本部

晶女

十三番

形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
5人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/04/21 20:47

掲示板

オープニング


 薄く霞がかかった青空と一面に広がる芝生の海の間で、黒い影が対峙していた。
 片側は中肉中背の男のエージェント。歳の頃なら40過ぎ、短い黒髪にはちらほら白が混じっている。相対するは濃灰色の少女――の姿をした従魔。溶かした鉛がそのまま動き出したような有様で、上背は1メートル半、やけに両腕が長く、首が坐っていない。
「(こういう手合いはどうにも苦手ですがね)」
 男が踏み込んで深緑の棍を衝き出す。中段でありながら芝生を幾らか削ぐほどの勢いのそれを、従魔はまるで踊るような挙動で潜り回避、そのまま上段回し蹴りを放ってきた。男は棍を戻してこれをガード。続けざまにやってきた胴回転回し蹴りも同じように受け止め、舌を打ってから強く押し返した。従魔はものともせずにひらりと着地、次はどうしようかな、とステップを踏む。
「しつけのなってないお嬢さんですなァ」
 構えを改める男の耳に、無線機からの連絡が入る。秋風のように冷えた女の声だ。
『そっちはどう、旦那?』
「被害はゼロなんですがね、ちぃっと手間取りそうですワ。そっちはどうですかい?」
『正直、難儀してるわ』



 得物越しに訪れた震えを、エージェントの女は大きな丸眼鏡の位置を直しながら噛み締めて、しかしその間も決して足を止めず、そして視線は敵から逸らさなかった。
「分散したのは失敗だったかもね」
 応答したのはもう一人のエージェント――彼女よりだいぶ年下の少女。離れた位置で、男とは別の、同型の個体と戦闘をしていた。
『やっぱり応援を待ってるべきだったかも。ごめん』
『仕掛けられたけど逃げ回るってのも、あっしらのガラでもねぇでしょう』
「まあ、ね」
 一定の距離を保ち、周囲を旋回していく。彼女の意図を見透かすかのように、視線の先の少女――の姿をした従魔が笑みを浮かべてきた。
 鉛色のそれと異なり、こちらの従魔の顔にはパーツが一通り揃っていた。それぞれがそれなりに整っており、背中まで伸びた髪や、膨らみかけの胸部、一見柔らかげな腹部など、ともすれば煽情的に映るかも知れない。その特異過ぎる材質を除けば、の話だが。
 頭部から膝までは磨き上げられたガラス細工のようだった。膝から下と背中に生えた翼のような部位は、洞窟の奥底に原生している水晶を彷彿とさせる。これらがぬるぬると、まるで軋まずに動くのだから気味が悪い。
「(旦那はこういうの苦手そうね)」
 得物の柄に唾を吐き、握り直して急旋回。身を低く屈めて走る。走る。走る。
 早めに踏み切り、跳んだ。挙動は宛ら肉食獣のそれである。鞭のように全身で振り被り、裁断機のような思い切りで、従魔の胸元目掛けて、得物、大振りの青龍刀を振り下ろした。
 命中。
 叩かれたような、割れたような、総括するなら壊れるような音が弾け、従魔の体に大きな亀裂が生まれた。
「(……硬(かった)いわね……)」
 笑みを浮かべた従魔が両手を翳してきた。
 刹那、女の周囲を突風が渦巻いた。たまらず顔を伏せて堪える。
「っ……!」
 風には明確で具体的な『力』が混ざっている。ガラスと一緒にミキサーへ掛けられているような心地だった。衣服が破れ、腹の皮膚が避け、腕の肉が弾ける。
 風の力が弱まると、すぐさま女は飛び退いた。被害状況を把握し、態勢を立て直す為である。
 自己の確認完了。出血はそれなりだが、幸い動きに支障はない。
 相手の確認完了。笑みは健在、その下の亀裂は半ばほどまで塞がっている。
「(水晶部分は特に硬い。胴体部ならいくらか通るけど、面倒なのはあの回復力。
 ……どう考えても手数が足りないんだけどなー……。ま、一気に行くしか――)」

