本部

白く光る

秋雨

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/04/20 11:48

掲示板

オープニング

●光を頼りに
 とある山の麓。山の上へと続く、アスファルトで整備された車道に車が通る気配は一切ない。外灯も少ない暗がりの中を、スマートフォンによる2つの明かりがアスファルトを照らしていた。
「……ねーちゃーん」
「何よ」
 呆れたような、諦めたような声とぶっきらぼうな声が1つずつ。少年からため息が零れ落ちた。
「何も、こんな夜に来なくったっていいじゃんか。もうすぐ雨降りそうだしさぁ……やっぱり明日の朝行ったほうがいいって」
「ふん。怖いなら1人で帰れば?」
 少年の提案を一蹴し、少女の声が歩みを速めたようで、隣り合っていた二つの光は片方がやや前へと進む。その直後に慌てて遅れた光が隣へ駆け寄った。
「ま、待って! 1人で帰りたくないんだけど」
「じゃあついてくればいいじゃない」
 姉の言葉に、再び少年の溜息が落ちる。
「……っていうかさぁ、なんで今なの? なんで落とし物なんてしたの? あと落とし物なんなの?」
「1度に色々聞かない」
 辺りに響くぺし、という小さな音といてっという小さな悲鳴。頭を撫でさする少年は横暴だとか暴力的だとかいう言葉を飲み込んで、違う言葉を口にした。
「……何落としたんだよ」
「ネックレス。いつもつけてるやつよ」
 その言葉に少年は姉の方を見る。残念ながら暗がりでよく見えなかったが、そういえばいつもネックレスをつけていた気がするし、先ほど家を出る前はつけていなかったような気も、する。
「ネックレスなんて、どうやったら落とすんだ……?」
「むしろこっちが聞きたいわ。ちゃんとつけてたのに」
「単なる姉ちゃんの不注意……いって、何度もはたくなよ」
 再び頭を軽く叩かれ、少年はやれやれと言うように肩を落とした。もちろん今も先ほども言うほど痛くはない。この程度ならスキンシップの範囲内だ。
「で? なんで今なのさ。母さん達に怒られ……」
 怒られるよ、と続けようとした少年は、ふと歩みを止めた。2,3歩先で止まった姉が怪訝そうにこちらを振り返ったのがわかる。
「どうしたの?」
「……女の、子?」
 少年は彼女の問いに答えず、その視線は二人より少し離れた先に立っている白い少女へ向けられていた。
 姉は少年の声に正面を向き、ようやくその白い少女に気づいたようだ。
「え、さっきからいたっけ? しかもこんな場所に1人で」
「いなかったと思うし、俺らも人のこと言えないと思うけどね」
 2人とも立ち止まったまま白い少女の様子を見ていると、不意に姉が後ずさりを始めた。
「姉ちゃん……?」
「……逃げるわよ。あの子、おかしい」
「は?」
 少年は何がおかしいのかわからなかった。何故姉はそんなにも少女を警戒しているのだろう。何か刃物を持っているようにも見えない、1人の少女に。
 いつまでも距離をとろうとしない弟に焦れたのか、姉は少年の手を掴むと踵を返して走り始めた。その衝撃で少年の持っていたスマートフォンが地面に落ちるが、姉はそれすらも気にせず麓までの道を下り始める。
 そうして2人が背中を向けたと同時に後ろから聞こえる、獣の遠吠え。1つではない。いくつも、いくつも。
 不気味な不協和音となって耳に届くそれに揃ってビクリと肩を竦め、2人は走りながらしっかりと手を握り返した。



