本部

すべては誰かを救うため

山川山名

形態
ショートEX
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 6~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/05/05 21:22

掲示板

オープニング


 子供のころ、正義のヒーローに憧れた。
 人々を傷つける悪い奴を倒し、みんなを救うヒーロー。僕はその背中に焦がれ、慕った。
 僕もあんなふうになりたい。
 そうして、努力して努力して努力して、とうとう僕はヒーローになった。
 僕は、みんなを救う。そのために悪い奴を一人残らず倒す。
 それが、僕の――――

 ふむ。ならばその願い、我が余さず叶えて見せよう。


 従魔とか愚神というものは、その攻撃力や身体能力に反して本当に際限なく湧き出てくる。ある時は山に、ある時は川に。海に森に浜に竹林に田畑に崖に、まさしく神出鬼没という具合に。
 しかし法則性がないわけではない。彼らの目的はライヴスを得ることで、そのためには動物を――特に人間を襲う必要がある。
 なので、もっぱら人類の敵は市街地に現れるのだ。
「きゃあああああああああああっ!!」
 たくさんの人でにぎわう休日のショッピングモール。そこに突如として絹を裂くような悲鳴が響き渡った。
 声の主である若い女性の前には、ぼさぼさの体毛を持つ黒い狼が三匹、荒い息を吐いて女性をにらみつけていた。無論自然界の存在ではない。突如として彼女の前のコンクリートが泡立ち、そこからせり上がってきたのである。
 黒い獣が吼える。たったそれだけで、ショッピングモールは恐慌状態に陥った。誰もがこの災厄――従魔の脅威を理解していたからだ。聞こえなくても耳でわかる。悪夢とはそういうものである。
「あ、ああ……」
 女性がへたり込む。従魔は血走った眼をそちらに向け、今まさに獲物へととびかかる。
 その瞬間。
「……ハッ!」
 女性と従魔のあいだに何者かが割り込み、持っていた太刀で従魔を一閃した。三匹の黒い獣は体躯を二つに引き裂かれ、現れた時と同じように空に溶け消える。
 あまりにもあっさりとした幕引き。逃げまどいかけた人々はようやく落ち着きを取り戻し、そして現れた謎の救援に惜しみない拍手を送った。ありがとう、リンカー、と。彼らは知っている。従魔に対抗できるのライヴスを操るリンカーであることを。
「あ、ありがとうございます。私、もう少しで死んでしまうところでした」
 女性が体を起こせないまま、目の前のリンカーに感謝を述べた。
 リンカーが振り返る。黒い目をした、色素の薄い肌の少年は女性を一瞥すると、表情を変えることなく女性に右手を差し出した。女性が笑顔を作ってその手をつかむ。
「ありがとうございます。本当に……ありがとうございます」
 だが、少年は答えない。女性の目をえぐり取るようにじっと見つめ、それから周囲を見渡してから、誰に語るでもなくぽつりとつぶやいた。
『…………臭うのう』
「え?」
 一瞬。女性は自分に何が起こったのかを理解できなかった。
 だが自分の腹に目を落とし、そこに真一文字の傷跡を目にした瞬間、すべての感情を爆発させた。
「いや、あ、あああああああああああああああああああああ!?」
 再びの悲鳴。それに周りの人々が何か反応を返す前に、もう一度変化が現れた。
 広場。休憩所。服飾店。レストラン。カフェ。玩具屋。小物店。ショッピングモールのいたるところから、先ほどのものと同じ従魔が群れをなして現れたのである。
 少年は着々とこちらに向かってくる従魔を眺め渡して、わずかに熱のこもった声でつぶやいた。
『やはりまだ隠れておったか』
 くつくつと笑う少年。そこには少年と呼ぶにはあまりにも場違いな、熟れた果実のようなぐずぐずとした妖気がにじみ出ていた。
『ふむ。我の言う通りであったであろう、ユイ。人間の絶望は従魔を引き寄せるのにちょうどいい。お前はこの所業に怒るやもしれぬが……この程度の犠牲で平和が守られるなら安いものよ。さあ、殺して潰して叩き斬ろうではないか』
 わからない。女性が言葉も出せないまま叫ぶ。なぜ私が斬られなくてはならないのか。この少年は何者なのか。何が目的なのか。だけどそれらのすべては彼に届かず、女性は力なく真後ろに倒れこんだ。
 女性の意識が薄れていく。ぼやけた視界の先で、太刀を構えた少年が先ほどよりは緩んだ表情でこちらを見て言った。
『安心するがいい。ぬしの絶望と引き換えに、我はすべての敵を殺し尽くそうぞ」


「揃ったな。それではブリーフィングを始める。
 今回君たちが戦う相手は、邪英化した英雄だ。この両名を無力化し、元の状態に戻してほしい。
 能力者の名前は神白ユイ、英雄は千間院カンナだ。彼らは数か月前、とある愚神の戦闘任務に赴いた際にライヴスの運用を誤り暴走、邪英化したと考えられる。その愚神自体は撃破したもののすぐに二人は行方をくらまし、各地を転々としていたようだ。
それだけならまだ何とかなったんだが……奴は各地で無実の人々を殺傷し、そのたびに漏れ出たライヴスに魅かれて集まった従魔を倒して回っていたらしい。彼らによると思われる死傷者は七人に上る。
 今回彼らが現れたのは関東のショッピングモール。同時刻に従魔の反応も観測されている。どうやら彼らと戦っているようだ。つまり君たちの目的は、邪英化した千間院カンナの無力化、並びに確認されている従魔の撃破ということになる。
 おそらく厳しい戦いになるだろう。彼らは戦闘経験も多く、何より暴走しているがゆえに容赦がない。殺すな、というのは酷かもしれないが……貴重な戦力であり仲間だ。彼らを助けてやってくれ。
 ブリーフィングは以上だ。諸君の健闘を祈る」

解説

目的:千間院カンナの無力化、および従魔の撃破

登場人物
 神白ユイ
・英雄『千間院カンナ』と誓約を交わした能力者。日本人、人間、十八歳。攻撃適性。
・現在は千間院カンナに肉体を乗っ取られ、意識は凍結されている。彼との外部からの意思疎通は不可能。
・以下、ステータスとスキル。

