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【白刃】ストロング・スライム!
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相談枠ですよー。
最終発言2015/10/20 01:09:19 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2015/10/18 21:55:56
オープニング
●H.O.P.E.
「……老害共が、好き放題に言ってくれる」
H.O.P.E.会長ジャスティン・バートレットが会議室から出た瞬間、幻想蝶より現れた彼の英雄アマデウス・ヴィシャスが忌々しげに言い放った。
「こらこらアマデウス、あまり人を悪く言うものではないよ」
老紳士は苦笑を浮かべて相棒を諌める。「高官のお怒りも尤もだ」と。
愚神『アンゼルム』、通称『白銀の騎士(シルバーナイト)』。
H.O.P.E.指定要注意愚神の一人。
広大なドロップゾーンを支配しており、既に数万人単位の被害を出している。
H.O.P.E.は過去三度に渡る討伐作戦を行ったが、いずれも失敗――
つい先ほど、その件について政府高官達から「ありがたいお言葉」を頂いたところだ。
「過度な出撃はいたずらに不安を煽る故と戦力を小出しにさせられてこそいたものの、我々が成果を出せなかったのは事実だからね」
廊下を歩きながらH.O.P.E.会長は言う。「けれど」と続けた。英雄が見やるその横顔は、眼差しは、凛と前を見据えていて。
「ようやく委任を貰えた。本格的に動ける。――直ちにエージェント召集を」
傍らの部下に指示を出し、それから、ジャスティンは小さく息を吐いた。窓から見やる、空。
「……既に手遅れでなければいいんだけどね」
●ドロップゾーン深部
アンゼルムは退屈していた。
この山を制圧して数か月――周辺のライヴス吸収は一通り終わり、次なる土地に動く時期がやって来たのだが、どうも興が乗らない。
かつての世界では、ほんの数ヶ月もあれば全域を支配できたものだが、この世界では――正確には時期を同じくして複数の世界でも――イレギュラーが現れた。能力者だ。
ようやっと本格的な戦いができる。そんな期待も束の間、奴らときたら勝機があるとは思えない戦力を小出しにしてくるのみで。弱者をいたぶるのも飽き飽きだ。
「つまらない」
「ならば一つ、提案して差し上げましょう」
それは、突如としてアンゼルムの前に現れた。異形の男。アンゼルムは眉根を寄せる。
「愚神商人か。そのいけ好かない名前は控えたらどうなんだ?」
アンゼルムは『それ』の存在を知っていた。とは言え、その名前と、それが愚神であることしか知らないのであるが。
「商売とは心のやり取り。尊い行為なのですよ、アンゼルムさん」
「……どうでもいい。それよりも『提案』だ」
わざわざこんな所にまで来て何の用か、美貌の騎士の眼差しは問う。
「手っ取り早い、それでいて素敵な方法ですよ。貴方が望むモノも、あるいは得られるかもしれません」
愚神商人の表情は読めない。立てられた人差し指。その名の通り、まるでセールストークの如く並べられる言葉。
「へぇ」
流石は商人を名乗るだけある。彼の『提案』は、アンゼルムには実に魅力的に思えた――。
●戦う男
生駒山周辺、かつて戦闘が行われた町(現在は廃墟)の道路。
道幅は広い。
時間帯は日中。
手入れのされていない街並みの、あちらこちらに雑草が生え、茂みがある。
そんな場所で今、一人の男が戦っていた!
「デッドフィスト・ラリアットォッ!!」
機械化された左腕から繰り出される、問答無用のラリアット!
だが、それをまともに受けた相手は、じゅぶりという音と共に変形し、その表面にさざ波が立ったに過ぎなかった。
「……俺様の打撃が通用しないとは。従魔のくせに、やっかいな奴だな」
そうつぶやいた男の名はデッドフィスト。能力者によるプロレス協会に所属している悪役レスラーだ。
「しかし! 愚神や従魔相手には情け容赦のないストロング・ファイター! それが俺様だ!」
「……」
その言葉に、頭の中で相棒のマスク・ド・デスイーグルがうなずく。
そんな彼らが、何故こんなところで従魔相手に戦っているのか?
