本部

【悪人】悪辣の残痕

形態
シリーズ(新規)
難易度
普通
オプション
参加費
1,300
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/04/08 19:45

掲示板

オープニング

●告解と『悪人』退治
 ──あふれる赤、まじる、あたしだけのものではないたくさんの血。
 死にたくないと呟いたあたしの声に応えてくれた英雄の声。
「あたしは、忘れることはできない。
 快楽の為に人をいたぶり楽しむ悪辣なヴィランに家族とあたしを殺されたあの日のことを。
 力を得たとは言え、人間で在りながら圧倒的な力で同じ人間を踏みにじるヴィランなんていうゴミクズ共を、あたしは全て潰してやる……」
 昏い瞳で過去を告白した少女、ミュシャ・ラインハルトを彼は信じた。
 レイモンド・ガブリエルはイギリスの元政治家である。かつては地方議員として活動していたが、今は稼業の傍らヴィランに対する刑罰強化の運動と……密かに彼は彼が組織した『アストレア』を通じて、ヴィランを捕縛する活動を行っていた。
 ミュシャはレイモンドの活動の理解者の一人かつ、彼らが『猟犬』と呼ぶ支援者だった。
 勿論、アストレアは合法的に活動することを心掛け、仕事もH.O.P.E.経由での依頼という形を取って活動している。捕縛されたヴィランも無暗に殺傷せず、きちんと行政に引き渡してた。
 ただ……その捕縛を主に担当するのがミュシャのような経歴を持った人間で、その活動をアストレアのメンバーへ事細かく報告する義務があった、という部分は通常の依頼との少々異なってはいた。


 窓辺で膝を抱えてぼんやりとするミュシャのスマートフォンが鳴った。
 擦り切れたリボンの付いたそれを掴んだ彼女は表示された名前に動きを止めた。
 ──レイモンド・ガブリエル。
 ならば、内容はヴィランの追跡と捕縛。
 数秒の沈黙。それから、彼女は通話ボタンを押した。
「……ええ、いつもどおりに。ただ、今回はあたし独りではなく──いいえ、H.O.P.E.を通して集めたエージェントです」
 数日後の夕方近く。
 この奇妙な依頼を受けたエージェントたちはミュシャに案内されて、館へと案内された。
「君たちがH.O.P.E.のエージェントか」
 前衛的な家具が揃った室内。レイモンドはイギリス式のスーツを着こなした銀髪の紳士で、その手は黒々とした鋼のようであった。
「ようこそ、我らの活動を支援してくれるなら君たちを歓迎する」
 言葉とは裏腹に、彼の顔にはどこか警戒心が感じられた。
「これから数時間、館を自由に歩くこと、そして、現在館に滞在している情報提供者たちと接触することを許そう」
 ただし、誰がどのヴィランの情報を持っているかは教えられない、と彼は言う。
「これが個人的にヴィランを追う市民の集い、我ら『アストレア』のやり方だ。
 我らの資源は有限で憎むべきヴィランを数限りなく。
 しかし、悪人は悪人だ。誰を先に退治するか、それを選ぶことは我らはしない。
 いつものように今回も、ここに集められた情報提供者からより多くの情報が集まったヴィランの追跡と引続きの情報提供を行うつもりだ」
 ある程度資金と情報が集まるとヴィランの情報を持った情報提供者を集め、呼び出された『猟犬』は彼らからヴィランの情報を引き出す。その中でより多くの情報を得ることができたヴィランを次のターゲットとして、彼らはその時のリソースを使って追う。
 それが、レイモンドたちアストレアのやり方だった。
「今回のターゲットは──ミュシャ、君も良く知るヴィランズ『アスカラポス』のメンバーたちだ」
 ミュシャは無言で頷いた。



●情報提供者
A:レイモンド・ガブリエル
四十代男性、アイアンパンク(義手)
ヴィランズの被害者支援を行う元政治家
ミュシャに個人的にヴィランの追跡を頼んでいた
屋敷の主

