本部

【愚神狂宴】連動シナリオ

【狂宴】Millenarianism

影絵 企我

形態
ショートEX
難易度
不明
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/05/26 17:42

掲示板

オープニング

●蒼き日の思い出
「結局こうなってしまったね」
 廃墟の中、焦げ付いた椅子に腰掛け、黒衣を纏った狐が笑う。茫然、憔悴した顔で金毛の獅子は呻く。
「私は……私達は、この世の平穏の為に剣を取ったはずだ。その結果がこの焼け野原か」
「だから無駄だって言ったのさ。リンカーという歴史の破格が登場して、それでも我々が平和でいられたのは愚神がいたからさ。それがいなくなればこうもなる。君だって気づいてたんじゃないのか? それでも戦おうなんて、間抜けもいいところだ」
「貴様! 宰相に向かって!」
 狼が一人、狐の胸ぐらに掴みかかった。狐はいきなり椅子から立ち上がると、その勢いで狼を突き飛ばす。
「やめてくれたまえ。私は今、彼と話している」
 狐はつかつかと獅子の前に歩み寄ると、跪いて獅子の顔をじっと覗き込んだ。
「だから構うことはないと言ったのさ。放っておけば良かった。それで人類が滅んでも、私達までそれに巻き込まれたりはせずに済んだはずだ」
「貴様のような根無し草に何が分かる!祖国が蹂躙される様、黙って見ていられる訳がない!」
 狐の勝手気儘な物言いに、再び狼が食ってかかろうとした。狐はそれにも何か言いかけたが、同時に廃墟の扉が吹き飛ばされた。武器を構えた獣が、虚ろな目で唸りながら獅子達へと迫る。
「世界を救った英雄達が今や揃って愚神……泣かせる話だねぇ」
 狐は共鳴すると、真っ先に剣を抜いて獣へ斬りかかった。
「すまない。皆……」
 獅子も剣と盾を取り、かつて仲間だった者達へと飛びかかった。

●秩序と善意の果ての果て
「本日より、段階的に軍需部門の生産を停止して頂きたく思う。AGW部門も同様だ」
 アルター社。取締役員や執行役員を前に、黒獅子ヘイシズは出し抜けに言い放った。彼らは顔色を変える。
「馬鹿な。軍需部門が、アルター社の収益の何%を占めていると思っている!」
「およそ50%。これをいきなり止めれば、多くの社員が路頭に迷うだろう。だから私もすぐにとは言わない。だが最終的にはゼロとしてもらう」
 ヘイシズは畳み掛ける。一人の壮年が歯軋りして言い返す。
「認められるか。そんな方針を誰が認めるというんだ」
「我々を裏切るのか。君がケイゴ・ラングフォードと共に現れた時、H.O.P.E.に君の事を告発しなかったのは、君がグロリア社との競争の勝利に貢献すると約束したからだぞ!」
 アルター社のCEO、ジョン・アーウィンが口角泡を飛ばして叫ぶ。
「確かに約束したとも。そして私は約束を守っている。この世界に完全なる秩序と平穏が齎された時、軍需部門の存在は完全に無駄となる。早いうちに畳んでおけば、君達も対策が取りやすいだろう。世界蝕が発生した時、いち早くH.O.P.E.と手を組んで時代の先端を行ったグロリア社と同じように、今度は君達が時代を牽引すればいい。そうすればグロリア社に出る幕は無いだろう」
「お前の言葉は机上の空論でしかない! それを実行すれば、アルター社は破綻するだけだ!」
「ならば破綻しろ。秩序と平穏に適応できぬというのなら速やかに滅び去れ」
 ヘイシズは眼を見開いた。おもむろに立ち上がると、その巨体で取締役達を圧倒する。
「何故私が君達を自由にさせているのか、その意味がまだ理解できていないようだ」
 露わにした狂気。黒いたてがみが波打ち、執行役員を脅す。彼らは震え上がり、椅子から思わず転げ落ちた。
「この世界に戦乱と混沌を齎してきた君達は我々と同じ罪人だ。君達のような者は今更教化してやる価値も無い。我々と共に新たな世界の礎となって――」
 その時、会議室の内線電話が鳴り始めた。縮こまった役員達は指一本動かせない。ヘイシズは溜め息をつくと、身を翻して自ら電話を取った。
「何だ」
[H.O.P.E.のエージェントです。ミスターヘイシズに面会を求めています]
 ヘイシズの眼が僅かに輝く。一瞬の沈黙の後、彼は重々しく応えた。
「承知した。すぐ向かう」

●アーウィン家の誇り
「……すまない。リハビリは続けているのだが、まだ上手く身体を動かすことが出来ないんだ」
 ブリーフィングルームに集まった君達が出会ったのは、車椅子に乗り、儚げな容姿の女性に伴われた一人の青年。アルター社その他を率いるアーウィン財閥の一員、ロバート・アーウィンだ。その端正な横顔には、深い深い傷痕があった。
「君達に頼みたい事は一つ。ヘイシズ以下、アルター社本部に居る愚神を全員社外へ退去させる事だ。そうすれば、警察当局が本部の捜査を確実に遂行出来るはずだ。そうすれば……きっと現CEO、ジョン・アーウィンの罪が白日の下に晒されるだろう」
 女性は車椅子の取っ手を握り、ロバートを君達の方へと向ける。傷のある方の眼は、義眼となっていた。
「一つは、君達もおおよそ知っている通り、危険なAGWを開発させ、リオ・ベルデなどで生産を進めていたという事実だ。現在はケイゴただ一人の計画という事になっているが、只の研究員でしかなかった彼が独断でそのような事は出来るはずがない。最終的な指示は執行部が行っていたはずだ。そしてもう一つは……」
 ロバートが目配せすると、女性は頷いて一台のボイスレコーダーをテーブルの上に置く。
[――よくやった。これでロバートは二度と私の邪魔をしないだろう。アルター社のCEOには私が就く]
「私がアルター社のCEOを継ぐよう父に言われてから間もなく、兄のジョンは私にマフィアの人間を差し向けた。襲われた私は脳に損傷を受け、このように半身不随となってしまった」
 ロバートは震える手でボイスレコーダーを取ると、君達の目の前まで滑らせる。
「彼女が危険を冒して証拠を掴んでくれたが、私は兄の横暴を恐れ、また自分の無力を嘆く事しか出来なかった。だから、彼女に身辺の世話をしてもらいながら、山奥に隠棲する日々を送っていた」
 両手を円卓の上に乗せると、ロバートは顔を顰めてその手に力を籠める。全身を震わせながら、円卓に突っ伏し、必死に立ち上がろうとする。
「だが……今のアルター社の見苦しさは目に余る。全ての人類を、己の食い物としか見ていない。そんな低俗な態度は……世界に冠たる大企業に相応しくない」
 やせ細った腕に渾身の力を込めて起き上がったロバートは、眼だけで君達を見渡し、小さく頭を垂れる。
「アルター社を私の手に取り戻して欲しい。その暁には、アルター社もまた償いとして、全力でH.O.P.E.の活動をバックアップしよう」