 パリ゛ン――ッ

 まず、耳障りな音が女の耳に飛び込んできた。次に、腕に焼けるような熱が生まれ、子供が飛びついてきたような重みが凭れかかってくる。
 女は顔を向けて――眉を寄せた。
 切り裂かれたはずの腕の傷から、水晶が『生えて』いた。
 この異常事態を見受けた女は更に後退して従魔から距離を取った。刀の峰で払うと、思ったよりも簡単に水晶はぼろぼろと崩れて落ちた。一息ついた――のも束の間、水晶によって更に酷くなった裂創から、更に、再び水晶が生えてきた。払い落し、アンプルを取り出しながら更に距離を取ろうとする。
 従魔が距離を詰めてきた。
 舌を打つ女性の耳に、少女からの連絡――というか、悲痛な叫びが入る。
『わ、うわ、え、な、なに、なにこれ。なに、なに!?』
『どうしましたかい?』
『な、なんか、なぐられたとこから、なに、これ、え、なに!?』
「武器で払えば落ちるわ。一旦距離を取って傷を塞ぎなさい」
『で、でも、でも!』
「落ち着いて。どうしても怖かったら逃げてきなさい」
『……何があったんですかい?』
 女はこの事態を整理する。
 現象から考えるに、鉛色の従魔ではなく、結晶の従魔の仕業――というより、特質、らしい。傷に反応しているのかとも思ったが、仲間は「なぐられた」と言っていた。血液などでなく、傷んだ部分があると発生するらしい。無傷らしい男が事態を把握できていない点も裏付けになる。
 ようするに――
「自分の傷は舐め回して、敵は“ささくれ”だってほじくり返すってわけ」
 尚のこと、手間などかけていられない。
 応急手当を終えると、女は踵を返し、鋭く息を吐きながら芝生の上を滑るように駆けた。



 男の心中に浮かんだ確かな焦り、しかしその最大の要因は、仲間からの通信ではなかった。
 彼の背後に、いつの間にか、もう一組いたのである。
 見落としていたのか、他所から訪れたのかは判らない。判っているのは、ゆっくりではあるものの間違いなくこちらに向かっていること。
 撤退、の二文字が脳裏を過る――が、次の瞬間には吹き飛んだ。茂みから現れたエージェント――あなたたちが、広場に飛び込んできたのである。
 男は従魔を今日一の力で押し返すと、通信機のレンジを最大に設定し、声を投げた。



『どなたか聞こえますかい?』
 あなたが応答すると、男の、笑みを浮かべるような息遣いが聞こえた。
『応援感謝しますワ。いや、お恥ずかしい話、偵察に失敗しましてね、この有様ってわけなんでさァ。
 あんま時間はないでしょうが、あっしが把握してる情報を投げますんで、お聞きくださいヤ。
 あっしら、ですかい? ご心配にゃ及びませんワ、これでも、それなりに腕は立つつもりなんで』
『……んのメスガキがあああああああッッ!!』
『あー! ったく……! だー、もーーーー!!!』
『――いや、ホント。
 ほんじゃまた後程、どうかお互いのご武運をってなもんで』
 通信終了。
 あなたと仲間は正面、こちらへ向き直って迫ってくる3体に対峙して得物を構える。そこに生まれた緊張感も去ることながら、辺りに蔓延するなんとも奇妙な気配がどうにも引っかかっていた。

解説

●目標
従魔3体の撃退

●状況
日中。昼間。郊外の運動公園。民間人なし。
フィールドは50×50sq。足元は芝生。周囲は背の低い樹木に囲まれている。
従魔3体はほぼ中央に、参加者は南端が初期位置。
北西端に5×5sqの事務所、南東端に2×10sqのジャングルジムがある。

●従魔
>>晶女
水晶のような材質の、少女の姿をした従魔。地面から数センチ浮いている。
背中の羽と足の結晶体は非常に硬質で、攻撃を防ぐ為に使用する。
鉛女の相手でない、最大生命力が多いPCを優先して狙う。挑発、ノックバックに強い耐性を持つ。
各防御・魔法攻撃・命中↑↑、特殊抵抗・生命力↑、移動力↓↓
・トルネード:射程10、範囲(8)の魔法攻撃。識別可。
・ヒーリング:パッシヴスキル。毎ターン、自身と味方を大きく回復する。自身を中心に範囲(1)。
・ウイングガード:パッシヴスキル。背面側からのダメージを半減する。
>>鉛女×2
鉛をそのまま人型にしたような従魔。
四肢で物理攻撃を繰り出してくる(射程1)。
開始時は晶女を追従、防衛するが、攻撃を受けた場合、その相手が行動不能になるまで目標を変えず攻撃する。
晶女が討伐されると即座に撤退する。(PL情報)
移動力↑↑↑↑、回避↑↑、物理攻撃↓
・奔放:パッシヴスキル。回避に成功すると行動回数が1増加する。

