本部

【愚神狂宴】連動シナリオ

【狂宴】シュング

雪虫

形態
ショートEX
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
12人 / 8~12人
英雄
12人 / 0~12人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/05/31 13:42

掲示板

オープニング

●脆い檻
 監視カメラの向こうには、扉の向こうに閉ざされたパンドラの姿が映っていた。善性愚神を語り、その裏で一般人の心を操るような従魔を用意していた愚神……もっとも、元々彼らに懐疑的だった面々からすれば「予想通り」の結末と言えたが、そのパンドラは現在、とある山岳地帯、の地下にある研究施設の一室に監禁されていた。
 このような対処となっている理由は二つある。一つ、世間的に善性愚神が「好意的に」迎えられており、下手に行動に移せば何が起こるか分からないため。二つ、パンドラがトリブヌス級愚神であり、討伐するにもそれなりの戦力が必要なため。事態が急展開した今現在、ありとあらゆる非常事態に備えていなくてはならない。パンドラの件が陽動という可能性も十分にある。結果、パンドラ一体にかまけている訳にもいかず、動員出来る最低限の人員で監視に当たっていた。
「ねえ、誰かお話してくれませんか? ずっと一人で飽きてしまいます~」
 監禁されてからずっと、パンドラはこのような言動ばかりを繰り返していた。パンドラを少しでも弱体化させるべく、試作品のAGW――パンドラが監禁されている部屋こそがそれである――を作動させ続けているのだが、特に堪えた様子はない。むしろ、常に気を張り続け、AGWにライヴスを流し続けているエージェントや職員の方が参りそうな状態だった。
 だが、事態が動いたと告げられた。まずは人心を『善性愚神』の洗脳から解放する事が不可欠だが、それが成功すればパンドラ撃破の指令が下る事だろう。いつでも臨戦体制に入れるようにと、エージェント達は己の武器点検に余念がない。非リンカーの職員とて同じ事で、一つの異常も見逃すまいと必死に目を凝らしている。
 パンドラはそんな事など知らぬがごとく、ベッドの上で暇そうに足をぶらぶらさせていたが、突然バッと顔を上げた。何かを察知したように。そして監視カメラに視線を向け、少し固い声で告げる。
「すいません、ここから出してもらえますか? 悪い事は言いませんので早くここから出して下さい。僕、皆さんと仲良うしたいってほんまに思っているんですよ?」
 声の調子こそ違うが、この「懇願の言葉」も幾度となく繰り返されたものだった。当然聞き入れる者はいない。職員は応える代わりに、外に異常はないかと改めて映像に意識を向ける……。
「……、き、緊急、緊急! 従魔の群れがこちらに向かってきます! 数は……十、二十、……百……ど、どんどん増えています!」
「何っ!」
 従魔が現れたという方角の映像を映し出すと、確かに夥しい数の従魔が、樹木を薙ぎ倒しながら斜面を駆け上がっていた。遠目には潰れた肉塊の群れ。肉の色をしたドロドロのスープが、びちゃびちゃと飛沫を散らしながらこちらを目指し登ってくる……!
「一体どこから現れた!」
「分かりません! 四百メートル地点から突然現れました! ライヴスへの干渉、及びプロジェクターの役割をする装置か従魔がいると思われ……」
 そのような役割をする装置がどこかの事件であったはず……だがそれを精査している暇はない。従魔の波はあっという間に研究所の真上に辿り着き、研究所そのものを掘り起こそうとするかのように牙を山肌に喰い込ませた。土を喰っているとすぐに分かった。天井が見えれば次はそれを喰い破るに違いない。
 永平がいち早く動いた。一部のエージェント達も後に続いた。振動が地下にある建物全体を揺らしている。

●蠢愚
 パンドラは一人部屋の外に立っていた。扉は内側から強い力で無理矢理破壊されたようで、見るも無残にひしゃげていた。パンドラは扉に負けないぐらいボロボロになった左腕から、息せき切って駆け付けたエージェント達に瞳を向ける。
「あ、皆さんお久しぶりです! ゆっくりおしゃべりでもしたいですけど、今日は帰らせて頂きたく」
「テメエ……なんだ、一体何が目的で!」
「僕は皆さんと『仲良く』したいだけですよ。でも、今日は帰らせて下さい。僕を逃がしてくれたら僕の『お友達』も一緒に帰るって約束します」
 永平にパンドラが答えた、瞬間、駆けてきた方向から轟音が響き渡った。管理室か通路か、どこかは分からないが天井が空いたに違いない。自分達の頭上でも従魔が蠢く気配がする。
「本当ですよ。今日は大人しく帰ります。だから、そこ退いてくれませんか? 僕は皆さんとケンカはしたくないんです。
 ああでも、皆さんのこと壊して、直して、それから仲良くすればええんですかね?」
 すぐ近くで金属の破れる音がした。従魔の生臭い息を感じる。愚神は泥のような目で嗤う。
「元々、そのつもりだったんですから」

●敵NPC
 パンドラ
 マガツヒ所属のトリブヌス級愚神。天井の穴に到達するとそこから逃亡する。左腕はリプレイ開始時には直っている
・壊造
 接触した従魔のステータスを強化する
・孕兆
 接触した対象に「何か」を植え付け体内を少しずつ破壊。【減退(1d6)】付与。このスキルは重複する。(例:減退1負荷中に減退2を喰らうと、重複して減退3になる)BS回復スキル以外回復不可
・壊造凶過
 パンドラが自身に壊造を施し物攻を上昇させる。代償として2ラウンド(以下Rと表記)《壊造》《孕兆》《壊造凶過》使用不可
・躍れ依代
 リアクション。人外めいた超回避を行う。超回避による負荷が一定ラインを越えると回避低下
・禍の狂持
 パッシブ。1Rで2回行動出来る

 ヤマザル×10
 デクリオ級愚神。3メートル近い山猿のような姿をしている。リプレイ開始当初から戦闘区域にいる
・塵払い
 周囲にある瓦礫や人間を掴んで投擲する
・塵穿ち
 巨体で敵に突進する
・塵潰し
 腕を振り回し範囲5sqにいる敵を無差別に攻撃する
・禍の狂持
 パッシブ。1Rで2回行動出来る
・傷華
 パッシブ。生命力が減る程物攻上昇

 ザンガイ×無数
 ミーレス級従魔。ステータスは軒並み低め。潰れた肉を人間の上半身のように固め、腹部に巨大な口をつけたような姿をしている。OPで土を食べていたのはこれ
 リプレイ開始時はいないが、R終了毎に終了R数×2天井の穴から追加される(例:1R終了時2体追加、2R終了時4体追加……)
・塵喰い
 噛み付いて【拘束】付与。撃破すると解除される

解説

●目標
 パンドラの生命力を半分以下にする

●研究所
・地上から3m地下に設置されている
・パンドラのいた部屋(試作型AGW。破壊され機能停止している)とPC達がいた管理室はコの字型通路で繋がっており、通路中央に地上に繋がる階段がある
・リプレイ開始時従魔の襲撃により管理室上部に一カ所、通路天井に三カ所(内一カ所は戦闘区域内)、それぞれ1~3spの穴が空いており、R終了と共に1sqずつ広がっていく/そこからザンガイが降ってくる
・管理室には非リンカー職員×8とNPCリンカー×10がいるが、管理室の従魔対応に当たっている/通路には既に計24体のザンガイがいる/R終了毎にザンガイが追加されるためPCの救援には向かえない
・PC達の位置から管理室までは30sq程度

●リプレイ開始時のPC達の状況(戦闘区域)

 部屋 パンドラ 【A】 穴 【B】 

 上記のような並びになっている。
・【A】【B】はPCの初期配置。どちらにいるかプレイング冒頭にアルファベットを記載する事
・穴の下周辺にヤマザル×10がいる/R終了毎にザンガイが降ってくる。穴はパンドラに向かって拡大していく
・リプレイ開始時の穴とパンドラの距離は15sq
・通路の幅は6sq
 
