本部

アボーム・ベイビー

石だるま

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
7人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/05/07 16:26

掲示板

オープニング

●井戸で産まれる
 赤子は全身に衝撃を感じた。深夜ゆえにまどろんでいた意識が覚醒し、体中を蝕む痛みに混乱する。
 つい先ほどまで、赤子は柔らかい布地に包まれ、温かな腕に抱かれていたはずだった。こぼれ落ちる涙で視界がにじみ、状況を把握できない。しかし酷い腐敗臭と背中に染みる冷たい不快感だけを感じ取れた。
 赤子がいるのは古い井戸の底だった。観光地の傍の山中にある、放棄された井戸だ。底には浅く雨水がたまり、積もった汚泥が不潔な空間を作っている。彼はそこに投げ込まれたのだ。
 まだ幼く免疫力もない赤子には、あまりに過酷な環境だった。泥は彼から熱を奪い、次第に弱らせていくだろう。一日と経たず死に至るかもしれない。
 そのことを赤子が本能的に察するまで、約三十分かかった。
 産まれ落ちたことを祝福されず、あげくどことも知れぬ不潔な場所へ捨てられる。これほどの不幸は、世の中に存在しないだろう。
 天上から薄らと光が差した。円形にくり抜かれた夜空に三日月が浮かぶ。赤子は身に巻かれたタオルの中でうごめき、やっとの思いで右手を脱出させた。彼は光を求めるように、月に向かって右手を伸ばす。井戸の底からでは、光に手は届かない。だが、その手を掴むものがいた。

「可哀想な能力者。私が助けてあげようか?」

 月明かりの逆光で、赤子からはその姿がわからない。しかしそれは確かに、彼の右手に触れていた。
「お前が苦しいのはなんのせいだ? お前を受け入れなかったのだどこだ? ――世界だ!」
 まだ自我を持たない赤子には、その言葉を理解できない。それでも彼は目の前の存在が、自分を受け入れようとしているのだと感じた。
 赤子が月明かりを拒むように目を閉じた。彼の体が闇に包まれる。わずかにあった彼の意識が暗く沈んでいく。
 再び赤子が目を開けた時、明かりの下には赤子ただ一人となっていた。
「ありがとう。お前を苦しめた奴ら……この世界すべてを、一緒に消してしまおう!」
 重く響く聞き取りづらい声、これは赤子が発声したわけではない。この声はライブスを介した空気の振動だ。
 それは赤子の姿をしている。けれどその中に、先ほどまであった彼の魂は存在しない。
 井戸の底で、新たな愚神が産まれた。

●H.O.P.E.香港支部にて
 深夜、香港支部の一室に緊急の連絡が入る。声を荒立たせたオペレーターが、職員にプリセンサーからの報告を伝えた。
「愚神の出現をキャッチしました! 今のところ、出現位置から大きな動きは見られません」
 オペレーターの焦りの原因は、愚神の出現位置だった。そこは観光地の一つとして有名で、時間帯によっては大ぜいの人々が訪れる。早急に対処しなければ、甚大な被害は免れないだろう。
「愚神が動き出す前に、至急、リンカーを現場へ向かわせてください!」
 職員が頷き、手の空いているリンカー達へ招集をかける。ほどなく、彼らはブリーフィングルームに集まった。
「出現した愚神は赤子の姿をしたデクレオ級のものだ。ミーレス級の従魔を数体従えている。油断せず挑むように」
 プリセンサーから届いた情報を職員が読み上げる。そして、
「また、今回の報酬は観光地の管理団体からいただくものだ。そのことを頭にいれておいてくれ」
 そう続けて言葉をしめた。