●環境(PL情報)
フィールド全域に特殊状況『晶気』が発生している。
ターン終了時に生命力が最大値より減少しているPCを対象として以下の効果が発生する。
・固定ダメージ:10
・特殊抵抗判定(要求値:低め)に失敗した場合、次のターンは行動することができなくなる
この効果は戦闘終了時まで永続し、ダメージ値はスキルや装備などで軽減することができない。

●その他
・特記ない項目はPC情報としてお取り扱いください。
・NPCは別フィールドで戦闘しているものとし、接触できません(してきません)。
・質問にはお答えできません。

リプレイ


 状況確認と情報共有を終えたエージェントらが、新緑の広場に三々五々と散っていく。大きく大きく、散っていくこととなった。
「……別に倒してしまっても構わないよな?」
 芝居がかった調子で麻生 遊夜(aa0452)がうそぶく。既にユフォアリーヤ(aa0452hero001)とは共鳴を済ませており、赤い光を宿した瞳に不釣り合いな、黒いふさふさの耳と尾が落ち着きなさげに揺れている。
 受けるのは六道 夜宵(aa4897)。こちらも若杉 英斗(aa4897hero001)と共鳴を済ませており、紫を基調とした戦闘服に身を包んでいた。勝気な性格は生来のものであり、それが表情に滲み出たのは断じて共鳴のせいではない。
「勝負ってことですか? 負けませんよ!!」
『バカ、飛躍し過ぎだ……』
「まぁ、引き受けた以上弱音は吐かんがな?」
『……ん、頑張る……やられちゃったら、ごめんね?』
 心強い笑みを浮かべて遊夜は西側へ走り去る。向かう先には大規模な銀色のジャングルジム。残る夜宵は七体の人形を掌に載せて準備を整える――が、まだ動かない。
 このやりとりと横目で眺めていたアリス(aa1651)が移動を開始する。同じく動き出した鯨間 睦(aa0290)とは逆方向となった。
「……さて、」
『それじゃあ、始めようか』
 Alice(aa1651hero001)との共鳴が始まった。長い髪に彩りが染み込んでくる。紅玉のようになった瞳は、翡翠のような見た目の従魔から決して逸れなかった。
 青く染まった前髪から覗く赤い双眸もまた、従魔から一瞬たりとも逸れない。睦の意識には蒲牢(aa0290hero001)の言葉が流れ込んできていた。
『ぞくぞくするわねぇ……ほんっとやな気配だわぁ』
「……何かある」
 遠く、事務所を目指す。全身にまとわりつく、常に監視されているような不快感。それが何かは、今はまだ、誰にも判らない。

 広場の南端に残る東宮エリ(aa3982)――と、共鳴を済ませ主導権を握っていたアイギス(aa3982hero001)は、じりじりとこちらへ迫ってくる3体の従魔……ではなく、傍ら、背中を撓ませる廿枝 詩(aa0299)に視線を注いでいた。彼女も既に共鳴を済ませており、髪と肌からは色が失せ、紫色の両目は借り物のように濁り切っている。
「さァて、楽しい仕事だ。フェン、上手くやってくれ」
 アイギスの言葉を受けると――いや、受けても、詩はまるで生気を失った様子で、顔も上げずに、アイギスから距離を取っていく。「嗚呼、仕事だ──ふ、ふ」
 従魔が近づいてくる。
「えェと、背面が駄目で、ジャングルジムに向かっていて、攻め手が4人、事務所も使えたら、と言っていて……――」
 拳を口元に当て、伏目がちに考え込んでいく。事態が動いたのは、指で鼻を軽くこすった直後のこと。