 その姿は、財閥を率いる者としての矜持に満ちていた。

解説

メイン アルター社からヘイシズを退去させる
サブA チームの交渉で上記を達成しきる
サブB ヘイシズと交戦し、一定のダメージを与えて退去させる(危険)

BOSS
☆トリブヌス級愚神ヘイシズ
 H.O.P.E.が彼の意向を悟ると同時に、本格的に行動を起こした。狂った善意の持ち主。
○性向
・律儀
 筋の通った主張には納得できなくても従う。
・諦観
 知的生命は自滅せずにいられないと考えている。
・浄罪
 飼われた動物の罪は飼い主の罪。故に愚神が人類を支配する。
○ステータス[PL情報]
 防御寄り 攻撃はやや控えめ
○スキル[PL情報]
・クロノス
 眼を輝かせた瞬間発動する。[戦闘中の判定結果を6R分予知する。]
・カイロス×5
 砂時計を叩き割った瞬間に発動する。[シナリオ内で実際に発動するまで効果は不明。]

NPC
☆ロバート・アーウィン
 アーウィン財閥の令息。本来ならアルター社のCEOとなる筈だったが、脳挫傷による後遺症で半身不随となり隠棲していた。 
○過去の被害
 事件によりアイアンパンク技術でも補えぬ後遺症が残った。これの首謀者は現CEOのジョン・アーウィン。
○アーウィンの誇り
 世界に冠たる大企業は、一国の政府にも劣らぬ権力を持つ事になる。故に、世界を正しく導く義務がある。そうロバートは教えられてきた。

FIELD
・会議室
 広さ10sq×15sq。
 内装はイラストとほぼ同じ。つまり障害物がある。

TIPS[PL情報]
・サブミッションのAとBはどちらか達成すればいい。欲張らないよう注意。
・交渉を選択した場合は、H.O.P.E.本部に控えているロバートに交渉を取り次がせることも可能。この場合でも、サブAは達成可能。
・軍需部門をロバートは潰す気がない。軍需産業をリードし、軍拡競争を制御するためというのが理由。この点には注意。
・交戦を選択した場合は、危険フラグが本格的に作動する。この点にも注意。

リプレイ

●人間の矜持
「――わらわは、カトリック機械派のシスターですぢゃ」
「ふむ……?」
 ヴァイオレット メタボリック(aa0584)は目深に被ったフードの奥で目を光らせる。ロバートは顔を顰め、いかにも訝しげに彼女を見た。
『まあ、そう怪しまんでほしいだす。おら達はおぬしの考えを確認したいだけだ』
 ノエル メタボリック(aa0584hero001)はぺこりと頭を下げる。ロバートは女性に目配せすると、車椅子を二人へ向けさせた。
「つまるところは、ロバート殿が愚神についてどのように考えているかという話ぢゃ」
『今、世間は愚神と仲良くしたがってますだ。それはもちろん、洗脳なんて手が取られた事もありますだが、中には進んで手を貸すような者もおりますだ』
 二人の言葉に、ロバートは深々と頷く。
「そうだな。今のアルター社がまさにそれだ」
『ロバート殿、おぬしはどう思われますだ。愚神と手を組みたいと思いますだか?』
 ノエルはメモを取ったまま首を傾げる。ロバートは険しい顔で首を振った。
「……否だ。個体としての力の差がありすぎる。彼らに支配を許せば最後、人間が今のような生き方を続ける事は無理だろう。彼らが齎す混沌に振り回され、鼠のように暮らすのがやっとだろうね――」

 アルター社を訪れたエージェント達は、受付嬢に先導され長い廊下を歩いていた。匂坂 紙姫(aa3593hero001)は、隣のキース=ロロッカ(aa3593)の横顔をひょっこりと覗き込む。
『キース君はヘイシズさんに何かお話しないの?』
「それは他の人に任せます。ボク達は任務達成に勤しみましょう」
 ひそひそ声にひそひそ声で応えつつ、キースはカイ アルブレヒツベルガー(aa0339hero001)、杏子(aa4344)に目配せする。カイは御童 紗希(aa0339)の隣でいつもの仏頂面、杏子はカナメ(aa4344hero002)と共に、キースへウィンクを返した。
「全神経を集中させましょう、紙姫。この“話し合い”は今までと一線を画すものになる筈です。未経験の口頭弁論と思いましょう」
『だいじょーぶ。あたしも一緒に戦うよっ。二人でいれば、“神算”とだって渡り合えると信じてるもん。作戦名は?』
 廊下の照明が足音に合わせて灯り、キースの眼鏡を僅かに光らせる。
「……行き当たりばったり、で」
『ふえ?』
「大丈夫ですよ。ちゃんと考えてますから」

 その背後では、イーヴァン(aa4591hero002)がスマートフォンに控えたビルの見取り図に目を落としていた。細い矢印が、会議室とは別の方向に伸びている。
『じゃあ、行ってくる』
「……わかった。頼んだよ」
 伴 日々輝(aa4591)はイーヴァンと頷き合う。イーヴァンは周囲をちらりと見渡すと、一人道を逸れて歩き出す。ノエルもまた、のそのそとその後を追いかけた。
『待ってくれ。おらも一緒にいくだ』
 二人は足音を潜め、廊下の暗がりへと消える。それを見送っていた君島 耿太郎(aa4682)は、いつになく真剣な顔をしていた。
『このまま行く、でいいんだな』
 アークトゥルス(aa4682hero001)は尋ねる。日頃仕事はアークに任せきりだったが、彼も彼なりに考えて、思う所が出来たのだ。
「はい。言いたい事、言いに行くだけっすから」

