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【消えた独生子女たち】失独の庭
掲示板
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質問掲示板
最終発言2018/03/24 22:44:40 -
作戦会議室
最終発言2018/03/25 18:34:30 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2018/03/24 11:16:16
オープニング
●たった一人の子を失い
失独――
独生子女、つまり一人っ子を失うことである。
独生子女政策の中で、それは致命的な喪失を意味する。
彼らに従兄弟は存在しない。
四人の祖父母に二人の両親、そして一人の子供。
たった一人の子孫を失った親たちは、歳をとれば路頭に迷う。
老人用の介護施設に入るには、血縁者の保証人を求められるのである。
国家は独生子女政策の推進と共に社会保障制度の充実を約束したが、その約束は守られているとは言いがたい。
政策の一環として晩婚化も進められているため、ある程度の年齢で子供を失った場合、たとえ二人目をもうけるための罰金を支払えたとしても、親の年齢的に『間に合わない』。
そして中国では古くより、このような言葉がある。
――上に政策あれば、下に対策あり――
国家が人を救わないならば、みずから救うしかない。
たとえそれが、どんな手段であっても。
●四角い庭
「まずは航少年じゃが、あの夜以降、夜中に起きるという行動はなくなった。経過観察中じゃが、ひとまずは両親も共に落ち着いて暮らしておる。そして暗示を掛けた相手じゃが――いや、順を追って話そう」
H.O.P.E.香港支部のブリーフィングルームで、風 寿神(az0036)は資料に目を落としつつ説明を始めた。
連日の捜査のためか、その表情には憔悴の色が浮かんでいる。
「航少年が暗示によって向かうよう指示されていた場所は、放棄された古い屠殺場であったことは、前回明らかになった通りじゃ。あまり趣味のよい集合場所とはいえぬがな」
そこでホログラムを操作し、地図が浮かび上がる。
屠殺場の棚の下から発見された地図。山間部に赤い×印がある。
山の名は、東宅山。
人家もまばらな場所だが、H.O.P.E.と現地警察の共同捜査の結果、古い別荘用の邸宅が浮かび上がった。
建てられた時代は古く、四角い壁と、壁に沿った四つの棟と中庭からなる伝統的な四合院式の建物を改装したもの。静かな別荘として売りに出されていたが、最近、新たな入居者があった。
食料品の納入業者によればそこには沢山の子供がいて、全寮性の幼児園だと説明されたと言う。
「H.O.P.E.は納入業者を通して、件の邸宅に監視カメラを設置することに成功した。その映像の一部がこれじゃ。心して見て欲しい」
ホログラムが切り替わり、子供たちが遊ぶ動画が映し出される。
隠しカメラは中庭に置かれた鉢植えの中。低い位置からの映像だ。
煉瓦の敷き詰められた四角い中庭で、子供たちがボール遊びをしている。
一角に植えられた樹は古く、庭中に枝を伸ばし、木陰をつくる。
花壇と鉢植えには、緑が見える。寒い時期だが、花か実をつけているものもある。
子供たちが無邪気な笑い声を上げる。その声には、なんの屈託もない。
子供たちと遊ぶ、小学生くらいの女の子も見える。
「ここだけ見れば、なるほど全寮制の幼児園か、と納得してしまいそうになる。じゃが、鑑定の結果、映っている子供は千祥幼児園から失踪した子供であることが確認された」
それから、監視カメラの前にボールが転がり、一瞬視界が塞がれる。
ボールを取り上げたのは、ひとりの女の子。
頬や手足の皮下に血管のような枝分かれしたものが浮かび上がり、左目は青く変化している。
しかし本人はいたって健康そうで、名前を呼ばれて振り返る。
「露芳! 早くおいでよ!」
「うん! 次はこっちの番だからね!」
そして、軽やかな足取りで駆け出す。
●贈られた心臓
「ここに至って、我らは捜査方針に大きな転換を迫られたのじゃ。まず李露芳の病歴を探ることからはじまった」
千祥公園前で、鼠従魔が暴れ、続いて千祥公園にいた子供たちが集団失踪した。H.O.P.E.も警察も、そこに気を取られすぎた。
もしも、鼠従魔の事件なしに子供たちが失踪していたとしたら?
