、黄昏ひりょ(aa0118)がひょっこりと顔を覗かせる。気を取り直したリリアはにこやかに迎え入れつつも、首を傾げた。
「あれ……? フローラは?」
 普段傍にいる彼の相棒がいない。リリアが尋ねると、ひりょは頷いた。
「ええ。たまにはゆっくりしておいで、って言われたんです」
 善性を名乗る愚神が起こした事件に追われているうちに、ひりょは少々疲れてしまった。相棒と共に気分転換が必要だと言われ、そうする事にしたのである。
『はーい。じゃあひりょにはこの定番なイチゴ練乳かき氷をお勧めするっすよ』
「そうですね。……じゃあそのおすすめをください」
『毎度ありっす』
 渚はかき氷機をぐるぐると回し始める。その間に龍哉達もやってきた。
「かき氷屋か」
『丁度日も高くなって蒸し暑くなってきましたし、丁度いいですわね』
「ようこそかき氷屋マカロンズへ! かき氷だけじゃなくてノンアルのカクテルも作れるよ」
 リリアはリキュール代わりのシロップやら炭酸やらを指差す。しかし一族郎党からビールや日本酒を仕込まれてきた龍哉は渋い顔だ。
「カクテルか……あんまガラじゃねえんだよな。ラムネでもくれないか?」
『私は宇治金時を注文させて頂きますわ』
「ラムネと、宇治金時だね。了解!」
 何だかんだで二人の屋台は賑わおうとしていた。


「さて……じゃあ始めるか」
 テジュは鍋に砂糖と水を入れて火をかける。砂糖が溶けてきたところで、食紅を入れて飴を赤く染める。さらに溶かしてカラメルのようになってきたら、テジュは姫リンゴを入れて飴を絡める。
 飴を作りながら、テジュは周囲を見渡す。エージェント達が大勢いる。
 最近、いい噂を耳にしていなかった。善性愚神の件も含めて、他にも凄惨な話を聞いて来た。そんな荒々しい俗世から、この空間は切り離されているらしい。皆の顔が穏やかだ。
「(この場はありがたいな)」
『あ! テジュ、上手く出来てるネー!』
 そこへ、巫女服三人組がやってくる。希は真っ先に屋台へ駆け寄り、並んだ飴を覗き込む。
『この姫リンゴのカワイーネ♪ ちょうだい?』
 そんな事を言いながら目配せすると、希はいきなり目を瞑って口を開いた。
『あ~ん♪』
 テジュは微笑むと、その中にリンゴ飴を差し込む。その絵に、七海はにやついて顔を隠す。
「サービス料込みで200Gだ」
『エー?』
「冗談だ」
 平和なやり取りに、思わず周りの表情が緩んだ。それを見たテジュは、ほっとしたような気分になる。
「(まだ、大丈夫だ)」

 その頃、黒鱗を恭佳に預けた藍と禮はぶらぶらと広場を歩いていた。
『(兄さんは最近気を張りすぎですから、気分転換になると良いんですけど)』
 藍の横顔をちらりと見上げて、禮は密かに思う。連日心を揺すぶられるような事ばかりで、休まる暇がないのだ。
「……ん、あれは」
 そんな折、藍は出店をしているテジュ達に気が付く。リンゴ飴と、どうやら射的のようだ。椅子に腰を下ろしたジェフは、藍を手招きする。
『そこの腕自慢さん、どうだ?』
「上手く当てりゃあリンゴ飴をくれてやる」
 和頼は長机に並べた割り箸輪ゴム鉄砲を一つ手に取る。興が乗ったのか、随分手の込んだ作りだ。やってきた藍は、頷いて鉄砲を受け取る。
「よし。当たるかな……?」
 軸のブレも考えつつ、藍は構えて引き金を引く。ジェフはその輪ゴムを驚異的な動体視力で追い、的に命中したのを確かめる。
『命中! おめでとうさん。テジュ、リンゴ飴を藍にやってくれ』
「ああ、それは私じゃなくて禮に――」
 藍はジェフの言葉を遮ろうとしたが、見ると禮は既にリンゴ飴を持っている。
「禮殿のは飴を多めにした」
『美味しいです! こう、焼き加減がレアな焼き林檎みたいですね!』
「……もう食べてるのか。まあ、いいか」
『あ、わたしも射的してみていいですか?』
 今度は禮が和頼達の方へ行ってしまう。仕方なく藍がリンゴ飴を受け取っていると、央とマイヤがテジュの所にやってきた。
「リンゴ飴か」
『色鮮やかで、とても美味しそうね』
「二人はどこにいても映えるな」
 テジュは素早く二人を褒める。央は微笑むと、丸いリンゴ飴を二つ指差した。
「二つくれないか?」


「……じゃあ、レモンで」
『はーい。冷たいうちにどうぞっすよ』
 何だかんだで賑わっているかき氷屋。しかし渚は気付いていた。いつまでもリリアが戻ってこない事を。
『もー、どこ行ったんすか……』
 渚は素早く屋台を出る。リリアは直ぐに見つかった。
「自信作だ。食べてみてくれ」
「あ、おいしーこのリンゴ飴。もう一発撃っていい?」
 ジェフ達の射的を楽しみながら、テジュのリンゴ飴を食べてリリアはほくほく顔をしていた。
『こらー! 偵察とか言っといて、完全にサボってるじゃないっすか!』
「だってー疲れたしー!」

 口争いを続けながらも、二人は何とか屋台で元を取ることには成功したのだった。


●風神に願いを
 カイ アルブレヒツベルガー(aa0339hero001)は御茶所に紗希を残して自分は社務所へと直行した。戦勝祈願……ではなく恋愛祈願の為である。
『マリさんがとてもその気持ちを汲み取れないツン多めなデレなのは約3年付き合っている俺が一番よく知ってる筈……だがしかし俺は神様と言う不確定要素にすがるしか今は無い……』
 2メートル近い大男が、暗い顔してぶつぶつ呟きながら社務所にやってくる。窓の向こうの青藍は、心配そうに尋ねた。
「どうかしました? そんな顔して」
『よろしくお願いします……マリとの今後を教えてください』
 カイは目の前にある御神籤の箱を指差した。青藍は肩を竦めると、どうぞと箱を差し出す。奥まで手を突っ込み、底の底に沈んでいた籤を手に取る。恐る恐る引くと、中身は末吉。
『おい、大吉か大凶かはっきりしてくれ!』
「うちの御神籤に大凶ないんで……そもそも恋愛の項に色々と書いて――」
『くそっ! じゃあ恋愛成就の御守り! 一番いいのくれ!』
「いいのも何も、一つしかないですし……」
 必死の叫びも空しく、青藍は何の変哲もない恋愛成就御守を突き出してくる。
『わかった! わかった。お前のとこの神に土下座する!』
 いよいよ余裕のない大男。そんな事を叫ぶと、拝殿目指して駆け出してしまった。
「あーあー……」