 受付嬢は会議室の前で足を止めると、耿太郎達に向き直った。
「ヘイシズは中で待っています。では」
 ぺこりと頭を下げると、彼女はその場を立ち去る。キースは深く息を吸い込むと、ノッカーを叩いた。扉は自動で開き、エージェント達を中へと招き入れる。広い会議室の中、ヘイシズは礼服を着て立っていた。
「……お初にお目にかかります、ヘイシズ。ボクはキース。名前を覚えるかどうかはお任せします」
 キースは真っ先に名乗る。獅子は口を結んだまま、小さく頭を下げた。日々輝はキースの隣に立つと、懐からボイスレコーダーと幻想蝶を取り出し、机の上に乗せる。
「あの……この会談は、録音させて貰っても良いかな。……何ならこの会談の最後に録音データを手渡ししても構わないよ」
 獅子は日々輝の意志を探るように見つめる。日々輝は目を逸らさずに向き合い、幻想蝶を指差す。英雄が隠れている気配はない。
「俺は英雄を外で待機させる事にした。……なるべくこの会談を公正な形にしたいんだ」
「……成程」
 獅子は肩を竦めると、目の前の席に腰を下ろした。顎に手を当て、エージェントを探るように見つめる。
「それで、君達が今回ここに来たのは、一体どんな理由かな」
 キースは、機先を制するように切り出した。
「さて、今回の用向きですが、単刀直入に言います。しばらくの間で構わないので、アルター社から立ち退いてください」
「それは命令か。……何故かな」
 見え透いた質問。キースは素早く応える。
「これよりアルター社に立ち入り捜査が行われる予定ですが、その際の危険を排除する為です。愚神がいては、捜査する警官の身に危険が及ぶかもしれませんから」
「私がそのように無粋な真似をすると思うか。私はもちろん、部下にも手を出させるつもりは無い。君達の法に則って、好きに捜査すればいいだろう」
 ヘイシズが事もなげに言うと、キースは首を振る。
「それでは困るんです。貴方は貴方自身が仰る通り、この世界の法やルールに束縛されない存在です。この世界の法で裁けないのでは、宣誓を担保とすることが出来ません」
『それにだ。お前達には民衆をその能力を用いて魅了し、世論を誘導した嫌疑が掛かっている。この世界では、それは紛れもなく犯罪だ。その様な事をする者を存置するのは、捜査員の安全を確保する上で大きな問題だろう』
 アークも畳み掛けるように言葉を続けた。ヘイシズから反論の余地を削り取るように、法律論も感情論も交えて押し込んでいく。
『お前だって愚かではないんだ。最早、お前が手は出さないと口にしたところで信用されない事は理解しているだろう?』

 そんなやり取りを、迫間 央(aa1445)は扉の横に立ってじっと見ていた。その眼は疑いに満ちている。
「(人間の法や道理を訴えた所で、それがヘイシズの描く世界の秩序と合致するか……? 人の法を奴は承知している。アルター社を掌握する事が奴の秩序に必要だからこそ、これが罪であろうと此処に居るんだ。ヘイシズが易々退去するとは思えん)」
『(いざという時には、私達と事を構えるかもしれない)』
 マイヤ サーア(aa1445hero001)も、いつでも共鳴できるように央と寄り添いながら獅子を睨んでいた。彼女の知人が何人も、獅子の裏切りで傷つけられたのだ。許す気は無かった。
『(……その時には、覚悟しておきなさい)』

「(……ヘイシズ)」
 扉の反対側に立って、氷鏡 六花(aa4969)は刃のような殺意を込めて獅子を睨んでいた。その横顔を、アルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)は不安げに窺う。
『(六花……)』
 今日になってからというもの、鉛を胃の腑に押し込められたような心地だった。良くない事が起こるのではないか。そんな予感が収まらない。
『(……この胸騒ぎが、本当の事にならなければいいのだけれど……)』

 その頃、イーヴァンは執行部の集まる部屋の中に立っていた。彼はにこやかな顔で周囲を見渡し、男達に尋ねる。
『英雄たる私が、善性であっても愚神と話し合うと? 柔軟な思考をお持ちのようだ、流石は重役のお歴々だけある……なんてね。私は留守番なんだ。ここで待たせてもらえないかい?』
 突然の出来事に対応できず、執行部の者達は小さく頷く。イーヴァンは微笑むと、部屋の脇に置かれたコーヒーサーバーを取り、紙コップにコーヒーを注ぐ。
『貴方達は、ヘイシズと一つ屋根の下に居て、恐ろしくはなかったのかい』
 執行部の面々は黙ったまま。お前の方が怖いとでも言いたげだ。コーヒーを一口飲むと、イーヴァンは肩を竦めて続けた。
『だって、トリブヌス級だぞ。私達とも貴方がたとも、思考のパターンから違う。一緒に働いていたんだろ? ……意見の相違とか、出なかったのかい?』
「彼は我々にとって常に都合良く動いてくれた。我々の依頼に、何も文句を言わなかった。それが、いきなり我々を脅すような事を言い始めて……」
 世界の第一企業を率いているとは思えないほど、彼らは落ち着きが無かった。そんな姿を見かねて、イーヴァンは執行部の面々に尋ねる。
『出るとこ出ないかい? 一旦はヘイシズの管理下から出られるぞ』
 いよいよ執行部は震えあがった。結局、彼らは愚神よりも人の方が怖いらしい。
「馬鹿な事を言うな。そんな事をすれば……私達は終わりだ」
『何を言ってるんだ。裁かれたくない、ヘイシズも怖い、なんて子供の我儘じゃないか?』
 その時、再び扉が開いた。ノエルがタブレットを小脇にして入ってくる。
『やれやれ、置いていかないでほしいだ。すっかり迷子になっちまっただ……』
 イーヴァンに小言を言いつつ、彼女は執行部の面々を見渡す。
『ああ、おぬしらにちょっと話したいものがいるだよ。ちょっと会って貰えんかね』
[君達はもう終わりだ。……だがその前に、君達もこのアルター社を愛しているなら、きちんと聞いて頂きたいことがあってね……]
 ノエルのタブレットに映るロバートは、強気な笑みを浮かべて執行部を見渡した。

●誰がため
「――わらわも、この世界は人間が統治すべきと考えておりますぢゃ。喩え、愚神が支配権を求めたとしても」
「それはそうだろう。自分で自分を支配できなくなった人間に価値などあるまい」
 ヴィオの言葉にロバートは頷く。それを見た彼女は一気にロバートの眼前まで詰め寄る。
「ならば、そちには是非とも直接執行部とお話して頂きたいのですぢゃ。そちも逃げるのを止めたというのなら、向き合うべきに向き合うべきぢゃ」
 ロバートの顔は険しくなる。
「そんな事を言われても、彼らは失脚せざるを得ないのだから、彼らとやり取りする事にそう意味があるようには思えないが」
「そちが赦しを得る為の贖罪ですぢゃ。そちは人生の苦難から一度は逃げた。その人生に戻るのなら、然るべき事をしなければならぬのですぢゃ」
 ヴィオは教父のように厳しく言い放つ。杖で床を叩き、半ば脅し掛かるように迫る。
「動かれたのです。分かっておられるのでしょう、やるべき事を」
「私がアルター社を継ぐに相応しい器量を奴らに見せろという事か。……いいだろう」
 彼女の勢いに気圧され、ロバートは渋々頷く。
「そう。そちの下でアルター社はどのように立ち直るのか、それを奴らに納得させよ」
「何故、そうまで私が戦う事を望む?」
「……似すぎているのです。肉親のせいというところまで」
 ヴィオはぽつりと零す。聞こえなかったのか、ロバートは首を傾げた。しかしヴィオは繰り返さない。高らかに笑うと、そのままブリーフィングルームを後にした――