●光を待つ
 穏やかな流れの川を挟んで、対岸同士をつなぐ大きな橋がかかっている。橋は五つの木製アーチを石積みの橋脚で支えてある立派なものだ。昼間は観光名所として賑わい、多くの観光客が橋上からの眺めを楽しんでいる。
 しかし、まだ日も昇っていない現在、人影は一つも見当たらない。人ではないものだけが、そこにいた。
「山から一番近い場所だから来てみたが、ここは眺めがいいな。日が昇ればより美しくなるだろう」
 女性を模した数体のマネキン型従魔、その内の一体に赤子の愚神が抱かれている。その小さな見た目とは裏腹に、醜悪な笑みを顔に張り付かせていた。
 愚神の視線の先には、地平線からわずかに漏れる陽光を反射する川面と、光と影でコントラストを作る木々が広がっている。
「人間にはもったいない。みんな消して、私だけのものにしよう」
 橋にはどれだけの人が訪れるだろうか。その中の誰が、待ち受ける悪意を予想できるだろうか。
 間もなく、日が昇る。

解説

目標:愚神、従魔の撃破
副目標:橋の全壊を防ぐ(全壊しても失敗にはなりません)

●赤子の愚神
デクレオ級の愚神。体長50センチほどの赤子の姿をしています。
普段は従魔に抱えられていますが、戦闘になると自分の体を中心に、巨大な四肢を生やして自立します。その際の全長は2メートル50センチほどです。
・薙ぎ払い:射程4メートル
一時的に腕をより巨大化させて振り回し、射程内の対象すべてにダメージを与えます。
・踏みつけ:射程2メートル
巨大な脚で対象を踏みつぶし、単体にダメージを与え、バッドステータス『気絶』を付与します。
この攻撃は『拘束』状態のキャラクターへ積極的におこないます。
・忌まわしい鳴き声:射程20メートル
空気を震わせて不快な音を響かせます。射程内の対象すべてにバッドステータス『衝撃』を付与します。

●女性型マネキン 8体
ミーレス級の従魔。1メートル60センチほどの女性型マネキン人形の姿をしています。
攻撃、防御面において突出したものはありません。愚神のサポートをするように行動します。
・抱擁:射程2メートル
対象に向かって飛びつきます。単体にバッドステータス『拘束』を付与します。

●環境
全長190メートル、幅6メートルの橋があります。その下には広い川が流れており、河原には砂利の地面があります。橋の対岸には舗装された道路が敷かれており、河原へ降りる階段があります。
時間帯は早朝。空模様は晴れています。民間人は現場へ近づけないようになっています。