『御守りください! パパが絶対無事に僕のところに帰って来られるような御守り!』
 参道を全速力で駆け登り、社務所に烏兎姫(aa0123hero002)が押しかける。息せき切って、力一杯に窓辺を叩く。ぼんやりしていた青藍は眼を丸くする。
「はい。絶対無事に、ですね……」
 青藍は烏兎姫の肩越しに、虎噛 千颯(aa0123)の姿を捉える。眼があった千颯は、彼女に苦笑いをした。

『――パパのばか!』
「すまん!」
 今朝の虎噛家。千颯は烏兎姫の前で正座し、必死に手を合わせていた。パンドラに文字通りどてっぱらに穴を開けられた事を相棒に暴露された千颯。烏兎姫は激昂、3時間説教したうえ、2週間は口を利かなかったのである。その果てがこれである。
「烏兎ちゃん……パパも反省してるからそろそろ機嫌治して? ほら、あの――」
『パパはいいよ! そうやって言えば許してもらえると思ってるんだから!』
 気になってたアクセサリーの話を持ち出しても、今日は聞かなかった。
『もしパパに何かあったらママはどうなるの! 子供は? 僕は? 残される人の事を考えた事あるの!? また、僕を置いて居なくなるの!?』
 目に涙さえ浮かべて叫ぶ。ぐしゃぐしゃになった顔を見て、千颯は項垂れる。
「……ごめん。烏兎姫にそんな思いさせるつもりは無かった……パパ失格だな。……烏兎姫を残してパパは死なない。絶対だ。ママも子供も残して死なない。約束だ」
『ホントに?』
「絶対に死なない。……でも、パパには無茶をしないといけない時もあるんだ……だからさ、パパが無事に帰って来れるように、烏兎ちゃん、お守りを選んでくれないか――」

「どうぞ。家内安全の御守りです」
『……絶対帰って来てね。絶対!』
 烏兎姫は千颯に御守りを押し付ける。静かに受け取った千颯は、にっと笑って我が子の頭を撫でるのだった。


 白金 茶々子(aa5194)にシェオルドレッド(aa5194hero001)、シエロ レミプリク(aa0575)とナト アマタ(aa0575hero001)は鳥居の前で四人集合していた。全員着物姿だ。茶々子は薄青に白雪の刺繍が入った着物、シエロは黒地に金糸でロボットの刺繍が入ったKIMONOだ。シエロは脚が脚だからか、どことなくシルエットが不穏である。
『……おそろい』
 太陽系模様の青いKIMONOを纏ったナトは、茶々子にぴったりと寄り添う。それを見ていたシエロは、思わず真剣な顔をしてしまった。
「最高かよ」
 とにかくシエロは小さな女の子に目がない。二人揃って見上げられた日には、もう心臓がきゅんとする。
「では行きましょう、シエロお姉ちゃん。まずはお守りを受けに行くのです」
「うんうん、行こう茶々子ちゃん!」

 そんなわけで、二組は共に社務所を訪れた。踏み台を借りた茶々子は、窓端を挟んで青藍にたどたどしく話を始める。
「H.O.P.E.の作戦も大きくなってきて、愚神は人間に頭も使って悪い事しようとしてます。私は危ないところへ行く事はないのですが……」
 茶々子は後ろを振り返る。蘇芳色の着物を着たシェオルは、青藍に肩を竦めてみせた。
『……こんな小さな子どもを戦場に向かわせたくはないもの』
「まあ……ですよね」
「でも、知っている人が戦場に行くときは、不安になってしまうのです」
 シエロは黙って茶々子と青藍のやり取りを聞いていた。いつものように可愛い女の子のうなじを見てにまにましているわけだが、それでもシエロは何となく気付いていた。その“不安になってしまう”人に、自分が含まれている事に。長い間積み重ねてきた因縁の終わりが近づき、意気込んでいる自分を心配されている事に。
「……もう、いい子だな」
 心の内には留めておけない。本人には聞こえないよう、シエロはぽつりと呟いた。青藍はシエロにちらりと眼を向けつつ、青藍は身体安全祈願の御守を取り出す。
「だったらこれなんかどうかな? 旅行に出る人とかに授ける事が多いけど、戦いで生き残るって意味なら、一番これがあってると思うんだ」
「ありがとうございます。それをください」
 茶々子は自分のがま口から小銭を取り出し、代わりに御守を受け取る。笑顔でぺこりと頭を下げ、そのまま踏み台を飛び降りた。
「シエロお姉ちゃん、これを」
「えへ?」
 既に満面の笑みを隠し切れないでいる。茶々子はそんなシエロに御守を差し出した。
「お姉ちゃんは強いから、危ない目に遭っても帰って来られると思うのです。でも……私はお姉ちゃんが危ない場所に行くの、とっても心配してしまうのです。だから」
 シエロの開いた手に、茶々子の手が押し当てられる。シエロは両手で彼女の手を包み込むと、何度も頷いた。
「えへへへー♪ ありがとう! 大丈夫大丈夫。この御守が、きっと守ってくれる!」
『……おみくじ』
 シエロが茶々子の優しさと温もりを感じている間に、ナトは社務所に掲げられた授与品の案内を見てぽつりと呟く。シエロは二人を抱え上げると、再び社務所の前へ向かう。
「よーし。じゃあ一回引いてみるか!」
「どうぞ」
 青藍は箱を掻き混ぜてから四人に差し出した。一人ずつ、中から御神籤を引いていく。シエロとナトは開いて中を見つめた。
「末吉……?」
『吉……』
 書いてある事も、可も不可もないといった趣だ。二人が顔を見合わせていると、茶々子は再びシエロの袖を引く。
「私のおみくじと……交換しませんか」
 茶々子の差し出した御神籤には、“大吉”の二文字。シエロは思わず素っ頓狂な声を上げた。
「え、ええっ? いいのーっ?」
「はい。万が一なんて事があったら、困ってしまうので」
 窓辺に寄りかかって二人の様子を見ていた青藍は、にこやかに微笑む。
「これで善しと思った御神籤は財布に入れて大事にしておくといいですよ。もっとよくしたい、と思われる中身でしたらそこに結んでいってください」
「ようし」
 シエロはいきなり義足を目いっぱいに伸ばす。着物の裾から、いきなり金属質な脚が露わになった。シェオルは眼を丸くする。
『あらあら』
「どうせならいっちゃん高いところに結んでやろー!」
 彼女は三人に背を向け、籤を結んだ。感動でほんの少し目を潤ませたりもしながら。
「……負けらんないなあ、こりゃ」