答えは、数分前にさかのぼる。
「しまった! ……俺様、また先走ってしまったか!?」
H.O.P.E.本部から出た愚神アンゼルムの討伐指令。
いつものように意気揚々と仲間達と進んでいたデッドフィストは、これまたいつものようにあまりに意気揚々と行きすぎて、いつの間にか独りきりになっていた。
ここは一体どこなのだろう?
ドロップゾーンの中にいるのは感覚で分かるが、どうやら完全に道に迷ってしまったようだ。
しかも、気がつけば肌に感じる従魔の気配。
「これはやるしかないようだな……カモォンッ! 俺様が相手だ!」
その声に応じるように、茂みの中から姿を現わした『物体』。それを見た瞬間、デッドフィストは声を失った。
「な――ッ!?」
身長1メートル90センチのデッドフィストにも匹敵する高さ。胴回りは2メートルもあるだろうか。ぷるるんとした表面から、青く透き通った内部が見える。
「こ、これはスライムか!?」
だが、驚いたのは一瞬のこと。すぐに気を取り直すことが出来るのが、この男のいいところだ。
そして始まった戦闘は、しかしデッドフィストの予想とは異なる展開を見せていた。
●掟破りの凶器攻撃!
「これでどうだっ」
スライムの下部に向かって、今度は低空ドロップキック。そしてそのまま、垂直落下式のエルボー!
真芯を捉えた手応え。スライムは千々に別れて飛び散った。
しかし、
「ぬおっ」
分裂したスライムが、宙を飛び、デッドフィストに跳びかかってきたではないか。しかも、その一撃一撃は巨大な石で殴られたように固く、重い。そして再び合体するスライム。
「むうう……打撃技はほとんど効かないようだな……しかもスライム相手では、関節技も効果がないだろう……なら!」
デッドフィストが、叫ぶ。
「デスイーグル! タッチだッ!!」
「……ッ」
その呼びかけに応じて、共鳴中の『主導権』が切り替わる。
「椅子だ……!」
その言葉と共に、デッドフィストの手の中に現れるパイプ椅子。これこそ、デスイーグル特製、『AGWパイプ椅子』であった。
「行くぞ、スライム! 椅子アターーーック!」
再び『タッチ』して主導権を取り戻したデッドフィストが、椅子をスライムに叩きつける。これはさすがに効果があったようで、スライムが大きくのたうち、半分ほどの大きさになった。
「イェーーー! この方法で蹴散らしてやるぜ」
その時、 数カ所で茂みが音を立てる。その瞬間、デッドフィストは、自分が取り囲まれていることに気がついた。
「しまった――!」
だが、もう遅い。茂みの中から次々と現れるスライム達。敵の一体すら沈められていないのに、これではどうしようもない。
そしてさらに聞こえる茂みの音。もはやこれまでかと諦めかけたデッドフィストに、その声は届いた。
――大丈夫か?