●NPC
 李永平&花陣
 パンドラに掛けられた呪いのため特殊抵抗が著しく低い。パンドラと戦いたいと思っているがPCの頼みは聞く
 スキル:怒涛乱舞×1 烈風波×3
 武器:釘バット「我道」
 
●その他
・使用可能物品は装備・携帯品のみ
・プレイングの出し忘れにご注意下さい
・英雄が二人いる場合は英雄の変更忘れ/装備・スキルの付け忘れにご注意下さい
・装備されていないアイテム・スキルはリプレイに反映する事が出来ません
・能力者と英雄の台詞は「」『』などで区別して頂けるとありがたいです
・NPCのスキル/武器は変更出来ません

リプレイ


「先ず、依頼の前に私からひとつ。これだけは済ましておかなければいけない事なので」
 現地へのバスに乗り込もうという直前、榊原・沙耶(aa1188)は言いながら永平の前へ進み出た。そして謝罪の意を以て、丁寧な動作で頭を下げる。
「おい、あんた何を」
「李永平氏、及び全ての古龍幇の皆様に心からの謝罪を。『香港協定第二条において、H.O.P.E.と古龍幇は愚神との取引、協力要請に応じない』」
「……」
「そのように双方で決めておきながら、今回の善性愚神の件では、古龍幇の了承があったとはいえ、信用した挙げ句にこのような事態を招きました。古龍幇が、H.O.P.E.との協定を守り非合法組織への脱却をするのに血の滲むような思いで取り組んでおられるのは想像に難くない。
 にも関わらず、私達は協定を曲げ、愚神に安易に歩み寄り、挙げ句に裏切られ人類が窮地に立たされている。それをH.O.P.E.の一員として、そして香港協定を結んだ際に同席させて頂いた、劉さんの同志として、心よりお詫びをさせて下さい。誠に申し訳ございませんでした。特に、李さんにおかれてパンドラは因縁のある御相手。善性の間は、腸が煮えくり返る思いだったでしょう。
 心中、お察しします」
 そして今度は六十度にまで腰を折って謝罪を示した。永平は「顔を上げてくれ」と、静かな口調で語り掛ける。
「気にすんな。俺は詳しいやり取りについては知らねえが、兄貴とあんたらの会長とで話し合って決めた事だろ。兄貴は一度言った事を覆すような男じゃねえ。
 俺にしたって、俺の怒りを向けるべき相手はお前らじゃねえからな」
 だから顔を上げてくれ、と永平は再び言った。沙耶はようやく顔を上げ、一区切りをつけるように桜小路 國光(aa4046)が声を張る。
「緊急時に備えて、番号を登録させて頂きたいのですが」
 ライヴス通信機をかざしながら全員へ協力を求める。任務はあくまでパンドラの監視だが、緊急事態はあるものと備えた方がいいだろう。いざという時に連携や情報共有もしやすいだろうし、場合によっては全員がバラバラになる事も考えられる。
 何もなければいい。そのように願ってはいても。


 天井が崩落したと同時に、パンドラは笑みを湛えてエージェント達へと駆け出した。佐倉 樹(aa0340)が永平と、その内にいる花陣に告げる。
「いってくる」
 躍り出た樹の姿を認め、愚神はさらに笑みを深めた。足を止めようとはしないまま、樹に向かって突っ込んでくる。
「お嬢さん、今日は楽しそうですね」
 楽しそう? 愚神の言葉を無視して、樹は思考だけを巡らす。
 せっかくもらったアドバイスを今回は活かしておこう。
 今回 は
 けれど、いつか
 必ず
 でも
 仕方ない

 あぁ 口角が上がる。

「サンダー『ランス!』
 シルミルテ(aa0340hero001)と意識を合わせ、紫電を周囲に撒きながら雷の槍をひた走らせた。一直線に奔るそれを、パンドラは笑いながら寸での所で回避する。
「がァぁあッ!」
 『神』の元へ馳せ参じるべく従魔共が動こうとするが、その鼻先に沙治 栗花落(aa5521hero001)が光弓を突き付けた。下手をすればパンドラに背を向けかねない。が。
『……任せる』
 パンドラに対する面々へと一声述べて、自分にもっとも近い敵に先んじて矢を放つ。弓での接近戦は慣れている。アタランテの髪で引き上げた命中精度で、ヤマザルの潰れた鼻っ面を過たずに穿ち抜く。
「自分の部屋に帰るのか、パンドラ……?」
『帰そうとは思わないが、骨が折れそうだ』
 アーテル・V・ノクス(aa0061hero001)につられるように木陰 黎夜(aa0061)は息を零した。だが、それも一瞬の事。露わになった両眼に敵の姿を確と捉える。
「ここは……行かせない、よ」
 宣言と共に舞い上がるのは光輝く蝶の群れ。円を描く蝶達は眼前の敵を取り囲み、異形の猿共は翻弄されて濁った瞳を左右へ揺らす。
『ったく、遊びたいだかなんだか知らねーけど、散々時間使わせやがって!』
「…………茶番はお終いのようです。早く殺しましょう」
 稍乃 チカ(aa0046hero001)の言葉に邦衛 八宏(aa0046)は静かに返し、ZOMBIE-XX-チェーンソーに唸り声を上げさせた。黒猫のごとくしなやかに駆け、駆動する鎖鋸で躊躇いなく敵を抉る。
「貴方がたの葬儀も、せめて僕が執り行わせて頂きます」

 ファニー・リントヴルム(aa1933hero002)と共鳴し、女性の姿となったヨハン・リントヴルム(aa1933)は厭わし気に目を細めた。視線の先には躍る愚神と、殺したい程憎い男。
「ああ、死にたい……いざ復讐と張り切って来てみれば、この有様……。
 でも、まあ……あたしが死にたいのはいつもの事だから、それはまぁ、いいのよ。
 それより、あたし……一度『友達』ってやつを殺してみたかったのよねぇ!」
 パンドラと過ごした時間は長いとは言えないかもしれない。それでも、共に楽しい時間を過ごした。その相手は殺さねばならず。
 目の前のエージェント達は、どうやら憎き李永平を『守りたい』だの『復讐を遂げさせてやりたい』だのと思っているようだ。
 彼らの価値観は古龍幇への復讐を精神的支柱にしてきた自分とは真逆のそれであり。
 一般人には縁が薄く、守りたいという感情も希薄である。
 もはや何故自分がパンドラ側でなくてエージェントとして戦っているのかも分からないが。
 心を壊して、精神を燃やして、幸せな思い出など無かった事にして戦う。
 きっと自分は友達というものを殺してみたかったのだ、だからパンドラと友になろうとした。
 自分勝手で暴力的で頭のおかしい自分のことだ、そうに決まっている。
「よく分かったわ、希望なんて何処にも無いのよ。気付けたのはパンドラ、あんたのお陰よ……お礼に、あんたにも同じ事を教えてあげるわ」
 言ってヨハンは……『魔法狂女』ヨハンナは、青い唇を吊り上げて従魔の群れへと身を投じた。展開するストームエッジ。刃の嵐が肉を裂く。まるで使い手の痛みを味あわせようとするかのように。