B:ローズ・ジョーン
娘を亡くした三十代母親
心を患い問いかけによっては取り乱す
ずっとくたびれたタオルハンカチを握っている

C:ジョニー・グラント
中年の元エージェント(能力者)右手が無い
バトルメディックだったが英雄が心を病んでエージェントを引退した

D:デヴィット・バーニエ
心を閉ざしている十歳の少年
笑うことなく、ただ、ずっとアーミーナイフを弄っている



●ターゲット
アスカラポス:『趣味の快楽殺人犯』が活動の為に協力し合う特殊犯罪組織
合理的かつ雑多な集まりの為、ボス格を叩いても一網打尽は難しい

Z:キファ(ドレッドノート)
持ち主の手首ごと気に入った武器を蒐集するのが趣味のヴィラン
英雄はラリス
登場:悪人どものグーグス・ダーダ/ヴィランの誘掖、キファの悪戯/ミュシャからの依頼

X:サルガス(バトルメディック)
女子供を殺すのが趣味のヴィラン
登場:悪人どものグーグス・ダーダ

Y:リリス(シャドウルーカー)
15、6歳の女性の姿をしており、うっかり招き入れた一家を惨殺する
ミュシャの家族の仇だが、ミュシャ自身の手で仇を討つことに今は執心していない





●補足 ゼルマ・ニル
 ──数ヵ月前、【爻】事件後。

 その部屋の唯一の灯りである中央の背の高いフロアランプに部屋の様子が浮かび上がる。
 土壁と冷たいタイルに敷かれた古いが品の良いラグ。ゆったりとした白いソファーとテーブル、本棚、寝台。
 しかし、それら全てに怪しげな紋様が描かれていて、異様な雰囲気を漂わせていた。
「H.O.P.E.? へええ、私にH.O.P.E.のエージェントを紹介してくださるの」
 灰墨信義の話を聞いて、ソファー腰掛けていた女性はおっとりとした微笑みを浮かべた。
 白い肌、血のような赤く濃い瞳、チョハに似た白い服を纏った気品のある女性だ。
「いつまでもここでタダ飯喰らいというのも心苦しいと思ってね」
 信義の言葉に彼女は笑顔のまま、首を傾げた。
「あら、食べ物なんて一切頂いたことはありませんけど──それより、H.O.P.E.だなんて聞いて無かったわ」
「リンカーなんて殆どがH.O.P.E.に登録しているよ。君らセラエノのようなヴィラン以外はね」
 ヴィランの単語に、反射的にミュシャが瞼を閉じ奥歯を噛みしめた。
「ウレタンなんて担いで戦うような方たちとうまくやっていけるか」
「それくらい逞しい方が君にはぴったりだと思うがね」
 ふうん?
 彼女は信義の後ろに立つミュシャ・ラインハルトへ歩み寄った。
「事情は聞いているわ。貴女、とても好みだからきっとうまくやっていけると思うの」
 彼女はミュシャへ手を伸ばした。
「そうね、自己紹介を兼ねて貴女に魔法をかけてあげる──私はゼルマ・ニル。ニルは無、null(ヌル)って意味ですよ」
 ミュシャの目が開かれ、顔が強張った。
 それを見てゼルマは満足げに微笑む。
「魔法はかかったみたい。素敵でしょう? これで貴女は戦う度に私と共鳴する度にずっと過ち(ヌル)を忘れない。忘れることはできない」
 ミュシャの手を取って彼女は微笑んだ。
「よろしくね、ミュシャ」
 しっかりと握られたそれは、もう振りほどくことはできない。
 ミュシャが新たに縁を結んだのはヴィランの元リライヴァーだった。

解説

●目的:ヴィランズ「アスカラポス」メンバーの情報を集める為に集められた人々に話しかけて情報を引き出す
意図したかしないかに限らず一番多く情報が集まったヴィランズが次のシナリオになります
情報を得る相手はOP内・解説『情報提供者』項、
情報を得られるヴィランはOP内『ターゲット』項目参照
情報提供者はそれぞれ心に傷を負っている

●ステージ:レイモンドの館の一つ
近代的な屋敷、使用できるのは四つの個室とエージェントが控える広間
個々に聞きに行くのも広間に一人一人呼び出すのも自由
ただし、質問の仕方により相手が不快になり情報が得られない場合等もある
広間ではお茶や軽食を提供


●追加:情報提供者(及び登場NPC)
E:ミュシャ・ラインハルト ※以前より性格設定変更有
【爻】事件で英雄エルナーが暴走したのは自身の過剰な復讐心のせいだと思っている
ヴィランは憎いが憎しみに囚われないよう戒めエルナーが復帰した時に胸を張って彼に会えるよう努力中
悪癖である独断専行は改めようとしており積極的に情報提供を行う
持っている情報はキファとリリス