「味方か!?」
その通り。戦闘の物音に、リンカーたちが駆けつけてくれたのだ。
「ありがたい! 恩に着るぜ、みんな! 俺様といっしょに、このスライムを片づけてくれ!」
解説
●シナリオの目的:
スライムに囲まれたデッドフィストを助け、スライム達を殲滅せよ。
●従魔
『ストロング・スライム』×8:
通常のスライムよりも巨大で、粘度の高い従魔スライム。しかしスライム特有の性質は有しており、打撃や斬撃は効果が薄い。とは言え、まったく効果がないわけではなく、飛び散ったところを攻撃できれば、その部位は破壊できる。その他、AGW、炎による攻撃は非常に有効。
●NPC
『デッドフィスト』&『マスク・ド・デスイーグル』:
アイアンパンクの悪役プロレスラーと、覆面レスラーの英雄コンビ。
豪快な打撃技や、強力な関節技、華麗なる空中殺法の遣い手であるが、スライム相手には分が悪い。ちなみに、デスイーグルはバトルメディックである。
常に先走る傾向がある。
俺様キャラではあるが、リングを降りれば気さくなおっさん。
リプレイ
●走れ! 能力者達
デッドフィストの危機に颯爽と現れた能力者達。
彼らとデッドフィスト、そしてスライム達との間にはあまりにも広い距離があった。
しかし、彼らはためらわない。
傷ついたデッドフィストを助けるため、我先にと全速力で走り出した。
そんな彼らの中でも、真っ先に走り出しのが骸 麟(aa1166)である。彼女とリンクしている英雄、宍影(aa1166hero001)のクラスはシャドウルーカー。多くの能力を犠牲に、回避と速さに特化したクラスである。そのスピードを余すところなく発揮した彼女は、見る間にスライム達の間をすり抜け、デッドフィストの隣にたどり着いていた。
「シナリオ……ヒール……ガチンコ……美学……」
その手には、何故かマスクとマイクが……と思った瞬間、彼女はマスクを着けていた。
「はあああああっ」
「さあ、突如としてリング・インした謎のマスクウーマン! その名は、ザ・SHINOBI! どんな活躍を見せるのか、どんな技を見せるのか! これは期待大であります!」
マイクを通して滑舌よくしゃべっているのは宍影である。どうやら彼は、この場をプロレス中継に見立てて実況する気らしい。
「取り囲むストロング・スライム! ザ・SHINOBIとデッドフィスト、両雄の行方やいかに!?」
そんな麟たちに一歩おくれて動き出したのが、虎噛 千颯(aa0123)と白虎丸(aa0123hero001)のコンビだ。
「スライムでかすぎ! マジウケるー」
走りながらも笑う千颯に、
「そんな事はいいから早くデッドフィスト殿を助けるぞ」
あくまで生真面目な白虎丸の声。
「いやいや、だって白虎ちゃん並のでかさよ」
「千颯!」
「はいはい……そんなに怒鳴るなよ」
口ではそんな感じだが、走る速度はまったくおとろえない。むしろ、更に加速した様子だ。
そのあとにぴったりくっつく形で、餅 望月(aa0843)が続く。
「ヘイヘイヘイ、タッチしに行くよー……と見せかけて、ルール無用のデスマッチさ」
「お遊びの時間は終わりよ」
やる気充分の望月に答えるように、こちらもやる気充分の英雄・百薬(aa0843hero001)が言う。
「天使のワタシが裁きを与えるわ!」
一方、まったく同時に走り出した影が3つあった。
蝶埜 月世(aa1384)、Arianrhod=A(aa0583)、Arcard Flawless(aa1024)である。
3人とも別々の方向から、デッドフィストの元へと全速力で移動している……のだが。
(一定比率以上に肥大した筋肉って苦手なの)
心の中でぼやく月世。
(一定比率……黄金比を超えて肥大した、という事だろうか? 確かに黄金比は生命を最も美しく見せる比率ではある。それを逸脱したとなると見苦しく思えても不思議は無いかも知れない)
そんな彼女に、やはり心の中で律儀に答えるアイザック メイフィールド(aa1384hero001)。