 東海林聖(aa0203)は駆ける前に永平にちらりと視線を送った。永平の事は変わらず気に掛けているが、沙耶とのやり取りを見る分には前より平気そうだ、と安心する。
 虎噛 千颯(aa0123)もまた永平へ瞳を向けた。二人の視線に気付いた永平に、千颯はにっと笑みを浮かべる。
「不満タラタラだと思うけど後ろお願いな。ここでパンドラを仕留める事は出来ない。だから次に繋げる為に無茶はしちゃ駄目なんだぜ。ま、永平ちゃんの分もちゃんと殴っておくから」
「手加減は、しておく」
 千颯に続けて聖は言った。そして脇目も振らず駆け出した。瞳の中に映るのは、少年姿の愚神一匹。
『(……まぁ、ルゥもアイツは気に入らないし……)』
 内側からLe..(aa0203hero001)が聖のみに語り掛ける。殴る分には構わないけど。
『(……色々となにをやるか分からない相手……だし)』
 警戒しろと注意を促す。聖は無言でそれを受け取る。接触まで、三、二、一。
「よぉ、何時ぞやの分、確り殴りに来たぜ……」
「聖はん、しばらくぶりですね」
「覚悟しなッ! テメェの胡散臭さは、やっぱイメージ通りだったな」
 大剣で「ぶん殴る」とは、……等と言うツッコミの間さえも殺す勢い。唸るツヴァイハンダーをパンドラは身を捻って躱し、そこに千颯が殺気と共に肉薄する。
「なんていうか……もうバラしちゃうの? 俺ちゃん……もう少し期待したんだけどな~。この程度ならガッカリなんだぜ」
『千颯……お前分かっていたでござるか……?』
 白虎丸(aa0123hero001)の素直さを揶揄する暇は今はない。常の陽気ささえ殺し、「仕留める」の意だけを以てブレイジングランスを繰り出す。体勢の崩れた胴を容赦なく狙った攻撃を、しかし円錐型の騎乗槍を飛び越えるようにして愚神は避けた。終わらず遠方に立つレイ(aa0632)がテレポートショットを叩き撃つが、曲芸のように身体をしならせ寸での所で逃れてみせる。
 息もつかせぬ四連撃。しかしパンドラは全て躱して見せた。パンドラから最も離れた位置にいるレイが目を細める。
「……やはりこうなる、か」
『ちぇ……っ、折角楽しーコトが増えると思ったのにー……』
 内でカール シェーンハイド(aa0632hero001)が口を尖らせる気配がした。遊園地で温泉で、遊んだ事実に偽りはない。あんな風に愚神と共存する日々を続けていけたら。
 しかしもし、続けようと言うのなら。
「ヤツらの強制的な【オトモダチ】になるのは真っ平だ」
 レイは改めて九陽神弓を引き絞る。今日かき鳴らすべきはギターではなく弓の弦。
「行く、ぞ……」
 
「人の良心につけこんで騙すなんて、ひど~い! 作戦っていえば作戦なのかもしれないけど、性格悪~い!」
 プリンセス☆エデン(aa4913)は可愛い仕草でぎゅっと拳を握ってみせた。そして永平に顔を向け、魔女帽の下から上目遣いに「きゃるん☆」、的なポーズを決める。
「あのサル、キモ~い! あたし、か弱い後衛なの、守って!」
 内からEzra(aa4913hero001)の物言いたげな気配がしたが、持ち前のごーいんぐ・まい・うぇいで華麗にスルーする事にする。それに何も考えていない訳ではない。「無理しちゃダメ」と禁じるよりも、頼ってみることにする。事情はよく知らないけど()、怒りよりも、可愛い()女の子を守るお仕事をプレゼント☆ ()の中に左矢印など入れてはならない。
「私は、李さんの援護をさせて頂きます」
 沙耶がグランガチシールドを構えて永平の傍に立つ。永平の心証がどのようなものであれ、永平の思うまま、行動を支援する事にする。それがパンドラに殴り掛かる事でも対話でも、永平の援護を最優先。
 永平は得物を握り締める。多くの言葉を掛けられた。以前の自分なら反発し、飛び出したかもしれないが、これまでの関わりで永平は確信している。
 こいつらは信じるに足る連中だと。
「ああ、そんじゃあ行くか」
 永平が床を蹴り飛ばし、釘バット「我道」でヤマザルの側頭部を殴り飛ばした。エデンは頼み込んだ通り永平の後ろに身を隠しつつ、ブルームフレアを敵の中心で炸裂させる。下半身を狙って攻撃すれば機動力を奪えるし、踏ん張りがきかなくなれば攻撃力も落ちるはず。乱れる炎の華の中で、獣が不様なダンスを踊る。沙耶もまたシールドの牙を目の前の敵へと喰い込ませる。
 天井からミシリと音がして、拡がった穴から肉の塊が降ってきた。強いて言うなら潰れた肉。残骸の寄せ集め。歪に生えた牙を剥き、エージェント達に喰らい付こうと口を開く。
「噛むのであればこちらをどうぞ!」
 ザンガイの生臭い息が仲間達に触れる前に、國光が滑り込み守るべき誓いを発動させた。発散されたライヴスに惹かれ、肉塊は國光の身を捉える。狼狽から戻ったヤマザルが獲物に腕を落とそうとする。
 瞬前、八宏のチェーンソーが、獰猛な唸りと共に背中へと叩き込まれた。黎夜が錫杖「金剛夜叉明王」を掲げ、光球を打ち付けて更なる悲鳴を上げさせる。
「ちょっと痛くするわね」
 再度武器を多数召喚し、ヨハンは刃の嵐を従魔達へと差し向けた。無差別の刃は仲間の身をも傷付ける正に諸刃の剣だが、ザンガイ二体を切り裂いて國光を解放させる。
 エデンがゴーストウィンドで猿共を不浄の風に閉じ込め、沙耶が、栗花落が、永平が、それぞれに得物を向ける。
 だが従魔はまだ倒れない。傷付きながら叫びを上げる。天井がまた崩れ、新たな肉塊が姿を見せる。


「オラァッ!」
 武芸者服をたなびかせ千颯がブレイジングランスを突き出す。常は防御と補助に回る千颯だが、今回は見ての通り攻撃重視の体を取る。攻撃の起点になる。味方に続けての連撃もする。囮にも盾にもなる。パンドラを部屋に押し戻す様に、味方と連携しながらただひたすらに攻め立てる。
 赤熱する穂先に触れれば火傷程度では済まされない。近付くのも躊躇うそれに、しかしパンドラは怯む事なく、むしろにいと笑みながら千颯へと踏み出した。そして紙一重で避けながら千颯の胸に手を当てる。
「お熱いですね隊長はん」
 まるで心臓に触れるように伸ばされた指の先から、パンドラは千颯の体内に「何か」を注ぎ植え付けた。いやその正体は分かっている。パンドラが黎夜に以前語った。埋め込まれた愚神の細胞が、内から千颯のライヴスを荒らし貪っていく。
「ぐうっ!」
「あれ? ちょっとしか入れられませんでした。もっといっぱい入れましょうか?」
 さらに手を伸ばそうとした所で、琥烏堂 晴久(aa5425)の操る呪符「白冷」が飛翔した。霰のように飛ぶ弾丸に愚神はすぐさま千颯から離れ、その周囲をレイの放ったダンシングバレットが跳ね回る。
「あははは! 皆さん息ぴったりですね!」
 などと言いながら天井から迫る跳弾を、パンドラは見もせずに一歩下がるだけで躱した。矢は跳ね返り再度奇襲を仕掛けるが、パンドラはやはり見もせずにこれも容易く回避する。
 樹がマナチェイサーでライヴスパターンを見ようとするが……八宏もライヴスゴーグルで見ようとしたがいささか距離があり過ぎた……避けた瞬間ライヴスの変調が起こっている、といった様子は見られない。聖は距離を埋めながら、上機嫌な愚神へと殺気を全開に叩きつける。
「テメェ相手には……正攻法だけじゃ足りねェだろうなッ!」
 そして隠し持っていた「水筒」の水をブチ撒けた。意表を突かれたのか、ただの水であるが故か、水は愚神をしとどに濡らした。聖は即座にウレタン噴射機を出現させ、中身を愚神に浴びせ掛ける。
「わわわ」
 水分を吸ったウレタンは見る見る内に固まっていき、パンドラは即席の拘束に慌てたような様子を見せた。童話「ワンダーランド」を開き、樹とシルミルテが声を掛ける。
『実はネ、少しハ心配シてたノヨ「オカシクなっちゃったんじゃないかって」
「杞憂のようでよかった『今ノ方がパンドラちゃんラシくって素敵ヨ』