心臓に疾患のある――従って高くは売れない――李露芳が含まれていたことに、もっと注目が集まったはず。
実際、失踪した子供たちは、李露芳と同じクラスか、仲の良い子供ばかりであった。
李露芳、現在五歳。女児。
生まれつき心臓に疾患があり、人工心臓の移植がなければ生きられないと医師から早々に宣告を受ける。
乳児用の小さな人工心臓は数が少なく、在庫がなく数年待ちか、あってもとても手が出ないような高価なものばかり。
ある日、医師から両親に連絡が入る。
新興企業の作った人工心臓のテストケースにならないか、と。
実績のない会社だが、それゆえに手術費用も一部企業負担となる。
そのとき露芳は三歳。起き上がることも出来ず、明日をも知れぬ命であった。
両親に選択肢はなく、すぐさま書類にサインし、手術が行われた。
術後、『試作品』である人工心臓の誤作動に神経を尖らす毎日だったが、特に変わったこともなく二年が過ぎた。
起き上がることも出来なかった娘は外出できるようになり、血色もよくなり、よく笑うようになった。
小さな人工心臓のため急激な運動の負荷には耐えられないが、それも大人になれば解決する。
親も医師も、テストケースは成功したのだと思っていた。
とても、理想的な形で。
「露芳の手術した病院に行き、カルテを調べた。人工心臓を提供した企業の連絡先はおろか、名称すら記入されていなかった。医師によれば、追って書類が届くはずだったが、届かなかったと」
蜥蜴市場――
彼らは決まった市だけでなく、必要に応じて個別に現われることもある。
今回の子供の買い手についても、黒社会のネットワークによらず独自に探しているはずだ。
「露芳に移植された人工心臓は、蜥蜴市場製である可能性が高い。血管の浮いたような姿、身体機能の向上、外見の変化。これは、鼠従魔事件での聶老人の状態に似ている。最悪の事態も想定せねばならぬじゃろう」
H.O.P.E.の予想では、露芳を変化させたのは、おそらく人工心臓に仕込まれていた従魔。
二年の歳月をかけて、ゆっくりと彼女を蝕み、支配下に置いた。
「今回の依頼内容は、東宅山にある邸宅から子供たちを救い出すこと。『出荷』される子供がいないかについては、警察が目を光らせておる。出荷はまだ確認されてはおらぬ。じゃから」
一刻も早く、と寿神は声を詰まらせる。
子供たちがこの庭からひとり、ふたりといなくなる前に。
どうか、一刻も早く。
【現場模式図】
壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁
壁●□□□□□●□壁
壁□□□□□□□□壁
壁□□ □□壁
壁□□ 中庭 □□壁
壁□□ □□壁
壁□□□□□↑□□壁
壁□●□□□□●□壁
壁壁壁大門壁壁壁壁壁
□:建物 ●:漏角天井(屋根のない小庭)
四合院式の邸宅;北の母屋、東西の別棟、南の玄関棟からなる。すべて二階建て。
玄関棟は大門から入り、照壁という飾り壁の前を通って↑から中庭に入る。
解説
【目標】
邸宅内に囚われている子供たちを救出する。
【条件】
・時間帯は自由。参加者で決める。
・李露芳が救出可能であるかは不明。成功条件には含まれない。
・四十名の子供たちはここに『預けられている』と暗示を掛けられているが、救出すれば解ける。健康。
【登場】
・李露芳
二年掛けて心臓に仕込まれた従魔に侵蝕されている。青く変化した左目で暗示を掛けることが出来る。
思い切り走れるようになり、いまこの場が楽しい。邪魔する者には攻撃する。
BS翻弄;露芳青い方の目を見てしまうと1ターンの間、意識と注意をコントロールされる。
肉触手;体中に張り巡らされた肉の触手が皮膚を突き破って伸びる。細いがその分気づきにくい。鞭のように攻撃する他、触れた動植物を意のままに操る。
・世話役の女の子
先の丸い短い獣耳を持ち、ワイルドブラッドと見られる。髪を含め体毛は白、目は赤。スカートで尻尾は見えない。
この子が邸外についてくることはないが、子供たちには同情的。場合によっては協力してくれる。
外見年齢は小学校低学年程度。
・組織構成員リンカー×2
クラス不明。銃、短銃、ライフル、ナイフ等のAGWで武装している。