 物攻:B 物防:C 魔攻:D 魔防:D 命中:B 回避:B 移動:C 抵抗:E INT:B 生命:C

スキル
 一閃
・太刀を横に大きく振って対象複数名に物理ダメージを与える。
 オーバーギア
・体内のライヴスの性質を変え、超高速で駆動する。回避値に補正がかかり、次ラウンドで必ず最初に行動する。ただし一度使うと三ラウンド発動できない。
 トワイライトドーン
・太刀による連続攻撃。対象一名に特大ダメージ(物理)。

・生真面目かつ素直。『正義のヒーロー』に憧れていたと語り、市民を守ることに対し積極的だった。社交的ではなかったが、戦友と呼べる間柄の者は多かった。

 千間院カンナ
・能力者『神白ユイ』の英雄。外見年齢十三歳。女性。ブレイブナイト。本当の年齢は不明。
・十二単に似た着物を着こなす少女。口下手なユイに代わり対外業務を行っていた。
・他人を唆して破滅する様を見て楽しむような精神破綻者。現世に来てからは多少おとなしくなったが、それでも性質自体が消えているわけではない。他人に対してドS、ユイには超ドS程度で収まっている。ただ、彼女なりにユイのことは大切に思っているらしい。
・誓約は、ユイが『人々を救う』、カンナが『従魔と愚神を殺す』であった。

従魔『黒狼』
・野生の黒い狼のような従魔。すばしっこいが力を込めた一撃を与えれば倒せる。カンナがいる限り数限りなく現れる。

ショッピングモール
・三階に分かれたショッピングモール。縦に長い構造で、ユイたちは二階中央で戦っている。
・市民はすでに避難している。

リプレイ


 どうして殺さなかったのだろう、とぼんやり考えた。
 今の精神状態であれば、あの女を一瞬のうちに葬り去ることなど容易かったはず。なのになぜそうしなかったのか。
 ……血の匂いが、鼻を衝く。心を高ぶらせる匂いのはずなのに、今はちっとも興奮しない。
 嗚呼、いやだ、嘆かわしい。いったいいつからこうなってしまったのだろう?
 ――――仕方ない。小僧、責任を取ってもらうぞ。


 ショッピングモールの外側には、すでに依頼を受けたリンカーたちが集結していた。
『希望の代わりに絶望を振りまくとは、正義とはかけ離れた手腕ですね』
 ノア ノット ハウンド(aa5198hero001)が皮肉交じりに呟くと、共鳴を終えた紀伊 龍華(aa5198)は小さく息を吐いた。
「従魔をおびき寄せる手段としては効率的かもしれないけどね」
『おや、ボンクラは肯定派ですか?』
「まさか。恐ろしくて出来やしない」
 今回の敵――千間院カンナの手法は、人間をあえて傷つけることで周囲に歪んだライヴスを振りまき、それを餌に従魔を駆逐するというものだった。効率を求めた形であったとしても、その態度は非人道的だ。
 なので。
『人を護るために人を殺めるなど、正義の味方のすることではないでござる!』
「白虎丸、熱くなるな。感情的になると動きが鈍くなるぞ」
 鼻息が荒い白虎丸(aa0123hero001)をなだめる虎噛 千颯(aa0123)。その様子を藤咲 仁菜(aa3237)が心配そうに見つめる。
「あの……千颯さん、大丈夫ですか?」
「ん、ああ。白虎丸はほら、性格的に今回の邪英は許せないところがあるらしい。俺が何とかしておくから心配しなくていいんだぜ」
「そ、そうですか……」
『ニーナ、そろそろ準備するよ』
「う、うん」
 リオン クロフォード(aa3237hero001)に引き連れられ、仁菜が千颯たちから離れる。彼らから少し離れたところで、ヴィーヴィル(aa4895)が依頼内容を映した端末を両手でもてあそびつつ口を開いた。
「“貴重な戦力であり仲間”……とはね」
『仲間……我々も同様ということでしょうか』
「随分な皮肉だねェ」
 クククッ、と愉しそうに笑うと、ヴィーヴィルは一瞬のうちにカルディア(aa4895hero001)との共鳴を済ませた。
「ま、依頼だ。“助ける”ってヤツをしようじゃねえか」
『YES. マスター』