「ねぇ、だから『一緒に遊ぼウヨ!』

 具現化したトランプ兵がパンドラへと飛び掛かる。不思議の国へのではなくて、強いて言うなら地獄への招待状代わりと言うべきか?
 パンドラは「んぎぎ……」と力を込め、ウレタンを破壊して欠片をバラバラと床に落とした。ある程度の硬度を有しているが、ライヴスの通っていない普通のウレタン。いくら細身とは言えど愚神を拘束するのは難しいようだ。
 樹の送ったトランプを、レイのテレポートショットと晴久の「白冷」が追い掛ける。千颯もランスを手に迫る。きっとこれも躱される。頭の隅で思いながら、しかしその考えは諦めではなく策である。避けた分だけ愚神の身には負荷が掛かる。ならば例え躱されようと、負荷と疲弊を与えるためにより鋭い連撃を。
 だが予想外の事が起こった。パンドラが避けもせず、全ての攻撃を喰らったのだ。トランプを右手で受け止め、左手を矢じりに貫通させて、冷気の弾丸で強かに打たれ、腹で赤熱する槍の穂先を受け止めて。
「っ!?」
「……あは」
 避けられない攻撃ではなかった。愚神はわざと避けなかった。その証拠に愚神は至極嬉しそうに嗤った。泥を煮詰めて腐らせた、そんな色を千颯へ向ける。
「やっぱり、逃げてばかりじゃつまりませんよね。壊れた方が楽しいですよね。僕を捕まえて嬉しいですか隊長はん。僕もあなたを捕まえられて嬉しいですよ」
 身を捻って槍から逃れて千颯の顔と喉に触れ、先程より長く、多く、孕兆を千颯へ流し込む。異物が体内を縦横無尽に這いずり回る。おぞましい感触に千颯の喉から悲鳴が上がる。
「あっはははは! 楽しい。楽しい! そうですね一緒に遊びましょう。仲良くしましょうあはははははは!!!」


 四体のザンガイは床にべちゃりと着地すると、旨そうなライヴスを求め國光に牙でしがみついた。ダメージはないが肉のとろけた感触が國光の全身をぞろりと濡らす。
「壊す、壊れロッ! ゲヒヒャハハはッ!」
 楽しそうに嗤う獣が國光に腕を振り上げる。八宏は先程と同じようにヤマザルの背後を取り、無防備な背中へとチェーンソーを奔らせた。裂けて抉れた肉に向けて、黎夜が光球にて追い打ちを掛け、ヨハンがストームエッジで國光に絡むザンガイを崩す。
「これが二度目のブルームフレア!」
 きらきらと輝くエフェクトを撒きエデンが再度炎を咲かす。エデンとしてはパンドラにも「ちょっかい」かけたい所だが、今不意打ちを仕掛けたらこっちが不意打ちを喰らいそうだ。エージェント達の攻撃によりダメージが溜まっていたのだろう。二体のヤマザルが炎に飲まれ、黒焦げとなって床へと落ちた。
 だが全てを屠るにはもうしばらく掛かりそうだ。炎を逃れたヤマザル達が咆哮する。振り回される腕が、嵐のように前衛のエージェントに叩き込まれる。八宏を、ヨハンを、沙耶を、永平を、國光を薙ぎ倒し、内二体が愚神の元へ参ろうと足を動かす。
「行かせはしません!」
 國光が咄嗟に地を蹴って我が身で従魔を妨害し、栗花落が光弓の矢をヤマザルの眼球に潜り込ませた。ヤマザルの叫びに応える様にザンガイ六体が姿を見せる。八宏は数歩後ろに下がって険呑に瞳を細める。
『グロ肉のおかわり? いい加減ノーセンキューってやつだ!』
「全くです……少し留めさせて頂きましょう」
 チカの言葉に同意を示し、八宏は天井目掛けて女郎蜘蛛を張り巡らせた。儚げに光る蜘蛛の糸が肉塊共を絡め取るが、一部が巣のない所からでろりと床に落ちようとする。降り注ぐ直前、黎夜の放った光球が肉を四方に弾き飛ばした。内でアーテルが顔をしかめる気配がする。
『ああ、気味の悪い物を降らせやがって……』
「アーテル、平気……?」
『平気だ。黎夜にだけ押し付けるつもりはないさ』
「……無理はダメだから……」
 黎夜がホラーを苦手とするように、アーテルはゾンビの類……腐った肉を苦手としている。押し付けるつもりはないとアーテルは言うが、相棒を慮るのは黎夜とて同じ事。
 「うちは大丈夫」、そう言うように、黎夜は錫杖を握り締めた。

「大丈夫ですか?」
「問題ねえ。お前の方こそ大丈夫か」
 永平からの問い掛けに、沙耶は「大丈夫よ」と頷いた。実際問題としては沙耶の方がダメージは大きい。敵からの攻撃を喰らって、ではなく、装備の負荷が沙耶の生命力を少しずつ削り取っている。
 とは言え今すぐどうこうというものではない。常に周囲を見渡し、バトルメディックとして最大限の仕事は果たす。 
「そういえば素朴な疑問だけど、善性としていた時期に、パンドラに誠意の証として呪いを解く選択肢もあったと思うのだけど、それは考えなかったのかしら。善性でいるうちは、立場上断るのも難しそうだと思ったのだけど」
 まぁ信用出来ないってのは分かるけど、と沙耶は言葉を続けた。永平はちらりと沙耶を見て、そして愚神に瞳を向ける。
「言ったさ。『俺達にかけた呪いを解きやがれ』と。対し奴はこう言った。『前に聞かれたんで言いましたけど、【貰い物】なんで僕には解く事は出来ない』」
 その後「解く協力はするつもりですよ」等と嘯いてはいたが、永平は知っている。あの愚神が容易く嘘を吐く事を。先日の箱型従魔にしたって奴はこう言ったのだ。「僕は知りませんよ」と。
「あの嘘吐きが本当の事を言ってるとは限らねえがな」