F:ゼルマ・ニル ブレイブナイト
ミュシャと契約した第二英雄(OP内『ゼルマ・ニル』項参照)
元はヴィランズ『セラエノ』構成員の英雄だったがパラダイム・クロウ社に囚われた能力者が自害した為、同社に保護を求める
暫定的に社員と誓約を交わし、セラエノの情報をパラダイム・クロウ社に提供
交流はOKだが、彼女自身はアスカラポス関連の情報はなし


備考
【爻】事件
人心を操る愚神が能力者と英雄の不和を試み、また邪英化(偽)を試みた事件
操られたエージェントは復帰し愚神を倒すのに注力したが、エルナーは理性を保ちつつも最後まで愚神側で戦い、その後、ミュシャとの誓約は保ったまま幻想蝶の中で謹慎

灰墨 信義(az0055)はOPのみでリプレイには基本登場しません
エルナーと連絡を取ることはできません

リプレイ

●アストレア
 リンカーたちを乗せたミニバンは郊外へ向かっていた。
 火蛾魅 塵(aa5095)はさっきから自分へと煩わしい視線を向ける女に向き直る。
「……よぉ嬢ちゃん、な~んか用かよ?」
「……お前、は」
 ミュシャは奥歯をギリと噛みしめながら塵を睨んだ。
「お前は、なぜ、ここにいる?」
 塵はエージェントであると同時にほぼヴィランであり、それを隠すつもりも無い。ヴィランを人一倍憎むミュシャがその気配に気付かないはずがなかった。
「『お前ら』は──」
「……クク……悪党に何か大事なモンでも取られたかい?」
 反射的にデーメーテールの剣を抜き放とうとしたミュシャだったが、その剣の重さに気付いてすぐに顔を歪めて思い留まる。
「……忘れてください」
「共鳴したかったら私を呼びつけてもいいのに」
 席に座ったゼルマが笑う。
 塵はそんな彼女らの様子に怪訝な顔をしたが、すぐに興味を失ったかのように振る舞った。
 喪服を着た榊原・沙耶(aa1188)はこの日までにスクラップしたヴィランズ関連の事件記事に目を通していた。
 沙耶の提案でエージェントたちは当初提案された時間より少し早めの時間にレイモンドと約束を取り付けた。
「提案をのんで頂き感謝します。手が要るようでしたらお申し付けくださいね」
 館に着いてそう述べた沙耶へ、レイモンドは頭を振った。
「いや、他の皆もすでに待っているよ」
 驚くエージェントたちにレイモンドは笑った。
「君たちが早く来るのなら、彼らも一刻も早く話したいのだそうだ」
 ──あら、どうやら信用されてないみたいねぇ。
「この度の機会を設けてくれた事に感謝を」
 改めて沙耶が礼を述べるとレイモンドは頷いた。
「厚意を無下にしたのならすまない」
 それから、彼らはアストレアの『ルール』を聞く。