(黄金比×筋肉! アイザックはやっぱり天才だわ)
……ある意味、呼吸ぴったりのコンビであった。
「さあ、行きますわよ! 相手がスライムなら、わたくしのブルームフレアが特に効果的なはず」
と、Arianrhod=Aが息巻けば、相棒のJehanne=E(aa0583hero001)が大きくうなずく。
「その通りです。スライムには炎。大昔からの定番です」
「燃やしますわよー」
そんな一行の中にあって、ひときわ目立つものを持って走っているのはArcard。
何故か彼女は、ガソリン缶を右脇に抱え、折りたたみ椅子を左手に持って走っていた。
「まってろよ、オッサン! ボクが今行くよ!」
(……やれることをやらないと)
一行から少し遅れながらも真摯な思いを固めて、北里芽衣(aa1416)が走っている中、彼女の相方である英雄、アリス・ドリームイーター(aa1416hero001)の声が響く。
「悪が負けてどーするのよー! やっちゃいなさいデッドフィスト! 正義のスライムなんてふっとばすのよ!」
善悪の概念をきちんと理解していないアリスは、好き勝手なことを叫んでいる。
「ほら、芽依。共鳴するわよ。さっさとあのスライム、ぶっ飛ばしちゃって!」
「う、うん。がんばる……!」
「そうだ。それと、余裕があったらこれ、デッドフィストに渡しといてくれる?」
そしてようやく最後の一人。
「うわぁ~……! すらいむだ! れいえん! すらいむ! すらいむ!!」
まいだ(aa0122)は走りながらも、スライムを物珍しそうに指さしていた。
「あーそうだなスライムだな! ……お前、大丈夫なのか? 本当は戦うのコワイんだろ? なんならあたしが」
そんなまいだと一緒にいるのは、獅子道 黎焔(aa0122hero001)。気分は相棒というより、保護者のそれだ。
「…ううん、まいだいく。だいじょーぶ! まいだつよいこだから! まけないんだもん!!」
「……そうか。分かった……なら気合入れていくぞまいだぁ!」
「おー!! がんばるー!!」
そのまま、まいだと黎焔はリンクした。
●戦え! リンカー達
戦いは混迷を極めた。
デッドフィストの周辺に到着することで、スライム達の注意を引くことが出来たリンカー達だが、それは逆に、各個撃破が極めて困難になることを意味していた。
(ち……まいったな)
スライムの攻撃をトリアイナで受け流しながら、千颯は内心、舌打ちをしていた。
(一体ずつに集中して倒そうと思ってたが、これじゃできやしねえ。味方の位置もバラバラだ。幸い、デッドフィストのオッサンは無事……って、何だありゃあ!?)
何とスライムを前にして、当のデッドフィストが椅子に座っているではないか。
もちろん、こんな戦場のまっただ中に折りたたみ椅子を持ってきたArcardの仕業である。
「……いいかい、オッサン。きみはやれる。ボクはきみの試合を見てきたから分かるよ。どんな試合でも必ず見せ場を作り、反則負けで観客とヤジ合戦をするまで、一連の流れを見事にこなしてみせる。それがデッドフィストってレスラーじゃないか。こんなところでスライムに負けるきみじゃない。ほら、聞こえるだろう、みんなの声が。今飛び交ってるのは、全部、きみへの声援だ!」
「……俺様はやれる……やれるのか……」
デッドフィストの顔に、みるみる生気がよみがえってくる。
「ああ、やれるとも。だからボクたちといっしょに、そのパイプ椅子でスライムをぶちのめそう!」
「イエーーーー!」
デッドフィストが立ち上がる。パイプ椅子で、スライムに打ちかかる。
「あーっと、デッドフィスト選手、ここで立ち上がりました! そして強烈な椅子の一撃をスライムに見舞う! スライム散らばった! そこに望月選手がグリムリーパーで一撃! ストロング・スライム1号、消滅だあ!」
無駄に熱い実況をする宍影の声を自分の口から聞きながら、マスクを着けた麟もまた、シルフィードで3分の1に切ったスライムを抱え上げた!