 樹が飛ばしたトランプ兵をパンドラはひらりと回避した。そのまま樹目掛けて駆け出そうとした所に晴久の冷気の弾丸が迫り、合わせて爆導索を聖が愚神の脚へと飛ばす。
「千照流『鎖戒』!」
 絡ませて起爆しようとしたが、愚神は宙へ身を躍らせて弾丸とワイヤーの両方を躱した。地面に手をついた反動でそのまま聖へ接近する。
「今度は聖はんの方がええですか!?」
 間近で笑みながら手を伸ばし、聖の内部へと自身の細胞を植え付ける。細かなものがぞわぞわと神経を這い回る。千颯がランスを繰り出しながら聖へと声を掛ける。
「大丈夫か聖ちゃん」
「あ、ああ」
 そう返しはするものの気色の悪さは否定出来ない。スキルを使えば回復出来るが回数は限られている。出来る限り持ち堪え、タイミングは見極めなければ。
「ねぇ、永平の背中のアレ『一体ダレかラノ貰い物なノ? 比良坂清十郎? それトモ他のダレ?』
 樹とシルミルテが愚神を見据え続けざまに口を開いた。自分達を見る黒に、シルミルテはさらに言葉を紡ぐ。
『比良坂清十郎ッテ、オジサンなの? オニーさんなノ? ドんなタイプの愚神サン? ナの?』
 何かしら回答がアレば僥倖程度で大きく期待はしていない。パンドラはにっこり笑った。心の底から嬉しそうに。
「嬉しいなあ。僕の言った事、本当だってまだ信じてくれているんですね?」
 黒い目で笑いながら愚神が樹へ走り出すが、進撃を拒むように樹はトランプ兵を差し向けた。そこに晴久も「白冷」を追従させ、さらに続けて千颯と聖が左右から槍と刃で仕掛ける。
 パンドラはトランプと霰は避けずに喰らいながら、槍と刃は回避して千颯と聖へ手を伸ばした。追加される孕兆。そこでパンドラはようやく気付いた。孕兆……埋め込まれたパンドラの細胞はクリアレイ等のスキルがないと消滅させる事は出来ない。だが千颯から植え付けたはずの自分の細胞の気配がしない。千颯のプリベントデクラインがその都度愚神の細胞を打ち消したのだ。ダメージがない訳ではないが、思ったより被害が少ない事にパンドラは不満気な顔をする。
「隊長はん、いじわるですね」
「……嘘」
『ツいテタンダ』
 樹とシルミルテの声にパンドラはそちらに視線を向けた。距離を取った千颯と聖を忘れてしまったかのように、樹とシルミルテへと申し訳なさそうな顔をする。
「すいません。あの時はそう言った方がええかなって思ったんです。でも謝ったから、ちゃんと謝ったら、許して僕と仲良くしてくれますよね?」
「パンドラさん……残念だよ」
 晴久が音を零すと、パンドラの瞳は今度は晴久を映し出した。底が見えない程濁った目。そんな目を細めて首を傾げてくる愚神に、晴久は喉の詰まるような錯覚を覚える。
「ここから出てどうするつもりなの? あの気持ち悪いの何? あなたと仲良くなりたいって言ったこと、覚えてる? ……ボクは本当にそう思ってたんだよ。話してて楽しかったのも本当。出来ることなら……みんなとちゃんと仲良くなりたかったよ。洗脳とかじゃなくてね」
 ザンガイを指差し、苦しさを隠せないまま胸の内を吐露してみせる。常の共鳴は女性の姿をしているが、今日は違う。姿は晴久。主体も晴久。いつもは琥烏堂 為久(aa5425hero001)に任せる所を、無理を言った。どうしても自分で話したいと。
「ここから出たら、そうですね、また遊園地に行きたいですね! あれは僕の『お友達』ですよ。僕だってハルちゃんはんと仲良くなりたいですよ。今でも! そうだ今度はハルちゃんはんも一緒に遊園地に行きましょうよ。僕だってハルちゃんはんとお話しして、とっても楽しかったです!」
 素敵な笑顔で愚神は言う。その言葉は嘘ではない。何故かそのように思えてしまう。だが噛み合わない。決定的な何かが。
「けど……仲間を裏切った人と……もう仲良くするわけにはいかないんだよ」
「……」
「H.O.P.E.のエージェントとして、けじめはつけさせてもらうよ」
「僕は今でも、仲良く出来るって信じてますよ?」
 返事は冷気の弾丸だった。樹がトランプ兵を合わせ、聖と千颯が同時に迫る。パンドラはわずかな隙間を縫うようにして全てを躱し、置き土産と言わんばかりに聖に孕兆を二度植え付ける。
「ハルちゃんはん! もっとこっち来てお話しましょうよ! 遠いなあ。そんなに遠くちゃ壊せないです! ねえ仲良くしましょうよ!」
 愚神の言葉の一つ一つが、晴久にとっては毒のようにも感じられた。晴久の心が苦しんでいて、為久は気が気ではない。
 だが、共鳴を譲ったからには、最後までハルに任せる。その想いを汲むように、晴久は呪符を握り締める。効果の切れた拒絶の風を再度脚に纏わせて、注意を引きつけようと再び声を張り上げる。
「今言った通りだよ。もう仲良くするわけにはいかないんだ!」

 パンドラが監禁されていた部屋へ追い詰めようとしているのだが、パンドラの行動は捉え所がなさ過ぎた。避ける時は避けるが、時には避けずに突っ込んでくる。回避の癖を見ようとするがその確認もままならない。攻撃を喰らっても平気と判断しているのか、回避のガタがき始めている故なのかさえ分からない。
 だが、どちらにせよ、するべき事は決まっている。避ける必要がないと判断したならそのまま攻撃すればいい。避けられるならそれでも、最大の隙を作るために攻めて攻めて攻め立てるのみ。
「ところでパンドラちゃん、俺ちゃんとの二つの『約束』覚えてる?」
 千颯が声を掛けてみると、愚神は今度は千颯の方へ瞳と笑みとを寄越してきた。そうと愚神に聞こえるように、強い殺意を音に籠める。極力注目を自分に集め味方に被害を行かせぬように。
「最初の約束のあれは叶えてくれるのかな? それともそれすら反故しちゃう?
 二つ目の約束は……俺は傷つけたらって言ったよな? 約束破りやがったな?」
「ああ、約束、約束ですね! 呪いを解くチャンスですよね? でもそれならもうありますよ。僕を倒せば解けますから」
 パンドラはあっさりとそんな事を言い放った。永平の呪いは【貰い物】だといけしゃあしゃあと吐いたくせに。馬鹿にしているのか、それとも千颯との約束を少しは果たそうとしているのか。どっちともつかぬ表情で愚神は楽し気に声を零す。
「地の果てに逃げたとしても必ず探し出して殺すんですよね? ええですよ、ふふふふ。でも、僕も、隊長はんの事、壊したくって仕方ないんですよ?」
 愚神がそう嘯いた、瞬間、重い衝撃が千颯の胴に叩き込まれた。視線を落としてみれば愚神の腕が千颯の腹から生えている。ガフッ、と口から血が零れ、千颯の腹の穴からズルリと愚神の腕が出た。血塗れの腕をボロ雑巾のようにしながらも、腹から血を流している千颯を見下ろし愚神が嗤う。
「ああっ、ああっ、あー!!! 壊すのは本当に楽しいです! 隊長はん、大丈夫です? 壊れても直してあげるので言うて下さいねあはははははは!」
 心底善いように愚神が上擦った声を上げ、そこにヤマザル共の咆哮が重なった。天井がまた少し崩れるような音もする。  