『青藍、遊びに来たよー! 巫女服似合ってるね!』
「まあ、十年以上着てればね」
 不知火あけび(aa4519hero001)は青藍に笑いかける。年頃の女子同士、二人は窓越しに握手を交わした。二人を横で見ていた日暮仙寿(aa4519)は何の気なしに呟いた。
「サイバーコスより落ち着くな」
「あ? ……えーと、今日はどんな御用で?」
 仙寿は青藍の虚無の顔を見逃さなかった。背が震えるのを感じながら、仙寿は財布を取り出す。
「い、いや。今日は学業御守を受けようと思って来た」
「そういえば受験するんでしたっけ」
「ああ。能力者は剣道での推薦が取れないらしい。……元々取る気もなかったが」
 どうせ、刺客が推薦を取るのも後ろめたい気がしていた。仙寿が学業御守の色を選んでいる間に、あけびが日暮邸で聞きかじった事を青藍に語る。
『仙寿様の家には道場の門下生と、近くのいい大学に通うために寄宿してる人が住んでるんだ。日暮家の男はその大学を出る事が伝統になってるんだって』
「へえ。もしかして……大学?」
 ひそひそとやんごとない大学名を聞かされ、思わず仙寿は目を丸くする。
「どうしてわかった? って、お前は俺の家の住所知ってるのか」
 小銭を青藍に手渡しつつ、仙寿は頷く。
「俺は濁を負い、清を貫くと決めた。……が、日暮家の趨勢は気になるのも事実だ」
 嫁候補まで何人もいるらしい。そんな状況に置かれながら、目標も無く勉強している自分に仙寿は半ば呆れていた。御守を受け取りながら、仙寿は尋ねる。
「青藍は何で今の大学と学部を選んだ?」
『青藍、仙寿様は何学部が良いと思う?』
 二人の問いに、青藍はふっと微笑む。
「……自分が今必要だと思える勉強をしたらいいよ。自分が良くしたいものの為に必要だと思う勉強をね」
 仙寿はお守りを握りしめる。
「俺は……」

 やるべき事は変わらない。“本物の光”で在りたい。そのために必要な学問は――


 メテオバイザー(aa4046hero001)は、エージェント達で賑わう境内を見渡す。その表情はいつも通りだ。社務所の窓から身を乗り出し、青藍は彼女に手を振った。
「ようこそ、メテオさん!」
『お祭りじゃないのに凄い人ですね。これも澪河さんの人徳なのです』
「いやいや、そんなこと……って、あれ?」
 青藍は首を傾げる。いつも隣にいる桜小路 國光(aa4046)が今日はいない。メテオ一人だった。
「サクラコさんは」
『今日は学会にお出かけしてます』
「学会? まあそりゃそうか……院生だもんな……」
『なんのお話かも聞いたんですけど、メテオには難しくて』
 メテオは苦笑すると、振り返って境内を囲うように生える木々を見上げた。初夏の風に揺られて、葉がさらさらと擦れあう。今頃“彼”は、大陸を隔てた先で開会の挨拶か、最初の発表を聞いている筈だった。
『初めてです。一人でこんなに遠くまで来るのは』
「いつも、一緒ですもんね」

「……どうぞ」
 数分かけて、あれでもないこれでもないと選び抜き、メテオはようやく御守を受け取った。御守を収めた小袋をその手の内で見つめ、メテオは小さく頭を下げる。
『返しに来ます。……ちゃんと納めに来ます。二人で』
「ええ。私もここで待ってますよ」
 メテオは踵を返し、後ろの七海達に窓口を譲る。ブーツの踵で石畳を鳴らしながら、メテオは無意識のうちにその足を籤の結び紐の方へと運んでいた。結ばれた幾つもの御神籤は、風に合わせて揺れている。
『(何だか、メテオ達みたいなのです)』
 今の生活があるのなら、前の世界の記憶など無くても構わない。メテオバイザーはそう思っていた。しかし、今となっては記憶の空白が恐ろしい。
 英雄と愚神は同じものだと知ってから。
『(邪英化なんかしなくても、英雄は愚神に“戻れる”ものだとしたら……)』
 一緒に過ごす今の自分は幻で、愚神である自分が常にその様子を見ているのだとしたら。“その時”が来たら、真っ先に犠牲となるのは一番傍にいる人。一番大切な人。
『(そうしたら、皆とも今みたいに一緒にいられなくなって……そんな、どうしようもない事実がこの先にあるとしたら……)』
 今、隣にいない人物も、ようやく友人以外の能力者にも心を開き始めようとしていた。それなのに。

 彼に、この世界はどう映っていたんだろう……?
 今は、どう見えているんだろう……?