「どりゃあああああ!」
「おっと!ここでザ・SHINOBI選手、スライムブラザーズの1人を捕らえた! そしてそのまま場外へ? ……ロープ越しに投げ飛ばす! 待ち受けるのは選手交代したマスク・ド・デスイーグル!! これもまたパイプ椅子でスライムを一撃だ! 見事なコンビネーション!」
「おじちゃーん! だいじょーぶー!?」
そこにまいだのケアレイが飛ぶ。デッドフィストの傷がふさがり、筋肉がさらに盛り上がる。
「ありがとよ、嬢ちゃん! 元気になったぜ!」
「うん! おー!? いすつよーい!」
「おいよそ見してんな! 前見ろ前ぇ!」
デッドフィストのパイプ椅子に眼をキラキラさせるまいだの耳に、黎焔の声が響く。
「えーい、ぐらんつさーべるだー!」
「あっと、ここでまいだ選手のサーベル攻撃が出ました。次々に切り刻まれていくストロング・スライム4号。しかし、ああっと、なんと言うことか、散らばったスライムがまいだ選手を攻撃だぁっ」
「まいだ、盾、構えろぉー!」
「おーっ!」
「次々と盾に弾かれるスライム4号。まいだ選手、小さくなった個体に的を絞った!」
「物理は効かなくてもよぉ、ライブス叩きこんだらどうよ?」
「どーよおー!」
「サーベル攻撃とはやりますね」
Jehanneの言葉に、Arianrhodのハートにも、文字通り火がついた。
「あっちがサーベルなら、こっちも凶器の定番、火炎攻撃ですわ」
「おおっ、ついにやりますか!」
「いきますわよ! ブルームフレア!!」
効果は目に見えてテキメンだった。炎に包まれたスライム達は、あるいは身をよじらせ、あるいは収縮をくりかえし、明らかに苦しんでいた。
「わたしも負けていられません」
燃え上がった炎を見ながらつぶやいた芽依は、絡みつこうとするスライムをいなしながら、すばやく腕を動かした。
「ブルームフレア!」
芽依の目の前のスライムが、さらにその先のスライムも炎に包まれてのたうち回る。明らかに、炎の攻撃は効いていた。
「こうやってぷるぷる震えてるのを見てると、スライムって可愛いわね……肉肉してないし」
「不定形なものに神性を感じるのはこの世界のある種の文学的伝統の特徴だが……可愛いのだろうか?」
「おう、そっちにスライムが行ったか! まいだ、俺様といっしょに攻撃だ!」
「うん、おじちゃん!」
迫り来る筋肉の塊と幼女。
「きゃーーーーー肉!」
「月世どうした! スライムの特殊攻撃か?」
脱兎の如く距離を取る月世であった。
「このまま炎を! 残ったやつはあたしが片づける!」
望月の言葉にうなずくArianrhodと芽依。
その2人に、Arcardが声を投げた。
「おーい、これで決めてしまおうよ!」
大きく合図しながら、ドラム缶を高く掲げるArcard。
「まあ、たっぷりとガソリンが詰まっていそうですわね」
「い、引火して大丈夫なんでしょうか?」
「大丈夫だよ。『あたしたち』は、炎じゃやられないんだから」
と、望月。Arianrhodと芽依は、再びうなずいた。
「タイミングを合わせて……せーのっ」
『ブルームフレア!!』
重なる二人の声。
紅蓮の炎に包まれたあとに残っているスライムは、一体もいなかった。
「……やったな。一気に焼き払いやがったぜ」
やれやれという様子で、千颯がその場で伸びをする。
「勝利です! デッドフィスト軍団の大勝利だ!! グライヴァー軍の前衛スライムブラザーズを下した軍団に栄光あれ!! ……あれ? オレ何してたんだ?」
●戦い終わって……
「……みんな、今日は助かったぜ。さすがの俺様も、もうダメかと諦めかけた……礼を言わせてくれ。本当に、ありがとう」
「……感謝する」
深々と頭を下げるデッドフィストとマスク・ド・デスイーグルに、一堂は一瞬、困惑してしまう。