 話は少し遡る。
 八宏の女郎蜘蛛に絡められ、肉塊共は糸の上でぞろりぞろりと蠢いていた。しばらく時間は稼げるだろうが、糸が切れれば落ちてくる……追加分も合わせて一斉に落ちてくる。
「壊し、壊せ、コわレロッ!」
 ヤマザルが奇声を上げながら四方八方へ躍り出た。まずは塵潰しで前衛を薙ぎ払い、その内の一部が後衛組へと突っ込んでくる。仲間がいるなら話は別だが、そうでないなら素直に受ける理由はない。黎夜はヤマザルの突進を危なげなく回避する。
『突っ込んでくるぜ!』
「言われなくても分かってる」
 カールに声を返しながらレイはキリングワイヤーに武器を替えた。基本はパンドラへの行動阻害や、対パンドラへの援護。とは言え、パンドラばかりに固執している訳でもない。自分目掛けて突撃してくる従魔にも、冷静さを保って対応。
 ワイヤーをさながら網目のように展開し、突き進んでくる従魔の肉全面へと喰い込ませる。従魔の悲鳴を聞きながら八宏が永平に声を掛ける。
「スキルの出し惜しみはなさらずに」
『ガンガン行って構わないぜ!』
 チカからも重ねて要請を受け、永平は中心へ駆け滑り怒涛乱舞を繰り広げた。従魔に一瞬の隙が生まれ、ヨハンが憎々し気に顔を歪める。
「こんな奴と連携みたいな真似をするなんて……」
 古龍幇の李永平。最も刃を向けたい相手! だが、パンドラの元へ至るためには従魔共を退けなければ。ヨハンはギッと奥歯を噛み締め、はっと気付いて笑みを零す。
「ウェポンズレイン!」
 頭上に数多の15式自動歩槍「小龍」が出現し、スキルの名前そのままに弾丸の豪雨を降らせた。無差別の降雨、ならぬ攻雨はエージェントの……当然永平の上にも注ぎつつ、蜘蛛の巣に囚われていたザンガイ共を全滅させる。
『大分消耗が酷そうよ』
 小鳥遊・沙羅(aa1188hero001)の声に沙耶は八宏へ意識を向けた。指摘通り確かに生命力の減りが激しい。前線に立ち従魔の攻撃を喰らっているというのもあるが、沙耶と同じく装備の負荷が八宏にも圧し掛かっている。
 判断を一度間違えれば取り返しのつかない事になる。それは戦場の常。故に治癒を担う者は迅速かつ最適な選択を迫られる。
 誓約救済……救うという決意がライヴスを研ぎ澄まし、治癒の力が雨と変じて仲間達へと降り注いだ。エデンは周囲を走っていた。黒焦げになった山猿を肉の壁、遮蔽物と利用しながら。そしキッと脚を止め、悪戯っぽく笑みを零す。
「ゴーストウィンド!」
 不浄の風が渦を巻き、ダメージの大きかったヤマザル二体の命を刈り取る。栗花落が、國光が、愚神に向かおうとするヤマザルを押し留める最中、再び天井の割れ目から肉塊共が姿を見せる。
『おかわりはもういらねえって言ってんだろ!』
 というチカの悪態を聞きながら、八宏は再度女郎蜘蛛を天へと射った。ヨハンが最後のウェポンズレインを展開し、弾丸の豪雨で肉塊共を穿ち抜く。
 時間稼ぎと分かっていた。今倒したザンガイは十体。徐々に増えている。天井の穴が広がる程に侵入者は増えていく。だが焦っているのは従魔共も同じ事らしく、ヤマザルが叫びつつ黎夜へと飛び掛かる。
 百四十六センチの小柄に迫る三メートルもの獣。だが、黎夜に恐れはなく、横に転がったと同時に錫杖「金剛夜叉明王」の遊環を鳴らす。エデンが極獄宝典『アルスマギカ・リ・チューン』を開く。
「……行くよ」
「行くわよ!」
 二人の少女の声。二つ放たれた魔法攻撃。同時に喰らった従魔は声もなく動きと命を止めた。エージェント達を倒すのは難しいと判断したのか、ヤマザル達の数匹が愚神の元へ向かおうとする。
 國光と沙耶が止めるべく我が身を盾と立ち塞がった。だが次の瞬間、二人の身体はわし掴まれ、後方へと投げ飛ばされた。強かに叩きつけられたがそれによるダメージはない。が従魔を遮る者が少ない。いるのはパンドラに向き合う仲間達と、……従魔に対しているのは栗花落一人。
 エージェント達を追い撃つようにザンガイ十二体が落下する。
「ブルームフレア!」
 今度は黎夜が炎を舞わせ、崩れた肉塊共を一撃の下に焼き払った。焦げる臭いが立ち込める中、ヤマザルが敵を薙ぎ払おうと丸太のような腕を振るう。
 八宏はそれを身を屈めて回避すると、敵の体勢が崩れたタイミングで一息に距離を詰めた。天井の崩落で足場は悪い。そんな所で大振りを決めれば崩れるのは当然の事。
 ヤマザルは避けようとしたが、足元を狙ったエデンの攻撃は確かに功を奏していた。体勢を戻される前に、瓦礫を足場にヤマザルの頭部へ鎖鋸を振り上げる。
 駆動するチェーンソーは従魔の頭蓋を割り開き、ヤマザルは一つふらついて、ズシャリと巨体を地へ転がした。八宏が荒く息を吐く。やはり消耗が酷過ぎる。沙耶が手を高く掲げ、仲間達の頭上から二度目のケアレインを降らせる。
「ギ、ギひ、ギャはハハアぁあっ!」
 ヤマザルは狂声を上げながら、今度は四体一斉に塵穿ちを仕掛け走った。対面しているのは栗花落のみ。ヨハンがフリーガーファウストG3で、レイがRPG-49VL「ヴァンピール」で、エデンが極獄宝典で背後から狙撃するが、倒れたのは二体のみ。爆風を潜りながら残り二体がそのまま迫り、栗花落の身を勢いよく撥ね飛ばす。
『……ッ!』
 宙を舞った栗花落を二体は見てはいなかった。彼らの視線の先にあるのは笑い続ける愚神一匹。従魔共は歪に嗤い、彼らにとっての「救世主」を掴み取ろうと腕を伸ばす――。
『何をどうするにしても、此処から逃がすわけにはいくまい』
 栗花落は思ったのだ。あの愚神を「お友達」と言う、栗花落の相棒の言葉を聞いて。もう随分と前に彼女がそう決めたのだから、と最早何も言う事はなく。
 俺がどう思おうと、彼女が良しと言うならそれで終いだ。
 ……だが、まぁ。
『何をどうするにしても、此処から逃がすわけにはいくまい』
 栗花落の放ったトリオが、ヤマザル二体の脚を正確に射ち抜いていた。そこに従魔を察知した聖が孕兆の怖気を押しながら、駆けてきた國光が――否、主導を握ったメテオバイザー(aa4046hero001)が、ツヴァイハンダーとペルシク・ケルスで前後から従魔を挟み込む。
「邪魔、すん……な! 崩樂……ッ!」
『私はあの制服さんに用があります、下がりなさい!』
 ドレッドノートの怒涛乱舞、ブレイブナイトの一閃。無慈悲な程の猛撃が、一切の容赦なく従魔の身を切り裂いた。千颯が腹の穴を押さえながらケアレインを注がせる。クリアプラスを乗せた雨が愚神の細胞を消滅させる。
 八宏は武器を持ち替えながら『河』の向こうに視線を向けた。河。肉の河。目の前には十四体ものザンガイが蠢いている。そして天井からは既に次の肉塊共が。範囲攻撃をほぼ使い果たしてしまった現状、「こちら側」から「あちら側」に行く事はもう難しい。
「永平、平気?」
 黎夜が黒の猟兵に換装しながら問い掛ける。沙耶も傷なども含めて気遣わしげに永平を見る。永平は思いの外静かな声で問いに答えた。
「手加減、してくれるそうだからな。俺の分まで殴ってくれるとも言ってたし」
 だから今日はあいつらに任せよう。千颯の言ったように、次の戦いに繋げる為に。


 パンドラは一度エージェント達から距離を取ると、少し疲れたとでも言わんばかりに息を吐いた。左腕は壊造凶過の代償によりボロボロで、そこかしこに少なくないダメージを負っている。
 とは言え口惜しい事に、致命傷には遠そうだが、エージェント達の攻撃はじわじわと、しかし確実に、パンドラの身体と生命とを削り取っていると分かる。
 メテオバイザーは秘薬を摂取しながら一歩前へと進み出た。白のブラウスに赤いコルセットワンピース姿が可愛らしい。だが、体中からライヴスが漏れる様に霞み流れる。安定していないかのように。
『ごきげんよう……また聞いてもよろしいですか? 貴方の、世界の記憶を聞かせて下さい。あの時は隠す必要があったとして、今ならそれも関係ないでしょう……貴方の事、世界の事……貴方が、貴方を認識し始めた最古の記憶を……』
 それは、先日行った遊興施設で、遊戯に興じながらメテオバイザーが尋ねた内容。あの時ははぐらかされてしまったように感じたが、メテオバイザーは再度問う。
『大いなる意志……【王】の事を……』
「皆さんの幸せを願っているそうですよ」
 パンドラはそう言った。幸せを願っている? 「そうですよ」という事は、パンドラではない。……【王】が?
「隠していた訳じゃなくて、ほんまに【王】様の事については詳しくないんです。だから、メテオバイザーはんが直接お聞きになったらええと思います。
 多分もうすぐ遭えますから」
『もうすぐ遭えるとは……どういう』
 その質問に答えはなかった。パンドラが折れた腕をなびかせながら全力で突っ込んできたからだ。突破する気か? それとも考えなしの無謀か。どちらにせよ、やる事はやはり明確。エージェント達は愚神へと一斉に武器を向ける。
「あは」
 飛来する魔法攻撃を、迫り来る弾丸を、矢を、刃を、殺気を、パンドラはギリギリの所でそれでも全て躱してみせた。左腕が壊れているのに、負荷は間違いなく掛かっているのに、それでも人外染みた動きで避けて、避けて、避け続ける。
 だがそれでも、やはり、逃げ回るしかないのだ。壊造凶過の代償により反撃さえしばらく出来ない。パンドラが獣のような所作で地面に着地した、そこにライヴスが風を作る気配がした。黎夜が、肉の河の向こうで、パンドラへ声を投げ掛ける。
「善性愚神って聞いて、戸惑って、どうすればいいのかわからなくて……共存を望む声があったの、知ってるから、こんなこと言うの、そいつらに悪いと思うんだけど……白黒つきそうで、正直ホッとしてる……。
 パンドラには、狂気の方が似合ってて、落ち着くから、な……」
 そして放たれたゴーストウィンド。パンドラは不浄の風さえも、それでも掻い潜ってみせたが、さらに八宏の弾丸が迫る。レイの射った矢も迫る。エデンの操る魔法が、永平の撃った烈風波が。それでも回避した先に、ヨハンが笑み混じりに呟く。
「逃げようっていうのね……。自分だけ苦しみから逃れようなんて、許さない……!」
 エクストラバラージにオプティカルサイトの併用。光学照準器で命中力を倍に上げ、複製して多数展開。己の身をも焦がすように、魔法狂女が声を上げる。
「さァ、一緒に絶望しましょう! 一緒に地獄に堕ちましょうよ!」
 愚神が笑ったような気がした。もしかしたら「はい喜んで」、なんて言っていたかもしれない。
 真相は分からない。けたたましい銃声が全ての音を掻き消したから。硝煙が晴れた所に愚神は変わらず立っていて……だが、流れ出ている血が、完全に避けられはしなかった事を告げていた。
 間を置かず聖の両手剣とメテオバイザーの双剣が迫る。瘴気が滴り、花びらが舞い、異なる刃が愚神の身を斬り刻む。八宏がハウンドドッグを構え、レイが九陽神弓を的に合わせる。
「…………次で当てます、お覚悟を」
「ああ、そろそろ終止にしよう」
 弾丸と矢が同時に奔る。パンドラは避けようと脚を動かしたが、その時小さいがゴキリと嫌な音がした。
 プレッシャーリフレクトで精度を高めた八宏の弾が、動けなくなった愚神の胴へと叩き込まれ、レイのテレポートショットが愚神の喉を撃ち抜いた。愚神が口から血を吐き出す。血を模した何かかもしれないが、超回避の負荷が限界を超えた事を如実に示した。
 樹がライヴスを集中させる。紫電がバリバリと音を立てる。千颯は戦闘開始直前、樹にこう言っていた。
「俺ちゃんを巻き込んでも気にせずガンガン撃っちゃってな! パンドラちゃんを驚かせようぜ!」
 パンドラにダメージを与える事が重要。その為なら自分を犠牲にする事も厭わない。千颯の気概を思い起こしつつ、樹とシルミルテは自分自身に語り掛ける。
「(焦らず)」
『(冷静ニ)』
『サンダー「ランス!」
 放出された雷の槍が愚神を一直線に貫いた。高エネルギーの直撃を受け、少年愚神は白目を剥く。だが、まだ倒れない。口元が笑みを作っていた。晴久が幻影蝶をパンドラを囲むように舞わせる。
 永平はザンガイの河の向こう……でも、もし李さんが攻め込む隙が出来れば、晴久は一瞬そう思った。
 しかし晴久の思考を断ち切るように、パンドラがゆらりと蠢きながら穴の開いた喉を震わす。
「綺麗ですね。綺麗ですけど……でも、どうせ見るなら、皆さんの方を見ていたい!」
 ぐずぐずの腕を伸ばそうとするパンドラに、弾丸が叩きつけられる。魔法弾が差し向けられる。パンドラは躱しもせずに徐々に徐々に傷付いていく。
 そんな光景を温羅 五十鈴(aa5521)は、栗花落の内から見ていた。