「……も、もういない……?」
「いたって無理……走れない……」
 ぜーはーと息を切らした2人はどうにかこうにか、麓の町まで戻ってきた。
 後ろを確認した姉がぺたんと地面に座り込む。
「……姉ちゃん、さっきの遠吠えってさぁ」
「狼なんて生きてるわけないでしょ」
 姉に睨まれ、でも、と反発の言葉が出る。
「皆言ってるじゃん。最近犬よりもっと大きい、四つ足の獣が出るって」
 被害に遭うのは近所のおばちゃんだったり、学校の友達だったり。この山の麓に住む者達だ。
 幸いすぐに他の者が助けに入れば獣は逃げるし、死んだ者もまだ出ていない。
(けれどまだ出ていないだけで……自警団のおじちゃん達だってH.O.P.E.に依頼しようって話し合ってた)
 怪我しなくてよかったなぁ──なんて考えていた少年は「あ」と思い出したように声を上げた。
「何よ。携帯は怒られるの覚悟で新しいの買ってもらうしかないからね」
 少年に溜息交じりの声がかけられる。しかし少年は首を横に振った。
「いや、まぁそれもそうなんだけど、そうじゃなくて。さっきのあの子……女の子、おかしいってどういうことさ」
「は? ……ああ、まだ気づいてなかったの? なんで明かりもないのにあの子がはっきり見えるのよ」
 姉の言葉に少年は目を瞬かせ、見るからに顔を強張らせた。
 今日は空が厚い雲に覆われ、月明かりなんて皆無だ。明かりのない範囲はほぼ真っ暗で、姉の表情だって見えづらかったほど。対してあの少女は自らが発光しているとでもいうのか、明かりを持っているわけでもなかったのにぼんやりと全身が視認できたのだ。

「………つまり……幽霊……?」


●H.O.P.Eにて
「当然ながら幽霊など存在しません。従魔が何らかの依代に宿ったものと考えられます。麓の住民に話を聞いたところ、その少女も獣も幾度か目撃されてるようです。獣の被害にあった住民はいるようですが、いずれも軽症とのことでした」
 獣は犬にしては大きく、まるで物語に出てくる狼を連想させるのだという。
 絶滅した動物の出現。実は生存していました、なんてわけはない。
 四月一日 志恵(az0102)は淡々と説明を続けていく。
「少女は何も話さずこちらを見ているため、気味が悪く住民の方が逃げてしまったそうです。どちらも山の麓より先には下ってこないようですね。夕方から夜にかけては山道に必ずいることを自警団の皆さんが確認しています。今回はその時間帯に山道で待ち伏せをするか、こちらから遭遇しに向かうか──といったところでしょうか」
 そこまで読み上げると志恵は一つ息をつき、書類から顔を上げた。
 そして。

「山菜が食べたいですね」

「「……はい……?」」
 唐突な発言に目を丸くする者、思わず聞き返す者とまちまちだが、一様に戸惑いの色を見せる。
 志恵はエージェント一同の様子に目を瞬かせた。
「……あ、すみません。つい本音が。この辺りの山菜は美味しいと聞いたことがあるもので」
 咳払いを1つ。気を取り直すように志恵はエージェント達を見渡す。
「住人からあまり森を荒らさないでほしいと要望があります。今は山菜が採り頃だそうですので」
 なるほど、それが言いたかったのか。
「住民の方へは『善処します』と回答しています。それらを気にしすぎて取り逃がしたら元も子もありませんので」
 あくまで依頼内容は従魔の討伐だ。
 よろしくお願いしますね、と志恵は締めくくった。

解説

●目標
少女型デクリオ級従魔、及び狼型ミーレス級従魔の討伐

●敵情報
・少女型デクリオ級従魔『ホワイト』
 白い肌と白く長い髪。瞳は前髪に隠れてよく見えない。白い袖なしワンピースを身にまとい、裸足である。
 回避に強い。長い髪を鋭利に硬化させ、範囲4スクエアに無差別攻撃や防御を行う。
 積極的に戦いへ参加するわけではなく、ブラックが4体以下になると逃走の動きを見せる。
 言葉は交わせない。

・狼型ミーレス級従魔『ブラック』×8
 ホワイトの指揮下にあると想定される従魔。
 一見普通の狼だが、やや通常より図体がでかく黒い毛並み。獣並みの知能を持っており、獰猛である。
 攻撃力と素早さに優れているが、防御力は比較的弱い。爪や牙、突進などの近接攻撃を行う。
 たまに麓へ降りてきて住民に危害を加えていた模様。

●状況
 時間帯は夕方から夜。
 OPから引き続き天気は思わしくなく、月の見えない曇り空。幸い、雨は降らない予報。
 片道一車線の車道。アスファルトで固められており歩道はなく、両脇は森。ひたすら上り坂。
 しばらく進むとOPで落とした、壊れたスマートフォンがある。山道入口からその地点までの間で遭遇できるだろう、と予想される。
 OPで少女が落としたネックレスはまだ見つかっていない。