 黒狼を模した狙撃銃が一瞬で三射を吐き出した。
 先陣を切った一射目は遊夜から見て手前、鉛色の従魔の喉元に着弾。
 続く二射目は翡翠色の奥、やはり鉛色の従魔のどてっ腹に直撃。
 そして三射目は、中央の従魔、晶女の右肩口を穿って見せた。
「メインはあんたじゃないが、まぁオマケで喰らってくれや」
『……さぁさ、鬼さんこちら……ボク達と、遊ぼう?』
 クスクスという悪戯げな笑みを含んだユフォアリーヤの言葉。これに反応したかのように、少女の姿をした鉛色の従魔が、同時に晶女の許を飛び出した。
「お――っと……!」
 不意に声が出た。従魔の挙動は、そのまま射出という表現が相応しい。芝生を切削しながら、剃刀のように空間を切り取りながら、凄まじい速度で迫ってくる。
『……むむ……前情報どおり』
「だが、これほどとはな……!」
 背後のジャングルジムを肩越しに一瞥し、視線を戻すと、もうそこには対の鉛色が迫っていた。



「……へぇ」
 アリスの小さな口から言葉が零れた。原因は視線の先、取り残された水晶の従魔の右肩。確かに穿たれたはずのそこが見る見る塞がっていく。
「どの程度?」
 通信機へ呟くように問いかけた。応じたのは最も近くに移動していた夜宵。
「もう殆ど塞がってる」
「前情報どおりの自己再生だね……あの傷をひと息で治す、か」
『お待たせ、ポイントに着いたわぁ』
「いつでも」
「同じく!」
「合わせるよ。どうぞ」
 初手を取ったのは睦。片膝を着いて銃器を構え、片眼でスコープを覗き込む。
 発砲。
 放たれた弾丸は宙をこじ開けるかのような力強さで直進、晶女の首元に着弾した。高い音が辺りに鳴り渡り、体の一部が粉粒となって弾け、陽を受けてキラキラと瞬く。
『本当に綺麗ねぇ。ちょっと勿体ないくらいじゃなぁい?』
「別に……」
 詩が続く。得物である銃は睦と似ていたが、こちらはレトロな趣を湛えていた。
 スコープを覗き込む前にアイギスへ通信を飛ばす。
「邪魔?」
「いいさ。好きにやれ」
「了解」
 発砲。力を満載した弾丸は、銃口よりも尚大きく膨らみながら従魔に激突した。
『あの距離から寸分違わない場所を狙撃した……やるな』
「負けてられないわね! いくわよ英斗!」
 夜宵が糸を操ると、彼女の周囲に、和装に身を包んだ七体の人形が躍り出た。
『狙いは?』
「とりあえずー……お腹かなっ」
 他に比べていくらか柔らかそうに見えたことに加え、緩やかに両手を広げていて狙い易かったのが決め手となった。
「みんな、一斉攻撃よ! かかれーっ!」
 号令が出されると、すぐさま七体がそれぞれの得物を掲げて従魔へ飛び掛かった。丹念に手入れが施された七本の刃物が愛らしいとも言い表せる挙動で持ち上げられ、そこからは想像もできないような勢いで、続々と従魔の下腹部に斬りかかる。
「っ……!」
『硬いな……闇雲に狙っても厳しそうだぞ』
 手応えに物足りなさを感じた夜宵は太めの眉を歪め、
 正反対に、晶女の表情は毒々しさを増しており、
 その両脇には細い腕が掲げられていた
『気を付けてね、何かしてきそうよぉ』
 狙いは直近の夜宵――ではなかった。
「ああ、おいで」
 アイギスが盾を構える。その直後、特大の竜巻がアイギスを中心として発生、一帯を滅茶苦茶に掻き混ぜた。目の当たりにしているだけで皮膚が千切れそうな、凄まじい威力である。
 だが。