・組織構成員非リンカー×6
見張り、子供たちの身の回りの世話を兼ねる。AGWではないが銃で武装している。
・風寿神&ソロ デラクルス
突入に同行し、主に撤退を支援する。指示があればその通りに動く。
・地元警察
近くに待機するが、人命最優先であり目立った行動はできない。救急車等の車両の手配は頼める。
リプレイ
●
『罠じゃなけりゃいいがねェ』
幻想蝶の中から聖陽(aa3949hero002)の声がする。
「警戒は、怠らず」
九龍 蓮(aa3949)も頷く。いままでの蜥蜴市場にしては、地図を残したり監視カメラの設置に気づかなかったりと、ややツメが甘い。
今回は、本突入の前に数名で事前調査を行う運びとなった。
邸に出入りする納入業者は、既にH.O.P.E.のために監視カメラの設置に協力している。
ならば前もって潜入する手引きをしてもらえないかと交渉したのだ。
引き換えにしたのは、いくばくかの報酬と、司法取引、そして安全保障。
彼らは犯罪の協力者として追求されない。これは中国では重要なことである。
彼らは児童誘拐について知らなかった。そして犯罪の片棒を担がされていたと聞いて、震え上がった。
また、一定期間は警察が見回りと監視を実施し、蜥蜴市場の報復と口封じから保護する。
業者はこの条件で要請を受け、いま事前調査組は山道をゆくトラックの荷台で揺られている。
『誘拐された子供達は、彼女と仲が良かったようです。李露芳自身がある意味、餌だったとも言えるのかも……』
カルディア(aa4895hero001)は長い金髪を作業帽に押し込み、作業服を着込んでいる。
無表情のままH.O.P.E.を通じて手に入れた写真を繰り返し眺める。写っているのは、世話役の子と李露芳。ヴィーヴィル(aa4895)も左目が変化した少女の写真を見て呟く。
「ガキが前回の老人と同じケースであれば、助ける術はまず無ェだろうな……」
以前の事件で、従魔に侵蝕されたことによって一時的に失った脚の代替物を手に入れたが、ライヴスを吸い尽くされて絶命した老人がいた。少女の状態は、老人の侵蝕と類似点がある。
「だからって見捨てるのは、敵の思惑に嵌るみたいで胸糞悪ィ」
『……確かに』
ヤナギ・エヴァンス(aa5226)と静瑠(aa5226hero001)は、知り合ったその老人を助けられなかったことに、苦い思いを抱えている。
『真面目なことを言いますね、貴方にしては』
穏やかな静瑠に、ヤナギは吐き捨てるように言う。
「ひっくり返してやりてェな……全部」
そのために、できるだけのことはするつもりでいる。
●
「配達でーす!」
蓮は業者の子供で、親の手伝いで来たということになっている。
子供として振る舞い、子供が持てる程度の荷物を運んで手伝っているように見せかける。
そうしながら、世話役をしている、ワイルドブラッドの白い女の子を探していた。
きゃあきゃあと、子供達が歓声を上げながら煉瓦敷きの四角い庭を走り回る。鬼ごっこの最中のようだ。
どん、と誰かが蓮にぶつかってきた。
「……あ」
「さわったぞー! つぎはリィがオニだー!」
リィ、と呼ばれたのが世話役の白い少女。ショートヘアの白い巻き毛、瞳は赤。
蓮とぶつかったことにより男の子に追いつかれ、次の鬼になったところらしい。
「ボクがここに立ってたせいかな? ゴメンね? 小さいのに子供のお世話なんて偉いね」
見かけ年齢なら、蓮も十二歳ほど。だが女の子はそれより三から四歳ほど下に見える。
「誰や」
返ってきた言葉は、予想よりも敵意に満ちたもので。
慌てて蓮は言いつくろう。
「ボク? ……お父さんのお手伝いで来たんだよ! ホラ荷物を運んでるとこ」
「ちゃうな」
リィと呼ばれた女の子は中国語で喋っている。だが訛りがある。
それがエージェントには、方言として認識される。
「自分、ヤニの臭いが染み付いとるで。子供なんは見かけだけやろ」
あっと叫びそうになった。確かに蓮は実は成人であり、煙草を吸う。
しかしそれを一瞬で見抜くこの子も、見かけどおりの子供ではありえない。
「大正解……だとしたら?」
「なにが目的や」