 彼らが足を踏み入れて最初に目にしたのは、大量の亡骸だった。
 どこに目を向けても転がっている、大量の血を流したそれらは不幸にもここに居合わせてしまった人々の成れの果てか。原型がなくなるほどに何かから噛み千切られたものもあれば、複数人で折り重なって沈黙しているものもあった。生存者を探すこともできるだろうが、おそらくその心配はいらないだろう。
 そして、彼らが目を上げたその先。
『ふはははははッ!! 良いぞ、もっと我を躍らせてみろ、駄犬風情がッ!!』
 太刀を黒い獣のような従魔に切りつけ続け、狂ったように哄笑する少年の姿があった。あれが神代ユイ――いや、彼の肉体を乗っ取った千間院カンナだ。
 十三月 風架(aa0058hero001)があからさまに暴走するカンナを見て、あきれたようにつぶやいた。
『いろいろ歪んでますねとにかく……さっさと目を覚まさせますよ』
「はい、絶対に助けます」
 零月 蕾菜(aa0058)が杖を構える。その隣で藍が強く得物を握りしめる。
 彼にとって、カンナは絶対に倒さなければならない相手だ。『正義』を語るのであれば、なおさら。
「……あれは、倒さなければならない正義だ」
『兄さん、行きましょう』
 禮(aa2518hero001)の言葉に、海神 藍(aa2518)がうなずく。すでに全員が準備を終え、そして少なくとも今は、カンナは彼らに気が付いていない。
 奇襲をかけるなら、今。
『行くでござるよ、千颯! 誤った正義はここで正すでござる!』
「白虎丸……よし、行くぜ!」
 いの一番に飛び出した千颯は、槍を構えて一直線にカンナへ突撃した。大きく跳躍すると、斜め下から突き貫くような態勢に移る。
『!!』
 それに、カンナは気が付いた。従魔に向けていた視線を千颯に向けると、彼を巻き込むように太刀を横に振りぬいたのだ。とっさに体をよじってそれを回避するも、すぐさまカンナが蹴りを叩き込む。
 千颯の体が二階ではねた。カンナは訝しげな視線を向ける。
『何者だ。H.O.P.E.の差し金か』
「ああ。そして、君を倒しに来た」
『ッ!』
 藍がカンナの背後から魔法弾を撃ち込む。それをはじき返されると、藍は決然とカンナをにらみつけた。
「さあ、かかってくるがいい。悪はここにいる」
『……たくさん殺しましたからね。殺すのは悪いことです、そうでしょう?』
『ほう。これはまた、随分と……殺しがいのある小僧が現れたものだ』
 カンナが太刀を構える。見えないはずのライヴスがその刀身をよどませ、妖刀と呼ばれるにふさわしい殺気を放っていた。
『いいだろう。存分に死合おうではないか、名も知らぬ妖術使い。どちらが真に殺されるべきか――!?』
 瞬間、カンナの体が寒気を覚えるほどの白い光に包まれた。それが晴れると、わずかに傷を負ったカンナが怒りをもって下手人をにらみつけた。蕾菜は藍から少し離れた場所で杖を構えたまま、静かに口を開いた。
「邪魔をさせてもらいますよ。邪英化していなくても、見逃せることではありませんから」
『……ふん。どうやら、よほど我に殺されたいようだな』
 カンナは改めて太刀を構え直すと、ショッピングモール中に響き渡るほどの重苦しい声で宣言した。
『いいだろう。我は千間院カンナ、黄泉の底から悲嘆をもたらす者である。これより先、我を殺すほかにぬしらが生き残るすべはないと知れ』



 そして、藍や蕾菜、千颯がカンナをひきつけて戦場を移動している間に、ヴァイオレット メタボリック(aa0584)が倒れている女性のそばに到着した。カンナに直接腹を斬りつけられた人物である。
 彼女は女性の近くにかがみこんで脈をとり、腹部の傷の周りに軽く触れた。女性が苦し気にうめき声を上げた。
『まだ息はある、反応もある。これなら助けられる……』
 ノエル メタボリック(aa0584hero001)はつぶやくと、救命救急バッグを開いて消毒液や包帯を取り出し、応急処置に取り掛かった。
 しかし、その背後。三匹の従魔が着実に、彼女に襲い掛かろうと近づいてきていた。ノエルは処置に集中しているために気づけていない。彼女たちが攻撃を受けても耐えられるかもしれないが、万が一女性に攻撃が加えられるようなことがあれば――!
『グルアアアアアアアアアッ!!』
 従魔が咆哮して飛び掛かる。ノエルが振り向くも、すでにその鋭い牙は彼女に突き立てられようとしていた。
 だが。
「……っつ!」
 龍華が間に割って入り、従魔の牙をその盾で受け止める。さらに思い切り振り回すことで従魔を無理やり飛びのかせた。
「従魔は俺がひきつける。ヴァイオレットさんは治療を続けてくれ」
『どうするつもりですか?』
「簡単なこと。奴らが絶望に引き寄せられているのなら、こちらもそいつをばらまけばいい」
 龍華の体からライヴスが解放される。そのライヴスは従魔を誘い込むものだったが、その性質は通常時とは異なっていた。
『……自分の絶望をライヴスに込める、とか。弱虫だって宣言するようなものです』
「それでもいいよ。やれることは全部やるんだ。たとえ効率的でなくても」
 だが、従魔がなおも強烈な圧力を伴って二人に接近してきていた。たとえ個々の能力が弱いとしても、複数で攻めたてられればすべてをさばききることは難しくなる。
 龍華が盾を改めて構える。それと同時に一匹の従魔が猛然と突進してきた。
「なるほど。これなら楽勝だな」
「え……?」
 龍華の真後ろで声がした。それにまともな反応を返す暇もなく、銃声が三回、彼の真横を駆け抜ける。時間をほとんどおかずに、従魔が真後ろに、頭からひっくり返った。おそらく即死だ。
「口の中に三発で一撃か。あまり効率がいいとは言えねェな」
「ヴィーヴィル、さん」
「オレだけじゃねェ、もう一人いる」
 ヴィーヴィルが顎で後ろを指した。その先には、今まさにこちらへ向かってきている仁な……いや、リオンの姿が見えた。
『遅れてごめん! さあ、まずはこの場の浄化から始めようか!』
 リオンが右手に握っていた剣の先を高く掲げると、それを中心として清浄なライヴスがあふれだした。ショッピングモール全体を覆っていた淀みが、それによって徐々に塗りつぶされていく。
『ちょ、これボンクラのライヴスは大丈夫なんですか?』
『龍華のスキルで放出されたライヴスは塗り替えないでおいた。だから今従魔がひきつけられるのは龍華だけだ。邪英じゃない』
 ノアの声に答えると、リオンはヴィーヴィルとともに龍華の前に立った。
『従魔は俺たちが倒す。龍華とヴィオは防衛と治療に専念してくれ』
「わかった。しんがりは任せろ」
『すぐに終わらせます』
 と、四人が臨戦態勢に入ったところで、リオンが駆け上ってきた方角からとてつもなく慌てた声が彼らの耳に飛び込んできた。
「うわああああ!! 出遅れた!!」
『だから言ったじゃん早く準備しないとって! どうするのこれから!?』
「と、とにかく邪英の注意を引く! っていうかここにいないじゃんどうなってんの!?」
『あー向こうだ向こう! 早く合流しよう!』
 わーぎゃーと雪室 チルル(aa5177)とスネグラチカ(aa5177hero001)が駆け上っていくのを、四人は何も言わずに見送った。