 メテオは自分の御神籤も結び紐に括る。手を合わせて、ひっそりと願う。
『(どうか……)』


●三途の河の澪標
『これが……この国の神殿か』
「まあ、一応」
 オールギン・マルケス(aa4969hero002)は、祭服を纏った将臣と共に拝殿を見上げる。神としては、この世界における神の取り扱いには興味があった。
『しかし神は祀っているのだろう? どんな神だ』
「我々が御祀りしているのは志那都彦神と大口真神です。先祖、橘将輝はこの二柱と共にこの地の貉を討ったのです。また、貉によって三途の川を彷徨った者を自らも死地へ飛び込み救った事から、三途の川の澪標、即ち澪河姓を名乗るようになったそうですな」
『君達の家門は、当にこの神社と共にある……と。では、その祭祀の在り方も、是非見せていただきたい』
「承知した。では準備を致しますので、失礼」


 孤児院の子達が境内を駆け回るのを見ながら、ノエル メタボリック(aa0584hero001)はほっと息を吐く。抹茶の渋みが身に染みていく。
『改宗しちまったが、神社は落ち着くだな』
 ノエルは妹のヴァイオレット メタボリック(aa0584)へと眼を向ける。彼女は氷鏡 六花(aa4969)の隣に座っていた。すっかり孫娘のような扱いである。
「最近はようやく孤児院も回るようになってきたのぢゃ。良かったら、今度遊びに来てくれんかのぅ」
「……ん。分かりました……考えておきます」
 六花は頷く。しかし、その眼はどこか冷たい。そんなところに青藍が歩み寄り、拝殿を手で示した。
「そろそろ兄が戦勝祈願を行うそうです。いらしてください」

「……かしこみかしこみ申す……」
 神前に向かい、澪河将臣は恭しく謳いあげる。後ろに列を作って座り、六花やヴィオ、シエロ達が戦勝祈願を受けていた。
「……」
 茶々子はじっと座り、将臣が神前で願掛けを続ける様子をじっと見守っている。
『……』
 ナトは手を合わせ、ひたすら神前を拝んでいる。
「(……左右から可愛い気配が! ありがとうございます!)」
 シエロは祈りを捧げつつも、既に神へ向かって感謝の言葉を述べているのだった。
「(次は……勝つ。絶対に、許さない)」
 六花は冷たい怒りを獅子の愚神へ向ける。彼はまさに不倶戴天の仇であった。
『(この娘を無事に生かさなければならん。……三途の川の澪標よ。力を貸してくれ)』
 オールギンはそんな思いを感じつつ、この地の神に助力を願うのだった。

『御朱印をくれないだか?』
「……そうだな。せっかく参られたのだ。しかと記録に残しておくのが良い」
 ノエルとヴィオは御朱印帳を差し出す。表紙には丸水澪標紋。澪河神社謹製の朱印帳だ。将臣はそれを受け取ると、力強く判を押し、その上から直筆で澪河神社の名を書きつけていく。その姿を見下ろし、ヴィオは囁く。
「一度会ってみたかったのぢゃ、青藍の兄上にのぉ」
「そうか。妹が世話になったな」
「こうしてみると、おぬしは中々いい男ぢゃな」
 将臣は鼻で笑うと、きっちりと筆を止めて朱印帳をヴィオに手渡す。
「そうだろう。だが残念だったな。二月後には婚儀を挙げる予定になっている」
 ヴィオは口を噤んだ。揶揄ったつもりだが、青藍と違って将臣は泰然自若としている。中々の曲者だ。青藍は呆れ顔で窓から身を乗り出した。
「兄貴は褒めても付け上がるだけですよ」
「黙れ青藍、兄への敬意が足らんぞ」
 青藍の言葉には顔を顰めた。ただ仲良しというわけでもなさそうだ。兄妹の温かな生活への憧れが失せるのを感じながら、ヴィオは咳払いする。青藍が引っ込んだのを見て、彼女は改めて尋ねた。
「妹はよく無茶をするが、心配はないのか」
「ないな。仲間もいるのだし、何より奴は師匠に鍛えられている」
「師匠?」
「……仁科恭一郎、恭佳の親父だ。八年前に行方不明になってしまったがな」
 今度は師匠。澪河青藍の生態は中々複雑だと、ヴィオは老いぼれた頭に思うのだった。


●お茶で一息
『どうぞ。水ようかんと抹茶だよ!』
 ベンチに腰掛けた望月と百薬に、テラスは注文の品を差し出す。受け取った望月は、早速菓子楊枝を取って羊羹を切り分ける。
「水ようかんはこし餡だけど、あずきアイスには粒が入ってて欲しいよね」
『乙女心は微妙だね』
 口に運ぶと、仄かな甘みが口の中に広がる。舌触りもそこそこだ。
『まるで百均に売ってるようかんみたいだね』
「それは美味しいって意味になるのかな」
 二人はいつでもマイペースなのだった。


『どうぞ、御嬢様がた。こちらは紅茶とスコーンでございます』
 ウォルターは恭しくお辞儀をすると、巫女服三人に紅茶と茶菓子を差し出す。ルーは早速紅茶を飲む。
『ありがとう! とっても美味しいよ!』
『七海は和頼のドコがイーノ? ルーの好みは?』
 スコーンを頬張りながら、希は二人に尋ねる。七海は頬を赤らめると、もじもじしながら応えた。
「えと……一緒にいると、ホッとする所かな」
『好きな人? ん~僕はよくわかんないなぁ』
 ルーは首を傾げていたが、いきなりスマホを取り出す。
『それより希や七海を愛でたい! 視線頂戴?』
『イェーイ♪』
 三人組は、ゴザ敷に正座したままガールズトークに夢中になっていた。


『……要は、都市の守護天使を祀る場といった場所か』
 Jude=A(aa4590hero001)は神門 和泉(aa4590)の細々した話を聞いて、ぽつりと呟く。敬虔なカトリックであるJudeにしてみれば、多神教そのものの神道はどうにも慣れない。
「卿はカトリックだからな。そのように理解するのが手っ取り早いと思うぞ」
「すいませーん。遅くなったっす」
 御茶所から和菓子洋菓子を沢山もらい受け、君島 耿太郎(aa4682)が和泉の隣に座る。落雁やら素甘やら、色とりどりの菓子が大皿に敷き詰められている。和泉は目を丸くした。
「随分と貰ってきたな」
『よくわからんが、あの機械人形がやたらとお菓子をまけてくれたんだ』
 アークトゥルス(aa4682hero001)も腰を下ろす。最近元気のない相方の為にと、友人を誘ってこの場へ連れ出したのは彼だった。
「機械人形……が作った菓子に茶か。美味いのだろうか」
「レシピを完璧になぞって作ったから間違いない! って言ってたっす」
「ふむ。なら食べてみればわかる事」
 耿太郎と和泉は一斉に餅を取り、その口に放り込んだ。さっくりとした甘みが口に広がる。
「……美味いな」
「美味しいっすね」
 二人は思わず表情を緩めた。