けれど、それも束の間、リンクを解いた能力者と英雄達が、口々にしゃべり出した。
「当たり前でしょ、デッドフィスト! 悪が負けてどーすんのよ!」
こんな台詞を吐くのはもちろんアリス。そして、芽依が困ってしまうのだ。
「あ、あの……とにかく、デッドフィストさんが無事で何よりです」
「嬢ちゃん、いい子だな」
大きな手で小さな芽依の頭を撫でるデッドフィスト。芽依は真っ赤になってうつむいてしまった。
「あ、なんかうらやましい。ねえデッドフィストさん、天使のワタシにも、それやって」
「天使が悪役にお願いするのかい? だがまあ、今日は特別だ。ほら」
うれしそうな百薬。
一方、望月はきょろきょろと周りを見回していた。
「ねえ、何してるの?」
「いや、ここって、どの辺かなって。生駒山って、奈良県だっけ。恐ろしく何もな、いや、これは絶景かな。夜までいていい? 大阪方面の夜景が綺麗そうだよ」
「まさにワタシが降臨するにふさわしい地ね」
「え? そうなの?」
「おじちゃーん、まいだも! まいだもー!」
「おう、俺様を回復してくれたお嬢ちゃんか。よーし、お嬢ちゃんにはこれだ!」
そう言うとまいだを頭の後ろに乗せ、『かたぐるま』の体勢で立ち上がるデッドフィスト。
「うわー、たかいたかーい! れいえん、すごくまわりがよくみえるー」
「お、おい、まいだ。そんなところで暴れるんじゃない! やい、オッサン! まいだ落とすなよ! 絶対だぞ!」
「ああ、まかしとけい」
そんなデッドフィスト達の様子を少し離れたところから見ている集団が二つ。
ひとつは、千颯と白虎丸だ。
「あれは……マスク・ド・デスイーグル殿……!?」
デッドフィストの隣で、腕を組んだまま立っているデスイーグルに目を向けながら、白虎丸の声が震える。
「……白虎ちゃん……」
「な……何だ……」
「向こうは職業柄だからね?」
「だ……だから何がだ……」
「まあ、何でもないなら俺ちゃんはかまわないけどさ」
「う……」
しばらく固まる白虎丸。やがて、意を決したように顔を上げると千颯にこう言った。
「千颯……」
「どーしたの白虎ちゃん?」
「その……マスク・ド・デスイーグル殿に……」
「なに? 話する? してくればいいじゃんー」
「いや……そのサインを……貰ってきてくれないか……」
「な・ん・で・オレちゃんが(笑)。自分で行きなよ」
「いや……こんな姿のが行ってもだな……」
「乙女か! マジウケる(爆笑)」
そして、もうひとつの集団はといえば……
「月世。どうして皆から距離を取っているのだ?」
「……筋肉だからよ」
「? ……言ってることが分からないが?」
「あの筋肉、『肩パンパン』や『ハグ』とかしてくるのよ。そうよ。それが筋肉の流儀なのよ! お決まりなのよ!」
「だから何を言って……」
「ぎゃっ、こっち見た! アイザック、至急離脱よ!」
またしても、脱兎の如く逃げる月世であった。
一方、まいだを肩車したままのデッドフィストに、Arianrhodがおずおずと近付いてきた。
「で、デッドフィストさんッ!」
「おう、どうした?」
「貴方のファンなのです! そのう……サインをいただけませんか?」
「ちょっと、アリア! ヒールレスラーからサイン貰えるわけないじゃないですか」
Jehanneの言葉に、口を尖らせるArianrhod。
「で、でもぉ……ファンなんだもん」
「まあ、そうだな」
まいだを肩から下ろしながら、デッドフィストが2人に向き合う。
「普通、俺様はサインはしねえ。気取ってるわけじゃないが、人当たりがよすぎるヒールってのも、興ざめするもんだろ?」
「そ、そうですよね……」
「だが、今日は特別だ」
「え?」
「だって、嬢ちゃん達は俺様の命の恩人だぜ! ヒール以前に人間として、恩人の頼みを断れるかってもんだぜ」