『それにしても』
 カンナは言葉を発すると同時に、内側のライヴスを変質させた。より速く、より鋭敏に動けるように。
『まことに遅い到着よな。すでに多くの者が……ここだけでなく、それ以前から殺されていたというのに』
「まあそれを言われると辛いわけだけどさ。……一つ確認したいんだけどさ~、カンナちゃんは邪英化してるってことで間違いないかな?」
『左様。それ以外にどう見える?』
「いや。ただの確認だよ」
 千颯の槍がカンナに向かって突き込まれる。それをひらりと回避すると、カンナは口元に手を当てて笑った。
『我は邪英よ。もはや英雄ですらない。小僧の体を借りて駆動する殺戮装置にすぎん』
「それなんだけどさ。ユイちゃんとカンナちゃんの目的が微妙にかみ合ってないんだぜ」
 千颯はここに来るまでに、かつてユイたちと依頼をこなした人々に連絡を取っていた。彼の夢をはじめとして、いろいろと。
 その中で彼の目的とカンナの思想は明らかに食い違っている。だが、カンナはただ笑みを深めた。
『うむ。我と小僧の視線の先は違う。あれは人を救うために殺すが、我は殺すために人を救う。それ以上でも以下でもない』
 その瞬間、従魔たちが群がっている場所を起点として今までのものとは異なるライヴスが降り注いだ。カンナが顔をしかめる。
『……ライヴスフィールドか。小癪な』
 その隙を逃さずに、藍が濃い紫の魔法弾を放つ。それをカだまンナは易々と回避するも、藍の表情から何かを読み取ったのか目を細め、
『いい貌をするな、小僧』
「……黙っていろ」
 二度、三度と藍が魔法弾を放つも、そのすべてをかわされる。水飴のような粘ついた笑顔を前にして、禮がたまりかねて叫んだ。
『正直に言ったらどうですか? 殺す相手がヒトでも、構いはしないのでしょう?』
『無論。我はかつてそのような存在であったゆえにな。――だが、今は――』
 その言葉が終わらないうちに、カンナに強烈な圧力が襲いかかった。それはただの言葉のようでいて、けれど絶対的な力がこもっていた。
「千間院カンナ。すぐに神代ユイから離れなさい」
 蕾菜が厳かに言葉を紡ぐ。特殊なライヴスが込められた、対象を洗脳するほどの力。カンナが膝をつき、苦しげに左胸に手を当てた。
 だが、カンナはにたりと笑って立ち上がる。
『一歩遠い。我を洗脳して共鳴を解かせようとした策は見事だが……その程度では引き離されるほど我は弱くはない。正しく、殺して見せよ』
「……本当に、歪んでますね。自分が殺されることもいとわないのですか」
蕾菜が吐き捨てる。邪英ははっきりとは答えずに、そのまま武器を狙って突撃してきたチルルを払いのける。勢いそのままにコンクリートの上を転がりかけたチルルは何とか態勢を立て直すと、息を切らしつつ呟いた。
「……やっぱり、人格的に問題がある英雄だったのかな? で、それが邪英化でエスカレートしてる感じの」
『これ以上放置しておくのは流石にまずいよね。早く何とかしないと』
「もちろんよ! でも、あくまで無力化、元に戻さないとね」



 再び銃声が響く。今度は一発だけだったが、従魔はヴィーヴィルの目の前で頭を吹き飛ばされ、塵となった。
「数が変わらねェな。湧いて出てきやがる」
 彼の拳銃は弾を込める必要がない。ライヴスがある限り無限に弾を発射できるが、それでも一瞬のうちに処理できる限界というものがある。一匹の黒狼が彼の横を駆け抜けていくのを目で追うと、後ろに注意を促した。
「気をつけろ、そっちに行ったぞ」
「わかって、る!」
 龍華は盾を振り上げると、ぎりぎりまで黒狼をひきつけてから、その頭部に向かって思い切りそれを振り下ろした。もともと盾に攻撃力があるわけではないが、そこは自分の筋力で補った。ぎゅる、と潰れたカエルのような鳴き声とともに消滅していく。
『ヴァイオレットさん、まだ終わらない!?』
『もう少しで終わります、後これを巻けば……』
 言って、ヴァイオレットは女性の腹部に包帯を巻きつけ、固定具で留め付けた。まだ息はある。ヴァイオレットは女性を抱きかかえる。
『応急処置が完了しました。彼女を安全な場所に運びます』
『了解、援護する!』
 と、リオンが威勢よく叫んだのもつかの間、ショッピングモールの奥からまたしても従魔が顔をのぞかせた。すでにこの光景は彼らが何回も見てきていた。カルディアが機械的にヴィーヴィルへ報告する。
『マスター、また従魔が出ました』
「次から次へと大盛況だね」
『けど、ここで食い止めないともっと混乱しますよ』
「……だな」
 ノアの言葉に龍華がうなずく。彼らの働きがなければ、邪英との戦いが混迷を極めることになるのは避けられない。
 何十体目の黒狼を迎撃するべく、彼らは武器を構え直した。