「こんにちは、澪河さん」
『少しだけお邪魔するよ』
 アリス(aa1651)とAlice(aa1651hero001)は並んで社務所にやってくる。二人は人形のような無表情で青藍を見上げた。青藍は愛想よく微笑みかけてきた。
「はい、ようこそ」
 アリスは振り返り、神社全体を見渡す。出店が無いお陰ですっきりしているが、木々と山に囲まれた佇まいは、二人にとって何となく見覚えのある光景だった。
『そういえばここには前にも来たね』
 トウモロコシを食べたり堅気っぽくなさそうな中年男を射的で泣かせたりした気がした。
「あの時は例大祭だったかな」
『……そうか、あれからもう一年か』

『ようこそ。何がご所望かな?』
 店前にやってきたアリス二人に、ウォルターはにこやかに話しかけた。
「紅茶をくれない? あと茶菓子は……ウォルターさんが目についたもので」
『承知いたしました』


「澪河さんって、神社の人だったのね……」
「そうですよ。生まれも育ちもこの神社です」
 抹茶を啜りながら、水瀬 雨月(aa0801)は巫女服姿の青藍を見上げる。彼女は両足を広げて立ち、腰にも手を当てている。何だか妙に強がっている雰囲気だ。いつもの事だが、ライバル意識のようなものも感じる。だから雨月も揶揄いたくなるのだ。
「こうしてみると、澪河さんってやっぱりスレンダーよね。それこそ黒いナイトドレスとか来たら、振り向く男の人もいるでしょうに」
「水瀬さんならともかく、私が着たって高校生が背伸びしてるみたいになるし……」
「そうかしら。化粧の仕方変えたら、バニーコスだって着こなしそうだけど」
 もちろん冗談のつもりだったが、青藍は眼を三角にする。それはもう面白いくらい狙い通りに。
「喩え似合ってたとしても着ねーよ、そんなもの!」
「私は褒めたつもりだったのに」
「うー……」
 笑いを噛み殺しながら、雨月はおはぎを口へ運ぶ。そんなところにテラスがやってきた。
『おはぎ食べてる? おいしい?』
「ええ。よく出来ていると思うわ」
『アリガトー。ネット上で見つけたレシピだったから心配だったんだよねー。ほら、私味見できないし』
「便利そうで不便なのね、その身体」
 テラスとやり取りしながら、ふと雨月は広場の端へと眼を向ける。六花が席に腰掛け、隣の老紳士と話を続けていた。
 ふと目が合う。二人は同時にぺこりと頭を下げた。話しかけてみたい気持ちもあったが、今回は止めておく。今は何やら隣の人と良く話し込んでいる様子だ。
「(あまりお節介が過ぎるのも……ね)」
 今日はあくまで遠くから眺めるに留めるのだった。


「美味しい」
 御童 紗希(aa0339)は、御茶所の前で水ようかんや抹茶を楽しんでいた。普段のお菓子と変わらない味だ。ウォルターがお盆を小脇に抱え、そのそばを通りかかる。気付いた紗希は、慌てて彼を呼び止めた。
「……ルナールの件では大変お世話になりました。ありがとうございます」
『別に私は大したことをしていないよ。私が率直に思った事を述べたまでさ』
 ウォルターはエプロンの裾を払い、紗希の隣に腰を下ろす。紗希は茶碗を手に取ると、とつとつと胸の内を語り始めた。
「私は、今でも愚神との共存を諦めていません。以前、ヘイシズとの話し合いで……ヘイシズは共存は有り得ないと匂わせる言葉をもらいましたが、私はそうは思っていません」
 それを聞いたウォルターは、眉間を寄せる。悩ましげな顔だ。それでも紗希は諦めず、粘り強く訴えた。
「その為にできることがあるなら私はそれを厭わないつもりでいます。……カイも言っていましたが、未来は変えられると私も思っています」
『そうだね。私もそう思いたい……ただね、私はこうも思うんだ』
 ウォルターは深く頷く。しかし、手元を見つめたままの眼は、どこか曇ったままだった。
『共存を志向する事は、本当に彼らにとっての救いになるのか……とも』


「……ん。テラスさんの肌って……硬い、の?」
『肌っていうかフレームだからネー。ほら』
 テラスは六花と握手する。機械の硬く冷たい感触だ。六花は興味津々で、さらなる疑問をぶつける。
「ごはんとか……」
『ナイナイ。全部バッテリーで動いてるの』
 そう言うと、ワイシャツをはだけて腹部を開き、中のバッテリーを露わにする。六花は眼を白黒させた。
「……わぁ」
 そんな所へ、オールギンとウォルターがやってくる。菓子と紅茶を手に、オールギンはウォルターへ静かに頭を下げる。
『感謝しよう、ウォルター』
『菓子作りは趣味のようなものなので。礼には及びませんよ』


「……そういえば、あけびは学業面はどうなんだ?」
 広場を見渡しながら、仙寿はあけびに尋ねる。
『私は高等部は卒業してる筈。元の世界の決戦後に大学部への進級試験がある予定だったから』
「大学、行きたいか?」
 仙寿が尋ねると、あけびはガッツポーズした。
『日々精進! 常に学んでいきたいよ。……でも、英雄ってどんな扱いなのかな』
「そうだな……央は公務員だし、何か知ってるんじゃないか」
 そんな時、ちょうど茶菓子を食べている央達の姿が目に留まる。二人はすぐに駆け寄った。
『央さん!』

 合流した仙寿達は、自分も茶菓子に手を伸ばしながら現状を話した。それを聞いた央は、少し難しい顔をする。
「大学か……俺は学びたい事が具体的にイメージ持てなかったから、専門学校から入庁したんだよな。……力になれなくて申し訳ない」
「そうだったのか……」
 バツが悪そうに仙寿はこめかみを掻く。マイヤは茶碗に目を落としつつ、ぽつりと呟いた。
『リンカーだと推薦がとれない大学に敢えて進むのは……難儀しそうね』
「仙寿君が俺の目指す物と同じモノを見てくれるとしたら嬉しいけど、嫌な思いをする事になるかもしれない。あけびさんと一緒に考えてみるといいと思う。H.O.P.E.に居ると忘れがちだけど、リンカーがマイノリティである事は変えようがないからね」
 自分で呟き、改めて央は実感する。“能力が一般人から逸脱している”という建前は尤もだが、それも世間からの排除には違いない。
「(そうだ。リンカーだから、英雄だからというだけで排除されてしまう事は珍しくない。能力的に疎まれる事もある)」
 茶をすすると、央は嘆息した。
「(せめて、自分とマイヤの周りだけはそうならない社会を保ちたいもんだな)」