「――というわけぢゃ。アルター社の現経営陣が去れば、代わりにこの社の舵取りを行うのはこのロバートという者。きっと彼は、愚神の社内での活動を認めないぢゃろう」
「なるほど。……彼が拒めば、いよいよ私は君達と全面的に刃を交わす羽目になると。それは確かに厄介だ」
 ヴィオの言葉を聞き終えたヘイシズ。顎を撫で、他人事のように言う。
「……だが、事はそう上手く運ぶだろうかな」
 獅子は懐から砂時計を取り出す。それを手の内で弄びながら、彼はエージェント達を見渡した。その眼は、射抜くような鋭さを秘めていた。
「結局、私が去った後、君達はこの先の決着がどのようにしたいんだ。どのようになればいいと思っている?」
 ヘイシズの態度に変わりは無い。アークは激情を潜め、努めて冷静に答えた。
『捜査が入ればアルター社の経営陣の罪が明かされる。その暁には、法に照らし合わせ、罰を与える事になるだろう。己の野望の為に多くの人達を巻き込んだ責任は重い。……それが然るべき決着だ』
「……君の言う通りだな。だが、それは君達が望む必要のある事か。私に任せれば、人類は手を汚す事無く彼らを葬ることが出来る。己の富の為なら愚神にも手を貸すような連中、君達にとっては生きていても仕方がないのではないか?」
 獅子は声を潜めた。頬の動き一つすら見逃すまいと、目を光らせている。アークは獅子へ白い眼を向け、澱みなく応えた。
『この世界の人の行いはこの世界の法で裁く。愚神の治外法権は認めない』
 彼の言葉には、人間を守る者としての誇りに満ちていた。デスクに手を載せ、半ば身を乗り出して獅子の眼を覗き込む。
『過ちは正されなければならない。しかし、それはあくまで過ちを犯した本人の意志によって為されるべきだ。他者の意志によって強制されるべきではない』
 アークは朗々と言い放つ。ヘイシズの目指した世界への、最大限の非難も込めて。それを知ってか知らずか、獅子は髭を揺らす。
「……あくまで我々の手は借りない、と。その点について異論を差し挟むつもりは無い。無法が行われていると知りながら目を瞑るのも、また無法と言えるだろう」
 ヘイシズは深く頷いた。
「だが……敢えて訊こう。私がここでアルター社を全く君達の手に委ねるという時、私に如何なる利益が齎される? 君達の言葉に異論はないが、今や敵となった君達にただで利を譲るのも納得がいかないからな」
 ヘイシズは笑みを浮かべてエージェントに問いかけた。一目で煽っているとわかる。しかし、それでボロを出すような者はここにはいなかった。
「警察がここに来るという事は、アルター社の“闇”が日の目を見るという事。貴方なら、その事がどれだけこの大企業にとってマイナスに作用するか、想像できるのでは?」
 キースは全く冷静な口調で問いかけるが、ヘイシズは応えない。探るような眼を彼へ向けるだけだ。キースはその視線を敢えて無視して、素早く言葉をまとめ上げる。
「アルター社はこの騒動で大きく影響力を削がれる。あらゆる部門で。……ボクから言えるのはここまでです」
「つまり何が言いたい?」
 獅子は問う。キースは押し黙ったまま応えない。彼の狙いは想像できた。ヘイシズは、自身の狙いをキースの口から出させたいのだ。キースは澄ました顔で口を結び続ける。
「(アルター社を頼りながら、アルター社に不利な情報をH.O.P.E.に流したりもする。一見野放図に見えるけれど……“アルター社を表舞台から降ろす事”が目的なら辻褄が合う)」
「言い方を変えよう。その事が、何故この世界の秩序と平穏の役に立つ?」
 ヘイシズはさらに詰め寄る。あからさまに彼はキースに対して挑みかかっていた。その眼は半ば愉しんでいるようにも見える。鉛のような沈黙が、二者の双肩に圧し掛かる。
「(何故かはともかく、彼の目的はきっとそれだ。だからこそこちらからは言えない。H.O.P.E.自身の狙いに乗ってやったという事にされかねない。善性愚神が悪だとなった今になって、“愚神とH.O.P.E.が交渉した”という事にされかねない……)」
 永遠とも感じられる静寂。それでも二人は動かない。
 それを切り裂いたのは、杏子だった。
「ヘイシズ。……どうしてそこまで秩序と平穏に拘るんだ?」
「私の世界のようになって欲しくはないからだ。言ったではないか」
 カナメは首を傾げる。相変わらず嘘をついている雰囲気は無いが、本質を語ろうともしない。身を乗り出し、ヘイシズの眼を見上げた。
『そもそも我らはお前の世界がどうなったか知らないんだ。まずそれを教えてくれ』
「それに意味はあるのか?」
 ヘイシズは嫌がるでもなく、乗り気でも無く、淡々と尋ねた。カナメは直ぐに頷く。
『ある。少なくとも我々にはな』
「……」
 ヘイシズは淡々と話した。自分はかつて自分の英雄と共に愚神と戦い続けていた事。強力な愚神の軍団を倒した後、愚神の襲来は一度絶えた事。戦後の主導権争いの中、能力者は戦争に駆り出された事。邪英化や愚神化によって全世界が疲弊した頃に再び愚神が襲来し、世界が滅びた事を。
 杏子は黙ってその話を聞いていたが、ふと溜め息をついて、仲間達を見渡す。
「少し……みんなにはショックな事かもしれないが。わかったかもしれない」
 彼女は件の戦いからずっと、愚神とは、英雄とは何かを考えてきた。その考えを一つ一つ結び付けながら、彼女は重苦しい口調で語り始める。
「愚神商人は英雄も愚神も同じ存在だと言っていたが、それの意味が分かったような気がするんだ。……愚神と英雄は、“与えられた命令が違うだけの、同じ王の駒”なんじゃないか?」
「何故そんな事を思う」
「愚神には世界を壊す、英雄には世界を守るという意識を植え付け、自ずと戦うように仕向けた……と仮定すれば全ての説明がつくからだよ」
 杏子は自信ありげに答える。ヘイシズは顔をむっと顰めるだけだったが、カナメは構わず語り始めた。
『王の狙いは、人類と英雄に愚神を倒させ、世界にライヴスを充満させて世界を取り込める状態にする事。もし人類が愚神に負ければ、愚神達に世界全体をドロップゾーンで覆わせるつもりなのだろう?』
「けれど必ずしも上手く行くとは限らない。君達は、世界を一度は愚神から守り抜いたわけだ。……そんな時の為の、王の最後の切り札が英雄なんだ。……何故邪英化するのかの理由が分かった」
 ヘイシズは何も言わない。しかしその沈黙は、半ば彼女達の言葉を肯定しているようだった。勢いづいた杏子は、立て板に水を流すように語り切った。
「外来の愚神が居なくなっても、人類が未熟なら、自分達で争いを始める。その中で愚神となった者を倒させることで、もう一押しのライヴスを稼ぐのが目的なんじゃないのかい。……そこを解決すれば、王は来れないじゃないのか?」
 獅子は髭をピンと立てた。鬣もふわりと逆立つ。獅子は喉の奥で唸ると、砂時計を手の内で揉み始める。
「我が王を愚弄するな。王の裁定はあらゆるように下される。王の降臨は逃れられんぞ」
 あくまで仏頂面だが、怒りは隠しきれていない。その眼もエージェント達を睥睨し、砂時計は今にも握り潰されそうになっている。
『待てよ。少し、冷静になってくれ』
 そんな目覚めんとする獅子に向かって、カイは努めて冷静に語り掛けた。その声色を聞いたヘイシズは、髭を垂らし、静かに砂時計を机に置く。
「お前も何か言いたいことがあるのか。丸腰にまでなって」