リプレイ

●落とした場所
 山道に入る前。一同は直近で従魔に遭遇したという姉弟を尋ねていた。
「えーと……ここまでは行ってなかったと思うの。でもそんなに山道手前ってほどでもないし……」
 少女が指差した場所をアリス(aa4688)が地図にマークしていく。皆月 若葉(aa0778)はその地図を覗きこんだ。
「なるほど、じゃあ大体この辺りかな」
「そう。多分だけど」
 若葉が指でなぞった辺りを見て少女が自信なさげに頷く。アリス(aa1651)は小首を傾げた。
「その従魔の目撃情報っていつからあるの、ここ最近の事?」
「え、うーん……そんなに前からでもないよ?」
 ここ数日ってほど最近でもないけど、と少女は考える素振りをしながら告げる。
 そこへ口を開いたのはエージェント達が来ると聞いて来た壮年の男だ。自警団のリーダーを務めているという。
「2週間前くらいからか。ぽつぽつ目撃情報だったり被害者が出始めたんだ。遭遇したら逃げろと伝えてはいるんだが、四つ足ってのは速いもんでな」
(なら、引き上げた時の方向や布陣はわからない、か)
 アリスは小さく目を伏せてそう判断すると、男を真っ直ぐに見た。
「狼は1匹で襲い掛かってきたのだろう、か」
「聞いた話じゃそうなるな。まあ2匹なら死人が出ていただろうから助かったと言うべきか」
 とはいえ、襲われて寝込んだ者もいると男は続ける。
 ピピ・ストレッロ(aa0778hero002)は少女の元に近寄ると、不思議そうに首を傾げた。
「出歩いていたのって今よりもっと遅い時間なんだよね? なんでそんな遅くに山道を歩いていたの?」
「ん? あー……あのね、ネックレス……落とし物をしたのよ。あそこにあるかもって思ったら居ても立っても居られなくなっちゃってね」
 ピピの質問に少女は腰を落とし、ピピと目線を合わせた。アリスが小さく首を傾げ、白い三つ編みおさげの髪が揺れる。
 そう思った、ということはそこで落としたと思える根拠があるということだろうか。
「ネックレスは帰った後、家には無かったの、か? それに、森へ行った理由は何、だ?」
「無かったわ。その日の昼間、私も山菜を採りに行ってたから……その時に落としたのかなって」
「そっか、落とし物を探しに……」
 少女の言葉に、若葉は呟きと共に地図へ目を落とす。
「森に行ったときに気にかけておくよ」
「もし見つけたら、持って帰ってくるね!」
 ピピがにぱっと少女に笑いかけた。つられて少女も笑みを浮かべる。
 彼らの会話を聞きながら、麻生 遊夜(aa0452)は小さく眉目を寄せた。
「何ともやりにくい相手だな」
「……ん、山から下りない……被害は軽微、見てるだけ」
 むむ、と口元に指を当てて考え込むのはユフォアリーヤ(aa0452hero001)。
 四月一日 志恵(az0102)から聞いた話によれば、被害を出しているのは狼の方だ。少女型──ホワイトはと言えば見ているだけ。見方によっては狼が来る前に住民を逃がそうとしているようにも見える。
(見た目もそうだし、善性愚神とやらが出てきている現状……とてもやりにくい)
 けれども、引き受けた仕事である。こなさねばならない。
「夕方から夜、山道にずっといる女の子だよね……やっぱりおばけなんじゃ!?」
「……って事はないと思うけど」
 鳥肌が立ったのか、自らを抱きしめるように腕を回すピピ。その姿を見て若葉が苦笑を漏らした。
「ともあれ、被害が広がる前に対応しないとね」