●注意
日が昇りきってしまうと、愚神は人間を探して動き出してしまうでしょう。
愚神が橋から移動する前に、現場へ向かってください。

リプレイ

●一縷の望み
 夜明け前。肌寒い風がときおり通り抜け、エージェントたちの体にぶつかる。朝と夜の境に身を置き、彼らは愚神がいる橋のたもと、その付近に集まっていた。そこへ白い人影――日暮仙寿(aa4519)が戻ってくる。愚神や地形の把握をするため、彼は一足先に偵察をおこなっていたのだ。
「事前の情報通り、従魔に抱えられている赤子の姿をした愚神がいた。マネキンの従魔も八体、数に変わりはない」
「本当に赤ん坊の姿をしているとは……面妖な」
 仙寿の報告にいち早く反応し、ソーニャ・デグチャレフ(aa4829)が首を傾げる。
『ああいう見た目の敵ほど何か隠し持ってたりするんだよね。用心しないと』
 ソーニャが感じた愚神の不可解さを、仙寿の幻影蝶から不知火あけび(aa4519hero001)も同意した。
「どうして赤ちゃんの姿なのかは気になるところだけど、まずは撃破しないとね」
『そうだね。被害がでる前に倒さなきゃ!』
 彼女らの疑問に共感しつつ、雪室 チルル(aa5177)とその英雄、スネグラチカ(aa5177hero001)が意気込んだ。
 仙寿の報告に各々が思い思いの反応を示す中、沈痛な面持ちをつくるものがいた。無明 威月(aa3532)である。彼女はその表情を隠すように、前髪を揺らしてうつむいた。威月の心中を察し、青槻 火伏静(aa3532hero001)が幻想蝶の中から声をかけようとする。それをさえぎるように、火蛾魅 塵(aa5095)が口を開いた。
「クク……赤子ねぇ。どこぞの捨て子を愚神が食っちまったかねぇ?」
 塵の推測に答える声はない。彼はそれを気にかけた様子もなく、言葉を続ける。
「ま、良くある話だ。世間なんざそんなモンだろ、なぁトオイぃ!」
『……はい…ますた…』
 塵の幻想蝶の中から人造天使壱拾壱号(aa5095hero001)縮めてトオイが同意する。塵は言いたいだけ言うと、幻想蝶からタバコを取り出し、火をつけて口に咥えた。
「俺は……俺は確かめたいです。本当にそんな悲劇があったのか」
 茶色の瞳に決意を灯し、GーYA(aa2289)が言った。エージェントたちの視線が彼に向かう。幾人かは怪訝な表情をしていた。
「善性愚神の話もあります。もしかしたら、あの赤ちゃんは保護されているだけかもしれません!」
 ジーヤの言葉は希望的観測だった。残酷な真実から目をそらし、一縷の望みにすがっているようにも思えた。それでも、彼は命のある希望を信じずにはいられないのだろう。
「つまるところ、ジーヤ殿はなにをするつもりだ?」
 ソーニャが視線を尖らせて、ジーヤに尋ねる。彼はその視線に怖じ気づくことなく答えた。
「愚神と話してみます。囮だと思ってもらって構いません。俺に時間をください」
 ジーヤの申し出で、一瞬の静けさがおとずれる。静寂を破ったのは鯨間 睦(aa0290)の一言だった。
「俺は……愚神を倒すだけだ……」
『むっちゃん的には、ご自由にって感じかしらねぇ?』
 肯定とも否定ともとれない答えを、幻想蝶の中から蒲牢(aa0290hero001)が補足する。
「俺も愚神について気になることがある。話ができるなら、それに越したことはない」
 エージェントの中で唯一仙寿が賛同した。結局、二人の行動を止めるものはあらわれなかった。
 それからエージェントたちは通信機の確認を済ませ、それぞれ作戦で決められた配置に移動し始める。
『むっちゃんもあの子くらい感受性があればねぇ?』
 蒲牢が睦にだけ聞こえるようにからかった。あの子とはジーヤのことを指すのだろう。睦は一言も答えることなく、歩を進めた。

●救えない命
 石脚で繋がれた五つの木製アーチ、その二つ目のアーチに愚神はいた。その身を従魔に抱かせ、細い目を橋上からの景色に向けている。地平線が輝きだし、川面にわずかな光が差す。山々に緑と黒のコントラストが生まれ始めた。夜が明ける。そこにエージェントたちがあらわれた。ジーヤ、仙寿、威月の三人だ。
「もうすぐ日が昇る。ここはもっと美しくなる。そこに、人間が何の用かな?」
 空間に声が響く。重く低い聞き取りづらい声。それはライブスを介して空気を震わせ、エージェントたちの鼓膜に届いている。遠くにも近くにも感じない、その場の誰しもが均等に聞こえる不気味な声だ。
「今の声、君だよな? 話すことができるのかな?」
 ジーヤは友好的な態度で問いかけた。彼の手には武器とは思えない、赤色の傘が握られている。
 しばし待つも、愚神からの返答はない。場に張りつめた空気が漂う。再度、ジーヤは口を開いた。
「どうして、赤ちゃんの姿をしてるんだ? もしかして、その子を保護するために憑依してるんじゃ――」
「この赤子のライブスはすべて吸い尽くした。この姿は、そのお礼みたいなものだ」
 被せるような愚神の答えは無情なものだった。ジーヤは目を見開き、無意識に歯を食いしばった。彼の手が自然と握りこぶしをつくる。
「依り代にした赤子は何処で拾った?」
 怒りに燃えるジーヤに代わり、仙寿が尋ねた。
「井戸に捨ててあった。可哀想だろう? 人間は醜いな。同種の幼体を捨てる場所とは、とても思えない」
 その答えに威月が瞳を震わせる。赤子の境遇を思い、同情しているのだろう。
「ふざけるな! その可哀想な赤ちゃんを、お前は利用したんだぞ!?」
『落ち着いて、ジーヤ!』
 ジーヤが叫ぶ。慌ててまほらまが制止した。それを聞いて、ようやく愚神がエージェントたちに首を向ける。愚神は禍々しく笑っていた。人間の感情など気に留める価値もないと、その笑みは語っていた。
「私の景色に醜いものはいらない。すべて消してしまおう」
 愚神を抱えていた従魔が手を放す。空中に放り出された瞬間、それは爆発的な変化をとげた。生々しい巨大な肉の塊が四本、さながら四肢のごとく赤子に生えている。あまりにアンバランスな姿のそれは、醜悪そのものと言っても過言ではない。
 戦闘が始まる。