蓮としては、ここで喋りすぎる訳にもいかない。でも、嘘の会話では信用させることは出来ない。
「お願いがあるんだ」
「なんや」
「手伝って欲しい」
「内容による」
そのときひときわ大きな荷物が、作業服のヴィーヴィルとカルディアによって運ばれてきた。
中身はヤナギだ。入り口の監視カメラをかいくぐるため、荷物に偽装しているのだ。
箱を指差し、蓮は言った。
「仲間が来た」
「わかった」
そういうとリィはぱんぱんと手を鳴らす。
「ほな、うちは荷物の案内せなあかんさかい、オニはこのお姉ちゃんになったでー! ホラ逃げろー!」
わあー、と子供達が蜘蛛の子を散らすように四方へ散る。
蓮はどちらの性別にも見えるが、服がフリフリなのでお姉ちゃんらしい。
「その荷物はな、南棟の二階の倉庫に運んだって!」
リィは蓮達が何かを調べに来たのだと気づいても、すぐに組織の人間に突き出す気はないようだ。
「ボクの代わりに、これを持ってって!」
胸飾りの幻想蝶を外し、リィに託す。蓮の代わりに、聖陽に話をして貰う。
「……ええのん?」
少しだけ、リィの視線が緩んだ。それが幻想蝶だと理解している目だ。
大切な仲間を、他人に預けてもいいのかと問うていた。
「いいんだ、自分でなんとかできるから」
聖陽なら何かあっても切り抜ける。幻想蝶は強く念じれば能力者の元に戻るから持ち逃げはできない。
それでも会ったばかりの他人にそれを渡すのは、かなりの冒険だった。
リィの案内した南棟の二階は、まさに物置と化していた。
壊れた家具や、中身のない箱、ガラクタが雑多に置かれている。
「下の庭や本堂は常に見張られとるから、ここで大きな声出したらあかんで」
聖陽が出てきて、リィからいままで入っていた幻想蝶を返してもらった。
運んできた箱からはヤナギが出て、静瑠も姿を現した。
『我々は子供達を救出するつもりです』
単刀直入に、カルディアが切り出した。若い女性のほうが警戒心が薄れるかという判断だが、愛想とは無縁だ。
『放っておけば、皆親との縁が切れてしまう。それを、防ぎに来ました』
「せやな、そこは不愉快や」
リィはさっと一同を見渡す。その視線は鋭い。
「リンカーは何人おる? 場を制圧できるか? 既にうちはめっちゃ危ない橋渡っとるんやけど、自分らやり切れるん?」
『リンカーは八人……いえ九人。警察の後方支援も受けられます。私達は子供の失踪事件を追って此処まで来ました。その前の鼠従魔、蝶の玩具から追っている者もいます。必ずやり遂げます』
リィの矢継ぎ早の質問に、カルディアが落ちついた声で答える。
ふぅん……とリィは思案する。
「ええやろ。うちはうちらを支配しよるキ●ガイが好かん。奴の愉しみの為に子供らが犠牲になるゆうて、ハラワタ煮えくり返っとるとこや。あんたらの計画に乗ったる」
ゆっくり話しとる時間はないがな、とリィは言った。彼女も監視されていて、長く持ち場を離れると不審がられる。
「ただし、半端したら子供は全員死ぬで。本気出しーや。うちらが『蜥蜴市場』呼ばれとるんは証拠隠滅のためだけやない。切り捨てるんが愉しくてしゃあない奴がおるんや。今回なんかあったら、切り捨てられるんは”ここ全部”や。肝に銘じとき」
●
「作戦は明け方らしいから、お子様は寝ておけ」
鋼野 明斗(aa0553)が寝かしつけようとしているのは、英雄のドロシー ジャスティス(aa0553hero001)。
ほとんど食べない寝ないという英雄もいるらしいのだが、ドロシーはよく寝るしよく食べる。オヤツも必須だ。食べない英雄ならもっと楽だったのだが。特にオヤツは。
「……寝ておくことも、大事な準備だからな?」
ベッドを準備し、毛布も掛けてやったりするが……寝ない。
今回は子供救出の任務でやる気満々、くるんとした瞳はぱっちり開きっぱなしである。
「いざというとき寝ていたら、置いていくぞ?」
脅してみても、大丈夫! といわんばかりのキラキラした視線が返ってくるだけ。
そのうち、ベッドの上をごろんごろん転がって遊び始めた。
「……横になっているだけ、ましと思っておこう……」
明斗はおおきく溜息をつく。
本当にそのときに限って寝こけていた場合、共鳴は可能だろうか?