 そのつもりだったと聞いて、「そうなんだ」と微笑み口を動かした。
 それは別に良い。そもそも裏切られたなどと一度も思った事は無い。
 懐疑的意見を沢山聞いて、その上で信じると決めた。
 ならばそれで望まぬ未来だったからと憤るのは道理に合わない。
 怒りも悲しみもなく、本音を言えば少しだけ寂しいが今の感情。

 パンドラさん。たった一人の、私のお友達。
 何をしてきたか知ってるし、誰かが彼を厭う気持ちが理解できないわけじゃない。
 けれど他の人がどう思おうと私にとってはお友達だから。だから、
「(絶対に絶対に諦めない)」
 手を伸ばす。その手を絶対に掴んでみせる!

 ……彼の言う友達と、私の言う友達が違う事なんて。ずっと前から知ってたよ。

「がはっ!」
 パンドラは床に転がりながら、それでもなお笑っていた。どういう感情に拠るものか、正確に推し量るのは難しい事だろう。
『……それ、聞く必要があるか? ……ああ分かった分かった。
 ……おい、うちの五十鈴から。その腕痛くはないかと』
 栗花落が弓の先でパンドラの左腕を示した。ここに到着した時点で一度ボロボロになっていた腕。壊造凶過で再び壊れ、エージェント達からのダメージも追加されている。
 愚神は一瞬虚を突かれたような顔をして、それから優しい笑みを浮かべた。邪気など一つもないような、そんな笑みを「五十鈴」へ向ける。
「心配してくれるんですね。五十鈴はんは優しいなあ。大丈夫ですよ。……もう直りましたから」
 そして愚神は立ち上がり、五十鈴へ、栗花落へ、突っ込んできた。何故栗花落を標的にしたかはわからない。目に入ったから? 偶然? 腕がちゃんと直ったと見せようとでもしているの?
 だがその突撃は無謀だと、そんな事ははっきりしていた。起き上がった千颯が愚神の前に立ち塞がる。ケアレイを重ね掛け、誓約救済も相まって、腹の穴は幾分塞がってはいるのだが。
『千颯……それ以上は危険でござる』
「今、無理しないでいつするんだよ。後の為にも……今出来るだけダメージを与えるんだ」
 パンドラの事は元々信用していなかった。なので千颯にとってはこの顛末は予測済みだ。
 恨みも怒りも無い。ただ約束通り殺す様に動くだけ。
 強い殺意を常に向け、感情むき出しの様に振舞っているが、実際は至って冷静なのだ。手に握る熱さとは裏腹に、むしろ頭の芯は凍ってでもいるようだ。
 唯では逃がさない。腕か足の一本位は頂いて行く気迫。灼熱にも、絶対零度にも感じられる殺気を余さずぶつける。
「ただでは帰さねぇよ……駄賃はきっちり頂いていくぜ!」
 必殺の一撃が間違いなく愚神を捉えた。愚神の左胸部に黒焦げた穴が空き、そのまま腕を飛ばそうと千颯は槍に力を込める。
 だがそれより早く愚神は千颯へ右腕を伸ばした。自ら槍に突き刺さりながら、これ以上ない程の至近距離で愚神が嗤う。
「本当に、素敵な方ですね隊長はん! 壊れきったらきっともっと素敵ですよ!」 
 再び全力の一撃が、意趣返しのように千颯の胸部へ叩き込まれた。一瞬、心臓が止まったような錯覚を覚え、視界が黒に染まって千颯が倒れる。槍を引き抜きながら牙を剥くように笑む愚神に、樹のブルームフレアと晴久のゴーストウィンドが襲い掛かった。顔を上げたパンドラの目に、聖の纏う緑光が迫る。
「(……詰める!)」
「(落とす)」
 愚神へ一挙に距離を詰め、人狼の爪牙に持ち替える。
「あの時の分は……ッ!」
 電光石火の踏み込みで。
「キッチリぶん殴るぜッ!」
 風を斬るような打ち込みと共に、突き出された爪が愚神の肩を抉り取った。奇襲攻撃に愚神がたたらを踏んだ、その隙に聖は大剣を素早く出現させる。
「追撃するぜ、ルゥ!」
『(……油断は禁物……)』
「……あぁ!」
 此処まで温存していた一気呵成を発動させ、ツヴァイハンダー・アスガルで勢いよく圧し潰す。重心を崩し転倒したに合わせ、さらに渾身の一撃を愚神の胴へ叩き込む。
 バキバキと天井が音を立て、二十二体ものザンガイがエージェント達の頭上に注いだ。さすがにこれは無視出来ず、それぞれに武器を向け降る肉塊を薙ぎ払う。べちゃべちゃとした肉塊が全て床に落ちた時、パンドラの姿は先程の場所にはなかった。
「すい……ません、今日は本当に一度帰らないといけなくて……ああ、帰りたくないなあ。でも今日はほんまに帰らないといけないし……」
 切れ切れの声に顔を上げると、天井の穴の上に愚神が肩を押さえて立っていた。その足下では多数のザンガイが蠢いている。攻撃を仕掛けてもきっと阻まれてしまうだろう。
「………今日、貴方を殺すことが出来ないのは残念ですが………」
 八宏の声に、パンドラは視線を落とした。手から銃は外さぬまま、八宏は愚神へ言葉を投げる。
「……パンドラ、貴方が人類の敵のままでいてくださった事には、感謝しています。
 貴方は必ず殺します、僕の意思で殺します。
 どうか、二度と人間の側に寄ってくるような真似はしないで下さい」
「それは……とっても楽しみにしてますね」
「……パ、ドラ……さ……っ!」
 五十鈴は栗花落と切り替わり、声を絞って手を伸ばした。
 もう距離は隔たってしまっているけれど、手を握れればと、そう思う。
 声はうまく出せないから、彼の目の、そのずっと奥を見つめよう。
 ここから去って何処へ行くの?
 五十鈴が視線の先を追おうとした、その時、その瞳が確かに五十鈴の方を向いた、気がした。パンドラは手を開きかけ、伸ばさずに近くでひらひらと振る。
 それは「また」のようでもあったし、「さようなら」の合図のようにも見えた。
 樹とシルミルテにはもう一つ、聞こうと思っていた事があった。
 自分達の目の制約と永平の呪いについて。だが聞いても、自分達の目については「知らない」と言われるのだろう。
 それに永平に関しては、きっと、パンドラを倒せばわかる。
 先の言葉が嘘にしろ本当にしろ。
『マタ、遊ぼウネ!』
 シルミルテはそう言った。パンドラは樹とシルミルテにも手を振って、完全に姿を消した。
 晴久はパンドラに背を向けた。彼を追おうとは思わなかった。だから意識を完全に切り替え、救援に向かうべく管理室へと走っていった。