●優しき戦士
『やれるか。威月?』
 光の粒子に包まれる威月に火伏静が問う。赤子の境遇に彼女は同情的だった。その優しさを火伏静は心配していた。
「……やれます。これ以上、あの子のような子を……増やしたくありません」
 小さくか細い声。しかし覚悟の決まった台詞だ。
『そうだ。やらねぇと、また関係ねぇ奴が大勢死ぬ。可哀想な奴が増える』
 火伏静もまた赤子の境遇に哀憐を抱いていた。覚悟を通じて二人の魂が繋がる。威月の右目に青白い月が浮かび、同色の炎が左腕を這う。美しい炎が籠手を形作った。
 光の粒子が薄れた時、そこには一人の戦士がいた。戦士は全身にライブスを巡らせ、肉体の治癒力を活性化させる。
「……無明 威月……参ります!」
 仲間を守るため、威月は最前線へと走った。

●陽動
 エージェントたちには、事前にたてた幾つかの作戦があった。その中で仙寿は戦闘中の陽動を引き受けている。今回のエージェントの中で誰よりも素早く動ける自分が適任であると、彼は判断していた。
 戦闘が始まり、仙寿はあけびとリンクすると同時、自らの脚にライブスをまとわせて地を蹴った。瞬間、彼は銀色の軌跡と化す。背中の幻翼が残す羽だけが、彼を捉えることのできる手がかりとなった。
 敵味方問わずスローモーションに動き、仙寿は自分以外が時間に取り残されたかのように錯覚する。その中で愚神のわずかな動作を彼は捉えた。
 愚神がなにか害をなす。仙寿は直感した。
《あけび、奴の動きを止めるぞ》
『誰も私たちを追えてない……いけるよ!』
 仙寿が愚神に向かって突き進む。それにぶつかる直前、彼は大きく跳躍した。彼の動きは、愚神には突然視界から消えたようにしか映らないだろう。
 煌びやかな羽織り袴をはためかせながら、仙寿は愚神へライブスで生成した針を投擲する。一挙動に投げられた針は、見事に愚神の体へ突き刺さった。針は粒子となり愚神の体内へ侵入し、その力の源をかき乱す。
 愚神を飛び越え、その背後に仙寿が着地する。高速の世界から舞い戻った彼に、愚神と従魔たちの意識が集中する。だが、彼はすでに行動を終えていた。
『体が大きい分、ノロマなんだね!』
《今だ――》
 あけびが勝ち誇り、仙寿が合図をだした。エージェントたちが動き出す。

●狙撃
 河原に降りる階段近くの道路を陣取って、睦は機をうかがっていた。腹ばいに寝そべり、設置したライフルのスコープ越しに愚神の姿を捉えている。
 睦はエージェントたちと別れ、自らのポジショニングを終えるやいなや、蒲牢とのリンクをおこなっていた。彼の髪が薄い青色に変色していることがその証拠である。
『ただの討伐依頼ばっかりじゃ飽きちゃうものねぇ。たまには今日みたいに景色がいいとか? 見どころがある依頼がやっぱりいいわよねぇ』
「どうでもいい」
 先ほどまではそんな風に、蒲牢が暇を嫌い話しかけていた。しかし通信機からジーヤと愚神の会話が聞こえてくると、蒲牢はどこか楽し気に口を閉ざした。
 ジーヤたちの会話が終わり、愚神が醜く変化する。その時、橋上を銀色の閃光が走った。通信機から合図が聞こえてくる。
「狙撃する」
 誰に向けたわけでもない宣言がなされ、引き金と共に実行される。放たれた弾丸は愚神の脚に命中した。崩れるように曲がる己の膝に、愚神が視線を向けるのを睦は確認できた。
『大当たり。狙撃を警戒しないなんて、本当に赤ん坊のようねぇ』
 蒲牢がくすくすと嘲笑した。睦は黙ったまま、次弾を装填する。そして自分たちとは反対側に陣取っている、赤髪の少女がいる方を一瞥した。