「じゃ、じゃあ……!」
「オーケーオーケー! サインでも何でもやろうじゃないか!」
「ありがとうございますッ!」
「サインですって!?」
その光景を見ていたアリスの目が光る。
「そーいえば、サインっていうのがあったわよね! アリスにもちょうだい!」
「おう。何に書けばいい?」
「んーと、じゃあ、この人形!」
「人形にサインか。えらくごついな……ひょっとしてこれ、俺様か?」
「そう。今日からこの人形は、デッドフィストちゃん」
「ハハハッ。こりゃまいったな」
そう言いながらも、人形に丁寧にサインをするデッドフィスト。アリスは一気に上機嫌になった。
「それじゃあ、こっちもお礼。悪の秘密兵器『ハンズ・オブ・グローリー』よ、アリスのだけどあなたにあげるわ」
「おいおい。こんな上等なもの、もらうわけにはいかねえぜ」
「いーの、あげるって決めたんだから。いーい? これを持ったからには、これからも負けたら許さないんだから! 絶対に勝ち続けるのよ」
「大役だな。でも俺様、反則負けの常連だぜ?」
「反則負けは悪役のシンボルよ! だからそれは勝ち。アリスだってね、これらから悪のトップアイドルになるんだから、覚えてなさいよねー!」
「オッケィ」
にやりと笑うデッドフィスト。
「いつかヒール同士、リングで共に立とうぜ、お嬢ちゃん」
「お嬢ちゃんじゃない。アリス!」
「おおっと。こいつは失礼。アリスちゃん」
「ふふん。すぐよ、すぐ」
「……あのう、マスク・ド・デスイーグル殿……俺は、白虎丸というものでござる」
「…………」
「そのあの……もしよければ、サインを頂きたく……」
「……」
「……いや、やっぱりあの、その、なかったことに……」
「……承知」
「は……?」
「色紙はあるか? なければ、何にサインすればいい?」
「お、おおおおおおおお!」
「本日の救助、心より感謝」
「感激でござる。大感激でござる!」
感涙にむせぶ白虎丸を見ながら、自分もうれしそうに千颯は笑った。
「よかったなあ、白虎ちゃん」
普段はまずもらえない悪役レスラーのサインがもらえると分かって、デッドフィストとマスク・ド・デスイーグルの前には長い行列が出来た。
ここでは、その時に聞こえた声を拾っていこう。
「お、オレの投げ技、どうだったかな?」
「センスはあると思うぜ。今度ウチの団体の女子部門に来てみねえか?」
「プロレスデビューか……」
「それがしの実況はどうでござった?」
「バッチシ決まってたぜ。今度、ホントの実況席に座ってみるか?」
「おおう! いいでござるな!」
「デスイーグル殿のサインのみならず、デッドフィスト殿のサインまでいただけるとは……これはもう、家宝ものでござるな……って、千颯。何でお主ももらっておる」
「いやあ、息子が喜ぶかと思ってよぉ。しかし、喜ぶかな?」
「当然であろう!」
「サインー、サインー、デッドフィストさんのサインー!」
「もう、百薬ったら、はしゃぎすぎだよ」
「そういう望月だってしっかりもらってるじゃない」
「こ、これはその……報酬の一部? って、だいたい、天使がプロレスラーに興味あるの?」
「誰だって、プロレスは大好きなものだよ」
「月世……サイン、もらわないのか?」
「どっちを向いても筋肉……あそこは地獄よ、アイザック」
「お前さんの励ましは効いたぜ、嬢ちゃん」
「ボクがお役に立てたなら、何よりだよ、オッサン」
「ハハハッ……よかったら今度、リングサイドにも来てくれよな」
辺りが笑いに包まれる。
今日の救出劇は、成功に終わった。
皆、それに安心し、それを喜び、そして笑っている。
しかし、全員が分かっていた。
これは前哨戦に過ぎないのだと。
メインイベントは、まだずっと先にある。
そう。
『白銀の騎士』アンゼルムとの戦いは――。