「ふ、ふ、ふ――」

 竜巻が失せると、従魔は一転、目――に見える模様――を見開き、身を乗り出した。
 アイギスは両足で立っていた。傷一つない盾を降ろし、刻まれて肩に落ちた白い髪を払い落とす。ぱっくりと切り裂かれた、しかし活動にはまるで支障のなさそうなその傷を癒すべく自身にライヴスの光を纏わせた。指輪が光量を増幅し、腕の傷は痕がわずかにも残らず癒え切ってしまう。
「いいね、贅沢」
 結果、アイギスはノーダメージでしのぎ切り、
 晶女は呆気に取られて硬直し、
 そしてアリスがその隙を的確に狙う。
「まさかとは思うけど……多勢を相手にしている自覚がないのかな?」
 開いたページを古びた栞で擦ると、太陽のような火球が発生し、浮かび上がった。空を焦がしそうな火球は、宙でくるり、と円を描いてから、吸い寄せられるように従魔へ突進、衝突、炸裂した。着弾箇所は肩。爆発音と共に大きく抉れ、半ばほどまで吹き飛んでいる。
 すかさず、例の回復能力が猛威を振るい始めた。しかし目的を達成する前に、一部がぷすぷすと、余熱に蹴散らされて零れ落ちていく。
 僅かに動揺を滲ませる晶女。その表情の側面を覗き込もうとするように詩が移動する。
「何処に当たった時良かった?」
「お腹は硬かったわよ」
『なら肩の傷を狙いましょうかぁ』
「半歩正面に回っていいかな?」
「もちろん。いーとこ突いちゃって」
 概ねの流れは定まった。従魔に狙われるアイギスが接近された分だけ後退、常に東側の林を背にするようにして、事務所近辺に位置を取る睦の攻撃に支障が出ないポジショニングを心掛ける。同じ方角へ向かっていた詩は難なく適正な位置と距離を保っていたし、自身で調節もしていた。アリスも夜宵も竜巻の範囲には踏み込まない。
 攻撃は潤沢である。ピンポイントの目標であるにも関わらず狙いを外すこともないし、軽傷で終わることもまた、ない。
 しかし相手の治癒能力もまた常識を凌駕していた。くだんの肩の損傷は半ばほどで食い止められ、竜巻は一定の間隔でアイギスを襲った。ピンポイントでアイギスだけを襲った。
 目の前の夜宵にはまるで構わず。
「……っ」
『……夜宵?』
「何でもないわよ……っ」

「素直な奴は嫌いじゃないさ」
 傷ついた分だけを癒しながらアイギスも独り言。
「さーもっと撃ってこい、好きなだけこっちを――……私がマゾみたいじゃないか、コレ……?」

 手のひらに忍ばせた“それ”を弄び、しかし使わず、アリスは狙いを定めて炎を放つ。
 まだ、早い。
 或いはもう一手増えてくれれば、と、視線をそちらへ流した直後、

 パリ゛ン――ッ

 その場にいた全員が、鼓膜を直接つま弾かれたような、硬く、高く、不快な音を耳にした。



 両足を揃えての浴びせ蹴りを、遊夜は大きく退いて回避する。続いて訪れたもう一体の両拳は、振り回した銃身で無理やり捌いてみせた。相手の体がふらついているうちに胴体の中央を狙って一射。直撃。貫通には至らぬものの、陽で影が浮かぶ程度には陥没した。
「さあ、ここからが本番だ」
 身を屈め、滑るように下がり、一息でジャングルジムを潜り抜ける。決して大人向けの作りではなかったが、遊夜の観察眼をもってすれば経路の発見は比較的容易なことだった。が、より小柄な鉛色の二体は遊夜の経路をそっくりそのまま、体を液体のようにくねらせて追ってくる。
『……むむ……』
 ジャングルジムを抜けるなり鉛女が顔面目掛けて足刀を放ってきた。身を反ってこれを躱した遊夜に、次いで現れたもう一体が大振りのパンチを打つ。遊夜は後方に跳んで難を逃れると、左腕を背面に伸ばし、手にしていたアンカー砲のトリガーを握った。既に狙いは定めてあり、射出されたクローは寸分も躊躇うことなくジムの端、最上段に食らいつく。
 巻き上がるワイヤーに身を任せ、ジムを一気に昇っていく遊夜。その射線だらけの視界の中で、無傷な従魔がジムの外側を猿のように身軽によじ登ってきた。ダメージを負っていた個体はジム内へ侵入、先ほどと似た挙動で、最短距離を無理やり“逆流”してくる。
『……むむむ……』
 回収したアンカーを、逆流してきた個体へ向けて放つ。が、狙いは従魔ではなく、その目前、正方の空間。これを黒塗りのアンカーががっちりと塞いだ。流石にこの隙間を這い出でることは叶わず、手負いの従魔は足止めされる形となる。
 が、そこへ最上段を駆けてきた従魔が到着。すぐさま放ったかかと落としは、アンカーと遊夜を共に狙った贅沢なものだった。
『……むむむむ……』
 半身で躱し、従魔とすれ違い、遊夜は50センチ置きに並ぶ2センチの足場を走る。
 踵を返した従魔と拘束を逃れた従魔が跳び出した。再び片方は最上段を走り、片方は内部を滑る。
『……むーーーー……』
 遊夜はジムを跳び下りた。着地するなり、今度はジムの中へ潜り込み、逆側まで駆け抜ける。従魔共は律儀に追ってきた。最短距離を追ってきた。ようやく、どちらもが内部へ入った。
「元気なのは結構だが――!」
 遊夜が放った特大の弾丸がジャングルジムに激突、大爆発を起こす。爆発は遊具だけでなく、その中にいた従魔も等しく吹き飛ばした。
 広がった土煙が揺らぐことなく漂う。
「やったか!?」
 否。
 従魔が同時に土煙を突き破ってくる。
 手前の鉛が地を削ぐような回し蹴りを放ってきた。軸足を狙って放たれたそれを遊夜は軽く跳んで回避する。そうするしかなかった。
 続いた従魔の跳び回し蹴りが遊夜の腰を捉える。極太のワイヤーで叩かれたような衝撃だった。
 が、問題はこの後。