●砲撃
 橋を境に陸たちがいる場所とは反対側、そこにソーニャは潜んでいる。とはいえその姿は少女ではなく、巨大な人型戦車ラストシルバーバタリオン(aa4829hero002)中尉のものであったが。
 ソーニャもまた、ポジショニング共にリンクを済ませていた。中尉に乗り込み、すでに砲撃姿勢を整えている。
『同志よ。我々はいつまでこうしているんだ?』
「着弾が確実となるまでだ」
 おおまかな位置を砲撃し、愚神を吹き飛ばすのは容易である。だがそうなれば橋にも甚大なダメージが及ぶだろう。依頼者はこの観光地の管理団体であり、この名所を守ることも望んでいるはずだった。それを無視するのは、ソーニャにとって本意ではない。
 戦闘が始まれば、戦友たる日暮仙寿が足止めをするだろうとソーニャは信じている。自分が動くのはその時である、とも。
 通信機から聞こえていた会話が途絶える。ソーニャは戦車内に備え付けられたペリスコープで、橋上を目視した。四肢が生成され巨大化した愚神が、彼女にはまるで的のように見えた。彼女の可憐な顔に似つかわしくない、どう猛な笑みが浮かぶ。
「赤子と言えども所詮は愚神。馬脚を現すのを待っていたぞ」
 橋上を走る銀色の軌跡を追い、愚神と従魔の注意が散漫となる。さらに陸の狙撃により、愚神の膝がくの字に折れた。片膝をつくターゲットは、まるでソーニャに許しをこうているようだ。
「素晴らしい――」
 ソーニャの口から、思わず称賛の言葉が漏れる。言い終わる前に、その言葉は轟音によりかき消された。中尉から発射された専用砲弾は、空気を巻き込みながら進んでいき、愚神の体へ吸い込まれるように着弾した。
 
●引きずり下ろせ!
「あたいも上に行けばよかったかなー?」
 通信機から聞こえてくる会話に耳を傾け、チルルは呟いた。愚神を橋から引きずり下ろす、その最後の一押しを彼女は任されていた。それゆえに橋上から視線こそ離さないが、落ち着かない様子で体を左右に揺らしている。
 体を揺らすたびに、チルルの着ている雪模様のあしらわれた真っ白なコートも連動する。そのコートと周りの温度が下がっているのは、彼女とスネグラチカがリンクをしている証であった。
『でもあたしたちの役割だからね。橋を壊さないためにも、必要なことだよ!』
「それもそっか! よーし、頑張るよー」
 スネグラチカの言葉を素直に聞き入れ、チルルは改めて気を張り直した。そしてその時がおとずれる。
 轟音が鳴り響き、橋の欄干を破らんとする勢いで愚神がもたれかかった。
 チルルはロケットアンカー砲を愚神に向け、クローを射出する。ワイヤーがぐんぐんと伸びていき、その余りがなくなろうかというころ、クローが愚神の左腕を掴んだ。
 チルルはすぐさま体を反転させ、ワイヤーを背負うようにロケットアンカー砲を持ち直す。そのまま両足を開き、歯を噛み合わせて前傾する。ワイヤーが服越しに彼女の肩へ食い込んだ。
「あたいはさいきょー!」
 チルルが独特な気合の言葉で力を込めるも、欄干が高いせいか愚神の体はなかなか持ち上がらない。それでもなお踏ん張り続けていると、突然彼女の体が一回転する。ワイヤーの先が軽くなり、彼女は勢い余って前転してしまったのだ。強制的に仰向けになり、彼女の視界にまだ夜のとばりが残る空が映し出された。そしてそこには宙に投げ出された愚神と、欄干の側で剣を振り上げたジーヤの姿があった。
「助かったよー、ジーヤ!」
 チルルは大きな声で、橋上へ感謝の言葉を投げかけた。