 パンドラの言葉通り、愚神と共に従魔達は全て撤退したようだ。
 とは言ってもザンガイは穴のよじ登りようがないので、エージェント全員で掃討えざるを得なかったが。研究所から帰還した後、聖は抉り取ったパンドラの細胞の解析を依頼した。
「本当は脇腹の件も気に掛かっていたんだけどな」
『……そっちは確認出来なかったね……』
 聖とLe..の会話を聞きつつ、樹はハンディカメラで撮った動画のコピーデータと、マナチェイサーで把握出来た範囲のパンドラの逃亡方向を提出。レイもまた腰にカメラを付けて撮影していた。これまでの動画と併せて、後の戦闘に役立てる為だ。
『もう、楽しーコトは出来ないんだな……』
 天井を仰ぎながら、カールはそんな事を呟いた。

 沙耶はパンドラの呪いを解呪出来ないか試してみようと、永平に申し出てパニッシュメントをかけてみた。だが、何も変化はない。パンドラの言が本当だとするならば……いずれにしろ、やはりパンドラを撃破するよりないのだろう。
「次は絶対倒そうぜ」
 そんな事を言いつつ肩を叩いてきた千颯の腹に、永平は拳を叩き込んだ。と言ってもかなり手加減はしたのだが、今回それなりの傷を負った千颯は呻いて背を丸める。
「無茶してんじゃねーよ」
 嫌がらせのように言う永平に、千颯は腹を押さえながら、いつもの陽気な笑みをへらりと浮かべて見せるのだった。

「パンドラの細胞は……残ってたらその日の内に死ぬんだっけ……?」
 黎夜は先日のパンドラとの会話を思い出す。一緒に遊園地に行って、コーヒーカップに乗って、そしてまた戦って。その事自体に戸惑いがある訳じゃない。むしろ逆であるかもしれない。
「うちらが嫌ってるのは、人格の否定と破壊だよ……」
 だからマガツヒの、パンドラの事は認められない。やり合う覚悟なら、もうとっくに出来ている。

  國光は壁に寄り掛かり一人息を吐いていた。千颯のケアレインによりダメージはないのだが、強度の疲労感が全身を蝕んでいた。メテオバイザーに主導を変わった時も、変わったと言うより一気に支配権を奪われ、そのまま引き摺られる感じがしたし……。
「(なんだろ……息を揃えて戦うって感じじゃなかった……まるで……)」
 メテオバイザーはパンドラの答えを反芻していた。もうすぐ遭える? 皆の幸せを願っている? 手掛かりを得るために聞いたのに、余計に分からなくなるような……。
『それでも……メテオは知りたいのです。これからもサクラコと一緒に歩く為に』

『どうして一時でも心を寄せてしまったかな、ハルは。彼らに嘘があると思った上で接していたというのに』
 為久が白狐の面の下から晴久に告げた。晴久は自嘲気味に、少し悲しそうに音を紡ぐ。
「パンドラさんは、兄様に似てる気がするんだよ。性格がね。なんとなくだけど。だからあの中では特に警戒してたのにな。……嘘でも楽しくお話しできたから、どこかで期待しちゃってたのかな。
 けどもうそんなことは言ってられないね。愚神がいると人は平穏に生きられない。……それがよくわかったよ」
 だから次は。晴久は言葉を切った。大丈夫。今日だって一切手は抜かなかった。
 だから次遭えた時も、きっと。
 
 五十鈴は手を握り締める。もしもまた出逢えたら、その時は。その時は。
 だってまた遊びに行けたら良いねって言ったもの。
 諦めません、から。
「(だって、お友達だから)」


 パンドラの細胞を解析し、分かったのは以下の通りである。
 細胞は一つ一つが非常に鋭敏な触覚を有し、パンドラはこの超感覚により自分に迫る攻撃を知覚し、超回避に応用していると考えられる。
 またパンドラの細胞から、人間の遺伝子が検出された。様々な検査を行った結果を総合し、パンドラは……恐らく人間を殺害し、その身体を『依代』として使用しているものと考えられる。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 常夜より徒人を希う
    邦衛 八宏aa0046
    人間|28才|男性|命中
  • 不夜の旅路の同伴者
    稍乃 チカaa0046hero001
    英雄|17才|男性|シャド
  • 薄明を共に歩いて
    木陰 黎夜aa0061
    人間|16才|?|回避
  • 薄明を共に歩いて
    アーテル・V・ノクスaa0061hero001
    英雄|23才|男性|ソフィ
  • 雄っぱいハンター
    虎噛 千颯aa0123
    人間|24才|男性|生命
  • ゆるキャラ白虎ちゃん
    白虎丸aa0123hero001
    英雄|45才|男性|バト
  • Run&斬
    東海林聖aa0203
    人間|19才|男性|攻撃
  • The Hunger
    Le..aa0203hero001
    英雄|23才|女性|ドレ
  • 深淵を見る者
    佐倉 樹aa0340
    人間|19才|女性|命中
  • 深淵を識る者
    シルミルテaa0340hero001
    英雄|9才|?|ソフィ
  • Sound Holic
    レイaa0632
    人間|20才|男性|回避
  • 本領発揮
    カール シェーンハイドaa0632hero001
    英雄|23才|男性|ジャ
  • 未来へ手向ける守護の意志
    榊原・沙耶aa1188
    機械|27才|?|生命
  • 今、流行のアイドル
    小鳥遊・沙羅aa1188hero001
    英雄|15才|女性|バト
  • 急所ハンター
    ヨハン・リントヴルムaa1933
    人間|24才|男性|命中
  • エージェント
    ファニー・リントヴルムaa1933hero002
    英雄|7才|女性|カオ
  • きっと同じものを見て
    桜小路 國光aa4046
    人間|25才|男性|防御
  • サクラコの剣
    メテオバイザーaa4046hero001
    英雄|18才|女性|ブレ
  • Peachblossom
    プリンセス☆エデンaa4913
    人間|16才|女性|攻撃
  • Silver lace
    Ezraaa4913hero001
    英雄|27才|男性|ソフィ
  • 奪還屋
    琥烏堂 晴久aa5425
    人間|15才|?|命中
  • 思いは一つ
    琥烏堂 為久aa5425hero001
    英雄|18才|男性|ソフィ
  • 命の守り人
    温羅 五十鈴aa5521
    人間|15才|女性|生命
  • 絶望の檻を壊す者
    沙治 栗花落aa5521hero001
    英雄|17才|男性|ジャ
前に戻る
ページトップへ戻る