 かつて、千間院カンナは悪であった。
 直接人を殺すのではなく、権謀術数を巡らせて死なざるを得ないように仕向け、そのさまを眺めることを最上の悦楽と規定するほどの悪辣な女だった。決して、今のように千颯の体を真横に裁断しようと太刀を振るったり、まして逆に脇腹を貫かれて獰猛な笑みを浮かべたりするような女ではなかったのだ。
『何が可笑しいのでござるか!』
『は、自分の変貌ぶりに驚いているだけよ!』
 カンナが千颯を振り払ったのもつかの間、彼女の足元から爆炎が吹きあがった。明らかに自然なものではない。カンナが周囲を見渡すと、彼女に人差し指を向ける藍の姿があった。
 カンナが地面を蹴り、一瞬で藍との間合いを詰める。全身に炎をまとわりつかせたまま、彼の襟元をつかんで引き寄せる。
 炎が藍にも乗り移り、苦悶の表情を浮かべる。カンナは歪んだ笑みを崩さずに吼えた。
『殺すのがヒトでも構わないのだろう、そう問うたな。然り、我は殺す相手が誰でも構わぬ。否定などせんわ。……我はな』
 だが、と藍をショーウインドウに投げ飛ばして続ける。
『小僧は、我に肉体の制御を許したこの小僧はそれを望んではおらぬ。小僧は、真に、誰かを救おうと望んでいた。そのための殺戮を望んだ。我はそれに手を貸したにすぎぬ。……だが、嗚呼、そうさな』
 太刀を構えて、カンナは小さくつぶやく。それはこの場にいない誰かに向けられたかのようだった。
『……正しく、我は悪よ。いずれ殺されなければならぬ。だがそれは今ではない。こんなことになってしまった今は、我は我になせることをなすのみよ』
『そのために小を犠牲にして大を生かす、と?』
 風架の言葉に、カンナがうなずく。それに風架は教師のような口ぶりで答えた。
『相手の全体数がわからなければ、小の数が膨らむだけでしょうに』
 錫杖からの攻撃をカンナがいなす。その表情は今までの余裕を多分に含んだ笑みから、わずかにその色が変わっていた。
『だろうな。……だが、我はこれしか知らぬ。そしてこれこそが、我のこの高ぶりを鎮める最適解でもあるのだよ』
 言い放ち、カンナはおもむろに太刀を鞘に戻した。それは武器を収めるためではない。より強力で、回避不能な一撃を放つためだ。
 カンナがわずかに目を閉じる。この一閃は、カンナというよりもユイの肉体が覚えている。力の込め方や柄を握る位置に至るまで、力を抜いただけで自動制御されたように自然な位置に収まっていく。
 トワイライトドーン。一撃で敵を粉砕するために、ユイが編み出した技である。
 カンナが目を見開く。視界に対象を収める。あとは右足に力を込めれば、あとはユイが勝手に対象を切り崩すだろう。
『(……結局小僧頼りか、我は)』
 重心が移動する。カンナの意識を置き去りにして、ユイの体が攻撃を開始する。
 そして、太刀が振り抜かれようとしたまさにその瞬間。
『なっ……!?』
 太刀が真正面から盾に受け止められた。カンナが支配するユイの体は間違いなく駆動しているはずなのに、盾を切り崩すことはできていない。チルルが盾を握る手に力を込めながら叫ぶ。
「どうしたの? そんな程度!?」
『貴様……!』
 カンナが憤怒の形相を浮かべる。だが、チルルは構わずに続ける。
「彼がいなきゃ何にもできないんでしょ? かかって来いよ! この自称ドS!」
 ――結局のところ。カンナはこの時に、ようやく自覚した。自分の迷いが、不安定さが何によるものなのか。
 だからこそ、笑う。その不安定さを受け入れ、踏み潰すように。
『かもしれぬな』
 チルルが武器を切り替え、カンナの意識を刈り取ろうと攻撃に移る。だが彼女はそれをするりとかわすと、チルルの腹を蹴り飛ばして距離を作った。
 そして、その時にチルルは気が付いた。カンナがいままでのそれとは全く異なる、純粋ささえ混じった笑みを浮かべていることに。
『我は小僧がいなければ何もできぬ。……だからどうした。我は小僧と一心同体、もはや離れることは能わぬ。ゆえにわれは、小僧の力をもって、貴様らすべてを斬り殺し、我が望む道を切り拓こうぞ!』



『ああもう、数が、多いです! 際限ってものを知らないんですかねこいつら!?』
「けど、ここで食い止めないと」
 ノアの愚痴と一緒に龍華が従魔を叩き潰す。それと時を待たずして、ヴィーヴィルの銃弾が従魔を撃ち抜いた。もう数えることもやめているが、彼らの攻防戦は文字通り果てが見えなかった。
「面倒臭ェが、相手になるしかねェな」
『YES. マスター』
 と、ちょうどその時に一階からヴァイオレットとリオンが戻ってきた。ヴァイオレットは女性をショッピングモール外の安全な場所に移したことを伝えると、槍を手にしていった。
『私はこれから邪英の戦闘エリアに移動します。死角から槍を投擲すれば奇襲効果は得られるでしょう』
『じゃあ俺たちはここで従魔を足止めし続けるってことでいいのかな? もうかなりの数倒してきてると思うんだけど』
 リオンの言葉に、ヴィーヴィルが口の端を吊り上げた。
「現に敵は来てるからな。倒さねェといけねェだろ」
『だね』
 いうなり、リオンは向かってきた従魔を縦に切り伏せた。比較的体力が低いために一撃で倒せるものの、こうも数が多いと対処するだけでも苦しくなる。
「でも、ここで頑張らないと」
『わかってる、ニーナ。……やろう。敵が来てる』
 一方、ヴァイオレットはカンナに気が付かれないように姿勢を低くして移動しつつ、通信機越しに蕾菜へ話しかけた。彼女はちょうど槍を投げるときに射線上にいるのだ。
『聞こえますか。もう少しで、蕾菜さんの背中側から槍を邪英に向けて投擲します。悟られないように横へずれてもらうことはできますか?』
「……わかりました。よろしくお願いします」
 す、と蕾菜がわずかに左へ体を動かした。ちょうど槍一本分、彼女の顔すれすれを通り過ぎてカンナの肩あたりに穂先を突き刺せるような状態だ。
 ヴァイオレットが槍を振りかぶり、限界まで引き絞る。カンナはそれにまだ気が付けていない。
 槍が解き放たれる。それはさながら矢のように、カンナを目指して一直線に突き進む。
『ッ!』
 だが、カンナは自分を狙う刃の存在をすんでのところで感知すると、とっさに両腕をクロスすることで体への直撃を避けた。だが、それで攻撃が終わったわけではない。
 槍投げ選手のように駆けだした藍は、勢いそのままにやりを振り投げた。だがそれはただの一撃ではなく、雷電を纏ってより破壊力を増した一撃。
 だが、カンナは片膝をついた状態でその一閃を紙一重でかわす。のみならず、自分の目の前すれすれを通り過ぎる槍の柄を無理やり握りこむと、半回転して強引に藍に投げ返して見せたのだ。
『ぐっ、う!』
 禮が苦しそうに呻く。ギリギリのところで直撃は回避したものの、防御に使った右腕からはどくどくと血があふれ出ていた。
『アアアアアアアッ!!』
 カンナが吼え、藍へ追撃しようと動く。だがそれを封じ込めるようにして、蕾菜がカンナの地面を燃え上がらせる。蕾菜はすぐさま藍の前へ移動して声をかけた。
「無事ですか?」
「……ああ。致命傷とは程遠い」
 にしても、と藍はカンナをにらみつける。粘ついた炎と悪戦苦闘しているカンナは、なおも殺意を彼らに向けていた。
「敵を倒すことが目的と化している、あの邪英はそういう存在のようだ」
「でも、本当にそれだけなのかな。もしそうだったらべらべら喋っていないですぐにあたいたちを倒しに来ると思うんだけど」
「チルルさん。……そうかもしれません。でも、だったらあの邪英の精神はどうなっているんでしょうか」
『畜生の考えることを読み解こうとして何になるでござるか』
 白虎丸が低くうなる。その視線はまっすぐに、殺意が満ち満ちていた。
『拙者はあやつの考え方を理解しないでござる。……人を護るために人を殺す、などと。到底容認できないでござる』
「まあ、俺も白虎丸の方針には一応賛成なんだぜ。とりあえず、ここで止める。理由がどうとかいうのは、後でも聞けるだろ」
 千颯の言葉とともに、全員が前を向く。すでにカンナは全身にやけどを負っていたものの、いまだその姿は健在だった。
 だが……カンナの内側はもう、彼女自身にも制御ができないほどに崩れきっていた。どこまでが彼女本来の思考で、どこまでがユイの信念で、どこからが敵の思想なのか、判然としない。
 殺戮を楽しんでいるのか。
 大のために小を切り捨てたいのか。
 愉悦に浸りたいのか。
 それとも……掛け値なしに、誰かを護りたいのか。
『もはや、我にはわからぬ』
 太刀を持つ手が震える。だが、まだ戦える。
 もう、何のために戦うのかもはっきりと見えないけれど。
 それでも、どうして彼女がこの青年と契約し、生きてきたかを思い返せば、迷いなんて斬って捨てられる。
『我はただの悪よ。殺すために救う外道にすぎぬ。しかし、この小僧が我を認め、あやつの救いのために我を信じた時から、紛い物であっても善であろうと決めた』
 この祈りは、誰にも認められることはない。
 だけど、『彼』だけは、絶対に信じてくれる。
『故に』
 今は、勝たなければならない。
 たとえ悪と罵られようとも、神代ユイを敗北させるわけにはいかない。
『我はぬしらを殺す。我の正義で、小僧が愛したヒトを救うまでは!』