●殺意の矛先
 橋を支える石脚の一つに、小舟が一艘とまっていた。船に腰掛け、塵は退屈そうにタバコを吸っていた。吸い殻を川へ投げ捨てようとするも、口うるさく言いそうな知人の姿が彼の脳裏に思い浮かぶ。彼は舌打ちをして、ライブスの炎で吸い殻を消し飛ばした。
 通信機から発された愚神の宣戦布告が、塵の鼓膜を揺さぶる。彼の気分は一転した。
「……お喋りは終わったかい? んじゃあ、ブッ殺していいよナァ?」
 塵がトオイとリンクし、その姿を恐るべき竜人へと変える。彼の腰に装備されたジャングルランナーが、橋の欄干にマーカーをつけた。
 塵はマーカーめがけて石脚を駆け上がり、それを助走に橋上へ飛び出す。そして装備を変更するために、ジャングルランナーを川岸へ投げた。
 橋には八体の従魔とジーヤ、威月、仙寿が相対している。塵が橋上へ駆け上がる最中、愚神はすでに空中へ投げ出されていた。
「おいおい、ガキの愚神はどこだァ!? マネキン女にゃ興味はねーんだヨォ!」
 仙寿の陽動により、従魔の大半は密集していた。従魔たちに杖を向け、塵が叫ぶ。
「……食い散らかしな……『死面蝶』ォオッ!」
 人面を思わせる模様の羽をはばたかせ、大量の蝶が従魔を襲う。蝶は敵のライブスだけをかじりとり、むさぼり、幻のように霧散した。
 直撃した五体の従魔は、ライブスを失いまともに動けそうにない。運良く範囲外にいた三体の従魔は、素早く移動して川へ飛び込んだ。
「ガキのおもりしなきゃってか? 待ちやがれッ!」 
 殺意をみなぎらせながら、塵は従魔を追いかけようとする。

●一斉射撃
 橋のたもとから一人動かず、廿枝 詩(aa0299)は通信機から聞こえる声を聞き流していた。詩はすでにリンクをしており、その姿を可愛らしい細身の少女から痩身で精気の薄い青年――月――へと変えている。同情すべき境遇が聞こえた気もするが、反応するほどのことでもない。彼はそう判断したようだった。
 月は橋のたもとにいるため、目を凝らせば肉眼でも愚神や従魔が見える。愚神が姿を変化させその正体を晒すと、彼は眉を下げて呟いた。
「なんというか、赤子の防御力を捨てたな……」
 愛らしい見た目のままなら、手加減されるかもしれないのに。自分はしないであろう可能性を示唆しつつ、月は地面に設置されたライフル、ヴュールトーレンに触れる。すると瓜二つの品物が一つ、また一つと出現し始めた。数秒も経たないうちに、地面に数挺のライフルが並ぶ。
「……何だろ、此れ。武器の複製は未だに慣れない。便利だからいいけれど」
 適当にあたりをつけ、月は銃の複製を止める。それから間もなく、砲弾により愚神が欄干に叩きつけられた。
 アンカーが愚神を引っ張り、ジーヤの切り上げが助力となって、それが橋から放り出される。作戦通りの動きだ。
 月は複数の銃を展開し、すべての銃口を愚神に向ける。彼はまるで自分がライフルと一体になったように感じた。銃としての魂と本能に従い、彼は引き金を引く。数発の凶弾がまたたく間に愚神をうがった。
 愚神が水柱をあげて着水する。月の体に痺れるような悦びが走る。知らず知らずのうち、彼は頬を緩めていた。

●終幕
 橋に残った五体の従魔は、すでに虫の息といってもいい状態だった。それでもなお、近くにいる仙寿を攻撃しようと歩み寄る。
《そんな有様で俺を倒せるものか》
 仙寿が腕を振るうと、彼の影が白い羽がとなり、流れるように従魔たちを包んだ。羽が影に戻ると、従魔の姿はすべて消えていた。
『残りは愚神だね』
《……もう終わっているかもな》
 橋の上には仙寿以外、誰もいない。ジーヤ、塵、威月はすでに川に向かっていた。