 カイの纏う他とは違う雰囲気を見て、獅子は彼をじっと見つめた。カイは両手をひらひらさせ、手の内が空だと改めてアピールする。
『俺がここに来たのはあんたに伝えたい事があるからだ。相手を傷つける道具はいらない』
「伝えたい事か。一体何だ」
 ヘイシズは立ち上がったままカイと紗希を見据える。カイは真っ直ぐに獅子と対峙すると、声を低く抑えたまま話し出す。
『俺は愚神との共存は不可能じゃ無いと考えている。こうして状況が変わった今でも……その希望を捨ててはいない。善性愚神という言葉で今までぼやけてしまっていたが、今改めて思い出した』
「何故そんな事を思った? 雪娘のした事でよくわかっただろう。我々は君達にとって悪以上のものではないと」
 獅子は呟く。カイは拳を固めた。その言葉のどこかに、痛々しい自嘲の響きを感じていた。
『それは残念という他にない。だが……それは俺が過去関わった愚神には、少なからず、共存の可能性を見いだせる存在がいた。ある奴は気高く律儀だったし、ある奴は大食らいでトロ臭く戦いには全く興味を示さないような奴だったし、ある奴は……孤独だった』
 カイは戦いに想いを巡らす。自分が思い描いていた愚神の像からは逸脱した、変な奴だった。余りにも変で、自分に正直な奴だった。
『その時、彼らとは剣を交えることでしか意思を伝える事が出来なかったが、彼らと関わることで愚神は全て排除すべき存在と考えるには尚早だと考えるようにもなった。武器を持たずして意思を伝えることが出来るかもしれない……ってな』
 ヘイシズは押し黙ったままだ。紗希もカイの隣に立ち、じっと獅子の黒い鼻面を見つめている。彼女には、どこか獅子が苦しげに見えた。
『あんたは人類を管理しなければならない存在と考えている。確かに人は過去現在を通して無益な争いを繰り返し同じ種同士殺し合いを続けている。……誰かが管理しなければならない存在と考えるのは当然かもしれない』
 リオ・ベルデでの争いを思い出す。表向き争いは収まったが、火種は今なお燻ったままだ。そこだけではない。地球上のそこかしこに火種が埋まっている。過去の争いが遺してきた負の遺産だ。
『だが同じ過ちを繰り返しはしないと考えている者も少なくは無い筈だ。少しずつだが、人は前に進んでいる。……その者達の行動を尊重してやってくれないか?』
「……尊重か」
 カイはおもむろに頷く。
『若い世代に、未来を考える時間を与えて欲しい。人は過ちを犯すが、それを礎に先を考え行動も出来る。不完全な世界でも人は考え行動し、前進してる』
 ヘイシズを見つめ、半ば彫像のようになっている紗希をちらりと見る。カイにとって、紗希もそんな考える人の一人だった。だからこそ、カイは迷わずに言える。
『“未来は幾つもの可能性を秘めてる”んだ』
 その言葉に、獅子は眼を見開いた。二人から僅かに目を背け、影に隠した拳を握りしめる。
『その上で、今は一旦あんた達にはこの場を退いてもらいたい。あんたには俺が関わった愚神達と共通するものを感じてる。……ここで剣を交える事は無益だと俺は考えてる。あんただって、それは分かっている筈だ。……どうか、宜しく頼む』
 カイは深々と頭を下げた。隣で紗希もそれに続く。二人の精一杯の想いだった。
「……素晴らしいな」
 獅子はぽつりと呟く。カイと紗希は狐につままれたような顔で獅子の顔を見た。
「その確たる信念が、君を英雄たらしめているのか。羨ましいくらいだよ」
 カイは顔を顰める。獅子の瞳に嘘は無かった。称賛も羨望も真だった。だからこそ、彼の言葉が胸を締め付ける。
「故にこそ、私は使命を果たす。その素晴らしい思いが本当の意味で裏切られるその前に、私は世界を終わらせる」
『……お前もそうなのかよ』
 握りしめた拳を解き、カイはやるせなさを隠さずに呟く。紗希も唇を噛んだまま黙り込んでいた。余りにも分厚い紙一重を、またしても思い知らされるのだった。
 ヘイシズはしばらく二人の様子を見つめていたが、やがてキースとアークにも目を遣り、静かに相好を崩した。
「だが今は……君達が人間であろうとする熱意に負けておこう」
 懐から携帯を取り出すと、誰にやらメッセージを送り始めた。その様子を見て、静かに耿太郎が立ち上がる。
「帰るなら……その前に少しだけいいっすかね」
「何かな」
 ヘイシズは窓辺に寄りかかり、立ち上がった耿太郎を見下ろす。少年は顔を険しくした。
「俺はずっと考えてたんす。そして思った事もあるんす。……あんた、“ルーツを知れば相手の為にやるべき事が分かる”、と言ったらしいっすね」
「そうだ」
 事も無げにヘイシズは応える。耿太郎は机に手を突くと、獅子へと静かに身を乗り出す。
「やるべきことは、本当に相手を騙してでも言う事を聞かせる事だったんすか?」
 言葉が、すらすらと口を突いて出る。耿太郎は夢中だった。
「知っている事があれば、最初から全て話すべきだったんすよ。この先に破滅が待っていると思うんなら、まずはその警告と、それを経験した人間としての教訓を、まず伝えるべきだったんじゃないんすか?」
「滅びを知らない人間が滅びを聞かされても、無根拠に何とかなると思うだけだ」
 ヘイシズはにべもなく言葉を撥ね退ける。耿太郎は声を荒らげた。
「だから言わないっていうんすか。それこそ甘えじゃないんすか。行動を怠ってるだけじゃないんすか。それが今の状況じゃないんすか!」
 耿太郎の心の奥には、一人の男がいた。稲妻のような暴威を叩きつけたその男は、最後には彼らに希望を託して消えた。その男を知る耿太郎には、獅子が逃げているようにしか見えない。
「俺達を信じて、全力でぶつかって、後を託してくれた愚神だっていたっす。罰とか罪とか言いながら、あんた自身はより楽な方法を考えてる……それはおかしくないっすかね」
 押し黙ったまま耿太郎の言葉を聞いていた獅子は、射抜くような眼差しを返す。負けじと、耿太郎は獅子を睨み返した。腕組みしていたヘイシズは、やがて応える。
「私が全てを話したところで、全世界で敵の作り合いが始まるだけだ。“お前がいるから、人類は滅ぶ”と。……だが、君の非難を私は否定しない。当然の憤りだ」
 深い溜め息を吐く。ヘイシズは背を向けると、広い窓から景色を見渡す。青い海が果ての果てまで広がっている。
「この眺めは良い。美しさにはっとさせられる。……だが、上辺だけだ」
 ヘイシズは振り返ると、疲れ果てたような顔でエージェント達を見渡す。
「向こうもここも、皆が己の事を正しいと思っている。そして己の正しさに見合わぬ存在を悪と決めつけようとする。故に世界は二重の悪で満たされ、滅びへと向かう」
 異邦人は人間に向かって勝手な理屈を並べ立てる。耿太郎は拳を固め、今まで感じた事もない熱を感じながら獅子を睨んだ。獅子もまた耿太郎を見つめていたが、ふと獅子はその眼を伏せた。
「……故に我々は来たんだ」
 獅子は言い残すと、エージェント達の背を抜けて会議室を出た。杏子とカナメはふと立ち上がると、足早に後を追いかけた。
「待ってくれないか」
 廊下に出ると、獅子は部下と共に発とうとしている所だった。カナメはその背に追い縋ると、獅子の手をいきなり掴み、丸めたメモを掌に押し付けた。
『ちゃんと読めよ、“ノーブル”』
「……当てつけのつもりか」
 獅子は溜め息をつくと、今度こそ歩み去る。杏子とカナメは、期待半分、不安半分といった面持ちでその背中を見送った。