●暗闇に光る
 山道は既に暗い。分厚い雲が空を覆っているからであるが、エージェント一同は多くが暗闇を見通すことのできる装備をし、それが無い者もライトアイの効果で視界は良好であった。
「狼なんて恐くないー」
「こわくないー」
 餅 望月(aa0843)と百薬(aa0843hero001)は小さく口ずさみながら進んでいた。
 敵が獰猛な性格とはいえ、相手は従魔だ。そして自分達は対抗するための力を持っている。だから恐くなんてないのだ。
「女の子を捜さないといけないよね」
「白く発光してるんだっけ。ワタシと同じ天使かもね」
 そう言って緩く背中の羽を羽ばたかせる百薬。
「羽根が生えてるとは言ってなかったけどね」
 もしも羽根が生えていたとしたら、情報として上がってくるはずだ。
「「……あ」」
 懐中電灯で夜道を照らしていたアリスとAlice(aa1651hero001)が同時に声を上げる。
 その光が照らしていたのは、長方形の機械。夜道で従魔に遭遇した姉弟が落としたというスマートフォンだろう。
「これ、つかないみたいだね」
「一応持って帰ろうか。ショップに持っていけば直るかもしれないし」
 アリスが拾い上げ、端末をしげしげと観察する。そしてAliceの言葉に頷くと幻想蝶へ仕舞った。
 ここにスマートフォンが落ちているということは、この辺りで姉弟は従魔と遭遇したということだ。けれど今のところ、白い発光は見えない。
「夜に森へ探しに入る程の、ネックレス、か」
 ふと、彼らがここへ来たのは落とし物を探す為だったなとアリスは思い出す。
「少女にとっての特別でしょうか?」
 英雄の──葵(aa4688hero001)の問いにアリスは「さあ、な」と短く返した。
 その辺りは任務が終わってから聞いてみてもいいだろう。個人的な興味だから答えられるなら、で構わないが。
「……茨稀にとってもそういう類のモノは在る、か?」
 問われた茨稀(aa4720)は瞳を伏せ、小さく頭を振る。
 無いだろうと予想していたアリスは大して驚かず、視線を茨稀から正面へ移した。
「然、し、案外敵の少女? ホワイト、か? が、着けてるやもしれん、な」
 少女の形を取っているのなら、もしかしたらアクセサリーなどに反応することもあるかもしれない。
「ホワイトの依代かもしれませんよ?」
 モスケールで敵の気配を探していた若葉がちらりとアリスを見下ろして言う。その姿は奇襲に備える為、既に共鳴姿だ。
「依代……確かにそうだ、な」
 アリスは若葉の言葉に無表情のまま1つ頷いた。
 依代とするものは無機物であっても可能だ。ネックレスが依代という可能性も十分有り得る。
 周囲へ視線を戻した若葉が真剣な顔つきに変わった。
「1時の方向に反応あります、注意してください」
 若葉の言葉に周りのエージェント達も共鳴状態へ変わっていく。
 アリスも「アオ」と小さく英雄の名を呼び、視線を送った。
「取りあえずはまあ、敵共に散って貰お、う」
「御意」
 そうして共鳴したアリスは湖水色の瞳を静かに前へ向けた。
「俺達は両脇からだな」
「そうですね。あ、ちょっと待ってください」
 早速別れようとする遊夜を呼び止め、若葉はフットガードをかける。遊夜の脚部にライヴスを纏わせ、若葉は遊夜を見下ろした。
「少しでも役に立てばいいですが、気をつけて」
「ああ、ありがとな」
 小さく手を上げ、2人は別れる。
 初めに見えたのは白い、ぼんやりとした光。ある程度まで近づけばその姿はわかるだろう。
「白い、のですね……」
「可愛いといいのにな」
 茨稀の言葉にファルク(aa4720hero001)が笑って返す。そして視線をアリスの方へ向けると目を瞬かせた。
「……って白いと言や、アリスの嬢ちゃん達も……だな」
 すでに共鳴してしまっているが、アリスも葵も色素の薄い髪色だ。
「でもきっとそれは……お2人とは違うモノ」
 同じ白でも、あの少女は従魔だ。
「捻じ曲げられた、偽りの……白」
 偽りも、捻じ曲げられたものも、いずれは正される。
 茨稀とファルクは共鳴すると、イメージプロジェクターを作動させた。
「狼少女……ってわけじゃなさそうだな」
 ベルフ(aa0919hero001)の言葉に九字原 昂(aa0919)が軽く肩を竦める。
「まぁ、あっちの方が上位個体だろうしね」
 偶々一緒にいるのか、ホワイトが統率しているのかはわからないが。
 昂は共鳴し、ホワイトへ肉薄するために接近する。
「ブラックも来るぞ!」
 ジャングルランナーで車道脇にある木の枝へ飛び移っていた遊夜が声を上げた。
 一般人の視界であれば認識することの難しい漆黒の毛並み。それは車道を一息にかけ降りてくる。
 ホワイトの脇をすり抜け、昴へ接近していくブラック。彼の持つ通信機から声が漏れた。
『ブラック対応は任せて』
 紅の少女──共鳴したアリスの放った火炎が、昂に噛みつこうとしたブラックを襲う。焦げる匂いと獣の悲鳴が上がった。
 それらにアリスとAliceの心が揺らぐことはない。この依頼のオーダーは従魔討伐。ならばそれ以上でもそれ以下でもなく、淡々とオーダーに沿って動く。
(……包囲までに、もう少し時間がかかりそうかな)
 仲間の動きを見ながら、アリスは再び極獄宝典を構える。
 ブラック達の足が止まった隙に、昂は火炎の外を回ってホワイトの元へ。火炎から逃れたブラックが肉薄してくるが、その間に小柄な影が滑り込んだ。
 聖槍でブラックの牙を受け止めた望月、そしてブラックの攻撃を受け止めようと足を止めた昂の視線が交錯する。それは本当に一瞬のことで、昂はホワイトへ向かうために再び駆けだした。
 望月は槍でブラックの体を押し返し、武器を敵へと構える。その隣へアリスが立った。
 ライヴスの風を纏ったアリスは、炎から逃れていたブラックを見て回避しようとし──あることを思いつく。
 極獄宝典で呼び出したのは慣れしたいんだ地獄の業火、ではなくいくつもの岩。それを向かってくるブラックに向かって落とす。
 ブラックは走っていた勢いを殺すことができず、岩の落ちる場所へ突っ込んでいった。