●広間
 レイモンドが出ていった後、エージェントたちは分担して情報提供者の下へ出向き、広間には三組のリンカーが残った。
「そりゃ、こういう組織ができるのは自然の流れだろうさ」
 窓の外の景色を見ながらベルフ(aa0919hero001)が呟く。
「H.O.P.E.の動きだけじゃ、間に合わない時も満足しない時もあるだろうしね」
「ただ、それにしちゃわざわざ手間を増やしている気はするな」
 九字原 昂(aa0919)はベルフの更なる疑念に頷くと「行ってくるね」と彼を残して部屋を出た。
「効率が良いような悪いような、何とも言えないシステムだな」
「間を開けずに全員を捕縛したいロクデナシばかりですね」
 御神 恭也(aa0127)に頷きながら不破 雫(aa0127hero002)も嫌悪感を滲ませる。
 彼らの会話が聞こえていたであろうゼルマは椅子に座ったまま微笑む。
 そして、恭也は視線をずらしたミュシャを見た。
「さて、互いに自己紹介はいらんと思うが……」
「キョウとミュシャさんは顔なじみなのかも知れませんが、私はそうでないので紹介をお願いしたいのですが?」
「……だそうだ」
 雫に出端を折られ、いつもと違うペースの彼に少しだけミュシャが笑った。
 恭也は【爻】の事件でミュシャと同じように能力者を想った英雄が暴走していた。だが、今、そのことを敢えて話すつもりはなく、また雫も事件の概要を軽く聞いただけのようだった。
「……今回のターゲットについての情報を教えて貰おう」
 故意なのか、ミュシャもまたアスカラポスの情報提供者の一人である。
「あたしはキファとリリスについて答えることができます」
「主な活動地域や被害者の特徴、選ばれる基準が解れば……特に何処で被害者に目星を点けたか分からないか? リリスの場合だと、行き当たりばったりで家を選んでる訳では無いと思う。単なる快楽殺人者ならキファの様に無差別に殺し、被害者の持ち物や一部をトロフィーとして持ち去ったりする」
 恭也は続けた。
「襲う相手が特定されてるなら、何か意味がある筈だ」
 ミュシャは答えた。
「キファは活動地域は特になく、今まではエージェントに紛れていました。獲物もそこで探していたようです。選ばれる基準はキファ好みの武器を持っていること、ただそれだけ。見た目が美しい珍しい武器を好みます。
 あたしのデーメーテールの剣を特に気に入っていて、あたしが以前あいつの手首を斬り落としたのが気にくわないようです。手首と言ってもあいつの手首もアイアンパンクのそれです。
 リリスは、あたしの家族を殺して、あたしを半殺しにしました。
 姿は少女で活動地域も特になく、被害者は十代半ばの子供を持つ家族です。学校などの帰宅時間を狙い、子供が家に帰る前に家を訪れて言葉巧みに扉を開けさせ……家族を殺傷します。子供が帰って来た後、子供を傷つけて動けなく……目の前で家族を殺します。稀に子供が一命を取り留めることがあります」
 予想外の答えだったが、すぐに意識を切り替えて恭也は質問を続ける。
「……今から聞く事で気を悪くしたらすまない。話したく無いならそれでも構わない。
 リリスに襲われた際に奴は何か言ったりはしていなかったか?」
 ──逡巡。
「『おかえりなさい』とか……『よく見ていてね』とか」
 握りしめた拳に力が篭ってみるみる赤くなりぶるぶると震えた。
「ヒトだってすぐに死んじゃうねって」
 恭也達のただならぬ雰囲気に圧されて、会話への参加を諦めた雫がゼルマに向き直った。
「キョウがミュシャさんと顔を合わせた話を聞いた事がありますが、ゼルマさんに付いては聞いた事が無いんですが、もしかして初顔合わせでしたか?」
「ん──暇だものねえ。いいわ。そうよ。エクストラステージへようこそ。私、元セラエノのヴィランだったの」
 そうして、契約の経緯を軽く話す。
「……なるほど……しかし、元敵対者であったなら他の人からの風当たりは強くないんですか? ミュシャさんとの関係は悪くない様に見えたので、日々が辛いって事は無いと思いますけど」
 想像していなかった展開に冷静を装いながら尋ねる雫。
「まあまあ楽しいわ。でも」
 じっと黙って窓際の壁にもたれていたベルフがさらりと口を開いた。
「随分と、気軽に立ち位置を変えてるな」
 にっと笑うゼルマ。
「風当たりは強いのかもしれないわ?」
 ゼルマの揶揄うような態度を軽く流して飄々と彼は問う。
「そういう事もあり得ないわけじゃないだろうが……保護を求める事と契約することはまた別だ。
 態々契約までしたんだ、何か生存以外に何か求めての事だろう」
「──ぷっ。ふふ、雫ちゃんにベルフちゃん、面白い子たち」
 ベルフを、そしてゼルマを見る雫。ベルフは軽く笑って回答を促した。
「おまえは何を求めてるんだ?」
 ふたりの視線を受けて元ヴィランの英雄は一瞬、真面目な顔を作って答える。
「普通の事よ、『人生の充実』。……くっ、ふふふ」

 ゼルマが二人と話し込んでいるのに気付いたミュシャは恭也へ小さく手を伸ばした。
 反射的に身を引く恭也に向かってミュシャは小声で告げる。
「頼みがある……このままだとあたしは……ヴィランを殺すだろう。
 恐らく『アストレアもそれを望んでいる気がする』。
 あたしはもう一度、胸を張ってエルナーに会いたい。恭也さん、どうかあたしを止めて欲しい……頼む」
 それは今まで彼女が偽って来たぶっきらぼうで粗野な話し方だったが、しかし、そこに本心があることが伺えた。
 だからこそ、恭也はミュシャの態度に疑問を抱いた。
「……ゼルマは敵なのか?」
「違う……と思う。だが、ゼルマは知れば『面白がる』。だから、彼女にはできるだけ知られたくない」