英雄にもよると思うが、初めての試みが必要かもしれないと覚悟だけはしておいた。
「……一応、親にだけはな……」
薫 秦乎(aa4612)はH.O.P.E.を通じ、李露芳の両親と連絡を取っていた。
彼女を助けようと手を尽くす仲間がいる。だが絶対に助けるとまでは言えない。
覚悟だけはしておいて欲しい、と伝える。
それから、ともうひとつの用件を切り出した。
「頼みがあるんだが」
『侵入の為に開錠して貰うこと、子供を寝かしつけること、この二点について、概ね問題はないかと思われます』
事前調査から帰ってきたカルディアは、淡々と報告した。
「……監視カメラに解析システムがついてて……、大門を入った人物と出た人物が一致しないと……警報が鳴るんだって……。ボクも箱に入って侵入すれば良かったな……中のことはヤンに任せてきたけど」
ぐったりと疲れて帰ってきた蓮が言う。子供達の面倒見を任されて、主に鬼ごっこをして走り回ったのだが、盛り上げる必要がある以上、単純に全力で走るわけにもいかず、手を抜いていることを悟られるわけにもいかず、大変気疲れした模様だ。
「嗜虐趣味の糞野郎が上にいる、か。助っ人参加の小官も大いに納得するところではあるな。事件を俯瞰して受けた印象に、しっくりくる」
事前調査で仕入れてきた情報に、ソーニャ・デグチャレフ(aa4829)が同意を示す。
「邸にいる人間は、自分たちに捜査の手が及ぶとは考えてもいない下っ端だ。ただ、邸を購入した時点で対策は取られている。爆弾があちこちに埋め込まれていて、警報が鳴れば邸ごと木っ端微塵」
「嫌なやり口ね。でも、いままでの事件の傾向からして、充分にありえるわ」
鬼灯 佐千子(aa2526)は胡蝶の事件からずっと蜥蜴に関わっている。
時折垣間見える敵の底意地の悪さからして、むしろ想定しておくべきだったかもしれない。
『リィ様からの要求は二つ。一つ目は、監視機器に影響を与えず迅速に監視室を制圧すること。これは自動で警報が鳴るのを防ぐためです。監視室は母屋である北棟の一階、子供達が集まって寝る大部屋の東横です』
「了解です。自分が行きましょう」
端で聞いていた明斗が手を挙げる。バトルメディックでセーフティガスが使える。監視室にいるのがリンカーならば効かないが。
「二つ目の要求はね、子供たちの脱出を最優先にすること。ボクのライヴスキャスターで子供たちの部屋から外に通じる道を作ろうと思う。子供は眠らせておく。五歳児に大騒ぎされることを考えたら、眠った子供を抱えて走るほうが安全」
午前中の鬼ごっこで色々と削られた蓮は、その言葉に力いっぱいの実感を込めた。
リィは子供の配膳はするので、子供の食事に睡眠薬を混入するのは簡単だ。今日は午後も外で遊ばせて、充分に疲れさせておくと約束してくれた。
「露芳殿については、なにかいっておらんじゃったろうか」
辰宮 稲荷姫(aa5268hero002)は小さきものらの守護神。病に付け込まれ、敵の道具にされていた哀れな子供を、なんとかしてやりたいようだ。
『助け方はわからない、と。ただ、あの邸の子供達に買い手がついて減っていけば、露芳が再び街に出て『お友達』を連れ帰る予定だったそうです』
『おや? それは共生した従魔が、すぐに露芳殿を殺すことはないということですかな?』
カルディアの答えにベネトナシュ(aa4612hero001)が、緑の瞳をくりくりさせる。
「ですの。確保が叶えばまだ望みはあるのかもしれませんの」
子供を助けたいのは天城 初春(aa5268)も同じ。何か方法はないのか、と模索中だ。
「えっと……じゃあ、もうひとついいかしら。邸ごと爆発したら、そこにいる人たちはほぼ助からないのよね? 事情を話して、投降を促すことはできないの?」
佐千子の疑問に、カルディアは淡々と答える。
『私の聞いた言葉をそのままお伝えします。”あの糞野郎は誰も信用せえへん。手下には命の担保を要求しよる。失敗には死あるのみや”。ただし、危険を覚悟で投降を呼びかけることは、止めはしないそうです』
●