 世良家は君達との共存を諦めたわけじゃない
 しかし愚神であるままでは難しいだろう
 英雄が愚神になるのなら、逆も可能ではないのか?
 王との関係を断絶すると心の底から誓うなら、あるいは……と。

 もし試すのであれば、一人ではやるな。必ずH.O.P.E.の眼が届くところでするんだ。
 少なくとも私達は駆け付ける。

 メモを開き、ヘイシズは連絡先も添えられた細やかな文字の羅列を暫し眺める。ヘイシズは眉間に皺寄せ牙を剥くと、メモを手の内でバラバラに引き裂き、廊下の床にばら撒いた。
「私は愚神だ。我らの運命を愚弄するな」
 ふと零れた、獅子の本音。その背で、社員達が慌ただしく行き交う。撒き散らされたメモは彼らに踏み躙られた。

●不穏な電話
『お疲れさまっ!』
「流石に……緊張しました……」
 H.O.P.E.本部のブリーフィングルームに戻ったエージェント一行。椅子に座り込み、キースはぽつりと呟く。脱力しきったその肩は、想像するに余りあるプレッシャーが掛かっていた証だ。車椅子に乗ったロバートは、微かに笑う。
「感謝しよう。君達のおかげで、無事に捜査が行われそうだ」
『という事は、アルター社がやってきた悪い事も全部バレるのかな?』
 紙姫は首を傾げる。日々輝はその横顔を見ながら応えた。
「そういう事になるだろうね……しかし、往生際が悪い人達だったね。もう逃げられたりしないのに、ヘイシズに脅されるのは嫌、警察に捕まるのも嫌、なんて」
 とっくりと溜め息をつく。イーヴァンも苦い顔をした。ヘイシズの使っていた部屋からは、アルター社が陰で行ってきた犯罪行為を明らかにする資料が山ほど出てきているらしい。揉み消した証拠を、獅子は部屋に残していたのだ。
『今までよくあんな大企業を纏められていたものだな、と思ったよ。治める土地が立派なら、治める王様がどんなにちゃらんぽらんでもその代は王様でいられるようなものかも知れんねえ』
「そういうものなの……? それで、ロバートさん。これからアルター社はどうなるのかな」
 日々輝が尋ねると、ロバートは強張る首を動かしてぎこちなく頷く。
「少なくとも執行部は総退陣になるだろう。そこからどれだけの人間が逮捕されるかは分からないが……そうでなければ世界が納得しない。その後は方々に掛け合って、私が執行部を組織し直すつもりだ。グロリア社に負けないくらい、君達をバックアップできるように」
「世界のトップ企業がバックについてくれたら、確かに心強いね」
「これからしばらくはトップではいられないだろうがね……」
 ロバートと日々輝はそのまま暫し談笑を続ける。それを遠巻きに見つめ、ヴィオはぽつりと呟く。
「アルター社など、潰れてしまえと思っておるが、あやつの頼みぢゃったからの」
『おら、仇に恨みしか持っていないと思っていただよ。成長しただな』
 ヴィオから零れた言葉に、ノエルは眼を白黒させた。そのままポンポンとその背中を叩く。しばらく神妙な顔をしていた老婆だったが、いきなりヴィオは高らかに笑い始める。
「う゛ぁひゃっひゃっ。わらわは壊れるまであやつの傍らにいると決めたのぢゃ」
 仇の企業の行く末を見届けよう。ヴィオはひっそりとそんな決意を固めるのだった。