●ジョニー・グラント
 ベルフと別れた昂は一人、情報提供者の部屋を目指していた。
 ──僕はジョニーさんへの聴取ですね。同じことを何度も聞くのは酷だ。火蛾魅さんのやりたいことは彼を尊重して僕は僕なりに尋ねよう。
 ジョニーは元エージェントだけあって好意的だった。
「色々聞くことになると思いますが、ジョニーさんのプライバシーを尊重します」
 丁寧に説明する昂へ彼は朗らかに笑った。
「真面目だなあ。褒めてるんだよ。力持ったリンカーってのは結構──個性的な振る舞いになりやすいからな。それに、あんたみたいなのが実戦では意外と強くて頼りになるって知ってるしな」
 困惑する昂の背中を彼はポンポンと叩いた。
「それにしても、英雄すら連れてこないのは俺に気を遣った結果か? 気にしなくていいのに……」
 事実、その通りだった。昂は二対一で圧迫感を与えたくないと気を遣ったのだ。
「英雄と能力者はふたりで一人だ。まあ、二人だからいきがることもあるけどさな。で、ヴィランの話だよな」
 昂は居住まいを正した。
「これからお聞きすることは、きっとお話しにくい事だと思います。ですが、どうか僕らにお力を貸していただけませんか?」
 ジョニーさんの意思と選択を尊重します、と深々と頭を下げる昂。
 真摯な青年の様子に、ジョニーは我が子を見るような優しい笑顔で彼を見た。
「あんた、本当にいい子だなあ」
 それがどこか泣きそうに見えたのは、昂の気のせいだろうか?
「ここに居る奴らは、皆、すでに誰が自分の仇かその名を知っている。ただ、あんたたちがどう聞き出すかそれに賭けているんだよ──流石にアストレア全員がそれぞれの仇を一度に討つわけにはいかねえからな……」
 ジョニーの仇の名はおおよその予想通り、キファ。
 彼に襲われ、手首を斬り落とされた相棒を見てジョニーの英雄は正気を失った。



●レイモンド
 鬼灯 佐千子(aa2526)は英雄のリタ(aa2526hero001)と共にレイモンドの自室を訪れた。
「お目にかかることができ光栄です、ガブリエル代表。お噂はかねがね聞き及んでいます」
 ティーカップを机に置くと彼は佐千子へと向き直った。
「ほう、どんな噂かな?」
「何でも『野犬』をけしかけ、ヴィランを退治なさっているのだとか」
 彼女は問う。
 アストレアの猟犬は、その実、法を守らず復讐のために力を振るう無法者の野犬ではないのかと。
 そして、それを放った狩人は御する意思があるのか、むしろ野犬であるように御しているのではないか、と。
 ──さあ、答えなさい、ヴィジランテ。
 佐千子の目が鋭く光る。
「……H.O.P.E.の鯱(WhaleEater)か」
 レイモンドが薄く笑った。
 佐千子はその過去からヴィランの犯罪に強い敵意を持って戦って来た。その執念深さと徹底的な言動から、一部のヴィランから鯱に喩えられ恐れられているのをレイモンドは知っていたらしかった。
「何分、無作法なものですから紳士的な物言いというものができません。……率直に申し上げます。
 あなたがたが私と同じ方向を目指して歩む限り、私は一エージェントとしてあなたがたへの協力を惜しみません」
 それは言外に──もしも、アストレアと猟犬が自身の違法行為を良しとするならば、そちらもヴィランズと見なし、Whale Eaterならぬ Villain Eaterとして狩るぞ、と語っていた。
「現行犯でなければ関知しないわ。今後、暴走し始めた場合はその限りではないけど」
 最後に佐千子がそう付け加えるとレイモンドはゆっくりと口を開いた。
「我々はあくまでも力無く祈るだけの『被害者』だよ」
「──わかりました」
 ふうっと息を吐き一旦下がろうとして、彼女のストッパーを自称するリタが思ったより近くに移動していたことに気付く。少し熱が入っていたのだろう。
「仕事に入ります。不躾ながらお伺いしたいのですが……、あなたのその腕は? キファに奪われたものでは」
「……流石、H.O.P.E.の鯱」
 レイモンドの義手は高価でメンテナンスも行き届いていたが、彼はよく使いこなしていた。
 ならば、彼がその手を失ったのはだいぶ昔であると思ったのだ。
「私の家は昔、武器を少し扱っていてね。その時にキファに襲われた。『リンカーでもないのに』私は手首を奪われた」
 椅子から立ち上がった彼は佐千子に背を向けた。
「武器を扱っていたからって悪人だという訳ではない。人だって殺したことは無い。──それでも、私は全力で抵抗し、キファの手首を落とした」
 AGWのごく一部は非リンカーでも扱えるものもあるからね、と彼は付け加えた。
「あの時、私は絶対的な力の差を感じたが、同時に知ったんだ。力の差があれど相手(リンカー)は傷つくのだと」
「……私は」
 佐千子はそっと機械化した己の身体に触れた。
 そして、己の過去を語った。
「……君の過去の苦しみと我々の苦しみは同じものだろう」
 レイモンドとの会話は彼のその感想で締めくくられ──。
「高潔なる Villain Eater。貴女の信念が我々を救えるのなら、どうぞお気のすむように」
 ドアの閉まる直前、義手の男はそう言った。