「……ん。そんな伝説が……ある、のね」
『彼女は無茶ばかりすると聞いたが……そういう血筋なのかもしれぬな』
 オールギンは六花に様々な言葉を語り聞かせた。祈祷に参加した感想、この世界に来て目に映るものの感想、それから、将臣に聞いた話を。彼なりに思い付く話題を振り続けた。
「……」
 しかし、六花の眼はどこか遠くを見ていた。昏い光を宿したまま。仙寿と央が語り合う姿を、ただ黙々と見ていた。オールギンは手を差し伸べ、そっと肩を叩く。
『六花。貴公が我を救ってくれたお蔭で……我はアルヴィナと再会する事が出来た。我は貴公に……本当に感謝している』
 オールギンも六花の抱えているものは分かっていた。だからこそ何も言わない。冬の女神と同じように。六花自身が答えを出すまで、彼は見守るだけだ。


『この時期にお茶会……ってことは、気分転換か何かかな』
「最近少し慌ただしいからね」
 ベンチに座り、アリスとAliceは優雅にカップを傾ける。連日裏賭場に通って磨き上げた振る舞いだ。そこへ、六花と別れたテラスとウォルターがやってくる。擦れ違いかけた時、アリスはふと口を開く。
「それで、きみ達の方は大丈夫なの?」
『……私達の事かい?』
 ウォルターは足を止めると、小さく微笑み首を傾げる。ハンカチで口元を拭いながら、Aliceは素気ない口調で言う。
『今日はもてなす側のようだけど、後で澪河さんや他の人達も気を休めておくと良いんじゃない? これからまた大きく動きがあるんだろうしね』
『……そうだね。御忠言に感謝するよ』
 アリスとAliceはお盆にカップを置き、静かに立ち上がる。今日も夜は裏賭場だ。戯けた賭け狂い達の脚を引っかけて地獄の穴へと転がす仕事が待っている。
『じゃあ行くね』
「またどこかで」
 二人は手を取って歩き出す。その背中を見送り、テラスは小さく手を振った。
『うん。じゃーねー』


「……ふう」
 ひりょは一人、広場のベンチに腰を掛けて溜め息を吐く。ウォルターはそんな彼に歩み寄り、ティーカップを差し出す。
『どうぞ。少しお悩みのようだから、香りが強めの紅茶を淹れておいたよ』
「ありがとうございます」
 恭しく受け取ると、静かにカップを傾ける。香りが喉から鼻へと静かに抜ける。ほっとする。ひりょは思わず眉を開いた。
「たまにはおもてなしされる側もいいな……」
 眼を落とすと、琥珀のように透き通った水面に、己の顔が映っていた。
「(自分が動かなきゃ、何とかしなきゃ。やれることがあるなら全力で……)」
 愚神との戦いの中で、ひりょは奔走していた。自分の力が必要ならばと、必死に戦い続けてきた。
「(自分が本当に守りたいものって何だっただろう?)」
 ひりょは周囲を見渡す。座敷で膝をつき合わせたり、ベンチで向かい合って談笑している仲間達。菓子や茶をのんびり堪能している仲間達。彼らは皆穏やかな笑みを浮かべていた。彼が守りたいのは、この笑みこそではなかったか。
「(そんなものだったはず、なのに……)」
 随分と遠くに来てしまった。如何なる道に立つべきか、ひりょは一人思い悩むのだった。


「カナメはここに来るのは初めてだったね。澪河神社はどうだい?」
 広場の隅っこに設けられたベンチに腰掛け、杏子(aa4344)は隣のカナメ(aa4344hero002)に尋ねる。丁度大樹の木陰になっていて、涼しい風が吹いていく。カナメはしんみりした調子で呟いた。
『とても、良い場所だな』
 暫し黙って風を聞いていると、ウォルターとテラスがお盆に菓子や茶を乗せてやってくる。
『注文の品です。どうぞ』
『ドーゾ』
 二人がお盆を受け取ると、彼らはそのまま立ち去ろうとする。杏子はその背中を呼び止めた。
「待ってくれ。少し……話を聞いてくれないか?」
『ふむ?』

「観察し記憶する事、シャーロック・ホームズから学んだ推理の基礎だと娘は言った」
『成程。それで出た結論がそれ、というわけですか』
 ウォルターは自身も紅茶を啜りながら尋ねる。杏子は頷いた。
「何度も家族会議を重ねて出した結論だったんだ。確証のある返事は得られなかったが……もし真実であれば、英雄にとってはショックだろうね。いや、人間にとってもか……」
『英雄が持っている前の世界の記憶…、それすら本物の記憶かどうか怪しくなってきた。全部王による作り物という可能性もある』
『フーン……』
 テラスは眼をちかちかさせる。その瞬きはどこか物憂げにも見える。杏子は天を仰いだ。
「愚神十三騎をすべて倒せば、ひとまず侵略は収まるんだろう。でも本当にそこまで行かないと平和は無いのかねえ…」
『一番の解決策は、根本である王をどうにかする事だろうな。しかし、どんな奴なのかがさっぱり分からない。愚神にも実際に会った奴がいないし「意志」としか言わない』
「概念とかそういうのじゃないのかね王って…。だとしたら普通の手段じゃ太刀打ち出来ないんじゃないか?」
 考えれば考える程、事態が深刻に思えてくる。戦いばかりではいられない。しかし、世界の舵は確実に戦いへと向かおうとしている。その危険性に薄々気づかされつつも、止められない自分達がいる。
「(アイツに…、ノーブルに輝きを取り戻させる手立ては、本当に無いのだろうか…)」
 思い悩む二人。ウォルターは二人が手に乗せているお盆から勝手に素甘を取って食べた。口をもごもごさせながら、呑気に話し始める。
『まあ、何であれ……私が貴方達に助言として尋ねる事は一つです』
 紫色の視線が、カナメへと注がれる。
『カナメちゃん。……この世界は、好きかな』