「しかし、依頼をしたのは八組のはずですが……あと二組はどこに居らっしゃるのです?」
 ぽやっとした顔でブリーフィングルームを見渡していた女は、傍にいた紗希に尋ねる。紗希は眼を瞬かせると、思わず周囲を見渡す。カイは腕組みしたまま顔を顰めた。
『アイツらは確か……』

――少し用事があります。先に帰っていてください。
――……ん。六花も、一緒に、行きます……。

 央と六花はそんな事を言って、アルター社の出口で姿を消した。それからかなり時間が経ったが、結局今もブリーフィングルームには戻ってきていない。アークは難しい顔をする。
『そういえば、あれきり姿が見えないが……』
「何してるんすかね?」
 そんな折、いきなり杏子の携帯が鳴り始めた。非通知。嫌な予感がしたが、杏子は恐る恐るそれを手に取る。
「もしもし……?」

[君達の仲間を助けに来てやれ。このままでは雨に濡れてしまう]

●「神算」たる所以
 しとしとと雨が降り注ぐ。黒々とした波が埠頭にぶつかる。荒れる風と波の音を聞きながら、港を歩くヘイシズはふと足を止める。
「……出てこい。隠れても無駄だ」
 ヘイシズは金色の瞳をぎらつかせて唸る。闇の中から、六花と央がおもむろに現れた。その手には、抜身の武器を構えている。
「アルター社からお前を退去させるという依頼は完了。此処からはプライベートだ」
 央に肩を叩かれ、六花はヘイシズへ一歩踏み出す。振り向いた獅子は、傲然と少女を見下ろしていた。魔導書を片手に、少女は殺意を胸にし一歩踏み出した。
「海上支部の会議室の……この二ヶ月の映像と音声。全部……確認したの。貴方が……雪娘に声を掛けた、本当の理由……」
 大きな友人の嬉しそうな横顔が六花の脳裏に過る。今の呆けた姿も。
「貴方は……雪娘との共存を願っているエージェントがいる事を……知ってたんでしょ? アルター社の、貴方の情報網を駆使すれば……きっと、その程度の事は、簡単に知れたはず」
 対するヘイシズは眉一つ動かさない。波斯風の黒い礼服が潮風に靡く。
「雪娘とルドルフを……海上支部に送り込んで、暴れさせて……たとえ討伐されても、H.O.P.E.に被害を与えられればいいって。雪娘を、“鉄砲玉”に使った……んでしょ?」
 齢十一の少女とは思えない、冷然とした口調の追求。しかしヘイシズは肩を竦めただけだ。
「私が否定しない事でそれが真実となるならば、否定しない」
「ここに至ってそんな煮え切らない事を言いやがるのか」
 央は眉間に皺を寄せて凄む。しかしヘイシズは髭の一本も動かさない。
「私の真実は君達の真実にとって無意味だろう。ならば、語るも語らぬも同じ事だ」
「……H.O.P.E.にはもう、辞表を出して来たから。これは……H.O.P.E.とは無関係の一人のリンカーが……勝手に、貴方に攻撃を仕掛けただけ。だから……さっきの交渉で決まった約束は、ちゃんと守ってね」
 氷の錐で胸を突くように、六花はヘイシズに念を押す。獅子は牙を剥いて応えた。
「結んだ約定は守る。……最早アルター社を利用する意味も私には無いからな」
「……雪娘は、ママとパパを殺した仇……同情なんて、してない。結局……六花は、この手で仇……討てなかったけど……でも、大事な人を殺されて……哀しくて辛かった時に……仇を討つんだ、って、思いは……六花に、生きる力を……与えてくれた」
 六花はじりじりとヘイシズへ間合いを詰める。魔導書を開いた瞬間、その背中にはオーロラの翼が開く。魔導書の文字を指でなぞれば、氷の槍が浮かび上がる。
「六花はあの人に……貴方を“雪娘の仇”だと思って欲しいの。そしたら……もしかしたらあの人も……まだ生きようって、思ってくれるかも……知れない」
 ヘイシズは白い眼を六花へ向けた。身に纏う礼服へ手を掛け、一気に引き剥がす。その瞬間、獅子の全身は漆黒の鎧に包まれた。
「なら祈れ。こんな世界がそうなってくれることを」
 刹那、六花は眼を見開いて獅子へ無数の氷槍を擲つ。獅子は右の腕甲を振るい、氷を砕く。央はその瞬間、叢雲を抜いて突っ込んだ。刃から浮かび上がる霞が、ヘイシズと央を包み込む。獅子が繰り出す拳に蹴りを躱し、剣を獅子の鎧へ叩きつけた。深紅の火花が散り、二人の顔を照らす。
「君はこの戦いが無謀だと気付いている筈だ。なのになぜ戦いを選んだ」
「六花が意地を通そうとしてるんだ。捨て石になってやるさ」
 央は不意に身を伏せる。獅子は同時に真横へ跳んだ。その刹那、氷の槍が空を切り裂き飛んでいく。央は身を起こして獅子の脇腹へ斬りかかり、そのまま懐へにじり寄っていく。
「それに……前に言った筈だ。共存を本気で信じたお人好しを失望させるなと。意図はどうあれ、お前は俺の仲間達の気持ちを利用した……それで十分だ」
「そうか。……なら好きなだけ恨むといい」
 ヘイシズの眼が輝く。その瞬間、六花と央は全身を隈なく貫くような視線を感じた。六花は思わず立ち竦んだが、すぐに新たな氷槍を浮かべた。
「あの人の……恋心を、皆の……優しい気持ちを……利用した貴方を、六花は……絶対に、許さない」
 飛んだ槍を、獅子は半身になって躱す。まるで最初から飛んでくると分かっているかのように。そのまま獅子は背後を振り向くと、突き出された一撃を籠手で受け止める。
「……ただの攻撃予測という訳ではないな? 予知とでも言うのか」
 央は懐からライヴス結晶を取り出すと、繰り出された拳を躱して間合いを切る。その手の内で握りしめ、結晶を砕いた。全身を蒼いオーラが包み込んでいく。
「なら、予知できても対処しきれない動きで対抗するまでだ」
 刹那、央の姿が消える。獅子の背後から激しい吹雪が襲い掛かり、彼を包み込んだ。
「リンクバーストか」
 蒼白のドレスを纏った六花が、右手を振るい、氷の翼を広げて凍風を巻き起こす。その眼は爛々と見開かれていた。
 ヘイシズがそれを見る間もなく、影から央が斬りかかる。振り向く間もなく、斬られた獅子はよろめきたたらを踏んだ。
「まだだ!」
 央は懐に潜り込むと、剣を突き出し蒼い薔薇の花弁を散らす。花弁は獅子の顔に纏わりつき、その眼を覆い隠した。その隙に飛んだ氷の槍は獅子の胸元に直撃する。獅子はその場に膝をつく。央は再び肉薄すると、獅子を唐竹割で抑え込んだ。
「どうした。トリブヌス級の愚神も纏めてた割には、その程度か」
 央は言葉も交えて、獅子の眼を自らに引き付ける。その背後で、六花は深紅の氷を砕く。広げた氷の翼が血の赤に染まっていく。
「(たとえ六花がここで死んでも……この戦いの記録が、いつか、獅子を討ってくれるなら)」
 魔導書を開き、血の色の吹雪を巻き起こす。二人で勝てると楽観視する程、六花も子供ではない。少女は、死の覚悟すら固めてここに立っていた。