 部屋を出ると無言を貫いていたリタが口を開いた。
「あの男……、サチコを眩しそうに見ていた」
「え……?」
 リタの方を振り返った佐千子の瞳に、レイモンドの部屋に入る塵の姿が映った。
「戻るか」
「いいえ。広間へ戻りましょう」


「今度は君か」
 現れた塵を見てレイモンドは表情を消した。
「……ッフ……ならず者同士でもよ、バカってナメられんスよ」
 じろじろと自分の服装を見るレイモンドに気付いた塵を小さく笑う。塵の慣れないスーツはホストのようにも見えたが、彼なりの敬意の表れであることはレイモンドにも伝わったようだ。
「クク……仕事は真面目にするッスよ……それよりよ」
 塵は遠慮なく相手との距離を詰めた。
「……悪人のこたぁ悪人にしか分かんねぇ、だろ? 蛇の道は蛇、そうぁ思わねーッスか?」
「ほう?」
「……『だから俺が一番向いてる』んスよ」
 塵のやたら光る緑の瞳から目が離せない。
 その瞳の奥に渦巻くのは怒り。
 それに気付いたレイモンドの顔が一瞬、歪む。
 そんなレイモンドをじっと見たままで、塵は背後にいるはずの人造天使壱拾壱号(aa5095hero001)に呼びかけた。
「にしても、あの連中まーだ調子に乗ってんのか、なぁトオイい?」
「……はい、ますた……」
 その言葉で、ようやく塵の眼光から解放されたレイモンドは後ろに佇む少女に気付いた。
「ホントはこんなまだるっこしいことしなくても、ある程度ホシに目星ついてンだろ?」
「……どうだろうな。だが、私の知ることは勿論話そう」



●ローズ・ジョーン
「お話の前に、よろしければ」
 沙耶が持参した紅茶を淹れると学生服姿の小鳥遊・沙羅(aa1188hero001)が茶菓子を出した。
「今回は捜査にご協力頂きましてありがとうございます。早速ですが、どうしてこのお話をお受けになったんですの?」
「復讐、ですわ……あなたちが果たしてくれるかもと聞いたから」
 情報を得た沙耶はすでに集めた記事からローズの事件の犯人を推測していた。
 そして、その推測は当たっていた。
「サルガス、と呼ばれるヴィランね」
 母親はこくりと頷いた。
 その頃には沙耶には彼女が握りしめたくたびれたタオルハンカチが、元は縫いぐるみの一部であったことに気付いていた。
 何度も縫い直した跡のある二つのボタンがきっと事件を目撃していたであろうことも。
 通り雨、人通りの少ない広めの路地に駆け込んだ。
 小さな掌を握って雨に濡れないよう気遣いながら走ると、目の前に緑のスーツを着た背の高い赤毛の女が──いや、あれは男だ。
「ゆっくり、息をはいて。そう……」
 取り乱したローズの両手を握り、沙耶は医師らしく冷静に指示をして落ち着かせる。
 サルガスの武器はライヴスの通わないナイフだ。特に狙いは無く、ただ目についた女子供……特に親子を狙う。そして、両方、もしくは、どちらかは確実に殺す。
 ──……完全に一般人を狙ってきているわねえ。
 サルガスの武器を聞いて沙耶は内心眉を顰めた。
「ありがとうございます。必ずヴィランの捕縛に尽力しますわ」
「でも──いえ」
 口籠るローズの姿に沙耶は直感的に閃いた。
「私たちには捕縛と司法への引き渡しが限界。……もっとも、罪の重さを塀の中で思い知らせる方がひと思いに殺すよりも、ねえ?」
 沙耶の言葉にローズがごくりと息を呑む。
 礼を述べるローズの部屋を後にすると沙羅がガクリと膝をつく。
「我慢してたのよね、偉いわ」
「さすがに、あそこで血を見せるのは酷……よ」
 ストレスが元なのか、癖になった吐血を必死に我慢していた沙羅を沙耶は支えた。