『此処にも祠があるのか』
『下とは比べ物にならぬ霊力を感じますな。……まるで聖遺物でも収められているような……』
 鎮守の森、小山の頂上にある祠をアークとJudeは訪れていた。二人で話がしたいと、ゆったり話を続けている和泉と耿太郎を残してここまできたのである。
『……ヘイシズの述懐については、聞き及んでいるか』
『ええ』
 アークは山のふもとを見下ろしながら尋ねる。Judeは深く頷いた。二人には記憶がおぼろげにしかない。自らが世界で何者だったのか、それすらも曖昧なくらいだ。アークが持っているのは、激しい“怒り”。それが消えた記憶に由来するのではないか。そう思うと、最近は少し不安になる。
『我等のいた世界。一体どうなっている事やら……』
 零れた弱音。杯を差し出すように、Judeはその言葉を掬い上げた。
『しかし、貴方の傍らには私がおります。元の世界が如何なる形になっていようとも、私は貴方の采に従いましょう。……必ずや、我が王に勝利を捧げます』
 献身的な男の言葉。励まされ、アークは静かに微笑んだ。
『頼りにしている』


「どうぞ。とりあえず今日やれる事はやっときましたよ」
 恭佳はリンゴ飴や茶菓子を味わいながら寛いでいる藍と禮に黒鱗を差し出す。塗装からグリップ、回路まで丹念に整えられた槍は、新品のように輝いている。受け取った藍は微笑む。
「ありがとう。もっとも強力な槍もあるが、やはり私たちにはこれだね」
『ええ、ぴったりです』
 しばらく見つめていた藍は、静かに槍の柄を握りしめる。エージェントとしての歩みが、一つ一つ思い出されてくる。
「思えば、本当に色々な戦いがあった……」
『……迷いは、晴れましたか? 藍』
 山から吹き下ろした風が、ふわりと二人の頬を撫でる。藍は頬を引き締め、小さく頷く。
「ああ、今回の戦いは妙な情勢になった……気が急いていたんだな」
 藍は幻想蝶に槍を収めると、禮へと静かに微笑みかけた。
「いつも通り、平穏を護る事。それを貫くとしようか、禮」


「よっしゃぁ! あぶねぇ……!」
 一方、出店をしていた男三人組は何やら射的で競い合っていたらしい。和頼は快哉、その横でテジュはクーラーボックスのビールを取り出し、二人に小銭とまとめて突き出した。
「持っていけ。……まあ俺も飲むがな」
「いやー、奢りのビールは旨えなぁ」
『ジャックポットの面目躍如だな、ここは』
 冷えたビールの苦みを味わいながら、ジェフは安堵の溜め息を吐いていた。射撃が主な仕事の彼が負ける訳にはいかなかったのだ。
「……さあて、そろそろ片付けるか……」
 勢いよく酒を飲み干した和頼は呟く。次第に日が暮れようとしていた。


 英雄二人に残された和泉と耿太郎は、並んで座ってささやかなやり取りを続けていた。その姿は年頃のカップルと見えなくもないが、その辺りはどうやら二人とも疎いようである。
「ジュード卿とアークさんは元々同じ世界の人間であったというよな」
「そうっすね」
「此度の一件で、彼らも幾つか思う所があるのだろうかな」
「っすね……」
 和泉から投げかけられる言葉に、耿太郎はししおどしのように相槌を打つ。しかしその眼は遠くの六花や央に向いていた。無事なその姿を見てほっとするとともに、どうしても思わずにはいられない事があった。
「(みんなやりたいこととか、こうしたいってことがあるのは分かるっすが……どうしたらよかったんっすかね……)」
 物思いに耽る耿太郎。しかし、その御蔭ですっかり和泉は置いてけぼりだ。むっとした彼女は、茶碗の中身をぐっと飲み干した。
「おい!」
 突然声を張り上げる和泉。耿太郎はベンチの上で飛び上がり、慌てて和泉に振り返った。
「ど、どうしたんすか」
「どうしたもこうしたもない! 先程から身が入っていないように思えるのだが。友には話せぬ事か」
 和泉は立ち上がると、顔を寄せてじっと耿太郎の顔を覗き込む。目を白黒させていた耿太郎だったが、やがて顔を曇らせた。
「何て言っていいのか分かんないんっすよ……ただ、どうしたらいいんだろうって気持ちが強くて……」
 俯いて声を絞る耿太郎は、和泉をちらりとも見ようとしない。そんな煮え切らない態度を見ていた和泉は、やがて唇を結んで立ち上がる。そのまま耿太郎の手を引っ掴むと、そのまま境内を駆け出す。肩を引っこ抜かれそうになった耿太郎は、必死にその後を追いかける。
「い、いきなりどうしたんすか!」
「悩ましいのだろう? ならば走って気を晴らすしかあるまい! 行くぞ!」
 和泉はそのまま参道を駆け下り、住宅街の狭間を風のように突き進む。空に燦と輝く太陽を目指して。行き違う人々が二人を振り返っても、和泉は気にも留めない。
「山に迷ったならば登れば良い! 同じだ! 走ればともあれ事は動く!」
 地面をぐいぐい踏み込みながら、和泉は叫んだ。その力強過ぎる論理に、引っ張られている耿太郎は首を傾げた。
 しかし、やがて耿太郎もそんな気がして来た。何もせず、ぐずぐずと座り込んでいるよりは走った方がマシではないかと。動き続けることで見える景色もあるのだと。
「……そう、っすね」
 耿太郎も自ら道路を踏み出す。和泉の隣に並び、二人は西に輝く光を追って、街中を駆けるのだった。


「帰るぞ」
『え? もぅ……ッ!』
 男衆が迎えに来る。慌てて立ち上がろうとした希だったが、その場で転んでしまう。ルーもじたばたしている。
『た、立てないー!』
「大丈夫……?」
 七海はどうにか立ち上がり、首を傾げる。ずうっと正座していたせいで、脚が痺れて仕方ないのだ。和頼は溜め息を吐くと、希の前で屈み込む。
「無事なのは七海だけか? 情けねえ」
『うー……』
 希はどうしようもなく背負われる。その姿に、仲良し達は笑い合った。希は恥ずかしげに顔を背け――社務所の存在に気付いた。
『あ、籤!』
 希が叫んだ頃には、既にルーが痺れた足を引きずって歩いていた。
『青藍さん! 御神籤二つと戦勝守を下さい!』