「今ンとこ、首尾は上々……って、言っていいのかねェ?」
通信機からは、ヤナギの声。空の白み始める直前、突入作戦決行の時。
物置部屋は暗闇に包まれている。
「合図したらあの嬢ちゃんが監視の気ィ逸らしてくれるっつうんだけど、やってみるかねェ?」
聖陽も幻想蝶から出て待機中。合図は何かの鳴き真似らしい。
「了解しました、では今から頼みます」
共鳴した明斗が、静かに立ち上がる。
結局昼に仮眠を取らなかったドロシーは、明け方に無理矢理起こした。
多少ぼんやりしていたが、共鳴中は明斗に主導権があるのでなんとかなるだろう。
監視室は四角い敷地の北東一階。
暗がりからジャングルランナーを使い、一気に二階分の高さのある外壁の上端まで登る。
上端に手が掛かりさえすればあとは問題ない。身軽に壁を飛び越える。
壁と建物の間に隙間はなく、瓦の屋根が続く。
足音を忍ばせて二階のベランダに降り、そこから一階に飛び降りる。
監視室はわかりやすく煌々とした明かりが漏れており、外を覗くための窓から逆に内部がよく見える。
中では男二人と、白い髪の少女がなにか話している。
「(あれが協力者か)」
少女は避けてスキルを使用する。
糸が切れたように、男二人が床に倒れ込む。
「おお、お見事。うちにもラッキーやった、今朝の監視は両方非能力者や」
脇目も振らず、少女は早速、倒れた男のベルトについた鍵束にとりかかる。
「失敗には死あるのみ、だったらあんたもやばいんじゃないのか」
「やばいがな。やからバレとうないねん」
明斗の問いかけに軽く答えつつ、鍵束からひとつ、ふたつと鍵を外す。
「一緒に来ないか」
手を止めて、見上げた赤い目が明斗を捉える。リィはにこりと笑った。
「おおきに。でも、あの糞野郎はそんな手抜かりはせえへんよ。うちも行かれへんようなっとる」
外した鍵を、「任せたで」と小さく呼びかけて戸外へ投げる。投げた先には、聖陽とヤナギが来ていてキャッチする。
「やけどな、うちらは営利団体やさかい、売り物には傷つけへん。あの子らは、いまなら助かるんや」
●
ジャングルランナーを使って、佐千子と初春が外壁を越える。
初春は獣の身軽さで音もなく中庭に降り立ち、佐千子は「浦島のつりざお」で自重を殺して静かに降下した。
開け放たれた大門から入った蓮が聖陽と合流し、続いて秦乎とヴィーヴィルも様子を窺う。
眠っていた男たちも気配に気づいて起き出し、異常に気づく。
「見張りは何をしている?! リィ、商品を守れ!!」
白い少女は男たちには見られないよう、壁の影に隠れて縮こまっている。
「言われなくとも守って差し上げるわ、私達H.O.P.E.がね!!」
佐千子は母屋の正面入り口の前に立ち、「小龍」を構えて扉ごと護る。
子供を商品と呼ぶような輩を前に退くわけにはいかない。
母屋の両側にある東と西の棟の一階から、不規則に銃弾が飛ぶ。
「(でも、リンカーの数は限られているはずよ?)」
リンカーはたったの二名。それ以外の発する銃弾は、衝撃はあってもダメージにはならない。敵は扉や窓の向こう側から撃ってくるが、落ち着いてひとりずつ狙いを定める。
南の玄関棟に留まったまま様子を見ていた秦乎は、銃弾の雨の中をダッシュした。
東棟の一室へ向かってライヴスをチャージした一撃を放ち、窓と窓枠、その向こうの人物ごと打ち払う。
銃を撃っていた人影はあっけなく人形のように吹き飛ばされた。おそらく非リンカーだろう。
「……同情はしないけどな」
『(避難がうまく行っていることを祈ろう、私達は脅威を取り除くだけで良い)』
共鳴中のベネトナシュは、威厳ある騎士となる。護るべき民のため、命を懸けるのが責務。
中は現代的な、言い換えれば無味乾燥なコンクリートの個室であった。
壊した窓に身を潜めつつ、次の攻撃機会を狙う。
「全員が切捨てられる運命だってェのに、哀れだな」
銃弾の雨には銃弾の雨を。ヴィーヴィルはロストモーメントで召喚した銃で、秦乎とは逆の西棟を攻撃する。窓ガラスが弾け飛び、壁面が蜂の巣のように穴だらけとなる。