●デヴィット・バーニエ
 少年の部屋をノックする前に八十島 文菜(aa0121hero002)はアンジェリカ・カノーヴァ(aa0121)に頼んだ。
「うちが話してみますさかい、アンジェリカはんは何か心の落ち着くような曲を演奏したっておくれやす。何があっても最後までな」
「? 解ったよ」
 丁寧にドアをノックして声をかけてから二人は室内へ足を踏み入れた。
 半分カーテンが引かれた室内は薄暗く、その片隅、背の低いオットマンに一人の少年が座っていた。
 彼の弄るアーミーナイフが僅かな陽光を弾いていた。
 ──あれは……自分の身を護るためなのかな?
 不安と恐怖を抱えているであろう少年の心を案じ、アンジェリカは胸を痛める。
 ──文菜さんの言うようにヴァイオリンで静かな曲を……。
 アンジェリカのヴァイオリンが優しい音楽を奏でる中、文菜は少年に優しく声をかけた。
「こんにちは」
 ナイフを弄るのを止めた少年の手に文菜はそっと自分の手を添えた。
「辛い事思い出させてしまうかもしれんけど、よかったら坊に何があったか聞かせてもらえんやろか?」
 ナイフを持ったままの少年に躊躇いなく手を伸ばした文菜に驚いて、アンジェリカは音を外しそうになった。辛うじて堪えて次の音を繋ぐと二人を見守る。
 文菜の手の下で少年のナイフはカタカタと小刻みに震えていた。
「坊がうちを怖いなら幾らでも刺したらええ。坊の辛さも哀しさも理解できるなんて、そんなおためごかしを言う気も無い。けどな、うちは坊が哀しい事を哀しいと、辛い事を辛いと、そんで嬉しい時は嬉しいって。もう一度そう言える時まで坊の手を握っててあげたいんや」
 恐れず、文菜は微笑み辛抱強く語り続けた。
 英雄はライヴスを通さない攻撃では傷つかない。
 だが、少年はそんなことは知らないし、文菜は今はそんなことを考えてもいないだろう。
 アンジェリカは文菜をそして少年を応援する気持ちで精一杯曲を弾き続けた。
「……お姉ちゃん、お母さんみたい」
 やがて、生気の無かった少年がぽつりと言った。
「黙っていてごめん……僕、ちゃんと話さなきゃいけないんだった」
「いいんよ、ゆっくり。坊ん話しやすいように話しいやね」
 文菜はあくまで優しかった。
 少年を襲ったヴィランはリリスだった。
 学校から帰った少年は家のドアが開いていることに気付いた。
 声をかけると知らない少女が返事をして、そのままリビングへ──。
「どこも真っ赤で! 悪魔が──っ」
 耐え切れずえづくデヴィッドを抱きしめて背中を撫でながら、「かんにんな」と繰り返す文菜。
 リリスは十五、六の黒髪の少女だった。瞳は青く大人しそうな顔に狂気を浮かべていた。
 そして、彼女はAGWを使って居なかった。
 家の包丁を、鋏を、カッターナイフを使っていた。
「ありがとうな。うちらがきっとそんなナイフを持たんでも坊が安心できるように。もう一度笑えるようにしますさかいな」
 話を聞き終えて礼を言ったその瞬間、デヴィッドが驚くような力で握り返して来た。
「お姉ちゃん……っ、お願い、僕の『猟犬』になってよっ! 僕、ヴィランを呼ぶようなモノは用意できないけど……これしか用意できなかったけどっ」
「坊?」
 わんわん泣く少年を抱きしめながら、もう一度話を聞いたが少年自身もよくはわかっていないようだった。
 ただ、アストレアの大人たちが仇を討つ為に猟犬へヴィランを呼ぶようなモノを持たせているらしいという話だけ。
「……お腹すきまへんか」
 デヴィッドはこくんと頷いた。
 彼女たちは少年の手を引いて広間へ向かって歩き出す。
「ふみ……」
 隣を歩く文菜を見上げたアンジェリカは言葉を失った。
 真っ直ぐ前を見る文菜の顔はいつも通り穏やかだったが……その瞳は明らかに怒っていた。
 彼女を怒らせたモノへの同情を抱きかけ、すぐにアンジェリカはきゅっと口を結ぶ。
 本人は気付いていなかったが、彼女もまた大いに怒っていたのだ。