 木の上、ホワイトの側面から狙いを定めていた遊夜は少女型従魔の足元へ向かって銃弾を放つ。
 その弾が跳弾するとは思っていなかったのか。白い脹脛に弾が当たり、ホワイトは膝をついた。
「逃がすことはできない……だから、大人しくしててくれないか?」
 遊夜の言葉にホワイトは答えない。髪での攻撃がその答えだった、というべきか。
『……むぅ』
 ジャングルランナーで別の木に移り、回避した遊夜はユフォアリーヤの反応に苦笑いを返す。
 もしかしたら善性かもしれない。そう考えていた遊夜はホワイトを取り押さえ、善性愚神に引き取りに来てもらう事も考えていた。けれど、向こうはそう簡単に取り押さえられる気はないらしい。
(この感情も、善性愚神の狙いだったりするんだろうか)
 人の身である故、どんな考えなのかは及びもしない。
 だからこそ、想いに従って動くのだ。
「敵は怪談や都市伝説を題材にしたタイプか。幼稚なのもいいところだがな」
 黛 香月(aa0790)はアウグストゥス(aa0790hero001)と共鳴し、アンチマテリアルライフルを構えていた。
 トップギアで威力を上げた狙撃がホワイトへ放たれる。硬化した髪によって阻まれるが、そこへ畳みかけるように攻撃をしかけたのは昂だ。
 タイミングをずらして振り下ろされた大太刀。それをひらりと躱したホワイトだったが、彼女を突然背部からの衝撃が襲った。
 横へ跳んだホワイトの影から現れたのは茨稀だ。イメージプロジェクターで姿をくらませ、敵に気づかれることなく背後へ立った茨稀は退路を断つだけでなく初撃の不意打ちを成功させたのだ。
 ホワイトが何かを口にする。正確には、言葉を紡ぐように口を動かした。
 同時に昂達の背後で動きが変わる。
 アリスや望月達を相手取ろうとしていたブラックの何体かが、尚もホワイトを狙っていた香月へ襲い掛かる。
 軽く舌打ちした香月は武器を持ち替え、ブラックの攻撃を受けながらも反撃へ転じた。
「駄犬共が……目障りだ。リンカーを前にすれば貴様らもただの獲物だ、消えろ!」
 パチパチと雷を纏う大剣がブラック達を薙ぎ払っていく。群がるブラックを引き離した香月にかかるのは望月のケアレイだ。
『愛と癒しの専門家、参上だよ』
 天使のような風体の望月は香月の回復を終えると、再びブラックへ向かっていく。
 アリスは数匹のブラックを引き付けると、腰の刀に手をかけた。
 加速した抜刀の勢いを殺さず、次々とブラックの足を狙って攻撃を仕掛ける。
 足を負傷したブラックは森に隠れようとするが──。
「おっと、こっちには立ち入り禁止だ」
 遊夜の放った牽制の射撃にそれは叶わない。そこへ飛来したのは白の光。鳥のように飛んできたそれはブラックの命を屠った。
「白鷲!」
 武器の名を呼び、返ってきた白鷲をキャッチした若葉は別方向から向かってきたブラックを籠手から発生した魔法壁で防ぐ。
 若葉に襲い掛かったブラックは紅の炎に包まれた。
 一方、ホワイトの傍には2体のブラックが飛び込んできた。少女型従魔を守るようにそれぞれ昴と茨稀に向かい合い、グルルと唸り声を上げる。
 ホワイトがブラックの背を撫でる様を見て、木の上から観察していた遊夜はホワイトがブラックを指揮していることを確信する。
 そして。
『指揮してる……なら、善性……じゃない』
「そうだな」
 ユフォアリーヤの言葉に遊夜は同意した。
 麓で被害を出していたのはブラックだ。それを指揮しているホワイトもまた、麓に被害を出していたと言っていいだろう。
 倒すしかないか、と遊夜は車道と森の境目に香水をぶちまけ、ホワイトへ標準を合わせた。
 茨稀は遊夜のそれを見て、ブラックが近寄りにくくなったことに気づく。
 どうやらブラックは狼としての習性もいくらか残っているらしい。茨稀はブラックの爪を腕に掠らせながら、反対の手で密造酒を開けた。