「……故に、未来は、絶望と化して君に応える」

 ヘイシズは懐から一つの砂時計を取り出すと、六花に向けて放った。同時に六花も吹雪を巻き起こし、砂時計は砕け散る。砂の一粒一粒に込められていた獅子の霊力が、世界に広がる。六花の放ったライヴスと混ざりあう。

 未来が、牙を剥く。

『……六花! とめなさい!』
 アルヴィナは咄嗟に叫ぶが、もう遅かった。深紅の吹雪はどす黒く染まり、六花の身体すら凍てつかせていく。全身を貫いた痛みと熱に、六花は絹を裂くような悲鳴を上げた。
 襲い掛かる黒い吹雪はヘイシズと、切り結んでいた央さえも包み込む。
「ぐあっ……」
 不意の一撃は躱す事もままならず、央は黒い吹雪に全身を蝕まれた。咄嗟に逃れようとするが、ヘイシズは央の腕を掴んで離さない。リンクバーストの回復力を以てしても間に合わず、央はその生命力を削り取られて行く。
「一体、何をした……!」
「お前達の歩む刻を変えた」
 二人の身体は氷に包まれた。全身を蝕む霊力に耐え切れず、央の共鳴が解ける。その場に倒れ込むマイヤ。央も倒れかけたが、意地でその場に踏ん張り、目の前の獅子を見上げる。
 未だ薄れぬ戦意を瞳に残し、央は獅子を睨む。獅子は纏わりついた氷を払いのけると、彼を一瞥して六花へと歩み寄っていく。
「時は頑迷だ。満ちる霊力の相に合わせ、寸分の狂いもなくその形を現す。だがそれは即ち、霊力の相を操ることが出来れば君達の歩む刻をも操れるという事だ」
 六花はその場に倒れ、息も絶え絶えになっていた。全身が薄氷に包まれ、その幻想蝶は見る間に黒く濁っていく。獅子はしばらくその様を見下ろしていたが、ふと金色に光る砂時計を取り出すと、そのまま六花の傍に投げつけた。
 砕けて砂が撒き散らされた瞬間、六花に纏わる氷は解けた。ぐったりと黙り込んだ少女の幻想蝶は、その澄んだ色を取り戻していく。
『邪英化が……止まった』
 うっすらと目を開き、マイヤは呻くように呟く。獅子は空虚な眼差しを二人へ向け、肩を落とすようにして言葉を吐き出す。
「いずれ世界が滅ぶなら、いっそ美しいままの方が良い。だから私は愚神になったんだ」
 ヘイシズはふと笑みを作って二人に振り返った。
「全て我々に委ねたまえ。“愚神がやって来たから、この世界は滅んだのだ”と。その言葉通り、君達の罪は全て我々が受け容れ、その罪を抱き、我々は旧きこの世界と共に消えよう。さすれば、君達は王によって赦され、新たな世界の一部となれる」
 その表情は凪いだ海のように穏やかだった。しかしその言葉が持つ人類にとっての意味が、央に分からないわけもない。血を吐きながら、央は獅子へと一歩踏み出す。
「認められるか……要するに、“俺達”は皆消えてお終いって事だ。その先に“俺達”の希望なんてものは無いだろうが……!」
 ふと、目の前の景色が揺らぐ。限界を迎えた央は、マイヤの傍に倒れ込んだ。笑みを潜めた獅子は、踵を返して歩き出す。
「それが厭なら、お前達の意志で未来を変えたまえよ。……出来るものなら」
 投げかけられた言葉が、央と六花、二人の薄れゆく意識の中に刻まれる。お前達“にも”出来やしない。脳裏で何度も響くその声音は、余りにも深い諦観に満ちていた。

「俺達の、意志で……」
「……未来を、変える……」

 仰向けに倒れる彼らに、涙雨がしとしとと降り注ぐ。自らを救う希望を求めて、人々は今も泣き続けているらしい。

 To be continued in the “Gnosticism”.

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 革めゆく少女
    御童 紗希aa0339
  • 天秤を司る者
    キース=ロロッカaa3593
  • 希望の格率
    君島 耿太郎aa4682

重体一覧

  • 素戔嗚尊・
    迫間 央aa1445
  • 絶対零度の氷雪華 ・
    氷鏡 六花aa4969

参加者

  • 革めゆく少女
    御童 紗希aa0339
    人間|16才|女性|命中
  • アサルト
    カイ アルブレヒツベルガーaa0339hero001
    英雄|35才|男性|ドレ
  • LinkBrave
    ヴァイオレット メタボリックaa0584
    機械|65才|女性|命中
  • 鏡の司祭
    ノエル メタボリックaa0584hero001
    英雄|52才|女性|バト
  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445
    人間|25才|男性|回避
  • 奇稲田姫
    マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • 天秤を司る者
    キース=ロロッカaa3593
    人間|21才|男性|回避
  • ありのままで
    匂坂 紙姫aa3593hero001
    英雄|13才|女性|ジャ
  • Be the Hope
    杏子aa4344
    人間|64才|女性|生命
  • Be the Hope
    カナメaa4344hero002
    英雄|15才|女性|バト
  • Iris
    伴 日々輝aa4591
    人間|19才|男性|生命
  • Star Gazer
    イーヴァンaa4591hero002
    英雄|21才|男性|バト
  • 希望の格率
    君島 耿太郎aa4682
    人間|17才|男性|防御
  • 革命の意志
    アークトゥルスaa4682hero001
    英雄|22才|男性|ブレ
  • 絶対零度の氷雪華
    氷鏡 六花aa4969
    獣人|11才|女性|攻撃
  • シベリアの女神
    アルヴィナ・ヴェラスネーシュカaa4969hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
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