 パリ゛ン――ッ

「ぐ……っ!」

 硬音の後、違和感を伴う激痛が背中に走る。肩越しに振り返ると、そこには、患部を突き破った結晶が生えていた。
「妙な雰囲気の正体はこれか……!」
『……ユーヤ、前……!』
 対の鉛色が飛び掛かってくる。



 遠く、発生した結晶を見て、晶女は手を叩いてくるりと回った。
 蒲牢が静かにあごを引く。
『あの子は戦ってないわ』
「何……?」
『水晶を増やそうとしてるだけなのよぉ。だから一番頑丈そうなアイギスちゃんを狙い続けてるんだわぁ』
「相性バッチリ、と」
 アイギスが舌を打つ。理由は相手が弩エスであると発覚したことに加えてもう一点。背後に樹木が迫っていたのである。現状ほぼ十全に対策がとれているとはいえ、あの竜巻にざく切りの樹木片が加われば負担は尚大きくなるだろう。そしてこれ以上の接近を許すことは、味方の攻撃の手立てが制限されることも意味していた。
 竜巻を乗り越えながら考えを巡らせる。これ以上下がれない。周囲の状況、そして仲間の様子に視線を走らせて――正面で停止した。
 夜宵が俯いている。長いサイドテールが体の前面に流れていたし、よく見ればそれが小刻みに震えていた。

 パリ゛ン――ッ

 またあの音が聞こえた。
 従魔が前進してくる。
(「どうする……?」)
 弾丸を受け、もう一つ受け、炎に焼かれながらも、従魔の細い腕があがり、
 それを
 不意に
 夜宵が掴んだ。

『!? 何を――』

 英斗さえ思わず声を上げた。
 上がった夜宵の両目は見開かれている。唇は噛み締められ、額には血管が怒張していた。
 最も接近していながら狙われもしない時間と、目も向けてこない敵の態度が、夜宵の勝気を爆発させたのだ。

「いい加減にしなさいよ……私を無視するな、従魔!!!」

 晶女のもう片腕が夜宵の頬を掴み、
 直後、
 両者を中心として、特大の竜巻が発生した。
「助かったけど……!」
 渦巻く突風の中へアイギスが光を送り込む。手ごたえはしっかりと返ってきたが、肝心の夜宵の姿は風と土と力に阻まれて見えない。