●新たな猟犬
「旦那さん、どーも。俺ぁ火蛾魅って言います」
 最後に砕けた調子でふらりと現れた塵にジョニーは困惑した。
「随分軽いな」
「……クク、飾ったって仕方ねぇでしょ?
 で、ホシの情報教えちゃくれねースか。あの蒐集女だろ? 旦那さんの手はヨ」
「女? キファは男だ」
「おっとすまねえ。でも、ちっと話聞いてくれねスか? 俺もさ。ヴィランに家族ブッ殺されてんのよ」
 ジョニーの顔から愛想笑いが消えた。
「妹が攫われちまってねぇ……えげつねぇことされてヨォ? 結局、精神病んで首吊っちまった」
「それは難儀だな」
 声が変わった。
 見つけた、と内心塵は呟いた。これがこの旦那の怒りだ。
「……なぁ旦那。ブッ殺してきましょうかい? ……俺はよ、正義なんざ片腹痛ぇ人間スよ」
 真剣な表情で塵は語る。それは他のリンカーとは違う彼にしかできない誘い。
「だがよ……悪人にゃ悪人の通す筋がある。連中は調子ん乗ってカタギを殺しまくった。だから無惨に殺されなきゃなんねぇ。……旦那が願うなら俺ぁよ……」
「悪人(ヴィラン)?」
 唐突に男は鼻で笑った。
「リンカーや愚神や従魔という存在はあるが、ヴィランなど……いや、すまん。ああ、悪人だ」
 そして、塵へジョニーは笑いかけた。
「そうだな」
 ドアの開く音がした。振り返るとそこにはレイモンドが立っていた。
「歓迎するよ、塵。君はアストレアの猟犬に相応しい」
 嬉しそうなジョニーの言葉に、レイモンドが頷いた。
「君の敵の話を詳しく教えて欲しい──アストレアは君の『猟』に協力する。
 代わりに、君の敵が見つかるまで君には我々の『狩り』への協力を頼みたい」





 帰り際、エージェントと猟犬たちへアストレアからの告知は下った。
 彼らがこれから数ヵ月追うターゲットの名はキファ。
 武器の為に人を殺す『コレクター』。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 希望を胸に
    アンジェリカ・カノーヴァaa0121
    人間|11才|女性|命中
  • ぼくの猟犬へ
    八十島 文菜aa0121hero002
    英雄|29才|女性|ジャ
  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 久遠ヶ原学園の英雄
    不破 雫aa0127hero002
    英雄|13才|女性|シャド

  • 九字原 昂aa0919
    人間|20才|男性|回避

  • ベルフaa0919hero001
    英雄|25才|男性|シャド
  • 未来へ手向ける守護の意志
    榊原・沙耶aa1188
    機械|27才|?|生命
  • 今、流行のアイドル
    小鳥遊・沙羅aa1188hero001
    英雄|15才|女性|バト
  • 対ヴィラン兵器
    鬼灯 佐千子aa2526
    機械|21才|女性|防御
  • 危険物取扱責任者
    リタaa2526hero001
    英雄|22才|女性|ジャ
  • 悪性敵性者
    火蛾魅 塵aa5095
    人間|22才|男性|命中
  • 怨嗟連ねる失楽天使
    人造天使壱拾壱号aa5095hero001
    英雄|11才|?|ソフィ
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