 愚神が着水してから、遅れて従魔が三体、水飛沫を散らして川へ飛び込んだ。水面に浮かぼうとする従魔が一体、その体に数個の穴を空けた。
「……暇があったら粉々にしたのに」
 再びライフルを撃った月がひとりごちる。その間に二体の従魔が水面に浮上した。
 二体の従魔は川の流れに動きを制限されつつも、川岸までたどりつく。それらは挙動不審になにかを探しているようだった。
『今だよ、チルル!』
 その隙を逃すはずもなく、川岸までチルルが走り直剣を横薙ぎに振るう。並んだ二体の従魔は上下に両断され、消滅した。
「一度に二体倒すなんて、やっぱりあたいってさいきょーね!」
『もー、まだ愚神がいるんだから、油断しちゃだめだよ?』
 スネグラチカが油断するチルルに忠告した。その言葉に、チルルは慌てて広い川面を見渡した。
 中央の川底に肌色の影が浮かび上がる。水面を割るように姿を現したそれは、銃創と刀傷により大きなダメージを負っていた。見るも無残な姿となった愚神は、意味にならない音を空間に響かせている。
 橋から見下ろしていた塵が愚神を見つけるやいなや、欄干を蹴って飛び出した。さらに幻想蝶からニュクスの翼を取り出し、空中で素早く羽織る。
「さぁ~てクソガキよぉ、おねんねの時間だぜェ!?」
 塵が杖をかざし、愚神に対して不浄の突風を吹き付けた。風は肌を刺すような痛みを与え、苦痛をより強くする。
『思い切りやっちゃえジーヤ!』
「はぁっ!」
 ほぼ同時に、ジーヤも橋から飛び降りていた。大剣を上段に構え、重力とともに愚神へと振り下ろす。
 愚神のアンバランスな左腕が切断され、後方へと跳ね飛ぶ。すでに愚神は声にライブスを使う余裕がなかった。ゆえに、エージェントたちに苦悶の声は聞こえてこない。
 塵とジーヤが着水するも、ライブスのおかげで流されずすぐに浮上する。二人の前に、渾身の力を振り絞る愚神がいた。
 愚神は大口を開けて残った右腕を振りかぶる。その表情から読み取れるのは憤怒だろうか。怒りの対象は、目の前の二人だった。
「させない」
 睦の撃った一発の弾丸は、愚神の頭をかすめる。
 痛みを恐れ、愚神の意識が攻撃からそれた。振り払われんとする左腕の動きがわずかに鈍る。
「……やらせ……ません…!」
 振り払われる腕と二人の間に、遅れて威月が舞い降りた。構えた聖盾に青白い炎が伝播する。それは愚神の最後の一撃を、幻想的な火の粉を散らして受け止めた。
 三人はダメージの多くを緩和するも、水面を割いて飛ぶように、大きく吹き飛ばされた。愚神の周りには、エージェントは誰もいない。
「誰もいないなら幸いだな」
 その日二度目の轟音がこだまする。ソーニャのダメ押しの一撃が愚神に命中し、満身創痍の肉体を吹き飛ばした。
 愚神が滅され、赤子の体が解放される。安堵の表情を浮かべたそれは、ゆっくりと川に沈んだ後、跡形もなく消え去った。

●橋
 戦闘が思いのほか短かった。事実、地平線からは太陽が半分ほどしか出ていない。
 橋の欄干に両腕をのせ、上半身をあずけながら蒲牢は景色を眺めていた。
『こんな綺麗な場所、あんな醜い愚神には勿体ないわよねぇ』
 通信機から聞こえた会話を思い出し、蒲牢は呟いた。
「貴公は参加しないのか」
 橋の清掃をしながら、ソーニャが蒲牢に声をかける。
『むっちゃんがちゃんとやってるじゃないの』 
 首だけで振り向き、蒲牢が答えた。その視界の隅に、表情一つ変えず清掃をおこなう睦の姿があった。
『何であれ、落ちればそこまで。あぁ、こわいこわい』
 蒲牢は景色に向き直り、視線を河原へとうつす。そこには四つの人影があった。