 ホワイトがボスならば先に倒したい所だが、ブラックがそれを邪魔するのだ。
 その鼻先にぶちまけるとブラックがi一瞬ひるむ。次いで足へ向けて発砲すると、それを防ぐ白い盾が現れた。
 否、髪だ。
 ブラックへの攻撃を防いだホワイトが髪を揺らめかせ、茨稀へ向かって伸ばす。
 それを躱した茨稀は再びブラックへ向けて撃った。もう1体のブラックを、だ。
 これが1人であればホワイトを狙ったかもしれないが、今は挟撃できる仲間がいる。
 ホワイトの背後を取っていた昂が女郎蜘蛛で縛りつけた。ぐ、と抵抗する素振りを見せるが、ライヴスの糸で編まれたそれは中々切ることは難しい。
 拘束をそのままに、ゆら、と髪が揺らめく。
(……くる)
 昂はそう直感した。けれど敢えて距離を取る事はしない。
 試してみたいことがあったからだ。
『さて、ここで俺達を攻撃する場合、奴自身の守りはどうなるんだろうな』
「攻防兼ねる得物の難点だね」
 上から硬化した髪の槍が降り注ぐ。それをいくらか受けながら、昂は手首をホワイトの方へ突き出した。
 ライヴスにより射出された隠しナイフが、髪の隙間を塗って少女へ向かっていく。しかしそれがホワイトまで到達する直前、黒いものが遮った。
「あれは……」
 しゅる、と髪が引いていく。ホワイトの足元に現れたのは倒れ伏したブラックだ。
 さながら主人を守る忠犬、とでも言うべきか。
 ホワイトが徐に踵を返した。いち早く気配に気づいたアリスが放ったゴーストウィンドは、残っていたブラックごとホワイトを取り巻く。
 けれども、逃走の足は止まらない。逃走の手助けをしようとしたが、そこに立ちはだかったのはアリスだ。
 その月光のような刀で、重みのある攻撃をブラックへ仕掛ける。そこへ追撃するのは若葉の烏羽だ。
「邪魔はさせませんよ」
 若葉は黒と白の双槍を構え、望月やアリス達と共に頭数の減ったブラックを相手取る。
 その間に茨稀の放ったライヴスの針がホワイトをその場に縫い止めようとするが、躱される。しかしそこへ昂が特殊なライヴスを放ち、ホワイトへ印をつけた。
「部下を失って怖気づいたか、情けない奴だ。だが生きたまま返すわけにはいかん。ここで果てろ……!」
 香月の放った衝撃波がホワイトを襲う。
 ホワイトは唇を噛む様な動作をすると、髪をゆらりと揺らめかせた。
 上から放たれた無差別攻撃に茨稀や昂、そして更なる攻撃を加えようとしていた香月が巻き込まれる。
 その攻撃をやり過ごし、退路にいた茨稀はホワイトに銃を向けた。回避が難しいほどの至近距離。
 たった1発。されど1発。
 茨稀に頭部を撃ち抜かれたホワイトは地面に倒れ、動かなくなった。
「……これで終わりだね」
 アリスが紅の瞳を周囲へ向ける。ブラックも倒し、辺りは静寂に包まれていた。
 枝の上から降りてきた遊夜が、視線を動かなくなったホワイトへ向ける。遊夜は目を伏せ、黙祷した。
「『おやすみなさい、良い旅を……』」
 ユフォアリーヤと重なった呟きが漏れる。
 これは任務だ。敵で、降参の意思が見られなければ倒すしかない。
 だから、未来を願う。
(次は……敵対しない間柄だといいな)
 ホワイトはやがて、消滅した。
 アリスは増援が来ないかと周囲をしばらく警戒していたが、暗視鏡を通して見る視界にそれらしき影はもうないようだ。アリスは警戒を解き、葵との共鳴も解く。
「まだネックレスが見つかってないね」
「見つけないとね」
 望月と百薬の言葉に、アリスが頷く。
「ネックレスの特徴と、辿った道は聞いておい、た」
 アリスの広げた地図を皆が覗きこむと、そこには赤いペンで印がつけられている。
 それを一瞥した遊夜は「ふむ」と頤に手を当てた。
「こればっかりは人海戦術でどうにかするしかないな……ん?」
 遊夜の声に、皆が彼を注視する。彼の視線は足元に向けられたままだ。
 共鳴を解いたピピが視線の先を見て、あっと声を上げた。