 結局、千間院カンナは正義でも、まして悪ですらなかった。
 正義であろうともがき、結局帰り道すら見失った半端者でしかなかった。
『つあああああああッ!!』
 太刀を横なぎに振り払う。それは攻撃をひきつけていたチルルのみならず、蕾菜にも攻撃が及ぶ。
「せいっ!!」
 チルルの一撃をかわすも、間髪入れずに地層の槍がカンナの腹部を狙って疾走する。とっさに防御するも、激痛に顔をしかめた。千颯がなおも槍を押し込む傍ら口を開く。
「千間院カンナ。お前の行動によってユイの正義の味方になるという夢が潰えたわけだけど、能力者を犯罪者にした感想は?」
『犯罪者、犯罪者だと? 笑わせる、所詮絶対の悪がいなければ正義を立証できぬ正義気取りが!』
「ユイは違う、と?」
 カンナが槍ごと千颯を振り払う。肩で息をするその姿は、立っているのもやっとといった具合か。
『然り! あやつは、たとえ愚神が現れずともその意思は変わらなかったであろうよ。敵が来たから武器をとった、それまでのこと。我とは違う!』
 藍の手によって噴き上げられた地面からの炎がカンナをからめとる。それを振り払っても、今度は蕾菜が放った幻想蝶がカンナの動きを封じ込めようと踊り狂う。
 それを、すべて切り払ってカンナは刀を鞘に納めた。必殺の一撃、ユイが鍛錬の果てに編み出した一閃を放つために。
『――――参る!!』
 右腕から余分な力が抜けていく。最適な力を込め、最適な運動方向、最良の残心。それらすべてをもって、目の前の相手を切り伏せる。
 目を見開く。対象をとらえる。チルルが盾を構えるその動きがやけに遅く見えた。
 獲った。
『トワイライト、ドー――!?』
 だが、その太刀はチルルの首を吹き飛ばすには至らなかった。いや、間違いなく切っ先は彼女の首に届いていた。
 だが、違う。もう一人、チルルではない誰かが千間院カンナの一撃を受け止めている――!!
「……間に合った!」
「龍華!? 従魔のところにいたんじゃなかったの!?」
 チルルの声に、龍華が少し息を切らしつつ答える。
「あちらに少し余裕が出たんだ。今はみんなが抑え込んでくれてる!」
 カンナが驚いて従魔が湧き出していた方角に目を向ける。そこには確かに、二人のリンカー――ヴィーヴィル、リオンが爆発的な従魔の増加を抑え込んでいた。
「あっちも長くはもたない。防御はこちらでやる、みんなはこいつを叩け!」
「おっけー!」
 チルルが龍華の背後を飛び越え、大剣をカンナめがけて振り下ろした。慌ててガードするも、それでも全身に重圧とダメージがのしかかる。
 さらに蕾菜が後方から光弾で畳みかける。だが次の瞬間、驚いたような声を上げた。
「藍さん!?」
『!!』
 満身創痍のカンナめがけて、藍が全速力で駆けていく。だが彼の手には武器が握られておらず、固く握りしめられたこぶしがあるだけだった。
 ――彼は、今のカンナのあり方を憎んでいる。
 彼の姉を殺した正義と似通ったそれを、多くの悪を打つだけで自己満足に浸るそれを、何よりも嫌悪する。
 だから。
「いい加減に、目を覚ませ!」
 彼の右こぶしが、まっすぐにユイの左頬をとらえた。
 本当なら、素手での攻撃なんてほとんど効かない。けれどカンナはその場で踏ん張ることすらできず、ただ真後ろに転がった。
『……倒したんですかね』
「わかりません。千颯さん?」
 蕾菜が千颯に声をかける。彼はしばらく倒れて動かないカンナの近くにしゃがみこんでいたが、やがて立ち上がった。
「ああ、倒した。俺の幻想蝶でカンナちゃんが回復するのを阻止してるから、急いでユイちゃんを回収しよう」
 そんな終戦宣言が聞こえるとともに、六人のリンカーは少しだけ力を抜いたのだった。