 パリ゛ン――ッ

 音が鳴り、風が弱まる。
 身を乗り出した一同が見たのは、
 傾いた晶女、
 両腕から水晶を生やした夜宵、
 そして――

「――……はっ! ざっとこんなものよ!!」

 ――彼女が空高く放り投げた、翡翠色の腕だった。

「……いくよ」
 本を閉じて魔結晶を砕く。溢れた光が力と成ってアリスの全身に満ち満ちた。

『決めるわよぉ』
「了解」
 睦が放った弾丸が最短距離を走って従魔の傷に食らいついた。次いで届いた、詩の、砲弾のような一撃が、水晶の体を強かに打ち抜く。
 押し広げられた傷がじゅく、と熟んだ。原因は従魔の頭上、目前まで迫ったアリスの炎。増強されたそれは既に隕石宛らであり、それが無慈悲にも、そして一分の迷いも狂いもなく、広がった患部に直撃、焼き、焦がし、溶かしながら貫通、従魔の体を両断した。
 下半身が堕ちて、欠けながら倒れた。取り残された上半身は同じ道を辿りそうになって――しかしその前に、夜宵に首根っこを掴まれた。反撃、リアクション。その何れもをするよりも早く、夜宵が利き腕で糸を操る。命に応じた七体の人形が、従魔の上体を打ち砕き、粉々にした。
 キラキラと瞬きながら散っていく。欠片も塊も、もうぴくりとも動かなかった。



 天を衝くような蹴り上げを横に跳んで躱す。身を低く保ったのは続く攻撃を誘導する為。やはりやってきた両手を衝き出しての突進を飛び越え、遊夜はジャングルジムに向かって走り出す。先の攻撃で半壊状態であったが、まだ原形を残している部分はあり、遊夜はそこを潜り抜けた。
 鉛女は追ってきた。性懲りもなく、ぴったりと後を追ってきた。
 だから――
『……また、この感じ……』
「ああ、来るなら来い――!」

 パリ゛ン――ッ

 ――遊夜の背から生えた結晶に道を阻まれ、遊具の中で一瞬、身動きが取れなくなってしまう。
 手前側、胸の凹んだ鉛女を至近で撃ち、結晶を払って距離を取る。
 さて次は、と遊夜は身構える。が、二体の従魔は向かってくるでなく、それぞれ東西に別れて走り去ってしまった。
 遊夜は西側、攻撃を浴びせ続けてきた個体へ狙いを定めた。腰の傷は、訪れた光を受けると少し楽になった。鉛女の速度は目を見張るものがあったが、ある瞬間に突然がくん、と動きが鈍くなった。
 照準を合わせ、トリガーを握る。弾丸は従魔の背中のど真ん中を捉え、薄くなった胸板に大きな穴を拵えた。そこから解れるようにして、従魔はその場にぼろぼろと崩れた。
 もう一体には視線を送らない。
「あとは任せたぞ、と。やれやれ、ヒデェ鬼ごっこだったぜ……」
『……変な水晶が、無かったら……もっとうまく、やれてたのにね』
 その場に座り込み、両手で全身を支えて空に息を送る。未だうずく腰の傷から、水晶が生えてくることは、もうなかった。



 西側へ去った鉛女の前にアイギスが立ちはだかった。置いた距離が絶妙で、鉛女は一瞬、逃げる方角に躊躇した。これが致命的な隙となる。
 本を畳んだアリスが長い髪を払った。次の瞬間、辺り一帯を強力な重圧が支配する。空が目を向いて顔を寄せてきたような、ずしん、という絶対的な力だった。
 従魔はたまらず地面に両腕を衝いた。この拍子に、背中側へ垂れていた頭がぐりん、と前へ垂れてきて、垂れ切る前に、睦が放った弾丸が、頭部の中央を完璧に捉え、貫いた。
 勢い吹き飛び、ごろごろと転がる鉛女。立ち上がろうとして、しかし再び駆け寄ってきたアイギスに盾を突き立てられ、身動きが取れなくなってしまう。
 空いた手で遊夜を治療し、アイギスは獰猛な笑みを更に深めた。
「遠慮も加減も要らない、俺ごとやれ」 
 台詞の中ごろには、詩はそれの展開を終えていた。
 16連装マルチプル・ロケット・ランチャー、“殲滅型偽翼”。
「お前な……」
「耐えろ」
 放たれたロケットの群れは、アイギスごと、辺りを念入りに爆撃した。土と煙と爆風が、沸騰した水面のように騒ぎ続ける。
 その中からぼろぼろの鉛女が跳び出した。
 そこへ夜宵が全速力で迫る。
『熱くなりすぎるな――違うな、熱くなるのはいいが、とちるなよ』
「わかってるわよ!
 食らえ!
 必殺の!!
 六道滅殺アターック!!!」
 七振りの刃がとぐろを描きながら従魔を襲った。
 鈍い色が細切れになって宙に舞う。そしてそれらは地に落ちる前に砂のように解れ、春風に吹かれて跡形もなくなってしまった。