●麓の光
 山の麓、公民館の前。いくつかの街灯がついているだけで安心感が異なるのは、決して気のせいではない。
 エージェント達を迎えたのは自警団の男達と落とし物をしたと言っていた少女であった。
「あー! それ!!」
 少女が目を丸くしてピピを──ピピの掌にのせられた物を指差す。
「見つけたから持って帰ってきたよ!」
「あと、これも」
 アリスが差し出したのはスマートフォン。落とした時の衝撃か画面は割れ、電源がつかなくなってしまっていた。
 それでも、ありがとう、と少女は礼を言ってスマートフォンを受け取る。
「今度は無くさないように気を付けてね」
「うん! しっかりしたチェーンに付け替えるわ」
 若葉の言葉に頷く少女。
 一同の見つけたネックレスはチェーンが切れてしまっていた。山菜を採りに行った行きか帰りか、あの周辺で落としたものに従魔が憑いたのだろう。
「奴らは倒せたのか?」
「ああ、全部討伐した。他に潜んでいたとかでないなら、一先ず被害はなくなるだろう」
「ん……山菜も、無事」
 遊夜とユフォアリーヤの言葉に、問うた自警団の男達が表情を和らげた。
「そうか……良かった。俺達じゃ倒せないし、家族が襲われた奴もいたんだ。礼を言う。ありがとう」
 リーダーと思しき男が前に出て、昴やベルフ、双子のようなアリスとAlice……順繰りにエージェント達の顔を見回し、深く頭を下げた。
「顔を上げてく、れ。私達は、任務を果たしただけ、だ。……それと、許可を得たいのだ、が」
「許可?」
 顔を小さく上げた男がまじまじと目の前に立つ白い少女を見遣る。その視線に動じることなく、アリスは淡々と口を開いた。
「山菜を採って帰ってもいいだろう、か」
「ああ、多分大丈夫だと思うけど……中に電話があったと思うから、聞いてみる。ちょっと待ってね」
 目を瞬かせる男の代わりに答えたのはネックレスをつけ終えた少女だ。
 一旦建物の中に引っ込み、暫しして少女が戻ってくる。
「ばーちゃんに聞いてみたんだけど、誰かこの辺の人連れていけばいいって。ネックレス拾ってもらったし、私で良かったら一緒に行くよ!」
 名乗り出た少女にアリスは1つ頷く。
 その背後でいそいそとサバイバルスプーンを持ち出したのは望月だ。その隣では気合の入った百薬の姿。
「春の山菜こそ我が人生だよ」
「そこまで大仰なものじゃないけどね。志恵ちゃんにお土産確保しないと」
 彼女らは任務の話をしていた際の志恵が漏らした呟きを忘れていなかったらしい。
「採りすぎちゃダメだからね」
「もちろんだよ。必要な分だけだよね」
 そんな2人のやり取りは微笑ましい。そこへぴょこん、と手を上げる1つの影。
「ボクもサンサイ食べてみたい!」
「まだそんなに遅い時間じゃないし……折角だから何か食べていこうか」
 ピピの言葉に若葉が微笑む。
 この時間帯ならどこか店も開いているだろう。地元ならではの美味しい山菜料理が食べられるかもしれない。
 そんな彼らから少し離れて。
「……毎日付けてるモノ……か」
 茨稀は小さく呟き、少女を見つめた。隣にいたファルクがその視線を追いかけ、ああと納得の表情を見せる。
「ま、大事なんだろーけどな」
 誰から貰ったのか。なぜそこまで大事にするのか。そんな詮索をする気は更々ないが、大事なモノならもっと気をつけてほしいものだ。
 茨稀が視線を落としたのを見て、ファルクも静かに茨稀を見下ろす。
 毎日付けている、大切で大事なネックレス。
(……でも)
「でも」
 心の呟きが口から零れ落ちてゆく。
「それはいずれ失くなるモノ」
 ずっとあるものなんてない。そんなの、有り得ない。
「それは『大事なモノ』となり得るのでしょうか……」
 茨稀が見下ろすのは自らの左手。失い、今は機械化した手だ。
「……茨稀。何れ失くなる……だからこそ、大事だと思わないか?」
 ゆるゆると茨稀の瞳がファルクへ向く。けれどファルクは少女の方を──少女の付けたネックレスの方を見たままだ。
 ファルクにはそう思わせるような出来事があったのだろうか。
 失う事を恐れる茨稀にとって、失うからこそ大事であるという考え方はまだ実感を伴わない。
 けれど、いつか──きっと。