召喚した無数の剣が、渦を巻いて収束する。それは多数にして一。
一つの奔流となって、行く手を遮るものすべてを薙ぎ払う。
蓮のライヴスキャスターが、堅固な壁に文字通りの風穴を開ける。
「さあ、みんな帰ろう」
子供達はまだ眠っている。扉の外で繰り広げられる銃撃戦の音も、スキルで熱い壁が破壊される音もものともせずに。
「……帰る? どこへ?」
だがその中で、ひとりだけ起き上がる子がいた。
左目は暗闇の中でも青く輝く。露芳だ。
するすると、蔦のようにその体から伸びるものがある。
睡眠薬は飲ませた。ただそれは夕食の時である。
薬の効果時間は短い。他の子は、深くなった眠りが持続しているだけである。
「待ちぃや、露芳」
男たちに見つからないよう、端に蹲っていたリィがその前に進み出る。
「うちらは失敗した、これから仕置きがある。ここにおったら友達みんな死ぬで」
「死……?」
あきらかな動揺があった。友達の死に対する、子供らしい反応。
「友達みんな、死んでしまえとは思うとらへんやろ。ひとまず外に出え。話はそれからや」
「…………」
沈黙が流れる。
「カエサルの物はカエサルの元へ」
外に向かって開いた穴から、機械の手がにゅっと現われる。
ラストシルバーバタリオン(aa4829hero002)と搭乗型の共鳴を果たしたソーニャだ。
自重を使って穴の周辺部を踏み砕き、出る時に安全なように平らにする。
ついでに近くの子供を、機動力にまかせてベッドごと運び出す。
「貴公、従魔に精神ごと乗っ取られているというわけではなさそうだな。しばし停戦でどうだ? お友達がいなくなっては遊べまい」
「…………」
ソーニャの提案に露芳は俯いたまま、触手はするすると戻ってゆく。
「 ……あとでお話、するからね……?」
怒っている、低い声。ただし子供の声に過ぎない。
「そうじゃの、あとでお話しましょうかの」
五歳児とはいえ、総勢四十名。
初春と稲荷姫は共鳴を解き、手数を増やして運ぶ。
明け方の屋外は肌寒く、下草はしっとりと夜露に濡れる。
ヤナギ、明斗、蓮も手分けして眠ったままの子供を布団にくるんで運ぶ。
「早う、はようして! 約束したやろ?!」
子供達を運び出すように促すリィの叫びは、悲鳴に近い。
いつ起爆するかは、彼女にもわからない。
わからないからこその恐怖か、なにかを感じ取っているのか。
するり、するりと触手が伸びる。
残った子供に向かって、いくつも伸びてゆく。
●
「……とりあえず、やった、かしら?」
佐千子は自動歩槍を下げ、あたりの気配を窺う。
中庭に降り注ぐ銃弾の雨は、ようやく止んだ。
粉々に砕けたガラス片がそこら中に散らばり、明かりとなるものも銃弾により破壊されて、残った監視室からの明かりに頼っている。
ぼろぼろになった壁の向こう側には血痕が飛び散るが、いまは見ないことにする。
『投降の呼びかけは、あまり意味を為さなかったな』
ベネトナシュも何度か武器を捨てるよう勧告してはみたが、耳を貸す者はいなかった。
「こいつらを支配してる糞野郎ってのは、愚神なのかねェ?」
リィに問うたときは答えなかった。だが――
ヴィーヴィルの言葉を、佐千子が引き取る。
「そうだと思いたいわね。人間だとしたら、やりきれないもの」
そのときふと、妙な違和感を感じた。
「ねえ、どうして……リィはお友達を、わるいひとから守ってくれないの?」
伸びた触手は次々と子供たちを掴み……外に運び出した。
そうっと『お友達』を地面に下ろし、また戻って次の子を掴む。
沢山の手が、『お友達』を災難から救おうと伸び続ける。
「ええから、露芳も逃げえや。危ないで。ほんまやで?」
取り残された子供がいなくなった頃、リィが露芳の手を引く。
裸足の子供は、世話役の少女に手を引かれてついてきた。
踏み均された瓦礫を越え、土のうえに降りる。
奇妙な振動を感じ、ソーニャが叫ぶ。
「総員、退避!」
そして戦車として、壁の穴の前で盾となる。
リィは露芳に覆いかぶさる。
鈍い爆発音が、いくつも連続して起こる。
最初は母屋。次に東、西。そして南。