「ふうー……」
「任務完了、だね」
 その場に座り込む夜宵と、髪を抑えて歩み寄るアリス。
 両者の許へ、
「いやあ、お見事でしたなァ」
 と、間延びした拍手を打ちながら、大柄な男が歩み寄ってきた。別の場所で他のグループを相手にしていたエージェントのひとりである。
「そっちはどうなったの?」
「まあなんとか。もう病院行かせましたがね」
『なんだか聞き覚えのある声だな。以前の依頼で会った事があるか?』
「先日、街中でじゃれ合う従魔を討伐してませんでしたかい?」
 腕に包帯を巻きながら考え込んでいた夜宵が、次の瞬間目と口を丸くした。
「軽トラで誘導してた人!?」
「えぇ。そちらのお嬢さんもですかね、声に覚えがありやすが」
「アリス。その節はどうも」
「私は六道夜宵。こっちは英雄の若杉英斗。あなたは?」
「御厨喜兵衛(みくりや きへえ)と申しやす。
 せっかくですしお茶でも――と言いたいとこなんですがね、ちょいと予定が詰まってまして、軽く情報共有だけさせていただけますかい?」
 快諾したアリスと夜宵に浅く一礼して、御厨はポケットから年季の入った手帳を取り出し、その場に座り込んだ。



 報告はあちらに任せればいいだろう。最後に受けた傷は、余力はあるが、まあ捨て置けばいいだろう。そんなことよりも、やらねばならぬことがあった。
 盾と一緒に獰猛な笑みをしまう。目つきは戦闘中よりも厳しいものになっていたかもしれない。拳を二度握り直し、最適解に納め、大股で進んでいく。
 ターゲットは動かない。やや俯き気味でやりにくかったので、胸倉を掴み上げ、引き寄せながら、固めた拳で白い頬を思い切り打ち抜いた。
 吹き飛んだ詩は芝の上に倒れ込み、見下ろすアイギスは鼻を鳴らして腕を組む。
「今日はこのくらいにしといてやる。良かったな、俺が乗り気にならなくて」
「えぇ……」
 詩は口から不満を零したものの、立ち上がると、相変わらず光の映らない目のまま、ぶつぶつと呟きながらその場を後にした。
 アイギスはその言葉が聞こえなくなるまで留まり、詩の背中を見送っていた。



 さて、と蒲牢は声を張る。
『事後処理はやってもらえそうだし、あたしたちは帰りましょうかぁ』
 それなりの疲労が全身に染みていた。すぐに応じてくるだろうと思い込んでいた。しかし睦は反応せず、暫く厳しい眼差しで、霞かかった空の一点を睨み続けている。
『どうかしたのぉ?』
「……いや」
 かぶりを振り、睦は帰路に就く。おそらく気のせいだろう、と無理やり自分を納得させながら。










 また駄目だった。
「……はぁ……」
 溜息をひとつ落として、大きな翼を広げ、空の彼方へ飛び去っていく。

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452

重体一覧

参加者

  • エージェント
    鯨間 睦aa0290
    人間|20才|男性|命中
  • エージェント
    蒲牢aa0290hero001
    英雄|26才|?|ジャ
  • マイペース
    廿枝 詩aa0299
    人間|14才|女性|攻撃



  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
    機械|34才|男性|命中
  • 来世でも誓う“愛”
    ユフォアリーヤaa0452hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • 紅の炎
    アリスaa1651
    人間|14才|女性|攻撃
  • 双極『黒紅』
    Aliceaa1651hero001
    英雄|14才|女性|ソフィ
  • エージェント
    東宮エリaa3982
    人間|17才|女性|防御
  • エージェント
    アイギスaa3982hero001
    英雄|24才|女性|バト
  • スク水☆JK
    六道 夜宵aa4897
    人間|17才|女性|生命
  • エージェント
    若杉 英斗aa4897hero001
    英雄|25才|男性|ブレ
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