 テジュは籤を開く。“焦らず進むと道が開ける”と記されていた。隣でルーは目を丸くする。
『謹んで行動すべし……?』
「当たってるな。その籤」
『えーっ!?』
『慎ん……』
 ジェフもくすくすと笑っていた。隣で和頼とルーが籤を開く。
『大吉! 万事良好! やっぱ、あたしスゴ……ハウッ』
 はしゃぐ希に早速天罰。和頼は小馬鹿にしたように笑みを浮かべて自分の籤を開いた。
「えーと……努力次第?」
「沢山努力してるから、きっと叶うね」
「お、おう」
 和頼は思わず頬が緩むのを感じ、慌てて顔を背けた。一方の七海も籤を読み上げる。待ち人近し。
「……和頼、の事だよね」
『待ち人は人生を良い方へ導く人の事だぞ、七海の気になるところは縁談か恋愛だな』
 ジェフが微笑みながら言うのを聞き、七海は改めて眉を開いた。
「なら、みんなの事だね」

「さぁ……帰るか」
 礼のついでに境内を掃除し、六人は神社を後にする。そっと、和頼は七海の手を握った。
「……!」
 七海も彼の横顔をそっと見上げると、頬を綻ばせ、静かに半歩寄り添った。幸せそうな後姿。ルーはじっとそれを見守る。胸の中の願いを、改めて確かめる。
『(笑えるって大事だね。……守りたいなぁ)』
『何時もこうあれと思う一日だったな』
「そうだな。……いつもこう過ごせたらいい」


 かくして、エージェント達は久方振りに平穏な日々を送った。迫りくる嵐を乗り切るために。

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • ひとひらの想い
    零月 蕾菜aa0058
    人間|18才|女性|防御
  • 堕落せし者
    十三月 風架aa0058hero001
    英雄|19才|?|ソフィ
  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • ほつれた愛と絆の結び手
    黄昏ひりょaa0118
    人間|18才|男性|回避



  • 雄っぱいハンター
    虎噛 千颯aa0123
    人間|24才|男性|生命
  • 雨に唄えば
    烏兎姫aa0123hero002
    英雄|15才|女性|カオ
  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 非リアの神様
    伊邪那美aa0127hero001
    英雄|8才|女性|ドレ
  • 革めゆく少女
    御童 紗希aa0339
    人間|16才|女性|命中
  • アサルト
    カイ アルブレヒツベルガーaa0339hero001
    英雄|35才|男性|ドレ
  • LinkBrave
    シエロ レミプリクaa0575
    機械|17才|女性|生命
  • きみをえらぶ
    ナト アマタaa0575hero001
    英雄|8才|?|ジャ
  • LinkBrave
    ヴァイオレット メタボリックaa0584
    機械|65才|女性|命中
  • 鏡の司祭
    ノエル メタボリックaa0584hero001
    英雄|52才|女性|バト
  • 語り得ぬ闇の使い手
    水瀬 雨月aa0801
    人間|18才|女性|生命



  • まだまだ踊りは終わらない
    餅 望月aa0843
    人間|19才|女性|生命
  • さすらいのグルメ旅行者
    百薬aa0843hero001
    英雄|18才|女性|バト
  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 花の守護者
    ウィリディスaa0873hero002
    英雄|18才|女性|バト
  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445
    人間|25才|男性|回避
  • 奇稲田姫
    マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • 紅の炎
    アリスaa1651
    人間|14才|女性|攻撃
  • 双極『黒紅』
    Aliceaa1651hero001
    英雄|14才|女性|ソフィ
  • マーメイドナイト
    海神 藍aa2518
    人間|22才|男性|防御
  • 白い渚のローレライ
    aa2518hero001
    英雄|11才|女性|ソフィ
  • 絆を胸に
    麻端 和頼aa3646
    獣人|25才|男性|攻撃
  • 絆を胸に
    華留 希aa3646hero001
    英雄|18才|女性|バト
  • 家族とのひと時
    リリア・クラウンaa3674
    人間|18才|女性|攻撃
  • 友とのひと時
    片薙 渚aa3674hero002
    英雄|20才|女性|ソフィ
  • 絆を胸に
    テジュ・シングレットaa3681
    獣人|27才|男性|回避
  • 絆を胸に
    ルー・マクシーaa3681hero001
    英雄|17才|女性|シャド
  • 絆を胸に
    五十嵐 七海aa3694
    獣人|18才|女性|命中
  • 絆を胸に
    ジェフ 立川aa3694hero001
    英雄|27才|男性|ジャ
  • きっと同じものを見て
    桜小路 國光aa4046
    人間|25才|男性|防御
  • サクラコの剣
    メテオバイザーaa4046hero001
    英雄|18才|女性|ブレ
  • Be the Hope
    杏子aa4344
    人間|64才|女性|生命
  • Be the Hope
    カナメaa4344hero002
    英雄|15才|女性|バト
  • かわたれどきから共に居て
    日暮仙寿aa4519
    人間|18才|男性|回避
  • たそがれどきにも離れない
    不知火あけびaa4519hero001
    英雄|20才|女性|シャド
  • エージェント
    神門 和泉aa4590
    人間|17才|女性|攻撃
  • エージェント
    Jude=Aaa4590hero001
    英雄|24才|男性|ブレ
  • 希望の格率
    君島 耿太郎aa4682
    人間|17才|男性|防御
  • 革命の意志
    アークトゥルスaa4682hero001
    英雄|22才|男性|ブレ
  • 絶対零度の氷雪華
    氷鏡 六花aa4969
    獣人|11才|女性|攻撃
  • 南氷洋の白鯨王
    オールギン・マルケスaa4969hero002
    英雄|72才|男性|バト
  • 希望の守り人
    白金 茶々子aa5194
    人間|8才|女性|生命
  • エージェント
    シェオルドレッドaa5194hero001
    英雄|26才|女性|ソフィ
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