中庭に残っていたエージェントは、ジャングルランナーによりかろうじて脱出する。
爆風はさほどなかった。だが支柱を砕かれた建造物が、次々と倒壊する。
最後に支えを失った壁が、内側に倒れる。
箱庭のような閉じた邸の破壊は、概ねそのようにして起こった。
計算されつくした破壊。
後日報告書には、そのように記されることになる。
●
「露芳殿、お友達と共に帰りましょうぞ。方法は、なんとか考えますゆえ」
この子は従魔に支配されているわけではない。そう判断した初春は、説得を試みる。しかし。
「馬鹿なこと言わないで! 帰らないわ! お友達もね!」
幾筋にも伸びていた触手が、あたりに生えていた草を薙ぐ。
草はねじれ合わさって太い縄のようになり、エージェント達の足を、腕を絡め取る。
「ぐ……っ……」
巻きついた草は、ぎりぎりと肌に食い込むように締め付ける。
「こんなことできる子、ほかにいる?! どうやって戻るの? どうやって――」
「……コレを自分の意思で動かせてんなら、なんとかなンだろ?」
随分荒っぽい話し合いだと、ヤナギは心の中で苦笑した。
思ったよりもはるかに、自我が残っている。これなら。
「この子は私の友達なの。三歳のときからずっとよ。友達っていつも言うこと聞いてくれる? すぐ喧嘩になるでしょ。この子も一緒」
ふいと露芳は顔をそらす。
思い通りにならない現実に、苛立つように。
「でも、この子が私の命を繋いだの。死ぬはずだったのよ。だからこの子は私を食べてもいいの。それまで私は生きるの。それでおあいこ」
「それでいいのか。やり残したことはないのか」
秦乎が立っていた。武装を解き、共鳴も解いて。
「よくなかったらどうなの? どうにかなるの? ならないわ」
あきれたように五歳の子供が言う。病に、機械の心臓に、そして従魔に痛めつけられた子供の諦観。他の子よりもずっと大人びている。
「じゃあ、残してきた誰かに伝言は?」
ふうん……と少し考えて、露芳は投げやりに言い捨てる。
「じゃあ、ママに伝えて。私はいなくなるから、次は欠陥品じゃない子を産んで、幸せになって」
数年前から、独生子女政策は緩められている。今の親には、二人目を持つことが可能だ。
「……露芳」
ハンズフリーになったスマートフォンから響く声。その声を聞いた途端、露芳の顔色が変わる。
子供が一番敏感に聞き分ける声。
「ママ……?」
「あなたがそんな風になったのは、すべて私のせい。あのときあの移植に同意しなければ。あなたが逝くなら、私も逝きます。どうか待っていて」
「やめてママ!! そんなこと望んでない!!」
子供の荒れ狂う感情を映すように、四方に伸びた触手がしなる。
手当たり次第にぶち当たり、打ちのめす。
『親とはそんなものなのですぞ! 二人目は君の代わりにはならないのですぞ!』
ベネトナシュは触手をいなしながら、必死に呼びかける。
「そんだけ元気なら、最後まで抗えよ! アンタが義理立てすべきは、従魔じゃねェだろ? 蜥蜴の組織でもねェよ! 一番大事な、アンタの親だろ?」
ヤナギはターゲットドロウで攻撃を引きつける。
以前の老人は助けられなかった。
そうそう、同じ失敗を繰り返す気はない。
「そうだよ……私は……ママのために……。ママ……」
「アンタの親は既にアンタに命を懸けた。アンタも俺達の用意した賭けに乗ってみねェか? そんだけ体力が残ってりゃ、分が悪い賭けにはなんねェよ」
夜明けの空に、ヘリのプロペラ音が響き渡る。手配しておいた医療ヘリだ。
従魔の拘束具、子供用の鎮静剤と麻酔、応急措置に必要なものはひととおり頼んでおいた。
あとは、医療機関での判断となる。
代替の人工心臓が適合するのか、従魔を取り除いた後も生存可能なのか。
露芳はゆっくりと頷いた。
そして睨むように空を見上げる。強い意志の宿った、強い瞳で。
絶対に勝ってみせる、と宣言するように。
◆
ヘリが到着する前に、リィはどこへともなく消えていた。
奇妙な伝言を残して。
「死神の姐ちゃんに伝えとって。あんた、狙われとんで、ってな」
そしてまた、次の事件が始まる。