「……倒した、か」
『なら、こいつで最後なはず!』
 リオンが黒狼を切り伏せる。だが先ほどまでのように、同じ姿の従魔が補充されることはなかった。
『戦闘終了と認定。お疲れさまでした、マスター』
「ああ」
 カルディアの言葉にヴィーヴィルがぶっきらぼうに応じる。
『お疲れ、ニーナ』
「う、うん。ユイさんたちは? 千颯さんたちが何とかしてくれてるのかな」
『たぶん。俺たちもそろそろ合流しようか』
 リオンの言葉にようやく安堵できたのか、仁菜の「うん。わかった」という声はいくばくか緊張の解けたものになっていた。

 かくして、邪英化した英雄との戦闘はひとまずの終わりを見たのだった。




 数日後。
 神代ユイの姿は東京海上支部内の病室にあった。ぼんやりと青い空を窓越しに眺めるその姿は少し疲れているようにも見える。実際、彼は疲れていた。彼が気が付いてからほどなくして、紫鏡の司祭を名乗る老年のシスターが二人、彼の病室に押し入って怒りを含んだ声色で「わらわはお主を軽蔑する」と言い放ったのだ。
「人々を守るヒーローぢゃと? ふざけるでないわ!! 邪英化を許しおってからに!」
 すさまじい剣幕でしかりつける彼女に、ユイは何も言い返すことができなかった。彼からの返事がないとわかると、紫鏡の司祭は小さく息を吐いてから踵を返した。
「若いのぢゃから、答えは己で導くのぢゃのぉ。お主の懺悔くらいは聞いてやらんでもないぞ」
 まさに突風、というべき来訪者だったが、そのおかげでユイは自分が起こしてしまったことの大きさを再認識した。
 ユイには、邪英化してからの記憶がほとんどない。まるで遠い夢のようで、一切現実感がなくぼんやりとしか思い出せないのだ。しかもそのイメージすら途切れ途切れであいまい。本当に邪英化していたのか、夢を見ていたのではないか、と思う始末だった。
 だけど、彼が目覚めてからしばらくして意識を取り戻したカンナには、開口一番幻想蝶の中から謝罪された。
『……我は、ぬしに罪を負わせた。すまなかった』
 普段絶対に謝ることのない彼女からの言葉で、ユイもようやく邪英化が真実であることを思い知ったのだ。
 邪英化……噂には聞いていたが、まさか自分がなってしまうとは。
「はあ……」
 顔を覆ってため息をついていると、病室のドアがノックされた。
「どうぞ?」
 ドアが開き、藍と禮、龍華が入室してきた。
「あなたたちは?」
「以前、君と……いや、邪英化した君の英雄と戦った者だ」
 藍が答えると、ユイはすぐに顔を青くした。
「……すみませんでした。俺のせいで、皆さんに迷惑を」
「あの時のこと、どれくらい覚えている?」
「……ほとんど覚えていません。ひどくぼんやりした、夢を見ていたようで……」
 藍はしばらく沈黙すると、ユイの目をまっすぐに見て、真剣な表情で言った。
「君は、その剣の重さを本当にわかっているのかい?」
 ユイの顔がこわばる。
「私はね、いや、禮もだけれど……護りたいから戦っている。奪われるものの大切さを知ればこそ。護るため、敵にとっての護りたいもの、大切なものを奪う可能性も厭わずに、ね」
『今回のこと、よく考えるべきです』
 禮が厳しい顔でユイを見据える。
『あの在り方はあなたたちがたどり着くかもしれない可能性、一つの答えです。もしそれを望まないのなら、今一度その正義が何を守り、何を奪うものか見つめ直してください』
「…………はい」
 ユイがうなだれる。その姿に藍と禮は少しだけ眉を下げると、病室から出た。
「大丈夫ですか?」
 龍華が声をかけると、ユイは小さく首を縦に振った。
「はい。でも、俺に傷つけられた人、殺された人は、大丈夫じゃない。……あなたに言えることじゃないとはわかっているんですけど、俺は、これからどうすればいいんですかね……」
「――貴方たちがやってしまったことは取り消せません。だからこそ、贖罪のためにも動かなくちゃいけないと思います」
 贖罪。ユイの手が固まる。
「戦えないなら戦わずして守ればいい。掲げる正義がみんな異なるように、守護の形は人それぞれですから。本当に罪を感じているのなら、立ち止まっちゃいけないんです」
 龍華は席を立つと、ドアから出る前にこう言った。
「何か困りごとがあったら俺たちでも力になりますから、もし俺たちが困っていたら力になってください。貴方たちは、必要なんです」
 ドアが閉じられ、再び静寂を取り戻した病室。その中で、ユイはか細くいった。
「……カンナ」
『どうした』
「少し、外に出ないか?」
『……ぬしが構わないのなら、我はそれでよい』