●川
 日が昇る最中、河原に残るエージェントたちがいた。一人を除き、彼女らは愚神が倒れた場所を向いている。
 トオイはただ川の中央を見つめていた。塵もそれを止めることもなく、タバコを吸っている。いずれ痺れを切らしてトオイを連れて行くだろうが、まだその様子はなかった。
 その近くで威月は赤子の死を悼み、目を伏せていた。落ち込む彼女をいたわり、火伏静が声をかける。
『仕方ねぇさ……あそこの悪党ほどじゃねぇが、世の中ってのは陰気な事もあらぁな』
「誰か俺ちゃんのこと呼んだかなぁ?」
 茶化すような調子の声に火伏静はあえて答えなかった。代わりに内心で地獄耳、と毒吐いた。
 太陽の位置が高くなり、揺れる水面に太い光が差す。さながら天に昇る階段のようだ。
『……でも、そればっかりじゃあ無ぇと思うぜ』
 光をつたって、威月は上を空へと視線を向ける。朝日が眩しく直視できないが、そこに赤子がいってくれればよいと願った。

●病院
 依頼を終え、仙寿は近隣の病院を回っていた。愚神との会話にあった井戸を探し、その付近で赤子が使っていたらしいタオルを見つけたからである。
 タオルに書かれた名前をもとに、ようやく赤子の身元を知ることができた。
「日暮さん、どうでしたか?」
 ジーヤもまた赤子の身元が気になり、仙寿に同行していた。
「この病院の産まれで間違いない。遺品も親に届けられる」
「そうですか! ……でも、その子の親って」
 聞きこみを続けるうちに、赤子の親は貧困を理由に子を捨てたことがわかった。その事実が二人とも気にかかっていた。
「他に届けるあてもない。俺はもう行くぞ」
 話を強引に切って、仙寿は病院をあとにした。人として許せない所業ではある。それでも遺品を渡したのは、赤子の幸せを願えばこその行動だった。
 残されたジーヤも同じ気持ちだった。命を捨てる行為には怒りがわく。しかし泥の中よりも、親の手にあったほうが赤子も幸せのはずだと、言葉を飲み込んだ。

●エピローグ
 観光地はにぎわっていた。たくさんの人が名所である橋をわたっている。
 若者の集団や家族連れ、老夫婦が笑っていた。
 悪意を退け、平和は守られた。ここには今日も、大勢の人々が訪れる。

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • エージェント
    鯨間 睦aa0290
    人間|20才|男性|命中
  • エージェント
    蒲牢aa0290hero001
    英雄|26才|?|ジャ
  • マイペース
    廿枝 詩aa0299
    人間|14才|女性|攻撃



  • ハートを君に
    GーYAaa2289
    機械|18才|男性|攻撃
  • ハートを貴方に
    まほらまaa2289hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 暁に染まる墓標へ、誓う
    無明 威月aa3532
    人間|18才|女性|防御
  • 暗黒に挑む"暁"
    青槻 火伏静aa3532hero001
    英雄|22才|女性|バト
  • かわたれどきから共に居て
    日暮仙寿aa4519
    人間|18才|男性|回避
  • たそがれどきにも離れない
    不知火あけびaa4519hero001
    英雄|20才|女性|シャド
  • 我らが守るべき誓い
    ソーニャ・デグチャレフaa4829
    獣人|13才|女性|攻撃
  • 我らが守るべき誓い
    ラストシルバーバタリオンaa4829hero002
    英雄|27才|?|ブレ
  • 悪性敵性者
    火蛾魅 塵aa5095
    人間|22才|男性|命中
  • 怨嗟連ねる失楽天使
    人造天使壱拾壱号aa5095hero001
    英雄|11才|?|ソフィ
  • さいきょーガール
    雪室 チルルaa5177
    人間|12才|女性|攻撃
  • 冬になれ!
    スネグラチカaa5177hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
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