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
    機械|34才|男性|命中
  • 来世でも誓う“愛”
    ユフォアリーヤaa0452hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • 共に歩みだす
    皆月 若葉aa0778
    人間|20才|男性|命中
  • 大切がいっぱい
    ピピ・ストレッロaa0778hero002
    英雄|10才|?|バト
  • 絶望へ運ぶ一撃
    黛 香月aa0790
    機械|25才|女性|攻撃
  • 偽りの救済を阻む者
    アウグストゥスaa0790hero001
    英雄|25才|女性|ドレ
  • まだまだ踊りは終わらない
    餅 望月aa0843
    人間|19才|女性|生命
  • さすらいのグルメ旅行者
    百薬aa0843hero001
    英雄|18才|女性|バト

  • 九字原 昂aa0919
    人間|20才|男性|回避

  • ベルフaa0919hero001
    英雄|25才|男性|シャド
  • 紅の炎
    アリスaa1651
    人間|14才|女性|攻撃
  • 双極『黒紅』
    Aliceaa1651hero001
    英雄|14才|女性|ソフィ
  • クールビューティ
    アリスaa4688
    人間|18才|女性|攻撃
  • 運命の輪が重なって
    aa4688hero001
    英雄|19才|男性|ドレ
  • ひとひらの想い
    茨稀aa4720
    機械|17才|男性|回避
  • 一つの漂着点を見た者
    ファルクaa4720hero001
    英雄|27才|男性|シャド
前に戻る
ページトップへ戻る