 ユイが病室から出たころ、藍と禮は病院を出て広場のベンチに腰を落ち着けていた。拳を固く握りしめる藍の表情は、それと同じぐらいにこわばっていた。
「……嫌な仕事だ、まったく。余計なことを思い出させやがる」
『兄さん……大丈夫ですか?』
 禮が心配そうに藍の横顔を見上げる。藍は静かに首を縦に振った。
「ああ。少し酒を飲ませてくれ」
 スキットルを取り出し、ぐいと呷る。藍は眉根にしわを寄せ、ただ「……苦いな」とだけ呟いた。
「隣、いいか?」
 と、藍の前から声がした。顔を上げると、そこには火のついたタバコを手にしたヴィーヴィルと、カルディアが彼の後ろに控えていた。藍は煙草を見やって、
「それを辺りに投げ捨てるようなことをしなければ」
「携帯灰皿はある」
 ヴィーヴィルは藍と人半分だけ間をあけて腰を下ろした。カルディアもヴィーヴィルのすぐ横に座った。
 しばらく四人は会話もなく、ただぼうっと広場で子供たちが遊んでいたり、患者がリハビリを行ったりしている光景を眺めていたが、やがてカルディアが口を開いた。
『結局、邪英化した者とはいえ倒すのならば、やはり我々も仲間ということなのでしょうか?』
「どうかねェ」
 ふっ、とヴィーヴィルが煙を吐き出す。
「結局、正解はなし。誰もが正義で誰もが悪ってトコだな」
『……鏡のようなものですか?』
「それほど立派なもンでもないだろうよ」
 スキットルをしまった藍は、「なあ」とヴィーヴィルに声をかけた。
「なんだ?」
「ヴィーヴィルさんは、自分の正義についてどう考えている?」
「いきなりだな」
「……気になっただけさ」
 クククッと笑った後で、ヴィーヴィルは煙草を携帯灰皿に収めつつ言った。
「オレは自分がなすべきことをなすだけだ。それ以上でも以下でもねェ。藍はどうだ?」
「……私は、護りたいから戦っている。けれど、それは正義ではないんだ」
「正義ではない、ね」
「誰かを護るために誰かから何かを奪うんだ。それが解ってしまったら、私は私の行為を正義だなんて言えないよ」
「そォか」
 再びの沈黙。けれどそれは、決して重苦しいものではなかった。




「俺は、どうすればいいんだろうな」
 病院の周りをゆっくり歩きながら、ユイはぽつりとこぼした。
「今までずっと戦ってきた。従魔を倒して、愚神を倒していけば、みんなを救えるんじゃないかって。でも結局、俺が弱いばかりに暴走してしまった」
『暴走したのはぬしではなく我だ。……履き違えるな』
「わかってる。それでも、俺が強ければ防げたかもしれないことだ」
 だが、ただ強くなるだけでいいのだろうか?
 小さいときに読んだ本の内容が頭をよぎる。強すぎたがために、周りに恐れられて孤立した正義の味方の物語。
 それは、本当に神代ユイが望む未来なのだろうか?
 そう考えながら歩いていると、不意に横合いから声が駆けられた。ユイがそちらに目を向けてみると、仁菜とリオンが木陰で手を振っていた。
「もう体は大丈夫なんですか?」
「まあ、歩くぐらいなら。……僕を止めてくれたリンカーの方ですよね。その節は、すみませんでした」
 ユイが頭を下げる。リオンは顔を上げるように言ってから、軽い調子で続けた。
『さっきここで見てたよ。……迷ってる? 自分が何をするべきか』
「……はい」
 リオンはうなずいて、木の幹に寄りかかった。
『ヒーローとは何か、守護とは何か。人によって答えは違うし、その形は一つじゃないけど、きっと自分を救ってくれた人が一番のヒーローだと思うんだろうな』
「自分を、救ってくれた人が……」
『従魔をどれだけ倒したところで、異世界とつながっている限り連中はいくらでも現れる。際限なくね』
 それでも、俺たちは戦い続けるんだろう。リオンはまるで過去の自分を見つめているかのように言った。
『守り続けたいんだ。今目の前にいる人を』
 失う怖さがわかるから、誰にもそれを味わわせたくない。
 守ることがどれだけ大変かわかるから、諦めたくない。
護るとは、結局それだけの、どこまでも続く道なのだ。
『今度は一緒に守りに行こう。一緒なら大丈夫だよ!』
 リオンが差し出した右手。きっと彼は、そして彼の隣にいる少女は、それを覚悟のうえで戦ってきたのだろう。
 ――ああ。それはなんて苦しくて、まぶしいのだろう。
 その右手をとりながら、ユイは静かに目を細めた。




「カンナ。俺、一つやりたいことが見つかった。多分カンナが好きな戦闘からはしばらく離れることになると思う」
『我は何も言わぬ。もともと、戦うよりぬしと過ごす時間のほうが長かったのだからな』
「……そうか。カンナ、ちょっと変わったな」
『そう見えるか? ……ふむ。なぜだろうなあ』

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • ひとひらの想い
    零月 蕾菜aa0058
    人間|18才|女性|防御
  • 堕落せし者
    十三月 風架aa0058hero001
    英雄|19才|?|ソフィ
  • 雄っぱいハンター
    虎噛 千颯aa0123
    人間|24才|男性|生命
  • ゆるキャラ白虎ちゃん
    白虎丸aa0123hero001
    英雄|45才|男性|バト
  • LinkBrave
    ヴァイオレット メタボリックaa0584
    機械|65才|女性|命中
  • 鏡の司祭
    ノエル メタボリックaa0584hero001
    英雄|52才|女性|バト
  • マーメイドナイト
    海神 藍aa2518
    人間|22才|男性|防御
  • 白い渚のローレライ
    aa2518hero001
    英雄|11才|女性|ソフィ
  • その背に【暁】を刻みて
    藤咲 仁菜aa3237
    獣人|14才|女性|生命
  • 守護する“盾”
    リオン クロフォードaa3237hero001
    英雄|14才|男性|バト
  • 捻れた救いを拒む者
    ヴィーヴィルaa4895
    機械|22才|男性|命中
  • ただ想いのみがそこにある
    カルディアaa4895hero001
    英雄|14才|女性|カオ
  • さいきょーガール
    雪室 チルルaa5177
    人間|12才|女性|攻撃
  • 冬になれ!
    スネグラチカaa5177hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
  • 閉じたゆりかごの破壊者
    紀伊 龍華aa5198
    人間|20才|男性|防御
  • 一つの漂着点を見た者
    ノア ノット ハウンドaa5198hero001
    英雄|15才|女性|ブレ
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